星を見るひと、星の魔法少女に
●ひとりで星を見るひと
「えっと、まず北斗七星を探して……。そこから北極星が……あ、あっち」
東京某所の公園、その草むら。
そこにセーラー服を纏った少女が大の字になって寝転がっていた。
夜に流れる星のような黒髪と、黒いセーラー服はある種の調和を感じさせる。
名を「世良・きらら」。近隣の学校に通う中学生である。
近隣のプラネタリウムの上映を見た後、この公園に移動していたのだ。
きららの|碧《あお》い瞳は、眼前の春の星に劣らぬほど輝いていた。
それは天上の星星が地上に落ちたように美しい。
「そこからこぐま座も見つけて……。おおぐま座がここで、うん、可愛いっ」
学校での彼女を知る者がいれば、口数の多さに驚くだろう。
きららは、その級友と異なる瞳の色に気後れしてクラスに馴染めず、孤立していた。
けれど、大好きな星の前では本来の明るい気質が出てくる。
屈託のない笑みは人好きのするものであった。
きららにとって、この星に触れる時間こそが希望だった。
だが、その希望を喰うものがいた。
「えっ、ちょっと!? 何!?」
突如、きららの視界が、真っ黒い何かに覆われようとしていた。
それはニュース映像ですら見たことのない、おぞましい姿の怪物。
辛うじて人型とも言えるぶよぶよしたそれは、きららの傍らから彼女の顔を覗き込むと、万色に輝く袋を腹に抱え、ゆっくりと手(?)をきららの方に伸ばす。
「あんなのに掴まれたら、私は……!」
状況は何も分からないが、捕まれば死、あるいはそれよりひどいことになる。
それだけははっきりと分かった。
「た、助けてっ……!」
「待っていろ! 今、助けるっ!」
その時、黒い怪物に向けて何かが突撃、それらはあらぬ方へと飛ばされた。
辛うじて怪物の虎口を脱したきららは起き上がると、そちらの方を見る。
そこにいたのは……プラネタリウムの投影機だった。
ダンベルによく似た形を途中から折り曲げ、そこを胴体に見立てているらしい。
そこから細い手足がにょろんと生え、ファイティングポーズを取っている。
明らかに人ではないナニカが2体。
それに対し、きららは。
「あ、あの……あなたは?」
黒い怪物を吹き飛ばしたらしい、プラネタリウム投影機の方に声をかけた。
「ああ、無事か魔法少女! 良かった!
私はプラネ・スター! 君がさっきまで見ていたプラネタリウムを映していた投影機……それに身をやつしていたロボトロンだ! 君を助けにやってきた!」
振り返ったプラネと名乗る者の顔は、丸っこい投影装置についていた。
妙につぶらな瞳だった。
「いえ、それはいいんですけど、魔法少女……?」
「え、君には自覚がなかったのか。なら、自分の姿を見てみるといい」
プラネに言われるまま、きららはスマートフォンのカメラで自分を映し出す。
そこに映るのは、ダーク・ブルーの落ち着いた色合いを主体にしながらも、要所にはフリルなども配された可愛らしいドレスを纏った少女の姿があった。
ドレスの生地のあちこちには、星の意匠も多い。
「あれ、これ……?」
長いストレートの黒髪が、星の光のようなプラチナブロンドに変わっており、髪型がツインテールになっているせいで気づかなかったが、その顔は。
きらら自身のものだった。碧い瞳さえも。
「わ、私っ……!?」
きららのか細い叫びが、誰もいない公園に静かに響いた。
●ブリーフィング
「|魔法少女現象《プエラマギカ・フェノメノン》については、もう知ってる人も多いと思うけど。
私のもとにも、その予知が降りてきたの」
そう言ったのは通称レン、本名ラウレンティア・バイエリ・ウラノメトリア。
√ドラゴンファンタジー出身の駆け出し占星術師である。
|魔法少女現象《プエラマギカ・フェノメノン》とは、男女問わず子供たちが魔法少女に覚醒してしまう現象だが、その許には魔法少女の心を狙う怪物が現れるのだ。
「今回覚醒するのは、世良・きらら。
星の好きな中学生なのだけど、隔世遺伝で綺麗な青い目をしているの。
ただ、その瞳へのコンプレックスから学校に馴染めず、距離を取ってるみたい」
現実には彼女が距離を感じているだけなのだが、それに気づくにはきららは幼い。
そういうわけで、きららは学校が終わると近くのプラネタリウムに入り浸り、終了後に公園で星を見る、という生活を送るようになり……。
その最中に、怪物ことデザイアモンスターに襲われる。
「幸い、彼女の行ってたプラネタリウムの投影機の正体がロボトロン「プラネ・スター」で、助けに入ったけれど……正直戦闘力は不十分。このままだとどっちもやられちゃう。
だから、ここに割って入って彼女たちを助けてあげて!」
そう言うと、レンはほんのりと白い頬を赤らめた。
「その……きららは星好きなせいか、衣装にいっぱい星の意匠が反映されてるの。
その『星の魔法少女』っぽい姿が、他人とは思えなくて……。
だから、絶対助けてあげてね!」
そう言うと、レンは深々と頭を下げるのだった。
第1章 日常 『ヒーローたちの星座』
●市民憩いの星見の場
「はーい、空を見上げたら、まずひしゃく、もしくはスプーンの形を探します。
わかりますか?」
「あ、分かったー!」
「見えましたね、よかった。それが北斗七星です。
そして、この北斗七星の持ち手の部分が、おおぐま座のしっぽになっていて――」
夜の公園の片隅に、子供たちとその親、天文台の学芸員が集まっていた。
ここで行われているのは、『星を見る会』。
子供たちに天文学の面白さを知ってもらうため、地元の天文台が開いている会だ。
彼らは思い思いに星を見上げ、空に向けて指で星座を描いている。
その姿は非常に楽しそうだった。
「楽しそうだけど……私はあそこには入れないな。もう、子供じゃないし」
そこから離れた芝生の上。
世良・きららは寝転びながら、楽しそうな声を尻目に星を見上げていた。
彼女もまた、『星を見る会』で星の楽しさを知った一人だった。
けれど、会の主体は小学生であり、中学生になった今では居づらい。
まして学校に至っては……。
学校からも会からも切り離されたきららは、こうして今日も一人だった。
●封じた瞳で、夜空を見上げる
夜の公園にも、影はできる。
等間隔に並ぶ街灯はもとより、空に浮かぶ星と月も光を投げかけているからだ。
そんな明かりに照らされた木の影。
それよりも更に黒ぐろとしたひとつの少女の影があった。
首筋あたりでふたつに分けられた黒髪に、纏う暗色の外套。
そして、双眸を封じた黒い眼帯。
加えて、夜闇よりも深く静かな気配を纏う彼女の名は、クラーラ・ミュスティアウゲン(閉ざした瞳の武侠剣士・h12663)といった。
「さて、まずはきららさんの気配と位置を把握しておきましょうか」
常人ならば、ここで周囲を見回すような動作をするだろう。
人によっては、視線のみを走らせ、探し人の姿を求めるかもしれない。
しかし、クラーラはそのいずれも行わない。
木に寄り添ったまま、微動だにせず。
ただ感覚のみが冴え渡っていく。
それは周囲の大気を、虫の音を、梢を渡る風の音を捉え……。
「いました。ここから五十歩ほどでしょうか。
穏やかな、そしてひとりの気配……あれがきららさんですね」
クラーラの鋭敏な感覚は、ここから離れ、更には視野にも入っていないであろうきららの気配と位置を正確に捉えていた。
「よし、きららさんの気配は覚えました。
何かあれば、すぐ動けるようにしておきましょう」
こくりと満足気にクラーラは頷く。
これできららに何があっても、即座に駆けつけることができるだろう。
視力に頼らぬ、気配や空気の流れを読む能力の賜物だ。
見ての通り、彼女は平時は視界を封じている。
この世に産まれ落ちたその日から、彼女の眼球は√ドラゴンファンタジーに満ちる竜漿と強い適合を示していた。それは常人ならば見ることのできない数多の「見えざるもの」を明察できた。
……いや、明察できすぎたのだ。
霊視、あるいは妖精眼などと呼ぶには、あまりに過剰に見えすぎる瞳。
クラーラから見えるだけならまだともかく、それらはいつか見られていることに気づき、彼女を害するかもしれない……。
そうした災厄を避けるべく、彼女の視界は封じられたのだ。
だが、クラーラはそうした日常に支障を感じてはいなかった。
きららの気配を把握すると、クラーラはそっとその場を離れた。
「皆さんの邪魔にならないように、少し移動しましょう」
僅かな足音だけを連れて、黒い影は暗い公園を歩いていく。
その歩みには一切の乱れもない。
先にも述べたが、クラーラは気配や空気の流れを読むことに長けている。
それに加え、数多の鍛錬を経て研ぎ澄まされた彼女の感覚は、視界を封じた程度で揺るぐことはないものを与えていた。
その一端こそがこの歩様であった。
そうして歩くことしばし。
辿り着いたのは特に特筆することはない芝生の上。
きららからも、星を見る会の人々からもほぼ等距離のそこは、万が一きららに、あるいは星を見る会に何があっても、一足飛びで駆けつけられる場所だ。
そこに佇みながら、クラーラは夜空へ向けて顔を上げた。
「眼帯越しに、星の形が見えるわけではありませんが……」
それでも、そこに感じるものはクラーラにとって心地よいものだった。
冬のような刺すわけでも、夏のように焦がすわけでもない春の夜気のやわらかさ。
流れる僅かな風に乗って、鼻腔に流れ込む爽やかな草の匂い。
そして、それと同時に流れてくる、遠くも楽しげな人の息づかい。
そうした夜の気配を受け取り過ごすのは、クラーラにとって心地よかった。
そして月が陰り、この時間になっても少数あった人の視線が途切れた瞬間。
クラーラはそっと眼帯に手をかけ、外した。
その下から現れたのは、夜空のように深い藍色の瞳。
唐突に解放された視界の中には、天から降り注ぐ無数の星星が煌めいていた。
強く輝く星もあるし、ぼんやりとした光の星もある。
だが、その全てが調和し、人の計り知れない彼方から光を投げかけているのだ。
視界にはそれ以外のものも蠢いてはいたが、それでも。
「……綺麗ですね」
その光景を前に、クラーラはぽつりと呟いた。
やがて雲が払われ、月が再び現れる。
月光に照らされたクラーラの瞳は、再び眼帯に覆われていた。
再び封じられる視界。
だが、彼女はそれでも変わらず、しばらく静かに星空を見上げ続けていた。
●星の下の主従と、迷走する会話
星を見る会。
地元天文台が企画及び運営を行う、若年層及びその保護者向けの会合である。
この天文台が建造された当初、ここは山林と田畑に囲まれた、夜の暗い地域だった。
故に、天文台としての役割を満たすことができたのだが、戦後の発展に伴って住宅や商店、そして光が増え、それは望めなくなってしまった。
だが、天文台はここで英断を下す。
自らの役割を「人々に天文学の面白さを知らしめること」に変更したのである。
こうして始まったのが星を見る会だ。
幸いなことに会は成功を収め、天文台が地域に溶け込む一助となった。
そして。
「せんせー、はるのだいさんかく、みえたー!」
「おおー、よく勉強してきたね。偉いね」
「えへへー、おとーさんがほしのほんかってくれたから」
笑顔の連鎖は今も続いている。
そんな多幸感あふれる場を、一人の男が歩いていた。
ごくごくありふれた、中肉中背の風貌だ。
「やあ君津さん、今日は息子さんご機嫌ですね」
「ええ、買った天文の本がすごく気に入ったみたいでしてね」
星を見る会に集まった人々は、誰も彼に注意を払おうとはしない。
それは殊更に目を向けなければ、路傍の石が注目されないのと同じだ。
ありふれた風貌の男に、注目する理由などないのである。
その無関心を泳ぎ渡るように、男はスマートフォンを取り出す。
そして、そっと会の中心を離れた。
そうして電話をする者もよくいるので、これも注目されない。
距離にして数メートル程度離れると、男はふうと一声ついた。
「魔法少女現象ね。一体何が原因で発生してるんだか」
一般市民が言うにはあまりに剣呑な単語である。
だが、それも誰にも知られることはないまま、男は電話口に声を発した。
「エレクトラ、そっちはどうだ?」
星を見る会から少し離れた公園の一角。
「ヴォルフガング、こっちは今のところ大丈夫そうよ」
精霊宝冠|『鳴神』《ケラウノス》から聞こえる男の声に、エレクトラ・テスタロッサ(赤雷の精霊・h03015)は頷くと、気の強そうな琥珀色の瞳を公園の奥に向けた。
その視線の先にいるのは、黒髪の少女……世良・きららだ。
その一挙手一投足、そしてその周囲に目を凝らし、監視しているのである。
つまり電話(実際は違うのだが)の相手は……。
そう、彼こそがヴォルフガング・ローゼンクロイツ(螺旋の錬金術師|『万物回天』《オムニア・レヴェルシオー》・h02692)。
赤雷の精霊たるエレクトラの主にして、由緒正しき血筋の錬金術師……きららの身に起こると予知された|魔法少女現象《プエラマギカ・フェノメノン》の事件を解決すべく、√マスクド・ヒーローへとやってきたEDENである。
そう、ヴォルフガングが注目されなかったのも、彼の√能力によるものだった。
その名を【|万象霊核変化《アレス・ガイスト・ヴェクセル》】という。
物質の構成定義を書き換え、再配置することにより、自己錬成を行う……。
通俗的に言えば「変身」を行う能力だ。
これにより、彼は「√マスクド・ヒーローのありふれたごく普通の一般市民」に変身し、星を見る会に紛れ込むことができたのだ。
なお、ヴォルフガングが使っていたスマートフォンも、魔導電脳篭手|『万物流転』《パンタ・レイ》を錬金術や幻影で偽装し、その本質を覆い隠したものである。
「しかし、魔法少女現象ね……男性でも、魔法少女になるわけ?
どういう理屈なのかしら? 魔法少年では駄目なのかしらね?」
立て板に水とばかりに言葉の夕立を浴びせかけるエレクトラ。
対するヴォルフガングはそれに表情を動かさない。
感情的なエレクトラに対し、ただ淡々と答えていく。
「理屈はわからんし、何故名前が魔法少女なのかもわからん。
だが『魔法少女』は定義の名前。実際は少年の魔法少女も発生しているそうだ」
「ふぅん、ややこしいのね。
正直、デザイアモンスターやロボトロンも何が何だかだし」
「確かに。背景を含めればややこしい事件だ。
依頼でなければ、気分転換も兼ねて普通に星を楽しみたいところなんだがな」
ヴォルフガングはさらっと言う。
だが、対するエレクトラは、通信の向こうで大きくため息をついていた。
ヴォルフガングの欠落が『感情表現』なのは分かってはいる。
√能力者なら誰もが持ち、避け得ないのが欠落である以上、何とかしろと言われてもどうにもならないのは、エレクトラは痛いほど分かっている。
だが、それでも。
言いたくなってしまうのが、乙女心なのだ。
「ああもう! 折角なんだから、もう少し、ロマンチックにできないわけ?
折角二人で星空の下に来てるのに!」
エレクトラとしては、たとえ依頼とは言え、二人で来れたことに思うところはある。
にもかかわらず、肝心の主にその気どころか感情の一つも乗っていない言葉を返されては、自分が空回りをしていることを否応なく自覚させられてしまうのだ。
だからこそ、余計に彼女の機嫌は悪くなる。
その心を誤魔化すように。
そんなエレクトラを諭すように、ヴォルフガングの言葉が重ねられる。
「そうは言ってもな。これは依頼だろう。
その声では、魔導クローク|『隠形』《タルン》の光学迷彩機能があっても、きららに気づかれるぞ」
「う、ごめん」
慌てて声を潜めるエレクトラ。
同時にさっときららに視線を走らせるが、今のやり取りが聞かれている様子はない。
どうやら、幸いにも気づかれてはいないようだ。
こんなことで護衛目標に気づかれてしまっては、赤雷の精霊の名折れだ。
だが。
これで引き下がってしまうのもまた、エレクトラにとっては面白くない。
声を潜めつつも、ヴォルフガングに要求を投げかける。
「依頼終わったら、少し付き合いなさいよ? いいわね?」
「分かった。ならば依頼が終わったら、改めて二人で星を楽しもう。
それでいいか?」
相変わらずの、味も素っ気もないヴォルフガングの声。
けれども、ようやく彼がエレクトラに向き合ってくれたように思った。
それが少し、嬉しかった。
「……ふん。もう少し、気を回して欲しいものね」
主に対するエレクトラの返しは、やはり想いとは裏腹のものだった。
デザイアモンスターはまだ現れない。
このやり取りは、もう少しだけ続くようだった。
●翼ある少女は星空を見上げる
春の夜は、優しい暖気を帯びて風に乗り、空を満たす。
弓槻・結希(天空より咲いた花風・h00240)が風に誘われ、視線を頭上に向けると、|天《そら》に輝くは今にも降り出しそうな星空が瞬く。
この公園が、世界有数の大都会の片隅であるにもかかわらずだ。
「星を眺めて、星座に触れて――夜空の瞬きに希望を見つけること。
なんだか最近は長く忘れていた気がします」
結希はそんな星空を見て、表情を綻ばせた。
考えてみれば、昨今は簒奪者との戦いばかり。
悲しい現実と向き合って希望を見つけよう、灯そうと苦闘の日々を送っていた。
その日々には、勿論意味があると断言できる。
けれど、その中で忘れていたささやかな営みがあって。
それが今、結希の手に収まっている。
今の彼女にはそんな気がしていた。
故に。
「でしたら今はひとときであれ。
ゆっくりと星座の美しさを堪能しましょう」
綻びは柔らかい花のような微笑みとなり、結希は星を見る会へと歩を進めた。
結希が立ち止まったのは、星を見る会の人々の端の方だ。
賑々しい人々の中心からは適度に距離があり、でもその温かさは感じられる。
それぐらいの距離感。
殊更に耳を澄まさなくても、人々の声は結希に届く。
「ほしが、ひとつ、ふたつ、みっつ……えっと、あといくつだっけ」
「健人くん。みっつの次はよっつ。それからいつつ、むっつ……ななつだよ」
「そっか、ななつだ! ありがとうせんせー!」
星に触れ、はしゃぐ子供たち。
星に触れようとする子供の手を取り、手助けをする先生たち。
そんな光景を見守り、頷く親たち。
月と星の光の下で、優しい人々の営みが続いている。
その中において、寒さ避けのショールを緩やかに羽織り、暖かいミルクティーの入った保温容器を携える、柔らかく優しい雰囲気の少女の存在は、見る者が見れば絵になると答えただろう。
なお、セレスティアル由来の翼は、一族の魔法で隠している。
そうして、改めて結希は星空をゆっくりと見上げた。
昼の空のように青い瞳に、まるで巨大な球の内側に散りばめられたかのような、星星の無数の輝きが飛び込んでくる。
少し見ていると、それらは均一に分布しているのではなく、ある程度の偏りと、パターンに則って分布しているのが分かってくる。
天頂に輝く北極星、その近くで一連なりになる北斗七星。
それをかすめて広がる春の大三角に、そして彼女も名を知らぬ数多の星座。
先人たちが星のパターンに図形を持ち込み、神話と重ねたのも分かる気がする。
「今指の先にあるのが、おとめ座です。おとめ座は翼の生えた女の人の形をしていて、それはアストライアともデメテルとも、あるいはイシュタルとも言われています。
要するに女の神様をかたどったのがおとめ座というわけです――」
「もしかすると、セレスティアルがこの世界にも来ていたのかもですね」
流れてくる先生の解説を聞きながら、結希はくすりと微笑む。
もとより、異世界への道など無数にあるし、彼女も日常的にそれを使っている。
ならば、過去にそうした者がいて、それが神話として残ったのも頷ける。
そんな想像が許されるのも、この場の空気ゆえかもしれない。
それは不思議なほど、居心地の良さを結希に感じさせた。
そして、それはひとつの確信となる。
「――ああ、なるほど。これは、きららさんが星好きになるわけです」
それは、結希がこの場に来るきっかけ。
|これから襲われる《・・・・・・・・》少女の名だ。
彼女……世良・きららはかつてこの場にいた。
この優しい集まりに通い詰めたなら、星を愛する少女に成長するのは頷ける。
今、星を見る会に身を置いてみて、結希もそれを実感していた。
同時に、この場所から遠ざかっているきららの孤独にも、触れられている気がする。
だからこそ、結希は彼女を助けようという気持ちを新たにした。
同じ場所に触れた者の|誼《よしみ》として。
「でも、それまでは。
夜空から降り注ぐ安らぎの光を眺めましょう」
何かあればすぐに駆け出せるようにしつつも、結希はもう一度星空を見上げた。
●少女人形は、進んだ道を振り返る
星は時に様々なよすがとなる。
それは神話を思い起こすよすがであったり、待ち受ける運命を見定めるためのよすがであったり、人間にとってあまりに遠い宇宙の彼方で起こっている事象のよすがであったりもする。
だが、この娘にとっては。
「星は、この√マスクド・ヒーローでもそう変わらないのですね」
思い出を呼び起こすよすがであるようだった。
御厨・プシュケ(自慢の|娘《さくひん》であるために・h10724)は、公園の芝生の上で星空を見上げていた。
星に詳しいわけではないため、細かい違いは分からない。
だが、彼女の出身√である、未だ知られざる√で見上げたそれと、今この場で見上げているそれに、本質的な違いはないように思われた。
それ故に。
「私一人で√EDENに迷い込んでから、身一つでなんとか……生活基盤を作ってまいりました」
瞼を閉じれば、次から次へと思い出が溢れ出す。
プシュケは、√EDENにおいては知られざる√からの迷い人である。
知らない路地裏で目を覚まし、出会った√能力者と一悶着があり……。
紆余曲折の末、世界難民のひとりとして、√EDENでの生活を開始したのだ。
持ち物は、父の片眼鏡とナイフ、それと家宝の御匣だけ。
どうしていいかわからぬまま、√能力者としての生活が始まり……。
こうして今、依頼を受けて別の√、マスクド・ヒーローの地に立っている。
思えば、随分と遠くに来たものだ。
「料理や掃除などは心得がありましたけれど、元の|世界《√》での……身代わりという形ではありましたが、男爵令嬢という立場においては、本当に与えられるものの多い生活をしていたのだなと」
|プシュケ《魂》は、御厨男爵の娘、サクラを模したレプリカントとして生まれた。
娘を蘇らせたかった男爵はひどく落胆したが、それでも心血を注いだ傑作として彼女を養い、「サクラ」の名を名乗らせて養育した。
つまるところ、プシュケの生活レベルは貴族そのものだったのである。
「私のいた√での生活様式は、判明している大多数の√に於いては過去のものであるらしく。
見た目によらず古風なのですね、と言われる機会が少なからずあります」
そこまで言うと、プシュケは少し苦笑する。
故郷の技術と生活レベルは、√EDENにおける大正時代に相当する。
そのため、自身の余暇を労働力に代替する基本的思想は同じながら、技術的に遥かに進み、一部では貴族のそれすら凌駕した√EDENの住宅環境には、少なからず……いや1ダースまとめて梱包されてくるぐらいの困惑を覚えたものだ。
まさか、沸いたお湯を文字通り湯水のように使うことができ。
ガス灯よりも遥かに明るい電気の灯の下で書を読むこともでき。
部屋にいながらにして買い物をすることもでき。
新聞を購読せずとも世界の物事が分かるようになっているなんて……!
それでも、何とか生活できているのだから、慣れというものは恐ろしい。
そこまで思い返して、プシュケの意識は現実へと浮上した。
もうじき、星詠みの予知したデザイアモンスターがやってくる。
こうした回想をしている暇など、なくなってしまうことだろう。
だからプシュケは、星によって呼び覚まされた回想に、ピリオドを打つことにした。
「……お父様。|娘《プシュケ》はなんとかやっております」
手紙のように、回想に結びの言葉をつけ。
それでも名残り惜しく感じたのか、プシュケはもう一度星空を見上げた。
●精霊の娘は遥かな夜空に飛び立つ
「あれ?夜の公園で何をやっているんだろ?」
エアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)がその公園にやってきた時、真っ先に目に入ったのは、空を見上げ和気藹々と過ごす人々の姿であった。
それは星を見る会。
地元天文台が主催し、主に若年層に星と天文学の面白さを伝えるべく始められた集まりだ。
耳を澄ませば、参加する子供たちと、大人たちの会話が聞こえてくる。
「ねー、せんせー。かに座はどうしてかになのー?」
「それはね。大昔のギリシアにいたと言われる大きな化け蟹なんだよ」
「ばけがに、こわーい」
「たしか、ヘラクレスとたたかったんだっけ?」
「そう、ヘラクレスと戦って死んだ化け蟹を称えて、女神ヘラが星座に上げたそうだよ」
「そうなんだー。がんばったんだねー」
彼らの星を、星座を学ぶ姿は、エアリィの目にも楽しそうに見えた。
「へー、こういう課外学習とかあるんだね。
せっかくだから、あたしもちょっと星を眺めて行こうかな」
幸い、予知された襲撃まではまだ時間がある。
それまでの間、星を眺めてもバチは当たらないだろう。
そう合点すると、エアリィは頭上に広がる星空へ視線を向けた。
刹那、大きく見開かれた緑の瞳に、天一面に散りばめられた星星が押し寄せる。
この公園は、一応都会の一角であるはずなのだが、戦後になって発展した街であることもあり、中心部に比べると街の明かりは少なく、広い公園敷地もまた星を見るのに都合が良かった。
そのため、都会にしては非常に多くの星を見ることができたのである。
「ん-、空がきれいー。
青空も好きだけど、こういう夜の星空もとっても綺麗でいいよね」
エアリィはしばし、その美しさを思う存分堪能した。
「折角なら、もっと堪能したいよねー。……そうだっ」
エアリィはこの星を堪能するための、ひとつのやり方を思いつく。
それを実行するため、彼女は人の輪から徐々に離れていった。
やがて辿り着いたのは、公園の中でも相対的にライトの少ない区画。
暗がりの中に、草むらが密やかに息を潜めているような場所だ。
その中心にエアリィが立ち……ふわり、とその爪先が大地を離れる。
魔法による空中浮遊の賜物である。
あっという間に、彼女は公園の上空へと浮き上がっていた。
「精霊達よ、あたしに力を……」
同時に、エアリィは√能力【空中浮遊】を発動する。
空に舞っていたインビジブルが風の精霊に姿を変え、彼女の周囲を飛び回る。
その精霊達を手に伝わせながら、エアリィは微笑んで告げた。
「ね、精霊さん達。
あたしと星空のお散歩に付き合って」
下から観測されないように気をつけつつ、エアリィの空中散歩が始まった。
空中浮遊はその性質上、√能力での飛行のような速度は出ない。
しかし、星空を堪能する目的であれば十分であり、その速度の遅さはのんびり星を楽しむという目的において、かえって好ましいものであった。
「わぁ……」
下から見上げたときと違い、より星空が近くなった気がする。
今、下を見下ろしてみれば、街の明かりもまた星のように煌めいている。
天上の星と地上の明かり。
空の上で、エアリィは全方位からの光を楽しむことができた。
そしてエアリィは、彼女の周りを舞う風の精霊達に問いかける。
更なる楽しみを求めて。
「ね、わかるかな?
この近くでもっときれいに星が見える高い所ってあるかな?
せっかくだから、もっと間近に感じたいからっ!!」
エアリィの呼びかけに、風の精霊達は頷いたように思った。
彼らはエアリィの周りを回遊することをやめ、一直線に飛び出した。
「ついてこいってことだね。よし!」
ほんの少しだけ速度を上げて、エアリィは風の精霊達を追いかける。
しばしの空中散歩の後、辿り着いたのは少し離れた場所にあるタワマンの上だった。
周囲にこの高塔に迫る建築物などなく、屋上にも航空障害灯以外の灯はない。
「なるほど、確かにここなら綺麗に星が見れそう。
よし、ここにしよっか」
そう言って、エアリィは屋上の縁にハンカチを引き、腰掛けた。
虚空に足をブラブラさせながら、星空を見上げる。
「わぁ……」
そこの星は、地上よりも、先程の空中よりも更に近かった。
明かりははるか下にあるため、ここでは地上から見えないかそけき星すら、その目に捉えることができる。
手を伸ばせば、まるで星星が掴めてしまいそう。
風の精霊達が教えたスポットは、確かに星の綺麗に見える場所だった。
「ん-、ほんときれい……」
そうして、エアリィはしばらく星を眺め続けた。
●精霊使いは宇宙に浮かぶ
今にも降り出しそうな星空の下。
小明見・結(もう一度その手を掴むまで・h00177)は夜の公園を歩いていた。
寒気は近頃めっきり緩み、真夜中であっても凍えることはない。
しかし、それでも服装が軽くなる以上、花冷えは堪えるものがある。
なので、結は普段より一枚だけ服を増やし、この場を訪れたのだった。
「さて、世良さんを探さないと。どこかな……?」
そう言うと、結は視線を公園のほうぼうへと向ける。
すでに夜もそこそこ深いが、少ないながらもしっかりある街灯の明かりがうっすらとあるためか、夜目が効くとは言えない結でも、公園の中を見渡すのに不自由はない。
しばしの間、くるくると視線を彷徨わせた後。
「あ、いた。あの子が世良・きららさんね」
事前に星詠みから聞いていた容姿の少女が、芝生の上で仰向けになって寝転んでいるのを確認することができた。
あの少女を護衛することが、今回の依頼内容である。
「さて、どこかに行くようなら気づかれない程度に距離を取って付いていくけど……」
そう言うと、少女……きららの観察を続ける。
だが、きららはその場から動こうとしなかった。
むしろ、仰向けになって夜空を見上げ、星星に視線と指を向け。
空をなぞって、星星を線で結びつけていた。
その姿を見、結はなるほど、と息をついた。
どうやら彼女はこの場を動くつもりはないらしい。
それなら。
「じゃあ私も、芝生に寝転んで星空を見るわ」
結は乾いた芝に腰を掛けるとその身を横たえ、護衛対象と同じように空を見ることに決めた。
「帰り道に夜空を見上げたりとかはするけど、こうやって寝転んでじっくり見るのなんて子供の時以来かしら」
結はそうひとりごちる。
確かに、なんとなく星空を見上げることはある。
都会の空には、星や月が浮かんでいたり、あるいは航空機なども飛んでいるから、それに目を向け、視線で追うことは時々あることだと思う。
けれど、積極的に興味を持って見るとなると違う。
それはもう趣味か学業のための行動で、意識しない限り絶対に行わないだろう。
「しかも、依頼からこんな展開になるなんて。世の中分からないわね」
くすりと笑うと、彼女はぼんやりと星空全体を見ようとする。
一つ一つの星に注目したり、星を繋いで星座を描くのもいいだろう。
けれど、結自身はもっと視野を広く保ち、星空全体を見るのが好きだ。
視界いっぱいに、無数の輝きが落ちてくる。
赤く輝く星も、青く輝く星も、白く輝く星もある。
大きく瞬く星もあれば、今にも消えそうな星もある。
そして。
「瞬きすれば見失うような、小さな輝きたちが織りなす星空が好きだわ」
そう、その全てが揃ってこその星空だ。
結はそう思う。
「こういうのを見ると、空にはいくつもの星があるんだって実感できる。
宇宙を感じられるわ」
ふと口をついて出た言葉に、大げさかなと付け加える。
けれど、その言葉は結の胸にすとんと落ちるものがあった。
輝きも大きさも、浮かぶ位置も様々な星たち。
けれどそれらは全て広大無辺な宇宙の一部。
まるで、自分はその中をぽっかり漂う小舟のよう。
そうして大きなものを感じる瞬間が、おそらく自分は好きなのだ。
そう分かった気がした。
気づけば、結はまた公園の芝生の上。
時計に目を落とせば、時間はほとんど経っていなかった。
それはまるで邯鄲の夢。粟が煮えるまでの一瞬の出来事。
「……なら、もうちょっとだけ、星を見ていきましょうか」
そう言うと、結は再び星空に視線を向けるのだった。
●描き手は北にポラリスを探す
ルクレツィア・サーゲイト(世界の果てを描く風の継承者・h01132)は会の外縁に佇んでいた。
無論、ただ会の中で揺蕩っているわけではない。
その視線は、少し離れた場所で天を見上げている魔法少女となる少女……世良・きららの方に油断なく向けられている。
彼女を見守りつつ、事が起こればいつでも駆けつけられるようになっている。
そう、ルクレツィアは彼女を救うべく駆けつけた√能力者なのだ。
そうした者たちが、この周囲には何人かいるはずだと聞いていた。
そんな一部がどこか緊張感を孕んだ中、星を見る会は賑々しく続いていた。
「えっと……ポラリス、どっち? うえ? みぎ? ひだり?」
「えっとね……ひしゃくの水をすくうところを見てみて」
「……あれ?」
「そうそう。そこから、いちー、にー、さんって伸ばして……。
その先に、おっきな星があるの見える?」
「えっとね……あ、見えた!」
「そう、それがポラリス。ちゃんと探せたね、えらいえらい」
子供たちと、先生と呼ばれる大人たちの間で繰り広げられる営み。
その中の言葉の一つが、ルクレツィアの心の柔らかいところに、そっと滑り込んだ。
「私も見上げてたわ。
北極星を探す方法を覚えてからはずっと夜空を気にして……」
ポラリスを探す子供の姿が、過去の自分の姿に二重写しになる。
それとともに、ルクレツィアの心は過去へと飛んでいた。
「夜空の柄杓・北斗七星の先端から伸ばして五つ。
あるいはカシオペアの弓を引いて五つ」
最初にその言葉を知ったのは、幼い頃にいくつも修めさせられた、学問の書物のどれかだっただろうか。
いつでも北の空に輝いている北極星、ポラリス。
その見つけ方がそれだった。
親からすれば、厳しく娘を育て上げる中の道標の一つに過ぎなかった文句。
けれど、その|軛《くびき》に縛られたルクレツィアにとって、その言葉は学問のそれを越えて、目指すものの象徴のように見えたのだ。
「北天に輝く“ポラリス”は「私はいつでもここにいるよ」って私を呼んでくれているようで、いつかはその下に辿り着きたいって、この鳥籠から抜け出したいって思えたの」
彼女に与えられた僅かな自由時間である、就寝直前の時間。
ベッドに入りながら、覚えたての文句を必死に思い出し。
彼女は春の空にポラリスをよく探した。
いつか、その星を目指して行きたい、そこにあるものを見たい。
そんな密やかな願いを抱いた少女は、やがて家を飛び出すことになるのだが……その時の原体験が現在の彼女を形作る一部になったのだと、今なら言うことができる。
もう見上げるだけの少女ではないけれど。
今でも心の裡には、ポラリスが輝いているのだから。
「……さて、私のことはこれぐらいにして。ちゃんときららを見守りましょ」
気を取り直すと、再びルクレツィアはきららに視線を向けた。
星が大好きで、|碧《あお》い瞳に気後れを感じ、自分で自分の可能性を閉じている少女。
「……何となく、青い瞳の女の子ってだけでも放っておけない気になるしね」
そう言うルクレツィアの瞳もまた碧い。
だからか、護衛対象としてではなく、どこか親近感めいたものを感じる。
きららもまた、自分のポラリスを探しているのだろうか。
「そういうのも含めて、確かにレンの言う通り『星の魔法少女』って感じがする」
そう言えば、ルクレツィアに依頼を持ち込んだ星詠みで、彼女の旅団の団員でもあるレンは、彼女を『星の魔法少女』と呼んでいた。
もしかしたら、レンは好みだけではない、その心の在り方を含めて、そう評していたのかもしれないなとルクレツィアは思ったのだった。
「にしても、星かぁ……。
もし√能力者に覚醒したら、極太の魔力ビームでも撃つのかしらね」
その後、盛大に思考が脱線したのは、ここだけの話。
●少女たちは『好き』の歌を綴る
架間・透空(|天駆翔姫《ハイぺリヨン》・h07138)には、好きなものがある。
それは、青果物と呼ばれる野菜や果物であったり、フィンランドの黒いリコリス菓子「サルミアッキ」であったり、料理だったりもするけれど。
でも、一番好きなのは。
「やっぱり、アイドルです! 子供の頃からずっと憧れて、少しだけ中断して。
それでも! 高校生になっても、怪人になっても、ずっと好きで追い続けたい!」
謎多き「プロデューサー」に操られていた頃を除き、その気持ちに嘘はない。
人生を全力で駆け続ける透空の最大の動力源であり、生きる目的の一つであると断言できる。
パワフルな彼女にとって、なくてはならないものがアイドルの夢なのである。
「でも」
ふと透空は思う。
彼女がこれから守る世良・きららという少女。
好きなものにすがりつつも、距離を作ってしまっている孤独な魂。
彼女は、心から好きなものを楽しめているのだろうか……?
「……多分、辛さとかが混じってしまっていると思います。
きっと、しんどいです」
歳の近い透空は、きららの心に共感と心配を覚えていた。
「そんな状態が続いたら、何かの拍子で、みんな嫌いになってしまうかもしれません。
それは……悲しいですよ」
目を伏せる。その痛みが自分のものであるかのように。
きっと自分ならば耐えられないだろう。
そして、その状態を放置できるような透空ではなかった。
「……うん、行きましょう!
きららさんのこと、守りたいって気持ちも当然ありますけど。
それよりも。
きららさんにも、好きなことを好きなように……楽しんでほしいなって思ったんです」
それは透空の偽らざる気持ち。
夢と好きを抱える者から、抱えきれなくなりつつある者への、エール。
神隠祇・境華(金瞳の御伽守・h10121)は、語り部である。
幼き頃より、奇妙な古譚に満ち満ちた√妖怪百鬼夜行、そしてその外の世界の物語を読み漁り、時には自ら求めながら、それらを羅紗に折り紡ぐ使命もまた、持っている。
自らの裡にある古譚のコレクションは、彼女の密やかな誇りとも言えるだろう。
そんな境華にとって今回の事件はというと。
透空に付き合いながら、きららも交えて星座の話を一緒にするつもりだった。
そうした話のストックもたくさんあるのだ。
「ですが、それだけなのでしょうか?
透空さんと一緒にここに来ることを決めた、その理由は」
首を傾げながら境華は考える。
世良・きららという少女。
星を愛しながら、そのコミュニティには踏み込めていない娘。
「いえ、それは私にとっての本質ではありません。私にとっては……」
星詠みから聞いた印象を束ね、重ねて。
やがて境華はひとつの答えに辿り着いた。
「おそらく、きららさんは「星星の物語を愛している女の子」なのでしょうね」
星を見る会を離れても、プラネタリウムに行くぐらいだ。
そうした部分は筋金入りであり、つらい状況でも手放せないのだろう。
そんなきららに、物語に触れる者同士の暖かい空気を、何物も案ずることなく聞く物語の面白さを感じてもらえたら……そう、境華は思ったのだ。
そして、それはつまるところ。
「……どうやら、私も透空さんと同じみたいですね」
好きなものを、好きなように。
その幸福さを少しでも取り戻すことができたら……。
その心を少女たちが共有していることに、境華は気づいたのだ。
「なら、私はいっぱいの物語を携えていきましょう。一編一編を、彼女への励ましにして」
そう決意し、境華は顔を上げた。
真心・観千流(最果てと希望を宿す者・h00289)は、生態型情報移民船である。
かつて、微細物質「ナノ・クォーク」によって形作られた加速器の中の小さな宇宙。
生まれてすぐ死を迎えたその宇宙で形作られたのが観千流である。
コミュニケーションを取りやすいように人型の体を与えられ、小宇宙の歴史や風俗、科学技術、その全てをナノ単位の情報として鋳込まれ、鋳造された移民船。
言わば、コミュニケーションを取るために生まれてきたのが彼女なのだ。
その過去は、欠落によって彼方に葬られてしまったけれど。
「どうあっても、私はきららさんを助けたいのです!
そして、本当に助けるというのならば!
魔法少女になる前の彼女が、自分は自分のままで良いと思えなければ!」
自信たっぷりに、観千流はこくりと頷いた。
今のきららは、言わば青い瞳という自己の否定の上に成り立っていると言える。
そして、それは彼女の心を蝕み、孤独に追いやっているものの本質でもある。
それに向き合い、肯定できたならば、本当の意味できららを救えるのかもしれない。
観千流はそう考えていた。
そして、それは彼女の本質に根ざした答えでもあった。
「確か、予知によればきららさんは隔世遺伝の青い目に劣等感を抱いてたはず。
ならば、それを解消できれば、自分を肯定できますね!」
どうやら、作戦は定まったようだ。
ならば、あとはハイテンションに突っ切るだけだ。
観千流はそう決意すると、一直線に駆け出した。
そして、舞台は√マスクド・ヒーローへ戻る。
世良・きららは、夜の公園の草むらに寝転びながら、夜空を見上げていた。
「北斗七星と北極星を見つけたら、次は春の大曲線を辿って……。
アルクトゥールスとスピカを見つけたら、それにデネボラを繋いで。
うん、春の大三角見つけたよ」
きららはそう微笑もうとして……目尻から、僅かに涙の雫がこぼれ出た。
ほんの僅かなものだったけれど、それはきららを慌てさせた。
「あ、あれれ? 今は楽しい星見の時間なのに。泣いちゃいけないのに……」
そう言い聞かせようとすると、次々と涙の雫がぽろぽろと出てくる。
一緒に、蓋をして塞いだ心の奥から、辛い思い出が飛び出てくる。
青い瞳が気持ち悪いと言われたらどうしようと悩んだこと。
クラスメイトに話しかけようとして、できなかったこと。
後悔を胸に、トイレの奥で泣いたこと……。
後から後から、暗い、悲しい気持ちが溢れてくる。
楽しい気持ちを塗りつぶそうとしてくる。
(やだ、暗い気持ちになりたくない、今の時間を嫌いになんてなりたくない!
助けて、誰か……!)
声にならないきららの心の叫び。
けれど、それは彼女の思いもよらない人に届いていた。
「そこのお嬢さん!」
「星好きなんですか?」
ふたつの声が、同時にきららへと投げかけられた。
「えっ」
「えっ」
きららに声を掛けた二人、透空と観千流の顔が思わず見合わされる。
今年の春から高校に上がる同士の少女たちは、きららの前で目をぱちくりしていた。
透空が、慌てて観千流に潜めた声をかける。
(えっと、もしかしてあなたも……?)
(はい、依頼を受けたEDENです! そちらもきららさんを?)
(ええ。お話できたらと思いまして)
さらに、途中から境華も加わる。
なるほどと観千流は得心した。どうやら3人とも目的は同じらしい。
ならば。
(では一緒にお話しませんか? きららちゃん、ほっとけないでしょう?)
(もちろんです! 彼女には好きなものを好きなように楽しんでほしいですし!)
(見たところ、きららさんの心は、もうあまり余裕がないみたいです。
手伝っていただけますか? ええと……私は神隠祇・境華です。あなたは?)
(真心・観千流です!)
(では私も! 架間・透空です!)
(なるほど、境華ちゃんに透空ちゃんですね! 行きましょう!)
ようやくまとまった3人のEDENは、きららへと向き直った。
「えっと、結局……みんな友達?」
あまりの状況にぽかんとしていたきららがようやく立ち直り、EDENたちに話しかけた。
なお、もう涙は浮かんではいない。
とりあえず、手持ちのハンカチで拭き取ったようだった。
「はい! 実は私も彼女も星に興味がありまして!
お友達と一緒に、本日の会に参加してみよう、って思ったんですけど」
「それがものの見事に出遅れちゃいまして!」
「会に参加するには、少し気後れする状況になっていたのですよね。
どうしたものかと思っていたら、あなたが目に入ったので」
「もし良かったら、星のお話とか聞かせてもらえたらなー、なんて……」
流れるようにカバーストーリーを話す透空・観千流・境華。
即席トリオとは思えない息の合い方だった。
一方、きららの方は静かにそれを聞いていた。
だが、目線が若干険しい。信じてもらえているかは怪しいところだ。
「なるほど、私と星の話をしたいってことはわかったわ。
でも、なんで私なの? こんな、気持ち悪い目の私に……」
徐々に俯いてしまうきらら。碧い目が伏せられ、輝きが曇る。
きららに根ざす、瞳へのコンプレックスの強さを感じさせる。
けれど、観千流は全く動じなかった。
微笑んで、彼女は自分の顔を、より正確には瞳と髪を指さした。
「ねえ、私の顔を見てもらってもいいですか?」
きららと観千流の目が合い、彼女ははっと息を呑んだ。
観千流の目もまた、きららと同じ鮮やかな碧だったのである。
更に、その髪は銀髪。目立つなんてものではない。
自分以外の目立つ風貌を初めて目の当たりにし、きららは絶句するしかなかった。
「私も、こんな目と髪ですからねー。
なんだか親近感が湧いたので話しかけちゃいました」
「でも、そんなんじゃ……」
嫌な思いだって、きっとしてるのに。
観千流の見せた屈託ない笑みが、その言葉をきららに飲み込ませた。
「綺麗でしょう? 自慢のものなんですよ」
自信に満ちて笑う観千流に、もうきららは何も言えなかった。
「あ、あのですね。瞳なら私も……ほら」
透空がきららに視線を向け、それを見て頷いた境華もまた、顔を上げる。
ふたりの瞳の色は、銀と金。やはり目立つ色。
それでも、観千流も透空も境華も、陰ることなく笑うことができている。
何故、そうも笑えるのか、今のきららには分からない。
(でも、この3人は……)
信じていいのではないか。話をしてもいいのではないか。
いつしかきららの心はそちらに傾いていた。
「……分かった。それじゃ3人とも、一緒に座って。寝転んでもいいよ。
星の話、一緒にしよう?」
きららがそう言って、3人に向けた視線の険は、もう取れていた。
透空も境華も観千流も芝生の上に寝転んでいた。
そうした方がよく見える、ときららに力説されたのだ。
「本当ですね、まるで星空が落ちてくるみたいです!」
透空がため息交じりに感嘆の声を上げた。
その姿に微笑んで、きららは自信ありげなにんまりとした笑みをこぼす。
「でしょ? 星を見る会の先生が教えてくれたんだけど、私も今の透空みたいな声をあげちゃって。それから、ずっとここで星を見る時はこれなんだ」
「なるほど、星空を「天球」と言うのがよく分かりますね。
巨大なドーム屋根の下にいるみたいです」
境華も微笑み、眼前に広がる星星に目を凝らす。
一方、観千流は傍らのきららへと視線を向けていた。
「いやー、助かります!
私も星を見るのは好きなんですけど見つけるのは苦手でして。
良ければ色々と教えてくれませんか?」
明るい人好きのする笑みに対し、きららはこくりと頷いた。
「いいよ。それじゃ、私も先生の受け売りだけど、春の星座を一緒に見ていこっか。
まず、探すのはひしゃくの形をした星。ほら、あれ」
「あ、ありました!」
「ええ、私にも見えてます!」
歓声を上げる透空と観千流。横目に微笑む境華。
そんな彼女たちを眩しそうに見やりながら、きららは言葉を紡ぎ続けた。
「そう、それが北斗七星。
さっきはひしゃくの形と言ったけど、おおぐま座の胴体と尻尾に当たる星でもあるの。
だから、熊さんでもあるわけね」
へえー、と感嘆する透空と観千流。
星に詳しいわけではない彼女たちにとって、きららのガイドはさながら星の海を渡る水先案内人といったところだろうか。
そして、ここで境華も静かに言葉を発した。
「そう言えば、欧米では北斗七星は荷車にも例えられるそうですね」
「……え、そうなの? 初めて聞いた」
食いついたのはきららだった。
初めて聞く逸話を聞きたい、という欲求が透けて見えている。
頷きながら境華は続ける。
「国によって色々な呼び名があるらしいんですが、有名なのはフランス語ですね。
グランシャリオ、って言うんですよ。多分、聞いたことがあるんじゃないですか?」
「あ、あります! 確か家の近くにあるアパートにその名前がついてました!
そっか、あれって北斗七星って意味だったんだ……」
透空が深い納得感とともにうんうんと頷く。
聞いた知識が身近なものに結びつく、というのは快いものらしい。
一方、きららはちょっとジト目になっていた。
境華に視線を向ける。
「境華、もしかして私より星に詳しくない?」
「いえ、確かに私は逸話を知っていますけど、観千流さんと同じで星を見つけるのは苦手で。
だから、きららさんが星について教えてくれれば、私も勉強になります」
なるほどと、きららは頷いた。
「そっか。じゃあ、このまま続けていこうかな。
私が星を教えて、境華に逸話を語ってもらって、透空と観千流がそれを聞く。
あははっ、なし崩しで始まったけど、いいサイクルね、これ」
そしてきららの言葉通り、これは非常にいい回り方をした。
しばし、4人の少女たちは楽しい時間を過ごすのだった。
「あれ、おこえがするからきてみたら……きららおねえちゃんがいるー」
唐突に、彼女たちに子供の声がかけられた。
見ると、8歳ぐらいだろうか、小さな女の子がこちらに歩いてくる。
「みきちゃん!? どうしたのこんなところで」
きららが女の子に声をかける。どうやら顔見知りのようだ。
「えへー、きららおねえちゃんのこえがしたから、きちゃったー」
きららが上体を上げると、みきと呼ばれた女の子は、彼女に抱きついた。
非常に嬉しそうだ。
「私も会えて嬉しいよ、みきちゃん。でも、大人の人なしで来るのはダメだよ」
「いや、私もいるんだ、きららちゃん」
「神奈先生まで!?」
みきを追うように現れたのは、30代ぐらいの男性だった。
おそらく、星を見る会の「先生」のひとりだろう。
神奈先生は、きららに優しげに微笑んだ。
「ここで星を見ていたんだね。会の方に来てよかったのに」
「私、もう中学生ですから。会だと浮いちゃいますし」
そう言って、瞳を伏せるきらら。
だが、神奈先生は首を横に振った。
「そんなことはないよ。子供たちも喜ぶし、そうして顔を見せる子も結構いるしね」
きららははっとした。ずっと居場所がない、そう思い込んでいた。
けれど、居場所の方は待っていてくれたのだ。それに、気づいた。
「あの、もしかして……これってもしかして?」
「ええ、ちょっとこれで、向こうにきららちゃんの声を」
透空にそう言って観千流が取り出したのは、ひとつの結晶体だった。
これは周辺量子の移動や再編成を行う「量子操作マテリアル」。
この力を密かに使って、きららの声を星を見る会に届けていたのである。
あとは、好奇心旺盛な子が来てくれれば……というのが彼女の目論見だった。
「そうして、なし崩し的に人の輪の中にきららさんを引き込むと。
ふふふ、悪い子です」
観千流に向けて境華が微笑んだ。
「悪い子でもいいですよー。それできららちゃんが寂しくなくなるなら」
観千流の悪びれない言葉に、透空は頷いた。
「分かる気がします! ひとりってきっとつらいから。
私にはこうせ、げふん、幼馴染がいてくれましたけど。
本当に一人だったら今頃は……」
そう言って、少し遠い目をする。今の自分はきっといない、と思いながら。
そして、それを振り払うようにぷるぷると首を振った。
「だから、デザイアモンスターが来るまでのほんの少しの間ですけど、きららさんを寂しくないようにしましょう! それで、きららさんが好きなことを好きなように楽しめるなら、私はすっごい嬉しいです!」
屈託のない透空の言葉に、境華も頷いた。
「透空さんの言う通りです。それに、お話のストックはまだまだありますから。
いっぱい楽しんでいただかないと」
透空、境華、観千流がお互いの顔を見てこくりと頷く。
そして、イレギュラーな星見の会は、その後もしばらく賑やかに続いたのだった。
第2章 集団戦 『デザイアモンスター』
●欲望の怪物は津波となって
それから、少し時間が経って。
賑々しかった星を見る会も解散し、公園には静寂が訪れようとしていた。
だが。
本当の騒乱はこれから訪れるのだ。
黒く歪んだ足が芝生を散らしていく。
漆黒の紐を乱雑に束ねたような腕がぶらんぶらんと揺れる。
目のような発光器官を複数縦に付けた頭のような器官には骨がないのか、これもまたゆらゆらと揺れている。
腹には万色に光る謎の器官がぶら下がっていて、異様な拍動をする。
そして何よりも、それの纏った黒いオーラは周囲を自らの色に染め、歪めていくような禍々しさを湛えていた。
それの名はデザイアモンスター。
魔法少女を喰らい、貪り尽くす者の名である。
そして更に。
芝生を踏みしめ、街路樹の枝を折り。
ちかちかと明滅する街灯の影からぬっと現れ。
その数はどんどん増えていった。
このままでは、きららとプラネは、この濁流に飲み込まれてしまうだろう。
さあ、ここからは|君たち《EDEN》の出番だ。
襲いかかる理不尽を、更なる大理不尽をもってねじ伏せるのだ……!
※第2章はデザイアモンスターとの集団戦となります。
守りに来たプラネは勿論、きららにも戦いに対するやる気はありますが、√能力者ではないため、戦力的には微々たるものです。
逃がすにせよ戦い方を教えるにせよ、傷つかないよう守る必要があります。
なお、星を見る会は既に解散しているため、考慮の必要は一切ありません。
●少女たちは魔法少女に集う
「くっ、魔法少女、無事か!」
「うん、無事だけど……。って、ちょっと壊れてない!?」
「この程度の損傷など問題ない! まだまだ行けるぞ!」
魔法少女「世良・きらら」とロボトロン「プラネ・スター」は、押し寄せる黒いデザイアモンスターたちの包囲の中にあった。
だが、きららは魔法少女の姿に変身は果たしたものの、戦いの術を一切知らず、対するプラネは徒手空拳でデザイアモンスターと戦うこと自体は可能なものの、それはあくまで一対一。
理不尽の|軍力《チカラ》とも言える、敵の数の前には後退を重ねるしかなかった。
そしてついに、きららとプラネはここで囲まれてしまったのだ。
そこは公園の広大な芝生の真ん中。
進軍の障害になりうる樹木も街灯も遊具もなく、ただだだっ広いだけ。
その芝生を踏み散らして、揺れるは頭、頭、頭。
一切の感情を見せることなく、ただ着実に包囲するデザイアモンスターたちに、きららは内心でじわじわと広がろうとする恐怖を、必死で抑え込もうとしていた。
それでも、敵の包囲は刻一刻と狭まり。
ついに、その黒腕が届くところまで、押し寄せた……!
「ここまでかっ……!」
「……いやぁっっ!」
プラネときららが異形に引き裂かれそうになったその時。
「……藍月!」
澄んだ裂帛の叫びが、即席の処刑場に響き渡った。
同時に閃く閃光。
次の瞬間、振り上げられたはずのデザイアモンスターの腕は空を切った。
いや、空振りをしたのではない。
|その先端が切り飛ばされたのだ《・・・・・・・・・・・・・・》。
指というよりは触手を不格好に束ねたような異形の手は、明後日の方向に飛んでいき、デザイアモンスターたちが蠢く広場の只中に、湿った音を立てて落ちた。
そして、きららたちの眼前には。
「大丈夫ですか、お二人とも」
今しがた振るわれた銀色の西洋の直剣――銘を錬成剣「藍月」という――を油断なく構える、黒衣に眼帯の少女の姿があった。
そう、クラーラ・ミュスティアウゲン(閉ざした瞳の武侠剣士・h12663)である。
「あ、ありがとう。あなたは……?」
「何とか大丈夫だが……君のその目は?」
異口同音にクラーラに答えるきららとプラネ。
クラーラは、思ったより大丈夫そうなその姿に安堵した。
「ああ、大したものではありません。少々見えすぎるので、封じているだけです」
「そ、そうか」
真正面から返され、困惑するプラネ。
それをいなしつつ、クラーラはその背にきららとプラネを庇う位置に、さっと移動。
ほぼ同時に、先程腕を切り飛ばされた個体が、もう片方の腕を振り上げ、クラーラめがけて殺到する……!
「まだ戦意を失いませんか。……ならば」
クラーラはばさりと背に纏ったマント、外套「常夜」を翻した。
その隙間から二条の銀光が閃き、各々一直線に怪物へ伸びていく!
「宵燕、影燕、出番です」
「あれは……剣か!」
ロボトロンの動体視力で銀光の正体を見切ったプラネが声を上げる。
そう、それは二振りの細身の剣。
クラーラの仙力で操作される飛燕剣、銘を「宵燕」「影燕」という。
飛燕剣は仙力を受けて、切先をデザイアモンスターに向けて飛ぶ。
その速度は、達人の突きに等しい……!
「飛んで、刺さりなさい」
クラーラの声とともに、宵燕は腹の袋を、影燕は頭部を串刺しにした。
「そして、切り裂きなさい」
そのままカタカタと動き……回転!
腹を裂かれ、首を刎ねられたデザイアモンスターは、そのまま塵となって消滅する。
一連の見事な手管に、きららもプラネも言葉がなかった。
一方その頃。
「わぁ、なんか増えてきたー!?」
エアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)は、公園を埋め尽くす勢いで増えつつあるデザイアモンスターの姿に、思わず声を上げた。
「最近おなじみになっているけど、このモンスター……」
エアリィは、既にいくつかの|魔法少女現象《プエラマギカ・フェノメノン》絡みの事件に遭遇している。
故に、デザイアモンスターを相手取るのも初めてではない。
その経験から、一体一体の能力は大きくEDENに劣ることは分かっている。
「とはいえ油断は無しで行くよっ!」
そう、油断をすれば、守るべき魔法少女がその分危機に晒される。
エアリィはそう合点すると、|上空から自由落下を始めた《・・・・・・・・・・・・》。
更に風の魔力を全身に纏わせ、その速度を更に上げる。
みるみるうちに大地が、それを埋め尽くすデザイアモンスターが近づいていく。
眼下では、ひとりのEDENらしき人影が怪物を斬り捨てるのが見えた。
だが、その後ろにももう一体いる。腕を振り上げようとしている。
剣士のEDENはきっと気づいているだろうが……。
(それでも、今ならあたしの方が早いっ!)
心の中で頷くと、エアリィは空中でくるりと姿勢を変え、足を大地へと向けた。
彼女は爪先を|鏃《やじり》とした一本の矢となり、流星となる……!
轟音を立て、エアリィの爪先はデザイアモンスターの脳天(あればだが)に突き刺さると、その運動エネルギーと風の魔力の全てを炸裂させた。
その物理と魔力の混合エネルギーは、キックを受けた怪物の肉体を光に還元。
更にその反作用でエアリィを再びエアリィを上空へと舞わせた。
それでも一回転して着地すると、エアリィはくるりと振り返り、
「大丈夫?」
そうきららたちに声を掛けたのだった。
「う、うん。……もしかして、あなたも?」
「うん! あなたを、助けに来たんだ!」
にこっと、きららたちに向けてエアリィは人好きのする笑みを向けた。
そして、更にその同じ頃。
既に二人のEDENの乱入により、算を乱していたデザイアモンスターの群れを縫うように、一人の女性が駆けていた。
かなりの速度ではあるが、霊気を帯びて強化された肉体は小揺るぎもしない。
携えるはキーボードとマイク。
戦う者というよりは歌い手という出で立ちだが、問題はない。
これこそ、エマ・ローレライ(月光の歌姫・h12720)の武器なのだから。
だが、今はそれを振るう必要はなさそうだ。
(よし、敵を抜けるよ)
黒い林の向こうに、輝くようにぽっかりと開いた出口。
エマはそこへ全力で駆け込んだ。
そこにいたのはきららとプラネ、そして未だ名前を知らないEDENが二人。
「どうやら間に合ったみたいだね」
息を全く切らすことなく、エマは微笑んだ。
「……」
きららはもう声を出すこともできなかった。
今の今まで死の危険に晒されていたと思ったら、3人も女性が飛び込んできたのだから、無理もないことではあるが。
「私はエマ・ローレライ。EDEN……まあ、√能力者の一人だよ。
君を、助けさせてくれない?」
そう言うと、漆黒の瞳が真剣な輝きを帯びる。
一見すると、駅などで歌っていてもおかしくないミュージシャンだが。
「……分かった。私としてはお願いしたい」
静かに聞いていたプラネが答えた。
「いいの?」
きららが、プラネの中折れしたダンベル型の胴体をつつく。
こんこん、と金属質の音が響く。
「ここに来られるだけでも大したものだ。
それに、君を助けるなら味方は多いほうがいい。違うか?」
「……うん、そうだね」
きららは頷いた。
そして、クラーラ、エアリィ、エマの三人に視線を向けると、頭を下げた。
「お願いします、どうか私たちを助けてください!」
そして三人のEDENは。
「勿論です。そのために私はここに来たのですから」
「うんっ。全然気にしないでいいよ!」
「右に同じくね」
異口同音に頷くと、鋭い視線をデザイアモンスターに向けた。
「じゃあ、まずは私から。そこの二人は|攻撃《オフェンス》に回るのよね?」
楽器を携えながら、エマはクラーラとエアリィに問いかける。
「えぇ、私はこの剣で」
「私は魔法かなー」
「オーケイ。じゃあ私が|守備《ディフェンス》に回る。
二人は全力で暴れてきて」
「どうするの?」
「私は|歌手《レゾナンスディーヴァ》だから。勿論、歌で」
そう言うと、エマはキーボードを奏で始めた。
「私が側にいるよ。二人とも、さあ、星のように輝いて」
キーボードの音色に、やがてエマの声が重なっていく。
その声は星空のように澄み渡り、静かで……それでいて。
「心が、ぽっかりと暖かくなるみたい」
「ああ。人間の言う『心洗われる』とはこういうものかもしれない」
口々に、きららとプラネが呟いた。
その体に、活力が|漲《みなぎ》っていくのを感じながら。
それはまるで、彼女たちを横でエマが励ましているかのようだ。
√能力【世界を変える歌】。
曲をリアルタイムで聞いた者のもとに「励ます歌い手の幻影」を出現させ、非√能力者に活力を与え、その技能を賦活するというものだ。
できないことができるようになるわけではない。
だが、その加護は間違いなく後押しとなることだろう。
(学校って……辛いよね。星だけ眺めていたい気持ち、わかるよ)
エマは己の過去を振り返りながら、歌い続けていた。
過去、学校でいじめを受けていた経験を持つ彼女は、学校に馴染めないきららに対し、共感を抱いていたのである。
その手で守れるものなら、守りたいと。そう願った。
「だから、私は歌うよ。守るための力として!」
その心に、エアリィは頷いた。
元気印の少女は、そっときららに語りかける。
「きららさん、魔法少女になっていきなりこんなことに巻き込まれちゃったけど……」
「うん」
きららも頷く。
ほんの僅かな接触だけれど、彼女たちの真心は確かなのだと、そう感じたからだ。
エアリィは続ける。
「逃げるにしても、戦うにしても、大切なことは……。
しっかり相手を見ること。
目を閉じちゃったら見えるものも見えなくなって、危なくなることがあるから」
「……うん」
戦いは怖い。勿論きららはそう思っている。
それでも、エアリィの言葉を信じてみようと思った。
だから、|碧《あお》い瞳を真っ直ぐに、黒い怪物たちの方に向けた。
その様を、エアリィはにっこりと笑って見つめ。
「あとは……。あたし達の戦い方を見てね」
「ええ……だから今は下がっていてください。ここは、私が。いえ、私たちが」
そう言うと、エアリィとクラーラは前線へと駆け出した。
「さて、多いようですが。数で呑み込ませませんよ」
クラーラの言葉とともに、二振りの飛燕剣が彼女の背後に舞い上がり、回転した。
仙力で操作される飛燕剣は、まるでドローンのように扱えるのだ。
それを攻撃の兆候と見たデザイアモンスターたちは、一斉に押し寄せる。
更には、纏った欲望のオーラが足元の芝生へと伝染。
異様な活力を得た芝は歪んだ繁茂を見せ、触手のように葉を成長。
それを一斉にクラーラへと殺到させる!
しかしクラーラは動じない。
ただ静かに飛燕剣に命じるだけ。
「舞うように、連なってください」
√能力【|静眼・飛燕連符《ヴァルツァー》】である。
命を受けた飛燕剣は、くるくると回転しながら殺到するデザイアモンスターと欲望に侵された葉へと向かっていった。
「宵燕」
そして葉たちに接触すると、その全てを斬り飛ばす!
斬られた芝は元に戻ると、ぱぁと紙吹雪のように散った。
デザイアモンスターに感情があれば、もしかしたら戦慄していたかもしれない。
「影燕」
クラーラの命とともに、芝を斬った飛燕刀の後ろから、もう一振りが飛び出した。
温存された刃は鋭く、芝を変異させた怪物たちを次々と斬り伏せる!
刹那の後、前衛として迫りつつあったデザイアモンスターは、残らず塵となっていた。
この√能力は、仙術の触媒となった飛燕刀を、刃の暴威へと変える。
触れるものの全てを斬り裂き、一刀を退けてももう一刀が迫る飛燕刀は、二刀をもって多数を斬り伏せる力を有しているのである。
デザイアモンスター程度には、止められるものではなかった。
だが、敵もさるもの。
後方の予備戦力が次々と参戦することで、クラーラによって切り裂かれた前線を埋め、数の暴力による優位を復活させようと画策していた。
「これを許すと突破口を作らせてしまいますね。ならば」
錬成剣「藍月」を携えると、クラーラ自身も無数の敵が蠢く前線へと飛び込んだ。
敵戦力を片側へ寄せ、突破口の形成を阻もうというのだ。
戦場を走るクラーラと並走するように飛燕剣が飛び、再び前へ。
銀光が閃く度に、静かに。そして確実に。
クラーラの剣はデザイアモンスターの数を減らし、陣を切り裂いていた。
「あれは……」
クラーラの前に、ひときわ体の大きい個体が飛び出してきた。
動きは若干緩慢。だがおそらくは。
「力の強い個体ですね。ならばここで斬り伏せます」
そう言うと、クラーラは突如方向転換、横っ飛びに飛んだ。
その過去位置を正確に黒い巨腕が貫く……!
一撃を受けた芝と土が剥がれ飛び、小さなクレーターを形作るのが見えた。
「確かに力は強い。ですがあまりに鈍重です」
クラーラは伸ばされた腕に飛び乗ると、そのまま腕を駆け上がる。
目指すは巨大デザイアモンスターの首……!
「切り裂きなさい、藍月」
横一線に振るわれた錬成剣が首を刎ねる。
その巨躯は、風船を割ったかのようにパンと弾けて消滅した。
「今です、エアリィさん」
「ありがと、クラーラさん、エマさん!」
前線を裂いて、エアリィが戦場の真っ只中を疾駆する。
小柄さを活かして、敵の間を走り抜け、かいくぐり。
時には精霊刃をもって敵の攻撃を受け流す。
彼女だけであれば無謀かもしれない単独行だ。
「けど、エマさんがきららさんたちを守って、クラーラさんが敵陣を切り裂いてくれるのなら!」
それはこの状況を打ち破る一手へと昇華する。
それだけの火力を、エアリィの魔法は有していた。
「六界の使者たる精霊達よ、集いて力となり、我が前の障害を撃ち砕けっ!」
走りながら、彼女は精霊を束ね、魔法とする呪文を詠唱する。
エアリィが母から授かった精霊魔法は、発動に呪文を必要とする。
それは運用において大きな隙となるのだが、それを克服する技法が高速詠唱だ。
勿論、音韻に正確さを必要とする呪文を高速で詠唱するには、高い魔法の技量を必要とするが、エアリィは若くして、その技術を高いレベルで修めていた。
呪文が高速で構築され、インビジブルが精霊へと変換される。
火・水・風・土・光・闇。
六属性の精霊が蛍のように、走るエアリィの周りをくるくると飛ぶ。
彼らは、主たるエアリィの命令を待っていた。
「さぁ、纏めてふっ飛べーーっ!」
エアリィの√能力【|殲滅精霊拡散砲《ジェノサイド・エレメンタル・ブラスト》】が放たれた。
そして、その照準は敵の布陣する、その中心へと向けられている……!
六属性の精霊は魔力の弾丸となり、デザイアモンスターへと殺到した。
一撃の威力は押さえ気味だが、その数は殲滅に充分。
撃ち抜かれ、突き刺され、爆裂し。
魔力の光が収まる頃、敵集団には巨大な穴がぽっかり空いていた。
●赤雷の主従は天を裂く
憩いの場所であったはずの公園には、黒い異形が満ちつつあった。
どこから現れたのかは伺い知れぬ。
どこへ行くのかは更に知れぬ。
だが、それは確実に公園を満たし、一点へと集結しつつあった。
そう、すなわち。
「来るっ……また来るよ!」
世良・きららの許へと。
名状しがたき衝動に突き動かされたデザイアモンスターは、魔法少女の心を狙って押し寄せるのである。
それはさながら、陸に上った大海嘯のようだ。
全てを薙ぎ払い、無に帰す暴威。
だがしかし、それに抗う者もまた存在している。
「避難させる手間が省けてよかったぜ。あれが噂のデザイアモンスターか」
ヴォルフガング・ローゼンクロイツ(螺旋の錬金術師|『万物回天』《オムニア・レヴェルシオー》・h02692)は、きららの側にすっくと立ちながら、そう感情のない声で呟いた。
彼は先頃まで、公園で星星を楽しむ一般市民たちの会合、星を見る会に参加していた。
それはきららを見守るための偽装ではあったが、それでも一時一緒にいた市民たちがこのような暴力に蹂躙されることは望まなかったから、内心では安堵の念を覚えていた。
「そうね、恐らくは。
星を見る会の解散後という事は、狙いは魔法少女だけなのかしら?」
共に立つは、エレクトラ・テスタロッサ(赤雷の精霊・h03015)。
ヴォルフガングと契約した使い魔、赤雷の精霊である。
彼女は赤い髪を翻しながら、デザイアモンスターの狙いを思案していた。
「恐らくはな。でなければ、星を見る会と入れ替わりというタイミングは選ばない」
「確かにね。なら私たちは……きららたちを守ればいいってことね!」
「そういうことだ。……さて」
ヴォルフガングは、きららの方へと向き直った。
豪奢な礼装、秘儀戦衣|『薔薇十字』《ローゼンクロイツ》を翻す。
「う、うん」
きららはヴォルフガングの纏う気配に一瞬気圧されるが、それでも萎縮はしない。
真っ直ぐに、碧い瞳で彼の姿を見据えている。
それに対して彼の言葉はない。だが纏う雰囲気が少し和らいだ気がした。
「きららとプラネだったか。怖いなら下がってればいい。
だが戦う気なら力を貸してやる。どうする?」
「――私は」
きららは絞り出すように言った。
「私は、こんな事になったばかりで、何をどうしていいか分からない。
今のこの姿の意味も、戦いというものも、分からない。……けれど」
「……」
「見て見ぬふりはしたくない。思考停止は、したくない。
せめて、この場に立っていたい。それじゃ、ダメかな」
きららのその言葉に対し、ヴォルフガングはひとつ頷いた。
「充分だ。俺はその決意を、尊重する。
……エレクトラ、抜かるなよ!」
「抜かりはしないわ、任せて頂戴!」
こうして赤き主従は、動き始めたのである。
ヴォルフガングは腰のバックルに手を当てた。
錬成ドライバー|『薔薇十字』《ローゼンクロイツ》。
錬金術の粋を集めて作られた魔導装置であり、ヴォルフガングに更なる力を与えるもの……!
「錬成着装! 変身!」
ヴォルフガングが叫ぶと同時に、周囲の元素が書き換えられ、赤い金属が次々と現れる。それらはヴォルフガングに装着され、複雑に組み合わさり……彼を「変身」させる!
そして現れたのは鋼の赤狼。
錬成外骨格|『魔狼』《ウルフヘジン》を纏ったこの姿こそ、ヴォルフガングの戦装束だ。
そして、彼は一丁の大型拳銃を抜き放った。精霊拳銃|『赤雷』《レッドスプライト》。
「エレクトラ!赫霆覇道で行く!」
「了解!」
その声とともに、エレクトラの姿が解けた。
文字通りの赤い雷となり、ヴォルフガングの手にした拳銃へと吸い込まれていく。
同時に、銃口に凶暴な光が満ちていく……!
「|赤雷の精霊《エレクトラ・テスタロッサ》よ、顕現せよ!
雷弾となりて敵を貫き、覇道を示せ!
……ローター・ブリッツ・ドミナンツ!」
引き金を引き、彼は破壊の意志を解き放った。
放たれたのは、雷を纏った暴風。あるいは理不尽を打ち破る理不尽。
暴風はヴォルフガングやきららたちの周囲を避け、その周囲を竜巻のように薙ぎ払っていく。
逆巻く風で鈍った異形を、それを縫って|疾《はし》る赤雷が次々と貫いた。
デザイアモンスターの黒い体が次々と塵と化し、それらは風に運ばれて何処とも知れぬ場所へと運ばれていくのだ。
だが同時に、雷はきららたちに加護も与えていた。
雷化である。
赤い雷は、彼女たちを賦活し、総合的な戦闘能力を高めるのだ。
全くの素人のきららはともかく、プラネならばこの力を扱えるに違いない。
この加護をも含めた力こそ、√能力【|赫霆覇道《ローター・ブリッツ・ドミナンツ》】である。
実体に戻ったエレクトラは、それを見て満足そうに頷いた。
そして。
「行くぞエレクトラ! 掃討する!」
魔狼を纏ったヴォルフガングは、前線へと飛び出した。
一方、エレクトラは上空へと飛翔していた。
空から戦場をさっと見やる。
戦場の中心はきららとプラネのいる場所だ。ここを仮に中心地と呼ぶ。
中心地から同心円状に広がるのは、敵のいない空白地帯だ。
先ほど√能力でヴォルフガングとエレクトラが切り開いたものだ。
だが、この円弧は急速に崩壊しつつある。怪物どもが再び進撃しているのだ。
これを放置すれば、たちまち中心地は危機に晒されるに違いあるまい。
「きらら達は、無理をさせてはいけないわね。
雷鷲、古狼、あなたたちの力を借りるわよ」
そう理解したエレクトラは、ふたつの錬金術の至宝を具現化させた。
ひとつは魔導機巧獣|『雷鷲』《ドナーアードラー》。
鳥型の自律兵器であり、超感覚センサーと、放電・衝撃波発生装置を有している。
もうひとつは魔導機巧獣|『古狼』《アルトヴォルフ》。
こちらは獣型の自律兵器。
光学迷彩と超感覚センサー、魔導機関銃と電磁クローを備える。
「さあ、行きなさい!」
魔導の獣たちが一斉に敵へと向かっていった。
まず先陣を切ったのは古狼だ。
組み込まれた魔導機関銃が火を吹き、怪物たちの先陣へと叩き込まれる。
たちまち数体のデザイアモンスターが挽肉となり、消滅。
警戒した彼らの動きが鈍る。
「雷鷲、私たちも行くわよ!」
その空を、エレクトラと雷鷲が切り裂いた。
上空という絶対優位を手にしたエレクトラの手に赤雷が宿る……!
かざした手から放たれたそれは、爆音とともに空を裂いた。
たちまち眼下のデザイアモンスター数体が蒸発、更にその周囲の敵をも吹き飛ばす。
更に、その隙間を縫って飛翔する雷鷲が、搭載された放電・衝撃波発生装置を発動。
古狼もここに電磁クローで加わり、確実に敵への出血を強いていく。
それでも、何体かのデザイアモンスターは、骨など入っていないであろう腕を必死に伸ばし、エレクトラを引きずり落とそうと試みた。
「無駄な抵抗ね!」
エレクトラは手にした魔導機巧杖|『光刃金枝』《ミストルティン》を振るった。
スピアは触手を貫き、サイズは複数本をまとめて斬り飛ばす。
その姿の前には、あまりに儚い抵抗であった。
こうして、エレクトラは上空から敵陣を切り裂いていった。
一方、ヴォルフガングもそれと連携して動いていた。
手にした武器を魔導機巧錬成剣|『終極淵源』《アゾット》に変え、近接戦メインで敵陣を構成するデザイアモンスターたちを次々と切り裂いていく。
「邪魔だ!」
『終極淵源』に決まった金属の刀身は存在しない。
都度、術者であるヴォルフガングの望む属性を刀身として錬成している。
そしてこの戦いにおいても、彼は戦況によって刀身を変えていた。
錬金術の四属性たる地水火風の輝きが、振るわれる度に閃く。
そしてその輝きは、確実にデザイアモンスターの数を減らしていた。
一方、強敵を前にデザイアモンスターは無策ではなかった。
彼らの纏う欲望のオーラが、急速に膨れ上がり始めたのである。
「これは……再生か」
斬ったはずのデザイアモンスターが、異様な活性を示していた。
異様な活力を得て、ぶるぶると震えると、切断面から新たな器官が生えた。
そしてたちまち元通りに復元すると、その腕をぶんと振るった。
その一撃は、自律防御モードで起動していた魔導機巧大盾|『天狼護星』《ズィーリオス》で防いだが、ヴォルフガングにある疑念を抱かせた。
「何処かに指揮してる奴がいるか?」
本能のみの怪物にしては、√能力の使い方が知性的に見えたのだ。
同じく戦場を疾駆するエレクトラもそれを肯定し、通信で意志を伝える。
『可能性はあるわね。動きは鈍いけど、それなりに理性的な気はするし。
まあ、やることはひとつなんだけど』
「ほう?」
『勿論、黒幕を引きずり出してやるわ!』
「違いない……! エレクトラ、お前の力も借りるぞ!」
エレクトラの力強い言葉に頷くと、彼は『終極淵源』を高々と掲げた。
上空を翔けるエレクトラに同調し、その刀身が赤雷へと置き換わっていく。
空気が帯電し、ばちりと弾けた。
「Azothが示すは、静止と加速の円環。
宿るは、赫霆。一拍、衝撃の檻。二拍、加速の刃。
ローター・ブリッツ・トッカータ!」
√能力【|赫霆触奏《ローター・ブリッツ・トッカータ》】。
裂帛の気合とともに、ヴォルフガングは手にした赤雷の剣を振り下ろした。
一刀めが戦場を駆け抜け、その軌跡に雷の壁が現れる。
それは【赫霆衝撃壁】。敵の動きを止める拘束の術式である。
で、あるならば。
その後の一刀が、敵の命を刈り取るなど児戯に等しい……!
振るわれたのは【赫霆斬】。彼の全処理を加速させる瞬断の剣。
その速度は再生すら追いつけぬ。
赤雷の刀身は、デザイアモンスターを微細に斬り裂き、消滅せしめたのである。
ヴォルフガングの剣が、敵陣を深く傷つけるまでに時間はかからなかった。
●|騎士《しょうじょ》たちは堅城となりて
「こ、これっ……私っ……!」
突如魔法少女に変身した世良・きらら。
一等星の光のように眩いプラチナブロンドの髪に、天頂の夜空のようなダーク・ブルー主体の色合いの魔法少女の衣装。その生地には、星星や星座のような意匠が随所に凝らされていて。
更に、手には天球儀のような円弧を幾多にも重ねたデザインのステッキ。
星詠みの言う『星の魔法少女』というスタイルを見事に体現した姿だった。
だが、きらら自身の心はちっとも追いついていなくて。
変身した自分の姿が、未だに自分のものだとは実感が持てていなかった。
その時、彼女は自分に向けられる6つの瞳に気がついた。
青い瞳。真心・観千流(最果てと希望を宿す者・h00289)。
金の瞳。神隠祇・境華(金瞳の御伽守・h10121)。
銀の瞳。架間・透空(|天駆翔姫《ハイぺリヨン》・h07138)。
たった今、心を繋いだ3人の少女たち。
それでも、その姿を、変わってしまった魔法少女としての姿を見られることには、どうしても戸惑いと抵抗が勝ってしまう。
「やっ、こ、これは違くて……! その……!」
きららは頬を紅潮させつつ、一歩後ずさる。
実質上は何も隠れていないのだが、それでもそうせずにはいられなかったのだ。
(彼女たちは瞳のことは受け入れてくれたけど……)
これは明らかな異常。明らかな変異。
自分でも戸惑うものを、彼女たちが受け入れてくれるのか……。
不安と恐怖は、さっき進んだ道を一歩だけ後戻りさせようとしていた。
しかし、その歩みは中断された。
彼女に伸ばされた手によって。
「きららさん」
それは透空のものだった。
強く、確かに。きららの手を取る。
透空の銀色の瞳が、きららの揺れる|碧《あお》い瞳を正面から見つめる。
きららの目に映る透空は、満面の笑みだった。
「お星さまみたいで、とってもキラキラで、素敵な衣装ですね。
すっごく可愛いです!」
「えっ……」
きららにとっては予想外、でも望んでいた言葉でもあった。
人とはちょっと違う、自分を肯定されること。
それを事もなげに与えてくれたのは、ちょっと年上の少女だった。
その事実を噛みしめる間もないうちに、今度は更に2人の手が伸びる。
白と青の和装を身に着けた境華と、きららと同じ青い瞳に加えて銀髪の観千流。
彼女たちはコクリと頷くと、きゅっと手を握りしめた。
その心は同じと言うかのように。
「こんな状況でこんなこと言うのは変かもだけどさ。
……ありがとう」
きららは長手袋を身に着けた手で、目尻の涙を拭った。
やがて、最初に手を離したのは透空だった。
きららたちに背を向け、一歩前に進む。
ざっと音を立てて大地を踏みしめ、怪物たちの群れの前に立ち塞がる。
「無茶だ! 君一人でどうにかなるようなものでは!」
「いえ、大丈夫です! それに、一人ではありませんしね!」
ロボトロン、プラネ・スターの静止の言葉をやんわり断る透空。
そして、彼女はトリガーを引いた。
「──変身、解除」
女子中学生の姿が光に溶け、月光の下に伸びる姿が変わってゆく。
細い手足は、輝く甲殻を纏ったたくましい四肢に。
愛らしい|顔《かんばせ》は、王冠を被った顔なき顔に。
背に広げるは、光あるいは霜が凝ったような真白き二対の翼。
その真の名を天色管理機構怪人「|天駆翔姫《ハイペリヨン》」という。
「行きます!」
透空の声のまま、ハイペリヨンは前線へと突っ込んでいった。
そしてその姿を、きららはまっすぐ見つめていた。
足は震え、手も震え。それでも気丈に立っている。
未だ繋がれた、境華と観千流の手をきゅっと握り返して。
「大丈夫です。私達が守りますから、今は落ち着いて」
きららの不安を包み込むように、境華がもう片方の手で、繋がれた手を包み込んだ。彼女の体温が、きらら(と観千流)に伝わっていく。
「うん、大丈夫。……怖いけど、ちゃんと見てる」
境華の予想以上に、その声は|確《しっか》りとしていた。
「……見ている、ですか」
「うん。私にはそれしかできないから。それだけはしたいから。
どんなに怖くても、自分を助けてくれた友達に、背は向けたくない。
何時間か前の、ただ臆病な私には戻りたくないから……」
その横顔に、境華は柔らかに微笑んだ。
そっと繋がれた手を離す。でもその体温は肌に残ったままのような気がした。
「私は、正直きららさんは目を塞いでいいと思っていました。
魔法少女とは言え、きららさんは戦いを知らない中学生。
全てが終わってから、目を開ければいいと思っていたんです」
「境華……」
「でも、どうやら違ったみたいです。
きららさん、あなたは戦いからも、自分からも逃げなかった。
いえ、逃げないことを選んだんです。
それは、私が知る幾多の|御伽噺《オトギバナシ》の英雄にも並ぶ、すごいことだと思います」
そう言うと、境華は一歩進み出た。
先の透空と同じように、きららたちを庇うように。
「行くの?」
「はい。きららさんを守ります。私も、あなたの心に応えたいですしね。
観千流さん、プラネさん、きららさんをお願いします。
でもプラネさんは、無理をしすぎないように」
そう言うと、境華もまた戦場へと踏み出していった。
残されたのは、きららと観千流。そしてプラネ。
きららは観千流の横顔をそっと見やり、ぽつりと呟いた。
「みんな、優しいよね。透空も、境華も、観千流も。
どうして、そこまでしてくれるの? 私のために」
その声色はあくまで落ち着いていたが、それでも観千流はできるだけ言葉を選びながら、ケアのための手管を尽くしながら、微笑んで答えた。
「世界は貴女が知らない事が沢山あります。
だから貴女が思うよりも少しだけ優しいんです」
「……世界が、優しい」
きららの言葉を、観千流は肯定する。頷く。
「私もこの髪と目が好きじゃない頃がありました、友達もちょっと触れにくい感じにしてて。
だけどお父さんが教えてくれたんです」
えっ。きららから声が漏れる。
では、観千流がくれたあの言葉は?
観千流は、答えを待たせることはなかった。
「観千流が触れてほしく無さそうにしてれば皆そうするよ、友達を傷つけて喜ぶ人間はそう居ない。
僕は綺麗だと思うよ? だからこう聞いてごらん。
『私の瞳って綺麗だと思いませんか』
って」
「その言葉……」
それは、星見の時に観千流がかけてくれたものと同じだった。
あの言葉は、彼女自身がもらったものだったのだ。
うん、と観千流はきららに頷く。
「後は貴女の目にした通りです」
そう言うと、観千流もまた手を離すと、その両手をきららの肩に乗せる。
真っ直ぐに、碧い瞳同士が見つめ合う。
「自信を持ってくださいきららちゃん!
貴女の輝きは、この程度のピンチで曇る事はありませんよ!」
「……うん! ありがとう観千流! 私、頑張ってみる!」
その言葉は今だけでなく、未来をも見据えているように観千流は思った。
観千流の表情に、満面の笑みが咲く。
「いいお返事ありがとうございます、きららちゃん!
それじゃ私も、ちょっと頑張っちゃいましょうか!」
そう言うと、観千流は澄んだ声を上げた。
玲瓏たる音色は連なり、重なり、√の障壁を超えて響く歌となる。
『|~♪《天頂の者達よ、未知に希望を見ているならば、この呼び掛けに応えよ!》』
その声に答えて降り立ったのは、中性的な美貌を持つ有翼の麗人。
それは、「天使」と言われて多くの人が想像する姿だ。
その天使は、観千流と並んで歌い始める。まさに天上の声で。
「すごい……体が、暖かい……」
「スペックが上がっている!」
きららとプラネが感嘆の声を挙げる。
これこそが観千流の√能力【|頂きへ届け、天上の歌《ルーフェン・ラインヴァイス》】。
『繋がりの歌』を歌い、|彼方に住まうという守護天使《他の√の意志と力》の力を借りるものだ。
守護天使は結界で√能力を遮断し、また非√能力者に加護を与える。
誰かを守るという状況では、最適とも言える√能力だった。
「さあ、こっちは私が引き受けます!
透空ちゃん! 境華ちゃん! どどーんとやっちゃってください!」
二丁の疑似精霊銃を構え、観千流は最前線に大声で叫んだ。
「分かりました! 行きましょう境華さん!」
「了解しました、透空さん。
近い方はお願いします、こちらは通しません」
「了解です、それじゃ私は近づいてきたモンスターさん達を!」
戦場に顕現した守護天使の姿を見届けると、透空と境華は一斉に動き出した。
ハイペリヨンの姿を顕した透空は、その身体能力を活かして一心に駆けた。
きららを呑み込もうとするデザイアモンスター、その黒き波濤の最前線へ。
迫りくるデザイアモンスターに対し、透空は背に広がる二対の翼を広げる。
翼を構成する微粒子が個々で輝き、振動。
周囲の水蒸気を無理矢理凝集・凍結させる!
「天気予報をお伝えします。本日の天気──雨のち|霰《あられ》!」
√能力【天色管理機構『霰』《ハイペリヨン・ヘイル》】、発動。
上空に出現した氷の|礫《つぶて》が、時速100kmを超える速度で自由落下。
下を進軍していたデザイアモンスターの一団にその牙を向けた。
氷礫の質量自体は小さいが、その速度と数は馬鹿にならない。
豪雨ともなれば、1立方メートルあたりの礫の数は1000発にも及ぶ。
そして、天駆翔姫とあろう者が、|邪《あ》しき者に手を抜くなどありえない……!
「きららさん達には、指一本触れさせませんっ!」
鋭い声とともに、デザイアモンスターの一団が一斉に射抜かれた。
突き刺さった氷礫は次々と体を抜け、あるいは溶けてしまうが、間髪を入れぬ豪雨の如き霰はデザイアモンスターの黒い肉体を次々と削り……限界を超えた途端、それは跡形も残さず消滅した。
どうやら、これが奴らの「死」なのだろう。
前線にぽっかりと穴が空いた。
しかし、その周囲にはなおも大量のデザイアモンスターが存在している。
彼らは当然、この穴を埋めてくるだろうし、人海戦術で押し寄せるだろう。
万が一、二方向から挟撃されようものなら、そうでなくても透空の制圧能力を超える個体数が押し寄せれば、最前線で√能力を操り、豪雨で敵を薙ぎ払う透空は危険な位置になる。
だが、透空は全くそうした心配をしていなかった。
「だって、境華さんが『通しません』と言ってくれましたしね」
そう不敵に微笑んだその時。
「物語は我が手に──星々よ、その矢をここへ顕したまえ」
敵集団の後方に、無数の光の矢が落着した。
一撃の威力はさほどでもないものの、こちらも豪雨の如き密度で着弾している。
数発を受けたデザイアモンスターが、たちまち頭や胃袋を射抜かれて消滅した。
そうした者が幾体も倒れ、その戦列は千々に乱れてしまう。
前線の予備兵力となるはずだった後方は、たちまち機能不全に陥った。
その主は……。
「どうやら支援は間に合ったようですね、透空さん」
境華の√能力【|御伽「星降りの光箭」《アルテミス》】であった。
指定地点からの一定周囲を光の矢300発で薙ぎ払うこの√能力は、こうした支援には最適のものと言えるだろう。
「ありがとうございます! ぴったりのタイミングでした!」
「それは良かったです。透空さんはこのまま前線を食い破ってください。
私は、正面の間隙に流れ込もうとする個体を優先して引き受けます」
「了解! このまま行きます!」
再度、透空と境華は動き出した。
頻繁に声掛けをしながら進撃し、デザイアモンスターとの物量差も、あるいは戦場の霧をものともせずに的確に動く。
√ウォーゾーンの兵法家、あるいは戦闘機械群の指揮個体であっても、その動きは感嘆したに違いあるまい。
「理不尽な濁流のように押し寄せるのなら。
それを上回る星の流れで押し返します」
境華は書を掲げ、√能力で|希臘《ギリシア》の狩猟の女神の物語を引き出す。
黄金の弓矢を携え、時に疫病と死をもたらすとさえ言われた女神の物語は、境華の√能力を介することで光の矢の雨となり、大地に死を降り注いだ。
射抜かれたデザイアモンスターは次々と塵と化し、消滅。
かくして透空への圧力は激減したのである。
「ばっちり確認です! もう一押しいきますよー!」
ハイペリヨンの持つ天候操作能力をフルに使い、透空は更に氷礫の密度を上げた。
副次効果として、気圧が急降下し、局地的な積乱雲が発生。
その雨をも借りて、氷礫は更に大型化し、威力をも上げる!
「氷の嵐を、ぶつけますっ!」
驟雨、豪雨、炸裂。
雨が降り注ぐ度にデザイアモンスターの肉体が切り裂かれる。
そして更に。
「こっちも支援します! 透空ちゃんと境華ちゃんには近づけさせませんよー!」
観千流の銃弾が、それでも抜けてきたデザイアモンスターを次々と撃ち抜く。
構える二丁は疑似精霊銃。
観測不能とされる精霊を「ここにいる」と無理矢理定義し、量子干渉弾頭を作り出すことで発射する特殊な銃だ。
√能力でこそないが、敵が少数であれば十分な威力を発揮する。
轟々と響く銃声と、光るマズルフラッシュ。
全てが終わった時、そこに動くものはなかった。
それがたとえ次なる襲来までの間隙であっても。
「やりましたね、皆さんっ!」
「お疲れ様でした」
「まあ何にせよ、勝利を喜びましょー!」
透空と境華と観千流は勝利を喜び合い、ハイタッチをするのだった。
●白き翼は蒼光を掲げる
欲望の怪物は、なおもきららたちに迫りつつあった。
EDENに蹴散らされること、数度。
されども、その不浄なる生命力は尽きることがないと言わんばかりであり、事実ここまでの損失をきっかりと埋め合わせるかのように、新たな個体群が補充されていた。
その様は……。
「さながら数多と膨れ上がる混沌と絶望の濁流、でしょうか」
戦場に到達した弓槻・結希(天空より咲いた花風・h00240)は嘆息した。
公園を埋め尽くして殺到するデザイアモンスターの群れはまさに濁流と言うに相応しく、それらが蠢く公園は、濁流のあとに残る泥土まみれの更地のよう。
しかし、結希はそれにきららたちを浚わせる気は一切なかった。
「けれど星の光はが美しく瞬く中で、ひとの希望を貪らせなどしません。
この翼は、災いを払いて幸いなる風を喚ぶが故に」
そう言うと、その手がひゅっと払われる。
気づくと、先程まで無手であったはずの有希の手には、一振りの剣。
その銘は蒼穹剣『レガリア』。
澄み渡る空の色と神秘を宿す、優美な拵えの長剣である。
同時に、一族の魔法で隠されていた翼も顕れ、純白の羽を散らしつつ力強く開かれる。
堂々と、濁流に抗するように。
「では、いざ――魔法少女ではなくとも、希望を紡ぐものとして」
地を滑るように、結希はデザイアモンスターに向けてたっと駆け出した。
駆け出した結希のステップは、非常に優雅なものだった。
彼女の背負う翼と、纏っている緩やかなシルエットの服装も相まって、さながらダンスホールで舞い踊る舞姫のようだ。
舞いには剣呑なはずの『レガリア』も、その拵えと相まってその美を補強するよう。
刀身は雲一つない空のように青く光り、結希に花のような印象を抱かせる。
だが。
「風よ、花よ」
剣から西風を思わせる風が吹いた。
そこに刀身と同じく青い花びらが吹き上がり、剣を包むかのように纏い付く。
その様は、まるで青薔薇のようであった。
「その色彩をもって、私の道をお守りください……!」
青薔薇を掲げ、結希は跳躍した。
そのまま眼下の黒い怪物めがけ、横薙ぎに蒼穹剣を振るう……!
デザイアモンスターの群れの間を、二連の剣閃が駆け抜けた。
標的となった不運な怪物は三つに切り裂かれ、塵と化して消滅する。
だが、結希の振るう剣の威力は、それだけに留まらない。
剣が纏っていた花風が剣閃とともに吹き渡った。
それに触れたデザイアモンスターはずたずたに切り裂かれ、次々と倒れ伏す。
そう、これこそが√能力【|彩に溢れる花風《ビビッド・ウィンド》】。
剣に属性攻撃による花びらを纏わせ、二連撃をもって広範囲を薙ぎ払うのだ。
青光の薔薇の燦めきは、闇とて払う。
狂い舞う花風が鎮まり、結希が大地に降り立った時、その周囲に動くものはなかった。
敵陣に斬り込んだ結希の足は止まらない。
リズミカルに地を蹴りながら、視線は一点のみを見据えている。
「狙うは増殖を続ける個体ですね」
その先に在ったのは、ぼこぼこと震える巨大な黒い肉塊。
欲望のオーラを帯びた肉が膨れ上がり、裂ける度に新たなデザイアモンスターがそこから産声を上げ、母体から分け与えられたオーラを帯びてよろよろと歩き出す。
まさに不浄の出産と言うべき|悍《おぞ》ましさであり、同時にこの個体こそ、現在の戦線を支える要と言うべき存在なのだろう。
√能力【ヒュプノシス・デザイア】の応用と言えるこの個体の打倒は必須。
「無尽蔵に膨れ上がる化け物全てを相手など出来ませんからね」
そう合点して彼女は速度を上げた。
一方、怪物たちも「それ」がアキレス腱になることは理解しているのだろう。
周囲のデザイアモンスターたちが一斉に結希をめがけて動き始めた。
それは上空から見れば、津波と言うよりも渦潮のよう。
圧倒的質量をもって絞り上げ、すり潰そうというのだ。
「怪物なりに、戦術は心得ているようですね。
ですが、行動に移るのがあまりに遅かったようです」
結希の手の中にある蒼穹剣の輝きが増した。
纏う青薔薇の花弁が次々と蒼光に還元され、光量を増し、烈光となる。
細い刀身から燦めく光は、刀身を数倍の大きさにも見せていた。
その光剣を手に、結希は地を蹴る。
視界が圧縮され、見る間に巨大な肉塊が視野の中で大きくなっていく。
「――この声が、この翼が、今を生きる誰かを救えるのなら」
蒼穹剣『レガリア』を上段に構える。
光を従えた結希は流星のように、敵の懐に飛び込む……!
「私はこの一刀を迷いはしません」
光芒一閃。
振り下ろされた一刀は、過つことなく肉塊に吸い込まれた。
そのまま振り下ろせば、押し寄せた光は一刀のもとに不浄を斬り裂き、そのまま広がって周囲の敵の全てを飲み込んでいく。
その蒼光が薄れた時、立つのは結希一人のみ。
下ろされた蒼穹剣の刀身は、変わらず青く輝いていた。
●女主人は闇夜に踊る
EDENとデザイアモンスターとの戦いは、佳境に入ろうとしていた。
なおも戦力を増強し、再度の進撃を行おうとする怪物たち。
彼らにすれば、一度でも|タッチダウンすれば《喰らえば》勝ちなのだ。
勝利条件がそれならば、彼らは全てを蹂躙し尽くすまで進むのみ。
そのための頭数は存在している。
彼らは|欲望の怪物《デザイアモンスター》という名の理不尽であるが故に。
だが、ならばEDENも決して負けてはいない。
黒い濁流の前に立ちふさがったのは、ルクレツィア・サーゲイト(世界の果てを描く風の継承者・h01132)だった。
風にジャケットをはためかせ、物言わぬ敵の群れに負けぬよう、毅然と斧槍を構えている。
その唇が、言葉を紡ぐ。
「さてと……ロマンチックな時間は終わり。
理不尽には理不尽を……ね!」
最後の一音節を奏で終わった瞬間。
その身の竜漿の高まりとともに、ルクレツィアの纏う雰囲気が変化した。
乾いた南風のような元気少女の瞳が細められ、危険な雰囲気を帯びる。
それは喉を掻き切るナイフの如し。
見つめるには危険すぎる輝き……!
意志の目覚めは、彼女の衣装をも書き換えていく。
タンクトップにショートパンツ、ジャケットという絵描きとしての姿から、血に濡れた蛇の如き文様の描かれた黒いチャイナドレスに。
愛用の詠唱錬成斧槍【フラウ・フラン】の刀身も、斧槍から大鎌に変化。
その様は、まさに『闇社会の女主人』と言うに相応しい。
「さぁ、それじゃ攻守交代だ。アンタたちも散々暴れただろう?
だったらここらが潮時さ。お帰りはあちらだよ!」
ルクレツィアは押し寄せる怪物の群れを前に、傲然と微笑んだ。
「さて、まずはこちらを披露!」
戦いの火蓋を切ったのは、左手に握られた拳銃型の竜漿兵器、リボルバー式精霊銃【カノン】だった。
自然に宿る|精霊《インビジブル》が魔弾に変換され、得意の早撃ちで轟々と唸る。
不運なデザイアモンスターの一体、その頭が花火のようにぱんと弾けた。
一瞬遅れてその肉体そのものも弾け、塵となって消滅する。
鋭い一撃の前に、僅かな間ながらデザイアモンスターの進撃速度が鈍った。
並の者ならば乗じることも叶わぬ僅かな間だが、ルクレツィアにはそれで充分。
「全く、面白いように引っかかってくれるね。
アタシにとってはやりやすくていいけどさ!」
精霊銃を仕舞い、右手の中で大鎌をぐるぐると回転させる。
それを両手で握ると、ルクレツィアは大地を蹴った。
一歩地を蹴る度にその速度を増しながら、動きの鈍ったデザイアモンスターたちに突っ込む!
「続いてはこちら! さぁ躱さなきゃ手足も首もポンポン飛ぶよ!」
進撃の速度をそのまま乗せて、大鎌が振るわれた。
竜漿によって構成されたその刃は、並の金属よりも遥かに硬く、弾性に富む。
ましてルクレツィアほどの使い手が振るうのだ。
超常の肉体とは言え、その刃の前には柔らかいバターも同然である。
閃光とともに、黒い触手を乱暴に束ねたような腕が、縦に感覚器官の光る首が、奇妙にくねる胴が、いくつも斬り飛ばされた。
敵集団の先頭が丸ごと消滅する。
それを見届ける間もなく、ルクレツィアは胴の回転も加えてもう一撃。
更に勢いの乗った刃は、更に数体のデザイアモンスターを冥府へと叩き込む。
あっという間に同胞を十体以上斬り伏せられ、怪物たちはいきり立った。
ただ斬り飛ばされるままではいられぬと、無数の腕を一斉に振り下ろす。
それは時に物理的にはありえぬ異様な軌跡を描く……!
だが。
「やれやれ、見た目通りの木偶の坊なんだね。
そんな腕じゃ、百年経っても追いつけないよ……!」
ルクレツィアの青い瞳の中で、竜漿が燃え上がった。
帯びた青い炎とともに、その軌跡は残像となり、敵の攻撃を掻い潜っていく。
一を二に、二を十に、十を百に。
デザイアモンスターたちがどれだけの攻撃を重ねても、翻すチャイナドレスの端すら捉えることはできなかった。
そして、もう一つ彼らにできなかったことがある。
それは、ルクレツィアの意図に気づくこと。
刃を振るい、黒い魔手から逃れる……その繰り返しは、怪物たちを追い立てる罠。
彼らは気づく間もなく、一定の範囲内に集められていたのである。
「さて、そろそろだね……!」
幾度目かの大鎌を振るった後、ルクレツィアは全力で背後に跳躍した。
細い肢体が軽やかに宙を舞い、キンと金属音を立てて着地する。
そこは、公園に設えられたジャングルジムの上。
金属パイプによる細い足場をものともせず、彼女は敵軍団を見下ろした。
再び精霊銃を抜き放つと、その中心に向けて銃口を向ける。
それに向けて、デザイアモンスターたちは音もなく咆吼した。
同時に、纏う欲望のオーラが膨れ上がり、うねり、軋む。
ごきり。ぐきゅり。めきっ。
無数のデザイアモンスターが粘土のように捏ねられ、捻られ、束ねられ。
気づくと、ルクレツィアが見下ろしていた怪物はひとつとなり、感情のない目でルクレツィアを見下ろしていた。
√能力【ロンギング・アーム】の力で融合を果たしたのだ。
「それ」は高々と黒腕を振り上げた。
その質量は、ルクレツィアをジャングルジムごと叩き潰すには充分すぎる……!
だが、それを目にしてもなお。
「なるほど、遠慮は不要ってね」
ルクレツィアは笑っていた。嗤っていた。嘲笑っていた。
笑みを浮かべたまま、精霊銃のハンマーを起こす。
その意志に応え、周囲に漂っていた精霊の力が一点へ、精霊銃の銃身へ集まっていく。
集まった力は大気を帯電させ、銃口に凶暴な光を宿す……!。
「さぁ、寝静まる夜にド派手な花火を打ち上げようか!」
ルクレツィアはトリガーを引いた。
同時に大気を裂く轟音が響き渡り、闇を裂いて尚余りある光が放たれる。
ルクレツィアの束ねた精霊の力、すなわち雷である。
それは振るわれた黒い巨腕とぶつかると、プラズマ化した超高熱を浴びせかけた。
肉はあっという間に沸騰し、燃え上がり、消滅。
そのまま本体の腹の袋を貫く!
一瞬、それは袋の中と同じ万色の炎で燃え上がり。
顕れた時と同じく、音もなく咆吼を上げながら崩れ去った。
●少女人形は女神の光を掴む
「現れましたか」
夜の公園で星を見上げていた御厨・プシュケ(自慢の|娘《さくひん》であるために・h10724)は、緊張感を全身に湛え、向き直った。
その瞳に映るのは、さながら黒い濁流。
暴力的なまでの数をもって蹂躙し、貪り食らうデザイアモンスターの群れだ。
「しかし、あれは……焦っている?」
実のところ、度重なるEDENたちの攻撃により、その数は大きく減じていたが、|エネルギー源《魔法少女》さえ取り込めば彼らの勝ち。
そうなれば、あとは産まれてきた闇に潜み、数を増やしつつ機を伺える。
そんな思惑が、透けて見えているように、プシュケには感じられた。
(ならば、私の仕事をもって、怪物たちを討滅し尽くさなくては)
プシュケは決意する。
「感傷はここまで、仕事に参りましょう。
数ならば、こちらにも利はあります」
振り切るように顔を上げると、強い意志の宿った瞳でプシュケは言い切った。
「恐らく、あれが最後だ……! きらら、踏ん張れるか!」
「……うん! ここまで来たんだもの、何としても帰りたい!」
デザイアモンスターの包囲の中心で、魔法少女の世良・きららと、ロボトロンのプラネ・スターはきっと押し寄せる軍勢を見据えていた。
ここまでの戦いで、彼女たちも戦っていた。
プラネは、EDENの超常的な活躍をおいてもなおすり抜けてくる、少数のデザイアモンスターの処理を担っていたし、きららはそれをよく鼓舞していた。
そして、きららはこの戦いを、自分を中心に起きた騒乱の全てを見届け、心に刻もうと、震える手足を叱咤し、戦場に自らの足で立っていたのである。
プシュケが風のように現れたのは、このタイミングであった。
「大事ありませんか?」
そう問いかける牡丹の模様が入った袴姿の少女に、きららはこくりと頷いた。
「こっちは大丈夫。プラネも、EDENのみんなもよくしてくれたから」
「それはよかった。では、ここからは私にお任せください」
きららたちを庇うように立ち、プシュケはその手を閃かせる。
すらり、と現れたのは幾振りものナイフだ。
指の間に挟まれ、各々が剣呑な輝きを放っている。
けれど、その剣呑さは、EDENたちのこの事件に対する真摯さの現れのひとつなのだと、きららは思っていた。。
剣をもって人を救う人の輝き……。
だから、きららはコクリと頷き、プシュケを見送る。
「ちゃんと帰ってきてね。……星のガイドぐらいは引き受けるから」
「ふふふっ、楽しみにしていますね。 ……では、行きます!」
その声を背に、プシュケは手にしたナイフを投げ放った。
その本数、三本。牽制であろうか。
だが。
「……レプリカント!」
次の瞬間、プシュケの声に応じてその刃の数が|増え始めた《・・・・・》。
一本が二本、二本が四本、四本が八本、十六本。
いつの間にか、その数は空を渡る雁の群れのよう……!
これぞ√能力【|一刃霧斬《レプリカント・ナイフ》】。
プシュケの複製された無数のナイフをもって、広域を制圧する√能力だ。
「行ってください!」
そのナイフは、押し寄せつつあったデザイアモンスターに一斉に突き刺さる。
額、目、首、胸、あるいは心臓、腹、金的に至るまで。
人体の急所、あるいは要所が、正確な狙いで貫かれた。
尋常な相手であれば、間違いなく一撃一撃が必殺であろう。
だが。
「効きが悪いですね……」
それでも、デザイアモンスターの多くは動き続けていた。
全く効かないわけではない。投擲を受けて消滅した個体もいる。
それでも、多くの個体はナイフを刺したまま、緩慢な進軍を再開しようとする。
(身体構造が部分的に不定形で、骨のような構造体が少ないから、でしょうか)
そうプシュケは分析していた。
尋常ならば、骨そのものや付着する筋肉を断つことで、効率的に敵の身体を破壊できる。
だが、軟体は全身の筋肉で身体を支えているため、急所と呼べる場所が少ないのだ。
結果として、【一刃霧斬】を軽度の損害で乗り切ったのである。
「ですが、敵は多数。このままでは、多勢に無勢となり得るかもしれません」
このまま【一刃霧斬】で攻撃を続けるのも手だが、それは効率が悪いし、相手の圧倒的優位である数をもって、いつ押し切られるとも知れぬ。
そしてプシュケの恐れていた展開が現出する。
√能力【ヒュプノシス・デザイア】をもって、周囲の芝を操り始めたのである。
無数の葉が歪んだ繁茂で生い茂り、敵手を絡め取らんと迫りくる。
そして。
「しまった……!」
その足首に、欲望のオーラを纏った葉が絡みついた。
たちまちプシュケは機動力を封じられ、地に倒されてしまう。
そのまま手首に、足首から太腿に、胴から胸を通って首へと。
動きを封じるように芝の葉が絡まりつき、締め上げられる。
プシュケの喉から苦悶の声が上がった。
その葉が一斉に欲望のオーラを帯びると、徐々にプシュケの柔肌を伝い始めた。
そろり、そろりときめ細かい肌を伝い、上へと上っていく。
その姿はまさに、乙女を穢そうとする邪な怪物だ。
「私を、操ろうというのですか……!?」
然り。
この√能力は、欲望のオーラを一体に集中させることで、対象をデザイアモンスターに変化させ、その意志を抑えて操ることができる。芝を操るのも、プシュケを操るのも効果としては同じなのだ。
ならば、最大戦力であるEDENを捕らえるのが効率がいい。
彼らの本能は、そう判断したのだろう。
「……嗚呼。私に、もっと力があれば」
首が絞まり、また欲望のオーラの侵蝕を受け、プシュケの意識はぼやけ始めていた。
これが途絶えれば、自分は怪物になるのだろう。
そう分かっていても、拘束を打ち破ることができないのだ。
その意識は、今まさに闇に沈もうとしていた。
(何かが、輝いて、いる……?)
闇に閉ざされれかけたプシュケの目の前に、輝きが見えた気がした。
顔を上げてみれば、それは頭上で煌々と輝いている。
それは遠いようでもあり、でも手を伸ばせば届きそうでもあり。
(……光を)
朦朧とした意識の中で、プシュケはそれに手を伸ばす。
まるで童女のように、一心に。
そして輝きの先に手が触れ……その手の中に、握り込まれた。
瞬間、プシュケの意識が覚醒した。
それまでの濁りをすべて洗い流すような清麗な力の流れ。
それは欲望のオーラを祓い清め、プシュケを再び立ち上がらせていた。
「私は、確か。頭上の光を掴んで……」
その時、プシュケの心に天啓が走った。
光が輝いていたのは、春の空における春の大三角のある場所。
そしてそれは、|獅子《デネボラ》の向こう側、|乙女《スピカ》の光……!
「そう、あれはスピカ。そして今私に力を与えてくれるのも……!」
プシュケの内より溢れた光は、その衣装をも変えていた。
それまで着用していた大正袴と違って洋装だ。ドレスと言っていい。
少女的なデザインであり、袴に比べれば脚の出る装いだ。
しかし、それに袖を通すプシュケには、今や力が溢れていた。
力も俊敏さも増しているように思われたし、手には馴染んだナイフの感触もある。
ナイフを見てみれば、それの刀身は蒼く輝く光を纏う。
その力は、間違いなくデザイアモンスターを打倒できるだろうと断言できた。
後に【|星装・女神の心《バルゴ・スピカフォーム》】と呼ばれる√能力の覚醒である。
「デネボラを飛び越えて、蒼く輝く女神の慈悲を!
行きます!」
プシュケは手にした青い光を纏うナイフを一斉に投擲した。
ナイフは【一刃霧斬】と同じく増え、襲いかかる。
デザイアモンスターはそれを避けようとはしなかった。
先の一撃をもって、脅威ではないと学習していたのだろう。
だが。
ナイフが突き刺さった瞬間、蒼い光が膨れ上がった。
それは超新星爆発を思わせるように弾け、怪物の上半身を消し飛ばす!
デザイアモンスターは過ちを悟ったが、遅かった。
雨のように降り注いだ投げナイフは、刺さり、弾け、
あっという間にデザイアモンスターを掃討してのけたのだ。
刹那の後、もはや戦場には一体たりとて欲望の怪物は立っていなかった。
そして無人となった戦場に、新たな装備を纏ったプシュケが音もなく舞い降りた。
「しかし……」
プシュケが呟く。√能力で変わった、自分の衣装を見やる。
もはや出現時に輝いたスピカの光はなく、その造作をはっきり見ることができた。
それは。
「ドレスはピンクなのですか……?」
そう、プシュケの纏った少女趣味めいたドレス。
そのメインカラーは、鮮やかなピンクだった。
第3章 ボス戦 『妖怪人研究所『ドクター・ムラサメ』』
●狂科学者は戦場に嗤う
「やれやれ、デザイアモンスターも頼りないねぇ。
これならば、あたしの妖怪人を使ったほうが良かっただろうに」
戦場に現れたのは、一人の女だった。
やれやれと嘆息しながら、油断なくEDENたちを見やっている。
間違いなく、堅気ではない。
その女の正体を、√マスクド・ヒーロー出身者なら察しただろう。
ドクター・ムラサメ。
組織に属することなく、妖怪の因子を付与した改造人間「妖怪人」への改造手術を請け負う、フリーランスの狂科学者だ。
一見すると小柄な女性だが……油断することなかれ。
彼女もまた√能力者。
戦闘能力は必ずしも高くないが、それでも彼女の智慧と、使役する妖怪人の威力は決して甘く見ていいものではない。
「ああ、これがあたしの仕業かっていうんだろう?
……その通り。この怪物どもをけしかけたのは、このあたしさ」
ドクター・ムラサメはあっけなく認めた。
つまり、魔法少女を殺そうとしたのはこの女なのだ。
「あたしは気が進まなかったんだけどね。まあフリーランスの悲しさ、ってやつさ」
そう言うと肩をすくめる。
しかしその表情に罪悪感など微塵もない。
やはりこの女も、この世界の悪人なのだ。
「まあ、でもさ。ここにあたしが出てきたのは何故か……分かるだろう?」
その気配が膨れ上がる。
「あんたたちEDENをここから逃がす気はないってことさ。
さあ、来な。荒事は苦手だが……跳ね返りを始末するぐらいはわけもないってね!」
魔法少女、世良・きららを守るための最後の戦いが、始まる。
●断章2:魔法少女は星空に祈る
「戦ってる。『EDEN』と呼ばれる人たちが、戦ってる。
そう、私のために」
魔法少女、世良・きららは思う。
「ほんの少し前まで、私は星が好きなだけの中学生だった。
確かに、学校では浮いていたけれど……あの人たちは、たとえそうでなくても、私を助けてくれたって、今では確信を持って言える」
心のなかに、幾多のEDENたちの姿が去来する。
彼らは、何の見返りもなくきららに手を差し伸べ、戦場に赴いた。
自分自身が危険なのに。
「でも、私はそんなEDENたちに何もできないの?
戦いのことは知らないのは分かってる。
でも『魔法少女』なんて力をもらったのに、私、何の役にも立ってない」
きららの心の奥底で、何かがかちり、と音を立てた。
それは巨大な扉。それは力に続く道程。
今まで閉ざされていたものが、ゆっくりと開き始める。
「もし私に、本当に魔法なんて力があるのなら。あの人たちの一歩分、ううん、半歩分でも。
私に先へ進む力を貸して……!!!」
扉が開く。扉の向こうが見える。
そこは、一面の星空だった。
「こ、これって……!」
刹那、きららから光が溢れた。
光とともに何らかの力も流れ出しているのか、フリルの多いダーク・ブルーのドレスの裾がぱたぱたとはためく。
不思議なことに、光は光量を増しても彼女自身を正視することができる。
さながら、星の優しい光のように。
そして、その力こそ。
「これが、私の力……。魔法……!」
そう、きららに与えられた力である魔法の発露。
未だ心の奥底に眠っていた力の覚醒であった。
「うん、これならいける……!」
きららは手にした天球儀を思わせる装飾の杖を握った。
そして、それを北極星、ポラリスめがけて高々と掲げる!
「私の力! 星空の魔法!
どうか! みんなを助けてあげて……!」
※きららが、戦場に輝く魔法のフィールドを張りました。
これにより、彼女が味方と認識した対象に「身体能力上昇」「治癒速度上昇」「空中ジャンプ能力付与」などの強化を与えることができます。
本章では、これを利用して戦った場合、プレイングボーナスを差し上げます。
●少女たちは星空に踊る
「借り物とは言え、随分デザイアモンスター相手に暴れてくれたじゃないか」
戦場に傲然と立つドクター・ムラサメ。
その気配に、エマ・ローレライ(月光の歌姫・h12720)は歌を止めた。
「この人……気配が異様」
そう、ムラサメは、悪の秘密結社が闇に君臨する√マスクド・ヒーローにおいて、フリーランスでやっていくことのできる√能力者である。
最初からデザイアモンスターとは役者が違うのだ。
エマの感覚は、それを鋭敏に捉えていた。
「随分警戒してくれてるね。雇われとは言え責任者としては光栄だよ」
「……つまり、あなたを止めなければ、この事態は終わらないってことだね」
「その通り。あたしがいる限り、そこの魔法少女は永劫に狙われ続ける」
エマの背筋に一筋の汗が流れた。
彼女の直感は告げていた。この女は嘘をついていない。
つまり、ムラサメをここで討たなければ、この戦いがずっと続くのだ。
(……やれる? 私に)
EDENたちがいるとは言え、今の自分でムラサメが討てるかどうかは分からない。
だが、それでもやらなければならないと、キーボードに手を添えたその時。
きららから溢れる星の光に、エマ、そしてムラサメは思わずそちらに視線を向けた。
一方、その頃。
「私の力! 星空の魔法!
どうか! みんなを助けてあげて……!」
きららが杖を掲げてそう高らかに唱えて。
「空の、それにきららさんの雰囲気が、変わった……?」
状況の変化に気づいたのは、クラーラ・ミュスティアウゲン(閉ざした瞳の武侠剣士・h12663)。
クラーラは、見えすぎるが故に普段は瞳を封じているのだが、その一方で気配や空気の流れを読むことに通じ、戦闘時にはそれをフル回転させることで、周囲の状況を認識している。
故に、気配の変化という形で、状況を認識できたのだ。
きららの気配は、傷つきやすく脆い、生まれたての子鹿のようと感じられていた。
だが、今クラーラの背後から感じるのは、芯に一本筋が通ったような。
……立ち方を覚えた子鹿のような気配だった。
更にはその気配が、今や空いっぱいに広がっていた。
「まさか、これがきららさんの……?」
星空を振り仰いだその時。
クラーラは、自分の体に力が溢れてくるのを感じていた。
「力がみなぎる……。
きららさんが呼んだこの星空が、力を与えてくれてるんだ!」
エアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)は、自分の体に溢れてくる温かい力に、にっこりと微笑んだ。
視線を向けた星空の光は温かい。まるで春の日の日差しのよう。
その温かさは、星空が力を与えてくれているからなのだろう。
そしてその力には、きららの気配も感じ取ることができた。
共に立ちたいと、皆を助けたいと、そんな切実な祈りとも言うべきものが。
そう、そうした声を背に受けているからこそ。
「うん、これならいつも以上に戦えるっ!」
力だけではなく、勇気が湧いてくる……!
「ど、どうかな。行ける……?」
杖を握りながら、おずおずときららがEDENたちに問いかけた。
彼女本人には、自分がどれだけのことをしたのか、実感が薄いのだろう。
だから、EDENたちはきららに一声掛けるのだ。
彼女の魔法がどれだけ力になっているのか、知ってもらうために。
「ええ、これならばいくらでも戦えます。
貴女の力、確かにお借りします」
クラーラは頷くと、封じられた瞳を確りときららにむけた。
手の中で、かちゃりと愛剣たる錬成剣「藍月」が鳴る。
振るわれる時が来たのだと言わんばかりに。
「守りに来たはずが……逆に力を貰っちゃったね。
きらら、プラネ、行って来るよ」
そう言うとエマは、携帯キーボードの鍵盤に指を滑らせ、即興で音を合わせる。
相手は強敵だが、先程までの脅威は既に感じていない。
奏で、歌い、振るう。
そのセッションこそが道を切り開くのだと、信じることができる。
「きららさん、ありがとっ! 力を借りるよっ♪」
エアリィはきららににこっと笑いかけた。
背にする人は、もはや単に守るべきものではない。
それは「戦友」と呼ばれる関係なのだと、全身で告げているようだった。
そして、そんな思いたちを受け取ったきららは頷き、視線を上げる。
もはや自信のなさも、迷いもない。
「……うん! いってらっしゃい!」
その言葉とともに、三人は一斉に倒すべき敵、ムラサメへと駆け出した。
「さ、いくよっ!」
その言葉とともに、エアリィは手にした精霊銃『エレメンタル・シューター』を両手で構え、連続でトリガーを引いた。
彼女の意志に答え、破壊の化身たる銃弾が何発も放たれる。
元々反動は少ない銃だが、今はそれを一切感じない。
きららの魔法による身体強化が、その全てを抑え込んでいるのだ。
(うん! 今なら全弾当てられる気がする……!)
まさにその通り、銃弾の全てがムラサメに向けて吸い込まれていくよう……!
「ちいっ! 量産型妖怪人、攻撃を受け止めろ!」
ムラサメの号令一下、影の中からムラサメの配下である妖怪人数体が飛び出した。
防御重視なのか、彼らの全身は蟹のような甲殻で覆われている。
スクラムを組み、その身をもってエアリィの攻撃を受け止めようというのだ。
「うわぁ、硬そう……。だけど、今のあたしなら抜けるはずっ!」
その言葉に応じるように、銃弾が次々と量産型妖怪人へと突き刺さる。
そして。
「馬鹿なっ、防御タイプの装甲が……!」
銃弾が当たる度に、妖怪人の装甲にヒビが入り、ひしゃげ、割れていく。
大型の軽機関銃の攻撃すら受け止めるはずの妖怪人たちは、それより遥かに小口径の精霊銃一丁の前に次々と倒れる……!
「それだけじゃないよ! 一閃っ!」
いつの間にか、エアリィが白兵戦の間合いへと入り込んでいた。
手にした得物は、精霊刃『エレメンティア・ティアーズ』。
魔力を乗せた一撃が横薙ぎに振るわれ、未だ立っていた妖怪人の一体を斬り伏せた。
そしてエアリィはその甲殻を蹴って後方にジャンプ。
同時に風の魔法で自分の体を舞わせ、距離を取った。
「うーん、やっぱり部下がいっぱいいるんだね。
でも、それなら、あたしだって……!」
エアリィの口から、力ある言葉が紡がれていく。
それはインビジブルを精霊と成し、精霊を束ね、力として重ねていく。
(あの詠唱は、危険だね……!)
内心でムラサメは舌打ちをした。
仮にも魔法少女現象の一端にいる以上、こうした詠唱が危険なのは理解している。
鋭く配下たちに指示を飛ばしていく。
「妖怪人たち! あの魔法使いを……」
「簡単にやらせるとは思わないことね!」
刹那、響き渡ったのはキーボードの音色。
エマの手によって次々と奏でられる曲は、きららの作り出した星空と重なり合い、響き合い、戦場を彼女の歌唱空間へと上書きしていく。
音色に合わせて、エマの唇から紡がれるのは疾走感のあるポップス。
リズムに合わせて駆ける脚は、またたく間にエマを戦場の中心へと運ぶ。
「たかが場末のミュージシャンに何ができる!」
「いいえ、それは違うわ悪の科学者」
「何っ!?」
曲の転調と同時に、エマは全力で跳躍した。
それでも曲は、歌は止まらない。
細い肢体は空を舞い、歌唱を続けながら。
彼女は妖怪人たちの群れを飛び越えていく……!
√能力【|Cadenza《カデンツァ》】。
自身を鼓舞した歌を語ることで、周囲を歌唱空間へと上書きするものだ。
そして、歌唱空間の中では。
「今の私は主人公。悪を叩き伏せ、守るべき人を救う、物語の主人公よ!」
その主たるエマは、主人公として運命を従わせることができるのだ。
そしてエマは、奏でる曲を止め、空中でキーボードを振りかぶる。
何、構うことなどない。
歌手にとって一番の楽器は、いつも自らの喉なのだから。
やがて歌はサビへと差し掛かり。
一番の盛り上がりを決めるべく、重量のあるキーボードが振り下ろされる……!
「これでっ、どうっ……!」
ムラサメは避けられない。
文字通りの主人公補正の乗ったエマの一撃を回避することは、運命の変転に等しい難事であるが故に。
「ぐぅぅぅぅぅぅっ! なんて重さだいっ……!」
振るわれたキーボードを、ムラサメは腕をクロスさせて受け止めた。
重い振動がエマの手に響き、周囲が鳴動する。
ムラサメは……奥歯を食いしばってはいたが、耐えていた。
受けた腕は内出血を起こして青黒く変色し、踏ん張った脚はがくがくと震えていたが、兎にも角にも凌ぎ切ったのだ。
√能力者だからこその無茶である。
「何をしてるんだい! あいつを捕らえるんだよ!」
鋭く響く指示の声。
それを認識した瞬間、エマの体は再び空中へと舞っていた。
一瞬遅れて、妖怪人たちが次々と押し寄せてくる。
その爪が柔肌を引き裂き、ぱっと血が散る。
だが。
「きららの加護ね。傷があっという間に消えていく……!」
星空の魔法で付与された再生能力は、僅かな傷などあっという間に治癒してしまう。
気づけば血糊ごと傷は消え失せ、服の傷だけがあとに残された。
「さて、一曲終わっちゃうわね」
「では、次は私が」
エマが退くのに合わせ、クラーラが風のように飛び出した。
その速度は、きららの魔法の加護も加えることで、まるで烈風。
手にした錬成剣「藍月」と、懐から飛び出し、クラーラに追走している二振りの飛燕剣「宵燕」「影燕」と合わせて、その鋭さは平時のそれを更に上回っている。
だが、ムラサメもその風に圧倒されるままではおれぬ。
「抜刀隊、出番だよ!」
ムラサメの影の中から、日本刀を携えた妖怪人たちが湧き出した。
数は……。
「気配は少なくとも12。随分評価してくださっていますね」
ふぅ、とクラーラは嘆息する。楽はさせてもらえないらしい。
クラーラに匹敵する使い手はいないようだが、それでも数は厄介だ。
それはひとつのミスを、致命傷に広げてくるだけの力を持っているのだから。
「ならば、受け流すよりも剣圧で圧す方向で行きましょう。
……きららさんの力、無駄にはしません」
クラーラを追い越して、飛燕剣二振りが風を裂く。
切先を真っ直ぐに敵に向け、立ち塞がる何人をも突き穿たんとする。
妖怪人たちは真っ向からそれを向かい撃った。
大きく刀を振るい、広範囲を薙ぎ払うことで飛燕剣を払いのけようというのだ。
だが、飛燕剣の冴えはそれを上回る。
まるで剣客が握っているかのように、その太刀筋を縫い、2体の喉笛を刺し貫く!
ぱっと青黒い血が吹き出した。糸が切れたかのように、妖怪人が倒れた。
その血風を裂いてクラーラが飛び出した。
跳躍しながら1体の妖怪人の懐深くに飛び込み、縦一閃。
受けようとした刀もろとも、妖怪人を両断してのける。
「今だよ! 同士討ちも構うな、全員で斬り伏せな!」
妖怪人たちがクラーラの周囲を取り囲むと、そのまま一斉に斬りかかる。
まるで開いた刃の華が閉じるかのようだ。
それを逃れるすべはないと思われたが。
「今の私ならば、このようなこともできるのです」
クラーラはまっすぐ上方へと跳躍すると、|虚空を蹴った《・・・・・・》。
彼女の跳躍は大きく後方へと向きを変え、刃の群れをすり抜けていく。
きららの魔法による空中ジャンプだ。
一撃をかわしきれず頬が裂けるが、それもまた魔法の再生能力の前に屈し、一瞬で跡すらも残らず塞がってしまった。
さて、クラーラは更に空を蹴って上空に舞い、高度を取った。
飛燕剣がそれを追い、クラーラの後方で双子の月のように控える。
「ここは押し切るべきですね。宵燕、影燕」
その銀の軌跡がぐにゃりと歪むと、別の姿へと変じていく。
銀の輝きは藍色へ、柄は|鰭《ひれ》に、刃は牙に。
そして現れたのは、巨大な|鯱《シャチ》。
それはクラーラの周囲を回遊しながら、眼下に蠢く妖怪人たちを睨めつけた。
獲物を狙う捕食者の目で。
√能力【|静眼・双牙《オルカ》】。
二振りの飛燕剣を鯱に変じ、敵を喰らい尽くす√能力である。
空を泳ぐ捕食者は、それだけで脅威の一語……!
「これから逃れられますか? 行きなさい」
クラーラの号令一下、鯱が妖怪人たちに踊りかかった。
その体長は7m、体重は4tにも達する巨大な海獣だ。
それが空を飛び、襲いかかるのだ。妖怪人たちにとってはたまったものではない。
鰭を振るう度に犠牲者が空を舞い、顎が閉じられる度に真っ二つになる。
更には、その間隙を縫って再びクラーラも飛び込んだ。
鯱の影を巧みに用いて自らを隠し、あるいは牙を並べて共に突っ込む。
1人と1頭の連携プレイに、たちまち妖怪人たちは大混乱に陥った。
そしてこの時、もうひとつの力が牙を剥こうとしていた。
「六界の使者たる精霊達よ……」
それはエアリィの詠唱であった。
一度はムラサメの標的になりかけた彼女だが、エマとクラーラの追撃によってそれを逃れ、ついには詠唱を完全に唱えきるまでの時間を得ることに成功していたのだ。
周囲のインビジブルたちが次々とエアリィのもとに集い、精霊へと変じていく。
それは渦を巻き、あるいは蛍のように乱れ舞い。
6つの力となって、エアリィによる解放の時を待っている……!
「……集いて力となり、我が前の障害を撃ち砕けっ!
エマさん、クラーラさん、おっきなの一発、行くよっ!」
限界を突破するまで溜められた魔力を背景に、巨大な力が、今、解き放たれる!
「【|殲滅精霊拡散砲《ジェノサイド・エレメンタル・ブラスト》】! さぁ、纏めてふっ飛べーっ!」
轟、と世界が震えた。
エアリィを起点として解き放たれた√能力【殲滅精霊拡散砲】。
それは、無数の魔力弾となって戦場に突き刺さる。
ある者は一撃を受けて消滅し。
ある者は手足を撃ち抜かれて行動不能となり。
ある者は主を庇って斃れ。
ある者は余波のみで吹き飛ばされ、動かなくなった。
きららの魔法の後押しもあり、精霊の力が吹き荒れた後の戦場には、ただムラサメが立っているだけ、という状態になっていた。
「今だよ二人ともっ! やっちゃって!」
「はい、ここで倒し切ります」
「もちろん、もう一曲聞いてもらわなきゃね!」
無人の野となった戦場を、クラーラとエマが疾駆する。
目標は勿論一人。ドクター・ムラサメ……!
「まさか、これだけの妖怪人を倒し切るなんてね!
ああ、まさかあたしが敵を見誤るなんて思ってなかったよ……」
クラーラの鋭い剣技と、エマの重いキーボードが狂科学者に叩きつけられ。
ドクター・ムラサメは倒れ伏すのだった。
●少女たちは雷鳴に走る
ドクター・ムラサメ。
妖怪研究と、その因子を取り込んだ改造人間「妖怪人」の権威であり、悪の狂科学者。
単身をもって「研究所」と名乗るのも、秘密結社プラグマ及びその影響下の悪の組織の禄を食もうとしないのも、彼女の自負と誇りの現れだ。
その彼女が戦場に現れた以上、そこに油断はありえないのだが……。
「なるほど、それがあんたの魔法か。予想外にも程があるよ、これは」
星空に目をやり、ムラサメは皮肉げに肩を竦めた。
その瞳の先には、今にも落ちてきそうなほどキラキラと輝いた星空。
端とは言え、東京で見れるはずもない空の|貌《かお》だ。
(恐らく、これは√能力じゃない。 言ってみれば|ただの魔法《・・・・・》。
にも関わらずこの規模はなんだい?)
綺麗な星空の下、ムラサメは必死に頭脳を回転させていた。
一方、敵対するEDENたちの方はというと。
「体が、軽いです……!」
「それに、胸の奥から力がこみ上げるようです」
「あれ、もしかして今の私、ゲームみたいなことができるんじゃ?」
架間・透空(|天駆翔姫《ハイペリヨン》・h07138)。
神隠祇・境華(金瞳の御伽守・h10121)。
真心・観千流(最果てと希望を宿す者・h00289)。
3人は三者三様の言葉で、自らの身体に満ちる「力」を感じていた。
ムラサメが何も分からなかったのも道理。
この星空はきららの心象風景であり、彼女が味方と認識した者にしか力を貸さない。
敵であるムラサメに、それを観測できる道理などないのだ。
その事実は、力を享受するEDENたちがよく知っていた。
「はぁ……はぁっ。私も、できたよ。魔法」
きららは大魔法の発動で体力を消費し、荒い息をついていた。
ですが、それでも、彼女は手を掲げ……|親指を掲げてみせる《サムズアップ》。
やり遂げた、そう言っているのだ。
そんなきららの両手を、もう感極まる直前という表情の透空が掴んだ。
「ありがとうございます、きららさん!とっても、嬉しいです!
今日、いっぱいお星さまの話をした『お友達』に力を貸してもらえるなんて、こんなに心強いこと、ありませんよ!
……一緒に、支え合いましょう!」
にっこりと、陽だまりの太陽のような温かい笑顔を向ける。
それを自分に向けてくれているのが、きららはたまらなく嬉しかった。
「うん……! 私も一緒に支える側に回れるの、ほんと嬉しい!」
きららの瞳がほんの少し潤む。
泣くのは全部終わってからと決めているが、それでも笑顔と涙が零れそうだ。
「きららさん」
「うん」
視線を向けてきたのは境華だ。
背筋をぴんと伸ばした姿勢の良さで、彼女ははっきりきららに言った。
「あの時、星のお話を聞かせてくださった貴女が、今こうして私達へ力を貸してくださること……とても心強いです。
半歩でも、一歩でも、貴女はもうちゃんと前へ進んでいます。
ですから今は、どうか無理をなさらず。
ここから先は、私達にも支えさせてください」
きららはその言葉に暖かいものを感じる。
寄り添ってくれること、そして一緒に前に進んでくれるのだと。
だから、きららは確りと視線を向けて、境華に答えた。
「うん、一緒に。どっちかだけじゃない、お互いを……!」
境華はほんの少し頬を緩めると、きららに頷いてみせる。
背を預け合うのだと、そういう意味を込めて。
一方、そうした姿を見た観千流もまた、うんうんと頷いていた。
「その様子ならもう大丈夫そうですね」
「……うん。観千流の、みんなのおかげ。
今ならきっと、たとえ日常に戻っても、色々と向き合えそう」
きららの口からそういう言葉が出たことに、観千流は内心喜んでいた。
今なら自分の瞳とも、学校のクラスメイトとも、向き合って先に進むことができる。
だから、もうひとつの言葉を彼女は贈ることにした。
「私とは違ってきららちゃんの瞳はご先祖様との繋がりです。
大切にしてあげてくださいね」
「……うん! 大事にするよ。そして、いつか好きになりたい!」
きららはそう言い切った。大きく頷く。
その姿に、観千流はきっと彼女は自分の目を好きになれると確信するのだった。
「さてそれでは、星の力を合わせましょう!」
「まあ、しょうがないねえ。その魔法の力をあたしが観測できないのは残念だが、それでもあたしの√能力であれば、どうにか切り抜けられるだろうさ。
しかし、EDENってのは興味深いねえ……」
彼女は羽織ったコートのポケットから使い込まれた研究手帳を取り出した。
背表紙にはペンも挟んである。
ムラサメはそれをぱらり、とめくる。内容は妖怪人の研究結果のみならず、自分の観測した系統の違う√能力など、多岐に渡っているようだ。
それをめくるたび、徐々にムラサメの瞳に剣呑な光が宿る……!
「どうにか、その力の秘密を……!」
「おっと、そうはさせませんよ! ここでトラップカードオープンです!
古来より変わらぬ輝きの力を、今ここに!」
観千流の手から、一幅の羅紗がばさりと星空にはためいた。
その知識が織り込まれた複雑な文様は、きららの召喚した星空と重なり合い、補い合うことで、真の魔術……天体式羅紗魔術となるのだ。
刻まれていたのは北斗七星。その力が、観千流に降臨する……!
「私の羅紗魔術ときららちゃんの魔法を合わせれば、こんなこともできるのですよ……!」
まるで疾風のように、観千流はムラサメの懐へと飛び込んだ。
その貫手が、真っ直ぐムラサメに向けて伸びる。
羅紗魔術による強化と、きららの魔法の身体強化が相乗効果をもたらし、その様はまさに一本の槍と言うべき、恐るべき冴えへと昇華される……!
「なっ!? 改造もしてないのになんて速度……!」
慌てて回避行動を取るムラサメ。
熟練の√能力者だけはあり、手慣れた動きは急所への直撃を的確に避けるもの。
だが、それ故にそれ以外への対処は遅れる……!
「しまった、あたしの研究手帳!」
貫手に引っ掛けられ、手にした研究手帳が遠くへ弾き飛ばされてしまったのだ。
それを取るとなれば、多大な隙を晒す必要がある。
もはやこの交戦で回収することは叶うまい。
「よっし、邪魔なものは排除しました! それ、√能力の必要アイテムですよね?」
「くっ、見切られてたかい……」
ちっ、とムラサメが舌打ちをした。
そう、研究手帳はムラサメの√能力【「その能力、興味深いねぇ」】のトリガー。
ムラサメが妖怪研究の記録と、研究にかける情熱と融合することで狂科学者モードになるには必要なアイテムなのである。
最初から観千流の狙いは、それだったのだ。
√能力【|レベル1兵装・羅紗星図《ミスティック・スターホイール》】。
あらかじめ仕込んだ羅紗魔術と、それに繋がる何らかの因果関係をもって、敵の行動に失敗を強いる√能力である。今回の強化された貫手は、その結果に繋がる因果の一撃だったというわけだ。
そして、彼女は二丁の疑似精霊銃を構え、背に無数の|叢雲《レイン改》を従える。
観千流は不敵に呟いた。
「今の貴女には見えるでしょう……七つの星の傍に輝く死兆星が!」
そのまま至近距離に踏み込み、彼女は火力を最大投射する!
放たれるハッキング弾が命中する度、ばちり、ばちりと音を立て着弾点が弾ける。
生体電気による信号の増幅及び暴走により、ムラサメの体内から打撃を与えているのだ。
「これもまた星の技ですよ……グッバーイ」
「いや、まださ……! あたしも√能力者だ。この程度で落ちやしないよ!」
幾多の打撃を受けつつも、ムラサメは立ち上がった。
若干の脂汗は浮いているが、それでも立つのは大したものだと言える。
「あ、死兆星は元来北斗七星近くのアルコルって恒星だけど、あれは古代には視力検査に使われたという、そもそも見えない方が老眼で危ないって星なんだ。もちろん、あたしは見えてるよ」
「あ、そうなんですか?」
「反応薄っ……! マジレスしたあたしが馬鹿みたいじゃないか!」
ムラサメはぎりりと奥歯を噛み締めた。
「観千流さんが流れを切り開いてくれた、今が好機ですね。
連携してい行きましょう、透空さん」
「はい、境華さん! 行きましょう!」
境華と、再度ハイペリヨンに変身した透空が並び立った。
境華の手には、これまで使っていなかった一丁の小型の銃が握られている。
名を羅紗銃「綴り」。羅紗魔術と御伽使いの技を応用した一品物だ。
銃身に薄っすらと浮かび上がる魔術文様と、象嵌されたのか、グリップに咲く花々が美しい。
芸術品とすら言える銃、境華はその引き金に躊躇なく手を掛けた。
「まずは私が牽制します。透空さんはその隙に準備を」
「了解です、お願いします!」
透空が飛び退ったのと同時に、境華はムラサメに向けて羅紗銃を放った。
軽い音を立てて、上下二連の銃身から弾が放たれる。
「そんなおもちゃであたしをやろうなんて、舐められたものだね……!」
「舐めているのは貴女です。私の物語は見た目通りではありませんよ」
「……っ!!!」
その言葉に不吉さを感じたのは、横っ飛びになり回避を試みるムラサメ。
辛うじて避けたその銃弾は、後方の地面に突き刺さると、ボンという大きな音を立てて炸裂した。ぱらぱらと芝と土の欠片が落ちてくる。
そう、この銃は物語を応用した銃弾を放つ。
言うなら小型の魔術媒体であり、術者次第でいかなる効果の銃弾も放てるのだ。
例えば、先の弾種は炸裂弾で、その威力は大型拳銃のそれに匹敵する。
誤りはムラサメの方にあったと言えるだろう。
「なるほど、あたしが舐めていたのはよく分かった。
じゃあ、あたしも真打を投入するとしようか……出番だよ、妖怪人たち!」
ムラサメの影がさあと広がり、巨大な暗黒のプールになった。
そして、そこから腕を突き出し、這い出すのは、√妖怪百鬼夜行の妖怪たちを怪人風にカリカチュアしたような異形の怪人……妖怪人だ。
普段は別位相の空間にある秘密基地で待機している彼らは、ムラサメその人の影を媒介として、現世にその姿を表すのだ。
その数、実に75体……!
自ら生み出した軍団を見やりながら、ムラサメはにまりと笑った。
「さあ、ここからは大人の時間だ。お嬢ちゃんたちはそろそろ寝る時間だよ」
「いいえ、物語はここからが佳境ですので。そう言わず聞いていってください。
……透空さん!」
「はい、境華さん! お待たせしました!」
そう、ここまではあくまで牽制、そして時間稼ぎ。
境華の立つ後ろでは、透空が√能力の準備を整えていた。
その背には、無数の燦めきが滞空している……!
「──本日の天気、曇りのち雨」
√能力【|天色管理機構『雨』《ハイペリヨン・レイン》】。
大気中の水分を凝縮させ、ウォーターカッターとして射出する√能力である。
大規模故に、発動にはいささか時間はかかるが、精密性に優れたジェット噴流は、非常に細かく敵を寸断することができる……!
「されど、今宵の|月光虹《ムーンボウ》は
星空のように、綺麗に輝いているでしょう!」
さながらアイドルが背負うスポットライトの光束のように、【天色管理機構『雨』】によるウォータージェットが放たれた。
妖怪人の数体が即座にムラサメのガードに入る。
だが、水の刃はまるでバターを割くように、あっさりと強化された肉体を両断する!
水に混じって血しぶきが上がり、ただの肉塊となった妖怪人たちが崩れ落ちた。
「くっ、こちらの防御は無意味かい……。
だが、それでもこの数と質なら突破することも!」
「いいえ。貴女はもうここから動けません。透空さん的に言えば。
――本日の天気、雨のち雷雨、というところです」
その時、にわかに無数の黒雲が空に現れ、星星を覆い尽くした。
雲とともに現れた風は逆巻き、うねり、その内部のものを暗示するように鈍く光る。
黒雲からはやがて雨が落ち、雲の表面には電光が伝い始めた。
「物語を我が手に、雲海を統べし嵐神よ、その雷霆の一撃を、いま我が手に宿したまえ」
そして境華の詠唱とともに、雨は暴風とともに逆巻き、雷は吠えたける。
これぞ√能力【|御伽「リグ・ヴェーダ 雷霆万鈞ノ章」《インドラ》】。
それは古き神々の王にして雷神インドラの物語。
味方には疾走する風の加護を与え、敵は雷鳴の神罰で打ち据える物語……!
「星空に嵐は、少し申し訳ありませんけれど。
そうやすやすと、新しい光を奪わせはしません」
雷鳴が鳴り響き、次々と地に突き立つ。
その度に妖怪人たちは吹き飛ばされ、あるいは黒焦げになっていった。
「大丈夫です。きららさんも笑って……かは微妙ですけど、許してくれます!」
引きつったきららの顔を想像しながら、透空は|雷神《インドラ》の物語に、|水刃《ヴァルナ》を混ぜ込む。
運よく神雷を回避した一体の妖怪人の首が飛んだ。
そのまま血を雨に洗い流しながら、どうと倒れ、消滅。
嵐の雨粒に混じったウォーターカッターが、敵を両断したのだ。
「ちっ、ここまでかっ……!」
ムラサメは、√能力で身を隠そうと試みる。肉眼以外のあらゆる探知を無効化するそれは、アンブッシュや、こうした退却には都合の良い代物である。
だが、事態は既にそれを許さない。
探知を無効化しても、もはや境華と透空の√能力は範囲攻撃。
あらゆるものを吹き飛ばす局面においては、もはや無意味な能力と化していた。
「くっ、こんなところでやられるってのかい……!」
「はい、私はあなたを越えていきます! きららさんの輝きを、守る為に!」
その時、ムラサメの頭上が白い光に覆われ。
落ちてきた雷とウォーターカッターが、残存の妖怪人もろともムラサメを打ち据え、吹き飛ばしたのだった。
●錬金騎士は赤雷と星見をするか
「貴女が今回の黒幕なわけ? 魔法少女捕まえて何をやる気だったのかしら?
変質者って訳でもないわよね?」
ドクター・ムラサメと対峙しながら、エレクトラ・テスタロッサ(赤雷の精霊・h03015)は油断なく金の瞳で睨みつけていた。
だが、ムラサメは暖簾に腕押しと言わんばかりに肩を竦める。
小さく頷きつつ口元を釣り上げた。
「そりゃそうさ。でなきゃこんなところ来るわけないだろう?
フリーランスは、色々と立場が弱くてねぇ。
あと、あたしは男だろうが女だろうが子供に手を出す趣味はないよ。覚えておきな」
ニヤニヤと笑いながら、やれやれと呟く。
その態度には、どこか余裕のようなものが感じ取れる。
「フリーランスか。クライアントは誰だと尋ねても、守秘義務で言えないか?」
腕を組みながら言うのはヴォルフガング・ローゼンクロイツ(螺旋の錬金術師|『万物回天』《オムニア・レヴェルシオー》・h02692)。当然ながら表情は厳しい。
まあ、顔は装備する錬成外骨格『魔狼』のマスクに隠されているのだが。
「そういうこと。うちは特にそういうのは厳しくてね。
……あたしだって好きでやってるわけじゃないんだ。本当だよ?」
値踏みするようにヴォルフガングの顔を覗き込むムラサメ。
見ようによっては媚態に見えるかもしれない。
その姿が面白くないのか、エレクトラはふん、と鼻を鳴らした。
「まあ、どっちにしろ、碌でもないのは確定でしょうね」
何気ない毒づきだったが、どうやらムラサメの気には触ったようだ。
周囲から、残存した量産型妖怪人たちが次々と集まってくる。
あっという間に、ムラサメはその人垣の向こうに姿を隠してしまった。
「まあ、そうまで言われちゃ仕方ないね。碌でもないなりに足掻かせてもらおうか。
こちらにも事情はあるんでね!」
ムラサメの声に応じ、妖怪人たちが各々の武器を構える。
鉤爪、日本刀、薙刀、|鉞《まさかり》……。
だが、それに動じることもなく、ヴォルフガングは重々しく首を横に振った。
永久氷壁のように、傲然として言い放つ。
「そちらに事情があるにしろ、看過出来ないのさ。
√能力、封じさせて貰うぞ」
そう言うと、ヴォルフガングは胸の前で拳を打ち合わせた。
それを合図に『魔狼』に搭載された賢者の石が起動、空間を音なく振動させ始める。
それに合わせて、ヴォルフガング自身の心臓も力強く鳴動する。
あるいは、それは共鳴と言うべきかもしれない。
共鳴はやがて臨界点に達し、その中心点――すなわちヴォルフガングの心臓――以外からの異能、√能力を阻害する響きとなるのだ。
「√能力を封じるだって!? そんな馬鹿なことがあるかい!」
ムラサメが胸を押さえながら叫んだ。
試しに自分の√能力である、量産型妖怪人の更なる出現を試みるが。
「確かに、あたしの研究室に繋がらない……! 出鱈目な!」
先のようには、影が広がっていかない。
ゲートとして形成できていないのだ。
これでは、ムラサメ最大の戦力である、妖怪人の補充はできない……!
「行くぜ、エレクトラ! 此方の研究成果も出してやる。俺も技術者だからな」
「了解! ヴォルフ、さっさと片付けるわよ!
きららちゃん、力を貸してくれるの? 助かるわ!」
きららの加護に背中を押され。
二人の手の中で、魔導機巧錬成剣|『終極淵源』《アゾット》と魔導機巧杖|『光刃金枝』《ミストルティン》が鳴り、主たちは敵を倒すべく地を蹴った。
「まずは、これでも受け取ってもらおうか」
ヴォルフガングの手に現れたそれを、彼は軽く放り投げた。
それは敵の頭上に飛んでいくと、キン、と超高音を立てつつ光を放つ!
音響閃光弾である。
妖怪人の中には匂いなどで周囲を識別している者もいるため、全てが効果を受けたわけではないが、目や耳に頼る者への効果はあったようだ。
戦線のあちこちにほころびが生まれる。
それへ向けて、ヴォルフガングは詠唱を開始する。
『虚空に描く鋼の星図。多相演算の果て、沈黙の閾を超えし銀の獣。
即ち群狼。捕食の刻、観測せん!
ウルフスルーデル・ベシュヴェールング!』
ヴォルフガングの背後から無数の影が飛び出した。
それは魔導機械の狼。魔導機巧獣|『群狼』《ウルフスルーデル》。
ヴォルフガングの√能力【|群狼招来《ウルフスルーデル・ベシュヴェールング》】によって放たれた存在だ。
だが、妖怪人の多くはその姿を認識できなかった。
彼らが身を包むのは光学迷彩。視覚は欺かれてしまうのだ。
一部は認識できたようだが……それはヴォルフガングの予想の内。
「まずは魔導機関銃で動ける者を集中射撃。その後は電磁クローで喉を掻き切ってやれ」
標的になったのは嗅覚などに長けた妖怪人だ。
魔導機関銃の標的となった彼らは、見る間に数を減らしてゆく。
こうした妖怪人を残しておけば、『群狼』への対処が早まる可能性があるためだ。
これをあぶり出すために、音響閃光弾が用いられたのである。
そして、彼らが倒れてしまえば、もはや『群狼』の敵ではない……!
目と耳を潰された妖怪人が、次々となぎ倒される。
それでも動くものはいたが。
「赤雷よ、薙ぎ払えっ!」
エレクトラが『光刃金枝』をサイズ形態に変形させ、薙ぎ払った。
刃は自身の精霊力によって途中から赤雷に変じ、複数の妖怪人を焼き尽くす。
血路が拓かれる。
さながら無人の野となった戦場を、ヴォルフガングとエレクトラは更に走った。
目標はドクター・ムラサメその人のみ。
「味なマネを! だが動ける妖怪人はまだいるよ!
タイプ:阿形! タイプ:吽形! 出番だ!
悪の道だからこそできる研究成果、見るがいいさ!」
ムラサメの号令一下、控えていた2体の大型妖怪人が動き出した。
羽衣を纏い、金剛杵を握った姿は、さながら護法の戦士たる金剛力士の如し。
彼らは音響閃光弾のダメージも感じさせず、急襲をかける。
だが、ヴォルフガングは動じなかった。
「なるほどな。では次の研究成果はこれだ。
悪の道に行かねば、研究が進まないとか。そんな言い訳、才能が足りない証拠だな」
唇から、詠唱が流れ始める。
「錬成陣展開!影は囁き、ルーンは起動を告げる。
主命に応じ、秘められし姿を現せ。
|『朧』《ラウネン》、|招来《ベシュヴェールング》!」
駆けるヴォルフガングの隣に召喚されたのは、錬成機忍『朧』。
忍者を思わせる自立型機動兵器である。
√能力【|機忍・朧招来《マシーネンニンジャ・ラウネン・ベシュヴェールング》】によって召喚されたのだ。
錬成機忍は忍者刀を構え、主と並び立ち、走る。
向かう二体の大型妖怪人に向けて。
「エレクトラ、片方は任せる。もう片方は俺と『朧』で」
「了解! 任せておきなさい!」
そう言うと、エレクトラは大型妖怪人、吽形の方へと向かう。
自身の魔力をもって飛行することのできるエレクトラだが、今日の速度はいつも以上。
きららが使った星空の魔法のブーストが効いているのだ。
その力をもって、サイズ形態で吽形へと斬り掛かった。
だが吽形も弾く。膂力は強化込みで互角だろうか。
一合二合と撃ち合う度に、金属とエネルギーのぶつかるスパークが弾ける。
「けど、その図体じゃ私は捉えきれないでしょ!」
エレクトラの機動が鋭くなる。
旋回だけではなく、空中ジャンプによる急激な角度変更も織り交ぜながら、隙を見つけ――いや、無理矢理こじ開けていく!
金剛杵を大きく弾かれ、がら空きになった胸へ、スピア形態の刃が突き刺さる。
妖しの心臓を貫かれ、吽形はついに動かなくなった。
ここで、ヴォルフガングと『朧』、阿形の対決に目を向けよう。
ヴォルフガングたちと阿形は、ほぼ互角に切り結んでいた。
『終極淵源』の剛剣を払い、『朧』の電磁刀を受け流す。
一方で金剛杵の連続攻撃をヴォルフガングはすべて受けきり、『朧』の攻撃に繋げる。
一瞬から一瞬への細いタイトロープとも言える戦い。
だが、それも所詮は阿形が攻勢限界点に達するまでに過ぎなかった。
「『朧』、分身殺法だ」
ヴォルフガングの指示とともに、『朧』の影が複数に分かれた。
複数の影は蜘蛛糸のように広がると、あらゆる角度から急襲をかける。
もはや疲弊を見せつつあった阿形には、対応するだけの力は残されていなかった。
あっという間に全身は電磁刀による刀傷だらけになる。
「『終局淵源』よ、雷を刃と成せ」
雷そのものであるヴォルフガングの一刀の前に、阿形は両断され、そのまま内部から焼き尽くされるのだった。
「馬鹿な、阿形と吽形までやられるのかい!?
ヒーロー気取りが!」
配下を失ったムラサメが毒づく。
だが、そんな彼女に電磁ワイヤーが絡まり、締め付けた。
エレクトラの放ったものだ。
「私とヴォルフは、ヒーローじゃなくて、冒険者だから。
甘い結果にはならないわよ。依頼は遂行するわ」
……こうして、ドクター・ムラサメは倒されたのだった。
倒したのだが。
「エレクトラとの約束も守らないとな」
ヴォルフガングはぽつりと呟いた。
戦いの前、ヴォルフガングはエレクトラと「星見をする」と約束をした。
感情表現を欠落させたヴォルフガング。
だが、周囲がそれを計り知ることはできないだけで、エレクトラの事は大事なのだ。
約束は守るつもりだった。
だが、その時にどうするべきか。
それは本人すらまだ分からないことだった。
●翼の少女は花を告げる
地上で起こる喧騒。怒号。激突。
それらをよそに、なおも星星は輝き、煌めいていた。
何千何万という人の尺度では測り知れぬ歳月を、僅かに揺れ動きながらも変わらず地上に光を投げかけきたのだ。
そして、その星星に背中を押された者もまた、存在する。
「先へと進む力。それは私にとって希望に他なりません」
そう、弓槻・結希(天空より咲いた花風・h00240)にとってそれは希望。
かつての天上界はそれを永遠に失ったが、地に満ちる人々は未だ確りと持っている。
それならば、もっと先に、一歩先にでも進んでいけるのだと信じているのだ。
「この星空のように、悠久の時を輝き続けるのはひとの心」
まして、今の結希はこの満天の星空もまた、そうしたひとの心の産物であることを、痛いほど知っている。
今よりも先へ進みたい、と願った少女の顔を、知っている。
だから。
「私とて臆すことなく――星空の魔法が誰かを助け、また助けられて進む一歩目を示しましょう」
結希は蒼穹剣『レガリア』を鳴らし、自らもまた先へ進む決意を示した。
「またEDENどもが来たかい……!
ならば間断なく攻め立てな! 奴らは数に限りがある、疲れを誘うんだよ!」
ドクター・ムラサメは無数の妖怪人たちに矢継ぎ早に指示を下していく。
この地に現れたEDENは同時に1人~最大3人。
いくら彼らが一騎当千の強者揃いとは言え、所詮は一人のヒトにすぎない。
限界はあるのだ。
「ならば、極限まで消耗戦を強いて、疲労の極地に達したところを叩く!
なに、あたしの妖怪人の物量ならばできるはずさ」
ムラサメは、自らの手勢の長所をよく知っていたと言えるだろう。
幾多の英雄を呑み込んだ消耗戦の泥沼を、自ら展開する道を選んだのである。
そのプランが十全に発揮されていれば、どんなEDENでも危なかっただろうが。
「無数に顕れる妖怪人を全て相手になど出来ません」
結希には、それに応じる気など微塵もなかった。
細い脚が地を蹴る。|背《せな》の翼が広げられる。
星空からの力が、意志が、後押しをしてくれる。
そして、結希は宙を舞った。
いや。
「飛んだぁっ!?」
頭上を見上げながら、ムラサメは素っ頓狂な声を上げた。
そう、白い翼を大きく広げ、結希は|飛んでいた《・・・・・》。
地に満ちる妖怪人の爪牙を躱し、生き足掻く狂科学者も振り切って。
セレスティアルが時に喩えられる天使のように、優美に空を翔けていたのである。
無論、セレスティアルが自らの力だけでそれを成すことはできない。
きららの魔法の加護を交えて、成し得たことだ。
身体強化を得た翼は、加速を受け止めて自由に「飛翔」を制動することができたし、魔法の加護は普段の結希なら絶対不可能な機動をも可能としていた。
「囲め囲め! セレスティアルなんざ所詮デカい鶏!
たとえ飛んだとて自由に飛ぶことなんざできるもんかい!」
どうして異なる√の知識を得ているのか、ムラサメが新たな指示を下した。
飛翔する結希の予想到達地点付近に、無数の大型妖怪人を壁のように配置する。
その配置は「結希の飛行が一直線的な滑空に近いもの」というドクター・ムラサメの予測が元になっていた。急制動などの戦闘機動めいたことはできないと踏んだのだ。
それは並のセレスティアルなら、図に当たっていたかもしれない。
しかし、ムラサメは大きな読み違えをしていることに気づいていなかった。
「そう、今の私にはきららさんの助けがあります。今一歩、空へ!」
結希は|何もない空を蹴る《・・・・・・・・》と、大型妖怪人の目前で90度も角度を変えて上空へと飛翔したのだ。
星空の魔法で付与された、虚空を足場とする空中ジャンプの力である。
その跳躍は妖怪人の太腕をすり抜け、鉤爪が空を切る。
異常に気づいた別の妖怪人も飛び上がり、腕を伸ばしたが、更なる空中ジャンプがまた別の角度へと結希を逃れさせ、これも不発。
その様はまさに立体機動と言っていいもので。
こうしてムラサメの読みは外れたのである。
「さて、ここからは反撃と参りましょう。
空に咲いた花、流れた風よ――」
空に舞った結希の全身に、風が流れ始めた。
風には色とりどりの美しい花びらが乗り、風の形を顕にしている。
そして、纏った|微風は旋風に、旋風は颶風に。
風は美しい花を抱えたまま、その鋭さを危険なまでに増していくのだ。
これぞ√能力【|神秘の花風剣《ミスティック・ブレイブ》】。
その効果は……いや、すぐに分かる。
「どうか、この剣をお導きください……!」
結希は上昇の軌道を反転させ、下降に転じた。
その速度はみるみる上昇していく。重力の分を加味しても計算が合わない。
そう、風。
結希が【神秘の花風剣】で纏った風が加護となり、速度を増しているのだ。
更に空を蹴り、その速度は普段の結希の限界を超える。
魔法と√能力、二つの力が重なり合って、結希は嵐風となった。
余波の風だけで、数体の妖怪人が吹き飛ばされる。
「まだです。次はこの剣……!」
結希の剣先が、神速をもって大型妖怪人の一体へと伸びてゆく。
だが、妖怪人も決して木偶の坊ではない。
手にした青竜刀の腹を顕し、正面から受け止めようとする。
「――と、思いましたか?
本命は、こちらですよ」
手首が閃くと、剣先が急激に揺れ動いた。
青龍刀と激突するはずだった剣先は引き戻され、妖怪人は虚を突かれてしまう。
一瞬の油断にしか過ぎないが、この攻防においては致命的。
戻ってきた剣は斬撃と変じ、妖怪人の腹を横薙ぎにする。
花風を纏った蒼剣の前に、大型妖怪人は力尽き、どうと倒れた。
その向こうには、ドクター・ムラサメその人が単独で立っている……!
ぎりりとムラサメは歯噛みをした。単純に呼べる位置には妖怪人がいないのだ。
「単騎あの軍勢を抜けるのかい……! ようか――」
「させません。一連の禍、ここで斬り伏せます」
持てる全力をもって、結希は跳躍した。
未だ距離は十歩以上。剣を振るうにはいささか遠い位置だが。
(ここは詰めます。詰めてみせます。
あの手合は逃がせば新たな災いとなる。その前に……!)
跳躍と羽ばたきにより、十歩の距離が見る間に詰まってゆく。
そして、手の中で花風を纏う蒼穹剣『レガリア』。
その刀身に新たな光が……蒼雷が宿り始めた。
のたうつ竜のような電光を走らせながら、花風と蒼雷はひとつとなる。
そう、これが√能力【神秘の花風剣】最後の効果。
必殺、あるいは必滅の奥義【魔法剣・花信風】を使用可能とするのだ。
「この一撃、この一陣。一歩目の確かな足跡に……!」
「追い越せない、やり過ごせない……!
あたしが、誰かの礎になるだなんて……!!!」
そして、初夏の花を告げる、一陣の風が戦場に流れていって。
力尽きたドクター・ムラサメは、その場にどうと倒れるのだった。
●そしてEDENは希望を描く
「なんて奴らだい……! あたしもとんでもない不良物件掴まされたもんだよ!」
EDENたちに追い詰められながら、ドクター・ムラサメは毒づいた。
彼女がこの案件に参加したのは、秋の組織らで構成される闇社会内での力関係の兼ね合いというのもあるが……究極的には、魔法少女という新たな被験体のデータを得たいがためだ。
未知の力を振るいえるとは言え、所詮は√能力者ならざる者達。
借りたデザイアモンスターともども、最終的には妖怪人のデータにする。
そう考えていたのだが。
「だがEDENの介入なんてね。正直やられすぎた。
このままじゃ、あたしの研究成果も台無しだ……!」
そう言うと、ムラサメは一冊の手帳を取り出す。研究手帳だ。
今回の魔法少女現象で得られたデータを刻んだ、一品物である。。
既にその手帳にはあちこち真新しい傷が刻まれ、無惨な有様になっていたが。
√能力者は、死んでもインビジブルから蘇生ができる。
事実、ドクター・ムラサメはこの戦場で何度も倒されているが、その全てで蘇生し、すぐに戦場に舞い戻ってきていた。
だが、それはひとえに幸運であったからに過ぎない。そしてそれが続く保証はない。
一度遠隔地に、最悪別√に飛ばされてしまえば、二度と研究手帳の回収は叶わない。
それでは、ここまで魔法少女現象に関わった意味がなくなる。
「何としても切り抜けるよ。
あたしの更なる研究の発展のために……!」
ムラサメの目が爛々と輝いた。
「研究成果、ですか」
御厨・プシュケ(自慢の|娘《さくひん》であるために・h10724)は、ドクター・ムラサメの言葉に、引っかかるものがあったのか、顎に指を当てて考え込む仕草をする。
「生い立ちを思えば、私自身も研究成果と言えなくもない立場です。
……故に、そうして生まれたものもまた命であり、尊重されるべきものであると知っています」
プシュケは、とある√において生み出された|少女人形《レプリカント》である。
父たる御厨男爵は心血を注ぎ、娘の再来を期待して彼女を創り上げた。
それは神ならぬ者によって創造された被造物。
その一点においては、ムラサメの繰り出す妖怪人とさして差はないと考えている。
譲歩が可能であれば、それも考えたかもしれない。
だが、それは結局ありえぬことに過ぎない。
何故なら。
「……本音を言えば、真っ当な社会的地位を得ていて、|娘《サクラ》を救うのに必死だっただけのお父様と、日銭稼ぎの医者紛いを同列にしたくはありませんが」
創造者の精神性には大きな差があると、プシュケは感じていたのだ。
娘のサクラを救うべく、機械をもって娘を再誕させる道を選んだ父、御厨男爵と。
矜持こそあるものの、被造物を闇社会でのし上がる道具として使い潰しているドクター・ムラサメ。
同列で語るなど、烏滸がましいにも程がある。
故に、躊躇も容赦も一切するつもりはなかった。
一方、ルクレツィア・サーゲイト(世界の果てを描く風の継承者・h01132)も、戦場たる公園でドクター・ムラサメと対峙していた。
彼女は、プシュケと違ってムラサメの背景に思い入れがあるわけではない。
だが、ムラサメの眼鏡に隠された双眸を見つめた時、そこに秘められた「本性」のようなもの、その一端に触れたような気がして、背筋を震わせた。
「ドクター・ムラサメ、相対するのは初めてだけど何となくわかる。
コイツは感情抜きにして平気で人を貶められる。
放っておけば間違いなく次の不幸な犠牲者が生まれる……! 絶対に止めるわ!」
それは、自由人としての本能か、それとも絵を志す者の洞察力か。
ルクレツィアが見たものは「粘度の高い妄執」とでも言語化すべき代物であった。
望まぬ者を改造せぬ矜持はある。
追い求めるものに対する熱意もある。
だが、それを使い潰す姿勢や、上位者に対して嘯く姿勢の端々からは、あらゆるものに対する嘲笑が見え隠れしているように感じられたのだ。
それは、世界の果てを描きたいと世界を巡り、廃墟の喫茶店を画廊として仲間たちと向き合うルクレツィアの姿勢とは、間違いなく相容れることのないものであった。
そう、それは感情を顧みず、意志を踏みにじるのに躊躇いを覚えぬ外道……!
「星を追う子の希望は、何としても私達が守るわ。絶対に!」
背後にいるきららの存在を感じながら、ルクレツィアはそう決意した。
そして、そのための近道として。
「ねえ! あなたもEDENよね? そうよね?
なら、協力しない? 私もきららを守りたいの」
同じく戦場に在るプシュケに向けて、そう笑顔で話しかけたのである。
「は、はい。それは問題ないですけど」
ルクレツィアの醸し出すフレンドリーな雰囲気に思わず気圧されるプシュケ。
竜漿覚醒時には言動の変わるルクレツィアだが、普段はむしろ親しみやすいのだ。
とは言え、同じ旗のもとに集ったEDEN同士である。
プシュケもすぐに立て直し、すっとルクレツィアと並び立つ。
「よかった! 助かるわプシュケ、ありがとね!
あと、ひとつだけ提案があるんだけど……」
ひそひそ、とルクレツィアが耳打ちをする。
なんだろう、と耳を傾けたプシュケだが、真剣な面持ちとなって頷いた。
「心得ました。それは確かに考えられそうなことです。
私もそのつもりで行動させて頂きます」
そう言うと、プシュケは手を閃かせ投げナイフを構えた。
同時にルクレツィアは手にした得物の|大鎌《斧槍》を振る。
「では、行きましょうか! さっきの件はお願いね!」
二人のEDENは同時に動き出した。
「少々こそこそ話していたようだけど。
それでもあたしの妖怪人は渡り合えるはずさ! さあ行きな!」
ムラサメの檄とともに、無数の妖怪人たちが影から現れ、一斉にEDENたちに踊りかかった。
相変わらず数が多い上に、ムラサメの指示に従って統制の取れた動きを見せる。
それはまさしく彼女の|軍力《ちから》であり、脅威だ。
だが、それで怯むようなプシュケではない。
琥珀色の瞳で真っ直ぐ妖怪人たちを見据えつつ、その境遇に嘆息した。
「妖怪人……。
解放の見込みがなければ、速やかに引導を渡して差し上げるのが優しさでしょう」
彼らは改造人間、すなわち皆原型が別に存在していることになる。
望まなければ改造は行わないというのがムラサメの矜持だが、一方で「その意志を残す」とは一言も言っていない。
少なくともこの戦場での量産型には、それが残されていない可能性が高いだろう。
ならば、することは一つだ。
プシュケはドレスを翻しながら、構えた投げナイフを投擲した。
√能力【|星装・女神の心《バルゴ・スピカフォーム》】によって顕現した、プシュケの強化フォームとも言うべき愛らしい少女趣味めいた衣装である。
背後に守る魔法少女、世良・きららのそれと似た意匠にも見えた。
現状、その関連性は謎だが、プシュケは案外近いのではないかとも思っている。
閑話休題。
プシュケの投げた投げナイフは、破邪の力を湛え、蒼く輝いている。
それらが。
「あちらにも、星の力を得た方がいるようですね。その力、お借りします。
……レプリカント!」
きららの力を感じながら、プシュケはその言葉を唱えた。
刹那、投擲されたナイフの輪郭がぶれ、倍に、倍にとその数を増やしていく。
1が2、2が4、4が8、8が16、16が32、64、128……!
気づけば投擲したナイフは600もの群となって、妖怪人の軍勢を覆っていた。
更に同等の攻撃がもう一回。
合計1200発のナイフが敵軍に殺到した。
しかも、星空の魔法の加護を得て、その冴えは神域にまで達している。
最前線の妖怪人たちに次々とナイフが突き刺さり、破邪の力をもって炸裂。
その度に手や足、頭などが次々と弾け、妖怪人たちが倒れていった。
それでも、この刃の驟雨を耐え抜いた者たちは次々と前進する。
その様は、不死の軍勢と言っても差し支えないだろう。
だが。
「では、これならどうでしょうか。……舞いなさい」
プシュケの号令に応じ、投げナイフは突然その切っ先を空へと向けた。
彼女の念動力で一斉に操作され、軌道を変えたのである。
まるで魚群の如くすっと空へと舞い上がると、再び切先を地へと向け……。
「そして、刺さりなさい」
文字通りの豪雨となって妖怪人へと降り注ぐ!
投げナイフの第一撃を潜り抜けた者達も、これにはひとたまりもない。
的確に急所をめがけてくる刃を前に、次々と生命を失い、消滅していった。
もっとも、デザイアモンスターと違って尋常な身体構造のため、プシュケにとってはむしろやりやすい部類ではあったが。
そして、その間隙を縫って疾駆するのはルクレツィアだ。
「さあどいてどいて! どかなきゃ容赦はできないわよ!」
大きく振りかぶったのは詠唱錬成斧槍【フラウ・フラン】。
錬成された刃は大鎌。
三日月のように光る刃は本物の月の輝きを受けて、妖しい軌跡を戦場に描いていく。
その一撃で、3体の妖怪人が消し飛んだ。
重量と刃の鋭さ、そしてルクレツィアの技量の三位一体の賜物である。
払った鎌をくるくると回転させて握り直すと。
「もう一撃!」
返す刃で更に一閃。
上から下へと振り下ろされた大鎌は、返す刃で更に5体の妖怪人を唐竹割りにし、一瞬遅れて彼らを塵にしてのけた。
まるで草を刈るように、彼女は妖怪人の命を刈り取っていく。
だが、ルクレツィアの視線は前線にはなかった。
(ドクター・ムラサメは……あそこ!?)
彼女が見ていたのは敵陣の奥、ムラサメだった。
相変わらず大鎌の刃を振るいながら、その一挙手一投足に注意を払っている。
敵手たるEDENを睨み、妖怪人に指示を飛ばし、状況に目を配る。
その中にきっと現れるであろうその一瞬を、彼女は見逃すつもりはなかった。
(くっ、まさかここまでやるなんてね……!)
ドクター・ムラサメは焦っていた。
妖怪人の戦力を惜しんだつもりは一切ない。むしろ全力を注いだつもりだ。
だが、たった二人のEDENを切り崩せない。
むしろ跳ね返され、自分の戦力の方が次々と切り崩される体たらくである。
(ここまでかね……。今ならまだ退ける。突破に戦力を使える。
なあに、最悪妖怪人を盾か囮にすれば何とでもなるさ)
実際、彼女の妖怪人の在庫は既に払底しており、既に手持ちのみの状態。
今行動を起こさなければ、自身が殲滅される危険もあったので、その選択は合理的ですらあったのだが……。
「……動いた! 今よプシュケ!」
それは、ルクレツィアによって完全に看破されていた。
周囲の情報を収集し、野生の勘を働かせ。更には幸運の助けも借り。
ドクター・ムラサメが撤退に移る瞬間を、彼女は見逃さなかった。
「ルクレツィアさんの言う通りでしたね。彼女は必ず撤退に動き出すと」
プシュケが再びナイフを投擲した。
念動力をもって、弧を描いて飛ぶ投げナイフは、再び数を増していく。
その全てがドクター・ムラサメを狙い、全周囲、円周状に配置される……!
「逃げ場はありませんよ、|ドクター・ムラサメ《やぶ医者》」
プシュケの冷徹な声とともに、一斉に投げナイフが飛行を再開した。
ムラサメを取り囲んだナイフのナイフの包囲陣が、急速に狭まっていく。
「くっ……! いいやまださ! 妖怪人を全部盾に回せば……!」
「プシュケの声が聞こえなかった? 『逃げ場はない』って言ったのよ」
戦場に響いたのはルクレツィアの声だった。
思わずその声を追って、ムラサメは空を見上げる。
そこで見たのは、跳躍してムラサメに迫るルクレツィアの姿だった。
手にした大鎌は手放され、代わりに握られるのは一丁の古い銃。
リボルバー式精霊銃【カノン】である。
その銃口は、確りとムラサメへと向けられている……!
「こんなところで終わるってのかい、あたしの研究は……!」
「……残念、チェックメイトね。さよなら……」
√能力【|おしゃべりな精霊達の輪舞曲《ラピッドファイヤー・フルバレット》】が放たれた。
超至近距離、かつファニングで連続で叩き込まれる銀の弾丸。
そして同時に突き刺さる、プシュケの蒼い投げナイフ。
……その破邪と浄化の力は、ついに悪意と妄執を魔法少女から祓ったのだ。
穴だらけの研究手帳は地に落ちると、一瞬炎を立てて燃え上がり、灰となる。
後には、何も残らなかった。
こうして、EDENたちの手により「魔法少女」世良・きららは救われた。
これから彼女がどうするかは、まだ見通せない。
少なくとも、自身の抱える問題は、魔法で解決できる類のものではない。
だが、それでも。
あの日の星空は、きっときららを照らし続けてくれる。
そう信じても罰は当たらない気がした。