カクテル・ライトプール
●真夏のナイトプール
南国の夏は鮮やかな彩に溢れている。
サマーカラーに色づく花々、白い砂浜、エメラルドグリーンの海。
そのどれもが、今は夏星夜の中に散りばめられている。
太陽が沈んでも夏は終わらない。夏夜は一段と賑わいを魅せて、人々を刺激する。
……実際は、そのどれもが人の手によって再現された景色であるが。
かつて在った『インビジブルが枯渇する前の豊かな自然』。それを√仙術サイバーの技術で再現した疑似空間……上層のリゾートホテルである。
事件の舞台は屋内ナイトプールだ。館内の天井に星空を投影し、夜の景色を再現している。人工砂浜に面して設えられたプールはライトアップされて、その光が植栽のヤシやハイビスカスを色鮮やかに照らしていた。
大きなプールには真珠貝やイルカの浮き輪など、海の生物をモチーフとした浮き輪がぷかぷかと漂う。写真を撮ったらSNS映えすること間違いなしだ。
プールサイドのバーでは、ホテル専属のバーテンダーがカクテルやモクテル(ノンアルコールカクテル)を振る舞ってくれる。定番のカクテルの他、お任せでオリジナルカクテルが楽しめる。
プールと飲み物以外にも、定期的にプロジェクトマッピングの花火が打ち上がる。壁や天井、水に映り込む七彩の光には、本物の花火とは違った魅力があるのだとか。
上層の人々が過去の夏に想いを馳せ、楽しむ娯楽施設。遊興の場を身勝手に乱す者が、現れるのだという。
●迷惑客
「ドランクキッカー『|馬《まー》・|鹿兎《るーとぅー》』という簒奪者をご存知でしょうか。酒と荒事を好む武道家なのですが、非常識さゆえに問題を起こすようです」
気性は陽気で無邪気。しかし良心や常識は持ち合わせていない。享楽主義者である彼女はナイトプールに乱入し、酒を飲みながら迷惑行為を働くらしい。
「他の客にウザ絡み、ペットの|妖魔たち《シュエバオ・マオマオ》と一緒に土足でプールに入り込んで汚したり……思うがままに荒らし回るようです。ホテルのセキュリティスタッフだけでは彼女を抑えきれず、施設に大きな被害が出ます。そうなってしまう前に、彼女を追い出していただきたいのです」
事前にナイトプールに向かい、鹿兎を待ち伏せしてほしい。待っている間は客として過ごしても構わないそうだ。人々の憩いの場がならず者のせいで営業停止になってしまう……そのような事があってはならない。
第1章 日常 『豪華絢爛! 贅沢リゾート!』
●桃色の夏
「ないとぷーるに、きたのだぁー!」
コロネーリア・アンチ・プロヴィデンス(ドラゴンプロトコルの|屠竜騎士《ドラゴンスレイヤー》・h13531)は大胆な水着を纏い、ナイトプールに訪れた。胸や局部にシールを貼っている様なデザインは、竜への変身対策も兼ねている。普通の水着では変身時に破れてしまうのだ。
お洒落なバーにナイトプール。常夏の夜を再現した施設はキラキラと輝いている。この素敵な場所に、無体を働く者が現れるらしい。
「酒ぇのんで、ひとさまにめいわくかけるたぁ、ふてぇやろうだ! 酒はみんなで笑ってのむのが、真の酒呑みってぇもんよ(きりっ)……って街のおっちゃんが言ってたのだ♪ ふてぇやろうってなんなのだ?」
きっと良い意味ではないのだろうと、コロネーリアはふわっと思った。深く考える前に、プールサイドのバーに意識が向く。
「わぁ! お酒、美味しそうなのだ!」
「お客様は未成年の方ですね」
コロネーリアに年齢の壁が立ち塞がった。この壁はどう頑張っても越えられない。
「お酒は駄目なのか? 竜でも駄目か? ……そうなのか」
しょぼんと諦める彼女に、バーテンダーが別のドリンクを作る。
「お客様にはこちらを。ノンアルコールでも美味しいですよ」
グラスはハリケーングラス。下部が膨らみ、中央のくびれから上部に向かって広がるグラスだ。炭酸をベースに桃シロップと蜂蜜シロップを加え、シュワっと弾ける爽やかさの後にふんわりとした甘さを演出。
ハイビスカスの花をグラスに飾り付けて、『|桃色の夏《ピーチサマー》』の完成だ。
「のんあるこーる? て言うのもうまいのだぁー」
桃色の夏を味わって、コロネーリアは笑みを溢す。一緒に中華料理も味わえば美味しさも二倍だ。
「おぉー! すごいのだ! 見たことがない料理なのだぁー♪ 干し肉もうまいけど、これもうまいのだぁー♪」
楽しいことを駄目にするのは許せない。敵が現れたらブレスで消し炭にしてやるのだ! とコロネーリアは意気込むのであった。
●贅沢な夜
「おー、これはラッキー♪ 上層のリゾートホテルなんて、普段じゃとても行けそうもない場所だからねぇ」
どう見てもオイシイ依頼に、|嵯峨谷・理緒《さがや・りお》(享楽のストリート・ニンジャ・h13442)は飛び付いた。
訪れたのは豪華なナイトプール。ライトアップされた水面が七色に輝いている。
「よーし、いっぱい遊びますか!」
プールに飛び込んで、イルカの浮き輪に抱き付いた。スマホを高く持ち上げて、ぱしゃりと撮影する。
「うん、いい感じに撮れた!」
プールを一周したら、喉の渇きを潤すためにプールサイドのバーへ。マスターおすすめのモクテルを頼む。
「お嬢さんにはこちらを。『|琥珀の海《アンバー・シー》』をお楽しみください」
小さな氷を浮かべたワイングラスに、紅茶にオレンジジュース、黒糖シロップを合わせた一杯。ミントを添えて爽やかな香りも演出する。
舌の上で転がせば、程よい甘みと心地よい渋みが広がった。
「うーん! まさにイケてる女子の夜って感じ! 楽しいなぁ!」
「めっちゃ雰囲気いいじゃん。友達待ち?」
背後から声を掛けられる。振り返ると、いかにも軽そうな男が立っていた。
高級そうなシルバーアクセサリーを身に着けている。富裕層向けリゾートに来る男だ。きっと金持ちなのだろう。
(……普段なら少しは付き合っても良かったんだけど。流石にこの後に仕事もあるから断っとこ)
食い下がられても面倒なので、嘘をついて適当にあしらうことにした。
「友達ってか彼氏待ち。もうすぐ来るから」
「彼氏待ちかー……確かに君みたいな可愛い子、他の男もほっとくわけないよな」
男はあっさり諦めて立ち去る。
「ふぅ、しつこい男じゃなくてよかった。お金持ちの余裕ってやつかな?」
ほっと息をついた所で、プールから光の花が咲く。プロジェクトマッピングの花火が始まったのだ。
「いやいや、すっごい綺麗……。うん、この仕事、受けてよかった!」
砂浜に座り、理緒は鮮やかに弾ける花火を眺めるのであった。
●水と光に満たされて
常夏感たっぷりのナイトプールにて。|野分・時雨《のわけ・しぐれ》(初嵐・h00536)はハイボール片手に、プールの前で仁王立ちしている。
「改めて自己紹介しようかな。ぼくは牛くん。海が大好きで泳ぐの大好き。プールも好きです。そしてお酒も大好きです!! つまり、ここは全部ある最高の場所!!」
テンション高めの時雨の横で、緇・カナト(hellhound・h02325)はいつもの調子だ。
「海で泳ぐのが大好きでも、プールは別物だろうし。お酒が大好きなのは別枠だろうし」
人工的な夏星夜を見上げ、その精巧さに感心する。
「ざぷん!」
美しい星々に浸る前に、時雨はプールに飛び込んだ。
「水が気持ちいいねぇ。夏の星空キレイだな〜」
カナトも続いてプールに入る。イルカの浮き輪に跨って、ぷかぷかと水面を漂った。
水面に星空が映り込み、キラキラと揺れ輝く。
時雨は浮き輪に乗って酒を優雅に飲みながら、イルカに跨るカナトを見やった。
「イルカの浮き輪ってバランスムズくないですか?」
「慣れれば平気~」
「そうなんですね。それも乗りたい。交代してください」
「しかたないなぁ」
カナトはイルカを時雨に渡す。時雨は得意げにイルカに跨った。
「ふふん」
ご機嫌に酒を飲もうとして、既に空になっていることに気付く。
「ハイボールおかわり行こうかと思ったけど、さっぱりするためにジントニックいこ……、あれ」
イルカから降りようとするも、お尻がいい具合にイルカの背にフィットして動かない。正確には『動きたくない』。
「そんなにゆらゆらしてどうしたの」
カナトは何となく事情を察したが、一応聞いてみる。時雨はイルカにだらんと身を任せた。
「ぼくもうこの浮き輪に嵌って降りれない。わんちゃんついでに買ってよう」
「浮輪の飲酒運転はダメそうじゃない?」
「飲酒停泊だから大丈夫なんです」
「それ、説得力ないし。しょうがないなぁ」
カナトはプールサイドのバーに向かう。ジントニックと一緒にオリジナルカクテルも頼んだ。
バーテンダーはチェリーシロップをロックグラスの底に注ぐ。次はブランデーを混ぜたアイスコーヒーを重ね、グラスの縁にオレンジスライスを差した。最後にブラックチェリーを1つ浮かべて完成。深紅と漆黒の2層カクテルである。
「『|紅い夜月《ブラッディムーン》』をどうぞ」
程よい苦味を追うように、チェリーの甘酸っぱさが舌の上で転がる大人の味だ。
「ほら、買ってきたよ」
カナトはジントニックを時雨に渡した。時雨はカナトが持っている紅い夜月をじいっと見つめる。
「それおいしそう、ひと口ください」
「え~、飲みたいなら自分で頼みなよぅ」
言葉を交わしていると、光が天井へと打ち上がった。プールを包み込むように光は花開く。
「わあ、お空きれい」
「綺麗だねぇ」
時雨とカナトは光が咲く星空を見上げた。作り物だけれど、夢を詰め込んだように煌めいている。
ふと、時雨は去年のことを思い出した。
「去年はぼくのご主人と、わんちゃんが花火見に行ったらしいけど!」
あの時は置いてかれて拗ねたものだ。ちょっとした恨み言に、カナトもぼんやりと去年を思い返す。
「そんなこともあったかな」
「わんちゃんそっけない!」
カナトのドライな反応に吠える時雨。ただし、これが彼らの通常運転なので喧嘩にはならない。
「花火が見たいなら誰か誘って観にいけばイイのに〜」
軽やかにド正論を叩き込みながら、カナトは光の花火を鑑賞する。水に映り込む七彩の光が美しい。
時雨も花火を瞳に映し、乾杯するようにジントニックを掲げた。
「これは今年初の花火~! ……火? ノーカンかも」
カランとグラスの氷が揺れる。氷に光が乱反射して、宝石のように輝いた。
「カウントしてもいいんじゃない? 花火を再現した光ってカンジで」
紅い夜月を味わいながらカナトは思う。
花火大会とか、誘ってくれたらついてくのになぁ――なんて。
●南国気分
白い砂浜の向こう、ライトアップされたナイトプールが海のように水面を揺らす。
「見てみて! ツィリ! 屋内プールに星空が見えてるの!」
|鴛海・ラズリ《ほしうみ☾·̩͙⋆✤✤✤✤✤✤》(✤lapis lazuli✤・h00299)は、星空を見上げながら砂浜を歩く。
砂の感触が心地よい。|夕星・ツィリ《ゆうづつ✱⃟۪۪۪͜ːु⟡⋆⁺.⋆》(星想・h08667)も空間全体を見渡した。
「建物の中に星空と海が広がってる……! 本当の海と遜色ないくらいすてき!」
水際まで歩み寄り水面を眺める。手前は浅めだが、奥に行くと結構深い。
ラズリが兎耳をふるりと震わせた。
「わぁ……奥の方、結構深いね……」
初めてのナイトプールに、ツィリも同じくそわそわしている。
「ラズリちゃんも、もしかして……?」
気になって聞いてみると、ツィリの予感は的中した。
「うん、ナイトプールは初めてなんだよう。ツィリは泳げるんだもんね……私は……」
顔を逸らすラズリ。不安そうなラズリに、ツィリは強気に笑んだ。
「大丈夫! いざという時は私に任せてください……!」
「頼もしい……!! はっ! じゃあ一緒にアレに乗ってみる? 真珠貝の浮き輪がツィリっぽくて可愛いんだよ」
ラズリが指さす真珠貝の浮き輪に、ツィリは瞳を輝かせる。
「乗る乗ります! 乗りたい!」
前のめりに返して飛び乗るツィリに、ラズリも続いた。浮き輪は浅瀬から深い場所へ、ぷかぷかと漂う。浮き輪に寝転ぶと、星空が視界いっぱいに映り込んだ。
「水に揺られながら見上げる星空も綺麗……!」
ツィリは思わず頬を緩ませた。ラズリも隣にころんと仰向けになり、宝石のような星空を見上げる。
「プールでも星が見られるなんて素敵だね。あ! 流れ星も!」
流れ星に手を伸ばすように、ラズリは身を起こした。
「! 流れ星まで……」
本物の星空みたい! とツィリは言おうとしたが続かない。隣でラズリがバランスを崩したからだ。
「ぴゃ……!」
ラズリは起き上がった勢いで転がり落ちる。
ざっぱーん! と上がった水飛沫にツィリが目を丸くした。
「え、あっわっわっー!」
「ツィリたすけて……」
既に頭まで沈みかけている。
「ラズリちゃんがぶくぶくうさぎさんになっちゃう!」
ツィリは慌ててラズリを引っ張り上げた。
「ぷはぁっ……!」
「大丈夫……? ぷかぷかうさぎさんに戻れそう……?」
ラズリは濡れた兎耳をぶるると振って水を落とす。
「有難う、ウサギ生還……!」
ラズリの生還にツィリはほっと一息。二人は星空を楽しんだ後、プールから上がった。
プールサイドのバーに、ラズリは興味津々だ。
「休憩にモクテル頼んでみちゃう?」
「そうだね! 喉も乾いたし飲もっか」
ラズリの提案にツィリも頷いて、二人はバーに向かった。
「バーテンダーさん! お任せでお願いしますっ」
「モクテル私もお任せしてもいいですか?」
「今すぐにお作りしましょう」
ラズリとツィリに、バーテンダーはモクテルを作り始める。用意したのはペアのワイングラスだ。
片方には、細かく潰したラズベリーとブルーベリーを入れて、淡い紫紅色の層を作る。更にバニラシロップを混ぜた牛乳とココナッツミルクを合わせ白い層を上に作り、青い花を飾り付けて完成だ。
クリーミーな口触りとまろやかな甘さの中に、ベリーの甘酸っぱさが広がる南国ドリンク――『|白浜に咲く花《ホワイトサンディー・ベリー》』をラズリに。
もう片方のグラスには、ノンアルコールのブルーキュラソーシロップで青い層を作る。上に炭酸水で割ったオレンジジュースを注ぎ、黄昏のような層を演出。最後は星型にくり抜いたマンゴーと、ミントを飾り付けて完成だ。
柑橘系の爽やかさの中に、甘く華やかな風味が広がる『|南海の黄昏《マリンブルー・トワイライト》』をツィリに。
「ちょっぴり大人気分! 飲む前にお写真撮らなきゃ!」
グラスを並べて、ツィリがスマホでぱしゃり! ラズリもグラスを写真に収め、仕上がりを確認した。
「ばっちり撮れたよ! 南国の海辺みたいだねっ」
星空とプールを背景に、ふたりのグラスは互いを引き立てるように仲良く並ぶ。
●Water Shot
白い砂浜に光り輝くプール、そして天井を埋め尽くす星々。リゾートには夏の色彩がぎゅっと詰まっている。
「さぁ、仕事の時間だ。これがここで一番ふさわしい仕事着だろ」
|色城・ナツメ《しきじょう・なつめ》(頼と用の狭間の|警視庁異能捜査官《カミガリ》・h00816)は水着にビーチサンダルなバカンス仕様。
|静寂・恭兵《しじま・きょうへい》(花守り・h00274)も去年買った水着を身に纏う。
「去年の水着があってよかった……」
ナイトプールにスーツで来るわけにはいかない。アダン・ベルゼビュート(魔焔の竜胆・h02258)もバッチリ水着を決めてきた。
「リゾートホテル。そして、ナイトプール。何とも豪勢な景観な事だな……」
興味津々と辺りを見回すアダンの横で、恭兵はいつもの調子で落ち着き払っている。
「ナイトプールな……こう言うのは慣れてないんだが……たまにはいいだろう」
一方、|史記守・陽《しきもり はる》(黎明・h04400)も冷静だ。否、冷静というより冷めていると言うべきか。
「わざわざライトアップする必要ってあるのかな?」
陽には美的感覚がわからない。一応馴染むようにと去年見繕ってもらった水着を着ているから、場の雰囲気には合っている。
「そりゃ映えスポットだからな。……アヒルさんはいないか。ちっ」
ナツメはちょっぴり残念な気持ちになった。アヒルさんがいたなら絶対に記念撮影していただろう。映えスポットなら、大きなアヒルさんの浮き輪も欲しかった。
陽も一緒にアヒルさんを探す。やはりどこを探しても居ないようだ。
「アヒルさんは……残念ながらいないようだね。フロートでも用意してくればよかったかも?」
一方で、アダンは目敏くバーを発見した。色とりどりのリキュールや果実、個性豊かなグラスが華やかに並ぶ。
「――バー? おい、恭兵! 酒が飲めるぞ!!!」
「任務に支障のない程度なら酒を飲むのも構わんだろうが……羽目を外しすぎるなよアダン」
恭兵がそれとなく注意するが、アダンは余裕の構えだ。
「任務? フハハッ、今だけは知らんな! 絶景の中で飲む酒は最高に美味であろう! という訳だ、お前も付き合え」
「まあ、少しなら良いか……」
アダンと恭兵はバーに向かう。
飲み物にあまり興味がない陽は、ナイトプールの傍で立ち尽くしていた。
「敵が来るまで何してようかな……?」
何も思い浮かばない。以前よりは多少マシになったものの、遊びに不慣れ過ぎるのだ。
一方で、ナツメは陽を眺めつつ良いことを思い付いた。
「ピカピカのなかに混ざるのも悪くないが……」
その手には水鉄砲が握られている。トリガーを引き、びゅっ! と勢いよく水を噴射した。水が陽の顔を叩く。
「わっ!?」
「よっしゃ命中!」
ナツメはガッツポーズを取った。ヤンチャな顔をするナツメに、陽は優等生の表情を浮かべる。
「ちょっと、あんまり周囲の人の迷惑になるようなことはよくないよ!」
「おっと遊びじゃねぇぞ、本番前の、いわばウォーミングアップって所だな。あぁ、訓練だから仕方ないな!」
そんなわけあるかと指摘されそうなものだがナツメは知っている。陽はとっても真面目なのだ。
「戦闘訓練? うーん、じゃあ、人の迷惑にならなさそうなところでやろう」
冗談が通じないことを逆手に取り、水鉄砲でのバトルに持ち込む。
ナツメと陽が戦闘訓練という名分を得た水遊びを始めた頃、アダンと恭兵はバーカウンターの前にいた。
「俺様はバーテンダーおすすめカクテルを頼むぞ! 恭兵は如何する?」
「正直何でもいいんだが……」
「それならお前もおすすめカクテルにするといい。何が出て来るかお楽しみというやつだな」
「なら、俺もそれを」
アダンに言われるまま、恭兵も同じようにおすすめカクテルを頼む。
「かしこまりました」
バーテンダーは三角のカクテルグラスを2つ用意した。
1つ目のグラスには、ブルーベリーシロップで青紫の下層を作り、上層はコーラとテキーラを合わせ漆黒を演出。銀の細い串にさしたブルーベリーを添えて、仕上げに金粉とバタフライピーの花弁を散らした。
甘い味わいの後に熱が残る刺激的な2層の味わい――『|闇纏う夏星夜《ステラリウム》』をアダンに。
2つ目のグラスには、黒糖焼酎と黒いリキュールを合わせて漆黒の層を作る。その上に日本酒とバタフライピーのハーブティーを合わせ深い青の層を。最後はプルメリアの造花を一輪、縁に飾り付けた。
すっきりとした味わいと共に、黒糖のコクとほろ苦さが舌に広がる――『|静夜の海辺《サイレント・ナイト》』を恭兵に。
グラスを並べ、アダンは瞳を輝かせる。
「これが、イメージカクテル……!」
恭兵はカクテルを零さぬよう手に取り、くつろげる場所を探した。プールサイドのデッキチェアが空いている。
「あそこで飲むか」
「うむ、史記守と色城の対決でも見ながら飲むとしよう」
「史記守と色城は|水鉄砲《訓練》対決か……それもまたいいな……」
二人はのんびりと酒を飲み始めた。一方で、陽とナツメは水鉄砲バトルを繰り広げている。陽が武器に選んだのは、持ち慣れた拳銃タイプの水鉄砲だ。
「そこだ!」
陽が発射した水を、ナツメは体を反らして避ける。
「はっ! 当たらねぇよ!」
――びしゃっ!
流れ弾は真っ直ぐに飛び、恭兵の顔面に直撃した。カクテルを飲んでいた手がぴたりと止まる。
「……あ、やべ」
ナツメが思わずこぼす。
「ってあ! 流れ弾……静寂さんなら大丈夫か」
何が大丈夫なのか? 彼は今カクテルを飲んでいる途中だぞ、史記守陽。
恭兵は溜息を吐き、サイドテーブルに飲みかけのグラスを置いた。
「俺も巻き込むんじゃない……!」
怒られるに決まっているのである。
しかし、一度水を浴びせてしまった以上は引っ込みが付かない。
というより巻き込んだ方が楽しそうだ。
「こうなったら流れに身を任せる!」
ナツメも恭兵とアダンに水鉄砲を発射した。一度奇襲を受けた恭兵は、今度は素早く避ける。
「――ぶふっ!?」
アダンは顔面に水を受けつつもカクテルを死守した。
「アダンさんにも……あ、俺もかけた方が良いのかな」
陽も斜め上な同調をし、アダンにぴゅーっと水をぶっかける。
「…………史記守、色城? 今、俺様達は酒を――ぶはっ!?」
一方的に水を浴び続けるアダン。何かを守りながら戦うというのは大変なことで……否、そういう話ではない。
容赦ない水攻めに、恭兵は椅子から立ち上がった。
「……訓練だったな……ならば俺も参加しよう。アダン、水鉄砲の用意だ!」
アダンはびしょ濡れの顔を拭い、水鉄砲を手に取る。史記守と色城は仲の良い事だなとほっこりしていた彼は消え去った。
「ああ! もう我慢ならん! やるぞ、恭兵! 俺様は二丁水鉄砲で倍返しにしてくれるわ! 過去に水鉄砲で対戦し合った、俺様達のコンビネーションを甘く見るでない!」
「お? 盛り上がってきたな。やってやろうぜ、なぁハルさんよぉ」
「静寂さんとアダンさんも参戦ですね! 賑やかな戦闘訓練になりそうです」
ニヤリと笑むナツメとやる気に満ち溢れる陽……片や遊び、片や訓練。逆を向いているはずなのに、進む方向は同じなのだ。
ナツメ・陽チーム、アダン・恭兵チームに分かれての水鉄砲対決が幕を開ける。『訓練』と称し、四人は大人げなく激戦を繰り広げた。
勝敗が決しないまま、戦いはゲームセットを迎える。
「あー、遊んだ遊んだ……ゴホン。いい訓練、ウォーミングアップだったな!」
ナツメは大満足な様子でプールから上がる。動き回ったら喉が渇いてしまった。
恭兵はチラリと時計を見やる。敵が来るまで、まだ時間はあるようだ。
「……とりあえず皆で一杯飲むか? アダンもそれで満足するだろう」
「あ、俺もなんか飲みたいです。ハルもなんか飲むか?」
ナツメに声を掛けられ、陽はこの後のことを考える。
「仕事中にお酒は飲みたくないから、飲むならモクテルかな」
陽は既にお仕事モードなのであった。
「俺様は二杯目に行くぞ!」
アダンの元気な声が響く。またカクテルを頼むつもりなのだろう。カクテルは度数が高くなりがちだが、大丈夫だろうか?
●特別な夜
水に映り込む光が幻想的な色彩を煌めかせる。
シンシア・ウォーカー(放浪淑女・h01919)は、柔らかな砂浜を足元に感じながら星空を見上げた。
「ここがナイトプール! 星空と光る水面が綺麗ですね!」
彼女の隣で|愛神・永愛《あいがみ・とあ》(愛を求め彷徨う乙女・h00221)が穏やかに微笑む。
「とても素敵な場所ですね。砂浜を歩きながら、色々見て回りましょうか」
まるで本物の砂浜だ。常夏気分に浮かれながら、二人は水着姿で砂浜を歩く。お酒を嗜む二人だ。当然、プールサイドのバーに引き寄せられた。
「美味しそうなお酒がいっぱい……何か飲みませんか?」
シンシアが瞳を輝かせる。バーカウンターの奥には酒の数々、様々な趣向を凝らしたグラスや飾りつけ用の食材が並んでいる。
お酒好きとして、スルーするなんてあり得ない。シンシアの提案に永愛は迷わず頷いてみせた。
「せっかくですし、お互いをイメージしたカクテルをお願いしましょう。シンシアさんには旅する夜空のような金と青、私は淡い桃色の優しく甘い一杯を」
「かしこまりました」
バーテンダーは彼女たちの注文を受け、すぐにカクテルを作り始める。
「2人を連想させるカクテル! ふふっ、楽しみですね!」
シンシアは永愛のオシャレな注文に微笑んだ。一体どんなカクテルが出来上がるのだろうか。ドキドキ、ワクワク。心の中ではこっそりテンションを上げつつ、カクテルの完成を待つ。
バーテンダーがまず用意したのは、優美な曲線を描くワイングラス。ピーチリキュールとミルクに苺シロップをほんの少し加え、優しく混ぜ合わせ淡い桃色に仕立てる。最後はピンクの薔薇を一輪添えて完成。
甘くまろやかなミルクの味わいに、桃の香りがふわりと広がる『|女神の抱擁《メルティ・ローズ》』を永愛に。
次に用意したのは、三角のカクテルグラス。蜂蜜シロップとウォッカで底に金色の層を作る。上層にはブルーキュラソーと少々のレモン果汁を合わせ、青色をそっと重ねた。仕上げは半月の形に切り抜いたレモンスライスを飾り付けて完成だ。
甘く爽やかな夏夜の味、『|夜空に輝く黄金《スター・ボヤージュ》』をシンシアに。
「ふふっ、どちらもよく似合っていますね」
グラスを隣り合わせて永愛は薔薇のような笑みを綻ばせる。
「ふふっ、お互いらしさがふんだんに現れていますね!」
シンシアも朗らかな微笑みを返した。グラスの中で、カクテルがゆったりと揺れる。
永愛は高い目線で周囲をぐるりと見渡した。プール際のデッキチェアが2つ空いている。
「ちょうどよい席を見つけましたよ。シンシアさん、こちらです」
手を差し伸べて、シンシアをそっとエスコートした。
「ありがとうございます。ふふっ、席までエスコートしてくださるなんて」
「人が多いですし、はぐれたり、誰かにぶつかってカクテルがこぼれたら大変ですから」
椅子に腰を下ろし、グラスを合わせて乾杯する。酒を舌の上で転がしながら、シンシアは永愛を瞳に映した。
「景色と会話を楽しみながら飲む一杯……とっても美味しいですね。何杯でも行けそうです!」
楽しい話に花を咲かせれば、自然とグラスも空いていく。永愛もシンシアと目線を合わせ、共に美酒を堪能する。
「こちらを飲み終えたら、また頼みに行きましょう」
どんなお酒が好きか、次は何を頼むか。酒の好みと雑談を交えながら、二杯目、三杯目と進んでゆく。
「次は何をいただきましょうか?」
飲んだ酒の数を片手で数え切れなくなった頃、花火が打ち上がり始めた。
星空に咲く花火に、シンシアが歓声を上げる。
「わあ、プロジェクションマッピングの花火! 初めて見ました、綺麗ですねっ」
「ええ、とても綺麗ですね。シンシアさんと見られて嬉しいです」
永愛も花火を瞳に映しながら、シンシアの隣で微笑んだ。
「私も永愛さんと一緒に見られて良かったです!」
シンシアも満面の笑みを浮かべる。この夜は、きっと素敵な思い出になるだろう。
●ミックス・サマーナイト
色鮮やかな光が水面に揺れる。
豪華なライトアップと打ち上がる光の花火、そして客の舌を楽しませるお洒落なバー。
まさにコンセプト通りの場所だ。
「上層のリゾートホテルなだけあって雰囲気いいねぇ。リラックスできそう」
|篭宮・咲或《█みや さくあ》(Butterfly effect・h09298)は、その娯楽の数々にも負けないレベルのメンツをちらっと見やった。
「水浴場か。何故斯様に派手に飾り付けるのかは未だ我には解らぬが折角だ、楽しもう」
|神花・天藍《かんばな てんらん》(白魔・h07001)は普段子どもの姿だが、今は青年の姿である。
アドニス・ガルダ・インファリリ(プシュケの花檻・h12904)は、人工の星空を見上げた。彼は大事な所だけ隠した紐のような水着を身に纏っている。
「ここがナイトプールか。昼のプールは眩しすぎるからね、私には此方が丁度いい。水着、というものもか……ふぅん。肌を出し過ぎでは?」
|嘯・シアン《うそぶき・―》(恣意的思惟・h06837)はサマーベッドに腰掛けて、一足先にカクテルを楽しんでいた。南国フルーツにココナッツミルクとラムを合わせたトロピカルカクテルだ。
「こういう派手な場所には普段なかなか来ないけど、そこに美味しいお酒があるなら別だ」
プール際にいる|詠櫻・イサ《🫧ヨヒラ I 🫧》(深淵GrandGuignol・h00730)と、|ララ・キルシュネーテ《꒰ঌ❀..**。.:*:.。.咲樂*桜樂.。.:*:.。.✽.。❀໒꒱》(白虹迦楼羅・h00189)に手を振る。
イサはシアンに手を振り返した。
「プールサイドに大人組が四人……様になってるな」
場の雰囲気に合わせて、ネオンな色合いの水着も着用済。これで場違い感は薄れるはずだ。
「さぁ、ナイトプールへ出撃よ」
ララの装いも完璧だ。パリピなサングラスにエレクトリカルな浮き輪、ネオンな水着にばっちり身を包む。
「ああ、浮き輪の運転は任せろ」
全身ド派手にキメた聖女の浮き輪押し……つまりララの護衛役はイサの役目だ。泳ぎながら浮き輪を押して、光り輝くプールを巡り始める。
ぷかぷかゆったり、浮き輪は安全運転で進んだ。浮き輪を押してもらいながら、ララはプールサイドの大人組を見やった。
「なんか大人の雰囲気よね」
「そこの教皇は遊ぶ気しかないし……なんだあれ水着なのか? 目に毒すぎだろ」
イサはアドニスの刺激的な水着に引き気味だ。否、アレは水着と表現していいのだろうか……イサにはわからない。
「アドニスは見ないようにしましょ」
ララもアドニスを視界から外し、他の三人についてコメントしていく。
「シアン……大人しめに見えてナイトプール似合うわね。咲或はナイトプールの華って感じ。天藍……今日は大人の姿なのね、ナイトプールの氷王だわ」
イサもララと概ね同意見と思いつつ、アドニスと見比べてふと不安がよぎった。
「教皇……警備員に連行されないだろうか……心配だ……」
イサの心配など知らず、アドニスはナイトプールを楽しむ構えだ。
「早速ナイトプールを楽しもう。聖女のお守りはイサに任せておけば問題ない」
光が星空に上がり、幾重にも花の模様を咲かせる。
幻想的な光景を見上げ、咲或は柔らかに瞳を細めた。
「花火、綺麗だねぇ」
アドニスも美しい花火にご満悦だ。
「ほら、花火のマッピングもいいムードじゃないか。咲或やシアン、それと天藍はお酒はいける口かな? 聞くまでもない、かな」
シアンが飲んでいるカクテルに、天藍はちらりと視線をやる。
「ああ、酒は普通に飲めるが、かくてるというのは初めてだ。甘い物もあると同居人に聴いている。ゆえに我も試してみたいと思っておったから今宵はよい機会だ。この姿で楽しませて貰おう」
「うんうん、思う存分楽しもうよ。ここのお酒、すっごく美味しいよ」
シアンが最後の一口を飲み干した。空になったグラスを見て、咲或はいそいそとバーへ向かう。
「何時の間にか早速楽しんでる子がいる。俺もお酒頼んでこよっと」
シアンの素早い飲酒。そしてバーに直行する咲或に、アドニスは笑みを浮かべた。
「シアンなんてもう飲んでいる。ふふっ、私も注文しにいこうか」
「ふふ、俺も二杯目いっちゃおうかな。次はスパークリング系が飲みたい気分」
シアンもまた飲むつもりだ。スパークリングという単語に、天藍が反応する。
「なぬ、すぱーくりんぐとはしゅわぱちであるよな。我も同じものを頼もう」
客の賑わいを抜けて、大人組はバーカウンターの前に立った。
色とりどりの酒瓶、形が様々なグラス、飾りや割り物に使う多彩な食材がずらりと並んでいる。
四人はバーテンダーにカクテルを注文していく。
「甘いのか……さっぱり系か……お任せもできるあらそれで。度数は高くても大丈夫だから」
「バーテンダーさんのおすすめを教えてよ。一杯は君にあげるからさ」
「私はブラッディ・メアリーか……オリジナルで作って貰えるならそれもいい。血のようなものが飲みたいよ」
「しゅわぱち……すぱーくりんぐが入ったものを頼む。あとは、かくてるはよく解らぬゆえ、任せる」
咲或、シアン、アドニス、天藍の順に注文を受け、バーテンダーはカクテルを作り始める。
完成を待ちながら、咲或がふと思い出したように言った。
「そういや天藍の大きい……大人の姿初めてみるかも。アドニスもシアンも見慣れた姿のハズだけど、いつもより美ってカンジ」
「ふむ? そうか。確かに學園ではこの姿でいるが、普段は子どもの姿でいることが多いからな。同じ目線で新鮮だ」
ナイトプールを見渡し、天藍は高い目線を改めて実感する。
「美なんてまたまた。皆には敵わないよ。ナイトプールの雰囲気が俺をそう見せてるだけさ」
謙遜するシアン。客観的に見れば咲或の言う通りだろうにとアドニスは思いつつ、カクテル作りを眺めている。
まずは1杯目。カクテルグラスに微炭酸の蜂蜜酒とエルダーフラワーリキュールを加え、黄金色の層を作る。上層にはローズ系リキュールを合わせ、華やかなピンク色に。液体を注ぎ終えたら赤い薔薇の花弁とエルダーフラワーを添えて飾り付ける。
黄金に重なる華の色。蜂蜜と芳醇な花の香りに酔いしれる『|楽園に咲く蜜花《ファタール》』を咲或に。
次は2杯目。シャンパングラスの下層にブランデーと紅茶シロップを合わせる。上層はクランベリージュースと炭酸水をそっと重ねた。下層は琥珀のような紅茶色、上層は透明感のある鮮やかなルビーレッドに仕上げる。グラスにはカットしたオレンジとバジルで飾り付け。仕上げのアクセントに白い羽飾りを添える。
琥珀とルビーの彩、爽やかさの中に甘酸っぱさが広がる『|宝石が見る夢《アンバー・ルージュ》』をシアンに。
続いて3杯目。ワイングラスに赤ワインとクランベリージュース、カシスリキュールを少々注ぎ、そっと混ぜ合わせる。血のような深い赤に仕上げたら、長い銀のカクテルピンに小さな赤い薔薇を一輪さして完成だ。
夜に沈むような深紅。甘酸っぱく濃厚なベリーと赤ワインの渋みが香る『|深紅の聖域《ブラッディ・サンクチュアリ》』をアドニスに。
最後の4杯目。コリンズグラスの下層に練乳とバニラシロップを合わせ白い層を作る。中層にはブルーキュラソーを注ぎ水色の層を。上層には炭酸水と桜リキュールを割ったものをゆっくり重ね、仕上げに桜咲く枝を模したマドラーを差して完成。
雪白に水色が融け、淡い桜色が浮かぶ。甘やかな『|雪解け《スプリング・テイル》』を天藍に。
「夏の良き夜を祝して、乾杯!」
音頭を取るシアンに、咲或もグラスを掲げる。
「かんぱ~い」
続いてアドニス、天藍も互いのグラスを重ねた。四人で乾杯だ。
「赤ワインとベリーの味わいが見事に調和しているね」
「ふむ、酒だが随分と飲みやすいのだな。甘くて美味い……」
アドニスと天藍が口々に感想をこぼす。
シアンが興味津々に他人のカクテルを見やった。
「皆のお酒も美味しそうだねぇ。一口ちょうだい、なんて言っていいやつかい?」
咲或が自分のグラスをこんと指先でつつく。
「いいよ、しゅわぱち一口交換どう?」
「咲或のかくてるもしゅわぱちなのか? 何やら甘い香りもするし、一口飲んでみてもよいか?」
ファタールに興味を抱く天藍である。咲或は蠱惑的な香りがするカクテルを笑顔で差し出した。
「これまでの会話から考えるに、しゅわぱちとは炭酸飲料のことか。成程」
アドニスはひとつ学びを得た。
四人が酒を楽しむ様子を、ララとイサがプールから眺めている。
「皆でカラフルなお酒を飲んでいる。花火に映える大人達だこと。でも、プールだというのに泳がないのかしら?」
ララは首を傾げた。酒も良いが、この施設のメインはプールのはずだ。大人達は違うのかもしれないが……。
イサは浮き輪を押す手を一度止め、大人達を観察する。
「大人はお酒に首ったけって事か。まぁカクテル持ってる咲或は絵になるし、大人姿の天藍は學園とはまた違った印象だよな。あの辺だけ雰囲気が違いすぎる」
華やかなカクテルはどれも美味しそうだ。心の中では無理だと知りつつも、ララはつい聞いてしまう。
「イサ、ララもあれ飲めない?」
「あれはカクテルだからな。俺達にはまだ飲めない」
「むう……」
首を横に振るイサに、ララは不満げにしつつも納得する。お酒は二十歳になってから。
イサは場の空気を変えるように、再び浮き輪を押し始めた。なるべく客が少ない泳ぎやすい場所に、浮き輪とララを運んでいく。
「ララ! 酒盛りは放って泳ぐぞ! 折角のプールだし泳げるようになったか見てやるよ」
一方で、大人組は酒飲み撮影会と洒落込んでいた。
「折角だし皆でサングラス掛けて記念撮影でもしようか。向こうで映えサングラスの貸し出しがあるって」
「全員サングラス似合いそう。いいねぇ記念写真。貸出あるなら撮ろ~」
シアンの提案にノリノリの咲或。アドニスも興が乗った。
「へぇ、サングラス。折角だからかけてみようか」
「さんぐらす。普通の眼鏡とは違うのだな」
天藍もシアンが貸りてきたサングラスを受け取り、かちゃりとかけてみる。パリピ感満載のサングラスだ。
「それじゃあ並んで、はいチーズ♪」
シアンの掛け声に合わせ、スマホで写真を撮った。
咲或と天藍がスマホの画面を覗き込む。
「どんな感じ? 上手く撮れた?」
「うむ、よく撮れているな」
他方、アドニスはサングラスをかけたままプールを見ていた。
「光を遮る眼鏡か。昼に掛けたらちょうどよさそうだね」
ララとイサが水の中で遊んでいる。浮き輪は他の客が少ない場所に。ララはぷかぷかと浮かびながら、自分が大人になった将来を思う。
「やっぱり、見れば見るほど羨ましく感じるわね。ララも大人になったら飲むわ」
「まあ気持ちはわかるけど……あっ、モクテルならいけるかも……って、うわ!」
水飛沫が顔にかかり、イサが思わず声を上げた。
「ナイトプールマジックだわ。華麗な迦楼羅泳ぎを見せてあげる」
なんとララが突然バタ足で泳ぎ始めたのだ。ナイトプールの浮かれた雰囲気が、彼女の体も水に浮かべたのか。
「派手なバタ足だな!? 一気に大人のムードをぶち壊す台無しなBGMだ!」
「台無しなBGM? そんなのしらないわ」
ララはそのまま深い所まで泳いでいこうとする。
「そっちは深いから危ないぞ!」
イサは慌てて後を追った。追ってくるカラフルなイサに、ララは楽しげに瞳を細めた。
バタバタ、バシャバシャ。
ララの騒がしいバタ足音は大人組の所まで届く。
「眺める光景が聖女と女神人形の水泳の光景なのはあれだが、カクテルは美味しいな」
アドニスはじっくりと酒を味わった。
シアンも水音に振り返り、微笑ましい光景に表情を綻ばせる。
「若人達の可愛さにお酒も進んじゃうなぁ」
「……随分と騒がしいが溺れてはおらぬよな、あれ。イサがいるなら大丈夫だとは思うが」
天藍は二人の様子をまじまじと見つめた。
水飛沫を上げながら泳ぐ姿は力強い。エネルギッシュなララと彼女を必死で追うイサを眺めながら、咲或も酒が進む。
「ララもイサも楽しんでるみたいだし、大丈夫じゃない?」
二人が元々可愛い印象だから、微笑ましく思えるのかもしれない。舌の上で転がす味わいは、よりいっそう上等なものであるように感じた。
●美酒と幻想
常夏を再現する白浜の向こう、プールの水面に星空がキラキラと反射する。
光に彩られるナイトプールへと、|狗狸塚・澄夜《くりつか🦊とうや》(天の伽枷・h00944)と|雨夜・氷月《あまや・ひづき》(壊月・h00493)は訪れた。
「此が噂のナイトプール。若い方々がバズや映えの為に鎬を削る遊び場にして戦場か」
澄夜は瞳に光を映す。水に揺蕩う光は七色に輝いていた。
氷月も美しい光景に笑みを浮かべる。瞳に映る景色は、まるで夜の宝石箱だ。
「んふふ、随分綺麗なナイトプールだねえ。仕事も忘れて楽しめたら最高なんだケド」
「まあ仕事だから気軽に経費計上が出来る利点はある、懐が痛まぬ酒は美味い」
澄夜がフォローするように返す。他人のカネで飲む酒は美味い。
「確かに経費計上は利点か。ま、今はまだ何も起きてないし遊んでいこうか? 折角だしカクテルでも飲んでさ」
氷月がバーに視線をやった。引き寄せられるように、二人はバーカウンターへと足を運ぶ。
「マスター、カクテルお任せでお願い」
「甘さベースのイメージカクテルを頼む」
氷月と澄夜が各々のカクテルを注文した。
「かしこまりました」
バーテンダーはすぐにカクテルを仕立て始める。
まずはロックグラスに大きめの氷を一つ落とす。ウォッカをベースにブルーキュラソーを少量加え、透明な白ぶどうジュースも加えて透明感のある青を作った。銀に煌めくパールパウダーを液の中に散らせた後は、レモンスライスをグラスに挿し、カスミソウを縁に添えて完成だ。
冷たい月光が酒の中で踊り、爽やかな甘さの裏にほろ苦さが香る――『|寒月夜の祝福《グレイシャル・ムーン》』を氷月に。
「俺にはコレが似合うってコトかな?」
氷月がグラスを軽く揺らすと、澄んだ青の中に銀光が舞う。凛冽な輝きを見つめ、澄夜はウンウンと頷いた。
「流石は本職。ひーにゃんの外見も漂う雰囲気も反映されたカクテルだな」
「とーにゃんのはどんな感じ?」
氷月はちらりとバーテンダーを見やる。澄夜もバーテンダーの手元とグラスを熱心に観察した。
「ふむ……なかなか癖がありそうな杯が」
ワイングラスの下層に、ハニーシロップと少量のバニラシロップを加えて蜂蜜色の層を作る。上層にはホワイトラム、ミルク、生クリームを加えて純白の層を。仕上げにブルーベリーと苺を長いカクテルピンに繋げて挿し、青いビオラをグラスに添えて完成だ。
蜂蜜色と純白が織り成す、デザートのような口触り――『|天使の接吻《ピュアスイートキス》』。
「見てくれ、層がミルフィーユの様だ。物憂げな美男子なのにな」
至極真面目な顔で言い放つ澄夜。氷月はじっくりとカクテルを眺める。
「うーん流石本職、物憂げな顔の裏に潜む混沌オーラを読み取るなんてね」
まさに甘党特化型カクテル。竹炭パウダーで純白を黒にするのは思い留まった。
二人のカクテルが完成したところで、花火が打ち上がる。
「全面に投影してあるから迫力あるねえ。映像ならではの演出もあるって感じ。とーにゃんは普通の花火とコッチどっちが好き?」
会話にも花を咲かせる。氷月の問いに、澄夜はゆったりと返した。
「正に現代技術が織り成す芸術だな。手の届きそうで、なれど儚く消える夢幻――水面に移る七色が溶けていく様は刹那だからこその美がある。実物と仮想、それぞれ甲乙着け難い良さがある。ひーにゃんはどうだ?」
「俺も其々の良さはあると思うけど、花火はやっぱ火薬香る実物が良いかな。本物の空に咲く迫力もあるしね」
光の花が次々と打ち上がり、偽りの星空に消えてゆく。
「刹那の美を祝して、乾杯しようではないか」
「んふふ、そうだね」
澄夜の提案に氷月は頷いて、互いのグラスを触れさせる。
「美味いな。ひーにゃんのカクテルはどうだ?」
「美味しいよ。一口飲んでみる?」
「いいのか? では一口ずつ交換といこう!」
喪われた過去の景色を、偽物であっても取り戻したい。人々の願いとも言える娯楽空間で、二人はカクテルと共に享楽を味わった。
●美しい夢
華やかな常夏の世界は、大人も子供も、すべての人々を優しく迎え入れる。
「わあ~……これがナイトプール……! よるのプールはきらきらなのですね」
ココ・ロロ(よだまり・h09066)は、瞳いっぱいに煌めく水面を映し込んだ。
|猫・桃花《╰ᘏᗢ✿まお・たおふぁ︎︎︎︎︎︎✿ᗢᘏᓗ》(梦想厨师・h13139)も、美しい景色に表情を綻ばせる。
「ナイトプールきらきらしててすっごく綺麗なのですっ♪」
白い砂浜と七色の輝きに、|ラデュレ・ディア《███████・███・█████》(迷走Fable・h07529)が笑みを浮かべた。
「これがナイトプールの景色なのですね。キラキラとしていて、なんてまばゆい……! まるで夏の物語のひとつのような、夢のような時間です」
|祈紡・フィユ《☾⋆。˚✩ きぼう⋆ふぃゆ ✩˚。⋆☽》(夢境・h12707)も珠玉の情景を記憶に刻む。
「きらきらのナイトプールに、わくわくとしたみなさまの笑顔。まるでひとつの夢景色のようですね」
さて、まずは何をしようかと四人は話し合う。
「プールに……それにモクテル、どちらも心惹かれるのです。ですが、喉がかわいたのです! モクテルのみたいのです」
フィユの提案に桃花とラデュレが賛同する。
「初めてのプールも気になるのですが、私も喉が渇いたのでモクテル飲みたいですっ!」
「わたくしもモクテルをいただきたいです……!」
ココは聞き慣れない単語にちょこんと首を傾げた。
「モクテル……? ジュースですか? ココものむ~」
賑わう人々の間を抜けて、彼らはさっそくバーへと向かう。
「うーん、お勧めのモクテルをおねがいします! 好きな素材をきかれたらはちみつ! 後はおまかせなのです!」
「ふむふむおまかせも出来るんですねっ! フィユさんのはちみつ美味しそう! 私は……桃と後はおまかせでっ!」
「好きな材料、ですか。でしたら、ベリーにいたしましょう」
「はちみつにモモにベリー……どれもおいしそなのです。ココは……ん~と、イチゴのおまかせしまーす」
フィユ、桃花、ラデュレ、ココの順に注文する。バーテンダーはすぐにモクテルを作り始めた。
「ラーレさんのベリーも、ココさんのイチゴも美味しそうですし完成楽しみなのですよっ♪」
わくわくする桃花に、ココとラデュレも心を躍らせる。
「えへへ、できるのたのしみですね」
「はちみつに桃、いちごも美味しそうですね。どのようなひと品が仕上がるのか楽しみです」
フィユもくまのお耳をぴんと立てる。
「わくわくなのです! バーテンダーさん! 近くで作るのを見てもいいですかっ」
「もちろん。大丈夫ですよ」
桃花もバーテンダーの手捌きをじっくりと観察し始めた。
「飲み物作りは料理に通じるものがありますから、しっかり見て勉強するのですっ!」
まずは1杯目。クープグラスに蜂蜜シロップとマンゴー果汁を注ぎ混ぜ合わせる。とろけるような金色を作ったら、炭酸水とレモン果汁も加えて爽やかな後味を演出。中に金箔を散らせば、キラキラと金の光が液体の中で光り輝く。仕上げは小さなピンクの薔薇飾りをアクセントに、白い花弁を羽根のように添えて完成だ。
甘くとろける夢の味。目覚めた後は、爽やかな後味が残る……そんな『|黄金の夢《フリーティング・ドリーム》』をフィユに。
お次は2杯目。使うグラスはハリケーングラスだ。鮮やかな緑のメロンシロップに炭酸水、ピーチシロップ少々を加え、そこに磨り潰した桃をたっぷり入れる。ライム果汁で酸味も足して、程よい甘みと弾ける爽やかさに仕立てた。飾りは輪切りのキウイフルーツ、黄色いハイビスカスのカクテルピックをさして完成だ。
夏の果物を詰め込んだ味わいが口の中で元気に弾ける――『|翠夏《アクア・ピーチ》』を桃花に。
そして3杯目。ワイングラスの底に、ラズベリーとブルーベリー、クランベリーを数個ずつ落とす。ベリー系の果実を、アールグレイティーと蜂蜜シロップで包み込んだ。赤紫が沈む琥珀の層を作ったら、上層にはミルクと少々のラベンダーシロップをそっと重ね薄紫の層を。仕上げは赤い薔薇を浮かべて完成だ。
紅茶の上品な味わいの内に香る甘酸っぱいベリー……『|眠る女王《ヴェール・ド・レーヴ》』をラデュレに。
最後は4杯目。丸く可愛いラウンドグラスに、練乳シロップと砕いた苺を混ぜ合わせ、練乳苺の層を作る。上にはチョコレートドリンクとミルクを合わせ、淡いブラウンの層に。一番上にホイップクリームをのせて、金箔で飾り付け、仕上げに苺を1粒ごろん。水色のチコリの花飾りを飾り付けて完成だ。
雲の上にふわりと浮かぶような幸せの味、『|甘い日曜日《チョコベリー・バカンス》』をココに。
「きらきらの金色……! お星さまみたいなのです!」
フィユが瞳を輝かせる。桃花もテンション爆上がりだ。
「すごい! メロンソーダに桃がいっぱい入ってますっ!」
ラデュレもワイングラスをそっと手に取った。
「綺麗な色ですね……混ぜてしまうのが勿体ないくらいです」
ココもデザートのようなグラスをじいっと見つめる。
「わあ~……飲み物なのに、イチゴのチョコレートケーキみたいなのです……!」
並ぶ4つのモクテルに、フィユは満面の笑みを咲かせた。
「見た目も綺麗で並べるとまるでお花のようですね!」
喉の渇きを潤したら、いざプールへ!
お好みのフロートに乗って、光に満ちた水の世界に出発だ。
「ふふふ、つめたくてたのし~のです」
カメのフロートに乗り、ココはぷかぷ~かと浮かぶ。落ちないようプールに手を伸ばし、ぱしゃぱしゃと小さくパタつかせた。
小さな雨粒のような水飛沫を、フィユは心地よく感じる。
「ぷかぷか水に揺られると気持ちいいのです」
くまさんフロートに跨って、ぷかぷかと水の揺らぎを楽しんだ。
桃花はモクテル片手にペンギン模様の浮き輪に乗っかり、優雅に水上を漂う。
「とっても贅沢な気分なのですよっ♪」
ラデュレも真珠貝のフロートに揺られながら綺麗な景色を眺めた。
「ふふ、心地よくて楽しいですね……! 皆さまの笑顔を見られて、とても嬉しいです」
ゆらゆら、ぷかぷか。
穏やかな水の流れは、まるで揺り籠のようだ。
「むむむ……ゆらゆらしてたらなんだかねむたく……」
ココが目を擦る。フィユも大きな欠伸をした。
「ふぁー……なんだか眠たくなっちゃうのですね……」
「こう……水に揺られてるとリズムが心地よくて眠くなっちゃいますよね……」
桃花もうつらうつらとする。ラデュレが気遣うように三人を見やった。
「プールから上がりましょうか? 居眠りして浮き輪から落ちてしまったら大変ですし……」
話し合いはそこで中断する。大きな音が、突然空気を震わせたのだ。
ココが思わず跳ね起きる。
「……! わあ! なんのおと……」
「ってこの音なんです!? 敵襲ですかっ!!」
桃花の目もバッチリ覚めたようだ。
フィユが星空を見上げると、光の花が咲き始めていた。
「わぁ、見てください。花火なのですよ。とっても綺麗なのですね!」
「まあ、たくさんの花火……! プロジェクションマッピング、というのですね」
ラデュレは光の花を瞳に映し込んだ。幾重にも咲く花々が、鮮やかな彩を舞い散らせる。ココも大はしゃぎで、フロートから落ちそうになるのも気にせず、星空へと手を伸ばした。
「はなびだ~! うえにも、かべにも、プールにもはなびさいてる……! あ……ふふふ、みんなのおめめにも……! えへへ、きらきら~なお花がいっぱいなのです」
「まるで本物の光景のよう。ステキな『魔法』なのです」
ラデュレの心にも、『魔法』の花火は眩い光の花を咲かせてくれる。
桃花は空に向かってグラスを掲げた。反射する輝きが、視界に降り注ぐ。
「これが花火なのですねっ! ホントに綺麗♪ この景色に『魔法』って言葉ぴったりなのですよっ♪」
「はい、すてきな『まほう』なのです」
ココは満面の笑みを花咲く星空に向けた。
花火を見つめ、フィユは人々の願いを想う。
「この√のみなさまの願いが創り出した、素敵な夏の夢……絶対に守らないとですね」
「そうですね……踏み荒らされてしまうだなんて、許してはなりません」
この場に来るという簒奪者のことを思い出し、ラデュレは静かに表情を引き締めるのであった。
第2章 集団戦 『妖魔シュエバオ・マオマオ』
●
常夏彩る光の花火が、ナイトプールを煌びやかに照らす。この美しい夢のような世界に、ついに嵐がやってきた。
「ここがナイトプール! たっくさん遊んで、たっくさん飲むぞぉー!」
|馬・鹿兎《まー・るーとぅー》が、外履きのままずかずかと上がり込んでくる。彼女に付き従う妖魔シュエバオ・マオマオたちも、ご機嫌な鳴き声を上げた。
「みゅ~っ!」
「にゃにゃっ!」
「マオマオちゃんたちもご機嫌だねっ。みんなでいっぱい騒いじゃおー!」
「みゃー!」
何匹ものマオマオが、きらきら光るプールに興味を抱き、水際へと走り寄る。中には砂浜を掘り起こして遊ぶ者や、プールに飛び込んで猫かきで泳ぐ者も現れた。
シュエバオ・マオマオは子どもとはいえ、常に雪の凍気を纏う妖魔だ。彼らが遊び続けたら、プールは常夏どころか冬のように冷え込んでしまう。
まずはお騒がせな雪にゃんこ達を、倒すなり捕まえるなりして、ナイトプールから追い出してほしい。
●ねこあつめ
緇・カナト(hellhound・h02325)も|野分・時雨《のわけ・しぐれ》(初嵐・h00536)も、雪色にゃんこ達に出会うのは今回が初めてではない。
「√仙術サイバー名物な雪豹シュエバオだ〜」
動物園で名物アニマルを見るノリなカナト。一方で、時雨は厳しい眼差しをシュエバオ・マオマオに向けた。
「出た! ねこモドキ! 爪あるから嫌なんですよね。油断させて引っ掻く気なんでしょう。騙されませんよ」
「犬にも牛にも爪はあると思うんだけどなぁ。引っ掻く以外にも蹴ったりさぁ」
カナトの意見はごもっともである。牛の後ろ脚による蹴りは強力で、骨折など重大事故に繋がるらしい。
二人の会話に、猫たちは首を傾げる。
「みゃあ~?」
「無害そうな顔して、可愛くねこしぐさしても無駄ですよ」
ぴしゃりと言い放つ時雨は容赦ない。余程にゃんこに恨みでもあるのか。
「ネコ嫌いからのチクチク言葉ウシ君……! とりあえずプールの外で遊んでこよっかな」
カナトがプールから上がる一方で、時雨はイルカの浮き輪に乗ったままだ。
「こちらにはわんわんがいますからね。ねこモドキはプールから出て! 浮き輪凍っちゃうでしょ!」
「にゃ~」
「みゅみゅ!」
猫たちはきらきらと瞳を輝かせながら、イルカの浮き輪に寄っていく。時雨を乗せたイルカが囲まれるも、カナトは面白い構図と思うだけで助けようとはしない。
「雪豹クン、イルカに興味深々」
「しっしっ、あっちへお行き!」
時雨は空いたグラスを振り回して猫たちを威嚇した。
イルカ周辺は時雨に任せ、カナトは他の猫の回収にまわる。プールサイドで|百狗夜行《ワンワンモノガタリ》を発動し、|配下犬《わんちゃん》を召喚した。
「追い払うかぁ。今宵は犬道、わんだふる~」
墓守犬や千疋狼たちがわんさか登場。
「わんっ! わんっ!」
数え切れない程のわんこの群れが、猫を追い回し始める。まるで家畜を追い回す牧羊犬のようだ。
「冷凍プールは遊ぶところじゃナイですよ〜。水際とか砂浜に行こうねぇ」
「わふっ!」
|地這い犬《Lack-Luck》が、猫の首根っこを咥えて水から上がった。
「にゃーーー」
猫が連行されていく。素早く逃げ回る個体は、|怪魚《Lean on》の磯撫で尾鰭で惹き寄せた。
「ほらほら、お魚さんのしっぽだよ」
「みゃみゃっ」
猫が釣られた瞬間に、もふっと体を掴んで抱き上げる。
「はい捕獲~」
ひんやりした雪の凍気が心地よい。凶暴性がないのを良いことに、ちゃっかりふわもふを堪能した。
一方で、時雨もイルカから降りて仕事に取り掛かる。
「|夏《サマー》のぼくならお茶の子さいさい──なんかこれ言うの恥ずかし。ですがこれも浮き輪を守るため」
|輪廻炎暑夏祭・万華鏡《エンドレスサマーミラージュ》を発動し、9体のマスコット牛くん|影分身《ミラージュ》を召喚した。
「牛くん、ねこモドキを誘導してプールから出してください」
「も~っ!」
二頭身のぬいぐるみのような牛が現れる。硬度を上げたから、引っ掻かれても安心だ。時雨は更に細かい指示を出す。
「暴力は最終手段で。水中でしばくとプールが汚れるので~それじゃあいってらっしゃい」
小さな牛たちはイルカに群がる猫たちへと語りかける。
「も~、も~」
「にゃん?」
時雨は彼らから距離を取った。遠くから眺めていると、牛と猫が砂浜に上がって遊び始める。そして砂浜に上がった猫を、カナトの配下犬が捕まえていった。
「イルカに戻ろうかな~。もう大丈夫っぽいし」
あとはわんちゃんに任せよ~などと思いながらイルカの浮き輪に乗り直す。
しかし、ぷかぷかと浮き始めた時雨に気付かないカナトではない。
「あ〜……イルカ浮輪に乗ってサボってる仔牛くんがいる……! お疲れさま会のお酒はナシにしちゃお」
仕事上がりのお酒は最高なのに。
冗談交じりで奢り酒をちらつかせるカナトに、時雨は反応せざるを得ない。
「お疲れ様会って何! 酒なしやだ」
残りの猫も片付けるべく二人はナイトプールを駆け回る。騒動が収まった後のお酒は、格別の美味しさに違いない。
●しつけの時間
簒奪者と共に現れた躾のなってないマオマオ達を、コロネーリア・アンチ・プロヴィデンス(ドラゴンプロトコルの|屠竜騎士《ドラゴンスレイヤー》・h13531)は鋭い眼差しで見やる。
「そぉかそぉか、貴様等が我の楽しみを奪う屑どもか。ならばお仕置なのだ。我は手加減が苦手だから、潰してしまったらごめんなのだ」
「みゅっ!」
敵意を感じ取った猫たちが突進の体勢に入った。
走ってくる猫へと、コロネーリアは屠竜大剣をバットのように構えて狙いを定める。
「よぉーく狙って――ばこーん! なのだ!」
剣を力強く振るい、突っ込んできた猫に当てた。
「にゃーん!?」
全力のフルスイングが猫をボールのようにかっ飛ばす。
「殴り飛ばされたいヤツだけ向かってくるのだ! 来ないならこっちから行くのだ!」
挑発すれば、対抗心を燃やした猫が何匹も突進してきた。数は多いが威力は弱い。コロネーリアはダメージ覚悟で突進を受け止めた。
「この程度、どうってことないのだ!」
小さな衝撃以上に、ふわもこな感触と凍気が襲う。ふわもこは柔らかいだけだが、凍気は重なると素肌に沁みた。
「貴様等鬱陶しいな、めんどくさいから竜の炎で消し炭にしてやろうか?」
常夏のナイトプールに凍気は似合わない。
力を抑えて戦い続けるのは面倒だ。コロネーリアは|真竜《トゥルードラゴン》に変身し、猫の群れを見下ろす。
「言っとくけど、手加減と殺さないは同じじゃないのだ。手加減するけど殺す気で行くし、貴様等が死なない行動をすれば死なない。それだけなのだ」
「ふしゃー……!」
巨大な真竜に、猫たちは毛を膨らませて必死に威嚇している。
「小さき者どもよ、その勇気だけは褒めてやるのだ!」
力を見せ付けるように、人がいない水場に向けて灼熱のブレスを放った。強大なエネルギーが水を瞬く間に蒸発させる。
|害悪即ち焼却也《マトメテショウドクッ》の威力に猫たちは恐れをなして、一目散に逃げ出した。
●酒は飲んでも呑まれるな
常夏のナイトプールに冬のような冷気が舞い込んだ。
吹き寄せる冷たい風に、|色城・ナツメ《しきじょう・なつめ》(頼と用の狭間の|警視庁異能捜査官《カミガリ》・h00816)が震え上がる。
「ふー、いい感じに身体も暖まったところでなんだこれさみぃぞ!? だ、誰か暖めてくれ……」
「……涼しいどころか寒いまであるな……」
|静寂・恭兵《しじま・きょうへい》(花守り・h00274)も、あまりの寒さに腕を擦った。一方で、|史記守・陽《しきもり はる》(黎明・h04400)はそこまで寒さを感じていないようだ。
「ナツメくん大丈夫? 炎で暖を取る?」
他人より体温が高いのか感覚が鈍いのか、理由は不明である。
「もしくは身体温める強い酒でもいい……冷気の風でさむい通り越してつめてぇ……」
ナツメは酒を所望する。熱燗か、ホットワインも良いかもしれない。対して、陽の対応は毅然としていた。
「寒いからって強い酒を追加するのも駄目だよ、ナツメくん」
「だめかハルさんよぉ、ダメかぁ……」
仕事中の飲酒、ダメ絶対。
「みゃ~ん!」
お騒がせなマオマオ達が、好き勝手遊んでいる。
「小さいがあの妖魔のせいで間違いないようだな……。あぁいう小さい生き物の相手はあまり慣れてないんだが……」
彼らに目を向け、恭兵が困ったように眉を下げる。普段相手にするのは凶悪な怪異や悪人ばかりだ。悪意のないペット妖魔の相手は珍しい。
雪模様の白い猫を、ナツメもじっくりと観察する。
「猫か? かわいいがあれが原因か」
見た目は可愛らしいが、放置するわけにはいかない。陽が右掌に炎を宿した。
「とりあえずあの猫みたいなの捕まえよう。この冷気があの猫の仕業だったら俺の破壊の炎が役に立つかな?」
準備は万全である。恭兵がアダン・ベルゼビュート(魔焔の竜胆・h02258)に声をかけた。
「さてアダンはいけるか?」
「…………」
アダンは沈黙している。強めのカクテルが彼の血中アルコール濃度を高めていた。少なくともアダンの状態は、ほろ酔いより段階が上だろう。
誰もが思った。あっ、これいけないやつだ――と。
「……なんかヤバそう」
ナツメが直接口にする。そこでようやくアダンが口を開いた。
「恭兵、史記守、色城。俺様は問題無い、一切問題無い。少し視界がブレているのは寒気のせいであって、俺様は酔っていない……っ!」
「いや、思ったより酔ってないか……!? 酔いが回ってるなら無茶はするな」
明らかに酔っている。普段は冷静な恭兵でさえ、食い気味にツッコミを入れざるを得ない。
「何も無茶などしていない。俺様は大丈夫だ!」
どこかで聞いた台詞を放つアダン。恭兵はちょっぴり頭痛がした。酒のせいではない。
「……まさかアダンの口からその台詞を聞くことになるとは……」
俺大は伝染する。しかしながら、俺大の本家である陽も、今回は否定する側に回った。
「いや、アダンさんは大丈夫じゃないですね。それ絶対酔ってますよね!?」
アダンは酔っ払い特有のスルースキルで聞き流し、猫に文句を言い始める。
「というか、貴様らァ!!! ナイトプールという水着で遊ぶ場所で急激な寒気を持ち込むな、ゆっくり酒が飲めぬ!」
「まだ飲むつもりだったんですか!? というか問題はそこではない気が」
陽が真っ当な指摘をするも、アダンは堂々たる表情だ。
「……そうじゃない? 知らん、俺様は言いたい事を言った」
若干面倒くさい酔い方をしているのは気のせいだろうか。
保護者的感覚というべきか、恭兵の頭の中で黄色信号が光った。
「あとで……いや、むしろ今すぐに水を飲ませた方が良いかもしれない……」
残念ながら、今は酒しか手元にない。
「とにかく! まずは猫をどうにかしないとな。蒼の力を借りて集められるか?」
収拾がつかなくなりかけた流れを、ナツメが本来の路線に戻す。|鎌鼬の戯れ《カマイタチノタワムレ》を発動し、はぐれ鎌鼬「蒼」を呼び出した。
「蒼、遊んでくれるぞこの猫たちが。好きなだけ遊んでこい」
蒼はナツメの肩にふわりと降り立ち、猫の群れを興味津々に見つめる。
「猫の攻撃は俺が無効化するよ」
陽はルートブレイカーの炎を滾らせながら前に立った。
迷惑だが悪意はない獣たちに、アダンも戦う意志を示す。
「流石に動物を無闇に傷付けるのは……やむを得ぬ。ならばあの√能力しかあるまい」
|覇王の理不尽《サケ・ノマズニイラレナイ》を発動。カクテルのグラスを掴み、残りを全て飲み干した。ガチ酔いの中、更に酒を投入。
「此れは儀式のひとつなのだ! 別に合法的に酒が飲みたいからではない!」
絶対酒が飲みたいからだ……。
三人は思う。アダンは魔焔を燃え滾らせた震脚を放った。震度を低めに調整し、猫を震動させる。
「これで素早く動けまい。さあ、今のうちに猫を捕まえるのだ!」
「にゃにゃにゃにゃ……」
「みゅみゅみゅ!」
猫たちは震動に合わせて鳴き声を発する。中には震動する仲間に近寄る個体まで現れた。和やかな光景に、恭兵が双眸を細める。癒されるが呆れ半分といったところか。
「……どうやら楽しんでるみたいだぞ」
「何ッ!? いや、衝撃に興味を持つな! 恭兵や史記守のところに向かえ!」
アダンが騒ぎ立てるも猫は気にしない。凍気を撒き散らしながら、揺れを楽しんでいる。マオマオホイホイと化したその場所に、恭兵は自ら向かうことにした。
「これなら寒さはマシになるかもしれん……」
|花天月地《カテンゲッチ》を展開して距離を詰める。水着姿のまま猫の群れに飛び込んだ。百花咲き乱れる花畑と化した空間で、猫を腕の中に抱き込む。
「よし、捕まえた……!」
「んみーっ!」
「ほら、大丈夫だ。痛いことはしないから……」
多少引っ掻かれても構わない。怪我をさせないように抱いて、よしよしと優しく撫でてやる。その光景に、ナツメが強く惹かれた。
(うわ、いいな……猫まみれだ。冷たそうだが……)
何かと情報量が多い絵面だが、ふわもこと戯れる様子は魅力的だ。自分も猫を捕まえてもふりたい。蒼に猫を風に巻いてもらい、猫を寄せてもらおうとする。
猫たちは踏ん張って耐えようとする。猫から発せられる凍気が、ナツメに吹き付けた。
「さっむ! よりさみぃわ! だが仕事だ耐えるぞ!!」
これも猫とふれあうため……いや仕事のため。目的は忘れていない。
「ほーらこっちに……」
だが、ナツメの想いは虚しく散った。
「フシャッ!」
猫はなぜか陽の元に走っていく。
「あれ、こっちきたの?」
「なぁん」
風除けのつもりか、猫は陽の腕にすぽっとおさまった。
「凍気を纏ってるって話だけど、あんまり寒くないな……よしよし」
ルートブレイカーの炎のお陰だろうか。
「あ! なんで俺の方に来ないんだよ!? 静寂さんやハルの方がいいのか、その気持ちは分かるが!」
「迷い猫や犬の捕獲は交番時代に何度かやったから、その時の経験が活きてるんだと思う」
ショックを受けるナツメに、陽はフォローにもならないフォローをした。
猫の捕獲が進む一方で、アダンは視界の揺れを感じている。
「益々、酔いが回った気がするな……頭が揺れる……震動が俺様にも影響を与えているのか……?」
そんなわけがないのである。陽が珍しく厳しめな目をアダンに向けた。
「あ、アダンさんはそこで大人しくしていてください。捕まえようとして転びそうなので。あと、帰ったら酒癖について一言いわせてもらいますから!」
「え、一言? 別に俺様は大……」
「別に何ですか? 顔が赤いですし、おまけに足元もふらついてます」
「……何でもありません……」
アダンは何も言えない。
ようやく猫を一匹捕まえたナツメがぽつりと呟いた。
「アダンさんも、なんつーか……お大事に……」
他人が叱られている所を見るのは居た堪れない。しょんぼりするアダンに、恭兵がつい助け船を出そうとする。
「アダンは少し前に二十歳になったばかりであまり飲み慣れてな……」
「静寂さんもあまりアダンさんを甘やかさないでくださいね」
助け舟は正論に砲撃されて撃沈した。
「……はい」
恭兵も反論できず、口を閉ざすしかない。
陽の真面目さが炸裂し、先輩たちを黙らせる珍しい一幕であった。
●にゃんこまみれ
美しい景色と楽しい会話が、カクテルの美味しさをより一層引き立てる。
さてカクテルをもう一杯……と席を立ちかけたところで、肌へ寄せる冷たさに気が付いた。普通の冷気ではない。シンシア・ウォーカー(放浪淑女・h01919)は周辺を見回して、すぐに原因を理解する。
「誰ですかプールサイドで冷気を放っているのは!」
「まう~?」
マオマオ達がちょこんと首を傾げた。無害な雰囲気を漂わせているが、どう見ても彼らが冷気の発生源だ。
雪色のにゃんこ達に、|愛神・永愛《あいがみ・とあ》(愛を求め彷徨う乙女・h00221)がふんわりと表情を綻ばせる。
「あら、可愛い子猫さん達ですね。なんだかとてもやんちゃですけれど」
シンシアは彼らの姿に見覚えがあった。この√によくいる妖魔の一種だ。
「ああ、あの姿は何度か見たことがあります……見た目は可愛らしいのですが。ともあれ早く収拾をつけねばなりませんね」
永愛も頷く。このままでは、常夏が真冬になってしまう。
「せっかくの素敵な夜ですもの……これ以上、冷やされては困りますね」
|Liebe vervielfacht Sich《リーベ・フェアフィールファハト・ジッヒ》を発動し、量産型ウォーゾーンのフィールを起動。複数の機体がナイトプールに陣形を展開する。
「フィール達にもお手伝いしてもらいましょう」
猫を捕獲する前に、まずは一般客を安全な場所へ。状況が分からず混乱している客に、永愛は優しく呼びかけた。
「お客様はこちらから避難を。お騒がせな子猫さんは、私達にお任せください」
永愛が客を誘導する間にも、フィールは猫の群れを包囲していく。
シンシアも|水底の園《ティル・ナ・ノーグ》を展開し、小さなクラゲ型インビジブルを施設内に放った。
「さあ、鬼ごっこの時間ですよ。鬼は私です!」
「みゃ~ん!」
つかまらないもん! と言わんばかりに猫は駆け回る。
そんな猫たちの進路へと狙いを定め、シンシアは魔力の流れを手元に集束させた。
「そちらは通行止めです!」
魔法陣が織り込まれた白レースの手袋が魔力の放出を助ける。黄金の煌めきが、稲妻のように猫の足元へと落ちた。
魔術の閃光は的確に猫の進路を阻み、彼らの足を止める。更にはクラゲが彼らを追い込み、少しずつ逃走範囲を狭めていく。
(うしろから、そーっと……)
クラゲに気を取られた猫の背後にそっと回り込み、両手ですくい上げた。
「にゃん!?」
「悪戯をする子は捕まえましょうね」
落ち着かせるように撫でてやる。最初は暴れていた猫だったが、シンシアの手の気持ち良さにまどろみ始めた。
捕まった仲間をほったらかしに、逃げ続けるマオマオ達。だが、彼らが自由に動ける時間も残り少ない。シンシアの魔術とクラゲに合わせ、永愛のフィールが包囲の穴や逃走経路を完全に塞いだ。
猫たちはその場に立ち止まるしかない。永愛はゆったりと彼らに近付いて、両手で優しく抱え上げた。持前の怪力はおやすみだ。
「ふふ、遊ぶ場所を間違えましたね……続きはお外でどうぞ💗」
「みゅ~……」
猫はしょぼんとしながら場外に連行されていく。抵抗しても無駄と悟ったのだろう。柔らかな毛触りを、永愛はちゃっかり楽しんだ。
「ふふ、ひんやりしていますが、ふわふわで触り心地が良いですね」
簒奪者のペットでなければ、ゆっくり撫で回していたに違いない。
「永愛さん、ナイスカバーです! この調子でどんどん回収していきましょう」
シンシアも一緒に猫を運ぶ。彼女が抱いている猫は、ぷすぷすと鼻を鳴らしながら寝始めていた。キュートな寝姿に、永愛はくすりと微笑んだ。
「この子達を安全な場所に移動させますね。この後、飼い主さんと戦うことになるでしょうから」
簒奪者とはいえ、猫たちにとっては大切な飼い主だろう。この後戦う未来を思えば、彼らにその光景を見せるのは酷というものだ。
二人は力を合わせ、猫たちを次々に抱き上げては回収していった。
●ビリビリにゃんこ
ナイトプールにお洒落なモクテル、天に咲く美しい光の花火。全力で常夏気分を楽しんでいた所に、全てを台無しにする狼藉者が現れる。
「あーりゃま、例の厄介な客が来ちゃったみたい。ああいうバカうるさいのがいると、こっちは楽しくないのよね」
|嵯峨谷・理緒《さがや・りお》(享楽のストリート・ニンジャ・h13442)は砂浜から立ち上がった。
「よっし、ちょっと一発言ってやろ……の前に、まずはこのネコちゃん達を何とかしますか。クソ暑い昼間ならこのネコちゃんも歓迎したんだけど、流石にナイトプールじゃ冷えて仕方ないし、ね」
砂を掘り始めたマオマオ達を視界に捉える。いつの間にかその手には、電撃針が握られていた。
「こんな時は、この針の出番」
雷素を仕込んだ暗器用の針だ。猫は砂堀に夢中である。そんな彼らにそろりと忍び寄り、針を素早く投げた。
「みゃっ?!」
電撃針が体に刺さった瞬間、猫たちは驚いて跳び上がる。
体内を流れる電撃に毛を膨らませた。しかし、麻痺した体では反撃することもできず、ころんと転がるしかない。
「大丈夫、ちょっと痛いだけだからね!」
「ふしゃーっ!」
仲間が攻撃されたことに気付いた他の猫が、ふりふりとおしりを上げた。
「あ、おしりふりふりしてる。かわいー」
なんて言いつつも、理緒はしっかり気付いている。あれは突進攻撃の予備動作だ。
凍気を纏いながら雪にゃんこ達が突進してくる。彼らの突進を、理緒は|霊仙封魔掌《レイセンフウマショウ》で受け止めた。
「油断してると見せかけて!」
右掌に浮かび上がる紋章が輝いた瞬間、突進の衝撃が消える。
「にゃっ!?」
√能力の無効化に敵が気付くより先、電撃針が飛んだ。針をぷすりとお見舞いする度、砂浜に転がる猫が増えていく。
「しばらく大人しくしていてね」
抱き上げて施設の外へと連れていった。雪にゃんこはひんやり冷たいが、毛触りは気持ち良い。ふわもふを堪能しつつ、理緒は捕獲活動に励むのであった。
●雪にゃんこタイム
常夏のナイトプールに雪の結晶が降りる。ひんやりとし始める空気に、泳いでいた|ララ・キルシュネーテ《꒰ঌ❀..**。.:*:.。.咲樂*桜樂.。.:*:.。.✽.。❀໒꒱》(白虹迦楼羅・h00189)は顔を上げた。
「イサ、水が氷のように冷たいわ? ひえひえタイムかしら?」
「ひえひえタイムって何?」
|詠櫻・イサ《🫧ヨヒラ I 🫧》(深淵GrandGuignol・h00730)は思わず首を傾げるが、確かに肌寒さを感じる。
明らかな異常に、イサは周辺をぐるりと見回した。
「俺は寒さにも強めだけど確かに寒いな。でもこれは天藍の冬じゃないし……」
「にゃあん!」
楽しげな鳴き声が聞こえる。声がした方を見やれば、マオマオ達がぱしゃぱしゃと猫かきをしているではないか。
ララがぴょこっとももんがのお耳を立てた。
「むむ! 猫がいるわ」
イサも雪色の猫から凍気が出ていることに気付く。
「猫が泳いでる? こいつらの仕業か!」
プールの表面に氷が張り始めていた。猫たちは遊びながら、冬のような冷気を撒き散らす。
「凍ってしまってもララの迦楼羅焔であたためてあげる。でもこのままでは水泳どころじゃないわ」
吐き出す息は白い。常夏から様変わりする景色に、|篭宮・咲或《█みや さくあ》(Butterfly effect・h09298)は小さく溜息をついた。
「真夏の昼間ならこの冷気も歓迎されるんだろうけど、流石に今はご遠慮いただきたいとこだわ。下手したらプールじゃなくてスケートリンクが出来そうだし」
アドニス・ガルダ・インファリリ(プシュケの花檻・h12904)もガウンを羽織り、冷たい空気から体を遠ざける。咲或におすすめされたガウンだ。
「あれはあれで動きやすかったが、この気温では寒すぎるね。この恰好も、水中には行けないが動く分には申し分ないか」
「アドニスはあの格好でずっといたら警備が飛んできちゃうかもだから……」
咲或が包み隠さず口にする。肌寒さ以前に見た目が問題であった。あれでは簒奪者よりも先に、アドニスが追い出されてしまう。
ギリギリな水着がガウンで隠れたことで、|嘯・シアン《うそぶき・―》(恣意的思惟・h06837)も安堵した。
「アドニス君はガウン姿も優雅で似合うねぇ。これでやっと安心できる、警備員も俺達も」
これで本来の仕事に集中できる。施設内の至る所で、雪にゃんこ達がご機嫌に遊び回っていた。吹き寄せる冷気の原因を、アドニスは涼やかに見つめる。
「ナイトプールとはこんなにも冷えるものなのかと思ったけれど、あの猫の仕業か」
楽しそうに遊んでいて微笑ましいが、折角の夏が凍ってしまうのは困る。
|神花・天藍《かんばな てんらん》(白魔・h07001)は寒さを感じない性質だが、皆が寒がっている以上、放っておくつもりはない。
「我は冬だから特に寒さは感じぬのだが、このままにしてよいわけにはいかぬことは理解できる。少々、罰が必要であろうな」
躾のなってない猫にはお仕置きが必要だろう。台無しにされた常夏を取り戻すのだ。
シアンが|羽根ペン《罪悪の標》を手に取った。
「酷暑も嫌だけど冷夏ってのも風情がないね。悪戯っ子達には少し静かになってもらおうか」
ナイトプールと同じくらい魅力的な夢を描いて、仔猫たちの気を引いてしまおう。
お仕事開始だ。咲或はプールにいるララとイサに手を振った。
「水中は2人にお任せするねぇ」
ララとイサが手を振り返す。
「水の中で遊んでる子は任せて」
「水中のマオマオは任せろー」
アドニスもマシな恰好になって一安心だ。これで教皇が逮捕される絵面を見なくて済む。
「プールサイドの子達は大人組が何とかしてくれるわね。アドニスも若干目に毒じゃなくなったし安心したわ」
ララもホッとした。逮捕一直線な装いが解消されて、何となく大人組の表情も安心して見える。
「やっぱり気にしてたんだな。破廉恥な水着を隠せるものがあって良かった」
グッジョブ咲或。ガウンがなければ、更なるカオスが彼らを襲っていたかもしれない。
頼もしいララとイサに、シアンが手を振り返す。
「あんまり体を冷やさないようにね」
子供組がプールで頑張ってくれる分、他は大人組がしっかり対処しなければ。
だが、天藍は悩んでいた。彼の能力を考えれば当然である。
「どうするべきか。我が冬を使えば更に状況を悪化させてしまいそうなことはわかる。だが、それ以外の方法でとなると……」
「冬の力以外に何かないのかい?」
アドニスの問いに、天藍はゆるりと首を横に振ってみせた。
「我の力は冬に由来するものだ。能力を使えば必然的に冷気を纏うことになる」
ただでさえ寒いのに、さらに気温を低くしてしまう状況は避けたい。
天藍が考え込む一方で、咲或は何やら思いついたらしく、砂浜で遊ぶ猫たちに歩み寄った。残っていたカクテルをそっと近付けてみる。
「んみぃ?」
甘い香りがする酒に、猫が鼻を近づけた。ふんふんと匂いを嗅いで、ぺろりと舐める。
「あ。舐めた。きみたちのお口にはあいそう?」
「んにぃ……?」
顔をしわくちゃにする猫。甘い香りに誘われて舐めたはいいが、アルコールの味は刺激が強いようだ。
猫の表情に、咲或はくすりと笑みをこぼした。
「うーんすごい何とも言えない顔してる」
「なるほど、酒に酔わせるか。考えたものだな。神話でも語られる非常に効率的な倒し方だ」
天藍は自分のグラスを見るが、中身はもう空っぽだ。酒は先ほど飲みきってしまった。
「仕方あるまい……出てこい、雪兎」
|彷徨の雪《マヨイユキ》を発動し、雪兎の群れを呼び出した。冷気を放ったり吹雪を舞わせるよりはマシだろう。
「あそこの雪猫と戯れてくるがよい。隙を見て眠らせるのだ」
雪兎たちはぴょんぴょこ跳ねて、猫たちの傍へと駆けていく。
「にゃっ……!?」
動き回る兎の群れに猫が反応した。本能を刺激されたのか、瞳を光らせて兎を追い始める。
砂で遊ぶ猫はまだ沢山いる。アドニスは彼自身の体から、警戒心を解き安心させる甘い桜の香りを漂わせた。
「私は調香師だからね、甘い香りで誘き寄せるよ」
深淵は深淵を呼ぶ。|Mi Auquinos《ワダツミノミズ》によって、猫たちの記憶を忘却させた。
「ふにゃ?」
猫が砂堀りを止めて首を傾げる。ぼんやりとしている猫に、アドニスはゆったりと近付いた。
「警戒心は解けたかな? いいこだね」
「みゅ~……」
香りに陶酔した猫を、ふわりと抱き上げる。捕まえたと耳元で囁くも、猫は抵抗せずにすっぽりと腕の中におさまった。
砂浜で走り回る猫の気を引くため、シアンも羽根ペンを動かす。
「悪戯好きの仔猫達のために子守唄を贈ろう。きっと気に入るはずさ」
星空と砂浜をキャンバスに自由な色彩で描き出す。形作られた落書きは、何だかゆるい人魚達だ。
ウーパールーパーのような顔つきの人魚達が、次々とプールに飛び込んでいく。
「さあ、光の海を泳いで。高らかに歌を響かせておいで」
プールを一頻り泳いだ人魚達は水面から顔を出した。紡がれる歌は星の海を抱く子守唄。美しい歌声は夜を照らす月のように、プールサイドの仔猫達へと届く。
「ふにゅ……」
「くあぁ~……」
猫たちは大きな欠伸をして、うつらうつらと微睡み始めた。
たくさん走り回って、お酒も飲んで。ふらふら、よたよた。足元が覚束ない猫を、咲或がそっと抱き上げる。
「危ないから抱っこしてあげるね」
猫はすっかり楽園に咲く蜜花に酔わされていた。
「ぷぅ、ぷぅ……」
ついに寝息を立て始める。
甘い桜の香りを漂わせながら、アドニスが皆の様子を見やった。
「そっちは順調かい? ……おや、咲或。美味しかったカクテルをわけてあげたのか。その子はすっかり酔っ払いだね」
「ふふ、まだちびちゃんたちに大人の味は早かったみたい」
咲或は猫の背を優しく撫でた。ひんやりふわふわな手触りが気持ち良い。
「何だか俺もふわふわ眠たくなってきたな。歌のせいか、お酒のせいか……」
のんびりした空気に、シアンが出かけた欠伸を嚙み殺す。彼の傍でも猫たちがすやすやと眠っていた。
和やかな光景に、アドニスが柔らかに双眸を細める。
「シアン、随分懐いているようじゃないか。天藍の雪兎と戯れる猫も愛らしいな」
「ふふ、懐いてるかな?」
寄り添い眠る猫たちに、シアンも優しい眼差しを向けた。
天藍は雪兎と猫が遊ぶ様子を少し離れた場所から見守っている。
「全く、人騒がせな猫だがな」
遊び疲れた猫にとこしえの眠りを与え、その意識を静かに落としていった。
腕の中で眠った仔猫を見て、シアンはふと閃く。
「この子達がいればみぞれ酒が作れるんじゃない? ね、皆ももう一杯とびきり冷たいのをどうだい」
「みぞれ酒か……それはいいね」
「みぞれ酒さんせーい、シアンナイスアイデア。労働の後にはご褒美がないとね。天藍も一緒に飲むでしょ?」
アドニスと咲或がすぐに賛成する。天藍も話を振られ、こくりと頷いてみせた。
「ふむ、かき氷のようなおやつ感があって良いかもしれぬな」
言いながら子供組の様子を気に掛ける。酒も良いが、ララとイサのことも忘れてはいけない。
「にゃーん!」
「むきゅー! ちょこまかなの! そっちにいったわ!」
バシャバシャと激しい水音に、ララの声。泳ぎまわる猫を彼女は追っていた。
怒涛の迦楼羅泳ぎで、プールに張った氷を散らしながら進む。
「うっかり溺れないように気を付けろよ!」
「溺れないわ。それにララの方が速いのよっ。負けないわ!」
呼びかけるイサに即答するララ。ララがイサにお守りされるのではなく、ララが猫をお守りするのよと意気込んだ。
そんな彼女を、イサは|遊海ノ凛《アビスアビス》で支援する。
自然魔法を操る冥海の子ペンギン達を招集し、先頭のマヒルに声をかけた。
「マヒル、皆一緒にダンスして奴らの気をひいてくれる? 水の中なら猫よりペンギンのが素早いからな!」
「きゅぴ!」
マヒルは他のペンギン達と共にプールに飛び込んだ。水中でくるくると踊り、猫たちの目を引き付ける。中にはペンギンと一緒に踊り始める個体も出てきた。桜色のペンギンと雪色の猫がじゃれあう姿は可愛らしい。
可愛い勝負なら負けないと、ララも|ゆきあそび《ハルノユキ》。六花を纏う雪シマエナガと桜咲く雪兎達を召喚した。
「ジュリリッ!」
「きゅっ!」
シマエナガは水上をぱたぱたと飛び回り、桜雪兎がぴょんぴょんと水面を跳ねた。冬と春が交わり、煌びやかな花景色を咲かせる。
沢山のおともだちに、猫はキラキラと瞳を輝かせる。彼らの意識は完全にララとイサから外れた。
「今よ、イサ! マオマオを捕まえるのよ」
ララの声と同時、イサは素早く水中を泳ぎ、あっという間に猫を捕まえた。
「よし、楽勝! 俺は海戦用だぜ? 人魚姿で水中戦は俺の舞台も同じさ」
|麗しき溟海の人魚《アンドロギュノスの美》にとって、水中は彼のための領域と言えるだろう。プールサイドへ向かう中、猫がイサの頭の上によじ登った。
「みゃあん!」
捕まえられた後も、遊んでいるつもりなのだろう。とても楽しそうだ。
「ちょこまかはララだけにしとけ! 俺に登るなー!」
ララも猫に近付いて、腕の中にもふっと抱き込んだ。
「なう~」
ご機嫌な猫がララにぐりぐりと頭を擦り付ける。その仕草にきゅんとしながら、ララはもふもふを堪能した。
「むふふ……ふわふわでひえひえだわ」
猫と遊んでいるのか、遊ばれているのか。もはやどちらとも付かない。
二人の様子をアドニスはプールサイドから眺める。
「……遊ばれているな」
ぽつりと呟く彼に、シアンが弾んだ声色で返す。
「うん、楽しそうだねぇ」
あの様子なら大丈夫そうだ。咲或も腕の中の猫を撫でながら微笑む。
「すごく賑やか。にゃんこ達も満足してるみたい」
「童同士の方が遊びやすいのだろうな」
追いかけっこをする子供たちを眺めながら、天藍は穏やかに瞳を細めた。ともあれ、お騒がせな雪にゃんこ達をすべて捕獲できる時は近い。
●もふもふづくし
「あ、とーにゃん見て見て|妖魔《もふもふ》だ!」
続々と現れたマオマオ達に、|雨夜・氷月《あまや・ひづき》(壊月・h00493)は瞳を輝かせた。
雪色のふわふわな毛並みにつぶらな薄青の瞳。ほわんと伸びた尻尾が何とも愛らしい。
「おお……見るからにもふもふではないか!」
|狗狸塚・澄夜《くりつか🦊とうや》(天の伽枷・h00944)も、雪にゃんこの登場に笑顔を浮かべる。
もふもふは正義。心を癒し人々に笑顔を与える素晴らしき存在だ。
「俺、もふもふを見つけたらもふもふしないと気が済まないんだよねー。とーにゃんは?」
弾んだ声で氷月が問う。早く猫をもふりたい……はやる気持ちを抑える氷月に、澄夜は正直に口にした。
「私か? そうだな、もふもふ達のお腹に顔を埋めて思い切り息を吸い込みながら撫で回したいと……」
「ふしゃーっ!」
並々ならぬ情熱を察知したらしい猫が毛を膨らませる。やはり、凍気を纏う彼らには熱すぎるのだろうか。
「すごく威嚇されている……」
澄夜はちょっぴり傷付いた。可愛い子に敬遠されると寂しい。
「えー、敬遠されてるとかカワイソウ……」
氷月も哀れみの視線をそっと送った。飾らない本気の眼差しである。もふもふから避けられるなんて、損をしているとしか思えない。
「ここはとーにゃんの分までもふもふしないとね」
氷月は気合を入れた。澄夜に対する猫たちの態度がどうあれ、全力でもふもふするプランは変わらないが。
砂浜で駆け回る1匹に近寄り、|月華傀儡《ツキノワガママ》を発動する。服従の感情を与える月光燐花が宙を舞い、猫の頭上へと降り注いだ。
「ねえねえ、俺と遊ぼうよー。そっちの砂浜の子もおいで、俺にもふもふされてよ」
「みゅ~?」
声に反応して猫がやって来る。トコトコと寄ってきた猫たちを、氷月はすぐにきゅ、と抱きしめた。
「あは、ひんやりー! もふもふー!」
柔らかな肌触りを思う存分堪能する。甘美なもふもふハーレムを形成する氷月に、澄夜は心の底から感心した。
「ひーにゃんは流石の手管だな、ハーレム小説のヒーローに勝るとも劣らぬ傾城振りよ」
氷月のもふりが、澄夜のもふりたい欲をさらに高めていく。ならば奥の手と、彼も√能力を展開。
「私も負けてはいられないな。麝香花の馨しき香気で懐柔してみせよう」
|迷家・麝香《マヨヒガ・ジャコウ》の香りが、澄夜の全身から溢れ出す。猫の群れに歩み寄れば、猫たちが鼻をくんくんと動かし始めた。
「にゃにゃ……」
「みゃ~ん」
甘い香りにうっとりと酔いしれて、猫たちは砂浜にころころと寝ころび始める。無防備に転がった彼らの腹を、澄夜は一心不乱に撫で回した。もふもふのもっふもふだ。
「ふ、如何に君達がやんちゃであろうとこの香りには抗えまい」
「とーにゃんだってできてるじゃーん、もふもふ!」
腕に猫を抱えながら氷月が笑う。澄夜も猫に囲まれて大満足だ。
「ふっふっふ、もふもふは全ての者に平等に与えられる権利なのだよ」
ひんやり、もふもふ。冷たく柔らかな雪にゃんこ達は、真夏の強い味方に違いない。
「あー夏の暑い日にこのコ達がいたら最高なのに」
氷月の言葉に澄夜が全面的に同意する。
「うむ、この冷感は癖になるな。冬場は愛を試されそうだが夏には欠かせない存在だ」
「うなぁん」
「ゴロゴロ……」
甘えるように鳴き、ゴロゴロと喉を鳴らす猫たち。二人は仕事の事などすっかり忘れている。
「んふふ、かーわいー。無理なのはわかってるけど、家に連れて帰りたいなぁ。雪にゃんこハーレムとか良いじゃない?」
「ひーにゃん、諦めるのはまだ早いぞ。一、二頭くらい連れて帰れる気がしないか? 見てくれ、この愛くるしい甘噛みを……」
「にゃむ」
ガブッ。
澄夜の指に牙が思いきり喰い込んだ。かなり深く入ってるなぁと、氷月はのんびりと考える。
「うーん、バッチリ齧られてる。それ、大丈夫そ?」
「いや存外痛いな」
澄夜は血だらけの手と、つぶらな瞳を煌めかせる猫を見比べた。
……うん、可愛いからヨシ!
●夢のお庭で鬼ごっこ
雪の結晶を纏いながら、雪模様のにゃんこ達が思いのままに駆け回る。
「まあ、猫さんがたくさん……! 元気に走り回ってとっても可愛らしいのです」
|ラデュレ・ディア《███████・███・█████》(迷走Fable・h07529)は、愛らしい光景に心を和ませる。
|祈紡・フィユ《☾⋆。˚✩ きぼう⋆ふぃゆ ✩˚。⋆☽》(夢境・h12707)も、思わず表情を綻ばせた。
「ねこさま! 可愛いのです! もふもふで、ちっちゃくて、楽しそうなのですよ!」
「にゃ~ん!」
ご機嫌に鳴きながら遊ぶ猫たちに、ココ・ロロ(よだまり・h09066)も興味津々だ。
「ねこさ~ん! ねこさんたのしそでココもあそびたくなっちゃうのです」
楽しげな雰囲気に釣られて、一緒に尻尾をぱたぱたと振ってしまいそう。
「ホントに可愛い子たちなのですよ♪ でもこれは真の『マオ』を掛けた戦い! 楽しい場所を守るためにも捕獲作戦頑張るのですっ!」
皆の頭から仕事が抜け落ちた所で、|猫・桃花《╰ᘏᗢ✿まお・たおふぁ︎︎︎︎︎︎✿ᗢᘏᓗ》(梦想厨师・h13139)が場を引き締めた。
「はっ、そうでした……おしごとしなきゃ」
気分を切り替えるように、小さな手でほっぺをてしっと叩くココ。
フィユも思い出したように|アンティークペン《Plume du Reve Ancien》を手に取る。
「はっ。いけません、見惚れている場合ではないのです! ここは、みなさまの願いで作られた夏の夢。凍らせてしまってはだめなのですよ」
楽しさに流されて忘れてしまわないように、ラデュレも本来の目的を頭に留めた。
「そうですね、この場所を凍えさせてはなりません……! 冷気を広げないように誘導をしなくては」
捕獲対象の猫たちを観察するが、そこに悪意は見えない。
「でも、ねこさまたちも遊びたいだけなのでしょうか」
感じたことを口にするフィユに、ラデュレが深く頷いてみせた。
「ちいさな子猫たち、ですものね。きっと、たくさん遊びたいのだと思います。でしたら満足するまで遊んで差し上げましょう……!」
たくさん遊んで、いっぱい捕まえる。おともだち作戦の始まりだ。
「でしたら痛いことはなるべくしないで、みんなまとめて、捕まえちゃうのです!」
フィユはアンティークペンをさらさらと走らせた。
|祈夢星譚【夢想物語】《レーヴ・メルヴェイユ》を綴り夢物語を描き出す。紡ぎ創る夢は、輝く星と甘やかな花檻が香る美しき夢星夜。
「きらきら光るお星さまと、ひらひら煌めくお花さんが、素敵な夢にご招待なのです!」
猫たちの進路を阻むように、星と花で編んだ柵や壁が生み出された。
「にゃ!?」
突然目の前に現れた柵に猫が立ち止まる。
「ふふふ、こちらは通行止めなのですよ!」
柵と壁で猫を誘導し、仲間たちに追い立ててもらう計画だ。
夢の力が紡ぐ魔法に、ココもお星さまと同じくらい瞳を輝かせた。
「わあ~……きれいなまほう……フィユさんすごーい! ぺしぺししないでつかまえるですか? それなら~」
森の友達を呼び寄せる。小鳥、リス、狐……様々な動物たちが続々と現れた。
「きてきておいで、ココのともだち! ねこさんといっしょに、おいかけっこするのです!」
動物たちは「任せて!」と言うように一声鳴いて、猫の群れを追い始める。
「ケガさせちゃだめ~ですよ。つかまえるときは、やさしくなのです」
嘴や牙爪での悪戯はナシだ。猫たちを包囲して、逃走範囲を狭めていく。
フィユが描く夢の物語に、ココと動物たちの賑やかな舞台。そこにラデュレも色彩を添える。幾重にも重なり合う物語の共演だ。
「夢の|本《とびら》に“めでたし”の頁を添えましょう。どうか、この子たちに楽しい時間を」
紡いだ『|物語《せかい》』を蒐集する本を顕現させる。
|夢想の物語《ハピリー・エバー・アフター》は幻影の花畑を芽吹かせた。色とりどりの花々が淡い光を宿し、砂浜とナイトプールに咲き誇る。花の香りと揺れる花弁が、猫たちの興味を惹き付けた。
此処からは追いかけっこに参戦だ。ラデュレは猫たちに向かって駆け出した。
「わたくし、駆けるのは得意なのですよ。さあ、向こうへとまいりましょう……!」
まるで足に羽が生えたかのように、軽やかに高く跳ぶ。花畑を踏む度、柔らかな花弁が星空に舞い上がった。
仲間たちが織り成す幻想的な魔法の数々に、桃花は瞳を輝かせる。
「フィユさんのこれも魔法なのでしょうか♪ ラーレさんのとも重なってとっても綺麗なのですよ~♪ 見惚れちゃいそうですがこのチャンス活かさせてもらうのですっ!」
√能力を発動し9体の動く猫饅頭達を呼び出した。桃の形をした猫饅頭が元気に跳びはねる。
「|猫宴会《ニャンニャンカーニバル》のお時間なのですっ! 今日も一緒に頑張るのですよ~♪」
猫たちと追いかけっこだ。鬼さんこちらと逃げ回る猫を、猫饅頭達がぴょんぴょんと追っていく。
一方で、賑やかな鬼ごっこを眺めるフィユにも自然と笑みが浮かんだ。
「追い込み漁なのです! ねこさまも楽しそうなのですよ!」
仲間の動きに合わせ、アンティークペンを滑らかに振り続ける。空中に夢色の線が描かれるたび、御伽の欠片が花咲いた。
「みゃ~ん!」
猫たちは元気に走り回る。楽しくてしょうがないらしい。猫饅頭達も追いつけず苦戦しているようだ。
「思ったより速いのですよっ!? こうなったら……!」
桃花は1匹の猫饅頭をむんずと掴み、猫に向かって投げつける――しかし。
ぱくっ。
投げられた猫饅頭を、猫は口に咥え込んだ。
「あ~! 口でキャッチして逃げないでください~!」
「あむあむ」
「たっ、食べてる~!」
「んにゃい」
猫饅頭が1匹食べられてしまった。満足げな猫に、桃花はハッとする。
「もしかして、『美味い』って言ってますか!? 当然なのですっ、工夫してアレンジした私のオリジナル料理なのですよ!」
中身はこしあんたっぷりだ。
「わぁ、とってもおいしそうなのです!」
「お茶菓子に合いそうですね」
フィユとラデュレも興味を示す。あんこは紅茶にもよく合うのだ。
「今度ごちそうするのですよっ♪」
お茶会の約束をしつつ、今はひたすらに猫を追う。
「わ、たおふぁ︎︎︎︎︎︎さんが……なんかがんばってる……! マオしょーぶがんば~れ! ココもおいかけっこがんばらなきゃ!」
ココも右へ左へ大忙し。猫たちも大はしゃぎだ。
ドッタンバッタンと追い回し、猫たちは手のすぐ先に! 桃花がついに猫をダイビングキャッチする。
「ついにっ! 捕まえたのです!」
「さすがです、桃花さま。わたくしも、あともう少し……!」
ラデュレもぴょんっと一際高く跳び、猫に素早く飛びついた。
「――捕まえ、ましたっ」
「な~ん!」
捕まった猫がご機嫌に鳴く。ココも動物たちと力を合わせ、猫たちを壁際に追い詰めた。
「ふふん、みんなでかこめばもうにげられませんね。あとはつかまえ……」
そこでココは大事なことに気付く。ココの大きさは30cmくらいだ。つまり……。
「……は! ココじゃねこさんだっこできないおおきさ……? ラーレさ~ん! たおふぁ︎︎︎︎︎︎さ~ん! つかまえてくださ~い!」
「はっ……! ココさんからの救援要請! この子は私におまかせあれなのですよっ!」
「ココさま、そのまま此方に……! 猫さん、飛び込んで来てくださいませっ」
ココのSOSに即反応した桃花とラデュレが、ココの代わりに猫を捕まえてくれた。
「だっこがむりなら、だきつきさくせんです! えいっ!」
ココだって諦めない。もふっと抱きつけば、猫もココにぴたりとくっつく。
「みゃ!」
「わぁ~、ふわふわなのです……!」
ひんやりふわふわ。猫たちは冷たく柔らかだ。
「ひんやりもふもふ! 癖になりそうなのですよっ」
桃花も手触りを堪能する。
ラデュレも猫の背を優しく撫でた。手のひらに感じる心地よい感触に、自然と表情が安らぐ。
「ふふ、とても可愛らしいですね」
猫とふれあう仲間たちを、フィユが穏やかに見つめている。
「ふわふわ、もふもふ。やさしい|物語《せかい》の中で、みなさま幸せそうなのです♪」
「まう~」
一匹の猫が近付いてきた。
「ねこさま、遊び疲れたのですか? こちらにどうぞなのです!」
フィユが手招きすれば、猫は膝に乗り上げてすぴすぴと寝息を立て始める。遊び疲れて、眠る場所が欲しかったのかもしれない。
第3章 ボス戦 『ドランクキッカー『馬・鹿兎』』
●
「あーっ! マオマオちゃんが知らない人に遊ばれてる!? でもなんか楽しそうだからいっか!」
常に酒が入っているのだろうか。ナイトプールに来る前から、|馬・鹿兎《まー・るーとぅー》は既に酔っぱらっていた。
マオマオたちの状況など気にせずに、彼女の意識はバーの酒に向いている。
「飲むぞぉー! お酒! お酒! ぜーんぶ飲み尽くしちゃお!」
「あっ! お客様! ああぁっいけませんお客様! 勝手にお酒を持っていかれては……!」
バーカウンターの酒瓶を奪って直に飲み始める鹿兎。
常識外れにも程がある……彼女がこれ以上暴れ回る前に、ナイトプールから叩き出してほしい。
●強者との戦い
小さい猫を蹴散らして、コロネーリア・アンチ・プロヴィデンス(ドラゴンプロトコルの|屠竜騎士《ドラゴンスレイヤー》・h13531)は変身を解いた。
「はぁ、みんな逃げちゃったのだ。やっぱり弱いヤツと闘ってもつまらないのだ。消し炭にしてやれば良かったのだ」
何だかとても物足りない。コロネーリアはバーで暴飲する鹿兎に目をやった。強者の匂いを感じ取り、コロネーリアは瞳を光らせる。
「貴様がさっきの弱いヤツの飼い主か? 飼い主なら当然強いのだ?」
「んー? そこそこかなぁ。試してみるー?」
「来るがよい! 迎え撃ってやるのだ!」
絡んでくる鹿兎に、コロネーリアは迷わず即答した。鹿兎はコロネーリアに一直線。
「いっくよぉーっ! 怒濤のぐるぐるキィーック!」
狙いすました回し蹴りだ。コロネーリアはどっしりと構え、正面から蹴りを受け止めた。小柄な彼女だが、筋肉密度の高さゆえに頑丈な肉体を持つ。重い攻撃にも体勢を崩さない。
「うむ、やはり闘いは痛いほうが楽しいのだ♪」
「わーっ、きみ強いね!」
楽しげに笑う鹿兎に、コロネーリアは笑みを返した。
「次は我から行くのだ!」
次撃に合わせ、再び真竜へと姿を転じる。力任せの後ろ回し蹴りを無効化しながら、灼熱のブレスを口に溜め込んだ。
「さあ、耐えてみせるのだ!」
|害悪即ち焼却也《マトメテショウドクッ》とは言うけれど、すぐに灰になられても面白くない。
凄まじい熱と衝撃が、鹿兎を容赦なく襲った。一度はブレスに呑まれる鹿兎だったが、灼熱の渦から飛び出してくる。
「ひゃーっ、熱いねぇ。焼肉になるかと思ったぁ」
所々焦げてはいるが健在だ。しぶとい敵に、コロネーリアは心を躍らせた。
「やはり強いヤツと闘うのは楽しいのだ! つい消し炭にしたくなるのだ、悪い癖なのだぁ(・ω<) テヘペロ」
可愛く言ってみせるが物騒だ。次のブレスが放たれたのなら、今度こそ鹿兎を丸焼きにしてしまうだろう。
●報酬
猫をもふもふしていた|雨夜・氷月《あまや・ひづき》(壊月・h00493)だったが、バーの騒動に顔を上げた。
「んー今度は何? なんか賑やかに酒荒らしてるヒトがいるよ。どうするとーにゃん」
|狗狸塚・澄夜《くりつか🦊とうや》(天の伽枷・h00944)もバーの方向へと視線を送る。
「うん? 確かに騒がしいnお れ の 酒」
途中で口調が崩れた。余りに暴虐極まる飲み方に澄夜は戦慄く。まさに鹿兎の暴飲は許されざる悪行。
真剣な顔をする澄夜に、氷月が思わず吹き出した。
「んっははキャラがブレちゃうくらいマジギレだー」
氷月はけらけらと楽しげに笑う。二人の表情は対照的だが、これからやろうとしていることは同じだ。
澄夜が鹿兎を睨み据える。氷月も鹿兎の姿を瞳に映した。涼しげだが、氷月の眼差しは獲物を狙う。
「いや、俺……私の酒ではないが取り敢えず殺ろう、ひーにゃん。奴は酒好きの敵だ」
「んじゃ、酔っ払いをやっちゃいますかー」
もふもふタイムは名残惜しくも終わりにして、二人はバーで暴れる鹿兎へと接近する。
氷月は銀片に月光を纏わせた。
「ほらほらお酒なんて飲んでないで俺と遊んでよ」
「うわすごいイケメン。でもお酒の方が好きー!」
鹿兎は考えナシに喋りながら酔っぱらいの群れを召喚。酔っぱらい共が酒代をせびってくる。
「よぉ兄ちゃん、金よこせや!」
「は? ウザいんだけど」
召喚された酔っ払いごと銀片で斬り払う氷月。返す刃で鹿兎に直接|銀月双天《ツキノマイ》を叩き込んだ。
「マトモに遊んでくれないならさっさと出てってよ。俺はもっともふもふしてたかったのにー!」
仕事が終わるまでマオマオとイチャもふしていたかった。だが、幸せはいつまでも続かないものだ。
厄介な酔っ払いを相手取る面倒さ、何より酒を雑に扱われた傷心極まる気持ちを、澄夜は|千獣・幽冥の契り《ユウメイノチギリ》にて解放する。
「獣らよ、花婿たる私の心は分かっているな?」
体は無傷だが、澄夜の心は酷く傷付いた。傷心に応え、墜ちた獣の神が無数の腕を生やす。獣達は澄夜の代わりに嘆きの咆哮を上げ、鹿兎に向けて麻痺の瘴気を放った。
「酒の正しい飲み方も知らぬ無礼者には、お仕置きをして差し上げろ」
腐死の毒を帯びた獣腕が鹿兎を殴り付ける。
「わー、なんか臭い匂いがするー」
「貴殿の方がずっと酒臭いぞ」
堪らず鼻をつまむ鹿兎に、澄夜がド正論を突き付けた。獣腕に薙ぎ払われる酔っぱらいを眺めながら彼は語った。
「此は八つ当たりに非ず、職務を全うする清廉な社会人精神だ」
麻痺の瘴気は鹿兎の動きを妨げ、その間にも氷月の銀片が鹿兎の体に刻まれてゆく。
「……とーにゃんが清廉な社会人精神?」
堂々たる発言に氷月は困惑する。澄夜=清廉という方程式が、どうしても繋がらない。
困惑顔の氷月に澄夜が気付いた。
「何か言いたげだな」
「どのへんが清廉なんだろうなって」
「私はただ酒を飲みたいだけだ。純然たる飲酒欲!」
「やっぱり欲塗れじゃん!」
愉快に戯れながら敵を倒していく。
鹿兎の絡みから解放された店主がホッと息をついた。
「助けてくださって、ありがとうございま……」
澄夜はニッコリとエンジェルスマイル(当社比)を浮かべる。
「御愁傷様だ、酒も酸いも甘いも分かるイケメンに飲まれたかったろうにな。な?」
「えっ? そ、そうですね……こちらをどうぞ……」
圧に負けた店主はグラスにウイスキーを注いだ。
「複雑な工夫を凝らしたカクテルも良いが、ストレートも美味であるな」
ちゃっかり酒を楽しむ澄夜。氷月がきゅっと眉を寄せ、澄夜の酒を指差した。
「……ちょっととーにゃん。一人だけイイ思いしようとするなんてズルくない?」
「大丈夫だひーにゃん、2人分くれると言っているぞ」
「えっ? あっ、どのお酒がよろしいでしょうか?」
「お、二人分もくれるなんて太っ腹だね店主サン。それじゃ、とーにゃんと同じお酒で頼むよ」
どう見ても言っていないが氷月はスルーする。結果オーライというやつだ。人助けの報酬に飲める酒は美味い。
●酒という名の魔物
「聞き捨てならぬ事が聞こえたが!?」
アダン・ベルゼビュート(魔焔の竜胆・h02258)の耳に、バーテンダーの叫びが届いた。酒を勝手に飲もうとする鹿兎を見て、|色城・ナツメ《しきじょう・なつめ》(頼と用の狭間の|警視庁異能捜査官《カミガリ》・h00816)も眉を寄せる。
「酔っ払いだが油断はできないか。つか……うわぁ、あれ度数かなり高いやつじゃね? 酔えば酔うほど、ってか?」
酩酊する敵を、|静寂・恭兵《しじま・きょうへい》(花守り・h00274)は真剣な表情で指差した。
「……アダン。一つだけ言っておく。アイツのようにはなるなよ」
「誰があのような醜態を晒すものか」
即答するアダン。鹿兎は視線に気付き、くるりと四人に振り向く。
「はにゃ?」
指をビシィと突き付けて、アダンが言い放った。
「おい、其処の酔っ払い! 其のお酒は、俺様も飲む予定だが……!?」
片手にグラスを握り締める彼に、|史記守・陽《しきもり はる》(黎明・h04400)が目を丸くする。
「……アダンさん? なんでまだ飲んでるんですか!? それに飲む予定って!?」
「アダン、まだ飲むつもりなのか!?」
恭兵もツッコミを入れざるを得ない。√能力での飲酒は大目に見たが、流石にこれ以上は認められない。
水着のパーカーを脱ぎ、気合を入れ直していたナツメも思わず手を止めた。
「まだのむのかアダンさん!? いい加減やばくね!? 静寂さんもさすがに怒るぞそれ!」
三人から口々に言い立てられるも、アダンの意思は揺るがない。
「恭兵、史記守、色城。俺様は問題無い、俺様は大丈夫だ。只、少々視界が揺れているだけで俺様は大丈夫だ!」
全く大丈夫ではない。アダンに甘い恭兵も、今回ばかりは厳しい。
「『俺様は大丈夫だ』じゃない! さすがに俺も止めるぞ。性質の悪い酔っ払いにはなるなと俺は言った筈だぞ」
陽もアダンの行動に黙ってはいられない。
「『俺様は大丈夫』じゃありません! 視界が揺れてる時点で大丈夫じゃないです! あと迷惑をかけない酔っ払いは戦闘中に追加で飲みません!」
激しめの言い合いを見て、鹿兎が首を傾げた。
「なんか喧嘩? してるみたいだねー、大変だねー」
ぐびぐびと酒を飲み続ける鹿兎にナツメがハッとする。
「っと、集中だ……。言い争ってるうちに酒がどんどん飲まれちまう!」
酒を守るため一刻も早く鹿兎を止めなければ。ナツメはダッシュで駆け出して、鹿兎に接近した。彼女の服を引っ掴み、そのまま背負い投げる。勢いのまま共にプールへと飛び込んだ。
「いっぺん頭を冷やしやがれ! 追撃だれか頼む!」
「任せて! あとアダンさんはこれ以上お酒を飲まないように!」
陽は追撃の|断夜《イルミネイト・レイズ》を発動し、鹿兎の手元に狙いを定める。
「あなたもです! 酔って暴れるなら、その酒は押収します!」
空間引き寄せ能力を駆使し、敵の酒を強引に取り上げた。
「お酒が―! なんてひどい! でももう一本持ってきてるんだぁ」
鹿兎が悲痛に叫ぶも束の間、新たな酒瓶を取り出すではないか。店の酒を暴飲するだけでなく、自分で酒を持ち込んでいるあたり救いがない。
陽は敵の有様に愕然とした。
「これが、噂に聞く酒カス……!?」
酒カスに慈悲をくれてやる必要はない。
「色城。追撃は任せろ。死霊、酒カスを妨害しろ」
死霊を敵に纏わり付かせながら、恭兵も|密花《ヒソカ》も展開。呪術を付与した弾丸を撃ち込み、鹿兎の能力を弱体化させる。『ぴっかぴかの倍々モード』とやらも、近寄らなければただの60秒ぴかぴか光る靴だ。
「ただでさえひどく酔っ払っているんだ。大人しくしてくれ」
「ちょっとー! 喧嘩に巻き込まないでぇー!」
叫ぶ鹿兎。勘違いも甚だしい彼女にナツメが言い返す。
「喧嘩じゃねぇよ!」
プールから上がるナツメを追い、鹿兎が回し蹴りを繰り出した。
そっちが蹴りならこっちは拳と、ナツメは|全身全霊素手喧嘩《キアイノステゴロ》を打ち合わせる。ありったけの霊力を込めて左拳を強化し、蹴りを受け止めた。見た目は完全に喧嘩である。
「好きに飲ませてあげなよー! 飲酒を止めるなんて鬼のすることだよー!」
「うるせぇ! 飲み過ぎたら体に悪いだろうが! ってか迷惑客に言われたくねぇな!」
左拳で攻撃をいなす。敵の体が大きく傾いた瞬間、右拳をその腹に叩き込んだ。
「迷惑かける酔っ払いは出ていけやごらぁ!!」
「へぶぅっ!」
全力の一撃は鹿兎を砂浜に吹っ飛ばした。
休む暇は与えぬと、アダンが追い討ちをかける。
「──よし、理解した。今直ぐ、完膚無き迄に燃やすぞ!!!」
|覇王の狡知《ショッケン・ランヨウ》を発動。あらかじめ実行しておいた作戦の因果をナイトプールに引き寄せた。
「色城よ、安心しろ。俺様は迷惑を掛けない方の酔っ払いだ。何も問題無い! 恭兵、大丈夫だぞ! 敵の行動を無効化する理性が残っている!」
何も安心できないし、問題も有るだろう。理性は残っているだろうが、大丈夫かと言われると首を縦には振れない。
恭兵は何とも言えない表情をする。
「確かに戦えてはいるようだが……何だろうな、この不安な気持ちは」
鹿兎が掴んでいた酒瓶を落とした。運悪く硬い場所に当たり、瓶が砕け散る。
「ああーっ! お酒が割れちゃった!」
「フハハハハッ! 貴様にくれてやる酒など無いわ! バーの酒は俺様が代わりに飲んでおいてやるから安心しろ!」
高笑いするアダン。完全に酔っている。
ナツメがゴクリと息を呑んだ。
「まずい、止まる気がないぞ……」
まるで暴走車だ。ブレーキは壊れた。誰か正面衝突して止めてくれ。
恭兵は意識が遠くなる感覚に襲われた。それは諦めにも近い感情であった。
「史記守……俺はもう止めん好きにしろ」
「……静寂さん? 俺はもう止めんって、諦めないでください!」
陽が必死に訴えかけるも、恭兵はどこか遠い場所を見つめている。
「俺はアダンを甘やかしすぎたのかもしれない……」
子の育て方を間違えた親のような顔をしていた。もう手遅れかもしれない。
陽は覚悟を決めるしかない。師匠(の酒)を手に掛ける覚悟を。
「っ……わかりました、俺が止めます!」
振り返り、アダンにも手を伸ばす。断夜がアダンのグラスを奪い取り、陽の手元に引き寄せた。
「アダンさんもです。その酒、押収です」
……なんで俺、戦闘中に敵と味方から同時に酒を取り上げてるんだろう……。
陽は虚しさに襲われるが、酒という大敵を前にして毅然と振る舞う。
アダンは酒を押収され驚愕に目を見開いた。
まさか陽に私物を奪われる日が来ようとは、誰が想像できただろうか。
「え、押収? いや、此れは俺様の酒だが? 敵に奪われるくらいなら俺様が――」
「駄目です」
√能力の効果で陽は旭日の陽光を纏っていた。煌々と燃える瞳がアダンを見ている。
率直に言って怖い。陽の凄まじい圧にアダンは負ける。
「す、すまぬ」
謝罪以外の選択肢はない。
しゅんとするアダンと陽光を燃え立たせる陽を、ナツメがまじまじと見つめた。
「すげぇ……ハルのやつ、アダンさんを圧倒してる……前から強いとは思ってたが……」
かつての|ある依頼《苦い記憶》を思い出す。怒ったハルはとにかく強いのだ。
「これが一人だけ酒を飲んでいないアドバンテージか……」
恭兵の言葉にも驚愕と感心が入り混じる。暴走車は陽が正面から止めてくれた。
「帰ったら酒癖についてお話がありますからね。『一言』では済まないと思ってください」
「待て、戻った後もしばかれねばならぬのか!?」
蒼褪めるアダンにも陽は容赦ない。報告書は他のメンツで書くことになりそうだ。
「アダンさんはハルがしばくだろうから、俺達は報告書頑張ろうか……」
ナツメの言葉に恭兵は頷きつつ、ふと思い出してバーテンダーに話しかけた。
「店主、水を用意してもらえるだろうか。グラス1杯……いや、2杯あってもいいな。帰る前にアダンに飲ませる」
陽とのやりとりで酔いは醒めたかもしれない。だが、脱水症状の防止や胃腸の保護のためにも水は必要だろう。
たとえ嫌がったとしても飲ませるつもりだ。
●酒と乱闘
「馬と鹿と兎みたいな簒奪者が現れた……!」
情報が渋滞気味な敵に、緇・カナト(hellhound・h02325)はアルコール3%分くらい驚いた。
実際はそれほど驚いていない事実はさておき。
酒を強奪し飲み始める鹿兎に、|野分・時雨《のわけ・しぐれ》(初嵐・h00536)は憤慨する。
「全部飲み干すだなんて! 許せない。酒好きの風上にもおけません!」
ぷんすか怒る時雨を、カナトは横目で見やった。
「気性は陽気で無邪気って……どっかの牛鬼妖怪くんみたいだよねぇ。気の所為かなァ」
「よく見て。似てないでしょ! きのせい」
時雨は違いを主張する。見た目は似ていないが、中身については……似ていないという事にしておこう。
カナトは冗談交じりに口角を上げた。
「まぁ牛要素は入ってないし? 牛じゃなく馬でよかったねぇ」
猫にかまっていた|墓守犬《Altar》や|怪魚《Lean on》を呼び戻し、標的を鹿兎に切り替える。
「さァて、マナーのなってない酔っ払いは、ナイトプールから追い払って飲み直そう! 草食動物系はさっさと巣穴にお帰り~」
「草食動物て、牛くんもなんですけど!」
時雨がツッコミを入れるが、カナトはさらっと流した。
「ところでお酒大好きクンに何か妙案ありそう……?」
カナトの言葉に、時雨はハッとする。何か閃いたようだ。
「妙案。酒には酒で対抗しろってこと……?」
それならとっておきの武器がある。時雨は焼酎大瓶を取り出した。これぞ最強の鈍器だ。細い所を掴んで、金属バットのように振り回した。
「ならば、武器は焼酎大瓶です。目には目を、酒には酒をぶつけましょう」
「酒には酒で対抗かァ。ならば千鳥足作戦! ごー! 激おこっぽい牛くん!」
一方で、カナトは|牟牟《モーモー》を展開し、激おこ牛くんを召喚する。
「もう!!!!!!!」
牛くん達が怒りの喚き声を放ち、震度7の衝撃を鹿兎に浴びせた。
「わわ、めっちゃ揺れる―?! 酔ってるのかなぁ?」
震えながらも酒を飲み続ける鹿兎。周囲に散っているのが勿体ない。
時雨はカナトに言われずとも怒り心頭だ。
「もう!! もっと綺麗にお酒飲んで! こぼさない! あとぼくの分も残しておいてください!」
「えー? あげないよぉー」
鹿兎が蹴りを繰り出した。時雨は即座に距離を取り、大瓶を勢いよく投げつける。
「なんて強欲! ぶるぶる震えてる酔っ払いの足技なんて食らいません」
「この瓶は……お酒ッ!」
「ほら、大好きなお酒ですよ。中身は一滴たりともあげませんけど!」
鹿兎が焼酎に気を取られた一瞬の隙を突き、時雨は|見牛《ケンギュウ》を叩き込んだ。
「酒! そして暴力! 合わせ技です!」
暴力は全てを解決する。牛の脚力から繰り出された蹴りが鹿兎を吹っ飛ばした。
その光景をカナトが楽しそうに眺めている。
「なんか酒カスの争いっぽい~」
「違います、ぼくは酒カスじゃありません」
「はいはい、わかってるよ」
抗議する時雨へと雑に返しつつ、カナトは墓守犬と怪魚に尋ねた。
「足元が震度7相当の震動ってどんなんだろうね。回収できる?」
彼らは鹿兎へと接近し、震える手元から酒瓶を奪い取る。戻って来た彼らを、カナトは褒めちぎった。
「よしよし、いい子~」
「酒かえせーっ!」
怒りの蹴りを放つ鹿兎だが、|影業《Luck》が盾となりカナトには届かない。
「ダーメ。返してあげない」
奪った酒瓶を手元で遊ばせながらカナトがニヤリと笑った直後。
鹿兎の背後から時雨が飛び付いて、蜘蛛脚で捕縛した。
「馬鹿うさぎ! 良いお名前ですが。ぼくはうさぎもそんなに……なので。容赦しません」
両耳をむんずと掴んで強く引っ張る。
「おら、この耳がひとの注意もお話も聞かない耳ですか! 全く!」
「わーっ!? 耳引っ張らないでーぇ!」
びよーんと伸びる耳に鹿兎が叫んだ。
繰り広げられる乱闘に、カナトは酒の恐ろしさを実感する。
「酔っ払い同士が喧嘩してるようにしか見えない……酒は飲んでも飲まれるな……!」
わあぎゃあと騒ぎ立てる声が、ナイトプールに響き渡るのであった。
●酒盛りナイトプール
樂園の面々は、多くの雪にゃんこ達を無事プールから出すことができた。
「ふー、なんとかなったか。猫は猫で可愛かったけど」
|詠櫻・イサ《🫧ヨヒラ I 🫧》(深淵GrandGuignol・h00730)がホッと息をつく。|ララ・キルシュネーテ《꒰ঌ❀..**。.:*:.。.咲樂*桜樂.。.:*:.。.✽.。❀໒꒱》(白虹迦楼羅・h00189)も満足げだ。
「ひんやり猫、強敵だったわね」
ララは猫の柔らかな感触を思い出す――侮れない魅惑のもふもふであった。
アドニス・ガルダ・インファリリ(プシュケの花檻・h12904)は、冷えた空気にガウンの紐を締め直した。
「すっかり冷えてしまったな。飲み直したいところだが」
「大人組はまたお酒を飲もうとしているの? プールなのに……本当に不思議でならないわ」
首を傾げるララに、|篭宮・咲或《█みや さくあ》(Butterfly effect・h09298)がくすりと笑みを浮かべた。
「やだララプールだからこそ飲むのよ。寧ろ飲まない理由がないというか……ねぇ?」
咲或の言葉に、|嘯・シアン《うそぶき・―》(恣意的思惟・h06837)が頷いてみせる。
「そうそう。大人はいつだって飲める理由を探してるものなのさ」
「我が水に触れると冷ましてしまいそうというのもあるが、これも立派な理由なのだろうな」
|神花・天藍《かんばな てんらん》(白魔・h07001)も概ね同意見だ。
大人組の反応に、イサは一つの学びを得る。
「ララ、ナイトプールってのは酒盛りプールだったんだ。俺達には少しはやかったのかもしれないな……」
確かに酒は定番の一つである。それだけではないが、酒に興じる姿を見続ければ、そういうものだと感じても不思議ではない。
「そうなの? ララにはまだ分からないわ」
ララは未だ納得できずにいる。プールで泳ぐのだって楽しいではないか。
彼女の反応に、アドニスは空になったワイングラスを揺らした。
「お子様の聖女にはわからないだろうね。咲或の言う通り、ナイトプールなんて懇ろ飲む場所だろう?」
「ララちゃんとイサくんも大人になったらきっと分かるよ」
眠る猫を腕からそっと下ろしながらシアンが微笑む。視界が一瞬歪んだ気がするが、きっと気のせいだ。
大人組を夢中にさせる酒について、ララは想像を巡らせる。
「やはりそんなにも美味しいのかしら……香りを嗅ぐだけでも……」
ララの興味は尽きない。子供の好奇心は時に危険を招くものだ。アドニスがイサに声をかける。
「イサ、しっかりと見張っておくように」
「ララのことは任せな」
意図に気付いたララが、不満げに眉を寄せた。
「イサはララでなく教皇を見張るべきよ」
「は!? 嫌だよ、俺はララの護衛なの!」
イサは全力で拒否する。
教皇もガウンの奥に魔性の獣を飼っているが、それはそれとして。
ナイトプールが平穏を取り戻すには、まだ時間が掛かりそうだ。
「お酒―! ぜーんぶ飲んじゃうぞーっ!!」
鹿兎が酒を飲み暴れている。
騒々しい彼女に、アドニスは呆れが滲んだ瞳を向けた。
「――先客かな? とんだ酔っぱらいもいたものだ」
場の雰囲気をぶち壊す鹿兎に、ララもきゅっと眉を寄せる。
「む……酔っぱらいよ!」
「うわ、今度は飲んだくれが来たよ」
イサも鹿兎の暴挙に引き気味だ。
鹿兎の行動には見境がない。咲或は彼女の非常識な行動を観察する。
「猫を泥酔させたあとにヒト型の酔っ払いとはねぇ。しかも結構出来上がってない? アレ」
酒は呑んでも呑まれるなというが、完全に呑まれていた。
「俺も……うん、だいぶふわふわしてきたけど、あの子よりはマシだよねぇ」
そう話すシアンも相当酔っているが、上には上がいるということか。
あまりの酒乱っぷりに天藍は溜息を吐きつつ、猫を眠らせていた雪兎を引っ込めた。
「気持ちよく酔うことは大切なことだと思うが……あれは酔い過ぎだな」
酒狂いを追い出すため六人は行動に移る。天藍が鹿兎へと語りかけ、彼女の気を酒からこちらに引いた。
「酒でしか解消できぬ心の憂いなどもあるであろうからな。だがな、酒を飲むこと自体は否定はせぬが、他人に迷惑をかけるようでは一人前の酒飲みとは言えぬのではないか? 否、酔っ払い以前に迷惑をかけているようだから、それ以前の問題か」
「はにゃ? むずかしいこと言われてもわかんないよー」
「……酩酊し過ぎて、我の言っていることを理解できぬようだ」
手遅れ感がすごい。天藍の古風な口調に、鹿兎は文句を言い始める。
「孫に説教するおじいちゃんみたいな話し方やめて!」
「やめろと言われてもな……」
はぁ、と溜息。元からこの口調なのだからやめようがない。
喧嘩する気満々の彼女に、咲或がぽつりと呟く。
「俺らの飲む酒が別途用意されてるなら、バーの酒瓶全部叩き割ってもいいんだけど……」
耳聡く聞き付け、バーテンダーが即反応した。
「どうかご勘弁を……! 営業できなくなります……!」
「まぁそうだよねぇ。酒が飲めなくなるのは嫌だし、いい感じに調整するよ」
咲或は|霊震《サイコクエイク》を展開する。霊能震動波を放ち、鹿兎に震度7の震動をぶつけた。
「わ、揺れてるー。飲み過ぎたかなぁ?」
自分で揺れてると思い込んでいる様子に、咲或は苦笑した。
彼女が震動に気を取られている隙に、こっそりと|幽蘭《影業》を伸ばす。影はテーブルに置かれた酒瓶を掴み、鹿兎の傍から遠ざけた。
「はい没収~。飲む酒がなければ多少は大人しくしてられるでしょ」
「! お酒がー! ここのお酒はぜんぶあたしのなのに!」
いやそれお前のじゃないしと言っても、この酔っ払いはきっと聞かない。馬の耳に念仏とはまさにこの事だ。
鹿兎が怒りに身を任せ、酔っぱらいの群れを召喚する。
群れに混ざって暴れる鹿兎に、天藍が淡々と銀嶺を向かわせた。
「銀嶺、皆の援護をせよ」
「ワンッ!」
冷気を纏い銀嶺は駆け、酔っ払いに体当たり。酒代をせびらぬよう妨害する。
「すまぬな、我は猫よりも犬……更に言えば鳥派だ。お前はそのどれでもないから関係ないか」
更には|揺蕩う雪《マドイユキ》で凍てつく粉雪を舞わせ、空気を急速に冷却していった。
「うぅっ、さむ……!」
鹿兎はぷるぷると震え上がる。
「寒いだろうが、頭は冷えるだろう」
冬の中では回し蹴りの冴えも鈍る。天藍の援護に乗じ、シアンも√能力を展開した。
「お酒は一人で無暗に飲むより、皆で飲む方が美味しいんだけどねぇ」
|羽根ペン《罪悪の標》で描くのは、へべれけの鼻唄を写した五線譜だ。いつもと感覚が違う中、望むままに筆を走らせる。
「視界がブレて、線がまっすぐ描けない……」
酔いが回り、線も少しふにゃふにゃだ。
ふにゃふにゃの五線譜は立体化し、弛んだ縄のように宙を飛んだ。
「捕まらないよぉーだ!」
鹿兎は縄から逃げようとする――が、その脚は影に縫い留められる。咲或の幽蘭だ。
「だ~め。逃がしてあげない」
動けない鹿兎の体に五線譜が絡み付き、彼女をぐるぐる巻きにした。
「縛り付けておいたから、アドニスもララもイサも頑張って~」
「ララちゃんのちょっといいとこ見てみたい~」
咲或とシアンの|応援《コール》に、アドニスはガウンの裾を靡かせながら前に出る。
「全て飲まれてしまっては困る、壊されても迷惑だし絡まれても面倒だ。さっさと警備員に引き渡してしまおう」
|Mi Ha'ash《ソウゾウノミズ》から生み出される幻惑は、精神を侵す白銀の魔蝶。
「──Errare humanum est」
過つは人の常。鹿兎は既に酔っているから意味が無いかもしれない。記憶も飛んでいる可能性だってある。
酒は認知力を鈍らせる。過ちを犯しやすい環境にいる彼女が視る夢は――。
「わぁ、ちょうちょ、きれいー」
「一応、幻惑も効いている……のかな? 酒の幻覚と区別がつかないけど……」
まぁどちらでもよいか。銀蝶から弾丸を放てば白銀の蝶が舞う。
「痛みで酔いを醒まそうか」
驟雨の如き銃撃が酩酊する鹿兎を撃ち抜いた。
「わわっ……」
プールに落ちかけるも踏み止まる鹿兎。やはり簒奪者はタフだ。
とはいえ確実に消耗している。追い討ちをかけるべく、イサとララが動き出した。
「暴れられても面倒だ。プールも台無しになっちまうしな。さっさと追い出すぞ!」
「あのままプールに入ったら溺れるわね。その前にすくってあげる」
迫る二人に鹿兎は叫ぶ。
「ぴっかぴかの倍々モードで一発逆転するぞーっ!」
影と五線譜の拘束を無理やり引きちぎった。スニーカーを光らせる敵に、ララは|影踏み《カゲボウシ》を展開。
「ララのご機嫌プールタイムを邪魔しないで頂戴」
七色の靴を窕のナイフで受け止めた。金翅鳥の煌めきが衝撃をいなし、銀災の羽搏きが神聖宿す閃きで刺し貫く。
「酔い醒ましよ。迦楼羅焔で焼却して、アルコールを飛ばしてあげるわ」
光の桜吹雪が鹿兎を包み込んだ。浄化の光焔がその身を焼き、生命を喰らってゆく。
鹿兎がララへの反撃を試みるも、間に割り込んだイサに阻止された。
「お前の相手は俺だ!」
イサは蛇腹剣を振るう。|深淵へと導く冥海司る漆黒《dea.THETIS-ABYSS》に薙ぎ払われ、鹿兎は標的をイサに変えた。
「お子様たちはあっち行っててー!」
繰り出される蹴りを、イサはエネルギーバリアで受け止める。
「白薔薇よ、泡沫に咲き誇れ!」
純白に煌めく白薔薇に護られながら、|鳴海ノ蝕《アビスバレット》を射出した。溟海属性の弾丸が鹿兎の頭に直撃する。
「大人しくしてろ、酔っぱらい!」
海鳴りの侵蝕が染み渡る。度重なる被弾に消耗した鹿兎は、白目を剥いてひっくり返った。
「グエッ……」
すっかり動かなくなった彼女に、アドニスはやれやれと息をつく。
「やっと静かになったな」
プールに平和が戻り、咲或も体を解すように伸びをした。
「ふぅ、終わりっと。勝利の一杯飲みに行こ~」
大人組のあとを追い、ララがトコトコと歩く。
「むふふ。ララも……大人に混じってモクテルとやらを飲みたいのよ。フロートで優雅に決めるのよ」
「ノンアルのモクテルならまぁ。フロートの上でってのもいいかも……」
折角だから俺も飲もうかなとイサは考える。カクテルじゃなくても、美味い飲み物は沢山あるのだ。
「ふふ、では飲み直しといこうか。……シアンはもう酔っぱらいだが」
アドニスは酔いなど感じさせない表情で、すっかり出来上がったシアンを見やった。
「そんなことないよ~」
シアンはふわふわと返した。
咲或はシアンの足元を見て、その酔いっぷりを再確認する。
「どう見ても千鳥足じゃないの」
「ああ、かなり酔っているな……」
天藍も足元が覚束ないシアンを心配そうに見つめる。一方で、アドニスは酒を選び始めていた。
「さて、次はどれにしようかな。せっかく水着を着てるからフロートの上で飲むのもいい」
「いや、教皇はガウンを脱ぐな! 大人しくプールサイドにいてくれ!」
イサは必死だ。せっかく取り戻した平穏が、教皇の破廉恥な水着の再公開で水泡に帰してしまう。
警備員に引き渡されるフラグが立ってしまうのか? しかしながら、今は逮捕フラグより次の酒だ。咲或はカウンターに並べられた酒を上機嫌に眺める。
「フロートで飲むなら何がいいかな? オススメカクテルでも頼んでみよ~」
「いいねぇ、俺もフロートでぷかぷかしながら飲もうかな」
ふらふらしながら、まだ飲む気でいるシアン。そんな彼をじっと見上げて、ララがきっぱりと告げた。
「シアンはプールサイドにいることね。顔がお酒で真っ赤なのよ」
「ふふ……まだまだ飲めるったら飲めるよ」
「はいはい、シアンは子供組と一緒にモクテルにしとこうね~。あの酔っ払いみたいになるよ」
流石に咲或も止めに入る。皆に止められて、シアンはへにゃりと眉を下げた。
「本当に飲めるのに~」
バーテンダーも空気を読んでシアンに酒を出さなかった。天藍がファジーネーブル片手にシアンを引き留める。
「お前は我とぷーるさいどで留守番だ。その状態でぷーるに入れば、転覆事故を起こすだろう」
「そんなぁ……ねぇ、そのお酒。一口だけくれない? ほんと、一口だけでいいから」
「駄目だ。水でも飲むがよい」
天藍は水のグラスをシアンに手渡した。
モクテルですらない。しょんぼりしながら、水を喉に流し込むシアンなのであった。
●ゆかいなおはなし
猫たちが眠ったというのに、鹿兎は騒々しく暴れ回る。
「ねこさんおやすみしてるのに、どしてさわぐのですか……?」
ココ・ロロ(よだまり・h09066)は鹿兎の暴挙に首を傾げた。
人差し指を口元に立て、|祈紡・フィユ《☾⋆。˚✩ きぼう⋆ふぃゆ ✩˚。⋆☽》(夢境・h12707)も注意する。
「しーっ、なのですよ。ねこさまが起きちゃうのです!」
「猫さん……マオマオさんたちはお休み中なのです。騒ぎ立ててしまうのはいけません……! お店へのご迷惑もだめ、なのですよ」
|ラデュレ・ディア《███████・███・█████》(迷走Fable・h07529)も鹿兎に呼びかけた。
鹿兎は振り返り、眠る猫たちに目を向ける。
「そっちにもマオマオちゃんが!」
「マオマオさまたちなら大丈夫なのですよ! 桃花さまとの、真のマオを懸けた熱い戦いを終えていっぱい遊んで、今はすやすやなのです」
フィユの膝の上で猫が気持ちよさそうに寝ていた。
真のマオを懸けた戦いに勝利し、|猫・桃花《╰ᘏᗢ✿まお・たおふぁ︎︎︎︎︎︎✿ᗢᘏᓗ》(梦想厨师・h13139)は誇らしげだ。
「私も眠たくなるくらいの熱い戦いだったのですっ!」
鹿兎を安心させるための言葉だったが、鹿兎の反応は予想外に軽い。
「ふーん。別にいいよー、楽しそうだし!」
「……って、楽しそうだからいいのですか!? 飼い主さま、自由すぎるのですよ!」
フィユもびっくりだ。鹿兎は簒奪者だが、悪意や敵意は薄いのかもしれない。
バーの酒を勝手に飲み始める鹿兎に、フィユがハッとする。
「あっ、お酒を勝手に持っていってはだめなのです!」
非常識なのはいけない。ココもふんわり優しく鹿兎に伝える。
「おさけ~? ぜんぶのんだらみんなのないなってしまうのです。かってにもってくのもだめ~なのですよ」
「お酒おいしー!」
「ぜんぶないないはおこられて……きいてないです?」
鹿兎は酒に夢中で聞いていない。あまりの奔放っぷりに、ラデュレが目を丸くする。
「ほ、本当にご自由な方なのですね……とても羨ましくなってしまうほどですが、何事も限度があるのですよ……!」
このままではバーの酒がすべて飲まれてしまう。桃花は眠る猫たちを撫でながら、きゅっと表情を引き締めた。
「良い子に眠ってくれてますしこのままゆっくりと寝かせてあげたいところなのですが、自由過ぎる飼い主さんにはメッしないとですねっ!」
「はい! ワルワルさんはメッてしないとですね」
ココも頷く。フィユも膝の猫を柔らかい砂浜にそっと下ろし、すっくと立ち上がった。
「ねこさまたちはちゃんといい子にできたのに、今度は飼い主さまを止めないとなのですね」
「こういう時は蹴り飛ばして分からせるのが……」
桃花はトントンとつま先で床を叩いた。
蹴り技の準備はバッチリ……と思ったところで、ラデュレが意図せずに止める。
「マオマオさんたちは桃花さまにお願いいたしましょう。可愛らしい安眠をお守りくださいませ……!」
他意はない。ただ桃花が適任だと思っただけなのだ。桃花は足を引っ込めた。
「で、ではマオマオたちの安眠は私が守ってるのでみなさんファイトなのですよ~っ! マナーの悪いお客さん対応はおまかせなのですっ!」
ココは応えるように尻尾を振って、森の友達を召喚する。
「は~い、ワルワルさんはまかせてください。みんなもいちどきてくださいな~。いっしょにメッてしましょう~」
動物たちが一気に鹿兎へと攻め寄せた。彼らの賑わいに、ラデュレも√能力を重ねる。
「では、わたくしは物語を披露いたしましょう。わたくしたちと、マオマオさんたちのお話です」
先ほど手に入れたばかりの|物語《せかい》を、|無垢なる蒐集《フェアリーテイル》によって顕現させた。
「煌めく花園で沢山の動物たちに囲まれて、楽しい追いかけっこの始まりです」
紡がれる御伽噺に導かれ、幻影の雪にゃんこがぴょんぴょんと駆け回る。
『みゃん!』
『にゃ~ん!』
その光景に、ココがぱちぱちと瞳を瞬かせた。
「……? マオマオさんここにまだ……はっ、ラーレさんのものがたり……!」
心躍る世界に桃花も瞳を輝かせる。
「ラーレさんの物語素敵なのですっ! 私の猫饅頭も物語に混ぜてほしいのですよっ!」
猫饅頭たちも追いかけっこに参戦した。|猫宴会《ニャンニャンカーニバル》の開催だ。愉快なカーニバルを眺めながらラデュレが微笑む。
「ふふ、猫饅頭さんも加わって、楽しさと可愛らしさが増しましたね」
一方で、鹿兎も展開される世界に驚いていた。
「わーっ、なにこれ? 飲み過ぎて幻見ちゃってるー? でも楽しそうー!」
スニーカーを七色に光らせながら物語に飛び込んだ。飛んで火に入る夏の酒カスだ。
「フィユさま、今なのです……!」
ラデュレが呼びかけると同時、フィユは|祈夢星譚【星雨流光】《レーヴ・デトワール》を発動した。
「おしおきびゅんびゅんお星さまなのです!」
ねこさまたちは安全圏。鹿兎に狙いをしっかりと定め、七彩に輝くあまたの流れ星を降らせる。
ぽこん! ぽこん! と無数の星々が鹿兎の頭上に浴びせられた。
「いたっ、いたっ! やったなーっ、それなら、酔っぱらい召喚!」
煌めく花園に酒代をせびる酔っぱらいが集結する。絵面の情報量が凄まじい。
「おいたをするのはメッなのです!」
そんな酔っぱらいの頭にも、流れ星は容赦なく降り注いだ。星に打たれた酔っ払いが昏倒する。
「フィユさんの流れ星も綺麗な演出のようで……あ、直撃したのです。痛そうなのです!」
桃花は眩い流星群を見上げた。ココも瞳いっぱいに煌めく星々を堪能する。
「わあ、きれいなながれぼし~。フィユさんですね。きらきらのほうせきみたいです……!」
綺麗な景色を眺めていると、つい手元がお留守になってしまう。
「……はっ、みてないでココたちもがんばらなきゃ……!」
ココは鹿兎目がけて走り、ぺしっ! と鹿兎の頬を叩いた。酔い覚めもふもふパンチである。森の友達も、噛み付いたり引っ掻いたりと大忙しだ。
「ココさんとお友達も一緒でまるで演劇を見てるようですねっ♪」
可愛らしい鹿狩り、いや兎狩りか。とにかく賑やかな光景に、桃花はニッコリと笑みを浮かべた。
鹿兎も反撃はするが、圧倒的な物量に押されているようだ。
「酒を飲みにきただけなのになー。あ、これ美味しそう。食べていい?」
食べていいか聞きながら、すでに猫饅頭を頬張っている。桃花は思わず声を上げた。
「あ~! 飼い主さんも締めにって猫饅頭食べないでください~!」
「もぐもぐ、うま~」
その隙をフィユは見逃さない。
「猫饅頭に夢中になってる隙に……えいっ、なのです!」
ドゴォ!
流れ星が鹿兎の頭に直撃する。
「ぐふぇっ!? ごほ、ゴホ……!」
強い衝撃に襲われ、鹿兎は猫饅頭をろくに噛まないまま呑み込んでしまった。
「わぁ、くるしそう……」
咽る彼女にココが思わず呟く。桃花は思わぬ攻撃命中にガッツポーズを決めた。
「衝撃で猫饅頭が喉に詰まったみたいですっ! 思わぬところで大ダメージですね!」
「さ、酒で飲み流さないと……」
新たな酒を探そうとする鹿兎に、ラデュレが水を勧める。
「水にしませんか? お酒の一気飲みは危険ですよ」
「そうなのです! お酒もほどほどに、なのですよ!」
フィユの流れ星が再び鹿兎の脳天に直撃した。ふらつく鹿兎に、ラデュレは穏やかに言い残す。
「お酒は限度を守って、ですよ。マオマオさんたちがお目覚めになった時には、たくさん遊んで差し上げてくださいませ」
「きゅー……」
肯定とも否定とも取れない呻きを残し、鹿兎はその場に倒れ伏す。プールはすっかり静かになった。
「それにしても猫饅頭、とてもおいしそうだったのです。フィユも気になります」
すっかり気分を切り替えて、フィユは動く猫饅頭を観察する。
「ねこまんじゅうはあとでたおふぁ︎︎︎︎︎︎さんにもらいましょうね。ココもたべたい……」
ココも、もちもちの饅頭を想像してじゅるり。ラデュレはくすりと笑みをこぼす。
「ふふ、ココさまに同じくなのです……!」
「もちろん大歓迎なのですよっ! みんなで食べましょう!」
桃花が笑顔で答えた。猫饅頭なら、お茶か珈琲ベースのモクテルが合うだろうか?
●拳と光を連ねて
バーでの騒ぎを聞きつけて、二人は現場に駆け付ける。
シンシア・ウォーカー(放浪淑女・h01919)は酒を煽る鹿兎を見て、その大胆さに思わず息を呑んだ。
「わあ、あれが例の……正直酒瓶直でいきたくなる気持ちは、酒飲みとして何ミリかは理解できるのですが!」
願望と実際にやれるかどうかは、別々に考えるべきという事も理解している。
勝手気ままな鹿兎に、|愛神・永愛《あいがみ・とあ》(愛を求め彷徨う乙女・h00221)は、分別がない子供を見ているような気分だ。
「お酒好きとして少し分かりますけれど……お店のお酒を勝手に持っていくのは、めっ、ですよ?」
「お酒おいしー! どんどんいくぞぉー」
鹿兎は人の話を聞かない。何を言われても構わずに酒を飲み続ける。
永愛は鹿兎の乱暴な飲み方を心配に思う。
「お酒にすっかり夢中になっていますね。確かにここのお酒はとても美味しいですけれど……」
味わっているのか疑問に思うほどペースが速い。急性アルコール中毒になったりしないのだろうか。
「ともあれお店に迷惑をかけるのはいただけません、ただでさえ酔っ払いは肩身が狭いというのに。ということでここはきっちりご退場願いましょう。ねっ、永愛さん!」
シンシアの言葉に永愛は頷いてみせた。
「酒飲み全体の印象が悪くなってしまう前に、お帰りいただきましょう」
二人は戦闘態勢に入る。
シンシアは鋼鉄の手袋をしっかり嵌めて、迷わず前に踏み出した。
「私が前に出ます。気を引いて敵の隙を作りますね」
「頼りにしていますね」
永愛が微笑みを浮かべる。永愛の眼差しに込められているのは確かな信頼だ。
ヴァン――WZ-|wahnsinnige Liebe《ヴァーンズィニゲ・リーベ》に乗り込む永愛にシンシアは笑みを返し、鹿兎へと距離を詰めた。
「迷惑な飲酒タイムは終了です!」
「えー? まだ飲み足りないよー!」
鹿兎が狙いすました回し蹴りを放つ。
シンシアは蹴りの軌道を見極め、両腕で受け止めた。
「欲張りさんですね! ここのお酒はあなただけの物ではありません!」
鹿兎が強引に足を引っ込める。次撃を繰り出すつもりに違いない。
(私が防戦いっぽうになっても永愛さんが決めてくれると信じていますからね、問題ないですっ!)
永愛が信じるように、シンシアも永愛を信じている。
鹿兎が力任せの後ろ回し蹴りを放った。
シンシアはルートブレイカーを発動し、鹿兎の脚めがけて右ストレートを打ち込む。√能力が無効化され、蹴りの勢いが極端に弱まった。
「うー、手応えがない……」
鹿兎の勢いがなくなる瞬間を、シンシアは見逃さない。
「今です! 永愛さん、お願いします!」
シンシアの声に永愛は即応する。
「はい、お任せください!」
|Brüllen der Liebe《ブリュレン・デア・リーベ》を発動し、ヴァンを真紅に輝くリミッター全開放の超高機動モードに移行。
「パイロット承認コード! デルタ00-221! ナブラ0909! 全機構解放、全推力点火、全火力追従! ヴァン、超高機動モードへ!!」
4倍に増加した移動速度を以て、鹿兎の死角へと踏み込んだ。鹿兎が気付くよりも速く、ビームソードの連撃を叩き込む。WZ-|Kernklinge《ケルンクリンゲ》から繰り出される高火力の斬撃が、鹿兎を容赦なく刻んだ。
「いったぁーい!」
「ふふっ、これ以上のおイタは許しませんよ」
喚く鹿兎に永愛は笑みを深める。お酒はマナーを守って楽しむものだ。他人に迷惑を掛けてまで飲むものではない。
「もーっ! お酒飲んでる暇がなーい!」
量産型WZのフィールが包囲する中で、鹿兎は傷付きながらも暴れ回る。
反撃をいなしながら、シンシアは拳を固く握り直した。
「お酒への執念が凄まじいですね。その心ごと打ち砕きます!」
右拳と回し蹴りが交差する。激しい戦闘の中で、永愛のビームソードが幾度も閃光を走らせた。
「楽しいお酒は、また今度にしましょうね💗」
永愛とシンシアは二人で息を合わせ、鹿兎を着実に追い詰めていくのであった。
●夏雷の如く
鹿兎の身勝手な振る舞いに、|嵯峨谷・理緒《さがや・りお》(享楽のストリート・ニンジャ・h13442)は小さな溜息をついた。
「ほんと好き勝手やってくれちゃって。楽しさを追求したいのはわかるけどさぁ」
歩み寄って、気さくに声をかける。
「ハロー、鹿兎ちゃん」
「んー? なぁに? キミもお酒飲みたいの?」
「違うよ。ってかまだ未成年だから無理だし」
理緒は首を横に振った。首を傾げる鹿兎に理緒は言葉を続ける。
「あのねぇ、ワタシもどっちかって言ったら鹿兎ちゃんのように自分優先で刹那の享楽に生きてるヒトなんだけどさぁ、それでも人様の迷惑にはあまりならないようにはしてるの。自分の行動で楽しい場所が無くなったり出禁になったりするのは勘弁願いたいからね」
雷神刀『建御雷』を抜いた。刃に宿る雷の気配は、解放を今かと待ち侘びている。
「鹿兎ちゃんはちょーっとやりすぎだから、この楽しい場所を守るためにご退場、してもらうよ?」
「……ふーん、キミも邪魔するんだねぇ!」
鹿兎が理緒に迫った。理緒は刀で蹴りを受け流しながら、下準備しておいた場所に鹿兎を誘い込む。
(よし、ちゃんとついてきてるね)
こうなることを見込んで、依頼を受けた直後から|雷縛法陣《ライバクジン》を仕込んでおいたのだ。
法陣内の敵を感電させる特大の魔法陣トラップだが、理緒の号令がないと発動しない。客も鹿兎を避けているから、安全に発動できるはずだ。ちなみに店からの許可も取得済。配慮もバッチリである。
「邪魔者はみぃんなぐるぐるキィーック!」
鹿兎が陣の内側に突っ込んでくる。今がチャンスと、理緒は|雷縛法陣大作戦《ライバクジンダイサクセン》を発動した。
「動いて! 雷縛法陣!」
掛け声と同時、激しい雷撃が鹿兎を襲う。
「あびゃびゃびゃびゃー!?」
ビリビリと感電する鹿兎。
堪らず動きを止めた彼女に狙いを定め、理緒は|雷素最大稼働《エレクトロニウム・フルドライブ》を起動する。
「雷素、最大稼働でいっちゃうよ!」
建御雷に幾筋もの雷撃が迸った。理緒自身も紫電を纏い、稲妻の如く鹿兎へと肉薄する。雷光の軌跡が空気を焦がし、鋭い斬撃が鹿兎を切り刻んだ。幾度も連なる攻撃が、生命を完膚なきまでに削り取る。
「ぐぇ……も、もうだめー……」
滅多切りにされた鹿兎はついに力尽きた。砂浜に転がる彼女を見下ろして、理緒はふぅっと大きな息を吐く。
「恨むなら、自分のやりすぎた行動を恨むコトだよ」
理緒の声が届いているかはわからない。
(……まあ、この手の連中は大抵反省しないんだけれどね)
仮に届いたとしても、鹿兎の心には響かないだろう。簒奪者とはそういうものだ。何なら鹿兎以上に話が通じない連中もごまんといる事を、理緒は身をもって理解していた。
彼女は顔を上げて、ちょうど集まってきた警備員に声をかける。
「警備員さん、あとはお願いね。さぁて、ワタシはモクテルでも飲み直そうかな?」
幸い営業が困難になるような被害は出ていない。理緒はバーに向かい、新たなモクテルを注文するのであった。