シナリオ

蜜糖煌めくショコラパフェ

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⚫︎甘やかな祭りの気配
 2月の暦を捲ってはや数日、街にはじわじわと甘い香りが満ちて来る頃合いだった。友人に、家族に、そして勿論、想い人に。甘やかな菓子に気持ちを託して贈り合う、『バレンタイン』の到来だ。√ドラゴンファンタジーの世界においてもそれは例外ではなく、ダンジョン都市の『ショコアトル』でも甘ーい祭典に向けてつつが無く準備が勧められている…はずだったが。

「んっふふ、こんなのアタシが見逃すはず無いじゃない…!ショコラも琥珀蜜糖も、ぜんぶ最高のパフェにしてあげるんだから!」

――なにやら、不穏な台詞が聞こえてきた。

⚫︎何はともあれ祭りは楽しく
 「というわけで、今回はバレンタインらしく甘味のお祭りと…申し訳ないですが、厄介ちゃん対処のセット売りになるっすよ。」
 いやはやとため息をひとつ付きながら、霓裳・エイル(夢騙アイロニー・h02410)が依頼を聞きつけ集まった√能力者に星詠みの内容を語り掛ける。
「今回行ってもらうのは√ドラゴンファンタジーの『ショコアトル』ってダンジョン都市っす。名前の通りチョコレートが名産のひとつで、この時期はダンジョン前にあらゆる種類のチョコレートが売られた出店が並ぶんすよ。」
 冬にあっても果樹と花々美しいこの街は、ちょうど1年で一番の盛り上がりを見せる。壮観と言うに相応しい出店の数に、居を構えた店々もこぞってチョコにちなんだメニューを並べている。作る人に向けた純度の高い製菓用チョコレートに瑞々しい果物と、食べることも出来る美しい花々。熟練の職人が丹精込めて作り上げた宝石のような新作ショコラの数々。甘いものが苦手な人向けに、ビターチョコをソースに使った鶏肉のグリルやホワイトチョコを隠し味にしたマカロニグラタンなど、しょっぱいメニューも隠れた名品だ。
「皆さんにはまずここでチョコレートを堪能して貰うっすよ。一応標的の場所に向かうための情報収集はいるんですが…ま、心配しなくてもすぐ集まるっす。なんせ道の最中に祭りの目玉の二つ目――『琥珀蜜糖の水晶ダンジョン』があるんで」
 街の売りの2つ目はこの『琥珀蜜糖』が所狭しと煌めく水晶ダンジョンだ。琥珀蜜糖は見た目こそ千紫万紅、あらゆる宝石をかき集めたかのように煌めく美しい水晶だが、その真骨頂は――食べられることにある。表面はカツリと飴のように固く、内はサクリとグミのよう。しかし最も美味なのはトロリと甘い最奥の蜜。オレンジ、林檎、スミレ…果実や花の香りを含む蜜は甘く芳醇で、蕩けるように魅力的だ。ダンジョンに棲むモンスター「竜蜂鳥」が採取した果物や花蜜と魔力と混ぜ合わせて精製する蜜なのだが、街の人々は彼等に|果実花々《そざい》を差し出すことによって上手く付き合っており、必要量以上に精製される琥珀蜜糖を冒険者が取る分には問題ないらしい。もちろん、油断は禁物なので最低限の警戒は必要だが。
「もう一本、モンスターとやり合って進む道もあるにはあるんですが…時期の問題で積極的に目指さない限り水晶ダンジョンを進むことになりそうっすね。その辺りは皆さまにお任せするっす。それと最終的には……敵と、パフェバトルをしてもらうっす。」
 ――なんて?
「パフェバトルっす。…至って真面目なんですけどねこれでも!どうにも今回のお相手さんがパフェにすごーく執着があるみたいで。ほっとくとお探しの遺産を求めてお祭りを荒らしかねないんす。だから皆さんでパフェを作り上げて、相手の気を引いて欲しいんっすよ。」
 敵は『パフェ・スイート』と名乗る√能力者なのだが、名前の通り遺産探しと同じくらいにパフェに目が無い。だから皆であらゆるパフェを作り披露すれば、祭りの間はそれに満足して無体な真似はしないだろう、と言う戦法らしい。幸い素材はあちこちにたっぷりと用意がある。道中得たものを使うもよし、持ち込んだものを使うもよし。存分に作って披露して欲しい、と言うのが正式な依頼となる。但し品評の目は厳しいのでポイズンなクッキングをしてしまうと――戦闘になりかねないのでご注意を。因みにパフェちゃんの品評の終わったパフェは確実ご自由に召し上がれます。やったね!

「…ま、多少の邪魔はありますが、今回は割と楽しめる依頼になると思うっすよ。たまには肩の力を抜いて、季節のイベントをたのしんじゃってくださいな。」

 それじゃあよろしく、と手を振るエイルの目には、よーく見ると「羨ましい…」と書いてあるように見えたとか。

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第1章 日常 『竜も色々、祭りも色々』


――ふわりとふく風が、街中に甘い香りを運んでく。

 街の人々が丸一年、この祭のためにと力を傾けた祭りが今、歓声と共に幕を開ける。放たれた風船は高く高く舞い上がり、気温差で割れた瞬間中からキラキラとした花びらが舞い落ちる。華やかな始まりと共に、まず訪れる人々を出迎えるのは広場を埋め尽くす露天の数々だ。ショコラカラーのテントの店を尋ねれば、甘さとカカオの量をパーセンテージ毎に分けた割れ板チョコが量り売りされているし、ミントカラーの刺繍が愛らしい布屋根を覗き込めば、箱の彩りまで同カラーで揃えたチョコミントの専門店が手招きする。
 
 中央の噴水傍には数席だけ設けた露天が、トッピング自由なホットショコラを振舞っている。生クリームとオランジェットを添えるもよし、適齢であればビターを選んで香り高いブランデーを数滴落とすのもおすすめだ。向かいの少し人だかりが出来た屋台に足を向ければ、店主が手にした鳥籠の鍵を開けて――中から解き放たれた小鳥や蝶たちが、客が手にした綿飴にふわりと留まって繊細なチョコ細工に変じるパフォーマンスに盛大な拍手が送られた。

 広場を抜けた先はカフェやレストランが並ぶエリアになる。こちらは露天とはまた違った皿が魅惑的に並ぶ。サンドイッチのパン、ミニサラダのドレッシング、紅茶のフレーバーに至るまでチョコ尽くしのアフタヌーンティー。息を吹きかけるだけで壊れそうに繊細なチョコエッグに、温めた生クリームを注ぐと中からハートのルビーチョコが溢れる仕掛けプレート。甘いものだけではなく、角のリストランテは皮目をカリカリに焼いた鴨肉のソテーに合わせたオランジェットソースが絶品だと評判で、広場を望むオープンテラスではチーズたっぷり熱々のマカロニグラタンが売りだが、後引く味わいの秘訣はホワイトチョコとの噂だ。

 この街の祭りは食べるだけに止まらない。小物商が並ぶ一角を覗けばショコラカラーに染まったレースハンカチや、チョコの香りを封じ込めたような香水、かつて販売されたショコラを網羅した名鑑本なども売られている。とろりと溶けたチョコ模様をあしらった甘やかなドレスも愛らしいし、板チョコのカタチをしたブローチも買うに悩ましい。適齢なら東酒や各種リキュールを封した|食べ比べ《飲み比べ》ボンボンショコラはお土産に最適だろし、ショコラビターカカオのフレーバーが売りの葉巻も手思わず手に取りたくなるだろう。

 あまく香って華やかに。時には苦みも蕩ける媚薬へと変えて。――ショコラに溺れる一日を、あなたに。
楊・雪花

「なんて…なんて幸せなのでしょう!!」

 ショコラの香り甘やかな街中、楽しげな喧騒に満ちた露天街の並びを目にして、楊・雪花(雪月花❄️・h06053)が思わず快哉を叫んだ。右を見れば箱にたっぷり詰まった上質なチョコが量り売りされているし、左を見れば煌めく琥珀蜜糖が美しく並んでいる。それだけでも目が幸せなのに、あまつさえ今日はそれらを全部あつめて──パフェにして食べられるのだ。
「これを幸せと言わずなんて呼びましょう!」
 雪のような白肌の頬を、ほんのり春めいた桜色に染めながら雪花が断言する。…いや、勿論これが星詠みから託された依頼なのは理解している。危険度は高くないとの説明だったが、それでもこの先に待っているのはモンスターと危険分子の√能力者だ。必要な用心はちゃんとしているつもりだし、現にこうして大事な情報はきちんと記憶している──けれど。
「そう…わかっていますので、大丈夫ですよ?ただ幸せだなぁと思ってしまったので、つい…。」
 つい自分で自分に言い訳しつつ、緩んだ頬をむにむにと両手で揉んで元に戻す。とは言え祭りを楽しんで、と言う文言も間違いなく星詠みは口にした。なら、今はこの甘い誘惑にこそ乗るべきだ、と思いを新たに雪花が街中へと足を進めた。

 ──そうして暫し散策がてら楽しんだ露店は、どれも素晴らしかった。マス目入りの空箱に、好きなショコラや琥珀糖蜜を並べ埋める甘い宝石箱作り。飲む度に味も色も変わるホットショコラ。しかし今日の雪花の気分として、どうしてもアイスたっぷりのパフェは譲れない。どうしようかとうろうろ悩んだ先に、ふわりと甘いバニラビーンズの香りが掠めた。パッと顔を上げた先にあったのは、小さなカフェ。その看板には「トッピング自由!オリジナルパフェ」の文字が踊る。これぞ求めたものだと足を踏み入れたら、まず渡されるのはサンデーグラス。そのままショーケースの前を道なりに進み、並ぶ甘味から好きなものを選んでいけば最終的に自分だけのパフェが出来上がる、と言う寸法らしい。その趣向にワクワクしながら、列に並んで甘味を選び始める。冷たーいアイスクリームは絶対欲しいけど、それだけでは物足りない。折角だからまずはチョコレートをメインに、とガトーショコラやチョコフレークで層を作り、後から掛けて楽しむ用のホットショコラも別皿で添えて。アイスもバニラにチョコにと惜しみなく盛って、そろそろ器が埋まってきたところで。
「あらこれは…チョコレートでできたお花?」
 ふと華やかな花々が並ぶ一角に、雪花がふらりと歩み寄る。薔薇に向日葵、霞草…と揃う花々はカカオの香りが無ければ生花と見間違う程に精巧で美しい。特に雪花が気に入ったのは、白く愛らしいマーガレット。これこそ最後の飾りに相応しい、と心を決めてショコラティエに声を掛ける。
「あの、これをおひとついただけますか?」
「…おひとつ?それはいけませんねマドモアゼル。」
 もしかして1つ売りはダメだったかしら、と曇りかけた雪花を横目に、ショコラティエが悪戯っぽいウインクと共にパフェに手を翳す。
「――パフェは華やかでなくちゃ!」
 そう言って、飾られるのは大小様々な何輪ものマーガレット。裾の絞られた器も相待ってまさに花束のようになったパフェに、サービスですよと笑みを向けられれば――雪花の顔にも愛らしい|笑顔《はな》がパッと咲いた。

香住・花鳥
入谷・飛彩

「ここがチョコが名産の都市、ショコラトルだそうです」
 華やかに迎える街の入り口を前に、紹介するように両手を広げて立って。香住・花鳥
(夕暮アストラル・h00644)が名に宿す花のように、楽しげな笑みを咲かせて語りかける。そんな輝くばかりの笑顔に、ほんの少し目を細めながら入谷・飛彩(雨降る庭・h02314)が歩み寄る。楽しみなのは良いことだが、良くも悪くもここには店がたくさんある。催事場に近い此処に挑む後ろ姿を、迷子にならないよう見張っていなくては。
「早速行きましょう…!」
 待ちきれないとばかりに踏み入る花鳥に、半歩後ろから飛彩が遅れずついて行く。瞬間、歩みを歓迎するように優しい風が吹いて、それとは無しに鼻をすん、と鳴らす。──甘くて、少し苦くて、瑞々しさもある。複雑で馥郁たる香りは、知っているようで何かが違うような気もする。
「街中に運ばれる甘いチョコの香りはこの都市ならでは…いや、そうでもないのかなぁ?」
「冬にこんなに花が咲いて果実も実ってるのは珍しいから、合わさった香りはならではかもだよ」
 飛彩が疑問を口にすると、花鳥からそんな答えが返ってきて少し納得がいった。確かに此処まで豊かに折り重なっているのなら、知った香りも表情が変わるものかも知れない。今こうして──見慣れた笑みが改めて眩しく感じるように。
「で、まずは何から狙うの?」
「先ずは──ホットショコラから…!」
 見渡す限り全てがチョコのお店であり、メニューには珠玉のオススメが並ぶ。そんな街ごとの宝箱を目の前にしては、自然と笑顔も浮かんでしまうというもの。然し代わりにどれにするか…と言う悩ましさが浮かぶか、それもふわりと昇る甘やかな湯気が解決してくれた。──噴水広場近くと景観も良く、ショコラの甘さからトッピングまで種類は様々。露店を前に存分に悩んでから花鳥が選ぶのは、甘めのミルクショコラに生クリームとオランジェットを浮かべた一品。ふうふうと少しばかり冷まし、満を持して口に運べば、まず広がるのは華やかなカカオの香り。そして香ばしさも纏いつつこっくりとした、ショコラの本髄の甘さ。決して控えめではないのに重たくもしつこくもないのは、齧ったオランジェットの程よい甘酸っぱさの成せる技か。最後に生クリームをくるりと溶かし切ってしまえば──柔らかに表情を変えたショコラをあっという間に飲み干してしまう。ほう、と後味を幸せなため息に変えて花鳥が吐き出すと、見守っていた飛彩が近くの歓声に視線を移す。人垣の合間から見えるのは、向かいの露店の店主らしき人が花束を高く放り投げるパフォーマンス。あわやそのまま地面に落ちるかと思いきや、追いかけるように四方から鳥が羽ばたいてきた。空で器用に花を咥えた鳥たちはそのまま人混みに飛び込んで──客の持つ綿飴に、繊細なチョコレート細工へと変じて飾られる。店主の一礼と共に周囲からは惜しみない拍手が送られて、花鳥も飛彩も気がつけば手を叩いていた。
「本物の魔法も、実際にパフォーマンスとして見られるのは楽しいね」
「とっても素敵だった…!でも、多分あれは持って帰れない、よね」
 ふわふわの綿飴に薄く繊細な花と鳥のチョコレートは美しいが、残念ながらお土産には最も向かない品だろう。
「お土産は…やっぱり形残る物が良いかなぁ、なんて」
 どうかしら?とちらり、様子を伺うような視線を向けてくる花鳥に、仕方ないなと苦笑を混ぜて飛彩が肩をすくめる。
「なら、雑貨屋の方に移動しようか」
 ──ちょうど甘い香りに少しの胸ヤケして来てたので、ありがたかったことは秘めておくことにした。

「今まで販売されてたショコラの名鑑本…?!」
 角を一つ二つ曲がって、辿り着いた雑貨店が並ぶ通りに差し掛かり、花鳥が最初に飛びついたのは「保存版・ショコラ名鑑集」と書かれた分厚い本だった。かつてショコアトルで販売され人気だった選りすぐりのショコラがフルカラー、かつショコラティエの解説付で掲載されており、一部|甘味を愛する者《マニア》には垂涎の逸品だ。
「此れって…すごく思い出になるんじゃないかなぁ」
「ああ、うん…お土産は好きなもの選ぶのが良いとは思うけれど、その名鑑が本棚に並んでるのはちょっとなぁ。ご両親に苦い顔されても知らないよ…?」
 キラキラと目を輝かせる花鳥を見ると心苦しいが、チョコレートについて書かれた本をあの書架に収めるのは如何なものか…と、少し花鳥のご両親に泥を被って頂くカタチで諌めにかかる。するとある程度予想はついていたのか、笑ってダメかぁ…と諦めてくれたので、飛彩が密かにホッと胸を撫で下ろす。
「なら、普段使い出来るショコラ色ハンカチはどうだろ?」
 そう言って花鳥が次に選んだのは、街の土産としても人気なハンカチーフ。手頃なチョイスにいいんじゃないかと頷きながら、ふと飛彩が浮かんだ疑問を口にする。
「花鳥ちゃんて、お土産好きだよね。」
「うん、だって……こうして過ごした時間の思い出が、沢山増えていくことがうれしいの」
 はにかむように柔らかな笑みでそう告げられて──ことん、とどこか腑に落ちた心地がした。脳裏に捲るいつかの日に、お揃いが好きだと買い求めたのもそういう意味だったのか、と。想い出に新たな色が付くような、温かな気持ちが込み上げてこそばゆい。

 並ぶハンカチのひとつ、花鳥が手にしたのと同じシリーズの中から、飛彩は花柄の刺繍が施されたものを買い求める。

これは、今まで重ねてくれた想いへと贈るために──花のように咲うキミには、きっと此方のが似合うから。

賀茂・和奏

「へぇ、聞いてる以上に賑やかだ」

 季節は冬。名前にも冠されるチョコレートの祭典に、まさにこの時と総力を決するショコアトルの街。その気迫と自信を反映するように、入り口から見渡すだけでも相当数の露店が並んでいるし、景観を成す建物にも華やかな看板が並べられている。これでもか!とあらゆる美味を並べた街並みは、まさに壮観と言うに相応しい。賀茂・和奏(火種喰い・h04310)としてはこの地のダンジョンの遺産や、探索には元々興味があった。だからそれだけでも足を運ぶ価値があるのに、今回はこんなに|大きなオマケ《グルメ巡り》がついてくるとは。ふわりと漂う甘い香りに、お腹も心も期待で目一杯に膨らむ。旅先はグルメがつきもの、それが季節限定のものなら──露店へ伸ばす和奏の足も、軽やかになると言うものだ。
 然し並ぶ数が多いと言うことは、それだけ悩みの数も尽きないもので。ひとまずは口慣らしにドリンクから、と最初に選ぶのはホットショコラ。人並み多く風除けもあるが、露店が並ぶ冬の野外はやはりそれなりに寒くはある。火傷に気をつけつつ、レモンの皮のすりおろしで香付けした熱々のショコラを啜れば、知らず冷えた体がお腹の底から温まってくる。そのままカイロ代わりにショコラを握り締め、露店巡りに繰り出して行く。──噴水広場の近くでは、店主のパフォーマンスに合わせて解き放たれるショコラの鳥や蝶が、軌跡を描きながら客の綿飴に飾りつけられるのは魔法のように美しく。列の出来た露店をひょいと覗けば、まるで浜辺から拾ってきた貝殻そのままのチョコレートや、真珠色のまぁるいショコラを瓶詰めに出来るとあって女性客からうっとりとした溜息が溢れていた。次に並ぶ露店筋は自ら作る人向けに製菓素材が充実した通りらしく、既製品が並ぶとはまた違った雰囲気が漂っていた。丁度この後パフェ作りの予定がある身としては幾つか素材を見繕いたく、気前の良さそうな店主の生果店に目星をつけた。桃に林檎、キウイにオレンジ…と並ぶ中で、和奏が選ぶのはベリー類。苺は勿論、ラズベリーとカシスもいっとう色艶が良いのを選んで、ついでとばかりに気安く尋ねた。
「店主さん、今日の一推しは?」
「今日は|甘蕉《バナナ》がおすすめだ。甘さは控えめだが、その分チョコにはよく合うぞ。あと焼いて食べるのもいいんだ。固めだから崩れないし、甘みがグッとまろやかになる。」
「良いな、じゃあそれも何本か買うよ」
「まいどあり!」
 目論見通りどっさりのオマケ付きの買い物も終えて、最後にして本命のレストランエリアへ流れて行く。ビーフシチューにポークソテー…美味しそうなメニューを掲げた店はいくつもあったが、和奏のお目当てはグラタンだ。テラス席が売りのレストランに此処だとひょいと入店すれば、見晴らしの良い席に通されあっという間に噂のマカロニグラタンが運ばれてくる。──表面は焦げ目をつけてカリッと、中はトロトロの火加減で焼かれた3種のチーズ。クリームソースと玉ねぎがたっぷり絡む柔らかなマカロニ。鶏肉はもも部分を使ってジューシーに、塩加減は絶妙のひとこと。そして何より後味にほんのりとだけ香る、ホワイトチョコの甘い余韻ときたら。
「…うま!来てよかった…」
 思わず溢れた感嘆の声と共に、目当てにありつけた喜びを噛み締める。すると──クゥ、と鳴き声めいた音が体の奥から響いてきて。身の内に棲む2匹ことが脳裏をよぎり、彼らも一緒に楽しんでいるのか、なんて考えると──思わずふ、とやわらなか笑みが浮かんだ。
 

野分・風音

「『ショコアトル』、一度来てみたかったんだ!」

 祭りに似合いの晴空のもと、街の賑わいを前に野分・風音(暴風少女・h00543)が快活な声をあげる。チョコレートと言えば、との噂を耳にして以来気になっていた場所へ来れたことで、声音にも軽やかな喜色が混ざる。
「琥珀密糖も食べてみたかったし、依頼のパフェバトルってのも楽しそう!」
 歓迎ムード満載の入り口を通り過ぎ、所狭しと並ぶ露店筋に踏み入る足取りは軽く、並べる楽しみも尽きることはない。けれど──
「と、その前に…やっぱり名産のチョコレートを楽しまないとね!」
 何はともあれ、ここはチョコレートの街。まずは醍醐味から味合わねばと、風音が狙いを定めて歩き出す。──右を見ればカカオを練り込んだデニッシュ食パンに、好きな果物や蕩けるチョコを掛けて食べれる屋台があり。左を見れば、砂に見立てたブラウンシュガーの中からスプーンで琥珀蜜糖を掬い上げると言う、楽しみ付きの露店が人気だったり。
「綺麗なチョコが沢山!眺めてるだけでも楽しくなっちゃう。」
 キラキラと甘々が相まって、どこを見てもまず目から楽しいが重なっていく。その分どれにするか、は悩ましいのだけど──ふと、風音の瞳に見慣れた形状のものが飛び込んできて足が止まる。
「こっちはフルーツ飴、じゃなくてフルーツのチョコがけだね。すみませーん、1本ください!」
 祭りと言えば思い浮かぶ人も多いだろう、フルーツを刺し連ねて飴につけた串。チョコの街となればそれは勿論チョコ掛けのものに姿を変えて並んでおり、注文を入れれば一番人気の5種のフルーツが並んだ一本が手渡される。
「そういえばダンジョンにパフェバトル仕掛けてくる敵が現れたらしいけど、店員さんは聞いたことあります?」
「あるも何もうちも迷惑してるのよぉ!あの子甘いものと見たら容赦なく奪っていくし、琥珀蜜糖のダンジョンに居座るし…ほんと早くどこか行ってくれないかしらね」
 と、どうやら派手に悪さをしているようで、情報も潜伏先もあっさり聞き取ることが出来た。なら、次に必要なのばバトルの目玉となるパフェの素材だ。一本跨げばちょうど製菓材料を扱う露店筋が並んでおり、こちらはこちらで魅力に溢れている。品目豊富で新鮮なフルーツに、惜しげもなく量り売りされる様々な割れチョコ、花屋もかくやのエディブルフラワーの数々、そして影の主役とも言える甘くてひんやりなアイスクリーム…。それぞれに味わいや彩りのバランスを考えながららたっぷりと買い求め、最後に飾り付けのメインはどうしようか、と悩み始めたところで、先程食べ終えたフルーツチョコの串が目に映る。
「このチョコ菓子も美味しかったし、飾り付け用と家族のお土産に買っていこう!」
 幸い味見は済んでいる。なら、自分のお墨付きをいっぱい買っていこう、と先程の店へ戻るべく風音がくるりと楽しげに踵を返した。

御埜森・華夜
汀羽・白露

「はくちゃん、みてみて!」

 ショコラの香りを運ぶ風が、名を呼ぶ声も甘やかに耳へと届けにくる。街のはじまりであり、尋ね来る人を迎える入り口に立って、御埜森・華夜(雲海を歩む影・h02371)が両手を広げて視線の先──汀羽・白露(きみだけの御伽噺・h05354)の姿を映して手招く。呼ばれた白露も、すでに楽しげな華夜の様子にやわく微笑みながら歩み寄ると、成る程──その興奮もわかると言うもの。所狭しと並ぶ露店街。特別メニューを書き連ねた看板並ぶ建物群。奥には小物商が軒を連ねていると言うから、一日で全てを見切れるかどうか。
「へぇ…思った以上に店があるな」
「チョコいっぱい!良い匂い!」
 白露が感心したように見渡していたら、待ちきれないとばかりに華夜がたたっ、と先に露店へ駆け寄っていく。
「って、落ち着けかや…!」
「んー?落ち着いてるよぉ」
 慌てて追いかけて肩に手を掛けると、キョトンとした顔で振り向くのが愛らしいやら不安やらで、つい少し釘を刺したくなってしまう。
「君が迷子になったら俺が探す羽目になるんだからな…!」
「って、もぅ!人のこと子供みたいにー!」
 言外に違うと否定しつつ、注意にふっくりと頬を膨らませる姿はまさに童のようで。けれどその矛盾も白露の前でだけ見せるものだと思うと、それ以上然るに叱れず肩をすくめるのが精一杯だった。
「それより…ほら、みてみて!チョコが宝石みたい!」
 追及を脇に置いて華夜が指差すのは、一粒ショコラの並ぶ露店。はじめにビロードで出来た間仕切り入りの箱を渡され、そこから好きなものを選び満たしていく形式の店だ。スクエアのビターショコラや、ラウンドのホワイトチョコやハートのルビーチョコ…磨かれたような艶を放つそれらで箱を埋めたなら、まさに宝石箱が出来上がる。
「ふふ、綺麗…」
「ああ、綺麗だな」
「ねぇねぇどれ買おっか。迷っちゃうよ」
「…好きなものを買えば良いだろう?」
 興味津々とばかりに目を輝かせて問う華夜に、白露が首を傾げてそう答える。彼の──華夜の想いから生まれた身である白露も、甘い物は好みである。しかも写真映えするなら、写真家としても興味をそそられる。なので美しいショコラとあれば、買うに薮坂では無いのだが──どうにも、興味だけではない様子に|背表紙《せなか》がムズムズする。証拠に、早速と箱をカラフルに埋めていく華夜が振り返った時の笑顔と言ったら。
「ほら…ボンボンショコラさ、一緒だったら楽しめそーじゃない?」
 酒精入りのショコラを指差し、潜ませた悪戯心に口の端をにまりと上げた華夜に、白露が思わずストップを掛ける。
「一緒に…って何をする気だ。食べ物で遊ぶのはなしだからな?」
「ちぇー。…そうだ、次はあそこのあったかいチョコ、もらいに行こうよ!」
「ったく、仕方ないな…!」
 ──乱れを厭うせいなのだろうか。予想もつかないコトにはつい用心が働いて、水を差してしまう性分なのは自覚がある。けれど華夜が気にせず愉しそうにしていることに、傷つけていないことが分かって安堵する。ただやっぱり、何か面倒事起こさないでくれよ、と溜息が漏れてしまうのも止められないわけだが。先を行く華夜を追いかけて、辿り着いたのは噴水広場。くるりと見渡しやすい一角に、ホットショコラの露店が並んでいた。湯煎で温め続ける数種の鍋の横には、先程の宝石ショコラに負けず劣らずの彩りと品揃えが揃っていた。果物はフレッシュからドライまで、花もエディブルフラワーからチョコレートを削り出したものまで。
「トッピングかぁ…んー、どれにする?」
「悩ましいが…俺はシンプルなもので良いかな」
「そう?じゃあ俺ははくちゃんのぶんまでいっぱい盛っちゃう!まずは生クリームとー……あ、へへ!カラフルにカラースプレーにしちゃお!で、オレンジと…いーちご!」
 あれもこれもと盛りだくさんに注文し、手渡された華夜の杯はパフェもかくやの出来上がりだった。その圧巻の仕上がりに満足しつつ、気になるのは白露が何を頼んだか、だ。
「はくちゃんはくちゃん、どれにした?」
「俺はブランデー入りのビターチョコにした」
 シンプルなぶん、先に出来上がった杯を口にしていた白露がほら、と揺らすと芳醇な香りが立ちのぼり、華夜がわぁ!と表情をきらめかせる。
「…ねぇねぇはくちゃん、それおいしー?一口ちょーだい!」
「一口って…君に酒入りは──…」
 だめ、と杯を隠すように背に回せば、断られた華夜がまたもぷくーっと頬を膨らませる。更には制止も二度目となると納得しかねたのか、今度は引き下がらずに一歩踏み込んでブランデー入りショコラに手を伸ばす。
「むぅ…もうめーわくかけないからー!」
「……分かった分かった、一口だけだぞ!」
 結局白露が折れるかたちで杯を差し出すと、華夜が膨れた頬をパッと笑顔に変えてありがとう!と口にする。後に不安は残るものの、その花の咲くような笑顔にはつくづく勝てないな、と短く息を吐きながら──見つめる白露の表情も、知らず柔らかくとけていった。

キャロル・フロスト
ルーチェ・モルフロテ

「どこを見てもチョコがいっぱい…!」
 甘い香りが出迎える街の入り口に立って、ざっくりと辺りを見回して。所狭しと並ぶ露店たち、そのほぼ全てが様々なチョコレートを売り出しているのを見て、ルーチェ・モルフロテ(⬛︎⬛︎を喪失した天使・h01114)が思わず歓声を上げる。瞳をキラキラと輝かせ、あまりにも屈託なくはしゃぐ姿には、共に来たキャロル・フロスト(AMABILE・h05833)がくすくすと微笑ましそうに笑いかける。
「ルーチェったら子供みたい」
「だってどれも食っていいなんて夢すぎるだろ…!」
「そうね、確かにワクワクするの」
 貝殻のカタチをしたチョコレートも、トッピング自由な温かいホットショコラも、たっぷりのチョコに浸したフルーツ串も。望めば全部ぜんぶ、食べられるのだ。これに喜ばずして何に喜ぼうか──と、ついときめくままに歩き出しそうになるけれど、ルーチェがふるふると首を振って踏みとどまる。そして手を差し伸べるのは、キャロルに向けて。小さな手を離さないように、添えられたらすぐに握ってからようやく歩き始める。その気遣いが滲み出る一連に、手を引かれながらキャロルが微笑ましそうに笑った。
「にしてもすっごい店の数だなぁ」
「ええ、わたくしもこんなにチョコの集まるイベントは初めて。楽しみだわ」
「お前もせっかく来たんだから、たくさん食えよ?何から食う?スイーツもメシも、色々あるみたいだぜ?」
 ルーチェからの矢継ぎ早のオススメに、どれも悩ましいと暫し考えこみながら視線を巡らせ、ふと目に留まった先を指さしてキャロルが告げる。
「そうね、わたくしは…スイーツにするわ」
 小物も食事も楽しめる祭りとは聞き及んでいるが、やはりチョコレートと言われて真っ先に浮かぶのは甘やかなスイーツだろう。どうかしらと問う視線には一も二もなく頷いて、2人が楽しげに露店へと向かう。辿り着いたのはチョコレートケーキを扱うお店で、色々なカタチや色のケーキが並ぶ様は宝石箱を開けたようにきらめいて見えた。店先に目を奪われつつ、キャロルが選んだのはルビーチョコにたっぷりとひたされた愛らしいピンク色のケーキ。チョコペンでレース模様の描かれた繊細なそれを持ち運び用の箱に詰めてから受け取り、次に向かうは3件隣のショコラフラワーのお店。百合に薔薇に菫と華やかに並ぶ花々は、よくよく見れば全てがチョコレートで作られたものだ。その精巧さに感心しつつ、あれもこれもと選んでいたら花束もかくやの量になったが、店の人も慣れているのが美しいブーケに仕立てて手渡してくれた。
「そう言えば…ねぇ、あなた。どこかにパフェが大好きすぎる方がいるらしいの、知っていて?」
「ああ!その人なら街で知らない人はいませんよ。みんな迷惑してますから。琥珀蜜糖のダンジョンに居座られて私たちも困ってるんです。」
 店を離れる前に抜かりなく情報も聞き出して、キャロルとルーチェが次のエリアへと向かって行く。
「ルーチェは何を食べたいの?」
「俺はー……何これ、肉もあるじゃん!」
 どうしようかと何となく道の端に並ぶ看板を見ていたルーチェが、突然わっと声量を上げる。そこに書かれていたのは『鴨肉のロースト、オランジェットソースをかけて』の文字。早速レストランへ入ろうと促すルーチェのキラキラした瞳に、キャロルも良いわねと笑って同意する。スイーツは見守りだった分、ここでは本領発揮とばかりに、注文したローストが届くやいなや、頂けます!でルーチェがすぐ口いっぱい頬張り出す。──ザク、と歯触り鳴らす脂身の香ばしさ。しっかりローストしてあるのに噛めば溢れんばかりの肉汁。重くなりそうなそれらをオレンジの甘酸っぱさとカカオのほろ苦さが程よく和らげて、何皿でも食べれそうな気がしてくる。
「うっまぁ!あ、あのマカロニグラタンも食いたい!追加しよっ」
 味のバランスの良さに後押しされた豪快な食べっぷりに、目を丸くしてキャロルが見つめていると、食の進みを気にしたルーチェが心配そうに訪ねてくる。
「キャロルも食ってるか?」
「ふふ、頂いてるの。」
「あ、これとか美味いから、俺のを分けてやるぜ」
「ありがとう。ではわたくしのチョコも分けてあげるわね?」
 お気に入りをシェアしあって、感想を述べながら美味しそうな笑みを見て、自らも頬張る。誰かと食べることの醍醐味を共に、増した美味しさを噛み締めながらキャロルがつい頬を緩める。
「そういや食べるだけじゃなくて、何か買い物も出来るっぽいな。色々とそれも見に行こーぜ!」
「そうなの?なら楽しまないとね 。たくさん買って、わたくしのお家で食べてもいいかも」
「良いなそれ!最後まで楽しんでこそのイベントだからな♪」
 祭りのあとにも楽しみひとつ。約束を交わして何を買うか相談しあうふたりの席は、食事を終えてもずっと笑い声が響いていた。

シルヴァ・ベル

「まあ、なんて賑やかで華やかなのかしら!」
 行き交う人は皆楽しげに、香るショコラはどれも美しく磨かれた宝石のよう。幸せな空気漂う街の入り口で、小さなお客様──シルヴァ・ベル(店番妖精・h04263)が快哉をあげた。どの露店も自慢の品々が並べられており、街に踏み入った者はまずどこへ向かうかと悩むのだが、シルヴァは迷いなく目標を口にする。
「まずは果物ですわね」
 ショコラを食べる前に、まずは瑞々しい果実で喉を潤し英気を養っておく。抜かりなく下準備をしてからお買い物に出かけるんですのよ、と気合を入れて。紋白蝶の薄翅をはためかせながら露店筋へと向かっていく。見つけた生果の中から一際潤い豊かなネーブルを一切れ買い求め、爽やかな甘さで充した後は本命のショコラ選びへ。
「こちらの素敵なチョコレートをいただける?そう、宝石箱のような缶の」
 そう言って指さすのは、一粒ショコラが並ぶお店。間仕切りがされたベルベットの箱を好きなショコラで埋めていけば、まさに宝石箱と言うに相応しい出来上がりが人気で、シルヴァも彩豊かなチョイスで箱を埋めて買い上げた。
「お隣は…チョコレートの石鹸?そんなものもありますの?量り売りで数グラムいただけるかしら」
 続くお店はカカオの香りが楽しめると言う石鹸のお店。『食べれません!ご注意を』の赤文字から分かるように見た目も香りもチョコレートそっくりだが、乳製品由来の油脂が肌の潤いにも良いのだと評判の一品だ。固定サイズの品も多いが、シルヴァには少々大きい。なので泡立ちが良い削り石鹸の方をグラム指定し、可愛らしいサシェ入りで購入した。
「そのまた隣は…チョコレートの香りのお花屋さん?」
 更に次へと向かえば、今度はチョコレートを削り出して作った花が並ぶ生花ならぬショコラ花の店。暫し飾るもよし贈り物に良し、そして勿論食べて良し…と人気も納得の見た目と味わい。
「ビター、ミルク、ホワイトを花束にしてくださいな」
「ありがとうございます!お客様でしたら花は…霞草やミモザがよろしいでしょうか?」
「いえ、人間さまのサイズのもので構いませんわ」
「は、はい!ではこちらを……わぁ…!」
 店員がシルヴァ自身よりも大きなチョコレートの花束を差し出すと、それをひょいと抱えた後にふわふわと浮かせるのを見て、感嘆の声をあげながら次へと向かう背中を見送った。
「そういえば、お土産も忘れてはいけませんわね。見た目の美しいチョコレートの詰め合わせを買って行きましょう」
 次の店はどうしようか、と悩んで思い浮かんだのは帰った後に待つ人々の顔。
「画廊の皆様と、倉庫の皆様と、お店のお客様にお出しする分と…」
 指折り数えると改めて贈り先の数の多いことに気づき、慌てて露店の方へと踵を返す。時間は有限、急いで良いものを選ばなければ──と、大荷物と共に舞う妖精の姿は、行き交う人々に暫しちょっとした話題を提供したとか。

「……ふう、いいものをたくさん買えましたわ。…お金、なくなってしまいましたけれど…」
 そうしてたっぷりの買い物を終えたシルヴァが、汗を拭った後にしゅん、と肩を落とす。悲しいかな、持ち帰るお土産が増えれば増えるほど、財布の重みは反比例するもの。すっかり寂しくなった懐に気づいてしまい、シルヴァの微笑みには一抹の寂しさが滲んでいた。

英凪・いちず
萃神・むい
西行・小宵

「わあ!たくさんある!どれも気になるね!」

 チョコレートの香りは甘やかに、花々と果実も交えて馥郁と。人々が集う賑やかな街の入り口に、萃神・むい(まもりがみ・h05270)も楽しげな声を添える。
「ほんとう!こんなに種類があると迷っちゃうわねぇ」
 一歩踏み入れば目の前に広がるのは四方に伸びる道や広場を埋め尽くす程の露店たちに、特別メニュー書き連ねた看板を出す建物内のカフェやレストラン…奥には小物商の通りもあると言うのだから、英凪・いちず(星草と縷縷・h05480)の同意も頷ける話だ。
「迷う必要はありません。…端から端まで堪能することも調査の一環なのです!」
 ならば全てを楽しめば良い、との|正論《むちゃ》を口にしながら、先の2人と同じように西行・小宵(篝桜・h04860)も眼鏡の奥の瞳を輝かせる。可能かどうかはさておき、意気込みは十分伝わる様子に3人が頷きあい、ひとまず手をつけるのは──
「まずは食べ歩き、でしょうか」
「そうねぇ、歩きながら好きなのを選んじゃいましょ」
「うん、そうしようそうしよう!」
 同意が得られたところで程よく賑わう露店筋を選び、連れ立って人混みを流れていく。──炒った香ばしいナッツをチョコレートでコーティングしたものは、様々な色が並んでカラフルに。貝殻を真似たカタチのショコラは、ブラウンシュガーを砂に見立てた潮干狩りスタイルで選ぶ趣向が楽しげで。見るたびにきゃあ!と歓声を上げながら、各々が好きなものを買ったり眺めたりで進んでいく。一筋を歩き通した辺りで皆の手元にショコラが抱えられたので、少し開けた広場のベンチに腰掛けプチお披露目会と洒落込む。
「私が選んだのはフルーツチョコよ。宝石箱みたいで、見た目も好きなの」
 一番手のいちずが披露するのは間仕切り入りの箱に一粒づつ丁寧に納められた、まさに宝石のようなフルーツチョコ。バナナにビター、苺にルビー、マスカットにホワイトと彩りの華やかさは勿論、フルーツの酸味とチョコレートの甘さがしっかりと計算され、食べるたびその完璧なマリアージュに驚かされるだろう。
「わたしはこれです!」
 次に披露する小宵のチョコレートは、いちずに少し似た繊細な一粒ショコラが納められた箱。違うのはフルーツではなく、ナッツとチョコレートで作られた点だ。美しいミロワールショコラにガナッシュを封したもの、真っ赤なハートが愛らしい一粒、ナッツクランチの歯触りが楽しいホワイトチョコ。似ている様でまるで違った表情を見せる箱に、見つめる瞳がショコラにも負けない輝きを帯びる。
「むいはね、これにした!」
 最後にむいが見せたのは、ピンクの小袋いっぱいに詰まったストロベリーショコラ。パッと見はただの苺のようだが、フリーズドライにした苺にたっぷりのホワイトチョコを染み込ませた小技の効いた一品だ。苺の香りと甘酸っぱさはそのままに、ホワイトチョコのサクリとした歯触りと蕩けるような甘さが加わることで格段に美味しくなる。
「二人の選んだチョコも美味しそう〜♡お土産に増やそうかしらぁ…」
「フルーツにナッツ!おいしそうだね。むいはね、ベリーの味がするのがすきだからこれにした!」
「むいちゃんといちずちゃんはこう言う味が好きなんですね。わたしはこのナッツの風味が香ばしくてすきです…!」
 わいわい品評しながら一粒ずつ交換したり、またそこで新たな味との出会いに感動したり。祭りを祝福するような青空の下、暫しひとりきりでは味わえない、『友達とのシェア』を存分に楽しんだ。
 ──そうしてショコラを存分に楽しんだ後、次は何を楽しもうか悩み出した頃。まるでその時を待ってました、とばかりに柔らかな風が運ぶのは、香ばしい香り。チョコレートでもナッツでもなく、焼いた肉やとろけたチーズのしょっぱさを纏った匂い。1番に嗅ぎつけた小宵がいちずとむいを誘って、香りの元たるカフェへと向かう。煉瓦の佇まいがレトロなその店で席に着くと、オススメされるのは『ダブルチーズフォンデュ』なるメニュー。──ひと鍋を真ん中で分けて、片方はエメンタールチーズを中心にホワイトチョコを隠し味にした、オーソドックスなしょっぱいチーズソース。もう片方はクリームチーズと生クリームに蜂蜜をまとめた『甘い』チーズソース。具材も豊富にグリルチキンやブロッコリー、にんじんにウインナーの塩味組。ドライもフレッシュも揃えたフルーツたちに、琥珀蜜糖も並ぶ甘味組。全て沢山の種類が食べられるようにとの配慮で小さ目に切ってあり、ショコラ用にはチーズを掬い取ってかけられるよう個別の小皿を用意して。変わり種のエディブルフラワーも咲かせて、見た目も華やかに。至れり尽くせりに広がるテーブルに頂きます!を添えて口に運べば、三人三様の悲鳴…もとい歓喜が響く。
「しょっぱいけど、チョコの香りも楽しめるんだ!すごいね!」
「甘いもの、しょっぱいもの、甘いもの…これは無限ループの予感!?」
「こんなの手が止まらなくなっちゃうわぁ…!」
「ふふ、ずうっと食べれちゃいそうなの。」
 塩っぱさに飽きた口に、優しい甘さは沁みるように引き立って。甘さに慣れた口は、塩っぱさがピリリと引き締まった刺激に変わる。まさに無限ループの中へずるずると引き込まれながらお腹を満たし、満足したところで食後のお茶を楽しみつつ、この後の相談を話し出す。
「あと足りないのは…お土産でしょうか?」
「むい、仲良しの人たちへ買って帰りたい!でもどれにしようかなー」
「悩んじゃうわよねぇ。ふふー、折角だからちょっと変わった食材も買って帰ろうかしらぁ」
 製菓の材料も豊富なこの街には、危険なダンジョン出のレアモノもあると噂に聞き及んでいる。ならば、居ても立っても居られないのが学者脳と言うもの。ちらと耳に挟んだ虹色カカオもタルトにしたら華やかだろうし、きっと紅茶に合いそうだ。歌う様にお土産の候補を語るいちずの言葉に耳を傾けながら、ふと小宵が考えたのは── “あの人”のこと。折角だからお土産を持ち帰りたいけれど、何が好きだろうか…とつい顔を思い浮かべると、反射的に頬がぽぽぽ、と赤らんでしまう。
「小宵、どうしたの?」
 しかもそれを友達思いのむいが悪気無く心配したことでいちずにもバレてしまい、にこっと含むところのある笑いを向けられる。
「あらあらぁ〜、こよちゃんたらどうしたの?」
「ち、違います!その…ひ、日頃の感謝を伝えようと思っただけで!そう言うのじゃ…」
「ふふ、私は何にも言ってないわよぉ?」
「うっ…!」
「そうだ、よかったら来週お茶会なんてどう?お土産も楽しみたいし、その後のこよちゃんのお話も聞きたいし…?」
「お茶会…!それは勿論喜んで、ですけど…だからそういうのじゃ…!」
「お茶会、楽しみだね。すてきなお話が聞けそうなの!」
「ち、違うってばぁー!」
 ──友達同士、からかいながらも甘味と会話を楽しんで。次の約束も結び合いながら、チョコレートの街に華やかな喧騒がまたひとつ新たに加わった。

十二宮・乙女

「これがチョコレートの祭典…話しには聞いていましたが、凄いですね」

 晴れ空も鮮やかな冬の一日、来る人皆を歓迎する様に吹く柔らかな風は、チョコレートの香りを纏って甘く苦く。入り口を超えた先を所狭しと埋める露店の数を見ながら、十二宮・乙女(泡沫の娘・h00494)が感心した様にぽつりと呟く。一本露店筋に踏み込むだけで、目の前に美しいショコラがたっぷりと並べられる。好きなものを詰めて自分だけの宝石箱を作れると言う触れ込みの、ジュエルカットの一粒ショコラ。カカオを練り込んだクロワッサンに、板チョコとバターを挟み込んだサンドイッチ。他にも虹色に輝くカカオや、羽ばたく鳥が客の綿飴に留まってチョコレートに変わる魔法の演出など、見た事のない物や珍しい物が売っていてつい目移りしてしまう。だからつい、惹かれる興味のまま進もうとして──
「っと、いけません」
 はっと我に帰り、足を止めた。あくまで今回この街に来たのは依頼のため。せっかくの祭りを台無しにしようと目論む『パフェ・スイート』を止めるためにも、今やるべきは潜伏先の情報収集──なのだが。
「…でも、少し位楽しんでも良いですよね?」
 とは言え、目の前で繰り広げられているのは楽しいお祭り。星詠みも必要分を果たしたなら後は楽しんで良いと告げていた。なら、ちょっとくらいなら大丈夫だろう、と。やるべきことは胸に留めつつ、気持ち軽やかな足取りで乙女が街へと歩き出した。
 それなりに風除けはあるとは言え、祭りの中心は冬の日の野外にある。なので最初に街でよく見かけるスタンダードなホットショコラを買い求め、体を温めながら乙女が本格的な街巡りを初めていく。
「まずはこの街の名物があれば食べてみたいですね」
 甘やかな味で舌を馴染ませつつ、目指すはショコアトルの『名物』だ。これだけチョコレートに思い入れ深い街ならば、その名物たるやきっと素晴らしい味わいだろう。特に歴史ある食べ物でもあれば、パフェ作りの参考にもなるかもしれない。期待と計算を込めて練り歩くと、ピンと来た露店が目に入る。
「すみません、街の名物を探してたんですが、こちらは…?」
「あらいらっしゃい。見つけてくれてありがとう。名物…と言えるかは分からないけど。うちはお祭りが始まるより昔からこれだけ売ってる老舗よ。味には自信があるわ」
 ちゃめっ気たっぷりにウインクして、店主の老婆が差し出すのはペダルチョコだ。──ショコラに並び、花も歌う街によく似合いの、花びらを思わず薄く小さなチョコレート。味見にと渡された一枚は、舌に乗せた途端ふわっと蕩けて消えつつも、鼻腔に甘やかなカカオの香りが豊かに残る。更に色取り取りのそれを円を描くように重ね、丸い箱に詰めればそこに現れるのは薔薇の花の一輪のよう。食べて美味しく、飾るに美しいショコラはきっとパフェに似合うだろうと、乙女が気に入って何色か買い求めた。
 ──そうして数件を回る内に、パフェの材料も情報も十分に手に入った。ここらで諸々整理しようと近くのカフェに踏み入ると、景色の良いテラス席に通されて、抜けていく風が疲れた体に心地よい。渡されたメニューも甘いものからしょっぱいものまで実に豊富で、ついつい迷って決めかねてしまう。お決まりですか?と注文を取りに来た店員にやや困りつつ、絞りきれないならいっそ…と、『切り札』を口にする。
「取り合えず、お勧めをお願いします」
「──かしこまりました!選りすぐりをお届けしますね」
 任せてもらえたのが嬉しいのか、急いで踵を返す店員の背中を見送りながら。どんな皿が来るだろうかと期待を膨らませて、乙女がふっ、と目元を和らげた。

ララ・キルシュネーテ
椿紅・玲空

「みて、玲空」

 冬の日にあって比較的暖かな晴れ空に、まるで一足の春が訪れた様に。ララ・キルシュネーテ(白虹・h00189)が連れ立つ椿紅・玲空(白華海棠・h01316)へ向けて、とろけるように甘やかな声で呼ぶ。
「ミルクにビターにルビー…たくさんのチョコレートがララ達を待ち構えているわ」
「ん、そこかしこからチョコの香りがする」
 すん、とならせばすぐにも鼻腔がチョコレートの甘い香りで満たされる。右を見ても、左を見ても、ひたすらにショコラの誘惑に満ちた街。
「なんて素晴らしい街なのかしら」
 惜しみない賞賛を口にして、ララが可惜夜の翼をパタパタとご機嫌にはためかせる。そのままふわりと何処までも進んで行きそうなララの背中を見守りながら、逸れないようにと玲空がぴったりと着いて歩く。さながらララを守護する騎士の様な凛々しさを纏っているが、ようく見つめると視線は煌びやかなショコラを見るたびきょろきょろと、賑やかな音に耳はぴこぴこと忙しない。なにせ初めて経験する祭典なので、つい興味を隠せずに居ると、気づいたララがあかい花一華の瞳をやわに細めて微笑みかける。
「混んでいるけど、護衛の玲空がいるから安心なのよ。だから、一緒に楽しみましょう?」
 ──向けられた信頼に、改めて背筋が伸びるような気持ちがする。祭りを共に楽しみながら、それでも傷の一つもつかぬ様に。そう心に誓って、玲空がああ、と返事を返した。

 ──賑わう露店筋をのんびりと眺めて回ると、改めてその種類と数に驚かされた。さすが街の名前にチョコレートを冠するだけあって、なんて事はない手頃な価格の板チョコですら、カカオとミルクのパーセンテージ毎、フルーツを加えたもの、ホワイトにルビーにキャラメルと、1つの店舗が丸々埋まるほどの種類が並んでいた。
「板チョコも色々扱ってるんだ…すごい」
「本当ね。ララは虹色カカオのチョコも食べたいの」
「虹色カカオ?どんな味がするのか気になる」
 星詠みの語る話題にもあった虹色カカオは、残念ながら目の前の板チョコ店では扱いはなかった。然し人気はあるらしく、その内にどこかで出会えるだろうと露店巡りを再開する。
「見て、彼処の小物屋は全部チョコのグッズ…ララ?その手にしてるチョコはいつの間に?」
 気づけばいつの間にかはむはむ、と|小動物《ももんが》の様にオランジェットを頬張るララを見て、玲空が首を傾げながら尋ねる。
「彼処で見つけたの」
 それに端的に向かいの店を指差し答えると、確かにそこにはドライフルーツをショコラに浸した品が売りの露店があった。その姿に、そう言えば見るばかりでまだ食べてなかったなと思い至り、玲空がついくすりと笑いながら提案を口にする。
「はは、じゃあ先に何か食べよう。あのホットショコラはどう?自分で飾付けできるって」
「ホットショコラ、いいわね」
 ぴんと立ったララの耳に同意を得て、早速と2人がホットショコラの露店へ向かう。──湯煎で温めた数種のショコラに、生クリームに苺に林檎にオレンジ、生花から砂糖漬けの菫と、数え切れないくらいのトッピング。
「これは…悩むね。」
「そうね。ララはクリームを山盛りにしてもらおうかしら」
 悩みつつも見つめる眸はふたりともキラキラと輝いて。玲空が選ぶのは、杯の上にくるりと巻いた生クリームに、オランジェットとマシュマロを添えたもの。最後に桜色をしたラングドシャを2枚ぷすりと差して完成した。
「ん、いい感じ…見て、ララみたい。ララのはどう?」
 会心の出来にふむ、と微笑んで振り返ると、そこにはララの顔が見えなくなるほどのトッピング増しましホットショコラが鎮座していた。
「ララのは…とにかくボリュームよ」
 ふすん、と息を巻いてララが告げる通り、オランジェットも苺チョコも容赦なく飾って盛っての杯は、最早飲み応えをこえて食べ応えがありそうなレベルだった。
「…ふふ、ララらしいよ」
「でしょう?玲空のはお洒落で可愛いわね」
 お互いにお互いのホットショコラを見つめて感想を述べ合っていると、微笑ましそうに見ていた店主から声がかかる。
「いやぁ、お嬢さんたち随分たくさん選んでくれたね。ありがとう!これはオマケだよ」
 そう言ってソッと杯に乗せられるのは、薔薇の花を形取ったショコラだ。それも陽の光でキラキラとプリズムのように色を変える──
「これってもしかして…」
「虹色カカオの薔薇、かしら」
「そうだよ!数が少ないからいっぱい買ってくれた人だけにこっそり渡してるんだ。」
 思いがけないお目当てとの邂逅に、ふたりが視線を合わせてぱちり、と瞬く。そしてすぐに笑みへと変えて、せーの、でぱくりと口にする。
「…不思議、口の中でコロコロ味が変わるみたい。ビター…ミルク…あ、今度はキャラメル?」
「苺チョコの味もするわ。舌で転がすたびに変わるみたい。…温度が変わると変化するのかしら?」
 薄い分口溶けも良く、さまざまな風味だけを残して消えていく虹色カカオは、あっという間に食べ終えてしまった。変わる味の謎は店主からも明かされず──私たちは秘密を喰んだのね、と|愛しげに《嘯くように》向けられるララの笑みに、玲空が仄かな背徳を感じながらもこくりと深く頷いた。

「ララ、次は何が良い?」
「玲空、あっちで楽しそうなパフォーマンスがあるわ。いってみましょう」
「ん、行こうか。──みんなには秘密」
「ふふ、甘やかな秘密ね?」
 とろける虹色の花の味も、繋ぎあった手の温度も、共に目にした楽しさも。とっておきの宝箱に鍵をかける様、密やかに、甘やかに。二人だけの想い出を紡ぐべく、少女たちが軽やかに街中をすり抜けていった。

集真藍・命璃
月夜見・洸惺

 冬にあって比較的暖かな、晴れ空の鮮やかな日。一年振りの待ち望んだ祭りを祝う様な穏やかな陽射しの中、せーので開幕の風船が放たれる。色取り取りのそれがふわふわと空を目指し、やがて膨らんだ空気に押されてパァンと弾けた瞬間──ふわりと華やかな香りを纏って、花びらが振り撒かれる。歓声を以て

「わあっ。風船からお花が降ってきて……素敵なお祭りの開幕だね」
 ひらひらと舞い降りた花びらを手のひらに乗せて、集真藍・命璃(生命の理・h04610)が花何も負けない笑顔を咲かせた。
「開幕のパフォーマンスか…心を奪われちゃった」
 こくこくと頷いて、月夜見・洸惺(北極星・h00065)も興奮冷めやらぬと同意を返す。それだけこのお祭りを誰もが待ち望み、愛されてきたのだとよく分かる始まりだった。
「けど、露天の多さにも圧倒されちゃうね」
 迎え入れてくれた入り口を超えると、その先に広がるのは所狭しと並ぶ露店たち。数えようにも端が見えないほど並んだ様子は、まさに圧巻と呼べるほど。
「ほら。すごい、終わりが見えないよ……!」
「ほんと、どこから行くか迷っちゃうね」
「じゃあ、まずは命璃お姉ちゃんが気になるお店に一緒に行くよ」
「良いの?なら私はあのお店に惹かれちゃうなあ。ほら、パフォーマンスがメルヘンなあのお店!」
 パッと顔を輝かせて命璃が指差すのは、噴水広場の人集り。綿飴に魔法めいた仕掛けを施すことで人気の露店だ。
「洸惺くん、行ってみよ?」
 逸る気持ちで伸ばした手は、気付けば洸惺の手を引いていて。優しい温もりを握り締めて、ふたりが早足で露店へ向かっていった。

 目当ての露店に暫し並んで順番が来たなら、もちろん注文はパフォーマンスを期待してのチョコ細工付きの綿飴だ。いくつか選ぶ項目はあったが、選び切れずにお任せで!と口にすると、店主が嬉しそうに頷きそっと鳥籠に手を掛ける。──中にいるのはひらひらとピンクの翅が愛らしい蝶と、夜空の様に深い藍色を湛えた小鳥。命璃と洸惺にホワイトチョコの綿飴を持たせてからカタン、と戸に手を掛けると、待ってましたとばかりに蝶と小鳥が空へ舞い上がる。青空を背にひらり、ぱたぱたと束の間の空中散歩を楽しんだ後、ピンク色の蝶は洸惺の、夜空色の小鳥は命璃の綿飴へとそれぞれ止まり、色合いはそのままにチョコレート細工へとその身を変じた。その鮮やかな魔法めいた光景に、目をまぁるくしていたふたりが感嘆と共に綿飴とチョコレート細工を見比べる。
「綿飴にとまるとチョコ細工に変身するって、不思議だね。」
「タネや仕掛けがあるのかな。気になっちゃう」
「近くで見たらもっと魅力的だったね。魔法みたいなパフォーマンスで驚いちゃった!」
「えへへ、とっても不思議だね!」
 素直で可愛らしい感想には店主も気をよくした様で、気づけばお値段はおおまけにオマケしてもらえた。そのまま惜しみながらも溶けちゃう前に、と暫し綿菓子をもぐもぐ楽しんで、話し合うのは次に向かうお店のこと。
「あれもこれも美味しそう。全部回りたいけど、時間は足りるかな?」
「ぜんぜん足りる気がしないね…あ、待って。あれって…食べることもできるお花?」
 悩みながらも露天を眺めていると、命璃がふと目に止めたのは一件の花屋だ。パッと見はただの生花店のようで、看板には|エディブルフラワー《たべられるはな》と書かれている。
「……そのまま花弁に齧り付けば良いのかな?ね、ちょっと覗いてみても良い?」
「えっと、食べられるお花はお料理に使うものだと思うよ?」
 尋ねられ、贈られた花束に喜んだかと思えばそのままパクリ!と齧り付く命璃の姿を想像してしまい、思わず洸惺が苦笑いを浮かべる。とは言え、既に期待に満ちたキラキラとした目を向けられては、断るなんて出来なくて。──次はどんなお菓子に出逢えるのかな?なんて、君と二人で笑い合う。そんな瞬間こそが何よりも甘やかで。今度は洸惺から差し出した手を繋ぎあい、次なる甘味を求めて二人が軽やかに街をかけて行った。

七・ザネリ
ナギ・オルファンジア
ジャン・ローデンバーグ
兎沢・深琴

「意外だよな、ザネリが甘い物食いに行こうなんて」
 
 高く高く飛んだ風船から花びらが舞い、柔らかな風は甘いチョコレートの香りを運んでくる。賑やかな祭りの喧騒響く入り口に立って、ジャン・ローデンバーグ(裸の王冠・h02072)が徐に問いを投げかけた。
「甘いもん目当てで来たワケじゃねえ」
 今回4人で祭りに来ることになったきっかけであり、問われた当人である七・ザネリ(夜探し・h01301)は、心外とでも言いたげに顔を歪めて吐き捨てる。
「…商人として、流行りは把握しておくべきだろ」
「流行ねぇ…ま、そういう事にしておこうかしら。それと理由はどうあれ、誘ってくれてありがとう」
 ボソリと呟くザネリの|まっとうな理由《たてまえ》に、兎沢・深琴(星に魅入られし薔薇・h00008)は真意を測りながらも敢えて指摘は避けて、楚々と笑みを浮かべる。
「じゃあ、ザネリはチョコレートたべないの?せっかくきたのに?」
 秘めた深琴とは対照的に、ナギ・オルファンジア(C.c.m.f.Ns・h05496)は単純にせっかくの機会を惜しむ気持ちから、素直な疑問を口にする。その他意は無い視線にじ、と当てられたザネリは、さっきよりも渋々の感を載せて答えた。
「…まあ、食わないとは、言っていない」
 味を知るのも商売の一手、顧客の需要の調査、食えるものは食える時に…etc。一応の理論武装を胸に視線を逸らす姿に、ククッと喉で笑ってジャンが高らかに宣言する。
「…素直じゃないなあオトナは!分かったよ、王様が制覇してきてやる!」
 王者たるもの、欲しいものは全て手に入れる。──そうすれば、追従する者にも欲しい分前が行き渡るだろう、と。ある意味|子供らしい暴論《こころづかい》を盾に、ジャンが威武堂々と露店筋に進んでいく。口では色々言うけれどワクワクした様子が隠し切れてないジャンを筆頭に、その背中を見失わないよう周囲をキョロキョロ見回しながらナギが、さらに後ろを微笑ましげな深琴とため息混じりのザネリが続き──王様パーティが、チョコレートの祭典攻略へと乗り出した。

 踏み入る前から感じていた香りが、露店街に入ると一段と甘く濃く漂ってくる。好むものならつい財布の紐も緩みそうな誘惑ね、と深琴が悩ましげに並ぶショコラたちへ視線を遊ばせる。目移り必須の店数の中、さてまずは何を──と誰もが口にしそうなタイミングで、ジャンがひと足先にびしりと指を差す。
「まずはあれ!ホットショコラ!」
 程よい賑わいを見せる噴水広場の人気店、晴れているとは言え未だ冬の寒さを残す屋外において、温かなショコラは魅力的な一品だ。最初に味わう品として文句は無く、皆がこぞってそちらへ向かう。
「『トッピングはご自由に』?なんて魅惑的な言葉なのかしら…」
 ほう、と感心する深琴が見つめる先に、所狭しと並ぶのは数え切れない程のトッピングの数々。湯煎で常に適温を保たれた数種類のホットショコラに、生クリームやバターにミルク、ドライからフレッシュまで網羅したフルーツ、クッキーや一口カットのケーキ、カラースプレーやエディブルフラワーまで揃えた棚は圧巻の一言だ。
「俺は生クリームたっぷりで。え、オランジェットも乗っけられるの?あ、そっちのクッキーもうまそう…」
「ナギは…寒いからビターのブランデー入で!」
 ウキウキわくわく選ぶジャンとナギのオーダーを、店主が慣れた手つきで捌いていき、先ずナギの手元に届くのは生クリームをたっぷり乗せたブランデーショコラだ。
「生クリームもりもり、おいし!…お、おーさまはそれこぼれそう…」
「ふふん、贅沢だろ!」
 心配の視線を羨望と解釈し、得意げにジャンが披露するのは限界盛り盛りにトッピングされたホットショコラだ。最早ひと足先にパフェを作ってしまったレベルの、飲み歩きにはかなり|危険《デンジャー》が伴う杯が握られていた。
「すごい、お店のあるだけ全部乗せちゃったみたいね。」
 そう感想を述べながら、見守っているだけかと思えた深琴もいつの間にかちゃっかりその手にフレッシュミントを飾りつけたチョコミントドリンクを握っていたり。
「チョコミントもいいねぇ、香りが爽やかだなぁ」
「そう言えばザネリは?なにか飲まないのか?」
 3人が注文をしている間、ザネリは少し後方で待つばかりでホットショコラは頼んでいなかった。問い掛けにはああ、と生返事で。
「あー…まぁ、提供の仕組みとトッピングの種類が見れただけで、此処は十分だ。」
 歯切れの悪い物言いに3人が首を傾げはしたが、この先にも店はたくさんある。諸々温存したいと言うことだろうか、と何となく結論づけて、それ以外は追及せず先を急ぐことにした。次に一行の目に止まったのは、繊細なチョコ細工を扱う露店だ。ふわふわと浮かぶ大きなシャボン玉の中に職人が腕を差し入れて、手にしたチョコペンを駆使して客の注文した造形を作り上げる──と言う、パフォーマンスも楽しめる店だった。シャボン玉にかけた浮遊と保冷の魔法で、空に絵を描く様にペンを走らせるとそのままパキパキとチョコが固まって、立体的な細工となる仕組みらしい。魔法にも親しみ深いこの世界ならではの光景に、意外にも1番に食いついたのは今まで静観気味だったザネリだ。
「よし、お前ら荷物ならいくらでも持つ。誰かあのチョコ細工をやってくれ。遠巻きに見たい」
「チョコ細工を?仕方ないなあ」
 グイッと押し出されれば、ジャンがやれやれ仕方ないと言った空気を演出しつつ、足早に我先にと最前列へ向かう。
「チョコ細工、ナギも行くの?」
 次にナギも背を押され、少し戸惑いながらもジャンの隣に並んだ。そうやって尖兵を仕込み、そのまま言葉通り遠巻きに見つめるつもりのザネリに、深琴が先程は飲み込んだ疑問を口にする。
「ザネリさん行かないの?気になるんでしょう?」
「……俺が、行けるわけがねえだろうが。野郎が嬉々としてやってみろ、通報される」
 苦虫を噛み潰す──いや、この街風に言うなら『すり潰しただけのカカオを舐めた』ような顔で、ザネリが首を横に振る。
「もう、ホットショコラを遠慮したのもそれが理由?」
 呆れを混ぜた苦笑を浮かべ、深琴が肩をすくめる。用心深いと言うか、変に真面目と言うか。指摘にすっかりぶすくれた様子のザネリに、深琴が露店を指さして微笑む。
「お祭りなのだから遠慮することないのに。ほら──」
 その瞬間、わぁ!と人集りから歓声が上がる。チョコ細工の職人が素早い動きで何重にも円を描き、初めは何を作っているのか分からなかったカタチが少しずつ像を結び、最終的に立体的な王冠になったことで、ジャンが目を輝かせながら惜しみない拍手を送る。次の注文はナギのものらしく、細かなU字を幾つも重ねたかと思えば、最後に流麗に流れる線でくるりと覆い──鰭の美しい魚がお目見えした。
「王様とナギさんのチョコ、素敵よ」
「──見た今の!王冠の形作ってもらったんだ、すごくね?」
 持ち帰り用の紐付きシャボン玉に王冠を入れてもらったらしく、戻ってきたジャンが興奮冷めやらぬと深琴とザネリの前にずいっ!と注文した品を差し出す。
「2つめの王冠か、立派なもんだな。オウサマの王冠ほどじゃないが、……悪くない」
「んふふ、おーさまのチョコ王冠緻密ですごいねぇ!」
「この繊細さ…ずっと見ていられられるわ。ナギさんのは?」
「これだよ!鰭が繊細でうつくしいなぁ」
 ナギもお土産仕様にした様で、ふわり空を泳いで見える魚は、シャボン玉も纏めてひとつの作品であるかの様に青空によく映えた。
「ナギは、……魚か?細けえな」
「わ!魚も可愛いじゃん!」
「食べるのがもったいないくらいね。…どう?商人さん。」
「…ああ、皆が惹かれるのも、分かる気がする」
 結局自分のを買うには至らなかったが、こうして間近に出来たのは|学びがあった《楽しめた》、と。尋ねられたザネリが今度はほんの少しだけ、素直な感想を口にした。
 
「──皆で来て正解だったね。これなら色々楽しめそう」
「淑女とガキが狙いの祭りかと思ったが…まあ、気になるもんは多いな」
 そうしていくつか品物を見繕った後、皆改めて街の規模の大きさと品数の多さに驚いていた。このままでは一日掛けても終わらなさそうだと気がついて、スムーズな進行のため次の指針を決めるべく、広場で4人が各々の希望を述べる時間を設けた。
「俺はあっちのレストランでしょっぱいもの食べたら、露店巡りの続き行きたい!」
「甘い系しょっぱい系を交互に…!それ最高、チョコマシュマロに、グラタンに鴨肉もたべたいよ」
「俺は葉巻とボンボンショコラが狙いだ。…ガキには早い、個人的な土産用に」
「素敵、ボンボンショコラは私もお土産にしたかったのよ」
「ナギも葉巻とボンボンはお土産で…ドレス、はナギには色味がなぁ。ブローチ…ううん…深琴君、意見をくれるかい?」
「ナギさんは小物も探してるの?なら、食べ歩きの合間に行きましょう。見立ても喜んで」
「本当?助かるよ!…そうだ虹色カカオも探しに行かねばね!」
「虹色かかお、なんだそりゃ」
「気になるわよね、ここにしかないのなら私もぜひ」
「…よし、それ俺にも食わせろ、こうなりゃ気になるもん、片っ端から食うぞ」
「じゃ、次は虹色カカオな。その後にブローチも見る?けど今は…おーい、早く来ないと置いてくぞ!」
 先ずはしょっぱいものを補充しつつの一休み、その後は虹色カカオの探索と、お土産もたっぷりと買い溜めて。──ようやく定まった先の予定に心躍らせながら、一行がレストランへと足を向けた。

茶治・レモン
日宮・芥多

──巡り合いとは、奇なるもの。
ほんの少し違っただけで、出会えるものが離れていき、別れたものがまた引き寄せられる。

これはふたりが迷宮前で出会う、そのほんの少しだけ前の話。

パフェとつまみ食いと自分のモチベに向き合うための、物語──。



🍋Side:茶治・レモン(魔女代行・h00071)

「僕もパフェは好きなんですよね」
 立ち並ぶ露店と賑やかな人並みを見ながら、レモンが街の入り口付近でぽつりと呟く。依頼の敵はずいぶんなパフェ好きを名乗っている様だが、それは何も個人の専売特許と言うわけではない。甘くて美味しい素敵なものを、グラスいっぱいに、好きなだけ積み上げる──こんな魅惑のデザートであれば、勿論レモンも好むところである。
「折角なので、僕が絶品パフェを作って差し上げましょう。…そのためにも、良い材料を揃えなければ!えぇ勿論、情報収集を兼ねて」
 意気込みは十分に、|依頼内容の確認《たてまえ》もばっちり済ませて、レモンが心なしか足取り軽やかに街へと踏み入っていく。

── パフェと言えば、まずはフルーツ。その真理に沿ってレモンが最初に目指すのは、生果店だ。道中の激しいショコラの誘惑をギリギリ躱し、辿り着いたのは南国もかくやの品揃えが目を見張る店舗。触れずとも熟しているのが分かるほどに甘い果実の香りが漂う様子に、ここは間違いないとレモンが深く頷いた。
「そうですね…バナナにイチゴ、マンゴーにメロン…とりあえず、全部下さい!」
 あまりの種類豊富さ艶の良さに、1店目からレモンが奥義『全部下さい!』を惜しげもなく発動する。その思い切りの良さに店主からたっぷりオマケを貰い、満足そうにレモンが一礼のもと店を後にする──そう、まるでハムスターのように頬を膨らませ、もきゅもきゅとバナナを頬張りながら。
「つまみ食いじゃないです。これはより良い材料選びのために必要な行程なんです。」
 そんな|真っ当な理由《いいわけ》を、誰とは無しに口にしながら、次に向かうのは──

「次に必要なのは…アイスですね!」
 3件跨いで隣の店は、氷をそのままケースにしたアイスクリーム屋だった。魔法でそれぞれのフレーバーに合わせた適温に調節されたアイスは口当たり、香りの立ちのぼり方まで計算されており、訪れたレモンがキラキラと瞳を輝かせるのも無理からぬ話だ。更には気になるアイスは何でも味見させてくれる、と言う気前の良さに、淡い表情からでも分かるほどにレモンがウキウキを滲ませ選び出す。
「なるほど、こちらが濃厚チョコレートアイス…なめらかでちょっとビターな口どけ…良いですね、下さい!」
 舌の温度に触れた瞬間、冷たさと共にとろん、と変わるテクスチャー。そしてすぐに口と鼻いっぱいに広がる濃厚なカカオの香りに、甘さをしつこくしない絶妙なビター度合い。ショコラを歌う街でこれは外せないでしょう、と口の中の余韻に浸りながらレモンが買いを速決する。
「牛乳ソフトもあるんですか?そちらも頂きますね」
 次に選んだのは生乳の風味が優しい牛乳ソフトクリーム。定番中の定番だが、菓子が売りの街とあってはソフトクリームひとつとってもそのレベルは高い。生クリームの様に濃厚でありながら、その分甘さは品良く抑えめに。チョコレートとのマリアージュも考えられた一品に、続けて購入を決める。レモンが好み目指すパフェは、間にはアイス、上にはソフトクリームと言う豪華仕様のもの。ならばアイスもソフトクリームもいくらあっても問題ないはず、との理論武装でフルーツに負けない量のアイスも購入し、文字通りの|魔法の氷箱《アイスボックス》へと詰めて貰い、自分用のアイスもワッフルコーン付きでちゃっかり確保しつつ、満足そうに店を後にした。

「…はっ。ところで最近お困りのことはありませんか?主にパフェ的な要素で。」
「ああ、あの迷宮に居座ってる迷惑な冒険者のことかい?街中みーんな困ってるよ。」
「そうですか、教えて頂きありがとうございます!…よし、これで情報もちゃんと聞けました。ええ、勿論忘れてませんよ?」


🔲 Side:日宮・芥多(塵芥に帰す・h00070)

レモンが街へと向かった少し後、ちょうど背中が人並みにのまれて見えなくなった頃合いに、今度は芥多がショコアトルへと訪れていた。
「あちこち見て回るのが楽しそうな場所ですね」
 喧騒は楽しげに、漂う香りは甘やかに。並ぶ店数も数え切れないほどあり、ショコラ好きなら一日中楽しめること請け合いだ。ひとまず迷わないように、目的を後で作らねばならないパフェ用の素材を求めての一人散策、と定める。
様々な商品を見ながら、どんなパフェにするか悩みつつ、気になるものは惜しみなく購入していく──シンプル故に達成しやすい筋道を立て、芥多が自信に溢れて見える表情で街へと繰り出していく。
「あ、情報収集も一応!」
 …大丈夫、こちらもぬかりなく忘れてません。ギリ。

 いくつか店をやり過ごし、1番初めに芥多が狙うのはチョコに合う珈琲だ。元より相性の良さが知られるチョコレートと珈琲だが、カカオに詳しい街とあればきっと素晴らしいマリアージュの珈琲が研究されているはず、と期待を込めて探せば案の定すぐに専門店が見つかった。ビターチョコにはフルーツの様な甘さを感じるものを、ミルクチョコには苦みが少し強く香ばしさのたつものを、ホワイトチョコにはほのかな酸味を楽しめるものを……と、完全にチョコレートベースに珈琲の紹介がなされ、細やかな説明が行き届いた店の姿勢を気に入り、いくつかピックアップして購入する。
「へぇ、結構買ってくれるじゃん。誰かと一緒に飲むのか?」
「いえ、これは完全に俺用です。自分のモチベ上昇はこの後のパフェと真剣に向き合う為に大事ですので」
「お、おお…?そっか…大変なんだな…」

お次の目当てはクーベルチュールチョコ。製菓用に脂肪分を多めに含んだ最高級のチョコレートで、作るために使うのは勿論、細かく砕いてアイスに混ぜたりそのまま食べても勿論美味しいと言う、知る人ぞ知る一品だ。丁度メダルサイズで量り売りが出来、カカオと油脂の量も細かくパーセンテージで分けてある店から、これも数種類を選んで袋に詰めてもらう。
「よっ、にいちゃん。こんなに買うってことは…イイ人に菓子でも作ってやんのか?」
「はい、勿論俺用です」
「あれ…?」

最後はプロのショコラティエ製のチョコレートで〆るべく、さっきよりも厳選の目を厳しくしていく。ヒット止まりをスルーして4件目、ようやくこれだ!と納得できる店に行き合って、芥多が楽しそうに見える様子で店主に話しかける。
「すみません、イチオシのチョコはどれでしょうか!」
「いらっしゃいませ!うちのオススメは宝石チョコですよ」
 勧められたのは名の通りまるで宝石の様なカットが売りのチョコレートで、オーバルの滑らかさや多面カットした煌めく表面は、カカオの香りがなければチョコと気づけないほどに精巧だった。間仕切りがされたベルベットの箱に仕舞うのもまた宝石らしく、芥多が|血玉髄《ブラッドストーン》や|天藍石《ラピスラズリ》めいた、ひときわ美しい艶を纏った粒を選んで内側を埋めていく。俺用に。それと隠れた名品と名高いこの店の割れチョコ──成型の難しさからそれなりに数が出てしまうのだが、それがまたキラキラと細石めいて人気となっているのだ。その比較的気軽に食べやすいチョコが瓶詰されたものも抜かりなく購入していく。勿論俺用に。
「大事に食べますね!ところで最近困ってることは無いですか?噂ではダンジョンにパフェが何とか、と」
「あ、はい…!あの、パフェスイートって言う能力者が琥珀蜜糖の採取を邪魔してるみたいで…」
「成る程、それは迷惑ですね。チョコと情報、どちらもありがとうございました!」
 そうしてきらめく笑みを残して芥多が去っていくと、暫し店員達から黄色い声でのお喋りが止まなかったとか。これで目星はだいたい回収出来た、と芥多がほくほく噂のダンジョンの向かう最中、甘い香りに慣れた鼻に魅惑的な香ばしいチーズの匂いがしてブレーキをかける。
「マカロニグラタンもあるのですか。うわ、美味そうですね…!買います」
 カリッと焦げ目のついた表面に、とろーり伸びるホワイトソースと絡むチーズ。見た目からも美味しさが伝わるグラタンに、これは押さえねばカフェの持ち帰り口に颯爽と並ぶ。テイクアウト容器にたっぷりと詰めて貰い、これでようやく芥多が買い物を終えた形となった。そしてこちらの品も当然、俺用である。



──そうして、ふたりがそれぞれの買い物を堪能した後、ダンジョンへと向かう道すがらにようやく巡り合うこととなった。

「…ん?魔女代行くんじゃないですか」
「…え?あっ君!?」
 同じ目的地の情報を集めて、必要なものを手にそこへ向かう──となれば、いずれ出会うのも道理。偶然には驚きつつも、お互い見知った顔との邂逅に、気さくな態度で話しかける。
「あっ君は何を…」
「俺はパフェの素材調達を少々」
「パフェ材料?僕もです!」
「君もですか?奇遇ですね」
 パフェの材料を手にしてるのも勿論、集めた情報を元に敵の注意を引くため。なら、ふたりの買い求めたものが被るのは必然、のはずだが──?
「しかし俺の至高のパフェに勝てますかねぇ」
「ふふん、僕の絶品パフェを見ても、そんなお口が叩けますかね。…一応聞きますけど、何パフェ何ですか?」
「え、まだ決めてませんが?」
「決まってない!?至高とまで謳っておいて!?え、だってお手持ちのそれって材料なんじゃ…」
「あ、買ったやつ俺用の素材です、これ全部!」
「おおお俺用!これ全部!?」
 最早『人生のフルコースのデザートはこれで埋めました!』と言わんばかりの自信と笑顔を覗かせておきながら、肝心のレシピは全くの白紙。どんな至高のパフェも作れそうな程に豊富な素材は、全て自分用。芥多の余りの傍若無人自由奔放ぶりに、真面目なレモンの声が悲鳴めいた切なさを帯びる。とは言え、芥多とは出会って暫く経つ。今まで見てきた数々の|経験《やらかし》から得た免疫が機能したおかげか、何とか気を持ち直し、レモンが提案を口にする。
「まぁ、折角合流したんです。これも何かのご縁、一緒に行きましょう!」
「仕方ないですね、ご一緒しましょう。俺が責任を持たずに魔女代行くんのパフェを見届けてあげますよ。」
「レシピすら決まってない方に、上から言われる筋合いはありませんけど……責任を持たずに!?」

──こんな感じで、何とも賑やかに、ではあるものの。無事(?)に合流を果たしたふたりは、次なる目的地…『琥珀蜜糖の水晶ダンジョン』へと向かい歩き出した。

第2章 冒険 『水晶森のダンジョン』


──街の楽しげな喧騒からは少し離れて、暫し奥。
 岩山をくり抜いたような空洞に、いくらか人の手が入ったのが伺える入り口が見えてくる。これがショコアトルの街で2番目の名物であり、件の敵が奥に潜むと言う、『琥珀蜜糖の水晶ダンジョン』だ。

 入り口から伸びる階段を降りていくと、正にダンジョンと行った岩壁の中、突如としてきらきらとした明かりに満ちた場所に出る。──岩の隙間から、亀裂を走る樹々の根から、そして天井からはまるでシャンデリアのように。様々な色をした水晶が生え、ひかりを受けて幻想的に煌めいていた。光る水晶を光源とした洞窟内は、特別灯りを持たずとも周囲を見渡すには十分で、その自身が光を放つ水晶自体も琥珀蜜糖で出来ていた。ダンジョンモンスターである『竜蜂鳥』──蜜蜂めいた色合いの柔らかな胸襟をした、カラス程度の大きさの4つ足鳥、と言った見た目が特徴だ。彼らが魔力と花蜜や果実を練り合わせて作る琥珀蜜糖は、その組み合わせから正に千紫万紅、あらゆる味と香りのものが存在する。

|紫水晶《アメジスト》の深い色合いが美しいものは、菫の香りの内に葡萄酒めいた酩酊覚える蜜を溜め込んで。

|紅玉髄《カーネリアン》のつるりとした艶が眩しいものは、オレンジの甘酸っぱさと百花蜜が溶け合って。

|蒼玉《サファイア》の淡く光を帯びたものは、珍しい『光苹果』と呼ばれる林檎に似た果実と、檸檬蜂蜜の爽やかさが楽しめる。

 どの蜜糖もある程度の硬度はあるが、岩壁から剥がすのに大した力は要らないだろう。パキリ、と割りとったそれをカゴに詰めたなら、正に宝石箱のよう。さらにそのまま齧り取る心地といったら、舌に一瞬ヒヤリと走る感覚と合間って本当に水晶を口に含んだかのような背徳感を味わえるだろう。香りと蜜と飴部分の理想の組み合わせを探そうと思ったら、時間はいくらあっても足りないし、美しい水晶に満ちた空間を眺めるだけでもきっと楽しめるはず。

 『竜蜂鳥』を眺めたいなら、水辺が良いだろう。岩清水が溜まって出来た、大樹を抱く地底湖の側に彼らの姿は多い。モンスターだけあってそれなりに警戒心の高い生物だが、果物や花蜜をあげたりと必要な工夫をすれば、懐く個体も居るはずだ。中には特別気に入った子がとっておきの──樹のウロにこっそり育てた、プリズムの輝きを宿した琥珀蜜糖を分けてくれるかも知れない。

 先の敵は警戒しつつ、今だけは暫し──甘やかな水晶に溺れていよう。
楊・雪花

「ここが『琥珀蜜糖の水晶ダンジョン』…」

 岩肌をなぞる階段を降りて少し先、灯りがあるとは言え外よりはやや暗い中に目が慣れたころ。開けた空間に踊りでた瞬間──感嘆の息と共に、楊・雪花(雪月花❄️・h06053)がこの場所の名を口にする。危険度は薄いとの触れ込みだったが、それでもこれから踏み入るのは曲がりなりにもダンジョンだ。加えて雪花にとっては初めて、と言うのも手伝って、降りてくる間は少なからず緊張があった。しかし──
「水晶のダンジョンと言うだけあって、いろんな色の水晶が綺麗ですね…。」
 滲み出るような優しい光を余さず零さず、琥珀蜜糖の表面が受け止めては、またきらきらと新たにひかりを跳ね返す。赤に橙、青に紫──あらゆる色を湛え、果実や花蜜の香りに満ちた洞内の美しい景色を前に、思わずほう、と雪花がため息を吐く。その息に緊張が溶け込んでいたのか、気づけばいつの間にか肩の力はすっかり抜けていた。
「琥珀蜜糖…水晶の様に綺麗ですし…なによりとっても美味しそう…」
 パッと見は硬質な石に見える蜜糖だが、あたりに漂う瑞々しい甘い香りと、インクルージョンめいた奥でとろりと揺れる蜜が、口に含むより早く美味しさを想起させる。甘いものも綺麗なものも、どちらも好きな雪花にはたまらない品だ。試しに手近の岩に生えた手のひらサイズの水晶に触れると、パキン、と涼やかな音と共に蜜糖が剥がれ落ちる。多少の力は必要だが、慣れれば片手で十分取れる程度のもの。そして手にすることで体温に炙られるのか、一層蜜糖が香りを増して雪花を誘惑する。
「うーん、ちょっとばかり欲張りになっちゃいますけど…せっかくですからいろんな色の琥珀蜜糖を集めて見ましょうか。」
 ワクワクと高鳴る鼓動に従い、籠を手に改めて周囲を見回す。──あのオレンジ色した水晶の味は?角度によって赤にも青にも見えるあの蜜糖は、香りも移り変わるのかしら?いっとうたっぷりと蜜を溜め込んだあの水晶は、一体どれほど甘いのだろう。見れば見るほど興味をそそられ、気になった蜜糖をパキリパキリと軽快に剥がしていく。手にした籠が、宝箱の様にキラキラと色鮮やかに埋まって行くのも見ていて目に楽しくて、ついつい作業も捗ってしまう。そろそろ乗り切らない量まで採取を楽しんだところで、最後に純白の色を湛えた蜜糖を摘み取って、こっそり口元へと運ぶ。──一瞬ヒヤリとする口当たりに、舌の温度で蕩ける味は林檎の爽やかさ。シャリシャリとした小気味良い甘さの後に、溢れ出る花蜜はレモンを香らせてさっぱりとして。
「ん、美味しい♪」
 甘やかな琥珀の余韻に浸り、雪花が笑みを咲かせて呟いた。

汀羽・白露
御埜森・華夜

「わぁ…!見て白ちゃん、きれーだねぇ」
 たたっと軽快に階段を降りた先、御埜森・華夜(雲海を歩む影・h02371)がパッと顔を輝かせながら洞内を映す。──僅かな光源を、琥珀蜜糖が拾い上げてはきらめきを増し、きらきらと反射を重ねてやわらかな光で周囲を満たす。絵本に描かれた鉱石の洞窟のような浪漫溢れる景色に、後から降り立った汀羽・白露(きみだけの御伽噺・h05354)も一応の肯定を返す。
「まぁ…綺麗か綺麗じゃないかと言えば、綺麗かもな」
 やや素直で無い物言いは性格からくるものか、それとも先程の街での疲れがそうさせるのか。然し思い返せばこの迷宮に着くまでも、瞬きの間に姿を消してしまいそうな華夜を捕まえておくのにどれだけ苦吟したことか──
「しかもこれ、食べられるんだって。…よし、白ちゃん俺が食べたいの探してきて!俺、白ちゃんに食べさせたいの探してくる!」
「──え?ちょっと待て、かや…!」
 白露がうっかり回想しかけた途端、華夜がひらめきと同じ速度でシュタタ!と奥へ駆けていく。その余りの躊躇いの無さに、つい考えてから行動に移しがちな白露は一手遅れてしまい、一瞬にして華夜の背が見えなくなってしまった。
「全く…はしゃぎ過なんだ、あいつは…」
 はぁ、と嘆息してから掴み損ねた手を引っ込める。暫し休みたい気もするが、時間が経つほど華夜はどんどん奥へ奥へと|進んで《まよって》しまうだろう。多分。いや絶対。それならば。
「…仕方ない。探すか…」
 追いかけるのは早いほど良い。幸い、これまでに知った華夜の好みは全部専用の手帳に記録してある。それを頼りに、導として『桃の香がする青水晶』を探すことにした。向かった方向に足を向け、すん、と鼻を鳴らして白露が香りをより分ける。瑞々しい果実と花蜜の芳香が満ちる中、より甘く、より濃く香る場所へと歩み寄る。すると岩陰に群生する様に青い蜜糖が集まった場所を見つけた。
「あった…この辺り一体が全部そうだな。…だが、香りが桃だからと言って味もそうとは限らない…か」
 琥珀蜜糖の味と香りは千差万別、例え桃の香りがしても中身は桃花の蜜が香るだけだったり、味だけが違う果実と言う場合もある。その中から唯一を探すのも醍醐味ではあるが、一筋縄でいかないのも確かで。結局いくつか試食をしても絞り切れず、見つけた端から籠へ詰めては華夜を探して進む、を暫し繰り返すこととなった。

──そうして、白露が必死に探して居るのを知ってか知らずか。奥へと向かった華夜はマイペースに迷宮を探索していた。── 白ちゃんには、珍しいの食べて欲しい。沢山の世界を知って欲しい。いつか自らの愛するものをいっぱい書き込んで欲しいと願って、華夜が相応しい何かが無いかと道を探る。その時、パタタ、と軽い羽音が耳を掠めて、振り返った先に。
「君、誰?」
 ふわふわとした襟巻姿が特徴的な鳥が、華夜の後ろをくっついて来ていた。よく見れば四つ脚であったり、蜜蜂めいた色合いだったりする見慣れない生き物は、クルルル、と喉を鳴らすと華夜の手の周りをしきりに飛び回る。
「お花欲しいの?いいよ、あげる」
 その手に握られていた道中に詰んだ花を渡すと、嬉しそうに咥えて竜蜂鳥が辺りを飛び回る。凡そモンスターとは思えない人馴れした様子に、もしかしたら、と期待を込めて華夜が語りかける。
「…ねぇ俺さ?大事な俺の本に珍しいの食べさせたいんだけど…知らない?」
 流石に言葉までは介さないのか、ククル?と不思議そうに首を傾げる様子に、無理だったかなと肩を落としかけたところで──ヒュン、と目の前を過ぎってから、竜蜂鳥が飛んでいく。まるで着いてこいと言わんばかりの仕草に、暫し素直に跡を追いかけると、着いたのは泉のほとりの樹。そのウロの中からひとカケラの蜜糖を取り出すと、竜蜂鳥が華夜の手にそれを乗せる。花の礼のつもりだろうか、嬉しそうに飛び回るのを笑って見つめて居ると、丁度追いついて来た白露が華夜の姿を見つけてほっと息を吐く。
「やっと見つけた、かや。ほら、持ってきてやったぞ…って何だその鳥…」
「白ちゃんみてみて、小鳥がくれたの!」
 まさに宝物を手にした子供のように、水晶にも負けないきらきらの瞳で、華夜が手のひらの蜜糖を見せる。氷のひと欠けのようで、僅かにズラすだけで万色のプリズム溢れる蜜糖は美しいと思ったものの、白露の目にはやたらに華夜に懐いた竜蜂鳥が面白くなくて、つい不機嫌顔で一瞥する。然し──
「白ちゃんのために分けてもらったんだから!はい、あーん!きっとすごく美味しいよ、ほら早くっ」
 他ならぬ、“自分の為に”と差し出されたなら、機嫌も何だかんだあっさり戻ってしまって。
「し、仕方ないな…!じゃあ、」
 ぱくり、と食めば舌に触れるのはほんのりとした優しい甘さ。それがシャリ、と表皮を砕いた瞬間、千果万花の香りが溢れるようで、酒気も無いのに酔うほどの心地がした。確かに、これは。
「…まぁ、悪くはない」
「おいし?へへ、よかったぁ。あ、これは白ちゃん選んでくれたの?」
 目敏く白露が抱えた琥珀蜜糖を見つけて笑む華夜に、否定できずにふいと視線を逸らす。
「へへ、ありがとー!」
「君もさっさと食べて先に行…」
「ん、あー…ねぇ、あーんってして?」
「へっ?いや、じ…自分で食べ、」
「はーやーくぅ!」
「……ああもう!ほら口開けろ!」
 華夜からおねだり付きで、雛鳥のように口を開けられては白露に抵抗の術はなく。投げやりな言葉で降伏しつつも、いっとう甘そうなカケラを一粒選ぶあたりに──ああ、だから勝てないんだよな、と。ほんの少しの悔しさと共に、琥珀蜜糖をぽいと放った。

香住・花鳥
入谷・飛彩

「此処が噂の琥珀蜜糖の水晶ダンジョン…」

 カツン、カツン、と硬質な音を響かせながら、ゆっくりと階段を降りていく。初めてくるダンジョンに胸を弾ませる滲ませる香住・花鳥(夕暮アストラル・h00644)に、入谷・飛彩(雨降る庭・h02314)が見守るように隣へ静かに寄り添って。そこまで危険性が無さそうなダンジョンなら、と着いていくことは決めたが、やはりダンジョンであることには変わりない。飛彩が一応の警戒と共に、ようやく開けた場所まで降りきった時、景色は美しく一変した。

──ひかる蜜糖から溢れる柔らかなひかりを、別の蜜糖が受け止めは跳ね返し、岩肌にきらきらとプリズムが踊る。赤に橙、水色に紫、数多の色の蜜糖が、訪れる人を香りも豊かに迷宮へと迎え入れる。

「すごいね、本当に宝石箱の中みたい!」
 きらめく琥珀蜜糖たちを前に、同じくらい瞳を輝かせて花鳥が飛彩に笑顔を向ける。その楽しげな様子に、ようやく肩の力を抜いて飛彩がふ、と目元を和らげる。
「本当だ。宝石箱に入れたのなら、こんな心地になれそうなのかも」
 |紫水晶《アメジスト》、|紅玉髄《カーネリアン》、|蒼玉《サファイア》。どれも本来なら精製の過程が全く違う鉱物として、同じ岩肌に見られることはない。然し色形が似ているだけの琥珀蜜糖なら、全ての宝石を集めた光景が叶うのだ。ならここは、正に宝石箱と呼ぶに相応しいだろう。今もこうして、|黝簾石《タンザナイト》と正しく|琥珀《アンバー》の色を宿した|宝石《ひとみ》を、その|迷宮の中《宝石箱》へと引き入れるのだから。
「ヒイロ君は何色が好き?」
 万色を前にふたり歩きながら、花鳥が尋ねると暫し参考になる色を探しながら、飛彩が真面目に答えを返す。
「俺の好きな色ねぇ…藍とか紅とか紫とか、かな。けど…」
「…けど?」
 上げた色は、確かに単色でも好むところは感じる。然し──地平に沈む夕日の紅、昼と夜の境に淡く滲む紫、明ける空を静かに知らせる一瞬の藍。日々目にする風景の合間に見えるからこそ、その色を好んでいるような気がして、答える言葉を組み替える。
「どちらかと言えば色自体より、切り取られてる風景の方が好きかもしれないな」
「それ、わかる気がするなぁ。…教えてくれてありがとう!」
 新たな知見を得て花鳥が嬉しそうに微笑むと、飛彩がいや、と短く告げてふいと目を逸らす。その先に、一際美しい紫水晶の一群を見つけて触れようとすると、花鳥も気がついてひょいと覗き込む。
「紫水晶?キレイだね。でもちょっと葡萄酒みたいな香りが気になったり…」
「…お酒の匂いがするヤツは、流石に持ち帰るの止めておこうね」
「ふふ、はぁい。」
 中には果実の熟成で、僅かとはいえ酒精の宿ったものがあるかもしれない。しかしまだ少し年齢が届かないふたりとしては、酔う心地は先の楽しみに取っておくとして。今日のところは別の琥珀蜜糖を持ち帰り、そして──
「…しかし!今回の目的は其れだけではないのです」
 と、ここでとっておきの秘密を打ち明けるように、胸を張って花鳥が口にするのは、このダンジョンに棲まうモンスターのこと。
「竜蜂鳥って御名前が気になっていてね」
「…ああ、気になってたのは竜蜂鳥の方か」
 合点がいった飛彩がすっと視線をずらすと、岩陰に、樹木の梢に、チラチラとそれらしき姿が隠れているのが伺えた。それなりに警戒心はあるようで、何もしないままでは恐らくこのまま隠れてこちらをやり過ごされそうだ。
「果物や花蜜をあげるのが良いって話だったっけ」
「なら、さっき街で買った果物と花を分けてみようか」
 土産のひとつとして密かに購入していた林檎を手に、飛彩がそうっと木陰の竜蜂鳥に歩み寄る。あまり小鳥の扱いに慣れている訳でもないが、驚かせないよう静かにを心掛け、好物を手に歩み寄ると──暫くして、ゆっくりと竜蜂鳥の方が降りてきた。差し出された林檎を嘴で暫し啄んで、満足したようにクルルルと鳴き声を溢すと、巣らしき木のウロからコロン、とふたつ欠片の琥珀蜜糖を分けてくれた。──ひとつは、夕陽色にプリズムが遊ぶ鮮やかな。もうひとつは、優しい夜色に蜜の星が散りばめられたような。まるでふたりの色を宿したような琥珀蜜糖に、花鳥と飛彩がぱちりと瞳を見合わせ驚きあう。
「どちらも有れば、と思った色だったけど…どっちも手に入るなんてな」
「ふふ、私の幼馴染も意外と欲張りだったね」
「……『も』?」
「うん、だって私も欲しかった色だよ。」
 持ち寄った蜜糖を前に、柔く笑って。手にした宝物を大事にしまい込んで竜蜂鳥に礼を告げると──ククルッ、と楽しげな鳴き声が洞内に響いた。
 

白・琥珀

「ほぉ…こりゃ見事な水晶…じゃなくて琥珀蜜糖か。」

 淡い光を跳ね返し、きらきらと輝きに満ちた迷宮の中。様々な色を湛えた水晶はどれも美しく、然し本物の水晶とは違ってえも言われぬ甘く瑞々しい香りを漂わせていた。琥珀蜜糖──竜蜂鳥が果実や花蜜をかき集め、己の魔力と練り合わせることで生み出されるもの。
「鳥形のダンジョンモンスターが作り出すって聞いてたが、燕の巣みたいなもん、なのかなぁ?」
 さる国では高級珍味と名高い燕の巣も、鳥が作り出す食材のひとつ。なんとなくの共通点を見出して、試しに手近いひとつを突いてみると、淡いプリズムを放つ青が美しかった。隣は紫、向かいは緑と色は数限りなくあり、当てなく迷っているとあっという間に時間が過ぎそうだった。
「あまりにも目移りするから、何か目標決めないとダメだなこりゃ。」
 なら、何を選ぶのが良いだろう。水のように澄んだ青色か、燃える火を宿す鮮やかな赤か、新芽のように淡い緑色も惹かれるものはある。だが──それよりも。
「…やっぱり琥珀か。名前のとおり、本体の通り。」
 身を宿した石の、自らにつけた名の、そして偶然にも蜜糖が冠するのとも同じ、琥珀の色。まずはその深い黄金色から探そうと目標を決めて、迷宮を歩き始める。するとやはり縁深いからなのか、割とすぐに群生している場所に巡り合った。早速ひとつを取ろうとすると、ピリリとしたスパイシーな香りが鼻をくすぐる。ジンジャーか山椒の花か、何にせよ酒向きの味わいが期待出来そうだと琥珀が楽しげにいくつか剥がしとる。そうして必要なだけ集めたなら、次はどうするかと周囲に視線を巡らせる。手始めに琥珀の色を選びはしたが、特にそればかりに固執するつもりはない。そも琥珀の本体はロイヤルを歌うもので、正確な色味はやや異にするのだ。
「むしろ緑に赤、色が変わるブルーアンバーもあるしな。このさい、色どりで楽しもうか。」
 続く色はどんな味わいか、想像しながら琥珀がまた迷宮の奥へと進んでいった。

野分・風音

「わぁ、これが琥珀蜜糖の水晶ダンジョン!」

 トントンタタン、と軽快に階段を降りた先。パッと広がった景色を見渡して、野分・風音(暴風少女・h00543)が歓喜の声をあげる。ひかる蜜糖から溢れるひかりが、また別の蜜糖のひかりと合わさり跳ね返し、洞内にキラキラとした輝きが溢れている。加えて迷宮の内は果実と花蜜を含んだ、瑞々しくも甘い香りに満ちている。歩くだけでも楽しい道を、何をしようかと考えながら足取り軽く進んでいく。
「パフェ対決に備えて琥珀蜜糖の採取は必須だけど、竜蜂鳥にも会ってみたい!」
 最後に待ち受ける敵との戦いに備えるのも大事だが、楽しんで英気を養うこともこれまた重要なこと。やりたい事を指折り数えて確認し、目的の竜蜂鳥をキョロキョロと探す。
「えーと、あそこにいるのが竜蜂鳥かな?」
 暫し岩陰や道沿いに探していると、岩を裂いて立つ樹の枝に鮮やかな黄色と黒の襟巻きを見つけ、風音がそろりと近寄っていく。街で多めに買ってきたフルーツや、エディブルフラワーを食べやすいように少し小さくして、竜蜂鳥に向かって差し出す。食べてくれるかな?と不安は募ったものの、しばらく粘っているとそろそろとそばに寄ってきた。
「……あ、近づいて来てくれた!」
 喜びを小声に乗せてさらに待つと、警戒を解いたらしい竜蜂鳥が花をついばみ出して、キュイ、と喜んだような鳴き声が聞こえてきた。そのままフルーツも食べてペロリと口元を拭うと、風音を信用したのかクルル、と喉を鳴らして擦り寄ってきた。
「ふふ、きみ人懐っこいね。こっちのドライフルーツも食べる?」
 取り出したドライフルーツを差し出すとさらに喜んで、啄んではクルクル鳴いてとすっかり風音に懐いてしまい、食べ終えるころには柔らかな首元を撫でても大丈夫な程になった。
「…さて、そろそろ先に進まなきゃ。またね。」
 フルーツを上げ終えたあとは、名残惜しいが別れの時間。まだ琥珀蜜糖を採取しないといけないし、パフェの内容も詰めたいところだ。そろそろ移動しようと腰を上げた瞬間、竜蜂鳥が風音の袖をクイクイと引いた。
「ん、どうしたの?」
 まだ食べ足りなかったかな、と催促を想像していたら、引かれた手の上に竜蜂鳥がころり、と何かを落としてきた。それは透明ながら、ほんの僅かな光の反射で、万色のプリズムを放つ美しい琥珀蜜糖。いくつもの果物を重ねたような芳醇な香りも良いかけらをふたつ乗せて、竜蜂鳥が満足そうな様子を見せた。
「すっごく綺麗な琥珀蜜糖!ありがとう。これならパフェ対決に勝てそうだよ!」
 嬉しそうに礼を口にすると、竜蜂鳥もキュイ!とひと鳴きして、まるで風音を応援するかのように、くるりと空中に円を書いて見せた。
 

インベクティブ・シャイターン・エフォーリル
戀ヶ仲・くるり
香久山・瑠色
戦闘機械群・社会式

「わぁ…わぁー!すごい!キラキラ!」

 岩肌をくり抜いた先、階段を降りた先の開けた場所。そこはまさに名前のとおり、水晶に満ちた美しい迷宮だった。淡いひかりを溢す水晶から、別の水晶がひかりを受け止めては跳ね返し、洞内をプリズムめいた輝きであふれさせる。初めて目の当たりにする光景に、戀ヶ仲・くるり(Rolling days・h01025)が同じくらいキラキラと瞳を輝かせて感嘆をあげる。
「カラフルキラキラ洞窟って感じ、甘い匂いもいっぱい!」
 インベクティブ・シャイターン・エフォーリル(破壊者・h00162)がすん、と鼻を鳴らすと、口にも鼻にもいっぱいに芳醇な香りが満ちる。いくつもの果物と花蜜を合わせた芳香は、複雑ながらも瑞々しさを含んでいて、爽やかさも感じさせる。甘味が好きなものなら、居るだけでも幸せな気分になれるだろう。
「へえ、琥珀っていうから茶色いだけかと思ってましたけど、結構カラフルですね。お土産とかにもよさそう!」
 岩肌に並ぶ一群をつんつんと突きながら、香久山・瑠色(何も忘れない永遠の迷子・h03107)が物珍しそうにその色合いを眺める。|緑柱石《ベリル》、|柘榴石《ガーネット》、|黄水晶《シトリン》。あらゆる宝石の色が揃い、しかも食べることができる水晶──もとい琥珀蜜糖となれば、来れなかった人への土産にはきっと最適だろう。どれが喜んで貰えるか、と瑠色が選んでいると。
「おお!何とも美しい光景だな。早速水晶を削岩…いや削晶していくとしよう。」
 風景の評価に同意を述べつつ、戦闘機械群・社会式(Block Head・h01967)が早速と採取のための最適行動へと移る。性格からか|性能《スペック》からか、実直に遂行する姿を見て、くるりがおお、と目を見張る。
「社会式さんが採掘現場の如き作業を…!」
 手近なクラスターを大胆かつ繊細に削り取って行く社会式を見守り、くるりが岩壁から剥がれた淡い緑色のカケラをキャッチする。
「あっでも割れるとすごい甘い匂い…えいっ」
 香りに当てられそのままパクっと口に入れると、歯に当たって割れた部分からジュワリ、とマスカットを濃縮したような甘味が溢れ出る。奥の蜜はエルダーフラワーの爽やかな香りを秘めており、合わさるとえも言われぬハーモニーを奏で出す。
「甘ぁ…じゅわっとするぅ…しあわせの味…」
「あ、早速食べてる。チャレンジャーさんだ……」
「はっ、つい食べちゃった!そのかわり毒味完了!行けるよ!」
「幸せそうな顔だったもんね、冒険心が報われたみたいで良かった!」
 食べた感想と共にぐっ、と笑顔でサムズアップするくるりに、インベクティブも真似て親指を立てる。そして味にお墨付きが出たとなれば、ちょうど天井付近に固まった琥珀蜜糖が気になって、手を伸ばすが──残念ながら高すぎて届かない。
「天井のが気になる……社会式さん、肩お借りしますね!」
「わぁ本当だ、天井、色とりどり!届かないな…社会式さん、持ち上げてもらえます?」
「承った。肩に乗って貰えるか。」
 ふたりからの要請に快諾し、軽々と右肩にインベクティブ、左肩にくるりを乗せて社会式が立ち上がると、ちょうど手を伸ばせば届く高さに収まった。間近にすると一層キラキラと千紫万紅に輝いて、どれから手にするかとふたりが贅沢な悩みに耽る。
「宝石の詰め合わせみたいで、食べていくの楽しそう!」
「…某アニメ映画の世界!上がる!気分が!よーし赤茶と、薄荷色と、橙と、鉄色!迷周色ゲット〜!」
 巨匠スタジオか想像力の国か、はたまた…そんな見覚えのある画面越しの光景を重ねつつ、共に来たメンバーのカラーを全部剥がし取って抱えるとかなりの量になり、インベクティブがおっと、と肩の上でふらついた。
「わわ、取りすぎた。ふらふらしちゃう…」
「インベクティブさん、大丈夫ですか?お手伝いに小雀を貸しますね。」
「わぁ、ありがとう!助かる〜」
「いえいえ。さて、僕はちょっと竜蜂鳥を見てみようかな。」
 皆が天井の琥珀蜜糖に夢中のうちに…とこっそりひっそり|お約束《フラグ》を立てながら、瑠色が迷宮の奥へ1人向かったことには気づかずに。|小雀《おとも》を得たくるりとインベクティブが社会式の安定した肩の上で、採取の成果を喜びあう。
「インベクティブくん、はいあーん!」
「あーん……とろろ…じゅわぁってするの本当だ~。幸せ気分」
 オレンジの甘味と百花蜜の味わい乗せた琥珀蜜糖に、インベクティブが頬を押さえて言葉通り幸せそうな表情を浮かべる。
「くるりお姉さんにも美味しい返しだよ。この紫色のを…はいあーん!」
「私にも?わぁい!…ふふ、おいしいねぇ」
 葡萄の深みと林檎の甘みを加えた琥珀蜜糖をコロリ口の中で転がして、くるりもにんまり頬を緩ませる。
「社会式さんは食べれなくて残念ですねぇ…」
 せっかくだから全員で分け合いたいところだが、体構造の差から社会式は琥珀蜜糖を口にすることが出来なかった。その事に肩を落とすくるりを見て、然し当の社会式は首を振って気にするな、と告げる。
「俺は人間どもの食物を摂取する事は出来ないが、愛する人間どもの力添えをする事は、お前達の言う食事と同義とも言えるだろう。」
 収穫を喜ぶインベクティブとくるりの笑顔、それを間近に出来たことこそが社会式に取っての|食事を摂る《うれしい》ことだと口にすれば、ふたりが照れたようにまた笑顔を浮かべた。
「…あれ、ところで瑠色さんどこ?」
 いつの間にやら3人だけで会話が進んで居たのに気づいて、くるりが首を傾げながら辺りを見回す。続いてインベクティブと社会式も周囲に瑠色の姿を探すが──どこにも見当たらない。
「もしかして迷子!?」
 流石迷う事に縁あって集まったもの同士、見事に|お約束《フラグ》を回収し、皆がようやく慌て出す。
「行方不明瑠色くん、これは事件の気が!」
「うん?瑠色が居ない?ではカノン砲による爆破で盛大に爆発音を立てれば、俺達の居場所を知らしめる事が出来るだろう。依頼主に砲撃許可を申請…」
「カノン砲!?ダンジョン崩壊しちゃう!止まって!?」
 機械故の即断即決で社会式が解決策を講じるが、あまりの超絶力技っぷりにくるりが慌てて止めにかかる。
「……落盤や生き埋めの可能性もある為、承認されなかったようだな。」
 依頼主の英断も手伝いカノン砲案は無事却下となった。ありがとう依頼主。さて次善の策は、となったところで手を挙げたのはインベクティブ。
「借りてた小雀さんに聞いてみよう、分かる?」
 荷物運びに預かっていた小雀に物は試しと尋ねてみると、チュン!とまるで返事のように鳴いて…突然ポコンっと雀が増えた。羽毛が膨らんでカサが増した、とか残像が、ではなく。雀の匹数そのものがポコポコポコッと増えていき、やがて──
「…雀ロードが出来た!きっとこの先にいるよ、勝ったね!」
「おお借りててよかったね!行ってみようか!」
「おお!合流の手立てが見つかったか。流石だな。では、合流を急ぐとしよう。」
 道標の如く迷宮の奥へ向かって並ぶ小雀たちを頼りに、3人が瑠色捜索へと乗り出した。

──そのころ。
当の瑠色はのんびりと竜蜂鳥探しに勤しんでいた。自身が迷子になっているとは露しらず、護霊を鳥とする身には興味が尽きない、とてくてく奥へ進んで行く。すると──
「あ、烏戸、果物採ってきたの?姿が近いから親近感があるのかな。」
 カァ、とカラスの姿をした護霊が鳴いて、瑠色の手に小さな木苺を乗せた。道中の何処かで見つけたのだろう。
「出会えたら果物をあげてみようっと。プリズムの琥珀蜜糖も気になるし。 」
 竜蜂鳥と仲良くなれたら貰えるかも、と触れ込みのレアな琥珀蜜糖はやはり気になるところ。ぜひ皆で果物を分け合って竜蜂鳥と仲良く…と思ってようやく瑠色が後ろを振り返ると。
「さて、戀ヶ仲さんたちは……いな、い?」
 がらーんとした迷宮が広がるばかりの空間に、瑠色が事態を把握して、告げる。
「僕、迷子だ……!」
 ががーん、と書き文字を背負いそうなショックの顔で打ちひしがれて居ると、烏戸とは別の小さな鳥が目の前に現れた。
「あれ、インベクティブさんに貸したはずの小雀が……並んでる?」
 小雀は増えることが出来る。ならインベクティブを起点にして並んだだろう彼らを追えば、その先にはきっと共に来たメンバーが居るはず。思いがけず早く解決の手立てにありつけた瑠色が、慌てて駆け出して──

迷子を回収してまた4人に戻るまでは、あと数分後のこととなった。

茶治・レモン
日宮・芥多

 ひかる蜜糖から溢れる輝きが、また別の蜜糖のひかりと合わさり跳ね返し、洞内にキラキラとした輝きが溢れていく。甘い香りを湛えた水晶が岩壁に、樹のウロに、水辺にと生成された美しい迷宮は、今また貪欲に|黄水晶《シトリン》の瞳──茶治・レモン(魔女代行・h00071)を招き入れようとしていた。
「すごい、所狭しと水晶が…!」
 階段から降りてすぐの開けた空間を目の当たりにして、レモンが感嘆をあげて辺りを見回す。
「これが全部食べられるなんて、まるで夢のようですね」
「へぇ、この美しい水晶が食べられるなんて驚きですね」
 近くのクラスターを眺めながら|紅尖晶石《レッドスピネル》の瞳を細める日宮・芥多(塵芥に帰す・h00070)も、興味を示したかようにうんうんと頷く。洞内はひかりだけではなく、果物や花蜜の甘く瑞々しい香りにも満ちて居る。ショコラとはまた違った魅力に、レモンが我慢できずにそっと手を伸ばす。
「あっ君、早速食べてみましょう!まずはこの、僕の目を惹く白い水晶から…」
 岩壁に張り付く水晶であれば本来は掘削の道具が必要なところだが、そこは琥珀蜜糖。レモンが指を掛けて少し力を加えるだけで、ペキっと音を立てて一欠片が手のひらに転がり込む。|月長石《ムーンストーン》めいたつるりとした艶をひかりに翳しながら、レモンが味を想像してゴクリと唾を飲む。
「何味でしょう、ワクワクしますね」
「白い水晶…ならきっとアレです、舌が滅ぶほど辛いハッカ味!」
「ハッ、ハッカ!?怖いフラグを立てないで下さい!」
 名探偵もかくやの顔で芥多がズバリ予想を告げると、レモンが思わずピャッと驚いて琥珀蜜糖を取り落としかけた。ほんのり香るには爽やかな|薄荷《ミント》だが、種類や用量によっては極寒地獄を見ることとなる。思わず矯めつ眇めつ確認してから、えいっ、と口に放り込むと。
「んー…あ、バニラの香りがします!そして優しい桃の味…んん、絶品」
 芳醇なバニラの香りに、桃の爽やかでしっかりとした甘い蜜。『当たり』の味わいに思わず頬を押さえて、レモンが僅かに目を細めた。
「当たりでしたか、残念。では俺はこの赤い水晶の味見を」
「あっ君?いま残念って言いました…?」
 レモンからの視線も何のそので芥多がポイっと琥珀蜜糖を放り込むと、暫し口の中で右に左にと転がしながら、視線も悩ましげに左右に揺れる。
「美味い!とても美味いです。ただ…間違いなく美味しくはあるんですが、これ何の味だ…?」
「…えっ、分からない!?今食べたのに?どうして!?」
 口にして居るのに明確な答えの出ない様子の芥多に、レモンがショックを受けて手をワタワタと慌てさせる。
「…な、梨?恐らく梨…多分、洋梨…?味覚は普通にある筈ですが、味クイズは無理ですね、俺!」
 芳醇な果物の味わいは伝わったものの、細やかな特定には至らず、然しこれといって気にした様子もなく芥多がにこやかに笑う。
「まぁ数種類が混ざってたりしたら、わからないこともあるかも…ですかね?あ、あっ君の瞳と同じ色の水晶もありますよ。ほら、この赤み掛かった紫…」
「へぇ、俺の瞳と同じなら間違いなく超絶品の…え、俺の瞳ってこんな色でしたっけ?」
 そっくりだと思った色の琥珀蜜糖をレモンが剥がし取って差し出すと、意外にも芥多が不思議そうな表情を浮かべるのでレモンも釣られて困惑する。然し翳して並べてみても写し取ったようによく似た色をしていて、レモンがより首を傾げてしまう。
「いえ、毎日自分の顔を見てるでしょ?これ、似てますよ?」
「いや、俺のはもっとこう…見るものの目を灼き潰す勢いでギラギラに煌めいて偶にビームとか放ってる色してません?」
 まるでレモンの審美眼の方に問題があると言いたげに、芥多が諭すような顔でそんな事を口にすると、心なしかレモンの背後にうっすらチベットスナギツネの幻影が浮かんで見えた気がした。
「もしやご自宅に鏡がないんです?全部割れてらっしゃいます?」
「まさか。まぁ普段自分の瞳なんてまじまじと見たりしないもので」
 と、結局はそのまま興味が続かなかったらしい芥多が、別の琥珀蜜糖を見てそうだ!と思いつきを披露する。
「俺も魔女代行くんの瞳と同じ色のを探してあげましょう……はい、ありました!」
「わっ、僕と同じのを探してくれるんですか。嬉しいで…は?」
 珍しく良い提案だとワクワク待ったのも束の間、芥多がレモンへと手渡したのは、それはもう白い砂浜と椰子の木を連想させる程の見事なオーシャンブルー。耳をすませば波音も聞こえそうな、最早暖色系ですらないチョイスに、レモンの無表情が更にスッ……と感情を失い氷点下の冷たさを帯びる。
「あっ君、ちょっとここ来て座って下さい」
「……魔女代行くん、地面と仲良し距離のあなたには分からないでしょうが、これだけ足が長いと地べたには座りにくいんですよ。ほら、地面から遠いから」
「ほん!とに!ああ言えばこう言う…!良いから座りなさい!正座ですからね!?」

そうして暫しの時間、キラキラ煌めく迷宮には似つかわしくない怒号がBGMとして流れたとか──。

賀茂・和奏

「これは…圧巻ですね」

 階段を降りた先、少し視界の開けた場所に差し掛かると──そこには幻想的な風景が広がっていた。ひかる琥珀蜜糖から溢れる光を、別の蜜糖が跳ね返してはきらめいて、洞内をひかりで満たしていく。琥珀蜜糖自体も千紫万紅、あらゆる宝石めいた色を内包して、岩陰や天井に輝いて居る。まさに圧巻と言うに相応しい光景に、賀茂・和奏(火種喰い・h04310)がほぅ、と溜息をはいた。暫し眺めに見入ってからは、肝心の採取を思い出し、散歩の要領で目に入った琥珀蜜糖からどれにしようかと悩み出す。
「色ごとに味も違うみたい?だし、どれを分けてもらうか悩むなぁ」
 赤一つとっても林檎か苺かさくらんぼか。それが虹の色数よりもたくさんあると言うのだから、理想を追い詰めたらとても一日では足りないだろう。ひとまず|紫水晶《アメジスト》と|蒼玉《サファイア》の色味が気になって、道すがらにふたカケラをペリッと剥がす。然程力を入れずとも取れたそれらを、一つずつ口にすると──紫水晶は葡萄とベリーを合わせた中に、百花蜜が混ざる甘やかさ。蒼玉は発酵の妙なのか、僅かにシュワっと炭酸めいたミントとレモンの爽やかな味わいが楽しめた。
「…どっちも好きだな!」
 まさに甲乙つけ難い味の良さに、和奏が引き分けを言い渡す。然し自分用はかりに楽しんではいられないので、幾つかは手元に確保した後、蒼玉の琥珀蜜糖をパフェに使うことを決めた。必要分が確保できたなら、次に気になるのは竜蜂鳥のこと。琥珀蜜糖を生み出した彼らに、頂く分のお礼がしたくて水辺に向かいその姿を探す。幾らか歩いたところで、泉の水面をなぞって遊ぶ竜蜂鳥を見つけ、和奏がそっと目尻を下げる。手渡す用に買っておいたベリーを落葉に乗せて、ゆっくりと舞い飛ぶ竜蜂鳥に見えるよう置いてやる。付かず離れずの距離で様子を見て居ると、気づいた一羽がそろりと飛んでくる。僅かに悩む様子は見せたが、好物を前にはすぐに警戒も解けたようで、啄んで食べてはキュルル、と嬉しげに喉を鳴らす。更に和奏が追加のベリーを手に乗せ差し出してみると、すっかり慣れた様子の竜蜂鳥がそのまま食べに寄ってきて、甘いベリーにご満悦な様子を見せた。食べ終えると何を思ったか、クイクイと和奏の袖を引くのでついていくと、巣らしき樹のウロからキラキラとしたプリズムの琥珀蜜糖をコロリ、と一欠片分けてくれた。お礼のお礼になったことには僅かに苦笑を浮かべたものの、くれた気持ちは嬉しかったので、素直に受け取り大事にしまい込む。
「綺麗で美味しいを、ありがとうな」
 感謝を述べて、指先でそうっと柔らかな襟巻を撫でてやると、竜蜂鳥からいっとう甘やかな鳴き声が帰ってきた。

シルヴァ・ベル

 
「宝石商として…この洞窟を見たかったんですの」
 皆が歩いて降りていく階段を、ふわりふわりと舞うように飛ぶ姿がひとり。竜蜂鳥のような鳥の羽ではなく、蝶の翅を背に持つシルヴァ・ベル(店番妖精・h04263)が、期待を込めて呟くものは──パッと視界が開けた先に眠っていた。

淡くひかる|蒼玉《サファイア》から、岩陰にクラスターを作り出す|紫水晶《アメジスト》。樹枝の先に果実のように張り付くのは、|紅玉髄《カーネリアン》に|柘榴石《ガーネット》。全てが宝石の色を湛えながら煌めくここは、あまり幻想的で美しくて。

「こんなに綺麗な景色があるなんて!」
 パタタ、と翅を振るわせ感動するシルヴァの瞳もまた、宝石のように輝いていた。
「本物ではないからこそ、これだけの宝石が一堂に会するんですのね」
 ほぅ、と溜息をついて手近な石を覗き込むと、やはり本物とは僅かに輝きを異にするのがわかる。ここにあるのはあくまで琥珀蜜糖であり、実際の宝石ではない。然しだからこそ、本来なら隣り合うことの叶わない宝石たちが集う、夢のような光景が広がるのだ──これこそ、浪漫と言うもの。この光景は写真に映すより、心に焼き付けて大事にしまっておきたい、と願うのもまたシルヴァなりの浪漫だろう。それに光の加減で刻々と変わるきらめきや、洞内を満たす爽やかで甘い蜜の香りも縫い止めるなら、きっと写真では足りないはずだ。
「ところでこちら、食べられるのですよね?……誰も見ていませんわよね」
 記憶に留めようと意識を走らせ、ふと甘い香りの存在に気づいてしまうと、次に気になるのは琥珀蜜糖の味だ。見咎められることはないにしても、何となく『宝石を喰む』と言う行為に背徳が募るのか。周囲に人影が無いことを確認してから、シルヴァが岩陰から小さな一欠片を剥ぎ取り、そろりと口にする。──手にしたのはとろりと艶めいた|緑玉髄《クリソプレーズ》。爽やかな色味に違わず、カリリと表面を噛み砕くと溢れるのは青リンゴの瑞々しい味わい。更に奥からエルダーフラワーの花蜜が加わったなら、シルヴァの瞳もとろんとやわく細められた。
「ああ、なんて優しいお味なのでしょう…果物と蜜の風味が柔らかで」
 甘やかで、華やかで、爽やかで。果実そのものの風味は失わないのに、甘さも香りもぎゅうっと煮詰めたように芳醇で。琥珀蜜糖ならではの味わいをすっかり気に入って、シルヴァがお土産の持ち帰りを心に決めた。ふつうの一欠片では少々シルヴァには大きいので、蜜糖の周囲に張り付く小さめのものを選んで削いでいく。籠にあらゆる色が集う頃には少々重さが嵩んだが、見た目より膂力のあるシルヴァには寧ろ幸せの重みと言えた。
「竜蜂鳥には感謝しなければなりませんわね。あの子達が食べるものを探してみようかしら…」
 良い作り手にはぜひ賞賛を、といそいそ自分の手土産から何か見繕おうとしたが、生憎ショコラの街で買ったのはチョコに因むものばかり。モンスターとは言えベースは動物に近いだろうし、花を好むとは聞いても──たぶん、恐らくは。
「…チョコレートの花ではだめですわよね?流石に…」

──そこにはショコラの花束を前に、暫し竜蜂鳥へ渡す品選びに悩む妖精の姿があったとか。

ナギ・オルファンジア
ジャン・ローデンバーグ
兎沢・深琴
七・ザネリ

「これがダンジョン?なんか、もっとゴツゴツしててヤバイとこだと思ってた」
「ああ、俺もダンジョンってのはもう少し血腥いもんかと。」
 迷宮へと向かう階段を降りた先、パッと視界の開けた洞内を前に、男2人── ジャン・ローデンバーグ(裸の王冠・h02072)と七・ザネリ(夜探し・h01301)の感想は、こうだった。危険性の低さを説明されていたとは言え、ダンジョンはダンジョン。ふたりが抱いていた想像や懸念は最もな話だか、琥珀蜜糖の迷宮はそれら全てを裏切って行く。

──厳つい岩肌を覆うのは、数多の色に輝く琥珀蜜糖たち。赤に紫、青に緑。中には淡く発光するものもあり、溢れた光が蜜糖に跳ね返り反射して、洞内をきらめきで満たして行く。

「はぁ…綺麗。実際に見ると想像以上に素敵な場所ね」
「明るいね、それにとてもきれい」
 思っていたよりずっと幻想的な景色が広がる迷宮を前に、兎沢・深琴(星に魅入られし薔薇・h00008)は頬に手を当てうっとりと、ナギ・オルファンジア(Cc.m.f.Ns・h05496)は興味深そうに辺りを見回した。ひとまず危険はなく、美しい場所だとの共通認識を持てたところで、やはり気になるのは琥珀蜜糖の味。爽やかで甘い香りがあたりに漂って居るし、食べられるとも聞いてはいるが、岩場から覗く琥珀蜜糖は宝石や水晶そのものに見える。やや躊躇が見られるなか真っ先にペキッと剥がしにかかったのはナギ。そのまま手頃なサイズの紫色したカケラをポイと口に放り込むと、すぐにふわりと笑みを浮かべた。
「不思議な食感に、中がこれは葡萄酒?ふふ、あまりの美味しさに酔ってしまいそう」
 表面は飴のようにカリリと、中はシャリシャリとグミに似て、そして最奥からトロリと溢れる蜜は香り高く。あらゆる食感と含んで甘やかにほどける琥珀蜜糖に、次はジャンが手を伸ばす。剣のように細く長く伸びたクラスターからえいっ!と一本を折り取ると、光に翳され|蒼玉《サファイア》の色がより深みを帯びる。
「すげー良い色!このまま冠の飾りにも出来そう!」
「王冠に載せんのか?……動物が寄って来そうでいいじゃねえか。なかなかに愉快だ。」
「そうか?ま、これは食べる用だけどな!」
 そう言ってジャンが琥珀蜜糖の先端を齧り取ると、発酵の妙で得たシュワシュワの炭酸に、青林檎とレモンの花蜜が爽やかに香る一品だった。
「うま!これ冷やしたら夏場に良さそうだなー」
「…本当に食べれるのね?」
 ナギとジャンが臆せず食べるのを見て、深琴も恐る恐る目の前のカケラを剥がしとる。深い橙色を湛えたそれを口に含み、まずは飴のようにゆっくり舌で転がしてみると。
「これは…オレンジかな。甘みと酸味の両方の良さが感じられるわ」
 ふわりと香る柑橘の爽やかさに、甘酸っぱいオレンジの味わい。更に奥に潜んだ百花蜜の甘さが加われば、香りの余韻だけを残してしゅわりと消えて行く。
「さっきチョコレート楽しんだばかりなのに、これならまだ余裕でいけそう」
 思ったよりもずっと軽い口当たりに、深琴が抱えていた不安を笑みに変える。
「……見事なもんだな。発光してんのもあるから、光が要らねえのか。光源にも、食糧にもなる、と。便利なもんだ。」
 3人が味の感想を述べてるのを見て、腰の重かったザネリもようやく興味が向いたのか。発光する琥珀蜜糖を、ペキリと剥がして手のひらの上で観察する。そして意を決して口に放り込むと──
「………岩、食ってるみてえで慣れないが、確かに新しい。」
 一瞬歯にガリッと当たる感触は、岩肌から生えたのを目の当たりにした後だとやや怯むものがある。然しすぐにその歯触りを洗い流すように、林檎や桃に似た風味の味わいが、エルダーフラワーの花蜜の甘味と共に押し寄せてくる。見た目に美しく、味もよく、また凡ゆる種類があるなら商売にも使え──

──キュウ クルルっ!

 …と、うっかり思考に耽りかけたところで、耳慣れない鳴き声が迷宮に響き、皆がそちらへ視線を向ける。そこには、奥に見える水辺を舞う鳥が一羽──サイズはおおよそカラス大、翼や嘴からパッと見は鳥の印象を受けるが、ふさふさとした蜜蜂カラーの襟巻と四ツ足な辺りはモンスターらしさもある。
「あれが竜蜂鳥?なんかぼんやり光ってるな」
「コレ、作ってんのが、あの鳥ってのがまた面白い」
「琥珀蜜糖のお礼もしたいし、食べ物見せたら来てくれるかしら」
 姿を見せた竜蜂鳥に、ジャンと深琴に、ザネリも興味深そうに視線を投げかける。こちらには気づいて居るようだが、逃げるでもなく距離を詰めるでもなくふわふわ飛ぶ姿に、どうしたものかと悩んで居ると。
「竜蜂鳥すごい…!普通の鳥には好いてもらえないナギですが、モンスターならいけてしまうのでは?と思って、張り切って果物と花蜜買ってきました!…けど、重っ…」
 待ってましたとばかりに、ナギが準備して持ってきていた籠を披露する。然し期待の重さに詰め込みすぎたせいか、どっしりと重量のある籠を持つナギの腕はプルプルと震えていた。
「ナギナイス!俺もやってみていい?……あー、半分持つよ」
「ナギさん、持つの手伝うから私にも分けて」
 荷物の負担を申し出ると、不安げだったナギもパッと表情を明るくして意気込みを新たにする。
「あ、おーさまと深琴君、お手伝いありがと。みんなで鳥さんに貢ごうね!」
「おお、ナギ、準備がイイじゃねえか。よし、やれ。」
 軽く分配が終わったところで、ショコラの街と変わらず一歩引いて見守るつもりらしいザネリに、3人がずずいと詰め寄って立ち位置を同じくする。
「ナギは『みんなで』って言いましたよ?」
「ザネリもそう言わず、折角だからみんなでチャレンジしようぜ」
「やってみないと分からないから、だからザネリさんも…ね」
 3人からぐいぐいと押し出され、初めは抵抗しかけたザネリも多勢に無勢と悟り、やがて流されるままに水辺への道を共にした。
「………俺も持つのか。ならお前もやれよ、深琴。嫌いじゃねえが、好かれた試しがねえ。」
「はいはい、一緒にね。…王様がいたら警戒心弱まらないかな」
 辿り着いた水辺には、見えるだけでも数羽の竜蜂鳥が遊んでいて、4人の姿が見えると少し気になったのか視線が刺さる。逃げられる前にとジャンが房に裂いたオレンジを手に乗せ、近くの竜蜂鳥に差し出す。すると果物の香りには敏感なのか、すぐに2羽程が近寄ってくる。そのままゆっくり待てばやがて啄みだして、餌に喜んだのかクルルと喉を鳴らすような声が響いてきた。
「いけた…!食べてくれると、ちょっと嬉しい気分になるな!」
「良いなぁ。こっちもどうかな、来てくれ……あ、わ…かわいい」
 真似るようにナギがさくらんぼを差し出すと、ジャンのおかげで警戒は解かれたのか、また別の数羽が寄ってきて美味しそうに啄みだす。
「みて、みて、きれいな胸襟に足が4本、素敵」
「本当、モンスターなんて思えない可愛さ。…おお…こっちにも来た」
 花蜜の瓶を手にした深琴にもいつの間にやら竜蜂鳥が寄ってきており、気づけば蜜を舐める順番を競うほどになっていた。
「おーさまと深琴君には来てくれてるね。意外なのは…ザネリ君?」
 全員の集まり具合を見ていたナギがそう口にすると、ジャンと深琴がザネリを振り返り驚きに目を見開いた。──刺激しないようにと棒立ちになったのが、返って樹木と間違われたのか。頭に肩に腕にと器用に竜蜂鳥を集らせて、もはや止まり木もかくやのザネリが仏頂面を困惑に歪ませていた。
「おい、こっちに来やがった。……なんとかしてくれ。」
 いつもの不機嫌声よりやや細いあたりにも困って居るのが伺えて、思わず3人が光景の微笑ましさに笑い声を上げる。
「ははっ、なんだよ!嫌そうにしてた癖に一番人気じゃんか!」
「背が高いからかなぁ、うらやまし…」
「ふふ、写真にでも残しておく?」
「だから、なんとかしろって言って……いや待て撮るなよ、写真なんざ、なぁ、おい……!?」
 ──果たして写真に残せたかは定かではないが、迷宮の冒険が記憶の1ページに記されたのは、きっと間違いないだろう。

集真藍・命璃
月夜見・洸惺

──下へと向かう階段を降りた先、迷宮を見渡せる少し開けた場所に降りたつと、そこには幻想的な世界が広がっていた。淡く発光する蜜糖から溢れるひかりが、また別の蜜糖のひかりと合わさり跳ね返し、洞内にキラキラとした輝きが溢れている。加えて迷宮の内は果実と花蜜を含んだ、瑞々しくも甘い香りに満ちていて。
「わ、これが琥珀蜜糖なんだね……!水晶みたいにキラキラしてて、食べられるなんて不思議……!」
 蜜糖にも負けないきらめきを瞳に宿して、月夜見・洸惺(北極星・h00065)がわぁ、と感嘆の声を上げる。
「すごいよね!食パンちゃんはどれが好きかなぁ?」
 同じように楽しげに琥珀蜜糖を見つめながら、集真藍・命璃(生命の理・h04610)が足元を走るコーギー犬──食パンちゃんの好みを想像する。
「甘ーい紅玉髄?それとも爽やかな蒼玉?いっぱいあって、どれから食べるか迷っちゃうね」
 岩壁を覆う琥珀蜜糖を指差して、どれにするかと迷っていると、洸惺がひと足先に恐る恐る岩壁からパキリとカケラを採って、口に運ぶ。
「本当だ、甘くて美味しい……!」
 |菫青石《アイオライト》の色をした一欠片は、ブルーベリーの甘やかさと百花蜜の華やかさを秘めており、齧ればじゅわりと口の中が幸せで満ちた。追って命璃も同じ色のひとかけを口にして、満面の笑みで思わず頬を押さえた。
「これは摘み食いじゃないよ?味見だよ?」
 なんて誰とは無しに言い訳して、けれど味見と言うにはもう一つ、あと一つと手が止まらずに、どうしよう…!と誘惑と困惑を行き来する。
「うん、美味しいから仕方ないよね。……で、僕の三頭犬は呼び出してないのになんで来てるんだろ……こういう時だけやる気を出すんだね……」
 命璃を見守る傍ら、いつの間にやらそばにいたケルベロス──もとい三頭犬も、琥珀蜜糖には興味があるようで。いつもの眠たげに細められた目が嘘のように輝いている。その後ろで、尾の蛇がおろおろして居るにもかかわらず。
「ほら、尻尾の蛇も困ってる……」
 呆れた洸惺の釘刺しもなんのそので、三頭犬が近くの琥珀蜜糖をペキパキ食べていく。どうやら頭ごとに好みが違うようで、あちこちの蜜糖を味見しながら漁るせいか、気づけば毛皮にカケラがいくつも絡んで居る。ジャンプすればジャラジャラ溢れてきそうな有様に、後で毛梳きが大変そうだと溜め息をついてると、突如一際元気な命璃の声が鼓膜に刺さる。
「あの子たちは竜蜂鳥ちゃん!?でも私には食パンちゃんっていう可愛いコーギーが……!」
 どうやら岩陰からのぞいてたらしい竜蜂鳥を見つけ、命璃がはわわと歓喜に満ちた悲鳴を上げる。羽毛と獣毛の合いの子といった毛皮を纏った竜蜂鳥に、そのまま思わずジリジリと近寄ってしまうのは、もふもふ好きとしては致し方ないことなのであって。
「浮気じゃないから!だから許して、食パンちゃん!……もふもふだあっ!」
 今度は食パンちゃんに言い訳をして、竜蜂鳥のふわふわ襟巻に手を伸ばす。然し残念ながら空を飛べて小柄な彼らは容易には捕まらず、命璃アタックもあっさり避けられた。そんな小さな攻防を出来れば見て見ぬふりしたかった洸惺だが、当の命璃から洸惺の方へおねだりに来るのだから、無視することも出来なくて。
「きっと洸惺くんの後輩くんなら、あの子たちが好きな果物を見つけてきてくれるよね?それで……もし仲良くなれたらあの子、連れ帰っちゃダメかなぁ?」
「……竜蜂鳥は連れて帰れないよ?」
 命璃お姉ちゃんが楽しそうならそれで良い──基本的にはそうは思いつつ、ダメなところはきっちりノーが言える洸惺だった。

椿紅・玲空
ララ・キルシュネーテ

──タンタントトン、と軽快に。階段を下へ下へ降りていく。
「街ではたっぷりチョコを満喫できたわね」
「ん、色んなチョコを味見できて面白かった」
 ララ・キルシュネーテ(白虹・h00189)の軽やかな問い掛けに、椿紅・玲空(白華海棠・h01316)が口にしたチョコレートの味を思い返しながら頷く。
「次はさっぱりとした物を食べたい気分よ」
「…まだ食べられるのか?」
 タンタントトン。街ではその小さな体躯のどこに入っていくかと不思議なくらい、あれこれと甘味を食べていた。そんな玲空の心配混じりの質問に、ララはただふ、と目を細めて答えて見せる──勿論よ、とは赤花に乗せて、最後の段を一跨ぎにした。
「玲空、みなさい。此処が琥珀蜜糖の水晶ダンジョンよ」
 そうして現れた洞内を、まるで手中にしたかのように。まぁるく湛えた手の内から遠景を覗くようにして、ララが得意げに玲空へと見せる。
「へえ、本当に琥珀蜜糖が水晶みたい。あれが食べられるのって不思議」
 望遠鏡よろしくララの手から迷宮を眺め、玲空が素直に感嘆を述べる。岩肌を覆い尽くす、淡く光を溢す|蒼玉《サファイア》。剣山の如くクラスターを形成する深い色合いの|紫水晶《アメジスト》。樹木の枝に果実のように張り付くつるりとした艶の|紅玉髄《カーネリアン》に|柘榴石《ガーネット》。そこかしこにきらきらと光を放つ琥珀蜜糖達は、甘やかな香りを纏ってどんな宝石たちより美しく映る。
「なんて…蠱惑的」
 ほう、と恍惚の溜息を吐くララに、玲空が見守るように視線を投げる。すると夢をみるようだったララの瞳がパッと気合を帯びて、2人の視線が重なり合う。
「さぁ、デザートの時間よ。まずはララの瞳と同じ、赤い蜜を味わいましょう」
「いや、さっきのチョコも十分デザートだったと思う」
 玲空の最もなツッコミは聞こえなかったからスルーしたか。ララが心持ち勇ましくあちこちを探す姿に、聞いてないな、と諦めて玲空も後ろにつきながら琥珀蜜糖を眺めて回る。そうして暫く探して居ると、岩陰にこれぞという|紅玉《ピジョンブラッド》を見つけて、ララがペキリと剥がすやすぐに口へと放り込む。
「これは…オレンジと蜜の甘さがたまらないわ。ほら、玲空にもわけてあげる」
「オレンジ味?ありがとう。…ふぅん、程良い甘酸っぱさで美味しい。一瞬ひんやりするのも面白いな」
 差し出された一欠片を喰んで口の中で転がすと、ヒヤリとした冷たさと歯に当たる硬質な感触が新しい。一瞬本当に宝石を口にしたかのような、なんとも背徳的な心地がする。然しそのままカリリと砕けば、内側からは瑞々しいオレンジの香りと味わいが口いっぱいに広がり、最奥から甘やかな蜜が合わさっては蕩けてしまう。これでは、他の色の味わいにも期待が高まると言うもの。まだまだ食べるつもりのララが、玲空へ次の相談を持ち掛ける。
「玲空はどの琥珀蜜糖から食べるのかしら」
「私は…蒼玉みたいな蒼にする」
「素敵。なら、ねぇ、半分こしましょ。その方がたくさんの蜜を味わえるもの」
「ああ、いいよ。半分こしよう」
 万色千香の琥珀蜜糖は、きっと分け合ったって食べ尽くせない。それでも半分こにすれば、ひとりで食べるよりも多い数を、互いに同じ味を覚えあえる。

── |蒼玉《サファイア》は林檎に檸檬が駆け抜けて、さっぱりと。シャリシャリとした食感もまた、舌に楽しくて。

──濃く甘く酩酊誘う紫には、ふわふわぽやぽや浮かれたり、目を白黒させたり。

他にも赤や白を分け合って、味わって。その全てが甘くて爽やかで香り高くて──
「噫、全部美味しいわ!」
「ん、美味しかった。お土産に持って帰りたいくらい」
 十分に舌が満たされれば、ララと玲空の顔に琥珀蜜糖にも勝る甘やかな笑みが浮かぶ。
「誰かと食べるのは面白いし、ひとりより美味しい気がする」
「ふふ、美味しいを共有できるって…しあわせね。でもまた花より団子になってしまったかしら?」
「いいんじゃない?花より団子、ララらしいよ」
 そんなところがまた楽しいのだと、額を寄せてクスクスと、ふたりの少女が笑いあう。

──それこそが迷宮に咲き誇る『花』だとは、きっとまだ気付かぬままに。

十二宮・乙女

「ここが琥珀蜜糖のダンジョン……キラキラとしていて素敵です」

 階段を下った先、少し開けた洞内を見渡せる場所に立ち、十二宮・乙女(泡沫の娘・h00494)がふと足を止めた。──琥珀蜜糖から溢れたひかりを、別の蜜糖が受け止めては煌めいて反射して。赤に紫に青にと、あらゆる色を纏いきらきらと迷宮の内を満たす。そして漂う空気も甘く瑞々しく、果実と花蜜の香りを束ねたようで好むものならいつまでも浸っていたくなるほどだ。その甘やかに美しく幻想的な景色を前に、つい時間を忘れてゆるりと見惚れてしまいそうになる。
「っと、感動している場合ではないですね。素材を集めませんと!」
 ハッ、と乙女が我に返りここまで足を運んだ理由を思い出す。この先のパフェを作ると言う目的のためにも、琥珀蜜糖の採取は必須。しかし淡くひかりを湛えた甘やかに香る蜜糖や、絵本の内でしか見たことが無いようなあらゆる宝石の色が集う光景には、ついつい何度か足が止まってしまって。
「うぅ、お祭りもこのダンジョンも見応えがありすぎて、脱線ばかりしていますね」
 自省を口に再度歩き出す乙女だが、きっとその言葉が街に届いたならば、人々に笑顔をもたらしたことだろう。──祭りは本来、皆が楽しみ喜ぶためのもの。ならば1日も早く楽しむことが脱線ではなく本懐へと戻すためにも、パフェの材料選びは重要だ。然し紫水晶に紅玉髄に蒼玉…岩肌に並ぶどれもが魅惑的で、これと一つに決めるにはあまりに甲乙が付け難い。
「……いっそ全種類採ってしまいましょうか」
 ならばと導き出す答えは、多少手間はかかるものの、後のことを考えれば選べてよし盛ってよし、何より余れば持ち帰ってよし、で割と良案と言えた。暫しあちこちからあらゆる色と香りの琥珀蜜糖を集めて、籠をいっぱいに満たす。そうしてある程度収集を終えた後に乙女がもう一つ挑戦したかったのは、竜蜂鳥との邂逅だ。
「警戒心の強いモンスターとの事ですし、何をあげましょうか……」
 街で買い上げた瑞々しい果実、その中から柔らかい桃と硬めの林檎を、加えて花も何輪か選んで取り出す。固いが良いか柔らかいのが好みか、はたまた蜜に溢れた花の方が好みだろうか。未邂逅のままでは何が正解かわからずついまた悩んでしまうが、代わりに出来るだけの用意はしたつもりだ。きっとどれかには当たりがあると願って、乙女が水辺へと足を向ける。──そうして心尽くしの果物と花を差し出せば、乙女の肩に柔らかな襟巻の竜蜂鳥が止まるまで、然程の時間はかからなかった。

第3章 ボス戦 『パフェ・スイート』


──甘やかなショコラの祭りを経て、美しい琥珀蜜糖の迷宮を踏み越えて、辿り着いた先。

 さながらホールのように大きく広がった迷宮最奥の空間に、その敵は立ち塞がっていた。

「うふふっ…待っていたわよ冒険者たち。私のためにわざわざ素敵な素材調達、ご苦労様っ💕」

 ペロリと唇を舐め、パフェ・スイートが策略通りとでも言いたげに得意満面の表情を浮かべる。

「チョコのお祭りに迷宮の琥珀蜜糖…そこに私パフェ・スイートがいるとなれば、みんな私の気を引くために甘味を手にここまで来ると思ってたのよ」

 ふふんと胸を逸らし、自慢げに自らの策を披露する。

「わざわざ買って集めなくったって、自動的に持ってきてくれるんだから…ほんとわざわざご苦労さま♪ま、でも私も?別に?あなた達を特別どうこうしたいって訳じゃないのよ。おとなーしく素材を置いてくなら何にもしないわ。…ま、まぁ?それか…パフェを作るって言うなら?手を出さないであげるけど。パフェは至高だからね、その作り手を傷つけるわけにはいかないもの。

そう例えばチョコバナナサンデーとか桜モンブラン抹茶あずき和パフェとか琥珀蜜糖たっぷりのキラキラ鉱石風パフェとか…ああ苺もそろそろ時期よねホワイトチョコと合わせてショートケーキに見た目を寄せても素敵だしそれにそれに…ううん、違、そうじゃなくて」

 ──元々危険度の低い迷宮とあって、最奥の此処は琥珀蜜糖の輝きを楽しみながら飲食も楽しめる名物スポットになっている。その為パフェ作りや実食をする為の鏡岩を流用したテーブルや椅子の類は勿論、飲んでもOKな岩清水に、恐らくパフェが持ち込んだだろうボウルやホイッパー、盛り付け用のグラスの類と、パフェを作るに必要なあらゆるものは揃っている。

「……さぁ!私のために至高のパフェを作っ……じゃなくて!あなた達の持ってる素晴らしい食材をよこしなさーい!」

喋るだけであちこちから漏れ出る|パフェへの執念《故のチョロさ》を相手に、いざ行け能力者達よ!作るもよし、食べるもよし、振る舞うもよし。待ちに待っためくるめくパフェタイムを楽しむのだ──!!

「ちょっと!私を無視しないでよねっ!?」
楊・雪花

──美しい迷宮を踏み越えた先に、唐突に待つ冒険者。それも戦いに勤しむでなく、甘味をせびる変わりものがいたとなれば、大体は引くか驚くかする場面のはず。が、事前情報も手伝ってか、楊・雪花(雪月花❄️・h06053)は特に狼狽えるでもなく、パフェ・スイートの前に立ちはだかった。その瞳を、陽光の元に舞い落ちる六花の如く輝かせながら。
「パフェの名前の由来…真偽の程は確かではないですが、『パーフェクト』からきてるってはなしですよね。」
「へぇ、そうなんだ?確かにパフェは至高にして最高だから納得よね!」
 自身の名前にもなっているパフェを、|完璧《パーフェクト》と言われて悪い気はしない。それがパフェ・スイーツちゃんほど|素直《チョロい》な者なら、打てば銅鑼の如くに響いたことだ。
「そんな『パーフェクト』なお菓子。パフェ。奇遇ですね。私も大好きです!!!」
「まぁ素敵!!ってあなたちょっと近くな……いや近い近いちょっと」
 グイグイ迫る雪花にやや狼狽えつつ、あまりに喜色満面にパフェを語りつつ寄られては逃げるにワンテンポ遅れてしまい、気がついたらガッシィ!と手を握られていた。
「あなたの為にも私の為にも素敵なパフェを作りましょう!」
「は、はい……!って、あ、あれぇ…??」
 もはやどちらがパフェ作りを唆した相手なのか分からないレベルの思い入れよう。雪花もパフェ・スイートが敵だということをすっかり忘れて、さて何から作ろうか、とウキウキワクワク準備に取り掛かる。
「どんなパフェがお好みですか?私はアイスクリームがいっぱいだと嬉しいです。」
「あら素敵!わたしは美味しく美しく、それと当然甘ーいパフェが好きよ。だからアイスは大歓迎ね。あとは…季節の果物なんてのも最高!」
「良いですね!では苺を使いましょう。アイスはシンプルにバニラが良いでしょうか」
 語り合っているうちに見えた方向性に沿って、雪花がパフェグラスを手に盛り付けを始める。まずはバニラアイスを一番下に、その次に断面が見えるように半分に切った苺を並べる。更にコーンフレークを使いがちな中間層に、細かく煌めく琥珀蜜糖をたっぷりと入れて、外から見てもキラキラと美しくなるように仕込む。更にアイス、苺と繰り返し、一番上には大きめの琥珀蜜糖を贅沢にゴロゴロと飾りつければ──
「オンリーワンのパフェの出来上がりです♪」
 どうぞ!と完成品をテーブルに乗せて差し出せば、琥珀蜜糖にも負けないくらい顔をパッと輝かせてパフェが黄色い悲鳴をあげる!
「きゃあぁぁぁ素敵!やっぱりこれよ!このキラキラよね!もう見てるだけでときめいちゃうのに、食べても甘いんだから最高!ここに来てよかったぁ」
「ふふ、さぁ、いただきましょう♪」
 大喜びのパフェに微笑みつつ、ちゃっかり自分用のパフェもきっちり作り込んだ雪花が向かいに座る。見て美しいパフェを楽しんだ後は舌で楽しむ番。暫しバニラアイスの甘さと苺の甘酸っぱさ、そして琥珀蜜糖の蕩ける香りを楽しむ乙女たちの声が、迷宮いっぱいに響いて居た。

香久山・瑠色

 ──迷子ツアーの賑やかなひと時から、しばらく後。幸い後半はシンプルな一本道のおかげで、先の様に迷うことはなく。迷宮の最奥にて立ちはだかるパフェ・スイートを前に、香久山・瑠色(何も忘れない永遠の迷子・h03107)が対峙して居た。──たったひとりで。
「うふふ、よく来たわね!…ってあら、あなたお一人?さっきグループで来てなかった?琥珀蜜糖もたっぷり取ってたはずじゃ…」
 と、琥珀蜜糖の手持ちもなく仲間も居ない瑠色に、パフェが首を傾げて尋ねる。
「ん?いや、お土産いっぱいになったので、先に持って帰ってもらいましたけど……烏戸に運搬手伝わせてますし。…と言うか知ってるってことは、何処かで見てたんですか? 」
「へっ!?べ、別に誰が来るか下調べしとこーって影から覗いてたりしてないんだからねっ!?」
 綺麗に語るに落ちて、しまったー!と頭を抱えるパフェをやや温く見守っていると、逆に“なら何であんただけ居るのよ”と問うようなジトーっとした視線を向けられて、ああ、と瑠色が声を上げる。
「で、僕がどうしてここにいるかって?あ、迷子になったわけじゃないですよ。」
「なら、なんで──」
「あなたがいることは知っていたので、せっかくですから何か作っていこうと思いまして。」
「…わっ、わたしのために?」
 チョロさのあまりちょっとキュンとしてしまったパフェちゃんの内心はつゆ知らず、瑠色がいそいそとテーブルの一角に陣取り、烏戸から果物を受け取って準備を進める。
「烏戸が獲ってきてくれた果物が残ってるんです。フルーツパフェとかどうですか? 」
「…最高じゃない!新鮮な旬のフルーツはそれだけで素晴らしいからね、パフェにしたらもう至高確定よ!」
「良かった、他に好みはありますか?」
「そうねぇ、やっぱり甘いのは外せないからクリームとかカスタード、アイスのあたりはマストよね。後は食感のアクセントにシリアルとかクラッシュクッキーなんかの層も良いわね」
 パフェとなればいくらでも喋れるのか、好みをめいっぱい語るパフェに、瑠色が頷き同意する様に話を広げる。
「シリアル…最近のパフェはグラノーラが多いですけど、僕はシリアルが入ってるの好きですね。」
「あっ分かるわ。グラノーラはグラノーラでわたしは好きだけど、香ばしいシリアルもあれならではの良さがあるのよね。アイスとかクリームと一緒に食べるパリサク感はやっぱりシリアルじゃないと、って気がしない?」
「お、話が合いますね。シリアルも前半で食べるのと後半で食べるので──」
「そうそう、パリサクのままかちょっと柔らか派でまた話が──」
 …と、意外な部分で意気投合し、暫し『パフェのシリアルの食べ頃はいつか』論議に始まり、パフェについてのこだわり話からパフェの実食まで、熱く話に花が咲いたようだった──敵だけど。

野分・風音

「ここが最奥かぁ。思ったより広ーい!」
 迷宮も楽しむ様に突き進み、辿り着いた最奥にもやはり目を輝かせ、野分・風音(暴風少女・h00543)が広々とした空間に声を響かせる。一通り、ぴっ、と体で大雑把サイズを測ってみても、風音の身丈ならば踊って跳ねてもなんら問題ない広さが確保されている。勿論能力を使って大暴れ…となると、安全性までは分からないが。更に岩を鏡面のように削り出したテーブルや椅子に、調理器具とパフェ向きのさらにと設備は十分すぎるほどに整っている。
「道具や食器も充分だし、とびっきりのパフェ作るぞー!」
「あら、やる気十分じゃない!良いわね、その調子でわたしに素敵なパフェを作っ…」
「……あ、アナタがパフェ・スイート?悪いけど今パフェ作るのに忙しいから後でね!」
「えっ、あっ、はい……ええー…」
 趣旨としてはなんら間違ってないのだが、サクッと脇に置かれたパフェちゃんがやや不満げな声を漏らす。が、風音は微塵も気にせず材料を広げて、いざクッキング!

── まずはパフェグラスの底にミルクプリンをそっと落とし込む。カタチをなるべく崩さないようにしたら、その中に隠すようにさっき買ってきたチョコイチゴを、お楽しみ要素としてひとつぶ沈めて。お次はバナナアイスとチョコアイスを選んで、綺麗に色が交互になるよう重ねていく。このチョイスには味もさることながら、色が大事であって──
「イメージは竜蜂鳥カラー!中々上手くいったかな?」
 グラスの外から色合いをチェックし、お次は生クリームをくるりと絞り乗せて、さらにカットフルーツとエディブルフラワーを飾る。そして最後に竜蜂鳥からもらった透明な琥珀蜜糖を乗せれば、ボリュームにも見た目にも素晴らしい一品が出来上がる。
「じゃーん、『ショコアトルと竜蜂鳥の恵みパフェ』完成!」
 どーん!と完成品をテーブルの真ん中に置いて風音が披露すると、パフェちゃんがきゃあ!と嬉しげな悲鳴をあげる。
「素敵素敵!街の特徴をうまく活かしてるわ。チョコに竜蜂鳥カラーに、琥珀蜜糖も抜かりないわね。これならお祭りで人気の看板商品にだってなれそうよ!それじゃ、早速いただき…」
「早速いただいまーす!」
ぷすっ。
「あれぇ!?」
 パフェちゃんの品評が終わるや否や、風音が早速と自作のパフェにスプーンを差し込み、自分の口へと運ぶ。元より何もパフェちゃんの為のつもりはなく、自分で食べる用に作成したまで、なのだから。
「……んー!クリームもアイスも絶品だし、なにより琥珀蜜糖が繊細で上品な味わい!」
 カリッと砕くと溢れる花蜜の甘味と香りに、チョコアイスとバナナの王道の組み合わせ。生クリームが混ざることによってまた味わいにまろやかさが出て──
「ねぇ、わたしの分は無いのー!?」
 流れでおあずけ&見せつけが発生したパフェちゃんが、涙目で叫ぶ声がこだました。

賀茂・和奏

──祭りに集まる人から、甘味を頂いてしまおう!

 狙いはともかく、ようはお祭りに託けた人様からのぶんどり作戦。それをかくも名案と言いたげに披露するパフェ・スイートちゃん。迷宮の最奥でそんな脇の甘い計画を聞かされた賀茂・和奏(火種喰い・h04310)は──
「なんて策士なんだー」
 腹話術人形もかくやのカクカクした動きで、棒読みの褒め言葉を口にする。幸いパフェちゃんは額面通り、褒め言葉と受け取って胸を逸らしている。ああなんて|素直《チョロい》んだ。然し争いたい訳ではない和奏側としても、ちょっとした貢物で事態が収まるなら万々歳である。
「満足したら大人しくしてくれるって言うなら御の字だよ。平和的解決は歓迎!だ」
 準備も万端とばかりにテーブル椅子から調理器具も揃っているのを見て、折角だからと作る側での参加を決めた。まずは入れ物からと探し始めるものの、然しこれがまた種類が多い。一般的な縦長のパフェグラスから、いわゆるプリンなどをメインにするサンデーグラス。舟形に深い浅いも入れると数限りなく並んでいて、パフェへの愛の深さは本物なのだと実感する。迷う中でパフェと言えば…な見た目であること、この後もいくつか食べるだろうことを考慮して、和奏は選んだのは少し小さめの縦型パフェグラスだ。器が決まったら次は下拵えに移る。最初は水で洗った苺とバナナを、並べた時に映えるよう薄切りにカットしていく。次に街で買っておいた美味しいチョコパウンドケーキも食べやすいサイズに切り、保冷袋に入れてきた生クリームは置いてある器具を借りてふわふわに泡立てる。そこまで準備が整えば、あとは器に詰めていく段階だ。切ったケーキとクリーム、バナナ、クリーム、苺…と食べる時に飽きないよう、加えて見目もよくなるよう心掛けて重ねていく。グラスの外から見ても美しい層が出来上がる頃には、後ろで見守っているらしいパフェちゃんから小さな拍手が聞こえた。最後に頂点にラズベリーとカシスを乗せ、|蒼玉《サファイア》の琥珀蜜糖を斜めにずらし連ねて差せば──
「さ、お祭りで出会った美味しいと、竜蜂鳥君と、自分の合作です」
 パフェちゃんを椅子に座らせ、和奏が出来上がったパフェを差し出すと、パッと分かりやすく笑顔が見える。
「素敵…!チョコレートも琥珀蜜糖も、それにフルーツまであって。この街ならではのパフェになってるわ!これ、頂いて良いのね?」
「勿論、君のお口に合えばいいな」
 ワクワクを抑えきれず尋ねる姿に笑って頷けば、パフェが待ちきれないとばかりにスプーンでひと匙掬ってパクリと食べる。──その瞬間の、満開の花咲くようなパフェの顔を見ればきっと、感想は聞くまでもなかった。

不忍・ちるは

──時には、パフェが晩ご飯でもよいと思う。
──時には、選ぶデザートが1種類じゃなくてもよいと思う。

 それは不忍・ちるは(ちるあうと・h01839)が常々抱いてる思いである。きちんとした食事が大事なのは、理屈の上では理解できる。然し叶うなら、甘いものでお腹も気持ちも隅々まで満たしてしまいたい。常日頃は節度を持って控えてるそんな願いが──なんと、今回の依頼では叶えてしまって良いと言うのだ。平和的解決のためにパフェを食べねばならない…そんな甘味をめいっぱい食べることが認められる場所とあれば、真理を抱いて満喫しにいかねば、とちるはがキリリと顔を引き締めた。

 辿り着いた迷宮の最奥は、自然を流用した景色からは想像がつかないほどにパフェ作り環境が充実していた。素材は持ち込みが多い中、パフェちゃん自身が用意したものもそれなりに揃っており、選ぶに困るほどだった。
「食べたい組み合わせがいっぱいあって…よければ先にすきなの選んで頂けませんか?」
 ──パフェさんには一番に選べる特別感を召し上がれ、と。そう差し出すちるはの心遣いにパフェがぱあっと顔を明るくして答える。
「良いの!?なら…やっぱりチョコレートは外せないわよね。あと街の果物も美味しいから上手く組み合わせたいし、ああでも生クリームも入れたいな〜」
「なるほど。いくつかあれば彩り盛りしますし、お気に召すまま作りましょう」
 要望に応えるべく、ちるはが小さめのグラスを幾つか選んで、それぞれにオレンジとチョコ、イチゴと生クリーム、ブドウとクリームチーズ、煮リンゴとカスタード、黒蜜とわらび餅…と主題を変えつつ層にしていく。そして味も見た目もバラバラのパフェたちを、トップに琥珀蜜糖を飾りつけることで、かわいくおいしく統一感を出していく。そうして1テーブルをパフェで満たし尽くすと言う、甘味好きなら夢のような光景を完成させて、パフェとちるはが瞳を輝かせる。
「それでは…」
「いっただっきまーす!」
 作った後は勿論、溶けないうちに実食へ。ぱちんと手を合わせて、まずはフルーツからか、甘めのチョコレートは後にしようか、と手が迷う。しかし今日ばかりは『どれを食べよう』と取捨選択に悩むことはない。目の前のもので足りなかったら、作り足したっていい。すきなものをすきなだけ食べれる幸せは、他の何にも変え難くて。
「またみんなでおいしく食べたいです。だからパフェさんもいいこにしてて、ね」
「…ふーん、ま?美味しいパフェがある以上、今のところわたしは満足だけどね」
 じ、と伺うように見つめるちるはに、やや素直じゃない態度ではあるが、パフェが暴れないと約束して、クリームをぱくりと口にした。

ナギ・オルファンジア
兎沢・深琴
ジャン・ローデンバーグ
七・ザネリ

──おーっほっほ!と似合わない悪役笑いを響かせて、迷宮の最奥でパフェ・スイートが待ち構える。星詠みで多少聞いていたとは言え、実際に相対してわざわざ集めた甘ーいお土産を|頂こう《カツアゲ》とは迷惑千万、なんとも太々しい話であって。

「あいつ、殴った方が早いだろ。任せろ、女だろうが俺は殴れる。」
 バキバキと手指の骨を鳴らし、七・ザネリ(夜探し・h01301)が一歩前へと踏み出した。“いらないもの”ならいざ知らず、価値を見出し買い集めたものを、対価もなしに掻っ攫おうなど言語道断。なんなら作る手間も省ける名案とばかりに口にしたつもりだったが、もう一歩踏み出そうとした瞬間に二方から服の裾を引っ張られた。
「殴る…えっ、パフェが優先では?」
 右からは、きらきらと曇りなき眼で問いかけるのはナギ・オルファンジア(Cc.m.f.Ns・h05496)。パフェが食べられる、と期待してここまで来たからには、殴って御破算は避けたいところ…と思わず引っ張る手には力が入る。
「殴ったらパフェ作り会場が台無しになるわ。食べ物の恨みは怖いわよー」
 左からは、後の恨みの恐ろしさを悟らせるようにじとーっと見つめる兎沢・深琴(星に魅入られし薔薇・h00008)の姿。
「それに……あれを見ても殴って終わらす、なんて言える?」
 と、言い添えて指差す方向にザネリが視線を向けると──
「パフェ、楽しみにしてた!」
 買い込んだ材料とパフェ作り空間を前に、キラッキラの笑顔をしたジャン・ローデンバーグ(裸の王冠・h02072)の姿があった。流石に三方から実質のストップをかけられては多勢に無勢。そこを押し切るほどには殴ることへの熱量は無く、渋々ザネリが拳を収めて溜め息をついた。
「……本当に作るのか?」
 面倒だ、と言いたげな顔でザネリが念押しの確認すると、“自作する”と言う点が抜けていたふたりがハッと顔に驚きを走らせた。
「あっこれ自分で作るの?マジ?ま…任せろ。王様は万能だ。たぶん」
「パフェ作り…そう言えば自分で作るのだったね。ナギは調理が苦手ですが、乗せるくらいなら…」
 が然し、結局それでパフェを諦めるには至らず、前向きに作成へと意欲を見せるジャンとナギを前に、ザネリがついに完全に最短での解決を諦めた。
「…なら、俺は作る様を眺めて時間を潰すとしよ、」
「あら、せっかくだから作らないとじゃない?あとでもし|品評《味見》するとなったら、無手だと一口も貰えないわよ」
「………。」
 深琴がザネリの背にグサリとアドバイスを刺す傍ら、はじめにパフェ作りへ動き出したのはナギだ。後で食べるなら気分に添ったものがいい、と手にするのは背高の器。まずは香り高いチェリーの洋酒煮を底に詰め、口当たりの滑らかなミルクプリンを追加。その上から食感役としてプレーンのフレークを散りばめ、バニラアイスを2個とホワイトチョコソースと生クリームを順番に重ねて行き、頂点にまたチェリーをトッピング。最後は先程迷宮で手に入れた、葡萄酒味の琥珀蜜糖を飾ってキラキラと仕上げた。
 追って作り出した深琴が目指すはイチゴパフェ。然しせっかくならただのイチゴパフェではなくちょっぴり捻りが欲しいところ。考えた末にもう一工夫加えて、イチゴのミルフィーユパフェにしようと決めた。選んだ透明なグラスの側面からイチゴの断面が見える様に、配置には慎重に気を使ってスライスを並べていく。側面が美しく仕上がったら、内側にはミニパイとカスタードクリームを交互に塗り重ねていく。隙間なくたっぷり詰めたら上には生クリームとイチゴ、そして琥珀蜜糖を添えるのも忘れずに。続いてジャンが作りたいパフェは──
「ズバリ、夏っぽいパフェを作りたい。……季節外れなのは気にしない!」
 さっき口にした蒼い琥珀蜜糖が美味かったので、是非ともパフェちゃんや三人にも味わってもらいたくて、狙うはサマーカラーの映えるパフェだ。土台はレモンのコンフィチュールを詰めて爽やかに。重ねたサクサクのクッキー生地の上には、レモンとの相性ばっちりの蜂蜜を混ぜた生クリームを絞る。更にまろやかさとほんのり酸味が魅力のクリームチーズのアイスを盛って、添える果物はマスカットをチョイス。勿論サファイアの琥珀蜜糖も忘れずに飾りつけて、最後にチョコペンで王冠を書いた薄焼きのクッキーを乗せて完成させる。
 4人がそれぞれにパフェの完成を見たところで、作成したとは別のテーブルへと移動しお披露目会へ。まず最初に選ばれたナギのチェリー飾りが愛らしいパフェ。
「ナギは、頭に思い浮かぶ正にパフェ、だな。安心して注文できる。それに琥珀密糖が葡萄酒ってのが良い。」
「おー!琥珀蜜糖とさくらんぼで綺麗も可愛いも、か。ヨクバリで良いな。」
「洋酒と葡萄酒もふんわり香って、大人のパフェって感じ」
「えへへ、がんばりました!深琴君のは苺の断面かわいいし、ミルフィーユでさくさくおいしそう!」
 褒められ品評に気をよくしたナギが次にと指差すのは、深琴のイチゴミルフィーユパフェだ。
「うわっ、店で見る高めの値段のやつだ!」
「おお、見事じゃねえか。アレだ。映え……て、ヤツだな。女子どもが喜びそうな見た目してる。お前らしい。」
「ありがとう。食べても美味しいと思うけど、見た目も楽しめる感じに出来たと思うわ。それじゃあ次は王様かしら」
「良いぜ!…どうよ、ゲージュツテキ!」
 話を振られれば自信いっぱいに、ジャンが自らの夏色が眩しいパフェを押し出して胸を張る。
「おーさまのは王冠クッキーも素敵だし見目も涼やかだねぇ」
「ジャンは、ガキの癖にセンスが良い。…売れそうだな、季節外れというのは時に有利だ。冬の花火とか、」
「流石ね、こだわりを感じる贅沢パフェ。クッキーにもらしさが出てる」
「だろ?」
 へへん、とジャンがに品評を聞き終えて満足し、これにておしまい…かと思いきや、3つのパフェとは少し離れてちょこんと鎮座するグラスを見つけて、首を傾げた。
「これ、もしかしてザネリが作ったのか?なんてやつ?」
「俺、 俺か。ああ…チョコバナナサンデー。」
「おー、間違いのない定番系?」
「良いだろ、別に。これが一番楽だ。」
「確かに王道の組み合わせ、でも定番だからこその安定感があるわ」
「美味い組み合わせで良いじゃん!誰とも被ってないのもポイント高いし」
 まさに定番、と言った他のメンバーから見たらシンプルめな仕上がりのチョコバナナサンデーも、ザネリの見立てたショコアトルの高い品質のチョコとバナナの後押しで味は間違いない出来だろう。
「で、後はこれをアイツにくれてやる、って訳か?」
 パフェの品評会も終わり、あとは流れとしてパフェ・スイートに完成品を渡すことになる。だが、頑張って作ったパフェを、皆の美味しそうな逸品を、そのままどうぞ、とするのはあんまりにも惜しい気がして。
「…そのつもりだったけど、あいつに渡すの勿体ないな」
「皆のどれも素敵。少し分けてほしいな」
「ぅ、みんなのもたべたいなぁ…ナギはシェアを希望します!」
「よし、俺が食って審査してやる、各自、よこせ。」
 満場一致で試食会も開催の流れとなり、今か今かとひっそり遠くから見守っていたパフェちゃんがあれ?あれあれ??と首を傾げる。
「んー!やっぱ間違いない合わせだ!バナナもだけどチョコがまたうまい。流石祭りをやるだけあるなぁ」
「ああ、洋酒の香りが良いな、バーなんかで出しても売れそうだ、」
「パイがサクサクー!イチゴと合わせたりクリームと合わせたり、食べるたびに楽しい!」
「サファイアの琥珀蜜糖、すごくさっぱりして美味しい。アイスもクリームチーズなのが素敵、よく合ってる……ね、そこで見てる貴方も、我慢できなくなってきたでしょ」
 パクリ、と蜂蜜生クリームとクッキーのマリアージュを楽しみながら深琴がパフェ・スイートへと視線を送ると、皆もほんのり悪い顔をしてそちらを見遣る。
「まー、ぶんどるんじゃなく下さい!って言ってくるなら、分けてやらなくないよ。王様はカンヨーだからな!」
 パクッ!
「道具はお借りしちゃいましたし、皆のシェアも出来たから…少しくらいは、ね?」
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「…食材は鮮度が命、だろ。とっととしねぇと、買い時を逃しちまうぞ、」
 ゴクン。
 美味しいパフェを囲んで、食べて、見せつけて。他の敵ならいざ知らず、ことパフェ・スイートにはこれ以上ない仕打ちで焦らしてやると。

──ゴメンナサイ、わたしにも分けて!と、涙混じりの懇願が響くまで、あと数秒と掛からなかった。

御埜森・華夜
汀羽・白露

 目の前に立ちはだかるは、パフェか素材をお寄越しと仰せなパフェ・スイートちゃん。迷宮の最奥とは思えないほどに整った調理器具に、用意された素材の数々。甘い香りを漂わせたこの場所から導き出される答えは──

「…あー!なるほどね、おっけー分かった俺に任せて!おりょーり下手だけど!」
 完全に理解した!と言った表情で御埜森・華夜(雲海を歩む影・h02371)がうんうん頷いて、テッテッテ、と近くのテーブルへ歩み寄り陣取っていく。
「…料理下手と言っておきながら任せろって、かや…本当に大丈夫なのか?俺は料理なんてからきしだからな?」
 自信あり気な物言いからつい見逃しそうになる発言の矛盾を、汀羽・白露(きみだけの御伽噺・h05354)は逃さずきっちり捕まえて釘を刺す。然し口にはしたものの、これで華夜が止まるとは思えず、結局は手伝うことになるんだろうな、と諦め半分にテーブルへと向かう。
「さてうちの台所番長 白ちゃん、何パフェ作る?俺、猫の手貸せるよ!」
「いつ俺が台所番長に…いや、特に好きなものはないから、かやの好きなもの…」
「てゆか俺は白ちゃんとハッピーセットなの!ね!」
「…ハッピーセット??」
 ほぼ脳に浮かんだ言葉を五月雨の如く楽し気に喋る華夜に、つい一言一言取り合ってしまう為に白露の困惑は常に付き纏う。とりあえずパフェを作りたい意気込みと、一緒に作るのが楽しみ、と言った辺りをざっくり汲み取って、パフェ作りに向き合うことにした。──存外、一緒にと言われただろうことが嬉しかったのは、態度に出さずとも。
「かや、作りたいパフェの方向性はあるか?」
「えっとね、俺キラキラのがいい!」
「キラキラ…」
 キラキラ、キラキラ。確かに華夜の瞳は楽し気にキラキラとはしているが、パフェ作りの参考にするには余りにもふんわりしている表現だ。
「漠然とし過ぎだ、もう少し言葉で表現を…」
 頭を抱えて白露が願い出ると、んー?と暫し首を傾げた後、華夜がそうだ!と思い出したように懐へ手を入れる。
「そいえばさっき|小鳥《竜蜂鳥》が蜜の美味しいお花教えてくれたんだぁ。ふふん、俺ちょっと摘んできちゃったもんね」
 布に柔らかく包んだ数輪の花を差し出すと、そこには白と淡い桃色が並んでいた。釣鐘の様なカタチの奥には傾けるだけで蜜が溢れる様で、ふと暖かな空気を感じた白露が閃いた。
「花…蜜…なるほど。じゃあ『春』をテーマにしたらどうだ。丁度良いだろう」
「そう?ならそれでいこー!」
 丁度、に掛かるのは近い季節を選んでのことと受け取れるが、春に由来する華夜の名前に因んだとは、白露だけの秘密として。ひとまず決まった方向性に、食材とグラスを選んでいく。ほんのり桜色をした透明グラスに、淡い色のアイスやクリームを選び、桜の塩漬けや春らしい生花も並べて色合いを確認する。
「色はパステル調で、エディブルフラワーも飾って…」
「白ちゃんコーンフレーク派?パフ派?」
「俺はどっちでも良い。」
「んー、じゃあパフにしよ!苺の!」
「ああ、それで構わない…だが、見た目には厳しいからな?」
「む、俺センスいいもん!」
 白露からの疑いの視線にはむー、と頬を膨らませて華夜が心外だと訴える。ならここは一つ感心させてやろう、と華夜が得意気に並べられた素材へ手を伸ばす、が──
「って、何でその色がそこなんだ」
「…えー、だめ?じゃあここにこれー…」
「色のバランスが崩れるからだめだ。」
「だめなの?!ならアイスの横にこれをー…」
「それはアイスの上に置け…!ああもう、そこの層は逆にしろ!」
 パステル指定のところへ濃い藍色のブルーベリーアイスを置こうとしたり、柔い花をアイスの真横で潰しかけたりするたび、美にこだわるが故のスパルタ指摘が白露から飛んでくる。その余りの厳しさに、つい華夜の膨らんだ頬がぱちんと弾けて文句に変わる。
「……んもぅ!文句おーすぎ!」
「当然だ、春はもっと美しいものだろう!?」
 ──それは、無意識のうちに飛び出た言葉で。あれやこれやと口にはするものの、結局は胸の内に深く根差した想いでもあって。しまった、と気がついた時には既に遅し。覆水盆に返らず、吐いた言霊はもう相手の耳朶を揺らしてしまっていた。
「…やだ白ちゃん、俺のことそんな風に思ってたの?」
 ぱああ、と目を見開いて嬉しさを滲ませる華夜を前に、白露が気恥ずかしさを隠す様に力一杯の否定を口にする。
「ばっ…君の事じゃない…!一般的な季節への評価で」
「やーねー照れちゃってぇ!」
「だから違う!」
「ふふ、俺も白ちゃんだーいすき!」
 拒否の言葉などどこ吹く風、とばかりに聞き流して。叫ぶ白露にぴたりと張り付いて、華夜がなんとも幸せそうに|笑み《はる》を咲かせた。

シルヴァ・ベル

琥珀蜜糖の通路に、名残惜しくも別れを告げて奥へ奥へ。途中摘んだ花にそっと止まって蜜を舐めた竜蜂鳥の姿を思い返し、ふふ、と笑みを浮かべた先にたどり着いたのは──パフェ・スイートの待つ、迷宮の最奥だ。シルヴァ・ベル(店番妖精・h04263)がパタタ、と羽搏き近寄れば、待ってましたとばかりに笑みを向けられる。
「さ、あなたも祭りを楽しんで来たクチでしょ?材料を置いていくか、おいしいパフェ作りに勤しんでちょうだい!」
 後ろにふわふわと浮いたシルヴァの荷物を見て、ふふんと胸を逸らせて命令する。突然突きつけられては怒っても仕方ない内容に、然しシルヴァはあっさりと承諾した。
「分かりました、せっかくなのでパフェ作りを選びます」
「…あら、素直なのね。ありがたいけど、良いの?」
 一応、多少は無理難題を言っている自覚があるのか、伺う様に尋ねる様子が菓子をねだる子供の様で、シルヴァがふわりと優しく笑う。
「《料理》は、食べるかたのことを考えて作るのが大事ですから」
 望みの品を持つ客がいるなら、店を担う者はそれを差し出すまで。今回はややジャンル違いにはなるが、これもひとつの経験としてシルヴァが準備に取り掛かる。パフェ・スイートの纏っている服装やスイーツ好きなところを見るに、可愛らしいものが好きそうなのは十分に伺えた。
「では、小さめサイズの可愛いサンデーを作りましょう」
 むん、と袖を捲りシルヴァが作業テーブルに向かうが、置いてある器具は多種多様ながら流石に概ねのサイズが人間大のものだ。下手をすると身丈を超える調理具を扱うことになるところだが、そこは心配無用。持ち前の膂力に加えて念動力を駆使すれば、クリームを泡立てるのだって何のその。ふわふわと材料を周囲に浮かべ、あまーい香りの調理に取り掛かる妖精の姿…と、傍目には絵本そのもののメルヘンな一角に、ひそり見守るパフェちゃんもメロメロだったりする。そうとは知らず、シルヴァはマイペースに選んだパフェグラスへの詰め作業へ移行する。まず底にはとっておきのスポンジケーキを敷き詰めて、ホイップクリームにチョコレートソース、アイスクリームとどんどん層を重ねていく。縁まで満たした段階では比較的シンプルめなパフェに見えるが、本番はここからだ。いちばん上にたっぷりとホイップクリームを絞った後は、市場で買い込んだチョコレートの花で仕上げに取り掛かる。ホワイトチョコの薔薇にミルクチョコの桜、ビターチョコの菫でトップを美しく飾りつけたなら。
「三種のチョコレートフラワーのサンデーです!」
「きゃあ!なんて愛らしいパフェかしら!花ごとにチョコレートが違うのね、素敵」
 完成品をどうぞ、とお披露目するとパフェちゃんから嬉しそうな悲鳴が上がる。そして小ぶりなサイズに纏めた意図にも気がついた様で、ちらりと送られた視線にシルヴァが頷きながら答える。
「ほかのパフェもお食べになりたいでしょう?分かりますわ。ですのでわたくしからはミニサイズのサンデーを」
「ふふっ、美味しそうだから沢山でも良いのよ!と言いたいところだけど、確かにわたしの胃袋も有限だからね。お気遣いありがたく貰っておくわ」
「ええ、好きな所からお食べになってね」
 シルヴァの差し出すスプーンを受け取って、まず口に運ぶのは大輪の白い薔薇。クリームと併せて掬い、口に運んだ瞬間に浮かぶパフェの満面の笑みは──きっと、シルヴァにとって何よりの報酬になった筈だ。

十二宮・乙女

「いよいよパフェ・スイートとの対決ですね…最高のパフェを作ってみせます!」

 琥珀蜜糖きらめく迷宮の最奥、パフェ・スイートの待つ場所に辿り着き、十二宮・乙女(泡沫の娘・h00494)がむん、と気合を込める。
「あら、気合十分じゃない。とびきり美味しくてあまーいの、期待してるからね!」
 あらゆる器具を用意し挑戦者を待っていたパフェ・スイートも、意気込んでくる乙女には気をよくしたようで、発破がてらに声をかける。
「はい、美味しくできるよう頑張ります!」
 はるばるここまで来たのも、美味しいパフェ作りのため。満足してもらえる出来のものにするべく、準備も入念に整えていく。最初に選ぶのは、パフェらしいチューリップ型のグラス。色合いが映える様透明なものにし、底に細かくした3種類の琥珀蜜糖を入れていく。次に街で買ったチョコスポンジに、チョコムース、生チョコとショコアトルの街らしくチョコレート尽くしの層を作って行く。再度細かくした3種類の琥珀蜜糖と、輪切りにしたバナナ、チョコの生クリームを重ね入れていけば土台は完成だ。土台の上には生クリームをたっぷり絞って山を作り、食べられる薔薇の花、苺をスライスして作った花で生クリームを隠していく。更に色取り取りのペダルチョコを花びらに見立てて飾りつければ、正にパフェの頂上は花畑のよう。最後にブルーベリーを散りばめて、『竜蜂鳥』から貰った琥珀蜜糖を朝露に見立てて乗せたら──完成だ!
「出来ました、お花のチョコレートパフェです!」
 花束を手渡すかのように華やかな乙女のパフェを前に、パフェ・スイートも花が咲くように笑みを浮かべる。
「わ、可愛いパフェね…!負けてられないわ、私のパフェも見て頂戴。……トリプルベリーのパフェよ!」
 そう言ってパフェちゃんが差し出すのは、苺の赤にクランベリーの濃紅、ブルーベリーの青に生クリームの層と、4層が綺麗に折り重なったパフェだ。トップにはそれぞれのベリーを一粒ずつと、|紅玉《ルビー》によく似た琥珀蜜糖と伸ばした飴で模ったリボンを飾りつけて愛らしく仕上げている。
「パフェ・スイートさんもお作りになったんですね。」
「勿論よ、対決って言うならお互いに珠玉の作品を出し合わないと、でしょ?食べるだけの品評も良いけど、全力を尽くしてくれた相手には私も全力を出さなきゃね!」
「…はい!ではパフェ・スイートさん、対決よろしくお願いします」
「ええ勿論、いざ尋常に──勝負よ!」
 おふざけ無しの真剣勝負、お互いにお互いの最高を出し合って向かう対決には違いないが──つまるところ、2人の少女が美味しいパフェを食べ合うわけであって。暫し甘味に舌鼓を打つ嬉しげな悲鳴があがり、勝敗はふたりだけの秘密、となった。

ララ・キルシュネーテ
椿紅・玲空

「みて、玲空。チョコに琥珀糖、次はパフェですって……!」

 初めは街の祭りで味わった甘やかなチョコレート。次は迷宮で見つけた香りも豊かな琥珀蜜糖。そして最後は最奥に待つパフェ作りの舞台。甘いもの好きならば夢のような甘々尽くし道中、そのラストにララ・キルシュネーテ(白虹・h00189)がトロリと顔を緩めてテーブルを眺める。
「チョコ、琥珀糖の次は何かと思えば…ぱふぇ」
 ララとは違い冷静に状況確認をする椿紅・玲空(白華海棠・h01316)は、並んだ器具を見てふむ、と自らの鞄をゴソゴソと探る。
「なら、これも使って一緒に作る?」
 こんな事もあろうかと、お土産用にと確保していたチョコと琥珀糖の一部をテーブルに並べると、パッとララの表情が明るくなる。
「……!用意周到!さすが、玲空ね。これで一緒にパフェを作りましょう。ララ、お腹がすいたわ」
 並んだ素材を指折り確認した後、まずは味見よ、とララがキラリ目を光らせて手を伸ばしたところで、キュッと手を握るカタチで止められてしまう。
「ララ、つまみ食いは無し。パフェの飾りが無くなる」
 甘やかすだけでなく、必要なところはきっちりと厳しく。玲空がぴしゃりと叱ると、ララが不満げに唇をツンと尖らせた。食べれなかった代わりに、と言う意図があるかは謎だが、そのまま器選びに移ったララのチョイスとは。
「ララの器はこれにするわ」
 ──ででん!と言う効果音が似合いそうな、大きな舟形のパフェグラスだった。深さも兼ね備え、ララの身丈では両腕で抱える様にして持つレベルの器を目の前に置かれ、玲空が瞳をしぱしぱ瞬かせる。
「器はどれに、と思ったら…まさかソレ?」
 改めてサイズを見比べて玲空が確認すると、ふふんと口の端を猫の様に丸くしてララが得意げに告げる。
「大は小を兼ねるのよ」
 とは言え勿論、この特大の器にちょこんと慎ましく盛るつもりは無いだろう。手持ちと置かれた素材を使って、寂しくなく仕上げられるか考えて、玲空がなんとか算段をつける。
「まあなんとかなる…?」
「するのよ。これからこの器をクリームの海で満たして果実やチョコを飾り、最高のパフェ島に仕立てるの」
 まだカラの器に、すでに何かしらの仕上がりを空想してるのか。うっとりと潤む赤花の瞳を横目に、思わずふ、と玲空が口元を緩ませる。
「それは…立派なパフェ島になりそうだ」
 ──さて、島と為すにはやはり準備と下拵えはしっかりとしなければならない。サクサクと歯触りの良いコーンフレークに、オレンジや苺、兎風にカットしたりんごなどの瑞々しい各種フルーツ。ぷるぷるとしたゼリーも桜色から赤色、練乳色と色取り取りに揃えて。玲空が手際よく用意してはバランスを見て器を埋めていく傍らで、ララが更にどんどんと新たな材料を集めてくる。まさに巣に好物を溜め込むモモンガが如く、シュガーコートのナッツにパステルカラーで纏めたペタルチョコ、マシュマロチョコにカラフルなマカロンと、気づけば小さめの菓子が山と積まれていた。そうやってララが選んだスイーツもバランスを見て重ねては、間にクリームの層を挟んで接着と整形に使う。時折チョコやナッツが減っていたのは、口の端にお土産をつけた小モモンガの仕業と分かっていたが、玲空は敢えて指摘せずにテキパキパフェを完成に近づけていく。然し味見の範疇を越えそうな時はじー、と視線を向けると、ララがしぶしぶ白い手を引っ込めたので一応良しとする。そうしてようやく巨大な器が端まで埋まったところで、玲空がホッとした心地で最後まで取っておいた飾りを手にする。
「最後の仕上げはララ、よろしく」
 そう言って玲空からララの手に渡し託されるのは、桜のチョコと琥珀糖、鳥のアイシングクッキーだ。
「仕上げなら任せて」
 託されたことが嬉しくて、に、と得意げな笑みと共に飾りを受け取りパフェへと向き合う。クリームを背に固定するよう、それぞれを飾り付けた。──甘やかな琥珀蜜糖に桜のチョコレートを咲かせ、蜜を吸いに来たかのように鳥のアイシングクッキーを羽ばたかせ。まるで春の麗しいワンシーンを切り取ったかのように仕上げたのなら。
「できたわ!パフェ島」
「ん、完成だな。食べる前に記録する?」
「ふふん…記憶して自慢よ」
 せっかくの大作は、食べる前に抜かり無く撮影して残しておく。これ程の逸品となれば甘味好きの仲間に見せれば、きっと羨望の眼差し間違いなしだ。全景に斜めや真上のショットまで押さえて記録に残したあとは、いよいよお待ちかねの実食タイム。最初のひとくちをどうぞ、と玲空から渡されるスプーンを手にして、ララが限界まで盛った匙をぱくり!と頬張る。──さくりとあまくて、やわくとろけて。口の中いっぱいに満たしたパフェは、夢のように甘くて美味しくて。頬袋のように膨らませて満足そうに食べるララがあんまり幸せそうなので、ふと玲空が思いつきでスマホを構える。
「…ふふ、食べているララも記録しようか」
 後でみんなと見返すのも楽しそう、とパフェを収めた画面の続きに、ふくふくほっぺたのララを写して玲空が柔らかに笑う。そうして暫しせっせとパフェを食べていたララが玲空の視線に気づくと、クリームたっぷりのひと匙を掬い上げてにこりと差し出す。
「ほら、玲空。いいこのお前にあーんと食べさせてあげるわ」
「ん?はは、それは光栄だ」
 姫から騎士への誉のように、下賜されるのはとびきりに甘いひとくち。ぱくりと食んで味わえば、舌も気持ちもふわりと満たされていくようで。
「ふふ、甘い島に辿り着けたな」
「着けると思っていたわ、ふたりなら。さ、まだまだあるわよ。宝島の探索を続けましょう」
 気合いは十分に、人手もふたりが揃えばなんだって挑めるわ、と。山と盛られたパフェの宝島目掛けて、ふたつのスプーンが探索へと繰り出して行った。
 

日宮・芥多
茶治・レモン

──チョコレートの祭典を経て、琥珀蜜糖の迷宮を超えた先。最奥に待ち構えるは今依頼最後の難関、パフェ作りだった。

パフェ・スイートの迷惑行為を諌めるため、そして何より自らで作る最高のパフェのため。ようやく辿り着いた空間を前に、茶治・レモン(魔女代行・h00071)が気合も十分にギュッと拳を握る。
「途中で合流して良かったですね、あっ君」
 ニュアンス的には『知らない地で知人に会えてよかった』が6、『何かをやらかす前に回収できて良かった』が4、といった割合でレモンがしみじみと日宮・芥多(塵芥に帰す・h00070)に向かって呟く。然し当の芥多はそんな意図など知れども解さず、テーブルに並べられた器を前に早速パフェについての算段をつけていた。
「さてさて、どんなパフェにするか…」
 さすがパフェ・スイートと名乗るだけはある、と言って良いのか。用意された道具は実に数多く、グラスひとつとってもオーソドックスな縦長から船型、色や広がり方にも差があり多種多様だ。そこから更に素材は何を重ねるか、どの味とどの味が合うか、見せ方はどうするかを考え出したらキリがないだろう。
「悩んでも仕方ないので、あり物でちゃっちゃと作りますか。俺と魔女代行くんのあり物で!」
「そうですね、あっ君の材料も使って、いざ!絶品パフェ!」
 お互いにお互いの用意した材料をしれっと私物化宣言しつつ、深くは突っ込まないままにパフェ作りへと移っていく。ふたりともグラスは奇を衒わず基本とも言える縦長のチューリップ型を選び、隣り合うテーブルに抱えた素材を並べたら、いざクッキング!

まずレモンが手につけるのは、ショコアトルの街で買ってきたチョコアイスだ。魔法の氷箱に入れてたおかげで冷え冷えなままのアイスをディッシャーでたっぷり掬い取ると、空のグラスの底にドン!と持っていく。その上に重ねるのは、色とりどりのフルーツだ。苺にオレンジ、マスカットにキウイ…それぞれを食べやすい一口大にカットして、側面から見ても美しく華やかに映えるよう、慎重に並べていく。続いては凍らせて置いたバナナをミキサーに掛けて、トロミが出たところにバニラエッセンスを垂らせば、なんちゃってバナナアイスが出来上がる。このままでも十分美味しいところを、更に細かく砕いたクーベルチュールチョコ(※芥多から無断で拝借しました)も混ぜこめば。
「ちょっとリッチなチョコチップバナナアイス、完成です!……んー、美味しい!」
 当然のようにひと匙救って味見をしつつ、アイスを盛ったならあとの作業は溶けないうちに足早に。アイスの上に切ったバナナを、大きさ順にスライドさせながら綺麗に並べていく。こちらもその過程でカタチがそぐわなかった2つ3つを摘み食いし、最後の行程へと移ろうとしたところで、ふと隣の作業が気になりちらりとレモンが視線を送った。
 ──レモンと並行して取り掛かった芥多のパフェ作りは、まずカットしたバナナ(※レモンから勝手に受領しました)と一緒に、クーベルチュールチョコで作ったチョコシロップを投入していくところから始まった。果物の中でもバナナは、他の食材とあわせても水っぽくなりにくい点が魅力だ。直接チョコ掛けにしても恐らく大丈夫だろう、と目測をつけて芥多が次の盛りに移る。上から重ねるのはミルク感が強いソフトクリームに、サイコロ状にカットしたたっぷりのぷるぷる珈琲ゼリー。そしてマスカルポーネを使ったまろやかなクリームをグラスの縁まで丁寧に絞り、表面を平らにならしてからココアパウダーを満遍なく振りかければ、コクと苦みが引き立つティラミスの蓋が完成する。
「最後にトッピングですが…上品なカフェならば控えめにするでしょうね」
 概ね用意した素材で満たされたパフェグラスを前に、仕上げのバランスを確認しながら芥多が呟く。色合いも美しく統一されたこの杯なら、あとはミントをひとひら添えるだけで十分な出来となる。
「しかし!俺は中央にチョコアイスをどかんと盛ります」
 そんな引き算の美学など知ったことかと、芥多がパフェグラスの円周ギリサイズに掬ったチョコアイスを真ん中に盛りっ!と大胆に置く。更にブルーベリーやラズベリー、街で買い求めた瓶詰めの割れ宝石チョコから形が良いものを選び取って、これでもかと豪華に飾り付けパフェを仕上げていく。
「あっ、あっ君もアイスドカンと派ですか?」
「ええ、パフェはドカ盛りこそが王道ですよね」
「やはり王道、これぞ正義ですよね」
 夢を詰め込むパフェにおいて、遠慮や引き算など無用の長物。飾りつけの美しさは必要としても、食べたいものを乗せ控えるような妥協は一切不要──思わぬ美学の一致を見たふたりがフッ、と目元を細めてわかり合うと、レモンも続けて自らのパフェを仕上げにかかる。トップからはみ出るくらいにアイスとソフトを盛って、ソフトクリームにはチョコソースも贅沢にかけていく。残った縁にも中間層とお揃いになるようカラフルにフルーツを並べて…。
「後は…これです!」
 じゃじゃん、とレモンが最後に取り出したのはオーシャンブルーの色が眩い、芥多から貰った琥珀蜜糖だ。これを小さめに砕いて、キラキラが映えるように飾りつけていく。
「色鮮やか!美味しそう!でも琥珀蜜糖の味は知りません!」
 やや恐ろしいことを口にしながらも、レモンのパフェもこれでようやく完成を見た。
「ふぅ…これでお互いのパフェが完成しましたね。」
「ええ、なかなかの出来栄えに仕上がりました。さすが俺」
「僕のパフェも完璧な仕上がりですよ!自信ありまくりです。」
「へぇ、魔女代行くんがそこまで言うなら──やりますか」
「…分かりました、受けて立ちます…では!」
「「実食タイム!」」
 頑張って作ったのならやっぱり、最後は口に運ばねば終われない。互いのパフェを交換し合い、いよいよお待ちかねの実食へと移っていく。
「あっ君のパフェはコーヒーの香りがいいですね!ゼリーも滑らかで口当たりが良いし、ソフトクリームともよく合ってて…あとアイスが山盛り、これが最高です。やはりパフェはソフトクリームとアイスクリームのダブル盛りこそ至高ですね!」
「魔女代行くんのパフェも中々美味いですね!このバナナアイス自作ってマジですかこれ。フルーツも色んなのが沢山でお得感あります。あ、側面も凝ってたんですか?そこは見忘れましたけど、食べてる俺が美しいからプラマイプラスですね。」
「相変わらず自尊心のダダ漏れ具合が……因みに結局そのオーシャンブルーの琥珀蜜糖、何味だったんですか?」
「え、よく分かりません。砕いてあって小さいですし、魔女代行くん並みに。て言うか気になるなら自分で食べたら良いじゃないですか、ほら」
「誰が豆粒サイズですk…むぐっ!……あれ、これってミントの香りと…レモン味?」
「なんだ、じゃあやっぱり俺の見立て合ってたんじゃないですか。」
「ぐぬぬ、たまたまですし!あと僕の名前は果物じゃなくて花ですから。正確にはこの味関係ないですからっ!」


🌸


──そうしてチョコレートから始まったパフェ騒動も、皆が作り、味わい、披露し合うことで、引き金となったパフェ・スイートも今回は満足して去って行った。無事に平和的解決となり、街では祭りが一日中、甘やかな香りと幸せな笑みに満ち溢れていた。

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挿絵イラスト