14
蒼の瀲光
●愛し焦がれ
海は、すべてを映す。
水面に弾ける泡も。
大地に咲く花も。
天空を渡る星も。
美しいものを愛する人魚の王は、深い海の底から、それらを見上げていた。
けれど、それらを望むほどに、王は思い知る。
海を統べる己の手は、海の外へは届かない。
美しいものはすべて、己のものにしたい。
それなのに、どうして手が届かないのだろう。
嗚呼――、許せない。
だから月が満ちる夜、王は海底から城を浮かび上がらせる。
渦潮と貝殻で築かれた、月夜にだけ現れるまぼろしの城。
美しいものを、ひとつ。
またひとつ。
その姿に魅せられた者は、王の“宝物”となる。
海の底へ。
静かな、静かな水底へ。
愛し焦がれたものを、永遠に手放さぬために。
* * *
――そんな古い伝承が残る、南海の楽園『マリステラ島』
白い砂浜、透き通るラグーン、色鮮やかな珊瑚礁。
世界中から観光客と冒険者が集うこの島では、夏のマリンマーケットが開催されていた。
砂浜にはカラフルなビーチパラソルが咲き、その下では夏を彩る露店がずらりと並ぶ。
珊瑚や貝殻を使ったアクセサリー、海色で彩られた魔法雑貨、水中探索に役立つ魔法のアイテム。
さらに、南国の果実を使った夏限定のスイーツやドリンク、海の幸や海獣肉を使用したグルメ料理まで、海にまつわる様々な品が並ぶ賑やかなマーケットだ。
潮風に吹かれながら、気になる店を覗いてみるのもいい。
冷たい飲み物を片手に、浜辺を歩くのもいい。
夏のマリステラ島は、海を楽しむためのもので溢れていた。
賑わうマーケットを包むのは、楽しげな声と波の音。
そしてその合間に混じる、小さな噂話――。
『……今夜は満月だ』
『また、あの城が現れるらしい』
『綺麗な人ほど攫われるって、本当なのかねぇ?』
賑やかな夏の喧騒の中、その囁きだけがどこか、潮騒に溶けるように響いていた。
●水底へ誘う聲
マリステラ島の宿泊施設――その一角に設けられた臨時の依頼所。
開け放たれた窓からは潮風が吹き込み、白いカーテンをゆらゆらと揺らしている。
窓の外から聞こえてくるのは、波音とマーケットからの賑やかな呼び声。
そんな中、集まった者達の前に立つのは、星詠みの竜人 ノヴァ・フォルモント。
真夏の島には些か不釣り合いな闇色のローブを身に纏っているが、当の本人は涼しい顔をしていた。彼の所作に合わせ、淡く輝く装身具がしゃらり、しゃらりと澄んだ音を奏で、潮騒に混じって響くその音色に耳を傾ければ、暑さが少しだけ遠のいていくようだった。
「さて――、今日は暑い中 集まってくれてありがとう」
ノヴァはそう言うと、テーブルの上へ島の地図を広げた。
珊瑚礁によって形作られた大きな環礁。
その内側に、白い砂浜と緑豊かなマリステラ島が広がっている。
島の中央には、青く澄んだラグーン。
さらにその中央には、ひときわ濃い色の円。
――ブルーホール。
地図上では小さく見えるその穴も、実際には底が見えないほど深い。
海底へ向かって、数百メートルにも及ぶ巨大な縦穴が続いているという。
「今回の目的地はここだ。マリステラ島中央にある、ブルーホール」
ノヴァは指でその地点を差しながら、話を続けた。
「普段はただの観光名所なんだが……最近になって、この海で妙なダンジョンの目撃情報が確認されている」
ノヴァはさらに別の資料を広げる。
少し古めかしいその紙には、ブルーホールの深部を推測した断面図が描かれていた。
深く、暗く伸びていく海底の縦穴。
その最深部には、何か巨大な建造物のようなものが描かれている。
「……どうやら、この辺りに伝わる伝承を描いたものらしい」
『――満月の夜、蒼の水底には城が現れる』
渦潮と珊瑚、無数の貝殻によって築かれた海底に聳え立つ荘厳な城。
そこには『人魚の王』が棲み、美しいものを宝物として蒐めているのだと――。
「まあ、ただの昔話だと思われていたんだがな」
ノヴァは小さく肩を竦めた。
しかし最近になって、満月の夜に海へ出た観光客や冒険者の何人かが、行方不明になっているという。それに合わせて、ブルーホールの底に存在するダンジョンを見たという情報も増えつつあるのだ。
「そこで、今回の依頼というわけだ」
ノヴァは再び島の地図へ指先を戻した。
「島の中央にあるブルーホールへ向かい、海底にあると思われるダンジョンを調査して欲しい」
内部にいるモンスターへの対処はもちろん、行方不明者がいればその救出も。
そして――ダンジョンの最深部には何があるのか、その目で確かめてもらいたいとノヴァは言った。
「海の中は普段と勝手も違うだろう、準備はしっかりしておいてくれ」
そう言いながら、ノヴァは窓の外の浜辺へ視線を移した。
「幸い、この島にはマリンマーケットがある。水中活動を助ける魔法道具も色々と売ってるはずだ。必要なものがあれば、そこで探してみるといい」
そこまで話を終えたノヴァは、こちらを振り向き少しだけ口許を緩めた。
先程までの張り詰めた空気が、柔くほどけてゆく。
「……まあ、せっかくこんな所まで来たんだ」
「依頼に出る前に、夏を楽しんでくるのもいいかもな」
満月が空へと昇る夜までは、まだ時間がある。
冒険の準備を整えつつ、マリンマーケットを巡る時間も十分にあるだろう。
「それじゃあ――準備ができたら、ブルーホールに向かってくれ。海の底に何があるのか……しっかり見届けてきてくれよ」
第1章 日常 『魔法露天商』
●
白い砂浜に並ぶ色とりどりの露店。
潮風に揺れる旗、珊瑚や貝殻を飾った屋台、南国らしい甘い香り。
波打ち際まで続く店々を眺めているだけでも、どこから見て回ろうか迷ってしまいそうだ。
冒険者向けの店を覗けば、南国らしい装飾を施された魔法道具が並んでいた。
珊瑚と真珠をあしらった『泡沫の耳飾り』は、不思議な泡が持ち主の周囲を淡く纏い、水中でも呼吸を可能にしてくれる。他にも、羽織れば水の抵抗を減らしてくれる『人魚の羽衣』や、深海の暗闇を照らす『月灯りの真珠』、周囲の海流を読み取り安全な進路を指し示す『潮詠みの羅針盤』なんてものもある。
隣の露店には、珊瑚や貝殻を使ったアクセサリーがずらり。
淡い桃色の珊瑚をあしらった『珊瑚花の耳飾り』、小さな真珠を連ねた『月雫のブレスレット』、波間の光を閉じ込めたような『海星のペンダント』など、どれもここでしか手に入らない手作りの一品らしい。
そして、賑わいの中心にあるのは、やはり食べ物の屋台だ。
南国の果実をたっぷり使った『トロピカル・パフェ』は、マンゴーやパッションフルーツを重ねた色鮮やかな夏限定スイーツ。
ふわふわのかき氷に南国フルーツのシロップをたっぷりとかけ、珊瑚を模した飴細工を添えた『珊瑚氷のかき氷』も大人気の品だ。
他にも、南国フルーツをたっぷり使った冷たいジュースや、青い海を思わせる『マーメイド・ソーダ』は、淡い水色の炭酸に柑橘とミントを添えた爽やかな一杯となっている。
もちろん、お腹を空かせた冒険者向けの料理も豊富にある。
魚介を串に刺して炭火で焼いた『珊瑚礁の海鮮串焼き』、魚や貝の旨味を閉じ込めた『南海貝のブイヤベース』、香草と岩塩で豪快に焼き上げた『海獣肉のグリル』など、海の幸から海獣肉まで様々な料理が楽しめる。
甘いものから食べ応えのある料理まで、浜辺を歩けば次々と気になる香りに出会うことだろう。
さて、まずはどこから見て回ろうか。
夏のマリステラ島を満喫するもよし。
海底ダンジョンへ向けて、必要なものを揃えるもよし。
満月の夜まで、もう少し時間はある。
海辺の賑わいを楽しみながら、ゆっくりと冒険の準備を整えていこう。
* * *
●マスターより
1章はマリンマーケット巡りを中心に、島の散策なども自由にお楽しみいただけます。
オープニングや断章でご案内したものに限らず、「こんなことをしてみたい」と思ったことがあれば、ぜひ自由な発想で遊んでみてください。
※フラグメントの行動例も、今回は特に気にせずご参加いただいて大丈夫です。
マリンマーケットのご案内は、以上となります。
それでは、佳き夏のひとときをお過ごしください。