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此ノ花咲き誇る也
●香る花畑
快晴の空の下、色とりどりの花が咲き誇る。
大輪の花々が咲き、辺り一面芳醇な香りに包まれている。
「わあ、綺麗ね」
「いい匂いー!」
絶好の観光日和に、様々な花が咲き誇ることで知られるこの花畑は観光客で賑わっていた。
色とりどりの花の中を思い思いに楽しむ人々。ある人は綺麗な花に微笑み、ある人は思い出として写真を撮る。
そんな人々の輪からフラフラと外れる者が数人。危うげな足取りのまま、何かに導かれるように同じ方角へ進んでいく。
――……。
そのとき、どこからともなく微かな声が聞こえた。密やかに、でも確かに、人を呼ぶ声。
――おいで、おいで。
人々は、その声に誘われて花畑の奥へと進んでいく。
次第に、周囲に漂う花の香気が強くなる。咽るほどに濃くなるその香りを気にせず進んだ先には――。
●星詠み
「みんな、花畑を見に観光に行ってみない?」
集まった√能力者へと突然言い放ったのは、星詠みの|矢神・霊菜《やかみ・れいな》だ。
星詠みの彼女がそう言うのだ、ただの観光で終わらないのは間違いない。
「実はとある花畑に怪異が出現すると予兆があってね」
その花畑は毎年色とりどりの花で彩られ、観光地として有名だ。
今年も例に漏れず花が咲き乱れ、多くの観光客が訪れている。
「どうもこの花畑に出現する怪異は人々を惑わせ誘い込むみたい。怪異が関わる以上、何が起こるかなんて……ね?」
その末路は推して知るべし。
そうならないためにも、早期に対処する必要がある。
「幸い、被害が出る前に知ることができた。今ならまだ間に合うわ」
早急に事件を解決してきて。その言葉と共に、彼女は√能力者たちを送り出す。
これまでのお話
第1章 日常 『春薫る』
穏やかな風が吹く、小高い丘。その裾に広がるのは広大な土地。柔らかい太陽に照らされ、色とりどりの花が咲き乱れる様は、まるで絵画に描かれる景色のよう。
そんな花畑の中を進む2つの影があった。
「純粋にお花見に来た!」
ひらり、ふわりとスカートの裾を翻し軽い足取りで進むのは、ミューレン・ラダー(ご機嫌日和・h07427)だ。彼女は足取り同様弾む声でそう言いながら、先を歩く。
「事前情報通り、随分と賑わっていますね」
そんなミューレンの後を追うのは、シンシア・ウォーカー(放浪淑女・h01919)だ。穏やかな風になびく髪をそっと抑え、ミューレンの言葉に応じる。
舗装された道。その右手には赤やピンク、白などが綺麗なグラデーションを描く芝桜が、斜面を絨毯のように覆っている。左手の平地を見れば、そこにはリナリアの群生が広がっている。高性種だろう、長く伸びた茎の先に咲く花穂が風に揺られる姿は、宙を優雅に泳ぐ金魚を思わせた。
「色んな場所に色々咲いるみたいだからぐるっと巡りたい!」
「勿論です! ぐるっと一周することにしますか」
立ち止まって周囲を見渡していたミューレンが指し示した先。そこには、歩道で区切られた区画が見えた。それぞれの区画ごとに植えられている花が違うようで、二人が今歩いている場所とは違う様合いを見せてくれている。
「チューリップは色も形も種類が沢山で面白い! ねえ、お気に入りのお花あった?」
「わあ……私、ネモフィラが大好きで! 白に青に、可憐な色味がかわいらしくて。ミューレンさんは?」
歩みを進めた先にはチューリップ畑。色の種類もさることながら、花弁の形も、一重咲きのものから八重咲のものまで多様にある。
シンシアが当りを見渡し目に止めたのは、空と溶け合うような青い花畑。彼女の好きなネモフィラが、白から青へとグラデーションする花弁を揺らしている。
「ネモフィラ可愛いよね! シンシアさんの髪色にも似合うし。ミューは黄色とかオレンジのお花が大好き」
「明るい色味のお花、まさにミューレンさんのイメージにピッタリです! かわいいですよねっ!」
思わず声が弾み、二人は顔を見合わせて笑う。そのまま進んでいけば、また違う花畑が広がっている。
「これ、なんてお花だろ? 判らないのは写真を撮って検索したらわかるかな?」
「あ、私も写真撮るの忘れてました。素敵な花畑に来た記念として私もスマホで一枚……」
二人がスマホを取り出し、それぞれに写真を撮っていれば。
「あ、団長さんが写ってる!」
「えっ、あっ、星さん!? 本当だ!」
ミューレンが撮ったばかりの写真。その隅に映り込んでいたのは、二人が所属する旅団の団長、|星・真金大鴉《ほし まっきんたいあ》(数多の星々よ・h02569)の姿だった。思いがけない写り込みに、二人は思わず顔を見合わせて笑う。
一方その頃、真金大鴉はといえば。
二人が花畑に行くと聞き、こっそり後を尾けてきていた。飛行船では見かけないオフの姿を見てみたい――そんな純粋な理由からだ。
「いや、飛行船でもオフかもしれんが」
誰に聞かせるでもない言い訳は、春の空に溶けていく。
見渡す限りの花畑。満開の花々が空へ向かって咲き誇る様子に、真金大鴉は小さく頷いた。
「『咲き誇る』とはいい言葉だ。いかにも誇らしげに見える。今年も春が来たのだな」
そして視線を二人へ戻せば、並んで笑う姿。
「青いネモフィラや黄色い菜の花などは二人によく似合う」
優しく優雅な青、元気いっぱいに伸びる黄。どちらも二人にピッタリだと、真金大鴉は一人頷く。
せっかくだからと彼女が懐からインスタントカメラを取り出し、シャッターチャンスを狙っていれば……。カメラ越しに、驚いた表情の二人が見え。次いで視線が合った。
どうやら真金大鴉が尾いてきていることに気付かれたらしい。
「見つかってしまった……」
手をぶんぶんと振るミューレンの可愛さに、合流しないという選択肢はなかった。こっそりしているつもりだったのに、と真金大鴉が顔をシワシワさせて合流すれば、ミューレンが「花粉症?」と首を傾げている。隣ではシンシアが楽しそうに笑っていた。
「そうだ写真! お花に埋もれてるみたいな写真撮ってみない?」
「埋もれる写真、楽しそう!」
ミューレンの耳がピンと立ち、何かを思いついたのかと二人が思っていれば楽しそうな提案がされた。
早速とばかりにシンシアがミューレンの隣へと身を寄せる。
「だんちょおも一緒に! ならにゃい?」
「星さんもこちらに……来ないんです?」
「何、一緒に?」
花に埋もれる二人は絶対に可愛いと再びインスタントカメラを構えていた真金大鴉に、ミューレンとシンシアが期待するような目を向ける。
「スナップ写真を撮りたいのでミューもシンシアも花を見てなさい! いいから!」
真金大鴉が一度はそう言うものの、二人が見つめてくるのは変わらず。
「……やれやれ、仕方あるまい」
そう言って、真金大鴉が二人の側へとよれば、ニコニコと嬉しそうな笑顔で迎えられた。その様子に、真金大鴉も顔には出ないがまんざらでもない様子だ。
「じゃあミューが花吹雪を撒いてる間に、シンシアさんが団長を撮るとか?」
「いいですね、任せてください淑女の撮影力! ようし星さん撮りますよっ!!」
あっという間に決まっていた二人の役割分担。そうして始まった撮影会は、二人が満足するまで続いた。
しばらく撮影が続いた後。まだ春とはいえ、日差しがじんわりと熱を帯び始める。
「日陰がないから、ずっといると暑いね。シェードガーデンもあるって。行ってみる?」
「確かに歩き回っていましたし、一度日陰で小休憩を取りたい頃合い。行きましょ!」
「ほう日陰があるのか。行く行く」
パンフレットを覗き込み、ミューレンが休憩に誘う。シンシアと真金大鴉が同意すれば、三人は連れ立ってシェードガーデンのある方へと歩みを進めるのだった。
第2章 集団戦 『蓮華ノ君』
広大な花畑の片隅に、その一角はあった。
どの区画の花も綺麗に咲き乱れている。その中でも、この一角にある花はより美しく、より芳しく咲き誇る。
ただ、それだけの違いのはずだった。
他の花に比べて色が鮮やかで、香りは少しばかり濃い。
意識して見比べなければ気付かないほどの、僅かな差異。けれど、一度目に留まればどうしても視線が外せなくなる。
|幸運《不運》にもその一角へと視線を向けたものは、引き寄せられるように近づいていく。
――いらっしゃい、いらっしゃい。
聞こえるのは風が通り、花々がそよぐ音。しかし、まるで語り掛けるかのように音が耳に残る。
甘い香りが、そっと包み込む。鼻腔を通り、肺を満たす。やがて思考を侵し、染み込んでいく香りは、拒絶という選択肢を静かに奪っていく。
ここは、心地よい場所だと。
そう思うことに何の疑問も抱かなくなる。
不安はない。むしろ、このまま奥へと進むべきだと、そんな考えさえ湧き起こる。
奥へと向かうごとに、香りは深く、甘く、絡みつくかのよう。
やがて。
花の合間に何かが立っているのが見える。
人の形をしているように見えた。けれど、よく見ればそれは人ではない。
頭部に咲くのは、大輪の蓮華。
花弁がわずかに傾き、こちらを|向いている《みている》。
言葉はない。ただ、香りが強くなっていくだけ。
足を止める理由は、もう存在しない。
――捧げなければ。
その思いだけが、静かに沈んでいく。
養分を。
より美しく、より芳しく咲かせるために。
すべては、その先に在るもののために。
シェードガーデンでひと休憩をしたあと。シンシア・ウォーカー(放浪淑女・h01919)とミューレン・ラダー(ご機嫌日和・h07427)の二人は、再び花畑を見回り始めた。
いくつかの区画を通り、花畑の端へと差し掛かった頃。
「こちらはまた鮮やかな色味が綺麗な花畑の区画ですねぇ。香りも大変よくて……」
「ん? ここ妙に香りが強い?」
いっそう鮮やかな花に目を止めるも、ミューレンの耳がぴくりと動く。
甘く濃い香りが、どこか異様に満ちていた。
頭がぼんやりする。
このまま匂いを辿って、その先へ進みたくなる――そんな衝動が滲む。
「マタタビに似て――ないにゃ、すごーくヤな感じ!」
「……ええ。この香りは、少々良すぎますね」
ミューレンはすぐに頭を振り、シンシアもまた意識を繋ぎ止めるように手を握る。
ふと、シンシアの視線が周囲へと向く。
花畑のあちこちで、どこか覚束ない足取りの人影が目に入る。
「……あれ? なんだか周囲の様子が妙ですね」
「あちこちからふらふら何人も集まって来てるにゃ!」
人々の足は、まるで導かれるように同じ方向へと向かっている。
その先。花畑の奥に“何か”が立っていた。
風に揺れる濃い桃色の花弁。だが――風が止んでも、それはゆらりと揺れ続ける。
やがて、ソレが像を結ぶ。
平安時代の女房を思わせる装束。その上に咲き誇る大きな蓮華。
怪異――蓮華ノ君。
「怪異……!」
「匂いの正体は、あの怪異のようですね」
警戒する二人に対し、香りに誘われた人々の足は止まらない。
このままでは、あの怪異のもとへ――。
シンシアは一歩踏み出し、声を張る。
「止めなさい! その先に何があるのかは知りませんし、特段知りたくもありませんが――見過ごすわけにはいきません!」
だが、声は届かない。
「全然正気に戻らない! 全員を正気に戻すの大変だから√能力でまとめて衝撃与えちゃお!」
「仕方ありませんね」
ミューレンが、|猫騙し《コッチムイテホイ》を発動する。
「じゃんけんなしの強制で、せーのっ」
霊波動が広がり、人々と怪異の動きが僅かに止まる。
その隙にシンシアが|"Be a lady."《ビー・ア・レディ》を重ねる。ミューレンの√能力により、一瞬揺らいだ意識。シンシアの√能力が、戻りかけた思考力を増幅させる。
「お客さんのことは頼みます!」
「援護するよ!」
シンシアはレイピアを片手に前へ出た。ミューレンが援護のためどろん煙幕を追加する。煙幕が広がり、視界を白く染める。
視界不良の中、シンシアは素早く駆けた。この程度は障害にもならない。むしろ、ミューレンの援護はシンシアにとって心強さを与えてくれる。
「はあ!」
気迫と共に、鋭い刺突が一体を貫き、内側から魔力が炸裂する。だが、間髪入れず次の個体が迫る。シンシアは最小限の動きで攻撃を往なし、距離を取った。
敵の数が多い。しかも、増えている。
そして気付く。後方で詠唱している個体がいる。その周囲には、詠唱するごとに分身が生み出されていた。
「キリがありませんね」
どうしたものかとシンシアが考えた時だ。
「シンシアさんっ!」
ミューレンの声と共に、霊力弾がシンシアの横を掠める。それは今まさに迫ろうとしていた蓮華ノ君を打ち抜く。同時に、民間人を正気に戻し避難誘導を終えたミューレンが戻ってきた。
「みんな逃がしたよ!」
「流石です。では、こちらに集中できますね」
短いやり取り。それだけで十分だった。
前方の蓮華ノ君へ組んだ手を振り上げたミューレンが、一気に振り抜き霊力弾を放つ。
「道を開けるよ!」
「ありがとうございます!」
僅かに拓いた路。シンシアは迷いなく踏み込んだ。
駆け抜けた先にいる個体へと、刺突を繰り出す。確かな手応えと共に、蓮華ノ君の詠唱が途切れた。
一拍遅れて、全てが崩れる。分身も、本体も、霧のように消えていく。
やがて、甘い香りも風に溶けていった。