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ネオンの狭間で

#√妖怪百鬼夜行 #ノベル

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八百夜・刑部

 無節操の無遠慮で、無分別に煌々と。
 刑部は大きな欠伸を噛み殺す。
 ――ネオンの光が夜闇を彼方へ追いやって、此処は眠らぬ繁華街。
 だらける暇があるなら真面目に仕事をしてこいと常時やる気に満ち満ちた上司にせっつかれ、今夜は已む無く付近の警邏。
 |面倒事《いそがしいの》は御免だと、どれだけ心の裡で願っても……|犯罪《かね》の事、|泥酔《さけ》の後始末、痴情のもつれ、毎回毎回、飽きもせず。
 街を照らす猥雑なネオンの輝きは、昼間の陽光よりも余程、人の本性と言うものを容易く暴いてしまうのだろう。
 休憩代わりの息を吐く。ふいと辺りを見回せば、大通りから外れた薄暗闇の路地裏で、蹲り、蠢く何か。
 近づいてみると、金髪の、若い男が倒れ伏し、苦悶をはらんだ唸り声をあげていた。
 酒に酔ったか喧嘩に負けたか。いずれにせよ、警官として、一応の職務上放置は出来ない。
 大丈夫か? そう声を掛けると、男は地に伏したまま憔悴の、鋭い視線のみを刑部へ投げて寄越し――刹那。
「肉! 喰わせろ!」
 男は大イタチへと変じると、問答無用に刑部目掛けて襲い掛かる。
 砕けるネオン。路上の塵芥が滅茶苦茶に吹き飛んで、乾いた獣の咆哮が耳を劈く。
 言う迄も無く人喰いは禁忌。ならばこいつは古妖の類か、刑部は天羽々斬に手を伸ばし、
「いや。違うな」
 古妖にしては弱すぎるし、大イタチの動きは、飢えた獣のそれでしかない。
 だったら叩き斬るよりこっちだろう。
 刑部は妖力を籠めた警棒で、大イタチを思い切り、人を喰らおうとなどと企む意思が消え果てる迄叩きのめす。
「文句は言うなよ。最初に問答無用で仕掛けてきたのはそっちだからな?」
 そこから凡そ十数分に渡る大立ち回りのその末に、漸く挫けた大イタチ。人の姿に戻った彼に手錠を掛けてふと見ると、路地に散らばる小銭に紙幣。
 だが、それらはこの世界のモノでなく――成程、幾ら金を抱えていようと、これでは駄菓子の一つも買えやすまい。
「他所の世界から迷い込んで来たか……名前は?」
「……クダテン」
 
 意思の疎通が出来るなら、事情を聴いてやるのが筋だろう。
 刑部は一旦、若い男――クダテンを保護してやる事にした。


 署に戻るよりこっちの方が近かった。
 そんな理由でクダテンを連れたまま自宅へ戻ると、出前で届いたハンバーガーを彼に渡す。
「肉、食いたかったんだろ。ワッパは外せないけどな」
 即座バーガーにがっつくクダテン。よほど腹が減っていたのだろう。多めに頼んだから焦らなくてもいいと宥めつつ、刑部は彼の身の上を訊く。
 曰く出身は√仙術サイバー、素性は見ての通り人に化けられる妖魔の大イタチ。元の根城はとある積層都市の下層、生業は抗争後の物漁り。
 武強主義によって抗争絶えぬあの世界なら、それで小金や物を得て、それまで人を喰らわずともそこそこ良い目は見れたらしい。
 しかしある時仕事をしくじって、強者達の不興を買い、寝食も忘れて必死で逃げ回っていたその内に――後は勝手の解らない世界をあちこち彷徨った挙句、空腹で我を忘れてあの様っすよ、とバーガーを齧りながらクダテンは話す。

「何だ。さっきと比べたら随分素直だな」
 話を聞く限り不法寄りではあるがそれなりに、生活できる程度の常識はあるらしい。
「そりゃあ武強主義的にも強い奴に従うのはそうだし、何よりアンタ、優しいっすから」
「馬鹿。あくまで仕事の一環だ。財布落とした奴に電車賃貸してやるのと似たようなモンだろう」
「自分を喰おうとした奴に、逆に飯を食わせてやるのが……っすか?」
「あのなぁ。あんまり言うなら例え食いかけでもバーガー取り上げるぞ?」
 頭を搔きながら刑部がそう脅すと、クダテンは大急ぎでバーガーを胃袋に詰め込んだ。


 満腹になったクダテンが寝息を立て始めて暫く。時刻は深夜。
 ネオン差す暗がりの室内で、テーブルに無造作置いたスマホから、流れてくるのは上司――署長、釈・馬頭把の声。

『それで、ソイツが人を喰ってないってのは本当か?』
「ボコボコにしても、吐き出したのは胃液だけ。確かだろうさ」
 釈の問いに刑部は答えた。
『だが、未遂ではあるだろう』
「|被害者《オレ》が良いって言ってるんだから良いんだよ。追い詰められたら誰だって、不意に魔が差す時もある」
『刑部。言ってしまえば他所の世界のチンピラに、 随分世話を焼くじゃないか』

 ほんの数瞬、言葉に詰まる。
 マガツに染まった弟。復讐に染まりきらなかった|魚座《ピスケス》。これまでの事。
 |理屈《たてまえ》を捏ねようとして、それらが脳裏を過り――辞めた。
「まだ踏み留まれそうな奴が俺のすぐ近くで堕ちたり、その前に殺したり……そう言うのがイヤになったんだよ。それでつい――お節介にも手を差し伸べちまった」
 だからこっちの世界の妖怪扱いで生きていけるような処置を頼む、と、それだけ伝え、電話を切った。

 冷蔵庫から安い酒を取り出して、呷る。
 ひとたび脳裏を過れば止め処なく。
 故に。今夜はもう、酒に任せて眠るのが、きっと一番良いだろう。


 朝。
 起きてみればクダテンの姿は忽然と。つまり。どう足掻いても始末書だ。
 そう覚悟して署に向かえば、刑部を出迎えたのは……。
「……クダテン?」
 どう言う訳だか手錠の解かれたクダテンだった。
「へっへっへ。本当は金目の物を盗ってサッとおさらばするつもりだったっすけど……」
 真夜中の|通話《アレ》を聴いたらそんな気も失せちゃったっすよ。とクダテンは屈託なく笑う。アンタの|心意気《やさしさ》に惚れたから、是非とも子分にしてほしいと。
「お前。あの時起きてたのか……」
 刑部は思わず顔を隠す。聞かせるつもりは無かったが、しかし聞いてしまったのなら仕方ない。
 クダテンは既に刑部の子分になる気満々で、恐らく釈が彼の錠を解いたのもそう言う事だろう。そこまで言うならお前がコイツの面倒を見ろ、と。

 昨夜の邂逅からは想像もつかなかった結末に、若干の呆れ笑いを零しつつ――。
「……全く。解ったよ。これから宜しくな、クダテン」
 こうして刑部は異世界の妖魔――クダテンを、子分として迎え入れたのだった。

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