囀る火の粉
『ペンタクルム・ゲート』関連シナリオ
宿敵旅団『ペンタクルム・ゲート』に関連するシナリオです。これまでの物語は、#ペンタクルム・ゲートで確認できます。
このシナリオは、宿敵旅団『ペンタクルム・ゲート』が関わるシナリオとなります。登場する宿敵は、宿敵主との『Anker』関係が失われており、シナリオに参加しただけでは完全死しません。宿敵主に対して冷淡な反応(他の参加者と同程度の反応)を示す事も多いため、その点は理解してご参加下さい。
このシナリオは、宿敵旅団『ペンタクルム・ゲート』が関わるシナリオとなります。登場する宿敵は、宿敵主との『Anker』関係が失われており、シナリオに参加しただけでは完全死しません。宿敵主に対して冷淡な反応(他の参加者と同程度の反応)を示す事も多いため、その点は理解してご参加下さい。
●うるさい
移動神殿スフィンクスゲートにて。
「ジェーンの調査により、ペンタクルム・ゲートの遺失技術の一つが判明した。皆には、この遺失技術の回収をお願いしたい」
――『囀る沈黙』レティセンスは退屈していた。|雑音《ノイズ》が多い。数人――人と数えられるか怪しい連中は比較的静かだが、あまり好ましくはなかった。
空間に詰め込まれている数もそうだが、広い空間の中でも声はやけに響き渡る。喧しい。黙って。どうして私がこんなところにいなきゃいけないの。自身の|目的《夢》のためとはいえ、こんなにも。
「うるさい。モリアーティー、通訳」
ぴしゃりと少女の声が響き渡る。痺れを切らしたレティセンスが話を遮ったのだ。
「まぁ端的に言えば、ペンタクルム・ゲートを起動させるエネルギー……電池のようなものだね。当然だが、中のエネルギーは――」
通訳は優秀だ。比較的落ち着いていて、でも野心に溢れていて、マトモに見えてマトモじゃないとこ。
皆が次々言葉を発している。だが自分以外の音が気に入らない彼女は、その大半を聞き流していた。
計画は必ず成功する――邪剣・禍骨が白い刀身の剣を翳す。
「これこそ王劍『縊匣』の小王劍の一つ」
あの白く美しい刀身も、これから穢れていく。私の手に渡ったらどうしてやろう。なんて考えながら、己の生み出す茨の触手を腕に伝わせ、ひとり小さく踊る。
「遺失技術の名は、ペンタクルム・パール――」
長々とした説明に、どんどんレティセンスは飽きてきた。通訳はまた説明に徹している。
「充分に育ったペンタクルム・パールは、宿主を殺せば宝石化するので、それを持ち帰って来るという事だ」
パールひとつぶでそんなに楽しいのかしら。彼らがパールを飲み込めば人魚姫のように黙ってくれるのかしら。
結局静かなのは、あのお爺さんくらいだった。レティセンスは頬を膨らませる。
●しずかにして
「ああ、もう、うるさかった! でも人間より少しはマシ!」
ふん。不機嫌を示す『囀る沈黙』レティセンス。此度の『舞台』は――お人形さんを沢山飾れる場所だ。
でも、もーっともーっと飾るには……あの場所が必要。とっても静かで広くて、私の『コレクションルーム』にぴったり!
「悪い人探しなんて簡単よ」
自らの頬を両手で包み、耳をすませる。聞こえてくる|雑音《ノイズ》の中に――釘を打つ音が混ざる。
あーあ、見られちゃったわね。
人を呪わば穴二つ。レティセンスに気づかぬまま、女は必死に、木に藁人形を打ち付けていた。貼り付けられた写真の女の顔に、カン、カン、カン……。
「あなた。煩いわ」
その言葉ひとつで、女は沈黙する。振り返るも遅くお人形さんの仲間入り。ちいさなひとつぶはすぐにレティセンスの腹の中。
――その晩、神社は炎に包まれることとなった。人形供養、お焚き上げと呼ぶにはあまりに恐ろしい大火である。火を付けたレティセンスは、ばちばちと鳴る火の音を聞きながら歯ぎしりをする。
本当に、煩かった。憎かった。人形ですら煩いなんて――自分でも信じられない……。
手に握っていたライターと金槌を放り投げ、『囀る沈黙』レティセンスは静寂の中に溶けようとする――。
●おとどけもの。
「ド急の厄介事の『お届け』だーーッ!! |縊匣《くびりばこ》案件――マジでデカいよ!」
おまえの声量もデカい。オーガスト・ヘリオドール(環状蒸気機構技師・h07230)はテーブルの上にカプセルを転がし。
「ペンタクルム・ゲートはご存知かな……」
まともに知らないに決まっていることをドヤ顔で。自分ですらよくわかっていないくせに。展開されるホログラム、ずらりと情報が書き連ねられたそれ。
「緊急だ、ざっくり! √EDEN! 人形供養で有名な神社。そこに突然開いたゲートから現れた簒奪者が……えっと」
言葉を一旦、濁しながらも、オーガストは続ける。
「藁人形を木に打ち付けていた女性を殺害する」
それは確定事項。逃れられない運命。彼女はどう足掻こうと、死ぬさだめにある。
「そして、殺した一般人の体から、パールみたいなものを取り出して食べちゃう。それを食べた敵は、戦闘力が強化されるみたい」
顎を揉みながらオーガストは何やら考え込んでいる。……アシスタントAIに急かされるまで黙っていたが、そこからようやく口を開いた。
「殺された一般人は悪人。人を呪うだけじゃない、ありもしない話をでっち上げて人を貶めたり犯罪行為にも手を染めてた。彼女を殺した敵はその悪事を引き継ぐように事件を起こす……」
それが何かといえば。
「神社への放火だよ」
真剣なその眼差しが、EDENを見た。
「急いで現地に向かって! 相手は煩いのが大嫌いな可愛い子ちゃん、『囀る沈黙』レティセンス――まともに囀れないようにしてやろう!」
第1章 冒険 『引き継がれた悪意の事件』
風はない。快晴。晴天。星空。ぱくり。天を仰いだ『囀る沈黙』レティセンスは、|犠牲者《人魚姫》から取り出したひとつぶの真珠を飲み込んだ。
あつい。喉があつい。でも、そうね、悪い熱さじゃ……ないはずだった。
「……燃やさなきゃ」
あの『彼』の話など、ろくに聞いてはいなかったが。要点だけは聞き取れていたから。
継いであげなきゃ。
だってあの子たち、煩いの。
だってあの子たち、私の人形たちと違って、可愛くないの。
だってあの子たち、私を見てくる――。
「見ないでよ。煩いわ。何よ、何よ、何が言いたいの? 喋らなくても分かるわ――ええ、そうね!」
一体誰と話をしているのか、端から見ればわかったものではない。ただ狂気に浸る少女にしか見えない。首を振り、時には頷き、頭を掻きむしり――そして。
レティセンスは女の死体から――金槌と、ライターを手に取った。
「煩いッ!!」
――叫び声が、神社の境内に響き渡る。
がちんと音がして、並べられていた人形の一体、レティセンスはその頭を金槌で叩き割った。
カチ、カチ、カチ。ライターの火をつけようとする音が響いて。
|雑音《ノイズ》が響く中、彼女の周囲に、まるでガスのような黒いモヤたちが集まり始めた――。
「うひょー! 神社で怪事件って√汎神解剖機関っぽい……√EDENじゃん!」
そうなのである。相手は『囀る沈黙』レティセンス。√汎神解剖機関にて暗躍する者のひとり。だが、此度の|彼女ら《・・・》の狙いは√EDENそのものだ。雪月・らぴか(霊術闘士らぴか・h00312)は唇に指を当て考える。
「また何かきたの? よくわからないけどやばいじゃん! ってゆーか最近新√繋がったあたりから立て続けに色々起こり過ぎじゃない?」
まったくその通り! 忙しいったらありゃしない。ここ1~2か月で何件の事件が起きているのか、指折り数えられる程度ではあるが、尋常ではない事態だ。直近では、√仙術サイバーの開通、真人化工場、魔法少女現象、そして王劍『縊匣』! 猫の手でも借りたい、おばけの手でも借りたいといったところか。
犠牲者が出るのは残念だが……「悪人ならまあいいかな」とらぴかは小さく頷いた。こういうところはドライなのが彼女である。ようしゃ、なし。
「でもでも、神社の放火は止めないとね! そういうところ燃えると何おこるかわかんないし!」
√汎神解剖機関では確実に『厄い』案件となり、√EDENでも何かが起きてもおかしくはない!
既に死者が出てしまっているのだ。その殺害場所がどこかは分からないが、レティセンスは神社へと向かった……となれば、彼女の歩いた道筋を辿るのは簡単なことだろう。幸い、まだ煙は上がっていないが……らぴかは参道を進んでいく。
カン、カン、ぐしゃ。嫌な音が聞こえた。
「――うるさいっ、うるさいうるさい……!!」
……小さく、しかしヒステリックに呟く『囀る沈黙』レティセンスの背中が見えた!
手に持った金槌で、人形たちを叩き潰しているようだ。罰当たりにもほどがある!
その姿を視認したらぴかはすぐさま√能力を発動する――|寒霊恐手《カンレイキョウシュ》ゴーストハンド!!
「にょきにょき~~っとなーー!!」
「っ……なっ!!」
レティセンスに襲いかかる無数の手――! 振り返った瞬間、ライターを奪おうとする冷たい幽体の手が、その手首を掴み上げていた。暴れる彼女に向かって、らぴかは息を吸い――叫ぶ!
「あーあー放火魔さーん!! やめてくださーい!! 他人にもお人形さんたちにもすっごい迷惑でーーっす!!」
「う、うるさっ、煩いわよあなた!! 何ッ、なに!?」
レティセンスは両耳を塞ぐ。その隙に大量の腕に拘束され、手に持っていたライターを地面に落としてしまう。
困惑のまま、レティセンスはらぴかを睨みつける――!
女性の悲鳴が聞こえる。聞こえた――といったほうが正しいのかもしれない。正しく、一足遅いのだ。それに遅れて続いた少女の悲鳴が何なのかは、さておき。
煩いのがお嫌いらしい。あまり怒らせたくはないが、今更かもしれない……そう思いながらも、赫夜・リツ(人間災厄「ルベル」・h01323)はいつものように相棒たる炎の蝶を呼び出した。
「ヒイちゃん、頼むよ」
ひそひそと声をかければ、まるで頷くように蝶は羽ばたいてみせた。
神社の境内は木々が多く、手入れされた参道はよく目立つが、足元は暗い。急いで灯りとなる蝶と共に先へと向かえば、すぐに『その光景』が目の前に見えた。
先ほどまで何らかの『腕』に拘束されていたか、痣の残る肌を払いながら、ライターを拾おうとする少女――レティセンス。
「何よ何よ何よぉッ……!! なんで邪魔するの! 聞こえないの!? こんなにっ煩いのにぃ!!」
カチ、カチ、カチ。なかなか火の着かないライターを忌々しげに見つめる彼女はずいぶんと荒れ模様。思っていた以上だ。リツは眉根を寄せながら、その様子を窺う。
周囲に漂う黒いモヤは浄化の炎をそうっと避けるように動くが、完全に祓えるわけではなさそうだ。何かトリックがあるのか――。
その光に気づいたレティセンスが振り返る。蝶の纏う炎を見て一瞬目を見開き。そして、リツの姿を見て忌々しげに唇を噛んだ。
「EDEN……まだ来るのね。何? 今度は協力してやろうー♥️ってつもり? ふんっ、バカにしないで! 何をしようとしてるのか、見え透いてるわっ」
レティセンスは勝手に喋り始める。『囀る沈黙』――自分以外の囀りを許さない、その性質ゆえの称号だが。案の定妙な勘違いをされたようだ!
「違います、放火の手伝いをしたいわけじゃないです。火事にならないよう気を付けます……!」
舞い踊る蝶が放つのは癒しの灯火だ。だがレティセンスはそれを邪魔そうに手で払い除けて、眩しそうに目を細めている。纏っている苛立ちも収まる気配はない――そもそも簒奪者、それも強化されている彼女だ。
「あなたもイヤッ!! 邪魔するくらいなら、私ごと燃やしちゃえばいいのに!!」
ヒステリックな叫び声が響き渡る。灯火が消えてなお、きんきんとした声が境内に響き渡る――その様子に、リツは小さな違和感を覚え、目を細めた。
機嫌が斜めなわけではない。唸る。それだけで良いから、そうする。それだけのこと。
「……グルルル」
唸る先で、カチ、カチと音がする。ヒトが必死になってライターを着けようとしている音だ。
煩い、煩いと喚く声も聞こえる。……持ち前の聴力は、小さな少女の手が「なにか」を鳴らしていることすら拾っていた。コウガミ・ルカ(解剖機関の飼い犬・h03932)は考える。
放火は、良くない。広範囲に被害が出る。人間も危ないから止めないと。それに……きっと煙たい。今だって、ほんの僅かに――常人には察知できないであろうガスの匂いがしている。ルカは眉をひそめて、獣のように参道を駆けていく。
「対象、発見」
そして――『彼女』を視界におさめた瞬間、少女へと飛びかかった!
「……誰!?」
ライターを握りしめたまま振り返ったレティセンス。手の中にあるライターを見て、あれは――火をつける物だったと、記憶から知識を呼び起こす。
「きゃ、あぁっ!? ちょっと! いきなり何よっ!!」
――自らの本能と肉体、それに遅れて思考。考える前に、唸るように地面が、否レティセンスが揺れている。ぐらつく中でなんとか体勢を整える彼女。だがそのライターを持つ手を狙い、ルカの手が素早く――まるで獣が引っ掻くかのようにして振り抜かれる!
「あっ!?」
やや遠く、弾かれて地面に落ちるライター。一瞬そちらに視線を向けたレティセンスだが、今はそれに気を取られているわけにはいかない。邪魔をされた――!
「このっ、何するのよ、あなたッ!!」
目の前のルカを排除するため――あの人形たちと同じようにすべく、金槌を振りかぶる!
その手を掴み、捻り上げるルカ。レティセンスが唸り、目を見開いた。あまりにも速い反応速度に下唇を噛み、そして彼女は叫ぶ。
「……あなた、静かなくせに、やることは『煩い』のねっ!」
不愉快そうに吐き捨てた彼女が、ルカの足元を払うように蹴りを繰り出す。それを避け、距離を取ったルカ。
「……煩い?」
「ええ、とっても! ……変なひと。静かすぎて、分からなかった――」
先ほど捻り上げられたせいで痛めたのか、金槌を握る手首をさすりながら、ルカの様子を窺うレティセンス。
「お前も、耳が良い?」
首を傾げるルカ――再度、いつでも襲撃できるようにと構える。レティセンスはフンと鼻を鳴らし、目を細める。
「ええ……あなたよりずうっと。あなたの|音《ノイズ》が今、全部聞こえるくらいね!」
「皮肉なものだな」
小さく呟く。ああ、まったく。人に恨まれる役目を担うものが。災厄が。笑える話だ。腹を抱えて『そう』してやってもいいだろう。だが、そのような無意味な行動をしている暇も必要もない。
「貴様が人に呪われるとは」
安易に人を殺めるから、そうなるのだ――澪崎・遼馬(地摺耶烏・h00878)は以前『囀る沈黙』と相対したときを思い出す。あの時は自己本位に動いていたはずだが、今回はやや様子が異なるようだ。
――放火に取り憑かれている様子は、あのパールを介して『呪われている』ように見える。人を呪わば……なんとやら。
逆に言えば、それさえどうにかすれば放火を止める可能性が高い。であれば、『顕現』しようではないか。
足取りは重く、それでいて確かだ。踏みしめる石段の音、やがてそれは、土の音へ変わった。
取り落としたライターを拾おうとしていたレティセンス。――鳥居をくぐり、境内へと入ってきた男に気付き、はっと顔を上げた。
「……とびきり煩かったあなた」
――彼女は、『囀る沈黙』は覚えている。おぼえている! あの時わたしに牙を向いた――いや。その嘴を向けた地摺耶烏!!
思わず彼女は後ずさる。――煩い。その気配ですら……背負う空気ですら。心の内側を覗きたくない、姿さえ、直視したくはない。その背後に『なにか』がみえてしまう気がして。
生きる|騒音《ノイズ》が、死の|騒音《ノイズ》で掻き消される。手を伸ばしたライターが、震えた手によってまた足元から転がっていってしまう。……圧倒的なプレッシャー。どちらが上かを教えようとする、その影。
「静寂が恋しいなら思い出すと良い、当人と数多のEDENが貴様に齎した|静けさ《死》を」
「う……うるさ、い、黙って! 黙ってよッ、あなただけは!! 絶対、黙らせてやるッ!」
半ば錯乱した様子で遼馬を睨みつけるレティセンス。隙だらけ、どころではない。ただそこに立っている、それだけで。遼馬はレティセンスにとっての、正しき『|騒音《・・》』となる――!
例え悪人相手だとしても。
|刑事《死神》として軽薄な殺人を許すわけにはいかない。
「拾うがいい」
ライターを一瞥した遼馬。当然……『できるなら』の話だが。視線に縫い止められたまま動けず、レティセンスは恐怖により、浅い呼吸を繰り返している。
「詳細を聞いていて良かった」
うむ、と頷く和紋・蜚廉(現世の遺骸・h07277)。策ならある。彼女が『最も嫌がりそう』な方法が、ひとつ。
放火を阻止せよ、と。火を食い止める必要があるというのなら……。
「|巨大ホース《コレ》の出番だろう」
ど……どこから……なんていうのは野暮な話か。√能力は常識を超え、物理法則も超える。超えすぎることもある。
「なに、季節の事など気にする場合ではない」
頷く蜚廉。冬もそろそろ明けて春になろうというこの季節だが、あの時の思い出こそ、この場では最も有利に働くと|我が野生の勘《・・・・・・》が捉えた。なら仕方がない。
思い出すは水鉄砲バトルの記憶。いや水鉄砲でそのレベルのホースが用いられることがあったんですか? あったようです。
照り付ける日差しの下で行われた、あの白熱の大会を今この場に――再現しよう!!
ここは今から夏です。
そういうことになった。
――ざあ。初めの一筋は細いものだった。
「ちょっ……と、何……雨……!? 今日は晴れのは……ず」
なんだか少し、周囲が暑くなってきた気がする……。唐突に降ってきた水滴に、上空を見上げたレティセンス。そこに見えたのは――巨大な一本の水柱であった。
「は?」
思わず声が出たが、退避は間に合わない。そもそも、退避という選択肢すら浮かぶ前に――降り注ぐは、雨を越えた豪雨のような放水だ!! 神社とレティセンス、そしてライターを狙い放たれた圧倒的な水量――!
人形たちが水圧に負けて転がっていってしまうが、それはもはや仕方がない。燃やされたり砕かれたりするよりはマシというものだ! ほんとに?
雑音には雑音を。周囲はすっかり湿り気に満ちている。レティセンスが|雑音《ノイズ》を聞き取れないほどの水の音。己の声すら掻き消える音と水量に、彼女は思わずその場に座り込む。ダメージこそないものの、この水圧では立ってなどいられない!
この水流と湿気に抗える火など、そうそうあるまい。あってたまるかとは誰の談か。|わたくし《地の文》かも。
「恨みも悪意も、この放水で全て洗い流してやろう」
流しすぎた気もする。
だが今回は『最適』だ。そもそも水浸しにしてしまえば、放火がどうのという話ではなくなってしまうのだから。
それでも。湿り気を帯びてなお流しきれなかったものが、ゆっくりと浮かび上がる。
「あなたっ……よ、よくも、よくもやってくれたわね……!!」
びしょ濡れのままで耳を塞ぎ、蜚廉を睨みつけているレティセンス――その周囲に集まるガス状のものが、ゆっくりと形を取り始めた――!
第2章 集団戦 『暗がりの点灯夫』
もはやライターなど使い物にならない。
荒れて、湿った神社の境内。騒がしさに耳を塞ぎ、歯を食いしばっていたレティセンスが、ゆっくりと立ち上がる。
「許さない……許さないわ。もとよりっ、許してあげるつもりなんて、ないけどっ♥️」
空元気だ。くすくす笑い――その笑い声を合図として。
周囲に漂っていたガス状の『それ』が、人間のような姿をとる。ヒトのようでいて、ヒトでない――。
「燃やして。あなたたちは、少し静かだから、好きよ」
どろどろとした油泥を纏った体はきっと、一度火がつけば止まらない。
レティセンスは一歩、また一歩とゆっくりと後退し……やがて背を向け、神社の中へと駆け込んでいく。
火遊びも、水遊びもおしまいだ。夏の名残もあと少し。なぜ夏が残っているのか? 春がやってきたところのはずだが……ということは、置いておいて。
それでもなお、まだ炎を灯そうとする者がいる。次は泥遊び――それも、油泥だ。
どろりと人型を取って立ち上がった『それら』を眺め、和紋・蜚廉(現世の遺骸・h07277)は静かに構える。
油泥。燃える泥である。となればこの環境も――未だ湿る土も神社の材木も、有効に使えることだろう。
面白い。水たまりをぱしゃりと踏み、蜚廉は点灯夫へと疾駆する。
点灯夫の灯す炎を狙い、素早く蹴り上げられた水。狙うは、彼らの持つ棍棒の先の炎である。
じゅうと一瞬音を立てて鎮火する火。だが油泥は、少しの水では落ちないか。僅かに炎が宿り続けている――しかし、形は崩れた。問題はない。
無言だ。無灯だ。無明だ。『囀る沈黙』が好みそうな、無である。だからこそ、無茶苦茶に振り回されるその軌跡は読みやすい。蜚廉は滑る地を利用し、間合いへ滑り込む。攻撃を掻い潜り――そのまま点灯夫の足元を狙い、蹴りを放つ!
転倒した点灯夫が、地面に染み込むことない、油泥へと変化していく。
蹴り上げられた水は広範囲に広がっており、点灯夫の灯は頼りない火となっている……蜚廉が相手をするには、やや手応えが足りないか。
蜚廉は群れとなり殴りかかってくる点灯夫たちを往なし、そして殴り倒していく。
火のつく暇など、初めから与えるつもりはない。火を点けようと試みようとも、その再点灯は叶わない。蜚廉が腕で受け止めた棍棒は彼の√能力により、打撃以上の意味を成さぬものとなった。
棍棒を振り払って蹴りつければ、吹っ飛ばされた点灯夫によって、将棋倒しのように敵の体勢が崩れていく――!
「……この先に追う相手がいるのでな」
我が|舞《武》の下に、再びその体を崩れ落ちさせるがいい。
その滑らかな肢体が繰り出す動き。恐らく奥で待つ『囀る沈黙』はその舞を嫌うだろうが、そんなものは関係ない。
重い一撃が点灯夫へと繰り出され、油泥となり地へと落ち――穢は巡る。
油泥で形作られた人型は、実によく燃えそうなかたちをしていた。
「ヒイちゃん、ありがとう。下がってて――」
赫夜・リツ(人間災厄「ルベル」・h01323)の声に反応し、炎の蝶が鱗粉を散らし消えていく。あのモヤは、敵の気配だったようだ。
さて、灯はひとつ減ったが、まだ別の灯が目前に、無数にある。ゆらゆらとした火を掲げ、同じようにふらふら揺れる黒影たち――。
徹底的に燃やしてやろう、という『執念』が形になったかのような。ひたひたと不気味な足音を立て、灯の点る棒を手に歩くヒトガタ。
それは実によぅく燃えそうで――一歩間違えれば、この水浸しとなった神社にすら、火を灯せてしまいそうな姿だった。
ならば今、相棒とすべきは『己が腕』だ。戦闘態勢――異形化した腕から、目が開く。
にたり笑うように目を細めた|それ《ギョロ》と共に、リツは突っ込んでくる点灯夫の棍棒を避け、すれ違いざまに――棍棒を握る右腕を、叩き潰す!
あまりの勢いに己の腕すら軋む。目に宿る光をも置いていくかのような一撃だ。
ずるりと油泥になり溶けていく点灯夫を踏まぬよう、ちらりと足元を見て、リツは次の点灯夫へ襲撃をかける。横薙ぎに振るわれる棍棒を避けながら、その体へと一撃、また一撃と喰らわせていく――!
ゆるりとした動きの点灯夫たちはリツの速度に追いつけない。リツの攻撃を耐えたとしても、一度落としてしまった得物はリツにより水たまりへと蹴り込まれ、消火されていく。
集団で襲いかかってくる点灯夫たち。互いの体には引火しないように見える。死骸代わりに残る油泥に火が落ちても、問題はなさそうだ。
「あぶ、なっ!」
それでも数を相手していればスレスレを狙った良い振り抜きをする者もいる。正直、一体一体に構っている時間はない――奥に逃げたレティセンスを追うために、数だけは多い『灯』を消して回る。
火の用心。段々と足の踏み場が減っていく。踏みしめても問題ない程度の粘度だが……今回もいつかの|植物園《・・・》と同じように、忘れようとする力に働いてもらうことになりそうだ。
「静かなのに、やること、煩い?」
首を傾げるコウガミ・ルカ(解剖機関の飼い犬・h03932)。奥へと逃げ去ったレティセンスの返答はなかったが、思い当たる節はある――自分の戦い方だ。
ルカは|確実に殺す《・・・・・》ために――愚直なまでに『それ』を目標としているのだ。|雑音《ノイズ》の少ない思考と本能で。己が職務を全うするための、『化け物』としての片鱗だ。
「……仕方ない」
開き直るしかない。少なくとも、今は。目の前に集まってきた点灯夫たちが、ガスと油の不快な臭いを纏ってゆらり動き始めた。
「……グルルル」
唸る。自身の反応が一拍遅れる。問題はないし、仕方もない。首輪に取り付けられた通信機が確かに押され、『|善し《・・》』の合図が出た。
マスクの拘束が緩み――ルカはそれを頭ごと振り払うかのように外した。
すう、と――水に濡れた土の匂い、ガスの匂い、油泥、それから『レティセンス』の残り香を呼吸として吸い込んで。
「――死ね」
麻薬犬としての、言霊を放った。
がち。がく。どろり。様々な音を耳が拾う。点灯夫たちの動きが鈍った。悍ましい油泥の体がぐちゃり崩れようとして、ランプや棍棒が落ちる音――。
人型をしていても、心の臓がなくとも、その言葉が正しく聞こえてしまえば『おしまい』だ。
ただし、その『おしまい』に抗えた点灯夫たちが、ルカに襲いかかってくる。
言霊が効くなら、急所も同じだ。
ナイフが抉り抜くのはヒトとしての急所。心臓に肺腑、脳に喉。派手に散る血飛沫と優雅なまでに躍る切先。だが――暗がりを使い、その刃から逃れ、棍棒を振る点灯夫がいる。
外された?
「……黙って死ね」
やることは同じだ。痛覚の麻痺した狂犬、いくら殴れど、止まるわけなし。どうせ死ぬならそのまま静かに。黙っていてくれ、耳障り。熱の感覚も、臭いも、手応えもぬかるんでいて、気色が悪かった。
けだものの呼吸と泥を踏む音、そしてそれらに点灯夫が倒れる音が響いていく。荒々しく振り下ろされた棍棒を受け止め、弾き、貫く。繰り返し、|々《くりかえし》。
狂犬は止まらない。
「おおお、黒いもくもくは怪異だったんだね!」
どろりうぞりと、足元に油泥を垂れ流しながら、雪月・らぴか(霊術闘士らぴか・h00312)にゆったりと迫るは暗がりの点灯夫たち――名前通りの不気味な姿がゆったりと暗がりから姿を表した。
「それにしてもなんでそんなに燃やすことにこだわってんのかなー? ま、気にしてもしょうがないかな!」
所詮、相手は理解不能な怪異と災厄――対話はできても共感はできない。情報を得たとしても、今この戦闘に役に立つかは、それはそれ!
「よーし、じゃあササッと倒して追いかけないとね!」
見据えるはレティセンスが逃亡した神社の中――彼女を放ってはおけない。外側は先程の影響で水浸しになっているが、あの中はまだ湿り気が薄い可能性がある。急がねば。
「それじゃ――突撃ーっ!!」
纏うは冷気――霊雪元気らぴかれいき! 足元の油泥を踏みしめぬように、らぴかは足取り軽く、点灯夫たちが集まっている場所へと突撃していく。
相手は油だ。水分とは違い、完全に凍結するには相応の温度が必要。だが、らぴかの冷気はそこらの『冷凍』とは話が違う。
黒い泥が一瞬で白く曇り、鈍い光沢を失い――衣類に霜が降りるほどに敵の動きが鈍り……そのまま止まった。
打ち込まれるは霊的な冷たさを纏った近距離砲撃! 冷えて固まったタールのような体に大穴が開き、そこから――敵の体が粉々になり砕け落ちる!
「砲撃霊杖っ! キャノンバーーッシュ!」
冷え固まった敵など、ただの的でしかない。思い切り杖を振り殴りつければ、点灯夫は粉々に砕けていく。
爆発四散していく仲間を見た点灯夫たちが、ふ、とランタンの灯りを消した――途端、周囲が暗くなる。だが、気配を逃さぬように眼の前の敵へと一撃を入れた後……らぴかは自身の持つ灯りをともす。
ピンク色の灯りが周囲を照らし、暗闇に逃れた点灯夫たちの姿をらぴかの目が捉えた。
「心霊スポットは暗いところ多いからね!」
暗闇対策はばっちりだ!
神聖な神社に響き渡る派手な砲音。だが、燃やされるよりはずっとマシ――実にそのとおり!
逃げる災厄は追わねばならない。
だが、新たな|火種《・・》を放置するような『いい加減な仕事』はしない主義だ。
今にも自身に燃え移りそうでいて――決して燃え移らぬ火の点いた棍棒を携え。ずるりという脚を引きずるような足音を響かせて。
澪崎・遼馬(地摺耶烏・h00878)が見据える点灯夫たちは静かに、だが人とは呼べぬ動きでうぞりうぞりと歩いている。気色悪く、蠢いている。
沈黙の災厄が好ましいと言っただけはある。放火の凶念が具現化したか、呼び寄せられたか。あるいは、どちらもか――。一度忍び込んでしまえば、怪異は蔓延るようになるもの。
数は相応少なくなっているが、√EDENに相応しくない暗闇だ。ならばそれは、遍く照らされるべきである。
このまま『不完全燃焼』で終わらせるわけにはいかない。中途半端に燃やすくらいならば、最初から火など要らないのだ。やるのならば、そう、お望み通りの徹底的な『|完全燃焼《火葬》』だ。おしまいを差し上げよう。
――黒衣が、暗闇に溶けた。それこそ、闇に溶けんとばかりの点灯夫たちのように。だが彼らよりももっと、完璧に。もとより眼球らしきものが見当たらない彼らだが――確かに遼馬を見失った。
狙うはその死角から。構えた銃口、外しはしない。
「そこまで燃えたいと言うのなら、望み通りにしてやろう」
打ち込まれるは「|不帰《イルカルラ》」。並ぶ敵らの中心へと打ち込まれたそれ。
タール状の点灯夫たちの体へ、彼ら『だったもの』が落ちてへばりつく地面へ――地を這う炎が逃がさぬとばかりに広がっていく――!
高熱と炎で照らし出される境内。その灯りによってようやく遼馬の姿を捉えた点灯夫が彼を狙い襲いかかるが、加護を得た体がそれに対応できぬわけもなく。軽々避け、背後からその頭へと撃ち込まれる弾丸。どろりと油泥になるその体が、残る地炎で燃え――。
「――存分に燃え尽きると良い」
自身に纏わりつく炎を振り払おうとしてか、点灯夫たちはまるで踊るかのように、うねり、悶えるように、ぐねぐねと人のかたちを歪ませる。だが自らを構成しているのは油泥だ。逃れることは決してできない。
恨み憎しみそれとも何か……燃え上がる点灯夫の、意思を感じられぬ腕。それが棍棒を強かに握ったまま、力任せに遼馬へと振り下ろされた。空振る。撃ち抜く。崩れ落ち、燃え尽き……。
何度かそれを繰り返していれば――周囲は、焼け焦げた点灯夫だったものと、僅かに燃え残る油泥だけが、まだ燃え足りぬように揺れていた。
冷めた視線でそれを眺めていた遼馬は、ゆっくりと神社の奥を見る。レティセンスが逃げ込んだ、あの先へと。
言われるまでもなく――許されるつもりも無ければ、許すつもりもない。もちろん、追わぬつもりもない。
彼女に必要なものは、真の意味での『沈黙』だ。追い詰め、齎してやらねばならない。
……遼馬が歩き出したその地面には、未だ僅か、湿り気が残っている。砂利を踏みしめた靴裏には、ひとつの油泥もついていない。
死の|騒音《ノイズ》は歩みを進める。
第3章 ボス戦 『『囀る沈黙』レティセンス』
「どうして」
答える必要はない。応答する必要はない。『囀る沈黙』レティセンスは、その名前通り、囀るように、苦しげに喉を鳴らす。
「――どうして貴方たち、そんなに煩いのッ!!」
怒気が込められた声が響き渡る。きん、と鼓膜を揺さぶる声――その音が、神社の中に響く。
目の前に広がる空間は、『本来のもの』とはあまりに異なって見えた。
本来、この部屋に存在すべきは御神体だ。静けさに満ちた、小さく神聖な空間であるべきだ。だが今は――異様なほどに、広い。
少女の災厄が作り上げた異空間。壁に背を預け、項垂れる『もの』。横たわり、目を開けたまま動かぬ『もの』。どれもこれもが人の形。それも等身大の――否。
それらは、レティセンスにより蒐集された『元人間』。今は黙し、頭を垂れる人形たちだった。
畳を踏みしめ、地団駄を踏むレティセンス。
苛立った様子でEDENたちを睨みつけ、自分を落ち着けようとしてか、深く呼吸する。
「……今なら、命乞いくらいは聞いてあげる」
静かに、レティセンスの足元から黒い茨が這いずる。かたり、周囲の人形たちが僅か、動いた。
「ここで死んで。私の|お人形《蒐集物》になりなさい」
そうしたら、あなたたちのこと、許してあげる!!
長命であることは利であるか。命乞いをして生き延びたことはあるか。否。己は闘争により生き残ってきたのだ。
人のかたちをしているが心を失った|それら《・・・》がぎちりと、動き出した。
「生憎、既にものになる先約は決まっている」
和紋・蜚廉(現世の遺骸・h07277)はふらふら立ち上がる人形たちとレティセンスを見据え、構える。
「新しき火の粉は、煙に撒いて打ち払おう」
そう言って撒かれたのは煙幕だ。文字通りの『煙に撒く』。視界を奪われ、レティセンスは口を抑えた。
「何よそれッ! ダジャレか何か!?」
だがそれは人形たちには効果抜群だ。視界と嗅覚を乱された人形たちは、蜚廉を探してふらふらと歩き回る。
加えて聴覚も羽音で掻き消され、蜚廉の気配だけを探して短剣を振り回すことになった。
「うっ、うるさっ、煩いわよ、何これっ……今すぐやめなさい!」
混乱の中でレティセンスが叫ぶ。そう言われてやめるわけもなし。何度も嫌いだと言われて、覚えられないはずもない。
まさしく人の形をした――正確には「保った」人形たちがギチギチ音を立てながらがむしゃらに暴れている。
自らの視界も鈍る中、それでも捉えたのは短剣の輝きだ。短剣を持つその手をばすりと払い除け、それでも迫ってくる人形たちを蹴りつける!
その勢いで煙幕が一瞬晴れる。人形の数と位置を把握し、多くを巻き込める位置を狙って再度蹴りを繰り出す――!
「きゃあっ!? 危ないわねっ……! あそこ! あそこにいるわ!!」
薄っすらと見えた蜚廉を指差すレティセンス。だが蜚廉も、迫る人形たちの数を把握できた。目の前に飛び出してきた人形たちごと周囲を薙ぎ払い、強かな肉体から繰り出される一撃が、人形たちの体を破壊していく。
形は人のものだが、中身はまさしくがらんどう。崩れ落ちていく人形たち――その奥に見えたレティセンスを、蜚廉は見据える。
「命乞いはせぬと言ったが、生きる為に出来る全ては尽くす」
当然だ。生を謳歌せよ。今を謳歌せよ――それを奪う此度の『火』、許せるわけはない。
「我が生き方、そう簡単に折れ曲がらぬよ」
歯ぎしりをするレティセンスは、再び煙の向こうへ消えていく――。
「うひょー! 変な空間なってるー!」
雪月・らぴか(霊術闘士らぴか・h00312)はテンション高く、異空間となった室内をぐるり一望する。文字通りの物言わぬ人形たちが横たわる中、どうしてか咳き込むレティセンスがそこにいた。
「ってことは攻撃とかしても元々の神社には影響ないのかな?」
こりゃ助かるね! 大きめな独り言、やる気満々に杖を構えたらぴか。その先は確りとレティセンスへと向けられている。
「――もうっ!! ほんと、イヤになるわ……! これ以上煩くしないで! 絶対、あなたも人形にして、黙らせてあげる!」
そこらにある人形もホラー感増々の人形――元人間たち。それの『仲間入り』をさせてやろうと、レティセンスは周囲の人形たちを叩き起こす。通常の人間ならばそれに怯え恐怖することだろう――だが。
「不謹慎だけとヤバくてテンション上がっちゃうね!」
らぴかにはそんなものは関係ない。うきうきとした元気な声が響き渡り、きん、とレティセンスの耳を刺す。
「話を! 聞きなさい!!」
自分は話を聞かないくせして。ぐるりとらぴかを囲おうとした人形たちを、らぴかの背後から飛び出してきた『ちーくちゃん』こと死霊のブレスが足止めをする!
「多い! 多いよ! どこから出てきたの!?」
明らかに置かれていた人形よりも数が多く見えるそれ――らぴか自身も冷気を放ち足止めをし、敵の動きを阻害する。
行く先を丁寧に誘導していけば、一塊になっていく人形たち。そしてその奥で爪を噛んでいるレティセンスへ向かい。らぴかはすうっと息を吸って。
「しーっ、りょーっ、うーっ、のー、大・絶・叫!!」
――|叫霊群襲《きょうれいぐんしゅう》ゴーストホード! 狙うは自分の目前までと、レティセンス!!
「きゃぁあっ!?」
耳をふさぎ悲鳴を上げたレティセンス。おぞましい絶叫が周囲に響き渡った。スプラッター映画も青ざめるほどの爆音だ!
音によって、聴覚が乱れた人形たちが動きを止め、その軽い体にヒビが入る――!
「キミの大好きな煩い死霊達だよ!」
「大嫌いよッ! 勘違い、しないでッ!!」
ぶい! ピースサインをしてみせるらぴかへ、レティセンスは実に恨めしげな視線を向けている。
どいつもこいつも、煩いったらありゃしない!
やたらと響く、きんきん声。広い空間にも反響するその声に赫夜・リツ(人間災厄「ルベル」・h01323)は僅かに眉をひそめた。
「どいつもこいつもっ、ホンット煩い! 最低! 大嫌いよッ!! 私の大切なお人形たちを、こんなにボロボロに――!」
――リツは先んじて、レティセンスの様子がおかしい事に気が付いていた。煩いのが嫌いだと言っても限度がある。物言わぬ人形たちに対し何を思ったのか、彼らを破壊してまわろうとするなど。
ただしレティセンスは、自分以外の声や感情の動きを|雑音《ノイズ》として捉える性質がある。それがそれが増幅されていようと、いなかろうと、彼女の声色は彼女そのものが原因である。
即ち――。
「消えて! なくなりなさいッッ!!」
その声と共に、人形たちが一斉に動き出す。甲高く少女らしい声色で、悲鳴じみた号令を発した。
「……あれは、元からみたいだね」
鼓膜を震わせるのは少女の金切り声だけではない。ぎしぎしと不自然な動きでリツに迫ってくる人形たち。その姿は、人間だった頃の面影を色濃く残している。各々顔立ちも、体格も異なるそれらがリツへと襲いかかる――!
異形化した腕へ強化を施し、放つは霊糸だ。地面から生える糸が人形とレティセンスを拘束する。それに舌打ちをしたレティセンス。
「ちょっと! これを外しなさいっ!」
レティセンスが人形へ命じる。霊糸とはいえ『糸』だ。刃物にはやや分が悪いか、何本かは断ち切られるも、拘束には成功した。
となれば、短剣が邪魔だ――続けざまに放つ糸が短剣を捉え人形たちの動きを止める。
「操り人形がお好きなのかしら、あなた! 趣味が良いわねっ♥️」
嘲るように笑ってみせる少女。リツが繰り出した拳をなんとか受け止めるも、軽い体がそのままよろける。そこを狙うようにして、リツの黒刃が、レティセンスの腕を切り裂く――!
「――このっ!」
レティセンスがリツを指差す。鈍くはなったが、数で勝る人形たちが、リツの腕へと短剣を突き立てるも。
「生憎、そういうの、慣れてて……ねっ!」
そこらの毒ごときで黙るわけはなし。短剣が突き刺さったままの腕を振るい、人形たちを薙ぎ倒す。
がしゃんと音を立てて崩れる人形たち。がらんどうの体内を晒しながら、彼らは次々と倒れていく。
どうして?
――その問いについて、コウガミ・ルカ(解剖機関の飼い犬・h03932)は曖昧な応答しかできない。
「……俺が、ツギハギで、化け物、だから?」
ありとあらゆるもののツギハギだ。己を構成するものに、『己を己たらしめるもの』が薄いと理解している。
行動の決定に、己の意思が関わらないことがある。ルカにとって、他人に命じられることが、ひとつの行動のトリガーとなる。肉体に対する、アイデンティティというものが薄い。
もしかすれば、『囀る沈黙』には、この体に宿る『もの』の声すら聞こえているのかもしれない。――ルカは首を傾げながらも、レティセンスへと「グルルル」とけだものの唸り声を上げる。
「お前も、その声、負けてない」
どちらも『耳が良い』のだ。些細な音すら|雑音《ノイズ》となる状況だ。眉根を寄せるには十分な金切り声。
「多分、耳の良さ、お前と俺、同じぐらい」
ルカが構えたナイフの鋭い光に、レティセンスは薄らと笑みを浮かべる。煌めく刀身に怯むことなく、彼女は機嫌良さそうに、唇に笑みを浮かべる。
「わかってくれるのね? じゃあ、大人しく黙ってちょうだいっ♥️」
レティセンスの指先が己のスカートを握る。ふんわりとしたボリュームのあるスカートが翻り――周囲に充満するは、甘ったるく、ゾクゾクするような香り。
「もう首輪、着いてる。前から、機関の、蒐集物。命乞いも、しない」
鼻につくその匂いを嗅ぎ、静かにレティセンスを睨むルカ。――人間にはできない汚れ役を、屍を喰らう野良犬のようにこなしてきた。削り取られる思考、だがそれでいい。余計なことを考えなくて済むから。
それに、許される必要は初めからひとつとしてなく――マスクが外されたままの口から、ひとつ、言霊が発された。
『動くな』
少女の目が細められる。スカートをつまみ優雅に回っていた少女が足を止めた。だが周囲に満ちた香りは増すばかり。レティセンス――寡黙たる少女は、動かずとも、囁かずとも甘いまま。
喰らいつくかのようにナイフで急所――みぞおちを狙う。だがそれを遮るようにしてレティセンスの腕が割り込む。貫かれた腕。そのままナイフが捻られて、ぱきりと骨の折れる音がした。
「っ……黙ってって言ったのに、案外、頭のなかはうるさいのね? やぁだ♥️」
囁くように笑う少女、踊るようにルカを振り払おうと――そして、己の香りをさらに強めようとした。だがその体にルカの右手が触れる。途端、充満していた香りが掻き消えた。目を見開くも、それは一瞬。
「……もらった。これで、俺のツギハギの、一部」
黙する少女は恨めしげ。されど戦意はまだ失せない。血液の代わりにベラドンナの花びらを散らしながら、レティセンスは距離を取り、またひとつ、くるりと踊ってみせる。
「私けっこう、あなたのこと、気に入っていたのに」
頬を膨らませる災厄少女。厄介極まりない。少々息が切れてきたか、腕を押さえて不機嫌そうだ。
すべては「ありかた」の違いか。
片や、元はヒトであった。片や、邪神により生み出された欠片。相容れぬ存在。寄り添えるか否かといえば、それは――。
結局人間災厄とは、『規格外』を収めるための『枠』でしかない。たとえば人間を愛するもの、たとえばあまりにも自由であるもの。どのような存在でも、人類を滅ぼしかねないと認定されれば、『それ』は、災厄というレッテルを貼られて生きる事となる。
相容れぬとなれば此度も何一つ変わらない。感情の読み取れぬ表情、だがその底で渦巻くものは、ひとならざる。澪崎・遼馬(地摺耶烏・h00878)の視線を受けて、レティセンスはあからさまに不愉快そうな顔をしている。
「その人々は貴様の蒐集物ではない。返して貰おう」
「嫌よ! それに――あなたのこと、お友達になんて入れてあげないから!」
どこの誰だかは知らない。知らずとも、そうする。ヒステリックな声と共に遼馬へ向けて放たれる人形たち。だが、その行手を遮るように、音もなく現れた棺が。ぎい、と扉を開け――がちゃり、と。
乱立する棺の数、無数。自分の差し向けた『それら』は、すべて棺に収められていた。目を見開くレティセンス。
「なっ……何するの! 嫌ッ!! 返して! 私のお人形よ!!」
喚くレティセンス。お人形遊びはもうおしまいだ。
――命絶えていようとも、元が人であるのならば、無闇矢鱈と傷つけるわけにはいかない。
それでも。否、だからこそ。死者も、生者と同じく尊厳は守られるべきものだ。その身体だけでも取り戻せるのなら。変異してしまっているとしても……『送り届ける』必要がある。
「その囀りを止めてやろう」
甲高く喚いていたレティセンスの喉がひゅ、と鳴る。悍ましい気配に肌が粟立つのを感じる。――誰よりも静かで。誰よりも恐ろしく。誰よりも、『きらい』だ。だがそれを言い表す前に、レティセンスは……遼馬が向ける銃口に、己の『行先』を|観た《・・》。
「人間の尊厳も、ペンタクルム・ゲートも貴様らの好きにはさせん」
踏みにじってきたものすべて、その報いを受けるが良い。
影の棺の合間から、弾丸が奔る。逃しはしない。レティセンスの甘い香りが、血液の香りへと変わっていく――|震動《ノイズ》を纏う、|銃弾《死》の雨――!
「いっ! あっ、嫌ッ! 煩い……うるさい、うるさい、うるさい――ッ!!」
四方八方から襲いくる弾丸。避けるなどという行為は無意味である。それでも少女らしく縮こまって、己を守ろうと必死になっている。
カーテンコールの代わりに響く銃声。終幕はあっさりと。弾丸の雨が止んだ頃。棺が静かに影に溶けていく中で――。
浅く、小さく呼吸するひとりの災厄が、目を見開いたまま遼馬を、みていた。
「終幕だ」
二度と、演じるな。突きつけられた銃口、発砲音。静かに、空間が歪み――神社が元の姿へと戻っていく。
囀る沈黙は、囀ることをようやく止めた。残ったのは、ただ、静かなる『死』だけだった。