シナリオ

無理心中、世界と狸を巻き添えに

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 ーー一緒になって、はや十数年。
 いくら求めても、求めても。
 縋れども、縋れども。
 あの人は、新たな女を作って帰ってくる。
 私を港か何かと、勘違いしてるようだけど。
 私がいつまでも、|船《あなた》を待っていると思うなよ。

 ーーあの人の女癖の悪さは一流だ。
 同じように苦しんでいる『私』が、どれだけいることだろう。
 他にも男は居るというヒトは居るけれど、そんな御託はもう、たくさん。
 『彼』は『彼』しかいないのだ。
 私の人生の半身なのだ。どうして我が身を棄てられようか。
 ならば、全ての『私』に代わり、私が彼を殺そう。
 私が、私の半身を殺そう。
 どうせ、彼を殺して、私も死ぬ世界。
 彼の『死』だけは、私が独占できる。
 ーーどうして後に遺るヒトたちを、私が気にしてやらなきゃならないの。
 そして、どうせなら、私にこんな愛を抱かせた世界。
 無茶苦茶に壊して、去ってやりたいじゃない。
 古妖、私に力を貸しなさい。
 私の願いを叶えたら、後は好きにしていいわ。

 ーーやれやれ、最早、その面は般若であるな。
 儂は復活出来れば、それでよいのだが。
 儂まで焼かれとうはない。
 しかし、ヒトの情念の、げにあさましく。
 げに恐ろしき事よ。


『夫婦げんか、は、犬も食わないというけどにゃ!
 猫もコレは食べられないにゃ!』
 にゃっ!と切り出したのは瀬堀・秋沙。今日も今日とて浮かせた箒を椅子がわりに腰掛けて。
 しかし、いつものぺっかり、灯台のような笑顔には海霧がかかったような翳りがある。
『猫に恋はわかんないけどにゃ!男の人が女の人を大事にしてない事はわかったにゃ!女のてき、にゃ!』
 猫耳の裏を見せて、ぷりぷりと怒る秋沙は、概要を語り始めた。
 事件は√百鬼夜行にて起きたという。
 古妖の力を借りた女性が、『最高のサプライズ』とともに自身の夫を殺害し、自身も命を絶とうというのである。
 契約の履行とともに古妖の封印は完全に解け、女性の望み通り、街一つが更地と化すそうだ。

 これに対処する作戦としては、以下のようになる。
 第一に、怒り狂う女性から話を聞き出し、この浮気男の身の安全を確保する必要がある。
 報いを受けて当然の男であるが、生きていなければ契約の履行が出来ないため、古妖が出て来ないという。
『女の人が易々と協力してくれるとは思えないにゃ! 一手間、一工夫、いるかもにゃ!』
 第二に、女性が解いてしまった封印地点へ向かう必要がある。
 そこは霊域指定地帯、それだけでも彼女の怒りと決意の深さが見えようというものである。
 また、状況次第では、女性が言うところの『私』の情念の成れの果てたちが、襲いかかってくる事もあるかもしれない。
 第三に、封印を解かれた古妖との戦いだ。
 今回は巻き込まれた側と言えなくもないが、危険な存在である事には変わらない。
 しっかりと叩きのめしてほしい。

 ーーあと、にゃ?
 言いにくそうに、子猫が切り出す。
『男の人を殺せないと分かったら、この女の人は、遅かれ早かれ…自ら命を絶っちゃう可能性が高いにゃ。
 できれば、このひとも救ってあげてほしいけど、猫には、かけてあげる言葉が見つからないにゃ。』
 耳としっぽをしおりとさせ、子猫が俯く。
 ーー今日の灯台の光は、弱々しい。

マスターより

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第1章 冒険 『移ろう心に生まれる咎』


 ーーしゅりり、しゅりり。
 平家の一室、台所。鬼気と共に研がれた刃は、まるで鏡のよう。
 ーーしゅりり、しゅりり。
 この日のために、丹念に仕上げてきた。
 この包丁が刻んだ料理が、あの人のお腹に入ったことは、一度として、無い。
 ーーでーきたっ!
 幾年ぶりかの、会心の、無邪気な笑みを女は浮かべ。
 何のために一緒になったのか。
 過去に独り泣く時間は、もうおわり。
 本懐を果たす未来に思いを馳せて。
 ーー刃を覗くその貌は。
 ーー人の身でありながら、般若の|面《おもて》の、ソレであった。
鬼道・太一朗

 ーー夫婦揃って、勝手なもんだ。
 |鬼道・太一朗《きどう・たいちろう》(怪力乱神・h05388)が独り、予知のままにいけば更地になるという街をぶらりと歩く。
 最早、夫婦喧嘩と言える領分を遥かに超えているが、夫婦の問題の果てに、住民ごと街が地図から消えるという。
 言わずもがな、知らぬ間に巻き込まれ、命を奪われる側はたまったものではない。
 眉根を寄せる、太一朗の頭を過ぎるのは。
 自身を棄てた、『勝手な夫婦』である両親だろうか。
 とはいえ、女の方は尽くした果ての凶行、乱行である。まあ、哀れに思うが。
 ーー結末はともあれ、やれるだけのことはやる。
 太一朗は、女が住む平屋の戸口に立った。

 ーーあの人が、また何か…?
 借金取りを装い、乱暴に扉を叩いた太一朗の前に、程なくして扉が開く。
 果たしてそれは、件の女であった。
 髪は艶やか。その口元には血のような紅を差し、やつれの見える頬は、青白く。
 借金取りを装う太一朗を見る瞳は、底を見通せぬ闇のように深い。
 屈強な太一朗を前にしても、慣れているとも、どうでもいいとも取れる。
『あの野郎、独り身だって聴いてたが…?』
 妻の存在を初めて知った素振りで口にすれば、女は
『あの人ったら、またそんなことを。…ええ、ええ。
 長年連れ添ってはおりますが。お恥ずかしながら、常套手段なのです。』
 ーー少し、お待ちくださいまし。
 女は行李を開けると、一枚の着物を持ち出し、太一朗の前に広げてみせた。
 織りも、染めも、刺繍も。無頼漢である太一朗の養母が身に纏っていても絵になるであろう、見事な一枚である。
『金を借りてんのはお前じゃねえだろ。
 お前のモンを受け取るんじゃ、スジが通らねえ。ヤツは、何処だ。』
 ーーそういうモノでございましょうか。
 借金取りにしては人の良い太一朗に、目を丸くして。
『心配すんな。返すモン返して貰ったら命は取らねえ。』
『それを聞いて、安心致しました。
 しかし、あの人はきっと、今日も素寒貧でしょう。
 この着物をあの人にお渡し頂けますか。
 その彼から、カタとして受け取って頂ければと思います。
 …今日も恐らく、賭場に居りますので。』
 妻は嫋やかに、儚く笑顔を浮かべ。
『命だけは、奪わないでくださいましね。』
 ーーぎょろり。
 般若の瞳が、鬼の黒い瞳を捉え。念押しをした。

 男の顛末については、今は割愛するが。
 太一朗は再び、平家に戻って来ていた。
 その手には、託された着物を携えて。
 ーーええ、ええ。その様な事であろうと思いました。
 貴方は、借金取りにしては、筋目を気にする優しさがありましたもの。
 着物を行李に仕舞いながら、ほ、ほ、と、口元を隠して、女が笑う。
 ーーあんた、あの男に…旦那に、泣かされてきただろ?
 妻の心に沿う方向へ話題を変える。
 女の表情が消える。そういう事か、と得心もいったようで。
『落とし前付けさせられればいいんだが…』
『いいえ、いいえ。お若く、優しいあなた。その役目は、身内の…私の仕事です。』
 ーーそうか、と太一朗は被りを振り。
 自身の言葉では、女が止まらぬことを理解した彼は、せめて、と次善の言葉を紡ぐ。
『あんたが解いたという、封印の場所を教えてもらいてえ。
 俺は、住民たちを巻き込むのは、スジが通らねえと思うぜ。』
『ほ、ほ。今更、筋目など。しかし、これまでの礼です。
 貴方たちが本懐を果たすか、私が本懐を果たすか。 競争ですよ。』
 女は新しい遊びを前に、口元を避けんばかりにして、笑った。
 それは、鬼である太一朗以上に、鬼女に相応しい凄絶なものであった。
 ーー女より託された情報は、【語ラヒ】で太一朗が情報収集し、裏付けを取った物とも一致している。
 橋の袂。かつて、川に飛び込み心中したという男女を供養したという、塚。
 そこに、女は足を運び、古妖の封印を解いたという。

『せめて、あんただけは幸せに生きろよ。』
 ーーお節介である事はわかっているが。
 去り際に、他人が言えるのはそれくらいだ。
 微笑み、その背中を見送る女が何を思うかは、太一朗の与り知らぬことである。

天宮院・流王
星峰・アトラ

 ーーそんなに興味ないけどね。
 道すがら、そう口にしたのは星峰・アトラ(葬送歌・h04702)だ。
 その隣では、白い狐の尾を揺らし、|天宮院・流王《てんきゅういん・るお》(人妖「天狐」の御伽使い・h01026)が歩いている。
 華麗な衣装を纏った踊り子と、羽織に袴の少年少女という、見るも変わった組み合わせの2人であったが、2人の目的は一致していた。
 ーーぼくの声は届くかな。
 そう不安げに語る流王に、『さあ、どうかしら』と軽く答えるアトラ。
 だが、彼女の言葉の裏には、常に他者への興味と思い遣りがある。

 ーーごめんくださーい。
 流王が扉を叩くと、中から現れたのは髪を整え、やつれた頬に朱を差してた女であった。
 青白い肌のもと、唇の紅が、血のように、異様に赤く見える。
 ーーあら、小さな坊やに、お嬢さん。
『いらっしゃい、どうかしたのかしら。』
 2人の前に屈み、声を掛ける口ぶりこそ穏やかだが、その姿は幽鬼のよう。
 般若と化した女にたじろがす、アトラは早速要件を口にした。
『私も、この子も。あの男に恨みがあるの。居場所を教えてくれないかしら。』
 もちろん、実際にはそのようなものはないのだが。
 訳あって踊り子の姿を取るアトラから見て、肌の血色の悪さを隠すべく、幾重にも塗り重ねられた化粧は。
 これから死地へと赴く、戦化粧にも見えた事だろう。
 窪んだ眼窩から覗く闇のような瞳に、流王もたじろぐが。
 古妖を斃すため、男の保護は必須条件であるのだ。
 小さな狐耳を動かしながら、懸命に演技を続ける。
『僕のお母さんも、お姉ちゃんのお母さんも、あの男に酷いこと、されたんだ。』
『まあ、まあ、そう、そうなの。
 ーーあのひと、こんな小さな子たちを悲しませるような事まで。』
 ーー一瞬浮かび上がった、怒りと嫉妬に嘆く鬼の顔を、2人は見逃さなかった。

『少し、お待ちなさいな。とっときのお菓子を出してあげるから。』
 流王の幸運とアトラに魅了されたか、2人を家の中に上げ。女はお茶とお饅頭を振る舞ってくれた。
 ーー子どもは近付いてはいけないけれども、あの人は賭場にいるはずよ。
『此処に帰ってくる事なんてない。
 もう、何年になるかしら。いっつも、そうなの。』
 最早、幾ら望んでも手に入らぬ宝物の様に、 2人がお菓子を頬張る姿を見つめ。
 女はそんなことを口走る。
 ーーこの|女《ひと》は、子どもという鎹すら、夫に与えられなかったのね。
 愛する夫を信じる度に裏切られてきたのだろう。
 街を道連れに無理心中を図るほどの狂気に堕ちた彼女に、|暗殺者《アトラ》も憐れみを覚える。
 ーーでも、その結果は認めてあげられないんだ。
 流王も、その小さな拳を握りしめた。

『会うなら、早めになさいな。』
 ーー人生、何が起こるか、わからないのだから。
 2人を送り出した時、女自身も知ってか知らずか、般若の面の如き笑みを浮かべていた。
 夫を殺める決意と、自身が迎える結果を受け入れる覚悟は、硬いのだろう。
 女の住まいを離れ、男を保護するために賭場向かうアトラは。
 ぽつりと、2度とは会うことの無いであろう女に、悼む言葉を贈った。
ーーごめんなさい。あなたの最期に、私の踊りを見せられなくて。

クラウディア・アルティ

 ーーなんか修羅場ですー!?
 にゃんこの姿に身を窶せども、その心は女性の味方。
 それでも内心、悲鳴を上げたい時もある。
 クラウディア・アルティ(にゃんこエルフ『先生』・h03070)は、当たり前のようにちゃぶ台を挟み、般若と化した女と対峙していた。

 クラウディアは、『その手の|話《未来》』は此処に至る為に犠牲にしてきたという。
 用意されたお茶を啜る頭には、白い猫の耳。
 この様な姿ではあるが、彼女もエルフ。
 長い命を以てしても、たいした経験値がないというのならば、そうなのだろう。
 で、あるが故に。
「一緒に殴る事くらいはお手伝いできそうなので、場所教えてもらえませんか!!」
 と、家に殴り込みを掛けた訳である。
 今までに、借金取りに扮した青年、子どもたちときたところで、まさかの火の玉ストレート。
 これには、幾ら般若と化していようと、女も度肝を抜かれた事であろう。
 そして、冒頭に至る。
「ええ、と。クラウディアさん、と仰ったわね?」
「はい!そう名乗りました!」
 にゃんこ先生は、今までの陰鬱な雰囲気を吹き飛ばすように、はきはきと返事をしていく。
「夫の居場所はわかるけれど、一緒に殴りに行くのは…」
「では、場所を教えて頂ければ結構です!」
「彼を殺すのは…」
「ご安心ください、殴るだけです!なんなら先行偵察して、情報を全てお渡しします!
 バレずに尾行などもお手のもの!」
 冒頭の内心の悲鳴もなんのその、シリアスとノリとを使い分けるのは、エルフの年の功か。
 既に女の表情は、般若から泥眼の面程度には毒気を抜かれ、スン…となっている。
 シリアスにノリと勢いは天敵なんですね。私も勉強になりました。

 さて。男を殴りに、いや、|保護《すまき》にする道すがら。
 クラウディアは家に残った女を想う。おそらく、女を止めることはできないだろう。
 彼女は、自身を『港』に例えた。
 クラウディア自身も、「港がいつまでも『そこにある』とは限らない。」その認識は変わらない。
 愛想を尽かされる、他の船を受け入れる、死別する。
 『船』もヒトならば、『港』もまたヒトなのである。
 例え円満な関係であったとしても、どの様な形であれ、やがての別離は等しく訪れる。
 ーーというより、夢見た未来が『唐突に終わる』事だってあるんですけどねえ?
 長寿を以て、数多の『終わり』を見届けてきたであろうクラウディア。
 この先の破滅は、例え第六感を用いずとも、まさに彼女の思い描く通りに進むのだろう。

「さて、あのひとから聞いたのは、この辺りですね。おや…?」
 女から勢いのままに場所を聞き出し、男を|保護《すまき》にしたその足で。
 その桜色の肉球の足でてちてちと辿り着いたのは。
 心中したという男女を供養したという、塚。
 既に、塚を中心に瘴気が渦巻き、アオミドロのような、腐った緑色の魔性が湧き出している。
 ーーたくさんの『私』とは、報われぬ情念たちのことでしたか。
 白猫のエルフが、腐り落ちたヒトの想いと対峙するーー

第2章 集団戦 『怪霊さわりめ』


 橋の袂。かつて、川に飛び込み心中したという男女を供養したという塚。
 川から、わらり、わらりと腐った緑色の『怪霊さわりめ』が湧き出し、這い上がってくる。

ーーあなた あなた どこなの
ーーあなた なぜ わたしではないの
ーーなぜ いっしょになろう なんていったの
ーーこんなにも こんなにも わたしは あなたを
ーーああ あなた あなた あなたあなたあなた

 譫語のように恨み言を発するが、この情念の成れの果てに、もはや人らしい意志は遺っていない。
 即刻片付けて、封印された古妖と対峙せねばなるまいーー!!
鬼道・太一朗

 ーー顔も覚えてねえ|実母《母親》の情念は、もしかしたら。
 この化け物どもの一片になってるかもしれない。
 |鬼道・太一朗《きどう・たいちろう》(怪力乱神・h05388)は、半人半妖である。
 行方を追うは、古妖たる父。であるならば、母はおそらく、人間だったのだろう。
 捨てられた我が身であるが、産みの母への情は、残っている。

 ーー色恋沙汰の話を好む|養母《お袋》といえど。
 この有り様を見れば哀しい顔をするだろう。
 蛇の妖怪である|義母《ひなわ》は、二次元含めて、他人の恋路を見守るのが好きな、愉快な人物だ。
 育ての母を思えば。彼女を曇らせるだけの、こんな腐った想いの群れなど、見せることはない。

 ーー子が親を想う。コレもまた、情念か。
 無頼漢は、うぞりうぞりと触手を揺らす敵を前にしながら、拳は固めず、頬を緩める。
 さて。二人の母のことが浮かぶが、俺自身は?
 ーー考えるまでもねえ。
 今はただ、“倒すべき敵”を屠る鬼であれば良い。
「その認識だけで充分だ、そうだろ?」
 己に言い聞かせる様に呟いて。
 覚悟を決めた瞳に、【鬼ノ眼】の黒い焔が灯る。

 ーーあなた そこなの あなたぁぁぁぁああ!!
 耳障りな絶叫と共に、溶けかけた触手が伸びる。
「視えてんだよ!」
 思いも腐れば腐臭を放つのか。太一朗はその触手を見切り、射程外に飛び退き。
 漆黒の尾を曳く瞳は、敵の隙を見極める。
 あなた、あなたと居もしない伴侶を求めるモノの動きは鈍く、隙だらけといえば隙だらけ。
 しかし、そのヘドロの様な情念に取り込まれるのは真っ平だ。
 故に。扱うのであれば自慢の拳ではなく、河原だからこそ転がる、無限の弾。
「なあ、知ってるかよ。印地は剣豪だって退けるんだぜ。」
 誰に語り掛けるでもなく呟けば、ふわり、ふわりと太一朗の周囲に石が舞う。
 そう。彼の強力な念動力もまた、この程度の敵を片付けるなら必殺の武器となる。
 届く軌道を見い出して。狙うは敵の目玉らしき箇所。
「これでも喰らって……引っ込んでろ!!」
 降り注ぐ、飛礫、飛礫、飛礫の嵐!
 腐った触手を弾き飛ばし、目玉を撃ち抜き、這う脚を消し飛ばす!
 ーーいやぁぁぁあああ!!いたい いたい あなた あなた やめてぇぇぇえええ!!
 緑色の肉片を撒き散らしながら絶叫する、怪霊さわりめの群れ。
 反撃に、いや、伴侶を求めるように伸ばす手は太一朗に届かず、次の刹那には礫に撃たれて緑の霧に還る。
「やっぱり、コイツらは。お袋に見せられたモンじゃねえ。」
 撃ち抜けども撃ち抜けども、湧き出る情念を前に。
 太一朗は|義母《おふくろ》の柔らかな笑みを想い。言葉を吐き捨てたーー

芥子堂・澪

 ーーあなた どこなの あなた
 ーーああ あなた さびしいわ あなた
 それは、|芥子堂・澪《けしどう・みお》(ネクロ無差別未亡人自由形・h01613)の声ではない。
 腐り果てた情念がカタチを成したモノ、怪霊さわりめたちの声だ。
「いいえ 私は あなたの あなたでは ないわ」
 律儀に回答する声、こちらのほうが澪である。
 ーーいいえ あなたよ かえってきてくれたの あなた
 ーーうれしい うれしいわ おかえりなさい あなた
「ちがうわ 私は 今きたの あなたの あなたでは ないわ」
 さて、このままでは、どちらが喋っているか分からなくなる。澪の紹介といこう。
 目隠しと、黒尽くめの喪服が特徴の芥子堂・澪は人間災厄「ネクロ無差別未亡人自由形」である。
 何を言っているかわからないと思うが、『何を言っているかわからないと思うが』と紹介文に書かれているので、報告者もわからない。
 自由形ということは他にも形があるのかもしれないが、それは神にしかわからないことであろう。
 また、ハイクラスハイブリッドキャンピングカーを魔改造した、住めて移動できる茶室【ファビュラス移動茶室『全休』】を運転できるのだから、運転免許証くらいは持っているのかもしれない。
 免許証には目隠しを外した彼女が写っているかもしれないが、絶対に外すなとキツく言い含められているので、報告者は諦める事にする。
 いつか見たいものであるが、私とて命は惜しい。

 さて、そんな謎が謎を呼ぶ澪であるが。
 その刃でありAnker、【厄刀・竜骨割澪標】を振るう姿は、頼りになる事この上ない。
 ーーあなた ふれさせて あなた
「だから 私は あなたの あなたでは ないの」
 腐り、溶けかけた腕には居合い抜き。
 生気を吸って回復せんと伸ばした腕も、部位破壊で叩き斬り。
 集団戦であればこそ、彼女の無差別の凶刃は真価を発揮する。
 ーーいたい やめて あなた あなた いたいの
「あなた あなたと いい加減 うるさいわ」
 ーー|始段平喉断《シダンヒラニノドヲタツ》。
 ーー|続段垂腕落《ゾクダンシダルカイナヲオトス》。
 ーー|終段斜臓貫《シュウダンハスニワタヲヌク》。
 ーー是即【|寸斬《スンヲキルコト》】
 無い喉を絶たれ、腕を斬り落とされ、そして目玉ごと腑を抜かれ。
 『あなた』と呼び続けるヘドロの如き腐れた情念は、澪の第六感が捉え得る範囲からは消え去った。
 ーーまた あなたのいない ゆうひをみるの
 独り言ちた彼女の心境を解する者は、きっと存在しないだろう。

 懐紙を以て厄刀・竜骨割澪標を拭い、鞘に納める際に。
 ふと気付いた様に、澪が口を開いた。
「私は あなたたちとは 違うわ」
 ーー私は 旦那様を 見間違えないもの

クラウス・イーザリー
西院・由良

 ーー俺には、夫婦の情というのはわからないな。
 クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は、己が胸の中で呟いた。
 彼の両親は、既に他界している。
 戦闘機械群が既に世界を征服を成している√ウォーゾーンでは、家族全員が天寿を全うできれば奇跡と言っても良いだろう。
 彼の両親は、彼の学友たちと同じ様に、その奇跡の枠に入ることができなかった。
 残念ながら、√ウォーゾーンではよくある話だ。
 年月とともに朧が掛かる、記憶の中の両親。
 その2人の仲がどうであったか、今は知る術もないが…
 せめて生きていた間は円満であったなら、と。
 淡々と、そう思う。

 |西院・由良《さいいん・ゆら》(趣味人・h02099)はそんなクラウスを支援せんとする者だ。
「夫を想えども叶わぬ女の昏い情念から湧き出す異形の者たち!
 そして、それが生み出す怪異に立ち向かわんとする青年…!良いのう、良いのう!」
 猫被りを忘れ、既に素面となっているようだが。
 そう。彼女は機関の監視下にありながら、
「|サブカル《オタク趣味》は最高じゃな!」
 と、叡智蒐集端末「TENZIN」での情報収集とゲームをやり込むのに忙しく、ウ=ス異本と我欲に浸り切ることができる剛の者。
 正統派バトルものに加え、愛憎入り混じるジャンルもまた、数ある大好物の一つかもしれない。
 さて、仮に彼女が黙示録に語られる『大淫婦バビロン』と同根ならば。
 彼女が成立したのは2,000年、はたまたそれ以上の昔となり得る。
 両親がそもそも存在したのか、存在したとしてもその夫婦仲の記憶など、風化して久しいだろう。
 それに、目の前の展開の方が、彼女の嗜好を存分に満たすはずである。

 ーーあなた どこにいってしまったの あなた
 ーーあなた あなた さびしいわ あなた
 解かれた封印の瘴気に刺激され、どれだけの情念が刺激されカタチになったのかはわからないが。
 想いの腐臭を放ちながら、怪霊さわりめは次から次へと川から上陸してくる。
「俺が斬り込む。背中は任せてもいいか?」
「うむ。支援は儂に任せよ!
 …ああ、そうじゃ。この腕輪をお主に授けておこう。」
 その言葉とともに由良がクラウスに手渡したのは、魔術彫刻が施された腕輪。

 ーー【不思議骨董品】

 不思議骨董ゲヱムショップ店主である由良が持つ、√能力で生み出した品物だ。
 生み出された骨董品は、所持者の能力にブーストをかけるが、一定確率で破損して所持者にダメージを与えるというリスクを持つ。

「ここぞ!という時に、助けになるじゃろう。
 全力で戦ってくるが良いぞ!」
 そのリスクと『ここぞ』の意味を理解したクラウスは、迷わず腕輪を身に付けた。
 ーーありがとう、感謝するよ。
 そう言って、【光刃剣】の柄を手に掛け出すクラウスの背中に、由良は含みを持った笑顔で手を振る。
 ーー儂は主役に向かんし。主人公然とした青年の背中を守る儂がスピンオフで人気出ちゃったりしてのぅ!
 そう、彼が自分の嗜好を満たしてくれることと、ちゃっかりその活躍に与ることを期待しているのだ。
「スピンオフの主人公目指して、仕事もしっかりこなさねば、のう!」
 由良は|魔道《⚫︎⚫︎》書【ウ=ス異本】を開きかけて、御伽絵巻に持ち替えた。

 河原を駆け出したクラウスは、前方の敵集団に向けて光刃剣の柄を向ける。
「一気に行くよ!」
 その言葉と共に、天に光が満ちる。

 ーー【決戦気象兵器「レイン」】。

 指定範囲内に、豪雨の如きレーザー光線を撃ち下ろす√能力だ。
 天の光を見上げる間も無く、撃ち抜かれ、微塵に砕かれていく怪霊たち。
 撃ち漏らしは由良の呪詛に侵され、的確に排されていく。
 そうして散り散りになったさわりめたちを見逃すクラウスではない。
 緑色に腐り落ちた霊を正面から袈裟懸けに切断し。 その裂けた傷口に小型拳銃を押し付け、零距離のダブルタップ。

 しかし、情念たちも、ただでやられているわけではない。
 ーーあなた あなた もう離さない あなたぁぁぁああ!!
 共鳴するように叫び散らし、クラウスを薙ぎ払わんと伸ばされた触手の群れ。
 ここで避けては、己どころか背後の由良をも巻き込んで、触手が叩き付けられるだろう。
「ここぞは…今か!」
「そう、今じゃ!」
 黒衣の学徒兵と黒衣の人間災厄が、シンクロする様に叫ぶ。
 それに呼応する様に、由良の与えた腕輪が輝き出す。
 クラウスが突き出した、左拳の【バトルグローブ】から、エネルギーバリアが光を放ち、形となって。
 由良の腕輪の効力で出力を増したエネルギーバリアが、一斉に放たれた腐った触手を受け止める!

「後衛の美少女に迫る触手を、ヒーローが全力でかばい!受け止め!防ぎきる!
 くぅ〜、これじゃ、これこれ!」
 ーーでは、締めとゆこうぞ?
 望み通りの展開に、菫色の目を細め。
 全力魔法で由良が呪い。
 呪詛に蝕まれ、触手の圧が弱くなったところ。
「これが俺の……俺たちの!全力だ!
 クラウスの裂帛の気合いに呼応する様に、腕輪が再度煌めき。
 【居合】【切断】の技能の二つにブーストを受けた光刃が、残る敵を一刀の下に斬り捨てた。

白神・明日斗
明星・葵
斯波・紫遠

 ーー僕たち3人でも、この群れを一掃する事は出来ないねぇ。
 深紅の天蓋花が誂われたインバネスコートを川風に靡かせ、オイルライターの蓋をちきり、閉じながら。
 |斯波・紫遠《しば・しおん》(くゆる・h03007)は戦闘に入る前に、怪霊さわりめたちがいまだに蔓延る現状を静かに分析した。
 一服とともに、ふぅ、と口から伸びる紫煙が天に伸びる。
「だから、僕らは、僕らが確実に取れるヤツだけを取る。これで確実に数を減らしていこう。
 …どうかな?」
 機関から|お願いさ《おしつけら》れて、調査を代理し慣れている事務所員であるからこそ。
 やれる範囲の仕事は弁えている。
 紫遠の語る作戦に、残る2人は首を縦に振った。

「さて、ここから先は僕がルールだ。」
 ーー【|逆巻の庵《サカマキノイオリ》】

 この√能力は、一定範囲内の指定した全対象に淡紫色の煙を放ち、命中した対象を行動不能にする代わりに、防御力上昇と回復状態を与える。
 使いどきが難しい、一風変わったものである。

 戦場に、意思を持つかの如き紫煙が揺らめき、或いはまとまり付いて。
 彼はこの√能力を以て、この場にいる3人で確実に仕留められる者以外の行動を封じた。
「さて、次を任せるよ。白神くん。」

 ーーじゃ、ひと仕事始めるぜ。
 戦闘用4輪バイク『アルファルク』に跨り、|白神・明日斗《しらかみ・あすと》(歩み続けるもの・h02596)が、石の様に動かなくなった怪異を避けて駆け抜ける。
 その背後に同乗するのは|明星・葵《あけぼし あおい》(重装級超常体改造格闘少女・h00947)だ。
 己を囮と定義した明日斗は、紫遠の√能力から意図的に外された怪霊たちを機動力で翻弄する。
「どんなもんです、明日斗!しっかりと新たな改造と路面に適応してみせましたよ!」
「ああ、我ながら手早くいい仕事したもんだ。」
 ーーもー!と、アルファルクに搭載されたサポートAIにしてAnker、ファムが膨れっ面になった気配がある。
 河原の石でも物ともせず、ダイナミックに駆け回るアルファルクだが、その秘密はファムが口にした『改造』、そして明日斗の√能力にある。

 ーー【グレムリンズ・エンジニア】

 明日斗が戦闘錬金術で作った即席作業サポートメカを用いて「自身が構造を熟知している物品」の制作か解体を行うと、必要時間が「レベル分の1」になる、というもの。
 彼は勝手知ったるアルファルクの足回りを手早くバラし、サスペンションを強化した。
 ファムのサポートもあり、四輪は丸い河原石を捉えて離さず。
 まるで|舗装路《ターマック》のように|未舗装路《グラベル》を躍り。
 ーー俺は、葵が仕事をやりやすい様に場を整える。
それが、紫遠から託された仕事だ。
 【フォールディングヘビーライフル『AVW-1」』】を撃ち放ちながら、牧羊犬の様に敵の群れをひと所に集めてゆく。
「お膳立ては整ったぜ、葵。やっちまえ。」

「うん!後は任せて!」
 重甲着装者にも関わらず、あまりにも軽装な葵がアルファルクから跳ぶ。
 彼女曰く、強化改造により、己の肉体こそが重甲と化したというのだ。
 一説によれば、戦艦の艦砲射撃も大爆発をも跳ね除けるという。
 そして、その肉体を理不尽なまでの防御力に強化しているのが、彼女の√能力。

ーー【パーフェクトボディ・ソウル】、だ。

 この能力は、持久戦においてこそ効果を発揮する。
 彼女が死なない限り、外部から受けたあらゆる負傷・破壊・状態異常が、10分以内に全快するというのだ。
 仮に彼女の鋼の肉体に傷を負わせる事ができたとて、この腐臭を放つ情念たちになす術はないだろう。
 ーードンッ
 周囲の石をサークル状に巻き上げ着地した葵は、紫遠が選び、明日斗が集めた敵を。
「そんな攻撃じゃ傷つけられないよ!」
 反撃を物ともせずに、我流格闘術で文字通り蹴散らしてゆく。
 その拳打は、まさに大砲のよう。
 次々と緑色の怪異だったものの肉片が散らばってゆく。

「うん、さすが今回の即席チームのアタッカーだ。頼もしいね。」
 その様子を眺めながら。紫遠はポケット灰皿に、トンと灰を落とす。
「さて、君で僕らのノルマは最後だ。終わりにしよう。」
 ーーあなた
 そう呟く情念の死に損ないを。
 直刃の打刀が斬って捨てた。

天勝・牡丹

 ーー憎悪と愛情は表裏一体。
「情の縺れというのはいつでも厄介なものです。」
 鈴を転がす様な声と共に現れたのは、妙齢の、1人の女。
 喪服の様な黒装束に、白い肌。白と黒の太刀の二本差し。
 それよりも。さらに人目引くは、2本の角に、繊細なレースのヴェール。
 √百鬼夜行の鬼であろうか。
 ーーいや。彼女、|天勝・牡丹《あまかつ・ぼたん》(独り夜咲き・h04641)は人間である。
 |夢恋万華《ヴェール》を川風に靡かせる姿は、どこか浮世離れしているが。
 ーー私にその気持ちが理解できる日が来るのでしょうか。
 そう言い置く彼女の声は、優しく、どこか儚い。

 ーーあなた あなた あなた
 ーーこのおんなは だあれ
「憐れな成れ果て、お可哀想に。」
 牡丹は怪霊さわりめの有り様に憐れみを込めて、瞑目し。
 花弁を散らしながら、一歩、踏み出した。
「その怨念、断って差し上げましょう。」
 菫の目が開くとともに。
 しゅらり、しゅらりと、鞘を滑らせる音ふたつ。
 抜いた刃の名は【咲乱】。
 そして、彼女の使う√能力が、彼女に瞬身の如き速度を授ける。

 ーー【|白華の摩天楼《ハッカノマテンロウ》】
 纏うは花弁、纏うは【花神】。

 情念が腐臭を放ちながら、牡丹の姿を目で追う様を横目に見ながら。
 彼女もまた、怪霊たちの姿を観察し。普通の斬撃では効きが弱くなる可能性を考慮した。
 花弁を散らしながら駆け回る姿は、さわりめたちに的を絞る隙を与えない。
そして、霊剣士の名に相応しく。霊力を二刀に宿し、淡い月の様な光を灯して。
「先ず、ひとつ。」
 ーー【閃光・菊一文字】。
 抜き打つ様に、月光が一閃。
 ーーあな ーーた?
 一呼吸遅れ、緑色のヘドロが袈裟懸けに、ずるりと上体が滑り落ちる。

 ーーああ あなた やめて わたしのひとを うばわないで
 ーーわたしの あなたを かえして
 そのまま、返す刀、左の霊刀で伸ばされた触手を断ち。
 ふわりと舞う様に身を翻して、更に本体に横薙ぎを呉れてやり。
 腐った緑色の手や触手が伸ばされる度に、月光の如き軌跡と共に、それがぽろり、ぽろりと落ちていく。
 ーーあ

「ーー花と散れ。」

【閃光・菊一文字】が、2連、奔り。
 情念の残滓は声をあげる間も無く、浮世との縁を絶たれた。

 「全部、バッドエンドになればいいのに......
 ーーそう思いません?」
 懐紙でもって二振りの太刀を拭い、納めながら問う鈴の音に。
 答えられる者は、もういない。

クラウディア・アルティ

 般若と化した女から聞き出した場所。
 男女が心中するべく入水し、それを弔ったという塚がある橋の袂。
 そこでは既に、怪霊さわりめと、√能力者たちとの
激戦が繰り広げられている。

 ーーなんか緑のうにょうにょが出てますー?!

 河原に降り立った白猫の毛並みが逆立った。
「いえ、もっとこう、人の形してるのかなって思うじゃないですか!!
 形保ててないー!?」
 病んで。惓んで。澱んで。濁って。腐り果てて。
 元の想いからは、遠く遠く離れた情念が。
 解かれた封印から溢れ出した瘴気に充てられて、カタチを成したもの。
 それが、この場に溢れ出たさわりめたちの由来である。
「こんなの、世に放つわけにはいかないですよ!」
 おそらく、この街の滅びの際には、この腐臭を放つ情念の成れの果てたちが、尖兵となるのだろう。
 女の、女たちの報われぬ想いたちを祓ってやらねば、と。
 猫の姿のエルフの両手に、短槍型ディヴァインブレイドが2本、しっかと力を込めて握られた。

 ーーとはいえ、悲しい情念であるのは事実。
「あまり苦しまずに倒してあげたいものです。」
 青の瞳で、真摯にさわりめたちに向き合い、見据えると。
 【ウィッチ・ジャベリン】を構え、声に魔力を集中させて。
 遠い、遠い、遠い日の『あなた』の姿をイメージして、呼び掛ける。

「ーー『あなた』から貰った力。今、此処に。」
 ーー【ディバイン・プロテクション】

 白猫の呼び声に応じ、姿を顕す護霊「ドラゴン・ミラージュ」。
 例え|幻影《ミラージュ》であっても、その姿は雄々しく、神々しく。
「ドラゴン・ミラージュ、お願いします!」
 そして、その頭に乗った|術者《クラウディア》とは、以心伝心。
 召喚が成ると同時に、牙の間から焔が漏れ出して。
「ドラゴンブレス、いっけー!」
 ーーびゅごぉうっ!!

 足下から、川へと向かって吹き荒れる紅蓮の風。
 腐臭をも、炭をも遺さず。吐き出されたブレスが、さわりめたちの群れを呑み込んでいく。

「ドラゴン・ミラージュ、距離を取って!
 出来る限り力寄らせないように!」
 腐臭を放つ、溶けかけの腕で触れられれば、相手の傷が回復してしまう。
 その事を把握していた白猫は、ドラゴン・ミラージュに火力支援に徹するよう指示を飛ばす。
 いくらドラゴンミラージュに火力があると言えども、大きな体躯である以上、『触れ』られてしまう部分もまた大きい、といえるからだ。
 そして、幻影と対照的に小柄なクラウディアは、【ウィッチ・ジャベリン】を両手に、ドラゴンの頭から河原に飛び降りて。
 炎弾の支援を受けながら、コートを翻しながら小さな体を活かし、腐った腕を掻い潜り。
 残るさわりめたちを斬り払っていく。

「……死んでも、妄念となっても、なお。求める気持ちは、よくわかります。」
 静かに、諭す様な声音で、クラウディアは囁く。
 それが、彼女たちの想いとは違っても。
 それが、受けた仕打ちや思い出とは違っても。
 それが、私たちの別離とは違ったとしても。
 ーーああ あなた
 ーーあなた も なの
「誰にとっても『あなた』は特別ですものね?」
 その言葉とともに、残るさわりめたちの動きが。
 大きな目玉で、クラウディアを。或いは|ドラゴン《『あなた』の》・|ミラージュ《まぼろし》を見つめて、止まった。

 護霊の放つ、ブレスの奔流の中。
 ーーあなたは いっしょにいるの ね
 ーーうらやましいな あなた やけちゃう なぁ
 最後の一体が、浄炎に包まれながら囁いた、その声が。
 ーーありがとう
 清浄さを取り戻し、さらりと吹く川風とともに。
 クラウディアの、猫の耳を撫でた。

第3章 ボス戦 『隠神刑部』


ーーほう、封印が解かれたと思えば。既に佳境と見える。
これは、儂も覚悟せねばなるまいて。
 果たして、瘴気の中心から姿を現したのは、一匹の古大狸。
 伊予松山に伝わる、八百八の狸たちを統べる者。
 刑部の称号を与えられ、松山城を守護したという古狸。
 狸界に於いては、音に聞こえたその名前。
 ーー『隠神刑部』、だ。

「貴様らも当然、会ったであろう。あの女に。」
 刑部は√能力者たちを眼鏡の下から睨め回す。
「儂が唆すまでもなく、彼奴めは儂の封印を解きおった。
 余程、己が番を己が手で始末したいと見える。
 そのために神通力を授けよ、己の手で夫を殺め、自らも命を絶ったら、後は好きにして良い、という条件であったが…
 貴様らが此処に居るという事は、それも間に合わなんだ、という事か。」
 狸は呆れ果てた、と言わんばかりに大きく頭を振った。
「此方は策を巡らし、人が堕ちていく様を眺めるのが好みだというに。
 全て、最初から堕ちておった、彼奴めが進めてしまった。
 これでは儂は、全くの呼ばれ損であるよ。」
 ーーげに、ヒトの情念の浅ましく、悍ましく、恐ろしきこと。
 ーーあな、恐ろしや。恐ろしや。
 古狸は心の底から溜息を吐いた。
「斯くなる上は、復活を完全に成して、帳尻を合わせようぞ。」

 刑部刑部自身は、然程乗り気ではないようだが、それでも強力な古妖である事は疑いない。
 本気になる前に退けて、街が滅ぶ結末を阻止しなければ!
鬼道・太一朗

 ーーまたテメェか。狸。
 |鬼道・太一朗《きどう・たいちろう》(怪力乱神・h05388)は、心底嫌なモノを見たとでも言うように、眉を顰めた。
「……いや、そもそも俺を覚えてねえか。別の肉片だろうからな。」
 そう、彼は以前に、星詠みの少女が詠んだ依頼で、隠神刑部と激突している。
 その時は後の先の先、とでも言えば良いのか。
 太一朗が狸の性格を読み切り痛撃を与え、壮絶な殴り合いとなっている。
「ほう、別の儂を知っておるか、孺子。
 それで尚、生命を存えておるならば、儂が殺したか、儂から逃げ帰ったか…」
 太一朗の黒い瞳をしっかと見つめた狸は、やがて、重々しく口を開く。
「否、違うな。貴様の目には恐れがない。
 気に入らぬ。誠、気に入らぬ。ーーが。」
 ーー油断のならぬ対手という事は、わかった。
 その言葉とともに、刑部の周囲で妖気が渦を巻く。
 それはまさに、城を守ったともいう、大将の名に恥じぬ風格である。
 隠神刑部の本気を察したであろう太一朗も、不敵に口角を吊り上げた。
「遅かれ早かれ何かやらかしてただろ。ここで仕留めてやるよ。」
「良かろう。来やれや、孺子。
 予州松山は久万山、八百八狸が|総大将《とうりょう》、隠神刑部が相手をしてくれようぞ。」
 こうして、再封印の戦いが始まった。

 ーー以前に戦ったから、手口はわかってる。
 戦いに於いて、『見た』ことがあるという点は、非常に大きなアドバンテージとなり得る。
 しかし、それでいてなお、油断はしないのが太一朗という無頼漢である。
 何しろ今回の狸は、初めから口で動揺させるような油断がない。
 |対手《たいちろう》の言葉と眼から、自身が一度敗北したであろう事を不都合な事実をも読み取っているのだ。
 ーー同じ手が通じるとは限らねえ。
 太一朗もまた、新たな手を打つ事を決断した。

「これでも…くらいやがれ!」
 太一朗の周囲を漂う礫が、機銃の様に撃ち出される。
 先の戦いで怪霊相手に見せた、『念動力』を活かした一手を打ったのだ。
「ふん、牽制のつもりか、孺子。石手の川で、子分どもと石合戦に興じたのを思い出すわ。」
 ひとつ、懐かしむように嗤うと、太一朗を真似るように、神通力で石を撃ち返す。
 宙で数多の石の雨がぶつかり合い、弾けあい。流れ石がお互いの肌を掠めて、太一朗の頬を切る。
「どうした、孺子!牽制ばかりでは、戦は前に進まぬぞ!ふふ、はーはっはっはっは!!」
 呵呵と笑う狸。頬から流れる血を拭いながら、それでも太一朗は待っていた。
 そう、隠神刑部の√能力の発動条件、『周辺にある最も殺傷力の高い物体』を満たすに足るものが、飛んで来る事を。

ーー来た!
 それは、石の雨を目隠しに、紛れて飛来する大岩。
 太一朗が目していた通りのものだ。
 ーーずん、と。大岩が、地響きを立てて着弾する。
「これで終わったら、拍子抜けだが。そんな訳があるまい?」
「ーーああ、当たり前だろ。こっちだ。」
 狸との初戦をなぞる様に、太一朗が現れたのは古狸の、その背後。

 ーー【神出鬼没】。

 太一朗が黒い鬼の瞳で捉えたインビジブルと、太一朗自身の位置を入れ替える√能力だ。
 と、同時に。錬鉄の拳が、鬼の怪力を持って唸りを上げる。
「コイツで、まず一本だ。」
後頭部からの強力な|撃ち下ろしの右《チョッピング・ライト》。
 その一撃を、狸は避けようも無く。
 その頭は弾ける様に、河原の砂利に突っ込んだ。

「やっぱ形がある奴の方が殴りがいがあるな。」
 撃った硝煙を掻き消すかの様に、殴った|右手《たいほう》をひらりと振って。
 ーーまだやれんだろ?
 と、顎で示す。
「同感だ。石合戦などでは、殴る感触が得られぬ。」
 ーーさぞ、貴様は殴り甲斐があろうな。
 刑部もまた、愉しげに。
 フレームがひしゃげ、レンズの割れた眼鏡を投げ捨て、拳を握る。

 ーー敵同士だからこそ。拳で通じ合える事も、あるのかもしれないな。
 ーー…それくらい、人の心もわかり易けりゃいいんだが。
 太一朗は、ふと、そんな事を想う。
 交差する様な軌跡で描いた拳と拳で、痛打を浴びせ合いながら。

敷石隠・船光
八木橋・藍依
逢沢・巡

 ーー果たして、情念とはなんなのであろうな。
 金髪の美丈夫が誰にともなく、問う。
 八咫烏と月の紋を刺繍した付け下げが、夜の川風に揺れている。
 ーー軍刀の付喪神である|敷石隠・船光《しきいしがくれふなみつ》(徒手空拳の影の太刀・h04570)は、ヒトの愛に憧れや尊敬を抱いている。
 しかし、此度の事件は、情念ゆえに起きた事件であるという。
 夫婦と雖も、その愛に手を入れる事を怠れば、錆び付き、ボロボロに砕け散り。
 取り返しが付かなくなるのは、刀と鞘の関係に似ているのだろうか。
「狸よ。お前の言う通り…あな恐ろしや、だな。」
 隠神刑部を前に、徹指術の格闘者が腰を落とし、油断なく構えを取る。

 ーー取り戻せない愛ゆえに、自ら古妖の封印を解く。…そんな事もあるのですね。
 |八木橋・藍依《やぎはし・あおい》(常在戦場カメラマン・h00541)は「ルート前線新聞社」にて、新聞記者とカメラマンの仕事をしている。
 誌面によっては、ヒトの愛憎渦巻く世界をカメラ越しに覗く事もあるだろう。
 それでも、放蕩の限りを尽くす夫のみならず、街ごと無理心中しようというのは、中々類を見ない事件のはずだ。
「ハッピーエンドを誌面に載せる事はできないでしょうが。次善を尽くしますよ。」

 そして、もう1人。狸の周りで、るんたるんたと散歩している者がいる。
 |逢沢・巡《あいざわ・めぐる》(散歩好きなLandmine・h01926)だ。
彼女の情念に対する思いは定かではないが。
 ステップを踏む度に、リュックから何かが溢れ落ちている。
「儂を前に鼻歌とは、随分と余裕ではないか?小娘。
 来やれや、子分ども。あの娘から叩き潰せ。」
 古狸の号令と共に呼び出されたのは、化術の得意な配下の化け狸達。
 四国随一の城持ち大妖でもあった隠神刑部の配下は、勿論、精兵である。
 それが一斉に襲い掛かれば、多勢に無勢、巡は一溜りも…
 ーーどどどどどーん!!!!
 宙に弾け飛び、消滅していく|精兵《たぬき》たち。
「ーーは?儂の、配下、が?」
 哀れ、目を剥く隠神刑部。
 そう、彼女が散歩気分でばら撒いていたのは、何を隠そう、地雷であった。
 爆発物のスペシャリストである彼女の正体は。
 敵を誰彼構わず爆破する、心霊テロリストである。

「今です!突入を!」
 この隙に、藍衣の半身であるアサルトライフル【HK416】の支援射撃を背に、指を開く様な独特の構えで刑部に挑んだのは、舟光。
「この身こそ、刃。今の俺に必要な武器は、俺だけだ。」
「|武器《はいか》を失ったとて、儂とて松山の城を預かった大将。
 身一つが武器とは…気の乗らぬ仕事であったが、面白い孺子どもに逢ぉたわ。」
 口許をにんまりと吊り上げて、拳を固める妖狸。
 白の手袋に包まれた指と、豊かな毛並みに覆われた拳が、幾合とも数え切れぬ交錯を始めた。

 さて、こちらは突入の支援後、舟光と古狸の凄絶な殴り合いに向け、カメラを構えている藍衣である。
 切り札とも言える√能力の仕様により、彼女は動けないのだ。
 舟光の激しい拳は、そんな藍衣を守るためでもある。
 ーーシャッターチャンスは、きっと来る…!
 心に燃やす、記者根性。
 付喪神と隠神刑部の一合一合は魅力的だが、それでもまだ、とその一瞬を待ち続け。
「あと10秒……3……2……1……ゼロ!」
 ゼロを数えると同時に、舟光が帽子で顔を覆う。
 と。夜の川原を白夜に染め変え、影すらも消し飛ばす閃光が奔る。
「ぐぉああぁぁあ!?何の光だぁぁぁああ!?」
 目、脳すらも灼き尽くすような強烈な輝きに、さしもの古狸も悲鳴を上げ、たたらを踏み、尻餅をつき。

 ーー【|衝撃の瞬間!《シャッターチャンス》】
 『60秒間のチャージを要する』というリスクを負う代わりに、絶大なダメージを対象に与える。
 まさに、切り札に相応しい√能力である。

 この機を逃すまじと追撃に出たのは、舟光。
「夜叉よ!その技の冴えと我が切れ味二度と忘れられぬよう刻みつけてやろう!」
 ーー【|護霊乱舞太刀風語《ゴリョウランブタチカゼガタリ》】!
 護霊「カマエタチノヤシャ」が【ミダレオロシ】を以て、未だ視界を回復出来ぬ隠神刑部の肥え太った体をズタズタに切り裂いてゆく。

 ーーところで。
「衝撃与えれば、地雷って爆発するんですよ?」
 巡が徐にそんな事を宣言しながら、地雷原生成リュックサックを川原に置く。
 その拍子にぽろりと落ちた地雷を『んしょ』とリュックに戻し。
 「爆発反応装甲盾」やら、ベンチの下にありそうな紙袋やら、次々に物騒な|装備《ばくはつぶつ》を川原に置いて、身軽になり。
「かわいい、かわいい、狸さん。かちかち山に、してあげるね〜!」
 まだ視界が満足に回復しない中、尻餅をついたまま、じりじりと後退し石を投げてでも止めようという狸に。
 大変素敵な笑顔で、投げられた石を弾きながら戦仗槍片手ににじり寄る巡。
「待て、小娘。その遣い方は、間違い無く仕様書に載っておらぬ。」

「あの娘は止まらんだろうな…」
「それが『地雷』の|少女人形《レプリノイド》である、彼女のサガというものでしょうから。」
 舟光は最初から止める事を諦めているし、同じ|少女人形《レプリノイド》である藍衣は、その戦い方にも一定の理解は示して、カメラを構えている。

「載っていたにしても。間違い無くやってはならぬ使用法であろう。
 待て、待て。早まってはならぬ。だから待て!ソレを振りかぶるな!待てと言うておるに!」
 古妖の必死の静止も届かず。無情にも振り下ろされる、地雷付き鈍器。

 ーーずどんぬ!!!!

 夜の川原に一つ。
 【|打撃地雷特攻《バンザイアタック》】による、地上の花火が咲いた。
 川風と爆風が混ざり合う中、遺された2人は帽子を抑えながら、夜空にテヘペロ顔の巡を幻視したというーー
「取材は、バックアップの巡さん探しから始めないといけませんね…!」

ミルグレイス・ゴスペリジオン
リズ・ダブルエックス
ソノ・ヴァーベナ
ハインリヒ・リエラ

「あは♪どうしたのぉ?もしかしてもう疲れちゃった???」
 敵に対して、その様な軽口を叩くのはミルグレイス・ゴスペリジオン(魔境を巡る舞軍師・h02552)だ。
「ふむ。見てわからぬか小娘。目潰しからの滅多斬り。
 その上自爆特攻を受けて心身ともに疲れぬ奴が居ったら、その顔を拝んでみたいわ。」
 黒焦げになった隠神刑部が、けふっ、口から黒煙を吐く。
 そもそも今回の件に関しては、頼みもしないのに封印を解かれ、準備も何も整っておらず、血湧き肉躍る戦いでもない限りはやる気がない状態である。
 それでもなお、舞う様に繰り出されたミルグレイスの槍を拳で苦もなく捌くあたり、そもそもの実力が高い事が窺える。

「やる気が出ない気持ちも、少しわかるのであります…」
 そう言って、隠神刑部に若干の同意を示すのは、リズ・ダブルエックス(ReFake・h00646)だ。
「幾ら儂が城を預かる大将であったといえども、何の下準備をする時間も与えられ無いのではな…」
 狸のボヤキに、あー、と、何とも気の毒そうな表情を浮かべるリズ。
 |LZXX《ベルセルクマシン》の能力を具現化した|少女人形《レプリノイド》だという彼女。
 偽物の人格を据え付けられたベルセルクマシンとして戦い、そしてその人格すらデータ取りのために奪われたという。
 彼女の生まれの経緯は悲惨なものと言えるが、食べる。寝る。食う。ゴロゴロする。食す。そんな日常を愛している。
 戦闘機械として重要な戦闘面を吸い出された結果がこの自堕落…いや、のんびりとした姿ならば。
 これが元となった彼女にとっても、素であったのかもしれないし、凶機の中にあった願望そのものであったのかもしれない。
 今となっては、確かめる術もないが。

 ーー愛。愛するが故に、狂って。愛するが故に、殺して。愛するが故に、死んで。
「何を呟いておるか。愛なぞ、人を狂わせ、歪ませ、破滅に追いやる麻薬ぞ。」
 嘲るような古狸の言葉を他所に。
 譫言の様に呟きながら、ハチェットでもって隠神刑部に斬りかかるのは、ハインリヒ・リエラ(愛を確かめるツギハギ・h01274)だ。
 彼はデッドマン、死人を繋ぎ合わせ、ヒトとして蘇った存在だ。
 幼馴染…生前のハインリヒが想いを伝える事の出来なかった彼女の右目、右腕、左脚、皮膚の数か所は。
 今のハインリヒのパーツとなっている。
「今の貴様の身体は、愛故の破滅の結果ではないのか。んん?」
「それも、わからない…。でも、この身体がある限り。」
 ーー彼女は俺の側に居てくれる。
 そう口にする両目の輝きは、力強く。

「狙った獲物は逃がさないよー!」
 そんな前線を後方からスコープを覗き、確実な支援する狙撃手がいる。
 ダークエルフ…ではない。
 今世の文化を愛し、日焼けサロンでその身を褐色に染めたエルフ、ソノ・ヴァーベナ(ギャウエルフ・h00244)だ。
 「アルケイン・フレーム」なるブランドの制服に身を包む、今時のギャルにしか見えない彼女ではあるが。
 エルフらしく齢は1,000年を数える。
 危なっかしい心、危なっかしい戦いを的確に支援できるのは、長命種として経てきた年月のお陰だろうか。

「ふん。この支援、気に入らんが美事。
 あの射手をどうにかせねば、この槍の小娘も、屍人の孺子も面倒であるな。」
 【刑部百十二変化】により、十二神将が一人、|摩虎羅大将《ヤマーンタカ》に変じた古狸は、忌々しげに空を見上げる。
「何より、射手と連携してくる人形の小娘が、鬱陶しい。」
 光の翼により空を翔け、機動力で翻弄してくるリズに手を焼いているのだ。
 多腕の明王、ヤマーンタカであっても。構えられる弓はひと張。
「どれ、一つ無理をしてみるか。
 どちらにせよ、此度は戦う前から、趨勢は決していたのだ。」
 大威徳明王の貌で、自嘲する様な笑みを浮かべた。

「ダンスの時間だよ。一緒に踊る?」
「応さ。乗ってやろう。今までのような手加減は、一切無用ぞ?」
 煽り返す狸に放たれる、【舞手の蹂躙:猛連の型】。
 命中する限り【竜漿兵器】による攻撃と技能による攻撃を繰り返す、ミルグレイスの√能力だ。
 ただし、この能力はーー
「格上を煽るには、力が余りに足りぬな。」
 ーー技能の練度に、成功率が依存する。
 多様な技能を取得しているミルグレイスとの相性は、頗る悪い。
 戦旗槍も初撃こそ明王を掠めるもの、次撃以降は宝棒で難なく凌がれ。
「それがどうした!まだまだこんなもんじゃーー」
「否。戦士としても軍師を名乗るにしても、相手の実力も測れぬ様では、どちらも底が見えておるわ。
 挑発は、相手への、相手以上の深い理解が有ってこそ、初めて成る。」
 ーー謙虚な目で己と相手を見定めよ、小娘。
 助言とも付かぬ言葉を吐きながら、ミルグレイスの槍の猛撃に。
 寸分違う事なくカウンターを合わせる。
「これでまず、一手空いたわ。これで空の小娘と、射手の小娘の相手ができるというものだ。」

 強かに打ち据えられ、昏倒したミルグレイスを越えて。
 ハインリヒのハチェットが振り下ろされる。
「先ほどの呆けた様は、なんだったのだ。ーー重いではないか。」
 その一撃は、譫言を語っていた人物と同じとは思えない重さだ。
「それは済まなかったな。飽きゆくまで存分にやり合おうじゃないか。」
 ハチェットを振い、宝剣と鍔迫り合いながら、ハインリヒは思う。
 此度の事件は、愛故に狂い、愛故に男共々、この街ごと無理心中しようという女が引き起こしたという。
「俺だったら。どうだったのだろうな。」
 ーー名前すらも忘れたが……その存在をどうしようもなく愛していたことだけは判る。
 そして、こうして蘇った我が身であるからこそ、いつか確かめられる事もあるかもしれない。
「もう一度だけ会って聞きたいんだ。君は少しでも俺を愛してくれたのだろうかと!」
 幼馴染との再会、その祈念を込めて振るわれたハチェットが、遂には刑部の剣を弾く。

「うっわ!スコープ無しの弓で、ここまで届かせてくる!ウケるー!」
 【アルケイン・フレーム】の制服が生む防御障壁で飛来した矢を弾きながら、ソノは驚嘆の声を挙げる。
 前線の1人が倒れてから、飛来する矢が増え。
 【グラビティ・ヴェール】で距離感を狂わせているにも関わらず、狙いも正確さを増している。
「ダテにたくさんの子分を抱えて、お城を守ってた古狸ってワケじゃないねー!」
 ーーだったら、こっちも切り札だ!
 舌で唇をぺろりと湿らせ、発動するのは【デスバレット・レクイエム】。
 【装備するマギア・スナイパーライフル】を用いた通常攻撃が、2回攻撃かつ範囲攻撃になるという、ソノの√能力にして絶技だ。
「これはいかん。気に入らぬが、此奴らを片付けぬ限り…いや、間に合わぬか。」
 掴んだ距離感を再び失い、更に性格無比な狙撃が滝の様に押し寄せれば。
 最早、この戦いの中で刑部がソノに為せる術はない。
 何よりソレを。
「レイン兵器の出力を防具機動力と武装破壊力の2点に集中。高速近接戦へと移行します!」
 ーー【|LXF・LXM並列高出力モード《デュアル・アームズ》】を発動したリズが許さない。

 リズの√能力は、彼女が光翼の飛行能力を捨てる代わりに、地上走破用の【限定光翼】を展開した防具を纏う。
 防御力を増した上で自身の移動速度が3倍になるのだ。
「疾い、疾いな、人形の小娘!」
 遂には愉しげに嗤い、その動きを捕えんと繰り出される隠神刑部の宝棒を。
 銀の髪を靡かせ、【プラズマブレイド】の金の尾を弾きながら、機動力でもって掻い潜り。
 飛び込んだ懐から見上げる、青い瞳。
「突喊するであります!とりゃぁぁぁあああ!!」
 裂帛の気合いと共に放たれた逆袈裟斬りが。
 大威徳明王の…いや、久万山の隠神刑部の身を。
 確かに捉え、切り裂いた。

クラウディア・アルティ

 ーーこれは……もふもふ大戦の気配!!
「毛並みなら負けませんよ!!というかタヌキなんで!?」
「悲しい偶然で、儂が此処に封印されておったからだな。
 生憎、儂の毛並みはとうに黒焦げぞ。争うなら他を当たれ、他を。儂は忙しい。」
 ーーという訳にはいくまいな。
 そう言って、満身創痍の古妖、隠神刑部は嗤う。
「毛並み勝負は不戦勝という事で私の勝ちですね!ぶいぶい!!」
 ーーええ、いきませんとも。
 クラウディアもまた、冗談はこれくらいに、と。
 にこりと笑い、ディヴァイン・ジャベリンを構える。
「隠神刑部と名高き古妖とあっても。
 呼ばれ損と言うのならさっさとお帰り願いましょうか。」
 悠久の時を生きてきたエルフの青い眼に、一切の油断は無く。
「良かろう。儂も最期に一つ、死に花とやらを咲かせてみようか。
 ーー予州松山が城の守り手、久万山の隠神刑部。参るぞ。」

 死に瀕して尚、刑部の神通力は衰えを知らず。
 川原石が凶弾となって降り注ぐ。
 ーー人の情念の恐ろしさは語るまでもなく。ですが、その想いが人を支えている。
 ディヴァイン・ランサーで直撃弾を弾きながら、クラウディアは思う。
 情念、欲望、愛別離苦。それらの恐ろしいモノを抱え、時に屈し、時に乗り越えるからこそ。
 ヒトはヒトらしく生きられるのだと。
「その想いの良悪の揺らぎこそがヒトの生なのです!」
「そうさな、その揺らぎ…久兵衛めの揺らぎもまた、人間らしさの発露であったのであろう。」
 √EDENの講談にて語られる、隠神刑部の伝説によれば、だが。
 この古狸もまた、人の情念、欲望に振り回された歴史を持つのだ。
 古妖として人を喰らうか、百鬼夜行に加わるか。本人の胸中にしか答えはないが、迷った時もあるのかもしれない。

「さしもの貴方も、もう限界でしょう。今、楽にしてあげます。」
 徐々に、明らかに薄くなる、石の弾幕。
 刑部の傷の深さを見れば、【周辺にある最も殺傷力の高い物体】を撃ち出す気力も残っていないのが、見て取れる。

 ーー多くの想いと、たくさんの悲劇。

 そんな刑部を送るために紡がれる、クラウディアの呪文。
「ーーそれでも前に進もうとする希望が入り乱れる、 命あふれるこの世界を守る為に!
 紡ぎましょう、【希望の物語】を!」

 詠唱の完成と共に、夜の川原は白猫の√能力が生み出した、光り輝く舞台となり。
 しかし、クラウディアの詠唱は、まだ止まらない。

 ーーそして、起きてください!
「『悪戯好きの優しい魔導書よ。シェルム・ツァールト・グリモワール、悪戯好きの優しい魔導書よ。』
【ウィザード・アイシクル】!」

 クラウディアの呼び掛けに応じて、魔道書が輝きを宿せば。
「ばーん、と50個くらいいっちゃいましょーか!」
 景気の良い彼女の言葉通り、50個もの、羽根のついた氷の宝玉たちがクラウディアの周りを飛び回り、滞空する。
 ーー本来。この√能力は、召喚したものの数だけ威力が増す代わりに、命中率が低下する。が。
 今は、先行して展開した√能力、【希望の物語】の中。
 そう、凡ゆる攻撃が必中となる世界である。
「ふっとべー!!」
 翳した桜色の肉球の号令とともに殺到する、『滅びの白』の名に相応しい氷の嵐。
 隠神刑部は、もはや、無駄に足掻く事はなく。
 この肉体を滅ぼす者の、青い瞳を見遣った。
「この儂は、これまでか。望まぬ呼び出され方ではあったが。まあ。」
 ーー少しは、愉しめたわい。
 氷瀑を成さんとばかりに、氷塊が降り注ぐ中。
 そう言い遺し。古妖・隠神刑部は敗れ、斃れたーー

 魔法の残滓がコートを揺らす中、残心を解き。
 クラウディアが『あ。』と声を上げる。
「そういえば、簀巻き男忘れてました。」


「畜生、離せ!この!縄を解きやがれ!この…猫?猫野郎!
 後でどうなるか、わかってやがんだろうなぁ!」
 簀巻き男…いや、女の夫は、クラウディアを見るなり喚き散らし…その背後に控える人物を見、『ひっ』と息を呑んだ。
「あなたの奥様ですよ?その反応は如何なものかと。」
「随分とお久しぶりね、まともに顔を合わせるのは。
 ね、あなた。」
 ーー幽鬼の様に、ゆらりと立ち。その手に研ぎ澄まされた、抜き身の包丁を持って。
 そう、クラウディアは、女をこの場に連れてきていたのだ。

 戦いが終わった後、白猫は女の元へ戻り、渋る女を言いくるめて連れ出した。
 ーー道中、女と白猫は、様々な言葉を交わした。
 夫婦になった経緯も。
 どの様に身銭を削り、夫の放蕩を支えて来たかも。
 終わった後、あの塚のある橋から、夫の亡骸とともに、身を投げるつもりであることも。
 それに対し、|クラウディア《せんせい》は、真摯に、己の言葉で女に向き合った。
「死んだって、想いは止まらないんですよ。
 だったら死ぬだけ無駄です。
 死んで止まってしまったら…『其処』から動けなくなる。」
 それは、先の想いが澱み、腐った怪霊たちを見たためか。
 それとも。『あなた』に纏わる思いが、言葉となったものだったのだろうか。

「お、おお、俺はそんな女と、そんな幽霊みたいなヤツと一緒になった覚えはねぇ!
 ちきしょう、今更、金ヅルに殺されてたまるか!」
 ーー私が甘やかし過ぎたから、あのひとは、ああなってしまったのかしら。
 ーー私にも、妻としての責任があるのではないのかしら。
 結果としてではあるが。夫が望むがままに金子を与えてしまった事についても、女は自分を責めていた。
 しかし、今。女の耳にもはっきりと。言葉となって、夫の性根が見えた。
「やはり、殺すのは止めましょう。貴女が命を賭してまで、という価値は。私には無いように思います。」
「ーーええ、そうね。私にも、よくよく、わかりました。
 いつかわかってもらえる…そう望むこと自体が、間違っていた、と。」
 足だけをじたばたと動かして、尚も逃げようとする夫を冷めた目で見下ろした。
 ーー代わりに、と言ってはなんですが。
「激情のままにしばき倒すのも、また正解じゃないでしょうか?」
 十数年もの間、夫婦であるにも関わらず、蓋をし続けて来たもの。
 その澱みかけた想いを解き放つよう、クラウディアに促され。
「これ、預かっていてくださる?」
 女は、|包丁《さつい》をクラウディアに預けた。
 あの目つきの鋭い、優しい借金取りをイメージして。
 幼少の頃以来に、拳を握り込み。
「私は!あなたの母親でも!金ヅルでも!ないのよ!!」
 渾身の握り拳が、夫の頬を捉えた。

●エピローグ
「初めて、全て吐き出せた気がするわ。」
 女は、√能力者たちの激闘があった橋の欄干から、絶えず流れる川の流れを眺めていた。
 あの後、恙無く離縁は成立した。
 寧ろ、夫の方から一方的に三行半が書き置かれていた。
 何と勝手な、そう思いはしたものの。
 愛するひとに捨てられた…なんて想いは、意外とないもので。
 全てが終わった後も、こうして生きている。
「あの|猫《ひと》の口車に乗せられて、死に時を失ったのかもしれないけれども、ね。」
 手摺に肘を付き、苦笑を溢すその顔には、血の気が戻っていた。
 ーー今もきっと、『あなた』は何処かで酒色に溺れているのでしょう。でも、もう。終わったこと。
「ーーなんて、簡単に割り切れたら良いのだけれども。」
 想いは消えない。スイッチを切り替える様に、人が変わるなんて事は、多くはないと思う。
 それでも、あの|猫さん《せんせい》が言った通り、生きているからこそ、緩やかに変わるものもあるのだろう。
「『せめて、あんただけは幸せに生きろよ。』か。
 …この先が幸せかは、わからないけど。」
 ーー久方ぶりに、自由に生きてみよう。

 昏い情念から解き放たれて。
 今日も、女の時は流れているーー

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