み空の下

空に還る

翊・千羽 4月21日22時

 

――ぱいろっとになりたい。

短冊に書かれた願いがあった。
ひらひら、繋ぎとめられた夢。
“ちはね”の夢。
オレではない、誰かの夢をみていた。
目を覚ましても、オレの夢ではなかった。
幼い日の記憶。

「|飛行士《パイロット》になりたい」
「それは本当にお前の|夢《モノ》か」
愛らしい栗色の毛がちょんとはねている。子どものような見目をしている彼は、もう百年以上も生きているらしい。妖怪は長生きなのだ。見たことのない工具を器用に動かしながらも、オレの言葉に耳を貸してくれる。
「|澄切《すみきり》」
「|刻天《ときのそら》から聞いておろう」
刻天。オレの親代わりのようなひと。優しい鴉天狗のおじさん。いつも一本足で立っていて、よく転びそうになるのをオレが支えてあげている。
「本当にオレの心が分かるの?」
「あゝ」
不思議。オレにもまだ分からないことだらけなのに。
不思議だけど、不思議じゃないんだって。澄切は|覚《さとり》だから。人の心が、分かるんだって。

胸に手を当てる。鼓動がゆっくりと伝わった。彼の手元の工具に視線を移す。
「分解できたら、解き明かせるのに」
「お前を? 死んでしまうぞ」
「うん、だから出来ないんだ」
今は未だ。思考すれば、丸い瞳がオレをみあげる。小さな手が伸びて、額を弾かれた。
「あいてっ」
「刻天を悲しませるな」
「うん、兄さんも、未完も悲しませたくないけど」
でも、でもさ。澄切。
「オレは」
紡がなくても、分かるんでしょう。
その願いはオレという存在を許してはくれない。破滅を欲する思考が、誰かを悲しませるなら、オレの生き方を許してくれる存在はいつも何処にもありはしない。ならば。否、そうでなくとも。
「――空に、還りたい」
いつでも、いつも、準備は出来ている。生まれた時から出来てる。
滲んでいく。青が、瞳に溶けていく。表情が固まって動かない。

望まないでほしいことがある。
望んでほしいことがある。
自由でいてほしくて、いつも口にすることを望めない。
「たそ彼」
「知っているでしょう」
君はオレを千羽と呼ばない。
「仕方のない奴だ」

飛びたい。空を飛びたい。
言わないでも、分かって。
我が儘な子と、撫でる掌が優しい。

寂しくも悲しくも怖くもない。
ただ、漠然とどうしたらいいかわからなくなる時がある。

「お前は迷子になるのが得意だな」
「今はここにいる」
「そういう意味でないわ」
「?」
「飛んでみるか、空」
後で分かった。
彼が作っていたものは、オレの翼。
飛んでみたら、分かった。
「簡単だった」
聞かなくても分かると、澄切が呆れた顔をする。
「兄さんも、未完も。言葉でオレを否定しないもの」
心の内なんて、君のように知り得ないのだから。

だからオレは――。
オレのしたいようにすることに決めたのです。