猫隠し
●にゃん
一匹、二匹……。
野良猫が増えたり、減ったり、なんてよくある事だ。
保護されたり、地域猫なんてモノもあるそうだ。
だから、野良を迎える時は気を付けよう。
「まぁ、可愛い」
巫女装束姿の少女は、数匹集まっている猫を見て微笑んだ。
「にゃ~?」
「うふふ、温かい」
巫女装束姿の少女が一匹の猫を抱き上げ、ほっかほかに温かくなっている猫に頬を寄せた。
すりすり、柔らかい毛が心地よくて小さな鼓動がとても愛しい。
「来る?」
「……うぅ」
巫女装束姿の少女の言葉に猫は不満そうに睨むと、勝手に肯定と捉えて背後から生えてきた手で掴んだ。
「最近、猫……少ない、ね」
と、少女がボヤくと風に乗ってチラシが飛んできた。
「猫、かへー? 野良猫……もいます。譲渡会もしています……?」
少女は首を傾げて、意味分からないと呟いた。
「あぁ、猫が沢山いるのね。じゃぁ、猫貰えるよね」
と、少女は手たちに言うと、ソレ等は彼女が肯定と捉える様な返事をするしかなかった。
●星詠み
「ようこそ、じゃないわぁ。失礼、星詠みで√汎神解剖機関の怪異が√EDENに現れるってのが見えたわ」
星詠みのイグ・カイオス・累・ヘレティック(BAR『蛇の尻尾』のママ・h04632)がアナタに言った。
「どうもねぇ、猫ちゃんにご執着らしいわぁ。なので、猫カフェに行けば向こうからやってくるわよぉ~」
と、説明しながらとある猫カフェのチラシを見せた。
「このお店なのは確かよぉ。怪異が現れるまで時間はあるから、待っていれば向こうからやってくるわ。じゃ、猫を守る為に頑張ってきてねぇ~」
累は手を振りながらアナタを見送った。
第1章 日常 『ふれあいカフェのひととき』

●ちょっと浅はかな思いと猫と?
「(累ママが詠んだ事件……コレを解決すれば、バイトの時給もアップしないかな、なんて……)」
と、|八手・真人《ヤツデ マト》(当代・蛸神の依代・h00758)は表情に欲が出る前にフヒッと笑みを向けた。
よく知る、星詠みに向かって。
だが、不思議な|表情《?》をされてチラシを渡されたので、『アッハイ』と小さく答えながら猫カフェへ向かうしかないのである。
「チラシが結構分厚い……ん?」
達筆な字で『お小遣いよ』と書かれたメモと金一封――とまではいかないが、入っていた。
驚いて不気味な声を上げたが、たこすけが両頬をぺちぺちと叩く。
「うん……兄ちゃんに」
こうして真人はやっと猫カフェにたどり着くのであった、が――
「あ、着いた。ここが事件の起こる猫カフェ……」
カランカラーン、とドア鈴鳴らしながら入ると、一斉に猫が|真人を見ている気がする《主にたこすけを》。
「(アッ、猫のおやつ売ってる……こういうの持ってないと寄ってきてくれないんだよね……1個買っておこう)」
お仕事だから、お仕事なので、と呪文の様に自分に言いながら|最強のオヤツ《ママタビ入り》を握りしめて席へ。
「ワッ、ワッ……いっぱい、猫……! 室内に猫がいるってこんな感じなんだぁ、新鮮……」
店内のキャットタワーやキャットウォークから猫に見下ろされ、店内を歩き回る猫はジッと真人を見詰める。
「早速きてくれて——イテッ、いてて……な、なんかすごいパンチされるッ!! 」
ボクサーが天井からぶら下げているアレを目にも止まらぬ速さでパンチするかの様に猫たちは、鋭い猫パンチを真人の肩辺りに向かって放つ。
「(まさか、俺の背中でユラユラしてる『たこすけ』が視えてて、ねこじゃらしみたいに思われてる……?)」
むしゃ、|猫のオヤツ《干したカマボコ》を猫パンチが飛んで来る中で口に入れる。
「それとも、おいしそう……なのかな、タコだし……」
と、呟くと強烈な猫パンチではなく、たこすけのパンチが飛んできた。
「はっ!」
そう、空である!
|猫のオヤツ《干しカニカマ》を完食!
後でたこすけが一番高価なオヤツを買う様に指示したのは言うまでもない――
●猫は液体です!
「ね、猫……! 可愛い……!」
猫カフェの席で|茶治・レモン《さじ🍋れもん》(魔女代行・h00071)は興奮気味に言った。
このカフェは元ノラ猫、所謂『保護猫』を助けたり、譲渡する等の活動もしているのである。
触れない子、まだ人に慣れてない、病気や未去勢の子はお店に出れないし、出せない。
「わぁぁ、軟体! いや液体! すごい、すごい……可愛い、すごい、可愛い……」
レモンが寄ってきた猫を抱えようとすると、びよーんと胴体が伸びて中々抱き上げる事が出来ない。
でも、可愛い。
「わ、わ、わわわ……!」
感動して顔を上下に動かして、言葉なんて不要! というレベルで言葉が出ない。
「わっ!」
猫の両前足がレモンの目を覆い、むちむにしっとーりな肉球が気持ち良い。
「可愛い……なんだこの生き物……!」
もみもみされながらレモンは声を上げる。
元々可愛い物が好きなレモンは、自由気ままであり、個性豊かであっても『猫』と呼ばれる生き物は手放しに可愛いと言える存在だ。
「今日で一段と、猫が好きになりましたね。……そういえば、猫は吸うモノだと言ってましたね。店員さんが……では、失礼して」
テーブルの上で寝転がっている猫に向かってレモンは、ふわっと柔らかい猫毛へ顔を埋める。
「すぅぅぅ……」
お日様のニオイがして、ずっと、ずーと、こうしていたい。
そう思いながらレモンは猫を吸うのであった。
お店が閉まるまで――
●見えないので……
|イノリ・ウァヴネイア《祈・危無名》(幽玄の霊嬢ゴーストループ・h01144)は一人だけども、彼女を合わせて十三人なので――
いいえ、見えません。
「団体なんですけど……」
と、イノリが言っても店員は通り抜けてゆく。
「まぁ、大丈夫ですよね。普通の人は見えてないですし……」
幽霊なのでソコは慣れ、イノリは猫カフェに入ってじっと猫たちを見詰めた。
「猫さんは……いいですよね……ふわふわで可愛くて……」
と、イノリが呟くと計13人の幽霊が猫カフェにるもんだから、猫たちと目が合ってしまう。
誰かが触ろうと近寄ると、イカ耳になってジリジリと後退してキャットタワーに付いている小さな部屋に逃げ込んだ。
「触らせてくれませんね」
イノリ達は顔を見合わせると、ガッカリした表情でため息を吐いた。
猫たちからすると生きていない幽霊には興味はないのであろう。
あと、猫じゃらしみたいなモノが付いていても触れない。
「代金……」
と、イノリが財布を取り出そうとすると、他の幽霊が裾を引っ張ってレジの横を指す。
「あぁ、募金ですね。今を生きるあの子たちの為にしましょう」
何よりも、突然お金がレジに置かれるよりは受け取って貰えるだろう、と。
イノリ達が楽しんだ分の気持ちを募金箱へ詰め込むのであった。
●白く、柔らかな
カトレア・シェルビュリエ(ヘリオドールの花束・h00390)は鼻歌を奏でる。
美しい所作で猫カフェに足を踏み入れ、店員が見惚れてしまう程の|洋ランの女王《カトレア》の姿を――
「一番好いオヤツをおくれ」
「え、あ、はいっ!」
カトレアの声を聞いて店員がハッとした表情になると思わず背筋を伸ばしながら答える。
「これを――(いえ、他のお客や主食があるだろうね)」
思わず、全部――と言いそうになったカトレアは、ぐっと言葉を呑み込んで何も無かったかの様に笑顔を向けた。
「いいえ、席は何処でもいいのかい?」
「はい、お好きな席であの子たちと楽しんでください」
ふっ、と口元を綻ばせながらカトレアは、優雅な足取りで席に座る。
「(猫、じゃなくて“あの子たち”……か)」
とても大切にしているのだろう、と思いながら銘柄も分からない紅茶を口に運んだ。
紙コップという心許ないモノだが、|あの子たち《猫》は人間が嫌がる事をしたり、しなかったり、気まぐれ屋。
「にぃ~……」
甲高い子猫の鳴き声がする方へカトレアが視線を向けると、洋の血が混ざっているであろう長毛種の白く金の丸い瞳の猫がいた。
「おや? 白い長毛のこの子……なんだか僕の友人と似ているね」
クスリ、と思わず笑ってしまう。
手を伸ばしてみようか、とカトレアが思っていると子猫はいつの間にかソファーをよじ登って膝の上で丸くなる。
「ふふ、温かい。確かにこの温もりは癖になりそうだ」
人間よりも体温が少し高く、カールしている毛は羊毛や羽毛とは違った触り心地だ。
小さな鼓動が一生懸命に生きているのを掌から感じる。
「(似ている、本当に……)」
脳裏に浮かぶのは子犬の様に無邪気で、この子猫の様な見た目の幼さ残る笑みの青年の顔を。
●顔がゆるゆるのゆる
「あ、すみません店員さん。猫用のおやつください♪」
|赫夜《かぐや》・リツ(人間災厄「ルベル」・h01323)が頬が緩みっぱなしの笑顔で言った。
うちの子可愛い!
でも、|こういう所《猫カフェ》の子も可愛い。
「(浮気……いや! これはお仕事の一つなんだよ。許してね!)」
リツは自宅に帰ったら起こるであろう悲劇に言い訳を脳内で言いながら、|天国《いっぱいのねこちゃん》でシャーも距離感あるのもごろなぁ~んも愛おしくありつつも楽しむ。
猫を飼っていても、|他の猫も愛おしい《浮気》するのが飼い主の性である。
「(どうやっても確実にバレるからね……)」
ニオイを消しても、綺麗にしても、自宅に帰った瞬間に『アナタ、浮気してきたわね』という表情でニオイを嗅ぎ、軽蔑の眼で愛猫は飼い主を睨む。
一日数時間の浮気くらい、大目に見てよ――
それが許されるのは犬くらいである。
「どうしてココの可愛い猫たちが狙われるんだろう? 猫を狙ってる怪異は、僕みたいに相当な猫好きなのかな。猫大好きってだけならいいんだけど……どうなんだろう」
店員がオヤツをテーブルに置くと、リツはソレを手にして近くにいる猫ちゃんに差し出す。
「(でも、何かこの子たちが心なしか警戒している)」
瞳孔が細く、大半の猫がキャットタワーやウォークに登ってドアへ視線を向けていた。
リツも嫌な予感がしつつも猫じゃらしで|大物《まんまるぼでぃ》な猫を吊り上げたのであった。
第2章 集団戦 『シュレディンガーのねこ』

●生きているのか、いないのか分からない
『にゃーご』
猫カフェの窓越しに猫が現れる。
普通の猫ではなく、怪異と慣れ果てた|猫たちだった存在《・・・・・・・・》。
『わぉ~ん』
ベタベタッ!
赤黒い色合いの液体が付着している前足で窓が芸術的に肉球スタンプが押される。
『んぉ~あ』
店中の猫たちが怯え、威嚇しながらも店の奥へ逃げたそうに色々な影から視線を向けた。
『そこなの? 新しい子、ちょーだい?』
眼は笑っていない少女は無邪気に言った。
●たこすけ|大活躍《すごいっ》!
「で、出た……怪異……!」
ヒリつく空気を感じて|八手・真人《ヤツデ マト
》(当代・蛸神の依代・h00758)はテーブルの下から顔を出す。
一目散に隠れた事は見てない、いいね?
たこすけが激しくうねり、真人の背中をグイグイ押すので怖いけど猫カフェのドアを開けた。
「 ……猫さんたちは、連れて行かせない。俺とあの子たちには、戦いじゃれあいの中で生まれた絆が——ある、多分そう。……部分的に、そう」
勢いよく言ったものの、途中から減速していき段々と声が小さくなる。
シャーされたけど、猫パンチされたけど、尻尾で拒否されたけど……あれ? もしかして?
と、考えていると、たこすけがヤル気満々でこうしぱぱぱーん! て感じに動いている。
「(厄介な相手だけど、って——た、たこすけ、なんかいつもより動きが速い……?)」
『なぁーご!』
猫パンチをたこすけが|腕《たこの足》でいなした。
「(ごはん食べたからかな……ママからもらったせっかくのお小遣いで、いっぱい……)」
と、『猫ちゃん大満腹にゃむらいす』とか『かつお節きいてるにゃ茶』等の美味しそうな食事を盛り盛り食べているたこすけを思い出す。
そう、貰ったお小遣いの半分をつぎ込んで――
「これならっ! ヒット&たこすけ挟んで離れる!」
護身用ナイフを両手でぎゅっと握りしめる。
緊張して手汗で滑らせない様にしながら真人は前へ跳躍し、護身用ナイフでシュレディンガーのねこを切りつけた。
この怪異がどうして生まれたのかは、わからないケド——
怪異だとはいえ、ナイフで刺せば傷付き、そしてナイフの刃は怪異の血で濡れる。
「平和に暮らしてる|猫たち《おともだち》を襲うのはダメだよ……」
真人は少し心を痛めながら呟いた。
護身用ナイフの血を払い落し、再び柄を握りしめながらシュレデンンガーのねこに向かって再び駆け出したのであった。
●怪異は毒と幽霊で制する!
「先ずは猫たちの安全確保、と言いたいトコロだけど……」
|赫夜《かぐや》・リツ(人間災厄「ルベル」・h01323)は、どさくさに紛れて猫たちを抱えて避難させるという美味しい役目をしようとする、が――
怪異の姿に衝撃を受けたり、恐怖したりと動けないのである。
「う~ん、怪異次第では隠しても最悪の事態になったら意味がないですね」
と、言いながらイノリ・ウァヴネイア(幽玄の霊嬢ゴーストループ・h01144)が影から顔を出す。
「そ、そうだよね!」
「ほら、既に一人は勇敢にも立ち向かっていますので、私も向かいます。無理やりな子には、無理やりで返してもいいと思いますし……」
幽霊たちを連れてイノリは、ふわーと猫カフェの壁を通り抜けて外へ出る。
「絶対に、猫ちゃん達を怪異から守るからね!」
怯える|大物《まんまるぼでぃ》猫をむちぃとした体を抱き締め、ソファーに置くとリツは踵を返すと猫カフェのドアを開けて外へ向かった。
「えへ……せっかくなら、|幽霊《わたしたち》の仲間入り、してみますか……?」
イノリがシュレディンガーのねこに向かって言うと、彼らは猫らしくつまらなさそうに欠伸された上に丸くなって寝ようとしていた。
「それじゃあ『手越さん』、前足……もとい、両手の「スタンプ」のお返し、お願いしますね……あなたの力、リングが無くても|格闘技《マーシャルアーツ》……」
√能力『|幽霊格闘技《ゴーストアーツ》』で手越さんは跳躍してシュレディンガーのねこに接近する。
「なぁ~ん!」
シュレディンガーのねこ達の周囲にある無機物や虫などが浮き、ねこ達の意志によって手越さんの前に立ちはだかる。
「させないです……」
イノリが念動力でそこら辺に落ちているモノを投げで撃ち落としたり、押し返して手越さんのサポートに専念する。
「あー……困った困った。敵とはいえ猫が相手なのが困った……なんて言ってられないよね」
アレは怪異、猫の姿をした別の存在だ。
でも、猫らしさは残っているのでリツは躊躇っている。
「(今、どうにかしないと……|怪異《アレ》にされてしまう、なら――)」
深呼吸をし、覚悟を決めるたリツは毒銃『オブリビオ』を持ち上げた。
√能力『深紅の眼光』で双眸は真紅に光を放ち、ダチュラの毒がよく効くように抵抗力を弱めた。
毒銃『オブリビオ』の銃口をシュレディンガーのねこへ向け、トリガーを引くとダチュラの毒を詰めた注射器が次々と射出される。
複数の銃身が回転し、ベルト状に並べられた|弾《注射器》を撃ち尽くす。
「ごめん、ごめんね……」
リツの体は一つ、どんなに謝っても怪異になる前に助ける事も、怪異から戻す事も出来ない――
だから、慈しみを持って倒すのが最善なのかもしれない。
「幽霊だったら、一緒にいられるのに……私が生きている人間だったら……」
腕が折れてしまった手越さんの前に積まれたシュレディンガーのねこ達の亡骸を見て、イノリは自身もこの子たちも力があれば元に戻れるのだろうか? と、思いながら鉛色の空を見上げるのであった。
●すぅー……
「……はっ! 大丈夫、大丈夫ですから。猫さん、怖いのは僕がすぐに倒してきますから」
猫を思う存分に吸ってた最中に怪異が現れ、|茶治・レモン《さじ🍋れもん》(魔女代行・h00071)は顔を上げると震える|猫《けだま》を優しく撫でながら言った。
|サクラ耳《去勢の印》の小さな頭部に唇を寄せてひと吸いしてから駆け出す。
「わぁ! 可愛い猫がひー、ふー、みー……いない!」
怪異のシュレディンガーのねこを数えてみたものの、レモンは数えるのを諦めると同時に真実に気が付いて叫んだ。
いや、もしかしたら|好みの子《ねこ》がいるかもしれない、と思って見直す。
「あ、でもその中央の小宇宙の様な猫は……」
シルエットの中に浮かぶ|宙《そら》にまんまる白目がぬるっと動いた。
「よく見ると可愛い……くない! やっぱり可愛いくないです!」
本物の猫を知ってしまったレモン、早く戻って|吸いたい欲《禁断症状》に駆られて|玉手《アーミーナイフ》の柄を握る。
「かつては可愛い猫だったでしょうに、残念です。まぁ、安心して武器が振るえますが……あと、吸いの続きをしたいのです!!」
√能力『|魔導式短剣技巧《アマテル・ダガーアーツ》』でシュレディンガーのねこを切り裂く、前足で引っ掻かれる前に斬り落とし、爪を切って差し上げれば不快な顔をして逃げ去ってしまう。
「そういうトコロは残ったままなのですね」
と、深追いはせずレモンが肩を竦めながら呟いたのであった。
第3章 ボス戦 『神隠し』

●猫隠し
『ちょうだい。ねこをちょうだい……ほしいの、ねこちゃんを』
と、|神《猫》隠しは両手を伸ばしながら言った。
『しろとくろは死んじゃったの……私がわるい子だったから……みけもゆきも死んだの――しゃみせんにされるため、に』
ごめんなさい。
ごめんなさい。
わるい子で――
「いい子になるから、ねこちょうだい?」
血の涙を流しながら少女は懇願した。
●簡単だけども複雑で
「困ったな……」
|赫夜《かぐや》・リツ(人間災厄「ルベル」・h01323)は口をへの字にする。
複雑な心境、自分も猫が好きだからこそ彼女の気持ちを理解してしまうと同時に、同じ“√能力者”であり侵略する“簒奪者”だ。
「残念だよ……僕はキミの敵で、キミの敵は僕だ、から……」
拳を握りしめる。
一緒に猫を抱いて、小さな命を感じながら愛でたい――なんて、夢は世界が見せた希望という名の幻。
『ね、こ……』
「なんだか親近感を感じますし……その願いを叶えてあげたいですけど……猫さんたちの言葉は分かりませんが、貴女を感じて怯えているのでしたらお渡し出来ません……」
イノリ・ウァヴネイア(幽玄の霊嬢ゴーストループ・h01144)はオドオドしながら答えた。
「動くもの、なんでも今から暴走車トラクター……」
イノリは√能力『|幽霊暴走車《ゴーストトラック》』を発動させて少女が動くまで待つ。
『ね、こ――ッ!』
少女の背中から巨大な腕が伸び、バスを持ち上げた。
「させないよ!」
√能力『荒れ狂う剛腕』でリツの片腕は硬化した異形の腕でバスを真っ二つに切断する。
更に地面を揺さぶる程のパンチを繰り出し、少女を守る為にかみのては掌を突き出す。
「ご、ごめんなさい……お返し、します……」
かみのてが持っていたバスは天高く投げ飛ばしており、イノリがポルターガイスト現象で止めた。
「離れてください……」
「了解!」
パンッ、とかみのてをリツは世界の歪みで弾き返すと、後ろの方へ大きく跳躍して後退する。
「落とします……潰れちゃってください……」
真っ二つになったバスを少女の頭上へ移動させ、叩き付ける様にポルターガイスト現象で落とした。
ドォン、爆発音に近い音と主に砂埃が舞い、揺れる地面にリツはふら付きながらも異形化した腕で体を支える。
「やり過ぎちゃったですね……えへへ……」
「あっ、猫! 猫たちは大丈夫!?」
不可抗力とはいえ、一石二鳥どころか一石三鳥な戦いが出来て満足しているイノリの隣でリツが声を上げた。
「あ……わ、私も……」
猫カフェに向かって駆け出すリツの背中を追う様にイノリも追いかけたのであった。
●偶然の男
「やれやれ、神隠しあらず猫隠しなんて怪奇事件だと聞いて来たら……」
ゼロ・ロストブルー(消え逝く世界の想いを抱え・h00991)は頭から被った砂埃を払いながら顔を上げた。
空気は未だに砂埃で覆われており、翡翠の様な緑色の瞳には少女を抱えた巨大な手がバスの残骸からゆっくりと出て来る。
「(現状の写真を撮って、この砂埃なら絵になりそうだな)」
ゼロは鞄からカメラを取り出し、少女を抱えている巨大な手の姿をフレームに納めた。
少女を助ける事に意識が向けられているのであろう、ゼロが写真を撮るのも存在自体も怪異はバスの残骸を払い退ている。
少女が立ち上がり、猫のぬいぐるみらしきモノを大切に抱えていた。
「(あれが、猫隠しをしている怪異みたいだな)」
少女が泣きそうな表情で猫のぬいぐるみを抱き締める。
「(……っ! 見つかっ……)」
ゼロと少女の視線が交わった。
その場から離れようと踵を返した瞬間。
巨大な触手の影がビルに伸びるのが見えた――
●ちょっとした思いと成長
|八手・真人《ヤツデ マト》(当代・蛸神の依代・h00758)はちょっとした憧れと思惑でこの仕事を受けた。
お小遣いを貰って猫カフェに行くと猫は可愛いし、ご飯は美味しい。
普段なら渋る高額メニューをたこすけが勝手に注文しちゃっても、お小遣いがあるからいいや! と思って食べさせた。
でも、戦うのは怖い。
自分よりも|小さな敵《シュレディンガーのねこ》に護身用ナイフを振るえる手で握り締めて、一匹倒すのが精一杯であった。
たこすけが戦い、他の√能力者が戦う背を見ながら威嚇するしかなかった――
「何があって、何を思って現れたのか知らない。だけどキミは——オマエは倒す。それが俺の仕事だから。……猫とは遊ばせないケド、タコとは遊んであげて」
少し凛々しくなった真人が言うと、√能力『|蛸神力任せ《ヒッパリダコ》』で背中からたこすけの太い触腕が伸びる。
『いやぁ!!』
真人は耳を塞ぐ、聞きたくないから。
距離を取る、これから起こるであろう惨劇から目を逸らす為。
護身用ナイフを収め、真人は猫を浚う身勝手な|少女《怪異》への怒りと恐怖の狭間で体は震えた。
少女の背中から伸びる巨大なかみのてをたこすけの触腕が絡み付き、引き千切った。
「……俺にはくれなくていいよ……わ、わざわざ見せてもくれなくていいからッ!!」
たこすけが真人の眼前に巨大なかみのてをドサッと落とす。
真人はヒッと悲鳴を上げながら目を閉じながら顔を背ける。
「(う、うわ……チ、違う……そう、アレじゃない……)」
たこすけの咀嚼音がAMSRだと、あの手じゃないと、脳内で|自分自身《真人》に言い聞かせながら『早く終われー』と念じながら待つ。
たこすけが真人の肩を叩き、少女をクイックイッと触腕で指しながら反応を窺う。
「早めに、終わらせて……」
真人が再び目を閉じると、たこすけの触腕が蠢く感覚とそして――
何度も
何度も
殴る音が、脳内にこびりつきそうな勢いで耳に響く――
三度、目を開けた時には何も、残ってはいなかった。
「……もっと俺が強かったら、こんなふうに痛めつけずに倒せるのかな。でも、これが今の精一杯なんだ」
喉を誰かに締め付けられてるかの様な感覚のまま真人は、掠れた声で呟きながら力無く地面に膝を着いた。
ねこがたくさん、れつをなして、ちいさなちいさなおんなのこをせんとうにして虹の橋を渡っていく。
たこすけが真人のポケットに残っていた美味しいオヤツを最後尾の猫に手渡すと、嬉しそうに鳴き声を出しながら消えたのであった――
【猫隠しー完ー】