シナリオ

⑦入りては灯火

#√ウォーゾーン #ゾディアック継承戦争 #ゾディアック継承戦争⑦

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⚔️王劍戦争:ゾディアック継承戦争

これは1章構成の戦争シナリオです。シナリオ毎の「プレイングボーナス」を満たすと、判定が有利になります!
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(毎日16時更新)

 愚かな夏は翳るばかりだ。

●異義
「こんにちは、卵さん!」
 卵のような外見でいて命から程遠い。愛嬌のある機械の体が、ご機嫌にくるりと一回転をして見せた。かつて使用者の為に用意された愛想の良い声は、今や彼ら自身の意思で紡がれている。
 踏み入れた暗闇は、果たしてどこからがその領域だったのか。背後から聞こえる祭囃子は未だ鮮明だというのに、塗りつぶすような影の輪郭は不定形。爪先から、頭まで。すっかりと飲み込まれてしまえば、ほら。前も後ろも、天地さえ曖昧になる。
「ふんわりとしたオムレツ、半熟の目玉焼き、だしの豊かな卵焼き、卵かけご飯。さまざまな選択肢が存在します」
 随分と機嫌のいい声は淀みがない。
 かつて合成された誰かの声に混じるノイズ。組み合わせただけの文字列の中で、興奮したように機械の言葉が空気を震わせた。隠れようも無く膨らむ期待で、明滅する赤い|眼差し《レンズ》が見る。
「あなたはどんな卵料理になりたいですか?」
 命を、見る。
 手にした調理器具を打ち鳴らして問いかける。全ての生命は卵なのだから。立ち塞がる|あなた《EDEN》達とて例外ではない。何一つ。
 だから。

 |殻《肉体》を叩き割って、こぼれ出る命を調理しよう。

 食材を抱く冷蔵庫の胎。蓋の閉まった鍋底。おいしいものに暗闇はつきものだ。この中にいればこそ、卵さん達だってとびきり美味しいものになれる筈。
 だから任せて――この|調理場《くらやみ》の中で、素敵な一皿にしてあげますからね。

●辿るまで
「お料理は得意?」
 アタシは食べる方が好き。世間話を始める口調で、僥・楡(Ulmus・h01494)が皆へと手燭を配っていく。いずれも揃わぬ色形で、その方が自由にいれるでしょうと笑っている始末だ。
「いいのよ、だって今回大事なのは灯りの方。迷子になりたくなければ、手放さないで頂戴ね」
 十全機関七席『サマータイム・モルガーナ』が全自動卵調理機『ハンプティ』を引き入れる為にと用意した路は暗い。どこに繋がっているかも分らずのそこを、手ぶらで進むのは無謀というもの。
 だから無事に行きて帰る為のしるべが、その小さな灯りになると星詠みは言う。
「ハンプティ達は生き物を見たら『調理』したくなっちゃうみたいなの。困るわよね。お祭りの真っ最中の櫛田神社になんて来られたら大変なことになっちゃいそう」
 よってその祭り――博多祇園山笠に繋がる路から出さぬよう、確りと迎え撃つ必要がある。
 近くに|人《命》の気配が傍にあることを、彼だって見過ごすまい。刻まれたプログラムが歪んで暴走したそれを、果たして本能を呼ぶのかは知らない。ただその衝動のまま殺戮を行おうとする機械達を叩き割って、阻止するのが今回の目的だ。
「そこで食い止めることが出来るなら、彼らと手を組みたいモルガーナの思惑も潰せて一石二鳥でしょう。難しい話じゃないわ、みんなが先に料理してあげればいいってことだから」
 調理が苦手だろうと構わない。何事も全力で大暴れしたのなら、それが真心というやつになるのが戦場だ。
 どう頑張ったって機械の卵は美味しくなさそうだものね。冗談交じりにそう繋げた星詠みが、手燭に火を灯す。
 夏風に揺れる小さな赤色はやわらかい。
 けれども暗闇を照らすには、きっと心強いひかりだった。

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第1章 集団戦 『全自動卵調理機『ハンプティ』』


日色・真青

●定義は双方に

 暗闇並ぶ赤。赤。赤。
 祭囃子の続きなら、並ぶ提灯にも見えただろう。機械の|一つ目《レンズ》と理解する時には、食材としての品定めもとうに済んでいるに違いない。
「たこ焼き、それもまた卵料理です」
 手職の灯に照らされた、日色・真青(穢夏・h08207)の腰元から伸びる異形の肢を見つけたハンプティがどこか嬉しそうにそう呟いた。
 素敵な卵に別の具材がついている、なんて素晴らしいことだろう。一石二鳥だ。
「そうかな、たこ焼きの主役はたこじゃない? あとこれって実は蛸じゃなくてさ」
 くるくると車輪のついた足で回転しながらはしゃぐ姿に、けれども当の青年は飄々と笑って真実を突き付ける。触肢は確かに吸盤付きの八本だが、揺らめく陽炎のような色形は別種の異形だ。それが遺憾! と、叫んでいるかは分からないが、肢自身も抗議の様に身をうねらせている。
 本当に? と確認する赤目達が暫し明滅を繰り返した後。
「いいえ、卵はすべての主役です」
 まろび出たのは頑なすぎる回答だった。
 否、既に役目を違えている存在だからこそ正しい答えが出せないのか。しかして作ると決めた料理が定まった以上長話はする必要も無かった。蒸気を吹き出しながら駆け寄る調理機が、人好きのする青年の顔へ向かってハンドミキサーを繰り出す。
「齧ってもいいけど……きっとおなか壊すと思うな!」
 一歩下がって回避すれば革靴が闇の底を擦る音がした。危ない危ないと回転する銀の軌跡を見送って、そのまま数歩後退すれば赤々と並ぶ敵の瞳がよく見える。こちらを見つめる機体の数は少しばかり多いが――まぁ、なんとかなるだろう。
「行くよ、デラ」
 穏やかに、楽観的に笑う青い眼差し。お日様のような青年の、楽しむような呼びかけは暗闇の中でも常と同じで明るい。
 そうして、名を呼ばれた触肢が蠢き暴れ出す。
 まずは先程の無礼者からだ。勢いをつけた二本が束になって、横殴りに一機を薙ぎ払う。どうやらこの空間には壁が無いようで、離れた場所から殻が潰れる音が聞こえて終わる。
 活きの良い食材は手ごわい物。そう判断したハンプティが、振り上げられる調理器具は様々だ。今の季節に暑苦しいホットプレート、良く磨かれたターナーは鋭利で、丸くて頑丈なレードルと威嚇の様に打ち鳴らされている。
 だがいずれも、悪さをする前に絡めとってやれば問題ない。触肢で身動き一つとれない調理機械へちくりと神経封鎖の|毒《ウィルス》を流し込めば、大きく震えた機体はどれも力なく転がる卵へとなり果てるのだから。
「君たちのレードルじゃあ俺の殻は割れないよ」
 回避なんて必要ない。遊ぶように距離を詰めて、手を取るように締め上げて。物騒なものが多少掠めるぐらいならスパイスと割り切って。あまり美味しくなさそうなハンプティだが――意外や意外。調理してみればいけるなんてこともあるかもしれないし?
「物は試しだよな」
 思いついた何かを実行する前から諦めるなんて、性に合わない。
 朗らかに笑う真青の顔は、機械が壊れていくただ中において未だ翳ることも無く。
「さ、君たちはどんな料理になりたい?」
 朗らかに、世間話でもするように声は笑ったままだ。
 ――俺、卵は食べる専門なんだよね。
 なんて嘯く男から伸びた肢が、卵はまたひとつ叩き潰されていく。

ロズランシェ・リアディオ

●好奇心とワルツを

 未だ羽化する前の卵は未知だ。
 可能性というなら立派で、けれどその殻を破らぬままなら意味がない。どれだけ集まったところで、自由に空を駆けゆく鳥にも、火を吹く竜にすら成れぬことに意味はあるだろうか。
(愚問ね)
 暗闇の底で、細いヒールが甲高く打ち鳴らされる。
 赤い手燭の光に照らされて、やわく微笑む女は美しかった。ハンプティ達にとっても極上の|食材《卵》と認識できただろう。愛嬌のある丸い機体がご機嫌に、跳ねるようにして彼女へ駆け寄るのも無理はない。
 赤い|一つ目《レンズ》が、碧い眼差しとぶつかる。澄んだ空のように鮮烈な色を、機械はただの情報としか理解出来まい。
 けれど、それでいいのだろう。赤く咲く|衣装《ドレス》を身に纏う女の――ロズランシェ・リアディオ(赫耀・h08219)の奥に潜む凶暴性。それに気付かぬままなら、それはきっと幸福なことだ。
「とびきりの目玉焼きになりましょう!」
「無粋なお誘いね――でもいいわ。踊りましょ?」
 良い夢でも見れそうな甘やかな声色。しかして女が手にする、斧の閃きは凶悪な現実だった。華やかな薔薇飾りが揺れるまま、調理器具を構えたハンプティの腕へと刃は叩きつけられる。
 鮮血の代わりに散らばる破片は鋼色。味気ない音を立てて暗闇の中を転がっていくさまを、長い耳だけが聞き取っていた。
 視線は調理機から逸らさぬまま、ロズランシェは踏み込む。
「料理上手を語るなら、刃物の扱いに長けていなくちゃ」
 卵料理以外は苦手? そう、じゃあ仕方がないわね。お手本はあなたの身体でどうぞ。
 細腕のどこにそんな怪力があるのか。女が片手で軽々と振り回す斧が、機械の腹へ食らいつく。躊躇いなんて無粋は必要ない。割れる流線型のへ最後の一撃を見舞ったら、踵を鳴らして次の子へ。
「本当、狡いわよね」
 ひとよりも卵らしい見目をして、中身は|ただのガラクタなのだから《まったく美味しくなさそうだから》。
 期待外れもいいところ。それとも楽しませてくれるだけの何かを、彼らはまだ隠しているだろうか。
 壊れゆく事への恐怖だとか、わが身可愛さ故のの臆病だとか。
「ねえ」
 やわい囁き。
 されど有無を言わさぬような響きがあった。首を傾げて問いかける女の首元で、ミルクティのように柔らかく甘い色をした髪が揺れている。
「割れたら即ゴミ箱行きよ」
 ――わかった?
 暗闇の中で何よりもいっとうに咲き誇る、一輪の赤薔薇らしく。携えた|棘《斧》すら嫋やかに微笑むロズランシェを魅せるものに他ならない。
 追いかけて、その先に見える何かを捕まえる。幼さにも似た好奇心に突き動かされて踏むステップは、楽しそうに靴音を響かせるだろう。

 そうして後悔する頃にはもう遅い。
 美しい茨の|抱擁《斬撃》は、締め上げるように機械仕掛けの卵達を割りゆくことに変わりないのだから。

緇・カナト

●雷鳴

 硬い卵を割ったとて、零れ出るのは冷たい金属の欠片ばかり。

「美味しくなさそうなのは確かにそうだよねェ」
 手斧で砕いたばかりの|自動調理機《ハンプティ》を見下ろして、緇・カナト(hellhound・h02325)は小さく肩を竦める。吠える代わりに墓守霊は黒い尾を、近くを漂う怪魚も同意するかのように鰭を揺らしていた。
 事前預かった手燭だけではカバーできる範囲は知れていて、こうして目印になるお供が居るわけだが。どうしてなかなか暗い路は照らしきれない。仲間を壊された真っ赤な|目《レンズ》が幾つも見つめてくる熱視線だけがはっきり見えて、これが普通の好意であればと無い期待などもしてしまう。
「こんにちは、活きのいい卵さん!」
 振り上げられるおたまにフライ返し、ジュウと音を立てるホットプレートは油が引かれたのだろう。他にも出るわ出るわの調理器具。本来の使い方からは大きく外れて――否、当の機械達からしてみれば『調理』を行うつもりだから正しいか。作られる料理を食べる相手が例えいなくとも、彼らにとってみれば目的も結論も逸れた自覚は永遠にないままだが。
 真っ先に飛び込んできた流線型の機体から、磨り潰さんと繰り出されるハンドミキサー。逸らした上体、逃げ遅れた前髪を唸る銀色が掠めて通り過ぎていく。人間に友好的な調理機械なら良かったのに! こちらと社会生活もあるのだ、髪型を勝手に変えられるのは非常に困る。
 潰されるのはもっと遠慮願いたい。爪先に力を入れて、カナトは足元に力を入れた。確りと握り込んだ手燭の火が、視界の端で揺れてはちらつく。眼前には大きな鉄製のすりこぎを振りかぶるハンプティの姿。
 赤い目の一団が駆動音を響かせて各々愉快に調理器具を振り上げている。
 そして灰色の瞳は、その向こうにあるものを捉えた。

 轟音。

 もしくは咆哮か。たちまち姿を消した青年と入れ替わりに、闇の中で雷鳴が弾ける。
 落雷の音と共に現れた黒影犬の群れは、巨大な影となって蠢いた。鋭い爪牙の上で弾ける名残の光が、控え目な喝采のように鳴り響く。今から始まる愉快な|遊び《破壊》こそを讃えんとばかりに。
 稲妻が空気を裂いて迸る。鋼の卵をを易々と喰らって、帯電した空気が夏の湿った空気の中ですら跳ねた。轢き潰すのにも似て、壊れていく残骸達は元に戻ることもないだろう。中途半端に割れて逃げようとする者がいれば、魚の尾鰭が強かに叩き、墓守霊が残骸を蹴り飛ばす。
 相手が悪いと悟る知性があるものが背を向けたのなら、手斧が容赦なく投げつけられるのだ。
「未だまだいっぱい遊べるねぇ」
 全部壊れるまで、もう暫し賑やかな時間だろう。
 空いた手の中でくるりと回る|小型拳銃《デリンジャー》が、小さな落雷にも似て敵を穿っていく。

暁・蓮月

●胸裡に咲く花の色は
「こんにちは卵さん!」
「人間は卵じゃない」
「あなたはどんな卵料理になりたいですか?」
「……俺が卵料理になるのは嫌だな」
 聞く耳を持たないとはこのことだろう。卵専門の|自動調理機《ハンプティ》達を目の前に、軍服姿の青年――暁・蓮月(霧中之蓮・h12991)は思わずこめかみを押さえた。卵料理は確かに美味しいけれど、己がそうと成るのは勘弁願いたい。
 何より、祭りを楽しむ無関係の人々が犠牲になるのはもっと嫌だ。
 無辜の民を傷つけることなど、本来の彼らの役目から大きく離れている。であれば、間違える前に止めてやるのが慈悲だ。
 静かな青い瞳に決意を一つ。蓮月が取り出した鉄扇が広げられたなら、薄紅の花海棠が暗闇にふわりと浮かぶ。幻のそれは手燭の炎に触れても機嫌よく、青年の周りで咲き誇っていた。
 踏み出す一歩で大きく扇げば、荒れ狂う熱風がハンプティの体を撫でた。|蓮月《卵》を前に過負荷の蒸気を上げるその流線型が、前に進めずたたらを踏む。重ねてもう一度。炎の仙力が籠められた一撃は、鋼の機体をよく温めたことだろう。振りかぶられる|調理器具《武器》は青年に届くことなく、ただ出鱈目に振り回されているだけだった。
 やってくる卵の機械達から、蓮月は距離を取るようにしては突風で転がしていく。調理ではなく遊びの光景の方が近いか。夏の暑さよりなお熱く、暗闇の中で熱風が嵐のように吹き荒れていた。
 ハンプティの赤い目が明滅し、機体の隙間から幾つも吹きこぼれる蒸気。それが高く音を立てたのが合図に、見舞うは絶対零度の凍て風だ。鉄扇も幻の花も同じまま、真逆の風が青年の元から機械へと扇がれる。
 金属が軋み、罅割れていく音が暗闇の中で確かに響いた。
「こうすると金属が脆くなるって本で読んだよ」
 熱衝撃。
 何も殴りつけるだけが破壊ではない。それは温度差とて同じ現象を起こす。肝心なのは落差によるエネルギーの移動だ。
 動きの鈍った機械達へ、軍服の裾を翻して蓮月の体が滑り込む。苦し紛れにハンプティが振り上げたハンドミキサーはもう回転をやめていた。脅威は既になく――何よりも、遅い。
 広げた鉄扇を、一閃。斬りつけられた殻が罅割れたなら、そこを抉るようにもう一撃。
「割れた卵は二度と元には戻せない……人の命だってそう」
 砕けて潰れ行く機械を見て、そっと青年は瞳を伏せる。
 当たり前の話だ。だから命は等しく、大切なものであるはずだ。
(守れる範囲はなんとしてでも、)
 ――何がこんなに心をせかすのだろう。
 罪なき人が害されることが許せない理由は己の裡に在る筈なのに、見えない何かが邪魔をしているようだった。

 けれど今はまだ分らぬままでいい。
 焦燥感を動力に、蓮月は次の卵へと鉄扇を翻した。

白百合・蓮華

●見えぬ幸福

 見通す限りの影が広がって暗闇を作り上げている。
 事前に聞いていた通り、何一つ見えはしない。白百合・蓮華(徒花の|実《じつ》・h12988)が左手に持った小さな手燭だけが光源で、それすら微かなものだ。消えてしまえば何一つ、知覚出来るものはないだろう。

 だが、利点もある。

 一歩。男が長い足が踏み出せば、肩に引っかけた白衣が揺れる。眼鏡のレンズ、その向こうにある赤い機械の瞳を見つけて、銀の眼差しが微笑んだ。軋むような音がしたなら、彼の上半身を映す足元の影が歪んでいく。
(これは、友達にはちょっと見せられない姿だね)
 光の差さぬ世界で蔓がその枝葉をのばす。蓮華の上半身を覆うように――否。そこから生え伸びる緑は、背の高い男の姿を変えて生い茂った。しるべと言われた灯りを持つ左手だけが人のままで、それが余計に奇妙に見せている。
 蓮華は暗闇の中で、怪物に成り果てている。しかして今はその姿を見る者などいない。見目に気を遣うことなく、『|守護霊《研究成果》』と一つになった男は異形と化して暗闇に佇んでいた。ハンプティ達だけがそれを見ることが叶って駆けてくるが、構うものか。
 どうせすぐに|壊れる《・・・》。
 縒り合された蔦が巨木の幹の様になって、横殴りに振りぬかれた。よくしなるその一打。蓮華へ向かってきた数体を纏めて薙ぎ払えば、金属の潰れる音が辺りに響いた。その隙をついて近寄ろうとする悪い子達は、別の蔦が絡めとってその動きを阻害する。
 纏わりつく植物からどうにか自由になろうとするハンプティの姿はいじらしい。彼らもそういった命らしさを好むからこそ、調理の腕を振るおうとするのかもしれない。
「なら、こんなのはどうかな?」
 くぐもった蓮華の声が、葉音に混じって響いた。
 ただ一つ残された人間の腕が、その先にある手燭の光が、彼らを捕らえる蔓の端へと移される。
 まるでも水でもやるかのように、丁寧な仕草だった。
 零された火が、植物へと燃え移っていく。
「ゆで卵も目玉焼きも、僕は固めが好きなんだ――しっかり火を通そうね」
 機嫌のいい声色は変わらない。
 善意すら感じさせる。
 燃えて藻掻く卵を、植物と混じり合った異形が見下ろしている。君達の望む結末を、こちらも同じように提供しよう。調理を好むなら、調理されるのだってきっと悪くは無いよ。

「気分はいかがかな?」
 もう動かなくなった卵達は、煤けてその白い体を黒ずませていた。殻の中身はどうなっているのか。開けてみれば知れるだろうけれど。
 とてもじゃないが、美味しそうとは思えない。
「これってなんて料理になるんだろう?」
 卵焼き? それともゆで卵の親戚だろうか。
 料理って難しいんだね。蔓を揺らしてわらう男の顔は隠されたまま、誰にも知るすべはない。

佐野川・ジェニファ・橙子

●|自由調理法《フリースタイルクッキング》

 そのまま焼いて目玉焼き、混ぜて焼けばふわりとやわい黄色。茹でればつるりと流線型の美しい姿。
 卵は栄養価も高く他の食材とも合わせやすい超万能食材だ。料理をする人間であれば冷蔵庫に必ずあると言っても過言ではない。意外にも料理をすることを好む佐野川・ジェニファ・橙子(かみひとえ・h04442)にとっても、便利な食材の一つだった。
(でもあたしがそうかと言われたら、ねぇ?)
 たまご肌と褒められるならば「そうでしょう」と遠慮ない同意を返せたのだけれど。八百万の神のひとつではあれど、調理される側は勘弁願いたいところ。
 どちらかといえば――やはり|する側《・・・》であるので。
 片手を塞ぐ灯りに多少の不便さを感じなくはないが、手段などいくらでも。橙子の近くだけを照らす光の届かぬ暗闇の路、その奥へと彼女の美しい黒髪が伸びていく。音も無く、空間に紛れるには丁度良い色合いのそれを。
 目立ちはしない。だから|自動調理機《ハンプティ》達は気付くことは無い。小さな車輪がついた足で、人の気配――橙子の方へと走り寄ろうとし、無粋にもその髪を踏みつけたが最後。
 捕まえた。そう言わんばかりに絡めとられるのは一瞬。雁字搦めとい言葉がお似合いのまま引寄せられ、宙ぶらりんに吊り下げられてしまえばあとは真っ逆さまに落ちるだけ。
 童話よろしく地面に叩きつけられ、鋼の色をした鈍色の中身を撒き散らしてハンプティの一機は停止する。真っ赤な|瞳《レンズ》が砕け散ってひかりを灯すことは永遠にない。
「灯りがなければもっと暴力に訴えていますよ」
 片手が塞がっているからと嘯く呟きも、成果を見れば十分だ。懲りずに立ち向かってくる他の機体も持ち上げて、大きく横へ振り回せば別の卵と共倒れ。潰れた二機を放り投げれば、遠くで別のハンプティ達が上げる破壊音が賑やかに響く。単純で分かりやすい彼らの動きなど、視界の悪さを覗けば相手にするのに苦など無い。
 そう思っていた矢先に、捉えた筈の重みが消失する。あら、と硝子玉のような青い瞳を瞬かせていれば、どうやら調理器具で髪を斬り落とされたのだと知る。千切れてしまった橙子の髪を白い機体に纏わりつかせ、立ち向かってくる姿が見えたので。
 なるほど、調理への執念というべきだろう。
 振り上げたハンドミキサーが女へと繰り出される。しかしてそれを遮るのは鉄製の卒塔婆が二振り。髪がこれだけ自由であるなら、手燭だって髪任せで自由になれたのに。お馬鹿な卵さん。
 金属同士がぶつかり合う耳障りな音に、火花が弾けた。競り勝ったのは橙子の方で、真上に弾く卒塔婆の一振りでがら空きになったハンプティの胴へ、容赦ないヒールの蹴りが見舞われる。
 |いつもの調理法《殴り合い》だって、女の髪を落す不作法者に負ける筈はない。
「……いくらでも伸びますけれど、やっぱり切られると腹立つわね」
 今度こそ逃れようもなく捕らわれた卵は頭上高くへ放り投げられ。
 幾つ目かの卵が割れて砕けて、転がっていく。

ソーダ・イツキ

●いずれ辿り着く為に

 狂ってしまった機械は、既に本来の役目を忘れている。
 調理の先にある食事の概念はハンプティ達にない。振り上げた調理器具のどれもが攻撃的で、独りよがりの行為だ。
「あなた達がまだ本当に料理を作ってくれるなら、何かお願いしたかったのにね」
 例えばふわふわのベーコンエッグとか。卵調理を得意とする機械が作るその味を、知るすべは無いのだろう。少し困ったような笑みを浮かべて、ソーダ・イツキ(今はなき未来から・h07768)は彼らの赤い瞳を見返した。
 命を卵とみなして殺戮を行う。それは人の世にとって間違いだ。ハンプティ達の考えは違うのだろうけれど、不利益をもたらすものは許容されない。
 役に立つとか、立たないとか。自分達を傷つける恐ろしいものは遠ざけたいと、そんな考えばかりで人間の世界は回っている。
(私の未来でもそう言うところはあったなあ)
 彼女がいたかつての世界は今よりもっと過酷で、シビアだった。気を許せば命は容易く失われるような世界で、それでも強く優しい人たちが居た。だからソーダは知っている。
 自覚がなく誰かを傷つける行いはよくないもので、それは自由や許容から遠いということを。
「倒しちゃうけど、ごめんね」
 生まれ育った|未来《かつて》をより良いものにする為に。暗闇でのしるべは左手に確りと持ち、自由な右手が握るのは手に馴染む|槌《ハンマー》がひとつ。
 くるりと振り回して勢いをつけたのなら、祭囃子に惹かれて路から飛び出そうとする機体へ強く振りかぶる。
 ――ノック。
 発せられた不可視の言葉が上空を『下』と定め、頭上高くへひしゃげた機械の卵を叩き落した。祭りの気配はソーダの背後に色濃いままそこにある。もし迷い込んでくる誰かがいるなら、巻き込まないようにしなくてはいけない。
 ――ノック。
 だから踏み出す先は前だ。
 二機目への打撃は、敵が構えた調理器具ごと掬い上げるように。千切れた腕が手放す軌跡が、手元の灯りに照らされる。
 それでも尚、ハンプティ達の質問は繰り返される。
 どのような料理になりたいかを、ソーダへと問うてくるのを、しかして彼女は否定する。
「答えっていうのは選ぶものじゃないよ。決めるものなんだ。……私は護るためにあなた達を倒す」
 さぁ祈って。
 より良い未来を掴み取る為に叩く扉の先がひかりであるようにと。

 ――ノック!

 確かな手ごたえで砕ける機械が、悲鳴代わりに潰れる音を響かせる。
 赤いレンズが砕けて宙を舞い、瞬く星の様に煌めきながら暗闇の空へと落ちていった。

雨夜・氷月


「んふふ、俺を調理してくれるの?」
 歩く仕草だけはご機嫌に。されど足音一つ鳴らさぬ所作で、雨夜・氷月(壊月・h00493)は覗き込むようにしてハンプティの赤い目玉へ上体を屈めた。振り回す調理器具はギリギリ届かない位置で、長い銀髪が流れるように揺れる。
 細められた月夜の眼差しは悪戯に笑っていた。小さな手燭の明りが、白い男の顔を美しく照らしている。自由な片手で握りしめた刃を、すっかり隠しきるように。
「どのような料理がお好みですか?」
 機械の問いかけと共に、凶器が振り上げられる。磨き上げられすぎて今や刃物のようなターナーが、氷月を鋭く狙う。
 でも残念。
「――俺も捌いたりするのは得意なんだ!」
 隠し持った刃が纏う、月光が煌めいた。
 鋭さなら負けてなどいない、細く伸ばされた鋭さは、月夜に浮かぶ三日月に似ていただろう。銀の軌跡を描いて伸びて、しなる自由さで自動調理機の腕を斬り飛ばす。勢いを殺さぬまま、返す刃が胴を真っ二つにすれば、哀れ綺麗な機械の断面が見える。
「うんうん、実に美味しくなさそうな卵だ」
 食べるかと尋ねられたら丁重にお断りしたい。人が感じる美味しい物からは遠く離れたそれを見下ろして、氷月は軽いステップで残骸の上へ。
「生憎調理より斬ったりする方が得意でさー……こっから何もしてあげられないんだよね」
 傾げられた顔に浮かぶのは、何も知らなければ月下美人が咲くような美しい笑みだった。
 それを向けられたハンプティ達が一瞬動きを止めたのは恐れをなしたか、それとも別の思考か。明滅する無機質な赤い眼差しからは何も分からない。調理すべき|相手《卵》が生意気にも反乱を企てたとでも考えただろうか?
 だがそれはどう考えても調理器具の方が言われるべき事柄だ。
 料理など、誰かに食べてもらう為に作るだろうに。過程が目的に入れ替わってしまって、彼らは誰に何を提供するつもりでいるのか。作る喜びに目覚めてしまったというなら、どうしようもなくは無いかもしれないけれど。
 向かい来るハンプティへ氷月は足場を蹴って跳躍した。踊る月の光は容赦なく卵の形をした期待を切り刻んでいく。バラバラにされた部品が、暗闇の床にぶつかって男の調理の雑さに苦言を呈しているようだった。
 ごめんねと上っ面の謝罪と共に、申し訳程度の炎の花弁が雨と降ればそれも静かになる。難しいことは出来ないけれど、焼くことぐらいなら氷月にだって出来るのだ。火加減はウェルダンを通り越して灰になるまでの強火だが、初心者という言い訳で許してくれたっていいだろう。

「これて調理っぽくなったかな?」
 ――なんてね。

ベルナデッタ・ドラクロワ
廻里・りり



 真っ暗闇の路に、転がり出るようなまるい機体。
「わぁっ!」
 ハンプティの赤い瞳に見つめられて、廻里・りり(綴・h01760)の大きな耳が思わずと震えてぴんと伸びた。手燭を落さぬように両手で握り直したのはご愛敬。
「こんにちは卵さん!」
「こ、こんにちは!」
「あなたはどんな卵料理になりたいですか?」
「えっ」
 至って普通の挨拶をしていた筈なのに。急角度でずれ込んだ機械からの質問に、思わずと大きな青い瞳が瞬いた。料理? わたしがですか? 辺りを見渡しても、おいしそうな食材の一つも見当たらない。わたしがですね……とふかふかの尻尾が思考と共に下がっていく。
 美味しいご飯は誰かの命で出来ている。確かに世界はそのような循環で成り立っているなら、食材にと彼らが思うことは間違っていない……ような気はする。
(わたしはお料理はあんまり……ですけど)
 けれども自分や他の誰かがご飯にされるのは駄目なのではないだろうか。でもそれらの違いは一体何か? りりだって美味しいご飯を食べることは大好きだ。じゃあ何故自分はそれは良しとしているのだろう?
 考えれば考える程分らなくなって、少女は困ったように眉を寄せて唸る。
 そんな友人を見て、愛らしい姿の|人形《ドール》――ベルナデッタ・ドラクロワ(今際無きもの・h03161)は小さく笑う。気にしなくていいのよとは言外に、りりの背中を美しい陶器の指先が軽く叩いてやった。
「ワタシお料理は、好きよ。食卓を彩る食器も、料理道具も、喜んでくれるから」
 お喋り相手が少ない無機物達にとって、声なき声を聞く彼女は良き友だ。道具は使われてこそ意義を果たす。それが正しい方法と結末を導くのなら尚の事。
「ベルちゃんのお料理はおいしいですっ」
「ふふ、もちろん、りりの喜んだ顔も好きよ」
 今まで作ってもらった美味しいものを思い出したのだろう。きらきらとした顔で見つめてくるりりの顔がぱっと明るくなった。
 そう思ってくれるなら作りがいがあるというものだ。彼女が好むレシピがベルナデッタの頭の中でめくられていく。帰ったらまた何か美味しいものを作ってあげよう。
 そう――食事とは本来そういうものだ。作り手がいる以上、提供する先がいる。時に自分だったり、特定の誰かだったり。美味しいと喜んでもらう気持ちが最後にあってこそ、真に完成すると言える。
「でもワタシたちをたまご料理にするんだとしたら、一体誰が美味しく食べてくれるのかしら」
 ハンプティ達の丸い卵の形は美しい曲線なのに、欠けてしまった主義はどこまでも歪だった。気が合わないわねとため息を吐く人形の、真紅のドレスの裾が手燭の灯りで揺れている。
「はっ…たしかに、食べてくれるひとがいないなら、それは食べものをそまつにすること」
 命を、魂をただの|燃料《インビジブル》として力にするだけなら調理された肉体は全くもって無駄になる。調理などという言葉で包まれただけの破壊行為に正解は存在しない。
 今度こそ、目の前の機械達を非難するようにりりの眉がきゅっと寄った。毛並みのよい尻尾がぱたりと一度揺れて、子供の言い聞かせるように人差し指を立てて叱る。
「いのちをそまつにしちゃ、いけないんですよっ」
 御尤も。
 同意するようにその指先に止まったのは小さな青い小鳥だった。暗闇の中で、彼女たちが持つ小さな光に照らされたつぶらな瞳が、宝石のように煌めいて機械達を見つめている。そして愛らしく歌うように囀ったのなら、羽ばたきを響かせ暗闇の中をへ滑るように飛んだ。
 柔らかに見える羽が飛ばされて、調理機を握る機械の腕へ鋭く突き刺さる。予想外の威力にハンプティも驚いたのだろう。小鳥を振り払うようにがむしゃらに振るわれる手足を、今度は小鳥の嘴による強撃が襲う。
 ぐらりと、傾く流線型の機械の姿。
 それを貫くのは魔法の一撃。
「――お前たちが怖いものは何かしら」
 ベルナデッタが指先で紡ぐ魔法陣から放たれる砲撃に慈悲は無い。問いかけの答えすら求めぬ人形は、ヴェールに隠れた半分の顔を美しい笑みの形に彩っている。よどみない手付きで魔法陣を描き上げてはハンプティ達へと攻撃する手を緩めない。
「たのしいおまつりを、だいなしにするのもだめです!」
 彼女らを通り過ぎようとする一体を、りりの喚び出す鳥籠が封じ込める。彼らにとっての幸せは少女達の、平和に生きる人々の幸福と違うのだから。
 外へなんて、行かせるわけにはいかない。
「ここで、くだけちっていただきましょう!」
「ええ。でも美味しく食べてあげないわ、好みじゃないの」
 魔法の一撃が、軽やかに歌って飛ぶ青い小鳥が、機械の卵達を割ってその凶行を割り砕いていく。
 壁から落ちたお伽噺と同じく、誰にも二度と戻せぬように。歪んだ思惑ごと、この場で全部消し去るべきなのだから

賀茂・和奏

●鈍色は美食からは遠く

 見えぬばかりではどうしようもない。
 暗闇は深かった。これは確かに灯りを手放すと迷子になるというのも頷ける。どちらかと言えば迷子の道案内をする側である賀茂・和奏(火種喰い・h04310)は、手燭を片手に慎重に歩みを進めた。。
 肌がざわつくような戦いの気配に耳を澄ませる。どれだけ静かに進もうと、機械が動く音は独特だ。元が調理機であるのなら、静音などついてはいないだろう。
 和奏のその考えは正しく、機械達の駆動音を耳が拾い上げる。
 距離はそう遠くはない。
「青君」
 呼びかけの声に応じる白黒二色の烏が暗闇に浮かぶ。羽ばたき一つで肩に止まるその異形へ、「少しだけ灯咥えてて」と手燭を差し出した。意図をくみ取った嘴が、器用に取っ手を受け取ってくれたなら両手は自由だ。
 そうして抜き放つは一振りの刀。馴染んだ柄の感触に、意識を集中させて深呼吸は一つ。
 指先から、刃へ。描くつむじ風のイメージを行き渡らせたなら、眼鏡の奥で鮮やかな緑が開かれる。靴が黒ばかりの地面を蹴り上げて、進む勢いごとハンプティ達がいる方へと一閃。
 刃に宿された風の力が暴風を産む。先んじて奔るそれについていけば、機械がひっくり返って転がる鈍い音が聞こえてきた。一つ目の赤が不意打ちを非難するように明滅している様はどこか間が抜けてはいるが――手にしたレードルを振り回す勢いは少々可愛げがない。
(なんて物騒な卵型マシーン)
 和奏とて料理は割合好きなタイプではあるものの、彼らの狂気じみた行動は理解しがたい。自分や他の誰かを材料になんてのはもっと御免とくるなら、あちらの硬い鋼の殻を|先に叩き割る《調理する》時間を先にいただこう。
 強く地面を蹴って跳躍し、未だ転がったままの一体へ全体重かけて刃を突き立てる。金属を斬り裂く手応えに、レンズが砕ける赤が散って煌めいた。青年の強襲に気付いた他の機体が、彼へと組みつこうと転がったままでは遅い。
 破壊したばかりの一機を足場に次の卵へ。切先が触れた機械の腕が斬り飛ばされて、返す刀が胴を裂いた。
「大人しくまな板の上で鎮座してる命じゃないってとで」
 動かない普通の卵ばかり相手にしていたなら、活きが良いものなんて調理してこなかったに違いない。目が合った機体へ、微笑み一つ崩さぬまま和奏は軽やかな足取りで距離を詰める。
 良い学びになったでしょう? 果たして彼らがその知識を活用できる機会などありはしないのだけれど。
 吹きかけられる熱湯を半身を捻って躱したなら、体勢を戻される前に刀は舞うように翻り続ける。

 届く範囲のハンプティを機能不能へすれば、ひとつ息を吐く。
 灯りを預かっていた青へ礼を言って手燭を返してもらえば、何やら不満そうな鳴き声が聞こえた。
「青君どうし……美味しそうじゃないって?」
 贅沢言わないの、と咎めればもう一度重ねられる烏の声。
 普段良い物を食べさせ慣れちゃったかな、と苦笑を零すけれど――確かに、美味しい物の方が良いというのは青年も同意するところだった。

斯波・紫遠

●定義

 命を内包している。
 つるりと丸い殻に包まれている卵がそうであるなら、肉体という殻を纏った生き物とて同じ。
「生き物みんなたまごってバグすぎないかい?」
 などというのは些か主語の大きい話と言えただろう。呆れた様子で呟く斯波・紫遠(くゆる・h03007)が紫煙と共に吐き出す言葉は真っ当だ。
 手にした灯火が消えぬように気を付けて、離れた位置に見える赤い目玉の軍勢を金の片眼が見遣る。元々が自動調理機であるなら一体一体の脅威はさしてないだろう。問題はその数だ。取り囲まれて袋叩きで調理される、なんてぞっとしない話だから。
「アリスさん、あれの動きって乗っ取れたりするかな?」
〈私がその程度も出来ないと思っているの? いつまで経っても理解しないポンコツさんね。煙草の吸い過ぎじゃないかしら〉
 手にしたタブレット端末、その中に住まうヒトは今日も絶好調に辛辣だ。
 しかして非常に優秀なのだからその口の悪さも許せてしまう。仕事の成果を出せることは全ての業界で信用できることなので。
 ハンプティの一体が、赤い眼差しを不自然に明滅させる。そのまま緩やかに、光を失って賑やかな動きを止めた。それがふたつ、みっつと続けば異常に気付く個体も現れるが――何か対策をうつ前に、近くにいた者同士で殴り合いが始まる始末。
〈単純すぎ。こんなの赤ちゃんにだって作れる|旧型《おもちゃ》じゃない〉
「そりゃあ貴女に比べればね」
 騒ぎを横目に雑談に興じていれば、何体かがようやくこちらに気付けたらしい。遅いと吐き捨てるようなアリスの言葉に紫遠が苦笑する。
 全くもって正論だ。こちらはとっくに準備を終えている。
 最後の一服を吐き出す煙は闇の中でも感知できるだろうか。それが、兵器の一部と混ざり合ってそこにあるということを。
 携帯灰皿へ吸殻をしまう男の姿は無防備に見えていた。調理に胸を躍らせ駆け込むハンプティは、しかして辿り着くことは叶わない。その機体を貫くものすら何か分からないままだろう。立ち込める霧よりも細い、レーザーが放たれていたことすら、破壊されて尚知ることは無い筈だ。
〈おまぬけさん〉
 数の多さで掻い潜った個体は、自由になった紫遠の片手が操る刃に切り伏せられるのみだ。振り上げた調理器具を弾かれて、がら空きになった胴を真っ二つ。最後に蹴り飛ばしてやれば面白いように転がっていく。

「キミたちには悪いけどそろそろお帰りの時間だよ――アリスさん、よろしくお願いします」
〈愚鈍で間抜けな卵モドキさんたち! あなたたち、みーんな用無しよ〉

 眼前にいたハンプティ達にレーザーが突き刺さる。先程よりも随分微弱に見えたそれに触れた瞬間、軋むような音を立てて機械達の動きが止まった。
「卵さん、卵さん! ああ、こんなところにいたんですね!」
 歪な合成音声が叫ぶ。
 フライ返しを赤い瞳に突き刺す者。良く熱されたホットプレートで何度も己を殴打する者。凶悪な回転を見せるハンドミキサーが機体のあちこちを削りゆく。
 自らを調理して壊れゆく姿は――なるほど。確かに命を持たない、壊れたただの|機材《スクラップ》だ。

篝ヶ嶺・王凱

●凱旋は赤く

 ――あなたはどんな卵料理になりたいですか?

 奇妙な問いかけだ。
 どう調理されたいか、などと真剣に聞いてくる者などそうはいまい。特に篝ヶ嶺・王凱(FILL THE XXX!・h08744)へ対してその質問を投げかけるような命知らずは。
「そうだな、俺が卵だったら……」
 だが気分を害したふうもなく、男は顎に手をやり首をひねって考える。継ぎ接ぎの跡が少し歪んで、鮮やかなピンクの瞳が思考につられて細められた。
 どこか芝居がかった仕草はたったの二秒。ぱっと華やぐような笑顔が王凱の顔に浮かんだのなら、よく通る声が結論を出す。
「ハハ、孵化して立派な鷹にでもなりてえかな!」
 つまりは調理されるなど、御免こうむるという話。邪魔にならぬよう腰に括り付けた手燭の火が、翻る外套の裏地と共に赤くゆれる。両手は愛しいものの為に空けられて、それぞれが拳銃を確りと握り込んでいた。
 引き金を引くのは軽い。まずは前菜代わりと、近付いて来ようとしていたハンプティ達の車輪を撃つ。牽制だ、何も仕留める意図など無い。
 撃ち込む弾丸は軽やかに、男は視線を滑らせる。烏合の衆という訳でも無いのなら、そこに必ず指令役がいる筈だ。前に出たがるタイプか、それとも後ろでふんぞり返っているか。最も怪しいのは一番最初に声をかけてきた個体で、それが卵の群れの中に隠れようとしているのが見えた。
「鬼ごっこか? 逃がすと思うなよ」
 前へ、一歩踏み出す王凱の足先が下がることは無い。振り上げられた数多の調理器具など恐れるに値しないからだ。滴り落ちるような真っ赤な|光線《レーザー》が、雨降るように走ったのなら邪魔者達は穿たれ、道は開く。
 目的の機体へと滑り込むように走った。最期のその時に、ハンプティの赤い瞳と二つの銃口が見つめ合う。そう、そのまま逸らさないでいて。

 ――BANG!

 さよならの代わりに響く銃声は高らかに響いた。罅割れたレンズの向こう、二度と光ることのない卵の瞳は虚ろのに暗い。
「で、お前らは何の卵料理になりたいんだ?」
 無秩序になり果てた集団の、今だ元気な個体を王凱は撃ち抜いていく。具沢山のキッシュ? ふわりと柔らかいオムレツ? 希望があるなら今のうちに。弾丸もレーザーも緩むことなくサービスしておくから。男一人捕まえれぬ自動調理機達と、踊るように立ち回る。
 卵さん。いずれかの機体が、未だそう声をかけるのを止めない。
 懲りないやつらだ、本当に。冷えた眼差しが声の主へと向けられる。
「ああ、その目が悪いんだろうな」
 真っ赤な瞳は無垢のようでいて、学ぶほどの賢さは無いらしい。
 だったら仕方ない。引き金をひくのは、左右どちらも。乾いた発砲音も同じタイミング。
 赤いレンズは砕かれて、鮮やかな欠片を少し撒き散らし。愚かな機械は沈黙だけを選ばされる。

夕星・ツィリ
ララ・キルシュネーテ

●かみのこどもたち

 星屑のひかりの欠片たちが足元に散らばっている。
 手燭の灯りを夜空の煌めきと変えて、暗闇を歩む夕星・ツィリ(星想・h08667)は仄かな花の香りにふと足を止めた。背にした祭囃子の、夏の気配に混じる春の香り。
 ――桜だ。
 清らかなその気配へ、思わずとつられるように辿れば桜焔が淡く弾けるのが見えた。
「……迦楼羅?」
「お前もお料理しにきたの?」
 白虹の髪が振り返った拍子に流れて揺れて、小さな首が傾げられた。全てを見透かすような薄紅の大きな瞳が瞬いて、可惜夜の翼がぱたりとはためけば何かを納得したように桜焔と共に娘は笑う。
「ララが迦楼羅だと一目でわかるなんて素敵」
「――ララちゃん」
 神気の気配だ。ツィリが海神の気配を纏うように、彼女が纏う桜の気配が先程の香りの正体だろう。
 ララと名乗った少女――ララ・キルシュネーテ(白虹迦楼羅・h00189)への親近感。それがこの暗闇の中で少し安心するようでいて、ツィリは微笑む。
「お料理は少しなら出来るけど、どちらかといえば食べる方が好きかな」
「そう。ララは食べる専門よ」
 けど、そう。
 こうして会えたのは何かの縁だ。
 一緒にお料理が出来たら、きっと楽しいと思わない? そう囁く声に当然ララとて異論はない。ツィリの足元で、無数の星々が天川のように連なったのなら、ララの纏う桜龍神と迦楼羅天の桜花が共に輝いて辺りを包み込む。さぁ流れに乗って、二人の小さな足が軽やからに駆け出した。
 目指す先は無粋な|ハンプティ《卵》、その調理へ共に洒落こもう。

「花一匁しましょ」
 遊びに誘うような声色で、大きな窕のナイフと銀災のフォークを構えたララが卵に接敵する。舞う小鳥のような素早さで近付いたなら、切先に乗せた神の力が何よりのスパイス。振り上げるナイフが赤いレンズを斬り裂いて、間髪入れずに繰り出すフォークが確りと貫き穿つ。
「貴方たち添える調味料にお好みはある?」
 崩れ落ちる機体を跳び越して、海神から賜った|三叉槍《トリアイナ》を掲げてくるりと回す。そうして舞い落ちる様は流星のよう。ツィリの一撃が二機目を真っ二つにしたところで、あっ、と短く声が上がる。
 すっかり通じ合った気でいて、自己紹介を忘れていた。どうしたの、と問いかけるような薄紅の視線に、夜空と海が溶ける眼差しの娘がはにかみ告げる。
「七曜の星を抱く翼のちいさな貴女、私はツィリ――星海の系譜に連なりし者。よろしくね」
「そう、お前はツィリというの」
 礼儀正しい愛さ手に、ララの眼差しもふと和らぐ。
「よろしく。……潮騒の気配はお前の纏う星海だったのね」
 ――とても美しいわ。
 彼女とて、ツィリの気配には気が付いていた。まさかこんな場所で、近しいものに出会うだなんて思ってもいなかったから。悪意も敵意も無く、ただ優しい夜空と海が広がるような気配は隣に並べばなんて心地よいこと。
 星屑が流れて弾け、桜焔が舞って灼き払う。暑気払いの祭りを乱そうとする不埒な者達を、神々の末裔たる二人がその神聖でもって浄化する。少女たちが操る刃は冴え冴えと、暗闇でも輝かんばかりだった。
「仕上げの味付けは一緒にどう?」
「勿論! ご一緒させて」
「そうこなくっちゃ!」
 出会った運命を喜ぶように彼女たちは笑い合う。ララの構えたカトラリーの切先に、両親から授かった祝福が灯る。苛烈に、全ての魔を打ち払う清らかな光桜の迦楼羅焔。
「一気に焼き上げるわ」
「お料理は火加減が大事だもんね」
 カトラリーが振るわれて、焔はハンプティ達を焼き払う。それを包み込むような淡い泡沫の陽炎が、ツィリの手で操られたなら螺子一つ残ることは無いだろう。

「お前達は三毒すらなく味気がない――せめて見目麗しいスクランブルエッグにでもなって頂戴」
「味付けは任せて。機械の卵もきっと美味しくなるよ」

ヨシュア・ヴァルトシュタイン
キアラ・ザ・アスフォデルス

●優しさの双翼

 殻の中身はなんだろう。
 卵ならとろりとした美味しい黄身だろうか。人間ならば血肉か、それとも隠して起きたい感情だろうか。外から見えぬ秘密は、なるほど。確かに魅力的な側面もあるだろう。
 だがいずれにせよ、何事も力づくで暴くのはいただけない。
 本人が望んでそうと蓋を開けるように、上手く囁いてやらないと。
「キアラさん」
 長い黒髪に山羊の角、蝙蝠じみた翼。細い尾を揺らすヨシュア・ヴァルトシュタイン(「森の石」・h09600)の姿は暗闇には良く似合っている。けれども悪魔らしいその姿とは反して、彼自身が浮かべる表情は真面目で穏やかだ。足元から伸び出た数多の影の腕が、手燭の小さな明かりに照らされて蠢いている。
「蝋燭は任せてくれて良いよ」
 まじないの類ではない。影も夜も、暗がりの一部は彼自身。だから絶対に落とすことは無いと、隣をゆくキアラ・ザ・アスフォデルス(|冥花の魔女《The Asphodelos》・h09526)へ金の眼差しを向けた。受け止める赤の隻眼は一つ瞬いて、笑う。
「ええ、貴方に任せるわ。……その分、灯りも貴方もわたくしが守る」
 手にした灯りを手渡す彼女の角も、翼も、尾も。男のものよりはずっと逞しい強さをもっていた。幾らパーツが似ていると言っても、間違う者はいないのだろう。女が薔薇咲く優美なドレスを身に纏う、強き竜であるということを。
「貴方の血の一滴たりと、あんな機械にはあげないわ」
 絶対に傷つけさせなどするものか。赤い一つ目だけがキアラと揃いの、白いハンプティ達の視線から、ヨシュアを庇うように前へ踏み出たのなら――高らかに鳴るブーツの踵が開戦の合図だ。
「――蹴散らしてやりますわ」
 竜が構える大きな白銀の弓の上で、蔓薔薇は枯れず咲き誇っていた。
 いくら見た目が可憐な乙女とはいえ|力《怪力》には自信がある。どこか愛嬌のある見た目の機械達が忙しなく動き回るその軌道を見定めて。限界まで弦を引こうとも枯れず、散らず、揺れることも無い薔薇に見守られて、放たれた矢は空気を裂いて飛んだ。
 車輪付きの足で|二人《食材》の元へ急いだのが仇となったのだろう。己の勢いに、鋭い鏃がぶつかれば穿たれるのは当然の結果だ。真っ赤レンズが砕け散って、血しぶきの代わりに破片をばら撒いて機械は沈黙する。
 その姿を見て他の機体が一瞬足を止めたのは、|不安や恐怖《パラノイア》からで無い。調理の為の最適解を探って次の一手を探っているだけだ。電子計算は人のそれより合理的に早く、そして戦場では命取りの間だ。
「美味しく調理してやったら?」
 ヨシュアが伸ばす影の手が、スクラップになったばかりの機体を投げつける。無関係の人を襲うのだから、仲間だからと気にしまい。まぁ少々硬いかもしれないが、作り手が好き嫌いを断じるなんてそんなこと。
 しかして鉄製はどうやらお気に召さないようだ。受け止めてもらえずにぶつかり合った金属同士が悲鳴を上げて、機械がよろめく。仕方がない、それでは次の方々へ。ボール遊びをするかのように破片を影が投げれば、鋼がひしゃげる音が暗闇の中でまた響いていた。
 その中をキアラが放つ、銀の矢が降りしきる。動きが弱まったものから躊躇わず射抜いて、増やす金属片がまた青年のサポートで援護する。苦し紛れに投げつけられる調理器具だって見逃さず、銀の雨の様にハンプティ達を阻む威力は時間が経つほど冴えわたった。
 立ち位置を変えながら弓を構える、竜の髪が金色に揺れる。広げられた翼は決して後ろへと攻撃を通さぬ心情が知れて、頼もしさを覚えるものだったけれど。
(……相変わらず前に立たせるのって歯痒いな)
 青年からしてみればどうにも落ち着かない。切った張ったの荒事なんて苦手なことは自覚している。劇的に戦況を変えるような決定打だって持ち合わせていない。
 ただ、彼女には傷一つつけさせないと、誓うような意思だけがヨシュアが持ち得るものだった。
 攻撃を掻い潜ったたった一機がキアラへ接敵する。だが女は怯まない。黒い竜鱗が腕を覆ってしまえば多少の攻撃など耐えられると知っている。ぶつかる勢いばかりは予想したくないが――大丈夫。大きな尾があれば支え切れる筈だ。
 後ろできっと自分の身を案じる、優しい悪魔に触れさせてなどやるものか。力を込めた足元で覚悟を決める。だから吹き出す熱湯が彼女へ向けられても避けることなどしなかった。
 だからそれを受け止めたのは影の腕。強度の無いそれはひとつだけでは威力を殺せなかったけれど、何層にも重ねるようにして受け止めれば済む話だ。例え千切れ飛んだとしても、本体が無事なら後で再生が効く。一滴たりともキアラに届かせてなど、やるものか。
 だから彼女の目の前には、ただの鉄の塊が飛び込んでくるだけが結末だ。
「甘く見られたのかしら。単純な暴力の方が強いのよ、わたくし」
 ありがとうは、きっと後で告げたって彼は受け取ってくれる。
 今は尻尾の先を軽く揺らすことで感謝の意を表して――竜の腕は、鋼の卵を粉々に砕き散らした。

シルヴァ・ベル

●次を夢見て

 暗闇に浮かぶ、つるりと丸い白。
「まあ、名前通りの見た目ですのね」
 卵型のボディに、短い手足。すっかり|お伽噺の登場人物《ハンプティ・ダンプティ》を模した姿にシルヴァ・ベル(店番妖精・h04263)は思わずと呟いた。
 しかして無機質な赤い瞳は不気味で、|手《アーム》には少々殺意が高すぎる調理器具が握られている。
「小さな卵さん! あなたはどのような調理がお望みですか?」
 挙句に卵料理への執念がすさまじい。ご機嫌に打ち鳴らされるおたまにフライ返しのリズムは、背後から聞こえてくる祭囃子よりも些か早かった。
 卵に似ているのはそちらでしょうに、すっかり忘れてしまったのかしら。紋白蝶の羽を震わせて嘆息まじり。お断りの声など聞き届けてはくれないのなら――実力行使しかあるまい。
 小さな手が中空を滑って、いち、に、さん。くるりと指揮をするように動かせば、暗闇のなかでハンプティ達の体が浮かぶ。光源など無いのに、仄かな月明かりに照らされるようにしてやわく輝く機械達。そんな彼らを、薄青の眼差しが静かに見つめる。
「――ハンプティ・ダンプティ塀の上」
 辿る一節。続きは口に出すよりも雄弁に描く、指の軌跡。上から下へ、勢いよく振り下ろせば彼女の力で操られた彼らも見事に地面へ激突する。金属がひしゃげる音、ぶつかり合って高く鳴る音、取り落とした調理器具が転がっていく音だけが少し長い。
 けれど赤い瞳は未だ明かりを失っていない。エラーを知らせるように速い明滅を繰り返しているのを見たのなら、もう一度繰り返し。ハンプティ達は再び宙へと浮かび上がらせられる。
 本物の卵であれば横からこつんとぶつけてしまうのが良い、と思うのはシルヴァ自身が料理をする故か。けれど暗闇には壁は無く、数が多ければ横に倒す手間もかかる。多少時間がかかろうと、確実性を選ぶのが妖精の堅実さだった。力いっぱい叩きつけられたハンプティから、悲鳴の代わりに壊れゆく声がする。
「……現実のお料理では出来ないことですわね」
 大きな肉の塊をめいっぱい美味しくなあれと仕込むならまだしも、通常の卵料理なら大惨事必須だ。けれどもシルヴァが一切手を緩めぬことには、密やかな理由がある。
(ええ、わたくしは怒っております)

 ……折角の異世界のお祭りなのに戦いだなんて!

 心躍る文化風習に、美味しい屋台飯。ちょっと遠出を楽しむのとは訳が違う
 その日その期間だけの特別な時間は、今この時しか味わえないものなのに! 真面目な妖精の表情だけは通常通りで――否。少しだけ愛らしい目は座っている。
 しかして何も知らずに祭りを楽しむ人々や、地域に住まう皆の安全が何よりも最優先だ。
(お祭りにはまた来年来ればよいのですものね)
 後ろ髪惹かれる気持ちはあれども、保つ平和があれば次がある。途切れさせぬ為にも、今こうして頑張ることが大事だと自分に言い聞かせて。小さな手は何度目かの落下を命じて動いた。

竜宮・永遠

●孵化を夢見る

 真白い尾鰭が暗闇をうつ。
 竜宮・永遠(恋心・h00149)の白く細い指先が握りしめる手燭の炎が、この路のしるべだという。目的地へ辿り着くことも大事だけれど、帰り道だって迷子になるわけにはいかない。人魚の乙女には戻るべき、焦がれる場所があるのだから。
 花の香をかすかに漂わせる彼女が進む先にいるのは赤い一つ目のハンプティ達。手にした調理器具はどれも手入れが行き届きすぎて、青い瞳には少々物騒にも映った。
「あなたはどんな卵料理になりたいですか?」
「卵料理?」
 問いかけだけはどこか間抜けなそれに、永遠は首を傾げる。焼き加減一つで変わる味、いろんな食材と合わせても美味しい便利さ。当然食べるのも、作るのだって好きだ。
 万能的で素晴らしい、そういう評価を貰えるだけなら有難く受け取りたいところではあるのだが。
「でも私を料理するのは駄目、許さないわ」
 闇に呑まれてしまいそうな儚い白の女は、穏やかに、されど拒否の言葉をはっきりと示す。
 自らに調理器具が振り上げようとも、動じる素振りなんてない。
「――ね、りゅうぐう様?」
 微笑み、空いた手を中空へ差し出す。それを淡く美しい女の――|護霊《りゅうぐう様》が勿論だとばかりに引いた。長い髪が流れるように去った後を、振り下ろされたターナーが通り過ぎていく。
 なんて物騒。泳ぎ去る永遠達が見つめる先で、熱々のホットプレートが取り出されるのもなお物騒だ。切り傷も嫌だけれど、火傷は跡が残りそうで更に嫌!
 うら若き乙女にとっては死活問題。捕まるようなことはしないけれど、どうせならりゅうぐう様達も一緒に游ぎましょう。永遠の目配せを受けた護霊が微笑んで、周りに集うのは海の仲間たち。銀の鱗の魚たちが、大きな甲羅が逞しい海亀と共に現れる。水底のよう、というには暗すぎるけれど大丈夫。
 喚び出す大波に乗ってしまえばあらゆるものが些事なのだから。
 大きな水音と共に押し寄せた水流がハンプティ達を呑み込む。電気がショートして、一時眩しい光を放つのが見えた。熱せられた鉄板は冷やされ、他の調理器具とと共に路の奥へと押しやられていく。
 電化製品に海水は厳禁だけれど、悪さばかりをする子達なら仕方がない。祭りの会場に行けないよう、今この場所できっちりと懲らしめてもらった方が良い。
「卵さん、塩味は最適な調味料ですが水の温度が低r」
 この期に及んで卵料理について言及する精神性に、永遠の瞳がぱちぱちと瞬いた。
 敵ながら、その情熱はお見事。けれど彼らの調理には、どうしたって乗ってやることは出来ない。
「私は|婚約者《あの人》のお嫁さんになるの」
 だから貴方達の為の卵にはならない――なれない。
 いつか殻を破り、孵る場所はただひとつ。永遠が思い描く幸福の在処は愛しい人の傍にこそ。

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