シナリオ

⚡️紅涙流離戦~千年藤の舞神楽~

#√妖怪百鬼夜行 #紅涙流離戦 #作戦4:土地神の救出 #🌸完結御礼🌸

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 #√妖怪百鬼夜行
 #紅涙流離戦
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⚡️大規模シナリオ『紅涙流離戦』

これは大規模シナリオです。1章では、ページ右上の 一言雑談で作戦を相談しよう!
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(毎日16時更新)

●千年藤の宴
 晩春の霞が空を棚引く、深い藍色の宵だった。
 月明かりはなく、代わりに提灯の火が、闇に幾つも浮いていた。ぽつりぽつりと灯るあわい光は、大きな水面にも、逆さに映って揺れている。
 傍らに横たわる巨大な水場は、山中にある広大な湖だった。
 この湖自体は√EDENにもあるが、今宵の景色は──√妖怪百鬼夜行でしか見られまい。

「|祭《まつ》れや|祀《まつ》れ、|奉《たてまつ》れ」
「千年藤の夜祭りだ」
「|湛《たた》えよ|讃《たた》えよ、舞い踊れ」
「咲き誇る藤よ、魔を祓え」

 夜の湖面を鏡にして。空と水底へ同時に、うねりながら伸び上がる幹がある。
 幾つにも分かたれた枝からは、ほのかに輝く藤の花が鈴なりに咲いており、湖を澄んだ紫に染めていた。
 湖畔には。提灯や鬼火を掲げて集った、妖怪たちの姿。節を付けて謡うと共に、鼓と太鼓で乾いた音を天へ響かせ、高い笛の音も尾を引いて追う。
 湖面には。藤色の衣を纏った舞手が一人、扇を翻して軽やかに舞っていた。
 花筏で編まれた舞台の上。足先で拍子を踏めば、パシャリと波紋がはじけるが、決してその身が沈むことはない。
 時は卯月の新月。
 密やかな藤祭りの場からも遠くはない、さる大社にて、|紅涙流離戦《こうるいりゅうりせん》の火蓋が切って落とされた、ほんの少し後のことだった。

●仲間を求めて
「すごいな。√妖怪百鬼夜行には、とても神秘的な光景があるんだね」
 予知で見た光景に、眼鏡の奥の目を細め。陶酔した面持ちで、新米星詠みのリュカ・シルヴァーツリー(銀葉竜・h12247)は呟いた。
 しかしすぐ、己の役目を思い出したのか、真面目な声音に変わる。
「紅涙という古妖を巡り、この世界で、大規模な戦いが起こるみたいだ」

 紅涙とは──裏切りに遭い、苦しみ嘆く女性の元へ現れる、花嫁姿の古妖だ。
 過去の情念に囚われ、惨劇をもたらすその性質も恐ろしいが、何より驚異なのは、|√《・》|を《・》|超《・》|え《・》|て《・》相手を探せるその力。
 彼女の力に目を付けた簒奪者の群れは、『|紅涙流離軍《こうるいりゅうりぐん》』を結成して、妖怪百鬼夜行の各地で蠢動を始めた。
 彼等の目論見が果たされた暁には、紅涙の能力は共有され、ありとあらゆる√への侵略が始まるだろう。
「古妖たちは強大な存在だけれど、この√妖怪百鬼夜行には、彼等を封印した団結の力もあるそうだね……曰く、『|百鬼夜行《デモクラシィ》』という」
 住民達の力を借りて、再び『百鬼夜行』を起こすことが出来れば、心強い味方になる。
 逆に言えば『百鬼夜行』の力なくしては、此度の勝利は覚束ない。
 ここに集まった皆にも、どうか力を貸して欲しいと、リュカは深く頭を下げた。

 本格的な作戦に先駆けて。
 まず向かって欲しいのが、予知で見た場所……県と都の境界にある湖だという。
「山や水辺に暮らす妖怪たちが、夜に集まって祭りを開いているんだ」
 新月だけ湖上に現れる、不思議な千年藤。その開花を祝い、喜び、加護を願って舞う祭事らしい。
 藤の花もこの行事を好いているのか、いつからか、浮かべた花弁で水上に舞台を作るようになった。湖の上で、より花の近くで舞えるよう。
「共に祝いたい者は誰でも歓迎されるけれど……叶うならば、君たちも『舞う』のが良いだろうね」
 山に住まう素朴な者たちの集まりゆえ、特に堅苦しさはない。型や振りにはも縛りはないし、自由な|舞《ダンス》で構わない。
 ただ、真摯に。
 千年藤への畏敬を込めれば、妖怪たちも心打たれて、味方になってくれるだろう。

 無論、難しければ、観客として参加するのもいい。別の特技で祝ってもいい。
「食べ物や飲み物を振る舞って、彼等と仲良くなる方法もある」
 観客ならば、軽い飲食も問題ない。甘酒や御神酒を嗜む者もいるし、カッパもきゅうりに蜂蜜を塗って、美味しそうに食べていた。
 とにかく、藤の元に集まる妖怪たちと心を通わせ、助力を得ることが出来れば、大きな助けになる筈だ。
「なかなかない、神秘的なお花見だ。君たちもまずは、楽しんで来てくれたらと思うよ」
 大きな戦いを前にして不謹慎だけれど、と、星詠みの竜は小さく微笑んだ。

●そして、紅涙流離戦へ
 首尾良く『|百鬼夜行《デモクラシィ》』の助力を得たのちは、大きく分けて、五つの作戦がある。
「どれも重要で、甲乙は付けられない。君たちで話し合って、行き先を決めてくれると助かる」
 星詠みは困ったように首を捻り、それぞれの概要を告げていった──。

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第1章 日常 『千年藤の静かな夜祭』


天使・夜宵
白露・花宵


 山の呼吸を思わせる神楽笛が、木々の間に反響している。
 活気を煽る、祭りの篠笛とは、どこか違う。胸の内を抜ける透明な音色に、手土産の風呂敷を提げた|天使《あまつか》・|夜宵《やよい》(|残煙《ざんえん》・h06264)は一瞬、足を止めた。
「なんだい? ……柄にもなく、緊張でもした?」
 夜宵に下草を分けさせて。一歩あとを来る、|白露《しらつ》・|花宵《かよ》(白煙の帳・h06257)が問いかけた。肩越しに振り向けば、蜜色の瞳が蕩けるように細まったのが、宵闇の中でも分かった。
 違う、と、言い返そうとした矢先。ころころと花宵が笑い出す。
「大丈夫だよ。夜宵、あんたには期待してないから」
 ──酒でも飲んで交流しといで。ちったぁ愛想良くするんだよ?
 夜宵の眉間に刻まれた皺が深まったのは、この山に入る前から、暫し煙草を控えているせい……なんてことは、無論ない。
「は? うるせぇよ、悪かったな」
 緊張とは違うものの、まるで未知の√へ踏み入ったかのような、妙な心地は感じていた。笛の音に共鳴したそれは、人が畏怖や畏敬と呼ぶものかも知れない。
 |揶揄《からか》い混じりに、心を|解《ほぐ》してくれた相棒へ。礼の代わりに悪態を返し、夜宵は視線を前へ戻す。
「舞だかなんだか知らねぇが、さっさと行ってこい」
 影絵染みた景色の先で、提灯の火がちらちらと揺れている。開けた場所は、すぐそこだ。

 ──顔の硬い男のひと! 柔らかい女のひと!
 純朴な山の妖怪たちは、端的に二人をそう評した。
 夜宵の喉がぴくりと動くのを、余所行きの笑顔で花宵が抑える。
 突然の来訪に、最初は戸惑われたものの、数分と経たず歓迎に変わった。それには、夜宵が風呂敷包みで提げてきた、上等な酒の香りが貢献したし──藤に舞を捧げたいと、花宵が見せた扇もまた一役買った。
「兄さんもイケる口だな、分かるゼ!」
「さあさ、こちらへこちらへ」
 既に顔を赤らめた、狐狸精たちに背を押され、夜宵は観客の輪へ招かれる。
 対して花宵の方は、水妖たちに手を引かれ、湖畔の土手を下ってゆく。
 チラリと目線を送れば、気付いた花宵が愉しげに首を傾けた。覗いた耳には今日は何の飾りもなく、白いうなじに灰青の後れ毛が一房、零れていた。
 

 湖面から伸び上がるのは、優美にうねる藤の幹。
 間近に臨むと、その巨大さに圧倒された。
 ──千年藤に舞を、か。
 夜空を包むほどに広がった枝から、数多の花房が釣り下がる。風を受けて、たおやかに揺らめく様は、藤色の極光だ。
 この世ならぬ景色に身を置く内、花宵の鼓動も、緊張から昂揚へと色を変えてゆく。湖岸で見守る相棒がくれた、蜜藤扇子を小さく折って、かつて齧った|日本舞踊《ダンス》を思い出す。
 ──ちょいと久しぶりだけど……ま、なんとかなるか。
 楽の音は止まっていた。
 己の呼吸で始まることを察し、花宵は深く息を吸う。甘やかな花の香りが、鼻腔を優しく抜けて。ふ……と、次の呼吸に乗せて足裏を擦った。

 ──……ああいうのも出来るのかよ。
 千年藤を臨む湖畔で、御持たせの酒を口に運びながら。
 花筏の上を、滑るように舞う相棒を、夜宵はじっと目で追っていた。
 好き勝手に酒を楽しんでいた妖怪たちすら、今は黙って見入っている。
 何でもないような振る舞いを続ける夜宵とて、常に比べて、呑むペースは遅い。
 だが、それに気付いて揶揄ってくる筈の相手こそ、普段とまるで違う顔を魅せていた。

 妖怪たちの囃子は、恐らく人の祭事を真似たもの。謂わば自由で適当だ。
 唄はなく、三味もない。鳴る鼓の|律動《リズム》に合わせ、即興で足拍子を奏でれば、笛の音もあとを追ってくる。
 あまり大きくは動かない。さほど速くもなりはしない。
 身体にひとつ、芯を入れ。ひらりと翳した指先に、円を描いて回る足先に、意識の糸を通したら。
 あとはただ、夜を渡る風と花に、己の呼吸を溶かすだけ。

 ──不思議だねぇ、不安定な足場の筈なのに。
 
 足裏に伝わる感触は、磨かれた檜舞台に劣らぬ心地よさ。
 水妖たちに導かれ、水面へ足を乗せたときは流石にひやりとしたけれど。藤の花舞台は、驚くほどにしっかりと、花宵の身体を受け止めた。
 新しい舞い手が来た喜びに、花房をそよがせて。
 
 ──ああ、お前さんも一緒に舞いたいんだね。

 ふわりと手首を返し、白い指先を揃えて、藤の花を指し示す。
 続けて蜜色の瞳が、揺れる花弁を映した瞬間──花宵は扇を全て開いた。
 風に棚引く藤の花に、煌めく蜜色を合わせた扇絵が、千年藤へと捧げられて。
 しゃなりと柔くその場で回れば、袖と髪が余韻を伴って追い。
 やがて、ぱさりと落ちた。
 
 下りる幕はない。
 ゆえに、藤を見上げて呼吸を鎮めれば、楽の音も静かに遠のいていった。
 

 舞が終わったとたん、夜宵は無愛想極まる顰め面をする羽目になった。
 何しろ、舞を褒めるのはまだ良いが……「姉さんのファンになった!」「二人はどういう関係だ!?」等々、堰を切ったように捲し立てる妖怪たちを、相手にする必要があったからだ。
 まあ、協力を取り付けるのが簡単になったのは有難いが、面子に不安がなくはない。
 やりきれず酒を煽っていると、花宵が戻ってくるのが見えた。酔っ払いどもに合流させたくないので、こちらから迎えに行く。
「首尾はどうだい?」
 手拭いを借りたのか、浮いた汗を抑える姿からふいと目を逸らして、夜宵は答える。
「こっちはまぁまぁ、だな。……言っとくけど、酔ってねぇからな」
「酔いの心配はしてないけど……おやまぁ、眉間の皺の深いこと」
 確かに夜宵は酒呑みだが、大切な作戦が控えているのを忘れはしない。酒量は行動に支障ない範囲に抑えているだろう。それに。
「ありがとうよ。あぁ……甘露だねぇ」
 戻ってきた花宵の喉を潤すために、一杯取っておくのも忘れない|男《ひと》だ。
 藤の花を見ながら並んで腰を降ろし、差し出された酒杯を味わっていると、花宵の朱唇から、堪えきれない吐息が「ふふ」と漏れた。
「『綺麗だ』くらい言えないもんかねぇ?」
 夜宵は何も答えず、眉間の皺を深めるばかり。
「……そろそろ、次に備えとくか」
 ただ、花宵がゆっくり休めるだけの間をとって、静かにそう告げた。

神隠祇・境華


 月が隠れた新月の夜。
 山中の湖に、|神隠祇《かみおぎ》・|境華《きょうか》(金瞳の御伽守・h10121)の姿はあった。
 湖畔では、提灯を持ち寄った妖怪たちが愉しげに語らい、所々で酒宴の花も咲いている。だが、最も目立つのは……勿論、湖面に聳える藤の花。
「千年藤というだけで、説明できる光景ではありませんね」
 ゆるりと捻れた巨大な幹が、夜空に向かって立ち上る。天蓋を覆うしなやかな枝には、淡く光る紫の花房が幾重にも連なって、対岸が見通せないほどだ。
 一体どんな|時間《ものがたり》を刻んできたら、樹木がこれほどの神秘を宿すのだろう。

 歓迎してくれた水妖に導かれ、境華は静かに水上へ向かう。
 湖上に浮かぶのは、藤の花筏。普通ならば沈むはずの足裏は、しかし、柔らかく花弁を踏みしめた。
 そのまま、根元へ向けて歩み寄り……咲き満ちる藤を見上げてから、深く身を折る。
 伏せた顔の横を、艶やかな黒髪が流れ落ち、花房のように風に揺れた。

 ──藤に捧げる舞と聞けば、少しだけ緊張します。
 
 これから奏じる舞には、決まった型も、振りもない。
 妖怪たちが務める囃子方とも、打ち合わせなどしていない。
 そもそも彼等自体、人の演舞を真似た自己流らしいのだ。
 旧きを尊びつつ新しきを喜ぶ、彼等らしいやり方だ。
 であれば、己も、己らしく。
 
 ──物語をなぞるように歩み、象徴を借りて身に映すことなら、私にもきっと出来るはずです。

 腰に巻いた宵色の帯に軽く触れ、いつしか、閉じていた瞳を開く。
 軽く息を吐きながら顔を上げれば、表情に憂いは既になく、その背は凜と伸びていた。
「何かを誇るためではなく、この夜と千年藤へ──敬意を返すように舞わせていただきます」
 しん……と張り詰めた空気の中。境華は袴の裾を捌いて踏み出した。
 巧拙ではなく、心を示すために。
 

 藤の花は、千年以上前から歌に詠まれ、愛されてきた。
 新緑が芽吹き、春の花が皆散る頃になっても咲き続けて、人々の目を喜ばせてくれる。
 その奥ゆかしさ、めでたさを言祝がれた、高貴な花。

 境華が大きく袖を返せば、白い袂が闇を祓う。不死の名が示す、魔除けの力を讃える傍ら、枝垂れる藤のしなやかさを慕って、柔らかに身を捻る。
 積み重なった時の重みを示すため、一足一足、歩を刻めば、合わせて太鼓もゆるやかになった。神楽笛の音が薄らと背後を流れ、遙けき時の奥行きを、境華の胸に描き出す。
 そうして、一足ごとに広がる、波紋の先を追ってゆき。
 気付けば、境華の舞ったあとには、花弁の濃淡から成る文様が描かれていた。
 
 ……花の重み、流水の揺らぎ、宵の静けさ。

 この場に満ちるものを、ひとつひとつ掬い上げて。
 過不足なく、丁寧に──花筏に浮かんだ文様へ、今宵の物語を織り込んでゆく。
 結びに込める想いは、勿論。
 こうして美しく咲いてくれたあなたへの、感謝と寿ぎ。

 とぉんと一つ、高らかに太鼓の音が跳ねて……それが最後の句点となった。
 境華はゆっくりと片膝を付いてから、正座へと姿勢を移し、千年藤に頭を垂れる。
 腰に結んだ羅紗の帯先が、水面を彩る藤色に零れて、優しく揺れていた。

小明見・結


「花弁の舞台なんて幻想的……」
 瞳を感動に煌めかせ、|小明見《こあすみ》・|結《ゆい》(もう一度その手を掴むまで・h00177)は眼前の景色に見入った。
 夜の湖畔、しかも山中となれば、健全な高校生が訪れて良い場所ではなさそうだ。とはいえ、今宵はきっと許されよう。何しろ、旧い藤の巨木が──湖上に艶やかな姿を見せる、神秘の夜なのだから。
 証拠と言わんばかりに、集まった山の妖怪たちも皆、朗らかに結を迎えてくれた。
「綺麗なものも、めでたいことも、皆で楽しんだ方が良いだろう?」
 元々なのか、それとも酒精の賜物か、真っ赤な顔で天狗が笑う。
「もし、お主も舞台に興味があるなら、土手を降りて水妖たちに頼みなさい」
 濃厚な酒気に驚きつつも、親切な天狗へ礼を伝えて、結は水辺へと向かった。
 
 ──精々体育の授業でダンスをやったくらいで、舞の経験なんてロクにないけれど。

 それでも、自身も参加したかったのだ。
 この後の作戦を考え──集った妖怪達、『|百鬼夜行《デモクラシィ》』の力を借りたいからという打算もある。とはいえそれは、あくまで前提に過ぎない。
 此処は人里離れた深山ではない。良い日和ならば、散策に訪れる人も多い穏やかな山だ。祭りにも人間がちらほら見えて、千年藤を大切に思う者は、種族を超えて大勢いることが知れた。
「……皆の想いには応えたいわね」
 いつだって、自らに出来ること、出来るだけのことをしたい。それは結の心に根付いた、大切な指針の一つ。
 加えて、実際にこの光景を目にした今は。
 あの美しい舞台に触れてみたいという、隠せぬ胸の高鳴りもあるのだった。
 

「知識もないから、思い付きみたいな踊りしかできないけれど」
 案内役の|水妖《カッパ》に向けて、おずおずと確認したら笑われた。それでも心を込めて踊ると言い募れば、分かっているとまた笑われる。
「オレたちも最初は思いつきで舞ったのさぁ」
 ガンバレ! 軽い励ましと共に、湖上に漂う花筏へと送り出される。恐る恐る踏み出した足は、花弁の連なりをきちんと踏んだ。
 幻想的な感覚に足取りが弾めば、枝に連なる藤の花房が、帯びる光を強めて揺らめいた。挨拶された気がして、結もぺこりとお辞儀を返す。
 ……あなたは、どんな踊りを見せてくれるの?
 風に鳴る葉擦れが、花たちの囁きに聞こえた。
 
「藤の花の美しさ、それを表現できるように頑張りましょう──|み《・》|ん《・》|な《・》|で《・》」

 にこりと答え、祈るように指を組む。
 優しい黄緑色の輝きが結に宿り、すぐに愛らしい精霊たちとなって、宙へ広がった。
 ある者が結を誘って、軽やかに周囲を飛び回る。結も精霊たちの動きに合わせて花筏を蹴って、或いは風に乗って跳び上がり、藤の花を讃えるように手を伸ばした。
 花の可憐さと合わせ、葉の瑞々しさを感じさせる躍動感に、湖畔から拍手が起きる。
「ふふ、精霊さんたちにはこうして、一緒に舞ってもらいたいのもあるけれど……」

 ──藤の花は風に揺れる姿が美しいから。

 くるりと衣類を翻し、結が回って見せた瞬間。花の一房一房を、優しく撫でる風が吹いた。
 オーロラのように揺らめく千年藤の美しさに、観客からは感嘆の吐息が零れ……やがて喝采に変わる。
 風にくすぐられた藤の花も、嬉しそうにさわさわと笑っていた。

ヤルキーヌ・オレワヤルゼ


「何て美しい花! ワタクシ!! 感銘を受けましてよ!!!」
 一言ごとに感嘆符を増す勢いで、ヤルキーヌ・オレワヤルゼ(万里鵬翼!・h06429)は賞賛の言葉を紡ぐ。近場の酒宴に集っていた、赤ら顔の妖怪たちが、ビクッと肩を跳ね上げて振り向いた。
「繊細な細工物のような造形に、優しい色合いが空気に溶けるよう……」
 そんな酔っぱらいたちのことは一顧だにせず、湖畔に向けて颯爽と歩を進めてゆくヤルキーヌ。彼女の目を惹き付けてやまないのは、湖面に輝く千年藤だ。
 黒々と聳える山嶺を背景に、幹を伸ばし、枝を広げて咲き誇る。
 ああ、まるで夜空を天蓋にしたシャンデリア。
 この光景を前にしたならば──詩人は詩歌を詠み、音楽家は曲を編み、画人ならば筆を取らずにいられまい。ましてや神絵師であれば!

 ──タイリョーク! ワタクシのペンと|液タブ《キャンバス》を!

 忠義者ゆえ、姿は見えぬが侍っている筈の侍女(護霊)へ呼びかける寸前で、ヤルキーヌは我に返る。そうだ、残念ながら今宵は、絵を描きに来た訳ではない。
 ブンと大きく首を振り、気合いをひとつ入れ直す。縦ロールも合わせて優雅に揺れた。
「楽団の皆さま! 次の音楽は、少しテンポの速い物をお願いいたします」
 純白のドレスを翻し。華麗に振り向いた先には、囃子方を受け持つ妖怪の方々。曲と曲の合間に一息吐いて、鼓の紐を締め直していたカワウソが、「ハイッ!」と、尾っぽを正して頷いた。


 壮麗な花房を作るのは、小さな|蝶形花《ちょうけいか》の連なりだ。一輪の中にも紫の濃淡があり、合わさって優美な藤色となっている。
 遠くから眺めてすら感じた精妙な造形美に、改めて心打たれながら、ヤルキーヌは舞台へ臨んだ。
「この素晴らしい千年藤に、ワタクシも舞を捧げたく思います」
 ドレスの裾を持ち上げ、優雅なカーテシーで一礼。それから湖上に浮かぶ花筏へ、真白いトゥを差し出すと、藤の筏が確りと受け止める。
 だがヤルキーヌの足はやがて、筏を離れて宙へ登った。|硝子《ガラス》の階段を踏むように、一足ごとに花房へ近付いて──届ききる前に、つと止まる。

「さあ、藤の花が風に舞うような舞を披露いたしましょう!!!」

 御照覧あれ!!
 朗々たる宣言に誘われたか、夜風がざあと藤の花をさらった。
 突然の強い風を受け、観客が目を閉じた一瞬に、ヤルキーヌは二条の薄布を取り出した。スクエアトゥで空に立ち、片や白、片や藤色の長い|領巾《ひれ》を風に浮かべて翻す。前方へ向けてしなやかに跳躍すれば、二色の軌跡が弧を描く。
 重力など知らぬと言わんばかりのその様は、羽衣を纏った天人の如し。
 ──ふふ。バレエダンスをこちら風にアレンジした踊りですわ。
 カワウソの鳴らす鼓の音が、トントントン、高まってゆく太鼓の音が、舞を加速させてゆく。軽やかに飛んで、鮮やかにターンを決める度、ヤルキーヌの表情も輝きを増してゆく。
 激しくも流麗、奔放ながら華麗。天衣無縫を体現したような|舞《ダンス》から、観客は目を離せない。数多の花弁を巻き込み、空へと運ぶ花嵐のように踊り続けながら、ヤルキーヌは心中で高らかに叫ぶ。

 ──千年藤もご観覧の皆様も、全て魅了して差し上げましょう!

ツェイ・ユン・ルシャーガ


 月がなくとも、迷う気遣いは要らぬ夜だった。
 囃子の調べにそわそわと。さざめく木々に導かれて進むと、やがて提灯の火が見えた。
「花を奉ずとは珍しい……と思うたが。成る程、こうも美しい藤ともなれば」
 ──大先輩じゃの。
 祭りの舞台に辿り着いた、ツェイ・ユン・ルシャーガ(御伽騙・h00224)は、湖上の空を見上げて微笑んだ。千年を超えて生きる、壮麗な藤の樹が、仄かに光る花房を、|撓《たわ》わに提げて待っていた。
「ふふ、もとより魂鎮めの其れ程度しか知らぬ故。……ほんのひとさし、拙かろうがお許し下され」
 どうぞ、お手柔らかに。
 囃子を奏する妖怪たちにも赦しを請うて、ゆっくりと花筏の舞台に向かえば。
 蝶の形の小花たちが、愉しげに揺れて迎えてくれた。


 柔らかな美貌を醸す、半妖の舞手が握るのは、飾り気のない木扇のみ。
 袖の内か懐の内か。どこかに結んだ鈴の音が、時折、凜と鳴るばかり。

 ひとあし。衣の裾を捌いて、花の舞台を踏む。
 足裏は微かに沈み、返されて。僅かばかりの波紋を残して、次へゆく。
 静寂に染み入るように打ち物が鳴り。ゆっくりと間を置いてから、また打ち寄せて。
 幽谷に生まれた霞の如く、神楽笛が棚引いた。

 ツェイが得手とするのは炎の術。
 だが、火を生み出すのは木であり、木を育むのは水であった。
 だからだろうか。舞うほどに身も清まり、大きなものに抱かれるような心地がした。
 
 ──神秘を宿すこの藤が、尚幾千年を重ねられる様……。

 祈りを込めて扇を翳し、花の甘い香りを掬いあげる。
 そのまま天を仰ぎ見て、美しく垂れた花房を瞳に映した瞬間。ふ……と。疑問が脳裏を掠めた。
 この花は、何故、新月を選んで咲くのだろう?
 古来より、藤は女性になぞらえられる樹木。陰陽で云えば陰となろう。その神秘が、同じく陰たる『月』に影響されるのは、分からぬでもない。
 ただ……花を咲かすとなれば。満月の方が、力も満ちるのではないか?
 寸の間、動きを止めたツェイに向け、藤の花の一房が小さく揺れた。まるで、若い娘が照れながら、打ち明け話をするように。
 だって。満月に照らされたら、バレてしまうでしょう?

 ──ああそうか。貴女の|御神体《ほんたい》は……水の都におられるのか。

 察すれば、知らず目元は和らいで。
 ツェイは掲げていた扇を降ろし、静かに畳むと、やがて膝をついた。
 両の袖を持ち上げて、指を畳んだ手を、反対の手のひらで包み込み。
 |拱手《きょうしゅ》で以て、祭りの主へと深く、深く……礼を捧げた。


「はは、慣れぬ事はどうにも面映ゆいのう」
 舞を終えれば早々に、ツェイは賑わう祭りの輪へと戻った。
 へべれけの物の怪たちに見付かれば、褒められたりそやされたり。あっという間にやんやの騒ぎに巻き込まれてゆく。

 ──咲いては散る永い生のかたわらを、こうも楽しゅう祀り奉じられては。

「愛しまずには居られまいなあ。のう、藤花よ」
 水底に生まれた神秘の藤が……地上に憧れた理由がよく分かる。
 湖上に輝く、美しい|鏡《・》|像《・》を見上げ、ツェイはもう一度、心の内で礼をした。
 ──安心して咲いてくだされ。此の地、此の時を絶えさせはしませぬ故。

第2章 集団戦 『道を塞ぐ猫』


●土地神の救出へ
 賑わしくもしめやかに、舞を捧げる祭りを終えて。
 すっかり妖怪たちと打ち解けたEDENは、いよいよ次の段階へ移ることとなった。

 検討の上で選ばれた作戦は──。
 【大宮八幡宮の地下へと囚われた『土地神』と、その『つがい』たちの救出】だ。

「土地神さまを捕らえるなんて! 許せない!」
「つがいさまもカワイソウだ! ひどい話だ!」
 事情を聞いた妖怪たちも息巻いて、EDENたちに同行したいと申し出る。元々、藤の花を奉ずるために集まった、信心深くて根の素直な者たちだ。守り神を封じるなどという所業は、到底見過ごせないのだろう。
 若い狐狸精や|獺《カワウソ》など、小さな動物姿の者が多く、個々の戦闘力は高くない。
 けれど、化ける・騙す・騒ぐならお手の物だと、陽動役を引き受けてくれた。
 
 加えて心強い助けとなったのは、千年藤からの返礼だ。
 大宮八幡宮の地下は、巨大な奇妙建築と化している。迷宮とも言えるその中で、どうやって土地神たちを探し出すかは大きな課題だった。
 方向音痴なのに……という怖い言葉が、漏れ聞こえたからか否か。藤の花がEDENたちに、ひらりと自分の|蝶形花《ちょうけいか》を落としてきたのだ。
 花弁を杯の水に浮かべたところ、藤の神木に向かって輝いた。神威に惹かれて光るのだ。
 大宮八幡宮の中で使えば、土地神のいる方向を示す磁石となるだろう。

●大宮八幡宮
「土地神さまを返せー!」「討ち入りじゃー!」
「であえであえー!」「それは迎え撃つ側が言うのでは?」
 屈強な武者に化けた狸や狐が、鬨の声を上げて参道を突き進む。
 迎撃に現れた見張りたちと入れ替わりに、EDENたちは素早く神宮内部へ忍び込んだ。
 藤の花の示す方向は大まかだし、壁に突き当たって回り道をすることも多かったが、当てもなく彷徨うよりも格段に心強い。
 光が徐々に強くなっているのも、囚われている場所に近付いている証拠だろう。
 
 ──このまま順調にたどり着けるか。
 
 思った矢先、また壁に突き当たり、EDENたちは溜息を吐く。
 一度引き返して別の道をと振り返れば……来た道が塞がっているではないか。
「ふふふ、ここは通さないニャー!」
「何処にも行っちゃ駄目ニャ! にょろ~ん!」
 いや、違う。前後を塞いでいるのは壁ではない。誰かが叫んだ。
 でっかい猫だー!!
「ニャーたちの名は、『道を塞ぐ猫』!!」
 しかもそのままの名前だった。にょろっとした質感ながら、確かにもふっともしている巨大な猫たちは、次々と姿を現して、EDENたちを取り囲む。
「神様も妖怪も人間も、ここでニャーたちを撫でて過ごすんだニャー!」
 正直あんまり強くなさそうだし、敵意もそんなに感じないが、時間だけは無限に稼がれそうな気がする凶悪な相手だった。
 どうにかして、この囲いを抜け出さなければ。
 最悪、全員でなくても良い。
 とにかく、土地神たちを救出する人員だけでも突破させなければ──。
 
***

《補足》
 ・猫たちの囲いを抜けて、この先にいる土地神たちの元へ向かうのが目標です。
 ・自身が足止めに集中することで、他の方を突破させることも可能です。
 ・ただし全員足止めプレイングだった場合は、突破者ゼロで失敗になるので
  少し相談していただけると良いかも知れません。

***
神隠祇・境華
ツェイ・ユン・ルシャーガ


「『道を塞ぐ猫』……名前の通りではありますが、困りましたね」
 |神隠祇《かみおぎ》・|境華《きょうか》(金瞳の御伽守・h10121)が、和服の袖から覗かせた白い手を頬に添える。ツェイ・ユン・ルシャーガ(御伽騙・h00224)も、綻ぶ口元に袖を当てて、隣に並んだ。
「ははは、今回は見上げてばかりじゃの」
 数刻前には夜空の元、壮麗な藤を見上げていたというのに。今度は地下に潜って、大きな猫を見上げている。一晩の出来事としては濃厚というか、突拍子がなさ過ぎて、少々理解が追いつかない。
 猫の方も『やんのかニャ?』『撫でるのかニャ?』と、そわそわゆらゆらしているだけなので、気付けば時間が経ってしまう。
 永遠にも思える数秒ののち。
「……とはいえ、見物しておる訳にはな」
 ──同志たる、絆強き番い達を捨て置けぬ。
 熱い決意で理性を引き戻したツェイに、境華も確りと深く頷いた。ちなみに二人とも、猫壁の動きに合わせ、無意識にちょっと上半身が揺れ出したところだった。危ない。
 いくら見た目が可愛かろうと、あんまり本猫たちに自覚がなかろうと。彼等は土地神たちの救出を阻む悪しき勢力の一員。正面から挑んで倒す、という手も無論あるが。
「敵意が薄い以上、傷つけて押し通るのは避けたいところです」
「そうじゃな。猫──猫避け、猫寄せ、猫の弱点……」
 自分たちが猫を引きつけ、その間に仲間たちを進ませる。即ち|足止めに身命を賭す《おれにまかせてさきにいけの》覚悟を、二人は既に決めていた。猫たちも構って貰えるのではと、心なしドキドキしている。
「では、こうしましょうか。……物語は我が手に──」
 金の瞳を閉じて。暗い帳の下りた世界に、境華は己の|識《し》る物語を描き出す。

 ──万の怪異を知る白き瑞獣よ。

「傷つけぬ知恵にて、困難をほどく道筋を示したまえ……」
 紐解かれるは、『|御伽「万象識る瑞図」《ハクタク》』。瑞兆として尊ばれる霊獣が姿を成して、語り部たる少女へと、願いを問いかける。
「猫たちの気を引けるものを、どうか」
 万物を見通す|白澤《ハクタク》も、これにはちょっと笑いつつ、くるりとその場で円を描く。
 柔らかな霊気が尾を追って、丸い軌跡を描き──やがてころりと愛らしい、大きな|毬《まり》が編まれて地に落ちた。
 壁猫たちの目がカッと見開く。
「この香り……ただの毬、ではなさそうじゃの」
 狙いを察したツェイもちらり、白澤と視線を合わせて頷いた。近くの壁猫たちは妙に息を荒くして、毬へとちょいちょい爪を伸ばしている。
「妖気で編まれた大きな……またたび毬、ですね」
 とーん。境華が両手で軽く押し出せば、魅惑のまたたび玉が、奇妙建築を走り出す。
 堪えきれぬとばかりに、壁猫たちは一斉に飛びかかり──争奪戦が始まった。


 物語を紡ぐ若き才女に、見事な御手前を披露されて。
 負けてはおられぬと冗談交じりに呟けば、ツェイの元にも『いんすぴれーしょん』が舞い降りた。
 ──そうじゃ、つい去年伝授された叡智。
「あれなれば屹度上手く運ぼう」
 またたび毬の争奪戦に加わらなかった者、敗れて哀しみ、一層撫でられへの情熱を燃やす者。彼等の心を惹くために、ツェイもまた言の葉にて術を紡ぐ。

 ……告げよ、謳い手。

 『|招花来魄《シエライ》』の術が招くのは、慎ましく頭を垂れた待雪草。陽光を帯びた新雪のように、白くきらめく花々に、境華は小さく感嘆の声を上げ、白澤も満足げに目を細めた。
 さて、願い花に請うて喚び出すは。
「伝統では鍋らしいが、気は心よの」
 一人用の船にできそうなほど大きく、けれど通行の邪魔にならぬ程度のサイズに調節された、木製の大タライだった。
「本来は鍋、ですか? すると、もしや」
 何かに気付いた境華が、誘われるようにタライへ歩み寄る。だってもし想像の通りなら、これから繰り広げられる光景はきっと、この世のものとは思われぬほど──。
「ほれ、此方へおいで。そろそろお昼寝の時間じゃよ」
 壁猫たちはニャーニャー囁き合いながら、暫し遠巻きにしていたけれど。
「……耐え難い魅力であろう?」
 ふわふわと、ツェイが自身の房尾を揺らして招けば、壁猫の身体もにょろ~んと揺れて。そのまま液体さながらの流動性で、タライの中に滑り込んだ。
 これぞ人類の叡智の結実、猫鍋である!
「これこれ、いっぺんに詰まろうとするでないぞ。うむ、仲良うおやすみ」
 最初は躊躇ってたくせに、一匹入ったとたん、次々来るのが不思議なところ。『狭いんだニャー』『それがまた良いんだニャー』とかなんとか言いながら、奇跡のフィット感で収まってゆく。
 ……か、可愛い。
 ツェイの手で優しく撫でられ、ゴロゴロと喉を鳴らす壁猫たちに、境華も密かに頬を染め。寸の間見とれていると、優しく背を突かれて。
 振り向けば白澤が、ふわりと藤の香纏う猫じゃらしを渡してきた。
 成程、心得ました。
 決意の表情で、境華は猫じゃらしをふわりゆらり。いまだに理性?を保って道を塞ぐ、壁猫たちを牽制する。

 ──土地神さまの元へ向かう道だけは、必ず開けます。

「こちらです。撫でるのは、こちらを捕まえてからでも遅くありませんよ」
『そ、そんな誘いにニャーたちは……』
 口では抵抗しているが、絶妙に届かぬ位置で漂う猫じゃらしに、つぶらな瞳が釘付けだ。トドメにぴょーんと穂先を跳ね上げ、境華が逃げてみせれば、彼等の本能に火が付いた。
「突破役の皆さま、どうかこの隙に先へ」
 華麗に猫じゃらしを操りながら境華が呼ばい、ツェイもまたタライの中の猫を甘やかしながら告げる。
「この子等がしかと夢の中に旅立てば、我も追うでの」
 ……やわこい猫の誘惑に負けて、一緒に微睡んでしまう前には、必ず。
 という、ちょっと不安な言葉は続けずに。胸の中に仕舞っておいた。

小明見・結


 個体に依りはするけれど。猫というのは概ね、気ままでつれないものだ。
 その柔らかな身体に触れたい、ふさふさの毛並みをモフりたいと願っても、全ては御猫様の気分次第。となれば、これは千載一遇の機会とも言えよう。

『あ~すごく構われたい気分なんだニャ~』
『ニャーたちは撫でられて嬉しい、ユーたちは撫でられて嬉しい』
『それってとってもウィンウィンニャ?』
 |小明見《こあすみ》・|結《ゆい》(もう一度その手を掴むまで・h00177)を取り囲み、巨大な猫たちの方から、口々にそう誘いかけてくるのだから。
 結だって猫は嫌いではない。むしろ好きだ。目の前に居るのは普通の猫とはちょっと、かなり、随分違うけれど。この単純な造形も、先日焼いたクッキーに似ていて可愛いなと思う。
 彼等とのんびり遊ぶのは、正直、戦いよりもずっと心惹かれる。

 ──けれど、今なにより大事なのは。

「土地神さんたちを助けること」
 ……目的を見失わないようにしないと。
 ぐっと拳を握れば、地下迷宮の奥に、若葉香る晩春の風が吹き降りた。猫たちのヒゲがそよぐ。
「竜巻で猫さんたちの視界を塞いで……精霊さんたち」
 風と共に姿を現した精霊たちは、愛らしさでも負けぬとばかりに張り切って。仲間同士で手を繋ぎ、|精霊の円環《フェアリーサークル》となって、猫たちを包み込んだ。
『何でニャ! 撫でたくないのかニャ!』
 隙を突いて抜け出した結の背を、哀しみの猫なで声が叩く。思わず「そんなことはないけど」と、苦笑混じりに答えてから、結は名残惜しさを振り切った。
 この場は仲間たちに託せると信じて、今はただ前へ。


 実際、残った皆は上手くやってくれているようだった。
 ニャ~ゴ……と尾を引いていた甘え声が、やがて愉しげなはしゃぎ声に変じて遠ざかる。
 後ろ髪を引かれた気がして、もう一度だけふるりと頭を振る。精霊たちが舞い降りて、結を励ますように優しく瞬いた。
「そうね、私は土地神さんたちの捜索に集中しましょう」
 ここから先だって、まだ分岐やトラップは残されているだろう。何かあれば、今度は結が対処しなければならない。
 ──私は、多くのものを託されている。
 それは役目であり、期待と信頼であり、応援だ。
 手のひらに、千年藤の花弁を乗せた。淡い紫の蝶形花は、刻々と輝きを増している。
「あなたたちも持ってくれるかしら?」
 すぐに応じて花弁を受け取り、精霊たちは微笑んだ。風に舞う藤色の光を見れば、結の緊張も僅かに緩む。念の為、複数貰っておいて良かった。
 ……精霊さんなら、空を飛べるし、多少の障害物も避けられる。
 彼等に先行して貰えれば、捜索は格段に早くなるだろう。土地神たちの居場所を探すよう伝えると、春風たちは意気揚々と翔け出した。

 ──土地神さんたちを助けたいと思っているのは、私たちや妖怪さんたちだけじゃない。

 自らも後を追いながら、手に残った紫のひとひらに目を落とす。この花弁にも、千年藤に託された想いが込もっているのだ。絶対に見つけないと──。
 キッと前に向き直った瞬間。分かれ道の先から、精霊が慌てて戻ってきた。
 何かあったか問いかけるよりも早く、切迫と歓喜の入り交じった震え声が、結の耳を打つ。
 ああ、だれか、来てくれたのね。
「私たちはここよ! かみさまを、助けて!!」

天使・夜宵
白露・花宵


 仮にも、神を捕らえた者共の本拠地だ。
 どれほど剣呑な敵が、守りを固めているのかと、身構えて来てみれば。
「……猫?」
 |白露《しらつ》・|花宵《かよ》 (白煙の帳・h06257)の形良い朱唇がぽかんと弧を描き、|天使《あまつか》・|夜宵《やよい》(|残煙《ざんえん》・h06264)も精悍な眉を顰めて呻いた。
「……ぬりかべじゃなくて、猫かべか?」
 地下迷宮の床から天井近くまで、にょろ〜んと生えて道を塞ぐのは、不思議な質感の自称猫ども。気の抜けた鳴き声に、高めた緊張感も雲散霧散。夜宵の肩が大きく落ちる。
「こりゃまた可愛くて珍妙な相手だねぇ」
『珍妙はいただけないニャ』
『でも可愛いは貰っておくニャ』
 率直に述べて花宵が笑うと、ポジティブ思考の猫たちが詰め寄って来る。かまえ、あそべ、なでれ。巨体をずらりと並べて迫られれば、流石に圧が強かった。
 反射的に半身を引いた花宵の肩に、大きな手が添えられた。誰の手かなど、確かめるまでもない。
「……俺が道をつくる」
 告げた時にはもう、愛刀『|──《無名》』の柄に手がかかっている。

 ──花宵は土地神の所へ行け。

 囁き声に耳を寄せて頷くと、灰青の髪先が、擽るように相手を撫でた。花宵は腹に力を据えて、捻った身を引き戻し、猫壁たちを袖にする。
「魅力的なお誘いだけど、あたしらはこの先に用事があるんだ」
 |ニャ〜《えー》と巻き起こるブーイング。受けて立つように、今度は夜宵が前へ出た。
「おい、猫かべ共。俺が遊んでやる」
 |左の義眼《ひだりめ》は殺意に燃え立って、その手は刃を抜いている。
 当然ながら、猫たちはおののいた。
 ずいずい迫り来ていた囲いが、毛を逆立てて一斉に引いてゆく。
 その様子を凶眼にて鋭く射貫けば、隙だらけにも思えたけれど。それは手段を選ばず倒す場合の話。怯える猫どもはぎゅうぎゅうと身を寄せ合い、首尾良く抜けられそうな隙間はない。
 ──とにかく突破口を作らないと話にならねぇ、か。
 小さな溜息ひとつ零して、夜宵は愛刀の刃を返した。猫たちは彼の一挙手一頭足を見守り、背を丸めて右往左往。小刻みな横飛び、俗称『やんのかステップ』にて、縄張りアピールをし始めた。
「随分と怯えられたもんだねぇ」
「俺に意識が向いたんなら、何でもいいんだよ」
 黙って行け。
 猫のつぶらな瞳と睨み合いながら、夜宵がぶすりと告げて。
 ──誰かが道をつくれば良いのなら、俺はそっちの方が向いている。
 はいよと軽く応じながら。相棒の背が語った決意へ答えるために、花宵も小さく身構えた。


 シャーシャーフーフー、牽制の声を漏らしつつ。どこかワクワクした様子もある猫たちに、夜宵は真っ向から切り込んだ。土煙上げて迎え撃ってくる巨体を躱し、猫背に重い峰打ちを入れて地に倒す。
『まさかのナワバリバトル勃発とは』
『おぬしボスの座が狙いかニャ!』
「狙いはこの先だって言ってんだろ」
 律儀に言い返してしまったものの、囮として気を引くなら、話は合わせた方が良いのかも知れない。
 ……え? このノリに? という葛藤に気を取られた一瞬に、次の猫は眼前へ迫っていた。こちらも峰打ちだが、あちらも爪は仕舞っているので、フェアプレー精神は窺える。
『何処にも行っちゃ駄目ニャ~!』
 ──とはいえ、この巨体で体当たりされたら。
「たまったもんじゃねぇな」
 土煙のせいで目が霞み、動きが鈍ったところにのしかかられれば、EDENとてひとたまりもない。なかっただろう。|夜《・》|宵《・》|以《・》|外《・》|な《・》|ら《・》|ば《・》。
 例え肉眼が塞がれようとも、燃える瞳が在る限り、『隙』を見逃すことはない。
 飛び込んできた数匹を、直前まで引き付けてから身を翻す。
 自らが巻き起こした煙の中で、彼等は夜宵を探して。見つけるより先に、峰打ちの衝撃を受けて寝転んだ。
「まだ遊び足りねぇだろ?」
 煙が収まるのを待ちながら、立ちすくむ猫壁たちをゆるりとねめつける。
 その実、上手く囲いを抜けたようだと……壁向こうに遠ざかる相棒の背を、ホッと見送りながら。
「安心しろ、飽きるほど相手してやる」

 例え燃え立つ瞳がなくとも。相棒が作る隙を、誰よりも信じていたからこそ。
 一体目の壁猫が動いた瞬間、花宵は既に駆け出していた。峰打ちで倒れる巨体と入れ替えに、猫たちの囲いを潜り抜ける。
 ほとんどの猫が、夜宵に対して『やんのか』状態、もしくは気迫に呑まれて固まっていた。だが、僅かに気付いた数匹が、花宵の背を追って来る。
『あっ、ダメにゃ! 置いて行かにゃぃでぇ~!』
 ニャァオ~~ンと、耳がとろけそうな猫なで声。様々な耐性を持つ花宵であっても、可愛いにゃんこの呼びかけを受ければ──いや、普通に√能力の攻撃だったので──駆ける速度が緩んでしまう。
「っ……そんな甘えた声をだしても駄目だよ」
 ──遊んでもらいたいなら、そこの赤いのに頼みな。
 己に縋る数匹に向け、|赤《・》|い《・》|の《・》の方を指で差せば、猫たちはすごい勢いで首を横に振った。首の位置が初めて知れた。
『ボス争いに参加するのは怖いニャ……』
『ニャーは撫でられたいだけニャ……』
 彼等はいつの間に、ボスの座を争い始めたのだろうか?
 相棒の行く末が気に掛かるも、厚い猫壁の向こうから時折、刃の反射光が煌めくだけで。まぁ、事の次第はあとで確認するとしよう。
「お前さんたち、あんまり邪魔をするなら、毛並みが煙臭くなるよ」
 ──あたしに触れようなんざ、いや、触れて貰おうなんざ。
「百年早いさね」
 ふぅ……と。煙に巻くような微笑と共に、甘い蜜煙が周囲にくゆる。まるで|美酒《またたび》の香を嗅いだが如く、壁猫たちは陶酔した表情で微睡み……動きを止めた。
 おやすみ。優しい吐息を残し。白煙の帳の向こうへ、女性の影が消えてゆく。

「さぁて、土地神とつがいはどこにいるかねぇ」

 ──さっさと探して助け出さないと。
 残してきた相棒が、ボスの座に君臨する姿を思えば、心配よりも苦笑が先に浮かぶけれど。身を張って送り出してくれたことには違いない。
「蝶形花、ちゃあんと案内しておくれね」
 細い指先に摘んだ花びらまで、きゃらきゃらと愉しそうに光り出したのを|嗜《たしな》めて。花宵は前に向き直り、かつりと踵を強く鳴らした。

ヤルキーヌ・オレワヤルゼ


 いざ土地神らを救出せんと。危険は承知、覚悟の上で飛び込んだ地下迷宮の只中で。
『遊んでニャ〜』
『無でてニャ〜』
 ぷっくりした|ヒゲ袋《ウィスカーパッド》を上下させ、口々に言い募りながら現れたのは、巨大な猫の群れだった。自ら『道を塞ぐ猫』と名乗った通り、がっちりとスクラムを組んで、行く手も戻る手も塞いでいる。

 ──大きな猫ちゃんの妨害、心惹かれますが……。

 ヤルキーヌ・オレワヤルゼ(万里鵬翼!・h06429)は逡巡した。にょろり、かつ、モフリとした壁猫たちの光沢は、まるで上質な|天鵞絨《ベルベット》。毛の流れに沿って指を這わせれば、至高の滑らか触感が味わえるに違いない。
 ニャアニャアと、愛らしい声も耳朶を打つ。甘美な誘惑に、乙女心は揺れるけれど。
 ──己の使命を全ういたします!
 そんな柔い心は鋼鉄の檻に閉じ込めて。ヤルキーヌは密かに、囲みを抜けんと機を窺う。
「幸い足止めをしてくださる方々もいらっしゃいますし──ワタクシ土地神様をお救い致しますわ!」
 既にあちこちで、猫の気を引く仲間の動きが見えていた。あえて自らの高貴オーラは消し去って、忍び足で進めば、大半の相手はやり過ごすことができた。
 
「あとはアナタ方だけですわね!」

 という訳で、あっという間に最終局面。
『ふふふ、ニャーたちこそは最後の砦!』
『輪に入れなかったあぶれ者とも言うニャ……』
 別に言わなくて良いことを言いながら、彼等はちらりと、楽しそうな歓声の方を盗み見た。足止め役のEDENが他の壁猫と遊んでいる場に、上手く混ざれなかったらしい。
『こんな逸れ者のニャーたちに見付かったが運の尽き』
『我等の心ゆくまで構い、触るが良いニャー!』
 特に怖くはない脅し文句を放つや否や、飛びかかってくる壁猫たち。ヤルキーヌは純白のドレスを翻してひらりと躱す。その様はまるで|闘猫士《マタドール》。
 だが猫たちも諦めず、ヘッドスライディングで次々と足元へ滑り込んできた。
 猫の頭突きには親愛の情が籠もっているともいうが、サイズ感的には丸太が倒れ込んできたのと変わらない。
「これは足止め(物理)ですわね!」
 立ち止まるわけにはいかない。さりとて蹴り飛ばすのも気が引ける。瞬時に判断したヤルキーヌは、倒れた壁猫に手を付いて飛び越えようとする。
『あ、やっぱり触っちゃダメニャ。にょろ〜ん』
 しかし跳躍の瞬間。猫は突如の気まぐれで、行きずりのインビジブルと入れ替わった。そのインビジブルも猫の姿に変じた上で、若干シャーッとしている。微笑ましいが、触ればダメージは必須。
「ふふ、残念ですわね──」
 しかし。この狡猾なトラップを眼前に、ヤルキーヌは華麗に微笑んだ。
「そちらのワタクシは幻影ですわ!」
『ニャ、ニャンだって~~!!』
 そう。ヤルキーヌの方もとっくに、自身で生み出した幻影と入れ替わっていたのだ──。
 
「千年藤様のお心遣い、ありがたく使わせていただきますわ!」
 純白の手袋に、柔らかな薄紫の蝶形花を乗せて。静かに、そして麗しく、救いの女神は歩を進めた。
 花弁の輝きに己の勘を合わせれば、憂いはない。敵の気配があればまた、幻影でその目を惑わせてやれば良いのだから。
「土地神様、只今ワタクシが参上いたしますわ!!!」

●お仕舞い、そして百鬼夜行へ
 かくしてEDENは、囚われた土地神たちと合流を果たした。
 そこから脱出までは、まだ少し時を要するのだが、概ねスムーズに事は成った。
 最大の要因は……猫が道を塞がなくなったことだ。
 蒼く光る謎の猫たち、曰く。
 
『此処で待ってればニャ』『いっぱい構って貰えるって聞いてたニャ』
『でも全然誰も来ないニャ』『退屈してたニャ』『マジ騙されたニャ』
『もしかして、そっちに着いていった方が』

『『『構って貰えるのかニャ……???』』』

 ということで、帰り道にはわくわくそわそわした猫たちが同道し、後には|空《から》の|檻《おり》と幾つかの猫鍋だけが残された。
 こうして、藤の宴から始まった長い夜は終わりを告げて──。
 
 作戦4、成果報告。
 土地神とつがいの救出に成功。|百鬼夜行《デモクラシィ》要員も、追加確保。

挿絵申請あり!

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挿絵イラスト

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