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●それ以前の僕
「や、やめろ! やめてくれぇーっ!」
 獲物Cの泣き叫ぶ声を聞きながら、僕は満足感に肩まで浸っていた。そう、肩まで。残念ながら、全身じゃないんだよね。
「お願いだから、こんなことはやめてくれ! 正気に戻ってくれ!」
 全身を満足感に浸すことができないのは、獲物Cの声があまりにも耳障りだから。獲物Aや獲物Bはもっと良い反応をしてくれたんだけどなあ。
 まあ、獲物Cの気持ちも判るよ。目の前で娘(獲物A)を殺され、妻(獲物B)も殺され、今また自分も殺されようとしているんだ。しかも、よく知っている(その実、なにも知らなかった)人物の手でね。そんな状況で落ち着いていられるほうがおかしい。だから、泣き叫ぶことを責めたりはしない。むしろ、声が枯れるまで泣き叫んでほしい。死に直面した人間の魂の叫びを聞かせてほしい。そう思ったからこそ、猿ぐつわを外してあげたんだ。
 でも、ちょっとがっかり。
 僕が聞きたかったのはこんな陳腐な言葉じゃない。なんだよ、『やめてくれー』って? それを聞いた僕が『はい、やめまーす』と言って、このナイフを捨てるとでも? 本気でそう思っているのだとしたら、想像力が足りないにも程がある。
 想像力の欠如!
 想像力の欠如!
 想像力の欠如!
 所謂『識者』のお歴々がいじめだの少年犯罪だのについて語る時、このフレーズをよく使うよね。想像力の欠如! 僕からすれば、お笑いぐさだ。想像力の欠如! 他の連中はどうだか知らないけど、僕に想像力は欠けていない。それどころか、溢れている。溢れ返っている。
 物心ついた時から、僕はずっと考えていた。『死』って、どんなものだろう?
 そして、生きとし生ける者が視界に入る度に想像力を働かせてきた。あれの体を刃物で切り裂いたら、どんな色の血が流れ出すんだろう? あれの心臓を刺した時の手応えはどんな感じだろう? あれの首を絞めたら、どんな風にもがき苦しむんだろう?
 幸か不幸か(僕にとっては幸だけど、世界にとっては不幸だったかもね)僕は想像力だけに恵まれているわけじゃなかった。想像を現実に変える行動力も持ち合わせていたんだ。
 小さかった頃はその行動力が及ぶ範囲も狭かったので、『死』を深く知るための獲物はもっぱら虫だった。
 成長するにつれて、虫から小動物へと変わった。小鳥とか犬とか猫とかね。
 順当にいけば、次は大動物! ……なんだけども、いかに行動力があるとはいえ、ジャングルだのサバンナだのに狩りに行くのは難しい。
 だから、代わりに人間を獲物にした。
 獲物は全部で三人。あぶない薬の入ったお茶で動けなくして(薬の入手には苦労したけど、お茶を飲ませるのはすごく簡単だった)、しっかり縛り上げ、獲物Aを生きたまま解体する様を獲物Bと獲物Cに見せつけてから、獲物Bも同じように解体した。事前に想像した通りにね。とても楽しかった。想像以上に楽しかった。
 残るは獲物Cだけ。
「やめてくれ、|碧流《あおる》!」
 まぁーだ言ってるよ。この人、想像力とか以前に人間性が欠如してない? どうして、妻や娘が殺されたことの怒りや悲しみを爆発させることよりも自分の命乞いを優先してるの? ホント、ひどい夫/父だなぁ。
「もう黙ってよ、父さん」
 僕はナイフを使って、獲物Cを手早く処理した。
 さよなら、父さん。先に逝った母さんと妹によろしくね。

●その時の僕
「うぁぁぁぁぁーっ!」
 絶叫が聞こえる。叫んでいるのは僕だ。
 正直、ちょっと恥ずかしい。獲物Cの反応を陳腐だと嗤っていたくせに、いざ自分が死ぬ段になると、フツーに悲鳴をあげることしかできないなんて……。
 ただ、言い訳させてもらうと、僕が味わっている苦痛は獲物A~Cのそれとは比較にならないんだ。いや、苦痛じゃなくて激痛というレベル。左腕の付け根のところが熱い。とても、熱い。断面を炎で炙られているかのよう。
 断面?
 そう、『左腕の付け根』と言ったけれど、僕の体に左腕はもう付いていない。それは、血塗れになってのたうち回る僕の傍に転がっている。
 斬り落としたのは僕だ。だって、しょうがないだろう? 手近な獲物をぜーんぶ殺しちゃったんだから、自分自身を獲物にするしかないじゃないか。まあ、こんな僕のことを異常だのなんだのと謗る奴らもいるだろうけれど、そいつらも僕の手際(まさに手の際だ)の良さだけは認めてくれるはず。専門的な知識もないし、特別な訓練も受けてないのに、見事に腕を切断したんだからね。
 のたうち回るための体力が血と一緒にどぼどぼ流れ出していったもんだから、残っている右腕と両足の動きが鈍くなり、意識が遠くなってきた。
 すると、ぼやけた視界の中に淡い光が灯った。獲物A~Cを解体したリビングルームに通じる扉がほんの少しだけ開き、そこから光が射し込んでいるんだ。照明は消しているし、カーテンも閉めているのに……。
「あはははははははは!」
 哄笑が聞こえる。笑っているのは僕だ。
 なぜだか判らないけど、確信できた。
 あの扉の奥にあるのはリビングルームじゃない。
 この世界ですらない。
 僕は這いずった。別の世界に通じている扉に向かって。そこから漏れている光を目指して。かつて左腕があったところからは血が流れ続けているけれど、痛みはもう感じない。
 右腕を伸ばし、扉の縁を掴んだ。
 そして――

●それ以後の僕(あるいは今ここにいる俺)
 ――目が覚めた。
 悪夢を見ていたような気がする。とてもひどい悪夢を。
〈夢じゃない。おまえの記憶だ〉
 僕は洗面所に向かった。
〈おいおい。無視すんなよ〉
 冷たい水で顔を洗う。
〈違うだろ。顔を洗ってるのは俺だ。おまえはなにもしてない。指をくわえて俺の行動を見てるだけ〉
 黙れ、|漣《れん》。
〈お? ようやく無視するのを止めてくれたか。だけど、『連』なんて呼ぶなよ。親からもらった『|天霧《あまぎり》・|碧流《あおる》』という立派な名前があるんだ。まあ、その親はおまえが殺しちまったけどな〉
 わけの判らないことを言うな。
〈おまえの言ってることのほうが判らねえよ。なんだ、『漣』って?〉
 おまえに似合いの名前だろ。まるで水面を揺らす|漣《さざなみ》のように僕の心を乱してばかりいるんだからな。
〈おやまあ、詩人ですなあ。ククククク……〉
 僕はパジャマのポケットに手を突っ込んだ。
 黒い影に覆われた左手を。
 ポケットの中のリング――肌身離さず持っているそれを握りしめ、強く願う。消えろ、漣! 頼むから、今すぐに消えてくれ!
〈どうやって消えろってんだ? 俺は実在するんだぜ? さっきも言ったが、おまえはなにもしてないんだよ。今、リングを握っているのは、おまえじゃなくて――〉

 ――この俺なんだ。いいかげん、現実を受け入れろ。
〈うるさい!〉
 訂正。やっぱ、受け入れなくてもいいわ。受け入れようと、受け入れまいと、おまえは俺の心の中で見続けるしかないもんな。『漣』と名付けた本当の自分の狂った生き様をよ。
〈おまえは……本当の僕なんかじゃない〉
 そうかもな。おまえが記憶を取り戻し、本当のおまえとして目覚めたら、俺でさえドン|退《び》きするような惨劇を繰り広げてくれるだろうよ。
 だが、その時が来るまでは俺がこの身体のオーナーだ。
 寝室に戻り、カーテンを開けた。窓の外に見えるのは、朝日を透かしてゆらゆら漂う魚とも虫ともつかない者ども。
 インビジブルだ。
 |俺《おまえ》が殺した両親や妹もインビジブルになって、どこかをさまよってるかもなぁ?
〈……〉
 また無視かよ。まあ、いいや。
 深呼吸。そして、ストレッチ。仕事の前に体をほぐしておかないとな。勤労意欲なんてものとは無縁の俺だが、√能力者としての仕事には生き甲斐を感じている。『簒奪者』と呼ばれる連中を合法的に痛めつけてブチ殺すことができるんだから。しかも、その一部始終を気弱な|相棒《碧流》に見せつけて、おぼこいリアクションを楽しむこともできる。最高だろ?
 ストレッチを終えて、着替えも終え、朝飯を速攻でかたづけた。
 さあ! 簒奪者どもを狩りに行こうぜ、相棒!
〈もう、やめろ……やめてくれ……〉
 はあ? なんだよ、『やめてくれ』って? それを聞いた俺が『はい、やめまーす』と言って、この体の主導権を渡すとでも? 本気でそう思っているんだとしたら、想像力が足りないにも程があるぜ。

 今日も俺の想像力は漲ってる。
 良い一日になりそうだ。
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​ 成功

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