此ノ花咲き誇る也
●香る花畑
快晴の空の下、色とりどりの花が咲き誇る。
大輪の花々が咲き、辺り一面芳醇な香りに包まれている。
「わあ、綺麗ね」
「いい匂いー!」
絶好の観光日和に、様々な花が咲き誇ることで知られるこの花畑は観光客で賑わっていた。
色とりどりの花の中を思い思いに楽しむ人々。ある人は綺麗な花に微笑み、ある人は思い出として写真を撮る。
そんな人々の輪からフラフラと外れる者が数人。危うげな足取りのまま、何かに導かれるように同じ方角へ進んでいく。
――……。
そのとき、どこからともなく微かな声が聞こえた。密やかに、でも確かに、人を呼ぶ声。
――おいで、おいで。
人々は、その声に誘われて花畑の奥へと進んでいく。
次第に、周囲に漂う花の香気が強くなる。咽るほどに濃くなるその香りを気にせず進んだ先には――。
●星詠み
「みんな、花畑を見に観光に行ってみない?」
集まった√能力者へと突然言い放ったのは、星詠みの|矢神・霊菜《やかみ・れいな》だ。
星詠みの彼女がそう言うのだ、ただの観光で終わらないのは間違いない。
「実はとある花畑に怪異が出現すると予兆があってね」
その花畑は毎年色とりどりの花で彩られ、観光地として有名だ。
今年も例に漏れず花が咲き乱れ、多くの観光客が訪れている。
「どうもこの花畑に出現する怪異は人々を惑わせ誘い込むみたい。怪異が関わる以上、何が起こるかなんて……ね?」
その末路は推して知るべし。
そうならないためにも、早期に対処する必要がある。
「幸い、被害が出る前に知ることができた。今ならまだ間に合うわ」
早急に事件を解決してきて。その言葉と共に、彼女は√能力者たちを送り出す。
第1章 日常 『春薫る』
穏やかな風が吹く、小高い丘。その裾に広がるのは広大な土地。柔らかい太陽に照らされ、色とりどりの花が咲き乱れる様は、まるで絵画に描かれる景色のよう。
そんな花畑の中を進む2つの影があった。
「純粋にお花見に来た!」
ひらり、ふわりとスカートの裾を翻し軽い足取りで進むのは、ミューレン・ラダー(ご機嫌日和・h07427)だ。彼女は足取り同様弾む声でそう言いながら、先を歩く。
「事前情報通り、随分と賑わっていますね」
そんなミューレンの後を追うのは、シンシア・ウォーカー(放浪淑女・h01919)だ。穏やかな風になびく髪をそっと抑え、ミューレンの言葉に応じる。
舗装された道。その右手には赤やピンク、白などが綺麗なグラデーションを描く芝桜が、斜面を絨毯のように覆っている。左手の平地を見れば、そこにはリナリアの群生が広がっている。高性種だろう、長く伸びた茎の先に咲く花穂が風に揺られる姿は、宙を優雅に泳ぐ金魚を思わせた。
「色んな場所に色々咲いるみたいだからぐるっと巡りたい!」
「勿論です! ぐるっと一周することにしますか」
立ち止まって周囲を見渡していたミューレンが指し示した先。そこには、歩道で区切られた区画が見えた。それぞれの区画ごとに植えられている花が違うようで、二人が今歩いている場所とは違う様合いを見せてくれている。
「チューリップは色も形も種類が沢山で面白い! ねえ、お気に入りのお花あった?」
「わあ……私、ネモフィラが大好きで! 白に青に、可憐な色味がかわいらしくて。ミューレンさんは?」
歩みを進めた先にはチューリップ畑。色の種類もさることながら、花弁の形も、一重咲きのものから八重咲のものまで多様にある。
シンシアが当りを見渡し目に止めたのは、空と溶け合うような青い花畑。彼女の好きなネモフィラが、白から青へとグラデーションする花弁を揺らしている。
「ネモフィラ可愛いよね! シンシアさんの髪色にも似合うし。ミューは黄色とかオレンジのお花が大好き」
「明るい色味のお花、まさにミューレンさんのイメージにピッタリです! かわいいですよねっ!」
思わず声が弾み、二人は顔を見合わせて笑う。そのまま進んでいけば、また違う花畑が広がっている。
「これ、なんてお花だろ? 判らないのは写真を撮って検索したらわかるかな?」
「あ、私も写真撮るの忘れてました。素敵な花畑に来た記念として私もスマホで一枚……」
二人がスマホを取り出し、それぞれに写真を撮っていれば。
「あ、団長さんが写ってる!」
「えっ、あっ、星さん!? 本当だ!」
ミューレンが撮ったばかりの写真。その隅に映り込んでいたのは、二人が所属する旅団の団長、|星・真金大鴉《ほし まっきんたいあ》(数多の星々よ・h02569)の姿だった。思いがけない写り込みに、二人は思わず顔を見合わせて笑う。
一方その頃、真金大鴉はといえば。
二人が花畑に行くと聞き、こっそり後を尾けてきていた。飛行船では見かけないオフの姿を見てみたい――そんな純粋な理由からだ。
「いや、飛行船でもオフかもしれんが」
誰に聞かせるでもない言い訳は、春の空に溶けていく。
見渡す限りの花畑。満開の花々が空へ向かって咲き誇る様子に、真金大鴉は小さく頷いた。
「『咲き誇る』とはいい言葉だ。いかにも誇らしげに見える。今年も春が来たのだな」
そして視線を二人へ戻せば、並んで笑う姿。
「青いネモフィラや黄色い菜の花などは二人によく似合う」
優しく優雅な青、元気いっぱいに伸びる黄。どちらも二人にピッタリだと、真金大鴉は一人頷く。
せっかくだからと彼女が懐からインスタントカメラを取り出し、シャッターチャンスを狙っていれば……。カメラ越しに、驚いた表情の二人が見え。次いで視線が合った。
どうやら真金大鴉が尾いてきていることに気付かれたらしい。
「見つかってしまった……」
手をぶんぶんと振るミューレンの可愛さに、合流しないという選択肢はなかった。こっそりしているつもりだったのに、と真金大鴉が顔をシワシワさせて合流すれば、ミューレンが「花粉症?」と首を傾げている。隣ではシンシアが楽しそうに笑っていた。
「そうだ写真! お花に埋もれてるみたいな写真撮ってみない?」
「埋もれる写真、楽しそう!」
ミューレンの耳がピンと立ち、何かを思いついたのかと二人が思っていれば楽しそうな提案がされた。
早速とばかりにシンシアがミューレンの隣へと身を寄せる。
「だんちょおも一緒に! ならにゃい?」
「星さんもこちらに……来ないんです?」
「何、一緒に?」
花に埋もれる二人は絶対に可愛いと再びインスタントカメラを構えていた真金大鴉に、ミューレンとシンシアが期待するような目を向ける。
「スナップ写真を撮りたいのでミューもシンシアも花を見てなさい! いいから!」
真金大鴉が一度はそう言うものの、二人が見つめてくるのは変わらず。
「……やれやれ、仕方あるまい」
そう言って、真金大鴉が二人の側へとよれば、ニコニコと嬉しそうな笑顔で迎えられた。その様子に、真金大鴉も顔には出ないがまんざらでもない様子だ。
「じゃあミューが花吹雪を撒いてる間に、シンシアさんが団長を撮るとか?」
「いいですね、任せてください淑女の撮影力! ようし星さん撮りますよっ!!」
あっという間に決まっていた二人の役割分担。そうして始まった撮影会は、二人が満足するまで続いた。
しばらく撮影が続いた後。まだ春とはいえ、日差しがじんわりと熱を帯び始める。
「日陰がないから、ずっといると暑いね。シェードガーデンもあるって。行ってみる?」
「確かに歩き回っていましたし、一度日陰で小休憩を取りたい頃合い。行きましょ!」
「ほう日陰があるのか。行く行く」
パンフレットを覗き込み、ミューレンが休憩に誘う。シンシアと真金大鴉が同意すれば、三人は連れ立ってシェードガーデンのある方へと歩みを進めるのだった。
第2章 集団戦 『蓮華ノ君』
広大な花畑の片隅に、その一角はあった。
どの区画の花も綺麗に咲き乱れている。その中でも、この一角にある花はより美しく、より芳しく咲き誇る。
ただ、それだけの違いのはずだった。
他の花に比べて色が鮮やかで、香りは少しばかり濃い。
意識して見比べなければ気付かないほどの、僅かな差異。けれど、一度目に留まればどうしても視線が外せなくなる。
|幸運《不運》にもその一角へと視線を向けたものは、引き寄せられるように近づいていく。
――いらっしゃい、いらっしゃい。
聞こえるのは風が通り、花々がそよぐ音。しかし、まるで語り掛けるかのように音が耳に残る。
甘い香りが、そっと包み込む。鼻腔を通り、肺を満たす。やがて思考を侵し、染み込んでいく香りは、拒絶という選択肢を静かに奪っていく。
ここは、心地よい場所だと。
そう思うことに何の疑問も抱かなくなる。
不安はない。むしろ、このまま奥へと進むべきだと、そんな考えさえ湧き起こる。
奥へと向かうごとに、香りは深く、甘く、絡みつくかのよう。
やがて。
花の合間に何かが立っているのが見える。
人の形をしているように見えた。けれど、よく見ればそれは人ではない。
頭部に咲くのは、大輪の蓮華。
花弁がわずかに傾き、こちらを|向いている《みている》。
言葉はない。ただ、香りが強くなっていくだけ。
足を止める理由は、もう存在しない。
――捧げなければ。
その思いだけが、静かに沈んでいく。
養分を。
より美しく、より芳しく咲かせるために。
すべては、その先に在るもののために。
シェードガーデンでひと休憩をしたあと。シンシア・ウォーカー(放浪淑女・h01919)とミューレン・ラダー(ご機嫌日和・h07427)の二人は、再び花畑を見回り始めた。
いくつかの区画を通り、花畑の端へと差し掛かった頃。
「こちらはまた鮮やかな色味が綺麗な花畑の区画ですねぇ。香りも大変よくて……」
「ん? ここ妙に香りが強い?」
いっそう鮮やかな花に目を止めるも、ミューレンの耳がぴくりと動く。
甘く濃い香りが、どこか異様に満ちていた。
頭がぼんやりする。
このまま匂いを辿って、その先へ進みたくなる――そんな衝動が滲む。
「マタタビに似て――ないにゃ、すごーくヤな感じ!」
「……ええ。この香りは、少々良すぎますね」
ミューレンはすぐに頭を振り、シンシアもまた意識を繋ぎ止めるように手を握る。
ふと、シンシアの視線が周囲へと向く。
花畑のあちこちで、どこか覚束ない足取りの人影が目に入る。
「……あれ? なんだか周囲の様子が妙ですね」
「あちこちからふらふら何人も集まって来てるにゃ!」
人々の足は、まるで導かれるように同じ方向へと向かっている。
その先。花畑の奥に“何か”が立っていた。
風に揺れる濃い桃色の花弁。だが――風が止んでも、それはゆらりと揺れ続ける。
やがて、ソレが像を結ぶ。
平安時代の女房を思わせる装束。その上に咲き誇る大きな蓮華。
怪異――蓮華ノ君。
「怪異……!」
「匂いの正体は、あの怪異のようですね」
警戒する二人に対し、香りに誘われた人々の足は止まらない。
このままでは、あの怪異のもとへ――。
シンシアは一歩踏み出し、声を張る。
「止めなさい! その先に何があるのかは知りませんし、特段知りたくもありませんが――見過ごすわけにはいきません!」
だが、声は届かない。
「全然正気に戻らない! 全員を正気に戻すの大変だから√能力でまとめて衝撃与えちゃお!」
「仕方ありませんね」
ミューレンが、|猫騙し《コッチムイテホイ》を発動する。
「じゃんけんなしの強制で、せーのっ」
霊波動が広がり、人々と怪異の動きが僅かに止まる。
その隙にシンシアが|"Be a lady."《ビー・ア・レディ》を重ねる。ミューレンの√能力により、一瞬揺らいだ意識。シンシアの√能力が、戻りかけた思考力を増幅させる。
「お客さんのことは頼みます!」
「援護するよ!」
シンシアはレイピアを片手に前へ出た。ミューレンが援護のためどろん煙幕を追加する。煙幕が広がり、視界を白く染める。
視界不良の中、シンシアは素早く駆けた。この程度は障害にもならない。むしろ、ミューレンの援護はシンシアにとって心強さを与えてくれる。
「はあ!」
気迫と共に、鋭い刺突が一体を貫き、内側から魔力が炸裂する。だが、間髪入れず次の個体が迫る。シンシアは最小限の動きで攻撃を往なし、距離を取った。
敵の数が多い。しかも、増えている。
そして気付く。後方で詠唱している個体がいる。その周囲には、詠唱するごとに分身が生み出されていた。
「キリがありませんね」
どうしたものかとシンシアが考えた時だ。
「シンシアさんっ!」
ミューレンの声と共に、霊力弾がシンシアの横を掠める。それは今まさに迫ろうとしていた蓮華ノ君を打ち抜く。同時に、民間人を正気に戻し避難誘導を終えたミューレンが戻ってきた。
「みんな逃がしたよ!」
「流石です。では、こちらに集中できますね」
短いやり取り。それだけで十分だった。
前方の蓮華ノ君へ組んだ手を振り上げたミューレンが、一気に振り抜き霊力弾を放つ。
「道を開けるよ!」
「ありがとうございます!」
僅かに拓いた路。シンシアは迷いなく踏み込んだ。
駆け抜けた先にいる個体へと、刺突を繰り出す。確かな手応えと共に、蓮華ノ君の詠唱が途切れた。
一拍遅れて、全てが崩れる。分身も、本体も、霧のように消えていく。
やがて、甘い香りも風に溶けていった。
「こんなに綺麗な花畑で、人を攫う怪異ですか」
ツバクロ・イットウサイ(シャイニングミストブレイカー・h01451)は、目の前に佇む蓮華ノ君を見つめてぽつりと零した。
辺りには甘い香りが漂い、気を抜けば意識が解けていきそうな感覚がある。
「このままにしておくわけにはいきません」
頭を振って意識を引き戻したツバクロが、腰に挿した刀を引き抜いた。それを、眼前の敵へと合わせ構える。
蓮華ノ君が首を傾げるかのように、頭部の蓮華を傾げ手を伸ばす。すると、どこからともなくインビジブルの群れが集まり始めた。
「させません!」
何をしようとしているのかはわからない。だが、このまま行動させてはいけないと彼女の直感が告げる。その警告に従って、ツバクロが咲き乱れる花の中を駆け抜ける。
同時に、彼女は己の身に古龍を降ろし、その力を纏う。
一気に肉薄したツバクロが刀を一閃。
白銀の刃は狙いを違わず、蓮華ノ君を切り裂いた。
花畑の奥で、蓮華の頭部をもった怪異が佇む。どこからともなく聞こえる呪文。時間経過と共に、怪異――蓮華ノ君の分身が増えていく。
「どんどん増えてんじゃん」
その光景を見た|狗養・明《いぬかい あきら》(狼憑きの|警視庁異能捜査官《カミガリ》・h00072)が顔を顰める。
彼女の視線の先で、蓮華ノ君の分身たちが動き出した。微かな音を立てて移動する分身たちは、明を取り囲もうとするかのように周囲へ広がっていく。
「そうはさせるか!」
|百錬自得拳《エアガイツ・コンビネーション》――明の拳が、分身を捉える。鋭く突き出された拳が分身を撃ち、その姿を崩れさせる。一撃、二撃、三撃と続く攻撃が、分身を減らしていく。
しかし、その間も分身は増え続ける。
「キリがねぇ!」
明が蓮華ノ君へ向かい走る。分身を躱し、時に撃破し。本体の前へと躍り出る。
拳が唸る。叩き込まれた強烈な一撃に、蓮華ノ君は崩れ去るのだった。
「あらあら、せっかく美しい花を愛でに来ましたのに。無粋というものですわ」
蓮華ノ君を前に、ミオ・カタギリ(終身名誉生徒会長・h08302)は溜息をついた。
令嬢として花を愛でるのも嗜みと、花畑へやって来たというのに。目の前には人々を惑わせ攫おうとする怪異がいるではない。
「わたくし、悪党はぶっ飛ばすと決めておりますのよ」
そう、たとえば目の前の怪異のような――。
「ひれ伏しなさいませ。これが我が私立クローバー学園の力ですわ!」
――オーッホッホッホ!
ミオの高笑いと共に召喚されたのは、彼女が所属する私立クローバー学園。花畑に突如として出現した美しき学び舎が異様な存在感を放つ。
蓮華ノ君たちが動き出す。互いに『教養』を接続・同調した彼女らが素早くミオへと迫る。
「レーザーキャノン、発射ですわ!!」
ミオの号令と共に、学園が武装する巨大砲が光線を放つ。
その攻撃は、一瞬にして怪異を消し去るのだった。
第3章 ボス戦 『祝福の庭園』
花畑の先。光の柱が降り立つ。
明るく照らされたその中には、美しい庭先が広がっている。
あまりにも美しく、あまりにも整いすぎていて――どこか、息苦しいほどに。
庭先の奥に見える庭園は、現実には存在し得ない場所。
ここではないどこか別の空間に広がっていた。
美しい庭先にソレはいた。
白いドレス。幾重にも重ねられたヴェール。
一見人の形をなぞるそれはただ静かに、無言で立ち尽くす。
風はない。
それでも、ヴェールだけがわずかに揺れている。
――咲かせたかったのです。
声ではない。何も、聞こえるものはないのに。
ただ、そう在ろうとする意志だけが、空間に滲む。
――この庭園を満たすほどに。
足元の花々が、応えるように揺れた。
――花を咲かせ、豊穣を司るあの方のように。
それが何を指すのか、明確な|言葉《答え》は与えられない。
けれど、そこにあるのは確かな“憧れ”だった。
――もっと咲かせれば、あのように成れるのでしょうか。
ひとつ。またひとつ。
足元に花が生まれる。
――だからわたくしは、集めるのです。
庭園の主が、静かに動き出した。
「お花頭の怪人はやっと片付いたかにゃ!」
濃密な花の香りが霧散する。
花畑を覆っていた重苦しい気配が薄れ、春の風が頬を撫でた。
「ふぅ……なんとかなりましたね」
シンシア・ウォーカー(放浪淑女・h01919)が小さく息を吐く。レイピアを下ろした彼女へ、ミューレン・ラダー(ご機嫌日和・h07427)が尻尾を揺らしながら笑いかけた。
「シンシアさん、さっきの連携ばっちりだったね!」
「ふふっ、ありがとうございます。ミューレンさんの援護も大変心強かったですよ」
二人は顔を見合わせるとクスクスと楽しそうに笑い声を上げる。
「そうだ。ミューさんって呼んでいいですか?」
「うん! 呼び方は好きにしてくれていいよ。ミューからもシアさんて呼ばせてもらってもいい?」
「わあい、やった! 私のこともシアでいいですよっ!」
先程まで戦闘をしていたとは思えない朗らかさ。柔らかな笑い声が、花畑へ溶けていく。
その時だ。
晴れ渡った空から、光の柱が降り注ぐ。
「ん、あれは?」
光の柱の中に、ゆらりと揺らぐ景色。花畑とは異なる、花の咲く庭。
「気配的にまだ大きいのが居るよねえって、わあ、とってもきれ……」
「甘い香りがするお花畑、で――」
ミューレンとシンシアの意識が薄れる。
いつの間にか庭先にそっと佇んだソレ――祝福の庭園より放たれる香気が二人を惑わせる。
「はっちょっと意識を持って行かれかけた? シアさん、しっかりして!」
先に意識が現実へと戻って来たミューレンが、隣のシンシアを揺す振る。途端、ボーっとウツロだったシンシアの目に光が宿った。
シンシアが鋭い目つきで眼前の怪異を睨みつける。
「もう! 今せっかく楽しくお花見ながらガールズトークしていたところなので邪魔しないでいただきたいのですが!」
「とっても綺麗だけど、あれは危ないね」
ガールズトークを邪魔され憤慨するシンシアの隣で、ミューレンが耳をペタリと倒し困った表情を浮かべた。さっきまで機嫌よく揺れていた尻尾も、今は力なく垂れている。
「何を目指しているのかは分からにゃいけど人間ひとを栄養にするのは絶対ダメ!」
「ほんとですよ、何に憧れているかは知りませんが一般人をこうも巻き込んで被害を出されるのは看過できません」
再びシンシアがレイピアを片手に、前へ出る。
「シアさん、近づくのはちょっと危ない感じ!」
「ええ、気を付けますね」
ちら、と二人の視線が絡む。
アイコンタクトを合図に、シンシアが走った。
同時に、ミューレンが念動力を発動する。
――……!
空気が微かに揺れた。
祝福の庭園の足元に咲いている草花がスルスルと身体へ巻き付いていく。縛り上げられ、その場に縫い留められた身体は自由を奪われる。
「……っ!」
祝福の庭園へと肉薄したシンシアが、鋭い刺突を放つ。その攻撃は祝福の庭園へと深々と刺さった。
だが、まだ倒れない。
――……。
ざわり。
周囲の花々がさざめく。風が駆け抜け、花弁が舞う。
「シアさん!」
ミューレンの鋭い叫びが響いた。
花弁が意思を持ったかのようにシンシアへと襲い掛かる。
「大丈夫です!」
シンシアが応えた時には、彼女はその場にいなかった。
インビジブル・ダイブ――視界内にいたインビジブルと位置を入れ替えたシンシアは、花弁の乱舞から逃れていた。それでも追ってきた一部の花弁は、彼女の纏うオーラによって弾かれる。
「ミューさん、お願いします!」
「ミューも連弾いっくよー!」
ミューレンが両手を高く掲げる。
「|猫《にゃんこ》は大雨を司るって知ってた?」
その言葉と共に手を振り下ろせば。
彼女の√能力――|猫と犬の雨《ドシャブリ》の霊力撃が降り注ぐ。
「どっちが弾数多いかにゃ!」
数百もの霊力の雨が、花弁を、祝福の庭園を貫いていく。
その隙間を縫うように駆けたシンシアが刺突を繰り返す。
甘い香りが霧散する。
だが――まだ、怪異は立っていた。
「嫌な感じの敵だね」
たまには、と観光へ来てみれば。運悪く怪異が起こした事件に巻き込まれたプロキオン・ローゼンハイム(シリウス・ローゼンハイムのAnkerの弟・h03159)は、顔を顰めた。
彼の視線の先には白いドレスを纏って佇む怪異――祝福の庭園。
その背後には庭園が広がり、これが怪異による景色でなければ……と思わなくもない。
√能力者でない彼が、どうするかと考えていれば。
「君も邪悪な輩を成敗するために来たのか!」
プロキオンの背後から、豪快な声が聞こえた。
見れば、燃えるような赤い髪と瞳の青年――|赤龍院・嵐土《せきりゅういん・らんど》(プレジデントレッド・h05092)が大股でやってくる。
彼は隣へと並ぶと、まっすぐ視線を向けて言い放つ。
「ヒーローとして共に戦わないか!」
「いや僕はちょっと……」
臨時変身用ブレスレットを差し出した嵐土に、プロキオンは丁重に断りを述べた。人には向き不向きというものがあるので。
そんなプロキオンに、嵐土は気分を害した風もなくブレスレットを仕舞い込んだ。
「ならば俺が呼ぼう」
そう言った嵐土が仲間を呼ぶ。現れたのは黒いヒーロースーツを纏った男性。
「頼んだぞ、路明!」
『やりゃあいいんだろ! あと、下の名で呼ぶんじゃねえ!』
路明が悪態をつきながら、祝福の庭園へと猛然と走り出す。
すると、迎え撃つかのように祝福の庭園の体から白い花が溢れ出した。噎せ返るほどの甘い香りが周囲へ広がっていく。
「いけない」
まずい、とプロキオンの本能が告げる。
それに従って朱殷の魔導書を広げ詠唱すれば、闇属性の魔力の固まりが祝福の庭園へと放たれる。
まるで牽制するかのような攻撃が、白い花を打ち抜いていく。
『そら、これでも喰らえ!』
路明が振動斬撃波を纏った斧を振り下ろす。その刃は祝福の庭園を深々と切り裂いた。
甘い匂いが散り、かき消えていく。しかし彼女はまだ立ち尽くす。
花畑の中を、ゆらりと黒い影が揺蕩う。
尾を揺らめかせ、ウィズ・ザー(闇蜥蜴・h01379)が花畑の上を泳ぐ。
「春ってこの空気感が良いんだよ」
春の柔らかい風が眼下の花畑を通り過ぎ、花々を揺らす。
暑すぎず寒すぎない機構が心地良い。
「地面歩くのも良いが、やっぱ空中泳いだ方が、こう全身で楽しめるンだよなァ〜」
ご満悦の様子だが、どうも目的の1つを忘れているようで。
しばらく揺蕩っていれば、花畑の奥の方。一条の光が空から降り注ぐ。
光の柱の中、周囲とは異なる景色が見える。花畑……いや、あれは庭園か。
「っとと……そういやァ、コレ依頼だったか」
明らかに異質な光景。
その光景に、ウィズは目的を思い出した。
――なぜ、あの方のように成れないのでしょう。
庭園の前に立つ怪異。喋ったわけではない。しかし、思念が伝わってくる。
「――さァ? 無理なンじゃね?」
“あの方”が誰を指すのか、ウィズにはわからない。
だが、少なくとも人を犠牲にして花を咲かせたとて、憧れるモノに成れるはずがない。
そこかしこ破れたドレスから覗く白い花が、甘い香りを放つ。
風に攫われた花弁が、鋭い刃となって舞い踊り、ウィズを襲う。
「届くかよ」
花弁はウィズに届くことなく、融牙舌――虚無の焔に舐めとられ、消えていく。
まるでラッピングされた花束のような見た目。害意ある怪異でなければ、その美しい姿を鑑賞するのも一興だっただろうか。
けれど討伐対象である以上、放っておくことはできない。
「んじゃァ……イタダキマス」
ウィズが、ガパリと大きく口を開ける。
その内側は、広大な虚数空間。
光のない暗闇が覗く大きな口が、『祝福の庭園』を包み込む。
――……!
魔力が、生命力が吸収される。ウィズの中、声なき悲鳴が響き渡り――やがて途切れた。
「良い花畑だったぜ。俺ァ好きだな」
クカカ、と笑った彼は花畑を堪能するため花々の間へと消えていく。