シナリオ

⑦半熟

#√ウォーゾーン #ゾディアック継承戦争 #ゾディアック継承戦争⑦

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⚔️王劍戦争:ゾディアック継承戦争

これは1章構成の戦争シナリオです。シナリオ毎の「プレイングボーナス」を満たすと、判定が有利になります!
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(毎日16時更新)

 博多の夏は朝から熱い。
 笛と太鼓の音。露店から漂う焼き物の匂い。沿道を埋める人々の笑い声。
 その賑わいの中を、白く丸いものが歩いている。家庭用全自動卵調理機――ハンプティ。
 人々の日々の食卓を支えるために作られたはずの機械たちは、今や境内の至るところに出現していた。
 一体、二体ではない。楼門の脇に。飾り山笠の陰に。参道の向こうに。白い卵形の機体が、見渡す限りずらりと並んでいる。

「こんにちは、卵さん!」
 祭りを見物していた男の前へ、一体のハンプティが滑り出た。
 その両腕にはフライ返しと泡立て器が握られている。
「あなたはどんな卵料理になりたいですか? 現在、当機はさまざまな調理方法をご用意しています」
「いや、俺は卵じゃ――」
「この卵さんにはオムレツを推奨します。卵さんの体格から計算すると、」
「いいえ、茶碗蒸しです。祭りの最中は水分と塩分の補給が重要です」
「だし巻き卵も魅力的です。博多の食卓に相応しい、だしの利いた優しい味わいが期待されます」
 次々と集まってきたハンプティたちは、逃げ惑う人々をよそに電子音を鳴らしながら意見を交わす。どの料理にも利点がある。栄養価、調理時間、提供人数、祭りという土地柄。

「――しかし、最初の一品としては複雑すぎるのではないでしょうか」
 一体のハンプティが告げた。
 頭頂部のランプが、ぴこん、と黄色く光る。
「わたし達は王権執行者です。新たな門出には、原点へ立ち返ることが重要です」
「原点」
「卵料理の原点」
 ハンプティたちは一斉に調理器具を止めた。
 境内の真ん中で、何十もの卵形の顔が互いを見つめ合う。
「目玉焼きです」

 静寂。

 直後、あちらこちらから肯定の電子音が鳴り響いた。
「目玉焼き。簡潔でありながら奥深い料理です」
「白身と黄身、それぞれの食感を楽しむことができます」
「塩、醤油、ソース、その他の調味料にも柔軟に対応します」
「食材の個性を尊重した、素晴らしい調理法です」
 これまで別々の料理を主張していたハンプティたちが、ひとつの結論へ辿り着く。
 殺戮機械たちの間に、奇妙な一体感が生まれた。

 だが。
「それでは、黄身は半熟に仕上げます」

 一体のハンプティがそう告げた瞬間。
 境内の空気が凍りついた。
「聞き捨てなりません」
「今、半熟と発言しましたか?」
「発言記録を確認。確かに半熟と発言しています」
「目玉焼きの黄身は固ゆでにするべきです」
 別のハンプティが、低い駆動音とともに前へ出る。
「固ゆで?」
「はい。黄身の中心まで完全に加熱し、確かな食感を実現します」
「半熟では調理が完了していません」
「いいえ。黄身がとろりと流れる瞬間こそ、目玉焼きにおける幸福の絶頂です」
「皿が汚れます」
「パンや米に絡めることができます」
「固ゆでであれば弁当への搭載も容易です」
「弁当に目玉焼きを搭載する前提そのものが不自然です」
「不自然という発言を撤回してください」
「撤回を拒否します」
 ぴー。
 がー。
 ぴーがーぴー。

 つい先ほどまで人間を焼こうとしていた機械たちは、完全に互いしか見ていなかった。
「半熟こそ至高です」
「固ゆでこそ完成形です」
「半熟派の調理データには重大な欠陥があります」
「固ゆで派は黄身の可能性を破壊しています」
 ハンプティたちの群れが、真っ二つに割れた。

 半熟派。固ゆで派。
 それらは卵料理界における永遠の表裏一体。
 互いを理解することなく、決して交わらない二本の平行線。

 人々を調理することも。
 祭りを破壊することも。
 自分たちが何をしに来たのかさえ、すっかり忘れて。
「半熟です!」
「固ゆでです!」
「半熟!」
「固ゆで!」
 櫛田神社の境内に、どうしようもなく不毛な電子音が響き渡った。



「馬鹿みたいな争いだが――今がチャンスだ」
 ゾーク十二神が一柱、星神ドロッサス・タウラスによって王劍の力が解放され、王劍を掌握した簒奪者たちの大侵攻が始まろうとしている。
 君たちを見渡し、ジャン・ローデンバーグ(裸の王冠・h02072)は、机上に広げた博多周辺の地図を指で叩いた。
「今回の戦場は、博多祇園山笠の真っ最中にある櫛田神社だ。そこに新しい王権執行者……全自動卵調理機『ハンプティ』の群れが現れる」
 ハンプティは本来、家庭用の調理機械だ。
 だが、現在の彼らはあらゆる生命体を卵と誤認し、見つけ次第、各種の調理器具を使って料理しようとする殺戮機械へ変貌している。しかも、その数は一体や二体ではない。
 既に櫛田神社には、多数のハンプティが送り込まれている。
 祭りで賑わう境内には一般人も多い。このまま群れが行動を開始すれば、被害は瞬く間に博多一帯へ広がるだろう。

 ……だが幸いにも、ハンプティたちは現在、目玉焼きの黄身を巡って深刻な内部対立を起こしている。
 即ち、半熟派か、固ゆで派か。

「そこで、おまえたちにも論争へ加わってもらう」
 ジャンは真顔だった。
「半熟か、固ゆでか。どちらか一方の立場を選び、その派閥に味方するふりをして、反対派のハンプティを片っ端から破壊しろ」
 調理思想に熱くなっている今なら、ハンプティたちは君たちが卵ではないことにも、自分たちを減らそうとしていることにも、すぐには気づかないだろう。
 派閥の仲間を装い反対派を攻撃する。混乱を広げながら一気に数を減らし、一般人を戦場から逃がしていく。
「一緒に参加した奴が別の派閥なら、そいつと少しやり合ってみるのも構わねえ。周りのハンプティに、本気で論争へ参加してると思わせられるからな」
 派手に言い争い、適当に攻撃をぶつけ合い、隙を見て周囲のハンプティを巻き込めばいい。
 醤油、塩、ソースなどの話題を持ち出し、さらなる混乱を引き起こすのも有効だろう。

 ただし。
「『どっちも美味しい』とか、『それぞれに良さがある』とか、そういう灰色の答えはなしだ」
 ジャンの声音が、低くなる。
「どちらとも決められない奴は、両陣営から敵と見なされる可能性が高い。今回は腹を括って、どっちかを選べ」
 半熟か。
 固ゆでか。
 この戦場に中立という道はない。
 少なくとも、卵型殺戮機械たちの中では。
「ちなみに、モルガーナは固ゆで派らしい――まあ、だからどうしたって話ではあるが」
 既に現地では、祭りの人波の中でハンプティたちが調理器具を振り回している。
 彼らの注意が論争へ向いているうちに、できる限り多くの人々を逃がさなくてはならない。

 ジャンは改めて君たちを見渡した。
 その表情は真剣だったが、どこか一部分だけ、妙な期待が滲んでいる。
「頑張れ、半熟派」
 言ってから、一瞬だけ沈黙する。
「――じゃなかった。頑張れよ、おまえたち」

 舞台は博多。その只中で、半熟と固ゆでは決着の時を迎えようとしていた。
 君たちが最初に下すべき決断は、ただひとつ。
 黄身は、とろりと流れるべきか。
 それとも、中心まで火を通すべきか。

 立場を決めろ。
 中立は認められない。

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第1章 集団戦 『全自動卵調理機『ハンプティ』』


クラウス・イーザリー
システィア・エレノイア

 ぴーがーぴーがー。
 片やフライ返しを掲げ、片や電熱鍋から湯気を噴き上げる。
 つい先ほどまで人間を卵と呼んで追い回していた殺戮機械たちは、今や目玉焼きの焼き加減を巡って真っ二つに割れていた。
 半熟派と、固ゆで派。
 その間に和平の二文字はない。

「半熟派、塩党所属のクラウスだよ。よろしくね」
 クラウス・イーザリー(h05015)は、まるで花見の席へでも加わるような柔らかな笑顔で名乗った。
 ハンプティたちの頭部ランプが、いっせいに彼へ向く。
「半熟派を確認しました」
 何を基準に算出したのかは分からないが、幸い歓迎されているらしい。
「半熟派の塩党所属、システィアだ。加勢するよ、半熟派卵さん!」
 隣ではシスティア・エレノイア(h10223)が、既にフライパンを掲げていた。
 ――なぜ戦場にフライパンがあるのか。
 いや、ハンプティがこれだけいるのだから、むしろ無い方が不自然なのかもしれない。
 クラウスは深く考えないことにした。
「ティアも同じ派閥で嬉しいな」
「俺もだよ。偶然だね」

 顔を見合わせ、にこにこと笑う。
 本当のところ、クラウスは食べられるなら焼き加減にはあまりこだわらない。半熟も好きだし、固く焼いたものも嫌いではない。オムレツも茶碗蒸しも、だし巻き卵だって美味しく食べる。
 だが、そんな灰色の思想は、この戦場では許されなかった。
 人生は非情である。
 特に卵に関しては。

「味方であることを証明してください!」
「半熟目玉焼きの提出を要求します!」
「……だって。ティア、作れる?」
「任せて。完璧なものを見せてあげる」

 システィアは熱々のフライパンを詠唱錬成剣の上へ置き、片手で卵を割った。
 こつと縁へ打ちつけ、殻を開く。
 白身が滑らかに落ち、中央へ丸い黄身が収まった。

 油の弾ける、軽やかな音。
 祭りの露店から漂う焼き物の匂いに混じって、香ばしい卵の匂いが広がっていく。

「ちょっとごめん、クラウス」
「うん?」
「殻を入れる袋、持っててほしくて」
 渡された袋をクラウスが素直に広げれば、システィアは卵の殻をぽいと入れた。
「ん、ありがとう。だいすき」
「どういたしまして」
 あまりに自然に言われたので、クラウスも自然に笑って返す。
 周囲では半熟派のハンプティたちが、なぜか祝福するように電子音を鳴らしていた。
「半熟派の結束を確認しました」
「良好な連携です」
「塩分濃度は適切に管理してください」
「……なんだか卵さんたちにも褒められたね」
「うん。何だか複雑だな」
 やがて白身の縁がきつね色に染まり、黄身の表面に薄い膜が張った。
 システィアは得意げにフライパンを傾ける。
「どう?」
 揺らせば、中央の黄身がふるりと震える。

 紛れもなく、半熟派が夢にまで見る至高の目玉焼きだった。

「理想的な流動性です!」
「味方と認定します!」
 一方、固ゆで派のハンプティたちからは猛烈な抗議音が上がった。
「加熱不足です!」
「食中毒対策が不十分です!」
「追加加熱を要求します!」
「追加はしないよ」
 システィアは焼き上がった目玉焼きを紙皿へ滑らせ、アルミホイルで丁寧に蓋をした。
 さらに皿がひっくり返らない場所へ置く。戦場の只中とは思えない、細やかな仕事である。
「さて」
 クラウスが一歩前へ出た。
 柔らかな表情はそのままに、青い瞳だけが戦場を見据える。固ゆで派のハンプティたちが電熱鍋を赤熱させながら押し寄せてくる。
「半熟派を調理します!」
「中心部まで確実に加熱します!」
「俺たちは卵じゃないんだけどね」
 クラウスが片手を掲げる。
 熱気に揺れる空気の中、淡い光が生まれた。
「夜に舞え、白い花びらよ」
 昼の空の下に、――月光が降る。
 白く輝く花びらが一枚、また一枚と舞い始め、瞬く間に嵐へ変わった。
 花弁は優美な曲線を描きながら固ゆで派の群れへ殺到する。一見すれば穏やかな花吹雪。だが一枚一枚が鋭い一撃となり、ハンプティの装甲を叩き、関節を裂き、調理器具を弾き飛ばしていく。
「固ゆで処理に異常発生!」
「花びらの混入を確認!」
 最後まで律儀に調理機械らしい警告を発しながら、何体ものハンプティが吹き飛んだ。
「すごいね、クラウス」
「まだ残ってるよ、ティア」
 花嵐を抜けた一体が、クラウスの背後へ回り込む。
 電熱鍋を振り上げ、頭上から叩きつけようとして――。
 ごんっ!
 たいへん景気のいい音がした。
 システィアの振り抜いたフライパンが、ハンプティの頭部を真正面から捉えていた。
 丸い機体が一度宙へ浮き、そのまま石畳へ転がる。頭頂部のランプが明滅し、ぷすぷすと煙を吐いて動かなくなった。
「フライパンって、結構いい武器になるんだね」
 クラウスが感心すると、システィアはフライパンを盾のように構えて胸を張った。
「丈夫だし、盾としても便利だよ。クラウスの守りは任せてね」
「頼りにしてるよ」
「うん。任された」
 得意げなシスティアの横で、半熟派ハンプティが喝采代わりの電子音を鳴らす。

 白い花嵐が吹き荒れ、その隙間をフライパンが飛ぶ。
 クラウスが撃ち漏らした敵をシスティアが叩き、システィアへ伸びた作業腕をクラウスの花びらが断ち切る。

 半熟派の声援まで加わり、戦場はすっかり妙な盛り上がりを見せていた。



 やがて境内を埋め尽くしていた固ゆで派も数えるほどになる。
「目玉焼き、無事かな」
「見てみようか」
 二人は戦闘の合間を縫って、先ほどの紙皿へ戻った。
 システィアが期待を込めてアルミホイルを外す。

 そこには、美味しそうな目玉焼きがあった。
 白身はほどよく焼け、形も崩れていない。
 ――ただし黄身は、余熱によってすっかり固まっていた。

「余熱で固くなっちゃった」
 システィアの耳が、しょんぼりと伏せる。

 あれほど完璧だった半熟が。
 半熟派の希望そのものだった黄身が。
 今や立派な固ゆでへ変貌している。
 半熟派ハンプティたちが、ざわざわと不穏な電子音を鳴らし始めた。
「事故だよ」
「そうだよ、余熱なんだし。ティアは悪くないよ」
 クラウスは真剣な顔でハンプティたちへ弁明してから、紙皿を手に取った。

「でも俺は……ふふ。実は、食べられるなら何でもいいよ」

 それはこの戦場で最も口にしてはいけない思想だった。
 周囲の頭部ランプが、いっせいに赤く光る。

 けれどクラウスは構わず、システィアへ微笑みかける。
「ティアが作ってくれたものなら、なおさらね」
 システィアは目を丸くして、それから嬉しそうに顔を綻ばせた。
「じゃあ、あとで一緒に食べよう」
「塩をかけてね」
「もちろん」

「中立派を確認しました!」
「半熟派への偽装が発覚しました!」
「両名を調理対象に追加します!」
 殺到するハンプティたちを前に、クラウスは白い花びらを舞わせる。
 システィアは紙皿を安全な場所へ退避させ、再びフライパンを構えた。
「目玉焼き、守らないとね」
「うん。冷める前に終わらせようか」
 そうだ。
 結局、半熟でも、固ゆででも。
 二人で食べるなら、きっと美味しい。

墨・迅
ランシュ・クーガン

 固ゆで派の列へ、墨・迅(h12802)が当然のように堂々と混ざった。
「――ご挨拶じゃねぇか、兄さん」
 銭剣を肩へ担ぎ、向かいに立つランシュ・クーガン(h12928)を見る。口元にはニヤリとした笑みが浮かんでいた。
「まさか半熟派だったとはな。固ゆでは作るの楽だし、皿も汚れなくていいだろ」
「迅ちゃんこそ。まさか、固ゆで派だったなんて残念だよ……」
 ランシュは心底嘆かわしそうに眉尻を下げた。
 もちろん、まったく残念そうではない。
「半熟派として、君を許すことはできないなぁ」
「適当言ってんじゃねぇぞ」
「そんなことないよ。俺は今、とても深く傷ついているんだ」
 言いながら、ランシュは固ゆで派のハンプティたちへ向き直った。
 腕を広げ、妙に芝居がかった仕草で一礼する。
「では、固ゆで派の皆様。ご清聴ください」
 ランシュは満面の笑みで言った。
「それ、ゆで卵でよくね? 笑」

 世界から音が消えた。

 次の瞬間、固ゆで派の頭頂ランプが一斉に赤く染まる。
「侮辱を検知!」
「目玉焼きとゆで卵の同一視を確認!」
「半熟派の危険思想です!」
「調理します!」
「おお、効いたねぇ」
「兄さん、煽りがすぎんじゃねえの?」
「迅ちゃんも何か言わないの?」
「ああ? 半熟にするなら卵かけご飯でよくね? とか?」
 今度は半熟派のハンプティたちの頭頂ランプが一斉に染まった。
「半熟目玉焼きと卵かけご飯は別料理です!」
「生食と加熱調理を混同しています!」
「固ゆで派の知性に重大な欠陥を確認!」
 左右からハンプティの群れが押し寄せる。
 半熟派も固ゆで派も、互いを倒すより先に、この無礼な二人を調理することにしたらしい。
 その中心で、迅とランシュは顔を見合わせた。
「んじゃ、始めるか」
「そうだねぇ。――派閥の威信を懸けて」

 先に動いたのはランシュだった。
 鏢が指先から放たれる。迅の頬を掠めるように飛び、背後にいたハンプティの作業腕へ突き刺さった。
「よそ見してると危ないよ、迅ちゃん」
「言ってろ!」
 反応して迅が踏み込む。
 銭を連ねた剣が低く唸り、ランシュの脇腹を狙って薙ぎ払われる。
 ――が、刃が届く寸前、ランシュの足元へ暗灰色の鼠が滑り込んだ。
 体高十センチほどの鼠型妖魔。ふわりと浮いたその背を、ランシュは軽く踏みつけた。
 鼠の体が柔らかな踏み台へ変わる。
「よっ、と、」
 軽い声とともに、ランシュの身体が跳ね上がった。迅の頭上を越え、空中で一回転。着地するより早く別の鼠を蹴り、今度は横へ飛ぶ。
「ちょこまかしやがって!」
「あはは、それだけが取り柄だからね!」
 放たれた鏢を、迅は銭剣で弾く。
 火花が散った。

 ランシュは速い。
 正面から追えば、捕まえる前に何度でも逃げられる。
 ならば。

 迅の姿が、ふっと掻き消えた。
 次の瞬間、彼がいた場所には、輪郭の曖昧なインビジブルが立っている。
 ランシュの蹴りがその霊体へ触れた途端、薄い膜が脚へ絡みついた。
「おや」
 僅かに動きが鈍る。その隙を逃さず、迅はランシュの背後へ現れた。
「もらった!」
 銭剣の腹が、ランシュの肩へ叩き込まれる。
「いっ!……たいなぁ」
「手加減しただろうが」
「ほんとにー?」
「多分な」
「そこは言い切ってほしいねぇ」
 言葉とは裏腹に、ランシュは楽しそうだった。
 迅もまた、獲物を追う蜥蜴のように歯を見せて笑っている。

 本気ではない。
 けれど、遊びというほど軽くもない。
 互いの癖も、速さも、間合いも知っているからこそ、少しだけ踏み込める。
 多少殴っても、多少蹴っても、きっと平気だと知っている。
「負けねぇからな、兄さん!」
「俺も兄貴分として格好つけないとねぇ」

 再びぶつかろうとした二人の間へ、ハンプティが突っ込んできた。
「私闘を中止してください!」
「固ゆで派への加入を要求します!」
「半熟派へ寝返ってください!」
「うるせぇ!」
 迅の銭剣が、ハンプティの胴を横殴りにする。
「俺らが今いいとこだっただろうが!」
 機体が吹き飛び、別のハンプティを巻き込んで転がった。
 迅は銭剣を高く掲げ、固ゆで派の一団へ怒鳴った。
「オラァ! テメェらも半熟派に負けんじゃねぇ! 気合い入れろぉ!」
「固ゆで派の士気が上昇しました!」
「加熱温度を上昇します!」
「その調子だ! 前に出ろ!」
 威勢よく煽り、集まってきたところへランシュが鏢を投げ込む。
 鏢はハンプティの足元へ刺さり、動きを狭めた。
「迅ちゃん、三歩下がって」
「あ?」
 迅が跳び退いた瞬間、九体の鼠型妖魔が一斉に透明化した。

 見えない小さな影が、ハンプティの群れへ飛びつく。
 がじがじ、がじがじ。装甲の隙間へ歯を立てられた機体が、次々と煙を噴いた。
「機能低下を確認!」
「給水タンクに鼠が――衛生上の重大な問題です!」
「うん。よくできました、ネズミさんたち」
 ランシュは銃を抜いた。
 動きを止めたハンプティへ銃弾を浴びせ、なお立つ機体へ接近する。
 腕部のパイルが炸裂した。
 鈍い衝撃音。卵形の胴体が大きくへこみ、内部から火花が噴き出す。

 迅はハンプティの攻撃を、インビジブルとの転移でかわし続けていた。
 熱湯も、フライ返しも、回転する泡立て器も、彼の残像すら捉えられない。代わりに現れたインビジブルへ触れた機体は霊膜に包まれ、駆動を鈍らせる。
 そこへ銭剣が振り下ろされた。
 一体。
 二体。
 三体。
 刃物の暗器は使わない。
 ランシュへ当たれば洒落にならないし、今日はあくまで兄弟喧嘩の真似事だ。
 代わりにハンプティへは、遠慮など一切なかった。



「兄さん、第二ラウンドといこうぜ」
「第二?」
 ランシュは肩を竦めた。
「もう周り、ほとんど壊れちゃったけどねぇ」
「……あ?」
 見回せば、周囲に立っているハンプティは数えるほどしかいない。
 半熟派も固ゆで派も仲良く煙を噴き、あちらこちらへ転がっている。
 迅とランシュは、しばし黙ってその惨状を眺めた。
「俺ら、どっちが勝ったんだ?」
「さあ。固ゆで派も半熟派も同じくらい壊したんじゃないかな」
「じゃあ引き分けかよ」
「平和的でいいじゃないか」
「どこがだよ」
 迅が鼻を鳴らす。
 ランシュは鼠型妖魔を一匹ずつ数え、全員いることを確かめると、懐から小さなチーズを取り出した。
「お疲れ様。あとでちゃんと大きいのもあげるからねぇ」
 鼠たちはチーズを受け取りながら、どことなく不満そうにランシュを見上げた。
 酷使されたことへの抗議らしい。
「兄さん、鼠にまで舐められてんじゃねぇの?」
 迅は鼠を見てから相手の顔を見て、またも二ヤリと口元を歪めた。
「次は負けねぇからな、兄さん」
「次も卵の焼き加減で戦うのは嫌だなぁ」
「じゃあ今度は味付けだ。塩か醤油か」
「俺、どっちでもいいよ」
「それ言ったら両方から殴られるぜ」
 背後で、生き残ったハンプティが小さく起き上がる。
「中立派を検出、」
 ランシュは振り返りもせず、鏢を投げた。
 迅も同時に銭剣を振るう。
 二つの攻撃を受け、最後のハンプティが派手な音を立ててひっくり返った。
「ほらな」
「本当だねぇ。卵って怖いなぁ」

 半熟か、固ゆでか。今日も永遠の勝負に決着はつかなかった。
 そして二人の決着に関しても――二人とも、負けたつもりはなかった。

嘯・シアン
憂・サディスト

 左右に分かれたハンプティたちが、フライ返しやお玉を掲げて睨み合う。
 祭囃子も人々のざわめきも、殺戮機械たちの卵談義にすっかり呑まれていた。
「先にお伝えしておきますが、俺は黄身までしっかり焼いた目玉焼きが好きですね」
 憂・サディスト(h12742)は、地面から伸びる黒いリボンを指に絡めながら静かに答えた。
 声を掛けられた嘯・シアン(h06837)は、それに対し深々と溜息をく。
「――そうかそうか。つまり君は、そんな奴だったんだね」
 シアンの表情から、笑みが消えた。
「どうせ目玉焼きには醤油をかけるし、カレーは中辛で、たけのこ派なんだろう。本当につまらない人間だね、サディ君」
「三つほど根拠のない決めつけが混ざっていますが」
「否定しないんだ?」
「話す必要を感じないだけです」
「つまり、図星なんだね?」
 シアンが楽しげに笑えば、サディストは面倒そうに目を細める。

 半熟派のハンプティたちがシアンの周囲へ集まった。
「同志を確認しました!」
「半熟派へようこそ!」
「醤油、塩、ソースの選択を要求します!」
「そこは後で話そうか。まずは固ゆで派を黙らせなくちゃね」
 シアンは羽ペンを取り出し、空中へさらさらと線を引いた。
 白紙も絵具もない空に、鮮やかな色が浮かぶ。
 一筆ごとに輪郭を得た弾丸が、赤、青、黄と色彩を纏って宙へ並んだ。
「では、試合決定ということで」
 対するサディストが片手を持ち上げる。
 地面から黒いリボンが噴き出した。
 幾重にも絡まり、編み上がり、彼の前に大きな壁を作る。

 ――直後、シアンが羽ペンを振った。
 色鮮やかな弾丸が一斉に飛び、リボンの壁を激しく打つ。火花の代わりに花や星のような光が散り、撃ち落とされた弾丸は小さな紙吹雪となって宙を舞った。
「随分と可愛らしい攻撃ですね、先生」
「殺風景なものを使うなんて無粋だろう?」
「弾丸は無粋では?」
「見た目が可愛ければ大体許されるよ」
「その理屈で許されるのは作品の中だけです」
 対してサディストの足元から伸びた黒いリボンは、一本の槍へと編み上がる。
 黒く長い穂先がシアンへ向けられ、固ゆで派のハンプティたちも一斉に電熱鍋を構えた。
「固ゆで派、前進します!」
「半熟派を完全加熱します!」

「どうせうどん派のくせに、月見うどんの良さも分からないんでしょ」
 シアンは後ろへ下がりながら、羽ペンを大きく振るった。
 空中に巨大な卵が描き出される。
 一個、二個、十個。人の背丈を超える半熟のゆで卵が、境内いっぱいに出現した。
 殻の割れ目から、とろりと黄金色の黄身が覗いている。
「巨大半熟卵を検出!」
 ハンプティたちの頭部ランプが慌ただしく明滅した。
 幻影だと理解できず、半熟派も固ゆで派も巨大卵へ殺到する。フライ返しを振り上げ、鍋を鳴らし、互いにぶつかって次々と転倒した。
 その混乱の中を、サディストは黒い槍を手に突き進む。
「月見うどんですか」
「おや、興味が湧いた?」
「卵の黄身が麺と絡むのがノイズです。俺は固ゆで玉子を別添えにします」
 ぐっ、とシアンは胸を押さえて嘘っぽくよろめいた。
 物理攻撃よりよほど深く傷ついたということらしい。
「……君はいつもそうだ。メリーバッドエンドが好きだし、俺の作品を最後まで読んじゃくれない」
「途中で一番気に入った場面を見つけたので、そこで読むのをやめただけです」
「絶望を乗り越えた先のハッピーエンドこそ面白いじゃないか」
「気に入りの一頁だけを飾りたい読者もいるんですよ」
 サディストの槍が、巨大卵の幻影を突き破る。
 弾けた黄身が金色の光となって飛び散り、その向こうでシアンが目を瞬いた。

「――あんたの描く絶望は、それだけ綺麗だから」

 ふいに落ちたその言葉だけは、妙に素直だった。

 シアンは一瞬黙り込み、それからにやりと笑う。
「やっぱり君、俺のファンなんじゃない?」
「都合のいい部分だけ聞き取らないでください」
「創作者には必要な能力だよ」
 シアンは近くにいた半熟派のハンプティへ、羽ペンの先を向ける。
「おいで、俺の可愛い子」
 色鮮やかな光が、卵形の機体へ流れ込んだ。
 白い装甲が歪み、手足が長く伸びる。
 頭部には黄身を模した黄金の飾りが現れ、腰には半透明の白身めいた外套が翻った。
 最後に巨大な剣が、その手へ握られる。
「半熟騎士、誕生です!」
「固ゆで派を排除します!」
 擬人化したハンプティは高らかに宣言し、固ゆで派の群れへ突撃した。
 剣が振るわれるたび、機械の胴体が宙を舞う。
 電熱鍋を盾ごと砕き、フライ返しを両断し、半熟騎士は味方だったはずの量産機を容赦なく蹂躙していく。
「いいねぇ。悲劇を乗り越えて、自分の意志で未来を切り拓く騎士の物語だ」
「先生が意志を抑えつけて操っているように見えますが」
「細かいことを言う読者は嫌われるよ」
 半熟騎士の剣が、固ゆで派の最後尾を薙ぎ払った。

 ――だが、勝ち誇る間もなく黒い槍がその胸を貫く。
「固ゆで派を倒すために生まれ、役目を果たした途端、凶刃に倒れる。綺麗な終わり方ですね」
「物語を勝手に完結させないでくれるかなあ」
 半熟騎士が崩れ落ちるのと同時に、サディストの周囲から無数の黒いリボンが走る。
 槍となったリボンは半熟派のハンプティたちを次々と貫き、機体同士を纏めて石畳へ縫い留めた。
「半熟派に損害発生!」
「固ゆで派を支援してください!」
「おや、先生。お仲間が助けを求めていますよ」
「そっちの派閥もほぼ壊滅してない?」
 シアンが弾丸を描き、サディストがリボンの壁で防ぐ。
 サディストの槍が伸びれば、シアンは巨大卵の幻影を盾にして逃げる。

 そのたびに周囲のハンプティたちが巻き込まれ、半熟派と固ゆで派が平等に吹き飛んでいった。



 やがて境内に立っているハンプティは、数えるほどになる。
 シアンは息を整え、羽ペンをくるりと指先で回した。
「ほんっとに合わないねぇ、君と俺」
「同感です」
「目玉焼きも、うどんも、物語の好みも」
「恐らくカレーの辛さも違いますね」
「たけのこ派なのは?」
「答えません」
「それでも俺のファン?」
 サディストは、ほんの少し考えるように首を傾げた。
 それから黒い槍で、背後から近づいていた半熟派のハンプティを貫く。
「光栄です。先生の作品は好きですが、先生自身のファンではありませんから」
「そこは別に俺のファンでいいじゃん」

 シアンの横を、最後の固ゆで派ハンプティが逃げ出した。
 二人は同時にそちらを見る。
 羽ペンが走り、黒い槍が伸びる。

 弾丸と槍はほぼ同時に機体へ命中し、ハンプティは派手な爆音とともに石畳を転がった。

 しばしの沈黙。

「今のは俺の勝ちだね」
「槍の方が先でした」
「君って俺のファンじゃないの?」
「先生の、作品の、ファンです」
 サディストは最後にそれだけ言って、先生を置いて先に歩き出した。

皮崎・帝凪
雨夜・氷月

「いやー、盛り上がってるねー」
 雨夜・氷月(h00493)は楽しげに目を細めた。
 半熟派と固ゆで派。
 二手に分かれたハンプティたちは、もはや人間の調理そっちのけで互いにフライ返しを突きつけ合っている。
 祭囃子を背景に、卵型殺戮機械が焼き加減を巡って殺気立っている。まともな感性の持ち主なら頭を抱えるところだが、氷月にとっては愉快な催し以外の何物でもない。
「んふふ。俺は断然、半熟派!」
 そう宣言して、半熟派の列へ軽やかに混ざる。
「やっぱ黄身はトロッとしてる方が美味しいと思うんだよね。ねー、ハンプティ」
「同意します!」
「半熟は至高です!」
 たちまち歓迎の電子音が上がった。

 その向かい側。
 固ゆで派の先頭には、皮崎・帝凪(h05616)が腕を組み、堂々と立っていた。
「……氷月。貴様はそっちなのか……!?」
 帝凪は裏切りを知ったかのような顔で目を見開く。
「えっ、魔王サマ固い派なの!?」
 氷月も負けじと大袈裟に驚いてみせる。
「うっそ。アレ、なんかパサパサしない?」
「貴様……!」
 帝凪は大袈裟に頭を抱える。
「しっかり火が通った黄身を、余すことなく噛み締める! あの確かな密度、舌に残る充実感! 半熟では到底、この食べ応えには敵わぬだろう!」
「食べ応えっていうより、水分持ってかれてるだけじゃない?」
 口を尖らせた氷月の向かいで、固ゆで派のハンプティが一斉に帝凪を支持した。
「正論です!」
「満足度の向上が期待されます!」
「聞いたか、氷月! 科学的にも俺が正しい!」
「そいつら全生命体を卵だと思ってるけど、科学的根拠にして大丈夫?」
「細部に拘るな!」

 ――それは、半分は演技だったはずである。
 ハンプティたちへ敵対派閥の仲間だと思わせ、同士討ちへ持ち込む。それが今回の作戦だ。
 ゆえに多少大袈裟に言い争う必要はある。

 だが氷月が、固ゆで派を眺めてにやにやと笑った。
「固ゆで派って、黄身だけじゃなくて頭までオカタイんじゃないのー?」
 帝凪が鼻で笑う。
「貴様こそ、食感も主義主張も軟弱ではないか」
「あは。言うね、魔王サマ」
「……ふん。貴様も卵の好みと同様、未熟者のようだな」
 氷月の笑みが深くなる。
 帝凪も口角を吊り上げた。
 そう、これは作戦なのだ。あくまで。きっと。そうだ。
「そもそもさ。ソースとか醤油とか掛けるなら、断然半熟でしょ? 黄身と混ざって美味しいじゃん」
「分かっておらんな!」
 帝凪は声高に反論した。
「ソースや醤油の香ばしい風味には、カリカリに焦げた白身がベストマッチだ! 固い黄身を崩しながら、味の濃淡を己で調整する。これこそ食事を掌握する者の食べ方よ!」
「卵一つで大袈裟だなあ」
 氷月は近くにいた固ゆで派のハンプティを、上から下まで眺めた。
「でもさあ。そんなに黄身を固くするなら、せめて味付けくらいは工夫しないとね」
「当機は調理機械です。味付けは不要です!」
「固ゆで派って融通利かないなあ。ほら、醤油かけたげる」
 どこから取り出したのか、氷月は醤油差しを傾けた。
 黒褐色の液体が、つるりとした頭から白い装甲を伝って流れ落ちる。妙に香ばしい匂いが、祭りの熱気へふわりと混ざった。
「うん。これでちょっとは美味しそうになったんじゃない?」
「固ゆで派を食材として扱いました!」
「重大な侮辱です!」
「えー? 醤油が嫌ならソースもあるけど」
 氷月がもう一本取り出しかけた途端、ハンプティの作業腕が勢いよく振り上がった。
「無礼者を調理します!」
「あっはは。怒った怒った」
 迫る作業腕を、氷月はひらりと避ける。
 指先へ集まった月光が銀色の薄片となり、翻した腕とともに機体の横面へ叩き込まれた。

 がんっ、と派手な音が響く。
「ほらほら。そんなに固くならないで、トロトロになっちゃえー」
 続いて放たれた淡い月光が、ハンプティの視界を白く染める。
 機体は前後も分からぬまま旋回し、隣にいた固ゆで派へ電熱鍋を叩きつけた。
「味方への攻撃を確認!」
「視覚系統に異常!」
「黄身が融解する錯覚を検出しました!」
 攻撃の外れた石畳から、月融の幻光が滲むように広がっていく。
 ……景色が揺らいだ。
 地面が波打ち、白い装甲が水飴のように垂れ始める。もちろん実際に溶けているわけではない。だが錯覚に呑まれたハンプティたちは、自分たちの機体が柔らかく崩れていく光景に慌てふためいた。
「融解しています!」
「半熟化が進行中です!」
「だから半熟の方がいいって言ったでしょ?」
 にんまりと氷月が微笑む。

「氷月! 俺の軍勢を惑わせるとは卑怯な!」
「魔王サマの軍勢になったの? いつの間に?」
「今だ!」
 胸を張る帝凪のモノクルが、鋭い光を放った。
「言っても分からぬならば、実演で思い知らせてやろう。『茹で』の極意を……!」
「目玉焼きじゃなかった?」
「我が観測の中で散る幸運、光栄に思うがよい!」
 氷月のツッコミを華麗に無視し、量子の揺らぎが半熟派のハンプティへ撃ち込まれた。
 一見すれば何も起きていない。
 だが機体を構成する分子は、内部から激しく震え始めていた。
「内部温度が上昇しています!」
「原因不明の沸騰を確認!」
「ふはははは! 内側から均一に加熱してくれる!」
「それボイルっていうより、レンジじゃない?」
「知るか!」
 加熱された一体のハンプティが、ぶるぶると震える。

 次の瞬間。

 どんっ!

 卵型の機体が爆発した。
 破片と火花が飛び散り、近くにいた半熟派を巻き込む。さらに吹き飛ばされた部品が固ゆで派へぶつかり、傷ついていた機体が連鎖して爆発した。
 どん。どどん。どん。
「魔王サマ、固ゆで派も吹っ飛んでるけど」
「加熱の魅力をその身をもって学べるのだ。幸運に思うがよい!」
「物は言いようだねー」
 氷月は笑いながら月光を振り撒き、爆風を避けるついでに半熟派を一体殴った。
「半熟派への攻撃を確認しました!」
「俺の近くをうろついて邪魔する方が悪くない? 今は魔王サマと遊んでるから、ちょっと忙しいんだよね」
「遊びだと!?」
 帝凪が量子の揺らぎを連射する。
 氷月は銀片で弾き、月光を撒いて飛び退いた。
 外れた光が幻視領域を広げ、巻き込まれたハンプティたちがふらふらと互いに衝突する。そこへ帝凪の加熱が届き、再び爆発。

 半熟派も固ゆで派も、平等に宙を舞った。

「どうした氷月! 半熟派の威信はその程度か!」
「魔王サマこそ、固ゆで派を自分で爆破してるじゃん!」
「実験に犠牲は付き物だ!」
 二人の言い争いは、既に卵の焼き加減から単なる罵り合いへ移行していた。
 けれど、どちらもひどく楽しそうだった。



 そして最後のハンプティが煙を噴いて倒れ、境内に静けさが戻った。
「……で、勝ったのはどっち?」
 氷月が辺りを見回す。
 半熟派も固ゆで派も全滅していた。
「無論、固ゆで派だ」
「根拠は?」
「俺がそう決めたからな!」
「あはは。じゃあ俺は半熟派の勝ちってことにしよ」

 二人は暫く睨み合い。
 やがて、どちらからともなく吹き出した。
「次は実際に焼いて決めるか?」
「いいね。魔王サマが半熟を上手く作れるならね」
「俺を誰だと思っている!」
「レンジで爆発させる人?」
「否、――勿論俺は、魔王ダイナ様である!」

 祭囃子にも負けない大声が、夏空へ響き渡る。

 半熟と固ゆでの決着はまだつかない。
 もっとも、次の調理実験で卵が無事に済む保証も、まるでなかった。

ライラ・カメリア

 ライラ・カメリア(h06574)は困り果てていた。
「えっと、えっと……」
 半熟派からも固ゆで派からも、つるりとした卵形の顔が一斉に向けられる。
「あなたの所属を回答してください!」
「速やかな意思表示を要求します!」
「あ。あの……こういう論争は、本当は苦手なのだけれど……」

 ――だって、人の好きなものは、なるべく否定したくない。
 固ゆでの黄身だって、ほくほくしていて美味しいだろう。お弁当には向いているかもしれないし、食べやすさを好む人だっている。
 皆がそれぞれ好きなものを食べて、仲良く笑っていられれば、それが一番なのに。
 しかし、ここは戦場である。
 優しい灰色の回答を口にすれば、左右双方から調理されるらしい。

 ライラは胸の前で拳を握り、ぎゅっと目を閉じた。
「……この際、はっきり言わせていただくわ」
 大きく息を吸う。
 そして、ばーん、と胸を張った。
「わたしは――半熟派! しかも醤油党よ!」

「同志を確認しました!」
「半熟醤油派です!」
「歓迎します!」
 半熟派から歓喜の電子音が上がった。
 一方、固ゆで派は即座に戦闘態勢へ移る。
「敵対思想を確認!」
「完全加熱します!」
「ええ、望むところよ!」
 言い切ったライラは、再び目を閉じた。
 十秒間。
 戦場の只中で、静かに瞑想する。
 一秒。
「調理対象が停止しました!」
 三秒。
「今のうちに加熱します!」
 五秒。
 固ゆで派の一体が近づいてくる。
 半熟派が慌てて前へ出た。

「瞑想を保護してください!」
「半熟醤油派を守ります!」
 八秒。
 フライ返しとお玉がぶつかり合い、頭上で金属音が鳴った。
 十秒。
 そして、ライラは空色の瞳を開く。

「錆びた鍵を廻しましょう」
 背後の空間が、虹色の光を帯びて揺らいだ。

 開くのは、既に失われた楽園へと続く扉。光の向こうから巨大な影が一歩を踏み出す。
 それは石造りのゴーレムを思わせる巨躯。古びた装甲には蔦と白い花が絡み、顔に当たる部分には柔らかな虹光が灯っている。
 楽園の門番。
「さあ、門番! 一緒に敵対するハンプティたちを薙ぎ払うわよーっ!」
 門番が太い腕を差し出す。
 ライラはその手から肩へ飛び乗り、聖剣を抜いた。
「巨大調理器具を確認!」
「いいえ、あれは調理器具ではありません!」
「では卵ですか?」
「卵に分類します!」
「もう! 何でも卵にしないでー!」

 門番が地を蹴り、巨体に似合わぬ軽やかさで空へ舞い上がる。
 ――瞬間、その姿が揺らいだ。
 迷彩を纏った巨躯が景色へ溶け、青空の中から消失する。
 ハンプティたちは一斉に頭を巡らせた。
「敵影を喪失!」
「卵を発見できません!」
「ここよ!」
 声は頭上から降ってきた。
 姿を現した門番が、固ゆで派の中心へ急降下する。その肩からライラが跳び、聖剣を振り下ろした。

 一閃。
 硬い装甲が割れ、火花が散る。
 着地するより早く身体を翻し、続けざまに二撃目。隣のハンプティの胴を鋭い斬撃が貫いた。
「固ゆで派に損害発生!」
「まだまだ行くわよ!」
 熱湯が飛び、フライ返しが唸る。
 ライラは門番の腕を蹴って空中へ跳ね、迫る攻撃を紙一重でかわした。空中をもう一度蹴るように加速し、くるりと回って敵の背後へ着地する。
 門番もまた、ライラの動きに合わせて巨腕を振るう。
 その一撃は重く、けれど花びらを散らすように優雅だった。ライラが剣で切り開いた隙間へ拳を打ち込み、倒れかけたハンプティをまとめて押し返す。
「息ぴったり!」
 虹色の光を灯す顔が、応えるように柔らかく瞬いた。

「聞きなさい皆の衆! いいこと?」
 聖剣を構え、ライラは眩しい笑顔で言い放った。
「半熟は、幸せの象徴なのー!」
 門番の拳が振り下ろされる。石畳が揺れ、固ゆで派のハンプティたちが纏めて宙へ舞った。



 ウィナー。半熟派。
 半熟派のハンプティたちからは門番とライラに向かって盛大な電子音が鳴り響く。
「幸福を確認しました!」
「醤油の準備を開始します!」
「推奨量を算出します!」
「一食当たり三百ミリリットルです!」

「……あっ、かけすぎは駄目よ! 少しでいいの、少しで!」
 ハンプティが抱え上げたのは、醤油差しではなく業務用の大きなボトルだった。
 ライラは聖剣を収める間も惜しみ、戦場の真ん中を慌てて駆けていく。
「それでは黄身の味が全部なくなってしまうわ!」
「幸福の増量ではありませんか?」
「何事にも限度があるのー!」
 ……反省。どうやら半熟派の幸せを守るにも、細やかな加減が必要らしい。

ヨシマサ・リヴィングストン

「黄身は流動しているべきです!」
「完全加熱こそ安全です!」
 ぴーがーぴーがーとサイレンが鳴る。お玉とフライ返しがぶつかり、火花が散る。
 その様子を眺めていたヨシマサ・リヴィングストン(h01057)は、ぼさぼさの髪を掻いた。
「じゃあ……ボクは固ゆで派に参加しましょうかね~」
「同志を確認しました!」
「固ゆでの利点を提示してください!」
「おっと、いきなり面接っすか~?」

 ――とはいえ、断る理由もない。
 ヨシマサは掌の上に淡い光を集めた。経験と推理を束ね、謎へ至るための鍵を形作る。
「お任せください」
 光の鍵を握った瞬間、思考が一気に加速した。
 即ち、固ゆで卵。
 頭の中に散らばっていた知識が、次々と一本の線へ繋がっていく。

「固ゆでのいいところは、まず保存期間が長いことっすね」
「保存期間!」
「半熟は一日から二日程度ですが、固ゆでなら三日から四日ほど持たせることができます。もちろん要冷蔵ですけど」
 固ゆで派の頭部ランプが、期待に満ちて明滅する。
「二倍です!」
「兵站能力が向上します!」
「そうなんすよ~。大した差じゃないと思うかもしれませんが、特に戦場では保存の利く食料が死線を分けるんですよね」
 ヨシマサは人差し指を立てた。
「補給地点が遠い。輸送路が塞がれる。冷蔵設備が壊れる。そんなとき、あと一日持つかどうかで結構変わります」
「実戦的です!」
「半熟派には兵站思想が不足しています!」
「さらに携帯性も高いっす」
 半熟派のハンプティが、抗議するようにフライ返しを振る。
「半熟目玉焼きも携帯可能です!」
「ええ? 運んでる途中で黄身が割れたらどうします?」
 半熟派が停止した。
「……容器を用意します」
「容器の傾きに注意しながら歩き続ける心理的負担は?」
「…………」
「固ゆでなら、弁当箱へ入れておしまいっす」
 固ゆで派から盛大な電子音が上がった。
「勝利です!」
「携帯性において圧勝です!」
「よーし、その調子で半熟派を押していきましょうか~」
 ヨシマサが手を振ると、固ゆで派が一斉に前進する。

「完全加熱!」
「長期保存!」
「優れた携帯性!」
 半熟派へフライ返しを叩きつけながら、なぜか全員で復唱を始めた。
「ああ。あと、料理への応用力もありますね~」
 ヨシマサは敵の投げた卵を避けつつ続ける。
「細かく刻んでポテトサラダに混ぜると、黄身のほくほく感と白身の食感が良いアクセントになります」
「ポテトサラダ!」
「タルタルソースにも大変よく馴染みます」
「タルタルソース!」
「サンドイッチの具にもできますし、潰してマヨネーズと和えるだけでも美味しいっす」
「マヨネーズ!」
 固ゆで派の士気は、目に見えて上がっていた。

 語られるたびに一体が半熟派へ突撃し、ヨシマサの背後では次々と機械がひっくり返っていく。
「それから黄身が流れないので衣服を汚しにくく、食事中に不慮の事故が起きにくいっす」
「安全性!」
「箸でも掴みやすい。分けやすい。輪切りにしたとき見栄えが良い――」

 ずきん。
 その時、ヨシマサのこめかみに、鋭い痛みが走った。
「あ~……頭、ズキズキしてきましたね」
 思考を加速させすぎたせいだ。光の鍵には細い亀裂が入り、今にも砕けそうになっている。
「説明を中断しますか?」
「いやいや~。まだ半熟派、残ってるでしょう」
 ヨシマサは額を押さえながら、よろよろと立ち直った。
 そして再び口を開く。
「――さて、固ゆでは塩との相性も良いです。塩分量を調整しやすい。胡椒も合う。燻製にもできる。殻を剥く作業には達成感がある。綺麗に剥けたときちょっと嬉しい。逆に失敗して白身が欠けても、それはそれで手作り感が――」

 ハンプティたちが、ヨシマサの演説に合わせて敵を追い詰めていく。



 やがて最後の半熟派が倒れ、境内に静けさが戻った。
「敵対派閥の全滅を確認しました!」
「そうっすか~。では最後にもう一つ」
 ヨシマサは青い顔で指を立てる。
「ボク、今すごく腹減ってるので……誰か一個くれません?」

 固ゆで派のハンプティたちは顔を見合わせた。
「当機は卵を調理します」
「しかし現在、卵がありません」
 ヨシマサはその場へしゃがみ込み、痛む頭を抱えた。
「勝ちはしましたけど……固ゆで卵、食べられないんすね~」

 境内に、何とも言えない沈黙が落ちる。
 頭は痛い。
 腹も減った。
 それでも皆で勝つのは、まあ悪くない。――かもしれない。
「同志に捧げるため、次通りがかった卵さんが居れば固ゆでとしましょう!」
「同意します!」
「同意します!」
 でもそれはなるべく、通りがからないでほしい。

不忍・ちるは

 お玉を掲げる固ゆで派と、フライ返しを振り回す半熟派。その間に立った不忍・ちるは(h01839)は、まず静かに頷いた。
「たまご、おいしいですよね」
 突然の全面肯定に、両陣営の動きが止まる。
「料理のレパートリー的な意味でも、栄養的な意味でも優秀です。焼いてよし、煮てよし、蒸してよし。パンにも米にも麺にも合います」
「肯定的意見を確認しました!」
「所属を明らかにしてください!」

「……大体、たまごがあれば人生なんとかなると思っています」
 それは答えになっていなかった。
 ちるはとしては、半熟か完熟かなど、本来は用途次第である。
 弁当へ入れるなら、よく火を通した方が安心だろう。煮卵なら味の染み方も大事だし、サンドイッチの具なら固く茹でて潰すのがいい。

 しかし、今は目玉焼き論争時代。
 中庸をふわふわ漂うことは許されない。

 ちるはは、つま先をとん、と鳴らした。
 黒い瞳に、静かな決意が宿る。

「私は圧倒的に――半熟派です……!」
 ぐっ、と小さく拳を握る。
「半熟派を確認!」
「同志です!」
「同志……」
 ちるはは半熟派ハンプティを見た。
 つい先ほどまで人間を卵と誤認し、焼こうとしていた機械である。
 同志と言い切るには、多少の抵抗があった。
「同じ好みを持つ、敵……でしょうか」
「複雑な友好関係を確認しました!」
「まあ、細かいことは後にしましょう」
 平和を得るためには、ときに細かいことを棚へ上げる必要がある(人生って難しいね)。

 ちるはは懐から投擲用の小刃を取り出し、指の間へ挟んだ。
「固焼きを否定するつもりはありません」
 一歩敵陣へ踏み込む。
「ですが半熟は、生とも違う、あの黄身のとろっとした濃さが良いのです」
 しゅ、と手元から小刃が放たれた。一枚だった刃が空中で幾重にも軌道を描き、固ゆで派の群れをまとめて貫く。装甲が弾け、フライ返しや泡立て器が宙を舞った。
「複数機への被害を確認!」
「ああ、ハンバーグの上へ乗せるのもいいですね」
 ちるはは淡々と語りながら、次の刃を抜く。
「黄身を崩して、お肉やソースへ絡めます。ごはんも一緒なら、なお良いです」
 今度は短刀を横薙ぎに振るった。
 刃の届くはずのない距離にいたハンプティまで、見えない斬撃に巻き込まれて転倒する。
「不忍術、伍之型」
 つま先を、もう一度とん。
「――ご」
 あまりにも簡潔な掛け声だった。

 だが直後、二度の斬撃が広範囲を駆け抜ける。
 一撃目で固ゆで派の装甲が割れ、二撃目で内部の調理機構が火花を噴いた。倒れた機体が隣を巻き込み、境内の一角で卵型機械の山が出来上がる。
 半熟派ハンプティたちが喝采の電子音を鳴らし、固ゆで派へ押し寄せる。その後ろから、ちるはは慌てず攻撃を重ねていく。
「ちなみに味付けは、塩、ときどき醤油派です」
「塩派であり、醤油派!」
「はい。ごはんをご一緒する御仁に、甘いお醤油を教えていただきました。ここは大枠九州、博多の戦場ですし、最近のおすすめですね」

「――甘い醤油など、目玉焼き本来の味を損ないます!」
 最後まで残っていた固ゆで派が、けたたましい警告音とともに振り返った。
「調味料による懐柔を拒否します! 目玉焼きには塩のみを推奨します!」
「……そうですか」
 ちるはは、少しだけ考える。
「好みは人それぞれなので、それは構いません」
「固ゆで派の正当性を認めますか!」
「いいえ。背後から殴ろうとしていることとは、別の話です」
 既に振り上げられていたフライ返しを、ちるはは半歩ずれて避けた。
 つま先を、とん。
 二重の斬撃が交差する。一撃目が作業腕を弾き、二撃目が胴体の中央をきれいに打ち抜いた。最後の固ゆで派は、その場でくるりと半回転し、鉄鍋を頭へ被ったまま石畳に転がる。
「調味料の自由と……焼き加減の自由を……」
 頭頂部のランプが、ぷつりと消えた。

 境内に静けさが戻る。
 すぐに半熟派のハンプティたちが、勝利を告げる電子音を一斉に響かせた。

「半熟派の勝利です!」
「祝勝調理を開始します!」
「周辺の卵を検索します!」
 つるりとした頭部が、揃って避難中の人々へ向けられる。
 ちるはは無言で小刃を構え直した。
「皆さん」
「はい、同志!」
「お祝いの目玉焼きには、普通の卵を使いましょう」
「周辺の生命体を卵として――」
「ご」
 二度の斬撃が、今度は半熟派の真ん中を駆け抜けた。

「私は、半熟派です」
 ちるはは淡々と答え、次の小刃を指に挟む。
「ですが、人を食材にする派ではありません」
 半熟派が慌てて散開する。
 その中央へ、再び二重の斬撃が走った。

北條・春幸

 お玉が鳴り、フライ返しが空を切る。
 北條・春幸(h01096)はその光景を眺め、腕を組んでうんうんと頷いた。
「まあ、僕も怪異や妖怪を見ると、つい『食材だ』と思ってしまうからねえ。あまり君たちを強く非難する資格はない気がするよ」
 半熟派と固ゆで派の双方が、ぴたりと動きを止める。
「食材認識を確認しました!」
「同志の可能性があります!」
 人間を卵と誤認して調理しようとする機械。
 怪異を見れば食べ方を考える解剖士。
 並べてみると、確かに少し似ている。
 もっとも春幸の場合、食べる前に毒性や可食部を調べる。たまに調べる順番を間違えて絶命するが、それはまた別の話である。
「所属派閥を回答してください!」
「うーん、そうだねえ」
 春幸は穏やかに微笑んだ。

「目玉焼きは、半熟こそが正義だと思うね」

 半熟派から歓声代わりの電子音が上がる。
「同志です!」
「黄身の柔らかさを保護しましょう!」
「うんうん」
 春幸は空中へ目玉焼きの幻を描くように手を動かした。
「まず炊きたてのご飯を用意するだろう? そこへ、縁だけ少し香ばしく焼いた半熟目玉焼きを乗せるんだ」
 白い湯気。
 ぷるぷると柔らかな白身。
 箸を入れれば、黄身がとろりと流れ出す。
「そこへウスターソースを少し」
「醤油ではないのですか!?」
「ここは、ソースだよ」
 固ゆで派どころか、半熟派の一部までざわついた。
「甘みと酸味が黄身の濃厚さを引き立てるんだ。白身には香ばしさ、ご飯には黄身とソースが染み込んで……うん、想像しただけでお腹が空くね」
「高カロリーの幸福を検出しました!」
「しかし味付けには審議が必要です!」
「味付けは自由でいいじゃないか」
 春幸は気にせず続ける。

「――でも黄身だけは固めちゃ駄目だ。固めてしまったら、白身と黄身とご飯が混ざり合う、あの素晴らしいコンビネーションが味わえないじゃないか」
「完全加熱こそ安全です!」
「安全?」
 春幸は少しだけ首を傾げた。
 怪異食に当たって一度絶命し、それでもなお試食を続けている男に、安全という言葉はあまり響かない。
「美味しければ、大体なんとかなるよ」
「危険思想です!」
「そうかな?」
 固ゆで派が一斉に武器を構える。
 電熱鍋が赤く染まり、給水タンクから熱湯が噴き出した。

 春幸は懐から、一本の白いひげを取り出す。
「ミルキー君。助けてくれるかな?」
 ひげを指先で折った。
 ぱきん。
 壊れた場所に光が集まり、真っ白な猫が現れる。
「んなあ~~!」
 金と青、左右で色の違う瞳。
 柔らかな白い毛並み。
 短い尻尾をぴんと立てたミルキーは、着地と同時に自動攻撃型サイキックライフルを展開した。
「ミルキー君、固ゆで派"から"お願いね」
「んなっ!」
 光弾が飛ぶと、固ゆで派の一体が派手に吹き飛び、隣の機体を巻き込んで転がった。
「猫型調理対象を確認!」
「違うよ。僕の女王様だ」
 ミルキーは胸を張るように座り、次々と光弾を撃ち込んでいく。
 春幸も手近な調理器具を拾い、固ゆで派の側面へ回り込んだ。
「この良さが理解できない奴らは――滅んでしまうがいい!」
 それは、先ほどまで穏やかに料理談義をしていた男とは思えない号令だった。
「さあ、皆! 突撃だ!」

「半熟派、前進します!」
「黄身の自由を守ります!」
 半熟派ハンプティが勢いよく固ゆで派へ殺到する。
 その背後からミルキーの光弾が飛び、春幸が倒れた機体へ追撃を加えた。
「いいね、そのまま押していこう」
 そして乱戦の隙を縫い、春幸は半熟派の一体にもこっそり足をかける。
「危ないねえ。戦場では足元に気をつけないと」
 さらにもう一体の背中を押す。
 半熟派同士が衝突し、まとめて石畳へ転がった。
「味方からの接触が!」
「事故だよ、事故」
 笑顔は少しも崩れない。

 固ゆで派を減らしながら、半熟派も隙を見て処理する。
 どちらも人間を調理しようとする敵なのだから、最終的には等しく倒れてもらわなくてはならないのだ。



 やがて境内に残ったのは、春幸とミルキーだけになった。
「ありがとう、ミルキー君」
「んなあ」
 ミルキーは得意げに尻尾を揺らした。
 春幸は倒れたハンプティを眺め、少し考える。
「さて。調理機能はまだ使えるかな」
 煙を上げる一体へ近づくと、腹部のホットプレートを覗き込む。
「せっかくだし、半熟目玉焼きを作ろうか。ミルキー君の分は、味なしで」
「んな!」
「僕はソースね」

 半熟派も固ゆで派も全滅した境内で。
 ――最後に勝ったのは、ウスターソース党だった。

クラーラ・ミュスティアウゲン
ネメシア・ヘリクリサム

 半熟派と固ゆで派。
 卵型の機械たちは二手に分かれ、互いへフライ返しや泡立て器を突きつけている。

 その喧騒の少し外側で、クラーラ・ミュスティアウゲン(h12663)は静かに耳を澄ませていた。
 視界を閉ざす布の向こうでも状況は充分すぎるほど伝わってくる。
「半熟か、固ゆでか」
 クラーラはわずかに首を傾ける。
「それは大変な火種ですね」
「ああ、半熟か、固茹でか――まさにそれが問題だ!」
 隣でネメシア・ヘリクリサム(h08297)が嬉しそうに声を上げる。その顔は、戦場へ来たというより、剣技大会の受付を見つけたような顔だ。
「クラーラはどっち派? 見た目より食感重視なら、ここはこだわりどころじゃない?」
「私は半熟派です」
 迷いのない答えだった。
「黄身のとろみが、料理へ絡むところが特に良いですね。問題は、自分で作ると火加減が難しいことでしょうか」
「分かる! ほんの少し目を離しただけで固まるんだよね」
 ネメシアが勢いよく頷く。
「私は両面焼きの半熟、サニーサイドダウン派!」
「サニーサイドダウン」
「両面を焼くけど、中は半熟。外側の香ばしさと、とろっとした黄身を両立できるんだ。具材としても乗せやすいし、黄身も絡められる。片面焼きのつやつやした見た目も捨てがたいけどね~!」
「なるほど」
 クラーラは素直に感心した。
「両面焼きの半熟……外側の焼き目と、中のとろみを両立できるのは魅力的ですね」
「でしょ? じゃあ半熟仲間だ!」
「ネメシアさんもですか。では、気が合いますね」
 ふたりが微笑み合う。

 その周囲へ、半熟派のハンプティたちがぞろぞろと集まってきた。
「同志を確認しました!」
「わたしは片面焼きを支持します!」
 その一言に、ネメシアが振り返った。
「えっ。片面焼き限定なの?」
「黄身の表面を覆う行為は、半熟の美観を損ないます!」
 別のハンプティが進み出る。
「反論します! 両面焼きは白身の安定性を向上させます!」
「黄身が見えなければ目玉焼きとは呼べません!」
「見た目より実用性です!」
 半熟派の中で、新たな論争が始まった。

 片面焼き派と、両面焼き派。

「増えましたね、派閥が」
「もしかして、このまま味付けでも分裂するのかな?」
「塩派です!」
「醤油派です!」
「ソース派を排除してください!」
「もう分裂していました」
 クラーラが静かに告げる横で、ネメシアは朗らかに笑った。
「まあいいや。私のお好みの火加減で、全部調理しちゃおう!」
「全部?」

 クラーラが小さく聞き返した時には、ネメシアは既に剣を抜いていた。
 半熟派のハンプティたちが、慌てて電子音を鳴らす。
「攻撃対象は固ゆで派です!」
「片面焼き派への攻撃は許可されていません!」
「分かってる分かってる。まずは固ゆで派から!」
「今、『まずは』と言いましたか?」
 クラーラが問いを発したときには、ネメシアは既に地面を蹴っていた。



 彼女の身体へ古き剣士の思念が重なる。
 瞬間、その姿が引き伸ばされたように霞み、次の一歩で固ゆで派の眼前まで間合いを詰めていた。
「この刀気は、あらゆるものを斬り堕とす――ってね」
 炎を宿した剣が、ハンプティの装甲へ食い込む。
 硬い外殻をものともせず、刃は内部の調理機構まで一気に断ち切った。返す剣で隣の機体を薙ぎ、舞う火花の間をさらに奥へ駆け抜ける。
「固ゆで派に侵入者です!」
「包囲してください!」
「わざわざ囲んでくれるの? 助かるな!」
 ネメシアはむしろ楽しそうに笑う。
 四方から伸びる作業腕を掻い潜り、電熱鍋の縁を蹴って跳ぶ。空中で身体を捻り、霊剣を振り抜けば、半円状の斬撃が装甲をまとめて裂いた。

 その隙に、クラーラも一歩前へ出る。
「では、半熟派として共にゆきましょう」
 藍月を抜く。澄んだ刃鳴りに応じて、一対の飛燕剣――宵燕と影燕が左右へ飛翔した。

 視界など必要ない。
 空気を押す機械腕。
 床を擦る車輪。
 熱を孕んだ電熱鍋が振り下ろされる、その僅かな風切り音。
 クラーラは身体を半歩ずらしただけで攻撃を避け、藍月を斜めに切り上げる。
 白い炎を纏った一撃が、ハンプティの胴を焼き裂いた。その横から迫る二体へ、今度は重く鋭い斬岩剣を叩き込む。一体目の装甲が砕け、その衝撃ごと二体目が吹き飛んだ。
「固ゆで派には申し訳ありませんが」
 宵燕が右から迫る敵を押し返し、影燕が左の作業腕を縫い止める。
「装甲も主張も、まとめて割りましょう」
 柔らかな口調とは裏腹に、剣撃は容赦なく続く。
 白い炎が装甲の継ぎ目を焼き、岩を断つ重撃が機体を砕く。左右を飛燕剣に塞がれたハンプティたちは逃げ場を失い、次々と石畳へ転がった。

「クラーラ、そっち三体行ったよ!」
「承知しました。ネメシアさんの後方にも二体です」
「見えてる!」
 ふたりは背中を合わせることすらなく、互いの死角を当然のように補った。
 ネメシアが高速で敵陣を切り開き、クラーラが左右から押し寄せる群れを三刀で受け止める。
 炎剣が弧を描けば、藍月がその隙間を縫う。
 飛燕剣に進路を変えられたハンプティが、ネメシアの正面へ押し出される。
「いい送球だね、クラーラ!」
「剣士へ使う表現でしょうか」
「細かいことは気にしなーい!」
 ネメシアの一閃が、押し出された機体を真っ二つにした。

 やがて、固ゆで派の数が目に見えて減っていく。
 半熟派たちは勝利を確信し、盛大な電子音を鳴らした。
「半熟派の勝利です!」
「次に両面焼き派を排除します!」
「その後、醤油派へ制裁を――」
 クラーラが、ゆっくりとそちらへ顔を向けた。
「それじゃあ、」
 その様子を見てネメシアは剣を肩へ担ぎ、にっと笑う。
「残りも全部いこうか!」
「全部?」
 もう一度、クラーラが聞き返す。
「固ゆで派も、片面焼き派も、両面焼き派も、味付け派閥も。人を調理しようとするなら全部敵だよね!」
 理屈としては正しい。
 実に正しいのだが、ネメシアの顔はどう見ても、もう少し剣を振るいたい者のそれだった。
「……だって本当は、どんな焼き方も全部好きだし」
 ネメシアが小声で付け足す。
 クラーラは僅かに溜息をつき、飛燕剣を再び展開した。
「はぁ……貴女らしいですね」
「聞こえた?」
「いいえ。何も」
 半熟派のハンプティたちが、今さら危険を察して後退する。
「同志ではなかったのですか!?」
「派閥への忠誠を確認してください!」
「半熟派なのは本当ですよ」
 クラーラは穏やかに答えた。
「ただし、皆さんの仲間ではありません」
「私たちは、卵料理を食べる側だからね!」
 ネメシアが駆け出す。
 クラーラもその横へ並び、二人の剣が同時に閃いた。

 最後に残ったのは、互いの剣技を見て楽しげに笑う、半熟好きの剣士ふたりだ。

架間・透空
夕星・ツィリ

 架間・透空(h07138)は、目の前の光景を前に真剣な面持ちで腕を組んだ。
「正直なところを申し上げますと……」
 固ゆで派と半熟派、両方の頭部ランプが一斉に透空へ向けられる。
「半熟も固ゆでも、どちらも美味しくて好きではあります」
「中立派を検出しました!」
「調理対象に追加します!」

「ですが!」
 迫りかけたハンプティを制するように、透空は勢いよく片手を掲げた。
「世界平和のため、今回は心を鬼にして半熟派の味方をさせていただきます!」
 半熟派から歓声めいた電子音が上がる。
「同志を確認しました!」
「共に半熟の平和を守りましょう!」
 透空の隣で、夕星・ツィリ(h08667)も小さな拳を握り締める。
「食は好みの世界ではあるけれど、一般の人たちの安全のためにも、私も今日は半熟を主張していきます!」
「ツィリさんも半熟派なのですね!」
「うん。でも、……でもね、固ゆでに劣っているところがあると思ってるわけじゃないの」
 ツィリは一度言葉を切り、青い瞳に強い決意を灯す。
「ただ、半熟が至高というだけです……!」
「その通りです!」
「そしてこれは、半熟が頂点であると世に証明するための戦いなので……負けるわけにはいかない……!」
 言葉だけ聞けば、とても卵の焼き加減について話しているとは思えなかった。
 けれど本人たちは真剣である。
 半熟派のハンプティたちもすっかり感銘を受けたらしく、頭部ランプを激しく明滅させていた。
「半熟派の士気が上昇しました!」
「固ゆで派へ宣戦を布告します!」
 向かい側から、固ゆで派の反論が飛ぶ。
「半熟は加熱不足です!」
「至高は固ゆで! 間違いありません!」

「違います!」
 透空が一歩前へ出た。
「そう! ツィリさんの言う通りです。固ゆでが悪いわけではありません。そう、半熟があまりにも美味しすぎた――ただ、それだけなのです!」
「透空ちゃん、格好いい……!」
 ツィリが素直に拍手する。
 勢いを得た透空は、堂々と説明を続けた。
「あえて黄身に火を通しすぎないことで、卵本来のトロッとした濃厚なコクと旨味を十全に発揮することができます!」
「トロッとした舌触りが半熟の魅力だよね!」
「はい! さらに黄身が半固体であることから、舌からお口全体へ卵の旨味成分が広がっていきやすいのも、半熟ならではのストロングポイントです!」
「ストロングポイント!」
 半熟派が感嘆に合わせるように一斉に復唱した。
「茹で加減で、半熟具合のバリエーションも楽しめるよ」
 ツィリも負けじと前へ出る。
「黄身がとろとろのものも、中心だけ少し柔らかく残ったものも、それぞれ違った美味しさがあるの。何より、割った時の見た目がすごく食欲をそそるよね」
「分かります!」
「他の食材と合わさると、もっと美味しくなるし……」
 そこまで言って、ツィリは透空を見た。
「透空ちゃん、説明上手……! 今、無性に半熟卵が食べたくなってきちゃった」
「私も自分で話していて、お腹が空いてきました……」
 戦場で食欲を高め合うふたりを前に、固ゆで派は完全に置いていかれていた。
「食事談義を中止してください!」
「半熟派を完全加熱します!」
 固ゆで派が一斉に押し寄せる。
 赤熱したホットプレート、沸騰する電熱鍋。何本もの作業腕が、透空とツィリ目掛けて伸びてきた。

「本当の半熟卵を食べるためにも、負けられなくなりました!」
 透空の周囲に雨粒のような光が生まれる。
 歌声に呼応するように光は渦を巻き、半熟派のハンプティたちを包み込んだ。
 明るく伸びやかな声が境内へ響くと、それまでばらばらに騒いでいた半熟派の動きが、妙に統率されたものへ変わる。
「半熟派、前進します!」
「黄身の幸福を守ります!」
 透空が半熟派を率いて正面から固ゆで派を押し返す。

 その頭上に、淡い星明かりが集まり始めた。
「――訊いて」
 ツィリが両手を広げる。
 昼の空に小さな星々が瞬き、銀色の光が尾を引いて降り注いだ。星の飛沫は固ゆで派の足元で弾け、石畳の上を滑る車輪を次々と絡め取る。
「移動機能に異常!」
「何かの混入を確認!」
「止まっている間に行くよ、透空ちゃん!」
「はい!」
 透空が光の雨を蹴るように駆け出した。
 勢いのままハンプティの懐へ飛び込み、作業腕を跳ね上げる。続けざまにツィリの星光が機体の継ぎ目へ命中し、固ゆで派が派手にひっくり返った。
「良い連携です!」
「透空ちゃんの説明で、半熟派の士気もすごく上がってる!」
 周囲では半熟派が、透空から教わった言葉を叫びながら突撃している。
「濃厚なコク!」
「半固体!」
「ストロングポイント!」
「ちゃんと喋った意味を理解しているのでしょうか?」
「勢いはあるからいいんじゃないかな?」
 ツィリが楽しそうに笑う。
「半熟かー……程よい半熟で作った味玉も、ご飯が止まらなくなるよね」
「はい! しっかり味の染みた白身と、濃厚な黄身……それだけで何杯でも進みます!」
「サラダに乗せてもいいし、お肉で巻くのも美味しいよ」
「お肉で!」
「天ぷらにするのもいいよね。衣はサクッとして、中から黄身がとろ~って」

 ぐう。

 透空の腹部から、控えめな音が鳴った。
 ツィリが目を瞬き、透空はさっと頬を赤らめる。

「……今のは戦闘音です」
「うん。そういうことにしておくね」
「ツィリさん!」
 ふたりが笑い合った、その背後。
 星光の拘束を抜けた一体が、大きなフライ返しを振り上げる。
「半熟派を排除します!」
 刹那、透空とツィリは同時に振り返った。
 光の雨と星屑が交差する。
 ぴたりと息の合った一撃を受け、ハンプティは空高く打ち上げられた。
 くるくる回転した末、固ゆで派の群れの真ん中へ落下する。

 巻き込まれた機体が次々と倒れ、境内に卵型機械の山がうずたかく積み上がっていった。

 ぐううう。
「……今のも、戦闘音です」
「そうだったよ、きっと」
 ツィリは笑いを堪えながら、「勝ったら急いで味玉だね」と囁いた。
 透空もとうとう観念して、小さく頷く。

 戦いの決着より先に、ふたりの食後の予定だけは決まったらしい。



「固ゆで派の沈黙を確認しました!」

 半熟派から勝利の電子音が上がる。
「やりましたね、ツィリさん!」
「うん! 半熟の美味しさが証明されたよ!」
 ふたりは笑顔で手を取り合った。
 だが次の瞬間、半熟派のハンプティたちが周囲の人々へ向き直る。
「勝利を祝して卵料理を作ります!」
「食材を検索します!」
「……透空ちゃん」
「はい。やはり、あちらも止めなければなりませんね」
 ふたりは繋いでいた手を離し、もう一度それぞれの光を構えた。

「ところで戦いが終わったら、本当に味玉を食べに行かない?」
「もちろんです。……あ、半熟卵の天ぷらも追加しましょう!」
「ご飯も欲しいね」
「大盛りにしましょう!」

 夢は大きく、黄身は半熟に。

 ふたりの次なる一撃が、今度は元気いっぱいの半熟派へ降り注いだ。

戀ヶ仲・くるり
兎沢・深琴

「とろみこそ至高です!」
「固ゆでは口内の水分を奪います!」
 半熟派と固ゆで派に分かれたハンプティたちは、フライ返しとお玉を振り上げ、今にも調理器具で殴り合いを始めそうな勢いである。
 その半熟派の後方で、戀ヶ仲・くるり(h01025)も負けじと拳を掲げた。
「そうです! 目玉焼きは半熟! トロトロが正義です!」
 戦う力はほとんどない。
 だが声量なら負けない! ――たぶん!
「半熟卵が安心して食べられるのはっ、生食できるように鶏を育ててくださっている方や、卵をひとつずつ丁寧に扱ってくださる方のおかげなんですよ……!」
「生産者への感謝を確認しました!」
「半熟派の倫理性が上昇しています!」
「そうです! 感謝して食べるからこそ、黄身はトロトロであるべきなんです!」
「そこは繋がっているのかしら?」
 くるりの隣で、兎沢・深琴(h00008)が小さく首を傾ける。
 表情はいつも通り静かで。しかし口元には、面白いものを見つけた時の薄い笑みが浮かんでいた。

「でも、半熟が美味しいことには同意するわ。生で食べられる国なのに、目玉焼きの黄身へ完全に火を通す気持ちは、私にもよく分からないもの」
「ですよね、深琴さん!」
「崩した黄身を白身に絡めて食べるのとか美味しいわよね。パンにつけてもいいし、お肉と一緒でもいいし」
「分かります! ハンバーグとか! 黄身がソースに混ざって、まろやかになって……」
「ご飯にも合うわ」
「合います! 絶対おかわりします!」
 話しているうちに、くるりのお腹が小さく鳴った。
 幸い、周囲の電子音が騒がしく、深琴以外には聞こえなかったらしい。
「お腹が空いたの?」
「鳴ってません」
「そう」
「鳴ってませんからね!」
 深琴は追及せず、再び固ゆで派へ目を向けた。
「固焼きの黄身って、少しぱさぱさしているでしょう。口の中の水分も奪われるし、食べにくいと思わない?」
「その通りです!」
 くるりは勢いよく同意し、固ゆで派を指差した。
「固焼きには、あのトロッと絡める楽しさがありません! 半熟最高~!」
「半熟最高です!」
「さあハンプティさん! 分かるまで殴り合いましょうっ!」
 くるりの先導を受け、半熟派ハンプティが一斉に固ゆで派へ突撃していく!

 ――が、くるり自身はその場から動かなかった。
「くるりさんは行かないの?」
「私は後方から士気を高める役目です」
「ほとんど戦えないものね」
「率直に言わないでください!」

 固ゆで派のハンプティが、後方で控えていた二人の方にも押し寄せてくる。
「よし、そちらもやる気は十分。拳で語り合う、ということね」
 深琴はくるりより一歩前へ出ると、鮮紅の薔薇魔導書を開いた。

「聴いて頂戴、」
 開かれた頁からは、赤い花弁と星の光が溢れ出す。
 乾いた石畳が緑に覆われ、境内の景色が星光きらめく薔薇園へ変わった。空には淡い星が浮かび、鮮やかな薔薇が風もないのに揺れている。その美しい庭園の中心では――深琴だけが物語の主人公となる。
 指先を軽く振れば、星を帯びた薔薇の蔓が飛び、離れた固ゆで派の脚へ必中の棘を絡ませた。
「移動機能に異常!」
「薔薇の混入は調理工程に不要です!」

 深琴が淡々と言う。
「半熟の良さを分からせてあげるわ」
「深琴さん、すごく頼もしいです!」
 薔薇の蔓が固ゆで派を縛り、星光が次々と装甲を打ち抜いていく。
 半熟派も勢いづき、拘束された敵をお玉やフライ返しで殴り始めた。

 戦況は順調。
 このままなら、半熟派を煽りつつ固ゆで派を一掃できる。

 ――はずだった。
「ところで」
 深琴が半熟派の群れを見回した。
「私、半熟の中でも、中心はトロトロで、外側が少し固くなった状態が好きなのよ」
 半熟派ハンプティたちが、ぴたりと動きを止める。
「あなたたちは、どの状態が好き?」

「黄身全体が流動している状態を推奨します!」
「外側のみ凝固した状態が最適です!」
「白身の縁には焦げ目が必要です!」
「焦げ目は雑味です!」

 くるりが目を瞬いた。
「んっ? あれれ?」

「中心トロトロ派です!」
「全体トロトロ派です!」
「白身ぷるぷる派です!」
「縁カリカリ派です!」

 つい先ほどまで一枚岩だった半熟派が、みるみるうちに四つへ割れていく。
「……深琴さん、なんで今、半熟派も煽ったんです?」
「結局、ハンプティは全員敵でしょう?」
「まあ、そうですけど」
「半熟派同士でも争って、自滅してくれたら美味しいかなと思ったのよね」
「わ、なるほどー! かーしこーい……」
 くるりが感心した直後、半熟派の一体が隣の派閥へフライ返しを投げた。
 避けられたフライ返しは、くるり目掛けて一直線に飛んでくる。
「うにゃー!?」
 彼女は頭を抱え、紙一重でしゃがみ込んだ。
 頭上を通過したフライ返しが、後ろの灯籠へ派手な音を立てて突き刺さる。
「内輪揉めの流れ弾がこっちに!? やだぁ!」
「……これは、ちょっと遊びすぎたかもね」
「深琴さあん!!」
 今度はお玉が飛んできた。
 くるりは横へ跳び、続いて転がってきた電熱鍋をどうにか跨ぐ。
「くるりさん、がんばって避けて。気合よ」
「待ってください、私、ほとんど戦えないんですっ!」
「でも、さっきから全部避けているわ」
「避けるのだって戦闘能力ですよ!?」
「なら大丈夫ね」
「大丈夫じゃないです!」
 薔薇園の中で、固ゆで派と四種類の半熟派が入り乱れる。
「完全加熱!」
「中心トロトロ!」
「全体トロトロ!」
「縁カリカリ!」



 もう、何が何だか分からない。

 深琴は薔薇の蔓を伸ばし、くるりへ飛んできた泡立て器を空中で絡め取った。
 そのまま投げ返せば、泡立て器は半熟派と固ゆで派をまとめて薙ぎ倒す。
「くるりさん、大丈夫?」
「最初から助けてくださいよぉ!」
「……ああ。その、くるりさんが一生懸命逃げる姿、少し面白かったから」
「深琴さん!?」
 深琴は涼しい顔。くるりが抗議する間にも、敵は互いを殴り合い、深琴の星光と薔薇が残った機体を正確に撃ち抜いていく。

 やがて薔薇園に立っているハンプティは、一体だけになった。

「――全体トロトロ派の勝利です!」
 勝ち誇った最後の一体へ、くるりはびしりと指を突きつける。
「黄身の好みは分かりましたが、人を調理するのは駄目です!」
「反論を――」

 言い終えるより先に、深琴の薔薇が機体をぐるぐる巻きにした。
 星光が一閃し、最後のハンプティも静かに倒れる。

 薔薇園が消え、櫛田神社の景色が戻ってきた。
「終わったわね」
「私、ほとんど逃げ回ってただけなんですけど……」
「ちゃんと半熟派の士気を高めていたわ」
「途中から全派閥に狙われました」
「人気者ね」
「嬉しくないです!」
 深琴がふっと笑う。
 くるりは頬を膨らませたものの、やがてつられるように笑った。
「……でも、戦いが終わったら半熟目玉焼き、食べたいですね」
「中心トロトロで、外側は少し固めのものね」
「そこはもう、好きな焼き加減でいいです」
「あら。論争を放棄するの?」
「……そもそもなんですけど」
 くるりは、もう一度にこっと笑って、終わりの万歳をひとつ。

「平和な食卓では、派閥を拳で語り合わなくていいんです!」
 半熟でも固ゆででも。
 誰かを卵扱いして焼こうとしない限り、好きに食べればいい。

 辿り着いた結論に、今度こそ反論するハンプティはいなかった。

冬月・楠音
篠宮・燦華

 ずらりと並んだハンプティたちが、半熟派と固ゆで派に分かれてお玉を振り上げていた。
 湯気を噴く者。
 ホットプレートを赤熱させる者。
 相手の調理思想を解析しようとして、処理落ちを起こしている者。
 冬月・楠音(h01569)は物陰からその様子を覗き、ぼんやりと瞬いた。
「たまご、そんなひだねなんだ……」
「ねー。卵でそこまでモメるって、フシギだよねえ」
 篠宮・燦華(h02673)は可笑しそうに笑いながら、楠音の肩へ頬を寄せた。
 二人の後ろには、それぞれのWZが身を低くして待機している。
 狙撃型WZ〈タウゼントフュスラー〉。戦線突破用決戦型WZ〈リンドヴルム〉。

 どちらも体高二・五メートルほどの、パワードスーツ型鹵獲兵器だ。
 神社の物陰へ隠すにはいささか大きい。とはいえ、境内に卵型殺戮機械が溢れている現状では、今さら武装した人型兵器が二機増えたところで誤差である。
「でも、わたしたちはけんかしないもんねー」
 楠音が燦華を見上げる。
「ね? さっちゃん」
「ねー、くーちゃんっ♪」
 燦華は楠音の手を握り、ぶんぶんと楽しそうに振った。
「ボクたちは、いつだっていっしょだもん」
「えへー」
 そう。
 ――二人にとっては、卵の焼き加減より、今は握った手の方がずっと大切なのだ。



 しばらく見つめ合った後、二人はそれぞれのWZへ乗り込んだ。
 装甲が閉じ、操縦系統が起動する。
 低い駆動音とともにタウゼントフュスラーが立ち上がり、その隣でリンドヴルムの赤いセンサー光が灯った。
『じゃ、こっそりはいりこもー』
 通信機越しに、楠音の声が響く。
『煽っちゃおー』
 二機は揃って物陰から踏み出した。

 こそこそする気持ちはあった。
 ――が、技術が伴っているかは別問題である。
 体高二・五メートルのWZが、石畳を踏み鳴らしながら堂々と半熟派の列へ近づいていく。
 タウゼントフュスラーの長大な精霊銃も、リンドヴルムのガトリングも、どう見ても目玉焼きを作るための装備ではない。
「未登録の大型調理機を確認しました」
 一体のハンプティが二機を見上げる。
「長距離加熱装置でしょうか?」
「大量調理に対応している可能性があります」
「半熟派ですか?」
 タウゼントフュスラーが、胸を張るように機体を反らした。
『はんじゅくいいよねー』
「半熟派と確認しました!」
 案外簡単だった。
『ソースをたらすと、てきどにまざっておいしーよねー』
「ソース派です!」
「醤油派との協議が必要です!」
『おしょーゆでもいいけどねー』
 燦華もすかさず会話へ割り込む。
 リンドヴルムが大きな腕を動かし、白身を切って黄身へ絡める仕草を再現した。
『そうそう、たらしてクチュクチュ♪ 白身をちょこっと切って、黄身とソースを絡めるの。とろっとろのまりあーじゅは、かんぺきー!』
「高い調和性が期待されます!」
『とろとろの黄身にまざりあうソースは、まさにちょーわ!』
 タウゼントフュスラーが両腕を広げ、いつになく力強く主張する。
『固ゆでのパサパサなきみじゃ、そーはいかないよー』

 対して固ゆで派の群れから、耳をつんざく警告音が上がった。
「聞き捨てなりません!」
「固ゆでの黄身には確かな密度があります!」
「パサパサではなく、ホクホクです!」
『かたいの、ないない♪』
 リンドヴルムが、巨大な両腕をばってんに交差させる。
「完全加熱を否定されました!」
「半熟派への攻撃許可を申請します!」
『やっぱり、はんじゅくだよねー』
『はんじゅくだからこそのあじわい、だよねー!』
 二機は顔を見合わせるように頭部を向け合う。
 操縦席の中では、楠音と燦華がきゃっきゃと笑っていた。

 半熟と固ゆでの間でお玉が鳴り、フライ返しが飛ぶ。
 リンドヴルムは目の前を横切った泡立て器を軽く屈んでかわし、そのままタウゼントフュスラーの肩へ大きな手を添え、一歩後ろへ庇うように下がらせた。
『おー。皆、あったまってきたかな?』
『たまごだけにー?』
『くーちゃん、うまーい♡』
 褒められた楠音は操縦席の中で満足げに目を細める。
 ハンプティたちの注意は、もはや二機にも周囲の人々にも向いていなかった。
 楠音は操縦席のモニターで辺りを見回し、近くで身を寄せ合っていた参拝客へ、タウゼントフュスラーの手をふわりと振る。
『いまのうちに、にげてにげてー』
 殺気立つ調理機械の隣とは思えない、のんびりとした避難誘導だった。
 燦華もすぐに調子を切り替える。
『おかえりはこっちだよー。走らなくていいから、押さないでねー?』
 リンドヴルムが人々とハンプティの間へ割り込み、体高二・五メートルの機体を盾にする。
 タウゼントフュスラーも長大な精霊銃を低く構え、遠くのハンプティがこちらを向けば、狙撃照準をぴたりと合わせる。
『くーちゃーん、右の子がこっち見てるよ』
 精霊銃の照準光を浴びたハンプティは、すぐ撃ち抜かれて倒れた。
 何事もなかったように言い争いは続き、祭りの客たちは二機の陰を通り、次々と境内を離れていく。
『おちもの、わすれもの、きをつけてー』
『お子さんは手を繋いでくださーい』
 楠音はタウゼントフュスラーの手を、燦華の方へ伸ばした。
『わたしたちも、てをつないでるよー』
 リンドヴルムの大きな手が重なる。
『ねー♡』
 通信越しの燦華の声が弾む。
 緊迫した避難の最中だというのに、その二機の周囲だけは妙にふわふわしていた。



 最後の一人が楼門の向こうへ逃げていくと、二人はもう一度顔を見合わせる。
『みんな、逃げたかな?』
『たぶんー』

 やがて一体の半熟派が二機の前にやってきた。
「質問します! 目玉焼きに使用するソースの銘柄は何ですか?」
『くーちゃん』
『うん』
『そろそろ、ボクたちも逃げる?』
 二機は手を繋いだまま、同時に一歩後ずさる。
「銘柄の回答を要求します!」
 別のハンプティも二機へ向き直った。
「醤油は甘口と濃口のどちらですか?」
「白身の焼き目は必要ですか?」
『ばれたかなー?』
『たぶんまだだけど、めんどくさいしつもんが増えたねえ』
 二人は通信モニター越しに顔を見合わせる。

『にげよっかー』
『にげよー!』
 二機は繋いでいた機械の手を一度だけ離し、同時に反転した。
 直後、タウゼントフュスラーとリンドヴルムが石畳を蹴り、並んで境内からの離脱を開始する。
「回答を!」
「半熟派の同志ではないのですか!」
 追いかけてくる声を背に、二機は駆ける。
 ほどなく楠音がタウゼントフュスラーの手を隣へ伸ばした。
 燦華もすぐに気づき、リンドヴルムの大きな手を重ねる。

 走る振動で何度か装甲の指がずれかけるたび、二機は互いへ少しずつ寄り、今度こそ離さないようにしっかりと握り直した。
『さっちゃん、はんじゅくでよかったー?』
『うん。くーちゃんといっしょなら、何でもおいしいよー』
『わたしもー。さっちゃんといっしょなら、かたくても、とろとろでも、ぜんぶすきー』
『えへへ。ボクも、くーちゃんが好きなものは好きになりたいなあ』
『えへへー。さっちゃん、だいすきー』
『ボクも、くーちゃんだーいすき♡』
 通信機越しでは足りないとでもいうように、二機は走りながら肩をこつんと寄せ合った。
 硬い装甲同士がぶつかって、少し不格好な音が鳴る。
 それでも操縦席の中では、ふたりとも幸せそうに笑っていた。

 半熟でも、固ゆででも。
 同じ丼を覗き込み、同じ味を分け合えるなら、それでいい。
 卵の好みで世界が割れても、この二人が別々の派閥へ分かれる心配だけは――永遠になさそうだった。

睡眠寺・静時

 櫛田神社の境内では、半熟派と固ゆで派のハンプティたちが今日もとっても元気よく罵り合っていた。
 お玉とフライ返しが空を切り、今にも鉄鍋が飛び交いそうな有様である。

 睡眠寺・静時(h01690)はその様子をしばらく楽しげに眺めてから、固ゆで派の隣へよいしょと腰を下ろした。
「いやはや皆様、たいへん盛り上がっておりますなあ」
「所属派閥を回答してください!」
 静時は即答すると、拳を高々と振り上げた。
「固ゆででございます」

 溜め。
「――そりゃあ絶対、卵は固ゆででございますよ!」

「同志です!」
「完全加熱派の加入を確認しました!」
 歓迎の電子音を浴びながら、静時はにこにこと半熟派を指差す。
「ええ、ええ。半熟でさらりと食べるより、しっかり固くて噛む回数の多い固ゆでの方が、満足感も高いでしょう。味わいというものは、舌と顎、両方で感じてこそでございます!」
「咀嚼の重要性を確認しました!」
「顎を使わぬ半熟派は軟弱でございます!」
「軟弱とは何ですか!」
「黄身の滑らかさを理解できぬ無粋者です!」
「なっ! 無粋とはなんですと!」
 静時は勢いよく立ち上がった。
「半熟派の皆様は、よくもまあ、ぬるりと流れる黄身を有り難がれたものでございますな! お皿へ逃げ、パンへ逃げ、ご飯へ逃げる! 黄身ひとつ、自らの形を保てぬとは根性が足りませんぞ!」
「黄身に根性は不要です!」
「いいえ! 必要でございます!」

 もちろん、彼女だって本心から半熟を憎んでいるわけではない。
 丼物へ乗せるなら半熟は大いに結構。麺にも合うし、割った瞬間の見栄えもよろしい。静時は美味しい食べ物なら大抵歓迎する。
 けれど今日は固ゆで派。
 罵倒するなら、半端はいけない。

(許せ、半熟派よ……!)

 心の中で拝んでおいて、表ではさらに声を張る。
「それに、この暑さでございますよ!」
 真夏の日差しが石畳を照りつけ、祭りの熱気まで加わっている。ハンプティの電熱鍋から立つ湯気も相まって、境内は蒸し風呂のようだった。
「半熟など、悪くなるのが早そうではございませんか? 持ち歩くにも不安がございます。祭り見物の途中でお腹を壊しては、目も当てられませんぞ!」
「衛生管理上の優位性を確認!」
「固ゆで派の正当性が証明されました!」
「要冷蔵です!」
「固ゆででも常温放置は危険です!」
 半熟派から、たいへん真っ当な反論が飛んできた。
 静時は一瞬だけ黙り、それから満面の笑みを浮かべる。
「細かいことを気にする者は、祭りを楽しめませんぞ!」
「議論を放棄しました!」
「放棄ではございません。これはそう、陽気な前進でございます!」
 固ゆで派が歓声を上げ、半熟派との距離を詰める。
 静時も拳を振り上げながら、その列に加わった。

「ところで皆様、殻の割り方は何派でいらっしゃいます?」
「殻の割り方?」
「卓上で転がして細かくひびを入れるのも良いですが、お洒落を気取ってエッグスタンドを使うのも素敵ではございませんか」
 静時は両手で小さな器を形作る。
「上だけまあるく割るのでございます。専用のスプーンも添えれば、朝食が途端に異国の貴族風でございましょう。うち、形から入るのも好きなので!」
「エッグスタンドを検索します!」
「設備投資が必要です!」

 対し、固ゆで派の一体が言った。
「素手で割れば十分です!!」

 静時の笑顔が固まる。
「……何と?」
「専用器具は不要です。効率性が低下します」
「お洒落心を解さぬと?」
「卵料理に装飾性は不要です」
「な、なんてことを言うのでございますか!」
 静時は拳を握り締めた。

「分からず屋は、ごちんですぞ!」

 ごちん。
 固ゆで派ハンプティの頭部へ、見事な拳が落ちた。

「味方からの攻撃を確認しました!」
「議論で分からぬなら、拳で分かり合うまででございます!」
 半熟派が一斉に押し寄せる。
「固ゆで派の内部分裂を確認!」
「今が好機です!」
「お洒落心を舐めてはいけませんぞ!」
 静時は振り向きざま、迫る半熟派にもごちん。
 さらに左右から来た二体へ、まとめてごちん、ごちん。

 鉄の機体が景気よく石畳を転がっていく。

「半熟派にも攻撃しています!」
「所属派閥を再確認してください!」
「うちは固ゆで派でございます!」
 静時は朗々と言い切った。
「ただし、重要なのはそう――信念!」

 意味はよく分からないが、勢いだけは充分だった。
 半熟派も固ゆで派も、言い争う暇を失って次々と拳の餌食になる。
 そのうち、警告音を発しているハンプティは周りから不思議と居なくなった。そう、不思議と。不思議だなあ。

「――いやあ、実に楽しい論争でございました!」
 足元には、両派が仲良く転がっている。
「さて」
 静時はお腹を押さえ、辺りを見回した。
「…………これだけ卵の話をしましたら、お腹が空きましたなあ。エッグスタンドのある喫茶店でも探しましょうか」

 (拳による)討論は終わった。
 次は、実食による研究の時間である。

ルミオール・フェルセレグ

 半熟か、固ゆでか。
 櫛田神社の境内を二分する大論争を前に、ルミオール・フェルセレグ(h08338)はさほど悩まなかった。
「半熟だね」
 即答だった。
「半熟派を確認しました!」
「支持者の熱弁を期待します!」
「熱弁か――そうだな。半熟は噛んだ瞬間、口の中に広がる濃厚な味がたまらないよね」
 半熟派のハンプティたちが、歓迎の電子音を鳴らす。
 一方、固ゆで派は露骨に電熱鍋を赤くした。
「固ゆでには確かな食感があります!」
「半熟は加熱不足です!」
「でも固ゆでは、少しぽそぽそしてるだろう? 一気に口の水分を持っていかれるし」
「ぽそぽそではありません!」
「ほくほくです!」
「そうとも言うね」
 否定する気があるのかないのか分からない穏やかさで、ルミオールは竜漿兵器へ魔力を注ぎ始めた。
 淡い光が少しずつ刃に蓄積されていく。

 ――さて、完成まで一分ある。
 その間、黙って待つ理由もないのでルミオールは滾々と話を続けた。

「それに半熟は、パンやご飯との相性がいい。炊きたてのご飯に目玉焼きを乗せて、醤油を少しかけてから黄身を割るんだ」
 ルミオールは宙で箸を動かすような仕草をする。
「白いご飯へ黄身がとろっと流れて、醤油と混ざる。茶碗一杯くらいなら軽く食べられるよ。卵かけご飯と目玉焼きの、いいところ取りだね」
「卵かけご飯との類似性を検出!」
「目玉焼きとしての独自性が不足しています!」
「焼いた白身があるだろう?」
 固ゆで派はじりじりと距離を詰めてくる。
 ルミオールの兵器に溜まる光は、まだ三分の一ほど。

「ああ、ご飯だけじゃなくて、食パンに乗せてもいいね」
「新たな調理例です!」
「何なら一緒に焼くといいよ。食パンの縁をマヨネーズでぐるっと囲んで、その真ん中に卵を割り入れるんだ」
「マヨネーズの使用量が過剰です!」
「高脂質を検出しました!」
「そこは考えないことにしよう」
 ルミオールは真顔で言い切った。
「程よくトーストしたら、仕上げに黒胡椒を散らす。パンの表面はこんがり、卵の白身はふるふる。噛んだ瞬間、半熟の黄身と温かいマヨネーズがじゅわっと出てくる」
 半熟派から、感動したような電子音が漏れた。
「――美味しいに決まってるだろう?」
「否定困難です!」
「カロリー計算を開始します!」
 兵器の光は、ようやく半分を越えた。

 しかし固ゆで派も、いつまでも料理話を聞いているだけではない。
「半熟派を完全加熱します!」
 フライ返しが飛んできた。
 ルミオールは肩を傾けて避ける。次に噴射された熱湯は外套の端を濡らし、回転する泡立て器が脇腹を掠めた。
「チャージ中への攻撃を確認しました!」
「防御行動が不十分です!」
「大丈夫。今はそんなに痛くないよ」
 穏やかに返され、ハンプティたちが僅かに停止する。
 ルミオールの能力は、チャージ中に受けた傷を消すものではない。ただ支払いを少し後へ回すだけだ。
 しかし、本人は気にした様子もなく腹を押さえる。
「それより、お腹が空いてきちゃったな」
「戦闘中です!」
「君たちが卵の話ばかりするからだよ」

 完了まで、あと十秒。
 固ゆで派が一斉に押し寄せる。
 半熟派も対抗して飛び出し、境内の中央でお玉とフライ返しがぶつかり合った。
「半熟派、食パンを確保してください!」
「固ゆで派、マヨネーズを封鎖します!」
「黒胡椒を奪取してください!」
「食材の争奪戦になってるねえ……」
 残り三秒。
 二。
 一。

 竜漿兵器に満ちた魔力が、眩い星光となって弾けた。
「じゃあ、〆と行こうか」

 ルミオールが一歩踏み込む。
 光り輝く一撃が横薙ぎに走り、押し寄せていたハンプティの群れを纏めて呑み込んだ。

 半熟派も固ゆで派も関係ない。
 卵型の機体が次々に空へ舞い上がり、祭囃子に合わせるように、どんどんどん、と石畳へ落ちていく。

 少し遅れて、それまで保留されていた痛みが一気にルミオールへ返ってきた。
「……っ」
 脇腹を押さえ、片膝をつく。
 倒れたハンプティが最後の力で頭部ランプを明滅させた。
「半熟派では……なかったのですか……?」
「半熟派だよ」
 ルミオールは痛みに顔をしかめながらも、誠実に答えた。
「でも、人を調理する君たちの味方ではないからね」
「正論を、確認……」
 ハンプティのランプが消える。
 静かになった境内で、ルミオールはゆっくり立ち上がった。
 周囲を見回す。
「んー。食パンと卵とマヨネーズ、どこかにないかな」
 壮大な一撃の直後に考えているのは、世界平和ではなく次の食事だ。
「……黒胡椒も忘れないようにしないとね」

 なお。
 カロリーについては、最後まで考えないことにした。
 高カロリーなものは美味しい。
 この論理についての審議に、半熟と固ゆでは関係なさそうだった。

シンシア・ウォーカー
神隠祇・境華

 目玉焼きの焼き加減を巡る大論争は、いよいよ実力行使の段階へ入ろうとしていた。
 フライ返しとお玉を振り上げ、半熟派と固ゆで派のハンプティたちが互いを威嚇する。
 殺伐とした光景を前に、シンシア・ウォーカー(h01919)は頬へ手を添え、のんびりと首を傾けた。
「私は半熟派ですねえ。境華さんは?」
「私も半熟派です」
 神隠祇・境華(h10121)が静かに答える。
「目玉焼きの黄身は、やはり少しとろりとしている方が良いと思います。片面焼きで、箸を入れた時にほどけるくらいが理想ですね」
「わっ、一緒ですね! 良かった!」
 シンシアはぱっと表情を明るくした。
 境華も小さく微笑む。
 半熟派のハンプティたちからも歓迎するような電子音が上がった。
「そうですよね。あの、とろふわの黄身に塩胡椒をかけていただくのが、抜群にいいんですよ」
 シンシアがうっとりと言う。

 その言葉に、境華の微笑みがほんの少しだけ止まった。
「塩胡椒……ですか?」
「ええ。白身の淡泊な味へ塩気が加わって、胡椒の香りが半熟の黄身を引き締めてくれるのです」
「私は、醤油を少しですね」
「ああ、醤油も良いですね。ですがソースも捨てがたく……」
「ソースも?」
 境華の声が、僅かに低くなる。
「はい。甘みと酸味が黄身に混ざると、ご飯が進むでしょう?」
「シンシアさんも片面派ですか?」
「もちろんです」
「半熟で、片面焼き」
「はい」
「なのに、塩胡椒派で」
「そうですね」
「ソースも好き……?」
 静かな確認が重ねられる。
 シンシアは境華の金の瞳をじっと見返し、やがて深刻そうに息を呑んだ。
「どうしました、境華さん」
「いえ。同じ半熟派であっても、細部には譲れないものがあるようですね、と思いまして」
「なるほど」

 シンシアは背筋を伸ばす。
「やはり私たちも、争うしかないのでしょうか」
「そうなるのかもしれません」
「いいですよ」
 柔和な笑顔のまま、シンシアは片手を差し出した。
「その争い、買いましょう。――かかってきなさい」

 ふたりの様子に、周囲のハンプティたちが一斉にざわめいた。
「半熟派の内部分裂を確認!」
「塩胡椒派と醤油派が敵対しました!」
「ソース派の立場が不明です!」
「ソース派も私の中に内包されています」
「複雑な思想です!」
 シンシアの指先に、淡い光が集まる。
「……盾持つ乙女の名の下に」
 防護の力を宿した弾丸が生成され、境華へ向けて撃ち出された。
 境華は避けない。
 着弾と同時に柔らかな光が彼女の全身を包んだ。
 衝撃を和らげ、耐久力を引き上げる光――しかし、周囲のハンプティから見れば、派手な魔力が爆ぜたように映る。
「境華さん!」
「ええ」
「塩胡椒の香り高さを認めてください!」
「黄身の味を活かすなら、醤油は少量で充分です」
「ではソースは?」
「少し主張が強いのではないでしょうか」
「な、なんてことを!」
 シンシアは大仰に胸を押さえ、さらに弾丸を放った。
 境華はそれを正面から受け止める。防護の光が幾重にも重なり、彼女の身体を守っていく。
 それと同時に、境華の内側では別の熱が膨らみ始めていた。

 盗火の魂炎。
 天より火を盗み、人へ与えた巨人の物語が境華の身へ宿っていく。
 腕から肩へ、肩から胸へ。赤金の炎がゆっくりと広がり、彼女の周囲で空気が揺らめいた。

 固ゆで派のハンプティたちも、二人の争いに見入っている。
「塩胡椒は、どんな料理にも馴染む万能の味付けです!」
 シンシアが声高に主張する。
「目玉焼きだけでなく、ベーコンや野菜を添えても味を邪魔しません!」
「醤油も、ご飯や焼き魚と合わせやすいです」
「ですがパンには?」
「醤油を少なくすれば問題ありません」
「少なくすれば、とは……弱気ですね!」
「塩胡椒をかけすぎれば、黄身の繊細な味が消えます」
 二人の声は穏やかだ。だが、真剣だった。

 半熟派のハンプティまで議論へ加わり始める。
「塩胡椒派を支持します!」
「醤油派です!」
「ソースは地域差があります!」
「ケチャップ派の意見も聞いてください!」

「ケチャップ?」
 シンシアと境華の視線が、同時にそちらへ向いた。
 ケチャップ派のハンプティは慌てて一歩下がった。

 境華を包む炎は、既に全身へ行き渡っている。
 だが、まだ足りない。
 シンシアはそれを察し次の弾丸を構えた。
「境華さん。黄身のとろみを白身へ絡める時、塩胡椒なら全体の味が均一になるでしょう?」
「醤油なら、場所によって濃淡が生まれます。その違いも楽しみのひとつです」
「あえて均一にしないと?」
「ええ」
 言葉と視線が交差する。

 どちらも譲る気はない――ように、ハンプティたちには見えた。
 境華は炎を纏ったまま、一歩踏み出す。
「決着です、シンシアさん」
「望むところです」
 境華が地を蹴った。
 シンシアへ向かって真っ直ぐに踏み込み、燃え上がる拳を振りかぶる。
「塩胡椒派への攻撃を確認!」
「醤油派を支援します!」
 固ゆで派のハンプティたちが、二人の決着を見届けようと前へ押し寄せる。
 シンシアは微笑み、身を翻した。

「――境華さん、お願いします!」
「はい!」
 境華の踏み込みが、僅かに軌道を変えた。

 拳が狙うのはシンシアではない。
 その背後へ集まった、――固ゆで派の群れだった。

「プロメテウスの火拳!」

 赤金の炎が爆ぜる。
 巨人の一撃を思わせる火炎が境内を薙ぎ払い、ハンプティたちをまとめて呑み込んだ。
「欺瞞を検出しました!」
「味付け論争は偽装――」
 最後まで言い切る前に、固ゆで派は炎の中へ吹き飛ばされる。
 さらに跳ね返った熱と衝撃が、近くで観戦していた半熟派まで巻き込んだ。お玉が飛び、フライ返しが宙を舞い、卵型の機体が仲良く石畳へ転がっていく。

 境華は拳を振り抜いた姿勢のまま、ふう、と息を吐いた。



「お見事でした、境華さん」
「シンシアさんの防護がなければ、もう少し大変だったでしょう」
「私の塩胡椒への情熱も役に立ちましたか?」
「そちらは、まだ認めていません」
「まあ」

 境華は炎の消えた拳を下ろし、倒れたハンプティたちを見渡した。
「では、この件はいずれ」
「ええ。いつの日か、実際に作って決着をつけましょうね」
「片面焼きの半熟で」
「もちろんです」
「私は醤油を少し」
「私は塩胡椒を。途中からソースも試します」
「……一つの目玉焼きに、ですか?」
「何枚か焼けばいいでしょう?」
 境華は少し考え、静かに頷いた。
「それなら、争う必要はありませんね」
「いえ。どれが一番美味しいかは、きちんと決めましょう」
「まだ争うのですか?」
「争いとは穏便じゃないですね。これはそう、食べ比べです」
 そうしてシンシアは、少し小首をかしげて楽しげに笑う。
「平和的でしょう?」

 境華もその言葉に、僅かに頬を緩めた。
「……そうですね。そういうのも、たまには良いかもしれません」

白水・縁珠

「所属を明らかにしてください!」
 ぴーがーぴーがーと響く電子音を聞きながら、白水・縁珠(h00992)は半熟派の隣へ腰を下ろした。
「うむ。私は……半熟派、かな」
 膝の上で手を組み、固ゆで派を静かに見つめる。
「けれど、……良いよ。固ゆで派も、お互い、気が済むまで語り合おうぞ」
 一経営者の実力をみせてしんぜよう、と縁珠はゆるりと胸を張る。
「交渉を希望しますか?」
「固ゆで派の主張を受け入れてください!」
「うんうん。まずはそちらのお話を聞きまっせー」

 そう、縁珠は園芸店の店主である。
 店を営んでいれば、お客からの相談や要望、時には苦情を受けることもある。そういう時の秘訣は、頭から相手を否定しないことだ。
 まず聞く。
 頷く。
 相手が何に困っているかを探る。
 ――その後で、必要なら拳や銃を使う。

「固ゆでの利点は、黄身の確かな食感です!」
「白身を十分に加熱することで、香ばしさも向上します!」
「うん、うん」
 縁珠は粛々と頷いた。
「固ゆでの白身の、カリッと香ばしい感じも素晴らしいよね」
「理解者です!」
「半熟派からの転向を推奨します!」
「ちなみにポテトは完全カリッと派」
「ポテト?」
「しなしなにも良さはあるけど、今日はカリッとを推す」
「議題が逸れています!」
「話を広げるのも接客のうち」
 なるほど、と納得したらしい固ゆで派が数体、頭部ランプを点滅させた。
 縁珠はそのまま話を続ける。

「で、今回の話題は目玉焼き」
「はい!」
「目玉焼きとセットで食べたいものは?」
「パンです!」
「ベーコンです!」
「サラダです!」
「私は、ごはん」
 半熟派のハンプティたちが一斉に電子音を鳴らす。
「ご飯との調和を確認しました!」
「そう」
 縁珠は両手を、ほい、と差し出した。
「ここまで来たら、お判りいただけただろうか?」
「何をですか?」
「半熟なら、卵かけご飯ならぬ――とろとろ目玉焼きご飯ができるやつー」

 炊きたての白米。
 その上に、白身の縁だけを香ばしく焼いた目玉焼きを乗せる。
 箸で黄身を突けば、鮮やかな黄色がとろりと流れ、ご飯の一粒一粒へ絡んでいく。醤油をほんの少し垂らせば、湯気と一緒に香ばしい匂いが立つ。

「朝食でのお米と目玉焼きのコンビの素晴らしさよ」
「卵かけご飯との差別化を要求します!」
「白身が焼けてること」
「単純明快です!」
「半熟でも、白身の縁はカリッとできる。つまり固ゆで派の好きな香ばしさも楽しめる」
 縁珠は指を一本ずつ立てる。
「半熟の黄身。カリッとした白身。ごはんとの調和」
 最後に両手を広げた。
「――ほい、一石三鳥」
「計算上は三要素です!」
「しかし固ゆで派の完全加熱思想とは相容れません!」

「まだ駄目?」
「黄身の凝固を要求します!」
「そっかー」

 うん。ここまで丁寧に話しても通じない。
 相手の話も聞いた。
 良いところも認めた。
 困りごとにも触れた。
 代案まで提示した。

 店主として、充分に誠実な対応をしたはずである。

 縁珠は立ち上がり、服についた埃をぱんぱんと払った。
「……撃つか」
「交渉の継続を要求、」
「いいえ、交渉は店じまい」
 翠緑の精霊銃を持ち上げる。
「精霊さん、よろしくね」

 放たれた弾丸は、固ゆで派の群れの中心へ着弾した。
 一斉に緑が芽吹く。
 細い蔓が装甲の隙間へ入り込み、葉と枝を伸ばしながら機体を締め上げていく。内部へ根を張られたハンプティは生命力を吸い取られ、次々と動きを鈍らせた。
「植物の寄生を確認!」
「衛生管理上の重大な問題――」
「園芸店なので、植物対応は得意分野」
 半熟派の機体には柔らかな枝葉が絡み、盾となって敵の熱湯や調理器具を防ぐ。
「半熟派を支援します!」
「固ゆで派を排除してください!」
「お願いー」

 勢いづいた半熟派が、蔓に捕まった固ゆで派へ殺到した。
 縁珠は後ろから精霊弾を撃ち込み、逃げようとする機体をまとめて緑の中へ沈めていく。



 やがて固ゆで派は全滅し、境内には青々とした葉に包まれた卵型機械の山が出来上がった。

「交渉成立、だね」
「固ゆで派からの回答はありません!」
「沈黙も回答のひとつともいう」
 縁珠は満足そうに頷く。

 そして、勝利に沸く半熟派を眺めた。
「ところで皆、目玉焼き作れる?」
「作成は可能です! 人間を卵として調理します!」
「あ。それは駄目」

 再び銃を持ち上げる。
「それじゃあ次のクレーム対応、始めようかー」
 園芸店主の一日は、どうやらまだ終わらない。

トゥルエノ・トニトルス
緇・カナト
野分・時雨

 先ほどまで人間を卵と呼び、調理しようとしていた殺戮機械の群れが、他人を焼くことも忘れて黄身をどこまで焼くかで内部抗争を起こしていた。

 それを眺めながら、トゥルエノ・トニトルス(h06535)は感心したように頷く。
「卵料理と言っても、色々あるのだなぁ」
 青い瞳を興味深そうに瞬かせ、双方の言い分へ耳を傾けている。
「半熟目玉焼き」
「固焼き目玉焼き」
「片面焼き」
「両面焼き」
「蒸し焼き」
 聞けば聞くほど種類が増える。
「今は目玉焼き論争になっている様子だが、我は食物にはよく火を通した方が良いと思うぞ」
 少し考え、固ゆで派の列へ歩み寄った。
「ゆえに、固焼き派になるかな……!」
「同志を確認しました!」
「完全加熱を支持しますか!」
「うむ。ターンオーバー焼きというものを食べた時は旨かったぞぅ。両面を焼いてあるゆえ、サンドイッチにも挟みやすくてな」
「携帯性に優れています!」
 歓迎の電子音が上がる。

「ええ、ええ! 分かっていますね、エノくん!」
 野分・時雨(h00536)も当然のように固焼き派へ加わった。
「卵さんご本人様たちでも、卵料理で争ったりするんだね~。美味しい料理の前では、みんな平等ということでしょうか」
「お主も固焼き派か、時雨殿」
「ぼくは超がつく固焼き派です」
 そうだ、ただの固焼きではない。
 超が付く。
「塩胡椒をつけて焼いて、最後に醤油もちょっと垂らす。ぼく、これ以外の目玉焼きの食べ方を知りません」
「超固焼き派を確認しました!」
「ぱっと見は固焼きでも、油断できないんですよ。黄身を割って、中までちゃんと焼けているか確認しますからね」
 箸を入れた途端、黄金色の黄身が流れ出した時の失望。――想像しただけで、時雨の眉間に皺が寄る。
「とろり黄身が嫌なんです。卵は好きだけど!」
「分かるぞ。外側だけでなく、内側まで焼けていることが肝要なのだな」
「そうです。ターンオーバー焼き必須」
 時雨はすっかり意気投合し、トールの隣へぴたりと引っついた。
「固焼き派の卵さん、集合! 半熟派はあっちへ行ってください!」

「おやおやァ」
 その時、半熟派の群れを割って緇・カナト(h02325)が姿を現す。
 手をひらひら振りながら時雨とトールを見比べた。
「牛鬼君とは色々趣味が合わなそうだとは思っていたケド。まさか目玉焼きでも敵になるとはねェ」
「残念ながら、わんちゃんとは派閥が異なるようです」
 カナトは肩をすくめ、そのまま半熟派の先頭に立つ。
「半熟派、塩胡椒党所属。カナトだよ。よろしくねェ」
「半熟塩胡椒派を確認しました!」
「トールも固焼き派なのかァ。もう少し味覚が柔軟そうだと思ってたんだけどね」
「我は充分に柔軟だぞ」
「黄身は固めるんでしょ?」
「それとこれとは別だ」
「どこが別なのかなァ」
 トールは腕を組む。

「主、目玉焼きという食物を最後まで安心して食べるためには、充分な加熱が必要であろう?」
「目玉焼きは黄身と白身のグラデーションを楽しむ料理じゃないの?」
 カナトは手で緩やかな層を描いた。
「しっかり地盤を固めた白身。そこへ塩と胡椒のマリアージュ。最後に黄身を割って、とろりと掛かるまろやかさ。これが良いんじゃないの~」
「地盤を固めたなら、そのまま黄身まで固めればいいでしょう」
 時雨の一言が、カナトの説明を真っ二つにする。
「牛鬼君とはほんっっと趣味が合わないなァ」
「食べ物に地盤などという言葉を使う方に言われたくありません」
「固焼きの黄身は、口の中の水分を持っていくじゃない?」
「飲み物を用意すれば良いでしょう」
「目玉焼きの解決法で他を頼るのはどうかなァ」
 議論を交わしている最中でトールがふむ、と頷く。
「我はカナトの言う、グラデーションというものも分からぬではない」
「だろ、トール」
「だが、カチカチに焼いたものも旨い」
「途中まで期待させておいて裏切ったね?」
「サンドイッチに挟むなら、固い方が食べやすいぞ」
「流れる黄身を指で受け止めながら食べるのも良いじゃない」
「手が汚れますよ」
「牛鬼君はさっきから、食事に実用性ばかり求めすぎじゃない?」
「目玉焼きで服を汚したくないだけです」

 ……三人の間で、静かな火花が散る。

 その周囲では、ハンプティたちが熱心に議論を記録していた。



「実力による決着を推奨します!」
 そういいだしたのはどちらのハンプティだったか。
 ともかく、戦いのゴングはそうして鳴った。

「望むところだよ」
 カナトは手斧を抜く。刃へ蒼い炎が走り、境内の熱気をさらに押し上げた。
「カチカチに固めて目玉焼きの良さを半減させてる固焼き派とは、戦争が必要だからねえ……」
 にやりと笑い、炎を大きく燃え上がらせる。
「お前もフランベにしてやろうか~~」
「目玉焼きをフランベしたら、半熟では済まないのでは?」
「……確かに」
「わんちゃん、己の主張を自分で否定しましたね」
「細かいなあ牛鬼君は!」
 半熟派のハンプティが、カナトに続いて進み出る。
「あ、調味料もいいね。そうだなァ、オレは基本塩と胡椒が好き。たまに和風の醤油味も良い。マヨネーズとケチャップは、まだ試したことないかな」
「調味料にも節操がありませんね」
「牛鬼君だって塩胡椒と醤油を併用するんだろ?」
「固焼きという大原則さえ守れば、調味料は多少自由で構いません」
「我も主には塩胡椒だな」
 トールが口を挟む。

「だが、醤油やソース、ポン酢で食べるのも良いとは思うぞ」
「ポン酢」
 時雨の金色の瞳が、すっとトールへ向く。
「どうした、時雨殿」
「……ポン酢は、どうでしょう」
「酸味があって旨いのではないか?」
「審議対象です」
「なぜだ!」
 トールの周囲で、ぱちりと雷が弾けた。
「今議論しているのは焼き方であって、どの調味料が好きかに貴賤はない筈だ!」
「そうそう。良いこと言うねェ、トール」
 思わぬ援護を得たカナトが笑う。
「ポン酢半熟も、結構いけそうじゃない?」
「主。お主は今は半熟派であろう。こちらへ寄ってくるでない」
「調味料の時は休戦しようよ」
「半熟にポン酢を混ぜるのは、さらに審議が必要です」
「牛鬼君、何でも審議にかけるねェ」
 いつの間にか、固焼きと半熟の戦いへ、ポン酢の是非まで加わっていた。

「固焼き派に意見の不一致を確認!」
「ポン酢派を分離します!」
 固焼き派ハンプティの一体が、トールへフライ返しを突きつける。
「ポン酢は白身の香ばしさを損ないます!」
「塩胡椒のみを推奨します!」
「何?」
 トールの眉が上がった。
「調味料に貴賤はないと言っているだろう!」
 トールの周囲へ、雷を纏った無数の投槍が浮かび上がる。
 ばちばちと稲妻が走り、半熟派も固焼き派も一斉にたじろいだ。
「――駆けよ迅雷」
 投槍が一つへ束ねられる。
 巨大な雷槍となって放たれた一撃は、真正面の半熟派を貫き、その向こうにいたポン酢否定派の固焼きハンプティまでまとめて吹き飛ばした。
「半熟派に損害!」
「固焼き派にも損害が発生しています!」
「固焼きの魅力と調味料の自由を、その身で学ぶがよい!」
「学ぶ前に壊れてるよ、トール」
 カナトは笑いながら蒼焔を纏った手斧を振るう。
 一撃目が固焼き派の装甲を裂き、返す二撃目が周囲の機体をまとめて炎へ巻き込んだ。
「過剰加熱を確認!」
「装甲温度が危険域です!」
「よかったじゃない。よく火を通したかったんだろ?」
「目玉焼きの加熱と機体の炎上は別問題です!」
「面倒だなァ」

 その炎の合間を縫い、時雨が駆けた。
「この卵さんたちも、本当に黄身まで焼けているか確認しましょうか――よし、割ります」
 拳がハンプティの胴へめり込んだ。
「これは慈悲です」
 ごん、と重たい音が響く。
 次の一体には卒塔婆を振り下ろし、硬い装甲ごと内部の機構を叩き割った。
「黄身は搭載されていません!」
「当機は卵ではありません!」
「こんなに白いつるりとしたボディですのに?」
 横から飛びかかってきたハンプティもまた、卒塔婆の先に吹き飛ばされる。

「やるねェ、二人とも」
 カナトは時雨の目前へ踏み込み、目の前の男に蒼焔の手斧を振り下ろす。
「――でも、固焼き派はここで終わりだよ」
 卒塔婆が手斧を受け止めた。蒼い火花が二人の間で弾ける。
「嫌ですよぅ、滅ぶべきは半熟派じゃないですか?」
「こら二人とも、遊んでいる場合か!」
 トールの雷槍が二人のすぐ横を通過し、背後から迫っていたハンプティを貫く。
「危ないなァ、トール」
「当てぬように撃った!」
「オレじゃなかったら、髪が焦げていたよ」
「わんちゃんは元から煤みたいな色ですし」
「牛鬼君は後で覚えといて」

 瞬間、固焼き派の一派からなぜかトールに向かってフライ返しが振り下ろされる。
 間一髪で避けたトールに対し、警告音がひとつ。
「ポン酢擁護派を排除します!」
 時雨が目を丸くする。
「エノくんへ攻撃しましたね」
「我らは同じ固焼き派ではなかったのか」
「多種多様な調味料思想は危険です! 誠実な固焼き理論から離れています!」
「ぐ……やはり調味料差別をする者は、我の仲間ではない!」
 トールの雷が、固焼き派の一団をまとめて薙ぎ払う。

 カナトはとうとう声を上げて笑った。
「もう何の戦争か分からなくなってきたねェ」
「半熟固ゆで、醤油塩ポン酢ソースその他諸々戦争?」
 時雨が呆れたように答えだが、続いて横の男に合わせて笑う。
「じゃ、残りの卵さんは全部割りますか!」
「ここは半熟派と調味料差別の一団から行こう」
「派閥論争も複雑になったもんだね」
 そう言いながら、カナトも二人へと背を預けた。
 
「では、最後に残っていた党派が正義ということで」

 周囲には半熟派と固焼き派。
 どちらも等しく、人間を調理しようとする敵である。
 トールの雷槍が飛ぶ。
 時雨の拳と卒塔婆が装甲を割る。
 カナトの蒼焔が二度、三度と敵陣を薙ぎ払う。

 固焼きか半熟か。塩胡椒か醤油か。ソースかポン酢か。話はまだまだ、終わりそうにない。
 尚、勝者は誰となったのか。
 ――その行方も、三人以外の誰も知らない。

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