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Glaube, Hoffnung und Liebe

#√汎神解剖機関 #ノベル

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 薄暗い灯りの下、男は無造作に手術台に横たわった娘を一通り眺め、今回は楽な仕事だと思った。 
 なんせ日頃|こんな所《・・・・》に運ばれる奴らは不摂生で自堕落。ストレスの負担がかかった|身体《・・》など状態はたかが知れている。しかし今回は──男は手元の書類をめくり、手術台へと意識を向ける。連行される前に撮影されたものか朗らかに笑った娘の顔写真を何の感慨もなくそこにいる実物と見比べた。
 なんであろうが自分の『仕事』はただ摘出するだけ。その後、|それ《・・》がどこへ運ばれるのか、患者がどうなろうが知った事ではない。そんな割り切りで杜撰な本人確認を終えると、今回の部位を確認する。角膜、心臓、肺、胃、肝臓……──つまり全て。そこまでの負債をこの娘が作ったとは思えない。大方、上京でもした所をカモにされたのだろうが……まあ、どうでも良い。
 そして男は仕事に取り掛かる。書類を傍らのワゴンに放り投げるとあくまでも|商品《・・》のために消毒されたメスを取り、娘の露出した腹へと置いて、ゆっくりと線を引いた。



 |創造主《おとうさま》、|創造主《おとうさま》──|宇宙《そら》の彼方におわします親愛なる|創造主《おとうさま》。
 あなたに齎された使命を果たす事が何よりの喜び。あなたの歓喜は|私《ぼく》の希望。あなたの意思は|私《ぼく》の導き。
 でも、その|目的《しめい》の途中で、|私《ぼく》はほんの少しだけ寄り道をしたいのです。
 いつかひとつになるけれど、その前に皆と仲良くなりたいんです。だって、分かり合えるなんて、それはとっても素敵なことだと思うから──。

 リーベ・ゼーゲン(疑似餌・h09654)の思う限り、この世界──√汎神解剖機関は辛く悲しみに満ちていた。どこを見渡しても曇天の如き諦念の雰囲気に人々は希望を失い、声をかけても辛辣で、でもこんな世界だからこそ希望を与えることが使命だと思った。
 擬似餌として産まれた彼女の意思がどこまで反映されているのかは神のみぞ知る。しかし純粋な彼女はきっと『名は体を表す』の通り、大きな『愛』を、希望を、信仰を胸に抱いてこの地へと降り立った。

 とある日、いつもの様に困っている人の助けになればと街を歩いていたリーベはベンチで項垂れた男を見つけて声をかけた。
「あの……どうされました? ご気分でも悪いんでしょうか?」
「あ、ああ……ンだよ、あんたにゃ関係ねえよ」
「そんなことないですよぉ! おじさん、とっても困ってそうじゃないですか。そんな人を放っておけませんよ。|私《ぼく》でよければ力になります!」
「そんなこと言ったって……じゃあ聞くけど、姉ちゃんは俺の連帯保証人になってくれんのか? なんてな、ハハッ、そんなこと受けてくれる奴が……」
「はい、喜んでっ!」
「……は!? 嘘だろ!?」
「えぇ、ホショウニン? の意味はよくわかりませんけどそれでおじさんが救われるのなら! それに『連帯』って良い響きですしねぇ〜」
「じゃ、サイン、サインだ! ここに名前書いてくれ! 文字は読むな! あ、判子……親指でいい!」
「はあい……これで大丈夫ですか?」
「ああ! 今更後悔してももう遅いかんな、へへっ……いやあ助かったぜ! ありがとな姉ちゃん! ……恨みっこなしだぜ? もう|会えねえ《・・・・》だろうが達者でな!」
「おじさんが元気になったならよかったです! きっとまた会えますよ。バイバイ〜」

 それはある種、彼女の日常だった。



 刃は抵抗もなく進む。清らかな汚れを知らぬ真白い腹の表面に一筋、線を引けば遅れて肉はほぐれ、分かれ、血と共に脂肪の断面が見える、ありきたりで特筆すべき点もない退屈な手順。メスは進む。進んで、胸部に達し、開創器を置こうとした瞬間、ふと男は違和感に気付いた。
 断面に何も見えない。血も流れず、何も──いや、違う。黒だ。まるで塗りつぶされたかのような黒。
 そんなはずはない。
 男は手を止める。無意識に荒くなる呼吸に息苦しさを覚えて、一歩下がる。首を振ってもう一度見る。黒い、深淵のように黒い。
 男は、その時点で多少|当てられた《・・・・・》のだろう。不意に、中身がどうなろうが関係ないと一種の癇癪で深く刃を突き立てて、無理に腹を裂いた。そうして手で掻き分け、|中《・》を暴いた。

 開かれた腹に詰まった肉塊を『臓器』と呼ぶのであれば、それらは神への冒涜に近しいものであった。
 個々の繋がりも役割も不明瞭な、ただ隙間を埋めただけの奇妙な造形は、蛍光灯の下で不気味にぬらめくパーツは恐らく何の機能も、意味もなさなかった。
 深く考えずとも、明らかに人のつくりではなかった。

 それを、男は見た。見てしまった。

 死んだ蛙の腹の様に色褪せた青白い袋を見た。葉脈のように骨に纏わり付いた行き止まりの静脈を見た。隙間に詰め込まれた出来損ないの肉塊を見た。どこにも繋がっていない、器官とも呼べぬ管の束を見た。人間を模そうとして何一つ理解していない出鱈目な構造物を見た。
 人ではない、化け物を見た──。

 男はゆっくりと後退る。ワゴンにぶつかり、落下した器具が耳障りな金属音を立てて散らばる。床に落ちた書類を踏んで男は転び、手をついた拍子にメスで手を切った。しかしそれらをかき消すほどの音で、男の悲鳴が室内に反響する。痛みも衝撃も打ち消すように、心からの恐怖で男は叫んだ。叫び、後ずさろうとして壁に当たる。己の血で滑り、もがき、立つことすら出来ぬ恐怖のまま絶叫を続ける。

 その音に反応して、娘はゆっくりと眼を開けた。



……ああ、それでサインをした後ですねえ、黒い服を着たお兄さんたちがいっぱい来て……『連帯』って聞いてたから、もしかしたらこの人たちの服装ってそういう事なのかなあって、お友達になれるかなって思ったんですよぉ。そうしたら車で建物に連れて行かれて、借りたお金だの、体で返すだの、写真を撮られたり、意味が分からなくて怖かったんですよ〜!
 でも何か言おうとしたら急に目の前がくらって……ああ、気が付いたら遠くから何か大きな音がして目が覚めたんでした!

 男の絶叫にて、半ば混濁した意識のままリーベはゆっくりと朝の目覚めの如く身を起こした。そうして目を擦り、見慣れぬ景色にはてと思う間も無く腹部の違和感に気付く。

「お腹……!! えっ、なんで!?」

 慌てて咄嗟に裂かれた腹を押さえる。痛みはないが創造主《おとうさま》からもらった身体が傷付いて……何故? 誰が? そんな混乱の中、先程から聞こえる音の先を見れば男が水に落ちた瀕死の虫のように手足をばたつかせ、もがいていた。

「……あっ、えーと、こんにちは?」
「ばっ化け物!!」

 手術台から降りて歩み寄るリーベからなお距離を取ろうとし、血で滑りながら立てずに罵詈雑言を繰り返す男にリーベは混乱が加速する。そう、親愛なる|創造主《おとうさま》の教えは『人間と仲良くするように』けれどもこの有様では弁解は難しいだろう。しかし嫌われず、仲良く、ええと仲良く……ああ、どうしたら!

「ごめんなさい、本当は|私《ぼく》じゃなくて|創造主《おとうさま》と一緒になって貰うのが一番なのですがぁ、でも仲良くするにはこうするしかなくてぇ……うう、ごめんなさい」
「……ヒッ!」

 ふええん、と情けなく涙ながらに男に近寄ると、リーベはそっと男の出血した手を取り、自分の体にあてがった。抵抗し、暴れようとする男の腕が沈む、その度に男の思考はぼんやりとする。多幸感に似た安心、あるいは麻痺──いつの間にか男はリーベに抱きしめられていた。
 男の耳に遠くからよしよしと、子をあやすような声が聞こえる。そうして頭を撫でられる感覚の度に視界が、思考が反転する。そうぐるりぐるり目が|回って《・・・》ああそうだとっても簡単な事なんだ|白目《・・》を向いたら眼球はひっくり返って裏返ったらもちろん裏側は黒いんだから白は黒に決まってるじゃないかなんでこんな簡単な気付かなかったんだろうなぁ。そっか俺がこんなどうしようもない出来損ないだからおとうさんもおかあさんもいなくておうちがまっくらになってるんだ──。

 すでに頭をリーベの身体に飲み込まれた男の片腕が何かを探る。泥濘に似た湿った、ぬるく、暗い空間の中で手を弄って、そうだ電気を、電気をつけなきゃ。真っ暗だから。

「……大丈夫ですか? 何かありました?」

 取り込んだ男の背を摩りつつ、泣き止んだリーベは男の悲しみと動揺を察して、不安があるならば取り除かねばと親身に声をかける。

「おとうさんとおかあさんがかえってこないんだ」
「家が暗いから」
「だから電気をつけなきゃ」

 体内を通じて脳に流れ込む思考の、支離滅裂な中で単語を拾い上げて意味を繋ぐ。

「ご両親が?」
「うん立派な大人になるのに勉強をしないといけないけど暗いからノートが書けないんだ」
「お勉強? 偉いです!」
「でもねもっと勉強しろっていうのぼくはほめてほしかったのに」
「そうなんですねぇ。よしよし、寂しかったんですね。偉いです。頑張りました」

 半身がめり込んだ男に優しく、惜しみない愛を持ってリーベは接する。

「でも安心してください。|創造主《おとうさま》は、あなたのこともきっと優しく迎え入れてくれますよ」

 お父さん──反応した思考に、ええ新しいお父様ですと答える。そう、|私《ぼく》たちの最愛なる|創造主《おとうさま》。

「|創造主《おとうさま》は|私《ぼく》たちのことをいっぱい愛してくれて、仲間もたくさんいて、ちっとも寂しくなんてないんですよぉ」

 リーベの声に男は素直に喜び、笑った──正確に言えば認識できない溶けた思考と声帯から辛うじて何らかの意思で口だった部位から音を吐いた。その音はリーベの体内に溶けて消える。しかし、最早まともに考えることが出来ぬ男は間違いなく、いまや完璧な幸福に満ちているとリーベは確信していた。
 嬉しかった。分かり合えた。人を救済し、ひとつになれた。
 リーベは満ち足りて男を抱きしめる。愛情を持って、そして|創造主《おとうさま》の元にまたひとり、|兄弟《なかま》が増える歓喜に満ち溢れて。
 そしてゆっくりと残りをリーベに飲み込まれて、男は消えた。



 少ししてリーベはひとり立ち上がる。再生した衣服の埃を払い、散らばった器具に目を取られると、落ちていた書類を拾い上げて眺める。血で汚れた、自分の写真が貼られたそれを「あらら個人情報ですねえ」なんて呑気さで手にし、扉を開けると薄暗い廊下へ出た。

「やっぱりちょっと身体が重くなっちゃいましたが……えっと、出口ってどこなんでしょう」

 当てもなく歩きながらリーベはふと、最早遠い昔のような記憶をふと思い出して笑った。

「『連帯ホショウニン』……サインして正解でしたねぇ」

 どうにも重い身体も、そう思うと悪くはなかった。そうしてリーベは歩く。次に出会う人も、もしかしたら『連帯』出来るかもと、だがこれ以上身体が重くなるのも困りますね、なんて呑気に歩く。
 信仰と希望、そして愛を抱いて、見えぬ出口をただ目指す。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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