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秋葉・真昼の事件簿~比路士一族の悲劇~

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「ふむ、容疑者はこれで全員か」
 とある洋館の大広間、嵐によって揺れる窓がけたたましい音を立てる中、集められた人々は皆不安そうな表情で互いの顔を見合わせている。
 そんな彼らに対峙しているのは一人の初老の刑事と、その隣に立つまだ幼い少女──名を秋葉・真昼(どろんバケラー・h02498)と言う──。刑事はともかく真昼は何故こんな所に居るのかと疑惑の眼差しを向けられているが、それを無視して刑事は話を始める。
「事件を整理しましょう、被害者は|比路士 去田世《ころし されたよ》氏。この館の持ち主であり貴方達兄妹の父親、妻は二年前に他界しており現在は家政婦と二人で暮らしていたと……」
 言いながら刑事は凄惨な殺人現場を思い出す。死因はナイフで喉を一突き、抵抗の痕跡はなく部屋が荒らされた様子もない、そして重要なのは被害者が鍵のかかった密室で死亡していたという事だ。
 去田世は所謂人間不信を拗らせていた人物とされており、自室の鍵は彼の持っている一つしか無い、そしてその鍵は室内で死亡していた去田世本人のポケットの中に入っていたのだ。
「はん、お袋に死なれて気が触れたとかそんなのだろ?さっさと俺達を解放してくれよ刑事さん」
 そう言うのは長男の|比路士 矢津田《ころし やつた》、ベンチャー企業の社長をやっているが近頃はその経営が苦しく、また父とは家業である牡蠣の養殖を継がせて貰えなかった事を切っ掛けとする不仲が業界でも有名な人物だ。
「で、でも……父さんが自殺なんてするでしょうか……弱っている様子もなかったですし……」
 矢津田に反論をするのは長女である|比路士 田代《ころし たよ》、医大を首席で卒業し有名な大学病院で医師をしているが、近年その病院が起こした医療事故が大きな問題となっている。
「殺しなら動機のある人は多いな……俺を含めて、人を能力でしか見ない奴だったから当然だ」
 冷静に語るのは次女の|札井 有代《さつい あるよ》、詳細は不明だが父から絶縁を受けており一人だけ名字が違う。現在は工事会社に勤めている。
「オー、シャチョサン、ナンデシンデシマッタネー……カナシイヨー……」
 一人涙を流すのは家政婦のマーダ・ダレディモイー、海外から出稼ぎに来ているこの洋館ただ一人の使用人であり故郷では特殊部隊のエースだった事もある武闘派の人物である。
「事件発生時この館に居たのは貴方達五人のみ、一先ず何故皆さんがこの館に来ていたのか話してもらいましょうか……勿論、別室で一人ずつね」
 刑事はそう言うとまずは長男の矢津田を連れて大広間を離れ、その場には四人の重要参考人と一人の少女が取り残される。結局こいつは誰なんだという問いかけの視線に気が付いたのか、真昼はコホンと一つ咳払いをすると参考人たちの方へと向き直る。
「いやあ、大変な事になってしまったすね……」
 それだけ話すと、真昼は再び口を閉ざした。
 だから誰なんだコイツと、真昼以外の四人の心が一つになるが結局四人全員の事情聴取が終わっても彼女が自らの事を話すことはなかった。
「それでは、事件発生前後の出来事を整理しましょう」
 五人から話を聞いた刑事はその内容をまとめた手帳を見ながら、今回の事件の概要について話始める。
 被害者比路士 去田世は重病を患っており、医者から余命宣告をされている状態であった。
 古今東西稼いだ金の問題は死後にやってくる、比路士一族もその例外ではなく遺産相続について話し合うために集まったもののその結果は芳しくないものだったようだ。去田世の金銭的遺産の多くは事業の相続に使われる事となり、子供達へ割り振られる分はささやかなものだったという。
 当然子供達はそれに反対したが去田世は自身の決定を変える気はなく、彼らを帰そうとした。しかし外は激しい嵐で簡単に帰ることは不可能、そこでマーダが説得を行い嵐が止むまでは館に泊まれる事となった。その際去田世と子供達は館でマーダの作った夕飯を共に食べたが、その空気がどのようなものだったのか想像に難くないだろう。
 食事後去田世は自室に移動し、マーダも彼に同行。残された子供達はどうにかして父の意見を撤回させようと広場で話し合いをしていたという。
 その後話し合いの場にマーダが飲み物を持ってくる形で合流、以降五人で話し合いを続けていたが結局は直談判しかないと全員で去田世の自室へ移動。そこで田代が部屋の向こうの異臭に気が付いた。
 しかし部屋の鍵は去田世しか持っていないため扉を開ける事は出来ず警察に通報、到着した彼らによって扉が破壊され去田世が死亡している事が発覚した。
「刑事さん、被害者の部屋の様子を教えてもらえるっすか」
「かなり凄惨な現場だが大丈夫か?」
「問題ありません、探偵すっから!」
「た、探偵……!?」
 漸く本人の口から語られた真昼の素性に矢津田の表情に動揺の色が浮かぶ。刑事はその様子を目ざとく見つけていたが、あえて追及はせず真昼に要求された通り事件現場である去田世の自室の写真を取り出した。
 死因は喉に刺さったナイフ、部屋の中はその際に噴出したのであろう血で汚れていたがそれ以外に荒らされた様子は無く金銭も無事。またナイフについていた指紋は去田世本人の物のみであり、部屋の鍵も彼が所持していた。
 去田世に抵抗の後は無く参考人五人にも争ったような形跡は見られない、そして去田世の血液を簡易検査したところ膨大な麻薬反応が検出された。これに関してはマーダ曰く去田世は医療用麻薬を処方されており、その処方箋と主治医からの確認も取れている。
「田代さんは確かお医者様っすよね、医療用の薬で幻覚症状が起きる事ってあるっすか?」
「え?それは、勿論……強い薬ですから……療法を守って使用していても幻覚やせん妄などの症状がでる事は、あります……」
「なるほど……ありがとうございまっす!」
 真昼からの質問に咄嗟に答えた田代は彼女から向けられる純粋な視線から逃れるように目を反らす。その様子もまた刑事が観察していた所、静かにしていた有代が口を開いた。
「普通に考えたら父さんが薬でおかしくなってそのまま自殺、っていう話じゃないですか?疲れたんでしょう色々と」
「オー、シャチョサンノナイフ、エッジガウエヲムイテイタヨ。コレハピックヲシヤスクナルモチカタネ」
 有代の言葉に補足するようにそう話しながらマーダは自分の喉をナイフで突く様なジェスチャーをする、彼女もまた自殺の可能性を支持しているらしい。
「確かに。部屋に入ることはできず、争った痕は誰にもない、死に至る理由も存在している……」
「だったら……!」
「いえ、自殺だとしたらあまりにも筋が通り過ぎるっすよ矢津田さん!」
 結論を急ごうとする矢津田を遮るように真昼が声を上げると、彼女は五人をぐるりと見渡してからビシッと指を天に突き付ける。
「これは理論的に構築され、論理的に行使された計画殺人!謎は全て解けたっす!」
 そう高らかの宣言した真昼は、自らの懐から牡蠣の殻を取り出す、それを見た矢津田の顔からさっと血の気が失せた。
「真昼君、それは?」
「これが去田世さんを死に至らしめた真の凶器っす。刑事さん、生体濃縮という言葉はご存じっすか」
 生体濃縮とは生物が環境から取り込んだ物質が体内に蓄積し濃度を増していく現象の事、一般的に牡蠣にあたるという症状はこの生体濃縮によって牡蠣の体内に蓄積した大量のノロウイルスが体内に入り込むことによって引き起こされる事が多い。
「……まさか!」
「そう、これは去田世さんが服用している薬を溶かした水槽で養殖され生体濃縮によって体内に多量の麻薬成分を蓄積させたケミカルオイスターっす!犯人はこれを去田世さんに食べさせることによって中毒症状を起こし昏倒させた!」
 そうすれば後は簡単、意識を失った去田世を部屋に入れ自殺に見せかけて殺害。部屋から出て外から鍵をかけただけの話だ。
「……父さんを好き勝手にできるなら、スペアキーを作るのも簡単か」
「ま、待ってください……!夕食の時にお父さんに中毒症状なんて……!」
「一人いるだろ姉さん、夕飯の後一人で父さんと接触した奴が」
 有代の言葉に田代はハッとなってマーダの方を見る、その意見に同意するように真昼は深く頷くと自らの推理を続けた。
「マーダさんは元特殊部隊のプロっす、人体に習熟した彼女であれば意識のない人間の手越しにナイフを持って、血で汚れないように背後から喉を突く事も容易いはずっす」
「で、でもそれはお父さんも知っている事です……!人を信じないお父さんがそんな人から出された牡蠣を易々食べるなんて思えません……!」
「その答えは簡単っす……何故ならこれは、矢津田さんが育てた牡蠣っすから!」
 真昼の出した答えに姉妹は一斉に長兄に視線を向ける、彼の顔は蒼白で脂汗を流していた。
「もはや逃れる事は出来ないっすよ!犯人はあなた達っすね、矢津田さんにマーダさん!」
 そう言って真昼がVの字の指で二人を指さすと、矢津田は膝から崩れ落ちマーダは諦めたように天を見上げる。
「しょうがねえだろ……才能のある田代や外で自由にやってる有代と違って俺にはこの家と、会社しかねえんだよ……!それをあのクソ親父は……!」
「矢津田兄さん……」
「鬼子が……」
「ワタシハボッチャンガツミニトワナイコロシヲシタイトイッタカラノッタヨー、ソロソロガマンデキナカッタカラネー」
「ですが矢津田さん、このトリックは貴方じゃなきゃ成立しなかったんすよ」
 心配そうに兄を見つめる田代と吐き捨てるように呟いた後に兄を睨む有代の後に一人混ざった明らかな危険人物を刑事が取り押さえつつ、真昼は最後の謎の解き明かす。
「去田世さんがこの牡蠣を食べたのは、これが貴方の育てた牡蠣だったからっす……彼が死んでしまったのは、子供達への愛の証明だったんすよ」
「……は?」
「実情を知らなければこの牡蠣は立派に養殖されたものっす、それを通じて貴方の成長を感じた去田世さんはその嬉しさで牡蠣を食べた……」
「何を、言ってるんだ……」
「去田世さんが家業を貴方に継がせなかったのは貴方の才能を信じ道を狭めない為だっんすよ!それでも息子が自分と同じ道を進もうとし、その才の実りを実感して喜ばない親なんていないっす!貴方はその当たり前の幸福を凶器としてしまったんすよ!」
 その言葉を聞いて矢津田は始め理解できないというような顔をした後、ボロボロと涙を流し始める。そして堰を切ったかのように嗚咽を漏らす彼を背に、真昼は大広間を離れていくのだった。

「やあ探偵さん、ちょっといいかい?」
 食堂で戸棚に入ったお菓子をじっと見つめていた真昼に有代が声をかける。さっと視線を反らして何事もなかったかのように装う真昼を見て有代はからかうような笑顔を浮かべると、棚のお菓子を取り出し封を切って真昼に投げ渡した。
「いいんすか?」
「どうせもう食う奴も居ないさ、なら腐らせるよりはいいだろう?」
 有代の言葉を聞いてそれではと真昼は箱を開けて中のビスケットを食べ始める、バターと小麦の良い香りが漂う高級な一品だった。
「アンタが居てくれてよかったよ、そうじゃなかったら俺達は一生父さんを勘違いしたままだったかもしれない」
「勘違いっすか?」
「そ、なんというかあの人は……平等な人だったんだな。俺達は自分の力でこの先どうにでもできるから、どうにもならない会社の人達を守るために遺産を使う事にしたんだな」
 どこか遠い目でそう語る有代を尻目に真昼はサクサクとビスケットを食べ進めていく、意識の半分くらいはそちらに持っていかれていそうな勢いであった。
「……それよりも、まだ小さいのに本当に凄いなアンタは。最初に集められた時からもう犯人の目星はついてたのか?」
「ええ、全部見えてたっすから」
「ははは、大した推理力だ本当」
 真昼の言葉を有代は一種の比喩表現と認識したようだがそれは違う。読んで字のごとく、真昼は犯行の瞬間を見ていたのである。
 全ての始まりは今日の朝、適当に事件を探して散歩していた真昼は突然の嵐に襲われ近くにあった館に避難。正直に雨宿りさせて欲しいと言おうとも思ったが館の人々は凄い剣呑な空気を放っていたのでこりゃ会話はできないとダルマに化けて去田世の部屋で時間を過ごす事にした。
 しかし散歩で少し疲れていた事もあってかじっとしていた真昼はそのまま爆睡、しかし不意の異臭にハッと目を覚ましたところマーダの犯行の瞬間を目撃する事となった。
 どう見ても即死だったのでこりゃ助けられんとマーダが部屋から出た後無断で死体の様子をチェックし牡蠣によるトリックを看破した後は警察が来るまで待機、幸いにも到着した刑事さんは知り合いだったのでそのまま今着ましたよという顔をしてシレっと合流。
 刑事さんも内心なんでコイツここに居るんだと思ったが真昼がここに居るという事は高確率で事件の犯人を見ているので情報を共有し比路士一族の人間関係とそこからなる犯行の動機とそれぞれの心情を二人で推理。
 事のあらましがわかったら刑事さんから台本を渡され「これ以外喋るな」「空気が重くなったらメモにあるその場を凌ぐ台詞集から適当に選んで話せ」という約束をしっかり守り見事な推理ショーを演出。
 主犯である矢津田の心をへし折り見事自白をさせる事に成功したのである。
 ちなみにこれらの事をもし遺族の前で口にした場合、今後事件現場にある全てのダルマは叩き割ると刑事さんに脅された、権力の暴走である。
 そんな事を思い出しているとやたらと煩いパトカーのサイレン音が聞こえてきた、これは渡された台本の最後に書かれた事件現場からの退場の合図である。窓からちらと外の様子を伺うと刑事さんが矢津田とマーダをパトカーに連れ込む姿が見えた、これ以上この場に居ると台本から逸脱してとても怒られてしまう。
「行くのかい?」
「ええ、私の役目はもう終わりのようっすからね」
 やたらとセリフ回しカッコつけるなあ、刑事さんこういうの好きなんだろうなあ、と思いながら真昼は館を去っていく。その目は既に次の事件を求めて爛々と輝いていた。
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