⑰譲れないもの、ただひとつ
●赦されざる者
見上げるほどに高くそびえる駅ビルの前で、男は立ち尽くしていた。
「行き交う人々が、俺の剣に反応を示さない……忘れようとする力? いや、お前が記憶を『奪って』いるのか」
視線を移した先、明確にこちらを見射ている者。
「やめなさい、簒奪者よ。貴方は心の中で『誰も殺したくない』と思っている。それが例えAnkerの為だとしても、いずれは貴方が壊れてしまう」
「……初対面だが、俺はお前を知っている。ギルベルト・キルシュバウム。俺が永劫の時をかけて探し続けた存在に『Anker』という名を付けてくれた……つまりは俺の生涯の恩人だ」
どこか懇願めいた言葉は、しかし男の動きを止めるに至らない。そして、その記憶も。
苦悩し呻くように、声を絞り出す。
「だが、その願いは聞き入れられない。俺は赦されざる悪。この街の人間を皆殺しにする……!」
●赦しはあるか
「生涯の恩人かあ……私は一緒にいるからなあ」
ふわっとしたで告げる嵐士・陽来(嵐を呼ぶ朝陽・h08366)。
「一緒にいる?」
「うん。監視役でもあるけど」
まあそれはさておいてね、と話を切り、
「外星体『サイコブレイド』が、彼のAnkerを人質に取った誰かの命令で、西鉄福岡駅に現れて、大量虐殺をやろうとしているんだ」
西鉄って西日本鉄道の略ね。と言い添えた。
サイコブレイドの凶行から、人々を守りながら虐殺も止めなければならない状況だが、謎の√能力者『ギルベルト・キルシュバウム』が味方になり共闘してくれる。
彼はそれなりに強く、ある程度の戦力として期待できるだろう。
「ギルベルトさんは、お願いすると「敵や味方の短期記憶を奪う√能力」を使ってくれるから、うまく活用するといい感じにいけるんじゃないかな!」
「なんかふわふわした説明だなあ……」
戦いに勝利すれば、ギルベルトは「EDENが実在した事」を喜んだ後、雑踏の中に消えていくだろう。
どう戦いを進めるべきか思案する√能力者たちへ、星詠みは一言を向ける。
「私は、Ankerというものがよく分からないけど……きっと、誰にでもある、とても大切なものなんだろうね。私にもあるのかな。あるんだろうね」
刹那に生きる陽来にとって、多くのことは関心外だ。執着する相手ですら、本質的には大切と言うべき存在ではない。
それでも、何か感じられるものはあったのだろう。
「大切なもののために戦うなら、大切なもののために無事でいないとね。みんなも、誰かの大切なものだからね!」
言って、それじゃあちゃんと、元気に帰ってきてね! と笑った。
第1章 ボス戦 『外星体『サイコブレイド』』
西鉄福岡駅の前で対峙する男たちに、クラウス・イーザリー(太陽を想う月・h05015)はそっと息を吐く。
(「サイコブレイドにとってのAnkerは、嫌いな殺戮に手を染めてもいいと思えるくらい大切なんだろうね」)
やるせないな……
己を枉げる。それがどれほど覚悟の要ることか。そしてそれは、何を代償としたものか。
だからこそ、俺たちの手で止めなければいけない。
自身を案じる男、ギルベルト・キルシュバウムから顔をそらして、凶刃を手にする男……サイコブレイドは、ず、っと身構え、周囲へ向けて閃かせた。
凶行が始まろうとしている。
「させないよ」
短く声を掛けて気を引きながら、影から黒い茨の蔓を伸ばしてサイコブレイドへと走らせた。
自分に向けられる敵意を察知して回避を試みたが、縦横に伸びる茨の蔓に絡め取られる。完全に動けないほどではないが、動きを止める程度の拘束に成功したようだ。
「誰かを殺したいなら、まずは俺を倒すんだね」
茨の蔓を操って周囲への攻撃を含めた干渉を阻害し、自身へ意識を向けさせる。
行動を阻害されたサイコブレイドは、ぎりと歯噛みして闖入者を睨んだ。どいつもこいつも、どうして。
「俺の……邪魔を、するな!」
拘束を振り切ると、√能力者を狙い跳躍。
茨の蔓を切り倒しながら接近してくる彼我の距離を測りつつ、クラウスは体内の魔力を刀の形へと錬成して迎え撃った。ギャン! と金属質に似た音を立て、刃同士がぶつかり合い、ギリギリと拮抗する。
深い色のサングラスの奥で、まっすぐに射てくる瞳は、憔悴を隠さない。だが、それを口にすることはない。
言ったところで、彼らが譲るはずがないと知っている。だからといって、自ら倒されることも選択肢にない。
であれば、衝突するだけ。
鈍い音とともに距離を取り、再び得物を携え干戈を交える。
動きを阻害あるいは遅延させようと√能力者が仕掛けた茨の蔓を、簒奪者は身を滑らせてかわす。身を低くして放った一撃を、クラウスは茨の蔓と魔力の刀で防ごうとしたが、もろとも薙ぎ払った。
薄く光を放つ刃が、クラウスの服を裂いてその下の肌に食い込む。振り抜いたはずが、勢いを殺されて中途半端に傷を負わせる形になってしまった。
はっと息を呑んだサイコブレイドが得物を引き、距離を取る。
「くっ……」
「!」
痛みに耐えつつも小さくこぼしたクラウスに、簒奪者はかすかに表情を歪めた。
もとより自身が好んで行っていることではない。だが、だからこそ加減をしていない。
そして、そんな自分を止めようと、彼らは立ちはだかっている。
ああ、何ということか。
追いすがる黒い茨の蔓を陰に、サイコブレイドが刃に宇宙エネルギーをチャージしはじめる。その隙を狙われぬよう、茨の蔓を利用して隠れたり、足場代わりに踏み込み√能力者たちから避けて、時間を稼ぐつもりだろう。
「ギルベルトさん!」
名を呼ぶだけで、クラウスの意図を理解したギルベルトがサイコブレイドの後を追う。追撃するためではない。√能力を確実に作用させるため、と、それによる不慮を防ぐために。
刃にジリジリとエネルギーが蓄積されていく。用を為すには十分に貯まっても、まだ。
茨の蔓を操りサイコブレイドの死角を作り、意識をそらさせながら不意を突く。反射的に得物で防ごうとし、接触と同時に霧散したエネルギーに目を見開いた。
「俺の記憶を『奪った』のか」
「正解」
チャージしていた宇宙エネルギーが放出されていれば、周囲に影響を及ぼしていただろう。だが、彼の記憶を奪うことによりそれは消散してしまった。
舌打ちして得物を持ち直し、回避しながら再び宇宙エネルギーをチャージしようと動こうとした時。
づ、っと。
魔力の刃が、男を袈裟掛けに斬り払った。
ベルトを伝って、血の滴りがぼだぼだと落ちていく。
血が滴るベルトを手で弾き、サイコブレイドが周囲を睥睨する。
西鉄福岡駅前を往来する人々は、突然の出来事に驚きつつも、非現実的な現象を前にして、いくらか遠巻きにする程度だ。
やるべきことを、やらねば。
じくじくと傷から血を流してもなお強い意志を瞳に宿す男に、空地・海人 (フィルム・アクセプターポライズ・h00953)は首を振った。
「今のあんたには、何を言っても譲らないだろうな……。だけど、これだけは言わせてくれ。あんたは虐殺を無理強いされてるだけの被害者だ。悪人なんかじゃないんだぜ」
簒奪者は応えない。それは慰めにならない。
代わりに、√能力者たちへ得物を構えた。対話での解決や事態の良化は見込めないだろう。
(「私は力を手に入れたばかりだから正直弱くて、戦力にはなれないけれど、」)
自身も戦闘態勢を取り、ユウリ・スプリングス(暴食の姫・h13492)がひとつ深呼吸をした。
牽制や言葉で、サイコブレイドを少しでも自分たちのほうへ向かせることができればいいと、期待する。投降して敵対をやめるとまではいかないまでも、少しは気を引くことができるだろう。
海人が変身ベルトを腰に巻き、
「現像」
掛け声とともに、灰白の装甲を纏った、双眼の【フィルム・アクセプターポライズ √ウォーゾーンフォーム】へと変身。
自身の作戦のために隠密を強化する彼から少し離れて、ユウリがすぅっと黒い群れを放つ。目を凝らして見た者のなかには、不快感を抱いた者もいるだろう。
群れをなしているのはハエだ。幻の。
幻の群れでサイコブレイドを取り巻き囲み、簒奪者が煩わしそうに得物を振るって叩き払う。気を散らされた男の先手を取って、操り手は素早く銃を向けた。
発砲に銃口が跳ねると同時の一閃で銃撃を防ぐと、サイコブレイドはユウリへ接近し刃を振り下ろす。
「させるか!」
間に割り入った海人が、その身を呈して攻撃を受け止める。接近した状態のまま、ネガフィルムセルから形成したネガビームシザーズで斬撃を放つも、ハサミの刃に得物を滑り込ませて防がれた。
遠距離射撃での一般人に流れ弾が当たる可能性を考慮し、近接攻撃に限定しての海人の戦法は、自身の力量を把握した行動を取るユウリとうまく組み合う。
ユウリが|黑星撃鉄《ヘイシントリガー》で意識を逸らして、簒奪者を引き寄せる。同時に放たれる彼女の攻撃をいなして反撃を繰り出すサイコブレイドに、しかし攻撃を阻止し斬撃と零距離射撃で応戦する海人。態勢を取り直そうとする簒奪者を、|妖魔触手術《テンタクル》が絡め取ろうと待ち構えている。
単独であれば、サイコブレイドにとって対処のしようもあろう。だが、行動阻害を仕掛けられる上に意識を逸らされては、目的の達成どころか無傷でさえ難しい。
幻の群れに釣られて切り崩そうとする一刀の隙に、狙い定めた海人の構えたイチGUNから撃ち出されるエネルギー弾が、簒奪者を灼く。
鋭い痛みに顔をしかめながら、反撃に切り替えようとして姿勢と呼吸を整える彼へ向け、銃を構えた√能力者を確かめて、厄介な、と吐いた。
携えた得物へ宇宙エネルギーのチャージを開始しながら距離を取る。
60秒。短くも長いその時間を、サイコブレイドは巧妙に√能力者たちの動きと絡めてやり過ごそうと仕掛けた。
海人が繰り出してくる斬撃に、自ら飛び込む。ネガビームシザーズの軌跡をすり抜け、次いで|黑星撃鉄《ヘイシントリガー》の幻の群れを体術で取り散らすと、ユウリが向ける銃口を手で押さえた。
彼女の銃による攻撃は致命的でないと判断したのだろう。攻撃する代わりに、押さえ込むことで動きを縛ろうとする。
藍色の瞳と緑の瞳が交錯する。それを警戒しつつ見守る焦茶。
今であれば。
「本当は今すぐにでも貴方のAnkerを助けに行きたいのでしょう?」
ユウリが問いかける。
サイコブレイドはそう思うと信じるからこそ。
簒奪者は応えない。それは救いにならない。
「なら私達だって手を貸すから、必要な情報を思い浮かべなさい。きっとギルベルトが読んでくれるわ」
言って、ふいとギルベルトを見やる。
「それくらいはしてくれるでしょう?」
問われたギルベルトは、しかし警戒しつつもサイコブレイドを直視しようとしない。
だが、応えを待てば簒奪者は凶行を再び果たそうと動き出すだろう。
それでもユウリの言葉にサイコブレイドが意識を取られている間に、海人がギルベルトへ告げた。
「ギルベルトさん。サイコブレイドは肉眼以外のあらゆる探知を無効にして隠れる√能力を使ってくるぜ。そしたら、あいつから『その√能力を使用中である記憶』を奪ってくれ。隠れていることを忘れて、視認しやすい位置に出てくると思う」
答えは首肯。
√能力者の申し出に、簒奪者は訝しむ態度を隠さない。
時間稼ぎか。あるいは、なにか別の目的があるか。
「何故お前は……お前達は、」
「なんでそんな事するかって?」
呻くような問いの続きを引き取り、背筋を伸ばして答える。
サイコブレイドのAnkerを助ける為には、彼が虐殺よりも私達と戦う事を優先し、その中でギルベルトを通じて情報を渡してくれる必要があると思うから。
「だが……」
口籠る。
なんでサイコブレイドのAnkerを助けたいと思うかって?
「ただ助けられる可能性があるなら手を伸ばすのが人間ってものじゃないの?」
その言葉に、彼女へ視線が集まった。
少しの沈黙の間。
「え? お前はエルフだろって? 言葉の綾よ、察しなさいよ!」
「いや……そうは言っていないが……」
まあその、種族としての人間というくくりよりは、広義の意味として、受け止めてはいるのだが。
とはいえユウリも、言葉を尽くしたからと簡単に信じてもらえると考えていない。
(「だからこそ全力で向かいあって、少しでも信じれると思わせたいわ」)
そう願うユウリへ向けた、サイコブレイドの答えは、無言で首を振ることだった。
√能力者たちが真摯に向き合うからこそ、叶わぬ望みを追うわけにはいかない。
さっと銃口から手を離し、まだチャージが終わっていない光刃で銃身を殴打する。力を込めない不意の衝撃に取り落としかける一瞬で、飛びすさって離れた。
すがるように追いくる妖魔触手を誘導し、自身の周囲に陰を作る。完全でなくとも視認で捉えにくくなり、海人のネガレーダーからも反応が消失したことを確認する。
妖魔触手が離れた後に、サイコブレイドの姿はない。
「隠れたうえに、ネガレーダーでも追跡できなくなった……√能力を使用したな。ギルベルトさん、今だッ!」
海人の言葉を受けて、ギルベルトが自身の√能力を放つ。姿が見えないまでも、最前までの位置は把握している。影響範囲には収められているだろう。
であれば、視認させないまま行動する簒奪者に警戒しつつ、機を待つのみ。
そうして。
ず、っと。
簒奪者が姿を見せた。
宇宙エネルギーのチャージが完了した武器を振りかぶり、攻撃を繰り出そうとするサイコブレイドの視界で、黒の羽根が舞う。
「さぁ、最後のダンスといこうかしら?」
黒い天使の羽を負い、目元を覆う炎の仮面を出現させたユウリが、薄く微笑んだ。
「!?」
何故捕捉されている? √能力を使って姿を隠したのだから、彼女たちには見えていない、はずだ。
いや。
目線だけでギルベルトを捉える。そうか。
再度姿を隠そうとする簒奪者へ、海人が接近して右掌で触れた。サイコブレイドの身体の内側で、波紋が広がるような感覚。それもまた√能力だと気付く。
動揺に数瞬遅れたサイコブレイドに向けて、ユウリの銃口が再び向けられた。
放たれた|混沌の炎《カオスフレア》は、光刃に防がれる。しかし、目標を撃ち抜けず地面に着弾すると同時に爆発を起こし、サイコブレイドを灼き焦がす。
彼女の経験浅いがために、影響が広範囲に散らないことが、結果的に西鉄福岡駅前に集まっていた人々を守ることとなった。
(「今の私ではどれも弱い攻撃だけど、本気で向かいあってると彼が少しでも思ってくれると嬉しいわね」)
期待を込めて様子を窺うと。
炎に照らされたサイコブレイドの表情に、息を呑む。
だが、もはや引き返せない。
「ここからは俺のターンだ!」
力強く掲げた海人の手元に、ネガフィルムセルの結晶体が創造される。複製されたのは、サイコブレイドの『ハンターズ・ロウ』。
結晶体が壊れるともに、自身のまとう装甲を変形し、白銀に輝く装甲を纏う【フィルム・アクセプターポライズ √ウォーゾーンフォーム フルバーストカスタム】へ進化する。
輝くその姿は、常であれば目立つほどだろう。だが、立ち昇る炎と爆煙が隠し、ハンターズ・ロウによる速度低下をフォローする強化で視認を許さない。
逆転して警戒する立場となったサイコブレイドへ、それまで距離を取って攻撃してきたユウリが超速度で接近し、至近距離から攻撃を突き当てる。
自ら「弱い攻撃」と称するが、防御を貫通する攻撃を倍の威力で食らえば、相応のダメージとなる。そこへ、サイコブレイドの視界外へと海人が回り込む。
後ろから肉薄し、フルバーストでイチGUNの連射を叩き込んだ。
4倍に重ねられた射撃音は雨音に似て、簒奪者を激しく叩く。戟塵が舞い上がり、エネルギー弾の発光を反射してその姿を滲ませていく。
「じゃあな、また会おうぜ……サイコブレイド」
吹き結ぶ風がすべてをさらっていくのを見つめて、別れを告げる。
周囲では、なにかそういう演出なのだろうと納得した人々が、騒ぎの終結を見届けて思い思いに去っていく。
√能力者たちは、そんな人々を守ることができたと確かめた。
「ありがとう、ギルベルト」
礼を告げて、彼を助けられなかったけど、と視線を落とすユウリ。
彼女の気遣いを理解したギルベルトは、少し寂しそうな表情で頷いた。
「ギルベルトさん、助かったぜ」
変身を解いた海人の礼にも、首肯で応える。
この結末を、どのような思いで受け止めているのか、それを悟らせずに。
彼も√能力者たちを労い、それから、
「EDENが実在した。……ああ」
短く歓喜を口にして、ふたりを背に足を向けると、ギルベルトは彼らが守った人々のなかへ消えていく。
ギルベルト・キルシュバウムが√能力者であるのなら、また会うこともあるだろう。
√能力者たちもまた、次の場所へと向かった。
