ss:夏の世の夢
夜の帳が降り、風も止んだ蒸し暑い室内。カーテンの隙間から漏れる街灯の光が、床にぼんやりと三角形の影を描いていた。
「……ん、冷たい?」
無意識に伸ばした前脚の先が触れたのは、ひんやりとした布地。
その三角柱の物体は、布団の端に、まるで自分でそこに現れたかのように横たわっていた。
手触りは――氷の気配を含んだ、滑らかな冷感繊維。
それは、肌に貼りつく熱気を吸い取るように、じんわりと優しく、しかし確かに「冷たい」。
その形は奇妙だった。
一般的な抱き枕のように柔らかい楕円ではなく、斜めに尖った角を持つ長い三角柱。
その鋭い角度は、まるで空間を裂いた“裂け目”そのものを模しているかのようだった。
表面にうっすらと浮かぶ銀の糸の刺繍。
それはただの装飾ではなく、ある視点から見ると、目にも似た歪な文様が現れる。
――誰かが、見ている。
だが、殺気は感じなかった。
「おかえりなさい……また角から来たの?」
まだ幼げな少女が、貴方にそっと身を寄せる。
たしか……前にどこかで会ったような……
ああ……なにか前に……トーナメントでの勝利の祝福を与えてくれた……
アスト……ライア……っていったっけかな……
三角柱の内側に仕込まれた冷却ジェルが、じんわりと腕と胸を冷やしてくれる。
ふぅ、と熱を逃がすように息を吐きながら、彼女は貴方の隣に体を横たえた。
部屋の隅――ちょうど直角の陰に、あなた達の影は自然と溶け込んでいる。
まるで“角”を渡って、この世界へ来たかのように。
「……また夢を追って、角の先に帰っていくんでしょ」
眠気と共に、わずかに囁いたその言葉に応えるように、
ひんやりとした風が、頬を撫でていった。
……いや、少女が撫でてくれたのかもしれない……
夏の夜。
ティンダロスの猟犬は、ただそこにいる。
静かに、冷たく、やさしい存在が、ただ寄り添っているのを感じながら――