悪意より生まれいずる宝石
『ペンタクルム・ゲート』関連シナリオ
宿敵旅団『ペンタクルム・ゲート』に関連するシナリオです。これまでの物語は、#ペンタクルム・ゲートで確認できます。
このシナリオは、宿敵旅団『ペンタクルム・ゲート』が関わるシナリオとなります。登場する宿敵は、宿敵主との『Anker』関係が失われており、シナリオに参加しただけでは完全死しません。宿敵主に対して冷淡な反応(他の参加者と同程度の反応)を示す事も多いため、その点は理解してご参加下さい。
このシナリオは、宿敵旅団『ペンタクルム・ゲート』が関わるシナリオとなります。登場する宿敵は、宿敵主との『Anker』関係が失われており、シナリオに参加しただけでは完全死しません。宿敵主に対して冷淡な反応(他の参加者と同程度の反応)を示す事も多いため、その点は理解してご参加下さい。
●移動神殿スフィンクスゲート
ずらりと十五の影がある。
居並ぶ影達の前に、二本の角を持つ眼鏡の青年が立ち、口を開いた。
「ジェーンの調査により、ペンタクルム・ゲートの遺失技術の一つが判明した。皆には、この遺失技術の回収をお願いしたい」
ジェーンと呼ばれた白衣の眼帯女が、フフフと笑いながら長々と小難しい調査内容について説明しているが、淫蕩の悪魔『アスモデウス』はそのすべてを聞き流していた。
理屈はどうでもいい。眼鏡の彼――犯罪鬼妖教授『モリアーティ』が言う、遺失技術の回収という使命が楽しければそれで。
聞き流しつつも、仲間たちの会話から淫蕩の悪魔『アスモデウス』は、大体のことを理解した。
遺失技術の回収はインビジブルの豊富な√EDENで行うこと。
王劍『縊匣』の小王劍が遺失技術の在処に、直接ゲートを開いてくれること。
そして、その遺失技術の名はペンタクルム・パールであること。
「といっても、最初から宝石と言う訳ではありません。強い悪意を持つものに寄生し、その悪意を吸収してエネルギーを蓄え、宝石として結晶化させます」
まだ犯罪鬼妖教授『モリアーティ』の話は続いている。
つまり、ペンタクルム・パールは強い悪意を持つ宿主を殺すことで宝石に変わるので、それを体内に取り込んで持ち帰るという流れになるらしい。
ペンタクルム・パールを取り込むと戦闘力の上昇も見込めるだの、すぐ呑み込んで√EDENの能力者に奪われぬようにしろだの、犯罪鬼妖教授『モリアーティ』がまだうるさく言っている中、淫蕩の悪魔『アスモデウス』はニコリと微笑んで呟いた。
「なるほどねぇ。悪意のある人間が悪事を働いているわけだ、余裕があれば、楽しめるかな?」
●悪事の予感
その頃、星詠みこと尾花井・統一郎(戯言を集めて囃し枯尾花・h03220)は、√EDENの事件を察知していた。
「大変でございやす。一般人を淫蕩の悪魔『アスモデウス』って奴が殺して、中から出てきた宝石みてぇなのを食らってしまうようでございやす」
殺された一般人は銀行強盗を働こうとしていたらしい。
「ということで、殺される者は悪人なのでございやすが……淫蕩の悪魔『アスモデウス』は悪人を殺してから、そのまんま銀行強盗を引き継ぐように、銀行に入って行員だのお客だのを殺してまわろうとするようで」
悪人の殺害は免れないようだが、それ以上の犠牲を出すわけには行かない。
「急ぎ向かっていただき、銀行での虐殺を防いだ上で、淫蕩の悪魔『アスモデウス』も倒してくださいやしね」
●殺される悪人
右手に拳銃を握りしめ、男は被った覆面を確かめるように首元を左手で触った。
彼の視線の向こうには、客が大勢いる銀行が見える。
何度も脳内でシュミレートしている計画を今一度反芻する。
銀行に入る。拳銃を一発撃つ。手近な客を引き寄せ、拳銃を突きつけながら『殺すぞ、金を出せ』と叫び、カウンターに袋を投げ込む――。
「よし、行く……」
ぞ、と言うより先に彼の前に、淫蕩な悪魔が現れた。
「ふぅん、キミがペンタクルム・パールの宿主か。お嬢サンじゃなくて少し残念だったかな?」
「は?」
男は二の句を継げなかった。あっさりと男は淫蕩の悪魔『アスモデウス』の悪魔の翼に切り裂かれ、真っ二つになってアスファルトの上に斃れたからだ。
中から出てきた直径十ミリくらいの宝石を、淫蕩の悪魔『アスモデウス』は「あは」と笑いながら難なく呑み込むと恍惚とつぶやく。
「……あァ……、こんな感じかァ……」
目を眇めた淫蕩の悪魔『アスモデウス』は、つかつかと銀行の中に入り、
「さァ、踊ろうか!」
阿鼻叫喚の客や行員を皆殺しにしようと躍りかかった――!
第1章 冒険 『引き継がれた悪意の事件』
●踊りを止めろ
銀行に淫蕩の悪魔『アスモデウス』が入るや否や、『警察』が飛び込んできた。
「こんにちは、警察っす!」
十全・フルル(見習い喇叭吹き・h10216)は淫蕩の悪魔『アスモデウス』に相対し、大声を上げる。
「銀行強盗を通り越して大量殺人計画とは大胆っすねー」
フルルの言葉に、闖入者を見て何事かと驚き停止していた銀行員や客たちがぎょっとした。
「さ、殺人!?」
パニックになりかけた現場だが、間髪を入れず、クロック・ロック(狂気の猟犬・h01715)が警察手帳を示す。
「動くな、こちらは警察っす。……これ以上の悪事は許さないっすよ!」
淫蕩の悪魔に警察の権力は効かないが、被害者たる一般人たちにはよく効いた。
「自分が相手をしてる間に、逃げて」
クロックが言うと一般人が雪崩を打ったように走り出した。
走ったもののどこへ逃げれば良いのかと右往左往しする人々を、クラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)が誘導する。
「早く逃げて! 出口はあっち!」
と、周囲に土色の煙幕が溢れ出て人々の視界を奪う。
「?! ど、どっち……?!」
と焦る人々だが、ふと煙幕の中でまるで地獄から極楽へ導く蜘蛛の糸のように、出口までの線を描く黒銀の糸がキラリと僅かに光るのに気づいた。蟲煙袋の煙幕を張った和紋・蜚廉(現世の遺骸・h07277)が敷いた斥殻紐である。
余計なものを見せず、ただ出口だけに集中させる――彼の気遣いだ。
「パニクッてないでさっさと行きな」
逃げる人々の頭上、つまり天井から声が聞こえてくるが、一般人たちには煙幕で見えていない。
しかし声の主は実は天井に張り付く巨大な水大蜥蜴の影、つまりウィズ・ザー(闇蜥蜴・h01379)である。仮に、一般人がウィズを目の当たりにしていたら狂乱が更に増していただろう。
「おっと、もう邪魔が入っちゃったかァ」
あっという間の避難誘導に、淫蕩の悪魔『アスモデウス』は一瞬驚くも目を細めて舌なめずりする。
「けど、これくらいで諦めてあげるほど俺は優しくない」
逃げおくれた老婆へと淫蕩の悪魔『アスモデウス』が手を伸ばす。
「!!」
老婆の背が切り裂かれるも、血が溢れるより絶叫が迸るより早く、その傷は巻き戻ったように癒えた。
クロックの【治療弾】と、ウィズの星脈精霊術【刻遡行】の力だ。ウィズの√能力は、致命でなければ必ず十分以内に傷を治す。クロックの治療弾が放つ癒しの光との相乗効果で老婆の傷は瞬時に回復したのだ。
片脚を失認しつつも超感覚で動きを補完しつつ、蜚廉は老婆を抱きかかえて出口へ走る。
ついでにアスモデウスの足元に自身の甲殻から産んだ毒入りの鉤爪も撒いておく。
「好き勝手しないでくれるっすか!? 腹立つんでね! 現行犯逮捕っすよ! 逮捕!」
フルルは【霊能震動波】を淫蕩の悪魔『アスモデウス』の足元にだけ生じさせた。
「おおっと……」
激しく揺れる地面に翻弄され、アスモデウスの高いヒールのブーツがでたらめなタップを刻み、蜚廉の鉤爪を踏んだ。
じわりと滲む毒が彼の動きを鈍らせる。
「自分が守るっすから、出口まで落ち着いて向かってくださいっす!」
フルルは淫蕩の悪魔『アスモデウス』に立ちはだかり、剣を構えた。己の身を削ってでも食い止める覚悟だ。
「警察官として、これ以上の犯罪は見逃せないっすよ」
フルルの隣でクロックも構えつつ、しかしクロックは考える。
(「……人間から宝石?」)
銀行強盗予定の男を殺して取り出した宝石を淫蕩の悪魔『アスモデウス』は呑み込んだ。
あれはなんだったのだろう。ペンタクルム・ゲートと関係があるのだろうか。
気になることだらけだが、今は未然に銀行強盗ならぬ銀行無差別殺人を阻止することが先決だ。
天井に張り付いて状況を見守るウィズも、ペンタクルム・パールなる宝石について考える。
(「簒奪者の悪意を吸った場合、良い石が出来そうだが……、まさか、な」)
まだ何もわからない。仮定は仮定として考えておくべきだろう。
徐々に蜚廉の煙幕が晴れていく。
「ああもう、皆逃げてしまう」
淫蕩の悪魔『アスモデウス』がガランとした銀行を見回して、ため息を吐いた。
彼の目に映る出口では、殿を務めていた支店長が今まさに出ていこうとしているところであった。
「それはつまらないな!」
不意に悪魔の翼を広げ、床を蹴ろうとした彼を、黒い茨の蔓が拘束した。
「|茨の蔓を操る魔法《シュタルテン》」
クラウスの魔法だ。
「かわいい顔をして緊縛プレイがお好みかい?」
軽口を叩きながら茨を引きちぎろうと藻掻く淫蕩の悪魔『アスモデウス』に、クラウスは冷静に次の【茨の蔓を操る魔法】の準備を行う。
拘束を破られてもすぐにまた次の茨蔓で縛ればよいのだ。
ぎりぎりと締め上げられる淫蕩の悪魔『アスモデウス』に、一人の少女が歩み寄る。
「アスモデウス、もうここにお前が虐殺しようとした人々はいないわ。皆、無事よ」
人々の避難誘導を完了したライラ・カメリア(白椿・h06574)であった。
「これ以上、罪なき命は散らせないわ!」
「それは残念」
ぎりと睨むライラに、淫蕩の悪魔『アスモデウス』は余り残念そうではない顔でそう応える。
「お前……夢の中だけでは飽き足らず|√EDEN《現実世界》まで侵食しようとするなんて」
「夢? ……お嬢サン、どこかの夢で俺と踊ってくれたことがあるとか?」
アスモデウスを知っているというライラの口ぶりに、淫蕩の悪魔『アスモデウス』は首を傾げつつ、右手をそっと伸ばして彼女の金の髪を撫で、流れるような動きでおとがいを優しくすくった。
「ッ!?」
クラウスが愕然とする。いつの間に彼は茨の拘束を破ったのだろう?
「ふぅん?」
しげしげとライラの顔を見つめる淫蕩の悪魔『アスモデウス』。
ライラはここで斬り伏せてやりたいと強く思いながら、彼を睨み返す。
「あは、強気そうなお嬢サンだ。確かに何処かで会った気もするし、そうでもないような気もする」
パッとライラから手を離し、アスモデウスは淫靡に微笑んだ。
「まぁ、それは……どうでもいい、かな。今此処で、俺とお嬢サンは出会った。それだけが真実ってことで、ネ」
「アスモデウス!」
――やっぱりここで斬る!
ライラが聖剣『Valkyrie』を突き刺そうと突貫するも、軽く床を蹴ったアスモデウスはひらりと後ろ宙返りを披露して、自律式竜漿兵器の刃からから距離を取った。
「モリアーティの言う通り、√EDENの能力者は油断できない存在……みたいだね。なら、ここからは真面目にやらないとなァ」
第2章 集団戦 『魔術の劣等生』
●お嬢サンのパーティー
――なら、ここからは真面目にやらないとなァ。
と言うなり、淫蕩の悪魔『アスモデウス』はパチンと指を鳴らした。
「おいで、可愛い俺のお嬢サンたち」
ぞろぞろと何処からか湧いて出てくる『魔術の劣等生』の群れ。
「アスモデウス様。あたし、ダメな子だけど、一生懸命がんばりますから見捨てないで!」
「私には、アスモデウス様しかいないの……」
「がんばったら、うちと踊ってくださいねぇ?」
劣等生の心の闇をくすぐったのだろう。彼女らは淫蕩の悪魔『アスモデウス』の忠実な僕となっている。
「もちろんだよ、お嬢サンたち。こいつらを皆殺しにして、今夜は俺と楽しもうじゃないか」
ふふと笑い、淫蕩の悪魔『アスモデウス』は『魔術の劣等生』を君たちに差し向ける。
ライラ・カメリア(白椿・h06574)は優雅にカーテシーをしてみせた。
「ご機嫌よう、お嬢様方。悪魔の毒牙に掛かってお気の毒ですわ」
ライラの憐れむ視線の先には、涙目で『アスモデウス様のために頑張らなくっちゃ』と立ちはだかる『魔術の劣等生』。
彼女らを見た十全・フルル(見習い喇叭吹き・h10216)は、あー……とため息を吐きながら頭を掻いた。
「こういうタイプ?」
淫蕩の悪魔に仕える魔女というオーソドックスな組み合わせだが、こうも精神的に依存しているところを見せられると気分の良いものではない。
「あの悪魔は言葉で他者を惑わすタイプなんっすかね」
と『魔術の劣等生』の壁の後ろでほくそ笑んでいる淫蕩の悪魔『アスモデウス』を睨めつけるクロック・ロック(狂気の猟犬・h01715)。
「そんな奴に誑かされたら駄目だよ……」
クラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)の説得の声はもちろん、哀れにも心をアスモデウスに囚われた彼女らには届かない。
「食い物にされてた意思で、この場に現れるとは」
和紋・蜚廉(現世の遺骸・h07277)もフルルら同様呆れた様子で呟くが、『魔術の劣等生』らの殺意は本物だ。
殺す意志があるのであれば、こちらは生き足掻く意思で抗うことにする。蜚廉は体内の振動器官を研ぎ澄ませ、嗅覚器に集中して、相手の攻撃の気配を読み取らんとした。
「不純異性交遊はアウトっすよ。散れ、散れ! ……月の光に集うように、夜の闇の中で眠るように」
インビジブルを集めて、月光のリボンを編みはじめるフルル。
その光を見た『魔術の劣等生』は、大きく息を吸い込んだ。シャウトの準備だ。
「させん。戻る形は絶えぬまま、沈まぬ意はここに在り」
絶叫の気配を感じ取った蜚廉は生命力をたぎらせると、黒銀の糸に力をまとわせて爪先から放った。
先程は避難経路を示した光る細い糸が、今度は『魔術の劣等生』の華奢な喉にぐるりと巻き付く。
糸を伝わせ、蜚廉が生命力を注ぎ込めば、『魔術の劣等生』の口が縫い止めたように急に閉じる。
「何を楽しむつもりであったのか、聞く事は野暮だろう。その前に、閉じた口では何も喋れぬか」
野良蜚蠊による思考操作の結果、開けぬ口に戸惑い苦しむ少女の腹へと蜚廉は強化した拳を叩き込んだ。
弾け飛ぶ可憐な泣き虫少女に蜚廉は言い放つ。
「宴の賓客にしては華が足りぬ。闇に負けぬ意志を持って、出直してくるのだな」
フルルの天使の羽根を模した飾りのついた白い直刀へ、月光のリボンが巻き付く。
「満月モードにパワーアップっす!」
『魔術の劣等生』が放つ緑色の火球群を、月の力を得た欠片剣で叩き落としながらフルルは敵の陣中へと突っ込んだ。
「可哀想なお嬢さんたち、悪いオトコに騙されて……」
とはいうものの、フルルはあまり彼女たちに同情はしない。フルルは怯えたように見上げてくる『魔術の劣等生』めがけ思い切り欠片剣を振り上げる。
「次はああいうのに引っかからないといいっすね」
次とは、来世だが。
「舐められたものっすね……相手の強さを考えると、情報収集用の捨て駒のようにも感じて皮肉を感じますが」
クロックはそうやって煽りながらも、警戒は怠らない。敵は敵。油断をしては足元をすくわれる。
「その程度で自分たちに勝てるとでも?」
膿のような蒼いそれは触れるものすべて呪う粘液。それをクロックは手に装着した鉤爪にたっぷりとまとわせるなり、駆け出す。
「……ゥウウギャアアアアアアアアアア!!!」
ヒステリックな|魔女の絶叫《ルーザーズシャウト》がクロックの脳髄を苛むが、多少のダメージは承知の上で音圧の中を突っ切ると――喉から叫びを迸らせる『魔術の劣等生』の口に鉤爪を突っ込んで、思い切り下に裂いた。
「……恐怖を、味わえ」
攻撃中に貯めていた黒い波動を放ち、仲間の惨状にあっけにとられている『魔術の劣等生』らを吹き飛ばすクロック。
「夢を見るのは終わりっす」
「ウワアアア! 死んで! 死んでよぉ! あたしがアスモデウス様と踊るのぉ!」
狂乱する『魔術の劣等生』がブンブン振り回す箒を、クラウスは極限まで高めた集中力で掻い潜っていた。
(「……やりにくい相手だな」)
悪事を手伝っているとはいえ、劣等感に付け込まれてアスモデウスに従っている『魔術の劣等生』。
彼女らに憐憫を抱かないと言えば嘘になる。だがクラウスは雑念を捨て、戦闘にだけ集中するよう努めた。
「ちょっと痛いかも。ごめんね!」
大ぶりの箒をかわし、『魔術の劣等生』の懐に飛び込んだクラウスは気絶させられないかと攻撃を試みた。
「うぐうっ……あ、ア、アスモデウス様あたしに力を!」
ダメだった。『魔術の劣等生』は一瞬ぐらりと目を回しかけたが、持ち直してしまった。
クラウスとしては、一般人を害さぬ限り出来るだけ殺したくない相手なのだが。
「アスモデウス様のために死んでぇええっ!」
クラウスの気持ちも知らず、さらに箒を振り上げようとする『魔術の劣等生』の前に、ライラが割って入る。
「せめて花を贈りましょう、終焉に相応しい祝福の花を」
――さあ、舞い踊りましょう──!
ライラが祈りを捧げるなり、麗しい白きカメリアの花びらが周囲に舞い上がる。
「……きれい……」
悪魔に心奪われた少女達は、幻想的な光景に目を奪われ、そして。
「美しい花々で眠って頂戴な」
ばったりと倒れ伏し、二度と起き上がることはなかった。
ぱち、ぱち、ぱち。
銀行のカウンターに腰掛けていた淫蕩の悪魔『アスモデウス』が拍手を送る。
「早いなァ。俺の可愛いお嬢サンたちが、こんなに早く片付けられてしまうとは。本当に驚きだよ」
神経を逆撫でする甘い声の主をライラは睨みつける。
それにしても彼はライラを覚えていないらしい。
(「今は本当に縁が切れているのね」)
先ほどのやり取りと合わせ、完全に状況を理解したライラの胸が一瞬ずきりと痛んだ。
(「……解放された」)
悪魔と縁を結ぶ重荷を下ろした。罪悪感がライラの胸を突く。
しかしライラは首を横に振った。今は考えに浸る場合ではない。
一つ深呼吸すると、ライラは仲間たちに微笑み、いまだ舞い散る花弁の中で剣の切先を淫蕩の悪魔『アスモデウス』に突きつけた。
「可憐なお嬢様方を盾にするのはもうおしまい。掛かってきなさい!」
淫蕩の悪魔『アスモデウス』はニコリと麗しく微笑んだ。
「……うん、そうだな。そう」
カウンターから降り、淫蕩の悪魔『アスモデウス』は舞う花弁を一枚指先で摘むと、口元へと持っていく。
「|踊《殺》ろうか、お嬢サン方。楽しいダンスにしようぜ」
カメリアを噛みちぎるなり床に吐き出して、淫蕩の悪魔『アスモデウス』は舌を出してみせた。
第3章 ボス戦 『淫蕩の悪魔『アスモデウス』』
●悪魔と踊ろう
淫蕩の悪魔『アスモデウス』が吐き捨てたカメリアの白い花弁に、ライラ・カメリア(白椿・h06574)は冷淡に視線を落とす。
「……望むところよ」
ライラは剣を構え、淫蕩の悪魔『アスモデウス』を冷ややかに見つめた。
「とびきりのレクイエムを贈るわ」
――お覚悟を。
白椿の嵐がライラを包み、背中を押す。
地を蹴り、アスモデウスの頭上へと飛び上がったライラは、自律式竜漿兵器『Valkyrie』を抱えてアスモデウスの胸めがけて急降下する。
だが淫蕩の悪魔『アスモデウス』は、余裕の笑みで腕を広げ、ライラを迎えようとした。
「さァ、腕の中へおいで」
刃が怨敵に刺さる……と思った瞬間、凄まじい勢いで|現金預け払い機《ATM》がライラの横顔めがけ飛来してきた。
「!?」
慌てて超重量の機械の突進を避けるライラと愛剣。刃は悪魔に通らず、しかしライラも傷つかず。
壁にめり込んだATMを見やり、ライラは冷たく言う。
「そんな荒々しいダンスのお誘いに、手を重ねる紳士淑女はいなくてよ」
アスモデウスはくつくつと笑った。
「つれないねェ、お嬢サン」
「口が回る男っすね。一人で踊ればいいのに」
クロック・ロック(狂気の猟犬・h01715)の言葉を聞きながら、ライラは剣の柄を握り直す。
剣を振るう、悪魔と相対する、どちらもライラは慣れている。
けれど今は孤独に戦う夢の中じゃない。仲間がいる。
――ひとりじゃないわ。
「一人だなんて楽しくないだろう? 淋しいダンスは好きじゃない」
クロックは、ペラペラ喋るアスモデウスを見ながら感じていた。――生かしておいちゃいけない。
ここで、息の根を止める。
クロックは青黒く輝く巨大な猟犬の姿に変容した。
「俺も、本気でいく」
シュリョウホンノウで高速化し、猟犬は獲物たる淫蕩の悪魔『アスモデウス』へと殺到する。
無効化せんと右手を伸ばす淫蕩の悪魔から素早く逃げ回りつつ、クロックは隙あらば噛みついて翻弄した。
周囲をちらちらと残像が残る勢いで駆け回る巨狼の如きクロックが、アスモデウスの意識を釘付けにしている間に、 十全・フルル(見習い喇叭吹き・h10216)は、黒い騎士鎧を纏った。
「よーし、あとはあいつをぶっ飛ばすだけっすね」
フルルはアスモデウスへと黒羽根の槍の穂先を突き出した。
「楽しくないとか知るか、ダンスなら一人でやってろ!」
フルルもクロックと同じく、ヒットアンドアウェイを意識する。
「あんたらが何を考えてるかはわかんないっすけど、好きにはさせないっすよ!」
第六感を駆使して、切り裂いてこようとする悪魔の翼を掻い潜り、槍の刺突を繰り返すフルル。
黒の猟犬と新月の黒騎士が悪魔と戦うなか、
「ただ倒すだけじゃダメそうな気がするんですよね……予知的に」
ナノ・クォークの観測装置『√Gazer』を手に、真心・観千流(最果てと希望を宿す者・h00289)は考えていた。
解析したところ、淫蕩の悪魔『アスモデウス』とペンタクルム・パールは完全に融合済みのようだ。アスモデウスはこの融合で、かなり強化されているらしい
殺してもダメなら、捕縛はどうだろう。
そう考えた観千流は、二丁拳銃『疑似精霊銃』を用いて量子ハッキング弾頭と量子干渉弾頭をアスモデウスの足元に撃ち込んだ。
量子ハッキング弾頭から伝わる情報から分析し、量子干渉弾頭で分解を試みて、ペンタクルム・パールとアスモデウスを分離できれば、と観千流は考えたのだが……どうやら結果は芳しくないようだ。
ならば捕縛にかかろう、と観千流はエレメンタルバレット『極点通過』を発動させる。
ナノ・クォークの弾丸がアスモデウスを捕らえて、量子固定する。
「物理的な時間停止、下手に破ることはできないと思いますが果たして……」
淫蕩の悪魔の時間が止まる。
クロックのあぎとがアスモデウスの腕に食いつく。
猟犬に続けとフルルの穂先がアスモデウスの脇腹に突き刺さろうと迫る。
が、その槍は捕縛を振りほどいた悪魔の翼で切り裂かれ、床に突き刺さる。
驚くもフルルは欠片剣を抜いた。
「ピンチはチャンス!」
十字に斬りつける刃で、アスモデウスの胸から赤が散った。
驚いたように自分から溢れた血を見おろし、アスモデウスは微笑んだ。
「ふふ、面白いことするねェ。お返しだよ」
アスモデウスはそのまま翼でフルルとクロックをなぎ倒す。
床に転がった二人に続けて翼が突き刺さろうとしたのを、クラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)がその身を持って庇った。
真っ二つに切り裂かれたクラウスは、死ぬはず。だがクラウスはその場で即座に蘇る。
その様子を目の当たりにした淫蕩の悪魔の目が驚きに見開かれた。
「面白いねェ、キミ」
「やっと自分が戦う気になったみたいだね」
紅きネックレスReminiscenceと融合し灰色の狼耳を冠するクラウスは、何度も蘇生する力を得ている。
クラウスは己から満ち溢れんばかりの魔力を用いて、氷と雷を喚び、悪魔を苛んだ。
雷に打たれ、氷柱にぶつかられながらも、アスモデウスは余裕の顔を崩さない。
「派手な舞台演出だねェ。俺のダンスが映えるよ」
(「妙に強く感じるのは宝石を食べたからかな……? 悪人を殺して戦闘力強化を狙っているんだろうか」)
弛まず魔法の波状攻撃を続けつつ、クラウスはアスモデウスを睨みつける。
「それほど踊りたいのならば、我が分体が付き合おう」
そう言うと、和紋・蜚廉(現世の遺骸・h07277)は唱える。
「一を屠れば、三が走る。 闇に潜むは殻の影、影に蠢くは我が声なき分体」
ぶわりと増えた蜚廉の三十ほどの分体が、アスモデウスに迫る。
それぞれの胸殻にある翅音板が耳障りな音をたてる。
「……ダンスミュージックにしては無粋だ」
不機嫌そうにアスモデウスは眉を寄せ、分体を翼で破壊した。
しかし蜚廉の分体は崩れれば崩れるほど数を増していく。
空間が真っ黒になるほどに。
頭がおかしくなるほどに、鳴り響く無数の翅音板。
満ちる騒音に苛立ちをみせるアスモデウスに、蜚廉は告げた。
「汝が裂いた命の数だけ、増えた分体が遺恨を晴らす」
分体の体液に仕込んだ蜚廉の麻痺毒が、アスモデウスの動きを阻害する。
「……キミ、嫌な踊り方だね……」
アスモデウスがよろけた瞬間を、クラウスの雷と観千流のナノ・クォーク属性弾が射止める。
時間停止した淫蕩の悪魔の心臓めがけ、|夜の守護者《ライラ》の祈りに応え飛んだ聖剣Valkyrieが深々と突き刺さった。
「がはっ」
吐血が落ちた床に聖剣で縫い留められながらも、なおアスモデウスは生きている。
敵意を持って見つめてくる相対者達を見回し、血を唇から垂らしながら悪魔はなお嗤い、呟いた。
「はは、ひどいなァ……平和と愛のためなのにさァ……」
「……平和? どう言う事だ?」
瀕死の淫蕩の悪魔『アスモデウス』が呟いた言葉を、猟犬の怪物姿のままクロック・ロック(狂気の猟犬・h01715)は聞きとがめた。
警官として望むべき平和。悪魔が望むには似つかわしくない。
(「戯言だろうか? それとも」)
ペンタクルム・ゲートに関連することだろうか。
淫蕩の悪魔『アスモデウス』は真面目に頷く。
「俺の目的さ。素晴らしい世界を創るんだよ、ペンタクルム・ゲートは」
「目的……」
まさかこの悪魔は平和主義だとでも言うのだろうか。クロックは警戒心を高めた。
「悪人の体で育つそのパール。集めて何をする気だ? 貴方の体の中でも、育ちそうだけどな。あの宝石。貴方の存在も使い捨てかと思ったが、違うのか?」
「何をする気、か。その質問にはさっき答えたよ、お嬢サン」
よろりと立ち上がり、胸から血を流しながら淫蕩の悪魔『アスモデウス』は恍惚と両手を広げながら、クロックに歩み寄る。
――素晴らしい世界を創るんだよ。
「貴方は、信頼できない」
猟犬は獲物に飛びかかった。
瞬間移動した悪魔の背後から手錠で捕縛し、鉤爪で何度も切り刻む。
「そう? 残念だなァ」
アスモデウスは細切れになって地に落ちると、黒い靄のように変わり、すうっと消えていった。
「…………」
死にゆく彼から嘘つきの匂いがすればよかったのだが。
「…………本気で?」
クロックは信じられない思いで呟いた。