K博士による暴行事件に関して
査問対象:K博士前記:K博士による人間災厄「クビレオニ」を対象とした第126臨床実験の際、K博士が対象に暴力行為を働くと言う事件が発生しました。発生数分後にはスタッフにより鎮静され、対象から隔離及び一定期間の禁錮を行った後、選出された査問官による聞き取りが行われる事となりました。
査問官:先ず最初に確認します。K博士、何故あのような事を?
K博士:記録データを見て分からんのか? ムカついたからに決まってるだろうが。
査問官:記録データは破損しており、閲覧が出来ない状態になっています。
K博士:……そう言えば、蹴飛ばした気がするな。
査問官:故意では無かったと?
K博士:そりゃあ、実験の記録自体は必要な物だから……そこは失敗だったな。まあ、次からは気を付ける。
査問官:次を発生させないで下さい。
K博士:(※追補:音は無いが、肩を竦めて見せたとの事)
査問官:それで、動機は腹が立ったからと。では目的は? 何の為に実験対象を殴打したのですか?
K博士:別に、泣かせてやろうと思っただけだ。
査問官:泣かせようと……そう、ですか。
K博士:納得出来たか?
査問官:私は……
K博士:納得しろよ。私はムカついたからって理由で20にもならない小娘の顔をブン殴った。大層なクソ野郎だろうさ。軽蔑でもして見たらどうだ?
査問官:……先輩。
K博士:何だそりゃ。何言ってんだお前は今査問官で私は査問対象だろうがついに自分の仕事も出来ない位のポンコツになったか?
査問官:……
K博士:……仕事をしろよ。
査問官:……
K博士:チッ、じゃあせめて質問に答えろ。
査問官:?
K博士:あいつは、泣いたか?
査問官:っ。
K博士:私はな、直ぐ追ん出されたから確認できてねえんだよ。なあ、あのクソガキは、殴られたって言うダイレクトな痛みを理由に、痛いようってちゃんとガキらしく情けなくみっともなく思いっきり泣きやがったか?
査問官:…………いいえ。
K博士:そうかよ……
査問官:ただ………………その、『有難うございます。でも、ごめんなさい駄目です』と。
K博士:………………………………クソッタレが。
<記録終了>
【修復された記録データ(実験終了後の会話から暴行事件まで。博士側の音声のみ)】
おう、おはようクソガキ。気分はどうだ?
そうかそりゃ良かったな。ちなみに俺の気分は最悪だよ。お前のせいでな。
あ? いいや実験は成功だとも。
キッチリ調査できたとも中々興味深い臨床データだなっ!!
(重い何かを蹴り飛ばす音)
ふん、八つ当たりだよ、良いかお前は大したもんだ此処迄私を不愉快な気分にして見せた奴は滅多に居ねえぜ自慢しろよ。なあおい、自慢しやがれ。私がこうして実験機器を八つ当たりで蹴り飛ばす程度にはお前は俺をムカつかせてくれたんだからな!
うるせえ謝るな。
だがそうかやっぱりお前、この結果になる事を薄々自覚してやがったな?
ああクソ、クソ! 本当にムカつくな!! ふざけんな! 私はな。こう見えて結構賢いんだ知ってたか? 少なくとも賢いと思って居た賢いって証明になる実績もそれなりに結構沢山あるものでなだからその事も分かっていたとも分かっていたつもりだったともいや実際分かって居たんだ。理屈は。理屈だけだったがな! それでだからお前は大変有難い事に腹の立つことにムカつく事この上ない事に懇切丁寧に『お前は何も分かって居ない』と教えて下さった訳だ! どうもありがとうよクソが!!
……ああ、くそ。プロトコルの必要行程だしな、説明してやる。
前提として、この実験はお前に対して『感情を完全に停止し、記憶と理性のみの状態での質疑応答』を行う物だ。それにより、お前と言う人間災厄の本音や情緒の正確な情報を得る事が主な目的となる。研究に協力的なお前の事を誰も彼もが信じ切っている訳じゃないのも当然ある、が、そもそもお前自身にも自覚のない何かがある可能性だってあるからだ。
感情の停止に使われた技術に関して、積極開示は為されない。まあ、協力的な人間災厄やその他√能力者の力とでも思ってろ。実際そうだしな。
感情の停止状態にあるお前は、何を聞かれても何を答えてもその情緒が動かない故に、人間災厄としての『呪い』を増加させない。だから普段であれば危険を伴う質問も遠慮なく聞く事が出来るし、お前は己の記憶を理性で参照して全てに正直に答える。何せ隠し事をしたり嘘を吐いたりする動機は感情が由来だからな。
とは言え、お前自身の同意と受け入れ態勢があっても尚、完全な感情の停止は短時間しか不可能だ。故に質問は一つ。
今回、此方がお前に聞いたのは『感情のある状態のお前は、呪いの件が一時的に完全に解決した状態になったとして、その時間に何をしたいと望むか』だ。一時的の時間的期間を明言しないのがミソだな。振れ幅が広い分、どんな形の願望を暴露するか分からないが。だからこそ其処も含めて参考データとなる。
私はな、ハハ、賢いつもりで何も分かって無かった阿呆の私様はだな? お前は例えば『恋をしたい』とでも言うんじゃないかと予想していた。
ああ、偏見だとも。お前位の年頃の小娘の考える事はその辺だろうし。その上でお前は恋愛を禁止されている。上手く行けば、そして上手く行っている間は呪いの相殺に対して大きな効果が期待できる反面、失恋したり仲が破綻したり事故などで相手と死別した際の呪いの蓄積量がリスク過ぎるからな。お前自身も自分にはその権利が無いとアッサリ言う。だが寧ろリスクが少なくストレス解消効果だけが期待できると寧ろ推奨されている男遊び夜遊びの類は今の所特にしていない。だから、本当はそう言うのに憧れるオトメゴコロってー奴が、出て、来るかなと、思って、居たんだがな。
笑えよ。私なら指差して大爆笑してやる所だ我ながら馬鹿そのものだからなあ!
(机を殴る音。それから沈黙した様で暫くの無音)
『泣きたい』と、お前は言った。
『お父さんとお母さんとお婆ちゃんに、殺してごめんなさいって泣きたい』と。
『皆が死んじゃって悲しいって泣きたい』と。
『こんなの嫌だって泣きたい』と。
はは、なるほど。いや、何でこんな事も予想できなかったんだ私は。エレメンタリースクールからやり直した方が良いんじゃないかって本気で思うよ。
ネガティブな感情が呪いになるから、呪いを溜め込まない為にネガティブな感情を持ってはいけない。理屈で言えば簡単だ分かり易い明瞭だなるほどそう言う事だな勿論完璧に理解しているとも。
理解してねえよボケが!!!
全然分かって無かったな! そうかそうかそりゃそうだな謝れる筈がないな何せ悪いって思っちゃ駄目だからな! 悲しむ事も駄目だな当然だな嫌だとも言える筈がないな口に出すどころか内心でそう思うことだけでも呪いの増幅に繋がるんだからな! お前は不幸であってはいけないし幸福でなければいけない! そうだななるほど義務だな! そうかくたばれ!!
分かって居たとも理屈では! 理屈だけな!
それはただそれだけの事だと思ってよ! ああ、全くクソムカつく!! 本当お前! お前なあ!!!
(荒い呼吸音、深呼吸をしてはそれでも整えきれずに唸り、それを数度繰り返して結局諦める様に地団太を踏む音)
私達は科学の徒だぞ!?
人類ん進化とか繁栄とかそう言う物を前に推し進めるのが仕事だ!
ドン詰まりのこの世界を救う糸口を探す仕事も兼任してるそれはそれは立派なお仕事をしているクソ野郎の集団だ!!
それが。
それがお前の様な小娘一人を……小娘に……泣きません。だと? ぎ、ぐ、がが……お前、お前、舐めるのも好い加減にしろよ?
それは、そ……そ、れが! あのな? あのなあ!!
ガキは!! 泣くのが仕事だろうが!!!
(殴打音)
報告:この件でK博士は3か月の減給と3日間の謹慎処分となりました。謹慎処分の短さは、研究に従事する研究者の数が不足している現状と、被害者及び数名のスタッフによる減刑嘆願書が提出されていた事がその理由となります。