アストライアの格納庫

エピローグ『火喰いの兵器廠』

マキ・タカミネ 5月11日08時

【第五章:星の眠る場所】

星の子たちが軽やかな足取りで残骸の間を飛び回り、マキ・タカミネのアストライアが、静かに、慎ましく、その場に在る者たちの魂へ語りかける。

「今日は、ティンダロスでイザリさんの治療を受けていらっしゃる鉄牛さんの近況報告と… 皆さんのお話を、ゆっくり聞きたくて…」

彼女の声は、風に溶け、朽ちWZたちの沈黙と優しく交わった。
それは祈りではなく、対話だった。
この場所に「生者」として立ち、なおも誰かの声に耳を傾けようとする者の、確かな意志だった。

一方そのころ、ティンダロス。

格納庫では、複数のアームが忙しなく動き、鉄牛の巨躯を慎重に支えていた。
未だ深い沈黙の中にあるその巨体の横で、白衣の少女――イザリ・ファクトリアが、タブレットを叩きながら独り言を零す。

「装甲を換装して、破損パーツを交換して、内部機構の洗浄と調整……うん、これはやっぱり滅美さんに格納庫増築の申請を出さないとですねぇ。……いや、絶対渋い顔するだろうなぁ……」

そう呟きながらも、彼女の手は止まらない。
タスクは山のようにある。調整、最適化、対話、記録、そして――尊重。

「でも、鉄牛の意志を最優先にします。技術介入は最小限。私はただの技術屋ですから。生き方までいじくれるような神様じゃ、ありませんから」

微笑むイザリの目は、少しだけ潤んでいた。
それでも、顔を上げる。

「あ、でもですね――」

スツールを回し、通信モニターに向き直る。

「『彼ら』の記憶波形、まだ少し残ってるみたいなんですよ。過去の技術、戦場で使われた謎の同期形式……これはこれで浪漫ですよ、マキさん!」

高らかに、そして快活に笑った。

「浪漫が……さらなる浪漫が……ワタシを呼んでいる気がするのですよねェ!! ひっひひひっ!!」

響く笑いは、鉄と油と記憶の中に、確かに生の気配を残していった。



最終章『星の下、祈る者たち』

第一節:再起動の朝

ティンダロス傭兵団・第二格納庫。静まり返ったその空間で、巨大な修復ポッドが一つ、音もなく作動していた。中に横たわるのは、“鉄牛”。

──否、“かつて鉄牛と呼ばれていた存在”だ。

彼は、かつては人間であった…
戦争の果てに怪異と融合し、破壊兵装そのものと化した。彼の巨躯は人の三倍を優に超える。厚い外殻装甲の隙間から漏れ出すのは、微かに歪んだ波形と焦げたような熱気。

「浄化フィールド、安定圏を維持。融合コアの抑制装置、作動中……よしっ」

イザリ・ファクトリアは、分厚い資料の山と格闘しながら制御端末を覗き込む。その目は血走り、しかし確かな希望の色を灯していた。

「鉄牛さん。貴方が“目覚めたい”と願うのなら、ワタシはその意思を支えますよ。浪漫の名の下にっ!」

第二節:人と怪異の狭間で

鉄牛の目の部分にあたるライトが、ちかちかと点滅したのち…点ったままで安定する…。

「……また、目が……覚めたか……」

声は、鉄と岩がこすれ合うような重低音。それでも確かに、それは“言葉”だった。

「おはようございます、鉄牛さん。今は、ティンダロス傭兵団の第二格納庫内です。ご安心ください。外界との接触は最小限に抑えています」

「そうか……なら、まだ……俺は……抑えられてるんだな」

かつて彼は、戦争の最中に兵器と怪異を取り込むという禁忌を犯し、その代償として自身の存在意義をも飲み込まれた。それでも、彼の内に残っていたのは、「守る」という人間らしい衝動だった。

「俺はもう、人間じゃねえ…純粋な兵器でも、機械でもねぇ……それでも、お前らは……」

イザリは微笑む。

「はい、技術者ですから。誰かの選択と意志に寄り添うのが仕事です」

第三節:朽ちた者たちの言葉

その頃、マキ・タカミネは、アストライアの背にパーツを積み込み、再び「彼ら」の元を訪れていた。砂に埋もれた朽ちWZたち。戦いを終え、なおもこの地に縛られているかのような、歪な骸たち。

「今日も、鉄牛さんの近況報告と……それから、皆さんのお話を聞きに来ましたよ~」

アストライアと星の子たちが散開し、倒れた機体の間を歩きながら、静かに波形を読み取っていく。時折、故障した通信回路に微かな反応が返る。それは、過去の記憶であり、断ち切られた戦場の断末魔であり、そして、まだ終わらせたくないという願いだった。

マキは膝をつき、小さな祈りのように語りかけた。

「皆さんの想いは、ちゃんと届いてますから…。だから……安心して、少しずつ、眠ってくださいませね~」

第四節:浪漫の果てに

「はあぁぁ……装甲パーツは交換済み。次は、内燃炉周辺の冷却管交換ですね。あーもー、やっぱり滅美さんに格納庫増設の稟議通さなきゃ……」

イザリは格納庫を歩き回りながら、スケジュールと見積もりを同時に頭の中で組み立てる。鉄牛の存在は、物理的にも、技術的にも、倫理的にも巨大だ。

──けれど、それでも「生かしたい」と思った。誰かを救ったあの一瞬の“選択”に報いるために。

「……んー、やっぱり最低限の補助装置以外は全部外しましょう。彼の自己意志を最優先で……。ワタシはあくまで技術屋ですし。あとは、あれです、あれ。朽ちWZたちの通信波形も並行解析して……っと、浪漫がまた呼んでますねぇぇ!!!」

第五節:空に昇る星

日が暮れかけた空に、人工衛星のきらめきが一つ、二つと灯っていく。

マキが一つのジャンクパーツを撫でながらつぶやいた。

「今夜は…空が、少しだけ、優しくなった気がしますね~……」

星の子たちが静かにうなずく。

イザリは格納庫の鉄牛を振り返り、再び修理台に向かう。未完の設計図が数百ページ。終わることのない道。

それでも、足を止めない。

彼は人ではない。
けれど、だからこそ「人を守ろうとした」その矛盾は、イザリの中で確かな尊敬となった。

「さあ、行きますよ鉄牛さん。“浪漫”の続きを──一緒に見に行きましょう!」


【『火喰いの兵器廠』終章 完】