1:1 ܀ 暗がりの中の暗がり
܀闇の中に更なる闇は存在すると思う?
それって内包されているもの?
秘匿されているもの?
覗き込む際には充分に気をつけて。
──それでは佳い夜を。
܀
リリアーニャ・リアディオ(h00102)
ダゴール・トムテ(h06166)

ケッ。どっちにしたってお前に手出しなんてできねーよ……魔女の寵愛なんてとびきりの厄ネタ、誰が喜んで受け取るもんか。(愛らしいウインクにがっくりと肩を落とす。いくら弱みを開示されたって、この場所自体が魔女の思い通りなのだから意味がない。番犬付きの宝物を見せびらかされているようなものだと、魔女の意地の悪さに辟易とした顔) まあー……お前が力のある魔女なのは十分思い知ったよ。
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……ふふ、(妖精の顔付きや声色は一旦隅に置いたとして──認めざるを得ないといった様子の称賛と呼ぶに差し支えない言葉に対し、魔女は笑った。それは得意げでもなく、驕るようなものでもなく、どこか乾いていて。自嘲とは違えど誇れない何かを秘めているような)
……さあ、着いたわよ。何も怖いことなどなかったでしょう?(一生続くかと思われた長い通路をいつの間にか抜けて二人は扉の前に立つ。これ以上勿体ぶる理由もないので早々にドアノブに手をかけ、書庫への道を開いた)
(中は決して狭くはないがそこまで広くもない。景色を映さぬ黒塗りみたいな妙な窓に、並ぶ書棚にキャビネット。ささやかなお茶会を開くには申し分ないテーブルとソファ。壁には標本やアンティークの植物画が飾られている)
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(魔女を直視していなかった妖精は、その笑い声の機微に気づくことはなかった。魔女が開ける扉の先へ、不安と期待の入り混じった一歩を踏み入れる) ……ほお。(不安の由来するイメージは、煮詰まった薬品のこびりついた大鍋か、或いは桃色の調度品に統一された香水のきつい部屋) 森の中のお菓子の家に比べりゃ、まあまあマシな趣味だな。(憎まれ口の棘も柔らかく。ティーブレイクのできそうなテーブルセットや書棚に並んだ背表紙へと、小さな瞳が忙しく目移りする。案内されないうちから一歩を踏み出そうとして、しかしはたと繋がった手と手に目線が落ちた) ……もういいだろう?
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見知らぬ子供が突然迷い込んでくる、なんてこともないからどうぞお寛ぎになって、|お客様《My Guest》。今はあなただけの貸切よ。(そこまで言って、妖精の一言に繋がれた手を見下ろす。…部屋に入った後でも勝手に振り払ったりしないのは彼の用心深さか)ええ、どうぞ。(離す直前に一度だけ、悪戯にきゅっと力を込めてから解放する。そのあとは両手を持ち上げて戯けてみせた)
せっかくだから紅茶と焼き菓子はいかが?(彼が中を好きに見て回るならそれも気にせず咎めず。魔女はキャビネットへと向かう最中に問いかける)
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なに?(解放されるとまっすぐ書棚の方へ向かう――と思いきや途中で動きを止め、振り返った。足を踏み出した格好で、「なに?」の「に」を発音したまま口が固まっている。数秒間の逡巡のあと、) ……紅茶だけ貰う。(端的に言って、書棚へ向かった。お茶が入るまでの間、蔵書を見ているつもりらしい。魔女に供されたものを口にする危険性に関しては、出てきたものを調べれば済むと判断したのだろう)
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紅茶だけ、ね。(焼き菓子に興味がないのは“呪い”のせいだろうか。それとも何か仕込みを警戒されている──?前科がゼロではない魔女は大人しく紅茶の準備を進めた。あまり魔法を使いすぎると怪しまれてしまいそうなので時間は掛かるが現実的にいこう。地味にケトルなんてものも準備はあるし)
(妖精が向かった先の書棚には、魔導書に始まり魔術・呪術の本、学問書や図鑑、絵本から童話まで──魔女の嗜好に沿った様々な書物が並んでいる。背表紙をざっと眺めていくと、……とある一冊の本が灯りにきらりと微かに光って見えたかもしれない)
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(本の群れの前に立った妖精はひととおりの背表紙を検めると、時折”ほう”やら”ふん”やら小さな感嘆の息遣いを漏らしながら、一歩も動かなくなってしまった。切れ長の目をいつもより微かに見開きながら、代わる代わる本を取り上げてはぺらぺらと頁を捲る) ン?(表題を読みながら指先を横に動かしていくと、光の悪戯か妖精の目を誘う一冊を見つけた) ……なんだ?
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(妖精の興味を強く引き、手にまで取った本は何だったろうか。サバトの手法?オガム文字の書籍?幻獣図鑑?はたまた──)(と、そんなものより一際彼の興味を誘ったのは不思議な装丁の本だった。見る角度を変えればその本も色を変える。|薄紫《ラベンダー》から|青《ブルー》へ。何かに表すのならば虫の羽── 美しいモルフォ蝶のような)
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(背表紙を撫で、その本がそこに在ることを確かめながらも、暫く妖精はそれを引き出そうとはしなかった)(それが何か思案を巡らせていたわけでもなく、警戒していたわけでもなく。ただ光のグラデーションに見入るだけの時間があって――誘われるようにそれを手に取って、開こうとする)
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(妖精がその本を手に取り開こうとすると、ふいに光の糸が現れパッと切れて散った。本を閉じるために括り付けていた見えない“何か”を取り去ってしまったような、そんな感じだ。そしてそれは彼の手の中で小刻みに震え始める──)(何か“よくないこと”が起きそうだ!きっとそう思わせただろう。しかし本の中から何かとんでもないものが飛び出してきたり、突然なんらかの呪いが発動したりする様子はない。ただ“それ”は命を宿したかのように、ページをぱたぱたと羽ばたかせ宙に浮いた。モルフォ蝶のように!)
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(まずい!妖精は咄嗟に懐へ片手を突っ込む。武器を手にしたのかもしれないし、封印を施すための道具を探したのかもしれない。しかしそれが何かを掴む前に、本は蝶のように手の上から翔び立ってしまう!) ――Oops!! (驚いて一歩引いた) なんだこいつは!?
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ん?(紅茶の準備が済んだ頃に書棚前の彼が大きな声をあげたので何事かと振り返る。──ぱたぱたと羽ばたく本はそれでも変わらず美しく、一層鮮やかに色を変える様を見せてくれている。しかも妖精に懐いているようで、彼の周りを自由に飛び回る)……あーあ、解いちゃったのね。(ただそれだけ言って、トレイの上に乗せたティーセットをのんびりテーブルへと運ぶ魔女)
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これみよがしに光ってやがったんだ!(今や妖精は書棚を背にして追い詰められていた。周囲を飛ぶ本を払い退けようにも、害意がなさそうである以上触れていいものかわからず手が出せないらしい。情けなくも頭を庇うように縮こまるしかない) なんだこの本……纏わりついてきやがる!なんとかしてくれ!
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あなたのことが気に入ったのよ。仲良くしてあげればいいじゃない。(トレイからティーカップとポットをテーブルに移す。そうしてからやっと書棚の方に向き直って)……仕方ないわねえ。──手を出して。(シュガーポットから角砂糖を一個取り出した。それを彼に向けて放る。受け取るために手を出したなら、小さな白い四角はたちまち妖精の掌で形状を変え“花”となるだろう── |蝶《本》は一時的にそこへと留まるはず)
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(ひらひら舞う本を視線で追いながら、言われた通り手を差し出した先へ、寸分違わずそれは収まった) 砂糖?(怪訝な顔をしたのも束の間、角砂糖が咲かせた花へ誘われて再び本が手の上へ戻ってきたのを見て、おお、と感嘆を漏らす) ……結局なんなんだよこの本は?(また飛び回られてはたまらないと、両手で包んだ花の上に蝶を乗せ。そろりそろりとテーブルの方へ寄っていく背の高い妖精は、なかなか間抜けだったかもしれない)
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(蝶を刺激しないようにと慎重な足取りでこちらへ向かってくる妖精を、隠しもせずにくすくすと笑いながら手招いて)√ドラゴンファンタジーのダンジョンで入手した本よ。威勢が良すぎて私もまともに中身を読んだ記憶がないのだけど、本としては図鑑だったわ。珍しい花々を記した── (ポットを傾けて紅茶を注ぎ入れながら)…… そうよ。確か、幻の花に導いてくれるという言い伝えを持っていたはず。
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本物だとしたら大した代物じゃねえか。(テーブルに花を置き、そうっと両手を離した。稀少性はともかく、今の妖精には不要なものだ)
幻の花、ねえ。モーリュ、アグラオフォティス、シダの花……いくつか心当たりは出てくるが、”本物だとしたら”の話だな。(本から解放されると、ようやく妖精は椅子に腰を落ち着けることができる。どうやら一時の驚きで、警戒心が少し解けてしまったようだ)
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そう── ”本物だとしたら”(琥珀色の表面が揺れるティーカップをソーサーと共に彼の方へ差し出しながら、軽く身を乗り出す)…… 誰もがそういったわ。当時の私を含めてね。でも、一体|誰が《・・》真実に辿り着けると思う?……最後まで“追い求める者”よ。(そこまでいうと、腰掛ける椅子の背凭れまで姿勢を戻し)……まだ名前すらも知られていない花が待っているかもしれない。そう考えると浪漫があるでしょう。もしかしたらあなたの呪いを解くのに役立つかも?……解除の術が多岐に渡る分、色々試して経過や反応を観察することは大切よ。呪文、儀式、魔道具、薬── 材料の組み合わせもあるし、特に植物は花弁、種、葉、蜜と有効活用できるものばかりなのだから。
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そんな破れかぶれの方法で”当たり”が見つかんのか?(ティーカップを前にして、妖精は手の中に銀のティースプーンを出現させた。カップの縁を2回叩く。チリンチリンと音がする。紅茶を右回りに2回かき混ぜる。小さく渦ができて、消える。) ……ただの紅茶だな。(少なくとも、彼が見た限りは) まあ現状。オレは手を尽くしちまって、破れかぶれにならざるを得ないのは事実だけどな。
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そんなことを言っていたらいつか本当の正解を取り零すわよ。(大方予想通りの反応ではあったけれど── それよりも妖精は目の前の紅茶に妙なものが“掛かっていない”か確認することに夢中のようだ。特に用心深さを咎めるようなことはしない)冷めないうちに召し上がれ?今年の八朔の花は香り高くて良質なのですって。(きっと気に入ってくれるだろうという自信を以て勧めた)……まあ、何が言いたかったのかというと、その希少性の高い本はそのままあなたに差し上げるわ。すっかり懐かれたようだし(──封を解いたのだから当たり前だけれど)役に立つ日も必ずくるでしょう。直接的ではなかったとしてもね。
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柑橘系のフレーバーは下品に香りを際立たせたのが多くてイマイチなんだがな……。(嫌味は流し目とともにわざとらしく。取っ手をつまんで口元に寄せる。鷲鼻がすんと動いたあと、慣れた仕草で一口) …………。(眉間に皺が寄った。気に入らなかったのは、味ではなく。どうやら批判する言葉が見つからないことのようだ)(どうにか揚げ足を取ろうと考えていたものだから、”差し上げる”という言葉に反応が遅れた) なに?(魔女と本の間を、視線が2回往復した。こんなに稀少なもの、真贋に関わらず妖精が簡単に手に入れられるものではない。ましてや、彼が古書を嫌っていないことは部屋に入ってからの態度にも明らかだ) おい、施しはやめろよ!オレの負債がどんどん増えちまうじゃねえか!
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(もてなしの為にと慎重に選んだ茶葉だ。これといって心配はしていなかったけれど、沈黙の葛藤には僅かに首を傾げていた。……意地悪な台詞を差し向けた手前、素直に美味しいと言い辛いのかもしれないと予想をつけたところで── 妖精が声をあげる)まるで思春期のような扱いの難しさね… 贈り物にはもっと素直に喜んでくれてもいいのに。それと… 私たちの|関係《契約》を負債といった言葉で表すなんて。(冷たいのね、と妖精が嫌う上目遣いで)ほら。魔女の棲家に踏み込んだ勇気を讃えて──ということで?(毒入り紅茶を出したほうがよっぽど喜んでくれたかもしれないな、なんて本人に聞かせる機もない皮肉を心の内で)
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喧しい。楽しいお茶会がしたいなら別のやつを呼びやがれ。(また目を逸らす。というよりも、妖精は一度も貴方と視線を合わそうとはしていなかった。しかし、手に持ったカップは一向にソーサーへ戻される様子はない) これを借りにはしねえぞ。勝手にオレについてくるんだから仕方ない。……ていうか、なんでついてくるんだ?お前も魔女は嫌いか。(砂糖菓子の上でゆっくりと表紙を上下させている本を、指の背でそっと撫でる)
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(ここまであからさまだと合わせたくなってくる魔女の心理)……どんなに強気な言葉でも目を合わさなければ効果半減なのよ?(蝶は妖精の指を受け入れ、揺らぐ美しい煌めきを見せている)まあ、元の相性もあるでしょうね。自然信仰の魔女としては寂しい限りだけれど。それに、私だって本を粗末に扱ったりはしないし。……もしかしたら本当に、あなたに|知らせたい秘密《読ませたいページ》があるのかも。(自分用に紅茶を注いだカップを持ち上げ、一口)……何にせよ、|本《その子》が最も必要とする人のところへ行けばいいわ。ここにいても書棚で眠るばかりだものね。
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結構だ。おかげさまでオレも、お前の話を話|半分《・・》に聞いていられる。(ちらりと蒼が魔女の方を盗み見るが、目の合わないうちに戻ってしまった) オレだって、本一冊匿ってやる程度の度量はあるさ。思うに、本棚よりも引き出しの中に独りでいるのが好きなんだろう。気が合うかもしれん。(同じように、カップを口へ運ぶ。暫し、沈黙があって) ……昔は本なんて、見栄っ張りが棚を飾っておくインテリアとしか思っていなかったんだがな。|他人《ひと》に聞かせてもらわなけりゃ、文字すら読めなかった。(小さな呟きは独り言のようであったが。この場に解する者がふたりだけな以上、貴方へ語られている言葉に他ならない)
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はあ…、もっと真剣に耳を傾けてくれなくちゃ。(一瞬感じた視線を取り逃がす。碧色が見返す頃にはすっかりと逸らされて。行儀がよろしくないことは承知の上で頬杖をつき、こうなったら妖精へと目線を固定させて)……人より本の心を読む方がお上手ね。(戯言を差し向け、沈黙が残った。気にせず瞬きだけをして── その間に耳に届いた独白じみた声。ゆる、と碧色が僅かに細められる)……読み聞かせてくれるひとがいたの?(その声はどこか羨ましそうにも響いていた)
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オレにじゃあない。(その声色に郷愁はなく。それこそ本の文字をなぞるように語られた) 妖精トムテは家憑きの妖精だ。奥様がぼっちゃんに読み聞かせる|寝物語《ベッドタイムストーリー》を、屋根裏でネズミと一緒に聞いていただけさ。(テーブルに落ちる目線の先で、カップがソーサーに置かれて軽い音を立てる) ……ずっと昔の話だ。
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……なぁんだ。そんなに|珍しい話《・・・・》でもないじゃない。(感想の割に声はどことなく嬉しそうで、頬杖をついていた頭が僅かに傾いた)あなたは屋根裏、私は地下室。|友達《ねずみ》はどこも共通みたいね。(同調だとか傷の舐め合いだとかそんなつもりはない。ただ淡々と、今更書き換えることのできない|物語《過去》を語るだけ)……ねえ、見て。今の私たちは言葉も文字も扱える。素晴らしいことよ。貪欲に生きましょう、これからも。(今なら一瞬でも目が合う予感がした。どんな感情を以てかまでは予想つかなくとも)
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言われるまでもねえよ。だからオレだってこんな恐ろしい場所にまで出向いてやってんだろ。オレの願いなんて魔女の欲望に比べりゃ可愛いもんだぜ。ただこの舌で、甘いものを食いつくしたいだけなんだから。(ティースプーンの先を貴方に向けて振る。結局のところ妖精が魔女へ向けるのは、反目と嫌味の視線ばかりなのだ) というか、勝手に仲間意識を向けて喜ばないでいただけませんかね。オレは孤独が嫌いじゃないし、一応友人だっていたんだぜ。
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いうほど恐ろしい場所でもなかったじゃない。美味しい紅茶をいただけて、加えてお土産まで。それに、少なくとも私は強力な呪いをかけられるほど恨まれてないわ。(スプーンの先を向けられようとも、視線に嫌悪が滲もうとも。魔女は相変わらず悪びれも臆しもせず思うままを口にするだけ)あら、私がひとりで喜んでいる分には自由でしょう?…本当に孤独を気にしていないのなら明言することもないと思うけど。ネズミ以外のお友達?妖精仲間とか?
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……。(だとしたらここに至るまでの廊下はなんだったのだ。そう反駁したそうな妖精だったが、他人からの恨みを買うことにかけては言い返す余地もなかったので、黙って紅茶を飲むことで文字通りお茶を濁した) 翠石洞のノーム……は、やつの細工を壊して以来会ってないな。黒い森のプーカ……いや、オレの格が下がる。腐れ沼のケルピー……あれは革にしたんだった。(指折り数えようと出した左手は、小指の一本も曲がらない。旗色の悪くなってきた妖精は、テーブルの下に手を隠した) む、昔はともかく。近頃は特に付き合いが広いんだ。それに、屋敷のぼっちゃんとは最後まで友達だったぜ!
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(通路に関して説明した通り、闇の底は害なきものには寛容だということだ──ときに例外はある)………………(妖精が数少ない過去の交友関係に想いを馳せている間、砂糖を一粒足してみようか考えていた。シュガーポットを見る。暫し悩む。やっぱりやめておこう)………それで?(と、結論を促したところで)……近頃、ねえ。まあ、私との付き合いも確かに新たな形でしょうし? ──“最後まで”友達だった?ふうん。ちなみにそれってどんな最後だったの。(否、どうして“最後”となってしまったの?と尋ねるべきか)
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殺されたよ。(砂糖の花から落ちた欠片を、つまらなそうに指先でぴんと弾く) 実の父親――オレにとっては|元《・》ご主人様だな。そいつに鞭で打たれて死んだ。がっかりしたさ。父親なんかより百倍も面白い子どもだったのに。
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(動作自体はとても静かだった。テーブルに両手をついて立ち上がり、次に伸ばした手が妖精の肩を掴もうと迫る)(交差する碧色はいつもの鮮やかさに加え暗い闇を抱えて)───殺してやったんでしょうね?(二回目ははっきりと言葉にした)その父親のこと。(がたり、と傍のキャビネットが嫌な音を立てた。それを始まりの合図として部屋全体が震え出す。かちゃかちゃとカップとソーサーが小刻みに音を立てる。地響が足裏を打つ) ……ああ、酷い。あまりに不憫だわ。 (魔女の怒りは誰の為か、哀れな少年か、唯一の友を失った妖精か、はたまた──)
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(以前、魔女の瞳を覗き込んだとき。妖精はそれを静かな底なしの泉のようだと感じ、恐れた。今は違う。確かに見える水底の、昏い泥が|せり上がってくる《・・・・・・・・》)(膚が粟立つほどのプレッシャーを感じたときには、もう逃げられなかった。いや、動けなかった。両肩を掴まれ、碧から目を逸らすことができない) ……こ、(息を吸い、吐くのも重苦しい。それでも、言葉を紡がなければ。回答を間違えてはならない。それでも――) 殺しちゃいねえ……オレは。(――この話を嘘で偽ることはできない) ぼっちゃんが亡くなった失意で、奥様はその日のオレの”供物”を作らなかったんだ。おかげでオレは、主人に灰をかけて家を出ることができた。(貴方を睨みながら、喘ぐように話す)
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妖精の加護を失った家は"揺り戻し"がくる。家は数年のうちに没落して、奥様は病死。主人は金の無心に行く最中、馬から落ちて死んだ。奴が肺から空気を漏らしながら吐いた、今わの際の言葉はこうだ。「|
Why is this happening《どうしてこんなことに》...」。(冷たい汗が頬を伝い、妖精は語り終えた。彼が見たままの|物語《ストーリー》を)
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(碧色は一度捉えた昏い青を決して逃しはしない。言葉で明確に急かしはせずとも、瞬きすら感じられないほどに瞳の奥を覗く眼差しが妖精の回答を待ち侘びていた) ───、(まず先に否定が返る。肩を掴む手に力が籠る。それだけで留まったのは、話に続きがあったから)……(睨む視線を飲み込む勢いで見詰め、最後まで言葉は挟まずに── やがて|結末《エンディング》まで聞き遂げて)…………やってやったじゃない。(底から響く揺れは、気が付けば止まっていた)……ぁは……っ、おまえが|殺《や》ってやったのよ!だって、そうでしょう?“揺り戻し”をわかっていたのでしょう?どうにでもなれと、死ねばいいと思っていたでしょう。(鮮やかさは揺らがず瞳が弧を描く。口元が歪んで笑う)
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間抜けな最期の言葉までその口で語るということは、見ていたの?ねえ、なんて言葉をかけてやったの?|そいつ《死体》に。ざまあみろって?もっと酷い言葉でもいいわ。聞かせてくれないの?物語の完結に不可欠よ。おまえの言葉で締め括ってよ。(ぐい、と引き寄せ)──私をがっかりさせないで。
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…………。(妖精の右手が、肩に乗った魔女の左手首を掴む。強く力を込めて、それを引き剝がした) がっかりさせないでだと?頭に乗るなよ、魔女。オレはお前に、物語を読んで聞かせるだけだ。批評まで許した覚えはないぞ。|これはオレの物語だ!!《・・・・・・・・・・・》(か細い少女のような手首を締め上げる、骨ばった長い指) 行儀の悪い子どもに聞かせてやる話はねえ。オチが知りたけりゃ、最期まで大人しく座ってな。でなけりゃ今日はお開きだ!
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───!(左手を引き剥がされ、妖精の細長い指が手首に強く食い込む。きしり、と空間が軋む)……っ、なんでよ。あなたの物語なら、…あなたの物語|なのだから《・・・・・》!私の聞きたい一節は、あなたにしか紡げない…っ、聞かせてよ。教えて。友達だったんでしょ?大切だったんでしょ?恨んでよ。怒ってよ!(物語の続きを知りたいと強請る子供そのもののように、癇癪を起こす。その裏側に、伝わるはずもない何かを抱いて。地響の次は霧じみた闇がたちまち底から湧き上がり、二人の足首ほどまで部屋を満たしていた)
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(次々と異変を起こす書庫。揺れるテーブルに、本の蝶はたまらず飛び立って寄る辺を求める)(そんな中でも、妖精は怒りに眉根を寄せて貴方と視線を結んでいた。瞬間――)
(左の平手が、魔女の頬に飛ぶ)
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……どうした。我儘は終わりか。(握られていた手首が解放される。椅子を引き、妖精はローブを翻して背を向けた) 運命を他者に侵されることが嫌いか?理不尽な力による抑圧が怖いか?|オレもだ《・・・・》。 過去も感情も、オレ自身。お前に期待されたり強制される謂れはない。契約だからと明かしたが――不愉快だ。今日は帰らせてもらう……尤も、(僅か振り向いた眼光に、強く鋭い光) 門を開けないというのなら、オレにも覚悟がある。
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……ええ。おかげで目が覚めたの。子供じみた我儘は終わりにしましょう。(上げた顔の白い片頬は赤みを帯び、それでも碧色はいつもの鮮やかさを静かに取り戻した) “嫌い”も“怖い”もないわ。私にとってそれはただの現実であり、どんなときも何を諦めるべきかを知らしめてくれる。あなたの主張は── 真っ当ね。物語に童心を動かし過ぎた、愚かな魔女と思ってちょうだい。(鋭い眼光を受け止め、妖精の横をすたりと通り過ぎる。引き止めるつもりも理由もないと、抵抗なく扉を開けた。闇で満ちていたはずの通路の奥からは、白い光が差し込んでいる)
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(真偽を疑ったのか、或いは単に眩しかったのか。光に僅か目を細める。それでも帰路を示されれば、歩みは迷いなく扉へ向かった。魔女の横、光の前に一度立ち止まって) オレは絶対に諦めない。どんな運命も抑圧にも、徹底的に反抗してやる。(だから、ここに来たのだと)(ローブを広げると、書庫を飛び回っていた|蝶《本》が花に止まるように内側へ入っていった。妖精はすれ違いざま、碧い瞳に目線を投げかける) ……茶葉は悪くなかった。次までに切らさないようにしておけ。(傲慢に言い捨てると、光に消えていくだろう)
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(横にて立ち止まる妖精を碧色が見上げる)…ええ、|理解《わか》ってる。(だからこそ、彼は契約を違えないことも。|蝶《本》が新たな持ち主へと定まる煌めきを一瞬だけ追って── 最後の一言に目元は緩く弧を描く)次の夜を楽しみにしているの。(果たしてその背中に届いたかどうか。妖精の姿が消えた瞬間に白い光は飛び散った。後に残るは静寂と暗闇)
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