怪異の家
●√EDEN
どこにでもあるような中都市の一角に、その屋敷はあった。
古い建物が取り壊されて、背の高いビルが建ち。
小さな八百屋が潰れて、大型スーパーが進出し。
田畑が埋め立てられて、新しい道路が敷かれる。
そうして新陳代謝を繰り返す都会のただなかで、その屋敷だけはずっと昔から姿を変えずに佇んでいた。
広い庭。
二階建て。
きっと建築当時はハイカラと言われただろう、古風な洋館である。
いったい何時からそこに建っていたのか。憶えている者は一人もいない。実は意外にも数年しか経っていない、と言われたら「そうだったかもしれない」と受け入れてしまいそうなほど、誰にも意識されていない。
時間の流れからも、住民の認知からも隔絶したような、不思議で不可解で不気味な屋敷は、今日もひたすらに沈黙を守り通している。
●ブリーフィングルーム
「……と、いうようなお屋敷がございます」
星詠み、田抜・くのえ(狸ではない洗い屋・h00255)はいちど水で唇を湿らしてから、ニコとほほ笑んで続けた。
「もちろん、ただの屋敷ではありません。とてつもない|おまけ《・・・》が憑いているということが、予知されました」
そう言って、一枚の姿絵を机上に置く。
タコにも似た触手と、見つめているだけで発狂しそうな眼球の群れを従えた、美しくもおぞましき女神の姿。
名を、『仔産みの女神』クヴァリフ。
√汎神解剖機関をルーツとして数多の怪異を産み落としてきた、邪悪なる神である。
「クヴァリフは現状、屋敷に潜伏して人知れずインビジブルを収集しているようです。大規模な破壊活動のため、エネルギーを溜めている状態ですね」
万全となったクヴァリフが力を開放すれば、都会の一つくらい簡単に更地にできるだろう。
万単位の人々が犠牲となり、惨劇に引き寄せられた『邪悪なインビジブル』を手に入れた女神はさらに強大な力を得るという算段である。
「ですが、今ならば先手を取ることが可能です。邪神が準備を整える前に攻め込んで、一人の被害も出さないうちに討伐してしまいましょう!」
星詠みの呼びかけに応えた能力者たちは、さっそく動き出すことだろう。
ある者は、悲劇を未然に防ぐために。
ある者は、強敵との戦いを期待して。
またある者は、報酬を指折り数えながら。
●ミッションスタート
現場に到着したあなた方を迎えるのは、広い庭園だ。
街中のはずなのに人の気配は皆無。近くのビルが陰になって、昼なのに薄暗い。
はたして最後に人の手が入ったのは何時だろうか。野放図に繁殖した植物によって半ばジャングルと化している。
その向こうに見えるのが、問題の屋敷。
二階建ての古めかしい西洋建築で、すべての窓がちょっと過剰じゃないかと思うくらい板打ちされているため、外から中の様子を窺い知ることはできなかった。
この何処かに、女神クヴァリフが潜んでいるという。
星詠みの予知によれば、女神の隠れ場所に通じる入り口があるとのことだが……さて、何処をどのように探せば『入り口』とやらを発見できるだろうか?
第1章 冒険 『入口を探れ』

●
背中がムズムズする。
洋館の前に立った八手・真人(当代・蛸神の依代・h00758)は、自身に憑いている怪異『たこすけ』が異様に興奮してるのを感じていた。
「……クヴァリフ、か」
星詠みが口にした女神の名を反芻する。
タコみたいな怪異、とか言っていただろうか。蛸神として、仲間意識でも感じているのかもしれない。それとも同族嫌悪か?
「まあ、暴走しないならなんでもいいけど。……とりあえず気配を消しといてくれよ」
たこすけに語りかけながら、そっと館の扉を開ける。
途端。
――ゾッ!
名状しがたい嫌悪感に襲われた。全身の肌を針で刺されたかのような感覚に、吐き気をもよおす。
「……早々に気分が悪い。あーあ、さっさと済まして、兄ちゃんと一緒に美味しいもの食べたい」
愚痴がこぼれるも、足が後ろを向くことはない。
粟立つ二の腕をさすりつつ、真人は考えを巡らせた。
「さて、どこを捜すか……あ、タコなら水場にいないかな。お風呂とか」
たこすけも風呂好きだし、と方針決定。
少し廊下を歩いて回ると、浴室はすぐに見つけることができた。
トイレも一緒になっているユニットバス形式で、なるほどジメジメしていて水生生物が好みそうな環境である。
これは期待できるか……と思いきや、ズタボロのカーテンを開けた真人は渋い顔で沈黙した。
浴槽に溜まっていたのは、赤黒い汚水だったのだ。血だか泥だか知らないがひどい悪臭を放っており、後背のたこすけが「まさかこの風呂に入れとは言わないだろうな?」とばかりにベシベシ叩いてくる。
「痛い痛い、ゴメンて!」
謝りなだめながら、試しに栓を抜いてみるが、汚水がゴボゴボと排水口に吸い込まれていくだけで、特に異常は見当たらない。
「うーん、当てが外れたか……ん?」
ふと、首を傾げる。
水の流れる音が、妙に大きく響いている気がするのだが……。この配管、どこに繋がっているんだ?
●
続いて到着したのは志藤・遙斗(普通の警察官・h01920)と雪月・らぴか(えーっ!私が√能力者!?・h00312)の二人だった。
「うひょー! いかにも幽霊屋敷って感じの建物だね!」
雰囲気のある場所での探索任務にテンション爆上がりならぴかの隣で、遙斗はマイペースに煙草をくゆらせる。
「こういう洋館って、地下室とかあるのがお約束ですよね」
「おっ、いいねいいねー! 秘密の部屋ってやつ? だったら、探す場所は奥の方にありそうだよね。屋敷の主人っぽい人が使ってそうな部屋とか」
予想を語りつつ、らぴかは元気いっぱいに屋敷へと飛び込んでいく。その後ろから、遙斗も煙草を吸い殻入れに押し込んで玄関をくぐった。
屋敷に入ると、まずは真っ直ぐな廊下が伸びている。
廊下の左右には各部屋へのドアがいくつかと、二階への階段があったが、らぴかは迷わず廊下の突き当たりまで駆けていって、最奥のドアを開いた。
どうやらそこは、書斎のようだ。
壁いっぱいに並んだ本からは古びた紙の匂いが漂い、見事な木製の書き物机には明らかに使い物にならなさそうなペンが立てられている。
「おおう! こういうとこに、隠し扉があったりするんだよね……ゴホッ。ちょっと埃っぽいけど」
ドアを開けた勢いで舞い上がる埃を手で払いながら、らぴかは書斎に踏み入った。
床を叩いてみたり、書き物机を押してみたり。
本を動かしたら何か起きないかな、とか。むしろ本棚そのものを動かせないかな、とか。
窓が塞がれているので室内は暗いが、モノクルの暗視機能を起動すれば視界はまったく問題ない。
「どこだどこだー。ゆうれ……じゃなくて邪神!」
●
「とりあえずは俺も、1階部分を重点的に探してみますか」
書斎の外では、遙斗も探索を始めていた。
「お約束っていうなら……昔の映画とかだとこう、壁のロウソクを置く燭台を動かすと隠し扉が開くとか」
と、廊下の壁のドアとドアとの間に設置された燭台を一つずつ確認して回る。
上下や左右にスライドさせられないか、回転はしないか、色々と試してみるが、どれもガッチリ固定されたものばかりでびくともしな……――――
ドカアアアアン!!
突如として、轟音が屋敷を揺らした。
書斎から「キャー!?」とらぴかの悲鳴がしたので慌てて駆けつけると、遙斗の目に飛び込んできたのは散乱する無数の本。粉々になった本棚。そして壁に空いた大穴だった。
重機でも暴走したのか?
らぴかは驚いた猫みたいに書き物机に飛び乗っており、彼女が探索の補助にと(一人だと怖いので賑やかしもかねて)召喚した雪だるま調査団がヨロヨロと立ち上がろうとしている。
「おっと、巻き込んじまったか? 悪ィ悪ィ」
崩れた壁の向こうから顔を出した七鞘・白鵺(人妖「鵺」・h01752)が、謝罪の言葉を口にした。
いったいどうしたのか、と問えば、白鵺なりに探索していたのだという。
「全部の壁を殴って壊せば、隠し扉だろうが怪異だろうが何だって見つかるはずだゼィ」
だそうです。
なんとも合理的というか短絡的というか……。っていうか、素手でやったのかコイツ。
色々ツッコミたい気もするが、早期発見を目指すという観点においては悪手ではないので台詞に困っていた遙斗は、何とはなしに瓦礫を眺めていたところで目を見開いた。
「あっ! 壁の中に空洞があります!」
ぶち抜かれた壁の断面。外見は普通の土壁のようだったが、内部に不自然な空間が空いていたのだ。
近寄って空洞を覗いてみると、中には歯車やらベルトやらが見える。白鵺のパンチで壊れてしまっているものの、謎の機構が組み込まれていたらしい。
「……おそらく、どこかのスイッチを作動させると隠し扉が開くようなカラクリだったんじゃないでしょうか」
「ホントに!? でも、書斎は私たちが調べてたのに何も見つからなかったから……つまり向こうの部屋だね!」
隣の部屋は、ダイニングになっていた。
手掛かりを発見して勢いづいた遙斗たちは、無残にすり減った絨毯をめくったり、灰まみれの暖炉に頭を突っ込んだりして徹底的に探し回る。すると、らぴかの雪だるまが床に押し当てていたEMF探知機が反応を示した。
「おっ、ビンゴかな? みんな―、床のココんとこだけ、なんか電磁波の感じが違うんだって」
「よォし! そういうことなら、後は任せな下がってろ。我が|拳《こぶし》は破壊の|拳《拳》!!」
入れ替わりに進み出た白鵺が、大きく腕を振り上げる。
握り固めた拳骨が軋む! はちきれんばかりに筋肉が唸る! 秘めたる力を開花させ、さらなるパワーを解き放つ!!
「微塵と散れ、滅びの力よ!!」
一筋の流星のごとく。
叩きつけられた剛拳は、そりゃもうオーバーキルはなはだしく、黒カビの浮いた床板を粉砕した。
飛び散った木片がダーツ矢よろしく壁に突き刺さってビィンと震え、もうもうと埃が立ち上って……そこには地下へと続く階段が出現していたのだった。
「隠し階段だー! やったやった!」
「お約束は無視しちゃいましたけど、とにかく第一段階はクリアですね」
「やはり破壊、破壊こそ全てを解決するのだァ!」
飛び跳ねてよろこぶらぴか、苦笑する遙斗、高笑いする白鵺。
しかし三人はすぐに気づくだろう。
|見つかった《・・・・・》のは、自分たちも同じなのだということを。
第2章 集団戦 『さまよう眼球』

●
あなた方は洋館の地下に隠されていた空間を発見した。
埃の積もった階段は、長いこと人の出入りがなかったことを示している。しかし、地下深くに伸びる暗闇の奥からは、疑いようのない鮮烈な生命の気配を感じることができた。
どうやら敵も、あなた方の接近をすでに察知しているらしい。
あるいは、屋敷に侵入した時点で気づかれていたのかもしれない。
『ギギ……』
『シャッシャシャ!』
獣じみた殺気をまき散らしながら、無数の気配が上ってくる。群れなす下級怪異を相手取った、戦闘開始の気配だ。
――ギョロッ
地下階段の暗闇に眼球が浮かんで、あなた方を凝視した。
●
「ひええ、事前に知っていたとはいえ、こういう場所でこの見た目は怖いって!」
雪月・らぴか(えーっ!私が√能力者!?・h00312)は出現した怪異『さまよう眼球』を目の当たりにして悲鳴を上げた。
ホラーゲームであれば、喚きながら逃げたり隠れたりする場面である。
すぐ横では、七鞘・白鵺(人妖「鵺」・h01752)も顔をしかめており……
「急所丸出しじゃなイ? 怪異:『夜な夜な全裸にコートで徘徊するおっさん』よりも急所丸出シ」
そういう問題なのか。
そのおっさんは本当に怪異なのか。
「なんか妙な気配を感じる。皆さん警戒してください」
ツッコミを入れている暇はない、と志藤・遙斗(普通の警察官・h01920)は特式拳銃【八咫烏】を構えて軌道修正した。
心強い仲間たちの存在が、らぴかに現実感を取り戻す。
そうとも、自分は逃げ隠れすることしかできないゲームキャラではないのだ。どうして怖がることがあるだろう。
「よーし、ささっと片付けちゃうよ!」
己を鼓舞し、飛び出していく。
発動するのは、無差別範囲攻撃。戦場が敵味方で分かれている今なら遠慮はいらない、開幕一番ぶちかませ!
ビュゥォォオオオオオオオオオ!!!
凍獄のごとき暴風が、階段を吹き下りた。
√能力【霊雪叫襲ホーンテッドスコール】。叫ぶ死霊と硬い雪とリンゴ酢を混ぜて合わせた荒ぶる風は、威力こそ低いものの一度に300回もの範囲攻撃を行うのだ……って
「まって、なんでリンゴ酢が混ざってるの?」
「あ、それボクの」
白鵺が自白した。
「ちょっと疑心暗鬼になってキタので。あの目玉、本当に急所カナって」
それで、愛飲しているリンゴ酢(濃い目)をぶちまけてみたらしい。悪魔の所業であるが、効果は抜群だったようだ。
『ギャシャアアアアアアア!!?』
らぴかの【霊雪叫襲ホーンテッドスコール】が直撃したのに加えて、目玉という敏感な器官にお酢なんかかけられたさまよう眼球たちは悲鳴を上げた。
激痛にのたうち回る姿には、同情すら覚える。
「……ま、まあ、効いてるならいいことです。この調子で、数を減らしていきましょう」
遙斗は気を取り直して、拳銃のトリガーを引いた。
銃弾は命中しなかったが、問題はない。もとより、当てないのが【威嚇射撃】の正しい使い方なのだから。
「動くな! 次は当てるぞ!」
叫ぶとともに√能力を込めて両眼を見開くと、もがき苦しんでいた怪異たちがメデューサに睨まれたかのように硬直した。
「麻痺させました、今のうちに!」
「ようし……殺陣の時間だ、【獣凰武陣】!!」
遙斗の援護に応えて、進み出た白鵺の体躯が|ブレた《・・・》。
床を蹴って跳躍。
翼を使い、空中で停止&再加速。
壁を殴った衝撃で急ブレーキ。
0と100とを行ったり来たりするような緩急極端すぎる高速移動は、動体視力を狂わせて白鵺が分身したかのような錯覚を与える。
そして、瞬きする間に行動を終えた彼女の後ろでは、怪異たちが【ヒュージ・ファング】で変身する暇もなく目玉を抉られて血河へと沈んだ。
「目玉置いてけェ、ってナ?」
「やりますね」
獰猛に笑う白鵺に感心しながら、遙斗も拳銃と刀の二刀流で敵を斬り捨て、撃ち抜いていく。いざという時は回避できるよう余力を残しつつ、体力の低い個体を見極めて一体一体確実に。
そうして、集団戦の勝利は決定された……かと思いきや。
√能力【新たなる牙】!!
突如として、範囲攻撃と麻痺効果によってボロボロになっていたさまよう眼球たちからダメージが消失した。
完全回復したことに白鵺と遙斗は戸惑いを隠せないが、こうなることを予測していた仲間が一人いた。
らぴかである。
「その子たちは別個体! だけど攻撃しちゃダメだよ。インビジブルが10秒だけ変身させられちゃってるだけだからね!」
皆に警告しながら、らぴかは手近なところにいた怪異を殴り飛ばした。こちらは、ダメージの蓄積している元からのさまよう眼球である。
インビジブルと位置交換し、さらに同類へと変異させる√能力。厄介だが、発動するとわかった上で対策を考えておけば、脅威とはなりえなかった。
どの個体が位置交換をしたのか、きちんと観察しておいて、インビジブルから変化したさまよう眼球には手を出さずに、敵だけを選んで撃破していく。
だが、らぴかが配慮しても、相手が応えてくれるとは限らない。
『ギャギャ!』
『ガブガブ!』
殺気を剥き出して襲いくる牙は数知れず、ついに乙女の柔肌を喰い破ろうとして……横から伸びてきた触腕が、らぴかを庇って受け止めた。
「よし。たこすけ、ナイスカバーリング」
後方で待機していた八手・真人(当代・蛸神の依代・h00758)が呟いた。仲間が傷つくのを防げたことに安堵して、ホッと胸を撫で下ろし……
「もう何なんだよぉ~、これ!」
頭を抱えて喚いた。
まったくもって訳がわからない。
突然すごい音がしたり屋敷が揺れたりしたと思ったら、これまた突然たこすけに引っ張られて強制移動。そしたら出入りしている捜査三課』所属の警察官とばったり遭遇して、挨拶でもしましょうかと洒落こんでいたら、怪異の群れが押し寄せてきたのである。
イベントが起こるのであれば、もうちょっと間を置いて一つずつ起こってほしいものだ。
「……とにかく、今はあんまり前に出ないで体力温存。他の人が危なくなったら、さっきみたいに庇う感じでいこう。わかったか?」
敵がこっちに来ないか気を配りつつ、コソコソと作戦会議
蛸神さまはウネウネしているだけで、意思疎通できているかは真人にも自信が持てない。
本当に大丈夫かな、と一抹の不安があったが、幸いにしてその後の戦いには番狂わせもなく、無事に敵の群れは殲滅させられたのだった。
第3章 ボス戦 『仔産みの女神『クヴァリフ』』

●
『まったく……|星辰《ゾディアック・サイン》の告げし妾の目覚めはまだ先だというのに』
暗闇の中、|それ《・・》は億劫そうに起き上がった。
素足で床を踏み、軽く力を入れると、地下室に満ち満ちていた触手たちが凄まじい躍動を見せる。
――ドォ!!!
津波でも起こったような轟音を響かせて、大質量がありえない速度で駆け上り、隠し階段を暴いた侵入者を跳ね飛ばさん勢いで地上へと顕現する。
光の下に出たことで、|それ《・・》の姿が明らかになった。
一見すると、裸体の美女。
しかし、従える触手と眼球、何よりもその身にまとうおぞましきオーラが、人知を超えた存在であることを示していた。
『妾の仔となるべき者どもよ。寝所を暴いてまで我が祝福を望むというなら、致し方ない。このクヴァリフが、手ずから汝らを愛してくれようぞ』
殺意とも母性ともつかない狂気が、あなた方へと襲いかかる。
●
「うひょー! 何かエロいのいるー!」
うへへ……と、雪月・らぴか(えーっ!私が√能力者!?・h00312)はうっかりヨダレを垂らしそうになった。
「っていうか露出狂じゃない? いや、ここ自宅っぽいしいいのかもしれないれど。……絵画とかもだけど、なんで女神って薄着になりがちなんだろうね?」
『すでに完璧な妾が、あえて異物をまとう必要があろうや』
「そういうもんなの?」
と、よしなし事はさておき。
「こんなのがまともに動きだしたらやばそ! 寝起きのうちに倒しちゃおう!」
気を引き締めるらぴかの横で、【八曲署】の二人組も戦闘態勢を取る。
「これが女神クヴァリフ……存在感がやばいですね」
志藤・遙斗(普通の警察官・h01920)は指先が震えるのを自覚しながら、新しいタバコに火をつけた。
「八手さん、全力で行きますよ!」
「はい、サポートします」
八手・真人(当代・蛸神の依代・h00758)は慎ましく三歩下がって、武器を構える遙斗の背後に回る。
仲間がいるんだから、自分まで前衛に立つ必要はない。ここは堅実に、後ろから支援に徹しよう。
……なんて、甘っちょろい考えは許されない。
「え――」
一瞬だった。
真人の意思を無視して、√能力【依代の大義】が発動。タコの触腕が彼の肉体を包み込み、それが解けた時にはすでに変身は完了している。
蛸神と完全融合して、背中から8本の巨腕を生やした姿。見方によっては、クヴァリフにも似た異形である。
『妾と一つになれ――【クヴァリフの仔『無生』】!』
邪神クヴァリフもまた、√能力を発動した。
その場で産み落とした『仔』と融け合い混じり、『未知なる生命』が誕生する。
「******!!!」
蛸神に意識を乗っ取られた真人は、人ならざる咆哮を上げて突撃した。
類似した力を持つ神に対する同族嫌悪、あるいは対抗意識のようなものか。真人=たこすけは赤い布を前にした闘牛のごとくいきり立っている。
両者の空間引き寄せ能力が互いを掴み、互いに抵抗することなく肉薄。タコの巨腕がぶん殴り、怪異の触手が締め上げる。ともに負傷をかえりみることなく、双方向からの引き寄せ能力に振り回されながら争うさまは、さながら怪物クラーケンが|大渦潮《メイルストローム》を引き起こしているようだ。
二柱の神格による闘争は、周囲にある物すべてを巻き込んでいく。屋敷の調度品、崩れた瓦礫、『さまよう眼球』の死骸、そして……タバコの煙。
「ふぅー。……さて、やるか」
紫煙が殺戮気体と化して、遙斗の体躯にまとわりつく。
√能力【正当防衛】。
直後、床を蹴った遙斗は疾風となった。彼我の距離を一瞬にして駆け抜け、頭の片隅に回避を置きながら、真人=たこすけと激烈な死の舞踏を踊り続けるクヴァリフの背後を取ると、日本刀型退魔道具『小竜月詠』を閃かせる。
「悪いが【悪】は斬る! ――霊剣術・|朧《オボロ》」
『ア゛ア゛ア゛!?』
威力二倍、装甲貫通の秘剣が邪神を斬り裂いた。
深手を負ったクヴァリフは、継戦を嫌って一旦退避。触手と目玉を壁にして、自らは瞳を閉じて瞑想にふけろうとする。
「あっ、【クヴァリフの肚】だ! あれはやばいよ!」
真っ先に気づいたのは、らぴかだ。
最も強き『仔』を召喚する√能力。召喚時間には限りがあるものの、真人=たこすけと渡り合う戦闘力がもう一体加わるなんて、考えただけでもゾッとする。
「瞑想には10秒かかるから、その前に……!」
即座に、らぴかは防壁の攻略に取りかかった。
桃炎燭台ピンクブレイズを右手に炙ってみると、触手の一部が変色して香ばしい匂いがたちこめるのに3秒経過。
真人=たこすけや、刀と拳銃の二刀流になった遙斗とも協力して、目玉を排除するのにまた3秒。
空いてる左手で殴りつけ、触手の隙間をこじ開けるのに3秒。
√能力発動まで、あと1秒。
「間に合え――ッ!!」
握りしめた左拳に、吹雪が宿った。
さっきのパンチから威力は倍増し、装甲貫通性能も加わった魔拳は、残りの防壁をぶち抜いてクヴァリフの顔面を捉える。
「ズバッと一発、【雪風強打サイクロンストレート】!!」
瞑想中の無防備なところに撃ち込まれた一撃は、肉を破り骨を砕いた。
女神の美しくもおぞましい面貌が破壊され、後に残った胴体がフラフラと三度ほど揺れてから倒れ伏す。
「……やっつけた、かな?」
「そのようですね」
恐るおそる、らぴかが首なし死体を見下ろして動かないことを確めると、遙斗はタバコを新たに一服する。
「八手さんは……大丈夫ですか?」
戦闘が終わっても真人の肉体はたこすけに憑依されたままだった。言葉を発しないことには首を傾げるも、追及すべきかは悩ましいところ。
「とりあえずは署に戻って、報告書の作成……あとは領収書の清算も……」
遙斗は少し離れた場所に停めてあった車を取りに歩き出す……が、
『オオオオォォォォォォ!!!』
悪夢のような絶叫が響き渡ったかと思うと、クヴァリフの骸が起き上がった。完全に死亡したはずが、なかったことにされたみたいだ。粉砕された頭部も、蘇生している。
「復活した!? ……そうか、【クヴァリフの仔『無生』】の蘇生効果!」
「なるほど、さすがに女神名乗ってるだけは有る」
「****!!」
戦いは、まだ終わっていない。
それを理解した三人は、改めて身構えた。
●
「ふひい、こんなすぐに蘇るなんて、√能力はすごいね!」
などと、感心してる場合ではない。
雪月・らぴか(えええっ!私が√能力者!?・h00312)は少し距離を取って、美味しいいちごを一つ摘まんで一息つくたら、さあ延長戦だ。
「頑張っていこー! ちーくちゃんもお願い!」
相方に『彷徨雪霊ちーく』を従えて、改めてクヴァリフへと挑みかかる。
挟撃の陣形を取り、逆サイドからちーくに牽制してもらいながら、火を灯したピンクブレイズで攻撃。拳撃も織り交ぜたコンビネーションが効いているのか否か、女神は憎々しげな慈愛を込めて笑うばかりだ。
『我が仔となるべき娘よ、【クヴァリフの御手】を受けるがいい』
ギョロッッ!
無数の眼球が、一斉にらぴかを睨んだ。
全身の毛が逆立つ感覚。
「やばいのが来る!」
弾かれたように、全速力で退避した。
それまでのすべてを投げ捨てる勢いで逃げ出した直後、らぴかのいた空間をクヴァリフが抱き潰す。
『あな口惜しや。近う寄れ、我が仔となるべき娘よ。そんなに離れていては、母なる愛を受け取れぬぞ。汝の手も同じく、このクヴァリフまで届かぬであろうに』
「受けたくないから逃げてるんだよね。……あと、私の方は別に接近しなきゃいけないわけじゃないよ!」
言い返すなり、らぴかは再度反転した。
√能力【砲雪玉砕スノーキャノン】発動。
召喚数は、確実性を取って1体。ガバッと大口を開けた雪だるま大砲が出現する。
「狙って狙って……口から雪玉ドーンっ!」
雪だるまの砲口から、本体の頭部よりも馬鹿でかい雪の塊が射出された。
遠距離攻撃する手段を隠し持っていたとは思わなかったか、クヴァリフは回避できずに正面から雪玉を喰らって、そのまま後ろの壁へと叩きつけられた。
√能力で三倍増しになった砲撃の威力と雪による低温によって、クヴァリフは動かなくなる。
今度こそ、手応えありだ。
●
「まさか復活するとは……√能力の内容を警戒していなかったこちらの落ち度ですね」
志藤・遙斗(普通の警察官・h01920)は独り言ちた。
相手は簒奪者だ。戦闘力、特にしぶとさについてはずば抜けており、命脈を断つには相応の手数を重ねなければならない。
「でも、これで諦めるわけにはいかない、向こうが何度でも蘇るならそのたびに倒すだけだ」
紫煙をまとい、武器を構えて気合を入れなおす遙斗の眼前で、邪神クヴァリフはその体躯をもたげた。
『【クヴァリフの肚】より来たれ、最も強き仔よ!』
記憶世界より召喚される『仔』は、クヴァリフ自身と同じ戦闘力を持つ。その厄介さを身をもって理解したばかりの強敵が、新たに追加されたわけだ。
「二対二、か。……八手さん、まだ戦えますよね?」
「……****」
チラと横目に確認した【八曲署】の仲間、八手・真人(当代・蛸神の依代・h00758)は依然として人語を忘れた異形『たこすけモード』のまま、唸り声を上げてクヴァリフを睨み付けている。
「*****!!」
咆哮しながら、再度突撃。
瞬く間に乱戦状態へと陥った。
真人=たこすけの背から生えた八本の巨腕がクヴァリフを殴打し、クヴァリフは眼球や触手を操って遙斗を翻弄。『最も強き仔』もまた触手でもって真人=たこすけを打ち据え、そうはさせじと遙斗が拳銃で牽制する。
打撲音と銃声、狂気と殺意が入り混じった大乱闘だ。
巻き込まれた調度品が粉砕されて、壁や天井に穴が空くたび光が差し込んでくる。
戦いは一進一退……だが、その均衡は唐突に崩れ去った。
『怪異の依り代よ、妾の愛を受け入れよ!』
クヴァリフによる抱擁が、ついに真人=たこすけを捕らえたのだ。
艶めく肢体が絡みつき、豊満な全身を使って抱きすくめる。
バキボキメキッ、とおおよそ人体から発してはならない音がして、真人の肉体は痙攣した後ぐったりと脱力する。それをクヴァリフは赤子みたいに優しく床に寝かせると、『最も強き仔』を相手取る遙斗へと視線を移した。
『さて、次はあやつにしようか』
そう呟いて、触手を伸ばしていく。
●
八手・真人は死んだ。
肉体はズタボロ。心臓は停止し、瞳孔は開ききっている。どんな名医でも「ご臨終です」と手を合わせる状態だ。
……それがどうしたというのか?
周囲に漂うインビジブルたちから、真人の亡骸へとエネルギーが流れ込んでいく。
世の理から外れた力が発動する。
砕けた骨が、断裂した筋肉が再生。
心臓が鼓動を取り戻す。
真ん丸に開いていた瞳孔が横長に――タコのように収縮する。
――√能力【依代の大義】、即時蘇生。
「********!!!」
限界を迎えた肉体を強引にたたき起こして、真人=たこすけはクヴァリフへと殴りかかった。
遙斗の元へ向かおうとしていた女神はこれを回避できず、八本腕によるぶちまかしをモロにくらって吹き飛ぶと、加勢しようとしていた『最も強き仔』へと追突してしまう。
触手が絡み合い、くんずほぐれつ転倒した母と仔。
これ以上ない勝機であった。
「√能力【正当防衛】。……霊剣術・|朧《オボロ》!」
遙斗のまとうタバコの煙が、殺戮気体へと変化する。
靴と床の摩擦が火花を散らし、白刃が風となって鋭利に煌めく。
装甲貫通と威力二倍に、速度三倍の助走まで乗せた必殺剣が炸裂。振り抜かれた刀はわずかな手応えだけを残して、邪悪な女神とその仔をまとめて一刀両断に斬り捨てた。
その断面は、まるで研磨したかのように滑らかで。やがて力なく左右へと崩れ落ちていく。
●
クヴァリフがこれ以上蘇生しないことを確認した後。
「モグモグ……モグモグ」
「えーっと、これは止めるべきなのかな?」
真人=たこすけは、女神の骸を喰い漁っていた。
きちんと過食部位だけを選別して、消耗したエネルギーを補給しているのだが、傍目にはアレな絵面なので遙斗としては対応に困るところだ。
とりあえずタバコを一服して、頃合いを見て声をかける。
「八手さん、そろそろ署に戻って報告書と領収書書きますよ」
「モグモグ……****」
真人=たこすけは案外素直に立ち上がると、肉を頬張りながらではあるが、車へと向かう遙斗に従って歩き出す。
これにて、此度の事件は落着した。
なお、真人が持ち帰って換金しようと企んでいたクヴァリフの希少部位が、たこすけに食われず残っていたかどうかは定かでない。