春待ちの甘い午後
あたたかな陽射しに、春めいた風。肌寒さの残る2月の、ぽかぽかな日。
ショッピングモールへ向かう見下・七三子は、隣を軽く見上げにこりと笑う。
「エレナさんとお出かけ、楽しみです」
ゆるむ表情を見たエレナ・ヴァルツェルは、こくりと頷いた。
「服を揃えるのは最優先事項だもの。付き合ってくれて感謝するわ」
瞳に似た青いドレスを身に纏うエレナは美しく映えるが、普段着には扇情的で、√EDENの街中では人目を引きすぎる。
だから今日、ふたりでショッピングに出かけることになったのだ。
「素敵なお洋服見つかるといいですね。着たい方向性とか、ありますか?」
七三子よりもさらに目線の高いエレナは、きっとなにを着ても似合うはず。自分の服だけでなく、友達の服を選ぶのは、わくわくするもの。七三子もら瞳を輝かせている。
「方向性……ね。ボーイッシュ系にしようかと」
「ボーイッシュ系ですか?」
整った顔立ちだから綺麗系か、年齢に応じた可愛らしい服かと思っていた七三子は小首を傾げる。
エレナも興味がないわけではないのだろう。けれど、困ったように微かに眉を寄せた。
「ガーリッシュなのはサイズ合うのを探すだけでも時間かかりそうだわ。背が高いとむしろそういう系統のほうが良さそうだし」
たしかに今日の目的は服を揃えること。ならば、その中で素敵なものを見つけようと意気込む。
「なるほど。じゃあ、ゆったりめのTシャツにジーンズとかもいいですね」
到着したモール。さまざまなショップの窓や光が彩る中で、「早速行きましょう!」と満面の笑みでエレナの手を引いた。
ꕤ︎︎
ふたりが足を踏み入れた店内は明るい照明に照らされ、カジュアルな服が色とりどりに並んでいた。
ラックにはシャツやパーカー、棚には帽子や小物。マネキンは軽やかなコーディネートを纏い、春らしい装いを提案している。
一緒に歩きながらも、思い思いに服を見て回る。
エレナはラックに並ぶライトアウターを見ていた。カーディガンにパーカー、ジャケットとどれも春らしい軽やかさだ。
その様子に七三子は、ぱっと顔を明るくする。
「あ、エレナさんが見てるの、どれも素敵ですね」
言いながら、近くのラックからいくつか服を抜き取る。
「せっかくですし、いろいろ着てみませんか?」
差し出された服に、エレナは小さく肩を竦めた。
「……そうね。こういう機会でもないと、あまり試さないもの」
そうして、試着室へ向かうふたり。七三子から服を受け取り、エレナはカーテンの向こうに入っていった。
カーテンが小さく揺れると開き、着替え終えたエレナがそっと姿を現す。
「エレナさん、可愛い……!」
1着目は、灰桜色のオーバーサイズカーディガンと白Tに、バギージーンズを合わせたボーイッシュコーディネートだ。
次々と試着していく。着替えるたびに、七三子は楽しそうに眺めた。
やがて最後の組み合わせになり、エレナは細身のスキニーを手に取った。
「ボトムはこれにしようかしら」
青いストライプのシャツと合わせ、試着室から出てくる。
「それも似合います! クールでいいですね」
「やっぱり普通の服は安心するわね」
ちゃきっと眼鏡をかけたエレナは、満足そうに頷く。
七三子も明るい表情で、エレナを眺める。
「あ、キャップとかも似合いそうです!よかったら、被ってみてもらえませんか?」
差し出されたベージュのキャップを被ったエレナを見て、七三子は楽しそうに少し身を乗り出した。
「わあ、素敵です!」
少し考えるように首を傾げてから、黒いパーカーを持ってくる。
「それだったら、パーカーがシンプルですっきりしてて、一番素敵かな」
「そう?ありがとう」
エレナはパーカーに袖を通し、鏡の中の自分を確認する。
黒が彼女の長い手足を引き立て、キャップの抜け感もよく似合っていた。
「いいわね。これは買おうかしら」
一度脱ぐために試着室へ戻ろうとした時、ふと視界に入った棚のTシャツ。ころんとしたライオンのプリントが入ったデザインだ。
「ミシタにはこれがいいんじゃない」
「はい?ライオンプリントのTシャツ?私に?」
そう言って見せられたTシャツに、七三子はぱちぱちと瞬きをする。
丸みのあるタッチのライオンは、どこか愛嬌があって可愛らしい。
「まあ、かわいいですし、着心地よさそうですし、買っちゃおうかな。部屋着に良さそう」
体に当ててみせると、エレナは小さく笑った。
「何故かって?」
Tシャツのライオンを指先で軽く示す。
「彼氏の名前を思い出してみなさい」
「彼氏……?」
きょとんと首を傾げた七三子は数秒後考え込んで、はっと目を見開いた。
「え、いやあの、レオンさんだから!?」
言葉にした途端、顔がみるみると真っ赤に染め上がっていく。
悪戯が成功したかのように、エレナの瞳がきらりと光る。
「LOVEの文字が入っているほうがよければ持ってくるけど」
「も、もう。しりませんっ」
拗ねたように顔を背けるけれど、その手にはしっかりとライオンTシャツが握られていて。
それを見て、エレナはほんの僅かに口元をゆるめる。
「……じゃあ、それも会計に入れておきましょう」
「エレナさん、この後せっかくですから、うちに遊びに来ませんか?」
お会計を終え、モールの中を歩きながら、やっと頬の熱が引いてきた頃。買い物袋を抱えたまま、七三子はエレナの顔を覗き込んだ。
「せっかくですし、新しいお洋服でお茶会しましょう」
「お茶会?」
少し意外そうにしながらも、エレナは小さく頷いた。
ꕤ︎︎
ふたりが向かったのは、放棄された研究所を七三子が貰い受け、隠れ家にした場所だ。外観は少し荒れているが、中は過ごしやすいよう整えられている。
「どうぞ、こちらです」
案内された部屋には、大きな姿見が置かれていた。
テーブルの上に買い物袋を広げると、新しく買った服が次々に並ぶ。
灰桜色のカーディガン、青いストライプのシャツ、黒いパーカー。
そして、ころんとしたライオンプリントのTシャツ。
「……それも買ったのね」
「エレナさんのせいです」
「私は勧めただけよ」
唇を尖らせ、エレナを見やる。けれど冗談めかしたしれっとした態度に、七三子は思わず吹き出した。
並べた服を手に取り、改めて袖を通す。
青いストライプのシャツに黒いスキニー。その上から黒いパーカーを羽織ったエレナは、姿見の前で軽く首を傾げた。
「……どうかしら」
「やっぱりよく似合ってます!」
七三子は嬉しそうに声を弾ませた。
「せっかくですし、髪も少しアレンジさせてください。キャップがありますから、低めの位置で編み込みシニヨンとか、かわいいと思うんです」
「髪も?」
少し意外そうにしながらも、エレナは椅子に座る。七三子が髪に触れやすいようにしたのだろう。
軽く肩をすくめるようにして言った。
「ミシタに任せるわ」
「えへへ、ありがとうございます」
背後に回り、七三子はそっと銀色の髪に触れた。さらりと指の間を滑る髪をまとめ、編み込みながら形を整えていく。
鏡越しにその様子を見ながら、エレナは静かに呟く。
「……手慣れてるのね」
「そんなことないですよ。あ、青いリボンとかもあうと思います!」
青いリボンでまとめてから、最後にキャップを被せる。
「はい、完成です」
先ほどよりも、少し柔らかな雰囲気になったエレナ。ボーイッシュな服装に、後ろでまとめた編み込みがよく似合っている。
「……いいわね」
短くそう言うと、七三子の表情がふっとほころぶ。
「えへへ、お互い買ったお洋服着たら並んで写真撮りましょうね」
そう言ってスマートフォンを取り出した。
並んで立つと、やはり身長差がある。七三子が腕を伸ばして画角を探っていると、エレナが自然と少し前へ身をかがめた。
七三子の高さに合わせるように姿勢を落とす。
カシャ、と軽い音が部屋に響く。
「どうでしょう」
画面を覗き込むと、並んだ自分たちの姿が良く撮れている。けれど次の瞬間、エレナがわずかに目を細めた。
「……なんか胸がえらく強調されちゃったわね」
前屈みになった姿勢のせいで、胸元が思った以上に目立っている。
「レオンに画像送るのはやめましょう」
さらりと言った言葉に、七三子は思わずくすりと笑う。
「ふふ、そうですね。写真は今日の記念に、2人だけの秘密で」
それから少しだけわざと拗ねたような顔をして、小さく付け足した。
「……|レオンさん《あの人》、多分、胸元ばっかり見ちゃうでしょうから……」
顔を見合わせた途端、七三子がくすっと笑うと、エレナもわずかに肩を揺らした。
「もう一枚撮りましょうか」
「ええ、今度はちゃんと立つわ」
再びスマートフォンを構えると、部屋の中にまた小さなシャッター音が響いた。
写真を撮り終え、七三子はぱんと軽く手を打つ。
「そろそろお茶にしましょうか。私、紅茶入れますね」
そう言ってキッチンへ向かい、ポットに湯を沸かし始める。
その背に、エレナが声をかけた。
「私は紅茶に、アプリコットジャムも入れるわ」
「アプリコットジャム?」
聞き慣れない飲み方に、七三子は目をぱちぱちさせる。
「アプリコットジャム、入れるとおいしいんですか?えへへ、楽しみです」
エレナは買い物袋から箱を取り出す。
「そうそう、バレンタイン限定苺チョコタルト買って来たから一緒に食べましょう」
「わあ!」
箱を開けると、甘い香りがふわりと広がる。
「限定苺チョコタルト!すごくおいしそうです。うれしい!」
弾んだ声を聞きながら、エレナは静かに言った。
「友チョコはいくらあってもいいわ」
やがて紅茶の香りと、甘い苺チョコタルトの匂いが、小さな部屋にゆっくりと広がっていく。
新しい洋服と、友人と、そして甘いお菓子。
恋の話とちょっとしたからかいをスパイスに、やわらかな時間が穏やかに流れる。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴 成功