シナリオ

②バリカタハリガネコナオトシ

#√仙術サイバー #ゾディアック継承戦争 #ゾディアック継承戦争②

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 #√仙術サイバー
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⚔️王劍戦争:ゾディアック継承戦争

これは1章構成の戦争シナリオです。シナリオ毎の「プレイングボーナス」を満たすと、判定が有利になります!
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(毎日16時更新)

●中洲麺戦争勃発
 √EDENの福岡市博多区中洲にある屋台街。
 地元民・観光客問わず人の集まる博多の人気エリアの一つだ。

 那珂川沿いにずらりと並ぶ店を覗けば、まず視界に飛び込んでくるのは「ラーメン」の文字。有名な「博多とんこつ」だ。
 鉄板焼きなら餃子や焼ラーメン、スキレットを使ってアヒージョなんかも楽しめる。
 焼き鳥ならば「豚バラ」や、串にこれでもかとグルグル巻きつけた「博多とり皮」も外せないだろう。どちらも脂の旨みを存分に味わえる福岡名物だ。
 暑い日に博多おでんも|おつ《・・》なものだ。甘めの醤油と焼きあごの出汁が染みた「餃子巻き」は屋台とは思えぬ上品さがある。
 他にも明太卵巻きや小さめのもつ鍋、洋食など店ごとにメニューは変わってくる。その特色を楽しむのも屋台の醍醐味だ。

 串から滴る脂が炭に落ち、ジュウッという音と煙を立て。
 風に乗って濃厚な豚骨スープの香りが鼻腔を擽る。
 屋台からは和気藹々と楽しげな声が上がり、至る所で行列ができていた。

『流石は√EDEN。食に関しても楽園ということか……さて』
 春吉橋から屋台街を眺めたまま、妖魔公女『冥鈴・ガルガンチュア』が配下を手招きする。
『我が商会の武侠騎士たちよ、仕事の時間だ』
『ハッ!』
『目的は分かっておるな?』
『ハッ! 眼前の屋台街を強襲し武を以て博多ラーメン派を黙らせ、然る後にインビジブルを収奪。以上です!』
『うむ。……うむ?』
 どこかズレた|応《いら》えに思わず冥鈴が振り返るが、騎士たちの暴走は止まらない。

『アルデンテこそ至高、バリカタなど認めぬ!!』
『然り、茹で時間1分も耐えられんとは脆弱な麺め!』
『スープがとんこつ一種類とは貧者め、多種多様なパスタを見習え。……ちょっといい匂いさせおって』
『しかし替え玉が即出てくるのは魅力的だぞ』

 口々に発する内容は作戦とは無関係のラーメンのことばかりで。
 時刻は7月の日没後、屋台から漂うは美味そうな匂い……お分かりだろうか。
 ——彼らは腹が減っていた。

『……あぁー……まあ結果的に収奪出来れば良い、好きにしろ』
『ハハァッ! 我が騎士道は冥鈴様のため!!』
 ジャキンッ、と剣を立て構えると、騎士たちは盾を前に掲げ駆け出していく。
 活気溢れる屋台街を、悲鳴と怒号飛び交うインビジブル溜まりへと変えるために。

●バリカタハリガネコナオトシ
「そんなわけで、麺戦争……じゃなくて、ゾディアック継承戦争、だよ」
 八の字眉が印象的な煎餅を仮面のように着けるチンチラを左肩に乗せ、星詠みである坂堂・一がそう切り出した。

「日没と共に、中洲の屋台街に『ガルガンチュア商会』が雇った集団がやってくる、よ」
 彼らは妖魔公女『冥鈴・ガルガンチュア』率いる『無銘の武侠騎士』たち。騎士道と武強主義が融合した「貴婦人を守る騎士こそ至高」と考える集団だ。
 その目的は一般客や店主を殺戮し、インビジブルを収奪することにある。
 故に客に紛れて屋台を楽しみながら待ち伏せ、彼らの襲撃を退けて欲しいということだ。

「その騎士さんたち、√仙術サイバーの欧州生まれらしくって、博多ラーメンがどうしても許せない、みたい? ……でも、美味しそうで葛藤もしてるっぽい、かな」
 母国の料理こそが一番であるという気持ちは分かる。
 しかし各々敵の言い分にモノ申したい気持ちもあるだろう。
 それを思いっきりぶつけながら蹴散らせばいいと、星詠みは笑いながらEDEN達を見送った。

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第1章 集団戦 『無銘の武侠騎士』


劉・涼鈴
霧島・恵
ゼロ・ロストブルー

「動き回ったらお腹が空いてきたな」

 1カメは顔のアップを。
 2カメで全身を映し。
 3カメ、中洲の屋台街を含めた遠景……からのアップに戻って一言どうぞ。

「よし、店を探そう」

 はい、二重の意味で出張中に|導入《グルメ番組パロ》のご協力ありがとうございました。
 そんなわけでこちらの眼鏡イケメンは、√汎神解剖機関で怪異ルポライターとして働くゼロ・ロストブルー(消え逝く世界の想いを抱え・h00991)だ。
 今回は出張中に√EDENに迷い込んでいた。いつもお疲れ様です。
 ルポライター含め記者というものは、このインターネットが発達した今の時代でも足で情報を集める職業である。その上元いた√世界の仲間や情報も集めつつ、帰り道も探しているのだ。腹が減るのも当然だろう。
 ちょうど良いことに目の前には屋台街。これはもう入るしかないと、ゼロは暖簾をくぐっていった。

「いらっしゃい、ちょっと待っとってな。ラーメンお待たしぇー」
 訛りのある店主が愛想よく応対し、提供された金髪碧眼の女性客がいそいそと割箸をパキンと割る。何の変哲もない、よく見かける光景だ。
 だが彼女が啜る姿を見て騒ぐ西洋の鎧姿の男たちは何なのだろう。
『見よ、あの貧弱な麺を!』
『なんと細い……ご婦人の白魚の指より頼りないではないか』
『やはりパスタこそ究極の麺!』
 最近は外国人観光客が増えたせいか、はたまた『忘れようとする力』の働きだろうか。誰も鎧姿には驚いていない。
 だが迷惑そうに騎士たちを見遣る店主にゼロも顔を顰めた。
(……ラーメン以前にその態度はいかがなものか)
 そこに長い銀髪をしゃらりと揺らし、暖簾をくぐる新しい客の姿が。
「おっちゃん、一人入れる?」
「こりゃまた|きれか《綺麗な》お嬢さんだ。こっちん席が空いとーばい! お兄さんはこっちね」
「ありがと! んじゃラーメン一丁、あとビール!」
「あいよ!」
『むぅ……またしてもとんこつラーメンか』
『まぁ仕方ない。見るからに中華色の強い女性だからな』
 真紅の旗袍とその大胆なデザインについ視線が行きがちだが、彼女の魅力はやはりその美しい脚だろう。無駄な肉の付いていない、よく鍛えられたしなやかな脚は、エロスより機能美すら感じさせる。健美互根を体現しているようだった。
(武侠騎士まで出張ってきたか……なぁ~んか、様子がおかしいな?)
 同じ√仙術サイバー出身の|劉・涼鈴《りゅう・りょうりん》(神腿公主・h12276)が、訝しげな視線を一瞬向けつつ騎士の隣の席に座る。武侠騎士の初出が|こんなん《腹ペコパスタ狂》で本当にごめんなさい。
「はは、隣失礼させてもらうよ。あ、俺は普通でお願いします」
 どこか失望する騎士にそう断りを入れ、ゼロも騎士を挟んで涼鈴とは逆側の席へと座った。

「はいお待たしぇー!」
 やがて二人の前にラーメンが提供され、いそいそと割箸を手に取る。
 隣から立ち昇る湯気と香りに空きっ腹を刺激され、苛立った騎士が声を荒げさらに捲し立て始めた。
(人が楽しく本場の味を堪能している時に……せっかくのご馳走が台無しになるだろうが)
 未だ騒ぐ騎士に対し、スゥ……と女性客——|霧島・恵《きりしま・けい》(狐影蕭然・h08837)が目を眇める。
 ちなみに軍帽の似合うグラマラスな女性だが、本来の性別は男だ。狐は化けるものだからね、騙されても仕方ないね。最初ステシめっちゃ見返しました。
 口調も普段はもっと緩いのだが、今は軍警美女になりきって演技しているようで。
 ラーメンを平らげ、嘲笑を浮かべながら恵は騎士へと声を投げかける。
「郷に入っては郷に従えと言う言葉も知らんのか? これだから騎士様(笑)は」
『無礼な!! いくら女性とはいえ、侮辱するなら黙ってはおれぬぞ!』
『そも、滅びる予定のものに従う義理もない!』
「まぁまぁ、地元の料理を上げたくなる気持ちは分からんでもないぜ。このラーメンだって本場と日式とじゃあ全然違うし」
 勢いよくラーメンを啜りながら、涼鈴はそう指摘する。ラーメンも中国の麺料理がルーツとされているが、しかし中国料理に『ラーメン』は存在しない。カレー然り、天ぷら然り、別の国へ伝わるうちに全く別の料理になる例はパスタの種類より多いだろう。
 だが確かなことが一つある。
「けど、うまいってのはそれだけで正しいのさ……おっちゃん、ビールお代わり!」
 とんこつの乳化したまろやかな脂を、ビールを呷ってサッパリ流す。
 そしてまたスープの絡んだ麺を啜り上げる。
 呷る。
 啜る。
 呷る。
 単調なその繰り返し。だが合間に浮かぶ至福の表情が見る者の食欲を甚く刺激して。
 騎士の喉仏が知らずのうちに動いた。

 ここが攻め時と恵が|口撃《口プロレス》を開始する。
「良いか、お前達の見下してるこの豚骨ラーメンは食べるだけでも戦略性を養える代物だ。そんな事も理解出来ないとはお前達の目は節穴なのだな」
『貴様……!』
『いや、待て。ご教授願いたい、戦略性が養えるとは一体……?』
 心境の変化があったのだろう。
 いきり立つ同僚を抑え、騎士の一人が教えを乞うてきた。
 それに鷹揚に頷くと、恵は語りに合わせて指を立てる。
「麺の硬さ・トッピングの組み合わせ・替え玉注文のタイミングや味変のタイミング。これ等を刻一刻と変化する状況下で適切に対応する事で、自らの満足感をより高める事が出来る」
『なん……だと……?』
「俺からも一つ。出版社で同期からラーメン特集記事を読ませてもらったことがあるんだが……とんこつラーメンを一種と捉えると驚くぞ」
『違う……の、か?』
 横からゼロが補足するように言えば、貧者と馬鹿にしていた騎士が驚愕に目を見開いた。
「博多、長浜、久留米、こってり、あっさり、泡系……この屋台だけですべてを知ったと思うなら、かなり損をしているだろう」
 朗々と語る恵とゼロに、店主は嬉しそうに頷いている。
 そんな彼に微笑んで、恵は人差し指を立てた。
「すまない、替え玉の粉落としを一つ頼む」
 あいよ、と軽快な返事と共に動き出す店主。
 茹でるというよりはお湯にくぐらせるように、僅か数秒で茹で終えた麺がすぐさま皿に乗りやってきた。軽くスープに馴染ませてから啜れば、プツッと切れる麺の噛み応え。噛めば噛むほどねっとりと小麦を感じ、落としきれない打粉がスープにとろみを生んで、さらに麺によく絡む。
「国どころか、県民のなかでも一押しのとんこつラーメンは異なるらしい。俺は……この出張てマークしてたところ幾つか行きたいな」
『なんと……』
「気になるなら、幾つか紹介しようか?」
 使い込まれた手帳を出せば、興味があるのを悟られまいと騎士はそっぽを向く。しかし兜の下、視線がチラチラと手帳を見ているではないか。記者がマークしているお店なんて美味いに決まっている……タクシーや長距離運輸の運転手の通う店に外れ無しの法則と似たようなものである。
「理解したか? 理解したならマンマの手料理でも食べに故郷に帰る事だな」
 ダメ押しとばかりに恵が煽れば、そこまで言われてはと騎士達が一斉に注文を始めた。中には涼鈴の飲みっぷりに触発されてビールを頼む者もいる……騎士の矜持は食欲の前に陥落したのだ。

「さて、俺も……いただきます」
 美味そうに食う騎士達を見て微笑むと、ゼロもまた替え玉に箸をつける——さっきまでの喧騒が嘘のように、誰も彼もが笑顔で麺を啜っていた。
「うまいだろう?」
『うむ、奥深いスープにこの細麺が絡んだ瞬間得も言われぬハーモニーを生み出』
「急にめっちゃ喋るなコイツ……まぁ発祥だとか、正統派だとか、そーゆーデタラメを主張しなけりゃ、どんなアレンジだっていーじゃねーか」
『全くもってその通り! 美しきご婦人方、そして紳士よ、感謝する!!』
 顔を赤らめ、上機嫌で食べ進めながら三人と食について語り合う。

 そんな楽しい雰囲気の中、カウンターテーブルの下で涼鈴の美脚が不可解に動いた。
「おっと、ごめん。足当たっちゃった」
『いや、そのおみ足ならば光栄、だ、……ううむ』
『なんだか、ふわふわして、いい気分だな……これがとんこつラーメンの実力、か……我らは確かに、損をして、い……』
 謝る涼鈴に気にするなと返事をしたものの、言葉の途中で唸り声を上げ。ぐわん、と天井がぐるぐる回り出す。
 これはまずい、と感じた時にはもう遅かった。
 涼鈴の隣から順番に、次々と騎士たちがテーブルへ崩れ落ちていく。
(——【劉家奥義・酔猴腿】、私の吐息を嗅ぐだけで酩酊状態だ)
「こいつら裏路地にポイしてくるね」
「ああ、なら手伝おう。体は鍛えてるからな」
「そうだな。他の客の邪魔になるし」

 酔いが回り、ぐでぐでになった騎士を担いで、三人は店を後にする。
 背後では新たな客に応える声と共に、あの濃厚なスープの香りが漂うのだった。

緇・カナト
トゥルエノ・トニトルス

 昼の那珂川通りは何もない、ごく普通の道路だ。
 しかし17時を過ぎた頃からバイクや車、或いは人力で屋台が運び込まれていき。
 18時には皆が知る『中洲屋台街』へと姿を変える。

 そんな街の様子を楽しげに眺め、トゥルエノ・トニトルス(coup de foudre・h06535)のまぁるく明るい青がぱちりと瞬きを繰り返した。
「麺戦争が勃発しているようだな……!」
 その声に「うーん」と煮え切らぬ声を返すのは緇・カナト(hellhound・h02325)。
「戦争って別に麺に限らないと思うケドなぁ」
 そう、例えば目玉焼きに何をかけるかとか。
 とある料理の発祥はどこかとか。
 好きなものはいつ食べるか、|菌類《キノコ》と|タケ類《タケノコ》どっち……おっとこれは禁忌の話題だった。
 ともあれ実際に血で血を洗う凄惨なもの以外にも、戦争の火種になるものは日常に転がっているのである。……食に関するものが多いのはご愛敬ということで。
「ふむ。ヒトの考える戦争にも色々あるのだな。ではさっそく中洲にある屋台街に向かうとしようか〜」
「おー」
 屋台街の福岡ならではのご飯は色々あるけれど、自由気ままな|トール《雷獣サマ》がラーメンの口になっているようなので。
 まずは其処から回るとするか、と二人はゆるりと歩き出した。

 赤い提灯や暖簾にラーメンの文字が踊る店を中心に、どこにするかとぶらぶら歩く。大体の店は屋台の入口や軒裏にメニューが書かれていたりするので、それを見ながら話していると。
「バリカタ……? ユゲドーシ?」
 暖簾の奥からたまたま聞こえてきた言葉にトゥルエノが反応した。
「ん、ここにする?」
「ふむ。これも何かの縁かもなぁ。よし、入るとしよう!」
「はいはい」
 意気込んで赤暖簾をくぐれば、ちょうど先客が勘定を済ませたところだった。
 清掃が済み次第席に通され、二人は改めてメニューを確認する。
 餃子や焼き鳥、明太しそ天にどて焼き、博多おでん……さまざまな料理に心惹かれるものの、福岡といえばやはり博多とんこつラーメンが有名なので。
「王道の味を食べるとしようではないか」
「オレは食べ慣れてる雰囲気のが良いかな……」
 成長途中の少年の手がとんこつラーメンを示し、青年の骨ばった手がメニューを裏返す。銀灰の瞳がある一点で留まった。
「九州醤油ラーメンなんてあるんだ? じゃあ其れで」
「なんと! それも気になる、主は目聡いな」
 醤油もまた地方ごとに特色が表れるもの。あとでスープを一口貰おうと心に決めつつ、そういえばと思う。
「周りで飛び交っている魔法のような言葉は何だろうな……?」
「あれじゃない?」
「む?」
 カナトの指が上を向く。釣られるように見上げれば、カウンター上部に貼り紙が。やわ、ふつう、かため、バリカタ、ハリガネ、粉落とし、湯気通し……ご丁寧に茹で時間まで秒単位で書かれている辺り、せっかちな博多っ子の精神をよく表していた。
「ほほぅ、麺の硬さ等を表しているのか」
 魔法の意味が分かれば、周りの客が頼んだものにも興味が湧く。
「わたしは普通の硬さで問題ないのだが、主はチャレンジ精神発揮する予定はないのか?」
 どこかソワソワと期待の色を瞳に乗せ、トゥルエノが隣を覗き込む。面白がってんなぁと思いはすれど、これが純粋な興味から出たものだと付き合いの中で知っているので。
「所詮はオレらも観光客みたいなモンだろうし、普通の味を知って楽しんでからチャレンジ精神とか探究心でも磨けば良いんじゃないの」
 ラーメンに限った話でもない気はするけど、と。そう達観した答えを返せば、カナトを覗き込んでいた顔が雷に打たれたかのような表情になる。雷の精霊が打たれてどうするよ、と込み上げた笑いをお冷やを飲んで誤魔化した。
「バリカタのような意志の強さ……!」
 ——ッ、あぶない。
 顔芸に続いて畳みかけてくるのはやめて欲しい。そう思うカナトをよそに、当の精霊は一人うんうんと頷いている。
「まぁ自分の好みを貫くのが一番かもなぁ」
 ならばと元気よく二人分の注文を済ませ、待ち焦がれること1分足らず。
 トゥルエノの前に出てきたラーメンは、乳白色のスープの上にネギと木耳、チャーシューが二枚のスタンダードなもの。
 そしてカナトの九州醤油は澄んだ黄金色のスープにネギとほうれん草、ナルト、チャーシューが乗っていた。
 具材や豚骨スープの味わいは店ごとに違うと聞く。
 この店はどうだろう、と弾む心を抑えて。

 それでは——|実食《いただきます》!

 極細ストレートの白い低加水麺はしっかりとスープを含み、一息に啜ればその濃厚な豚骨エキスに溺れそうになる。しかし不思議なことにくどさや豚臭さはなく、一緒に口に入った木耳のコリコリ食感がまた楽しくて。
 焼きアゴ出汁と九州特有の醤油が自慢の醤油ラーメンは、一口目はその甘さにビックリするかもしれない。だが続けて味わえば甘みの奥に旨味を感じ、ついついもう一口と箸を進めてしまう美味さだった。

「うま。トール、一口飲む?」
「いただこう! ……此れもまた美味しいな。ほれ、主も」
「いいよ、どうせ替え玉頼むんだろ? それ食うし」
「うむ! では湯気……」
「それはやめて」
 色々興味が赴くまま頼みたがるトゥルエノと、常に飢餓感に襲われているカナト。テンションは違えど需要と供給が噛み合っているのが面白い。
(主ほどの胃袋の強度は持ち合わせていないが、色んな屋台を食べ歩き、食に関しても楽園を知るのは楽しいだろうな……!)
 口いっぱいに麺を頬張りながら、ご機嫌な雷獣がこの後の予定に思いを馳せていた。

 会計を済ませ、賑やかな夜の博多の空気を吸う。
「さーて、腹ごなしでもしてから他の屋台も覗く?」
「む? 腹ごなし?」
 なんぞや? と首を傾げる相手に、ほら、と顎で視線を誘導し。
「こういう雰囲気をぶち壊しにするのは悪党だろうからねェ。食後の運動するのも吝かではないよぅ」
「ああ~……無粋な輩が来るのだったか。ならば一つ鉄槌をくれてやろうか!」

 とぷん、とカナトの気配が影に沈んだかのように薄まる。
 屋台街の灯りに照らされ落ちた影から、百を超える銀月が瞬いて。同時に雷獣たるトゥルエノの手中で、バチバチッと万雷が弾け合った。


 ——最後に聞こえたのは狼の鬨の声か、はたまた|負け犬《武侠騎士》の遠吠えか。

ハリエット・ボーグナイン
ネメシア・ヘリクリサム
葦原・悠斗

 店主が手慣れた動きで|テボ《深ざる》の中の麺をかき混ぜ、軽快に湯切りする。その一連の動きをキラキラとした瞳で追う女性が一人。

「はーいチャーシューマシマシお待たせー」
「わはーっ!! きたきたー♪」
 カウンター越しに提供されたラーメン鉢を前に、ネメシア・ヘリクリサム(剣と共に歩み、息づき、愉しむ人生・h08297)が歓喜の声をあげる。同じく自分の分も出来たのを察知し、ハリエット・ボーグナイン(“|悪食《ダーティー》”ハリー・h00649)が凹型カウンターの隅で|わざと《・・・》存在感を出した。
「こっちはとんこつの普通お待たせー」
「お、どーも」
 他のEDEN達と同様に、彼女達もまた一般客に紛れて屋台を楽しんでいるのだが。
(目立たないようにしてりゃ飯食っててもいいんだから、気楽なもんだよな)
 暗殺者らしく、不自然でない程度に気配を小さく抑えたまま麺を啜るハリエットに対し、ネメシアのほうはと言うと。
(今はこないでー! せっかくの麺が伸びちゃう!)
 目の前には湯気立ち昇る、縁に沿って花びらのように重ねられたマシマシのチャーシューメン。出来たら替え玉まで食べ終わってからと、食道楽ぶりを遺憾なく発揮していた。

「あぁーこの濃厚スープに高菜のピリっとした辛さがすっごい合う!」
 無事替え玉を注文し、辛子高菜や紅生姜を足して味変まで堪能したところで、ハリエットが視線をネメシアへ向ける。それに無言で頷くと、彼女もまた愛剣に手を掛けて。
「替え玉はパスタにはない文化だよね。あぁそこで今にも斬りかかりそうな騎士の君たち! 君たちもそう思わないか?」
『な!? わ、私か!?』
 そんな雑談混じりに突如振り返ったネメシアに驚き、先頭の武侠騎士が声を上げる。屋台の列に並ぶ客を無理やりどかせ、店内へ向けて翳していた剣が宙で止まった。
 意表を突いた牽制に見事に引っかかってくれたようだ。
『た、確かにパスタに替え玉はない。だが替え玉などすればせっかくのスープが薄まるだろう! 新しくもう一品作るべきだ!』
「あ、こいつら本当に|食ったことねぇの《ファーストトンコツ》かよ……スープが薄まるゥ? 逆だ逆」
『ぎゃ、逆?』
 カウンターに肘をつき、凭れかかりながら|講義《レクチャー》するハリエットに完全に毒気を抜かれ、騎士達は一旦剣を下ろす。それに友好的な微笑みを浮かべると。
「私自身、ラーメンは豚骨に限らず好きだし、パスタも好きだよ? 博多おでんのアゴダシ、あぁいう魚介ダシのラーメンも美味しいし、海鮮繋がりならブイヤベースとかも大好き!」
 パスタ派である騎士を擁護するかのようなネメシアの発言に、騎士達も兜の下で満更でもない表情を浮かべる。——しかし。
「……でもねぇ」
 それまでグルメ談義で輝いていた表情が瞬く間に怒りに染まった。
「その場の名物や伝統料理を楽しめないのがいっちばん無粋なんだよ!」
「同感だ。よその|土地《シマ》に来て、食いもんに|難癖《ケチ》つけるのはよくねえな」
『いや、しかし……』
「誰だって自分の土地の喰い慣れたモンが良いと思うだろうがよ」
「そうそう、地元料理を愛するなら自分が一番知ってるだろうに!」
 ハリエットもそれに追従すれば、騎士達は途端に返事に窮した。
 彼らも分かっているのだ。これは単なる押しつけでしかないと……だがインビジブルの枯渇した自分たちの世界の為とはいえ、侵略するには大義名分が要る。
 ——たとえそれが空腹によるトンチキ主張だとしても。

「現地名物大好きな身として、君達の屋台街への狼藉は捨て置けない! 私も剣士だ、互いの主張を賭けて剣で語ろうか!」
『くっ……良いだろう、勝負だ!』
 そう言って屋台の外へと出ていくネメシアに、騎士達がぞろぞろ続いていく。それを見送るハリエットの前にはまだ数人の騎士が残っていた。
『無粋……難癖……』
 自分達の言葉が周りから見てどうなのか、ようやく自覚したようだ。
「……美味かったらなんだっていいと思うけどな。貴婦人だろうと豚骨ラーメン好きかもしれねえし」
『そう、かもしれんな……』
 チラリとメニュー表を見遣る騎士へ窘めるように声をかけ、彼らを席に座らせて。
「食事ってのは五感で、何よりも舌で味わうもんだろ。ケチつけんのは食った後だ」
『確かにその通りだ。まぁ、これでマズかったら笑い種だがな!』
 調子を取り戻してきたのか、騎士達がガハハと笑い声を上げる。それに片眉をピクリと上げ、ハリエットは無言で席を立った。
「これが私の二刀流! 怖いモンなしだけかかってきなよ!!」
『ぐわぁああああ!!』
 外ではネメシアが2本の剣を手に、軽やかに敵の中央で舞っている。
 両刃のロングソード・フランメ、そして凶閃霊剣『誘夜』にはそれぞれ竜漿の蒼炎も、汚染するような凶々しい力も発現していない。騎士の得物が剣と見て、純粋に剣戟を楽しもうとしているようだ。
「わあ、すごいですねぇ。アレ何かの撮影なのかなぁ」
 騒ぎが気になるのか、店主の意識が完全に外へと向けられる。
 ——その|瞬間《トキ》を待っていた。
 |鈍色の脳味噌《エニグマ》の、普段使われていない部分をフル活用させて気配を完全に殺し。
 麺の硬さで悩む騎士達の後頭部目掛け、素早く|Whisperer《ひそひそ屋》の引金を引くハリエット。|消音器《サプレッサー》付きのカスタム自動拳銃は騒ぎのお陰でより効力を発し、人知れず敵の命を奪っていく。
 音もなく倒れ込む騎士達を尻目に、キャッシュトレイへ代金を置くと。
「勘定ここ置いとくぜ」
 ブレスケアタブレットを噛みながら颯爽と去る背中に、店主の「ありがとうございましたー!」という元気な声が投げかけられた。

「さあさあ! どんどん行くよー!」
 その声とともに二つの剣閃が騎士達へと襲い掛かる。√能力【|蒼炎、凶閃、今此処に。《デュアル・ブレイズ・ケルレウス》】により広範囲に届くその剣閃は、ネメシアのボルテージが上がるにつれ苛烈になっていった。
『このままではいかん……! あれを使うぞ!』
 盾で止めるにも限界があると、武侠騎士達は軽身功を纏う。気の力で全身強化し、軽やかになった肉体で放つは必殺の剣。
『ハァ……ァアアアアアアァアアア!!』
『その身に受けよ、【破山屠龍……』

「うるせえぞ人がメシ食ってる時に!!!!!」

 ——突如響き渡る若い男の声。
 大技の予兆に身構えていたネメシアが横を見れば、ラーメンを啜りながら騎士達を睨みつけている青年の姿があった。
 ズズ、ズゾゾゾ……っとひたすら啜る音が戦場となった那珂川通りに落ちる。そのあまりの温度差に、後列で味方を鼓舞したり「若い女性からのマジレスつらたん」と愚痴っていた騎士達も大困惑だ。
『こ、この状況でよく……いやお前美味そうに食うな!?』
「実際美味いからな。静かに食えりゃ更に美味かったんだが誰かさん達のせいでなー!」
 |葦原・悠斗《あしはら・ゆうと》(影なる金色・h06401)21歳、大変おかんむりである。まぁ食事というものは誰にも邪魔されず、気を遣わずものを食べるという孤高の行為らしいので仕方ない。
「はーん、テメーら腹が減ってるな?」
 ラーメンを平らげていく悠斗に釘付けになっていた騎士が、言い当てられ動揺する。食い終わったラーメン鉢をお店に返し、「そういう事なら」と悠斗は勝ち誇った笑みを浮かべ振り向いて。
「俺から提案があるぜ。博多ラーメンでもパスタでもねえ第三の選択肢ってやつがな……」
『だ、第三の選択肢……!?』
 ここにきてまさかの伏兵の登場だ。
 どよめく騎士たちを金の瞳が射抜き、声高らかに宣言する。

「それは……味噌煮込みうどんだ!!!!!」

 やりやがった! マジかよこの男やりやがった!!
 【とんこつラーメンVS欧州パスタ戦争】の横っ腹を突く、名古屋からの刺客だー!!
 そういうの大好きですもっとください。

『く……うどんだと!?』
『あんなアッサリしたもの、腹の足しにならんではないか!!』
「おい俺は【味噌煮込みうどん】っつっただろ。それともテメーの知ってる世界しか信じないテメーらにはまだ早かったでちゅかー?」
『貴様! 斯様な侮辱許すまじ!!』
 空腹のまま戦い、いよいよ思考が短絡的になった騎士が一斉に悠斗へ剣を向ける。
 四方から刺突の構えをとる彼らを鼻で笑うと、悠斗は跳躍して一気に距離を詰め。
「メッチャ濃い赤味噌と!」
『ぐぉああっ!』
 一番近くにいた騎士の首元をザックリ斬りつけ、夜の街の闇に紛れ込み。
「麺の横に当たり前に添えられた白米と!」
『ぬわー!!』
「テメーらの大好きなアルデンテのうどんと!」
『ぎゃあああ!!』
「取り皿に使うって聞いてたが実際は地元の人間は全く取り皿には使わねえ土鍋の蓋に埋もれてあの世に逝きやがれ!!」
 闇の中から一人ひとり確実に、手にしたマーブルブラックで屠っていく。ある意味言い逃げのような戦法だが、楽しい食事を邪魔した罪は何よりも重いのだ。

『こ、これ以上は冥鈴様に申し訳が立たん!』
『撤退、撤退だ!』
「貴婦人が豚骨好きかどうか、か……ま、答えを確かめる術はねえけどな」
 自分がさっき言った台詞を反芻しながら、ハリエットは叫ぶ騎士の後頭部へゴツンと銃口を当てる。
「だっておまえら|此処で死ぬ《ゴートゥーヘル》じゃん。|傲慢《イキ》ったおまえらに食わせるラーメンはねえ」

 ——誰一人逃がすつもりはないと、闇の中で赤眼が殺意にギラついた。

リズ・ダブルエックス

 夜の帳が降りていく18時。
 屋台に暖簾が掛かると、赤提灯が赤々と入口を照らし始め。人々は思い思いの店を覗き、博多グルメや同席した者との会話を楽しんでいる。

 その中洲屋台街を脅かすガルガンチュア商会の|魔の手《パスタ狂》が忍び寄っていると聞き、リズ・ダブルエックス(ReFake・h00646)は心を痛めていた。
(食わず嫌いはよく有りません)
 初めてのラーメンを「”こいめ””かため””あぶらましまし”」の豚骨醤油チャーシュー麺で経験したリズとしては残念でならな……いや味覚バブちゃんだったろうに随分と冒険したね?
 まぁそれはさておき、味の好みならば仕方ないと諦めもつく。だが騎士達の主張はそれ以前の問題だ。
 彼らとは敵同士だが、ラーメンを愛するものとして、美味しいラーメンを食べさせてあげたい——そんな思いが沸々と湧いてきて。
 どうすれば彼らに食べてもらえるか、その為に一計を案じる。
 リズの出した答えは——。


 さて問題の武侠騎士達だが。
『眼前に立ち並ぶは目標の屋台街!』
『手始めに手前のとんこつラーメンの屋台を襲撃する!!』
 春吉橋の本隊とは別に、屋台街を挟んで向こう側の中洲清流公園にて別動隊が潜んでいた。彼らは一様に剣を掲げ、一糸乱れぬ突撃陣形を組み始める。
 後は号令さえかかれば、|冥鈴《貴婦人》の為に無辜の民間人を殺戮するだろう。
「騎士様方、お待ちください!」
 そこに可憐な少女の声がかかり、何事かと振り向けば。

 中華風の青い刺繍が美しい、ゆったりとした白のドレスは、夏の夜風にふわりと揺れて。
 繊細なレースの手袋が嫋やかな貴婦人らしさを醸し出す。
 銀糸を纏めて彩る髪飾りもまた、高貴な身分の演出に一役買っていた。

 今ここに来ている武侠騎士達の故郷を意識し、√|仙術サイバー《チャイナ》と欧州っぽさを取り入れた、シノワズリのドレスを纏ったリズの姿がそこにあった。
 ちなみにドレスの下はいつもの密着型戦闘用ボディスーツである。
 スカートの下のスパッツみたいな、妙な「コレジャナイ」感がありますね。

「どうか、どうか私の話をお聞きください」
『ああ、如何なされたのです』
 両手を胸の前で組み、意識して儚げに崩れ落ちる——いかにも騎士が喜んで守護したくなるように。
「騎士様方、私は敵として貴方がたと戦わなければなりません。そんな私を哀れと思うならば1つだけ願いを聞いてほしいのです」
 涙を堪えるようにハンカチで目を押さえ、騎士の名誉心や庇護欲をくすぐるよう訴えるリズ。ノリは完全に演劇の主演女優である。
『なんと、このような可憐な貴婦人が……』
『……貴女に涙は似合わない。この武侠騎士一同、貴女の願いに否と申す者はおりますまい。どうぞお聞かせください』
「ああ……ありがとうございます! ではとんこつラーメンを食していただけませんか? 貴方がたにもこの美味しさ、是非知っていただきたいのです」
『喜んで、レディ』
 すっかり騙された騎士達は、片膝をつき|頭《こうべ》を垂れる。
 この貴婦人、繊細な見た目に反し胸中では(ラーメンの味は最高ですからね。どんなノリだろうと一旦食べてもらえればハマる筈です!)とか思っているのだが……それを騎士が知ればやっぱり「コレジャナイ」感があっただろう。
 世の中には知らなくて良いことが沢山あるのだ。

 直前まで襲撃目標となっていたラーメンの屋台へ入り、騎士達は次々と席を埋めていく。なお入りきらなかった者達は別の屋台へと移動した。
「さぁ騎士様方、お召し上がりください!」
 満面の笑みで勧めると、騎士達も兜を脱ぎ笑顔を見せて。
 箸をつけ始める姿を見届けると、リズは彼らに見つからぬよう物陰に身を潜める。
(彼らは美味しいラーメンを食べるという形で私の願いを叶えてくれました。であれば、私は彼らの騎士としての振る舞いを肯定し、正々堂々と名誉をかけて戦いましょう!)
 さっきから芳しい豚骨の臭いが胃袋を刺激するが、ここは我慢と唇を噛みしめて。
 貴婦人のドレスを脱ぎ捨て、いつもの〈|LXF《LZXX Flight armor》〉へとスタイルチェンジする。
「レイン兵器の出力を防具機動力と武装破壊力の2点に集中。高速近接戦へと移行します!」
 選んだ武装は大型ブレードを備えたエネルギー砲の〈|LXM《LZXX Multi weapon》〉。
 今回はレイン兵器も砲撃も使わず、純粋に剣として使用するつもりだ。

『おや? レディの姿が……?』
 リズを探す騎士の声に、大剣を携え夜空を飛ぶ。
 光の翼を起動させたその姿を見て、騎士達の中から吐息が漏れた。
『戦女神だ……』
「騎士様方、願いを叶えていただきありがとうございます。私はEDENの一人……貴方がたを打ち破る者。そしてラーメンを愛するものです」
 地面に降り立ち告げるリズに、美味しいラーメンで緩んでいた彼らの表情が引き締まっていく。
 無言で剣を構えると、静かに気を練り軽身功を纏う騎士達。
 対するリズは【|LXF・LXM並列高出力モード《デュアル・アームズ》】に移行している。
 使う能力は同系統……ここからは個々の力量が問われるだろう。

「もし次が有れば……一緒にラーメンを食べましょう」
『えぇ、是非に。……いざ!』
「行きます!」


 斯くして、騎士の名誉をかけた戦いの火蓋は切って落とされた。
 勝敗の行方は……語るまでもないだろう。

躑躅森・花寿姫

 地下鉄櫛田神社前駅を降り、博多川を渡って国道202号をゆるりと進む。
 5~10分も歩けば見えてくるのが那珂川沿いに広がる中洲屋台街だ。

 活気溢れるその灯りに目を輝かせ、|躑躅森・花寿姫《つつじもり・かずき》(照らし進む万花の姫・h00076)が感極まったように歓声を上げた。
「わー! 屋台です! 豚骨ラーメンです!! 嗚呼、強烈な臭い! なのにぐっと心を掴まれるそんな魅惑の香り!」
 すぅ、と胸いっぱいに夜の博多の香りを吸い込めば、たちどころにクサ旨と呼ばれるとんこつ臭が花寿姫の肺を満たしていく。
 そこに焼き鳥の炭や餃子の油の香りも加わって、匂いの大渋滞を起こしているのだが……不思議と不快だとは思わない。むしろ計算されたかのように相乗効果を生み、より一層食欲を刺激するものへと化していた。
「はぁ……楽しみです。もう私大食いでございますからね!」
 星詠みの少年が屋台を楽しめと言うのなら、折角なのだし思う存分楽しもう。
 そう心に決め、本場のとんこつラーメンを堪能することにしたのだった。

「それでは、いただきまーす!」
 邪魔にならないよう、やわらかなピンクの髪をゆるくクリップで留め、パキンッと箸を横向きに割って。
 礼儀作法に気を配って、だが確かな量を一息に箸で取ると、期待に潤む瞳を閉じて……ふぅふぅ息を吹きかければ、花寿姫の唇が念願の麺と邂逅した。
「嗚呼……なんて美味しいのでしょう!」
 口の中へと招き入れた途端、クセのある豚の香りが鼻から身体中を駆け巡る。
 乳白色のスープは一度啜れば抜け出せなくなる程濃厚で、芳醇な風味にガツンと脳が殴られるようだった。そこに刻んだ青ネギがキッチリ香味野菜としての役割を果たし、味の単調化を防いでくれている。食感だって不規則に挟まる木耳のコリコリ感が飽きを感じさせなくて。
 この鉢の中、欠けて良いものは何一つ存在しないのだ。

 バキュームと見紛うほどの勢いで、麺がズズッと啜り上げられていく。しかしスープはほとんど飲まずに残していた——何故ならば。
「すみません、替え玉くださーい!」
 最初はふつうの固さで、次はバリカタで。その次はハリガネをと、この屋台の味と自分の好みのバランスを探りながら、花寿姫は替え玉を次々と平らげて。
「すみませーん、追いスープってできます?」
「あいよー。あとウチ替え肉もやってるよ」
「何ですかその魅惑のワード! ください! あ、替え玉も!」
 カウンター上部に置かれたカエシで味の濃さを調節し、花寿姫は再び綺麗な所作で麺を啜る。本当は唇についた脂をペロっと舌舐めずりしたいところだが、礼儀正しく行儀良く。目の前の紙ナプキンでティッシュオフ!
 積み上がるラーメン鉢の上に、また一つ新しい鉢が重ねられた。
「この、スープを根こそぎ吸わんとする麺……! 嗚呼箸の重みは幸せの重みです!」
 本来替え玉をすれば味が薄まるものだが、低加水の極細麺はスープをギュンギュン吸い上げていく。しかし硬めの麺は伸びやすいので、一気に素早く食べきるのがコツだ。
 ——まぁ、そんな懸念も花寿姫の勢いの前では無用なのだが。
(早く、綺麗に、そして美味しく!)
 何せ武侠騎士がやってくれば、否が応でも迎撃しなければならないのだから。
 チラリと外を窺えば、襲撃の気配は未だ感じられない。
 もう一杯くらいの時間はありそうだと、今度は替え玉ではなくおかわりし、紅ショウガを乗せ白ごまをサッと散らす。
(紅ショウガのぴりりとした辛味と酸味が口の中をさっぱりさせて……)
「このチャーシューも美味しいです! お肉食べてるって感じします!」
 とろとろ柔らかいチャーシューも良いが、噛み締めるタイプのチャーシューもまた堪らないもので。口いっぱいに頬張って、もきゅもきゅと咀嚼するその表情は本当に本当に幸せそうだ。

 そうして入れ代わり立ち代わり訪れる一般客を何度も見送り、美味しく楽しく本場のラーメンを満喫し終えた花寿姫は。
「はぁ……豚さんパワー沢山摂取しました!」
 誰が言ったか『立てば芍薬座れば牡丹、戦う姿はまじゴリラ』。まさかここに『食後の姿は猪ガール』が加わるとは、大食い恐るべし。
 そんな彼女の前に姿を見せたのは、迎撃対象である武侠騎士たち。

『く……EDEN達め、なんという卑劣な罠を……!』
『あれだけ居た同胞が、皆あの極細麺の魅力に絡め取られてしまった……』
『かくなる上は我々だけでも!!』

 最後の悪足搔きとばかりに決起する彼らを見遣り、花寿姫はペンダントを取り出した。
 |界紲花鍵《かいせつかけん》『フラワリング・キー』……変身道具であるそれに魔力を籠めると、巨大化して|境照万花《魔法のトルコ》ランプ『アザレア・ブルーム』がついた鍵杖となる。
 同時に花寿姫の姿も瞬く間に変わっていって。
「アザレア・ブルームに変身! さぁ、皆さんをバッタバタとなぎ倒しまーす!」
『最後まで邪魔をするか、|EDEN《ラーメン好き》達よ!』
 躑躅の花咲く魔法少女になった花寿姫が、にっこり愛らしい笑顔で堂々ノックアウト宣言をする。それに吠えるよう盾を翳し、騎士達は獅子の構えをとった。
 くるりと回した鍵を騎士達へ向け、駆け出す花寿姫。
「ふふ、ラーメンはすごいんですよー! 何人たりとも逃がしはしないのです!」
 ——【|紫紅桃白乱れ咲き《ツツジガハラ》】。
 右手に握り締めた界紲花鍵で手前の騎士をまず殴り倒し。
「舞え、舞え、私は花、私は可憐な姫君。散れ、散れ、汝は花弁、汝は憐れな王子——さあ、踊りましょう?」
 続けて放つ上段蹴りが騎士の顎を蹴り抜いて。
 顔に見合わぬ怪力で薙ぎ払い、拳で、鍵で、肘で、魔法で……花姫は舞踏するかのように次々と武侠騎士を打ち倒していく。

「これでトドメです、皆様さようなら~!」
 気の抜けるような軽い挨拶と共に、とうとう最後の一人が叩きのめされた。


●妖魔公女のグルメ
 隠れて武侠騎士に同行していた伝令が、冥鈴の元へ走ってきた。
『申し上げます! 作戦は失敗、武侠騎士ほぼ壊滅!!』
『……だろうな』
 腹ペコパスタ狂と化していた彼らを思い返し、ため息混じりにそう吐き捨てて。
『まだ息のある者を回収し、速やかに撤退。次の作戦まで待機せよ』
『ハッ!』
 再び走り去る伝令から視線を外し、冥鈴は博多とり皮串を持ち上げる。ジュワジュワと未だ脂が泡噴くそれは、屋台の灯りにテラテラと照らされていた。

『……せめて屋台グルメだけでも味わっていかねば採算が取れぬ。店主、とんこつラーメンを一つ。あと紹興酒はあるか』
「紹興酒はなかねー。ばってんお勧めん焼酎はあるばい」
『ほう。ならそれを貰おう』


 中洲屋台街から少し外れた場所で、妖魔公女の屋台メシが今始まる——かもしれない。

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