【K.K】|Belief《しんらい》
2025年8月某日。陽が落ちてもまだまだ暑い夕闇の中を戀ヶ仲くるりは歩いていた。は、と息を吐く。暑さからではなく、先程まで居た場所を思い出したからだ。
遊園地。
√能力者になってから、あまりいい思い出がない。欠落の自覚をした廃遊園地は言うまでもなく、今日は悪夢の遊園地。
いつもながら、行く前に教えてくれれば…いや、行き先の詳細を聞いたら断っただろうけれど…。
頭を押さえながら足を進める。悪夢の遊園地まで連れてきた人とも√EDENの扉前で別れて、今は1人。
真っ暗になる前には帰りたい。夜道は苦手だ。自然と足早になる。やだなぁ、この暗さ。
『こっちにおいで!』
「────っ!?」
…アクマと出会った日を思い出すから。
いつ聞いても変な声。頭が処理を拒むような、老若男女混ざり合ったような声。
何色というのか分からない、くらがりだけで出来たかげが、戀ヶ仲くるりの身体を|つかんで《・・・・》、|かげに引きずりこんだ《・・・・・・・・・・》。
叫び声をあげる前に、ドプンと身体がかげに沈んだ。息苦しくないのに、口を開けばかげで満たされて声が出ない。
(…うそ、うそ!うそ…!!今まで、こんなことしなかったのに…!!)
それはどうして?
今までする気がなかった?
今まで出来なかった?
じゃあ今は?
──出来てるね!
こうして引きずり込まれたのだけは確か。
✴︎ ✴︎ ✴︎
水の中のような、油の中のような、不安定な感触で包み込まれていたが、ふと硬い足場に触れる。踏みしめるようにして態勢を整えて、はっ、はっ、と息を吐いた。
なに、ここ。
キョロキョロと見回していると、
「ひゃぁ!?」
眼前に腕めいたものがズルリ現れて、たたらを踏む。…これ、引きずりこんだやつと一緒…!?
身構えて一歩下がると、『あははははは!』と笑い声がした。
『ねぇ、いつもあんな感じ?』
「っ!」
予想は出来ても声を聞くと肩が跳ねた。笑い混じりの誰でもない声。何のこと、と答えかけて飲み込む。返事をしない方がいい。…こんなところに引きずり込まれたのだから、なおさら。
『戦えないのに、なんで戦場に行くの?』
「…っ……!」
『見てたよ』
なんのことを言っているのかすぐ分かった。悪夢の遊園地。コイツも現れた。脱出する為に戦った。先日覚えたばかりの、霊震を使って……あまり役には立たなかったけれど。
守られた上で、戦闘練習をさせてもらった形。私は本当に素人だから、今回ダメなのは当たり前で、次に生かせばいい、…そう分かっても勘に触る。
『ねーえ、きみは悔しくないの?あんなにたくさん教えてもらったのに。たいしたことも出来ない。戦いたくないんだもんねぇ。だから戦わなかったのかな?』
「そんなわけっ…!」
……、……あ。
“見ちゃった”
カッとなって言い返した瞬間、ズン、と身体が重くなる。『あはははは!』とくらがりのかげが笑う。捉えられてしまった。カタカタと動かない足が震える。
『力が欲しいか?』
どこか芝居がかった調子でかげが問う。そんなの…答えたらやばいって分かる。ぐっと口を結んだ。
『あははははははははははははははっはははははははははははは!』
笑い声。ビリビリと耳が震えて、ヒュッと喉が鳴る。ダメ!ダメ!答えちゃダメ!脅かされたって、追い詰められたって、コイツの声に答えらた…
『──力を|あげるね《・・・・》!』
え?
『かわいがってね、なかなかの力だよ!』
え??
ずっと動かなかった腕めいたものが、ズルリ、ズルリと動き出す。待って、待って、え?
コイツ、今まで、そんなこと、しなかったよね?
「いっ、いらない!!」
『おもいやりだよぉ?』
私が答えなかった時と、否定した時は、行動しなかったのに…!
出来ないのか、しないのか、内訳は知らない。今までしてこなかった。それがひっくり返った。…怖い!
信じたことなんて一回もなかったはずなのに、今まで見ていてそうだと思っていたものが変わってしまうのが怖い。
「やだ、やだやだやだ、いらない、私いらない、なんにもいらない…!」
泣きそうになりながら、足場が硬いしか分からない場所を這いずるみたいに逃げる。どう逃げたらいい?分からない。でもアイツのところに居たくない!
多少なりとも走って逃げたのに────
『ほらほら、支払いはぁ?』
────耳元でアイツの声がする。
「いらないってば!私、なんにも、もらいたくない!」
『やだぁ。もうもらってるよ?』
ずぷ、と背中から音がした。こんな音することって何?あ、やだ、私、これ、…知ってる。
「〜〜〜〜〜っ!!やだ!やめて!入ってこないで…!わ、たしの、内側、さわらないで…っ!やだぁあああ!」
いつかの依頼。私の力で何か出来ないかな。1人でいって、…途中であった√能力者の女の子たちから、離れなきゃよかった。離れて、何か出来るかなんて場違いに思うから、何かできるの?なんて問うてアクマに付け込まれてこうやって入り込まれた。
でも私、今日は、なんにも聞いても求めてもないのに…!
『アクマの問いに答えたら、』
アクマが笑う。
『アクマに答えを求めたら、』
アクマが嗤う。
『アクマから力を借りたら、』
アクマが咲う。
『対価を取られると思わない?』
「…っふ、うぇっ…っく、…な、に…?」
内側をかき混ぜられるのが説明できないほど気持ち悪い。吐きそうになって生理的な涙がボロボロ落ちる。そんなぐちゃぐちゃな中でも素通り出来ない声。泣きながらアクマの言葉を反芻する。
なに?問いに答えたら?答えを求めたら?力を借りたら?……わたし、ぜんぶ、やってる……?
「わ、わたしっ、わたし…そんな、つもりじゃ…」
『うんうん、知らなかったんだもんねぇ。誰も教えてくれなかったもんねぇ』
…あれ?
『きみのせいじゃない、って言ってもらいたいよねぇ』
「う、ん…」
あれ?…あれ…アクマって、こんな声、だったっけ?
いつもいつも怖くて、気持ちが逆撫でられるみたいに感じていた声が、やわらかい。
『危ないことがあったから、そんな風になったんじゃないの』
「そ、うかなぁ」
呪ってあげるね。と欠落に干渉したあの日より、ずっとやわらかくて、…あれ?頭が混乱する。
『危なくないように、これあげる』
アクマが指で示すと、ズルリ。とかげを固めた腕みたいなものが蠢く。さっきまで、ズルリズルリと追いかけてきて、走って逃げたもの。
私、なんで、アクマの言葉を、
「……ありがとう……」
…“信じて大丈夫”って思うんだろう…?
伸びてきたかげに触れると、するりと私の身体に沿うように足元へ。そのままとぷり、と私の影に沈んで消えた。
あ、……あれ、待って、今の、…やば、
『“対価”が気に入ったから、おまけだよ。』
アクマに声をかけられて、また頭がぼんやりする。あれ、今私、何考えたっけ、…忘れちゃいけない気が、するのに…。
アクマが笑う。
その手元には、この真っ暗な場所では場違いなくらい真っ白な花が揺れていた。
あの花、なんて名前だっけ……ええっと、そうだ。
──マーガレット。
戀ヶ仲・くるり 9月25日00時✴︎対価:アクマの問いに答えたら、答えを求めたら、力を借りたら、支払うもの。
支払いにおいては、アクマの“位置”が変わる。
取り立ては一括明朗会計。合計は【DevilCount】に準ずる。支払いは|21ごと《マーガレットの花弁数》。
✴︎マーガレット:戀ヶ仲くるりの心の一部を、花の形に変えたもの。アクマの手に渡ることで、アクマにその感情を抱く。
なにが出るかな?お楽しみ!
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