シナリオ

|水贄祭《みずにえまつり》

#√汎神解剖機関

タグの編集

作者のみ追加・削除できます(🔒️公式タグは不可)。

 #√汎神解剖機関

※あなたはタグを編集できません。

●捕食者の巣
 ――水の音が、聞こえる。
 血のような赤月が照らす中、彼は何かに取り憑かれたように山道を進んでいた。
 他にも見知らぬ誰かが数名ほど。皆同じく翡翠と水晶で飾られた白装束を身に纏っている。そして|蛇の面《怨霊面》を被った人々が、彼らを囲いながら歩く。
 彼は此処に至る経緯をぼんやりと思い返した。友人たちと山登りに来ていたはずが、気付けば見知らぬ村に迷い込んでいた。
 ――|水無澤《みなさわ》村。そこは山奥に在りながら資源に恵まれており、村人たちは不自由なく暮らしているという。
 親切な村人たちは、迷い込んだ彼の面倒を見てくれた。
 村では祭りが行われるというから、山を下りる前に見ていこうと考えたのだ。
(それから……どうして、俺はここに……?)
 境内の神楽殿で儀式を見た。村に恵みを齎す水神に捧げる舞。確か、蛇の面を付けた巫女が踊る姿を見ていたはず……。
 水の音が大きくなった。虚ろな瞳に映り込むのは、高所からの眺めだ。
 轟々と落ちる水音。この場所はおそらく滝の上だ。
「此れより水贄の儀を執り行う」
 蛇の面を被った先頭の男が右手を上げる。白装束を来た人々が、次々に前に押し出された。我に返った人々が暴れるも、村人たちによって強引に突き落とされてゆく。
「やめろ! やめろ! 死にたくない!!」
「貴方は水神様の贄として捧げられ、村の繁栄の礎となるのです」
「ありがとう、貴方のことは一生忘れない」
 彼は滝壺を覗き込んだ。深い水底から覗く、黒々と渦を巻くナニカ。
 黒い蝶が、水面をひらひらと舞っている。蝶は腐り落ち、濁水をばら撒き、水を穢してゆく。
 死に際、彼は本能的に理解した。違う――アレは、神なんかじゃない。

●怪異に支配された村
「簡単な話です。神のフリをして、怪異が人を喰っている……ちなみに私が視たのは去年の光景ですね。この怪異をどうにかしなければ、今年も同じ事態が起こるという意味でしょう」
 村人はとっくに怪異に洗脳されていると、|泉下・洸《せんか・ひろ》(片道切符・h01617)は語る。村自体が怪異の支配域となり、時折外部の人間を意図的に迷い込ませるという。
 今まで問題にならなかったのは、水無澤村が表向きには何処にでもある『閉鎖的な辺境の村』だからだろう。裏で怪異が操作している以上、死者が出ても隠蔽されてしまう。
「怪異の名は『スティル・ウォーター』――『水』の概念に潜む怪異です。皆様にはこの怪異を討伐していただきたい。村への侵入方法については、村に繋がる『門』を見つけておきましたのでご安心を」
 本来は一般人を拐すための罠だ。そこに入ると強制的に村へとワープする。
 村に到着したEDEN達には、迷い込んだ一般人のフリをしながら、怪異の居場所を探ってもらうことになる。
「村は祭りの季節です。一般的な祭りというよりは、儀式的な側面が強いですがね。水贄祭――水神……もとい怪異に生贄を捧げることを目的としていますから」
 村を調査して敵の所在を突き止めたなら、怪異の元に向かってほしい。ただし、と洸は注意事項も口にした。
「村人は一般人でも、村は怪異の支配域。皆様が調査を続けるうちに、怪異の方が皆様の正体に気付くでしょう。予知は告げています。怪異は村人を操り、皆様に危害を加えようとすると」
 村人の攻撃や追跡を掻い潜りながら、スティル・ウォーターの元に向かうことになるだろう。ただし、村人は怪異に洗脳された一般人だ。決して殺してはならない。

●|水無澤《みなさわ》村
 かつて集落があったという廃墟群。肝試しスポットでもあるその場所に、水無澤村に繋がる『門』は存在した。荒れ果てた井戸を覗き込み――ぴちゃん、と水が滴る音。
 視界は一瞬で切り替わり、畑に囲われた畔道が広がる。空模様を見るに、時間は昼過ぎくらいか。
「遭難者の方ですか? 山登りの途中に迷われてしまったのですね」
 20代前半くらいの女性が話しかけてきた。彼女は巫女服を身に纏っている。
 ――蛇の面で顔を隠し、儀式の舞を踊る巫女。星詠みが予知で視た女かもしれない。
「ごめんなさい。この村は電波の状態が悪くて、スマホが上手く繋がらないんです」
 誰かがスマホを出したところで、彼女は申し訳なさそうに言う。
「街に向かう唯一の橋が、先日の大雨で壊れてしまって……数日後には復旧しますから、それまで村にいていただくことになります」
 全く違う場所にいたのに、村に迷い込むなんてあり得ない。会話の矛盾に気付けるのは√能力者だからだ。何の力も持たぬ一般人は、村を包む怪異の力によって認識を書き換えられる。
「立ち入ってはいけない場所もありますが……それ以外でしたら、どうぞ自由に見て行ってくださいね」
 彼女は穏やかに微笑んだ。慈愛すら思わせる表情は、一見すれば怪異の支配が及んでいるようには見えない……。
 しかし、それは『偽装』なのだろう。
「申し遅れましたが、私は|水上巳奈子《みずかみみなこ》と申します。父は、この村の長をしております。何かご不便なことがありましたら、いつでも言ってくださいね」
 水無澤村は、山に囲まれた村だ。畑を抜けた先には集落がある。集落は祭りの時期を迎え、村近くの川で採れる水晶や翡翠を使った装飾で彩られていた。
 ちなみに鉱石は神から与えられた神聖なものであるため、外部の者による採掘は許されていない。お土産が欲しければ、出店の工芸品を見ると良いだろう。
 食べ物の屋台は意外と普通で、日本の祭りによくある一般的なものが揃っている。
 集落のさらに奥へ進むと、長い階段を上がった場所に神社がある。境内は広く、拝殿や本殿、手水舎の他、神楽殿や宝物殿なども建てられているようだ。
 何も知らない一般人のように振る舞いながら村の調査を行い、怪異の居場所を突き止めてほしい。
 村人はEDEN達を『生贄』として監視している。くれぐれも、お気をつけて。

マスターより

開く

読み物モードを解除し、マスターより・プレイング・フラグメントの詳細・成功度を表示します。
よろしいですか?

第1章 冒険 『因習に支配された村』


時月・零
篭宮・咲或

●底に沈む謎
 じりじり、と蝉の声が煩い。
「人喰い怪異なんてまた厄介なのきたねぇ。怪異が神を名乗るなんて随分不敬なこと」
 |篭宮・咲或《█みや さくあ》(Butterfly effect・h09298)が、畦道を歩きながら言葉を紡ぐ。
「人を操るなら神を名乗るのが都合が良いんだろう。処世術は達者らしい」
 そう返すのは|時月・零《トキツキ レイ》(影牙・h05243)。彼らは件の水無澤村へと足を踏み入れた。
「さて、とりあえず村には入れたし、それらしいところみて回ろっか」
 小声気味に言う咲或に、零が問う。
「そうだな。とは言うがアテはあるのか?」
「アテ? ……咲或ちゃんの勘。しらみつぶしに探せばヒントにくらい当たるデショ。いこいこ~」
 軽やかな足取りで進む咲或。あっけらかんとしている彼に、零はこめかみを押さえた。咲或らしいと言えば咲或らしいが。とは言え零もアテがあるわけでもない。
「お前の勘が当たると良いな」
 畑、集落の状況、人々の様子……二人は手近にある所から見て回る。村人に話しかけられた際は、当たり障りのない雑談を交えながら密かに内情を探った。
 声が届く位置に村人がいないことを確かめてから、咲或が口にする。
「この辺りにはそれらしいものはないみたい。途中気配感じたけどついてきたっぽい?」
「……かもしれんな」
 零は手短に返した。村のどこにいても、此方を窺う気配を感じる。
 静かな緊張が漂う中、咲或が視線を村の中心にやった。
「歩いてたらお腹空いたなー。ね、屋台に何か食べにいこ?」
 暢気な調子だが、目的を隠すにはちょうどいい。
「屋台か。調査ついでに寄ってみるのもいいだろう」
 零が頷く。確かに腹が空いた。この後も村で長く過ごすことになるだろうし、何か食べておいた方がいい。
 二人は腹ごしらえのために屋台へと向かった。
「焼きそばにたこやきもあるじゃん。えー迷うけど俺イカ焼きー。零何にするー?」
「色々並んでいるが、何にしようか……」
 咲或の問いにすぐ思い付かず、零は屋台を順に見て回る。目に留まったのはりんご飴の屋台だ。飴に包まれた大きな林檎が、艶めきながら並んでいる。
「……りんご飴があるのか。たまには食べてみるとしよう」
「甘味チョイスするのきみらしい」
 咲或がくすりと微笑んだ。縁台に腰を下ろし、イカ焼きとりんご飴を頂く。
「おいしいね~」
「ああ、美味いな」
 咲或はイカ焼きのことを、零はりんご飴のことを言っているが、不思議と会話は噛み合っていた。
「あそこに見えるの鳥居かしら。しかも結構立派なヤツ。|お参り《調べに》いってみよ~」
 咲或がたった今思い付いたように言う。実際は前もって段取りを考えていたのだろう。零もそれを察した上で、鳥居――神社を見やった。
「此処を祀っている神とは何なのだろうな。神を信じる方では無いが、|知って損は無いだろう《ヒントがあるやもしれん》。行ってみるとしようか」
「うん、|ご利益《・・・》あるといいねぇ」
 長い階段を上がり境内に入る。ねっとりとした村人の視線が、零の肌に絡み付く。
(――視線は常に感じているが、神社の中はとくに強い)
 表向きには素知らぬフリをして、二人は拝殿に向かった。
 拝殿の中央には神像が祀られている。とぐろの中心に水晶の鏡を抱く、巨大な蛇の像だ。
「ねぇ見て。蛇が滝を登ってる」
 咲或が天井を指し示す。天井には滝を登る巨大な蛇が描かれていた。
「水蛇か……」
 天を泳ぐかの如き威容を眺め、零は一つの結論に至る。そして、その結論には咲或も気付いていた。
 咲或は笑みを深める。
「ここって、|蛇の神様を祀ってた《・・・・・・・・・》んだね」
「……ああ、そのようだな」
 過去形だ。少なくとも、星詠みが予知で視たという神モドキは蛇ではなかった。
 元居たはずの神がどうなったのか、怪異がどうやって成り代わったかは、謎のままであるが。

白百合・蓮華

●秘密を探る
「やぁどうもご親切に。ほとほと困っていたので助かります」
 白百合・蓮華(徒花の|実《じつ》・h12988)は人好きのする笑みを浮かべた。
 目立つ白衣は今日は着ていない。地味な色合いかつ何処にでもいそうな服装だ。何も知らずに迷い込んだ一般人を装うなら、特徴はなるべく消した方がいい。
 村人に怪しまれないよう、まずは出店を冷やかしに向かった。
「わぁ、良質な翡翠がここらでは採れるんだね。こういうのを儀式に使っているのかな」
 値段をちらりと見やれば、桁がズラリと連なっている。
「……うん、なるほど」
「お客さん、買ってくかい?」
「いやぁ、僕のような一般人には手が届かない品だからねぇ」
 すすっと店から立ち去った。気を取り直して屋台を巡れば、良い香りが鼻をくすぐる。
「あ、トルネードポテト」
 こんがり揚がったじゃがいもが、竹串を中心に螺旋を作る。蓮華は軽やかな足取りで屋台に近付いた。
「好きなんだよねぇこれ。一つください、チリパウダーどぱどぱで」
「どぱどぱ……いいんですか? 辛くなり過ぎちゃいますよ?」
「はい、ええ、容赦なく」
 唐辛子を筆頭に、様々なスパイスを混ぜ込んだ特製のチリパウダー。それをこれでもかとばかりにふりかける。
 真っ赤に染まったトルネードポテトを蓮華は頬張った。
「美味しいねぇ。このサクサク感と、中のホクホク感もたまらない」
 笑顔で食べ歩きながら、彼は神社に足を運んだ。
「さて、村の神様にご挨拶でもしようか……なんて」
 鳥居へ一礼し、神社の境内へ。人目に付かない木陰を選び、そっと腰を下ろす。
 ポテトを味わいながら、ゴーストトークを発動した。
「神社での儀式が怪異に関わっているようだね。ここ3日間の神社の様子を教えてくれる?」
 呼び寄せたインビジブルに小声でそっと問えば、囁きが耳に届いた。
「……神社の裏手から山中に出入りする村人、ね」
 儀式を行う上で重要な場所が、その先にあるのかもしれない。

晦・亜冥利

●災難
 依頼で向かう者がいる一方、偶発的に水無澤村に迷い込んでしまう者もいる。
 |晦・亜冥利《つごもり・あめり》(|黄昏過敏症《maladie crépuscule》・h12895)もその一人だ。
「ここ、どこ……?」
 気が付けば村の入口にいた。
「え? スマホ繋がんないや……お母さんに連絡できない……どうしよう……」
「数日後には橋が復旧しますから、それまでどうか我慢していただければ」
 声にハッとして振り返ると、巫女服の女性――巳奈子が微笑んでいる。
「えっと、この村は……?」
「ここは水無澤村。水神様の加護を受けた水晶と翡翠の産地です。お祭りもやっていますから、見て行ってくださいね」
 民家の壁に蛇の面が飾られている。そのどれもが恐ろしい表情を刻んでいた。
(!? ……蛇のお面……絶対怪しい……)
 巳奈子は亜冥利の様子に気付いたようだ。
「ああ、外から来た方は皆さん驚かれます。儀式の際に付けるお面なのですよ」
 当然の事ながら、迷い込んだだけの亜冥利は知らない。いくつか言葉を交わし、亜冥利は巳奈子と別れる。
「しばらくここにいるしかないか……はぁ……」
 仕方ないと諦めて、目立たないように村を歩き回る。余所者だからと注目を浴びたくない。
「お土産……高い……勿体無いから見るだけにしよう……」
 工芸品はどれも値段が高い。手頃な品もあるかもしれないが、探す気持ちにはなれなかった。
「寂れた村……そろそろ飽きたし早く帰りたいな……」
 そう呟きながらも、背に嫌な汗が伝う。
(……第六感? ……っていうやつかな? ……何だか厭な予感がする……)
 |√霊会話《ルート・ロールプレイング》をこっそり発動し、インビジブルを兎のぬいぐるみに変えた。
「……アンタ、この村についてなんか知らない? 知ってるよね? 教えなさいよ……」
 インビジブルは彼女に囁く。
「えっ……今日、私と同じような事を語りかけてくる人がいた?」
 この村に多くの√能力者が紛れ込んでいる。それは、つまり――。
「絶対、この村なんかある……」
 きっと、ロクでもない秘密が。

此処璃・カリン

●化けの皮
(何が村だ、怪異の肚の中じゃないか)
 本音は喉の奥に閉じ込めて、|此処璃・カリン《ここるり・かりん》(人妖「赤鬼」の妖怪探偵・h04544)は巳奈子に話しかける。
「長に会わせてもらえるか? 村でしばらく世話になるからな、挨拶しておきたい」
 探偵が必要だろう、なんて来てみたは良いが。そもそも怪異の監視下にいる以上、推理も何もあったものではない。まずは地道に手掛かりを探して、推理はそれからだ。
「構いませんよ。父もきっと喜ぶでしょうから」
 巳奈子は笑顔で返す。
(そりゃあ生贄から会いに来るんだから嬉しいだろうさ)
 巳奈子の案内で、カリンは巳奈子の家に訪れた。
「へぇ、境内にあるんだな」
「水上家は代々神職の家系でもありますから」
 カリンは持前の思考力と情報収集能力で彼らを観察する。家には親族以外にも村人がよく出入りしているようだ。
「ここまで大変だったでしょう。どうぞ村でゆっくりしていってください」
 親切な村長、親切な村人たち――あくまで表面上は。
「これだけ盛大にもてなしてくれるんだ。その水神様にも感謝を伝えたいんだよ。だから……教えてくれないか? その水神様を祀ってる社をさ。懸命に祈れば、オレにも水神様のご加護ってやつにあやかれるんじゃないかなってね」
「でしたら拝殿に行かれると良いでしょう。水神様もきっとお喜びになられます」
 言われたとおり境内の拝殿に足を運んだ。殿の中央には、とぐろの中心に水晶の鏡を抱く巨大な蛇の像が鎮座している。
(拝殿に神像があるのか。珍しいな……村の独自信仰と考えれば納得がいくか)
 天井には滝登りする蛇の絵が描かれていた。おそらく、水蛇の神を祀っているのだろう。
(……けど、星詠みが予知したっていうあの怪異、どうみても蛇じゃないだろ)
 カリンは思考を巡らせる。現状の信仰が一から植え付けられたものではなく、怪異が元々の信仰を乗っ取った結果なのだとしたら――。

天吹・一青

●機を窺う
 決して目立たず、真面目な一般人として振る舞うべきだ。
 |天吹・一青《あまぶき・いっせい》(|Rookie《シンマイ》・h05080)は巳奈子の話に合わせつつ、滞在中の宿について話題を持ち掛ける。
「数日間の滞在が必要であれば、宿を紹介して欲しいのですが」
「お任せください。すぐにご案内しましょう」
 他の一般人(おそらく√能力者だろう)も連れ立って、一青は巳奈子と共に宿に向かった。年季を感じさせる木造の宿屋だ。錆び付いた看板には『翡翠旅館』と書かれている。
「ありがとうございます。もう一つお尋ねしたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「はい! 何でも聞いてください」
「どこか村の歴史に触れられるような場所はありますか。土地の歴史や民俗に興味があるのです」
 怪しまれないよう、外堀から埋めるように問う。巳奈子は笑顔を崩さぬまま、すんなりと返した。
「村の歴史ですか。であれば、やはり神社にお越しいただくのが一番かと」
 一青が案内を頼みたいと口を開きかけた時、他の人間が別の話題を巳奈子に振る。
(他の√能力者も積極的に話し掛けている……僕だけで引き付けようと思っていたけれど、一人で対処する必要はなさそうだ)
 必要と感じたら適宜案内を頼むことにしよう。
 一人で村の中を歩く。屋台を見物していると、村人からの視線を感じた。
(じっとりと纏わり付くような視線だ。こうも敏感に感じるのは、職業柄かもしれないな)
 立ち入ってはならないと言われた場所には決して踏み込まない。
 一青は定められたルールに従う男だ。世間の常識から逸脱した因習村であっても、その在り方が変わることはない。
 屋台を抜けて、階段下の鳥居の前まで来た。ちょうどその時、上から巳奈子が下りてくる。他の者の案内を終えた所のようだ。
(……今が頼むタイミングだな)
 また上に行ってもらうことにはなるが。一青は思い切って、巳奈子を呼び止めるのであった。

ミユファレナ・ロッシュアルム

●ファインダー
「迷い込んだ身にこのように親切にしていただいて……スマホはだめでも……カメラ機能は使えるかしら?」
 ミユファレナ・ロッシュアルム(ロッシュアルムの赤晶姫・h00346)はカメラのアイコンを押してみる。正常に起動して、周囲の風景が画面に映り込んだ。一方、巳奈子は表情こそ微笑んでいるが、少し複雑そうだ。
「カメラですか……?」
「せっかく自然の綺麗な場所ですから、この村の風景を撮っておきたいんです。私、動画配信をしておりまして。こんな綺麗な場所を多くの人に伝えられたらきっと皆さん興味を持つと思うんです」
「撮影禁止の場所でなければ、撮っていただいて構いませんよ」
 どのみち帰すつもりがないからこその判断か。
「ありがとうございます」
 挨拶する一方、心の中で呟く。
(怪異を倒して帰る気満々ですけどね。生贄なんて、絶対になりませんから)
 彼女はスマホを片手に村を歩き始めた。
「さあ、どんどん撮影していきましょう。美しき秘境、水無澤村!」
 村人のすべてを信用できないというのは逆に考えやすい。判断を分ける必要がないからだ。畦道を歩いていると、脇に大きな池を見つけた。池には蛇の石像が飾られ、奥には山林に続く道がある。
「わあ、綺麗な池ですね!」
 写真を撮影しようとした所で、畑作業をしていた村人に止められた。
「お嬢さん、そこは駄目だ!」
「あっ、この場所は撮影禁止だったのですね……すみません」
「……はぁ、撮影禁止の看板を立てた方が良いな……」
 ぶつぶつ言いながら畑に戻る村人。その間も、彼の目は警戒するようにミユファレナに向けられていた。
(監視を外せないなら存分に監視してください。そちらの方が調べやすいですから)
 隠したい場所や秘密がある。そんな村人の反応を引き出していけば、隠し事は見えてくるはずだ。
(アルム。怪しい反応は知らせてくださいね)
 情報整理は天空城の管理AIに任せ、彼女は現地調査を続けた。

沙賀都・ラピ

●穢れた水の村へ
 村への侵入時に現れた巫女とは早々に別れ、|沙賀都・ラピ《さかど ○ ° 。ϵ( 'Θ' )϶。°○》(湾の尾・h06749)は行動を開始する。
(勘弁してほしい。何処ぞの怪異だか知らないが、よりにもよって水の神を名乗って贄を求めるなんて)
 水も川も湖も海も、人間からしたら同じ様なもの。一つがやらかせば、他にも話が広がるなんてザラにある。
(……√を渡って僕の海にまで及んだりしたら、どうしてくれるんだ)
 処理が今よりも面倒になる事態は必至。そうなる前に水を綺麗にしなければ。
 いくら監視の目があるとはいえ、人の目である以上完璧ではない。ラピは隙を見て人目につかない場所に移動する。
 我は海の子、嵐の子と小さく唱え、|漂う眼《スカラグスアク》を呼び出した。深海鮫の姿をした|Aavaq《アーヴァク》たちが、ラピの周りをふよふよと泳ぐ。
「怪異の居場所を探ってほしい。恐らく、死の匂いを辿れば見つけられると思う。その鼻でなら出来るだろう」
 Aavaqたちは尻尾を大きく揺らしてみせた。自信の表れだろう。
「幽霊の君達であれば、早々人目にはつかないだろうけれど。念の為、小さい姿で行ってくれ」
 Aavaqは手のひらサイズまで姿を縮小し、魚のように村の中を泳ぎ始めた。
(あとは索敵結果を待つだけだが……ジッとしているのも怪しまれる。出店で工芸品でも見ていようか)
 怪異はともあれ、鉱石に罪はない。
 水晶の彫刻、翡翠の装飾品……どれも桁数がやたらと多いものばかりだ。
「どれも値が張るものばかりだね。良質な翡翠や水晶に、工芸品として手を加えているのだから当然か」
「手頃な値段の物もあるよ。石の質はそこまで良くないがね」
 工芸品を眺めるラピに店主が声を掛ける。
 ラピは魚を模した水晶の彫刻に目を留めた。細かい傷が幾つか見えるが、その傷が模様のように重なり風格を感じさせる。
「これを買うよ。石の質だけが物の良さではないからね」
 ラピは購入した彫刻を大切にしまった。精霊達への良い土産になりそうだ。

神花・天藍
八代・千桐

●再来
 ジリジリと鳴く蝉の音に、水晶作りの風鈴が澄んだ音を響かせる。
 屋台が並ぶ通りは、村特有の翡翠飾りも相まって、異質な雰囲気を漂わせていた。
「閉鎖的な村のお祭はその土地の風習が根強い。情報収集には最適だろうね」
 |八代・千桐《やしろ・ちぎり》(五色綾なす瑞雲・h02637)が小声で口にする。|神花・天藍《かんばな てんらん》(白魔・h07001)も、屋台を見回す童を装い、道行く人々を観察した。
「見たところ、他の能力者も潜入しているようだな」
「そうだね。僕たちは浴衣を着て一緒にお祭を見て回ろうか」
「うむ。祭りを歩き回れば、調査中の者たちへの監視の目も少しは薄れよう」
 二人は浴衣を着て、祭りを見物することにした。他の祭りから水無澤村に迷い込んだ見物客という設定である。
 辺境の村にしては、屋台の種類も豊富だ。
「ふむ、意外と揃っているのだな。銀花は祭りに来たことはあるか?」
「うん。昨年は妹と一緒に」
 千桐が頷く。妹と訪れた祭りの情景を思い返し、懐かしさに瞳を細める。
(あの時は、まだ君がいなくて、君にもう一度逢える為の奇跡を神事の焚き火に願い縋っていた)
 ――そして今年は、こうやって君と祭りを楽しめる。神様が願いを叶えてくれたのかも……なんて。
 一方で、天藍は千桐の返答に少しばかり複雑な気持ちになった。
「ああ、そうか……お前はこの世界で生まれたのだから機会はいくらでもあるか。別に案内できず残念なんてことはないぞ」
 わざわざ口に出しているのだから、本当はちょっぴり残念なのではないか。真意は兎も角、そう思えてしまうところが微笑ましい。
 千桐は柔らかに笑んだ。
「お祭は親しんだ行事のひとつだけれど、こうして君と一緒に過ごすのは初めてなんだ。天藍が行きたい場所に連れてってよ」
 行きたい場所に連れて行く――実質案内と同じである。
「わかった。必ずや楽しい時間になることを約束しよう」
 天藍の表情は、因習村の不気味な空気に似合わず晴れやかだ。
 そして、天藍が案内する屋台と言えば……定番はやはり甘いものである。
「さて、甘味を食そう。我のお勧めは綿飴だ。ふわもこで甘いし白くてまん丸い形が|鳳雛《むかし》のお前を思わせる。それに旨そうなのも同じだ」
「もう……相変わらず僕のこと、そういう目で見てたんだ」
 白い綿飴を見ながら、|ふくふくの可愛い小鳥《昔の自分の姿》を思い出す。
 千桐は拗ねる素振りを見せながらも、心の中では幸せを感じていた。昔と何も変わらない。心の何処かで、昔と関係性が『変わってしまう』ことを恐れていたのかもしれない。
「……冗談だよ、半分くらいは」
 天藍の声色は柔らかく、そして優しい。軽口を叩くのも随分と久しぶりで、この時間が心地良い。
 ――お前とまた歩けることは幸せなのだろうな。
 喜びが春陽のように心を照らす。
「半分は本気なんだ? ふふっ……」
 千桐は花のように綻んだ。綿飴を食べる前から、二人の間に甘い空気が漂う。
 綿飴を購入し、二人は屋台脇の縁台に腰を下ろした。袋の紐を解き、綿飴のふわりとした甘さを楽しむ。
「今日の我は少し気分が良い。せっかくだ、綿飴を分けてやろう」
 天藍は自分が食べていた綿飴の串を、千桐へと差し出した。
「えっ、直接?」
 千桐がぱちりと瞬く。その反応に、天藍は不思議そうに首を傾げた。
「……お前、昔はよく我の食べ物をつついていただろう?」
 昔と変わらぬ、二人のやりとり。それはかつての春を思い起こさせる。
 こうなってしまえば、千桐はいくら恥ずかしくとも拒めない。
「昔のこと言うのは、ずるい……」
 目の前に差し出された綿飴を、恥じらいながらも一口食んだ。かつて幼い天藍から甘味を啄んだ日と、重なる。
「……美味いか?」
 天藍が千桐の答えを待っている。天藍の瞳は水光のように煌めいていた。
 千桐の答えは決まっている。
「うん。甘くて、ふわふわしていて……とっても美味しいよ」
 楽しそうな君の姿に――かなうわけがないよ。

各務・鏡

●信仰
 水無澤村は一見静かな村だが、裏には確かに不気味な気配が蠢いている。
(水場と怪異は関係があるものだけど、空井戸でもあり得るのかな。川が境界となるように、元境界と考えればあり得るのかもしれないね)
 |各務・鏡《かがみ・あきら》(幽明・h09413)は思考を巡らせながら、巳奈子に対しては別の言葉を語った。
「散策していいのなら遠慮なくそうさせてもらおうかな。懐かしいね、昔いた村によく似てるよ」
「そうなのですね。今は別の場所にお住まいなのですか?」
「そうだよ。その村はねダムに沈んじゃって、そういうわけで僕も離れたわけなんだけど」
 かなり昔、明治時代だというのは伏せておく。
「ダムに……それは、悲しいですね」
「まあ、住めば都と言うからね。今住んでいる場所も悪くない」
 少し雑談をした後、他の人間(おそらく√能力者だろう)の相手を始めた巳奈子から自然に離れる。工芸品の出店が並ぶ通りを、のんびりと見物した。
(水晶に翡翠か。交易すればかなり豊かになりそうなのにそうしなかったのはあえてなんだろうねぇ)
 前方に鳥居が見えてくる。
「さて、神社の方も見に行こうかな。村の神様にご挨拶しないと」
 立ち止まって一礼し、端から鳥居をくぐった。階段を上がり、広々とした境内に足を踏み入れる。
「僕のいた村(の祠)より大きそうだ」
 神楽殿まで設けられているあたり、やはり閉鎖的とはいえ豊かなのだろう。
 拝殿に向かうと、とぐろの中心に水晶の鏡を抱く巨大な蛇の像が祀られていた。
「拝殿に御神体……? 珍しいね。祀っているのが蛇なのは、蛇神信仰に通じるものがあるのかな……?」
 儀式の時にも蛇の面を使っている。本来の水無澤村は、怪異ではなく蛇神を信仰していたのかもしれない。
 何気なく視線を上げると、滝を登る水蛇の絵が描かれている。
(滝か……この絵に描かれた滝の場所を、調べてみる必要がありそうだ)
 星詠みが予知で視たという滝は、この滝かもしれない。

九条・凛太郎

●狂気蠢く村
 九条・凛太郎(雷神の申し子・h13190)は荒れ果てた井戸の前に立つ。
(水の神様の贄かぁ……どこにでもそういうのってあるんだね)
 彼はかつて雨乞いの供物として鳴神に捧げられた生贄であった。送り出された過去を思い出し、複雑な気持ちになる。もっとも今は、鳴神の花嫁となり生きているわけだが。
(でもこの水無澤村の神様は本物の神様じゃなく怪異……神様と偽って人を喰らう奴を野放しにしておけない。というかすごく許せない気持ちでいっぱいだ。まだ√EDENに来て間もない僕だけど……こいつは絶対成敗してやる)
 気合を入れて、村に続く『|門《ワープゲート》』をくぐった。村に到着して開口一番、凛太郎は噓泣きをする。
「うわああああん! おとうさあああぁん、おかあさあああぁん!」
「おやまあ、ご両親と逸れてしまったのですね」
 巳奈子が凛太郎にそっと歩み寄った。
 田園風景、木造中心の古い家屋……視界に広がる景色は、自分が居た村と重なる。
(でも……やっぱり、それだけじゃない)
 凛太郎はその裏に陰鬱とした気配を感じ取った。巳奈子に宥められ、泣き止んだフリをする。電波の状態や橋の話を聞いた後、凛太郎は礼儀正しく尋ねた。
「お世話になります。何かお手伝いできることはありませんか? お祭りのお手伝いとか……」
「外の子に手伝わせるなんて、そのようなことはお願いできません。村のことは、村の者だけで運営するべきですから」
 巳奈子の言葉は善意に聞こえるが、閉鎖的な空気を感じさせる。
「それじゃあ、色々見てまわってもいいですか?」
「立ち入ってはいけない場所もありますが、それ以外ならご自由にどうぞ」
「ありがとうございます!」
 凛太郎は元気よく駆け出した。調べたい場所は山ほどある。
(子供の好奇心を盾にうろちょろして……入ったら駄目って言われた場所は覚えておこう)
 もしかすると、そこに手掛かりがあるかもしれない。

眞継・正信

●廃されたはずの因習
 生ぬるく湿った風が肌を撫でる。|眞継・正信《まつぐ・まさのぶ》(吸血鬼のゴーストトーカー・h05257)は、水無澤村に足を踏み入れた。
(このような事態でなければ、日本の風俗に触れる良い機会だったのかもしれないね……それも怪異に歪められていなければ、か)
 ともかくまずは境内の調査だ。怪異も蔓延っているようだし、あまり神々しくないことを期待したい。
 境内に入ると、宝物殿が開かれている。
「祭りの期間だけ特別に公開されているんだね」
 蛇をモチーフとした宝物が数多く置かれている。その中の一つに正信は目を留めた。
(巨大な蛇が泳ぐ滝壺に、人々が身投げしている……)
 年代を感じさせる掛け軸だ。『水蛇の滝』以外の説明は見当たらず、宝物殿の見張り番をしている村人に話しかけた。
「あの絵はいつ描かれたものなのかな?」
「正確な時期はわからんが、江戸時代初期に描かれたものだって言われてるよ」
「人が滝に身を投げているように見えるが……」
「ああ、この土地の言い伝えさ。ずっと昔、滝の水神様に生贄を捧げていたらしい。ま、実際どうだったかねぇ」
 会話に違和感を覚えながらも、正信はさらに情報を集めるため屋台に向かう。
 焼きそば屋に立ち寄り、店主に気さくに話を振った。
「宝物殿を拝観したよ。どの宝も素晴らしいね」
「そうだろう。どれも村自慢の宝だ」
「折角迷い込んだのだから、色々と見識を深めて帰りたくてねえ。この村に興味が湧いたよ。この祭りはどんな祭りなんだい?」
「水神様の御恵みに感謝するお祭りさ! 夜には舞を捧げる儀式もある」
 村人との会話から、正信は思考を巡らせる。
(さすがに江戸時代から怪異が支配していた、なんてことはないだろう……)
 あくまで推測だが、怪異が支配する以前、この村には人身御供を行っていた時代があったのかもしれない。
 あとは『水蛇の滝』の謎を紐解けば、おのずと怪異の居所が掴めるはずだ。

戦術具・名無
神元・みちる

●社の奥にあるもの
 村の通りから、たこ焼きのソースの香りが漂ってくる。食欲を誘うが、今回は祭りを楽しむわけではないらしい。
(お祭りって聞いたけどなんか違う感じ?)
 神元・みちる(大きい動機 okey-dokey・h00035)の疑問に、戦術具・名無(Anker・h03727)が答える。
(怪奇。怪異が潜む村、ですか。村ぐるみとなると各個人への説得も難しいでしょう。それならば元凶を断つのが一番。話通りにということになりますね)
 念話での会話だ。話が村人に漏れることはない。
(調査してボスっぽいやつ見つけて倒せばいいってやつだな! ……ん? でもそういうの直接聞けないっぽい?)
(そうですね。今の状態では動くに動けません。みちる、情報を得るために村を周りましょう)
(あー……そこからになるのかー。それならまずは村の中回ってみよ! 怪しいとこ見つかるかもしれないし?)
 名無の提案に頷き、みちるは数歩踏み出して……ぴたりと足を止めた。
(何か思いついたようですね)
 名無が察する。予想どおり、みちるはたった今考えた事を口にした。
(でも回るにしても案内してもらった方がいいかも? 1人じゃ……1人じゃないけど変だし。巳奈子さん時間あるかなー? 声かけて聞いてみよ! 名無、いつもの感じでよろしく)
(人を頼る……と。自由に動けなくなりますが……いいでしょう。みちるの勘を信じます。どうせ最初からそうする気だったと思いますし? わたしは暫く黙っていますので)
 みちるは再び歩き出す。まずは巳奈子を探そう。
(変なとこあったら気にしといて! この村自体が変なとこっぽいけどさ! 名無だったら村の人達に気にされずにじっくり見ることできるだろー?)
(わかりました。重要そうな人物へのコンタクトは頼みましたよ)
(任せろー!)
 巳奈子を見つけるまで時間は掛からなかった。畦道を歩く巳奈子に、みちるは元気に声をかける。
「巳奈子さーん! 今時間あるか? 村の案内をして欲しいんだ!」
 飾らない言葉に、巳奈子は柔らかに微笑んだ。
「構いませんよ。まずは村のお祭りからご案内しましょう」
 二人……正確には三人は、祭りの屋台へと向かった。みちるは巳奈子に買ってもらったりんご飴を片手に祭りを見物する。
「綺麗な飾りだな! あっ、あそこにあるのは?」
「水無澤神社です。水神様を祀っているのですよ」
「へー、行ってみたいな!」
 みちるが纏う素直で真っすぐな雰囲気に、巳奈子は快く頷いてみせた。
「それでは境内のご案内もいたしましょう」
「やったー! ありがと、巳奈子さん!」
 一方で、名無はみちるの腰から巳奈子を観察する。
(……この巳奈子という女性、みちるに対して妹感覚で接しているような気がしますね)
 境内に気になる情報があればいいのだが。みちるが軽快な足取りで階段を上がった。あちこちを見て回りながら時々立ち止まり、巳奈子と言葉を交わしている。
(さて、気になる場所は……)
 会話の内容を気に掛けつつも、名無は周囲に視線を巡らせた。
 幸い、巳奈子や他の村人からは、みちる1人と思われている。怪異に操られているとはいえ一般人なのだ。刀に意識が宿っているとは思うまい。
(……おや、あの村人たちは……)
 神社の裏手に村人が数人、足早に歩いていく姿が見えた。位置的には本殿の裏だ。裏手は山林だが、村人たちが戻ってくる様子はない。
(裏から本殿に入ったのか、神社の裏手に何かあるのでしょうか。たとえば、隠された儀式場に続く道……水贄の儀とやらの準備をしていても不思議ではありません)
 考え込む名無の様子に、みちるも気付いたようだ。念話で問いかけてくる。
(名無、なんか見つけた?)
(はい。神社の裏手があやしいです。隙を見て確認したいですね……)
 ざわざわと山の木々が不穏な音を響かせた。あの先には、一体何があるのだろうか。

斯波・紫遠
ゼロ・ロストブルー

●辿るように
「あれ、ゼロさん? 奇遇ですね」
 水無澤村に向かう途中、|斯波・紫遠《し ば・しおん》(くゆる・h03007)は見知った人物を見つけ、声をかけた。
 ゼロ・ロストブルー(消え逝く世界の想いを抱え・h00991)が立ち止まり、紫遠を見やる。
「次の取材で廃墟群に行くんだが……斯波さんもそこに?」
「はい。依頼で廃墟群に」
 廃墟群に入った後、井戸から水無澤村にワープする。
「依頼か。なら一緒にどうですか」
 ゼロの提案に紫遠は快く頷いてみせた。
「ゼロさんの取材先が同じ場所だったなんて。此方としては渡りに船です、頼りにしてます」
「俺の方こそ、斯波さんがいるなら心強い」
 二人は廃墟群に向かい、水無澤村に繋がる『門』――荒れ果てた井戸を覗き込んだ。
 視界が瞬く間に変化し、畑に囲われた畔道が現れる。畑の向こうには集落があった――水無澤村だ。祭囃子の音が、風に乗って聞こえてくる。
 紫遠はフリーのウェブライター。ゼロはただのルポライターとして、迷い込んだ体で村に侵入した。
 巳奈子からの説明を受けたあと、紫遠は困ったように眉を下げる。
「まさか山奥で迷子なんて……急にマップが動かなくなって焦りました」
 それっぽい理由を並べて無害を演出した。ゼロも同じように何も知らない一般人を演じる。
「復旧まで世話になるか、ん? ……今、俺の認識がおかしかったな、一緒で良かったよ」
 巳奈子と別れ、二人は祭りの屋台に向かった。たこ焼きと焼きそばを買って、祭りを楽しんでいる様子も演出。食べ歩きながら徐々に表通りから外れてゆく。
『…………』
「外部とアクセス出来ないだけでアリスさんには何も影響無いんでしょ? わかってるよ」
 紫遠がこそっとIrisに話しかけた。
『村人に気付かれないよう、発言を最低限かつ音量も最小にしています』
 普段より遥かに小さな音声を発するIris。紫遠とIrisのやり取りを、ゼロは微笑ましいと感じる。
「はは、相変わらずいいコンビだ」
 緊張がほぐれたところで、ゼロは仕事用のフィルムカメラを手に取った。
「写真も撮っていいらしいし、俺は撮影を担当しよう。撮影禁止の場所なら村人が止めに入るだろうから、怪しい場所の見当も付けられる」
「よろしく頼みます。さて、何処から行きましょうか」
 祭りから完全に離れたところで、紫遠はぐるりと周囲を見渡した。怪しげな場所は神社だけではないだろう。神社は他の依頼参加者も調べるだろうから、それ以外の場所を探りたい。
 まずは何処をあたるか。ゼロは手元にある情報を手掛かりに思考を巡らせた。
「蛇の面、水……水の神か? 滝や池等の水辺が怪しく感じるが……そこも行ってみるか? 村と隣接している場所なら行きやすい。ただ、山の中に入ろうとすれば村人に止められそうだが……」
 ゼロの言葉に、紫遠がタブレットに指を走らせる。
「こういう時のアリスさんです。アリスさん、上空から観測とマッピングよろしく。このあと絶対に使うからね」
『煙雨、隠密モード展開。観測を開始します』
 揺蕩う煙のような姿をした砲台に隠密モードが存在するのか……という疑問は、今は重要ではない。
 上空からIrisに観測してもらっている間、二人は地上から村を探る。
 畦道の脇に大きな池を見つけた。池には蛇の石像が飾られ、奥には山林に続く道がある。真新しい看板に『撮影禁止』と描かれていた。誰かがこの場所を撮影しようとして止められたのだろう。
 ゼロは奥の道が妙に気になり、上空からマッピングしてもらうよう紫遠に伝えた。
「しかし、水無澤か……」
「村の名前がどうかしました?」
 ゼロの呟きを紫遠が拾う。
「いや、資源が豊富そうな場所の名としては違和感があってな」
 ゼロは池の向こう側にある道を、注意深く観察しながら言った。
「確かに……名前の由来とかあるんでしょうかね」
 紫遠も一緒に池の向こうを見つめる。
 彼らの背には、畑作業をする村人の視線がジリジリと焼き付いていた――。

赤峰・寿々華

●迷い路
 赤峰・寿々華(人妖「鬼人」の煉鉄の|格闘者《エアガイツ》・h01276)の方向感覚は無に等しい。
 欠落なのだから仕方ない。村への『門』がある廃墟にも中々辿り着けず、森の中を彷徨っていたら川を発見。水面から頭を出した岩を足場に飛び越えようとした瞬間、視界がガラリと様変わり。
 ……こうして目的の水無澤村に、無事辿り着いたのであった。
「文字通り迷い込んじゃったわけだけど……まあ、結果オーライだよね!」
 ガチで迷い込んだからには、一般人感もより高まるというもの。祭囃子の音と屋台の匂いを頼りに、祭りが催されている通りに訪れた。
 工芸店には様々な細工物が並ぶ。動物を模した水晶の彫刻に、髪飾りや腕輪といった翡翠の装飾品……どれも目を惹く品だ。
「綺麗で可愛いよねぇ」
 見物客を装いながら、寿々華は考えを巡らせる。
(パッと見はなんてことないように見えるけど……うーん、水の概念に潜む、って言ってたし水回りを重点的に見るべきか……? 雨にも含まれてたらお手上げだぞ……)
 ふと、巳奈子が言っていたことを思い出す。村にはいくつか立ち入り禁止の場所があるらしい。
(明らかにそこが黒いし適当に歩き回って探ってみるかな? 近づいて詳しい話を聞けたら御の字、止められてもその先が怪しい、っていう無言の証拠にはなるでしょ)
 方向音痴を発揮して、ついうっかり禁域に足を踏み入れてしまう……なんてこともあるかもしれない。
(迷い込むのは因習村の定番中の定番だし。大丈夫、なんとかなるし、なんとかする!)
 寿々華は村の探索を始める。プランはない。計画を立てても、結局迷うから。
 ……そして、気付けば山林の中を歩いていた。
「ここ、どこだろう……」
 やはり迷った。偶然監視の目を逃れたか、村人から止められることはなかった。
 水の音が聞こえる。滝が落ちる音ではなく、川が流れる音だ。
「よし、川を辿ってみようか!」
 寿々華の探索は、まだまだ続きそうだ。

史記守・陽
静寂・恭兵
アダン・ベルゼビュート

●偽神の村
「生贄か……悪しき因習がまだ残っているんだな」
 水無澤村に続く『|門《ワープゲート》』――廃墟群を歩きながら、|静寂・恭兵《しじま・きょうへい》(花守り・h00274)は眉を寄せる。アダン・ベルゼビュート(魔焔の竜胆・h02258)も、眉間に皺を刻んだ。
「怪異に生贄を捧げる、とはな。無辜の民が操られているからこそ、死者が出ても容易に隠蔽が出来る……あまり好ましくない相手ではあるな」
 一方、|史記守・陽《しきもり はる》(黎明・h04400)は、オカルトや非科学的な事象にはかなり懐疑的である。
「生贄だとかなんだとか、そのようなことをまだ現代で信じているんだ……所詮迷信だろうに」
 怪異の洗脳が人々を歪めてしまったのかもしれない。むしろ、100%そうであってほしいと陽は思っている。
 宗教、信仰、儀式。恭兵にとってはどれも馴染み深いものであるが、複雑な心境だ。
「俺はどちらかと言うとオカルト側の人間だからな。すべてを『否定』はしないが。犠牲を出してまで行われる儀式には賛同しかねる」
 三人は荒れ果てた井戸に到着した。アダンが井戸をまっすぐに睨み据える。
「此の井戸を覗き込めば水無澤村か」
 表情を引き締めるアダンに、陽も力強く頷いてみせた。
「はい、行きましょう」
 ――ぴちゃん、と水が滴る音がする。暗い井戸を覗き込んだ直後、三人は畑に囲われた畔道に立っていた。
「遭難者の方ですか? 山登りの途中に迷われてしまったのですね」
 水無澤村に飛ばされた三人の前に巳奈子が現れる。
 電波状況や橋について言葉を交わした後、陽は愛想よく彼女に話し掛けた。
「東京からきたんです。やっぱり山の中は違いますね、空気がおいしいし自然も気持ちがいいです」
 少し困った様子で、それでも笑顔を心がける。設定は『先輩達と登山に来て道に迷った後輩』だ。
 恭兵も陽に合わせ、東京から登山に来た観光客を装った。
「こんな所に村があるなんて助かりました。自然も豊かで……こう言う所に暮らすのはちょっと憧れますね……移住とか考えようかな」
 静寂家で叩き込まれた|自然な振る舞い《暗殺者としての技術》が役に立つ。恭兵の偽装は完璧だ。
 アダンも口を開くタイミングを探っていた。ずっと無言では怪しまれる。
「俺様は――」
 言いかけて、ハッと閉ざした。普段の口調では不釣り合いかもしれない。
 今だけは致し方あるまいと、覚悟を決める。
「……私も同じく、東京から此処へと。此の様な雰囲気の場所は初めて故、何かと目新しいと感じております」
 普段は使わない丁寧な言葉遣いで話すアダン。巳奈子は三人へと穏やかに微笑んだ。
「村を気に入っていただけて嬉しいです。それと……無理にかしこまる必要はありませんよ?」
(此の者……俺様のことを言っているな)
 アダンは何とも言えない気持ちになる。しかし、怪しまれてはいないようだから良しとしよう。
 陽は好奇心旺盛な人柄を装い、きょろきょろと辺りを見回した。
「この村には独特の文化もあるようですね。大変興味深いです……例えば、あの建物は何の建物なんですか?」
 大きい建物だ。一番高い屋根の上に、翡翠で作られた蛇の屋根飾りが、巻き付くように据えられていた。
 陽が指し示した建物に、巳奈子が答える。
「あれは倉ですね。畑で収穫した作物を収めています」
「蛇の飾りなんて珍しいですね」
「村の守り神である水神様は、蛇の姿をしているのですよ」
 二人の会話に、恭兵は違和感を覚えた。
(星詠みが予知で視たというあの怪異は、蛇の姿ではなかったはずだ)
 洗脳の影響で、村人全員が認識を書き換えられているのだろうか。陽は巳奈子と会話を続ける。
「蛇の姿……蛇神信仰的なものでしょうか。村でやっているお祭りも、水神様に関係するものですか?」
 会話中も周囲の環境をそれとなく観察した。一方で、恭兵達が調べやすいように巳奈子の注意を引きつける。
 陽が巳奈子と話している間に、恭兵とアダンも行動を開始する。
(生贄が目的なら基本的に歓迎はされるだろうが……肝心なことは聞けないだろうな……それなら)
 恭兵は普段どおりの調子でアダンに話を振った。
「……アダン、俺たちは祭りに行ってみよう」
「そうだな。史記守、先に行ってるぞ」
 二人は自然な雰囲気でその場から離れる。
「はい、またあとで」
 陽の声を背に、二人は集落の中心を目指して歩き……角を曲がった所で、民家の傍に生えた欅の木陰に隠れた。現状、村人は近くにいない。
「このあたりでいいな」
 恭兵はゴーストトークを発動し、周囲のインビジブルに一時的な知性を与えた。彼らならきっと雄弁に語ってくれるだろう。
 アダンも|魔焔の竜胆《タンドル》を咲かせる。
「此れは覇王の願望である。水無澤村より続く、怪異の居場所を可能な限り映し出せ」
 最短距離は叶わずとも構わない。多少の大回りは予測済だ。最終的に経路の情報を取得できればそれで良い。
「……村人以外立ち入ってはならない通路があるらしい。ここ数日は出入りが盛んだとか」
 恭兵がインビジブルから得た情報を囁いた。周囲に村人の気配がないか神経を尖らせながらも、アダンは言葉を返す。
「明らかに怪しいな。俺様の方は……調べが済むまで、まだ時間が掛かりそうだ」
 少しでも割り出せれば重畳だろう。
 二人でコソコソしていると、逆側から陽がにょきっと顔を出した。
「あ、いたいた。水上さんが他の人と話し始めたので俺も抜けてきました」
 隠れている二人を探し当てるあたり、さすが慣れているというべきか。嗅覚が鋭いというべきか。
「追加で情報はあったか?」
 アダンの問いかけに、陽は首を横に振ってみせる。
「とくには……ただ、村の人達は、崇めているのが『蛇の姿をした神様』だと思い込んでいるようでした」
「やはり、そうか……」
 恭兵が抱いていた疑念がより確信に近付いた。
 怪異に支配され、認識を書き換えられるより前、村人たちは別の神を信仰していたのかもしれない。

夕星・ツィリ
八代・霖

●夏祭
「怪異というのはろくなことをしないよね」
 村に続く井戸の前で、|八代・霖《やしろ りん》(天泣・h01795)は呟く。聞いてしまったからには、何も見なかったふりをするのも目覚めが悪い。
 霖の隣で、|夕星・ツィリ《ゆうづつ✱⃟۪۪۪͜ːु⟡⋆⁺.⋆》(星想・h08667)も決意を秘めた表情を浮かべる。
「罪のない人を生贄になんて許せないもの。怪異退治頑張ろうね!」
 霖は頷いて、井戸を見やった。
「この井戸を覗くんだったね」
 覗けば村にワープする。ツィリがぎゅっと霖の手を握った。
「うん、一緒に覗こう! ……せーのっ!」
 世界が瞬時に切り替わる。目の前には集落、そしてその先には神社が見えた。
「無事村には潜入成功……! まずはどこから調べよう」
「村の周りを調べて、あとは神社にも行ってみる?」
 霖が淡々と提案する。ツィリは力強く頷こうとして……漂ってくる香ばしい匂いに視線が向いた。心の天秤が、祭り側に傾く。
「ちょっとだけ! ちょっとだけ……お祭りみてもいい?」
 匂いに釣られたツィリに、霖は軽く笑った。
「勿論構わないよ。ツィリはなんだかいつも食べてばかりだよね」
 そんなわけで、村の祭りへ。屋台の数々に、ツィリはキラキラと瞳を輝かせた。
「良い香りー! ポテトにフランクフルトに焼きそば……あっちにチョコバナナも。何から食べよう……!」
「そうだね、僕としては祭りでしか食べられないものをお勧めするよ。ポテトやフランクフルトは何処でも買えるし」
 霖の言葉に、ツィリが真剣に考える。
「祭りでしか食べられないもの……リンゴ飴とか、わたあめなんかもアリかも?」
「どっちも普段はあまり見ないね。専門店も限られてるし」
 二人は屋台を巡った。たこ焼きとベビーカステラの屋台を見つけ、ツィリが立ち止まる。
「霖ちゃんたこ焼きとかベビーカステラ好き? よかったら両方買って半分こしない?」
「……うん、多分、好きだと思う。別にツィリが半分こしたいっていうなら、それでいいけど!」
「ほんと? じゃあ買ってくるから待っててー!」
 ツィリは屋台に駆けていった。元気だなぁと思いながら、霖は周囲に意識を巡らせる。
(待ってる間に村人の様子でも見ておくかな)
 時々、嫌な視線と不穏な空気を村人から感じる。
 ツィリがたこ焼きとベビーカステラを手に、ほくほくとした顔で戻ってくる。
「お待たせー! あったかいうちに食べよ!」
 霖は意識をツィリに戻した。
「うん。冷めたら美味しくないもんね」
 二人で分け合うたこやきとベビーカステラは特別な味がした。食後は腹ごなしに水風船釣りで遊ぶ。
 赤い水風船を釣り上げて、ツィリは満面の笑顔だ。
「ゲットーっ! 霖ちゃんはどう?」
「なんかいっぱい釣れた」
 霖の戦利品がプールの外に何個も転がっている。
「わっ、すごい大漁……!」
 ツィリが驚く一方で、霖の表情は普段と変わらない。
「でも、そんなに要らないから……これだけでいいや」
 白地に青が涼やかな柄の物を一個選んだ。
 たっぷり食べて、たくさん遊んで。二人は祭りを満喫した。
 水晶の風鈴が涼やかに鳴り響く。屋台脇の縁台に腰掛けて、ツィリは水風船を日に透かした。
「霖ちゃん取るの上手だったー! こういうの得意?」
 片手にはイチゴ練乳たっぷりのかき氷。霖もお揃いで買ったかき氷を、しゃくと頬張った。
「多分得意なんだと思う」
 冷たく甘い、夏の味がする。ツィリもかき氷に上機嫌だ。
「かき氷を食べたら、今度は何をしようかなっ」
(……ツィリ、調査のこと覚えてるかな)
 霖は疑問に感じた。だが、「忘れてないよね?」と直球に聞いて、楽しい気分を損ねたくない。
「……ツィリの情報収集は随分と楽しそうだったね」
 嫌味にも聞こえるが、霖なりに気を遣った婉曲表現である。ツィリはハッとした。
「こっこれも交流! 情報収集! 大丈夫! 覚えてる……!」
「……まぁ、僕も楽しかったしいいんだけど」
 霖は笑みをこぼす。心からの笑顔に、ツィリも釣られて花が綻ぶように笑った。
「楽しかったなら私も嬉しい!」

水縹・雷火

●抜殻
 なんて気分の悪い話なのだろうと、|水縹・雷火《みはなだ らいか》(神解・h07707)は怒りを覚えた。
(怪異だかなんだかの好き勝手にされてたまるものか。全部纏めてぶっ飛ばしてやる!)
 脳裏で何処かのクソ怨霊が「呼びました?」とピースサインをしている……が、それは置いておこう。
 ともあれ奮起しつつ、水無澤村に訪れたわけだが。
「……きっつ……」
 雷火は荒い息を吐き出した。ここに来るだけで一苦労である。虚弱体質が災いし、体力は既に黄色ゲージだ。
「なんか蒸し暑いし……水、水が欲しい……」
 ふと思い出す。出発前に同居人が水と塩飴を強引に押し付けてきたことを。
「くそっ、なんか腹立つ」
 しかし、体のためだ。水分と塩分を補給してから、情報収集を始める。
「工芸品店に行ってみようかな。休憩にもなるし」
 工芸品店に向かうと、水晶や翡翠の装飾品が棚にずらりと飾られていた。
 翡翠で作られた鳥の彫刻に目を留めて、その質感を確かめる。
「随分と質がいい翡翠だな。なぁ、これってどこでどうやってとれるんだ?」
「翡翠がよく採れる川があってなぁ。水中を覗き込んで、色や質感で見分けて拾うのさ」
「ふーん……あ、採るつもりはないからな? 外部の人間の採掘は禁止されてるんだろ?」
 雷火は店を出る。店主から情報は取れないだろう。
「それにしても翡翠か……」
 空を見上げた。あの|クソ鳥《カワセミの死霊》が、今も見ているか気になったのだ。近くの木に鳥がとまった。「呼んだ?」と言わんばかりにクソ鳥が雷火を見ている。
「……呼んでないし」
 雷火はクソ鳥を無視して調査を再開した。ゴーストトークを発動し、周囲のインビジブルを生前の姿に変える。幽霊は巫女の姿をしていた。少し巳奈子と似ている。
「なあ、お前。この村について、何か知ってないか?」
 警戒しつつ問えば、幽霊は神社裏の山に向かって指を差した。
『……神はもういない。水蛇の滝に向かい、どうか、神を騙る愚か者を滅してくれ……』

第2章 冒険 『強行突破せよ』



 調査が進むにつれ、暗い水底から浮上するように、様々な情報が見えてきた。
 怪異の居場所は『水蛇の滝』。神社の裏手に、滝へと向かう道がある。
 道はこの1つだけではない。
 蛇の石像が飾られた池の奥にある道もまた、神社の裏手より遠回りになるものの、滝に続く道がある。
 怪異を倒すだけならこれらの情報だけで十分だ。
 しかしながら、村について調べる中で、うっすらと現状の背景も浮かび上がってきた。

 水無澤村はかつて水蛇の姿をした神を信仰していたこと、その神が『水神』と呼ばれていたこと。
 江戸時代には、滝壺に生贄を落とす人身御供の風習があったかもしれないこと。
 そして、本物の水神はもう居ないこと。
 水神が自ら消えてしまったのか、怪異が関係しているかは不明である。
 ただ、間違いなく言えるのは、怪異が元々存在した『村の信仰』を乗っ取ったということだ。
 村人を洗脳し、彼らの認識を書き換えて、水神になりすましている。
 
 ――時は日没。
 怪異『スティル・ウォーター』は、村中の水に索敵の網を張り巡らせていた。
 しかし、それでも気付くのが遅れた。EDEN達が目立たないよう行動した成果だろう。
 怪異は影響下にある全村人に指示を出した。一般人には手を出せないと踏んでの暴挙か。それまで表向きは親切だった村人たちの表情が、鬼のような形相に変わる。
「贄……贄を捕まえろ……」
「水神様に仇なす者たちだ……今すぐに殺せ、殺して贄にしろ」
 日没後の道を照らす懐中電灯や松明を持つ者、包丁や鎌を手にする者に、中には猟銃を構える者まで現れた。
「追え、追え! 絶対に逃がすな!」
「足だ! 足を狙え! 暴れたら腕を切れ!」
 集落だけでなく、山林の中まで、彼らは執拗にEDEN達を追いかける。
 彼らの中には、当然巳奈子の姿もあった。彼女は村人から借りた鉈を振り回しながら迫り来る。
「すべては水神様と、村の繁栄のため……皆さんは選ばれたのです……!」

 ※村人から逃げながら、怪異がいる『水蛇の滝』を目指してください。
 ※殺してはいけませんが、別の方法で無力化するのはOKです。
眞継・正信

●異なる存在
 狂気に呑まれた村人を見ても、|眞継・正信《まつぐ・まさのぶ》(吸血鬼のゴーストトーカー・h05257)の心は、凪いだ湖面のように落ち着いている。
「信仰と言うならば、このくらい熱狂的な方が、神にとっては喜ばしいのだろうね?」
 やるべきことは理解している。正信は境内に戻り、神社の裏手に素早く飛び込んだ。
(人々の注目を引くとしよう。他の能力者たちも動いている筈だ)
 己が人目を引き付けることで、他の能力者が滝に向かうための一助となればよい。
「生贄を見つけたぞ!」
「爺さん、観念しろ!」
 村人たちが懐中電灯で正信を照らす。
「確かに見た目は弱そうな老人かもしれないが……」
 |夜影の茨《ロンブル・デピーヌ》を奔らせた。茨は灯りの影から伸びて、村人の足を絡め取る。
「なんだ!? 足を何かに掴まれて……!」
 村人たちは足の自由を奪われて地面に転がった。懐中電灯で周囲を照らし、原因を探ろうとする。
 だが、見えるわけがない。灯り無き影の中に、夜色の茨は潜むのだから。得体の知れない存在に襲われる恐怖が、村人の思考を侵す。
「神の忠実な下僕であることは素晴らしいのでしょうがね。果たしてその神が本当にあなたたちの主かどうかは、考えたほうが良いでしょう」
 正信は穏やかに紡いだ。後から追い付いてきた村人が、彼に向かって猟銃を構える。
「邪術を使う悪魔め! 俺たちを惑わす気だな!」
(悪魔、か。……吸血鬼も、近い部分はあるのかもしれないが)
 銃声が鳴り響く。だが、銃弾は正信に届かない。
 Orgeが間に入り、弾を身に受ける。当然死霊に実弾が効くはずもない。
「グルルルッ……!」
「なんだこの犬……どこから!? それに弾が当たらない……!?」
 Orgeは激しく吠えて威嚇する。奇妙な術を使う男に、銃弾が効かない犬。狂気より恐怖が勝り、村人たちは逃げ出した。
「いい子だ、Orge。よく襲わずに追い払ったね。さあ、今のうちに先へ進もう」
 引き続き、正信はOrgeと共に滝を目指す。

篭宮・咲或
時月・零

●逃走劇
 正気を失った村人たちが凶器を手に迫る。
 明らかにピンチだが、|篭宮・咲或《 █みや さくあ》(Butterfly effect・h09298)は笑みを滲ませた。
「まぁそうくるよねぇ! 物騒なモン持った敵からの逃亡。ホラゲの主人公さながらの体験~」
「見事なお約束というやつだな」
 なぜか楽しげな咲或に、|時月・零《トキツキ レイ》(影牙・h05243)は小さく肩を竦める。ホラゲお馴染みの王道展開を、依頼で体験することになろうとは。
 二人は神社の裏手から山林に飛び込んだ。
「よくもまあ、ホラゲの主人公は身一つで逃げられるものだ」
「そこはあれよ主人公補正! 今の俺たちにも欲しいねぇ」
 咲或は逃げながらも周囲の環境に意識を巡らせた。
 ……数も地の利も、圧倒的に村人側が有利だ。このまま逃げ切れる保証はない。
 銃声が空気を震わせる。近くの木から、バキッと枝の折れる音がした。
「まったく、田舎の武装はバラエティが豊富なことだ。猟銃まで持ち出されてるとなると流石に厄介だな」
 零は狙いが定まらぬように走り続ける。
 咲或も零のあとに続いた。木々を縫うように駆ける先、前方に明かりが見える。
「うわ前からも来た」
 懐中電灯を持った村人たちだ。二人を見つけた彼らは、血走った眼で迫り来る。
「囲まれたな」
 零は冷静を崩さない。咲或も落ち着いた様子で、軽く溜息を一つ。
「……あんま気乗りはしないけど多少は止む無しか」
 咲或の言葉の意味を察し、零が言い添える。
「多少の接触はやむなしだが、殺すなよ。操られているが只の人だ」
「わかってるって。殺さないように、ね」
 咲或は使い魔の『わたあめ』を呼び出した。
 同時、零は前方の村人に向けて|霊震《サイコクエイク》を放つ。
「止まれ」
 立てなくなる程の激しい揺れが村人たちを襲った。彼らは武器を握り締めたまま、為す術もなく地面に膝をつく。零の足止めに乗じ、咲或も|白灯花《ハクトウカ》を発動した。
「わたあめ、あの人たちを眠らせて」
 わたあめは山道を走り、ふわふわの白い毛から白綿花を放つ。
 輝く白綿花が村人の膝元に触れると、白い花が一面に咲き乱れた。純白の花畑は彼らを眠りの世界に誘う。
「な、ん……急に、眠く……」
「生……贄、を……」
 彼らの手から武器が滑り落ちる。花畑に倒れ伏す村人たちを、零は注意深く観察した。
「花か、大丈夫なんだろうな」
 咲或の咲かせる花が持つ毒を零は知っている。物騒な印象のある其れに思わず問い掛けると、咲或は軽やかにウィンクしてみせた。
「だーいじょうぶ。ちょっと意識とさよならするだけよ」
「なら良いが……」
 本人が言うなら大丈夫なのだろうと零は結論付ける。
 すぐ横を通り抜けながら、咲或が気まぐれに口遊んだ。
「おやすみ。コトが終わるまで夢の世界の住人になってて頂戴な」
 二人は村人たちの包囲を突破して、段々と水蛇の滝に近付いてゆく。
「今が夏で良かったね~。冬ならそのまま凍死しちゃってるかも」
 サラッと物騒なことを言う咲或に、零は静かに溜息を吐いた。
「……冬の雪山を走り回るなんて御免だな」
 二重の意味で、本当に今が夏で良かった。
 村人たちが必死で二人に追い縋ろうとする。最初ほどの勢いはないが、それなりの数はいる。
「はいはい、そこどいてね~」
 走る速度を上げて、後方の追手を振り切る咲或。
 斧を持った村人が一人、前方に回り込んできた。零は斧を避け、村人の腕に峰打ちを入れる。武器を取り落とす村人を押し退けて先に進んだ。
「次から次に湧いてくるな。村人の目を通じて、こちらを見ているのかもしれん」
 怪異に動きを把握されているのかキリがない。
「大元の顔を拝むのが楽しみね」
 咲或が微笑む。神のフリをして信仰を乗っ取り、因習村を形成したその力量。それなりに興味はある。
「そうだな。面倒をかけた責任は取ってもらう」
 大元との対峙まであと少し。零は山道の暗闇に目を凝らし、水の音に耳を澄ます。

赤峰・寿々華

●狩場に誘い込む
 信仰の乗っ取り、成り代わり。まあ珍しくはない話ではある。実に悪辣な怪異がやりそうな事だ。
 日没の山林を赤峰・寿々華(人妖「鬼人」の煉鉄の|格闘者《エアガイツ》・h01276)は駆ける。背後や側面、更には前方からも、村人たちの怒号が聞こえてくる。
「さて、村人達殺しちゃダメなのね……なら、極力√能力は使わない方がいいかな?」
 それなら、と寿々華は木が密集した所に飛び込んだ。相手は集団、こちらは一人。遮蔽物が多い場所に誘い込めば、集団は身動きが取れない。
「おーい、こっちだよ! 捕まえられるもんなら捕まえてみな!」
 大声で挑発すれば、村人たちがわらわらと集まってきた。
「こっちに逃げたぞ!」
「取り囲めっ!」
 怪異に操られた人々には、寿々華が意図的に『そうしている』ことがわからない。
(逃げたんじゃなくて、誘い込んでるんだけどね)
 寿々華の読み通り、村人の動きが鈍くなる。猟銃が使えないのは当然のこと、包丁や鎌も思うように振れない。下手に動けば、他の村人に凶器が当たるだろう。
「贄……殺す……!」
 村人が動きにくい中で鎌を強引に振りかぶった。
「殺すなんて物騒だよ、っと!」
 寿々華はひらりと鎌を避ける。鎌は虚しく空振りし、木の幹に突き刺さった。焦る村人の側面に回り込み、手刀を叩き込む。
「ちょっと眠っててね」
「ぐぅ、っ……」
 手刀を喰らった村人が倒れ込んだ。仲間が呆気なくやられても、村人たちは次々に襲ってくる。
「何人来ても同じだよ!」
 迫る村人を気絶させていき、気付けば残り一人。
 村人も自分だけしか残っていないことに気付き、そこで初めて恐怖を滲ませた。
「ひっ……この女、強過ぎる……!」
 後退る村人に、寿々華は微塵を投擲した。三叉状の鎖が村人を拘束する。
「ねぇ、水蛇の滝って知ってるよね? 案内してほしいんだけど!」
 ぐいっと村人を引き寄せて、寿々華は爽やかな笑みを浮かべるのであった。

各務・鏡

●天狗のように
 山の空気が殺気立っている。狂乱する村人から逃れるように、|各務・鏡《かがみ・あきら》(幽明・h09413)は茂みに潜んでいた。
(蛇の滝登りね。拝殿というものは本殿や磐座、ご神体本体の前に置かれるものだから神社の裏手に目的の滝がありそうだ)
 滝に向かうなら、この場から移動する必要がある。
(茂みを利用して隠れながら先に進みたいけど……)
 地元民のように土地勘がないから、かえって迷うかもしれない。考えを一周巡らせて、鏡は結論を出す。
(まぁ見つかったら声をあげられる前に馬手差の柄側で打って気絶させよう)
 困ったらパワーで解決だ。道を見失わないよう注意しながら、山道脇の茂みを進む。大木の傍を通りかかった所で、村人と鉢合わせた。
「み――」
「おっと」
 見つけたぞ、と叫ばれる直前。馬手差の柄を村人の鳩尾に打ち込んだ。意識を失った村人が地面に転がる。
「ふぅ。危ない……多少の骨折は勘弁してほしいね。命はとらないのだからさ」
 近くの茂みに村人を隠してから移動を再開。しばらく進むと、前方から複数の灯りが見えてくる。灯りと共に、村人の荒々しい声も届いた。
「虱潰しに探せ! 木陰、茂みの中、怪しい場所は全部だ!」
 血眼になって捜し回っている様子がよくわかる。
(これは……隠れられそうにないねぇ)
 ならばいっそ隠れずに強行突破した方が早い。鏡は|縮地「空」《シュクチ「クウ」》を発動した。
「どうせ見つかるなら、ひとっ飛びってね」
 上空のインビジブルに狙いを付け、縮地術で飛翔する。
 木々を縫いながら日没の空を舞う姿は、村人たちに異様な存在として映った。
「空を飛んでるぞッ!?」
「怪異の類か! やはり水神様を害しに来たのだな!」
(彼らが信じ込んでいる『神』が怪異なんだけどね。しかし殺しちゃいけないってのは面倒だねぇ。誠なる怪異の信者じゃなく洗脳状態っていうんだからしょうがないけどさ)
 村人よりも遥か上を飛びながら、鏡は滝を目指した。

九条・凛太郎
雷獣・鳴神

●鳴神さまと一緒に
 昔から染みついてしまった風習というのは、そう簡単には人々の心から消えはしない。ましてや洗脳されているとなれば、村の人達を責める事など出来ようか。
 出来るわけがないと、九条・凛太郎(雷神の申し子・h13190)は表情を引き締める。
(だから僕達は神様にとって代わった怪異を退治し、村の人達の意識を変えないと)
 ガサッと近くの茂みが揺れた。ハッとして見やれば、雷獣・鳴神(九条・凛太郎のAnkerの土地神・h13373)がひょっこりと顔を出す。
「凛」
 今の鳴神は山林でも動きやすいよう猫サイズだ。
「鳴神さま! 鳴神さまも来てくれたんですね!」
 鳴神は凛太郎の足元に駆け寄る。
(初めての依頼へ一人で赴いた凛が心配で来てしまうとは、我も些か甘いな……)
 一人で行動する力を身に着けるのは、人間として大切なことだ。だが、雷獣としての勘というべきか、嫌な予感が拭えず今に至る。
 実際のところ、来て正解だった。村に異常が発生している。
「何やら日没に入った途端に村の者達が豹変しよった。偽神の悪あがきか――しかし悠長には出来ぬ。早う根源を断たねばの」
 鳴神が助けに来てくれたことを、凛太郎は嬉しく思う。
「ありがとうございます鳴神さま! 水蛇の滝へ急ぎましょう!」
 凛太郎は腕を広げ、鳴神を手招きした。
「鳴神さま、こちらにどうぞ!」
「うむ」
 鳴神は頷いて、ぴょんっと凛太郎の腕の中に飛び込む。凛太郎は鳴神を懐にしまい、山道を走り始めた。時は日没だが、寵愛の証が視界を覆う闇を晴らす。
(昼間たくさん散策できたから、道もなんとなく分かる……!)
 何度か村人に止められはしたが、だからこそ入ってはいけない場所――目的の滝がある場所も見当がついた。
 凛太郎は前だけを見て駆け続ける。後方確認は鳴神の役割だ。凛太郎の懐から、ひょこっと顔を肩越しに覗かせて背後を見やる。
「村人が何人か来ておる。鎌に、鉈に……|飛び道具《猟銃》は持っておらんな」
 足音は多く、そして速い。山に慣れている者の動きだ。ジリジリと焼け付くような視線を背に感じて、凛太郎はごくりと息を呑んだ。
「追いつかれそうですね……」
「我に任せろ」
 鳴神が凛太郎の懐から飛び出した。村人たちに駆け寄って、ぐるりと足元に絡み付く。
「うわっ!?」
 人間のバランス感覚は意外と脆い。突然足元に何かが絡み付けば、あっという間に縺れて転んでしまう。
 地面に転がった村人たちに、鳴神は尻尾をぼわんと膨らませてみせた。
「にゃー。今の我は猫ぞ」
「いや、そう宣言しなくても……たいだい猫って喋りませんし……」
 凛太郎が思わず突っ込んだ。
「まぁ良いではないか。この世には常識では語れぬ物事も多い」
 さらりと言ってしまう所が、まさしく本物の神様である。
 一方で、村人たちは驚愕し、血走った目を真ん丸に見開いていた。
「猫が喋った!?」
「化け猫だあああぁ!」
 夜闇が迫る山林の中で、害意を向ける得体の知れない喋る獣。今の鳴神は村人たちにとって、恐ろしい化け物として映っている。
(みんな驚いてる……今のうちに!)
 凛太郎は混乱に乗じて先まで走り、物陰に飛び込んだ。小さな体を生かして深い茂みに隠れる。少し経って、村人の焦り声が届いた。
「クソ、見失った!」
「あっちに行ったんじゃないか!?」
 足音が遠ざかっていく。どうにかやり過ごせたようだ。
 ホッと息をつく凛太郎。物陰からゆっくりと顔を出せば、鳴神が得意げに尻尾を揺らしていた。
「中々の策だったであろう。まあ、我は化け猫ではないがな」
「そうですね……助かりました」
 凛太郎は鳴神を再び抱え上げ、懐に収めた。
 改めて周囲の気配に意識を向ける。……村人たちは近くにいない。今のうちに水蛇の滝へと向かおう。

晦・亜冥利

●迫る狂気
「生贄、生贄!」
「殺せ、殺せ!」
 村人の怒号は呪詛のように、|晦・亜冥利《つごもり・あめり》(|黄昏過敏症《maladie crépuscule》・h12895)へと浴びせられる。亜冥利はひたすら山の中を走る。
「はぁ……はあ……ヤバいヤバいヤバい……! あぁもう……やっぱりこんな事になるなんて!」
 本能が逃げろと叫ぶ。同時に第六感が、彼女の耳元に活路を囁いた。
(なんとなくだけど……滝? のほうに向かわないといけない気がする……でもあいつらからも逃げないと……)
 必死に息を殺して木陰に身を隠す。超霊知感を働かせ、滝の場所を探った。
(どこ? どこにある? 匂いでも音でも何でもいい……捉えて!)
 木々のざわめき、無数の足音と声、さらにその奥を辿って――。
(……見つけた!)
 水の落ちる音がする。間違いない、滝だ。
 しかし、向かうべく木陰から出た瞬間、進行方向に村人の姿が。
「見つけたぞ! 生贄だ!」
「捕まえろ!」
 包丁や鎌を手に迫る村人たち。亜冥利は彼らを鋭く睨み付けた。
「あぁもうっ、ウザい!」
 色んなモノが見えすぎる眼鏡と、強化された視覚が村人たちの位置を捉える。
 亜冥利は悪霊の群れを放った。こんな時くらい役に立ってもらう。
「あいつらを遠ざけて!」
 邪悪な死霊は黒煙のように広がり、村人の視界を奪った。村人たちが気を取られているうちに、亜冥利は彼らの脇を走り抜ける。
 彼らを突破してもなお、山林に散らばる殺気が肌を刺すようだ。
「はぁ……はぁ……あっちこっちから殺気を感じる……囲まれてる? ……どうしよう」
 奴らが絶対に追ってこれない場所。思い付いた考えに、亜冥利は舌打ちした。
「あぁ……もう高い所に行くしかない……!」
 |√瞬間移動《ルート・テレポーテーション》を発動。超霊能力で飛翔し、木の上に飛び乗った。風のように空中を駆け抜けて、目的の滝を目指す。
(寂れた村だし追われるし本当に最悪……! 二度とこんな所来たくない……!)
 一刻も早く、糞みたいな村からおさらばしたい。

此処璃・カリン

●吹き荒ぶ風
 操られ、狂気に呑まれる村人たち。その変化に、|此処璃・カリン《ここるり・かりん》(人妖「赤鬼」の妖怪探偵・h04544)は即座に気付いた。
「怪異に気付かれちまったみたいだね。まあ、どちらにしろいずれはバレただろうし、さっさと目的地に行くとしようか」
 水蛇の滝に続く神社裏の山道へと飛び込んだ。
「追えーっ!」
「待てぇー!」
 当然、背後から村人たちが追ってくる。
「待てと言われて待つような状況じゃないんでね」
 |霊妖招来符《レイヨウショウライフ》を発動し、式神『鎌鼬』を最大数まで喚び寄せた。その数は37匹に及び、カリンを追う村人たちを容易く囲めるほどだ。
「急急如律令! ――鎌鼬、風を起こせ!」
 鎌鼬が風の刃を放った。木々を切り裂く風は一見乱暴だが、その動きは計算されている。村人たちの進路上に次々と木が倒れ、彼らの行く手を塞いだ。
「悪いけどここは通行止めだよ。さっさと家に帰るんだね」
「くそっ、絶対に逃がさ、わぶ!?」
 凄まじい強風が吹き付け、堪らず立ち止まる村人たち。その間にもカリンは妖力ジェッターの力を借りて、彼らから距離を離す。前方に別の村人が見えた。猟銃を構え、カリンに狙いを定めようとしている。
「飛び道具か。やめておいた方がいい」
 夜になったばかりの山で、しかも動き回る目標を狙った所で当たる確率は低い。
 さらに、理由がもうひとつ。
「他に仲間がいるんだろう?」
 カリンの言葉と同時、彼女の側面――木陰から村人が飛び出した。
「喰らえ……!」
 斧を振りかぶる村人。だがそれは予測済の奇襲に過ぎない。鎌鼬が風を発生させて、村人を吹き飛ばした。
「くそ、なんでわかった!?」
「銃で気を引いて、仲間にオレをやらせるつもりだったんだろう? 操られてる人間の思考を読むのは、謎を解くよりずっと簡単さ」
 苦し紛れの銃声が響くも無意味だ。二陣の村人も越えて、カリンは滝へと近付く。
「さて、と……水の神を騙る、蛇でもなんでもない怪異様とご対面かな」

斯波・紫遠
ゼロ・ロストブルー

●障害を越えて
 殺気に満ちた眼差しを、村人たちは容赦なく向けてくる。
 近付いてくる無数の怒号と足音に、|斯波・紫遠《し ば・しおん》(くゆる・h03007)は表情を引き締めた。
「話には聞いていましたけど早かったですね」
 ゼロ・ロストブルー(消え逝く世界の想いを抱え・h00991)は空を見やる。日没を迎えた空は青さを失い、闇を少しずつ広げていた。
「日も落ちてきたか……池の道を進みたいが、まずいな、村人たちだ……傷つけたくないが、そうも言ってられないか。斯波さん、急ごう」
「了解です、手早く行きましょう。アリスさん、マッピングした地図でナビゲートをお願い! 接敵少なめ、かつ最短コースがいいな」
 紫遠の頼みにIrisが即応する。
『接敵少なめ、最短コースを構築中……構築完了』
「さすが、早いな」
 計算の速さにゼロは心から感心した。
 二人はIrisの道案内に従い、水蛇の滝を目指す。
 紫遠は|錦回遊《キンギョノサンポ》を発動し、怨讐の炎で出来た金魚を呼び出した。
「斥候と近辺索敵、お願いできる?」
 炎の光は灯りの確保と囮の役割を担うが、それでも何人かは金魚の索敵を抜けてくる。
「生贄だ! 捕まえろ!」
「殺せ!」
 迫る村人に、紫遠は煙雨からレーザーを放った。
「捕まえるのか殺すのか、どっちかにしてくれないかな? まぁどっちもお断りだけど!」
 光の雨が上空から降り注ぎ、村人たちの前に着弾する。
「うわっ……!」
「空から!?」
「怯むなっ! 水神様をお守りするのだ!」
 多くは立ち止まるが、勇敢な村人がお構いなしに突っ込んでくる。
 振るわれる鉈を、ゼロが青刃の双斧で受け止めた。
「その水神様とやらは、偽物なんだがな……!」
 鉈を弾き落とし、池に向かって蹴り飛ばす。ボチャンと落下する鉈に、村人が悲鳴を上げた。
「ああっ! 神聖な池に捨てるだなんて、なんてことを!」
「こんな時でも心配するのはそれか。武器を失った以上、そちらに勝ち目はない。諦めてくれ」
 ゼロは穏やかに、それでいて圧を感じさせる声色で告げる。ゼロの手に光る双斧を見つめながら、村人は悔しげに後退った。
 第一陣の包囲を抜けて、紫遠とゼロは走り出す。だが、まだ終わりじゃない。別の方角からも村人が追ってくる。
「これで接敵少なめコースなんだ……」
『はい。他コースは更に敵の数が増加します』
 紫遠の呟きにIrisが淡々と答えた。厳しい状況にゼロも眉を寄せる。
「凄まじいな。他の依頼参加者も無事だといいんだが……」
 Irisが示した進路上に、複数の村人が待機していた。二人は一旦木陰に隠れて作戦を考える。
「あの道を通らないと遠回りになりますね……」
 小声で言う紫遠。ゼロも木陰から村人たちを覗き見る。
「さすが地元民だな。押さえておくべき場所をよくわかってる」
「どうします?」
「奇襲を仕掛けよう。すぐに落とせば仲間も呼ばれない」
 この場の村人を処理しておけば、他のEDENのためにもなる。迷いのないゼロの答えに、紫遠は力強く頷いてみせた。
 二人は物陰に隠れながら接近し、村人たちを背後から襲撃する。
 紫遠は宵の宮で村人を殴り倒した。
「大人しく寝てな!」
 奇襲に動揺する他の村人の胸倉を引っ掴み、地面に転ばせる。アバラ一本くらい我慢しろよと言わんばかりに拳を打ち込めば、村人は白目を剥いて気絶した。
 他方、ゼロも背後から首を締め上げて相手を気絶させる。リア・ネイキッド・チョークというやつだ。
「死にはしないが、少しばかり痛いからな……!」
「ぐ、ぇ……」
 意識を失った相手を地面にそっと転がす。
 その場にいた村人全員を行動不能にしたところで、紫遠は深い溜息を吐いた。
「全員沈めました。……普通に戦うより疲れるような」
 紫遠の言いたいことは、ゼロにもよく理解できた。
「はは……手加減って難しいよな。さて、何が待っているのか……」
 二人はさらに山の奥へと向かう。あと少し走れば、水蛇の滝に到着するだろう。

夕星・ツィリ
八代・霖

●輝く星と優しい雨
 日没。闇が迫る山中で、我を失った村人たちが武器を手に迫り来る。
「村の人達を操って襲わせるなんて、随分酷いことをする神様」
 村人から逃げながら、|夕星・ツィリ《ゆうづつ✱⃟۪۪۪͜ːु⟡⋆⁺.⋆》(星想・h08667)が呟く。
「それだけ焦ってるのかもね。酷いことには変わりないけど」
 |八代・霖《やしろ りん》(天泣・h01795)は後方を見やった。懐中電灯や松明の光がいくつも揺れている。ツィリも背後の状況を把握して、言葉を続ける。
「多分このまま逃げ続けるのは難しそうだから、何処かで対処した方がよさそうだね」
「うん、僕も同意見。怪異に操られているだけの人達を傷つけるつもりはないけど、追いかけっこを続けるのも非効率的だね」
 どこかで終わらせなければと、霖が頷く。
 ツィリは|Essor Céleste《アマカケルホシ》を発動し、夜空を翔ける流星の化身へと姿を変えた。星の加護を纏い、暗澹たる森を星の光で照らす。
「この姿で村の人達を引き付けるね」
「じゃあ一緒に走ろうか」
 霖が先導するために駆け出した。ツィリは前を行く霖の後を追う。箒星が木々の間を翔け抜け、鮮やかな蒼光を残した。清らかな煌めきは、村人たちの意識を激しく引き寄せる。
「光……!?」
「妖怪だ! 水神様に害なす妖怪に違いない!」
「もう、妖怪じゃないってば……」
 あまりの言われ様だ。ぽつりとこぼすツィリに、霖が淡々と返す。
「洗脳されてるし、実際とは違って見えてるのかも」
 銃声が響いた。飛来する弾を浮遊する無数の星々が受け止める。ツィリは|Cor Stellatum《星海の眷属》を呼び、霖の姿を星々の光で覆い隠した。
「霖ちゃんは私が守るんだから!」
「ありがと、あと少しだから」
 霖はツィリの援護を受けながら走り続ける。木々や岩も弾を防ぐための盾にして、目的地へと突き進む。
 ツィリは背後を振り返り、木々の奥に目を凝らした。
(よしっ、ちゃんと追いかけてきてくれてる! この調子!)
 村人たちを誘導して一箇所に集める。光に集まる蛾のような彼らへと、霖は|四葩花譚【雨後晴虹】《オルタンシア・アルカンシエル》を展開した。
「悪いけど、其処で止まっていて貰えるかな」
 夜闇を柔らかな陽光が割り、霖雨が降り注ぐ。清浄な水は七彩に煌めき、村人たちを優しく濡らした。
「う、ぁ……?」
「急に、眠気が……なに、を……」
 急速に意識を遠退かせ、村人たちは次々と倒れる。柔らかな草の上に、手放した武器が虚しく転がった。
「君達に恨みはないよ。悪いのは、君達の信仰を利用した怪異だ」
 霖の言葉はきっと彼らの耳に届かない。それでも、悪意はないのだと言っておきたかった。
 ツィリが変身を解き、霖に駆け寄る。
「やったね! さすが霖ちゃん!」
「ツィリが引き付けてくれたおかげだよ」
 微笑むツィリに、霖も口元を緩ませて返した。
 二人は滝へと向かう前に、気絶した村人たちを安全な場所に移動させる。
 もちろん武器はこちらで回収。万が一、目が覚めた時にまた追ってこないように。
「村の人達を安全な場所に連れてってあげて」
 ツィリの頼みに応じ、宙を泳ぐイルカたちが村人を背に乗せて運んでゆく。
 霖も猟銃や刃物を回収し、深い茂みの奥に隠した。日没を過ぎた山林は暗い。夜闇の中でそれらを見つけ出すのは難しいだろう。
 道の脇に村人たちを寝かせた後、ツィリは彼らにそっと囁いた。
「貴方達が目を覚ますころには、偽りの神はもういないから。呪いの解けた今夜の星はきっと綺麗だよ」
 霖も静かに眠る村人たちへと祈りの言葉を贈る。
「雨が止んだ後に見えるものが、偽りの神ではなく、本当の空であるように」
 木々の隙間から空を見上げる。怪異の支配による影響か、浮かぶ月は血のように赤い。異様な気配を帯びる空気を振り払い、二人は水蛇の滝を目指した。

ミユファレナ・ロッシュアルム

●守護の楽園
 村全体が怪異の狂気に支配され、ミユファレナ・ロッシュアルム(ロッシュアルムの赤晶姫・h00346)に牙を剥く。
(水蛇の滝……確かに、あの近辺での反応が一番激しかったですものね)
 怪異を倒すためにも其処に行かねばなるまい。ミユファレナは山の中をひた走る。
(……本物の神秘も、嘗てはここにあったのでしょうね。怪異が去ったこの地に戻ってきてくれればいいのですけれど……)
 怪異が利用してしまえるほどの信仰が、確かにこの村にはあったのだろうから。
 ――などと、ゆっくり考えている時間は残されていない。
「生贄だ! 捕まえろ!」
「追え! 追え!」
 村人たちの足音と声が近付いてくる。走って距離を離せるならどんなに良かったか。
(しかし、私……! 足は速くないので多くの人に追い回されている状態で色々と考えるのは……! 少々疲れます! 彼らを傷つけたりも出来ませんし……!)
 どうせ追い付かれてしまうなら、逃げ回ることに意味はない。
「それならばいっそのこと……!」
 ミユファレナは立ち止まった。振り切れないなら、別の手段で村人をその場に留めてしまおう。
 村人たちが武器を手に彼女へと迫る。
「……どうか、心を鎮めてください」
 願いと共に|楽園顕現《セイクリッドウイング》を展開。純白の光が周辺の自然環境に降り注ぐと、村人たちの足元から植物が急速に伸び始めた。茂る草木は彼らの武器を絡め取り、手の届かぬ場所に隠してしまう。
「なっ、これは……?」
「急に眠気が……」
 瑞々しい植物たちが、彼らの体を包み込んだ。美しき緑葉の揺籠――楽園の叢檻の完成である。この力なら相手を傷付けることもない。事がすべて終わるまで、眠っていてもらうだけだ。
「あなたたちにとっての本当の楽園を取り戻しますから。しばらく待っていてくださいね」
 意識を失う村人たちに、ミユファレナは優しい声色で紡いだ。必ず彼らを毒する者を排し、楽園を取り戻す。

白百合・蓮華

●水の呪縛
 血走った眼、振り上げた武器の数々。吐かれる言葉はどれも物騒だ。
「うわっ完全にやる気の装備と発言だ」
 白百合・蓮華(徒花の|実《じつ》・h12988)は走り出した。滝に向かう山道へと飛び込めば、背後から村人が追ってくる。
「捕まえろ!」
「絶対に逃がすな!」
 不安定な山道を駆けながら蓮華は思考を巡らせる。
(それにしても水を介した索敵といい、洗脳の強度といい、もしかして今回の怪異って水そのものだったりする? ……なんてねぇ)
 自分の荒い息と、背後から迫る足音が段々と大きくなる。
(……あ、そろそろ無理かも。こうなったら、香りに巻くしかないねぇ)
 完全に息が切れる前に、蓮華は√能力を発動する。
「君たちだって走り通しで疲れただろ。ちょっと休みなよ」
 蓮華の全身から溢れ出すのは、耐えがたい虚脱感と服従の感情を与える清涼な花の香り。|真白の百合《ギフト》を吸い込んだ村人たちは、虚脱感に足元がぐらついた。
「ぐっ、急に眩暈が……」
 地面を這う蔓に足を取られて転倒する者まで現れる。
「無理しないで、何なら村に帰ってもいいよ」
 蓮華は村人を振り切った。後方からの追手がいないのを良い事に、速度を落として滝を目指す。だが、追手が来るのは後方だけではなかった。
「見つけたぞ……」
 前方から猟銃を持った村人が一人現れる。いつの間に回り込んだのか、近道でも使ったか。
「うわ、前からも来るの? 地元民の土地勘こわっ」
「殺す……!」
 村人が引き金に手をかけた瞬間、巨大な一対の白い腕が顕れて銃を払い落とした。
 腕は村人の胴を掴み、蓮華の方に引き寄せる。間近で香気を吸わせ、蓮華はそっと囁いた。
「君たちの蛇神様はどこへ行ってしまったんだろうね?」
「常に村を守ってくださっている。意味のわからないことを聞くな……」
「よほど強く洗脳されているんだねぇ……」
 香気で脱力した村人を地面に転がし、蓮華はさらに奥へと進む。滝はもうすぐだ。

天吹・一青

●活きる経験
「ついに始まったか……!」
 |天吹・一青《あまぶき・いっせい》(|Rookie《シンマイ》・h05080)は翡翠旅館に待機していたが、村の異常に気付き、外へと飛び出した。昼間に案内してもらったおかげで、翡翠旅館から神社までの道筋は把握している。
(そしてその裏手には『水蛇の滝』に続く道がある……そこに、目標の怪異がいる!)
 日没の空には、赤と黒のグラデーションが滲んでいた。じっとりと湿った空気を振り払いながら一青は駆ける。
「生贄だ! 捕まえろ!」
「すべては水神様のために!」
 包丁や鎌を振り回しながら村人たちが追ってきた。
 √能力を利用した選択肢がいくつか脳裏に浮かぶも、すぐに選択肢から外す。
(……駄目だ。まだ使えない)
 いまも黒幕に見張られている可能性は高い。切り札はぎりぎりまで伏せておきたい。
 神社の階段を駆け上がり、裏手まで一直線。脚には多少の自信がある。走って振り切ってしまうのが理想的だが、そうは問屋が卸さないだろう。
(村人たちには地の利がある。地元民の土地勘を甘く見てはいけない)
 木々に囲まれた山道を走る。少しでも道から外れたら迷ってしまいそうだ。
「あそこだ! 追え!」
 追手が迫る。それならば、と一青は覚悟を決める。
「手段が何もないわけじゃない」
 暴れる容疑者を無力化する柔道技なら、警察学校で散々叩き込まれた。
 村人が鎌を振りかぶる。一青は攻撃をかわしざま、相手の懐に踏み込んで背負い投げた。立ち上がろうとする村人の軸足を払い、再び地面に転ばせる。
「ぐうっ!?」
 背中を強く打ち、村人は身動きが取れない。
「すみませんが、しばらくそのままでいてください」
 一青は再び走り出す。
(大怪我をさせることのないように、それでいてすぐには立ち上がれない程度に……その力加減が難しい、な)
 だが、やるしかない。滝に辿り着き、怪異を倒すためには止む無しだ。

沙賀都・ラピ

●山路をひらく
 昼間の静けさは、嵐の前触れだったとも言えるだろう。
 異様な気配を纏う村人たちから、|沙賀都・ラピ《さかど ○ ° 。ϵ( 'Θ' )϶。°○》(湾の尾・h06749)は距離を取った。
「良い買い物をした。……なんて、呑気なことを言っている場合ではなさそうだね」
 村人たちは凶器を手に近付こうとする。
「生贄だ、捕まえろ……」
「捕まえて、殺せ!」
 ラピは小さく息をついた。
「僕みたいな子供相手に、そんな殺気立つものではないよ。物騒だな」
 陸を走るのは苦手だ。かといって、諦めて捕まってやる気は毛頭ない。ラピは|Qupqugiaq《ククウェアク》を呼び出した。10本足の白熊の幻獣が、彼女の傍に寄り添う。
「|Qupqugiaq《クク》。地を這う君なら問題ないだろう。僕を乗せて、件の滝まで走ってくれ」
 ククの姿に驚く村人たちをよそに、ラピはククの背に乗った。
「それから……Aavaq」
 神社の階段を駆け上がりながら、ラピは深海鮫たちに語りかける。
 調査に泳がせていた|Aavaq《アーヴァク》は、既にラピの元に戻っていた。
「先行してくれ。山林に突っ込んでも構わない。出来るだけ村人がいないルートを探して」
 深海鮫たちは山の中に散ってゆく。神社の裏手、山道はすぐ目の前だ。
「いいかい、Qupqugiaq。道中に人がいても|轢き潰す《殺す》のは駄目だ。軽く吹っ飛ばす程度にしてやれ」
 行く手を阻もうとする村人を石ころのように蹴り飛ばしながら、ククは先へ先へと進んでゆく。
「クソッ、妙なバケモンに乗りやがって!」
 前方にいた村人が、ラピに向かって猟銃を構えた。
「うわ、猟銃まで持ってきた。この暗さで撃つつもり?」
 日没後の森で、しかも動く対象に対して当たるとは思えない。案の定、銃弾は明後日の方向に飛んでいった。
「ほら、やっぱり。無理はするものじゃないよ。他の村人に当たるかもしれないだろう?」
 ククが村人の首根っこを甘噛みで咥え、ひょいと脇道に放り投げる。Aavaqの導きに沿い、ラピは水蛇の滝を目指した。

第3章 ボス戦 『スティル・ウォーター』



 ――水の落ちる音がする。
 必死に逃げ回るうち、気付けば村人の気配は嘘のように消えていた。
 EDENによって無力化されたか、あるいは体力が尽きたか。結局はただの一般人だ。追い回すにしても限界がある。
 ともあれ、EDEN達は無事に、神を騙る怪異『スティル・ウォーター』が棲む水蛇の滝に到達した。否、無事と言うにはまだ早いだろう。何せ本番はここからなのだ。

 ――水の匂いがする。腐った、水の匂いが。
 赤月に照らされた滝壺は血のように赤く、落下する水は黒々と波紋を広げる。
 滝の音に混じって、無数の声が聞こえた。
 苦しい、くるしい、たすけて。
 寒い、つめたい、どうして。なぜ、自分が、こんなことに。
 許せない、自分だけ、呪ってやる、しずめてやる、おまえも、こちらに来い――。
 水底に沈んだ者たちの声だ。
 怪異に喰われた今も魂の一部……負の感情を利用され、怨嗟と呪詛を振り撒く悪霊として使われている。

 ヘドロのような水面に傘を差した男……のような姿が立っていた。
 ソレが『水』の概念に潜む怪異、『スティル・ウォーター』の本体である。
 ここで怪異を倒さなければ、怪異は生贄を喰い続け、その力を増大させていくだろう。
 そうなれば、この滝と水無澤村だけでは済まなくなるかもしれない。
九条・凛太郎
雷獣・鳴神

●水を裂く雷光
 神を騙り人々を洗脳し、無辜の人々を生贄として捧げさせる。そんな怪異の暴虐も今日で終わりだ。
「あれがスティル・ウォーターですか……水神・水蛇とはまったくもって完全に別物ですね。あれでよく今まで村の人達を騙し通せたものです」
 刀の鞘に手を添え、九条・凛太郎(雷神の申し子・h13190)は怪異を睨み付ける。直視すればするほど、強烈な邪悪さをはっきりと感じ取れる。
 雷獣・鳴神(九条・凛太郎のAnkerの土地神・h13373)が、凛太郎の傍らに身を滑り込ませる。猫サイズではなく元の巨体に戻り、怪異を鋭い眼差しで見つめた。
「よくもまぁ水神ととって代わったものだ。神を名乗り、人を喰おうたその罪……到底許し難し」
 神は人に罰を与える存在であると同時、恩恵を与える存在でもある。
 しかし、眼前にいる神モドキはどうだ。奴が与えるのは罰でも恩恵でもない。ただの死と絶望、欲に塗れた嘘だ。
 滝の音に混じって聞こえる声に、凛太郎が眉を寄せた。
「しかもこれまで犠牲になった人達の無念の感情が悪霊となって纏わりついているのでしょうか……まさに負の産物の何者でもない……」
「あの様子からして力を溜めておることだろう。さすれども凛、臆せずゆくが良い。我がついておる」
 鳴神の言葉は凛太郎に勇気をくれる。鳴神さまと共に戦えるなら、怖いものなんて何もない。
「犠牲者の魂を救う為にもこれを絶たねばなりませんね! 凛太郎、ゆきます! 鳴神さま、どうかご加護を!」
 轟天丸を抜刀する。刀をしっかりと握り、怪異に向かって駆け出す。
 怪異が反応し、触穢蝶を発生させた。湧き立つ黒蝶の群れが迫るも、凛太郎は一歩も退かない。
「黒い蝶……邪魔をするなら、斬り捨てます!」
 力強く言い放ち、飛んできた黒蝶を斬り払った。怪異への道を強引に切り開き突き進む。
 距離を詰めようとするも、襲い来る黒蝶の数は夥しい。鳴神は凛太郎と並走する。凛太郎が払いきれない黒蝶を、大きなふさふさの尻尾で薙ぎ払った。
「幻惑を齎す鱗粉か。そのようなもの、決して届かせはせぬ」
 怪異が激しく水音を立てる。直後、放たれた水圧カッターが凛太郎に迫るも、鳴神が代わりに受け止めた。鳴神の体に張り巡らされた霊的防護が、攻撃の衝撃を和らげる。
「凛に手出しはさせぬと言っておるであろう。神に二言は無い」
 手厚い支援に助けられ、凛太郎は着実に怪異との距離を詰める。
(鳴神さまが僕を護ってくださっている……僕もそれに見合った働きをしなければ!)
 体は軽やかに動き、刀を握る手は安定している。これが初めての戦闘だと言うのに、少しも怖いとは思わない。
 ただ自分の手で誰かを救えるのなら。そう一心に想うだけで、闇のような怖れは消え失せてしまうのだ。
 まるで、雷光が闇を照らすように。
「凛、その神を偽った不届き者を成敗するがよい」
 蝶の群れを抜けた時、鳴神の声が耳に届いた。凛太郎はその瞳に討つべき怪異をはっきりと捉える。
「そこです!」
 |紫電一閃《シデンイッセン》を放つ。紫に走る一閃は穢れた水を裂き、怪異の腹に深い傷を刻んだ。
 怪異の体が電撃に震える。分かりやすい叫びこそ聞こえないが、感じる気配は確かな手応えを凛太郎に感じさせた。
「まだ終わりではない。決して気を緩めるな」
 鳴神が威厳に満ちた声で告げる。戦い慣れていない凛太郎を導く言葉に、凛太郎は深く頷いてみせた。
「はい! 怪異が完全に消滅するまで、刀は離しません!」
 怪異に集中する凛太郎。鳴神も共に戦いながら、ふと過ぎる考えに憂いを抱く。
(しかし……これまで村の者達が行っていた罪が消えるわけではない。それとどう向き合って生きていくのかは……この地に生きる者達のこれからの課題であるな……)
 怪異を倒したところで、村人が外部の人間を殺した事実は変わらない。全ては怪異が原因だというのに、残酷な話だ。

晦・亜冥利

●降り注ぐ怒り
 滝まで逃げれば、最悪な場所から脱出できるかもしれない――。
 そんな|晦・亜冥利《つごもり・あめり》(|黄昏過敏症《maladie crépuscule》・h12895)の希望は見事に砕かれた。
「はぁ……はぁ……最悪……おぇ……何もないし追われるし臭いし……本当に無理……」
 必死に辿り着いた滝には濃厚な腐臭が漂い、いかにも邪悪そうな怪異がいる始末。
(絶対にさっきの奴らよりヤバイ……!)
 怨嗟の声が、生々しく耳に纏わり付く。
「声……こいつのせいで死んだ人達の声……でもごめんね……アンタ達みたいになるのは……嫌!」
 サイコオーラを纏い、御守を固く握り締めた。何の防護も無しでは、魂ごと連れていかれる――直感がそう告げている。
 怪異が亜冥利を視た。眼球は無いが、注がれる視線をはっきりと感じる。足元に広がる穢れた水から、水中で苦しみ続ける悪霊たちの腕が無数に伸びた。
(水から腕が……掴まれたらおしまい……!)
 必死に逃げるも腕は執拗に追ってくる。追い付かれ、足を掴まれた。凍るような冷気が掴まれた場所から這い上がる。
「うっ、冷た……触らないで!」
 霊的障壁をフル展開し、強引に腕を振り解いた。それでも悪霊たちは諦めない。
「私は駄目……こいつらなら……いくらでもやるから!」
 亜冥利は|√黒犬《ルート・バーゲスト》を放つ。死と悪臭を齎す黒犬の悪霊を腕の群れに突っ込ませ、自分の代わりに拘束させた。
「おぇ……臭いが二倍に……早く沈んで……一緒に消えて……!」
 消えて――それは呪詛の言霊でもある。呪詛を汚水に注ぎ込み、引き摺り込まれた黒犬を敵と融合させる。無数の腕は悍ましい叫びを上げた後、赤黒い水底に沈んで消えた。
「はぁ……はぁ……どうにか、なった……?」
 ――ぽつ、ぽつ。
 安堵の息をつきかけた亜冥利の頬に、水滴が落ちた。
「……雨?」
 指で雨に触れる。瞬間、全身にゾワリと鳥肌が立った。
「……ヤバい! この雨はなんかヤバい! 第六感が告げてる! えっと、そうだ……傘!」
 慌てて傘を差し、雨を凌ぐ。傘が死穢の雨に濡れ、少しずつ汚れていく。
 この色、結構気に入ってたのに……などと思うも、膨れ上がる気持ち悪さにどうでもよくなった。
「げぼ……ごほ……最悪だ……水嵩が増してる……逃げられない……不潔な水で服が濡れるし雨で寒いし……本当に最悪……」
 怒りが湧いてくる。勝手に変な村に飛ばされて強制鬼ごっこ。挙句の果てには、ずぶ濡れ状態で怪異との強制対決だ。本当に勘弁してほしい。
「アンタもさぁ……私の気分味わってよ……この気持ち……!」
 |√霊雨《ルート・ダウンプア》を発動し、念動力と霊力を込めた超霊力の雨で死穢の雨を洗い流す。御守の力も総動員し、バケツをひっくり返したような雨を叩き付けた。
「……もう二度と……もう絶対一生こんな所には来ないっ!!!」
 亜冥利の激情に共鳴する暴雨は荒れ狂い、怪異をズタズタに引き裂いてゆく。
 彼女の怒りは怪異が消滅するまで……否、元いた場所に帰れるその時まで、決して収まらないだろう。

各務・鏡

●日輪に燃ゆる
 治水を怠る国は滅びるとも言われるほどに、水とは命が生きる上で欠かせないものだ。
 すっかり穢れてしまった水を、|各務・鏡《かがみ・あきら》(幽明・h09413)は静かに見つめる。
「滝は本来水を攪拌して酸素を含ませ富ませ、周辺の植物生物を育むものなのに。これではただただ同じ場所を廻るだけで淀み腐っていくだけだね」
 そして悪い水は周囲に拡散する。一刻も早く清めなければならない。
「いっそ全部蒸発させた方が早い気がしてきたねぇ」
 勾玉を手に取り|宇気比《ウケイ》を発動する。
「誓約により化生なす」
 言霊と共に勾玉を銃の形に変え、滝壺に居座る怪異へと狙いを定めた。
 怪異が攻撃の気配に反応し、触穢蝶を発生させる。黒蝶の群れが鏡を取り囲んだ。
「幻惑の鱗粉を撒く黒蝶か。よほど僕を近付かせたくないらしいね」
 夜をさらに深く塗り潰す漆黒。しかし、強烈な太陽に晒されたなら、瞬く間に焼け落ちるだろう。誓約によって転じた銃は、深緑の内に清水の輝きを宿す。
「水を腐らせる怪異、そしてそれに連なるものを一掃してしまおうか」
 清らかな水の如き銃は光を生んだ。太陽のように激しく、尊き光が闇を裂く。黒蝶の群れを焼きながら光は突き抜け、怪異へと一直線に射出された。
 神道、密教、宗教。それらは崇める神や教えが違っていても、根底にある仕組みは同じだ。
 ――人の願いに応える。時には救いを、時には罰を。
「育む太陽ではなく、今回は浄化の熱で被害者たちの怨念ごと焼き払おう」
 怪異に光が着弾する。太陽がごとき熱と光が怪異全体に広がり、取り巻く悪霊にまで燃え移った。熱い、苦しいと、悪霊の呻きが耳に届く。
「なに、水にとらわれている間はどうしたって思考も何もかもぐるぐるしちゃうだろうけど、気化してしまえば自由になれるさ。物語の人魚姫のようにね」
 怨嗟も呪詛も、全て蒸発してしまえ。そうすれば、縛られた魂も解放されることだろう。

天吹・一青

●負けない心
 深い森を駆け抜けた先、滝とその中心に佇む怪異を捉える。
 多くの村人から逃れ、|天吹・一青《あまぶき・いっせい》(|Rookie《シンマイ》・h05080)はようやく黒幕に辿り着いた。
(ここまで僕は「手の内を隠す」ことを意識してきたけれど、どうやらそんな策も見透かされていたようだ。僕がどんな手札を隠し持っていようとも、使わせなければ同じことか。化かし合いでは相手が一枚上手のようだ)
 邪悪な気配が黒々と渦を巻く。さすが、村一つ支配する力を持っている怪異といったところか。
 だけど、と一青は思考を巡らせる。
(僕の「切り札」は、|敵《あいつ》の想定の、おそらく上をいく。とにかく一撃入れることができれば……)
 相手は強敵だが勝機がないわけではない。そのためには、怪異の攻撃を把握する必要がある。
 触穢蝶が怪異から放たれた。来るだろうと予測していた√能力だ。
(けど、ここから先は理屈だけでは乗り切れない)
 攻撃の軌道とタイミングは身体で覚えるしかない。
 幻惑の鱗粉を撒く黒蝶の向こうから水圧カッターが飛来する。一青は覚悟を決め、怪異の攻撃を受け止めた。
(くっ、なんて不規則な動きだ……いや、落ち着け。どこかに法則性があるはずだ)
 奥の手の右拳だけは守りながら怪異の攻撃を耐える。
(喰い殺された人たちの無念に比べれば、この程度どうということはない!)
 根性勝負だ。心を熱く燃やし、観察は冷静に。速度、強度、攻撃の瞬間に特別な動作は――。
 敵の攻撃に対する予測、それに対する策が、一青の中で明確な答えを成す。
 思い切って黒蝶の群れに踏み込んだ。群れを突き抜けると同時、水圧カッターが横を通り過ぎる。
「――その攻撃、見極めたぞ!」
 そのまま怪異へと肉薄。全身全霊をこめた右拳を叩きつける。ルートスクエア――右拳に触れた者の√能力を一時的に封印する『奥の手』だ。
「水贄祭は今日で終わりだ!」
 黒蝶が霧散すると同時、右拳の衝撃が怪異を強かに打つのであった。

白百合・蓮華

●贈物
 白百合・蓮華(徒花の|実《じつ》・h12988)を追う村人の気配は完全に消えた。
「巻き込まずにすむならそれが一番いいもの。ここから先は……一般人には刺激が強過ぎるだろうから」
 小さく安堵の笑みを浮かべ、滝壺に佇む怪異を見つめる。
「君が元凶だね。ふふ、全然見当違いな推理をしてしまったな」
『……』
 怪異は黙し、悪霊たちは騒ぎ狂う。汚水がごぽごぽと立てる音を聞きながら、蓮華は腕時計を外した。
「さて、香気も打撃も絞め上げも、水相手じゃ効きそうにないか……」
 愛おしむように文字盤をひと撫でする。裏蓋に刻まれた言葉を紡ぐ者は、もう誰もいないけれど。
 それは忘れようのないことだ。だからこそ、愛おしい。
 ――|Lilium ■: veneniferum《ヴェネニフェルム》。香気にまみれた愛を注げば、腕時計は時限爆弾に転じる。それなりの重さを感じる爆弾だが、片手で持てないこともない。
「火薬工学は専門外だからなぁ……これくらいでいいのかな? そもそもダイナマイト漁は禁止なんだろうけど、怪異相手なら許してもらえるよね」
 ふいに、雨が降り始める。
「雨か。それも君特有の病原体を含んでいるようだね」
 怪異が齎す死穢の雨だ。小雨かと思えば、すぐに勢いを増してゆく。
(少しなら平気だけど、長く当たっているのは良くないか)
 止まない雨はないというけれど、これは力ずくで止めてしまわないと。
 雨に濡れながら、蓮華は崖の上から怪異の足元に視線を落とす。
「神に成り代わるだなんて、怪異風情には荷が重かっただろ。君が掠め取ってきた信仰心も穢した水も、本来の神様へ返す時だ」
 ふわり、と弧を描くように爆弾を滝壺へ投げ入れた。数歩下がって耳を塞ぎ、囁くようにカウントを始める。
 三、二、一。
 ドォンと鈍くこもった音が耳に届き、巨大な水柱が上がった。
「愛をたっぷり込めた爆弾。気に入ってもらえたかな?」
 死穢の雨が、ぴたりと止む。どうやらお気に召していただけたようだ。

時月・零
篭宮・咲或

●闇と花毒
 夜闇を彩る赤月は、水に映り込む穢れを確と照らした。
 水に潜む怪異 『スティル・ウォーター』――不敬極まりない濁水の愚者である。
「随分と禍々しい神様だこと。お前が本当に神なら精々祟り神がいいとこね」
 軽やかに紡ぐ|篭宮・咲或《█みや さくあ》(Butterfly effect・h09298)の眼差しは何処か冷めている。
 |時月・零《トキツキ レイ》(影牙・h05243)も怪異を見据え、呆れたように双眸を細めた。
「随分と澱んだ神のようだ。……尤も、神ですら無いが」
 神は善き存在ばかりではない。ヒトに悪しき結果を齎す神などごまんといる。
 しかし、それでも。見ただけで解るのだ。
 あんなモノは神とは言わない。ただ欲望のままに獲物を貪るだけの獣と同じだ。
 咲或が鼻を片手のひらで覆い、もう片方の手で外側に向かって扇いだ。
「水は本来清めのためのものだっていうのに、この臭いに淀みときたら。疫病を運んできそうなんだもん」
 悪霊は運んできてるからもう事後でもあるか。
 そう、とにかく臭いのだ。零は漂う腐臭に眉を寄せながら、朔斬の鞘に手を添える。
「とっくに疫病も運んでいるだろうな。何れにせよやる事は変わらん。俺は禍いを斬る――それだけだ」
 咲或に視線を送った。|昏冥境斬《ナラクダチ》によって闇を纏わせれば、全てを理解した咲或が肩を竦めてみせる。
「オッケー。それじゃ、やっちゃおうか」
 |花奏《カソウ》を発動し、荊花の弾丸を射出する。闇と共に花散る香りを纏わせ、零が敵陣へと切り込んだ。
 零の行く手を阻もうと、穢れ濡れた呪詛の腕が伸びてくる。
「悪霊か」
 水中で苦しみ続ける者たちが迫る。しかしその腕は届かない。
 |使い魔《わたあめ》が金花ノ章を従えながら駆ける。鮮やかな花弁が光を散らせ踊り裂き、悪霊たちを貫いた。
「可哀想にねぇ……きみらに非はないけど、このままアレの手足になりたくないでしょ?」
 零を阻む者は咲或によって祓われる。悪霊に構う必要はないと、零は前を向いた。
「悪霊の相手は任せた」
「任せて。大人しくさせておくから」
 咲或の頼もしい答えを背に、零は怪異へと肉薄。朔斬を振るい、境界を裂く。
 一閃。斬撃は空を切るが、空間に切れ目を生じさせる。だが、先ずは手応えが無くとも構わない。
(少しずつ、干上がらせればいい)
 水場を蠢く昏冥が這い出る領域へと塗り替え、徐々に追い詰める。敵の動きが僅かに鈍る瞬間を突き、深潭の狼を放った。
「行け」
 夜闇に紛れ込む狼は瞬く間に怪異に近付き、澱んだ水へと牙を立てる。
 感じるのは確かな手応え。零は考えるまでもなく、咲或へと呼びかけた。
「――咲或」
 直感的に察している。相手が水の概念だろうと関係なく、今が攻撃を入れる好機であると。零の呼びかけに、咲或は口端を上げてみせた。
「——りょーかい」
 狙いを悪霊から怪異へ。金花ノ章が創り上げる美しい輝きの刺が、怪異をぐるりと取り囲んだ。
 ……この怪異はこれまで多くの人間を喰い殺し、水底に沈めてきたのだろう。
「次はお前の番」
 きっと、すぐに楽にはなれない。荊花が飛び、金花が煌めいた。
 怪異を鋭い花弁と棘が刺し貫き、ヘドロの中に無数の花が狂い咲く。巡る花の毒が芽吹いたのだ。
 咲或の攻撃に合わせ、零は第二撃を畳み掛ける。先程は空を裂いただけだったが、次こそは斬れるという確信があった。
「これ以上お前にくれてやる物は無い。神様ごっこはここで終いだ」
 冥界へ至る斬撃は、怪異の中心へと強かに撃ち込まれる。朔斬は怪異の生命を深く削り取り、その断面をくっきりと赤月の下で浮き彫りにした。
 怪異がゴポゴポと激しい水音を立てる。それは痛みから発せられる叫びのようにも聞こえた。濁った音を雑に聞き流しながら、咲或は柔らかに紡ぐ。
「神の名と信仰を借りて散々やったんだから、思い残すこと何もないでしょ」
 穏やかだが、そこに優しさは無い。
 そろそろ飽きたし早く死ねと言わんばかりに、荊花の毒が怪異の水を満たしていった。

戦術具・名無
神元・みちる

●シンプルイズベスト
 山林を走り抜け、神元・みちる(大きい動機 okey-dokey・h00035)と戦術具・名無(Anker・h03727)は水蛇の滝に辿り着く。
「むむむ! なんか怪しいとこに来た感じ! ここが気になってた場所ってやつだな!」
 視線の先、滝壺の水面には怪異が佇んでいた。
(怪異。あれが元凶と呼べる存在でしょう。姿を現してくれたのは何より)
 脳内に届く名無の声に、みちるも念話で返す。
(肝試しするなら丁度いいとこっぽいけーどー、そう言ってられないみたいだ!)
 怪異を取り巻く魂が呪詛と怨嗟に叫びを上げている。
(殺された人々の魂が悪霊と化していますね)
(あたしにも聞こえるってことは誰にでも聞こえるやつ! すげーなこれ!)
 それは怪異の力の証明でもあった。
 怪異の動きに警戒しつつ、名無が確認するように問う。
(みちる。姿をわざわざ見せたということは分かりますね)
(もちろん! あれをなんとかしないとってことだろ?)
(はい。あちらもこちらと同じ考えです。この暗く聞こえる声を鎮めるために、ここが正念場というものです)
 この局面を乗り越えれば村を取り巻く問題は解決する。みちるは力強く頷いて、名無に手を添えた。
(……おっけー、やらないとダメって分かるからな! でも水の上にいるっていうのは大変だぞ? 動いてくれるならいいけどさー)
 水の抵抗も甘くみてはいけない。水の密度は空気の何百倍もあるのだ。うっかり深い場所に沈んでしまえば苦戦は避けられない。
 現状に名無は思考を巡らせる。
(水の上にいるといってもずっといる訳では……ありえそうですね。怪異ですから。それなら動きながら切り結ぶしかないでしょう。直線状の動きをするにして……。高さ、を使うのはどうでしょう。上から下へなら多少の融通は効くでしょうし)
 みちるも一緒に考えて……閃いたらしく、ぱっと表情を輝かせた。
(あー、でもいいのか。あたしが最後に水の上にいなきゃいいんだな! あんな水には着地したくないし。なんか色も変だから普通じゃないっぽい!)
 思い付いたなら即行動。みちるは名無を鞘から抜き放つ。
(後はタイミング次第ー。名無、それ以外はよろしく! あたし集中するからさ!)
(みちる? 下から上へは幅がありませんよ。アドリブといってもそういう行き当たりばったりでは……)
 名無の忠告を置き去りに、みちるは崖の上から飛び降りた。√能力者ゆえのタフさというべきか。水に突っ込み、怪異への接近を試みる。近付けさせぬと言うように、怪異が触穢蝶を放った。
(黒蝶の幻惑に気を付けてください)
 動き出してしまったからには仕方ない。黒蝶への警戒を伝える名無に、みちるは一瞬だけ考える。
(幻惑? とりあえず、見なければいいんじゃないか?)
 その間1秒程度。名無は嫌な予感がした。
(まさか……)
 そのまさかである。みちるはぎゅっと目を閉じて、強引に黒蝶の群れを突き抜けた。鱗粉を吸わないように息も数秒止めて――再び目を開く。眼前には怪異の姿があった。
 怪異も真っ直ぐ突貫してくるなど予想していなかったのだろう。咄嗟の水圧カッターが飛んだ。みちるは名無で水を受け止め叩き割る。
「――斬る!」
 怪異へと肉薄し、|次元斬《ゴノセン》を発動。必ず斬るという意志と共に繰り出された一撃は、怪異を容赦なく斬り裂いた。
 ……攻撃は成功したが、名無は思わず溜息を吐きそうになる。
(なんて無茶な……)
 しかし、同時に納得もしてしまった。ゴチャゴチャ考えるより、みちるにはシンプルなやり方が合っている。とはいえ危険なことには変わりないのだが。
(こういう時はノリと感覚と勢い! だよな!)
(今回は上手く行ったから良いですが、戦闘中に目を閉じるなんて危険ですよ)
 名無は助言役として真っ当な意見を伝える。スリリングな戦いは、この後も続きそうだ。

眞継・正信

●赤い夜に、濡れる
 赤月が怪異を照らす。血を想わせる夜の彩に、|眞継・正信《まつぐ・まさのぶ》(吸血鬼のゴーストトーカー・h05257)はある種の懐かしさを抱いた。
「悪霊使い、か。ならば早々に解放してやらねばなるまいな。お前もそう思うだろう、『Orge』?」
 その視界は確と現在を捉えている。彼の呼び掛けに、Orgeが一声吠えた。
 月が出ているのに、突然雨が降り始める。まるでにわか雨だ。Orgeは幽体化し、正信の傍に寄り添った。
「……雨か。厄介だな」
 死穢の雨は未知の病原体を含み、正信を蝕もうとする。水に侵されたこの場所で水への抵抗を下げられては、戦いに影響も出るだろう。やはり侮れる相手ではない。
「雨が私の力を奪いきる前に、狩ってしまおうか」
 吸血鬼の魔力を織り込んだマントで身を守る。マントだけでは足りない。上から更に|漆黒の外套《クロノガイトウ》を纏った。
 夜の気配に満ちた、黒い霧。漆黒のベルベットに包み込んだ闇の奥で、吸血鬼の眼差しが鋭く光る。
「さて、行こうか」
 傍らのOrgeと共に赤い夜を駆ける。視線の先に怪異を捉え、雨滴を払いながら距離を詰めた。
 悪霊が正信を妨害しようとするも、その速さに追いつけず。悪霊たちの叫びを置き去りに、正信は鉤爪での一撃を振るう。狙いは怪異が持つ傘だ。鉤爪は傘をズタズタに引き裂き、その役割を失わせた。
 死穢の雨が怪異にも容赦なく降りかかる。
「己の雨に打たれ、侵されるといい」
 神を騙り人を喰い続けた、その報いを受ける時だ。
 ――誰かの血肉を、代償なしに貪り続けられる道理などないのだ。
「Orge、頼んだよ」
 Orgeが実体化する。青い瞳に映るのは、雨に晒されて無防備になった怪異の喉笛だ。
「ガルルルッ!」
 唸り声が水面を震わせた。怪異を押し倒しながら喉笛に噛み付き、穢れた魂を喰いちぎる。黒い水飛沫が上がった。激しく泡立つ水面から濁水が溢れ出す――それは、怪異の生命そのものであった。

ゼロ・ロストブルー
斯波・紫遠

●祈りと浄炎
 山林を走り抜けた先、二人の前に水蛇の滝が現れる。
 赤い月光が水面に映り込み、水に潜む怪異をくっきりと浮かび上がらせていた。
 ゼロ・ロストブルー(消え逝く世界の想いを抱え・h00991)は、悪霊と化した魂の叫びを聞く。
「さて、辿り着いたわけだが……これは、ひどいな。被害者たちの声だろうか」
 悪霊を従える怪異を鋭く見据え、|斯波・紫遠《し ば・しおん》(くゆる・h03007)が|触媒変数《リライト》を展開した。身に宿る怨讐の炎が増幅し、より一層激しく燃え滾る。
「ここまで澱んでいるなんて……コイツ、思った以上に食ってたのか」
 星詠みの予知では昨年のものと言っていたが、生贄を喰ったのは昨年だけではないのだろう。怪異の支配はさらに以前から始まっていたに違いない。
 ゴポゴポと怪異が水音を立てる。波紋を注意深く観察しながら、ゼロは青刃の双斧を両手に構えた。
「水か……斯波さん、アリスさん。露払いは俺がやります」
 落ち着いた声に、紫遠はこくりと頷いてみせる。
「……わかりました、僕の背中任せます。危ないと思ったら引いてくださいよ?」
「あぁ、無理はするが無茶はしないさ、背中は任せてくれ。だから……どうか彼らに安らかな眠りと、偽物の神に手痛い一撃を入れてくれ」
 ゼロは双斧に祈りを捧げ、慰めを込める。囚われた魂に与える苦痛が、一瞬で終わるように。
「……いくぞ」
 水中で苦しみ続ける者たちの腕がゼロに向かって伸びる。襲い来る腕を大きく薙ぎ払い、敵を引き付けるように踏み込んだ。
「アリスさん、援護射撃をお願い。僕よりもゼロさん優先で!」
『支援対象を変更。煙雨を展開します』
 煙雨の射撃範囲を、ゼロを狙う敵に設定するIris。ゼロを掴もうとする悪霊の腕を、霧より細いレーザーが幾重にも貫いた。
「アリスさんの援護はありがたいな」
 ゼロは口元に笑みを浮かべるも、視線は真っ直ぐに怪異を向いている。
 紫遠が大技を叩き込めるよう敵の隙を作る――己の役目を果たすため、ゼロは攻め続ける。水底から再び伸びてくる腕を、ゼロは容赦なく斬り落とした。
「すまないが一緒には行けない。……じきに苦しみから解放できる。だから耐えてくれ」
 一方で、紫遠も滝に突入する。夜の水場は視界が悪い。第六感もフル稼働させ、水面から突き出る悪霊の腕を無銘【香煙】で斬り払った。
「ホント見づらいな……」
 それに、水に戻られるとキリがない。
(だけど、二人が必ず隙を作ってくれる)
 紫遠は信じている。ゼロとIrisが敵の隙を生み出す瞬間を――。
 ゼロが一足早く、怪異へと距離を詰めた。
「これ以上、彼らの魂を縛り付けるな」
 怪異の意識がゼロに集中したその瞬間を、紫遠は見逃さない。怨讐の炎を腕に纏わせて、側面から怪異に飛び込んだ。
「神様気取って美味しいトコ取りしてたんだ。そろそろ幕引きだろ」
 燃え盛る腕で怪異の頭を掴み、水面下に捻じ込むように叩き付ける。
「リクエスト通り最大火力だ。汚水共々燃え尽きな」
 ガソリンでも撒いたように勢いよく燃え上がる。怪異も怪異を取り巻く汚水も、全てを巻き込んで大炎上だ。
「ははは! 最高に熱い炎だな! 普段の斯波さんもいいが、俺はこっちの荒っぽいのも好きだぞ!」
 派手に燃える炎にゼロが盛大に笑う。
「はは……なんか、照れますね」
 紫遠は肩をすくめ、どこか気恥ずかしそうに笑みを返した。
 怪異の終わりは近い。ゼロは燃え続ける怪異を見つめ、ぽつりと呟く。
「さて……怪異がいなくなり、洗脳が解けたとして……この村は一体どうなるんだろうな」
 ゼロは村の未来を案じる。洗脳されていたとはいえ、人を殺した事実は消えないのだ。
「洗脳されてた間の記憶がどうなるかによるんじゃないですかね」
 紫遠も考える。村人たちにとっては、忘れてしまった方が幸せなのかもしれない。
 滝の水まで蒸発させながら、怪異は燃え続ける。この怪異と共に、村人の過ちも消え去ってしまうなら、どんなによかったことか。

ミユファレナ・ロッシュアルム

●真紅に染めて
 水は赤月の色彩を映し、赤黒く濁る。夜空も水も赤に染まる空間に、ミユファレナ・ロッシュアルム(ロッシュアルムの赤晶姫・h00346)は双眸を細めた。
「赤い月に、赤く照らされた滝。……不吉な光景ですね」
 妙な魔力を持ち過ぎていて、目が眩みそうだ。彼女は魔力の反射を通して視界を得ている。だからこそ感じる印象は常人とは異なった。ともあれ怪異を祓えば、こびり付くような赤も消せるだろう。
「この村から掠め取ったものは、今日限りで返していただきます。正常になった村で色々な撮影を行ってみたいですし」
 水無澤村は自然豊かで美しい場所だ。独自の信仰に水晶・翡翠の装飾も特徴的で、撮影しがいがある。
 怪異がミユファレナを視た。降り始める雨は死穢の力を宿し、未知の病原体で彼女を蝕む。
(避ける事は難しい。けれど、対抗手段はあります)
 雨に濡れながらもミユファレナは冷静だ。眼鏡を外し、両眼の魔力を解放する。
「――あなたは、この瞳に耐えられますか」
 瞳が青から真紅へ。|魔力殺しの眼鏡《シールクリスタル》で抑え込んでいた力が膨れ上がる。その彩は赤月が霞むほどに鮮烈――まさしく不吉な|真紅の瞳《ルビーアイズ》だ。
 ミユファレナの魔力が怪異の支配を塗り替える。雨が空中で動きを止めた。彼女の魔力が雨粒をその場に拘束したのだ。怪異が揺らぐ。停止現象を奇妙に思ったか、あるいは動揺したか。
「これで終わりではありませんよ」
 ミユファレナは雨粒に魔力を注ぎ込んだ。膨大な魔力に耐え切れず、死穢の雨は次々に蒸発する。
 夜闇を伝い真紅の魔力が怪異を包み込んだ。逃げ場など無い。水中までミユファレナの魔力に満たされた今、怪異は攻撃を受け入れることしかできない。
「あなたが殺した人々の分まで、痛みを味わっていただきましょう」
 暴力的な赤い魔力が雨を打ち払い、怪異を容赦なく薙ぎ払った。穢れた水は幾重にも刻まれ、鮮やかな真紅に染まりゆく。

水縹・雷火

●呪い
 悪霊たちの声が頭に響く。|水縹・雷火《みはなだ らいか》(神解・h07707)は歯を食いしばり、水面に佇む怪異を睨み付けた。
「死んだ奴らまで道具にしやがって。気に入らない……」
 苦しみ、怒り、悲しみ。負の感情に支配された魂を感じる。それは雷火の心にも痛みを齎した。なんて腹立たしい敵なのだろう。あの真っ黒い面を、一発ぶん殴ってやらないと気が済まない。
「……苦しいよな、もう少しだけ待ってろ。こいつをぶっ飛ばして、全部終わらせてやる。覚悟しろよ! クソ怪異!」
 降り始める死穢の雨にエネルギーバリアを展開する。ただでさえ虚弱なのだ。未知の病原体を含む雨に濡れてしまえば、何日も寝込んでしまうかもしれない。
「こんな汚い雨になんか当たってたまるか!」
 死穢の雨を弾きながら思考を巡らせる。バリアが剥がれる前に雨を止めなければ。
(……だが、自分まで水への抵抗を落とすなら好都合だ)
 脳裏に浮かぶのは、目の前の怪異以上に碌でもない男の顔。|アイツ《Anker》も水の力を持っているのだ。
 困った時は呼んでくださいね、なんて爽やかな顔で押し付けられた|祝福《√能力》を発動する。
「来い! クソ野郎!!」
 |呼水《エヴェイユ》――Ankerを召喚し己の生命力を分け与えることで、邪悪な水の神へと変身させる。
 悪意を孕んだ呪毒の水を纏い、美しくも悍ましい人魚が現れた。
「ライカ、私を呼んでくれたのですね!」
 瞳を輝かせるクソ野郎に、雷火はぴしゃりと告げる。
「うるさい。さっさとあいつを溺れさせてこい」
 赤い瞳が怪異を見て、愉しげに細められた。
「笑いものですね。水の怪異が水に引き摺り込まれるだなんて」
 紡がれる響きは邪神の祝歌。呪毒の水が怪異に絡み付き、水中へと引き摺り込む。
「悪いな、こっちのクソ水神は、お前よりずっと性質が悪いぞ!」
 誤解を招く表現かもしれないが、別の神から贄を掠め取った簒奪者とも言えよう。沈みゆく怪異を見つめながら、雷火は奇妙な縁を想うのであった。

沙賀都・ラピ

●浄化
 眼前に居座る神モドキは、あまりにもお粗末が過ぎる。
 |沙賀都・ラピ《さかど ○ ° 。ϵ( 'Θ' )϶。°○》(湾の尾・h06749)は、胸に渦巻く不快感を嚙み潰した。
「おい、君。僕は怒っているぞ。水の神を騙るなら、それらしくしたらどうなんだ」
 穢れた水の奥から怪異がラピを見る。ラピは突き刺すような眼差しを怪異に向けた。
「人を洗脳するわバカスカ生贄を求めるわ、挙げ句腐った水の臭いがするってどういうことなんだ。いっそ堂々と怪異を名乗った方がまだ良い」
 |湛う角《ネリヴィック》を発動し、|海竜《幼体》の姿へと転じた。海蜥蜴にも似た姿は成長途中だが、滝ひとつ乱すには十分過ぎる神力を合わせ持つ。引き連れた|Aavaq《アーヴァク》へと、ラピは命じた。
「全力を出したら、今度は僕達が被害を出してしまう。だから——Aavaq、嵐は最小限で。怪異に軽く雷を撃ち込むくらいなら良いぞ」
 死霊たちが起こす嵐は、穢れた水から伸びる悪霊たちの腕を押し流す。綺麗な海水が、負の感情に汚れた魂を洗ってゆく。
「取り込んだ死者まで利用するのか。こんなに苦しめて……許しがたいね」
 本当はブレスで跡形もなく消し飛ばしてやりたい。だが、そのようなことをしてしまえば、滝を掻き混ぜる程度では済まない。
「周囲の自然環境を破壊してしまうだろう……それは駄目だ。僕が災害になるわけにはいかない」
 だから、やり方を変えよう。ラピは嵐に乱れる水の中へと飛び込んだ。薄まった汚水を潜り抜け、怪異へと接近する。不味そうだが、それでも噛み砕くと決めた。砕いたらすぐに吐き出してしまえばいい。
(嵐の力で清め、穢れの根源を断つ)
 怪異へと噛み付いた。鋭い牙は奥深くまで届き、怪異の心核を喰い破る。
 激しい水音が耳元で爆ぜた。それは怪異の絶命の叫びだ。怪異が形を失い消えてゆく。赤月は夏夜の白月に戻り、滝の水は透明な色彩を取り戻す。
「……綺麗になったね」
 本来の美しさを取り戻した滝に、ラピは安堵の息をつくのであった。

挿絵申請あり!

挿絵申請がありました! 承認/却下を選んでください。

挿絵イラスト

開く

読み物モードを解除し、マスターより・プレイング・フラグメントの詳細・成功度を表示します。
よろしいですか?