|遊戯は薔薇の下で《アンダーザローズ・ゲーム》
●聞かれてしまった秘密は
「おかしいじゃないか! 秘密は永遠になるんじゃないのかよ!」
エルフの男の激昂が、色鮮やかな薔薇に飾られたガゼボの中に響き渡る。それを隣で聞いた女性は、唇を噛みしめながら男を睨んでいた。
二人は、何の罪もない一般人のはずだ。この『死亡遊戯迷宮』へ連れられてきてしまった、哀れな被害者――だと言うのに、女性は男に憎悪の視線を向けている。
「――おや。アタシはそんなこと言ってないよ?」
ガゼボの上から、突如声が降りかかった。二人は知っている、これはゲームマスターの声。涼やかに聞こえるその声に、エルフの男が顔を真っ赤にして食って掛かる。
「そんなはずはない! 薔薇のダンジョンで秘密を打ち明けろって言うなら……それはもう、|そういうこと《・・・・・・》だろ!?」
「……ねえ、気にするのってそこなの」
男がなおも言い募ろうとしたところで、横からかけられたのは女性の冷たい声だった。
彼女は聞いてしまったのだ。彼が永遠に打ち明ける気のなかった、彼の秘密を。
『今はこいつと付き合ってるけど、こいつと出会う前からずっと好きな女がいる』――そんな秘密なら、聞きたくなかった。けれど、耳を傾けてしまったのは、ずっと愛されているか不安を抱えていたからで。
「おまえもおまえだよ! なんで薔薇の声を聞いたんだ! くそっ、ずっと俺のこと疑ってたんだろ!」
「ええそうよ! そうじゃなきゃ聞こうとしないし、あなたと一緒にこの場所に来ない!」
二人の交わす言葉はさらに感情的になり、苛烈な罵り合いとなる。それをゲームマスターの声は楽しそうにくつくつ笑って、言葉を続ける。
「……それで? 男の秘密は聞いたが、女はどうするんだい? もうすぐ制限時間だよ?」
告げる声に呼応するように、二人の前に咲いた一際大きな薔薇が、花弁をひとつ落とした。残る花弁はひとつ――これが落ちれば時間切れと、二人は聞かされている。けれど、女性は焦る様子もなく、うっすらと笑って答えるのだ。
「私は、決めたの。秘密は打ち明けないわ。……だってそうすれば、私と彼はここで死ぬんでしょう?」
「はっ!? おまえ、なんで!」
狼狽する男を、女性は冷たい視線で一瞥した。そんな二人の様子を見て、ゲームマスターはいよいよ愉快そうに声立てて笑う。
「アッハッハ! いいねえ、恋人ってのはそういうモンさ! ゲームのご依頼主は甘いこと言ってたが、信用をなくしたお二人ならしょうがないよねえ!」
笑い続ける声の中、最後の花弁がはらりと落ちる。瞬間、ガゼボを飾る薔薇達の茨が二人にしゅるしゅると伸びてきた。
●|遊戯は薔薇の下で《アンダーザローズ・ゲーム》
「……みなさんには、デスゲーム会場へ行っていただきます」
集うEDEN達に頭を下げて。アリス・アイオライト(菫青石の魔法宝石使い・h02511)はそう静かに告げた後――はっとして、慌てて首を横に振った。
「違うんです、死ぬようなゲームではないんです。でもそれなのに死亡者が出ると予知してしまったので、それの阻止に向かっていただきたくて……!」
先日の|紅涙流離戦《こうるいりゅうりせん》の結果、当世の文車古妖は自らの名を「|死亡遊戯尊《デスゲームのみこと》」に定めた。そして今、あらゆる√に|死亡遊戯《デスゲーム》会場を作り上げ、一般人を攫ってはゲームクリアを強要しているのだという。
「全員が正しくゲームを攻略できれば、誰も死なないよう設計されているんです。|死亡遊戯尊《デスゲームのみこと》さんも人死には避けたいとのことで……死後蘇生できる√能力者であっても、今回はクリアを目指していただきたいようです」
そこまで語って、アリスはEDEN達の前へ一輪の薔薇を差し出した。見事に花弁を開かせた美しい薔薇。此度のデスゲーム会場は、このような薔薇が大量に咲き乱れる場所なのだと言う。
「みなさんは、sub rosa――『薔薇の下で』と言う言葉をご存知でしょうか? 意味は『内密に、極秘に』。古代より『秘密』を象徴する薔薇を天井に描いたり、吊るすことで、その部屋の中で話された内容の秘密厳守を求めた習慣に由来するのですが」
此度のデスゲームは、この逸話から作られたらしい。辿り着いた会場には複数のガゼボがあり、そのどれもが薔薇で飾られている。その薔薇の下で、参加者は秘密を打ち明けなければいけない。ガゼボの中央には一輪の薔薇、これが花弁を全て落とすと、時間切れで失格、参加者は死亡することになるらしい。
「秘密の大小については問われていません。嘘はいけませんけど、些細な秘密で構わないんです。……ただし、その。今回被害者となるエルフの男性は、恐らく――私も聞いたことのある、エルフ間の伝承を信じていたのだと思われて」
――どこかの冒険王国には、薔薇の咲き乱れるダンジョンがあると言う。このダンジョンの薔薇の下で打ち明けた秘密は、そのまま永遠のものになる。
「死亡遊戯迷宮が、その効果を持つわけではありません。でも男性は大きな秘密を抱えていて……楽になれるならと、薔薇に望みを託したのですが。――そこに、罠がありまして」
ガゼボのある空間へ辿り着く前、その道は一本道の迷宮となっている。そこにもたくさんの薔薇が咲いているのだが――この薔薇は、打ち明けられた秘密をその人の声を真似て囁き続けているのだと言う。それはこれまでの参加者のもの、そしてこれからの参加者の秘密も。時間を歪めて、様々な秘密が聞こえる状態になっている。
「耳を傾けなければ聞こえない程の小さな声です。聞かずに通り過ぎても構いません。ただ男性の恋人である女性はそれが気になってしまって――最悪の結果に」
そう告げると、エルフの星詠みはため息を吐き出した。男性が大きな秘密を隠していたことも事実だけれど、デスゲームに巻き込まれなければ、二人がわかり合う道もあったはずだ。だから、阻止してほしい。語る彼女は|菫青石《アイオライト》の瞳を真っ直ぐにEDEN達へ向けて、さらに続ける。
「今から向かえば、この一般人のお二人が口論になる前にガゼボへ辿り着けます。みなさんは何らかの秘密を素早く打ち明け、ゲームをクリアし、ゲームマスターへ戦闘を仕掛けてください」
ゲームマスターが何者であるかまでは、ゾディアック・サインは示していない。しかし恋人達の信用が壊れていく様を笑って見ていた相手だ、戦いとなれば精神的な揺さぶりをかけてくるかもしれないから気を付けてほしいと、告げてアリスは小さく微笑んだ。
「会場自体は、たくさんの薔薇が咲くとても美しい場所なんです。もうすぐ今年の春薔薇の季節は終わりますし、観光気分で行っていただいてもいいかと」
薔薇の下で語られる秘密は、どうぞ思うように。そうして全ての説明を終えた魔法宝石の星詠みは、√ドラゴンファンタジーへと繋がる道をEDEN達へ示すのだった。
第1章 冒険 『迷宮を踏破せよ』
●秘密の薔薇迷宮
EDEN達が辿り着く場所は、薔薇の迷宮。
色とりどりの薔薇が競うように咲き乱れ、花の壁になっている。それらに挟まれるように伸びる、伸びる一本道。緩やかに曲がり続けたり、直線が続いたり。形を変えるけれど分岐はなく、それはただ最終地点まで続いていく。
辺りに漂うは、薔薇の芳しき香り。その中を散歩気分で進めば、耳には微かな声が聞こえてくるだろう。
声の主は、花開く薔薇達。そっと耳を傾けて初めて、その囁きは言葉となって耳に届く。
『私は、許されない恋をしています』
『お兄ちゃんのおもちゃ、ほんとは私が壊しちゃったの』
『俺はあいつを裏切った、でもあいつは知らずに俺に笑ってくれてる』
『本当は、もう戦いたくなんてない』
秘密の主が誰かはわからない――もっとも、声はその人そのままだから、よく知る人のものをたまたま聞いたらわかってしまうだろうけれど。
小さな秘密、大きな秘密。可愛らしいものも、罪の告白も。薔薇の下で打ち明けられた秘密は、こうしてこの薔薇達の小さな囁きとしてこの空間に残るようだ。
――ただ薔薇を鑑賞しながら道を進んでもいい。興味本位で人々の噂を聞いてみてもいい。でも、その中にもし、あなたの知っている人の声があったら――?
|死亡遊戯《デスゲーム》はすでに始まっている。これをどう超えるかは、EDEN達次第だ。
迷宮へと足を踏み入れたら、ふわりと漂う薔薇の香り。色とりどりの薔薇達は、訪れる者を歓迎するように咲き誇っている。
|恵宮・アキ《えみや・あき》(恋愛知らぬ心優しき乙女・h13025)は目の前に広がる美しい光景に目を奪われながらも、そっとため息をついた。
「いくらデスゲームとはいえ、はた迷惑な……」
藍色の瞳を僅かに伏せれば、吹き抜けた風が彼女のショートボブを揺らす。ゆっくりと歩き始めたアキは、薔薇を眺めながらも迷宮の一本道を進んでいく。
(「でも、文車古妖あらため|死亡遊戯尊《デスゲームのみこと》……まだ直接会ったことはないけれど、『人を不愉快にする』妖怪だと聞いた」)
アキは考える、確かにこの薔薇迷宮も、秘密を聞き出される、その秘密が露呈してしまうかもしれない、そういう不安を煽るのだから、人は不愉快になるだろう。けれど、彼は『人死には避けたい』とも言っているという。ならば、彼もこれから起こることは望まないはずだ。
そこまで思考を巡らせて、アキは頭を左右に振った。難しく考えても仕方ない。今ここに広がるのはただの一本道だし、美しい薔薇を楽しみつつ先に進む以外、彼女にするべきことはないから。
アキは道を進んでいく。薔薇という花は色も形も様々あって、それを見比べるだけでも飽きることはない。その中にもひとつ、レースを巻いたようにふわふわと花弁を広げる柔らかな薄紅色の薔薇を見つけて、アキは思わず惹かれて立ち止まった。
花をよく見たくて顔を近付ける――すると、薔薇の囁き声が聞こえてくる。はっとした彼女は、その声を言葉と認識しないよう聞き流して、急いで顔を離した。他人の秘密を盗み聞くつもりはない、うっかり耳に届いた時は、ただの音として通り過ぎると決めていた。
「薔薇をよく見ようとすると、声が聞こえてしまう……」
星詠みに視得たカップルの女性も、もしかしたらはじめはそうだったのかもしれない。薔薇に惹かれて近付いたら、隣にいる男の声が聞こえてきたから、その秘密の内容にまで耳を傾けてしまった。だとしたら、その誘惑こそがこの迷宮の死の罠なのだろう。
誘惑に呑まれるわけにはいかない。アキは薔薇達とは距離を保ちつつ鑑賞することにして、彩りの道を先へ向かっていくのだった。
勇気を出して進めば、迷宮の中は薔薇に彩られていて。わあ、と思わず歓声を上げたエアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)は、そのまま一本道を歩き始めた。その耳には、微かな囁き声が絶えず聞こえている。
「秘密がいろいろ……」
ぽつり、呟くのは薔薇の囁きの正体を知っているから。だからこそ、迷ってしまう。人の秘密を聞くのはなんだか申し訳ない。打ち明けられたわけでもない話を聞いていいものなのか――。
悩んだ挙句、エアリィは薔薇を鑑賞しつつも秘密は聞き取らずにやり過ごすことにした。薔薇と一口に言っても、その種類も色も様々だ。このお花はとっても綺麗、このお花と色は可愛くて好き、こっちの色はお母さんが好きそう――そんなことを考えながら先へと急ぐエアリィだけれど、次第に聞こえてくる囁きが気になってきてしまう。好奇心旺盛な性格がつい顔を出してしまって、エルフの少女はちょっとだけ、と薔薇の花に耳を傾けた。
「こ、コイバナとかあるのかな。聞こえるなら、ちょ、ちょっと聞いてみたいかも……」
そうっと呟き耳を寄せれば、聞こえてきたのは誰かの恋の秘密。
『私、彼のことがずっと好きで、でも言えないから秘密なの』
『俺は恋人がいるけど、うまくいかないうちに他の子が気になってしまって』
恋に纏わる秘密は、切実な告白が多いようだ。そのひとつひとつを、人の恋を垣間見るように耳にしたエアリィは、きゅっと眉を寄せて考え込む。
「……恋って難しい」
好きなのに秘密にしないといけないとか、思い切って伝えられないとか。ただ好きで、伝えて、結ばれるだけではないのが恋なのだとしたら、なんて複雑なのだろう。
秘密の告白の中には、互いの名を出しているものもある。恋人である二人ともが事情を抱えながら関係を続けているとわかってしまったら、なんだか眩暈を感じてしまう。
「う、うーん、大人な世界だなぁ……。いつか分かるのかな、こういうの?」
好きな人、だからこそ伝えない秘密が生まれる。それって本当にそれでいいのかな、なんてエアリィは疑問に思いながらも、デスゲームの舞台へ向かい歩き続ける。
目の前に伸びる一本道、そこを飾る色とりどりの薔薇。その光景を見た|如月・縁《きさらぎ ゆかり》(不眠的酒精女神・h06356)は、青色の瞳をうっとりと細めて呟いた。
「薔薇に彩られた迷宮。なんて素敵なんでしょう」
これが|死亡遊戯《デスゲーム》への入り口であることは、もちろん理解している。けれどこんな状況でも、花好きとしては胸が弾んでしまうのだ。
ゆっくりと薔薇を鑑賞しながら、縁は道を進んでいく。他者の秘密を聞くのは野暮な気がする。だから薔薇達の囁きが聞こえない程度に距離を保ちつつ、女神は会場であるガゼボを探して歩き続ける。
しかしそこで、ふと知った声が聞こえた気がして立ち止まった。彼女の髪によく似た、黎明色の柔らかな花弁の薔薇。妙に気になり耳を傾ければ、そこから聞こえてくるのは縁自身の声だ。
『私からひとつ、秘密を』
星詠みの娘は言っていた、ここは時間すらも歪めて人の秘密を漏らすのだと。ならばこの薔薇が囁くのは、この先で彼女が打ち明ける秘密に違いない。
縁も普通に暮らすものだ、秘密のひとつやふたつ持っている。そのどれを語ろうかはいまだ迷っていたから、少し未来の自分が何を告げるのか――興味を持って、言葉の続きを聞いてみる。
『少し前に知り合いのお花屋さんからいただいた薔薇が、それはもう本当に綺麗で、とても嬉しかったんです。けれど枯れて失ってしまうのが惜しくて……こっそりローズリキュールに仕立てて、夜な夜な楽しんでいるんですよ。今夜はどのお酒にしましょうか、なんて言いながら』
薔薇が囁いたのは、幸せそうな語りだった。思わず、縁は表情を崩す。そうだ、こんな美しい薔薇の下なら、確かにこの話を打ち明けるのが相応しい。
そうっと黎明色の薔薇を撫でて、それから縁は再び歩き出す。語る秘密が決まったならば、後はもうガゼボへ辿り着き、実際に告げるだけだ。
迷いなく一歩一歩進んでいく縁だが、ふと思う。これが秘密なのか、なんて、このデスゲームの主催者ならば笑うかもしれないと。
(「秘密ですよ。大事にし過ぎだって笑われたら、恥ずかしいじゃないですか」)
胸の裡に反論まで浮かべたら、くすくすと笑い声が零れた。
この迷宮の薔薇も美しいけれど、あの日の薔薇を受け取った喜びには及ばない。思えば今夜もあのリキュールが飲みたくなって、縁の歩みは自然と早くなるのだった。
一歩でも迷宮へ足を踏み入れれば、そこはもう敵の|遊戯《テリトリー》の中だ。
先行する鷲宮・カイン(人間爆弾のレインメーカー・h08951)は、薔薇に囲まれた迷宮をゆっくりと見回す。
「薔薇の迷宮……と言っても、一本道みたいだね」
言葉を紡ぎながらも、左目につけた眼帯を少しだけ外してその目でも確かめる。機械眼『サイバネティック・アイ』に仕込まれた感知器による確認。星詠みの予知になかった部分を疑うわけではないけれど、危険がないか確かめながら進むのは、カインにとっては当たり前のことだったから。
「迷うことがないならいいんじゃないか?」
片割れに言葉を返しながら、躊躇いなく歩いていくのは鷲宮・アベル(人間爆弾の職業暗殺者・h08966)だ。双子の兄が何も言わないのなら、この場所に罠はない。そう当たり前のように考えて進んでいくから、カインは微笑んでその隣に並んだ。
「綺麗でいい香りがするね」
「匂い……すげー濃い、俺は鼻が痒くなる……」
くしゅん。不意にくしゃみをすれば、すぐにカインが『アベくん大丈夫?』と顔を覗き込んでくる。優し気な兄の顔、その背景には咲き誇る薔薇の壁。その並びを一緒に見ると、兄貴は薔薇が似合うな、なんて他人事のように思ってしまう。
顔は一緒の双子なのに、自分に薔薇が似合うとは思わない。この差は一体何なんだろう、とアベルが考える姿を、カインは視界の隅で見ているけれど気付かないふりをして。
そのままカインは囁きを漏らす薔薇を目線でちらりと見て、それからアベルへ問いかけた。
「誰かの秘密、ね。僕は別に聞かなくてもいいかな。アベくんは聞く?」
「秘密かぁ」
尋ねられれば、真っ先に浮かぶのはやはりカインの隠し事。この兄は双子なのに秘密が多くて、そんなところがずるいとアベルは常々思っている。それを薔薇から聞き出せると言うなら、気になるところではあるけれど――。
(「……いや。きっと俺がまたかよ! って言うような事だろうから聞かないほうが良さそう」)
アベルは考える、そもそも『聞かれるかもしれない秘密』とわかっていて明かす秘密が、そんな深いものであるはずがない。むしろ弟が耳を傾けるだろうことまで読んで仕込んでいる可能性の方が高いと気付けば思わず顔を顰めてしまって、アベルはそれを誤魔化すように口を開いた。
「別に興味はねーし……人の秘密なんて知っても良い事はねーだろ」
「……だと思った」
にこにこと笑顔で、短く告げるカイン。その言葉だけで全ての思考を先回りされている気がして、アベルは口をへの字に曲げる。そんな彼の表情見たらますます嬉しくなってしまうから、カインは悪戯っぽく口元に指先で触れてみせた。
「知りたい秘密があるなら、わざわざ花に教えてもらわなくても、自分で暴く方が性に合うしね」
「うわ、自分で暴くって……本当にそういうとこだよな、カインは」
俺もすぐ暴かれる、なんてわかっているから呆れてしまう。けれど次の瞬間にははっと閃いて、アベルは言葉を継いだ。
「あ、でも! 内緒にしてる美味い酒の情報とかなら聞くな」
世界にはまだ俺の知らない酒があるからな。紡ぐうちに興味が膨らみ、アベルの赤い瞳が薔薇を見つめる。そんな弟をアベくんらしいな、と思ったら可笑しくて、カインは笑いながら薔薇に近付くアベルを見守った。
「ふふ、じゃあ美味しい酒の情報聞いたら、僕にもお裾分けしてよ」
「言われなくても、そのつもりだ」
さらりと返して、アベルは薔薇の囁きに耳を傾ける。聞く秘密を選べるわけではない、始めに聞こえたのは子どもの可愛らしい秘密だった。それは聞かなかったことにして、次へ。そうして薔薇の道を歩きながら秘密を聞いてはすぐに忘れるようにしていたら、ついに求める秘密が転がり込んできた。
『……実は、ばあさんを薔薇の祭りに誘ったのは、そこで秘蔵の高級ウイスキーが開封されるからだったんじゃ。ドラゴンすら酔わせたと言う酒が飲みたくて……それがなんでこんなことに……』
「……カイン」
思わずきらりと瞳を煌めかせながら、兄にも秘密の囁きを聞いてもらう。アベルの傍に近寄り声を聞いたカインは、青い瞳を細めてふうん、と呟いた。
「この迷宮に攫われてきたおじいさんの声だね。この近隣の薔薇祭りなら、確か西の方角の街で……」
「次の行き先が決まったな」
前のめりにアベルが言えば、カインも頷き微笑む。だったら先を急ごう、と促し足早に歩き始めれば、アベルもそれに続くけれど。
「秘密といえば……カイン、俺の秘密の酒蔵に入ってるだろ」
不意に思い出したのは、先日買った覚えのないものが酒蔵に増えていたこと。誰にも秘密の大事なコレクションをしまっている場所のはずなのに――そんなところに入り込める者なんて、この兄しかいない。
指摘すればちょっとは驚くかと思ったのに、カインは全く表情を変えなかった。ただ、小さく首を傾げて答える声は、いつも通りの穏やかなもので。
「あれ、気づいてたんだ?」
「やっぱり! なんでバレてんだよ!」
思わず不満げに追及するアベルだが、双子の兄はそれをくすくす笑って聞き流す。いつ気付くかな、と思っていたことも内緒。いつ、何をきっかけに酒蔵の存在に気付いたのかも内緒。だって、簡単に開示したら面白くない。
「秘密を言い合うのはまだ早いよ、アベくん」
涼やかに言葉を返して、道の先へと視線を移す。まだ迷宮は終わっていないけれど、その先には薔薇のガゼボがある。秘密を打ち明けるのは、その薔薇の下でだけ。くすりと笑ってカインが告げれば、アベルはむ、と口を引き結び。それから小さくため息零して、いつも通りに言うのだ。
「おまえ、本当そういうとこだよ」
薔薇の迷宮を、金の瞳が冷静に見つめる。むせ返るような香りの中、薔薇が咲き誇る道。その先を静かに見つめて、|薄野・実《すすきの・みのる》(金朱雀・h05136)は穏やかに呟いた。
「一本道じゃ迷いようもないや」
敵もまだ姿を見せてはいないし、今はただ進めばいいだろう。思えば左耳のリミッターピアスにも軽く触れるだけにして、青年は道を進み始めた。
薔薇は西洋のアンティークなどに良く描かれているモチーフであることを、実は知っている。歴史ある花だと思えば、長命なエルフの伝承になるのも納得だと、此度の回避すべき未来の事件を思うけれど。同時に星詠みに伝えられた恋人達の姿を思い出せば、彼はつい苦い表情を浮かべてしまった。
(「人って追い込まれると醜い面がダダ漏れになるものだよね。僕も悪の怪人やってた頃は、そんな人の闇を結構見て来たし利用してた」)
|金朱雀《ヘリオフェニクス》ファルドとして、プラグマ傘下の組織で幹部を務めていた時代。あの頃に、人の汚い部分はたくさん見てきた。それでも彼が腐ることなく|EDEN《こちら》側へ戻ってきたのは、世界に綺麗なものもあると知っていたから。
(「……善人はどんな時でも善人だったな……|蒼き弾丸《ブレイブブルー》とかさ」)
今も昔も、眩しく在り続けるヒーローの姿が脳裏に浮かぶ。そうだ、彼ならばこんな|死亡遊戯《デスゲーム》に巻き込まれた一般人を救おうとするはずだ。そして今の自分にできることも同じなのだと思うから、実は迷わず道を進んでいく。
――しかし、そんな彼の耳に、不意に囁き声が聞こえてくる。
「あ、何か聞こえるな……誰かの秘密?」
薔薇の囁く秘密は、注意して聞き取ろうとしなければ聞こえないものだと星詠みは言っていた。しかしそれは、人間の聴覚を基準とした話だ。怪人である実の耳は、聞きたいと思わなくてもその囁きを正確に拾ってしまって――。
『母ちゃんが20年前に作った薄い本読んだ』
『ギルド長がヅラだとネット掲示板に書いたのは俺』
『こっそりデスカブト捕りに行ってちょっと死んだ』
「…………」
――聞こえる囁きを、選ぶことはできない。それは完全な事故だった。実は痛むこめかみを押さえながら、軽く頭を振って記憶を追い出そうとする。
「……聞かなかった。僕は何も聞かなかった」
表面だけをなぞればくだらない秘密、けれど深淵を覗いてしまったらちょっと気持ちが沈みそう。そんな絶妙な秘密達から逃れようと、実は早足で薔薇の迷宮を通り過ぎていく。
(「最後のは知り合い√能力者な気もするけど……違うと思いたいな、うん」)
浮かぶ顔は誰のものだったか。それすら認識しないよう目を逸らして、実は|死亡遊戯《デスゲーム》のガゼボを目指す。
迷宮の中へ踏み入れば、美しい薔薇達が二人を迎える。咲き誇る色とりどりの花は、遅めの春を喜ぶようで。これが|死亡遊戯《デスゲーム》の会場かと、|和紋・蜚廉《わもん・はいれん》(現世の遺骸・h07277)は静かに周囲を見回す。
「物騒な名の舞台でも、風景は実に壮観だ」
「何重の花びらがふわふわできれいですね」
彼が感想零せば、隣でうっとりと道を見つめるのは|不忍・ちるは《shinobazu chiruha》(ちるあうと・h01839)だ。まさに女の子のロマン、と言うべき光景に胸が弾む。すっかり薔薇の鑑賞に心惹かれている彼女を見て、蜚廉は小さく微笑んだ。
「漂う芳しい香りに迷わぬよう、手を繋ごうか」
「はい、一緒にお散歩ですね」
当たり前のように手を取り合い、二人は薔薇咲く道を進んでいく。秘密を囁く声が蜚廉の潜響骨に触れるけれど、彼は特に気にしない。だって今は、ちるはと共に歩くこのひと時が大切だから――。
そうして温かな気持ちに身を浸しながら迷宮を歩く蜚廉だったが、不意に、ちるはの手が離れる。どうしたのかと視線を向ければ、彼女はにっこりと笑顔で言葉を紡いだ。
「写真撮るので待ってくださいね」
すちゃっとスマートフォンを取り出して、すぐに蜚廉の傍を離れていくちるは。その姿を立ち止まって見送る彼は、手に残る温もりを名残惜しく思ってしまっていた。
「……うむ。記念を残すのは大切だ」
それでも、帰ってくるのがわかっているから止めはしない。そんな蜚廉の心の裡はちるはもよく理解しているから、手短に済ませようと急ぎ薔薇へ向けてスマートフォンを構える。
――本当は、写真を撮るなんて適当についた嘘だった。本当の目的は、薔薇から聞こえた囁き声。他人の秘密なんて気にならない、と思っていたちるはだけれど、風に乗って聞こえてきた声が大好きな人のものだったら、話は変わってくる。
ちるはが画面越しに見つめるのは、真紅の薔薇だった。花弁が高潔なイメージ与えるその一輪から、蜚廉の声が聞こえてくる。時間をも歪めた|死亡遊戯《デスゲーム》会場、この囁きは先のガゼボで彼が打ち明ける秘密のはず。
――一方、離れていったちるはをじっと待つ蜚廉もまた、ふと聞こえた声を潜響骨で拾っていた。近付かなければ聞き取れないはずの秘密、けれど想い人の声であれば多少薔薇と距離があっても鮮明に聞こえてしまう。
「……ふふ」
思わず、笑い声が零れた。そんな蜚廉の元へ、ぱたぱたとちるはが駆けて戻ってくる。
「きれいな薔薇が撮れましたー♪」
笑顔を浮かべて画面を見せれば、そこには美しい紅薔薇の姿。ちるはの口元はにへーっと緩んでいるけれど、それがいい写真が撮れたからだろうと蜚廉は疑わない。そしてちるはも、蜚廉の『とくべつがんばる』を応援したいから、今は何も知らないふり。
「満足出来たのなら、何よりだ」
優しくそう言葉を紡いだ蜚廉が、再び彼女と手を繋ぐ。聞こえてきた|ちかいひと《ちるは》の可愛い一面は胸の裡へ隠して、今度は離さないと言うようにしっかり手を絡めて。
(「……単純だな、我も」)
思えば苦笑も零れてしまうが、こうして心を動かす彼女の一挙手一投足すら愛しいのだ。すっかり定位置となった隣で笑うちるはを見れば、ガゼボで打ち明ける秘密も自然と決まって蜚廉は穏やかに微笑むのだった。
第2章 冒険 『秘密を告げる時』
●薔薇の下で
薔薇の迷宮を歩いていくと、やがて開けた空間に辿り着いた。|死亡遊戯《デスゲーム》会場、そこには複数のガゼボが点在している。そのどれもが美しい薔薇に飾られていて、参加者を歓迎しているようだった。
「……来たね、新たな挑戦者さん」
どこからともなく聞こえてくるのは、ゲームマスターの声。恐らく何か特殊な術を使っているのだろう、声の発生源を特定することは難しいし、声の主に姿を現す気もなさそうだ。
声はEDEN達に、ガゼボの中へ入るよう促してくる。薔薇の下。それぞれがガゼボを選び入ったら、その中央で一輪の薔薇が花開いた。
「さあ、薔薇の下で秘密を打ち明けてごらん。どんな秘密だっていいけれど――お相手がいるならその人に纏わるものがいいんじゃないかねえ? 制限時間はその薔薇が花弁を全て落とすまで、間に合わなければ失格、即死亡だよ!」
楽しそうに笑いながら、ゲームマスターが開始を告げる。
EDEN達にできることは、ゲームに従いここで秘密を打ち明けること。制限時間内にひとつ言い切ればいいので、予め決めてあるならそう時間はかからない。ゲームマスターに何か言いたいことがあるならば、秘密を打ち明ける前に声掛けてみれば答えが返ってくるかもしれない。
彼らがこの会場へ辿り着いた時点で、星詠みに視得た恋人達の悲劇は回避されている。後はどうこのゲームをクリアするかだけ。全員が無事にミッションを果たせば、ゲームマスターは姿を現すだろう。
「私の秘密……秘密か……」
辿り着いた|死亡遊戯《デスゲーム》の会場で、|真壁・蒼穹《まかべ・そら》(飛燕空剣流末弟子・h02281)は導かれるようにガゼボに入って呟く。
彼女の目の前で、ふわりと花開く一輪の薔薇。色とりどりの薔薇で飾ったガゼボの下で、花弁を落とし時を告げる薔薇へ近付いて。蒼穹は、その花に誰にも聞かれぬよう、そうっと話しかけた。
「私……生まれてから生活していくうえで気が付いたんだけど……どうやら異性を恋愛対象として見る事が出来ないみたいなのね」
かつてレプリノイドとして作られ、今は人間災厄と化した蒼穹。彼女が惹かれる相手は、いつも女性だった。
「気が付いたらこの子いいな、この人なんだかいいな、って女の子の事ばかり追っている。けど、恋愛の猛者って訳でもないの。生まれてこの方恋愛なんてしたことないし……。何でなのか自分でもさっぱり分からないのよ……」
そこまで言葉を密やかに紡いで、蒼穹はため息を吐き出した。何でだと思う? なんて問うたところで、薔薇も、このゲームの主催者も何も答えてくれないことはわかっている。ただ、この性質と、そしてそれに戸惑う自分がいる。それを秘密として打ち明ける。
はらり。落ちた薔薇の花弁を一枚そっと拾って、蒼穹は緑色の瞳でそれを見つめる。それから、彼女はさらに胸の裡に浮かんだ言葉を、薔薇に打ち明け始めた。
「けど……ひょっとしたら、私が人間災厄になった原因そのものとそれは繋がっているような気がして……。分かんないけどね」
そうだ、蒼穹は自分のことがよくわからない。けれどそれを恐れているような雰囲気は彼女にはなくて、ただ、あるがままを受け止めよう、受け入れようとしているように見える。
「いい人が見つかって生き甲斐が見つかればよし。そうでない場合は……」
小さく微笑みを浮かべて、言葉はそこで切った。すると、主催者は蒼穹の声を聞いていたようで、ガゼボの上から声を降らせる。
『そうでない場合は……何だい?』
「……さあ、何でしょうね」
はぐらかしているとも、まだ本人にもわかっていないとも、どちらにもとれる口ぶりだった。そうして蒼穹は、さらに主催者へと声をかける。
「秘密は打ち明けたわ。これでクリアなんでしょう?」
尋ねたら、主催者の声は可笑しそうに笑った。そして声が『そうなるねえ』と答えると、次へと進む扉が開く。
今蒼穹が語れるのは、ここまで。でも、今はそれでいいのだと。胸の裡を確かめるように、蒼穹は静かに瞳を閉じる。そして、再び目を開いた時は――決意を固め、未だ姿を見せない|死亡遊戯《デスゲーム》主催者へ向かって歩き出すのだった。
色とりどりの薔薇で飾られた白いガゼボは美しく、ロマンチックな物語の舞台になりそうだ。
けれどそんな風景を楽しむ余裕もなく、|不忍・ちるは《shinobazu chiruha》(ちるあうと・h01839)は眉を寄せながら薔薇の下へと近付いていった。
「秘密ですよね……むむ、む……」
どうしようかと考える素振りを見せるちるはだけれど、内心、打ち明ける内容はひとつしか浮かんでいなかった。
(「言うとしたら“あれ”ですね。……小さい頃からがんばっているのですが……」)
長いこと対峙してきた秘密だからこそ、軽々しく口にすることはできない。内心の葛藤は表情に出ていて――それを見た|和紋・蜚廉《わもん・はいれん》(現世の遺骸・h07277)も、何を言おうかと思案する。
「随分と手の込んだ悪戯だ。しかし、秘密か……“あの事”しか思い当たらぬが」
蜚廉の方は、打ち明ける内容はすぐに決まった。思い浮かぶそのままを、声にしてしまおうと判断する。だって彼が見てきた限りでは、先程の薔薇の迷宮でちるはは薔薇の囁きを聞いていないはずなのだ。肝心の彼女に聞かれないのであれば、蜚廉は堂々とその秘密を語ることができる。
決心した様子の蜚廉を見れば、ちるはは制限時間を示す薔薇の正面の位置を彼へと譲る。
「蜚廉さん先言います? どうぞどうぞ」
すかさず先手を蜚廉に任せたのは、まだ打ち明ける覚悟ができていないから。彼が語る間に決めてしまおうと、ちるはは難しい表情を浮かべたままに一歩下がった。
入れ替わるように薔薇の前へと進み出て、蜚廉は静かに口を開く。ガゼボを飾る、薔薇の下。迷宮の薔薇達に倣って囁くように打ち明けたのは、彼の大切な秘密だ。
「実は最近、ちるはの喜ぶ顔をもっと見たくて和菓子作りの練習を始めている」
薔薇は、その言葉を静かに受け止めている。だから蜚廉は、言葉を重ねて。
「我ながら似合うとは思わぬが、ちるはの笑顔が見られるのなら幾らでも励めるというもの。……不慣れ故に失敗も多いがな」
しかしそんな失敗すらも、成長しスキルを習得するには必要な過程だと思う。だからこそそれら全てを受け入れて、蜚廉は迷うことなく自身の秘密を語り切った。
そうして、どこか晴れやかな顔をした彼は、ちるはも前へ出るようにと促す。
「次は、ちるはの番だぞ。早く言わねば花弁が落ちてしまう」
「私……あ、はい、言います……」
流石にその結末は避けたいのだと、蜚廉に言われたらもう逃げ場はない。ちるははひとつ深呼吸をして覚悟を決めると――ちらり、蜚廉が聞いていないことを確かめて、やっと打ち明け始めた。
「実はにんじんが苦手です……。きちんと食べますし残しませんがすきではない……です……」
言葉を紡ぐうちに、ちるはの頬は勝手に赤くなり、声も尻すぼみになってしまう。ちるはだって、この歳になって好き嫌いなんて恥ずかしいと思っているのだ。でも、かのにんじんを克服する日は一生こないだろうとも思っている。複雑な感情を抱えたままだからどっと疲れが押し寄せてきて、ちるははため息をつく。
「はー……言い切ったら疲れました……」
そうして、もう一度蜚廉を見る。ここで打ち明ける秘密は隣の人にも聞こえない。そうゲーム主催者の声も言っていたから、そこは信じられるのに。青の瞳を向けた先で蜚廉が機嫌よさそうにしていたら、ちるははつい警戒してしまう。
「蜚廉さん、秘密を明かしたのににこにこすぎませんか?」
「む? そうか?」
じいっとちるはに見つめられて、蜚廉はそう答えるが緩む口元を直せない。
だって、彼はもう、薔薇の囁きを聞いているから。彼女が妙に緊張していたのも、今語り終えて疲弊しているのも、その原因がにんじんだと思えば微笑ましくもなるというものだ。
(「きっと、先の楽しみを想像してしまったからだろうな。思えば随分と欲が出てきた」)
心の裡でだけそう考えたら、やっぱり笑みが零れてしまう。そんな蜚廉の様子は気になったけれど、ちるはは『今はまだ』何も言わない。目の前の彼の優しい笑顔を見ていれば、メンタルだってつられるように回復してご機嫌になってしまうから。
「蜚廉さん、扉が開いたみたいです。先へ進みましょう」
彼にかける言葉も、自然と明るくなる。ちるはは蜚廉の笑顔の意味まではわからなかった。自身は蜚廉の秘密をこっそり聞いたけれど、彼も同じことができるという点については全く気付いていなかったからだ。
そんなちるはに頷いて、蜚廉は次へと続く扉を率先して潜る。
(「この秘密は――もう少しだけ、隠させて貰うよ」)
薔薇に囁いたのとは別の、新たな秘密が生まれてしまった。思えば可笑しくて声零して笑う蜚廉だったが、ちるははそんな彼へとにっこり笑いかけて、共に行こうと扉の中に飛び込むのだった。
辿り着いたガゼボを見つめ、|薄野・実《すすきの・みのる》(金朱雀・h05136)は薔薇の下へと移動する。警戒する視線を周囲に向けながら、ゲームマスターの声を聞いて。秘密を打ち明けろ、と言われた後で、彼は眉を寄せながら呟いた。
「王様の耳はロバの耳……の床屋は木の虚に秘密をぶちまけたけど、結局漏洩したよね」
相手は簒奪者だ、打ち明けた秘密を秘密のままにしてくれるのか、疑わしい。警戒強めた実は、ガゼボの天井を見上げ声を上げた。
「GMさん、聞いてるんでしょ。個人情報保護大丈夫なの?」
「あぁ? 細かいとこを気にするねえ……そうだね、うん、個人情報の保護はできてるよ!」
ゲームマスターの声はそう答えるけれど、返事を言葉にする前に間があったことを実は聞き逃さない。すでに薔薇の迷宮を通ってきた彼は知っている、打ち明けられた秘密は、囁く薔薇達によって暴かれてしまうのだ。
(「秘密は個人情報ではないってことなのか、それとも秘密の内容だけで名前とかは漏らしてないからか……」)
そんなことを考えている内に、中央で花開いた薔薇がはらりと一枚の花弁を落とす。時間制限があるのだということを思い出して、実はため息をついた後で己の裡の秘密を語り始めた。
「さて、僕の秘密ね。えっと……僕は人間じゃありません」
大小様々な秘密のうち一つを言えばいいとしても、やはり隠し続けているこの事実を伝えなければならない。
「悪の怪人やってて、この√ドラゴンファンタジー世界でも活動してました。魔法技術や魔法具盗んで組織に持ち帰ったり、一般人を戦闘員にスカウトしたり……まぁ色々悪い事してたかな」
四天王の一人、|金朱雀《ヘリオフェニクス》ファルドとして、人々を苦しめていた時代を思い出しながら悪事を並べて語る。それを聞いて『ほう』と呟く敵の声は、興味に満ちていて。だから実は慌てて説明を付け加える。
「あ、今は人間の心取り戻して更正済だよ! 最近は自分で設営命じたアジトや罠を潰し回ったりと償い活動中」
今日この死亡遊戯迷宮へ来たのだって、そのためだ。秘密を抱えている、だからこそ実は迷わず正しい方の道を進んでいる。そして、そんな彼の姿を知る者がいることを思い出せば、実は一瞬だけ金色の瞳を細めた。
「一部の知人には怪人だとバレてるけど……。最悪でも、大切な彼にさえヒミツに出来ればそれで良い」
幼馴染で、実直で正義感に溢れ、けれど身体が弱い彼。|大切な人《Anker》である彼に、人ではなくなったことを知られなければ、実はまだここに立っていられる。
――本当のことを言えないのは、心苦しいけれど。それ以上に彼の心を傷付けたくないから、実はこの秘密を一生抱えていくつもりでいる。
(「彼に嫌われたら僕も生きていけないし、ね」)
ちらり、脳裏に過ぎるのはいつの日か見た悪夢の残滓。しかしそんな想いまでは打ち明けなくともいいだろうと、実は口を噤む。
扉が開く、これを潜って先へ進めば、|主催者《ゲームマスター》とのご対面だ。実はそっと左耳のピアスに触れると、迷いのない顔で奥へと歩き出した。
導かれるままにガゼボへ入りながらも、エアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)は困惑していた。
「そんな恋の秘密なんか持ってないんだけど、あたしっ!?」
迷宮で囁く薔薇の話を多数聞いて、『恋って難しいなぁ』と思ったばかり。それでさああなたの番です、と言われても、何を打ち明ければいいか――。
「え、えと、えと、どうしようかなぁ……」
慌てて思考を巡らせるエアリィの目の前で、はらりと薔薇の花弁が落ちる。このままでは、悩んでる間に時間切れになってしまうかもしれない。それは何としても回避しなくてはならないから、エルフの少女はきゅっと拳を握り締めると、思い切ってゲームマスターへ問いかけた。
「この秘密って、恋にかかわるもの以外でもいいの? ほんと、どんなものでもいいの?? あたし、まだ恋とかしたことないんですけどっ!」
「おや、可愛らしい質問だね。なんだっていいさ。アタシは恋の話が好きだけどね」
クスクスと楽しそうに笑いながらの返事が、エアリィの頭上から降りかかってくる。少々怪しさを感じるゲームマスターではあるが、ゲームのルールについては嘘は言っていないはずだ。少女は花弁が落ち切る前に言うだけ言おうと、考え始める。
「……ひみつ、ひみつ。これ、あたしが秘密にって思っているものでいいんだよね?」
言葉として不安が滑り落ちてくるのは、エアリィの考える秘密がささやかだから。薔薇達が囁いたような、わかりやすく切実な秘密をエアリィは持たない。だからこそ、『なんだそんなこと』なんて笑われるかもしれないと思ってしまうけれど――答えなければならないのだから。
「……。すーはー」
深呼吸を数度繰り返す。人には笑われるかもしれなくたって、少女にとっては大切な秘密。やっとのことで覚悟を決めて、エアリィはその若葉色の瞳で薔薇を見つめて言葉を紡いだ。
「えっと、新しい魔法をお勉強してて、おかあさんといっしょに戦えるようなものを練習しているの。まだ誰にも内緒ですっ!」
言った。初めて打ち明けた秘密。思わずぎゅうっと瞳を閉じるエアリィだが、周囲に変化は訪れない。だめだったのだろうかと思った彼女は、慌てて言葉を継ぐ。
「……じゃあ、3日前に冷蔵庫のプリンを食べたの、あたしです! ごめんなさいっ!」
これでいいかな? そう不安げにそわそわとするエアリィへ、再び笑い声が落ちる。
「あっはは! オーケーだよ、可愛いお嬢さん。その魔法、使えるようになるといいねえ?」
もっとも、アタシはその力を得たアンタに母親が嫉妬するとこが見たいけどね。そんな意地の悪いゲームマスターの言葉とほぼ同時に、扉が開く。敵に返事をするならば、次は直接対面して告げるのがいいだろう。
エアリィは真剣な顔で扉の中を睨むと、そのまま一歩を踏み出した。
|死亡遊戯《デスゲーム》の会場へ辿り着いた二人は、周囲を見回した。いくつものガゼボが点在している。そのどれもが薔薇で飾られた、美しい場所だ。
「あのガゼボにするか」
注意深く観察した後で、鷲宮・アベル(人間爆弾の職業暗殺者・h08966)は呟き、ひとつのガゼボへ入っていく。その後からは、微笑みを浮かべた鷲宮・カイン(人間爆弾のレインメーカー・h08951)もついて歩き、二人は同じガゼボへと足を踏み入れた。
瞬間、ガゼボの中央で薔薇が一輪、ふわりと花開く。
「うお。花が咲いた……」
赤い瞳を瞬くアベルと、穏やかに微笑み双子の弟の反応を眺めるカイン。そんな二人にゲームマスターがルールを説明するから、アベルは唇を引き結んで考え込んだ。
(「秘密、か……。俺はそもそも秘密にしてることが酒の隠し場所くらいしかない!」)
ゲームマスターは、秘密は何でもいいと言っていた。例えば|カイン《兄》であれば、涼しい顔で酒の隠し場所をそのまま告げただろう。
しかしアベルは違う。『お相手がいるならその人に纏わるものがいいんじゃないかねえ?』、そうゲームマスターに言われたからには、応えるべきかと考えて――そうなると一気に難しくなってしまうのだ。
(「酒の隠し場所はカインにはばれてるし……。……カインに秘密にしてること……」)
ちらり、とカインへ視線を向けると、彼は変わらずにこにこと微笑んでいた。アベルが何を答えるか悩んでいるのも、わかっている。だからカインは静かに花の前へ進み出て、先に秘密を告げることにした。
(「僕の秘密、ね。秘密というか、誰にも言ってないことはいっぱいあるけど」)
でもそれは、必要だから秘密にしているだけだ。何もやましいことはない。そう思うカインだからこそ、迷いのない青い瞳で薔薇を見つめて、真っ直ぐに声を発した。
「アベくんや兄弟妹が幸せなら、それでいいと思ってる。だから――地獄に堕ちるなら、僕だけでいい」
それは秘密であり、彼の一番大切な覚悟だった。声は真っ直ぐに届けるのに、その顔は何でもない世間話をしているみたいに笑顔を浮かべている。アベルに、悟られることがないように。
カインは知っている、アベルは――そしてこの前後に来るかもしれない兄弟だって、薔薇の囁きを盗み聞くようなことはしない。だから今傍らにいる|アベル《弟》さえ騙し切れば、その覚悟は心配する人達には気付かれないのだ。
彼の思惑通り、アベルにはカインの打ち明ける秘密はわからなかった。秘密を語る声だけが、何かに遮断されたように聞こえてこない。それでも、アベルは思わずむすりと口を閉じる。
(「カインもなんか打ち明けてるけど、なんか普通の顔してろくでもない事を言ってるんだろうな」)
そういうとこは、ムカツク。それだけはわかってしまった。しかしいつまでもむっとしてはいられない。気付けば薔薇の花弁は、もう半数が床へ散っているから。
「あ、やばい、散り始めてる! っと……俺は……」
焦った声を上げて、アベルは思考を巡らせる。カインに秘密にしていることなど、浮かぶのはひとつしかなかった。もしかしたらここで告げると、何らかの要素でバレてしまうかもしれない。けれど告げなければ共に死ぬことになる、ならばこのガゼボの不思議な秘匿の力を信じて声に出すしかない。
「つ、次の誕生日にカインと一緒に飲む酒を隠してる……!」
勢いつけて告白するアベルを、カインはいつも通りの顔で見守っていた。何となく、何のことを告げてるかわかるけれど、敢えて何も言わない。するとアベルは深いため息をひとつ落として、それからぼそりと零した。
「これで、いいのか……! この秘密は、絶対に隠し通す……!」
ぐぐっと拳を握っての決意は、アベルらしい。思わずクスクスと笑い声を上げながら、カインは彼の顔を覗き込んで。
「言い終わった? なら行こうか、アベくん。まだ遊戯は終わってないみたいだしね」
語り掛けながら目線で示す先には、開いた扉があった。ゲームマスターの待つ場所へと繋がる道。このゲームも、もうすぐお終いだ。
ああ、と答えたアベルが、カインと同時に歩き出す。けれどその胸にはやっぱり不安があったから、彼は兄へと問いかけた。
「カイン、俺の秘密聞いてないよな? 本当に聞いてないよな?」
「ふふ、聞いてないよ。もちろん本当だよ」
相変わらずにこにこと笑いながら答えるカイン。その言葉に嘘がないことはアベルにもわかる。――そう、確かに『聞いて』はいないから。
「あ、そうだ。今度僕も、アベくんの秘蔵の酒、飲みたいな」
「っ……! 秘蔵のは、ねぇよ!」
まるで迷宮での話題を思い出した風に言うけれど、『秘密の酒蔵』の話しかしていないことをアベルは覚えていた。引っ掛からないよう慌てて突っ込むけれど、その反応に笑う顔すら、全て見透かしているようで落ち着かない。
(「聞いてないはずなのに、なんでかばれてる気しかしねぇ」)
やはり、兄には隠し事はできない。そう思いながらも、アベルはやっぱり二人の誕生日の酒については決して自ら打ち明けたりしない。誕生日まで、あと約七か月。気付かれているかもしれないけれど、それでもアベルは隠し通すのだ。
ガゼボの下へと歩を進めた|恵宮・アキ《えみや・あき》(恋愛知らぬ心優しき乙女・h13025)は、周囲を確かめるように眺める。ガゼボの屋根を飾る色とりどりの薔薇、その下に立つ形となる自分。その目の前には、ふわりと花開く一輪の薔薇があって。ゲームマスターの声を耳にすれば、彼女はそっとため息を吐き出す。
(「秘密、ねぇ……」)
浮かんだ秘密は、ひとつだった。だからアキは、感情を吐露するようにぽつぽつと語り出す。
「あたし、恋愛の感情がわからないみたいなんだ。自覚は薄いけどね。こう、第三者的なカップルの恋愛はわかるし、見るのも好き。けど、いざ自分が当事者になった途端に、自分に向けられる恋愛感情がいまいち理解できないの。回りくどいと特に」
呟くようなアキの声を、薔薇はただ静かに聞いている。それが不思議と心地好くて、彼女はさらに言葉を重ねた。
「どうしてこうなったのかは、心当たりがある。けど、その秘密は別の機会にしておくね」
打ち明ける秘密は、ひとつでいいはずだから。小さく笑みを浮かべてアキが話を打ち切れば――期待通りに、次の場所へと進む扉が開く。
アキは迷いなく歩き始めた。彼女の抱える秘密は、きっと自身の根幹に関わるものだとわかっている。だからここで全ては語らずに、静かに前へ進んでいく。
ゲームマスターの声を聞いた後でも、|如月・縁《きさらぎ ゆかり》(不眠的酒精女神・h06356)の見つめる薔薇は少しもくすまない。
「ガゼボの中も素晴らしいですね。依頼でなければずっとここで過ごしたいくらい」
そんなことを弾む声で呟いて、女神はゆっくりとガゼボの中へと入っていく。中央に視線を向ければ、ふわりと開いて縁を迎える一輪の薔薇。それは先程の迷宮で見たのとそっくりの黎明色で、彼女は先に聞いた秘密を思い出していた。
「すっかりお酒飲みに帰る気分でしたが、本題はこれからでしたか。では秘密に秘密を重ねましょう」
微笑みに悪戯心を潜ませ、縁はそうっと薔薇へ近付く。もらった薔薇で、こっそり仕立てたローズリキュール。先に聞いた彼女の言葉は、そのエピソードを随分と美しく語っていたけれど。本当の始まりは事故に過ぎなかったのだと、打ち明けることにして。
「ええと、さっきお伝えした、いただいたバラをリキュールにしたって話。実は水と間違えて花瓶に焼酎を注いでたんです」
いくら水のように酒を飲む縁でも、自分がそんなうっかりミスをするとは思っていなかった。だから美しい薔薇に顔を近付けては、『お酒の香りがする薔薇』と思っていたのに。実際には自分で香り付けをしていたのだから、気付いた時にはそれはびっくりした。
「……結果的にお気に入りのリキュールが増えたので、良かったですが。もう、これこそお花屋さんには言えない秘密です」
語れば少し恥ずかしくなってきてしまって、縁は熱くなった頬を誤魔化すようにぱたぱたと手で扇ぐ。そんな可愛らしい一面を見せる縁に、ゲームマスターの声は面白くなさそうに言った。
「ふぅん、美味い酒になったならよかったじゃないか。アタシはもっと、酒に呑まれた失敗談とかの方が興味あるけどねえ?」
「あら、秘密は何でもいいんですよね?」
探りを入れるような声に涼やかに返したら、ゲームマスターはもう何も言ってはこなかった。代わりに、閉ざされていた扉が開き、彼女を先へと促す。
縁は名残惜しそうにガゼボの光景をもう一度眺めて、それから扉の先へと足を踏み出す。戦い終わって帰ったら――この景色を思い出しながら、ローズリキュールを楽しもうと心に決めて。
第3章 ボス戦 『大嘘の狐・ワファー』
●荊の中のゲームマスター
薔薇のガゼボで秘密を打ち明け、扉を開いたら――その先に広がっていたのは、|荊《いばら》の空間だった。
好き勝手思うままに成長した荊達があちこちへ伸び、絡まり合い、巨大な壁を形成している。そんな荊の壁に囲まれた空間で、中央に座し笑っているのは狐の獣妖。
「あーあ、ここまで辿り着いちまったのかい。もう少し苦しんでほしかったんだけどねえ」
紫色の妖しげな煙を纏った狐が、口を開く。その口から零れた声は、ガゼボで聞いたものと同じだった。
『大嘘の狐・ワファー』――この敵こそが、|死亡遊戯《デスゲーム》のゲームマスター。|死亡遊戯尊《デスゲームのみこと》に雇われ、ここで秘密に纏わる人の不信を楽しんでいた獣妖だ。
ふと見れば、ワファーの背後には倒れている一般人が複数存在している。何かしたのか、とEDEN達が問う前に、狐はくつくつと笑って。
「おやおや、怖い怖い。|まだ《・・》何もしてないさ。尤も、アンタ達の出方次第では、アタシの代わりに戦ってもらうけどねえ」
彼女の口振りにEDEN達は察する、一般人達は√能力者との戦闘に備え、ここに囚われていたのだ。ワファーの嘘に洗脳されて襲い掛かってきたら、√能力者と言えど戦うことに躊躇するだろう。この狐はきっと、そんな様を楽しむためにこの場を用意している。
彼ら一般人を解放するには、ゲームマスターである『大嘘の狐・ワファー』を倒さなければならない。嘘と洗脳を巧みに操る敵は油断ならないけれど、戦わなければデスゲームは終わらないから。
EDEN達が戦闘の姿勢を見せると、ワファーは声を上げて笑った。
「あっはは! 戦う気満々だね! いいだろう、その心へし折って――何も信じられなくしてやるよ!」
※ワファーの√能力による攻撃については、事前に防いでも、喰らって精神的な揺さぶりに対抗しても構いません。お好きなようにプレイングに行動をお書きください。
SPD攻撃の場合、基本的には囚われの一般人が攻撃してきますが、洗脳されたお連れ様との戦闘などもプレイングに指定いただければ可能です。
(「……キツネだ」)
愉快そうに笑う『大嘘の狐・ワファー』を見て、|恵宮・アキ《えみや・あき》(恋愛知らぬ心優しき乙女・h13025)は藍色の瞳を瞬く。てっきり、最後に待つのは|死亡遊戯尊《デスゲームのみこと》だと思っていたのだ。どういうことだろうと問うより先に、別の問いを投げかける少女がいる。エアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)だ。
「せっかくだから聞きたいんだけど。秘密を聞いてどうしたかったの? こっそりプリンを食べた秘密とか、あまり何の役にも立たない気がするんだけど……」
精霊剣『エレメンティア』と精霊銃『エレメンタル・シューター』。愛用の銃と剣を手に取りながらエルフの少女が問えば、ワファーはくつくつと笑い、答える。
「アタシはただの雇われゲームマスター。この死亡遊戯迷宮を作ったのは|死亡遊戯尊《デスゲームのみこと》だからねぇ、聞いた秘密をどうこうするつもりはなかったんじゃないかと思うよ」
アタシはその秘密で拗れる人を眺められて楽しかったけどね。瞳を細めるワファーを見れば、エアリィも察する。星詠みの視た未来は阻止できたけれど、この死亡遊戯迷宮がある限り、ワファーは人の心を惑わそうとするだろう。
そんな未来は、防がなければいけない。だからエアリィは若葉色の瞳に決意の光灯して――ちらり、周囲を観察した。
(「さて、一般の人達を巻き込むのは……」)
獣妖の狐の後ろには、気を失った人々が倒れている。エアリィが攻撃すれば、敵はきっと彼らを洗脳し、けしかけてくるだろう。それは避けたいが、かといって精霊魔術の戦闘をメインとする彼女に対抗策はない。速攻しかないか――そう思考を巡らせるエアリィだが、そこで一歩、前へ踏み出す少女がいる。
「……洗脳を得意とする相手か……。それなら、ちょっと業腹な気もするけど、私の権能の出番だね」
金色のポニーテールを揺らして、進み出た|真壁・蒼穹《まかべ・そら》(飛燕空剣流末弟子・h02281)が言葉を紡ぐ。人間災厄である彼女は、ワファーと同じく精神・認識干渉、あるいは関係性干渉系統の能力を操る。一般人もEDENも、敵に洗脳されてもそれを解けばいいだけのこと。
(「ついでだから精神汚染も乗っけて徹底的に私色に皆を染めて立ち上がってもらおうじゃない」)
心の裡で思いながら、蒼穹は力を解放する。ふわり広がるのは炎の揺らめき、けれどそれは熱も持たずただ人の心を震わせて。
「私に命じる……皆に命じる……皆、私を見て、私を必要として!」
その声によりついに発動した権能は、倒れた人々の元へと届いた。目覚めて起き上がる人々に、ワファーが顔を歪める。
「チイッ、せっかく集めたんだから、奪わせないよっ」
舌打ちひとつ、鋭い爪持つ手を構えた狐が、言葉を紡ぎ始める。アタシは平和主義者、だから武装を解除してほしい。その語りは空間自体を歪め彼女の言葉を信じる場を作り出すが、蒼穹の力を受けた人々はそれでも動ける。
そして、そこへさらにアキが√能力を重ねるように発動する。攻撃系の√能力では、ワファーだけでなく一般人も傷付けてしまいそうだった、だから彼女が選んだ手は『忘れようとする力』の行使だ。
「悲しいことは、忘れてしまいましょう。さあ、皆さんこちらへ」
優しく微笑み手招けば、一般人達は混乱もなくEDEN達のもとへと駆けてくる。ワファーが慌てて阻止しようとしてくるが――それは、エアリィが許さない。
「……今なら、行けるっ!」
彼女の体には、精霊六属性の魔力が満ちている。精霊銃でワファーを撃ちながら、エアリィは空へ浮かび上がる。そしてそのまま獣妖の狐へ突進し――剣と銃を、放り投げた。
「なっ!? は、離せ!」
慌てて暴れるワファーだが、エルフの少女は構わずその身に抱き着いて。敵の毛並みを掴んだ手へと、精霊の力を収束していく。
「これがあたしの奥の手っ! ふっとべーーっ!!!」
ゼロ距離からの発射、周囲にはもう一般人はいない。ワファーだけを対象に放たれた|六芒星精霊収束砲・零式《ヘキサドライブ・エレメンタル・ブラスト・ゼロ》は、敵の体を包み込んだ。
「ああああっ! おのれ!」
砲撃を喰らい、狐の体が後ろへ飛ばされる。苦悶の声を上げるワファーに、さらに蒼穹が追撃を放つ。敵の頭上まで近付いた『デュアルメアデバイス』が攻撃を降らせる中、近付く彼女の手には霊剣が握られていて。エアリィが後退するのと入れ替えに、狐の懐へと飛び込んだ蒼穹は刃を横薙ぎに一閃した。
「一般人はこれでもう大丈夫です、後はワファーを倒すのみですね」
救出終えた一般人達を背に庇い、アキは√能力の回復を撒く。蒼穹の斬撃をまともに喰らったワファーはよろめく、対するEDEN達は無傷だ。このまま攻撃を重ねれば、必ずこの死亡遊戯迷宮を消滅させることができる。確信を胸に、三人は改めて簒奪者を睨むのだった。
荊が張り巡らされた空間へとやってきて、|和紋・蜚廉《わもん・はいれん》(現世の遺骸・h07277)は『大嘘の狐・ワファー』を睨む。
「随分と小賢しい策を弄してくれる。秘密を守る為にも――此処で汝には退場願おう」
「ええ、秘密を聞かれたからには忘れて頂きましょう」
身を低くし戦闘体勢を取れば、隣で|不忍・ちるは《shinobazu chiruha》(ちるあうと・h01839)も構えている。彼女の黒い瞳はやる気に満ちていた――恥ずかしい秘密を敵に知られた、ならばその記憶を物理で吹き飛ばす他ない。
すると、そんなちるはを見てワファーが楽しそうに笑う。
「あっはは! そっちのお嬢さんはやる気満々だねぇ! でもいいのかい? アンタの秘密を暴く敵は――アタシじゃなくてソイツさ!」
狐の声は、洗脳の力を持つ。ちるはが耳にしたそれはふわふわと彼女の裡へ浸み込んで、少女の瞳がとろりと沈む。
「あれ……自分で言う? 言わなければ狐さんが言う? いえそれはだめです、から……!」
急に顔を真っ赤にして、ちるはが慌て始める。ワファーの洗脳の支配下に置かれたようだけれど、どうやらその洗脳は『蜚廉へ秘密を暴露する』方へ効いてしまったらしい。追い詰められたちるはは、聞かせるわけにはいきません、と、蜚廉へ近付いて。そのまま、何の迷いもなく彼の頭部の後ろ側面――耳の辺りを押さえるように両手を伸ばした。
「蜚廉さん、だめです、何も聞いちゃだめです」
ぎゅぎゅっと、力を篭めたその行動はそれだけで彼を妨害する攻撃となる。不意打ちを受けた蜚廉は、その場で固まってしまった。必死で両手を伸ばし、押さえつけてくる彼女の顔がすぐ傍にある。否、この距離感にはもういくらか慣れもある――問題は、触れられているのが耳周辺だと言うことで。そこは、蜚廉の弱点だったのだ。
(「これは……くすぐったい……!」)
びくりと震えてしまう彼だけれど、彼女の意図を考えれば引き剥がすわけにはいかない。
(「操られているとはいえ、これ程必死になるとは……余程守りたい秘密だったのだな」)
いつになく慌てた様子のちるはに、蜚廉は思う。彼からすれば、可愛らしい秘密なのに。盗み聞いてしまったことに少々の後ろめたさがあった蜚廉は、彼女の態度に覚悟を決めた。
「……仕方ない。秘密には秘密で返すとしよう」
小さく呟きを落とすと、自身へ抱き着いてくる腕はそのままに、彼女の背へと手を回す。そうして落ち着かせるように背を優しく撫でながら、蜚廉はちるはの耳元へと囁いた。
「帰ったら、ご馳走を振る舞おう。未だ不出来でも、食べて貰えるだろうか?」
「……?」
その声を聞いた瞬間、ちるはの手が緩んだ。すぐ近くで囁いた、優しい声。じんわりと心に響いてくるようなそれに、ちるはの混乱も解れていく。蜚廉の声、おいしいお話の気配。その二つが合わされば、彼女には効果てきめんだった。
「何してましたっけ? もちろん食べます」
迷いのない返事に、蜚廉は彼女の洗脳が解けたことを確信する。よかった、と耳を押さえてくるちるはの手をそっと外して――彼は改めて、ワファーを睨んだ。
「さて。やってくれたな、悪狐。ちるはを操ったその悪行、身を以て清算して貰おう」
思わぬ抱擁には感謝すれど、容赦はしない。彼は即座に√能力を展開すると、獣妖の狐へと踏み込んでいく。
「クッ、あっさり解けちまったか! 今度はアンタの番だよ!」
ワファーは蜚廉へも洗脳術を撒こうとするけれど、彼は近くに伸びた荊を掴み、投げつけることで抵抗する。そして驚きに隙が生まれた敵の懐へと飛び込むと――その毛並みをむんずと掴み、狐の体を地面へ叩きつけた。
「っ痛……!」
堪らず悲鳴を上げるワファーだけれど、攻撃はまだ終わっていない。狐を大地に投げ落とした蜚廉の、その背からちるはが飛び出してくる。彼の巨躯を活かして高く跳躍した彼女は、そのまま敵目掛けて足を振り下ろして――。
「制裁のお時間です。速攻終わらせましょう」
鋭い声と共に、その踵をワファーの頭部へ叩き込む。頭蓋が割れるほどの衝撃を受ければ、狐は苦しげに悲鳴を上げて悶えるのだった。
「あの毛皮、冬の装いによさそう」
EDEN達と戦い、追い詰められていく『大嘘の狐・ワファー』。その姿を眺めた鷲宮・アベル(人間爆弾の職業暗殺者・h08966)がぽつりと言うから、それを聞いた鷲宮・カイン(人間爆弾のレインメーカー・h08951)はくすくすと笑った。
「アベくんらしいね。いい毛皮なら高く売れそうなんだけど」
「あぁいや。でも今は、夏だからいらねーか」
売ろうとしても、季節が合わなきゃ安く買い叩かれるだけだ。そんなことを呟くアベルだが、それが状況を理解していないからの発言ではないことをカインは知っている。むしろ逆だ。戦いが日常にある兄弟だからこそ、今この状況だって、日常の内として処理してしまえるのだ。
「カイン、どうする? めんどくせーことになりそうだよな」
いつもの調子で、弟が兄へ問う。ワファーの使う√能力が、自分と相性が悪いことはわかっているから。
(「一般人相手は俺、うまくできなさそうだし、俺はすぐ信じるよなぁ……」)
詐術も洗脳術も、アベルには対処法が思い浮かばない。ならば――採れる攻撃の手は、ひとつだ。彼がコントローラーを取り出せば、カインは涼しい顔で頷いた。
「うん、僕はアベくんに合わせるよ」
一般人は巻き込ませない。せっかく仲間が避難させてくれたのだから、ワファーに洗脳術は使わせたくない。その洗脳がカインへ向いたり、詐術の嘘を展開されたりする分には難なく対処できるとは思うけれど――。
(「僕もそれは得意だから、なんてね」)
こっそりと笑むカインは、その手段をアベルが選ばないことも、もうわかっていた。だから、敵と自分達、そして避難済みの一般人達との位置関係を冷静に計算しながら√能力を仕掛けるタイミングを窺う。
「カイン、俺が変なことになったらあとよろしくな。まー、凶暴化は適当に殴れよ」
いつもの調子で語り掛けながら、アベルは二十体のレギオンを戦場に放つ。それらは獣妖の狐を取り囲むと、一斉にミサイルを発射した。
「クッ……! やっぱり、誰も信用なんてできないね!」
ワファーが苛立ちを篭めた声で吼え、その身から妖香を具現化する。アベルは咄嗟に後退し、ひとつ目の爆発を躱した。当たれば状態異常を受ける攻撃だ、できる限り躱したいところだが、爆発範囲が広いから難しい。しかし疑心暗鬼や虚言癖の状態異常を喰らったとしても、カインなら騙されることはないだろう。――と、そこまで冷静に考えたアベルは、はたと気付いた。
「……いや、正直病だけは、困るな!?」
「困るの? 僕は正直病のアベくんの話、少し聞きたいけどね」
くすりと笑ってカインが言うから、アベルはむぅっと唇を引き結んだ。言わなくても、わかっているくせに。するとその表情を見たカインは、いよいよ可笑しそうに声上げて笑う。
「ああごめん。アベくんはいつも正直だよね」
「べ、べつにいつも正直なことは、ねーよ!」
思わず反論しながら、アベルは跳躍し、次の爆破を飛び越えた。着地地点で地面へ手をつき、そのまま腕の力で軌道をコントロールして更なる爆破から距離を取る。
(「いや、本当に変な事いわなきゃなんでもいいけど!」)
思いながらも、出来得る限りはと回避を続けるアベルを見て、カインは瞳を細めて。これは正直病にもかからないな、なんて思いながら、その青い隻眼をワファーへと向けた。
「チイッ、ちょろちょろと忙しない子だね! 大人しく信用を砕かれとけばいいものを!」
「信用を壊す? それで勝てると思ってるんだ」
簒奪者へ声掛けながら、カインは微笑む。アベルへ向けるのとは違う、影のある笑みだ。そしてそのままレイン砲台を敵へと向けて、言葉を続ける。
「信じる信じないの話じゃない。アベくんがどう動くか、僕は知ってるし、何を思っているのか、僕にはわかるだけ。だから、君の攻撃は効かないよ」
「はあっ!? 信用のあるなしに関係なくわかるって言うのかい? そんなわけ」
「ふふ、だって僕は、アベくんの片割れだからね」
さらりと当たり前のように告げて、カインは√能力を発動する。無数のレーザーは雨のように、しかしワファーだけが当たるように範囲を絞って戦場へと降り注ぐ。不信に溢れた狐の叫びも、仕掛けられる嘘も、全てを撃ち抜くような強い力で。
「そんな嘘で、僕らを壊せると思った?」
冷ややかな声でカインが言い放つ中、ワファーの悲鳴が戦場に響く。攻撃を躱し切ってその光景を見つめるアベルは、小さく息をついていた。
(「片割れでも俺はお前の事、わかんねーときもあるけど。お前が俺の事わかるのは、わかってるからな」)
だから、カインと共に戦う時、フォローを任せられる。きっとワファーは『それを信用と言うんだよ』なんて怒るだろうけれど――もっと根本から繋がるこの絆はわかりようがないだろう。そんなことを考えながら、アベルは最後にぽつりと零した。
「……やっぱ、喰らわず済んでよかったな」
――今、正直病にかかっていたら、やばかったなと思うから。
度重なるEDEN達の攻撃を受け、『大嘘の狐・ワファー』はすでに消耗していた。それでも戦意は失わず、敵は再び妖香を纏い始める。
「嘘はともかく、洗脳はもう充分なんだけど僕」
そんな狐と対峙して、ため息交じりに呟いたのは|薄野・実《すすきの・みのる》(金朱雀・h05136)だ。悪の怪人へと身を落としていた頃、受けていた洗脳を彼は忘れていない。だからこそ、金色の瞳でワファーを見据えながら、実は左耳のピアスへと指先を伸ばす。
「秘密を聞かれたのが大嘘吐きで良かった。君が本当の事を喋っても誰も信じやしないだろう」
――つまり、変身を見られて支障が無いね。小さく笑いながら、実はピアスをトントンとタップする。それは、リミッター解除の合図。彼の周囲に炎が舞い、その身が怪人態へと変化していく。手には鋭いかぎ爪が、体は羽毛で覆われ、腕からふわりと羽根が広がって。
「――ほほう、なるほど。それがアンタの真の姿かい」
|金朱雀《ヘリオフェニクス》ファルドの姿へと変化した実へ、ワファーは興味深げな視線を向けて声かけた。それを聞いた実は、間髪入れずに√能力を発動する。腰の尾羽が、二本、三本と数を増やしていく。自在に操ることのできるそれは、伸びて鞭のようにしなり、獣妖の四肢を絡め取った。
「ぐ……っ!?」
「『真の姿』? あなたにはそう見えるでしょうね」
含みを持たせた言い方で、実はそう声を投げかける。ゆったりと落ち着き払った声で紡ぐけれど、ワファーへ伸びる無数の尾羽にこそ彼の感情が顕れる。敵の体を決して離さず、新たに首へとそれを伸ばして。真綿で絞めるが如く首へ巻き付けば――嘘つき狐はもう声を出せない。
「本来は私も大嘘吐きなのですがね。先程も申し上げた通り、私も元は悪に属す者」
静かに語る実の瞳が、炎に負けぬぎらりとした光を放つ。瞬間、周囲に広がっていた妖香が彼へ近付き、爆発した。続けて飛んでくるワファーの反撃を避けるように、怪人態の彼は後ろへ後退し、簒奪者と距離を取る。
「はあ、はあ……っ、とんだ正義の味方だね!」
緩んだ尾羽を払い除け、息を荒げて叫ぶワファーの言葉に、実が瞳を細める。
――先程喰らった妖香のせいで、人へ復帰してから隠していた悪辣冷酷な性格が|正直に《・・・》出て来そうだ。そう、実は自覚している。これは『凶暴化』ではなく『正直病』の症状――だけれど、今対峙する先にいるのはワファーのみ。であれば、一時的にはそれすら武器にすることもできる。
「ええ、こんな所を親友に見せれば私への信用と絆は砕けるでしょう……粉々に」
言葉を紡ぎながら、実は再び尾羽の締め付けを強くする。この行為は信用と絆を守るためだから、彼の攻撃に迷いなんてない。
「貴方の様なご年配に理解出来るか知れませんが、人の秘密情報とは価値ある宝ですよ」
ぐ、と息を詰まらせる敵へ、実は淡々と声をかけた。ガゼボの薔薇の下、ゲームマスターである狐へ個人情報保護について尋ねた時――ワファーは、曖昧な言い方で逃げようとした。だからわかった、この簒奪者は秘密を何とも思っていないのだ。重要なものと思っているから罠を用意したのではなく、何とも思っていないから漏らし、信用揺らぐ人々を観賞しようとした。その事実が、なおさら実の裡を冷えさせる。
彼はそのまま力を緩めず、ワファーを締め付け続けた。やがて、嘘つきの獣はこてりと力を手放し、その命を失う。やっと尾羽から解放すれば――狐の体は、静かに消滅を始めて。
「昔の私なら、脅迫に用いるべく欲した事でしょうね」
そっと目を伏せながら実が呟く中、死亡遊戯迷宮もゆっくりと消え始めていた。
――かくして、|薔薇の下の遊戯《アンダーザローズ・ゲーム》は幕を閉じた。人々の秘密は、迷宮と共に形を失い再び秘められたものとなる。
薔薇が聞いた秘密達は、そのまま抱え続けるかもしれないし、いつか来るべき時打ち明けるべき人へ語られるのかもしれない。EDEN達の行く先がどちらになろうとも――きっと、そこには人への『信頼』がある。