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 #√妖怪百鬼夜行
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●とある烏天狗の追憶
 烏の濡れ羽色、というのだろうか。
 美しい、黒髪の|女性《ひと》だった。
 ーーあなたとともに、いきましょう。
 微かに幼さが残る顔で、はにかみながら。
 短い生命を共に歩んでくれると、彼女は言った。
 ああ、なんて。幸せな言葉であろうか。

 ーーあなたとともにいきられて、しあわせでした。
 美しい、白鷺の様な髪の彼女は言った。
 締めくくりに相応しい穏やかな顔で、そう言ったきり。
 次の言の葉を紡ぐ事は、二度と、なかった。
 ああ、なんて。幸せで、残酷な言葉であろうか。

 一緒になる時、覚悟は決めていた、筈なのに。
 死者を悼み、弔うのが、私の仕事のはず、なのに。
 ーー私は、耐えられなかった。
 耐えられずに、有り得ざる言葉に縋った。
 人々の安寧を願う身でありながら。
 己のみの幸せを願い、縋ってしまった。
 ーーお前の若妻に合わせてあげよう。
 ーーお前の若妻に永遠の若さをあげよう。
 ーー俺の力はお前も識っているはず。
 ーーお前の欲を そして俺を 解き放て。

 たとえ、叶ったところで。
 私の、身勝手な願いのために。
 彼女の儚くも力強い生命の美しさは、
 損なわれてしまうというのに。

●星詠み子猫と出航準備!
『バレンタインデーも近いしにゃ!異種族の人が気になっている人も、中にはいるんじゃないかにゃ?』
 箒を宙に浮かせ、それを椅子がわりに腰掛けているのは、星詠みになったばかりの半人半妖の子猫、瀬堀・秋沙だ。
 彼女は集まってくれた√能力者たちに、ぺっかり、灯台のような笑顔を向け、己に降りたというゾディアックサインを語り始めた。

 概要は、以下の通りである。
 事件は√百鬼夜行にて起きた。
 事の発端は、僧侶である鴉天狗が、人間の妻と死別したこと。
 妻の最期の言葉からも、彼女にとっても、満ち足りた日々であったことは疑いない。
 しかし、鴉天狗は悲嘆に暮れて、古妖の誘惑に負けて封印を解いてしまった。
 まずは、この鴉天狗の妻の墓前に供える花を皆に選んできて欲しい。
 墓は鴉天狗の寺院の境内にあるから、お堂にいる鴉天狗からも話を聞く事はできるはず。
 幸いにも平時の理性を取り戻しているので、事件の解決にも協力的だろう。
 可能な限り、彼の心のケアもしてあげて欲しい。

 ここからは運命が二つに分かれている。
 少なくとも、黒幕に唆されたのは、鴉天狗だけではなかったようだ。
 お堂内で黒幕についての話をした場合、鴉天狗の監視役として潜んでいたモノたちが牙を剥く。
 鴉天狗の身の安全を確保しながら、黒幕との戦いの増援にならないよう、道を塞いで欲しい。
 また、監視役が動かなかったとしても、封印の近くには『遊び相手を呉れてやる』と唆されたものたちが蠢いている。これを突破する必要がある。
 この運命の分岐を乗り越えれば、黒幕である古妖と対峙することができるだろう。
 永訣という、逃れられない運命を嗤う者だ。遠慮なく叩きのめして欲しい。

『|猫《わたし》は半人半妖だからにゃ!猫のパパは妖怪だけど、ママは人間さんにゃ。
 いつかパパと猫よりも先に、大好きなママは海に還るにゃ。だから、烏天狗さんのことは、他人事に思えなかったにゃ。みんなは、どうかにゃ?』
 ーーじゃー、いってらっしゃいにゃ!
 灯台の様な笑顔が、皆の背中を押した。

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第1章 日常 『君に捧げる花を』


 ーー√百鬼夜行。
 花屋は勿論、菓子屋に酒屋、呉服屋に玩具屋…
 鴉天狗が暮らす寺院の門前商店街は、今日も活気に満ちている。
 どうも、古妖の封印が解かれた影響は、まだそこまで拡がっている訳ではない様子。
 これならば、ゆっくりと商店街を探索して花を探すことも、鴉天狗と話をすることもできそうだ。
鬼道・太一朗

 ーー|鬼道・太一朗《きどう・たいちろう》(怪力乱神・h05388)の胸中は、複雑であった。
 自身は、愛に依って生を受けた訳ではなく。今も尚、顔も名も知らぬ古妖たる父を探し続けている身だ。
 ーーでも、まあ…件の夫婦はそうじゃなかったんだよな。
 両親に捨てられた己には、縁の遠かった|夫婦《めおと》の在り方ではあるが。烏天狗が今も尚、深く愛していることは理解できる。
 道中の花屋で、とある花を買い。件の寺院へと向かった。

『それは、それは…。遠いところをようこそお参りくださいました。』
 大切な人の墓参りの相談をしたい、と切り出した太一朗を出迎えたのは、静かな声音をした、烏面の妖怪…鴉天狗その人であった。
 堂内、堂外に油断無く視線を巡らせた太一朗に、一つ、言葉無く頷き。
『長旅の方に、立ち話も何です。お上がりください。ゆっくりと相談いたしましょう。』

 堂内にて。鴉天狗が煎れた茶で口を潤し。太一朗は本題を切り出した。
『例えば、お前が愛する人に花を贈るならどうする?』
 彼の言葉に、烏面は暫し、瞑目した。
『そう、ですね。私が彼女に…いえ、大切な人の墓前に、供えるとするならば…ありきたりですが、百合の花を。』
 太一朗は、鴉天狗が滑らせた口を聞き逃さなかった。
『ありきたりの話、じゃなくて。俺は、その人の話を聞きたいんだ。』
 漆黒の瞳に確と見詰められ。烏面はお恥ずかしい、とばかりに頭を掻いた。
『ええ、はい。私であれば…ノカンゾウの様な、華やかな花を。
 ちゃきちゃきした、賑やかなひとでしたからね。
 彼女が運んでくる話題は、一緒にいる私を、いつでも楽しませてくれました。
 ……ええ、そうですね。私は…全て…受け入れたい。』
『全て』とは。彼女の『死』をも愛すると。
 太一朗には聞こえた。

 故人の墓は、境内の片隅に、ひっそりと佇んでいた。
『少し、羨ましいな。死別して尚、想える程の相手がいるってのは』
 変わらぬ愛の花言葉を持つ白い花…スターチスを供え、太一朗は暫し手を合わせる。
 思い起こされるのは、堂を去る前のこと。
 ーー参考になった。
 太一朗の背中に、鴉天狗は此方こそ、と静かに頭を下げ。
 そして、微かに、太一朗とは異なる方向に視線を向けた。
 今、墓参りを終わらせた太一朗が見据えるのは、鴉天狗の視線の先。
 ーー想いを食い物にした古妖を締め上げる。
 決意を新たに、拳を握り締めた。

アナスタシア・ケイ・ラザフォード

 ーーどれか好きな花が入っていると良いのですが。
 静々と歩くその姿は、丈の短いクラシカルなメイド服。
 シャチの獣人、アナスタシア・ケイ・ラザフォード(悪夢のメイド・h05272)だ。
 ーー烏天狗様の奥方様は、どのお花がお好きかどうか|私《わたくし》には図りかねます故、色々な花のブーケを持っていきましょう。
 道中の花屋で買ったブーケを手に。
 シャチの尾を振り振り、メイドが歩く。

『おや。おやおや。今日はお客様の多いことですね。…故人のために、ありがたいことです。』
 鴉天狗は、アナスタシアが手に持つブーケを認めると、堂外へと足を運んできた。
 先の来客で、本日の来客の目的を察したのだろう。
 早速、アナスタシアを境内の片隅の、自身の妻の墓へと案内した。

 ーー天国では、その方を思い出すとその方の周りに花が降ると言われております。
『奥方様がどの様なお方だったのか、教えて頂いても宜しいでしょうか?』
 スターチスの花の傍に、色取取の花を供え。手を合わせたアナスタシアは、単刀直入に問うた。
『無縁の|私《わたくし》ではございますが、|私《わたくし》にも貴方様の荷物を背負わせて頂きたく思っているのでございます。』
 烏面は暫し瞠目し。穏やかに微笑んだ気配がある。
『貴女は、目的に向かって真っ直ぐな方ですね。
 それに…妻が、天国に居ると信じてくれた心が、嬉しかった。
 …わかりました、お話しましょう。』

 身内贔屓もありますが、と前置きした鴉天狗曰く。
 人間であった妻は、烏の濡れ羽色の美しい髪の持ち主で、口を閉じてさえいれば、大層美しかった。
 実際はちゃきちゃきした賑やかな人で、若かりし日も、老いてからも、様々な|人間《どうぞく》の文化を仕入れてくるミーハーな部分もあったらしい。
 檀家の妖怪たちからは、その人柄から大層人気であったという。
『彼女がいるだけで、随分と場が華やいだものです。 それこそ、精進落としの場でさえも。どれだけの人が彼女に慰められたことでしょう。…もちろん、私も。』
 ーー随分と、振り回されもしましたが。
 それも含めて、毎日が美しく、輝いていたのです。
 眩しいものを見るように、鴉天狗は目を細めた。

『ここならば、監視の目も届きません。』
 受け止める事が今の|私《わたくし》の仕事と、淡々と話を聞いていたアナスタシアに、鴉天狗は向き直り、真剣な気配で嘴を開いた。
『先に向かわれた方もいる様ですが…相手は古妖。古狸の古妖です。
 相手を言葉巧みに操る、老獪な存在です。配下は堂内に潜むものだけとは思えません。
 …ひとりでは、危険な手合いとなるでしょう。』
 先に封印のもとに向かった青年を思い、案ずる様に瞑目し。
 絞り出す様に、続く言葉を紡いだ。
『……偏に、私の浅ましさ、弱さが招いた事態です。
 しかし、私には解決できる力が無い。
 お恥ずかしい限りですが…どうか、どうか。彼女の愛したこの町を守ってほしいのです。』
 そう、深々と頭を下げる鴉天狗の姿を、アナスタシアの相変わらず無表情な銀の瞳が見つめ。
『頭をお上げ下さい、鴉天狗様。
 脅威の排除、及び奥方様の思い出の保護にございますね。
 その御依頼。確かに承りました。|私《わたくし》めにお任せくださいませ。』
 シャチのメイドは淡々と。カーテシーと共に、依頼の受諾を宣言した。

ライム・カーペインター

 ーー……個人的にはむしろ同情したい気分です。
 水兵服の兎獣人の少女ライム・カーペインター(信心深い塗装屋さん・h02089)は、鴉天狗とともに墓の掃除をしていた。
 事の発端は、こうだ。
 ライムが訪れた時、鴉天狗はメイドを見送ったあとから、語り掛けていたのか、それとも待っていたのか。
 スターチスや色取取の花が供えられた、妻の墓前に居たようなのである。
『故人には丁重に接するべきだと、神様は仰っておりました。
 お掃除をさせていただいても、よろしいでしょうか。』
 鴉天狗は、ライムの申し出を快諾し、今に至る訳である。
 日頃の掃除は行き届いている様で、境内は静謐に整えられている。しかし、季節柄、落ち葉は振り募る。
 元々ライムは献身的な性分であり、その丁寧な仕事ぶりは鴉天狗も嘴の中の舌を巻くほどであった。

 ひとしきりの掃除を終え、ライムは花瓶に菊の花を生け、手を合わせた。
『貴女は、随分と丁寧に故人に接してくれますね。
 ありがとう、妻に代わって、お礼を言わせてください。』
 鴉天狗の感謝の言葉に、兎獣人の少女も笑顔で応じる。
 ーー間違いは誰にでもあるので、彼を責めるつもりはありません。
 それに…神を信じ、神学校を目指すほどの敬虔な彼女であるからこそ。
 彼女とは異なるものを信じる鴉天狗が、『間違える』ほどの絶望の大きさが、垣間見えたのかもしれない。

『亡くなった奥様がどのような人だったのか、差し支えなければ教えていただけますか?』
 この問いかけに、鴉天狗は目を優しく細め。
『妻ならば、貴女の事も気に入るでしょう。勿論、この私も同じです。さて…何処から話したものか。』
 鴉天狗曰く、元々自分は山を駆け回る荒業をしていたのだという。√EDENで言うところの修験者だったのだろう。
 しかし、山中で命を落としかけた事を切っ掛けに、山を降りた。
 その時に立ち寄った町で出会ったのが、後の妻だったのだという。
『あの頃の私は、道を失っていましたが…|幼児《おさなご》に救われるとは、思ってもいませんでした。』
 それなりの期間、ひと所に滞在してしまった鴉天狗は、故郷に戻る事にした。
 その時、既に高校を卒業していた少女が付いてくると言って聞かず、本当に故郷まで付いてきて、あろうことか寺院に住み着いてしまったのだという。
 親に連絡しても、いいの、いいのの一点張りで、仕方なく住まわせたのだという。
『まさか、あなたとともに、いきましょう。
 が、行く、ではなく、生きる、だとは思ってもいなかったのですが。
 ……ふふ、すみません。惚気過ぎてしまいました。』
 鴉天狗ははにかんだ様な気配を見せたあと。
 一転して、真剣な瞳でライムの名の通りの瞳を見つめた。
『貴女のような方が2人、古妖の元へ向かいました。
私の浅ましさ故の不始末で、誠に情け無い限りですが。
 …ただただ、貴女たちが無事に帰ってきて下さると、信じています。
 帰ったら、お礼に妻直伝の、手作りカステーラをご馳走する、と。
 先のお二人や、そのお仲間の方たちにも、お伝えください。』
 ーーどうか、貴女の神様のご加護がありますよう。
 そう言って、実に堂に入った格好で、鴉天狗は手を合わせ。
 ライムもまた、死者を冒涜するような事件を起こす黒幕と対峙する事を決意するのだった。

第2章 集団戦 『付喪神・市松人形』


● 花浜匙と菊と、色取取の花の、墓前にて
 ーーやっと私の死まで愛してくれる気になったのね、と。きみは笑うだろうけれど。
 ーー遺された方は、大変なんだぜ?
 ーー私はね、きみ。かれらを信じることにしたよ。
 君の大好きだったカステーラを焼いて、待とうと思うんだ。
 ーーだからきみも、かれらを守ってくれないか。

●祠を守る、唆されしモノたち
 ーー寺院の裏山。
 鴉天狗が目配せした辺りに近付くにつれて瘴気が濃くなっていた。
 そして、黒幕もまた、少しでも時間を稼ごうという心算のようだ。
 ーーほんとうに、遊び相手がきてくれたわ!
 ーーあそぼ?あそぼ?あそぼ?あそぼ?あそぼ?
 ーーあそぼ?あそぼ?あそぼ?あそぼ?あそぼ?
 無数の人形たちの、『遊ぼう』の大合唱。
 彼女たちの『遊び』に付き合っていては身が持たないし、その暇はない。
 この付喪神の群れを突破し、黒幕の元へ急げ!
鬼道・太一朗

 ーーあそぼ?あそあそぼ?あそぼあそぼ?
 行く手を遮り、遊び相手が現れた事に湧く『付喪神・市松人形』たちを前にして。
 |鬼道・太一朗《きどう・たいちろう》(怪力乱神・h05388)は麓の寺院を見遣る。
 こちらに戦力を投じてきた、ということは、鴉天狗が無事であることの証左に他ならない。
『一安心だな。』
 本人曰く、無愛想で、お節介。そんな好漢の口許に、微かな笑みが浮かぶ。
 ーーあーそーぼ?
 後はこの、しつこく呼び掛けてくる市松人形の群れを突破し、人の情を食い物にする卑劣漢を成敗するのみだ。
『生憎だが、テメェらに構ってる時間はねえよ。』
 ーーとっとと消えろ。
 鉄にも等しい拳を固め。鋭い眼光が、唆されるままに遊び相手を欲する人形どもを確と見据えた。

 ーーだるまさんがこ~ろんだ!
 人形たちがてんでばらばらに、口々に叫ぶ。
 ーー麻痺の術か。
 痺れの残る手足を動かしながら。早く、確実に仕留めるために如何すべきか。
 太一朗は、その敵の√能力の特性を冷静に見極めていた。
 一つ目は、視界内の『全対象』に効果を及ぼすこと。
 陣形を整えている訳でもないが故に、人形側にも巻き込まれ、痺れている者が出ている。
 二つ目は、目を閉じると術が解けるということ。
 これは、自身の身体で証明できた。また、痺れるだけでダメージを及ぼす効果もない。
 三つ目は、再使用まで休憩時間を挟む必要があるということ。
 観察している限り、連発はしてこない。正確なインターバルこそわからないが、隙を突くなら此処だ。
 自然に術が解けるのを待つか、術を解く手段を模索するか。
 ーー否。
 太一朗が取った手段は、根本への対処だった。
 術の再使用が可能となった人形が、遊び相手に向けて、嬉々として声を張り上げる。
 ーーだるまさんがこぼぉ?
 不意に途切れる詠唱。みし、みし、みしり。何かが地面に減り込み軋むような、音、音、音。
『させねぇよ。』
 鬼の目が睨む先、その地面。人形たちは顔面から地べたに叩き付けられていた。
 ーー技能【念動力】である。
 成る程、これでは叫ぶことはおろか、太一朗を視界に収める事すら不可能だ。
 尚も遊ぼうと、声を挙げられぬ代わりに、駄々っ子のようにじたばたと手足を動かす付喪神目掛け、霊気を纏い、鬼が駆ける。
『覚悟はいいな?』
 それは、戯言に唆された、悪神たちへの引導の言葉。
 ーー喰らえ。
 右の鉄拳が振り抜かれ。鉄の爪が握り潰し。左の鉄拳で撃ち抜き。念動力で捏ね合わせ。両の鉄拳を振り下ろし。目に留める者を魅了する動きで、捏ねたガラクタを未だ残る群れに撃ち出して。
 ーーあ、そ、b、
『五月蝿ぇ。』
 辛うじて満身創痍。それでもなお立ち上がる、ヒビ割れた顔面に拳を叩き込み、砕き黙らせて。
 太一朗の前に立つ障害は皆、排除された。

『今、行くからな。首洗って待ってろ。』
 ガラクタの山の中、見据える先は瘴気の大元、祠の影。
 半妖鬼の無頼、その剛腕が奸物たる古妖を締め上げるまで、あと僅か。

アナスタシア・ケイ・ラザフォード
袋鼠・跳助

 ーーこれはまた、厄介なものが出てきましたね。
 遊び相手を求め、次から次へと現れる『付喪神・市松人形』を前に、アナスタシア・ケイ・ラザフォード(悪夢のメイド・h05272)は無表情に銀の瞳を細め、独り言ちた。
『遊んでさしあげても良いのですが。生憎、|私《わたくし》は、既にご依頼を受けている身にございます。
 先を急いでおりますので、今はご遠慮願いとうございます。』
 メイドとして、グレイブル家の品位を貶める訳にはいかぬと、真摯な対応をするアナスタシア。
 しかし、それで退くならば、この付喪神どもが古妖に唆されることもなかったであろう。
 彼女を新たな玩具と見定めた人形たちは、『あそぼ』の大合唱とともに距離を詰めてくる。
『退いて頂くことは出来ないのですね。』
 アナスタシアが微かな嘆息とともにハチェットナイフを抜かんと構え、歩を進めた。その時。

 ーーチュインッ!!

 風を裂く音と共に、群れの先頭に居た市松人形が、もんどりを打って倒れた。
 その額には、縞模様が特徴的な、植物の種子…ひまわりの種が減り込んでいる。
『ハナシのわからねーヤツにくれてやるのは、|鉛玉《ひまわりのたね》で十分でさぁ、メイドのお嬢。』
 言葉と共に現れた、その姿。
 マフィアストールに、白のフェドラハット。亜麻色の毛並みに、粋な黒のタイを締め。
 ボウガンを構えたまま、サングラスの下、ニヒルに笑う姿は正しくヒットマン。
 カンガルーハムスター、|袋鼠・跳助《ていそ・とびすけ》(自称凄腕ヒットハム・h02870)が其処に居た。
『成る程、仰る通りにございますね。』
 無表情に、同意する様に頷き、跳助の小さな姿を横目で見つめるアナスタシア。
 この時、彼女が内心で何を思ったかは、さだかでない。
 しかし先を急ぐのに、これ程心強い支援はない。
『では、ご一緒に。』
 恭しく|一礼《カーテシー》をすると。海の|殺し屋《ヒットマン》が、ハチェットナイフ片手に人形の群れへと襲い掛かった。

『|私《わたくし》の持てる全てで、貴女達を殲滅して差し上げましょう。』
 遊びたがりの人形がアナスタシアが戯れ掛かれば、ひらりと華麗に受け流し。
 カウンターとばかりに、殺気と共にハチェットナイフが人形の首に吸い込まれる。
 切断とまではいかずとも、恐怖を与えるには十分だ。
 ーー遊んでくれないの?遊んでくれないの?
 ーーだったら、遊ばせてあげる!
 恐怖と共に、ただでは遊んでくれない様だと思い知った付喪神たちは、叫びと共に視界内の全てに遊びを強要する術を魔眼から放つ。
 ーーだるまさんがこ~ろんだ!
 この術の厄介な点は、視界内の全てを対象に、麻痺を与えて動きを封じるということ。
『跳助様!』『応よ!』
 持ち前の戦闘知識で、この術の危険性を察したアナスタシアは、跳助に合図の声を上げ。
 今まさに術を放たんという市松人形の額に、跳助のボウガンが放ったひまわりの種が突き刺さる。
 術が中断された隙にアナスタシアの【|冥土の舞踏《オルキヌスロンド》】…黄泉路へと誘う舞踊の如き蹴りが炸裂し、その舞踊を邪魔しようという悪神を跳助が狙撃する。
 そして体勢を崩した者に、スカートとモノクロの尾を翻し、アナスタシアが追撃し、蹴撃する。
 ここは既に、2人の|暗殺者《ヒットマン》の|狩り場《キルゾーン》。
 対象の殺害を生業とする者同士であるからこそ通じ合う、息のあった連携に。
 華麗に、確実に、市松人形の群れは数を減らしてゆく。

 ーーめきり。
『この場は|私《わたくし》が食い止めますから、跳助様は、一足先に。』
 視界内の最後の一体の頭を踏み砕きながら、アナスタシアが口を開けば。
『いやさ、メイドのお嬢が受けた|依頼《シノギ》っす。この場はそれがしが引き受けるっすよ。』
 ーーお代は、とびきり上等のひまわりの種で頼むっす。
 ボウガンを担ぎながら、ニヒルに笑う跳助。
 ーー可愛らしい体躯ですが。この方は、お強い。
 それは、共に戦い、同じ|暗殺者《ヒットマン》であるからこそ、理解ること。
『承知致しました。事が終わり次第、とびきりのものを手配させて頂きましょう。
 跳助様。ご武運を。』
 『お嬢もな。』
 2人は互いに頷き合い、それぞれの|仕事《シノギ》へと向かう。

『メイドのお嬢、あんな顔で笑うんすね。無表情かと思ってやしたが、いやはや。』
 |一礼《カーテシー》と共に、無表情を崩してギザ歯を見せたメイドを思い出し、跳助はニッと|微笑《わら》い。
 ヒットハムは新たに湧き出る影たちに向け、総毛を電気で逆立たせながら、声を張る。
『凄腕ヒットハムの跳助たぁ、それがしのことっす! |命《タマ》ぁ惜しくねぇヤツから、かかって来るっすよ!!』
 ーー仲間を盛り立てる、縁の下の力持ち。それがしがいやすから。
 |依頼《シノギ》の成功を願ってるっすよ、お嬢!

 一方で、僅かの乱れも無いホワイトブリムを調えて。
 静々と、アナスタシアは事件の発端の地へと急ぐ。
『鴉天狗様の仰っていた脅威とは、あの祠の事にございますね。確かに、唯ならぬ気配を感じます。』
 思い出されるのは、死した妻を今なお想い、己の愚かしさを受け止めて。
 自身に事件の解決を依頼した、|鴉天狗《クライアント》の穏やか気配。
 その彼の想いと妻の死を|嘲笑《わら》う者が、この先にいる。
 彼奴を斃さねば、事件の解決は果たせない。
『古狸の古妖、確実に排除してご覧に入れましょう。』
 受諾した依頼を達成するため。シャチの尾を振り振り、メイドが駆ける。

ライム・カーペインター
志藤・遙斗

 ーーあそぼ。あそぼ?あそぼ!
 鬼の無頼漢が、|暗殺者《ヒットマン》2人が。
 数多の『付喪神・市松人形』を破壊したが、依然として遊び相手を求める一群が残っている。
 それと向かい合ったのは、ライム・カーペインター
(信心深い塗装屋さん・h02089)だ。
 ーー邪魔が現れるということは、黒幕は時間を稼ぎたいのでしょう。
 彼女が察したことは、先の鬼の青年の考えと同じ結論に、自ずと結び付く。
 きっと今頃、鴉天狗はライムたちの帰還を信じて、『妻直伝のカステーラ』を焼いていることだろう。
 ならば、一刻も早くこの場の敵を一掃して切り抜け、さらに黒幕を無事に倒して、帰らねばならない。
 ペイントグッズを握る手にも、ライム色の瞳にも、自ずと力がこもる。

『そんなに力まなくても大丈夫。俺も手伝うよ。』
 そんな彼女の力みを解すような声が、背中からかけられた。
 微かに漂う紫煙のかおり。|志藤・遙斗《しどう・はると》(普通の警察官・h01920)がライムの背中を守るように立った。
『貴方は…?』
 ライムの問いに、遙斗は偽装式警察手帳を開き、
『警察だよ。|警視庁異能捜査官《カミガリ》のね。』
 と、笑顔で応じる。
 この遙斗には、唯一の肉親である妹がいるという。
 可愛らしいペンギンのストラップは、彼女とのお揃いだ。
 そんな『兄』は、小さなライムの姿に『妹』を感じたのかもしれない。
 一方で、ライムにも4つ上の兄、カロンがいる。
 カロンはライムの旅立ちの日に、自身の発明品である、塗装用ローラーとペイントボムを託した、物腰柔らかで優しい兄だ。
 遙斗の柔らかな立ち居振る舞いに、故郷で自身の無事を祈っているであろう兄を思い出し。
 兄から託された武器を握る手から、自ずと力みが抜けた。
『うん、いい顔だ。いけるかい。』
 しゅらり、小竜月詠を鞘走らせながら問う遙斗に、
『はい!ーー行きますよ、神様。』
 ライムは力強く、笑顔で応えるのだった。

 ーーあなたはお絵描きであそぶの?
 ーーうれしいわ、うれしいわ!
 はしゃぐ市松人形の顔面で、ライムの手から投げられたペイントボムがパシャリと弾ける。
 緻密な弾道計算と、スナイパーとしての技能の賜物だ。
 極彩色のペンキに顔面を覆われた付喪神たちは、右往左往するばかり。
 ーー見えないわ、何も見えないわ!
 視界を封じた今ならば、厄介な麻痺の術に苦しめられる事もないだろう。
 でたらめに『だるまさんがこ~ろんだ!』と叫んでも、目が見えないのだから効果も発揮のしようがないのである。
 ペンキは容易に落ちることはなく、この戦闘の間、有効な目潰しとして機能するだろう。
 この混乱に乗じて、愛用のコートを靡かせて斬り込んだのが遙斗だ。
 ーー悪いが【悪】は斬る!
 紫煙を纏い、神速の踏み込みと共に放たれる【霊剣術・朧】が、次々と人形たちを膾にしていく。
 そんな『兄』の姿に負けじと、ライムもまた【|想定塗装《ダブルスコア》を発動させ、2回攻撃で戦場を色彩で埋め尽くしていく。
 ーーああ、もうだめだわ。このひとたちは、遊んでくれない!
 ーー逃げましょう、早く隠れましょう!
 今更人形たちが【隠れ鬼】の姿勢を取っても、もう遅い。
 ライムが塗り重ねた凡ゆる色が、人形たちが隠れる事を許さない。
『これでゲームオーバー!……と、神様は言っています!』
 兄から託された塗装用ローラーが、悪神の最後の一体を文字通り『塗り潰した』。

『行くのかい?』
 煙草を燻らせながら、遙斗が問う。
『はい。これ以上死者を冒涜するような事件が起こりませんように、黒幕と対峙しなければいけません。』
 力強く言葉を紡ぐライムに、遙斗は、そうか、と短く頷き。
『俺は此処に居るよ。まだ敵が居ないとも限らないからね。』
 念の為に残るという彼の目に油断はなく。
 万が一があっても、黒幕と対峙している間の増援はないだろう。
『行ってらっしゃい。気をつけるんだよ。』
 送り出す言葉も少し、|兄《カロン》に似ていて。
『行ってきます!』
 そう言って、黒幕の待つ祠に向かって掛け出すライムの足は、心なしか軽やかなのであった。

第3章 ボス戦 『隠神刑部』


 ーー僧籍であろうと、ヒトは狂う。何処まで行こうと、ヒトである故な。
 これは、あくまで√EDENに伝わる話であれば、だが。
 伊予松山に伝わる、八百八の狸たちを統べる者。
 刑部の称号を与えられ、松山城を守護したという古狸。
 狸界に於いては、音に聞こえたその名前。
 ーー『隠神刑部』
 それが今回、鴉天狗の悲哀に付け込み、付喪神たちを唆した者の正体であった。

 祠を背に、これまでの戦いを突破してきた√能力者たちを見渡して、満足気に頷いた。
『貴様らも鴉天狗に会ぉただろう!
 いやはや、滑稽、滑稽!巷で徳が高いなどと持て囃されようと、ヒトであろうものなぁ!
 儂の聲に、童の様に泣いて縋る様は、誠に、まっことに!滑稽であったよ。
 死んだ者が生き返る訳が、あるモノか!
 そんなモノは儂らの特権ぞ!
 その程度の、童でも解ろう当然の事を!人の死を幾度と見送ってきた僧が、だぞ!?解らぬのだ!!
 愚か、愚か、あさましや!
 これほどまでに笑える事は、中々にない!!
 はは、ははははは!わーはっはっはっは!!』
 古狸の古妖は、そのでっぷりとした腹を揺らし、抱えて。
 辺り一帯に響き渡る様な大音声で、呵呵大笑。
 その眦には涙すら浮かべて。

『しかし、つまらぬな。思いの外早く、正気に返っててしまった。』
 やれやれと首を振り、実に悲しそうな表情を浮かべて嘆息した。
『ああ、付喪神どもは知らん。
 アレらに遊び相手がその内来る、と伝えたら、健気に待っておっただけだ。
 足止めにもならずに、貴様らに壊されてしまったようだが…そんな事はどうでもいいのだ。
 貴様らだな?儂の気に入りの玩具と、余計な縁を結んだのは。
 アレではもう、使い物にはなるまい。
 街が崩壊していく様を見ても、最高の嗤いを儂に与えてはくれまい。
 お陰で、儂は新たな玩具を探さねばならん。
 それとも、貴様らで遊ばせてくれるのかね。そのために来たのであろう?ん?』
 √能力者たちを睥睨し、嗤う様は、肉食獣のそれ。
 この、人の生き様を|嘲笑《わら》う畜生の口を、一刻も早く黙らせねばなるまい…ーー!!
鬼道・太一朗

 ーー人だろうが、妖だろうが。
 背負った霊気を火炎光背の様に揺らめかせ。
 ーー感情のままに動くなんざ、自然なことだろうよ。
『隠神刑部』の前に一歩、歩み出たのは半人半妖の鬼、|鬼道・太一朗《きどう・たいちろう》(怪力乱神・h05388)であった。
『はは、ははは!そうだな、半妖の孺子!わかっておるではないか。
 聖域にいるを気取る者を貶すのが、最高に気持ちいいのよ!
 して?その抑えもせん怒気を以て、貴様は何を望み、どの様に振る舞う!』
 ーー俺が怒りに従って、何をするかって?
『わかり切った事を聞くんじゃねぇ。』
 怒りの焔で、鉄の拳を鍛え、固め。
『テメェをぶん殴りにいくに、決まってんだろうが!』

 構えを取り、先に駆け出したのは太一朗だ。
 拳を大きく振りかぶり、大地を割らんとばかりに踏み込んで。
 畜生めの顔を殴り飛ばさんと右の拳を突き出す。
『ふん。怒りに任せた振る舞いにしては、お約束、定番も定番。つまらぬ。』
 吐き捨てる様に古狸が口にすれば、その姿はどろんと太一朗の視界から掻き消えて。
 鬼の剛腕は風切り音を残し、空を切る。
『此方だ、孺子。去ね。』
 聞こえた声は背後から。
 十二神将が一柱、西方守護者・|大威徳明王《ヤマーンタカ》に変じた古狸の|杵《ショ》が、太一朗の頭蓋を砕き潰さんと振り下ろされる。

 ーーコイツは、他人を翻弄するのが得意かつ好みと見た。
 先の戦いでも、冷静に相手の術を見極めて対処した太一朗だ。
 戦いが始まる前から、隠神刑部の性質を見立てていた。
 故に、怒りに逸り、速攻を仕掛けた様に見せかけて。
 ーー見えてんだよ。
【|鬼ノ眼《オニノメ》】を以て、後の先を取るであろう狸の姿を視ていた。
 その姿が地を這う|蚰蜒《ゲジ》となり、素早く自身の背後に回るを視ていた。
 故に、仕掛け通り。その証に、彼の体勢は崩れていない。
 隙だらけに見える此方を潰そうという狸の動きは、それこそ隙だらけだ。
 ーー鴉天狗の分。その妻の分。今まで、コイツに唆され、誑かされた奴らの分。
 ぐるん、左脚を軸に回転し。黒い鬼の瞳に焔が灯る。
『ーーッ、孺子!?』
 流れる様な動作で、左腕が杵を弾き。
『テメェをぶん殴るって…言っただろうがァ!』
 みし、みしり。首を捻じ切らんばかりのフックがカウンターとなり。
 大威徳明王を騙る頬を捉え、そのまま吹き飛ばした。

『孺子が、よくもやりおったな…?たかが半妖の分際dぶぇッーー!?』
 変化が解除され、肥えた腹を揺らして立ち上がる隠神刑部に、言葉代わりに呉れてやるのは、追撃のストレート。
 しかし、古狸も負けじと口から火を噴き、それを目眩しに拳を振るってくる。
 ーーああ、そういや。
 殴り合いの最中、鬼が思い出した様に笑う。
『特権だか何だかって言ってたな。』
 死んでも生き返るのが√能力者の特権であると、この畜生めは嗤ったのだ。
 ーーそいつはいい。
 ぺっと、口から血を吐き捨てながら、根性で熱い血潮を滾らせ獰猛に。
『テメェが蘇る限り、何度だって殺してやれるってことだからなァ!』
『抜かせ、孺子ォ!』
 ーー鬼と妖狸が互いに吼える。
 邪見の古狸を無間地獄に堕とす戦いは、壮絶な殴り合いによって火蓋を切った。

アナスタシア・ケイ・ラザフォード
ベティ・スチュアート
ライム・カーペインター
テラコッタ・俑偶煉陶

 ーーアレが今回、鴉天狗様よりご依頼頂いた、|殺しの対象《おもてなし》して差し上げる方にございますね。
 アナスタシア・ケイ・ラザフォード(悪夢のメイド・h05272)の銀の瞳が、此度の元凶である古妖『隠神刑部』を見つめる。
 先の激しい殴り合いで、口元を血で赤く染めた古狸は、レンズを失い、フレームもひん曲がった眼鏡を投げ捨て。
『ははは、はははははは!!怒りに燃える孺子の次は、無表情のおなごか!
 これほど対照的な組み合わせもあるまいて!
 その無表情をどう崩すか、儂の良い玩具になりそうだ。ん?』
 口元を歪め、下卑た笑みを浮かべ。肥え太った腹をぽんっ、ぽんと叩く。
 言葉でも惑わそうという畜生、その隙を窺うアナスタシア。と、そこへ。
 ーーやっと、追い付きました!
 鴉天狗に想いを託された最後の1人、ライム色の瞳の兎獣人の少女が現れた。
 ライム・カーペインター(信心深い塗装屋さん・h02089)が、アナスタシアに追い付いたのだ。
 刑部を見据え、油断なく構えを取り続けるアナスタシアの隣に並び立つライム。
『貴女と、もう1人に、鴉天狗さんより言伝を預かっています。お伝えしますね。』
 ーーただただ、貴女たちが無事に帰ってきて下さると、信じています。
 ーー帰ったら、お礼に妻直伝の、手作りカステーラをご馳走する、と。
『言伝、確かに頂戴致しました。
 これは是が非でも、無事に帰らなくてはなりませんね。
 実は|私《わたくし》めも、依頼完遂のご報告に伺う予定でございました。』
 無表情を崩し、ギザ歯を見せてライムに謝意を伝えるアナスタシア。
 その一方で、刑部は不満を隠さない。
『ふん。面白くないな、実に、大いに面白くない。
 何を既に勝った気でおるか。小娘がたかだか2人に増えただけ、儂の箸にもかから』
 ーーなら、更に2人増えたらどうかしら!ですわ。
 狸の言葉を最後まで言わせずに、2ストロークエンジンの音を響かせて。
 小粋な赤いバブルカーが、戦場に乗り付けられる。
 ドライバーは桃色の髪の鼠獣人べティ・スチュアート(ねずみのたびだち・h04783)、コ・ドライバーはセラミックボディが美しい、テラコッタ・|俑偶煉陶《よーぐれっと》(はにわじゃないよ・h00791)だ。
『話は麓の寺院で聞かせてもらったわ!』
『われたちにおまかせあれ ですわ。』
 4対1でなお、隠神刑部は強力な古妖ではあるが。
 ーーこれならば、負ける気が致しませんね。
 シャチは笑い、|目標《ターゲット》に|一礼《カーテシー》を。
 ーーこの古妖・隠神刑部は倒さなくてはいけません。
 ウサギは信仰を胸に、決意を新たにする。

『所詮は小娘が4人に増えただけのこと!まとめて捻り潰してくれるわ!眷属どもよ、来い!』
 吼え、動いたのは隠神刑部。√能力により、20体もの配下の化け狸を呼び出した。
『儂に代わり、あの者どもを抑え込め!』
『へェ、親分!!』
 配下の狸たちが、一斉にアナスタシアに襲い掛かる。
 ダッシュで斬り込み、槍のように鋭い蹴りで撃ち落とし。迎撃していく、が。
『畜生ォ、この|女《アマ》、大人しくしやがれェ!!』
『親分に近付こォなンざ、百年早ェぐわぁ!?』
『……ッ』
 腐っても大妖の配下、実力は決して低くない。その上、数が多い。
 一体にでも足を抑えられ、動きを封じられてしまっては、袋叩きの運命だろう。
『われたちは土偶なので頑丈!壊れても平気!どんな相手もぶっ飛ばしてやる、ですわ。』
 そんなアナスタシアを前線でサポートするのが、テラコッタ。
 殴っても殴っても傷一つ付かないどころか、却って彼女の怪力によって、得物ごと振り回される始末。
『この人形、強ェ…!いや、何より、硬ェ!?ぎぃやァァァ!?』
 |土師器瓦陶輪紅《ハジキガトリング》『あかつち』で狸たちを薙ぎ払えば、その弾雨の中でアナスタシアが舞い、狸の頭蓋を蹴り砕く。
 ーーメイドたるもの、淡々と仕事を熟すのが務め。
 前線の連携により、20 体を数えた狸も、断末魔の悲鳴を遺しながら少しずつ数を減らしてゆく。
 テラコッタが弾切れになった『あかつち』を仕舞えば、背中の『はちまる』から|土師器鉢植刀《ハジキハチェット》『あおもの』を抜き、鉄壁の防御力を活かして狸たちを殴り倒していく。
『はちまるに 植えれば育つ 野菜武器 やすいよやすいよ 持ってけドロボー ですわ。』
 ごっ。鈍い音と共に『あおもの』を頭にもらい、ぴくりとも動かなくなった狸を踏み付け、テラコッタはメイドに声を掛ける。
『ここは われたちに任せて ですわ。礼は結構、ヒーローですゆえ。』

 ーー誰かを好きになる気持ちは、まだ私には分からないけれど。
『大切な人が居なくなって悲しいという心情は、理解できます。』
 全力魔法を展開するベティの隣。テラコッタに代わり、助手席に乗り込んだライム。
 もしも自分が、を想像して、独り言ちる。
『そうね。それがたとえ、幸せに生きてきた物語の終わりだとしても。
 遺される側は、幸せを分かち合ってきた半身を喪ってしまうのだもの。』
 もし、自身が生まれてから旅に出るまで、共に育った|兄さん《カロン》を喪ったら。
 そんな想像が近しいのかもしれない。
『だからこそ、今、一緒にいられる時間をたんまり楽しめばいいと思うの。』
 ーー舌を噛むから、おしゃべりはここまで。
 シートベルトはいい?しっかり掴まっていなさいよ!
 ベティは眉を吊り上げて笑い。アクセルをベタ踏みした…ーー!!

『儂の配下も不甲斐ないものだ。これでは八百八狸の名も落ちようというものよ。』
 アナスタシアとテラコッタとの戦いを督戦し、配下たちがちぎっては投げられる様に嘆息していた刑部だが。
『うむ?……何dぉぉぁぁぁ!?』
 刑部が異変に気付いたと同時に、悲鳴を残して彼方へと飛んで行く。
 音を置き去りにするレベルまで全力魔法で強化したベティの赤いバブルカーが、フルアクセルとともに肥え太った体に減り込み、砂煙と共に跳ね飛ばしたのだ。
 そして、岩に激突して漸く止まった狸めに、助手席から飛び出したライムが、ピタリと【インフィニット・セイバー】を突き付け、勇ましく叫ぶ。
『あなたは神様を怒らせてしまったようです。神罰を受けなくてはいけません!』
【|狂想騎士《ネメシス》】により、【神様の騎士】と化したのだ。
『何が、なーにーが、神だ!何が神罰だ!神は何も救わぬ!世界を生んだら生みっぱなしの|獣《ケダモノ》ぞ!沈黙するばかりで、何もせぬ怠け者ぞ!』
 神を罵倒し、此度変ずるは十二神将が1人、珊底羅大将。宝剣を以て、ライムと一合、二合、幾度とも無く火花を散らして斬り結ぶ。
『しかし、私には語りかけてくださいます!
 そして何より…鴉天狗さんに、立ち上がる力を与えてくださいました!』
 不意を突いて放たれる、兄から託されたペイントボムが、神将の顔をライム色に染め上げて。
『め、目潰しとは、貴様ッ、姑息な…ッ、ぬぐわァッ!?』
 視界を失い、闇雲に振るわれた宝剣を掻い潜り。
 神の騎士の刃が、銀の孤月の軌跡を描き。神仏を冒涜する妖狸を斬り伏せる。
『あなたのような邪悪に負けてはならない……と、神様は言っています!』

 しかし、腐っても狸の長というべきか。
 変化が解けてもなお、ふらつき、よろめきながらも立ち上がる。
 苦し紛れの炎が口から吐き出されようとした、その時。

ーー|私《わたくし》は影、|私《わたくし》は牙。

 自身を対象とした攻撃に対して、先制攻撃を行う事ができる√能力がある。
 アナスタシアの【|海底からの手招き《オルキヌスドミナント》】も、その一つだ。
 クラシカルなメイド服の下、すらりと伸びた太腿のホルダーから、無骨なハチェットナイフを抜き放ち。
ーーそれでなくとも、私は奪う側のヒトだもの…!
 狸の懐に転移した|暗殺者《メイド》が突き出した刃が、
 今にも火を吐き出さんと口いっぱいに火を溜めた古妖、『隠神刑部』の喉元に、滑らかに、するりと吸い込まれていく。
『……グェ!?…ァ、ァ"…!?が、ぐゥ……ァ"ァ"ァ"……』
 ヒトの死を|嘲笑《わら》い、鴉天狗を唆した古狸は。
 喉を潰され、自慢の武器である言葉すらも発する事が出来ず。
 自らが放とうとした炎に身を焼かれ、燃え尽きるという末路を辿った。
 ーーこれにて、鴉天狗様のご依頼、|完遂《コンプリート》に御座います。
 冥途の使者の、|一礼《カーテシー》とともに。

●エピローグ
 ーー信じてはおりましたが。よくぞ、ご無事でお戻りくださいました。
 鴉天狗は眦に涙を浮かべ、隠神刑部の討伐を果たした√能力者たちを出迎えた。
 食卓には、お茶と、ひまわりの種と、黄色くふわふわのカステーラ。
 ーーこの人のものの出来栄えは、どうかしら。
 新たに架けられた遺影の中。
 白鷺の様な髪の女性が、皆に微笑んだ気がした。
 ーー彼女の時が止まっても。彼の時が進んでも。
 2人の間で変わらないもの、2人の間に育まれるものは、きっとあるのだ。

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挿絵イラスト