第八汎神資料室

掌編:あそび

斎川・維月 12月17日22時

 何時も通る道にある空き家に人の気配がした。
 かつて住んでいた住人が変死しただとか、殺人事件があっただとか、化け物が住んでいただとか、如何にも根も葉も無さそうな噂は幾つかあるけれど、一つ確かなのは廃屋と化したそこに今は誰も居ない筈だと言う事。それなのに、微かに笑い声が聞こえた。
 耳を欹てて見て、気のせいでは無いと確認して。つい、入って見てしまったのは好奇心か。
 或いは、もしかしたら、ソレに引き寄せられたのか。

 人工芝の敗れた随所に野草や苔の生えた中庭に、童女が一人。
 いいや、本当に童女なのだろうか。そして本当に一人なのだろうか。時代がかった着物姿のその娘は、戯れる様に……いいや明らかに一人でに跳ねて舞う四つの鞠と戯れていた。アハハ、ウフフと楽し気に笑うその声も、どうにも一人分には聞こえない気がする。
「あら」
 見つかった。
 夢でも見ている気分で眺めていたせいだろう。童女に気付かれた。
 振り返ったその顔と目が合う。
 雀斑のその顔立ちは、何処にでも居そうに素朴な物の筈なのに。
 口元の笑みはただ人懐っこそうな子供らしいものの筈なのに。
 どうしてか、それは酷く妖艶に感じれてしまって。
 一か所だけ印象強い紫色の瞳と、嫌に強く輝くその目の中の光と、その奥にある何かが、まるで自分を絡め捕り誘い込むかの様に感じて。嬉し気に、親し気にもしかしたら愛おし気に細められたその紫色から目を逸らせれないままに、その小さな口がゆっくりと開くのをただ見ている事しか出来なくて。
 何となく、不味い気がしたのに。
 何か、途方もなくいけない事の様に思ったのに。
 止めるべきではないかと、或いは身を翻して逃げるべきではないかとずっと考えながら。
 なのに何も出来ないままに。その唇から零れ落ちるその声を……

「あそびましょ」













「セキグチ君のトラウマになりそうなごっこ遊びをしてるんじゃない!」
「あだー!?」
 思い切り拳骨を落とされた頭頂部を抑え、童女が……もとい童女の姿に化けた維月がしゃがみ込む。一緒に鞠遊びをしていた古霊達がキャーと悲鳴を上げながら散っていく(明らかに楽しそうなので、別に怯えてるんじゃなくてノリだろうが)。
「引き払ったとは言え自分ん家にまた変な噂が増える様な悪ふざけしてどうする」
「うぐぐ、根も葉もバッチリある噂が山ほど広まってるから今更でーすーよー」
 唇を尖らせてぶーたれるその顔を一瞥もせず無視して、先程童女姿だろうと一切容赦なく体罰の一撃を放った博士は溜息を吐く。余人が近寄らなくなる噂であれば寧ろ歓迎なのかも知れない。思い出の地であり、家族の失った場であるこの家と土地の確保は、この人間災厄が機関に対して臨んだ事の一つだ。
 保全等は特に望まなかった辺りに多少の屈折を感じるが……まあ、それはさて置き。
「ま、お前が良いって言うなら記憶洗浄処理はしないで置く。しないで良いならしないに越した事のない処理だしな」
「それでよろしくですよ。一応不法侵入とは言え。脅かした上に万が一精神に後遺症とか残ったら流石に申し訳なーいーですしー」
 じゃあ変な遊びするなよ。と思った博士だが、言葉にするギリギリで口を噤んだ。
 童女の姿で、かつて家族と共にあった家で遊ぶと言うレクリエーション。言い換えればある種の娯楽かストレス解消行為になるのだろうこの遊びは、事前に機関に申請し許可を受けた上で行っている。特に警備を置かず監視も監督役(博士だ)が一人きりと言う環境も条件通りだ。そのせいで先程の様な侵入者が発生したりもするが……或いはそう言うトラブルの振れ幅も、この娘は楽しんでいるのかも知れない。
「にしてもハカセ、京極堂とか読んでるんですね」
 髪色が黒くて幼い為に気付き難いものの。小首を傾げる仕草や見上げて来る表情は、よく見れば確かに見慣れた維月のそれだ。
 その√能力による変身は、凡そどんなものにでも化けれるスペックの筈。つまり、この娘は意図的に『自分自身が幼くなった姿』に化けているのだろう。
「ああ、日本語を覚える時に読んだ本の一つだ。MANGAも悪くないが、小難しい娯楽小説も歯応えとモチベーションのバランスが好みだからな」
 人間災厄クビレオニは、後の兄である大貴少年に初めて出会った時には既に今の年齢相当かつ顔のない怪物の姿だったと記録にある。つまり、こんな童女の姿であった時間をこの娘は一切有していないのだ。
 色々想像は出来る。あまりよくない事にも感じれるが、そう言う感傷に浸る事も時には必要なのだろう事も何となく理解出来てしまう。申請の頻度が高くない事もあって、博士はそこにケチを付けない事に決めていた。
「にしても拳骨は酷いですよー。しかも人間災厄の急所であるアホ毛の根元を的確に狙うなーんーてー!」
「う る せ え 。適当なそれっぽい嘘を吐くな」
 だから、この時間の間は努めて普段通りの態度を徹すのだ。
 多分、この娘もそれを望んでいるのだろうから。











 死の概念を持つ存在に変身できるこの能力は、人間災厄になってから身に着けたもの。
 と言うか只の怪異であった頃に使える能力何て、生き物を死なせる能力だけだった。派生で便利な力も使える様になるには、存在としてのキャパシティが足りなかったのだろうと言うのが博士の見解で。なるほどそうだろうなと思う。
 だから、在り言えない仮定なのだけど。
 時々思ってしまう。想像して見てしまう。夢想に浸ってしまう。
 もしもあの日、自分がこの姿だったのなら。知り合いの妖異の仔の様に、この姿に自在になれる存在であったなら。それで、既に一人ぼっちで無かったならば。
 兄は、さっきの此処に入り込んで来たお兄さんの様に驚いて、でも優しい人だからきっと遊んではくれただろうけど。それでも、家に連れて帰ったりはしなかただろうな。一緒に遊んで、楽しく過ごして、じゃあまたねと手を振って。その後どうなって行ったかは、色々想像出来て、色々妄想出来て、正直ちょっと楽しい空想でもあるけれど。
 そうなったのなら。
 そうなって欲しかった何て思わない。兄に連れて帰って貰えた事を後悔なんてしない。家族になれた事を否定なんかしない。それだけはしないし、誰にも許さない。勿論、自分にも。
 けれど、考えてはしまうんだ。
 想像を。
 妄想を。
 空想を。
 つい、ね?

 あの日。わたしがこの姿だったなら。
 きっと。
 皆は死ななかったのだろうな。
 きっと。
 お兄ちゃんを、こんな辛い立場に立たせたりする事も無かったのだろうな。
 それは、とっても。ううん、ちょっとだけ。ほんのちょっとだけ。

『………………寂しいな』

 せめて口にはしないけど。