5-Cōātl
夜。何かが店の裏で倒れていると思ったら、犬だった。----------------------------------------------------------------------------------
※ご予約のお客様と。
ラウル・モレノ 4月12日11時(犬だ。)
(と、直感したのは、それが人の姿をしているにもかかわらず、|我《おれ》の意識がそう告げていた。)
(ゴミ捨てをしようと思ったんだ。飲食を仕事にしていると、どうしても不要分が出てくる。肉の切れ端だとか、客にも出せなければ、自分でも食べきれないような余剰だとかを処理しなくてはならない。最初こそ、勝手に火でもつけて燃やしてしまえばいいかと思ったが、この霧ではうまくいかないだろうと考えて、しぶしぶ町の名前が書かれたゴミ袋に、規定通り捨てるようにしていた。)
(いつも通り、店の裏に置いておけば知らない間に回収されていくだろう。と、思っていたんだ。)
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ラウル・モレノ 4月12日11時……|犬《Itzcuīntli》よ、生きているか?
(もし死んでいるなら、埋葬してやらないといけない。死にかけているなら、生贄にしてやらないと哀れだ。)
(ごみを捨てる場所に、それは倒れていた。まさか寝床を探してここにきたわけじゃないだろう、|犬でも《・・・》もっと、良い場所を探す。)
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黑・宵刃 4月12日11時はい。犬は、……生きて、います……。
(まさに、|死にかけだった。いつもならはきはきと受け答えしてみせるのに、すっかり体に力が入らない。)
(犬は、身体から獣の腕を生やした。あなたのほうに震えながら伸びてくるそれは、まるで縋るように意思を訴えようとする。)
|お腹が空い、て《饿死、了》――。
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ラウル・モレノ 4月12日12時な、何だって? 最後のは中国語か?
(男か女か、声の時点では判別がつかなかったが、|我《おれ》はなんとなくその華奢さに既視感がある。ああ、ヨシュアのように細いが、これは身の詰まった感じがする。)
(これが何を言っているのかはわからないが……|我《おれ》ができることは……。)
少し待っていろ……まず、コーラだ!コーラを飲め。飲めるか?
(ゴミ袋を放り投げて、大股で店の中を歩いては瓶コーラを手に取り、犬のもとへと急ぐ。しゃがんで、ゆすってやるか考えて、体から生えているらしい腕に手渡そうとした。せめて、栓は開けてある。そんな力が残っているかどうかも、わからない。それくらい、ひどく憔悴しているように見えた。)
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黑・宵刃 4月12日12時(また、犬の耳がピクリ、と動いてから、鼻はスンスンと音を立てる。)
(あなたが差し出した瓶を、大きな獣の腕はゆっくりと絡めとった。それから、腕に無数の口が|開いた《・・・》のが見えただろうか。瓶を傾けて腕を伝う糖を含んだ炭酸が、まるで乾いた土に水をやったように、飲み込まれていく。いくつかの口が感覚に驚いたようだったが、舌なめずりをして満足そうにした。)
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黑・宵刃 4月12日12時ああ、生き返りました!
(すると、突然、今度は人の手で体を起こした。)
(あなたは目にしただろうか。床と接地していた犬の腹から、粘ついた血が糸を引いていたのを。)
ありがとうございます、大きな人!この御恩、一生忘れません!!本当に、腹が減って、このままでは死んでしまうかと――(ぐらり、犬の体がバランスを失って、)あう。ううう!
(うなだれる。意識をはっきりさせようと、懸命に首を振るので精いっぱいだ。泥も血も跳ねるのをお構いなしに、続けている。)
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ラウル・モレノ 4月12日12時(血か?)
(むわっと、一気に鉄臭いにおいが鼻にたどり着いた。|我《おれ》は鰐となってから、ずいぶん鼻が鋭くなったと思う。嗅ぎなれて、この町では珍しくない匂いの濃さに思わず目を細めた。)
おい、ひどく怪我をしていないか? それに、腹が減ったって……?
やめろ!落ち着け。気分が悪くなって、また倒れるぞ!
(まるで泥を振り払う犬みたいだ!近所の犬がよくやっていた動きにそっくりじゃないか!)
(思わず|我《おれ》自身の顔をかばうように腕を盾にしつつ、とりあえず、落ち着いてもらおうと思った。すっかり暗くてわからなかった。夜になると血は黒く見える。馴染んでしまうんだ。)
その傷、どうしたんだ? 腹が減ったどころじゃないだろう。
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黑・宵刃 4月12日12時兄さまから、|责打《せっかん》を!
(犬は、あなたからの質問に正直に応えてみせる。)
(やめろ、と言われたからぴたりと首を振るのをやめた。犬は、誰の言うことも聞き分ける便利なものである必要がある。兄が真っ先にこの末妹に教えたのは、道具としての都合のよさからだった。道具は、持ち主を選ばない。)
(それから、傷を見せるために自分の服を引っ張った。真っ黒な衣装はまるで肌の露出もない。ただ、そこにあるのは、|闇《・》だ。)
でも、大丈夫です。ほら。さっきあなたが美味しい飲み物をくださったから――
(じんわり、ゆっくり、傷口がまるで、粘液同士が混ざり合うようにして傷が塞がっていく。)
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黑・宵刃 4月12日12時ほら! ――、ごほッ。
(修復している最中も、内臓の位置を変えたりする必要があるから――多少、口から不要な|部分《パーツ》を吐き出す必要があった。吐血のようにも見えるが、地面にぱたたと落ちたところからたちまち黒い霧となって消えていく。)
身体を治すのに、栄養が必要だったもので!
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ラウル・モレノ 4月12日13時兄から……?
(それにしちゃあ、やりすぎじゃないか。)
(|我《おれ》の住んでいたところでは、よくマフィアがそういうことをしていたと思う。痛い目に合わせないとわからないんだとは体のいい建前で、本心ではただの鬱憤を晴らすのにちょうどいい理由だったのだろうと、その時も思っていた。儀式でもないのに、血よりも濃いという家族にそんなことをするのだから。)
(心配していたが、みるみるとお前の傷が治っていくじゃないか。|我《おれ》の目は、今となっては夜のほうがよく見える。)
おいおい、だから腹が減っていたのか。
もっと……何か食べたり飲んだりしたら、もう少し治りが早くなるのか?
(今、血が|消えた《・・・》ように見えた。)
(神の元に還らない血があるのか? なぜ、還らない? 神が拒否しているのだろうか。もしそうなら、もっと傷は治したほうがいい。俺の本能が告げている。この犬は、悍ましい何かなのだ。)
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黑・宵刃 4月12日13時私が、またへまをしてしまったものですから――
(だから、手酷く叱られた。)
(幸い、犬自身も逃げることはなかったが、致命にならないよう体をよじらせるような動きは本能で行っていた。|悪癖《・・》を嘆き、叱る兄が、ぼろぼろになった犬の体を仕置き部屋にある『穴』に放り投げたのが、この町に至った道筋だ。)
はい。ここには良い匂いがしたので!
(生きるためだけに、犬は目的を絞って動いていた。)
(霧の中、ほとんど目は役に立たない。血まみれの体から真っ黒な内臓を引きずって、生きているとも死んでいるともわからない町を、微かな食の気配を頼りに歩いて、この店にたどり着いた。裏口のほうだったのは、とにかく腐肉でもいいから漁りたかったのだ。)
(あなたの放り投げたゴミ袋を見てから、犬は鋼鉄を嵌めた指で指し、期待を込めて見上げる。)
要らないのですか? 食べてもいいですか!?
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ラウル・モレノ 4月12日13時だめだ。腐ったものなんて食べなくていい!
(何を言い出すんだ!?と思ったが、やはり|我《おれ》の頭によぎるのは、故郷でよく見た野良犬だ。あの時は、誰もかれもが気分で餌をくれてやることもあったが、ほとんどはごみを漁って孤児たちと取り合いになっていた気がする。)
とにかく、待っていろ。さすがに出来立てとはいかないが、お前に飯を持ってきてやる……お前、肉は好きか?
(作り置きがある。|とっておき《にんげん》の肉は、俺が主に食べるものだ。俺の体がいずれ世界になるなら、少しでも養分は多いほうが良い。食べる人が少なくて、余りやすいから、タコスに包んだら冷凍庫に入れていた。)
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黑・宵刃 4月12日13時(犬の耳がぴんと立って、口が開いた。笑っているように見えるだろうか。)
はい!!自分の死体も食べたことがあります!!
ここでは人の肉が食べられるのですか!?
(きらきらと表情が輝いていただろう。この犬は、碌に人間の文明に馴染んでいない。|家族入り《名前付き》になったときも、最も兄が悩んだのは、この犬が服を嫌がるところだった。次に、貨幣への無理解である。ようやく、最近は釣銭の扱いが悪いところ以外は知見を深めているようだったが、それまでは兄から賃金を与えてもらえず、主人たちにも特に食事を用意してもらえていなかったので、殺した人間の肉を食べていた。)
(√能力者である、から――運よく、死んだ己の近くで復元できたときは。)
(腐りつつある自分の肉を食べながら、衣服をはぎ取っていたものである。嫌悪感はなかった。そこにあるのは、|執心《・・》だったのだ。)
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ラウル・モレノ 4月12日13時(つくづく、悍ましいのに、どこか愛嬌がある。変な奴だ。)
(肩をすくめてから、|我《おれ》は店の中に戻る。服に血泥がついてないのを確認した。調理場に不衛生はご法度だ。それから、冷凍庫を開けて一つ、手に取る。電子レンジに置いたら、あとは解凍させるだけだ。何度か後ろを見て、犬の様子を見たりもした。目を離したら死んでいるかもしれない。)
(動物とは、人間が見ているときは元気ぶるものだ。)
ほら、できたぞ。
(ラップに包んだタコスを、紙皿に乗せようとして……ラップごと食べそうだから、剥がすことにした。)
(犬に差し出す。その手で果たしてどう食べるのか、わからないが。)
(本当は、野良犬に餌をやるのはよくない。ただ、食べきれないぶんを捨てるなら結局一緒だ。)
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黑・宵刃 4月12日13時(あなたが振り返っても、そこにいたのは犬のようにしゃがみ、じっとあなたの背を見ていた犬だけだろう。尻尾もふらず、静止したかのようにしている。あなたが持ってくる食事に期待して、集中してしまっているのだ。それから、少しずつ口を開けて尻尾を振りだす。食事がやってくるのを歓迎して、耳もしっかりまっすぐに立っていた。)
ありがとうございます!
(紙皿を受け取り、何度か匂いを嗅いで肉の匂いに貌を輝かせる。)
(犬は猫舌だ。唇と舌で冷まそうと、少し口に含んで呼気を送る。紙皿から直接食べている姿はまさに犬食いだ。手を使うという頭がない。)
あつ、ッ、おいひぃ――です!
(がつがつと食べるのに夢中だが、犬の体は確実に『復元』していた。傷口が塞がり、纏っていた衣服から人らしい色の肌が見えるだろう。血の跡が多少残るが、悍ましい黒はあなたの視界から数を減らしているはずだ。)
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ラウル・モレノ 4月12日14時(やはり、ひとというより犬に近いな。)
焦って食べるな。まったく……本当に傷が治るのか。どういう仕掛けだ……!?
(女の肌じゃないか!|我《おれ》は思わず目をそらして、店に戻る。今日は一体、なんて日だ。客のひざ掛け用に用意した布の中から、一枚抜き取る。)
ほら、これで肌を隠せ。
(なるべく目立たない色の布を選んできた。特に夜なら、緑は馴染むだろう。昼でも、森の中なら姿は隠せそうだ。)
(うまそうに食ってくれるぶんにはいいが、まったく珍妙な客だ。いいや、犬か。)
お前、それで……どうするんだ?この後は。家に帰れるのか。
(中途半端に助けてしまったから、これからのことが気になってしまった。)
(店の勝手口にもたれかかりながら、訪ねてみる。|我《おれ》にこれ以上何が出来るかはわからないが。)
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黑・宵刃 4月12日14時わかりません!!
(犬は正直であった。)
(己の体のことなど一切知らない。知る気もないのだ。命じられたことしかこなせない。)
(それから、あなたが差し出した布を見た。纏えということだと理解して、しかりと頷き、体から生える獣の腕が受け取るだろう。さっきより、ハリのある美しい毛並みをしていたはずだ。)
(顔は食べ物に夢中だが、腕はきちんとあなたの指示通りに動いている。紙皿まできれいに舐める体に、緑の布を巻きつけるのを終えたら、ゆっくりと体の中に戻っていく。)
はい、家に帰ります!兄さまに、きちんと許していただかないと。
(帰れるのかという問いに、帰るで答えた。)
(知らない世界に落とされることは一度二度ではない。それでも、いつも、|必ず《・・》巣に帰っている。)
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黑・宵刃 4月12日14時ごちそうさまでした!ええと、お金を――おいくらですか?
(ポケットから鉄の指が取り出したのは、血でどろどろになって固くなったくちゃくちゃのなにかだ。)
(それを見て、耳が少し真横に倒れる。)
……キャッシュレスに対応は?
(胸ポケットからカードを一枚取り出すが、それもまた血で汚れていた。使えるかどうかはわからないが、試すだけ試そうかと、考えているようだった。)
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ラウル・モレノ 4月12日15時……しているが、今回はいらない。
気を付けて帰ってくれたら、それでいいさ。
(なんだか笑ってしまう。悪い意味じゃないんだ、本当に表情豊かな犬を見ているような気持ちだ。)
(手酷い傷をつけられてまで、家に帰ろうと思っているのだから、|我《おれ》がここにとどまれと言わないほうがいいだろう。知らない世界があるように、この犬の家族もそうなのだろうから。)
また迷ったらこの店に来るといい。汚れていたら店には上げられないが、裏口なら対応できる。
持って帰るなら、準備もしてやるから。
(あ、今度から金はとるぞ。と付け加えておいた。)
(がめついようには見えないが、動物と接するときはルールが必要だ。特に、犬はな。指を立てて、|我《おれ》の言っていることに注目しやすいようにしてみよう。ちゃんと覚えてくれるといいが、まぁ、忘れてもまた伝えたらいい。)
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黑・宵刃 4月12日15時(犬は、あなたの指をじっと見て、集中していた。)
わかりました!
(それから、一度頷く。)
(与えられた命令に矛盾がない。すんなりと、従順そのものの脳があなたの指示を聞き届けた。)
それでは、またここに迷ったら訪れます!
ありがとうございました、店主!大きいひと!またお会いしましょう!
(――その体が、消える。すっかり元気になった身体が跳躍したのだ。)
(音もなく、あなたの店の天井に乗り、それからこの町の『穴』を探して縦横無尽に駆けていくだろう。纏った布で、体を大事に包みながら。)
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ラウル・モレノ 4月12日15時(あっという間に消えていった。)
(なんとなく空を見上げたが、あるのは月だけだ。まさか、月になんて住んでいないだろうし、やはり目立たない布を渡して正解だったか。無事に帰れるかはわからないが、あの感じなら、この町で死ぬことはないだろう。)
ああ、ごみを漁ろうとするなよと伝えるの、忘れたな。
(念のために、と思っていたが……まあ、もし出くわしたら教えてやればいいか。)
(やれやれ、どうやら解決だろうか。ゴミ袋をようやくゴミ捨て場に出せた。あとは、きちんと勝手口のカギを閉めて、店の電気を消すだけだ。)
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