⑰さよならの代わりに
●悪たるは
「行き交う人々が、俺の剣に反応を示さない……」
男は足を止める。訝しむ心より先に警戒が立った。吐きだした息は、だがすぐに低く唸るような声に変わり——一点を見据えた。
「忘れようとする力? いや、お前が記憶を『奪って』いるのか」
「やめなさい、簒奪者よ。
貴方は心の中で『誰も殺したくない』と思っている」
男は言う。ひどく静かな声で——だが、そこには確かに外星体『サイコブレイド』を気遣う色があった。
「それが例えAnkerの為だとしても、いずれは貴方が壊れてしまう」
「……初対面だが、俺はお前を知っている。
ギルベルト・キルシュバウム。俺が永劫の時をかけて探し続けた存在に『Anker』という名を付けてくれた……つまりは俺の生涯の恩人だ。
だが、その願いは聞き入れられない。
俺は赦されざる悪。この街の人間を皆殺しにする……!」
●さよならの代わりに
「ゾディアック継承戦争も終盤となりましたな。かの御仁が、西鉄福岡駅に現れることとなりました」
そう告げたのは、鷲の翼を持つ騎士であった。ファッケル・ウラーガン(影追い・h07527)は√能力者たちに一度視線を向けると笑みを浮かべた。
「外星体『サイコブレイド』の名を知る方も多いでしょうな。自らのAnkerを人質に取られたあの御仁は、何者かの命令に従って大量虐殺を引き起こそうとしています」
現場は西鉄福岡駅。混雑する時間帯に姿を見せたのは大量虐殺を狙ってのことだろう。
故に、とファッケルは告げた。
「皆々様には、この虐殺を止めていただきたく。
巻き込まれた人々を守り、サイコブレイドの虐殺を止める。実に難儀ではありますが、ひとり、この戦況に介入された者もおりましてな」
その存在こそ、謎の√能力者だ。
「ギルベルト・キルシュバウム。√能力者の欠落を埋めるもの、Ankerというものを発見した存在が、この戦いに姿を見せておりましてな。
こちらの味方として共闘してくれると」
ギルベルト・キルシュバウムはこちらの指示したタイミングで、彼の持つ特殊な力を使ってくれるようだ。
「その力というものが「敵や味方の短期記憶を奪う√能力」でしてな。指示通りに使用してくださるようなので、上手く指示を出していただければ。なに、ギルベルト殿も、強者故、皆々様の速度について来られましょう」
後は皆々様の動き次第ともなりましょう。とファッケルは告げた。乃ち、こちらの戦い方、動き方次第になる、ということだ。
「虐殺を防ぎ、人々を守り、サイコブレイドを止める。
生半可な覚悟では、かの御仁を止められはしないでしょうな。大切なものを人質に取られ、強制された行いに対して、自らを赦されざる悪言う御仁は」
ならば、こちらも全力で止めるしか無い。
殺し屋としてあるサイコブレイドが、邪悪であろうとする迷いを持ちながらも、大切なものの為に戦い、虐殺を行おうとするのであれば。
「戦いを以て悪たるを告げる御仁に応え、止め、示すほかに答える術もありますまい」
今は、眼前の虐殺を防ぐために。
「では、参りますかな。
貴殿らも、良き戦いを。矜持を果たせるよう」
そう言って、ファッケルは一礼をみせた。
第1章 ボス戦 『外星体『サイコブレイド』』
●道が拓く
西鉄福岡駅は、人で溢れていた。混雑する時間帯だ。相変わらずのこととはいえ、青年は息を吐いた。
「混んでんだよなぁ……」
バイトに慣れてくると、出勤時間の混み具合にも目が行くようになる。駅を利用する人々が粛々と移動していくのは、移動モードに頭が切りかわっているからだろうか。それとも、これが最も効率が良い方法と辿りつくんだろうか。
「バイトくらいで何言ってんだってことだろーけど」
独り言も多くなる。ため息を噛み殺して、青年はヘッドフォンに手をかけた。新しいのが欲しいし、ライブだってある。流石に稼いでおきたいからバイトだって日数を増やしたのだ。
「はー、だから。移動だ。さっさと電車に乗って——……」
バイトだ、と何度目か知らないその言葉を呟きかけた先で、青年は足を止めた。
「……」
奇妙なひとが立っている気がする。いや、違う気もする。首を傾げ、息を吐いた先、それより先に急ぐべきだという思いが頭に過る。
「——行く、か?」
「……」
歩きだす青年を、男は——外星体『サイコブレイド』は見送った。担いだままの剣を強く握る。立ちはだかるようにこつり、と足を下ろしたギルベルト・キルシュバウムを見据えると、息を吐くようにして告げた。
「俺が行うのは虐殺だ。それは、誰が介入しようが変わらない」
●だから、この手で届けて
雑踏の中、肩に担ぐように持った剣を男がゆっくりと前に向けた。駅を行き交う人々へと一歩、踏みだそうとした外星体『サイコブレイド』へと少女は声を投げた。
「サイコブレイドさん」
「……」
男は、僅かに瞳を細めることも無かった。ただ冷えた瞳が――その奥に確かな覚悟を抱えて、こちらを向く。
「お前達まで来たか、能力者」
低く、告げられた言葉に確かな殺意があった。敵意よりも強く感じるそれが、暗殺に慣れたひとから感じるものとはどうしても違う気がして少女は――エアリィ・ウィンディア(精霊の娘・h00277)は、真っ直ぐにサイコブレイドを見た。
「どうしても止まらない? どうやったら止まるの?」
「……」
声は返らない。代わりに、振り抜かれた刃がゆっくりと持ちあげられていく。鋒は鈍く光り、そこに力が集められていくのがエアリィには分かった。
「止まれないとしても……あたしは、あなたを止めるだけ」
「無駄だ。俺はこの場の全て人間を――……」
サイコブレイドが紡ぐ言葉を奪うようにエアリィは、精霊剣と精霊銃を持ちあげた。精霊の力を宿した銀の剣がきらり、と光り――煌めきが少女の瞳に宿る。
「血にまみれた手を少しでも汚させないためにも!」
「この手は既に」
自らを虐殺者とせんとする男は息を吐く。刃に手を添えれば、ブゥン、と唸るような音と共にサイコブレイドに力が集まっていく。
「血を掴んだ」
「そうだと、しても……!」
それは一欠片の救いであっても己には許さないと決めた男の拒絶であった。それでも、とエアリィは地を蹴って――前に、出る。
「行こう」
詠唱を唇に乗せる。精霊達と戯れるように、共に歩むように。二歩目、たん、と強く地面を蹴って、精霊銃の引き鉄を引いた。
「……」
キィン、と力が詠う。
続けざまに放たれた銃弾がサイコブレイドの肩を穿ち、だが、男は視線ひとつ向けただけで動かない。60秒間のチャージ。集まっていくエネルギーは、この世界のものじゃない力の気配がする。
(「だから……!」)
最後の一歩は、大きく入れた。銀の剣を掲げてサイコブレイドの間合いを踏む。
「これで!」
「――甘い」
ザン、と斬り下ろす一撃が、受けとめられる。力を溜めてく刃が受けとめ、火花が散った。弾き上げるように、だん、とサイコブレイドが蹴りを叩き込む。
「――ッぁ、それ、でも……!」
吹き飛ばされそうになった体を、少女は支える。地面を強く踏んで、血濡れの手で駅の床を掴んで、柱を蹴って――前に、出る。
「あぁ、そうか。止めるだったか。その為に、俺の間合いを踏むのなら……先に、終わらせるだけだ」
サイコブレイドの持つ刃が鈍く光る。凪ぐように構えられた刃が外宇宙の閃光を帯びた。
「ギャラクティックバースト」
「ギルベルトさん!」
少女は叫ぶ。白衣を揺らし立つ男が穏やかな顔で頷き、軽くその手を掲げた。
「――あぁ」
瞬間、サイコブレイドの動きが止まる。何が起きたか、何が起きようとしているか分からないまま、構えた剣と戦場を見据えた男が息を飲む。
「まさか、お前は――」
「虐殺はさせないっ!」
言って、エアリィは再び前に出る。迎え撃つようにサイコブレイドが刃を向けた。ザン、と薙ぎ払う一撃に、だが構わず少女は前に出て――精霊剣と精霊銃を上に放り投げた。
「な……」
「これがあたしの奥の手っ!」
だん、と体当たりするように、エアリィはサイコブレイドに抱き付いた。呆気に取られたように男は声を上げる。振り下ろそうとしていた刃に一拍、迷いが出た。
「全力魔法の六芒星精霊収束砲・零式」
その瞬間、抱き付いたエアリィはサイコブレイドを仰ぎ見た。緑の瞳は真っ直ぐに相手を見据え、止める為に精霊達の力を繋ぎ合わせ――放つ。
「あたしの限界突破の一撃だーっ! 」
青く輝きし魔方陣は少女の足元から光を溢れさせ、魔力砲撃がサイコブレイドを包み込んだ。
「ッグ、ァアアアァ――ッ」
ぐらり、とサイコブレイドが身を揺らす。傾ぐ男と、支えるように手を伸ばした少女の姿を見ながら、ギルベルトは静かに瞳を伏せた。
EDENが実在した事実を感謝するように。
●その覚悟に、返すように
キィン、と高く響く音と共に青白い光が柱のように立った。ぐらり、と身を揺らした男――外星体『サイコブレイド』が立ち上がる。
「……止まりはしない。俺は」
男の身は、血に濡れていた。焼けついた肌を晒し、それでも剣を担ぎ直したサイコブレイドの瞳が妖しく光る。
「虐殺するだけだ」
「……」
そこに感じたのは、確かな殺意と――それと、覚悟だった。
(「誰も殺したくないと思っていながら、Ankerのためなら殺戮もやり遂げる」)
張り詰めた空気を感じながら、クラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)は視線を上げた。
(「そんな覚悟を持った相手を止めるのなら、こちらも相応の覚悟を持って臨まなければいけない」)
守りたかった人が、守りたいひとがいる世界をクラウスもまた知っている。
「貴方の力、借りるよ」
瞼の裏に貴方の姿を描いて、そっと胸に手を添える。ふわり、と黒い風が揺れた。遠く呼ぶ声を聞いた気がして、ふ、と小さくクラウスは笑う。
「……うん」
髪を結う紐がふわり、と解け、揺らめく黒が影に落ちる。一拍の後、漆黒の翼が広がり――靡く髪と共に角が生まれる。それは影竜と融合した姿、とん、と一歩、踏みだすと共にクラウスはその手を下ろした。
「影、か」
「えぇ」
尾を引くように衣が揺れ、生まれた影が波打ち魔力が揺れる。手の中、一振りの漆黒の刃を錬成するとクラウスは真っ直ぐにサイコブレイドを見据え――床を、蹴った。
「俺の覚悟だよ」
「……」
一足、広げた翼と共にクラウスは身を前に跳ばした。二歩目、相手が刃を振り上げるより先に、上段から一気に刀を振り下ろす。
「……ッだが、俺は、止まらん」
血が、しぶく。鮮血とも、深い緑とも知れぬその色彩が互いの間に弾け、だが、差し込んだ刃ごと押し返すようにサイコブレイドが――来た。
「退け、能力者」
穿つように一撃が来た。ぐ、と重くクラウスの胴を貫き、即座、引き抜いた男が己の片腕を掴む。
「虐殺は起きる」
片腕を対価に、即座、動き出したサイコブレイドが刃を構え直す。一歩、踏みだそうとした先は――駅にいる人々の方か。
「ギルベルトさん!」
「あぁ」
応えたギルベルトが穏やかな笑みを浮かべたまま、その手を掲げる。一撃を仕掛ける、その記憶を奪われたサイコブレイドが立ち尽くす。
「俺は、一体……ッまさか」
「――影よ」
その一瞬を、余すこと無く使ってクラウスは影に意識を集中させる。ぶわり、広がった黒はサイコブレイドの影に触れて――緑の瞳が、揺れた。
「――ぁ、く、なに、が」
それは影による思考操作。内容は至極単純なものだ。
『俺を狙え』
――ただ、それだけ。
「……あぁ」
ひどくサイコブレイドが、肺腑の底から全てを吐き出すように重く息を吐き――クラウスを見た。
「斬るか」
「――ッ」
意識を完全にこちらに向けた分か、サイコブレイドの動きは速かった。踏み込みに、クラウスは軽く足を退く。大きく避けはしない。片足を軸に、相手の意識を操作しながら身を回すようにして一閃、薙ぎ払った。
「……ッグ、ァアア!」
今度こそ深く、魔力の刃がサイコブレイドに沈んだ。僅か、蹈鞴を踏んだ男がすぐに刃を構えようとしたそこに、クラウスはワイヤーを伸ばす。ひゅん、と放たれたそれがサイコブレイドを捕縛するのを見ながら、クラウスは刃を構え直した。
(「血を、大分流したな……でも、まだ大丈夫だ」)
影竜との融合が、痛みへの耐性がクラウスを支えていた。何より、目の前の人の意識は自分に確かに向いているのだから。
「周りの人たちの命とサイコブレイドの心がかかっているんだ、倒れている場合じゃないよ」
小さく息を吐くようにして、自分にそう言う。ゆらり、と揺らめく瞳を向けた相手をクラウスは真っ直ぐに見た。
●ねぇ、と男は声をかけた
剣戟の音が響いていた。漆黒の刃と、外星体『サイコブレイド』の構える剣がぶつかり、ギン、と鈍い音が落ちる。
「俺は、この街の人間を皆殺しにする」
「彼の怒りは、彼自身に向けて……だろう」
低く這うような唸り声を上げるサイコブレイドの姿を、上階から見るひとりの姿があった。白い髪が揺れ、つい、と眼鏡を上げると、観察者は誰もいないフロアへと声を投げた。
「ギルベルトくん、駅利用者の誘導をお願いできるかな。外まで安全に、記憶もこう……いい感じに頼むね」
西鉄福岡駅、吹き抜けの上階エリアには白百合・蓮華(徒花の実・h12988)以外の姿は無く――だが、ひどく当たり前に声を投げた先、まるで最初からそこにいたかのように『彼』は姿を見せた。
「えぇ」
ギルベルト・キルシュバウム。
かの簒奪者を止めるように姿を見せた存在は、小さな瞬きの後に微笑んで頷いた。
「やってみましょう」
「ありがとう」
蓮華は、そう言って歩きだした。骨っぽい肩に羽織った白衣が揺れ、その下で何かが――揺れた。
「僕の守護霊」
囁くように男は告げる。美しい笑みを浮かべ、紡いだ言葉に答えるように蓮華の影が震えた。無数の枯木が起き上がり、足に触れ、膝を掴み――指先に、触れる。
「あは、おそろいだ」
エスコートするようにその枝に触れれば、蓮華の腕が変わった。異形化した腕は、蔓性の植物によって束ねられ、守護霊たちと完全に同化した男は、蔓のような腕を手すりに置いた。
「ねぇ、どうせ皆殺しにするなら、厄介な奴から片付けた方がいいと思わない?」
「……」
ひらり、と手を振る。異形化した腕は、階下から見上げる外星体『サイコブレイド』の瞳に映り――僅か、瞳を細めた男が剣を担ぎ直す。そのまま、こちらを置いて歩き出そうとした男に、ふ、と蓮華は銀の瞳を細めた。
「出口の方へは向かわせない」
しゅるり、と蔓性の植物が伸びた。空間ごと引き寄せるようにサイコブレイドの腕を掴み上げた。
「お前――……」
上階へ――蓮華のいるその場所へと。
「まずは僕に構ってよ」
にこり、と笑う男の異形化した腕を、サイコブレイドが払った。た、と手すりに着地したサイコブレイドが、そのまま身を前に倒した。
「……お前を、先に始末した方が良さそうだな」
落とす息と共に告げたサイコブレイドが、た、と短く手すりを蹴って――来た。
「――」
速い、と蓮華は思った。反射的に腕を持ち上げる。切り落とされた蔓を補うように、異形化した腕が蠢き――縒り合わされる。た、とサイコブレイドが蓮華の間合いを踏んだ。
「去れ、永遠に」
ヒュン、と振るわれる刃と、縒り合わせた蔓がぶつかり合う。ギィイイイ、と鈍い音と共に火花が散り、草の抉られる匂いがする。深く濃い緑と共に蔓が散り――だが、蓮華は刃を受けとめきる。
「僕も、諦めは悪い方だろう?」
「異形の腕か。あぁ、そうだな。それならば……」
サイコブレイドが自らの片腕へと刃を向けた。触手めいた指先が落ち、しぶく血をその身に受けながら、サイコブレイドは即座に動き出す。受けとめていた筈の刃が引かれ、しゅん、と穿つように蓮華に沈んだ。
「――ッ」
「これで、終わ……、お前」
胴を穿つ一撃だった。異形の腕がびくりと揺れ、だが、次の瞬間、しとどに流した血の上で蓮華はゆらりと視線を上げる。血に濡れた白衣を支えるように蔓が這い、解した細枝がサイコブレイドを絞め上げていく。
「……ッチ」
腕を掴む蔓をサイコブレイドが払う。起き上がった蓮華を視界に、階下へと一瞬、瞳を向けた男の足に蔓が巻き付いた。
「まだ残っていたか」
「蔓の一本でも残せばそれで君の足を止めるよ」
腹を押さえて、蓮華は息を吐く。むせ返る血の匂いでもありそうだというのに、不思議と香りの無い男の異形化した腕が揺れる。
「僕にかかりきりになってもらう」
「――なら、完全に殺すまでだ」
サイコブレイドの冷えた瞳がこちらを向く。下の階では、ギルベルトの指示で避難が進んでいるが――まだ完全ではない。
(「建物内から人がいなくなるまでは耐えきりたいけど」)
血に濡れた眼鏡を軽く上げる。右の瞳を通るように走った傷が、鮮血を僅かに映す。
(「……どこまで食いつけるかな」)
ね、と異形化した腕を一度見て、蓮華は視線を上げた。
●わからなくても、と彼はいった
血溜まりが、駅に出来ていた。むせ返るほどの赤は、能力者達のものであり――同時に、床を蹴って行く外星体『サイコブレイド』のものでもあった。
「俺は、この街の人間を皆殺しにする」
「……」
低く、響いたその声に青年はゆっくりと歩を進めた。靴音は血溜まりに振れて消え、ぱしゃん、と靴先が赤く染まる。
「外星の暗殺者よ」
声を、投げる。ゆらり立つ男の射線に入るように青桐・畢(際涯・h00459)は立った。
「俺はアンタの苦悩を理解できない。
ただ……偽悪ってのも、そろそろ流行らないよ」
「――ハ」
ただ、向けられていただけの瞳に、殺意が乗った。鈍い色を乗せ――ゆらり、身を揺らしたサイコブレイドが、来る。
「――」
足音は無かった。ただ一足で間合いを踏んだ相手に、畢は身を逸らす。
「――ッ速い、ね」
「その命、奪わせてもらう」
返す言葉より一撃が先に来た。
一拍の後、頬をサイコブレイドの刃が抉っていった。片足を引く。ばさり、とコートが揺れる中、落ちる血を飲み込むように靄のように漂っていた霧が――揺れる。
(「――来て」)
心の臓を一度、押さえるように手を置く。ぶわり、と黒霧の心霊が湧き上がり、指先を覆う。血濡れの頬を黒が這い、ぶわり、と外套のようにその黒は広がった。
「――っと」
引いた足を軸に身を後ろに飛ばす。致命は避けた。あれは、挑発する為に言ったのだ。
(「俺に来てくれる分には、ありがたいとこだけど」)
仕留め切れて無い分、サイコブレイドの意識が一瞬、外に――一般人に向く。
「キルシュバウムくん」
「――えぇ」
悠然とした笑みと共に、視界の端で白衣が揺れた。一瞬の煌めき、光の向こう、サイコブレイドの刃が一拍、止まった。
「――お前、また記憶を……」
「……」
その一瞬に、畢は迷わずリボルバーに触れる。引き鉄を引けば――ガウン、と重く響く銃声と共に、尾を引くように黒が揺れた。
「……ッグァアア……ッ」
それは、黒呪の弾幕。
サイコブレイドの太ももを撃ち抜き、二発目を構えた銃に男が間合いを取る。ダン、と一歩、鮮血と共に傾ぐ身を支えた男が――刃を、構えた。
「厄介な相手は、始末すべきだ」
サイコブレイドが構えた刃が、鈍く光る。収束していく力の気配に、畢は迷い無く前に出た。
(「あれが当たったら、確実にやばいけど……でも、今しかない」)
片腕を下ろす。リボルバーの銃弾を詰め直す。カラン、カン、と薬莢が落ち――纏う黒霧が、畢の手に触れた。指を這うように触れた黒を、弾丸に変えて――行く。
「バフがあれば、こんな大立ち回りもできる――ってね」
速度を上げて、先の一撃か。髪を結んでいた紐が解ける。さぁああと、揺れた青、琥珀の瞳は真っ直ぐにサイコブレイドを見た。
「アンタに届けるよ」
放つ一撃が、弾幕がサイコブレイドの胴を穿つ。流れた血に、骨を砕く銃弾に男は眉ひとつ寄せぬまま――告げた。
「――そうか」
接近を厭うサイコブレイドが拳を握る。
「だが、俺は赦されざる悪だ」
「――ッぐ、ァ」
ヒュン、と畢を穿つ拳が来た。骨が軋む。内臓に届いたか、口から血が零れる。
「外宇宙の、閃光に焼かれろ」
「――ッ」
床を蹴る。一足、速度を上げて跳ぶように畢は間合いを取った。剣の間合いから一気に離れれば――キィン、と甲高く響いた音と共に、一撃が空を切る。
「……ッ、俺、は」
その瞬間、チャージ中にサイコブレイドの身にダメージが『還って』来た。力は空を切り、ただ、黒く淀んだ血を吐くほどのダメージが、一気に襲い掛かる。
「――まだ」
「俺は戦うのが苦手だから、文字通り命がけで削る」
ゆらり、身を起こす男を前に畢は静かにそう言った。血を流した分、少しふらついてはいるが、まだ動いてるし生きてる。リボルバーを手から離すことだけはしないように強く握って、畢は言った。
「Ankerの有り処がわからなくても……こんなことをする人間もいるんだよ 」
「Ankerか……」
肺腑の底から深く、吐き出された息と共にサイコブレイドはそう言って身を起こす。血濡れの戦場は終わりへと向かおうとしていた。
●悩むかも、と彼は言った
「え……スプリンクラーってことは、火事かよ!?」
炎が、舞った。天井に触れる熱が発動させたスプリンクラーに、西鉄福岡駅を利用する人々が駅の外へと急いで向かっていく。バタバタと慌ただしく行く人々は、そこにある血溜まりに気が付いてはいないのだろう。肩を押すように行く一般人を、追うように視線を向けた幽鬼のような男に、青年は手を――伸ばす。
「追わせはしないよ」
ドン、と体当たりするようにしてサイコブレイドの動きを止めれば、男の触手めいた手が、ぐん、と伸びてくる。
「邪魔をするな」
しゅるり、と首にサイコブレイドの手が巻き付いた。ぐ、と喉仏から絞め上げるような力に、ふ、と青年は息を吐いて金色の瞳を一度、伏せた。
「サイコブレイド」
ゴォオオ、と炎が舞った。巻き付いた腕を焼き尽くすように空いた手で放った熱が、青年の――薄野・実(金朱雀・h05136)の頬を這う。
「Ankerを人質に取られてる君には同情する」
自ら操る炎で焼けるような肌は無く、ゆっくりと瞳を開いて実はサイコブレイドを見た。
「大切なものを守る為には悪になれるってのもね。僕も君の立場なら……悩むかも」
ひとつ、想像をしてみたのだ。
全てを知っている訳では無いが、もしも、と。
「だって僕が悪だなんて|誠《Anker》に嫌われるもん、絶対に」
瞼の裏に描いた姿に、微笑を送って実は左耳につけたピアスに触れた。瞬間、風が吹く。立ち上がる炎が実を包み、掲げたその手に翼が生まれる。
「――お前は、なんだ」
警戒するように、サイコブレイドが告げる。低く響いたその声に、実はピアスに触れていた手を下ろす。外套がばさり、と揺れ、黒の手袋に包まれていた手が鋭い爪を晒す。
「名乗るべき名はあるが……今は、貴方を止めるものでしょうか」
そこに現れしは、怪人・金朱雀ファルド。リミッターを外した先の、実の姿。
「私と殺りあいましょう、全力で」
静かに、金朱雀ファルドは剣を抜く。僅か、瞳を細めた外星体は零す息ひとつと共に――血溜まりを、蹴った。
「――」
踏み込みと同時に、ヒュン、と振り上げられる刃があった。下段から一気に、首を狙ってくる相手に、実は剣を盾に構える。
ギィイイイ、と鈍く重い音が響き渡った。
「どんな者だろうが、まずは首を落とせば良い」
「落としても喋った者がいたかのような話ですね」
実の剣と、サイコブレイドの構えた刃がぶつかり合って火花が散る。
「足りないか」
呟く男が見せた踏み込みに、実は軽く身を逸らした。大きく避けはしない。片足を引いて、手の翼と共に素早く身を回せば、こちらから詰める距離を厭うようにサイコブレイドが後ろに跳んだ。
「――一撃で仕留めれば良い」
キィン、と空間が震えた。何かの力が収束していく。あれは危険だ、と怪人としての自分が告げる。
(「あの武器に、でしょうか? 発動まで時間を必要とするのならば……」)
剣を握り直しながら、実はこの戦場へと介入した存在へと声を投げた。
「ギルベルト氏。彼のチャージ開始時間の記憶奪取を」
その姿は見えずとも、構わず投げた言葉にゆらり、と目の端で白衣が揺れた。
「――えぇ」
柔らかな声と共に、ギルベルトが手を掲げる。淡く零れた光。またか、とサイコブレイドが息を吐き、刃を振り上げる。
「無駄なことだ。俺は赦されざる悪。この街の人間を皆殺しにする……!」
大きく振りかぶった一撃は――だが、外宇宙の閃光を生まない。
「なぜ……ッまさか!」
「残念、まだ60秒も経ってませんよ?」
微笑と共に、実は告げる。間合い深く、斬り込んだ先、一撃は高熱を帯びた突風を生んだ。
「風よ、炎よ、舞え」
「――ッぐ、ぁあああ!」
炎を纏った風が、舞う。吹き飛ばされた男が、入ってきた列車に叩きつけられた。
「駅で最も殺傷力、あるでしょう?」
実は告げる。やってくれる、と唸るように紡いだサイコブレイドの腕がだらり、と垂れて――血に、濡れた。もう気力だけで動いているのだろう。戦いの終わりは近い。
●止めると、彼は言った
轟音と共に、炎が舞った。熱風に吹き飛ばされ、強かに身を打った男がゆらり、と立ち上がる。
「まだ……だ」
口から溢れた血が、外星体『サイコブレイド』の服を濡らす。触手めいた腕は既にその形を見失い、ただ、引き裂かれた肉を晒すように震える。
「俺は、必ずこの街の人間を虐殺する」
それでも、サイコブレイドは刃を握った。ゆらり、立ち上がった男が、再び駅へと視線を向ける中――た、と、足音高く、青年は西鉄福岡駅へと踏み込んだ。
「サイコブレイド、お前の手を汚させはしない」
靴先が血溜まりを踏んだ。溢れている水は、避難させるようにスプリンクラーを起動させた仲間がいたからだろう。僅か、残った人々が困惑を見せる中、青年は、ただ真っ直ぐに、幽鬼のように立ったサイコブレイドを見た。
「虐殺を……止める!」
それは、青年の――空地・海人(フィルム・アクセプターポライズ・h00953)の覚悟と誓い。カメラ型バックルの変身ベルトを腰に巻いた。
「現像」
かけ声と共に、溢れる光が海人を包み込んだ。ふわり、と焦げ茶色の髪が揺れ、瞳は真っ直ぐに目の前の相手を――止めると告げた男を見据え、手に灰色のフィルムを持つ。
それは√ウォーゾーンの記憶を収めたフィルム。ベルトに装填すれば、灰の色彩が溢れ――海人に触れる。踏み込む一歩、靴先から包み込むスーツは灰色。カシャン、と一度、響いた音と共に、海人は灰白の装甲を纏う。
「お前は……何者だ」
低く唸るようにサイコブレイドはそう言った。警戒するように刃を握り直した男に、海人は変身した身を向ける。
「――」
ドクン、と一度、心臓が跳ねた。暴走の危険を孕んだインビジブル化形態が覚醒する。頭の中で、何かが囁く。
「フィルム・アクセプターポライズ」
それでも、常と変わらぬ覚悟と勇気で海人は言った。
纏う灰白は、√ウォーゾーンフォーム。
ぐ、と一度拳を握る。暴れようとする力を抑え込むように、耐久を上げる。灰白の装甲が煌めき、僅か、視界に白が揺れる。
「お前の手を汚させないために来た」
「――無駄な話だ」
肺腑の底から、吐き出すような重い息と共に、サイコブレイドがこちらへと視線を向ける。冷えた瞳は殺意を載せ、た、と短く床を蹴った。
「――」
速い、と海人は思った。一足、跳ぶように踏み込んできた相手が入れた二歩目も速い。迎撃に射撃は出来るが――まだ逃げられていない人々もいる。
(「流れ弾が当たる可能性もある。それなら……」)
海人は身を前に跳ばした。大きく一歩、床を蹴って身を前に倒すように出る。詰められた間合を、こちらからも奪うように踏み込んだ。まだ駅にいる人々よりも自分が――一番近く、サイコブレイドの傍に立つために。
「来るか」
「――あぁ」
ヒュン、とサイコブレイドが振り下ろす刃を、海人は掲げた片腕で受けとめた。ブゥン、と空間を震わせるように、ネガフィルムセルから形成されたビーム兵器が、ハサミの姿をしたそれが――刃を、止める。
「言っただろ、させないって!」
「邪魔を」
ギィイイン、と鈍い音が戦場に響き渡った。押し上げるように、ぐ、とネガビームシザーズで刃を押し上げれば、サイコブレイドは舌を打った。
「俺の目的の為、この街の人間も、お前も死んで貰う」
打ちあげられた刃の代わりか、ぐ、と蠢く触手めいた手が一瞬にして束ねられ――ひゅ、と穿つ拳が真っ正面から叩き込まれた。
「――ッグ、ァ。そう、だとしても……!」
体が、軋む。骨にまで響くような一撃に、口の中に血が滲む。
(「けど、それだけだ」)
耐久は上げてある。装甲は軋んだが罅割れている訳じゃ無い。僅かに、残っていた一般人達が駅から出るまで――もう少しだ。
「早く行こうよ」
「でも……今日、どうしても行かないといけなくて……お見舞い、今日しかできないって……」
言うから、と迷うように一度、足を止めたひとりの声に、眼前の男の瞳が僅かに動く。
「……」
「――」
そこにあったのは、確かな迷いであり――覚悟だ。殺す、ことへの。
(「それなら余計に、俺は、お前の手を汚させない」)
絶対に、と海人は視線を上げる。二度目、穿つように構えられていた刃が――サイコブレイドが、ゆらり、と身を揺らす。さっきまで、見なかった姿に、海人は声を上げた。
「ギルベルトさん。サイコブレイドが暗殺を狙いそうな体勢になったら、アイツの数秒間の記憶を奪ってくれ」
そうしたら、と白衣を揺らし、姿を見せた存在へと海人は告げる。
「そうすれば、きっと隠れようとしたことを忘れて、無防備な状態になるはずだ」
「えぇ、分かりました」
貴方は? と姿を見せた存在――ギルベルト・キルシュバウムが問う。
「どうなさるんですか?」
「俺は、行くよ」
体に軋むような痛みは残っていて、きっと『ここを止めたら』もっとでかい一撃でもサイコブレイドは仕掛けてくるだろう。それでも、止めると決めてきたから。
「それじゃぁ……」
「――えぇ」
ギルベルトが手を掲げる。淡い光が零れる中、僅か、足を引いて立ったサイコブレイドが、踏みだそうとした一歩が――止まる。
「――れ、は……」
途惑いに似た困惑。その一瞬を、逃すことなく海人は踏み込んだ。パン、の右の手で、サイコブレイドに触れる。
「……ッまさか、お前……!」
握る拳の感覚の無さがあったか。踏み込んだ海人が、何をしたのか気が付いたらしいサイコブレイドが刃を向けた。
「無力化したのか、俺の力を……!」
「あぁ、一気に畳み掛けるぜ!」
ヒュン、とサイコブレイドが刃を振るう。間合深く、踏み込んできた一撃は、海人の首を狙い――だが、刃が届くその前に、海人は、フィルム・アクセプターポライズは受けとめる。
「な……ッ」
「お前が誰かを殺してしまう前にな!」
刃が引かれる。鋒と装甲が擦れ合って火花が散り――だが、纏う灰白の装甲と共に、海人は強く拳を握った。
「ネガビームシザーズ」
腕に装備したハサミ型のビーム兵器が唸る。溢れる光は灰白を纏って、海人は踏み込んだ。サイコブレイドへと、暗殺者であり、自らを虐殺者と告げる相手へと真っ正面から、ネガビームシザーズを振るった。
「ッグ、ァアアアアアアアァアア!」
海人の一撃が、サイコブレイドの体を一気に斬り裂いた。鮮血が舞い、ぐらり、身を揺らした外星体が崩れていく。
「俺、は――……」
殺せなかったのか、と落ちる言葉に、あぁ、と頷くことは海人はしなかった。それを「しろ」とサイコブレイドに強いている存在がいるのは確かだ。
(「殺さなかったって、言えるのはそれからだな」)
小さく息を落とす。光に飲み込まれるようにして消えていったサイコブレイドを見送れば、穏やかな笑みがひとつ見えた。
「ギルベルトさん」
声をかけた先、ギルベルトに反応は無い。ただ、ひとつ喜ぶように言った。
「EDENが実在した」
――と。
その意味を、海人が問うより先にギルベルトは駅の向こうへと消えていった。
斯くして、戦いは終わりを迎えた。
西鉄福岡駅に虐殺は起きず、サイコブレイドに誰一人殺させることなく――√能力者達は、この戦いに勝利したのだった。
