真白・漆黒の日記帳
真白・漆黒 12月1日07時【かくして俺は『|漆黒の支配者《ダーク・ルーラー》』になった】
「……ここは、どこだ?」
男性型少女人形Reboot Ice Arms 96号機。通称クロは呆然としていた。
機械群と命懸けの戦いを繰り広げていたと思ったら突然ここに立って居たのである。
明らかに平和で生活水準の高そうな場所だった。
雑多なビルが立ち並び、見慣れない服装を着た男女が闊歩している。
時折自分に似ているような似ていないような装いの人間も通り過ぎるが、クロの装いはそれなりに異質なようで、そこそこの視線が飛んできた。
「あ、あぁ……!」
「おっ、その銃クオリティ高いっすね!撮ってもいいっすか?」
「あぁ……っ!」
呆然とした呟きを肯定と取ったのか、カシャカシャと写真を撮られてもいる。
……本当にどこなんだ、ここは。俺が一体何をしたって言うんだ。
クロには知る良しもないが、ここは√EDENの繁華街。
いわゆる秋葉原と呼ばれるオタクの聖地であった。
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真白・漆黒 12月1日07時カメラを持った男と別れてから、クロは違う世界に迷い込んでしまった事を漠然と理解していた。
√ウォーゾーンにこんなに豊かな場所はないし、|この格好《レプリノイドウェア》だって目立たない。書物の肌色率も高くない。
……最後のはたまたま目に入る位置にあったという事だけお伝えしておく。
ともかく自分がここに居るとまずいのだ。元居た世界ではまさに戦いの真っ最中だったのだから。
機械群による侵攻は退けたが、すぐに第二陣がやって来るはず。
早く戻って加勢しなければならないし、同型機に指示だって出さねばならない。
そして何より。
カシャカシャカシャ!
通りすがりに撮影されるのはめちゃくちゃ恥ずかしかった。元より目立つのが苦手な性分である。思春期のハートは繊細なのだ。
通りに居るのが恥ずかしくなってクロは適当な書店に入った。
先程の書店に比べればここのまだ健全そうな店である。
とりあえず、書物から情報を得よう。クロはそう考えた。
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真白・漆黒 12月1日07時この店の本は比較的古めで無造作に置かれている。
客も少なくて丁度良い。みな思い思いに本を探しているし、幸い店員もこちらに無関心だ。
躍動的な絵が書かれた文字の少ない本に、特定のジャンルだけを集めた専門誌。
やたら長いタイトルの本が並んでいて、その中に──、
「んん!?」
『漆黒の支配者の備忘録~世界最強になって崩壊した世界を再生した話~』
「何だとっ!?」
世界再生の方法が記されている書物があった。
下手な輩の手に渡らない為にか、他に比べて小さめの書物で全15巻。中々に長いが世界を救う方法が書いてある以上当然なのかも知れない。
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真白・漆黒 12月1日07時パラリ、とページを捲ってみる。そこには世界を再興した者の輝ける始まりが記されていた。
『これは漆黒の支配者である俺が崩壊した世界を救った記録である──』
「おお……」
『世界は荒廃していた。戦争が起き、物資は枯れ、人々は悲鳴を上げながら逃げ惑う──』
「おお……!」
『だが、案ずる事はない。世界はやがて救われるのだ。──もしも貴様が同じように滅びの運命を辿る世界に居るのなら、知るが良い。漆黒の支配者である我が、どのようにしてこの世界を救ったのかを』
バンッ!
クロは無言で本を閉じ、全巻纏めて手に取った。戦闘時を上回るほどに無駄の無い機敏な動きであった。
|聖典《バイブル》(仮)を抱えて全速力で店主の元に向かう。
クロのあまりの剣幕に会計所前に居た客が散る。驚いた店主の顔は「こいつはやべー客が来たぞ」と物語っているようであった。
しかし使命に燃えるクロは怯まない。
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真白・漆黒 12月1日07時「店主よ!この書物を一式売って頂きたい!世界を救う為に必要なのだ!」
財布を取り出し、釣りは要らぬとばかりに中身全てをぶちまける。
「急いでくれ、一刻を争う事態なのだ!」
「お兄さん変わった格好してるねぇ。何それ、どの作品の何ていうキャラなの?」
「Reboot Ice Arms 96号機!」
「そうなんだねー。……はい、まいどありー。悪いんだけど次からあんまり騒がないでくれる?ここ、一応古本屋だからね。」
「すまない!恩に着る!」
律儀にキッチリお釣りを返してくれた店主に礼を言い、会計を終えたクロは一目散に古本屋を飛び出した。
|元居た世界《√ウォーゾーン》に戻らねば。これがあればきっと、あの荒廃した世界を救えるはずだ。そして世界は唐突に歪み。
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真白・漆黒 12月1日07時「──……ここは、√ウォーゾーンだ!」
目を開けたクロは歓喜に叫んだ。
√の入り口に辿り着いた事で元の居た世界に転移したのだ。
共に戦っていたRIA型達は訝しんだ。指揮をしていたクロが居なくなったと思ったら、突然大量の書物を持って現れたのだ。当然である。
「えっ、クロどこに行ってたの!?」「なんか変な本持ってるよー」「敵から貰ったの?それって多分捨てた方がいいやつだよ!」
同型機たちが何やら口煩く言っているがクロからすればそれどころではない。早くこの書物を自室に持ち帰って拝読し、世界再興の方法を知らねばならないと言うのに。
──目の前には空を多い尽くすほどの機械群が迫っていたのである。
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真白・漆黒 12月1日07時その日のクロは獅子奮迅の活躍であった。敵を撃ち抜き、時に蹴飛ばし、味方の|誤射《クソエイム》を躱し終えてはまた撃ち抜く。
氷銃で出し得る戦闘力の全てを尽くしてクロは戦った。
全ては|聖典《バイブル》を護る為。
研究所から提供された晩御飯が気持ち豪華だったのは、おそらく気のせいではない。
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真白・漆黒 12月1日07時そして時は流れ。
クロは√EDENと√ウォーゾーンを行き来する『狭間の使者』となった。
あの日出会った神聖なる書物、『漆黒の支配者の備忘録~世界最強になって崩壊した世界を再生した話~』全15巻を数時間で読了し、感動の涙を流して同型機に不思議そうな顔をされながらクロは『|漆黒の支配者《ダーク・ルーラー》』(真白|漆黒《ブラック》)に生まれ変わったのだ。
得意な氷銃を半ば辞め、敵から鹵獲したレギオンを黒のペンキで塗って慕うべき主から子分扱いにまで降格しながらも、今日も漆黒は『漆黒の支配者』として君臨している。
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真白・漆黒 12月1日07時全ては世界を救う為。
自分が『漆黒の支配者』としてカリスマを発揮する事で、いつか絶対無二の支配者を得た世界は再興されるのだ。
世界を渡る為に、クロは真白漆黒に名を改めた。
一人称も俺から我に変えておいた。
恐れる物は何も無い。『ダークで万能な最強の支配者』である限り、きっと√ウォーゾーンの未来を切り拓いて希望を掴めるのだから。
──本当はめちゃくちゃ恥ずかしいので本名を黒人にしてある事は、俺と|聖典《コレ》を読んでいるあなただけの秘密である。
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