夕彩、綴りて
●春思の窓辺
朱を含んだ西空のひかりが、夕闇と溶け合いながら窓をほの黄色く輝かせていた。
真昼の温もりを含んだ空気を未だ残した室内はほんの少しあたたかい。やがてあかねに染まりゆく部屋の中、洋燈を灯しながら神隠祇・境華(金瞳の御伽守・h10121)は鍵のついた机の引き出しに大切に仕舞っておいた日記帳を取り出し座椅子にそっと腰を下ろした。
今日あった眩くも喜ばしい出会いが少しだって薄れてしまわないうちに。あたらしい友人が齎してくれたことのはを、大切に、大切に抱き締めるように。使い慣れた万年筆を手に取れば、脳裏には先まであった出来事がその場のにおいや音までもを鮮明に浮かび上がらせてくる。
「……ふふ」
はじまりはちいさな出会い。偶然が呼んだ、暫しの語らいのひとときだった。
すこしだけぎこちない、緊張気味の自分の誘いをひとつ返事で受けてくれたことが嬉しかった。同じ屋根の下で過ごす仲間同士とはいえど、その全員と親密な関係を築けている訳ではなかったから。これを機に彼女のことをもっと知れたらいいな、なんて。ほんのすこしの『よくばり』は境華の胸にほのかな勇気を宿してくれたのだ。
春の甘味はささやかな口実にしか過ぎなかったけれど、彼女はよくよく境華の話に耳を傾けてくれた。子どもだからと態度を変えず、朗らかに笑ってくれることが嬉しくて、ついつい饒舌になってしまったことを普段なら恥じたかもしれないけれど。同じくらいに彼女が楽しげにことのはを紡いでくれるから、気後れしてしまうこともなかった自分のことを思い返せば今になってほんのすこしだけ気恥ずかしさがやって来る。
本や魔導書の蒐集に、あんなに熱心に応えてくれるとは思わなくて。自身が得意とする羅紗の術式や、物語との触れ方に興味を示してくれたことも嬉しかったし、とくとくと今もまだ少しだけ早い鼓動を刻む胸の高鳴りはきっと『たのしかった』と心から思うからこそのもの。御伽使いと魔術師の違い。魔法の神秘と物語に秘められた『ことのは』のちからを手繰るすべは、同じ年頃の少年少女には――少なくとも、同門の徒でもない限りはあまり理解されるものではなかっただろうから。だからこそ、自分よりも経験を重ねた熟練の冒険者である彼女が境華の話を真っ直ぐに受け止めてくれたことが嬉しくもあり誇らしかった。
「彼女はどんな旅路を歩んでこられたのかしら……」
ひとつ、またひとつ。あなたを知るたび、もっと知りたいと願ってしまうのは元来の知識欲からくるものだろうか。それとも、これが『友達のことをもっと知りたい』という純粋な気持ちなのだろうか?
思い至ればそわそわと胸が疼き出す。擽ったくて、落ち着かなくて。思わず笑ってしまうくらいの歓喜が全身に満ち満ちていくようだ。
「……浴衣、お似合いでしたね」
洋装の趣を取り入れた濃い色の浴衣は、彼女のしろい肌とうつくしいきんいろの髪によく映えていた。いつか一緒に和の装いを纏って並んで歩けたら、また新しい喜びを知ることができるだろうか。
『一緒にお洋服を』なんて、何気なしに齎してくれた誘いにまだ実感が湧かない。浮き立つ胸の鼓動に連れて、何処かゆめでも見ているような気さえして。彼女が選んでくれるなら、普段纏ったことがないような装いにも新鮮な気持ちで袖を通せる気がした。
同じものを良いと共感し合えることも、次の話題に悩むことなく次から次へと話が続いていくことも、とても心地よく楽しいことなのだと知れた。あたたかくて、むずむずと体が自然と動き出してしまいそうなこの気持ちこそが、春という季節が運んでくるやわらかなこころの変化なのかもしれない。
「また、ご一緒出来たら……何処に出掛けましょう」
自然と溢れた言葉は、きっと境華自身も気付かなかった無意識のもの。
あたらしく道が開けたせかいに足を運んでも良いし、争いのない平和な世界でただ日常を過ごすことだって彼女と一緒ならば特別なものになるに違いない。
その日が来たならきっと、今日とは違う、それでも今日と同じくらいの喜びを齎してくれるのだろうという予感めいた気配が胸に満ちていくのを確かに感じて、境華はそっと瞼を伏せるとほんのすこしの未来の光景を頭の中に思い描いていく。
――静かに、良い一日だった。
日記の最後をやわらかなことのはで締め括り、少女は微かに吐息を溢して微笑んだ。
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴 成功