第八汎神資料室

資料:斎川・維月が災厄として機能しない可能性

斎川・維月 7月6日01時

 斎川・維月の存在が災厄として機能しない可能性に関して。
 ……まあ、お前からすればもう散々考えた事ではあるのだろうが、整理と再確認だ。聞け。

 第一には、『そもそも世界全体に広がるほどの出力を持っていない』場合だ。
 斎川・維月が死亡した際に『溜め込んだ呪い』とも言うべきものが広範囲に拡散する事。これは確定だ。同分類個体の実例が複数あるし、別の√世界の技術や知識も併用し呪術的魔法的な手段で確認済みでもある。
 だが、その出力規模に関しては推論に過ぎない。『実際にはそんな広くない』可能性は理屈上充分にある。同分類個体……怪異『縊鬼』達の発生過去例をデータとして纏め、基として仮計算をしているだけに過ぎないのだからな。発生即死んだ個体、1年ほど野放しだった個体、偶然行き会った人間と多少のコミュニケーションを成立させた個体、追われ逃げまどい石を投げられ苦痛と怨嗟の念をそれなりに積み重ねたであろう個体……等々、多岐に渡る類例から『情緒を育まれる程、感情豊かになる程に、その出力は累加的に上がり効果範囲が広くなる』と想定されているが……その累加曲線の度合いが想定よりも緩やかであれば、或いは上限とでも言う物が存在して居れば、我々及び斎川・維月の心配は文字通りの杞憂となる。
 ……とは、言え。これは希望的観測ですら無い。『別の√世界の技術や知識も併用し呪術的魔法的な手段で確認済み』である事には、斎川・維月が『人間災厄である』事自体も含まれているからな。複数の手段を以ての観測で『人間災厄』である事が確認されている以上、斎川・維月が『人類社会を崩壊させ得る』要素を内包している事だけは確実だからだ。

 第二には、第一の可能性の延長上にある『呪いの相殺が上手く行っている』場合だ。
 斎川・維月はこれにこそ日々全力を傾けている。要するに出来るだけストレスを溜めない様に好き勝手に楽しく生きている。こう言うと気楽な物に聞こえるが……実際の所は簡単な話ではない。『ストレスを溜めなくて良い』事と『ストレスを溜めてはいけない』事は同じ様で大きく違うからだ。ストレスを溜め得る、ネガティブな感情を生む可能性のある状況からは徹底して逃げ、内心の思考でも目を逸らし忘れる様に務め、軽い態度を徹底する事でその言動を補強し、同じく常に楽しい事を探し、無ければ無理やりにでも捻り出し、表情は出来るだけ常に笑顔で言動ははしゃぎ倒す事で自己暗示的に己の情動を上向けさせ続ける。そしてそれら全てを『本心から行い続け』なければならない。嫌々やって居たりしたら全てが逆効果だからだ。ハッキリ言って相当な難易度だろう。
 ……但し、行為自体は別におかしな事ではない、要は誰もがやっている『自分で自分の機嫌を取る』行為だ。ただその精度と度合いと徹底具合が違うだけのな。
 そしてそうやって己自身の機嫌を取り続けた結果、『家族を殺した罪悪感』と『家族を喪った悲しみ』と言う最悪の負の貯金を覆すほどの『幸福』を稼ぎ出していれば、『呪いの相殺』は成る。そうすれば、その状態が確保された状態であれば斎川・維月は死ぬ権利を得る事となる。……これは、『それが確約されたなら、状況が変わってしまう前に即断で殺す役割』を担っているお前にはそれこそ釈迦に説法な話だがな。
 
 第三には、『人間災厄:クビレオニの機能を不活性化させる手段が確立された』場合だな。
 これは正に理想で我々が目指すべき地平だ。人類と科学の勝利と言う奴になる。
 異世界、楽園と称されるあのルートエデンに存在する『ルートブレイカー』等その象徴だ。あれの原理解明や。原理が分からないままであっても確実な拡大と継続を保証できるようになった場合にも斎川・維月は死ぬ権利を得る。と言うか、正しく言おう。即座に死ななければならない。人間災厄としてのクビレオニが万が一にでも『耐性を獲得』などすれば希望が絶望に塗り潰されてしまうからだ。呪いの相殺と同じく『大丈夫になったならば、大丈夫であるうちに殺処分すべき』と言うのが機関と、そして他ならぬお前の妹との共通判断だからだ。そして、実行役はお前だ。
 勿論、今後ルートブレイカー以外にも同じ結果を期待できる能力や呪物が発見される可能性はある。
 ……ただし、今現在はこれも希望的観測に過ぎない。と言うかそれが可能な段階ならお前の妹に限らず大半の人間災厄は災厄の分類を外して良くなるだろう。そもそもが、人間災厄としての機能全てが√能力として定義されているかどうかすらハッキリしていない。何せ、殆ど全ての人間災厄にデータに置いて√能力として出力される機能は『どう見積もっても人間社会を崩壊させるほどの力を持っていない』からな。何なら、災厄として定義される機能に属すると思しき√能力自体を発現していない人間災厄すら珍しくない。こうなると現状、人間災厄の災厄としての機能は√能力ではないか、或いはその上位概念である可能性を捨てきれない。
 加えて、現時点のルートブレイカーでは確実性がそもそもない。殆どの場合√能力者は絶対死を迎える前に、通常の死を挟んでインビジブル化する。そして死亡後のインビジブル状態の√能力者の挙動にはまだまだ謎が多すぎる。極論、死ぬと同時にワープして遠方に移動しかねない。と言うか事実として斎川・維月は以前、別の√世界で通常死を迎えた直後に此処√汎神解剖機関存在に転移して居た実績がある。帰巣本能なのか兄であるお前の元に居たい無意識なのかは調査中だが……兎も角そんな奴を直接触れ続ける事が絶対条件のルートブレイカーで確実に封殺し切れる訳がない。失敗したら人類社会崩壊のそんな博打を打てるのは漫画の主人公だけだ。少なくとも公的機関は許可など出さん。

 以上が現時点での『斎川・維月の存在が災厄として機能しない可能性』だ。
 どうだ、笑えるだろう? 何せ『概ねどうしようもないので現状維持で行きましょう』と言う他ない状態だと、ただそれだけの話だからな!
 可能性がある。危険性がある。それだけで充分災厄は災厄足り得る。
 当人がそれを全く望んで居なくてもだ。どれだけ忌避していてもだ。
 ああ、全くけったくそ悪い。何だお前ら、私を不愉快な気分にさせるのが芸風の芸人コンビか?
 覚えてろよ? 絶対このままじゃ置かんからな。必ず我等人類の英知と工夫を以てそのクソッタレな状況を覆して『参りました』と言わせてやる。
 ……あ? 何だその面は? 何だ追い打ちの心算か? 不愉快追撃か礼なんぞ言う道理が無いだろうが全く一欠けらも完膚なきまで無いだろうが舐めてるのかこの私を!? ざっけんな帰れ。話は終りだ散れっ! ブン殴るぞこのアホが!!