第八汎神資料室

掌編:はじまり

斎川・維月 7月12日00時

Q.学校の帰り道、大貴くんは顔の無い怪異と出会いました。どうなりますか?




 最初、そういう病気かと思ったと言うのは、別に後の照れ隠しではなく半分近くは本気だったのだ。男子小学生の頭の悪さを舐めてはいけない。
 けれど、正しくはそれは「ひょっとしたらそう言う事もあるかも知れない」位のニュアンスが正確で。だから本当の所、半分以上は行き会ったそれが尋常では無い存在だと言う事位は分かってはいた。化物や、怪物の類だと。

── キィ キィ

 最初に見えたのはゆらりゆらりと揺れる足。地に着いて居らず、支えなく頼りなく垂れ下がったそれは恐ろしく白く、物を知らぬ子供にさえ一目で血の通いが無い事を思い知らせた。
 目線を上げれば身体が見えて、けれどその何処にも全く力の入って居ない弛緩した様子な所は最初に見えた足と同じで。
 そして、そのまま一番上まで見上げたけれど、そこにある筈の顔は無かった。
 あったのは奇妙極まる空間の罅割れと、その奥に輝く赤い光。当時はそのどちらも今よりずっと小さかった、きっと、あの頃は未だ只の怪異だったからだろう。
 全体を通して見れば、それは首吊り死体だった。ただし、吊っている筈の首の無い。
 ついでに言えば、全体的に薄っすらと透けていて。ああ、これはこの世の存在では無いのだろうなと。何となくそう言う認識に迄辿り着いて。

── キィ キィ

 けれど、それでも、何故だろうか。「でもひょっとしたらそう言う病気なのかも」等と言う寝ぼけた推察も、脳裏に浮かんだのだ。
 それは何故かと言うに。
 そこまであからさまな異物ぶりを認めて置いて、それでも尚、その怪異が人間……いや、まともにコミュニケーションが可能な存在だと少年に思わせた理由は何かと言うに。
 その顔の無い顔を見上げた時、思ってしまったからだ。
 いや、本当に。本当に。男子小学生の頭の悪さを舐めてはいけない。愚か過ぎて、普通ではあり得ぬ程に真っ直ぐと直視してのける、子供の直感を。
 思ったのだ。『寂しそうだな』と。
 伝わって来た様に感じたのだ。寄る辺の無いその孤独が。帰る場所の無いその諦念が。
 見えたのだ。ひとりぼっちの人外の。その異形の内側の、その呪いの中に紛れた、小さな小さな、酷く平凡でちっぽけな涙が。

── キィ キィ

 ひとりぼっちはいやだよう。
 或いはもしかしたら、その感情こそが、機関に『縊鬼』という名称を与えられたその怪異種が、本来は殆どろくな情緒持たず人格も思考力も未成熟極まるその存在が、なのに他の生命を死に誘い死に至らしめる動機の大本なのかも知れない。
 死ぬにしても、そう。或いは、生きるにしても。
「……なあ、うちに来ないか?」

── キィ

 それは、途方も無く愚かな言葉だった。
 それは、あり得ない程の奇跡だった。
 愛情深い家族に愛情深く育てられた少年は、微かにでも感じた。気付いてしまったソレの悲しみを、その善性を以て当たり前の様に拾い上げた。

『 ^^-i ゛ "ii   i……』

 結果がどうであったとしても、それは善だった事だけは確かだろう。
 結末がどうなったとしても、その時はその判断は…………少なくとも、■■いではなかったのだと。きっと誰もが信じるだろう。

『……i イ の?』

 では、何処で■■ったのだろうか?
 その答えが、この世界の何処にも無いのだとしても。





A.家族が増えます。




■.それを、間違いだったと言う事だけは。例え誰であっても絶対に許さない。