【軽いメタOK】キミが出会ったきらめき
ときめくものに出会った経験はあるかい?名前も知らない貴婦人の肖像画。孤独な英雄の物語。いつもの道に咲いていた花。
キミがどんなものに胸を躍らせたのか、俺に少しだけお裾分けしてほしい。
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お気に入りの作品、ちょっと嬉しい気持ちになった出来事。そんなようなことを書き連ねていくスレッドです。
1)「PCと背後ではヘキが違う」――そんな現象もあるでしょうから、多少のメタは問題なしです。
ただし、自分や他人のプライベートな情報には気をつけて。住んでる街や同背後や過去作とか。(自分が話しても大丈夫と思う自分のことについては言うまでもないです)
2)ある程度のレス、反応も問題ありませんが、ほどほどのあたりで。
3)1人につき1ネタを上限の目安に。他にも語りたいことがあるときは、ぜひ翌日もお越しください。楽しみにしています。

夏目漱石の「倫敦塔」を読んだ。空き時間にサッと読むのにもちょうどよい長さで、最近英国史の本を読んだりして多少の知識がついてきたのもあって、「はいはい、なるほど。あの話ね」と見当をつけながら読めるのも気持ちが良い。
幼いエドワード5世と弟のリチャード、そして9日間の女王ジェーン・グレイの場面は絵画でも有名な作品を下敷きに漱石節を利かせて書き起こしてあるので、「この景色、知ってるぞ!」と上機嫌になれるし、また彼もこれらの絵を見たのかという感慨も湧いてくる。長い間残る絵は、時間軸では出会うことのない人々とのハブにもなりうるのだな。
そして漱石はやはり帝大出身の教師かつ小説家ということもあり、やはり博学だ。さまざまな文献や作品からの引用も多く、元ネタの方はどんなだったのかな、と参照してみたい気分になってくる。こうして己の世界というのは広がっていくものなのだ、としみじみ思った。
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ビル・エヴァンス・トリオの『Portrait in jazz』というアルバムを古書店で見かけて買ってみた。どの曲も素敵だが、特にAutumn Leaves(枯葉)のカバーは、降り積もる葉が風に浮き沈むような軽快なピアノの演奏で、とても聞き心地がいい。
続くWitchcraftも……もう言う事がないな。とにかく素晴らしい。配信もされているが、現物があると愛着が湧く――良い買い物だった。
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旅団の皆の話を聞くのが楽しい。そして皆の言葉にいいねがポンポンと押されていく様を見るのが、これが案外楽しい。それぞれが相手の話に耳を傾け、「さあ次はどんな話をするのかな?」と期待に満ちた眼をして、話す方もとっておきの話題を持ってくるというような、そういう風景が目に浮かぶようで、とてもよい。
皆のちょっとしたリアクションを見るのもこの上ない楽しみなのだ。福袋を買っていく人たちの様子を陰から耳とヒゲを全力で張ってこっそり見守ってしまうくらいには。
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某幼児のおつかい番組。
そう、|幼気《いたいけ》な子供の一生懸命さというのはどうにも涙腺に来るんだ。いっぱいの不安と戦いながら、懸命に頑張るあの姿よ。大人の目線であれば思わず笑ってしまうことも、本人達にしてみれば必死にやってることなんだよなあとこの歳になるとしみじみ思うよ。
……三十路手前にして如何せん爺臭いな。
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すっごーく大したことじゃないんだけど、いーい?
よくペットボトルのお茶のさ、おみくじ付きあるじゃない? 俺さ、あれで大吉出るとめっちゃ気分いいなーって思うんだぁ。
もしかしたら大半が大吉かも! って思ったけど、それって皆でいい気持ち! ってのを分けてるみたいでそれも好きー!
あとさ、目覚ましよりちょっと早く起きられた朝とか! “ちょっといい気分”ってゆーの、すごい好きだなー。
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ねぇねぇ。「翻訳できない世界のことば」っていう絵本を知ってるかい?タイトルの通り、他の国ではひとことで表せるのに、日本語ではひとことじゃあ言い表せないことばを集めた絵本だよ。そのなかから、俺が"なんかいいな"って感じた厳選の選り抜きをご紹介!
イタリア語の【|COMMUOVERE《コンムオーベレ》】涙ぐみ物語にふれたとき、感動して、胸があつくなること。ここのみんななら、よくあることかも知れないねぇ。
アラビア語の【|YA'ABURNEE《ヤーアブルニー》】直訳すると「あなたが私を葬る」。その人なしでは生きられないから、その人の前で死んでしまいたい、という美しくて暗い望みのこと。√能力者のなかには、きっとそういう思いを持った人もいるのかな?
マレー語の【|PISANZAPRA《ピサンザブラ》】バナナを食べるときの所要時間のこと。大体、体感で2分くらいのことらしいよ?
ことばって、面白いよねぇ!
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その土地、その文化ならではの価値観や暮らし方が染み込んでいるようで面白いね。日本語にもなかなか英語には訳せない言葉があると聞く。最近知ったのは、確か「木漏れ日」だったかな。言葉が表す景色だけでなくそれを視界にいれたときの感情の動きも込められていると俺たちが感じるのと同じで、よその土地ならではの言葉にそこで暮らす人々も同じ感覚をそれぞれ持っているんだろう。
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『逆境』という推理小説を読んだ。エデンにおける大正期の警察というのがどんなものだったのか知りたくて探していたところ、この作品に出会ったためその場で買って帰った。
明治維新で国の形に変化が起こったために事件に関わる組織も一新されたわけだが、明治から大正へ移る間にも少しずつ変容していった様が織り込まれている。当時の東京の景色なども丁寧に描かれているように見えて、興味深い。夏目漱石の文を読んだときにも思ったが、明治後期~大正期に生きていた人たちというのは、江戸末期の人でもあったのだなと、考えてみれば当たり前なことに驚いたりする。
作中に登場した鬼藤警視という人物が好みのキャラクターだった。ピンチに陥った主人公に助け舟を出すも、謝意を示す主人公に「感謝はしないほうがいい。お前を助けるためにできるのはここまでで、それを超えれば容赦なく捕らえる」という内容の言葉を告げる場面が非常に格好良い。
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『逆境』はジャンルとしては推理もの・刑事ものに該当すると思うのだが、読んだ感想としては「多様な技巧を駆使した濃厚ミステリをがっつり読みたい」という需要にはあまり応えてくれない。どちらかというと「職業もの」の側面が強いように感じた。本庁vs所轄や各専門分野同士の対立構造、組織に所属する職員たちの豊かな個性を描写する方に重きが置かれている(と俺は読んだ)ので、たとえば「機動警察パトレイバー」などが好きな人には刺さるのではないかな、という印象だ。
小説の登場人物というのは、漫画作品のキャラクターよりも「長所も短所も両方描かれる」傾向があるのではないか、と個人的に思っている。ビジュアルが描写されないぶん、美化される度合いが抑えめ――という側面もあるのかもしれない。そしてその「人間くささ」が良い。身近な人々に対しても普通は”カンペキ”を求めないのと同様に、等身大の人間がそこに在る、という感じがする。
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旅行の計画をするのが楽しい。行く先の土地には何があるのか、徹底的に調べてしまう。きっと「行き当たりばったりで当日その場で出会ったもの、起こったハプニングを楽しむ」というスタイルの人と一緒に旅をすると、うまくいかないのだろうな、と思うくらい。下調べのために買ったガイドブックの類も、だいぶ長いこと保管してしまうのだ。そうして時折ページを開いてみては、旅での楽しかったことを思い出す。俺にとって、旅とは「そうだ、行こう」と思った瞬間から始まっている。
しかし、調べた結果たくさんのことを”知ってしまう”ため、スケジュールが許す限り行きたい場所に行こうとしてしまうのが俺の悪い癖だな……。移動中も間に合うかどうかが気になって落ち着かないということもしばしばだ。時間を気にせずゆったりと過ごすというのも、きっと素晴らしい旅の仕方に違いないとは思うのだが、性分というのはなかなか直らない。
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多少の調べ物だけして行き当たりばったりの旅も、調査し尽くして計画的に楽しむ旅も、それぞれ一長一短なのかもしれないね。
小生は前者が好みではあるが、行ったはいいけれど想像していたよりも面白くない、食事の場所も決まらないからチェーン店へ行って後悔するなどもザラだったなあ。
そういう意味では決めに決めてから向かう方が間違いが少なくてよいなあと思うこともしばしばだ。
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夢を見た。
小生は|電子端末《スマホ》で旅団のスレッドを眺めていた。
いつものようにアトリエ関連のスレッドを開き、下へとスクロールした。小生の名前があり、小生の絵姿への祝いの言葉が誰かから綴られていた。
早すぎる、そんなはずは、だけどつまりは──自身の|自己紹介文《キャラシート》のページのアイコンをタップして、メールを開いて──。
……そこで目が覚めた。
儚い|夢《きらめき》の話だ。
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『徹子の部屋』という番組で、とても綺麗な消しゴムはんこ作家さんの作品を見ました。夜のお城を表した絵は消しゴムはんこ状態と絵では印象が違くて驚いたり、人物や寺社の奥行きまで消しゴムのはんこで作り出せるなんて……そう思って夢中で見ていた昼なのでした。
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ノートパソコンがきた! キーボードを叩き続ける快感、視界に入る情報量の適度さ、勝手にリロードされてしまわない複数タブ、アプリケーションの行き来の自由さ。――最高です。ちょっと画面が青っぽいのはこの際許す。(調整してもまだ青い。どんだけ青空をきれいに見せたいのですか、君は……)
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観るのが怖い怖いと思いながら結局観てしまった『新少林寺』。該当シーンは、流石にもう何度か観たおかげで冷静心持ちで観ることができたが、それでも終盤に向かって畳み掛けられる情緒破壊展開に酒を浴び号泣し寝落ちした――そして約束された二日酔いである。
思うにこの作品は「許せること」「受け入れられること」を観る者にも求めているような気がする。悪事を働いた登場人物たちが相応の報いを受けず、罪なき人たちが犠牲になってゆく筋立てをいかに受け容れるか。それが問われる。
観終わってふと、序盤で退場となった人物の懐の深さに思い至ってしみじみとする。彼は登場時にはいかにも役に立たぬ上官として描かれ、裏切られるのもやむなし、と観客の共感を束の間獲得する役回りなのだが、裏切りを知った激昂からの「逃げろ」と呟く、あの瞬間。主人公が苦悩の果てに辿り着いた境地に、あの人は物語の冒頭から既に立っていたのだな、と思ってしまう。
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物語の話をしようとするとき、どの程度まで筋立てに言及したものかと毎回迷う。俺の話を聞いて「じゃあ観て(読んで)みるか」と思ってくれた人のノイズにはなりたくないが、しかしそれを語らずには俺がどこにどう心を揺さぶられたかを正確には表現できぬこともある――。ゆえにネタバレを多少含んでいても、どうかご容赦いただければと思う。
幼子がその短い生を終えた刹那、親たちの慟哭や狼狽と周りの僧侶たちのある種冷たい祈りの対比が胸を刺す。それだけ、人が亡くなるということ、幼い子供が亡くなるということは身近なのだと思い知らされる。飄々と「土葬か火葬か」を語るジャッキーの無邪気な笑顔は、不思議と厭味でも恐ろしくもなく、「受け容れる」という境地を語っているようにも見える。絶望しながら飯を食らい、涙を流す父親の、その姿もまた「生きていく」ということなのだろう。ここで毎回俺は彼と同じ表情で泣いてしまうのだ。
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知り合いから勧められて『ここだけは行ってみたいフランスの景色』という写真集を見せてもらいました。ラベンダーや菜の花、ひまわりなどの花畑が広がっていたり、ノートルダム寺院の暁の時間帯の姿がのっていたり、ルーブル美術館のガラスのピラミッドがピカピカ光っていたりとても沢山の素敵な風景に出会えました。ライトアップされたアンヴァリッドの風景はまるでゴッホの星々を描いた絵のような色彩で……!
とにかく語りきれないほどの絶景が沢山載っていて、癒されました。
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「アナと雪の女王2」で没となってしまった場面のうち、クリストフがアナにプロポーズをしようと頑張る曲「Get This Right」がとても素敵だった。実際に採用された曲のほうは「ネタ枠担当」に振り切った感のあるものだったので、2での彼を気の毒に思う人もいただろう。
この曲は彼のいじらしさ、一生懸命さ、アナのことをどれだけ好きか、というのがぎゅうぎゅうに詰まっていてとても良い。曲調もたいへんに俺好みだ。1でのハンスとのデュエットを上回るときめき度、と言えば伝わる人もいるかもしれない。ストーリーを考えると確かに入れる場所がないな…と納得はするのだけど、この曲が入っていればアナ雪2やクリストフに対する印象・評価ががらりと変わった気がする。
結局勇気を出し切れずに諦めようとするクリストフにアナがプロポーズをするのが良い。結婚というのは互いの歩み寄り、敬意の上にあるのだということを実感する。
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データの方が取り回しは良いことがわかっているのに、本とCDが増えていくのは何故でしょう。積読も積聴もどんどん増えていくのですがやはり所有の満足感に抗えないのですよね。
特に古い文学作品はパブリックドメインとしていくらでも存在するのに、データでは満足できずについ現物を探してしまうのです。
探していた中原中也の復刻本が手元に届き、久しぶりに宝物を得た子供のような気分です。さて、これを飾るスペースを確保せねばならないな…。
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ディアマンという名前のクッキーを食べました。ディアマンという名前はダイヤモンドが由来だそうで、確かにクッキー表面にまぶされたお砂糖がキラリと僅かに光ったのが見えました。味はお砂糖が強めの甘さがありつつ、クッキー本来の小麦の味も負けてない、そんな感じでした。
すぐに無くなってしまうのも、輝きが僅かにあるのも、貴重なダイヤモンドらしさがあるような気がしましたね。でもまた食べたいですね。調べてみると割と色んなディアマンがあるそうなので。
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先日、モネ展へ行ってまいりました。同美術館の常設展にも何枚か展示されているのを観ていて、興味深く思っておりましたの。いつ行くか迷っているうちに、会期終了が近くなり混雑しておりましたので、行くなら早めが良かったですわね……。
ともあれ、期待通り、期待以上の素敵な作品の数々でした。睡蓮や柳など、植物モチーフのものが多かったかしら、藤なども、他と違った表現で印象に残りましたわね。とりわけわたくしが好みに思いましたのは、橋の風景……同じ景色を時間帯を変えて何枚も描いてあるもので、朝の靄がかった淡い色使いから、夕陽に照らされた水面の煌めきまで、なんだかほんとうに1日を過ごした空気感を受け取ったきぶんになりました。
残りわずかとなりますがまだ会期ございますし、西の方への巡回もあるようですから、行かれるか迷っている方は是非に。
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映画「メリー・ポピンズ」のラストシーンで歌われる「凧をあげよう」。仕事一筋で家庭を顧みることがなかったバンクス家のお父さんが、仕事や勤め先の人間関係をなにもかも放り出して子供たちと公園に繰り出す場面の歌だ。本作と原作者の諸々については横に置き、「ウォルト・ディズニーの約束」を観る限りでは映画「メリー・ポピンズ」における真の主役(あるいは”ヒロイン”と表現しても罰は当たらなかろう)はこのミスター・バンクスであることが伺える。
それを踏まえたうえで、ディズニーランドに足を踏み入れ、また後ろ髪を引かれながらも敷地の外に出る。そのどちらにおいても入口付近で流れる「凧をあげよう」が強く心に残るのだ。パーク内で出会うメリー・ポピンズとバートが「絵の中の世界」の衣装を纏っているのも無作為ということはないだろう、と俺は思う。
「大人こそ楽しんで」というウォルト氏のメッセージをいつでも感じる気がするのだ。
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初めてバー、それもコンセプトバーなるものに行ってきました。文豪やその作品をモチーフにカクテルやモクテルをいただける場所で、本を読みながらソファでゆっくりくつろげる空間でした。
そのバーの今月のテーマがアンデルセンの『雪の女王』で、写真で見た限りとてもキラキラしていて綺麗だったのでそれ目当てに銀座まで……そしたら常設のものの中に宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』のモクテルもあり、こちらは連れが頼んでいました。
どちらのモクテルもキラキラしていて、物語の色々な要素を感じることができました。
本を1ページめくり丁寧に読むように、そして終わりを惜しむかのようにゆったり楽しませていただきました。とても良き体験ができましたね。
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それは素敵なお店だったねぇ。俺も一人でふらりとバーに立ち寄って本を読むという贅沢が好きなのだ。翠咲の行ったお店はコンセプトを鑑みてもそれに特化しているところが面白いな。
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すすめてもらった…新少林寺見たよ…
僕はあんまり難しいテーマとかは分からないから箇条書き的にだねぇ…
暗い話だけどシリアスな重苦しい雰囲気が続くと思ったらコテコテのカンフーがはじまってちょっと笑ってしまったよ…
とは言ってもアンディ・ラウかっこいいねぇ…!
あの場面この場面と言いたいけどネタバレになるからね…
そして我らがジャッキー…!彼が登場すると画面が明るくなるというか楽しくなるというか…僕にとっての千両役者そのものだね…
女子供も強いぞぉ…特に奥さん…他のアクション映画なら主役張れるくらい
…よって和尚がヒロイン枠…
元部下クンは…都会の会社でバリバリ働いてた憧れの上司が田舎に隠居して「自然はいいぞぉ…畑はいいぞぅ」とか言い出したの見て情緒おかしくなってる…感じかもねぇ…
あの玉座も衣も譲る気はないだろうけど「パイセンにふさわしい感じで」で発注してる気はするなぁ…
だから僕は悪役も報いを受けたと思うよ…
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やあ、観てくれたのか。それは嬉しいねえ。
そう、そうなのだよ。ジャッキーの笑顔、あれはほんとうにすごいね。スターという存在のパワーを感じるよ。「自然と人を笑顔にさせる」という才能はそれだけでプライスレスだ。
元部下氏の解釈は、目から鱗だったなあ。確かにそういうところがある気がする。そう思うと、ちょっといじらしいね……。
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知ってる人は知っているダヴィンチ恐山氏のエッセイ、『キリンに雷が落ちてどうする少し考える日々』を読んでいます。読んでいる最中に声を出して笑ってしまう本は久々です。
著者の姪っ子のエピソードが非常に強いです。「3歳の姪っ子に年齢を聞いたら教えてくれたから、自分の年齢も教えたら『なんで?』と返された」「ハマっているシールブックを見せてもらったら、水辺の動物は水辺に置くなど基本的に整然としていたが、唯一シマウマの首だけちぎって木の上に突き刺さっていた」など。しばらく笑いが止まらなくなりました。
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ヴェーロくんの読んでいる本、とっても面白そう。幼い子って所謂「お約束」に染まっていない分、大人より発想が柔らかいよねぇ。自分の中にある法則に照らすから、予想しない返答が面白くて。本人は真剣だろうし、対面では笑わないように心掛けるけど…エピソードは無理だなぁ、ふふふ。
小さい子と言えば。モコちゃんがおすすめしてくれていた『メダリスト』を読み始めたよぉ。フィギュアスケート選手を目指す11歳の女の子とコーチの物語だけど、登場人物の心の機微が丁寧に描かれているのが良いなぁ。表情の変化も豊かで、たまに見せるしわしわピカチュウみたいな表情もすき。
滑りの疾走感や振付のスケール感といった、氷上の演技を描く画力も確かに素晴らしいねぇ。1巻を読み終えたところだけど、お話のテンポも良くて面白いし続きが楽しみだなぁ。
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汐留で開催されていたル・コルビュジエの展示会に行きました。この方の展示は初めて見たのですが、海を愛し海で亡くなったところになんとも言えない物語性を感じましたね。表現も、最初は海で見つけた島々なものを描いていたけど、そこから発想が広がっていき、最終的には音にも目を向けるようになるところが凄いと思いました。彼の描いた絵に、本当に音の波が視覚化されているような絵を見つけていいなと思うなどしました。表現ってやはり奥深いし、画家の方は色んな世界を見ているんだなあと思いましたね。
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近くの駅中にバレンタイン仕様のチョコ売り場が出張してきているのだが、量り売りのチョコをえらく慎重に選んでいる小さな子供であったり、その場で交換し合っている学生であったり、可愛いショッパーを提げたスーツ姿の人であったり、様々な光景が見られてとても良い。女子から男子にといった通例も今や過去となりつつあり、老若男女の隔てなく“ちょっと奮発して良いチョコを買う日”を楽しんでいるようだぁ。
そしてルビーチョコレートが美味い(わしもしっかり楽しんできたのだ)見た目も華やかで、ベリー系のフルーティな甘酸っぱさがある。これは大変良いものである。数年前にはコンビニで買えた気がするのだが、いまひとつ流行らず消えていった印象がある……なぜだろう。わしが田舎で暮らしておるから見かけんだけなのかぁ?
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「優しい」と、言ってくれる人たちのほうこそが優しい。――と、俺は思う。
俺などは特に誰かに優しくしようなどと考えもせずに自分のしたいようにしているだけなので、本当は非常に無責任なのだ。「好きなようにやらせてもらう。好きなように文句を言ってくれたまえ」というのは、きっと飼い猫であった頃から変わらぬ「猫の我儘さ」なのだろう。猫であった頃には飼い主たちが可愛い可愛いと甘やかしてくれ、今は周りの人たちが可愛い可愛いと甘やかしてくれている。唯一、警官であった頃には誰一人甘やかしてくれなかったが、それも俺には得難い経験であった。
俺の気儘さ勝手さを「優しい」と許容してくれる人たちのほうこそ、心のおおらかで優しい人たちなのだ。
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友人との雑談の流れで「特命戦隊ゴーバスターズ」の第1話を観直していた。
2012年度の作品で、災害級の出来事で大切な人を失った若者たちが、人々の暮らしに必要なエネルギーを強奪しに来る敵組織と戦う――という、当時の時代背景を鑑みればなかなかに重い、「よくこれを今やろうと思ったな…?」な作品ではあるのだが……、逆に主人公たちが運命に抗う姿に励まされた人も少なくない気がするな。
観直してみて、EDの良さをしみじみと嚙み締めた。OPの爽やかさと悲壮感の共存する雰囲気も好きだが、EDの明るい雰囲気の中で司令部やメカニックも巻き込んで踊る構成がとても良いのだ。「最前線で戦うメンバー以外のスタッフたちもひとつのチームである!」という強い意志を感じる。「絆」は作中でも度々使われるワードであるのと同時に、あの当時は日本のあちこちで掲げられた言葉でもあった。
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先日、とある地方の博物館に赴いてまいりました。
その地域出身の職人が作成した美術品を、その美術品の参考にされた作品と並べて展示されるとのことで……ええ、山姥切国広と本作長義という日本刀でございます。写しと本科、という関係性でございますが、並べて鑑賞いたしますと違いと似通ったところがはっきりとわかって、興味深い展示でございました。そのほかにもその刀工作の別の刀剣や地元の領主の書状など展示されておりましたが、刀剣に関して様々な造り方を試される方なのだなと印象を受けまして。そちらを眺めてから改めて写しを観に行くと、随分と寄せて造っていることがより分かって面白かったですわね。後に本科の所属されている西の方の博物館でも展示されるとのことで、そちらまでは自分は参れませんが、楽しみでございますわ。
そして、地元の施設やお店も協力して展示を盛り上げてくださっていて、町を歩いているだけでも楽しゅうございました。
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蔵の街、と呼ばれる場所を散策してきました。
時期が時期だからかひな祭りの人形や吊るした飾りなどが見られましたね。
まだまだ寒さが厳しくなる時期にこういうものが見られるとほっとするというか、気分が上の方に向く気がします。
ひな祭りは女の子の無病息災を願う祭りですが、もしかしたら早く春の訪れを願う、春を呼び込む狙いもあったのかも? などと思ってしまいましたね。
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CSI:NYの序盤を久しぶりに観直している。捜査班主任のマック・テイラーがとても格好良い。元軍人という設定らしくピシッとした逞しい首筋に惚れ惚れとしてしまう。
第一話目が特に好きで、マックと、そしておそらくNY市民皆が抱える悲しみの深さを印象的に描いている。
911事件で妻を失った悲しみが未だ癒えぬ彼は、その悲しみ故に妻の遺品はすべて処分してしまったと言う。しかし最近クローゼットから出てきたビーチボール、それをどうしても捨てることができない。妻が膨らませたボールだからだ。
「彼女の息がその中にある」と涙を耐えるように言葉を絞り出す。
愛する人を抱くようにグラウンドゼロのバリケードにもたれかかるマックの姿まで観終わったところで、ようやく観客は思い至るのだ。冒頭で女の遺体を見下ろして呟いた彼の言葉、「どこかに妻を探している男がいる」――。それはマック自身のことを指すのだと。
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音楽の話。最近、久々に稲妻に撃たれる出会いがありました。
FKJ、French Kiwi Juiceというフランスのアーティスト。彼はループマシン片手に、シンセサイザー、ピアノ、サクソフォン、ギター、ベース、ドラム、歌唱、全部一人で演奏してのけるのです。ループマシンへの録音で一演奏ずつ一人で全部重ねていき、気がついたらとんでもなくお洒落なビートが完成しています。余りにもパフォーマンスが鮮やかすぎて一秒も目を離せません。セッションやホームライブにもめっぽう強く、一度として同じ曲が生まれないところに「今この瞬間」を音楽にしている熱いソウルを感じます。唯一無二の新世代です。
https://www.youtube.com/watch?v=TEW3ujNyGFw
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ネクタイのルーツは17世紀のフランスにある。クラヴァットという、「近世ヨーロッパ風の男性貴族が身に着けている、胸元のアレ」といえば多くの人が「ああ、アレね」と思い至ることだろう。
時は絶対王政の代名詞・太陽王ルイ14世の御代。クロアチアの兵士が家族や恋人から贈られて大切に身に着けるという習慣があったそれを、王がたいそうお気に召して「あれはなんだね?」と近侍に尋ねた。訊かれた近侍は兵士のことかと思い「あれはクラヴァット(クロアチア兵)でございます、陛下」と答えた――というのが由緒である。
しかし考えてみると、国王がクロアチア兵でないものをクロアチア兵クロアチア兵と連呼するようになったときには当の近侍は相当胃の痛い思いだったのではないか。「陛下、さきほどの話は誤解がございまして…」とすら言い出せない、「黒い者でも白と言えば白」を体現したであろう”太陽王”の威光を感じる、興味深いエピソードでもある。
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ユキヤナギが咲き始めた。
たしか先週の頭くらいに、水滴がぽつぽつとついているようなまばらさであの小さくて白い花が枝についているのを見たのだが、その週末にはいよいよ咲き進んで「花が咲いた」という感じになってきた。もう少しすれば見頃を迎えるだろう。
ユキヤナギの名にふさわしく、枝垂れる細い枝にたっぷりと白い花をつけた姿は「ああ、冬が終わったんだな」という実感をもたらしてくれる。盛りを過ぎたころの風に吹かれて舞う花吹雪がいちばん好きなのだが、ユキヤナギにしても桜にしても、あの美しさに目を奪われると同時に訪れる「次に会えるのは来年か」という寂寥感がなんとも味わい深い。
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今日、ふとお寺に咲いたボケの花を見かけました。重たそうなあの枝振りも含めて、花は雲のようで好きなんですよね。そうしていたらホーホケキョと鳴き声が……春の訪れが近い事に、ちょっとワクワクしてしまいました。
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ひな祭りに続く春の定番行事として、いつの間やらイースターが仲間入りしておるような気がする。たまごにペイントする催しをやるので是非……というチラシや、うさぎをモチーフにした雑貨などを多く見かける。
寺住まいとしては灌仏会、つまり花まつり——花御堂を設置し甘茶を注いだり頂いたりする行事——のほうが身近なのだが、パステルカラーのガーランドなり色とりどりの鮮やかな花々なりに彩られてゆくのを見るにつけ、今年も寒い冬を越えたのだなという気になる。目の保養である。
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大きめの水族館に行ってきた。没入出来る世界観の構築という点では、テーマパークに通ずるものがあると思う。天井まで囲まれた大きな水槽を見ているのが好きだぁ。
エイの裏側を見るにつけ、あれは本当に顔だと思って、人が近づくと笑いかけてくれるのだと信じていた時分を思い出す。
それからペンギンは本当に面白くて可愛い。行儀よく順番に魚をもらい、自分の番が終わるとトコトコと脇によけて、ヌーッと虚空を見つめて突っ立っておった。お利口さとお間抜けさを奇跡の比率で併せ持っておる(褒めているのだぞぉ)泳いでいるときは格好いいのになぁ。
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自宅のある町内には、歩行者専用のちいさな小径がある。これがなかなか長い距離を繋いでいて、近所の幼稚園の登園ルートであったり保育園のお散歩ルートであったりするので、子供たちの往来も多い。
住宅街の真ん中……というよりも”裏側”を突っ切るような、不思議な場所にあるのも面白い。知っている場所のはずなのに、「あれ…、こんなところにこんな路。……あったっけ?」という、不思議な物語の入り口に立ったような気分を手軽に味わえるところが、個人的にはかなり好きだ。小径に面した各お宅の植木や花壇に四季折々の花や実がつくのを眺めながら歩くのもよいし、見知った柄の猫が遠くで道を横切るのを見守るのも、またよい。
あたたかくなって草木の動き出す時期になったから、今日もきっと新しい発見がたくさん見られるだろう。
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『パリピ孔明 THE MOVIE』を観に行った。漫画のときから面白い題材の作品だなと思っていたが、アニメもドラマもよくできていて、三国志×音楽の世界観が魅力たっぷりに描かれている。これが劇場版になるのだというから、観に行かぬ理由がない。
シナリオ自体は「三国志」と「音楽」の見せ場を邪魔せぬようにすっきりと整理されているシンプルさ。意外と早いタイミングで「そろそろ物語のクライマックスだな」という流れがくるのだけれども、これはクライマックスシーンが音楽イベントである本作の性質上ごく自然なことだろうね。登場する各アーティストの見せ場をほぼまるごと見せてくれるので、映画の中の世界で音楽を楽しんでいる気分になれるし、「音楽が好き」という登場人物たちの想いがしっかりと伝わってくる構成だ。
ゲスト出演枠が豪華(?)で、「あれ、今TKいたよね?」からのエンドロールまで楽しめる仕様なのもポイントが高い。
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