第八汎神資料室

掌編:2025年11月初め頃の事

斎川・維月 12月8日23時

『だれだってなにかはあります』
『さきやまのおしえですな』
「はい、まーそれは確かにそーでーすね。さきやまさんが誰かは知りませんけーどー」
 維月が古霊さんと呼ぶ彼等は、名の通り古い古い死霊だ。長い年月による劣化によって彼我の境界すら曖昧になり、そのままであれば遠からず消滅するだろう状態から、維月の災厄としての属性の影響によって再定義された群霊達。だがそれは、逆説的に言えば『それだけ遥か昔から存在している』と言う事と裏表であり、更に言うなら『此処迄長くその存在を維持できるくらいには、元々は力を持って居た存在』である可能性が高い。
『はっきりいってじょうほうぶそくですな』
『なんのせいかもえられませんでしたじょうたいだといわせていただきます』
「そこはぐうの音も出ませんね……一度チラッと見ただけですし」
 全員では無い。と言うか全部ではない。
 古霊達は事ある毎に融合し混ざりあい、かと思えば分裂し別たれて増えと、その存在そのものが無秩序の者と化している。だから物凄く古い者も結構古い者もそこそこ古い者もごちゃ混ぜで、強かった者もそうでも無かった者も弱かった者も全部混ぜこぜだ。
 ハッキリ言って相談等出来る相手では無い。
『それでも!』
『それででも!!』
「はい」
 だが、ある程度のコンディションと言うものが整う時がある。
 使役している維月にすら『何となく』ではあるが、何らかの外的要因や環境の影響により、『特に強力であった存在の要素がまあそれなりに固まっている状態』が生じる場合があるのだ。
 具体的な理由は分からない。可能性としては、何処かしらの√で生じた大きな事件と、生前に何らかの縁や概念的繋がりのあった可能性があると言うのが機関の博士の見解だが。推測に過ぎないそれを確認する術はない。
『ちからになりたいというのなら、わたしたちもちからになりましょー』
『むりでもなるふりをしましょー』
「有難う御座います」
 何故なら、確認してはいけないからだ。死者は死者であり、一度名を喪った古きそれらの『標』……生前の名前、経歴、立場と言った定義の鎹を拾い直させてはいけない。それをしたならば、其処に居るのは最早死者や霊ではなく、何処までも有害な『過去と言う名の怪物』故に。
 少なくとも『斎川・維月が扱うゴーストトーカー』の力と技術は、そう定義している。故にそれを是としない。絶対の禁忌としている。
 故に知識や知見から教授やアドバイスを望む所までがギリギリで、それ以上の事は聞けないし確認できない。
『でもぶっちゃけむりですな』
『わたしたちではむりむりむりですなー』
「無理ですかあ」
 ともあれ、それでこの場に呼んだ3体は。……一体は先程からずっと寝て居て喋っているのは2体だけだが……まあ兎も角その三体は、何者かは分からないし分かる事も出来ないが、兎も角元々はそれなりの力を持つ存在だったのだろうかつ、相当に古くから存在している亡霊で。3体に2割3割1割と言う感じで分散しているが、それでもその他の何処かに溶けた状態の散逸が4割で、過半がこの場に存在していると言う望外に稀有な状態でこの場に居る。
『むりむりむりのむりです』
『なんのこちらはむりむりむりむりむりです』
「ぬう、やりますね……」
 まあ、その上で全然まともな会話になって無いのだが。
 適当に会話を合わせながら維月は考える。『この誰か』は、前にも一度今の様な『比較的集まり固まった』状態になった事があり、その時に色々と教えを教授し貰った事がある。その上で、それ以来アッサリ古霊達の中に散逸し拡散して最早二度とああはならないだろうと諦めていた所に、今回の再結集だ(6割だが)。
 この幸運は逃せない。何とかして前と同じか、それと同じ状態にしなくてはと思うのだが……」
『ふはっ。えんりょのけはいをかんじます』
『えんりょはえんりょなのでえんりょしていただきたい』
『むにゃー……ほうしゅうはおかしで』
『『『きゅうまいでいい』』』
 ずっと寝ていた3体目が目を醒まして3体声を揃えて言ったその言葉は……まあ可也意味不明ではあるが恐らく大まかには『良いよ』と言っているのだ。3体とその他に拡散するほどに曖昧になっているとは言え未だこの世界に存在を継続できている亡霊である彼らが、折角乍ら得たその存在を霧散し消滅してしまう危険のある『それ』をしても良いと。
「……有難う御座います」
 湧きあがりそうな申し訳なさを感謝で押し込めて、維月は頷く。
 お礼を言うしかない。それ以上の事は出来やしない。まあ、後で御菓子は12枚全部捧げるけれども。

「塩を一振り。清めの塩。清めが一降り」
 やる事は単純で、災厄としての力の繋がりを絞る。以上だ。
 古霊達は維月の災厄としての力(或いは欠落)によってその存在を再定義、補強している。だが逆に言えばそれは『クビレオニの災厄に半ば同化融合している』と言う事であり、つまりそれによって魂と精神の曖昧さは悪化しているのだ。そんな状態で相談した所で意味不明かつトントンチキな会話にかならないのは自明の理だ。先程迄は、要するに『分かってはいるけど一応ダメ元で試していた』だけである。バッチリ時間の無駄だったが。
 だから、その状態を緩める。
 作法に然程の意味など無い。ただ、どう考えても邪悪よりだろう己の力を抑える意図が籠って居ればそれで良い。それで、災厄による存在の安定が喪われ消滅の危機に瀕する代わりに、その分だけその魂と精神は本来のそれに近付く。……無論、そもそもが6割しかない上に経年劣化著しい状態なのだから。それでも状態は酷い物だろう。
『あられらららららきゃすぱろろろろろろ』
 と言うか、酷い物だ。今正に酷い。
 5割近くを絞った時点で3体の古霊は即座にそのカタチを喪った。維月の道化姿を思い切りディフォルメしかたの様な姿は溶けて崩れ混ざり合い、間現在其処にあるのは何が何だか分からない半透明のスライムだ。
『れら? えおろろろろるるぅん………ら      ぉ』
 時々、顔の様なものを形作ろうとする時がある。けれど『顔かなあこれ……あ、これは右目かも?』位なもので、全く安定せずにすぐに崩れてネロネロと蠢き揺らぐばかり。このまま放っておけば程無く自壊するだろう事は明白だった。
『ぇれ… ぁ… ろ』
「……よし。う、ううん」
 だから、前回の邂逅で得た裏技を使う。
 あの時言われた言葉を思い返し、咳払いをし出来る限りその通りに調整して、その台詞を言う。
「お姉ちゃんお願いです。ボクを助けて」
 変化はそれなりに劇的ではあった。
『ろ。ろ……ぉぉろ。ろろ……お、おお、う、あ、わ……た』
 粘液が顔になって行く。辛うじて半分ほどだけではあるが、確かに女性と思しき顔を作る。
 名前は分からない。何者かも分からない。けれど、どうやら妹煩悩で頼られるとつい応えてしまって居た『誰か』の顔を。
「あんまり行儀の良い事じゃないんですけども……」
 つい、言い訳がましく呟いてはしまう。
 何せ、当然だが維月は『彼女』の妹などでは無い。ただ、『彼女の記憶と心に訴えかけ、その魂と精神を呼び覚ます為に演じている』だけだ。
 悪く言えばペテンである。
『ろ、お、あ……りな……おし』
 ……実の所、以前の対話の際に他ならぬ当人から『どうしても用事があるならダメ元でこれをするのが一番可能性がある』と教わっていた事ではある。とは言え、騙しているも同然のこの行為を誇ろうとはちょっと思えない。
『……もっとボーイッシュな感じでやりなおし』
 うん?
 いや、うん? 今何か演技指導みたいな事言いませんでした?
「ぇ……あ、いや。はい。 お姉ちゃんボクを助けて」
『前半余計です。後、そんな縋る感じじゃなくてもっとこう『お願いのていだけど内心では当然応えてくれるって言う絶対の自信がある無自覚小悪魔入った甘え』のある感じで』
 演技指導以外の何物でもない事言い出した。
 と言うか貴女生前妹さんを甘やかし過ぎてたんじゃないかなあそれ!?
『早く』
 催促までして来た。
 シスコンっすごい、そう思った。


『貴女の直観は基本的に信じるべきです。情報が足らないからそうじゃないと指針すら無いと言うのもありますけど、それ抜きにしてもこの場合貴女の感覚はそれなりの精度が期待できますから』
 どれだけシスコンパワーが気力転身でも、この不安定状態は長く続ける訳にはいかない。と言うか長続きはしない。
 妹ごっこしている場合では無いのだ。いや、懐かしむ事で精神を維持できるからとの強弁に押し切られて一通りさせられたけど。それとは別に手早く意見を乞い、相談をし。それから少しばかりの協力を取り付た辺りで、崩壊が始まった。
『貴女は怪異、つまり『魔』の一種なのです。汎神解剖機関と言うこの世界でそのジャンルに置いてそれなり以上の勢力と信頼性を維持している組織≒概念によってそう定義されています。それも妖怪の名前でです。『実際に貴女が何せあるか』はこの場合関係ありません。そう扱われている事が大事です』
 ただでさえ顔が半分と少ししか無かった(『戸愚呂兄みたい』と言う感想を口にするのを最後まで我慢するだけの良識が維月にもあった)その姿が、ゆっくりと崩れてかたちを失って行っている。
『当世で言うなら……ええと、Wikipedia検索でもGoogle検索でも怪異って出て来るから貴女は怪異なんです。しかも関連項目に妖怪のリンクもあるんでそっちも関係してるんです。概念とは定義とはそう言うものです。兎も角そう言うものだと思って下さい。そんな貴女がそう感じた事はある程度の信頼がおけます』
 けれど彼女は焦らない。
 どのみち死者で、己が摩耗する程の月日を経ているからだろう。保身と言う物が……いや、自分への執着と言う物が薄い。
『その存在が本当はどう言う存在かも同じく大事じゃ無いです。兎も角自分の勘を信じて下さい。……ただまあ、『影の様だった』のであればまあ多分やっぱりそれは『魔』の類だと思いますけどね。影は、照らされたその先に落ちる物ですから』
 片目しかないその目を少し細め、少し妙な形の瞳を窓の外に向けて少し懐かしむ様に彼女は語る。
 最後の語らいとなるだろう。
『わたしが生きていた頃は、心のそれも体のそれにひっくるめて纏めて|病《ウジヤメ》でしたし、もっと言うなら仏教何てありませんでしたけど……聞く限り確かに相性は良さそうです。銀も良いですね、魔除けとして広く通念して居るなら有効でしょう』
 そこで少し言葉を止めた。思案する様に目と瞳を細めて。
 それから至極真面目な声で。
『……媚び媚びニャンニャンお姉ちゃん大好きニャンをハイクオリティで再現して貰えたらもう少し頑張れそうな気がするんですけど』
「うん、それ絶対生前の妹さんはやってませんよね貴女がやって欲しかったなーって願望で言ってるだけですよね」
 ちっ気付かれたかって感じの顔をしやがった。半分の顔なのに随分と感情豊かなものである。
 ……実は案外余裕なんじゃないかこの人。
『でも、効果は期待しないで下さい。大した足しにはなりません。いいえ丹精込めて全力で作るのはそうすれば良いと思います。けれどその上で、大した効果は期待できません。だって、推論が当たって居れば、それは当人が何とかしないとどうしようも無い類なのですから。影を消せるのは、影の本体だけです』
 第三者に出来るのは、その隣に寄り添う事だけ。
 そう切り捨てながら、その顔は優しく笑う。『けれどそれがどれだけ大事な事か、貴女は知って居るでしょう?』と、そう言う様に。
「……つい数秒前に欲望バリバリの寝言提案して無ければ多少感動できたんですけどね」
『えへ』
 照れ笑いしてないではよ最後まで話せと思った。
 崩壊は着実に進んでいると言うのに。
『別に、最期まで話せなくたって良いんですよこんなの。だってただの与太話です。大事なのはこれからどうなるかと、それからご本人とちゃんと話す事です。それに比べたら、わたしの言葉の全てはただのブリーフィングに過ぎません』
 ただ、そうですね。
 少しだけ物憂げに言葉は続いた。
『認識が重要ですからお守りとは伝えるべきですが、出来るだけ軽くサラっと伝えて下さい。間違えても、聖別された銀を用立てたとか、仏教思想の物語に準える事で降魔の概念を刻んだとか、|わたし《古霊》の肯定と否定を載霊の技で封入したとか、そう言う事は伝えてはいけません。大仰に感じさせるほどにその『魔』に利する危険がありますから』
 可愛く仕上げなさい。相手は女の子なんでしょう? だったら可愛らしいアクセサリにするべきです。
 おまもりなのはついで位のノリで……ですね……軽く……軽ぅく……

 古き霊はそこまでで自壊して、砕け、薄れて

「そら報酬のクッキーでーすよー」
『やったあー!』
『きゅうまいですー!』
『これはねてるばあいじゃありませんな!』
 維月が災厄の力を絞るのを止めた瞬間、アッサリ普段通りに戻った。
 毎度のことながら軽いなあ……維月は蓋を開けたクッキー缶に群がる3体を眺め、何とも言えない気分で呻いた。
 けれどもまあ、それはそうだ。死者なんてそんなものだ。だって存在しないんだもの。無いものより軽い存在などあるものか。
 |そんな存在と語る《ゴーストトーカーな》お前が悪いのである。
『『『ねー』』』
 はいはい。 
斎川・維月 12月8日23時
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降魔成道の伝承より。マーラ・パーピーヤスの投擲せし円盤の花に変じる段に準えて。
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斎川・維月 12月10日00時
<蛇足>
・維月のゴーストトーカーとしての能力
基本的に使役するのは『死≒無』すれすれ迄その存在を摩耗させた末、安定した死と言うバグ見たいな(と言うかバグそのものの)維月の存在に引き寄せられ、その災厄に混ざる事でその存在を永らえている古霊達。
とは言え、別に普通の亡霊や悪霊に対してもアプローチが出来ないわけではないが。

・彼女
古代のシスコン。何処とも知れない世界の遥か昔に生きて、死んで、残滓が未だ残ってる程度には何かしらの力を持っていた何か。2025年11月初めより何らかの存在からの類感性の共鳴によりその存在を活性化させていたが、12月初めにそれが一気に沈静化。それ以降は再び古霊達の中に完全に拡散し切っている。
生前は我が儘かつ無軌道な妹からの無茶振りに泣いたり怒ったり吐いたりの可哀想系だったらしいが、実はその裏で妹にハァハァしてたので割と破れ鍋に綴じ蓋。当の妹だけが結局気付かないままだったそうな。
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