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シュガー&トゥインクル
●🍦🍰🍧🧃🥞……?
床と壁を占めるつるりとしたミルキーホワイトのタイルには、爽やかブルーでフレーム風のメイクを。それと同じ彩りが並ぶ天井には、室内を明るく照らす為、大きなカップケーキを逆さまに。ワッフルコーンに収まるソフトクリームも、壁にくっついて同じ業務に励んでいる。
甘い甘いスイーツの形をした光源達は、宿る熱の影響でちょっぴりレモンのようなイエローに染まっているけれど、明るさはいつだって丁度よくて。けれど残念ながら、椅子になるものは見当たらない。
見目麗しいスイーツが並んだサイズ様々な|プレート《皿》形テーブルが、雨に濡れた蜘蛛の糸めいて煌めく何かで吊り下がっている――そんなスタイルのスイーツビュッフェを、さあ、どうぞ。
●√ドラg……EDEN
「けれどそれはスイーツビュッフェじゃなくてダンジョンなのさ!」
しかも場所が√EDENとは由々しき事態だねとキール・フレイザー(唯一無二・h00613)は竜尾を揺らす。どうやらまた何者かが天上界の遺産を持ち込んだらしい。人々が立食スタイルのスイーツビュッフェだと入り込み、大変な目に遭ってしまう前に対処する必要があるのだが――。
「察しのいい素敵な君達ならわかるね?」
ニコリ。必要以上に爽やかに笑ったキールが「そう、その通りだよ」とまだ誰も何も言っていないのに頷いた。
「スイーツビュッフェを満喫しながらダンジョン攻略、そして破壊すればいいのさ! 力こそパワーだね!」
ぐっと拳を作ったキールの目元でお星さまがキラリンと回転した。
例のダンジョンは、人々をおびき寄せる為なのか何なのか、入口はどう見てもお洒落なスイーツビュッフェにしか見えない。特に罠らしい罠もないそこから入れば、非常に現代風の様子を呈した内部もひんやり涼しく、非常に快適だという。
スタッフはおらず、椅子もない。
『店』という括りに見合わない、隣室と延々繋がる造り。
EDENでなければ見落とす違和感はあるものの、踏んだら矢が飛んでくるといった殺傷力のある罠は無い。ちなみにカトラリーは入ってすぐのスペースに並んでいる。
「お皿風のテーブルにはもう、ジャンルごとにスイーツが並んでいてね。どれも毒はないようだから、安心して好きなだけ楽しむといいよ! スイーツビュッフェなエリアの先に進むと『星溜り』っていうモンスターが現れるけど、とてつもなくか弱いと評判のモンスターだから手こずる事はないさ!」
しかも倒せば美しい結晶になる。『美味しい』の後にはアイテムも手に入る為、夏休みの思い出と自由研究の欲張りセットのようなダンジョンだ。
「その更に奥にはダンジョンの主がいるだろうけど……予知でちらっと視えたシルエットが、とてつもなく『猫』でね? その猫らしきボス君が、何ていうかこう、凄くゴロゴロしていてね?」
うーん、と腕を組んだキールがぽつりとこぼす。
「一緒にゴロゴロしたりすれば何とかなる気がする。物凄くする」
Q:本当にダンジョンですか?
A:はい。これはダンジョンです。
これまでのお話
第1章 冒険 『ビュッフェダンジョン』
●甘い甘いパラダイス
一歩入れば、湿度も猛暑も酷暑も綺麗に消し去られる。その心地よさは飲食店としては一般的かつ広々としたフロア全体を満たしていて、それはドアのない口――下がり壁スタイルのそれによって、全く同じ造りをした隣のフロアも、そのまた向こうも、更にそのまた向こうも――という具合に、どこまでも、どこまでも、満たしている。
そんな空間でお洒落なプレート風テーブル上に並ぶスイーツは、ひんやり快適空間という事も手伝って、どれも魅力的だ。
苺や桃、メロン艶めくショートケーキ。ビターもミルクも、抹茶もピスタチオもストロベリーも揃えたチョコレートケーキ。さっぱりからしっかり濃いめが揃ったチーズケーキ。ホールケーキもカットケーキも、一口で食べられられるプチケーキもと至れり尽くせりのケーキが並ぶテーブルの近くもまた、様々なケーキで華やぐよう。
爽やかに甘くレモン香るウィークエンドシトロン。中心にカカオ生地の太陽を持つプレーンのパウンドケーキ。生地やクリーム、フルーツも様々のロールケーキ。
しっとり生地とクリームを重ねたミルクレープと、それのチョコレート版――しっかり冷やされてパリパリ食感も楽しいショコラ版も、ほらそこに。
いつでも出来立てホカホカのホットケーキは分厚くて、しっとり食感とザラメがたまらないカステラも別のテーブルに鎮座中だ。
食いしん坊なら、ホールや1本丸ごとで頂いてしまってもいい。だってすぐ天井に穴がぱかりと開いて、そこから新しいケーキがやって来るのだから。
透き通ったゼリーが並ぶ様はイラストソフトのカラーパレットのようだった。
こちらもケーキと同じように、1人分サイズと一口サイズが並んでいる。気軽に色々試したい時は後者を選んで――前者には、トッピング用アイテムが揃ったテーブルから、好きなものを拝借してのカスタマイズだって楽しめる。
ホイップクリームやソフトクリーム、アイスクリーム。アラザンにカラースプレーにチョコペン、一口サイズのチョコやクッキーにマシュマロ達。ジューシーなフルーツはそのままでもスイーツに負けない美味しさだ。
カスタマイズといえば、なぜか冷える事なく器に収まるソフトクリームやアイス、ジェラートでも出来てしまう。
彼らが並ぶテーブルはゼリーとはまた違ったカラフルさ。フレーバーも多彩な冷たいスイーツは、そのまま味わう幸せにカスタマイズという『自分だけの』特別感もトッピングしてくれるから――ビスケットやチョコレートで、クマやウサギ、猫への変身だって出来てしまう。
喉を潤すなら、ガラスピッチャーをその色で満たすフルーツ各種のジュースや、砕かれてしゃらしゃらとした氷の粒とチョコレートを合わせたショコラドリンクがある。まん丸アイスを浮かべたソーダフロートはシュワッと爽やかで甘い。
冷えた体を温めたいなら、紅茶や緑茶の出番だろう。勿論、すっきりとした風味のミネラルウォーターもあり――……
Q:ここって本当にダンジョンですよね?
A:はい。これは本当にダンジョンです。
※「なぜか冷える事なく」は誤字です。
※氷菓系は全てキンキンに冷えています、ご安心下さい。
ここはあまりにも綺麗で、清潔で、お洒落で、現代的だ。
目の前に広がる光景に、真壁・蒼穹(飛燕空剣流末弟子・h02281)の目は何度も瞬く。
「ねえ、アキさん……ここは本当にダンジョンなのだろうか? ……アキさん?」
「美味しそうなスイーツがいっぱいある~」
カトラリーを手に一番近かった|テーブル《スイーツ》へ進んで近づく、恵宮・アキ(恋愛知らぬ心優しき乙女・h13025)の後ろ姿。もうスイーツビュッフェの中に飛び込むアキの姿に、蒼穹はフリーズ状態から一瞬で脱した。
(「いいもん、私もアキさんと一緒に夏のひと時楽しむもん!」)
「蒼穹さん、どれから食べます?」
くっ!と思わず両手で作ったグー。けれどそれはくるりと向けられたほんわか笑顔で、ぱっとほどけた。スイーツ達が並ぶものとは別、アキが持つ本物のプレートには、綺麗にグラサージュされたチョコレートケーキがひとつ。飲み物は無糖のミルクティーにするらしい。
「私はこれ! シンプルにバニラのソフトクリーム! 最近だとネットカフェの定番だったりもするけどね」
「そうなんですか?」
「うん。たまに侮れない美味しさをしたソフトクリームもあって――」
互いに好きなものを選び、紹介して――頂きますと笑顔で最初の一口を。
チョコレートケーキはまず表面を綺麗に包むビターチョコの美味しさが。続いてしっとりかつ密度もばっちり、チョコレートの気配が優美に香る生地に、口当たりなめらかで優しい味わいのチョコクリームが――という具合に、チョコレートの行列がアキの舌と心を楽しませる。
蒼穹が選んだバニラのソフトクリームはしっかりと冷えていて、けれど舌に乗せた瞬間からやわらかにとろけていった。誰もが知るだろうバニラの味――それでいてワンランク上の豪華さが漂う味わいに、思わず目を瞠ってしまう。その視界にはまだ味わっていないスイーツ達が数え切れないほどあって――蒼穹はひらめいた。
「そうだ! アキさん、今度はお互いのおすすめを食べてみない?」
「いいですね、やりましょう」
あちらのテーブル、こちらのテーブル。大きな皿風の上に並ぶ色も味もとりどりのスイーツを見て回った2人は、しばらくしてからそれぞれのおすすめを手に合流する。その表情は明るい笑顔で彩られていた。
「どうぞアキさん。メロンソーダのアイスフロートだよ」
「ありがとうございます。蒼穹さんのオススメ、緑が鮮やかでキレイ……」
グラスの中でしゅわしゅわと上る炭酸の泡もアキの目を惹きつける。メロンソーダの上にある真っ白なアイスは、次々上る炭酸が旅立ってしまわないよう閉じ込めているよう。
「あたしのおすすめはこれです」
どうぞ蒼穹さん、と渡したプレートの上に収まるのは、ベリーを乗せたチョコレートケーキだ。表面はチョコクリームで綺麗に整えられ、リボンレースを思わす繊細なデコレーションが眩しい。早速一口食べて――おお、と目を見開く。
「これもなかなか……」
欲を言うなら――椅子があったらな、である。けれど目の前にも今いるスペースの隅にも、ここと繋がる隣のスペースもそのまた向こうにも、椅子らしきものは見当たらなかった。
(「うう、ゆっくり座って楽しめるテーブルがないのが悔やまれるっ!」)
アキおすすめのチョコレートケーキだってもっと美味しく楽しめたかもしれない。
そんな蒼穹の向かいで、アキもメロンソーダをこくんと一口。途端に口内で炭酸がしゅわっと弾け、爽やかさを連れてメロンフレーバーの甘さを広げていった。二口目は勿論、丸々としたアイスになるわけで。
「アイスもおいしい……」
ほう、と一息ついた時。その目が奥へと続く――どこまで行くのかわからない、下がり壁スタイルの『道』を映した。
「奥にいるダンジョン主さんは、とてもかわいくてほぼ害はないようですね」
「星詠みの話からすると、楽勝みたい?」
「でも、一応警戒はしておきます。……あ、これおいしい」
近くのテーブルからひとつ食べ、幸せ笑顔もひとつ。
のんびり歩いた先のテーブルから、またひとつ。
スイーツを味わいながらのダンジョン攻略は、『おいしい』を重ねながら奥へ奥へと進んでいく。
√EDENに本来は存在し得ないものが現れた。それはいけない。トゥルエノ・トニトルス(coup de foudre・h06535)はガッシと緇・カナト(hellhound・h02325)の腕を掴む。
「スイーツビュッフェ……ではなくダンジョンが現れたようだな……! さっそく調査に向かうとしようではないか~」
「本当に其れはダンジョンですか……? 夏の夜の夢、蜃気楼感も否めないケド」
ただでさえ夏は暑いの日々なのに「やっぱ違いました」なんて展開はごめんだった。しかしどうやら本当の本当に、√ドラゴンファンタジーではなく“√EDENにダンジョンが現れた”らしい。あー、そうなの。カナトは意気揚々とした空気を溢れさせるトゥルエノの後を、引っ張られながらついて行く。
「じゃあお片付けもしないといけないんだろうなァ」
という事で|食べに《片付け》に来たのだけれど、見える限り並ぶのはスイーツがほとんどだ。スイーツビュッフェなのだからそれはそう、致し方なし――なのだが、疑問もある。
「塩っぱい食べ放題ダンジョンが少ないのってなんでだろうね」
「甘いものは別腹とも言うのだろう? どれも毒はないようだからなぁ。あるじも思う存分に好きなだけ満喫すると良い~」
「そうだね。好きなだけ食べ放題を満喫しようかな」
常識を超えたキャパシティ持ちへ「申し訳ございませんお客様……」とストップをかけてくる従業員もいない。さぁて何から食べようか。ゆるりと足を進めたカナトは、網目模様も美しいミルクレープに目を留めた。
「これ食べたいな。そっちのショコラ版もしっかり冷やされてて美味しそう」
「わたしもミルクレープは食べたいぞ!」
手にしたプレートへ、まずはミルクレープをご案内。椅子がない事は不便ではあるものの、取ってすぐに|食べられる《食べていい》点は悪くない。
生地に純白ホイップクリームを合わせたミルクレープは、しっとり生地とクリームの優しい甘さが実にいい。ショコラ版は冷えている事で生地のしっとり感が強まり、歯を立てればチョコクリームがパリパリと音を立てながらとろけていった。
「トール、ちょっと食べてみる?」
「主からのお裾分け!? 頂くぞ~♪」
あー、と開けた口に放り込まれたショコラ版ミルクレープに、トゥルエノの目が再びキラリと輝く。その輝きはキラキラしたままそこにあり、湧き上がった好奇心と一緒になって次のスイーツへと軽やかに向けられた。
(「うーん。ゼリーだな!」)
ゼリーが並ぶテーブル前に立てば、カラーパレットのようなスイーツ達の色彩美で好奇心がますます躍りだす。思い描いたパフェのように、ホイップクリームを乗せアイスもぽんっと。それからアレを使ってコレをこうして――と出来上がったものを手に、トゥルエノは何やら作業中のカナトへと早足で向かった。
「主、見てくれ! 麒麟やイヌの絵も描いて見たぞぅ」
「へー、いいんじゃない?」
「ふふー。主は何をしているんだ?」
「ん? ああ。ホットケーキでちょっとね」
選ばれたのは出来立てホカホカのホットケーキ。カナトが「これだな」と思ったもので飾られたそれは、世界で唯一、カナトの食べたいオリジナルスイーツだ。頬張れば、出来立てだからこその熱と味がトッピングと一緒に『満足』『うま』の2文字を体中に広げていく。――が。
「ちょっと味変したいな。珈琲あったっけ?」
「それなら向こうの部屋にあったぞぅ」
「じゃそっち行くかな」
2人揃って移動すれば、楕円形プレート風テーブルの上に底が広いガラスの器――どこからやって来たのか不思議な、淹れたて珈琲でたっぷりのそれがあった。隣のテーブルには『カカオ何%』のプレートが添えられたショコラドリンクが複数。
(「へぇ。じゃあ色々試すかな」)
どうぞと言うように食べ放題があるなら、勿論目一杯に満喫する心意気。トゥルエノも温かなココアでほっと一息つき、今いるそこから先――奥へと視線を向けるその顔は明るい笑顔だ。
「幾らでも美味しい時間を楽しめるなんて、ビュッフェ体験とは楽しいものだな!」
「あっつい外とは違って全然天国だしなぁ」
ああ、ここが√EDENじゃなければいいのに。そうすれば破壊しなくて済む。いつだってスイーツ食べ放題が楽しめる。まさにエデンじゃないか。
(「けどダンジョンなんだよなァ。……本当に?」)
本当です。
外とは大違いの、ひやりとした心地よさ。現代技術を感じる、明らかな人工物。一見お洒落な店のようで、けれどこの√にあってはいけないものに、セレネ・デルフィ(泡沫の空・h03434)の目がゆっくり瞬いた。
「ダンジョンでスイーツビュッフェ、なんて。驚きです、ね」
「ふふ、そうだね。立食のスイーツビュッフェとは」
篭宮・咲或(Butterfly effect・h09298)が1歩踏み出せばタイル敷きの床がこつんと鳴く。硬い石でも土でもないそれは壁も覆い、頭上は材質が違うものの同じ柄が綺麗に並んでいた。そこから視線を前へと移せば――色とりどりのスイーツと、どこまでも続くフロアの群れ。
「これまた随分面白いダンジョンもあるものねぇ」
甘いもの好きな子にはとっては天国かも。そうっとセレネを覗えば、普段から静かな僧帽は煌めきを湛え輝くようだった。それもそうだろう。そこかしこに広がっている甘い誘惑にどれだけ手を伸ばそうと誰にも咎められない。これを自由に味わっていいだなんて――。
(「夢の、よう」)
けれど咲或と共に近付いた宝の山めいたそこ、ケーキエリアも何もかもが間違いなく現実だとわかる。だからこそ「どれにしようかな」と悩んでしまうそこへ、隣から救いの声がそっと降りてきた。
「食べたいのあったら取るから教えてね」
「じゃあ、小さめのカットの苺と桃のショートケーキを……」
豊富なラインナップを前に悩むのは自然な事。わたわたするセレネへ咲或はふんわり笑み、彼女らしいチョイスに「了解」と返し、天使所望のケーキで彩った皿を笑顔で渡す。
「ありがとうございます」
「いえいえ」
ケーキを渡され頬を緩ませたその顔は、苺と桃が艶めくケーキを食べた瞬間、更に緩む事となる。ひとくち食べて広がった甘味は白い頬も幸せに染め、そんな様子に微笑んだ咲或の手はウィークエンドシトロンをひょいと自分の皿へ。その隣に深みある色で満たされたビターチョコケーキを置いた。
頂きますとまずはウィークエンドシトロンから。頬張って広がったレモンの風味に、舌触りの優しい生地。香りも楽しみながら味わった咲或は、ほ、と嬉しげな息をこぼす。
「旬は冬頃だけど夏はやっぱりレモンなのよねぇ。あとはパインも。セレネは夏の果物で好きなのある?」
「夏の果物……私は桃が好き、ですね。とても甘くて……」
ぱくり。頬張ったケーキの中、卵色スポンジ生地と真っ白クリームにくるまれた桃が、口内で甘くジューシーに広がっていく。
「咲或ちゃんも桃好き~」
セレネが選んだショートケーキを自分も食べようか。それとも、カットされた桃を頂こうか? 色からして白桃も黄桃もあったように思える。食べ比べ、なんていう豪華な楽しみ方だって出来るに違いない。
「少し後の葡萄も好きです。レモンとかもさっぱりしてて夏にピッタリ、ですよね」
それらをこんなに贅沢に味わえるなんて。セレネはショートケーキの最後の一口をしっかりと味わって――ちらり。澄んだ色の瞳が一瞬だけ咲或の皿にあるケーキを映した。
「……チョコケーキも食べようかな」
ぽつりこぼれた声に駄目もNOも否も飛んでこない。それがいいと微笑む咲或の蜂蜜酒めいた瞳が、ゆるり。他所へと移っていく。
考えるような顔をする咲或の手、皿の上は空になっていた。
――うん。タイミングも丁度いいし。
「口直しにドリンク取ってくる。フルーツウォーターあるといいんだけど」
「あ……私も紅茶を飲みたいです。フルーツウォーターもありますよ、きっと」
その言葉に咲或は目をぱちりと瞬かせ、それもそうだと小さく笑った。こんなにスイーツが溢れているのだから、ドリンクも負けない豊富さだろう。しっかり冷やす為の氷だってきっと、枯らすのが困難なほど潤沢に違いない。
「紅茶も一緒にとってくるから待ってて~」
「はい。いってらっしゃい」
咲或はのんびりとドリンクコーナーへ。その背中を見送ったセレネの足は――チョコを纏って艶めくケーキの傍へ、いそいそと。
人の数だけ肌や瞳、髪の色が異なるように、本日攻略すべく訪れたダンジョンにも個性がある。それはきっと、√EDENに現れたダンジョンにも当てはまるのだろう。たとえそれがスイーツビュッフェし放題、甘いものパラダイスであろうとも!
――?
神隠祇・境華(金瞳の御伽守・h10121)は小さく首を傾げた。清潔で綺麗で、お洒落な空間。心躍る事必至のラインナップだと一目でわかるスイーツ達。境華は口元に指先を添え、思案した。
「ダンジョン……なのですよね?」
「そうだよ。誰かが巻き込まれてしまう前に対処必須!」
即、頷いた夕星・ツィリ(星想・h08667)はそれはもう笑顔だった。きらきら星が躍るような空気を纏い、ぱっと手を差し出す。
「さ、境華ちゃんごーごー!」
「は、はい……!」
流れ星のような勢いにつられれば、戸惑っていた境華の足もスイーツビュッフェなダンジョンの地――今回は床というのが正し過ぎるそこを踏む。歩けば足音がこつりと鳴る中近付いたテーブルは、淡いブルーのフレームで縁取られた可愛らしいプレート風だ。そこに並ぶショートケーキに添う果物はきらきらと輝き、ピスタチオのチョコケーキは磨いたかのようにつやつやとしている。
「わぁ……」
ここにあるものを――この部屋以外の空間にあるスイーツも、自由に食べて良いと? 思わず足を止め静かに目を瞠る境華の隣、ツィリはあっちを見てこっちを見てと忙しい。頭頂部のくるんとした髪も元気に揺れる。
「凄い、フルーツロールにパウンドケーキまで……! ダンジョンという名の|スイーツ《宝石》のいっぱいの宝箱!」
しかもその宝箱からの誘惑には抗わなくていい。ツィリはフルーツロールもパウンドケーキもひょいっと皿に乗せ――境華が苺たっぷりショートケーキを見つめ続けている事に気付いた。
「……折角ですし。これなら、ちゃんと食べられると思います」
思わず伸ばした手は右手と左手。そう、両手での確保だ。境華の選択にツィリの目が輝く。
「人前ではするにはちょっぴりしたないけどこんなにあるんだもん。ホール食いチャレンジもありかもしれない……!」
こくり。頷いた境華は勿論、残さず食べる気でいる。――そこに生地とクリームの層が綺麗なミルクレープと、ぱりぱりとしたチョコの食感が楽しそいだろうショコラケーキ、フルーツの彩り鮮やかなロールケーキも一切れずつ追加した。勿論追加したケーキも残さず――、
「いただきます」
ふわりとした卵色の生地。フォークがしっとりと入るホイップクリーム。クリームの白に映えるフルーツは生地やクリームとは違った甘さを、たっぷりの果汁と一緒に届けてくる。瑞々しさはホールケーキの苺も同じで、境華のフォークは綺麗な丸を順調に変形させていった。
「境華ちゃんみてみて!」
「はい? 何ですか?」
丁度ミルクレープへフォークをぷすりとしたそこに掛けられた、弾む声。振り向いた境華の前にジャジャーン、と飛び込んだのは――。
「三毛猫ちゃんアイス!」
どう?と瞳をキラキラさせるツィリが密かに完成させたそれは、真っ白バニラアイスの顔に、マンゴーの鮮やかさと黒ごまの落ち着きある彩が混じった、ビスケット耳を持つ可愛らしい一品だ。
生まれたてひんやりスイーツの愛らしさは境華の表情を和らげる。すると金の視線がそっと移った。
「では、私は……」
「?」
では? 何だろうと興味津々で見つめるツィリの前で、少し迷っていた境華の目が定まり、その手がてきぱきと動き出す。そうして出来上がっていくものに、ツィリの目がきらきらと輝き始めた。
「パンダさんです」
「とってもキュートなパンダさん!」
顔のベースは三毛猫アイスと同じバニラで、そこに黒ゴマアイスでパンダならではのカラーリングを再現している。ビスケットの耳は綺麗な丸だ。
「ふふ、こういうのも楽しいですね」
「ね! これ食べたら他にも作ってみようね……!」
膨らむワクワクを胸に笑顔で味わい終えたら、アイスでいっぱいのテーブルへ。
ウサギ? ライオン? ストロベリーアイスがあるから、フラミンゴだって出来る。それとも全部のフレーバーを使って、色んな柄の猫ちゃんを?
アイス動物園かアイス猫ちゃんカフェか――悩む時間は笑顔と共に。
“折角だから”を合言葉に両方作る事になったとしても。
きっと、笑顔は煌めいたまま。
ダンジョンといえば石と土だけの洞窟であったり、放棄もしくは奪われた砦やら神殿である事が普通だ。しかし古出水・潤(夜辺・h01309)の前に広がるダンジョンは、清潔感あるタイル張りの床と壁を中心に造られており、視界を確保する光源は十分。更に更に――潤にとってはこれが最も重要な――道中で飢える心配皆無のスイーツ群付きときている。
「いやはや、実に素晴らしい。まさかダンジョンでこれほどのスイーツを楽しめるとは、情報をくださった方に感謝しなくては」
だからこそ笑顔でこぼした第一声だったが、瞬き無しでしていたそれに古出水・蒔生(Flow-ov-er・h00725)の顔は引き攣った。
(「兄貴、絶対にスイーツのことしか考えてない。わたしがしっかりしないと……!」)
握り締めた拳はいつだって得物を掴める。兄に向けた半眼はキリッと引き締まり、延々続く部屋の“口”近辺や床に壁、カップケーキとワッフルコーンアイスを象った照明を油断なく確かめていった。
(「普通のビュッフェにしか見えないけど、ダンジョンなんだもんね」)
この奥にはモンスターもいるという確かな情報だってある。わたしがしっかりしないと。蒔生は改めてそう自分に言い聞かせ――ていたのだが。
「まずは苺と桃のショートケーキからいきましょうか。それからチーズケーキと……蒔生も食べますか? それともパウンドケーキの方がいいでしょうか? 私も食べようかと……いえ、こちらのゼリーも気になりますね」
楽しげに移った視線はケーキへ、透明感溢れるカラフルなスイーツへ。そこからまた――とスイーツを移す回数と、蒔生へ勧める回数は全く同じだ。回数が増えるのにあわせ、キリッとしていた目つきから緊張感の3文字が和らいでいく。
「蒔生、こちらのアイスも一緒にどうですか?」
(「……ちょっとくらいなら、いっか」)
差し出されたのは猫の形に飾られたアイスだった。生チョコレートとバニラアイスを混ぜた、ひんやり猫アイスにそっと手が伸びて――、
「たべる」
一緒に渡されたスプーンで一口。バニラの優しさの中にチョコの存在感がしっかりとあり――もぐもぐもぐ。緊張感の3文字と一緒に綺麗に飲み込まれていった。
(「次は何を食べようかな」)
あっちにはビスケットが見えたし、別の部屋には遊園地で見るようなポップコーンマシンが並んでいた。中のポップコーンは1色じゃなかったから、きっと色んなフレーバーがある。あ、飲み物も欲しいかも――――――あれ?
「やばっ!」
「どうかしましたか、蒔生」
はっと顔を上げた蒔生に、潤はマカロンをさくっと摘みながら首を傾げた。通過した部屋に食べたいものがあったのだろうか。戻るなら別にというか全くもって構わないのだけれど――と目を瞬かせると、蒔生は周囲をキョロキョロ、警戒をあらわに見る。
「部屋とか確認するのすっかり忘れてた!」
「ああ、それなら心配は無用ですよ」
「え? ……あ、」
飛んできた鳥には覚えがあった。霊紙で折った椋鳥だ。
羽ばたく音が少し乾いているそれが紙で出来たその足を潤の掌へと落ち着けた途端、ぱらりと開かれる。そこに写るものを、潤は片手でメモへと書き留めながら、もう一方の手をゆったりとレモンケーキへ伸ばした。
「スイーツを楽しむために、邪魔が入る可能性は徹底的に排除しておかなくてはなりませんからね」
ゆえに、抜かりない。
グラサージュされたレモンケーキは、表面にとろりとした化生を纏って可愛らしくもある。食べればしっかりとした食感の生地がほぐれ、優しい甘味にレモンならではの甘さと爽やかさがふわっと広がった。
何でもないようにニコニコもぐもぐ味わうその姿に、ぽかんとしていた蒔生の頬がたちまちむぅっと膨らんだ。
「ちゃんとやってんなら最初から言ってよ! 心配して損した!」
「おや」
まだあったレモンケーキがしゅばっと|消えて《取られて》しまった。
「蒔生。お味の程はいかがですか?」
「美味しい!」
「まだありますよ、おかわりしますか? それとも……」
「わたし向こうのポップコーンのとこ行ってくる!」
フンッ! まさにご立腹といった様子でも潤は変わらない。いいですねと笑い、チョコをかけてアレンジなんてどうでしょうと並んで歩き出す。シロップもあったからそちらも試してみたい。語る計画に蒔生の意識も甘い誘惑へ行き――はっ! 肩が跳ね、「兄貴!」の声が、甘い甘いダンジョンに響いた。
スイーツ溢れる空間であろうともダンジョンはダンジョン。一応任務ではあるのだからと、ジャケットを脱いではいるが、瀬条・兎比良(善き歩行者ベナンダンティ・h01749)は普段通りのスーツスタイルだ。
花喰・小鳥(ミグラトリス・シェルシューズ・h01076)もパンツスーツ姿で兎比良の隣を歩き、軽やかな靴音を響かせている。
(「任務としての自覚があるのでしょうか。感心しますね」)
――と、自分達の足元を白くてふわふわしたものが駆けていった。もきゅーと愛らしく鳴いたモーラットに、小鳥の目がそうっと細められる。
「好きにさせておきましょう。私たちはお仕事ですから」
にっこり。整った顔が浮かべた微笑みに兎比良は頷き返し――そのすらりとしたスーツ姿に、ちょっと考える。自分からの小言防止という予防策のような気もする。すると白く細い指が兎比良の手に触れ、指が絡められた。
「これは|任務《デート》です」
「ええ。任務です」
今、若干違う空気があったような。しかし手を握る事に抵抗はなく、兎比良は絡む指をしっかりと握った。
そんな生真面目な表情の裡にあった鋭い読みを、小鳥が気付かないワケがない。けれど敢えて聞こえないふりをし、兎比良から任されるままにテーブルを巡っていく。
「華やかでどれもおいしそう」
「そうですね」
兎比良は甘いものも特に嫌いではなかった筈。じっとスイーツ達を見つめるその目を小鳥はちらりと見、再びスイーツへと戻す。ひとつが大きいもの、程々のもの、小さなもの。それらから小鳥は果物を使ったショートケーキを複数選び、兎比良は小さなものを選んでいった。
目の前にある豊富なラインナップは確かに魅力的ではあるが、見ているだけで胸焼けしそうに思えた。後の事を考えると、小さなもので程々に行くのが最善だろう。
ふと、もきゅーっ!と元気な声が響いた。2人揃って振り返れば、苺をふんだんに使ったショートケーキへと、モーラットがもきゅもきゅ鳴きながら近付いて――ぱくっ。食べ始めた途端静になる。黙々と味わっていく平和な光景に、くすりと重なった音はショートケーキを一口食べた小鳥の唇からだ。
苺、桃、メロン――瑞々しい果物は、ふかりとしたスポンジ生地とホイップクリームとの相性があまりにも良過ぎる。モーラットほどでないにしろ軽々と味わっていくその隣で、一口サイズのショートケーキ達は兎比良の口へと、つつがなく。
暫く舌鼓を打っていると、クリームや果物以外のもので喉を潤したくなるワケで。細やかな氷が涼やかな音を立てる、透き通った黄金色――フローズンレモネードが、小鳥の口内をさっと甘く爽やかに染め上げ、ひんやり感でケーキの甘みが残る舌も、夏を浴びてきた気持ちもスッキリさせてくれた。
「最近は暑かったのでこういうドリンクもよいですね」
けれどここはダンジョンだ。まず自分達を出迎えたのは種類も色もとりどりのスイーツ達。まだ訪れていないスペースにも様々なスイーツがあるのだろう。ダンジョン奥にいるというモンスターは、このスイーツとはまた違った甘さのようである――つまり。
「殺傷力はないにしても、体重には確実に来そうな……」
ぽろりとそんな事をこぼして、ふと思う。兎比良は大丈夫だろうか?
じ、と見つめてみれば、返される眼差しはいつも通り。しっかりと安定した揺らがない様は、小鳥と同じフローズンレモネードで喉を潤す間も変わらない。
「貴方は細いですし、軽すぎるくらいでしょう」
それに仕事や戦闘でも体を動かすのだ。元々細いというのに、何を気にしているのやら――と、兎比良らしい思考は勿論音になって出てはいない。
「兎比良さん」
「はい、何――」
ですか、と言いかけた口元へ差し出されたのは、艶々とした赤い苺が乗ったショートケーキ一口分。
「はい、あーん」
「……それは定番なんですね」
手を繋ぐ事に抵抗はないが、手ずから食べさせられるのは未だに慣れない。勿論嫌ではない。けれど「あーん」とされてすぐ食べるには、少々の間を生んでしまうだけで。
小首を傾げ微笑んで待つ小鳥に、鮮やかな色彩の視線が向く。
「いただきます」
兎比良が小さな一口を味わうその後ろでは、モーラットが次のホールケーキへと嬉々として挑んでいた。
夏の熱気にくるまれていた全てが、心地よいラインで保たれた冷気によって冷やされていく。たちまち快適になる空気の中で、ラデュレ・ディア(迷走Fable・h07529)と祈紡・フィユ(夢境・h12707)は揃って目を丸くし、輝かせた。
「これが、スイーツビュッフェ、の迷宮……! あちらもこちらもスイーツでいっぱいなのです」
「まるでスイーツの国に迷い込んだみたいなのです!」
訪れて最初の部屋にはケーキが沢山並んでいた。そこから下がり壁で繋がる左側にはビスケットが。では右側は? ととと、と小さな足音を立てて覗いたフィユは、ハッとして振り返る。
「ラーレさま、大変です。こちらでは自分でアイスが作れるみたいなのです!」
「オリジナルのアイス、気になります……!」
アイスクリームショップのように引き戸式のガラス蓋で守られたアイスは、虹にも負けないカラフルさ。どんなフレーバーがあるのか見ていく間もワクワクしていた心は、オリジナルアイス作りを始めると少し違った心地のワクワクへと変わっていった。
自分はどんなアイスを仕立てよう? ラデュレの目は暫くアイス達をなぞってから、柔らかな色合いのミルクチョコレートで止まり、定まった。
ミルクチョコアイスをガラスカップへ盛り付けたなら、次はトッピングコーナーからクッキーをふたつ。真ん中をジャムでお洒落した丸いそれは――やっぱり。耳にぴったりだ。
(「ふわふわの毛並みはチョコクリームで表現致しましょう」)
瞳を任せるのにバッチリな菓子はもう見つけてある。それを「ここです」というポイントへ慎重に寄せている間、フィユもチョイスしたバニラアイスへ細長いクッキーをふたつ、立てるのではなく垂れ耳のようにぺたん、とくっつけていた。
(「おめめはこの綺麗な紫色のお菓子なのです」)
ちょこん。ちょこん。バランスを見ながら付けたそれは思い描く愛らしさにぴたりと重なる。皿にクッキー垂れ耳の耳元に花も飾って――。
「できました! ラーレさまなのです!」
「わたくしですか?」
「はい!」
ちょっぴり驚いて振り返った|ラデュレ《本物》と見比べて――うんうん。我ながらなかなかの出来栄え。誇らしくて胸だって張ってしまう。
「ふふ! わたくしをお仕立てくださったのですね」
「えへん」
モデルになった当人にそう言われればもっともっと誇らしい。ぴこぴこ揺れるクマ耳にラデュレはまた笑顔をこぼし、わたくしも、と添えながらオリジナルアイスを差し出した。
「わぁっ……ラーレさまのくまさんアイスもとっても可愛いのです。クリームの角度に芸術性を感じます」
「フィユさまイメージアイスの完成なのです。お気に入りはこの、ふわふわクリームです……!」
「! フィユが、もうひとり!」
ふわふわクリームで毛並みも表したクッキーのクマ耳は、形とサイズ、ふわふわ感、どれもが目の前にいる本人とよく似ている。
バニラアイスウサギとアイステディベア。愛らしい色合いをした友人がモデルなオリジナルアイスを見せあった2人は、くすくす笑いながらスプーンを手に取った。
「では早速いただきま……」
「はい、いただきます」
間。
間。
更に、間。
フィユもラデュレもスプーンを構えたまま、もう一度アイスを見て――う、と小さな声をこぼした。作っていた時とお披露目した時はとってもとっても楽しくて、出来上がったものは胸を張ってパーフェクトだといえる。だからこそ、スプーンを入れられない。
「……ラーレさまのお顔だと思うと、ちょっぴり食べづらいのです」
「……うう、わたくしも匙を通しにくいのです」
「そうだ! ラーレさま、交換しませんか?」
「そうですね。交換こをしていただきましょうか……!」
自信作である友人モデルアイスへスプーンを入れる事は躊躇ってしまうけれど、自分がモデルのアイスであれば、そうはならない。だってこれは、友人が作ってくれた世界にひとつだけのアイスだ。食べ逃すなんて、どうして出来るだろう?
オリジナルアイスはそれぞれの手元から相手へと移り、改めて自分がモデルのアイスと見つめ合うと――くすり、とささやかな音がこぼれた。
「それではフィユさま。改めて……」
「はいです。一緒に……」
いただきます!
「イサ! こっちよ。スイーツは待っていてくれないわ」
「ララ! 走るなよ! お菓子は逃げないって!」
ミルキーホワイトと爽やかなブルー。色とりどりのスイーツ。屋外とは大違いの快適空間。ダンジョンとは信じがたいそこにララ・キルシュネーテ(白虹迦楼羅・h00189)のはしゃぐ声が鈴のように響き、そのすぐ後を詠櫻・イサ(深淵GrandGuignol・h00730)が追いかける。
スイーツビュッフェダンジョンと聞いて大興奮な聖女サマのお供は今日も大変だ。そんな気持ちが、延々続く部屋とそこを飾るスイーツを前に純粋な驚きで覆われていく。
「すごいな。スイーツの楽園だ」
「ララに相応しいダンジョンね」
どのスイーツも宝石のよう。ララの胃も『グー』と鳴いてやる気十分だ。
「まずはケーキからよ。どんどん持って来てちょうだい」
「ハイハイわかりましたよ。聖女サマのお心のままにー」
きっと全種類食べるって言い出すぞ。
「全部食べるわ」
やっぱりな。後ろからの声に笑みをこぼし、手にしたまあるい皿へとケーキを1つずつ丁寧に乗せたそこは新たな楽園のよう。両手をララ宛ケーキでいっぱいにして戻ると、きらり輝いた目とフォークを持つ手は苺のショートケーキへ一直線。そして。
(「次はチョコケーキに行くのか」)
2つを交互に味わったその次は? 見守るイサの前でララはチーズケーキをはむはむと味わい、ご機嫌微笑を浮かべたまま、シロップ纏う苺タルトへぷすりとフォークを刺した。全部食べるわ、の言葉の通り。さっぱり系から濃いめ全てを味わっては咲うその表情に、イサの目も柔らかに細められていく。
(「美味しそうに幸せそうに食べちゃってさ……こういう姿は可愛いんだけどね。量は兎も角な。俺も食べよう」)
「そうよ、イサも食べなさい」
どうやら向こうもこちらを見ていたらしい。ふふん、と向けられる笑みにハイハイとイサも笑い、瑞々しい桃が乗ったケーキにフォークの先端を差し込んだ。透き通るような桃の甘さと溢れる果汁がスポンジ生地をその味で染め、クリームと共にイサの口内を彩っていく。
「……美味いな」
「イサはゆっくり食べるのね。食べ終わる前にララは食べきってしまうわよ」
「ゆっくり食べるのだって悪くないだろ?」
沢山のケーキをぱくぱくと楽しむ。ひとつをゆっくり味わう。どちらにも『美味しい』というおそろいがあり、食べ終えれば『満足』という追加のおそろいがやって来る。――ただし、腹ペコ聖女様は次の『満足』もご所望なわけでして。
「むむ! 冷たいのの後はホットケーキよ」
そう言ったララの足はできたてホットケーキが並ぶテーブルがある方へ。何かやりたい事があるのだと察したイサは、呆れながらもその後をついて行った。
「……飽きないな。厚さとか色々種類あるぞ。どうするんだ?」
「ふわとろも分厚いのも食べるわ」
ララの笑みを浴びるホットケーキは、どちらも出来立ての熱をくゆらせている。イサが見守る前でララは両方にバターを乗せ、一方にはホイップをたっぷりと乗せて雪原のような白に染めた。そこへこれがいいわ、お前もここに乗るのよとトッピングを追加して――。
「ほらイサ、食べさせてあげる」
「え?」
ララがデコレーションしたホットケーキにナイフとフォークが入り、一口分差し出される。断面は綺麗なきつね色だ。そこを雪解けのように蕩けたクリームが滴り、染み込んでいく。星の形をしたチョコチップが可愛らしくて――きっと、美味しいのだろうけれど。
(「……は、恥ずかしいだろそれは」)
「イサ。あーん、よ」
「……ありがたくもらっとく」
「むふふ」
頑張ってたし、の言葉は、頬張った一口分と一緒に飲み込んだ。バターとホイップが染み込んだ生地の甘じょっぱさ。ホカホカとひんやりの同居。チョコチップのアクセント。広がる美味しさを飲み込むまでの間に、バターだけを乗せていたホットケーキはララによってシロップが追加され、美味しく平らげられていた。更に。
「ソフトクリームは飲み物であるし、いくらでも食べられるわね」
(「飲み? ……もうわからない。ていうかいつの間にソフトクリームを……何かシュネーみたいなアイスだな?」)
「こんなダンジョンなら住めるわ。ララのひみつきちにしてしまおうかしら」
「こーら、ララは樂園にいなきゃダメだろ」
すかさずのダメにララの頬が膨れるも、それは次のスイーツで元通り――幸せそうだから、今はいいか。なんて笑ってしまう。
(「本当に秘密基地にしそうで怖いけど」)
ぴかぴかつやつや。綺麗な室内。
ひんやりすっきり。快適空間。
それから――数え切れないほどの、色とりどりのスイーツ達。
「ほうほう……」
空廼・皓(春の歌・h04840)は周囲を油断なく見る。最初の空間の左右に隣室と繋がる下がり壁仕様の出入り口があり、左右それぞれの部屋もここと同じような造りだ。つまり、スイーツ盛り沢山でそんな部屋が盛り沢山なわけで。
「これはまた……なかなか、てごわい、ダンジョン」
ご機嫌に尻尾をぶんぶん揺らすその隣、白椛・氷菜(雪涙・h04711)は頭上を見、壁を見――スイーツを象った照明をじっと見つめる。床や壁もだけれど照明も可愛いなぁ、なんて気持ちは静かな眼差しの奥にしっかりしまって――。
「……そうね、手ごわいビュッ……ダンジョンね」
ほんの一瞬こぼれたものを誤魔化したその前に皓から「はい」と皿とカトラリーが差し出される。礼と共に受け取ると、皓の目は眼前に広がるものから左、それから右と、それぞれの空間にあるスイーツ達をそわそわと映した。
「氷菜氷菜、どこから、せめる?」
「ん-、沢山あって……」
「俺はあの、フルーツのショートケーキ。まずはメロン。でもやっぱり桃といちごも欠かせない」
「晧はもう決めてるのね。私は……ウィークエンドシトロンにするわ」
爽やかで美味しそうなあのケーキは、どんな味がするだろう? 期待感と共に軽く巡れば、きらりと艶めくゼリー達に2人の目は揃って留まった。
「きれい、だね」
「うん、宝石みたい」
「俺、ぶどうのゼリー、にソフトクリームつけちゃお。あとはソーダフロートでかんぺき」
組み合わせが上手い。なら自分は、と感心していた氷菜は静かにお目当ての元へ向かい――。
(「これだわ」)
「氷菜は? 決まった?」
「ええ」
グラスを満たす珈琲と、その天辺にちゃぷんと浮かぶバニラソフトクリーム。元々別だったものを合わせて作った珈琲フロートに、皓の目がぱちりと瞬いた。
「おおーいいね」
「氷菓が二重なんて些細な事よ」
「そうそう気にしない。食べたいものが正義。じゃあ食べよっか」
いただきますと合わせた手はすぐに磨かれたフォークを取る。
氷菜が選んだウィークエンドシトロンは、フォークの縁を当てた瞬間ささやかな抵抗めいた手応えの後、そっと沈んでいく。やっぱりグラサージュされている所からとカットした一口分を口に運べば――ふわり。想像していたような、けれど想像以上の美味しさが広がった。
「……ん、おいひい。バターケーキだけど、檸檬で軽いわ」
自作珈琲フロートはどうだろう? まずは――やはり氷菓から。スプーンで一口食べて広がったのは安定の美味しさだ。珈琲も一緒に掬ってみれば、ほろ苦さと甘さが程よく溶け合う。
あー、と口を開けてフルーツショートケーキを頬張った皓はというと――尾が揺れていた。
「うん……メロンおいしい。クリームとフルーツのバランスがとてもいい、ね。氷菜もどれかケーキ、食べて、みる?」
「あ、じゃあ、メロンの一口貰いたいかも。晧も一口どうぞ」
「ん……ありがと」
片手にスイーツの皿。もう片方の手は、フォークで『お邪魔します』と『いただきます』を。交換こしたそれぞれのスイーツは、新たな『美味しい』を新鮮さと共に届けてくれた。
交換こしたものを味わったその次は、勿論、まだ食べていないスイーツへ。
皓はフォークからスプーンに持ち替え、透明感だけでなく果実もバッチリのぶどうゼリーを掬いあげる。ぷるんと揺れたそれを口に入れれば、つるつるとした気持ちのよい食感と一緒にぶどうの香りが広がって――ぷつっ。噛んだ果実が弾け、甘い果汁も広がった。
「ぶどうごろっと入っててじゅーしー、だ。ソフトクリームで味変もいい……」
食べる手もこぼれる『美味しい』も、お喋りも、緩やかに。けれど止まらない。やがて皿の上は綺麗になり、合間に味わっていたドリンクが最後までのひとときを潤していく。
「まんきつ、した、ね」
「うん、満喫」
グラスの中で氷がカランと音を立てた。ソーダと珈琲。どちらも間もなくその役目を終えるだろう。けれど飲み終えても確かに残るものがある。
(「……フロートって考えた人は天才ね」)
冷たい飲み物に氷のスイーツ。
知らない誰かへの感謝と共に最後の一口を飲んで――ごちそうさま。
√EDENに現れたスイーツダンジョン――成る程。ダンジョンともなればそういうものもあるのだろう。しかし羽純・にあ(花冥・h12446)はひとつだけ気掛かりがあった。「ねえねえ」と摘んだままの縁・浩然(野狗・h12442)の袖を引きながら、プレート風テーブルを華麗に彩るスイーツ達を見る。
「誰が作ったのか分からないものを食べても平気……? お腹からドラゴンが突き破ってきたりしない……? むぅ……」
「映画の見過ぎだよ、にあちゃん。星詠みの人も大丈夫って……」
「わぁ、これかわいい! ウィークエンドシトロンだって」
浩然が言っている間に、にあがぱっと駆け出した。一目惚れされたケーキは一瞬でひょいぱくと、にあの口の中。直前まであった警戒は綺麗にとろけて消えたらしい。
「ふふ、にあちゃんのそういうところすきだよ」
「レモンがさっぱりしてておいしい! ハオも食べて食べて!」
フォークをぷすっとして差し出された『あーん』はきっと、にあが言った通り美味しいのだろう。浩然が素直に口を開けた理由は『にあだから』なのだけれど。
「うん、いただきます。……本当だ、バターケーキだけどしつこくないね」
柔い微笑での感想に、にあの目がぱっと輝く。でしょうでしょう!? 弾む声は目と同じようにキラキラとして――「あっ!」と声を上げた時には、そのキラキラがもっと輝いたように思えた。
「ミルクレープもある! チョコがパリパリだ!」
発見してはひょいぱくり。蝶のように軽やかなフットワークは、パリパリ食感のチョコミルクレープを食べた後も発揮され――軽やかさはダッシュへと早変わり。
「あっちにアイスもある!」
「走ると危ないよ。スイーツは逃げないからね」
「わかんないよ! 足生えて逃げるかもだもん!」
のほほんと声をかけた浩然は目をぱちりとさせた。足。スイーツに。なんて足生え現象は幸いにも起きず、ついて行きながら皿にプチケーキをいくつか乗せて――もう少し何か足したいな。少し空いたスペースには、と巡らせた目がゼリーに留まる。
「カスタマイズも出来るなんて楽しいダンジョンだね」
「ハオ、何してるの? あ、トッピング……?」
「そうだよ。にあちゃんはどんな風にしたい?」
マシュマロとホイップを合わせたゼリーを見ていた目がぱっと輝く。浩然を見上げてすぐ「じゃあ」とうきうきわくわく。アイスへクッキーとフルーツを笑顔で添えて――。
「えへへ、欲張っちゃった」
「わぁ、アイスクリームにいっぱい乗せたね」
デコが上手と褒められ、にあの顔がふんにゃり綻ぶ。いただきますとデコレーションしたてのアイスを食べたその顔は、幸せ空気が笑顔だけでなく全身から溢れるよう。ひんやり甘い一口は順調に重ねられていき――。
「飲み物持ってきたよ」
「ありがとう! ちょうど喉乾いてたの!」
「紅茶にしておいたけど、ジュースも色々あってね」
ジュース!?
“も”、“色々”!?
指差した先を元気に向いた顔に、浩然は「ふふ」と笑いながら片手で持っていた物を、にあの前へすらりと寄せた。
「あ、にあちゃんも食べる?」
クリームやクッキー、チョコやフルーツで表を飾ったケーキ。カラフルになるよう揃えたゼリー。プレーンとカカオとキャラメルと、チョコ掛けのドーナツ――そう、にあと食べるための一口で楽しめるスイーツでいっぱいお洒落プレートである。
「わぁ……! じゃあプチケーキひとつもらうね! ハオにもアイスあげる!」
「ありがとう。いただきます」
お互い選んだものをひとつ交換こ。食べれば「美味しいね」も交わって、ひとつ食べれば心もお腹も満たされていく。――となると、いずれはこうなるわけで。
「ふう、ちょっと休憩しよっか」
「うん、ゆっくり食べよう。足が生えて逃げる様子もないし」
「えへへ、そうだね」
ここは普通の――綺麗であったり可愛らしかったり、王道だったり。そんなスイーツでいっぱいのビュッフェな世界だ。毒も矢も鉄のトゲだらけの落ちてくる天井もない。――ない、けれど。にあは紅茶のカップに口を寄せる。
「ここはおそろしいダンジョンだね……」
だってこんなにスイーツがあったら、どんな冒険者でも先に進むのが困難だ。
多分。
ケーキ。クッキー。チョコレート。ゼリー。アイス。他にも色々、めいっぱい。
事前にそういう場所だと知らされていても、クレス・ギルバート(晧霄・h01091)の目に映るそのダンジョンは、絵本の世界へ紛れ込んだ気持ちにさせる。種類も量も数え切れないほど――様々な甘い煌めきはきっと、今は視界に収まっていない部屋にも並んでいるのだろう。
入口に足を踏み入れたそこから広がるスイーツ空間には、オフィーリア・ヴェルデ(新緑の歌姫・h01098)も若葉の瞳を思わずキラキラさせていた。カトラリーを手に取れば、これからビュッフェタイムが始まるのだという思いもキラキラ芽吹くよう。
「ここから奥まで見える範囲全部食べちゃうわ」
「細っこい体でそんなに食えるのか?」
「あら。見てなさい、クレス」
なんて言いながら、嬉しげに話すオフィーリアへ向けるその表情は柔らかな笑顔だ。スリム体型でも、食べ方次第では結構行ける事だってある。工夫すれば自分だってとスイーツ達を眺める横顔は明るい。
「記念に写真撮っておかないと~。世の中のダンジョンが全部こうなら大歓迎なのにね」
危険がなくて、楽しくて、美味しい。モンスターはいるものの、途中で現れる方はか弱いと大評判で、奥に潜むボスはとても猫との噂だ。こんなにも安心で楽なダンジョンは、自分達の故郷にどれくらいあるだろう?
(「……」)
――――結構あったかもしれない。
食べる前からダンジョンを楽しみつつも、メインは食べる事。オフィーリアはクレスに語りかけながらせっせと皿に盛っていき、次はどれにしようかしらと目を輝かせる。しかし1つの皿における容量は決まっているもの。チョコに苺ケーキにと、気付けば手持ちの皿は彩り豊かな花畑めいていた。
目を輝かせていた幼馴染が少々困り顔になっている事に、クレスはすぐ気付いた。表情も状況も可愛らしいそこに助け舟を出さない理由がない。
「色んな種類楽しみたいんだろ? 残ったら俺が食ってやるから好きなだけどうぞ」
途端、困っていた顔はバッと表情を明るくした。一気に華やいだ表情にクレスの眦が緩む中、オフィーリアは早速チョコを1つ頬張った。真四角とシンプルな外見のそれは深い色をした見た目に違わぬビターな味わいだ。
「ふむ……このビターチョコ、とても上品だわ。ちゃんとビターだけどしつこくないのよ。それに口溶けがとってもまろやか」
「へえ」
「こっちの苺ケーキは――!? こんなに美味しい生クリームは始めてだわ。スポンジも凄くきめ細やか……!」
1口食べては飛び出す食レポにクレスは笑い、幸せそうにスイーツを頬張る姿を目に映しながら、タルトシトロンを1つ皿に取る。口に含むと、こんがりきつね色をしたメレンゲは優しい甘さで、そこをレモンクリームの酸味が爽やかに駆け抜けた。
「美味っ……!」
一瞬で頬は緩み、感想も思わず飛び出すというもの。
じゃあ、レアチーズケーキの味は? 薄くスライスされた白桃が花を咲かせるケーキをスプーンで掬い――オフィーリアの口許へと運んだ。
「これ、きっとお前が好きな味だぜ」
ぱちりと瞬いた目が嬉しそうに咲う。ハクっと食べた瞬間にオフィーリアの双眸は、ぱあっと輝いた。頬張る口から喜びの声が漏れ出た後、「甘酸っぱくて美味しい!」と明るい声が弾けた。
「さすがクレス、私の好みをわかってる! このティラミスはお返しよ」
口許へ差し出された一匙分。素直に受け入れたクレスがもぐもぐと味わう様子を、オフィーリアは自信が滲む笑顔で眺めた。ティラミスを味わう真っ最中である今、クレスから感想が聞けるまで数秒かかるけれど――きっと。
「ふふ、ほろ苦甘さ控えめの方が好きでしょ?」
「ん、美味い。仄かな甘さが丁度いいな」
「やっぱり!」
好みだったなら新しいティラミスを取ってこようか。数多のスイーツで、ティラミスに何か添えてのアレンジも楽しめる。ガラスの器を好きなフレーバーのアイスでいっぱいにする事も、そこを好きに自由にトッピングする事も――思うままに楽しめる。
なぜならここはスイーツビュッフェダンジョン。
とても安心で楽勝で――おいしい場所なのだから。
訪れた2人をまず出迎えたのは、内装に施された白と青の鮮やかな組み合わせ。置かれていたカトラリーの色。それからすぐ数え切れない色が、甘い甘いかたちと一緒に雨夜・氷月(壊月・h00493)と千木良・玖音(九契・h01131)の瞳を彩った。
「見て見て、あまーいモノが沢山並んでる」
「わあ、楽しそうなところです! ランプもスイーツの形して可愛いの!」
プレート風テーブルの上に並ぶスイーツから、壁や天井の甘い照明へ。そしてまたスイーツへ。きらきらと目移りさせていた玖音が氷月を見上げれば、月を浮かべた目がニッコリ笑った。
「出来上がってるのもイイけど、やっぱり自分でデコるのもこういうのの醍醐味だよね!」
「えっ。自分でも作ってみれるです……?」
ぱちっと瞬いて丸くなった目に、笑っていた目がゆるりと細められ綺麗な三日月になる。ニーッコリ。
「作ってみれちゃうんだよねぇ」
「わわ……! 何を作るか迷っちゃうです!」
「俺はアイスを動物にしちゃおうかなー」
「アイスも動物さんにしちゃうの賛成です!」
アイスと決まったら、アイスな動物の住処にぴったりのお家――ガラスカップの確保から。少食さんも食いしん坊もカバー出来る、小・中・大と3段階あったサイズ展開からそれぞれ選んだ2人は、ショップで見るようなケースに収まるアイスを眺めて「おぉ」「わぁ」と声をこぼした。
「定番のも、フルーツ混ぜ込んだのもあるね」
「カラフルなチョコレートとかもあるですね」
どれを使おう、どの動物にしよう――プランを練りながら見つめる間はちょっぴり真剣だ。むむ、と考えていた玖音の目が、ふいに明るく輝いた。
(「……あ! 思いつきました!」)
(「――決~めた」)
ニヤ、と笑った氷月の手が定番フレーバー上の蓋に伸びる。傷ひとつないガラスカップにバニラとチョコレートのアイスを盛り付けて――、
(「はいネコチャンのできあがりー、ってね。次は……ストロベリーのウサギチャンかな」)
顔はどうしようか。使えそうなトッピングを暫し眺めて、またニヤリ。真っ白チョコが詰まったチョコペンで円なお目々や可愛い口を描けば、氷月だけのもふもふアイスの出来上がり!
「よし。千木良は何できた?」
「はい! 氷月おにいさんにそっくりな猫さんが出来たです!」
「えっ、俺っぽいネコチャン? やったー!」
ホワイトチョコの耳とソーダチョコの目を持った猫アイスは、氷月にキラキラと見つめられ誇らしげに見える。えへへと嬉しさも滲ませはにかんだ玖音は、後ろに隠していたもう片方の手もジャジャーンと前に出した。
「こっちは、ストロベリーのチョコのお耳とおめめのうさぎさん! お友達いっぱい増えました!」
「んふふ、可愛いもふもふがいっぱいだね! 写真撮って良い?」
「どうぞです! 氷月おにいさんの猫さんと兎さんも、とても可愛いですね」
折角だからみんな一緒にとアイスケースの上をちょっと拝借し、アイス達のカラフルさを背景にパシャリ。ひんやりもふもふを収めたら、それじゃあ食べようか――となるのだけれど。
「コレ、このまま食べてもイイけど、あっちにホットケーキもあったよね」
「あったですね?」
「それに乗せたらすごく美味しくなるのでは?」
ホットケーキに乗せたら――? 玖音の脳内で、ほっかほかホットケーキにアイスな動物達が『わぁい』と飛び乗った。
「どうかな千木良?」
「乗せたら……この子たちが先に食べちゃうかも……?」
「あっはは、それは確かに」
それじゃあと代案はすぐに思い浮かんだ。
これならきっと大丈夫だ。
「|溶けちゃう《食べられちゃう》前に、」
「|溶けちゃう《食べちゃう》前に……」
重なった言葉の音色に、くすっと咲う音も重なった。ケースの上に置いていたもふもふアイスを回収する2人の間で、楽しげな彩でいっぱいの視線がきらりと交わる。
「俺たちで美味しくもふもふを堪能しちゃおう!」
「はい! 私たちがおいしくいただきます!しなきゃですね!」
そうと決まれば善は急げ、思い立ったが吉日だ。もふもふアイスな動物にぴったりの、きつね色をしたふんわりホカホカお家のもとへ、いざ!
ミルキーホワイトと爽やかブルーが作り出す室内に、とにかく沢山!としか言いようのない彩りを添えるスイーツ達。開店前の一般客がいない時間帯です、と言われなければダンジョンだなんて信じられない光景に、ココ・ロロ(よだまり・h09066)は目をきらきらさせながら思わず両頬をもふっと押さえていた。
「わあ、とってもおいし……かわいいところですね!」
「わかる……!」
くぅっ、と切なげに呻いた降葩・璃緒(花ひらり・h07233)の顔には、隠しきれない笑顔とトキメキがあった。結晶めいた尾が落ち着かなく揺れては、淡いプリズムを白い床に踊らせている。
「インテリアから可愛過ぎるんだよ……! 目指すは全制覇!と行きたい所だけど」
ね? 璃緒の視線にココが頷き、2人は両腕を組んでいた。
「むむむ……いっぱいあってぜんぶはムリやも~?」
「うん、難しいかなぁ」
けれどこのダンジョンにあるスイーツを全部、という挑戦はとても|意義《ドリーム》がある。キャパシティというどうにもならない胃袋事情さえどうにかなれば――うむむと2人唸っていた時、璃緒の目が可愛らしい大きさのスイーツに留まった瞬間煌めいた。
「あ、でも一口サイズもあるっ。これなら色んな味が楽しめちゃうねぇ」
「はっ! ふふ~、そうですね。プチサイズならココもたくさんたべれるのです!」
「ね、ココさんはどれから食べる? それから取りに行こ! ボクはどのジャンルにも用事があるからっ」
「は~い! とりにごーごー!」
スイーツを乗せる皿を装備して――スプーンやフォークは色々選んだ後に、また。
満面の笑顔で出発してまず向かったのは、定番から流行の最新まで揃ったケーキ達のテーブルだ。璃緒はメロンのショートケーキとパウンドケーキをひょいひょいと乗せ、近くにあったミルクレープに「これも外せないし」としっかり確保していく。
(「あとゼリーも何種類か……」)
透明感あるカラフルなスイーツが璃緒の熱い視線を浴びる中、ココは耳をぴこりと揺らしてスイーツ達と真剣お見合いの真っ最中。
「んと、どれにしよ~……」
あのケーキもこのケーキもすてき。ふと向こうが気になってチラリと見たココは、予想を超えたカラフルさに目をぱちっとさせた。
「わ……ふふふ、りおさんもうおさらい~っぱい」
「はっ。気付いたらお皿が埋まってる!」
恐ろしくないダンジョンにまさかのおそろしさが潜んでいた。――けれど食べたいものは食べたい。ココは苺ショートケーキとショコラミルクレープを乗せ、次はゼリーをと向かったそこでふふふと笑う。ぷるつやゼリーにホイップとカラースプレーの魔法をぱらりと。心トキめいたアイスは――そうだ!
(「ふつうのサイズにして、トッピングのせのせ~。おみみとおかおつくって~……」)
耳の位置はここで顔は――こう!
「かんせーい! りおさんみてみて! うさぎさんアイス~!」
「わぁ、うさぎさん可愛い! これは天才の発想なんだよ……!」
ココのほんわか笑顔に璃緒の輝くような笑顔が返る。
食べ始める前から満開の楽しさは、食べ始めたらもっと満開になるだろう。更に上の爛漫へ届くには1度食べてから次を取りに行かなければいけないけれど、だからこそ2人は美味しく食べておかわりをと笑い合う。
「いただきまーす! んん、ショートケーキすっごく美味しい……!」
「イチゴのケーキもゼリーもぜんぶおいし……あっ、そうだ。えへへ、うさぎさんアイスどーぞ!」
「良いの? へへ、ありがとうっ」
可愛いうさぎアイスは味も抜群に可愛い。ひやっとして甘い美味しさを堪能した璃緒の指が、自分の皿に乗るひとつを笑顔で示す。
「ココさん、パウンドケーキは食べた? この太陽とプレーンの境目、食べてみて!」
「わぁ、いただきま~す♪ むむ、ふたつのおいしいがあります……!」
「だよね!? きっとこういうの一石二鳥って言うんだよ」
お喋りしながらのスイーツビュッフェタイム。美味しくて楽しい時間はなかなかスムーズに進行して、皿の上はいつの間にか綺麗になっていた。
「あっちのジェラートも美味しそうーっ。ショコラドリンクも飲みたいな」
「ソーダフロートものみた~い」
じゃあ2巡目はドリンクと――まだ見ぬスイーツを、プチサイズで盛り沢山!
訪れて最初に響いたのは、こつんとした足音。そのすぐ後にちゃっちゃっと軽やかな音が続いて――きらきら、きらり。スイーツビュッフェという|ダンジョン《世界》に、廻里・りり(微睡の庭・h01760)と廻里・ぱふぇ(かわいいばんけん・h13419)は仲良く笑顔を輝かせていた。ぱふぇの尻尾は勿論ヘリコプターのように大回転している。
「わぁ……! いっぱいでまよっちゃいます……! |ベルちゃん《食べすぎ防止係》にないしょできちゃいましたが……めいっぱい食べましょうね、ぱふぇちゃん!」
“ はい! ないしょです! たくさんたべます! ”
かしこいパフェはわかっていた。ないしょとは、時にスパイスになるという。つまり沢山のおいしいが、すごくてすごい事になるのだ。なんてすてき!
“ 食べたことのないあじになるかもしれません! ”
膨らむ期待で、タイル張りの床を行く足並みが軽やかステップをちゃっちゃっと刻む。けれどケーキでいっぱいのテーブル前へ着いた時、かしこいパフェはわかってしまった。耳をぺたんとさせて、下を向いた鼻からぴーぴーとか弱い音がこぼれる。
“ おいしいがたくさんありますのに、ほくの手はなんとちいさい…… ”
「大丈夫ですよぱふぇちゃん、わたしがとりますっ」
“ りり、りり、ありがとうございます! ”
それはまさに救いの光。上を向いたぱふぇの顔が首周りの虹色にも負けないキラキラ笑顔を向ける間、りりは気になったスイーツを見つめ――すす~っと視線を移動させていく。
どれもこれも美味しそうで気になって仕方がない。ないしょのスイーツビュッフェだけれど、どかんと食べていってはすぐお腹いっぱいになってしまいそうだ。
「ぱふぇちゃん、ちょこちょこ食べて、おいしいのはおかわりしましょう」
“ おかわり! たくさんたべることですね! ”
ぱふぇできます、やれますと誇らし笑顔も輝けば、りりはこっくりと頷き返し――まずは苺のショートケーキのプチサイズを。一緒にぱくっと食べた瞬間、クリームの優しさと苺の鮮やかな甘み、全てを受け止めるようなスポンジの柔らかさに目を輝かせた。
ではチョコレートケーキは? いそいそウキウキそわそわを相棒に食べれば、口当たり滑らか、チョコレートの存在感たっぷりの豪華な幸せが溢れていった。
“ ぼくはあちらのモンブランもほしいです! こちらは手作りワッフルですよ! ”
「わぁ、モンブランもワッフルもおいしそう……!」
たっぷりのクリームへ綺麗に走る筋模様。ワッフルはやわらかな黄色ときつね色が共演している。後者は見るだけでホカホカだとわかるけれど、使い魔であるぱふぇは猫舌知らず。好きな出来立ての気配に尻尾をぷりぷり振り続けて――りりと一緒に「いただきます」をした瞬間、ちぎれるような勢いへ。
噴水めいて『おいしいです!』が溢れる様子にりりはくすくす笑い、それじゃあ次はとロールケーキを取った。カットされたものを1つずつ「いただきます」をして――思わず頬を押さえる。
「フルーツいっぱいでしあわせ~!」
甘くてジューシーで、フルーツの香りも一瞬で満ちていく。頬を通過してこぼれてしまいそうだ。
食べて味わったその次はカスタマイズで楽しく『美味しい』を。バニラアイスにビスケットの耳。様々な色のチョコを輪になるよう飾れば――。
「じゃん! ぱふぇちゃんですっ」
“ わあ! ぼくです! 『かわいい』という声もきこえます。まさにぼく! きようですね、すてきですね! ”
嬉しくてびゅんびゅんくるくる、駆けずにいられなかったけれど、すちゃっと止まる。それでは自分はチョコソースでりりを――うんしょ、うんしょ。
「わぁ! ぱふぇちゃんのは……ねずみさん?」
“ いえ、ねずみさんではないんですよ、りり ”
ねずみさん違いの可愛らしいアイスも、一緒に美味しく「いただきます」。空っぽになった器は満足の印で、食べてなくなった悲しみはどこにもない。ちょっと一息ついた2人には、ずっとずっと笑顔があった。
「ぜんぶおいしい! ぱふぇちゃん、つぎはなにを食べますか?」
“ できたての、あつあつほっとけーきがいいです! 甘いこうちゃもおいしいです! ”
「わぁ、いいですねっ」
“ そしてホットケーキは|バター《しあわせ》ましましで!」
「それはだいじですね! では、|バター《しあわせ》ましましにしましょう!」
たっぷりの|バター《しあわせ》が染み込んだ熱々ホットケーキ。
想像するだけで――ああ、お腹の虫さんが元気に鳴いてしまいそう!
星詠みから話を聞いてはいたが、スイーツビュッフェダンジョンがどれ程のものかは、この目で確かめるまでわからない。だが現代様式のそこに足を踏み入れた神花・天藍(白魔・h07001)は、最初の部屋にあるものを見た瞬間目を瞠っていた。
「甘味……!」
声をこぼした天藍の目が静かに煌めく。続いてこぼれたのは満足げな吐息だった。
「見事な光景だな」
「ほ、ほんとうにここは、ダンジョンなのですよね……?」
ダンジョンのダの字も見えない光景に、神代・ちよ(追憶のキノフロニカ・h05126)は訊ねずにいられなかった。蝶耳をかすかに震わせてちらちら目をやるのは、今いるここから見えるもの――数え切れないほどのスイーツ達と、ここから左右にそこからまた更にと続く多分ダンジョンの造りだ。こんなにも不思議で、こんなにもスイーツがあるなんて。
「まるでお菓子の家を通りこして、お菓子の森なのです。食べて危なくはないのでしょうか。けれど、どれもおいしそうで……」
「案ずるな、毒の類はないと聞いておる。見てみよ」
天藍の落ち着いた声に背を押されるように、ちよの目が改めて色とりどりのスイーツ達を見た。他のEDEN達がスイーツビュッフェを楽しんでいる――不安と戸惑いでいっぱいだった眼差しが段々と落ち着いていった。
「……ほかにも召し上がっている方もいっぱいですし、お腹をこわした方もいないようですから」
そ、と天藍を見る。すぐに頷きが返った。
「折角の機会だ、楽しませてもらおう」
「はい。頂いてしまいましょう、か」
スイーツを取る動きには少しの躊躇いが滲んでいたが、皿に乗せたプリンを見る目に、楽しそうな彩がほのかに浮かぶ。そこへソフトクリームも乗せて――ふわ、とちよの顔に笑顔が咲いた。
「ほう、ぷりんにあいす。夏らしくてよき組み合わせだ。そこのさくらんぼも添えると可愛らしくなるのではないか?」
それは名案。ころりとした鮮やかな赤い果実は、味だけでなくその可愛らしさも彩りとなって華を添えてくれそうだ。
「暑いときには、ひんやりおいしいのですよ。おじいさまは、どれを召し上がりますか?」
「我か? 我は、これだ」
すい、と差し出したのは見た瞬間に味が思い浮かぶ色をした――、
「濃いめのちーずけーきにみるくれーぷ。夏果実のたるとに、ぷちけーきは気になるものをとった」
「……おいしそうですね、ちよもチャレンジしてみるのですっ」
これと、これと。せっせと皿に移していく様子にはもう、躊躇いはなかった。
天藍はかすかに目を細め、向こうもよいぞ、と指し示す。
「ろーるけーきもおいしそうであったし、口直しのちょこれーともある。好きなだけ食べてもよいという話だからな、まずは控えめにしたぞ」
「成る程です……おじいさまのようにすれば、お菓子がいっぱい頂けそうで……あ、見て下さい、飲み物もいっぱいですよ!」
「本当だな、飲み物も沢山ある」
ガラスピッチャーの中をしっかりと満たすジュースにアイス珈琲、紅茶に緑茶。温かなドリンクもバラエティ豊富で、至れり尽くせりだ。
(「ほんとうにダンジョン……なのです、よね……?」)
ちよは再びちょっぴりわからなくなるも『どのドリンクにするか』が大切で、天藍も甘味のひとときに合わすものへと真剣な眼差しを注いでいた。
「我はもちろん|しゅわぱち《ソーダフロート》にする」
「どれが合うのか、組み合わせを考えるのも楽しそうですね!」
こんなにあるのだ。異なるジュースを組み合わせた、ミックスジュースの開発だって出来る。
ソフトクリームを合わせさくらんぼを乗せたプリン達には何が合うだろう? 無邪気な笑みをたたえ、ふわりふわりと彷徨う桜色の双眸は、風に舞う蝶のように軽やかで――天藍は静かに微笑んだ。
(「楽しそうで何よりだ。……さて。次はあちらも見てみるか。まだ食べておらぬ菓子が随分とあるようだからな」)
そこの菓子もきっと美味なのだろう。
そして、春と冬のいろに、それぞれの笑顔を咲かせるに違いない。
「では、食べるとするか」
「はい、おじいさま……!」
夏の思い出といえば山や海や水のレジャー、お祭り、花火大会、入道雲など。
そんな夏の――今のような夏の終わりの思い出にスイーツと来たら?
勿論最高だ。
と、いうワケで。
「美味しい! スイーツが食べられると聞いて!」
「命璃お姉ちゃんと一緒に遊びに来ちゃった!」
「きちゃったねぇ!」
集真藍・命璃(生命の理・h04610)の弾む声に、月夜見・洸惺(北極星・h00065)も同じキラキラがこもった声を弾ませた。せーの、で飛び込んだダンジョン――スイーツビュッフェという素晴らしいそこに靴音と笑い声が軽やかに響く。
「夏といえばアイス! だけどその前にケーキだよ!」
命璃は皿を手に、お洒落な皿風の大きなテーブル上に並ぶケーキ達をキラキラと見つめた。どれにしようか笑顔を輝かすこと数秒。これ!と明るい声が響いた。
「ピスタチオチョコケーキにしちゃお! あとウィークエンドシトロンも捨て難いよねえ。あ、こっちのケーキも美味しそう!」
ひょいひょい、ひょいっ。食べてみたいものを乗せて乗せて――気付けばいっぱいになっていて、次のケーキを置く場所が綺麗になくなっていた。
「わあすごい、命璃お姉ちゃんもうお皿がいっぱいになってる……!」
「どれも食べてみたくて……洸惺くんは何にするの?」
「僕は和菓子が気になるかもっ! えへへ、一番大好きなお菓子だから」
和菓子は向こうにあると別のEDENが教えてくれた。そこまでに通り過ぎたスイーツにも心惹かれつつ、洸惺は和菓子でいっぱいの部屋に辿り着く。
大福、饅頭、練切、羊羹、団子――輪郭や色使いがどこか優しいその中から、まずは錦玉羹を。金魚が泳ぐもの、星空が閉じ込められたもの。どちらの彩もそれぞれの涼しさをたっぷり湛えている。
「あと水饅頭に小豆のかき氷!」
「あれ? あはは、洸惺くんったら!」
「わ、僕も置ききれなくなっちゃった! 命璃お姉ちゃんのこと言えないかもっ?」
「『かも』~?」
にやりと笑った命璃に洸惺が「えへへ」と笑う――そんな風にちょっぴりじゃれ合いながら、ケーキを和菓子をと2人は楽しく舌鼓を打つ。もうちょっと欲しいな、という時はすぐに取りに行ける所が非常にいい。その道中で新しい誘惑との出逢いという幸せもあるワケで――。
「ねえねえ洸惺くん! バラアイスにソーダアイス、杏仁豆腐アイス……?もあるよ!」
杏仁豆腐がアイスに――どんな味なのだろう。食べてみようかな、と考えていると洸惺もアイスが気になったらしい。つぶらな目はアイスだらけの部屋がある方を気にしていた。
「え、アイスもあるんだ? 僕も見に行きたいな!」
ダンジョンだからか、ここのスイーツは決して枯れない。だから食べ逃す心配は全くないのだけれど、食べてみたいと思ったら食べに行くのが一番に決まっていた。
やって来た洸惺に命璃はこっちこっちと手招く。アイスはアイスショップがそうであるように、引くタイプのガラス蓋で守られて並んでいた。
「珍しいフレーバーもたくさんあるね! あっちには聞いたことないコーヒー豆のアイスだけがあったよ」
「えっ、コーヒー豆だけの?」
驚きを挟みながら、溶けてしまう悲しさ防止の為に少しずつ頂いていく事にした。蓋を開けてえいえいと掬って蓋をしっかり閉じて――ぱくり。食べた瞬間、双眸に煌めきが躍る。
「ねね、どれも想像以上に美味しいよ! あ、洸惺くんが好きそうなギャラクシーアイスもあるねえ。どんな味なんだろ?」
「ギャラクシー、アイス……? どんな味なんだろう? ラムネかな? それともブドウ?」
「……それを確かめるには?」
「食べるしかないよね!」
深い深い青紫色。そこへ練り込まれて交じる、天の川めいたピンクや白。カラフルな欠片も見え、ザ宇宙というビジュアルは食べる前の撮影必至だ。
「うん、綺麗に撮れた! 食べよう洸惺くん」
「食べよう食べよう♪ えへへ、写真にスイーツにって忙しいね。でもでも、夏休みの最後にとっても素敵な思い出ができちゃった!」
食べて、笑って、食べ終えて。
どのスイーツも美味しいからこそ、まだ食べたりないと思ってしまう。
「命璃お姉ちゃん、次に行こうっ!」
「行こう! 次はどれにしようかなあ?」
笑顔と弾む声が次の部屋へと向かう。そこにも隣の、奥の部屋と繋がる下がり壁式の出入り口があって――スイーツダンジョンの楽しさに、ハマってしまいそう!
第2章 集団戦 『星溜り』
●きらきらな、いのち
食べるスイーツも進む先も自由に楽しみながら進むうち、スイーツでいっぱいだった|テーブル《皿》が登場しなくなる。けれどミルキーホワイトと爽やかブルーの色や造りは変わらず、酷暑が嘘のような快適さも変わらない――そう思っていた所へ、きらきら、きらら。満天星空の水溜りが、見える範囲全ての部屋のあっちこっちに現れ始めた。
部屋の中央。床の隅。壁や天井。スイーツな形をした照明にまで。ぺちゃりとあった美しい水溜りから、ふいに水滴が跳ねた。水溜り全体が慌てたように震えてあら不思議。可愛い形にメタモルフォーゼ。
ポメラニアンの形になったそれは、えいしょっよいしょっとあんよをぽてぽて動かしながら歩き回り――くるっ。EDENの反応を窺っている。すささーっと足元へ仰向けスライディングして尻尾をぷりぷり、愛嬌を振りまく個体もいる。
小さな小さな子猫になった個体はEDENの方を見ながら、本物の子猫さながらに、力が入り切らない四肢でぷるぷると踏ん張っていた。
兎の形になった個体は顔や耳をくしくし――ちらっ。くしくしくし――ちらっ。お手入れの動きをしてはEDENの方を見ている。
ハムスター形はぴゅーっとスイーツがあった方が行き、しばらくして戻ってきたと思えば小さなお手々で食べ始めた。口があるのだろうそこへ吸い込まれたビスケットが、粉々状態でぷかぷかと星空に浮かんでいる。普通のハムスターではあり得なさ過ぎる光景だった。
ずんぐりむっくりパンダにクマ。丸々ボディにぷりっとしたクチバシの鳥。ぱたぱた躍る、子供が描いたようなまるっとした蝶。フォルムからシャープさが消えた、デフォルメちっくなカブトムシ――様々な『可愛い』形に変化した満天星空の水溜りこそが、か弱いと評判のモンスター『星溜り』だ。
EDEN達の登場に慌てて『可愛い』を装っているのだろう。多分「このかわいいはかんぺきですし?」と|思って《ナメて》いる個体もいる。
ここは危険のないダンジョンだ。彼らの『可愛い』に付き合う時間も、愛でる余裕もある。容赦なく「こらっ」と退治するなら、急所である一際輝いている星を狙おう。
倒した後に液体だった体は結晶となるがその形は個体によって異なるようだ。模していた『可愛い』になるもの、4面体ダイス風や柱状といった様々な固形・結晶の形になるもの、元々の水溜りめいた平たい結晶になるものまで。
甘いもので腹を満たした後の、ちょっとした――ささやかな運動が、満天の輝きと共に始まる。
どこまでも続く爽やかな白と青の組み合わせに、突如として現れた満天星空の水溜り。ツィリが「えっ?」と目をぱちくりさせている間にそれは子犬へと変身し、ツィリから言葉も奪って――スササーッ! 足元まで元気にスライディングしてのご挨拶を決めてきた。
目も口も見当たらず、全てが眩い星空わんこの表情はわからない。けれど、それはもう盛大に熱烈に揺れる尻尾から愛嬌がこれでもかと溢れていた。高まる想いが言葉になる前にメロメロと崩れていく――そんなツィリがそろそろと伸ばしてみた手に、もふっと満天星空からは想像つかない触感が届いた。
頭を擦り付けてくれたという事実。あたたかな手触り。一瞬できゅんと高鳴った鼓動が笑みとなって顔に現れる。
「とっても可愛いね境華ちゃん!」
「わん?」
「……わん?」
隣を見てもあるのは|見慣れた《変わらない》内装だった。じゃあ今聞こえた「わん」は――少しだけ離れていて、かつ、やや下方からだったような。
目をぱちぱちさせながら視線を移していったツィリは、ちまっ、とした黒毛のポメラニアンと目が合った。
「え」
「わん?」
首をこてんと傾げた子犬が歩き出す。タイル張りの白い床を、ふわふわ黒毛からちらりと覗く小さなあんよが踏んでいく。ぽてぽてと可愛らしい足取りで傍まで歩み寄ってきたポメラニアンの、ふわふわ尻尾がぱたぱたと左右に揺れる。
黒毛と金色の目――先程までいなかったポメラニアンの愛らしさに心奪われていたツィリの肩が、ふいに跳ねた。
「もしかして境華ちゃん!?」
「わんっ」
「やっぱり!」
なんというふわふわボディ。
なんというくりくりおめめ。
わわわ、と表情筋がトキメキいっぱいに染まって緩み、白い頬もぽわわと染まる。
「かっ可愛い! 最高に可愛い!」
(「褒められてしまいました」)
意識しての事ではないのに、ちょっと得意そうに胸を張ってしまった黒ポメ境華だったが、刺すような視線――もとい星の輝きに、きゅっと表情を引き締めた。
(「……いえ。今は勝負でした」)
改めて星溜りの子犬と向き合う。あちらも心なしか背筋をシュッとさせ、黒ポメ境華の方を向いた。シャッシャッと後ろ足で床を蹴っている。――やる気だ。
(「望むところです」)
「あ、あれ? 何か、火花が散っている、ような……」
ごくり。ツィリが唾を飲んだ瞬間先手を奪ったのは境華だった。
こてん。
まず首を傾げた。それから前足を揃えて、じっと見上げる。ブラッシングされたてのようなふわふわが眩しい尻尾も、精一杯ぱたぱたさせた。
すると、星溜りがぷるっと震え――ぺそっ。四肢を投げ出すように伸ばして腹ばいになったその体からフワワ~ン。全身を彩る星空を薄く広げたようなミストが溢れていく。――が、その勢いが何とも心もとない。それはつまり。
(「バトルの優勢の気配を察知――!」)
ハッとしたツィリの方を黒ポメ境華が勢いよく振り返った。あまりの勢いに小さな体がぴょんっと跳ねて、小さなあんよがぺちっと床を叩いていたりもする。
「|キャン《今です》!」
「!」
自分に向けてのひと吠えをツィリは瞬時に理解していた。
目には星溜りの身でいっとう輝く星を映し、手は青い星を抱いたトリアイナを掴む。満天星空の体目掛けて繰り出したトリアイナは、その白い輝きを一瞬だけ星溜りの視界に残しただろう。それが薄れるより先に、子犬の形をしていた星溜りの形が一点へ吸い込まれるかのようにシュンッと小さくなって――カツンッ。金平糖を思わす形になり、タイルの床に甲高い音を響かせた。
星空からこぼれおちたような結晶に、てしっと境華の前足――まだまだ黒ポメ続行中の足が触れる。
「わふっ」
「これで完璧な勝利だね! おめでとう」
満足そうにひと鳴きした境華がこくんと頷く。ふわふわ黒毛に包まれた首は全く見えなくて、立派な毛並みに口元が埋もれそうだ。――そんなもふもふ姿に、きらきらきらりと熱い視線が注がれる。
(「もふもふ境華ちゃん、もう暫くみていたいなぁ」)
ちょっぴり丸い、小さな耳。しまったらもふもふおにぎりになってしまいそうな、小さなあんよ。ちょんと突き出ている可愛い鼻。可愛いポイントは他にもたくさん!
じぃっと注がれる視線を境華は勿論気付いていて――わふ、と小さな声をこぼす。
(「……頃合いを見て解除しますからね」)
それまでは――あともう少しだけ、このままで。
甘いものを沢山食べて、食べた分だけ幸せになって――気付けば消えていたスイーツ達と入れ替わるように視界へ飛び込んできた満天星空の水溜りが変身したうちの、ひとつ。丸っこくてふわふわとした星空色の兎が見せるお手入れ仕草に、きょとんとしていたにあの表情はたちまちとろとけていった。
「わぁぁ……かわいいうさぎ」
「おや、これは確かにかわいいいのちだね」
「ハオもそう思う? ね、ね。抱っこしてもいいのかなぁ」
どんな手触りだろう? あたかいのかな? 重さはあるのかな?
両手をきゅっと握っては少しだけ開いて、また、きゅっとさせる。心情がありありと出ている様に浩然はくすりと笑い、にあの視線を浴びる1羽もどきを眺めた。
(「なかなか魅力的な姿だから、にあちゃんがときめいちゃうのもわかるな」)
浩然がにあへと優しい眼差しを向けていると、そわそわしていた少女がそろり、と動き出す。
「触っても平気……?」
上からだと驚いちゃうかも。慎重に慎重をぽすぽす重ねた動きは、下から近付けるように伸ばしていく手にも現れていた。ゆっくり。そろり。音も立たないのではというほどの動きで伸ばした手が、その指先が、きらきらと瞬く光でいっぱいの夜空に触れて――。
「わ、ぁ」
とても柔らかい。ふさりふわりとした触感をそっと両手で抱えあげる。元々が水溜りだからか、伝わる重みは軽くもないけれど重たい事もなく、『不思議』の一言がしっくりと来た。
――不思議といえば。
(「な、なんか……見つめてたら不思議な気持ちになってきたかも」)
兎の形を満たす満天星空の輝きが、目と手で感じている存在との距離をなんというか、こう――きらきらしゃららと溶かしていくよう。
お星さまいっぱい。にあが目をぱちぱちさせる様子に浩然は笑い、さて、と視線を足元へ向けた。
「僕と遊んでくれるのは?」
ぽてぽて。星空ポメラニアンが数匹、浩然の足元でおすわりをしてみせた。
「そっか、君達なんだね。……じゃあ。お手、おかわり」
ぽす。ぽすっ。
「ごろん、ばーん」
ぺそり。ころ~ん。
左右の前足を浩然の手に乗せ、床を指させば腹ばいになって転がる。よしよしと頷いた浩然は――その目を冷たく細めた。
「――整列」
びしっ!!
星空ポメ達が綺麗に横一列に並ぶ。愛玩犬の形をしているとは思えない光景に、
「ねえハオ! うさぎかわいいよ!」
見て!と声を弾ませたにあは、ぱちっと目を丸くした。
「わぁどうしたのそれ! ポメラニアンが整列してる!」
「あ、にあちゃん気づいた? この子達、賢いんだろうね。誰が群れのトップに立つのかよくわかってる」
「すごいすごい! ハオはそんなこともできるんだねぇ。みんな言うこと聞いてえらいねぇ、お利口だねぇ」
かわいい、かわいい。無垢な笑顔と柔らかく降る『褒め』に、びしっとしていた星空ポメ達の尾が控えめに揺れ始める。あ、喜んでる? にあの笑顔が確認するように浩然へ向いた時、抱えられていた星空兎がジタバタし始めた。
「わっ、なになに?」
「っと、兎はちょっと拗ねちゃったかな?」
「あ、うさぎちゃん、ごめんね忘れてないよ。あなたもとってもかわいいよ!」
「そうそう。安心して、君もかわいいよ」
にあちゃんが魅了されちゃうくらいだから、の『ら』の瞬間だった。
上を向いた星空兎の鼻先が、にあに触れた。
ちゅー、と触れていた。
「――ありゃ。鼻ちゅーされちゃった! えへへ」
「じゃ、倒そうか」
にあの手の中で星空兎が固まった。星空ポメ達も固まっている。天使が横切ったかのような静けさに、抜かれた銭剣の音だけが過った。
ぱちぱち。ぱち。にあの目が瞬きを繰り返す。
えーと。えーっと。もしかして。
「……ハオ、怒ってる?」
「えっ? 怒ってないよ」
うそだあ。
星空兎とポメ達がにょわーんと仰け反った。
「でもにあちゃん、そろそろ遊ぶのはおしまい。この子達は退治しないと」
「おともだちになれたと思ったんだけどなぁ。ごめんね……?」
えっえっそんな、こんなにかわいいのに?
星空ポメ達が後ろ足で立つ。前足を上下にぷんぷんさせている。そっと下ろされた星空兎はぷるぷる震えながら『くしくし』をして、チラッ。
「うんうん、ごめんね」
絶対そう思っていない言葉の後、銭剣と花時雨が舞う。真っ白な床にきらきら星が落ち、軽やかな音を響かせた。
絵本の世界に飛び込んだような甘い部屋の次は、可愛いいのちに変身する美しい水溜り達でいっぱいの部屋。ふわふわとしたもの、まあるいもの――これまた、幼馴染が喜びそうな可愛いに満ちた部屋だ。クレスはオフィーリアの横顔をちらりと見て、
(「やっぱりな」)
星溜り達の身に宿る星々にも負けない煌めきが、瞬きを繰り返す瞳に浮かんでいる。
キラキラとして、可愛らしくて、綺麗。スイーツ達とは違った魅力があっちこっちの部屋を彩っている。オフィーリアの輝く眼差しがくるっとクレスの方を向いた。
「クレス、覚えてる? 小さい頃私がお空の星を採取したいって言った事」
「……ん? ああ、憶えてるぜ。俺が竜に戻れたら星空まで連れて往く約束を……」
「今ならあの時の夢を叶えるチャンスではないかしら?」
――今?
クレスの中で二度目の『ん?』が浮かんだほんのちょっとの間に、オフィーリアはふんすと気合を入れ腕まくりしていた。
「見てて、あの子達を捕まえて持ち帰って見せるわ」
「捕まえる? 星溜りを?」
無理じゃねぇかなぁ――とは敢えて言わなかったクレスの優しさを背に受けながら、オフィーリアは星溜りの位置を素早く確認した。
部屋の中央、隅。隣の部屋と、そのまた向こうにも。かなりの数の星溜りがいる。数が多いという事は捕獲チャンスも多いという事だ。
(「それに、可愛いを模して油断しているのなら私でも捕まえられるかも」)
すると1匹の星溜りとパチッと目が――目は、ないけれど。合った気がした瞬間、腹ばいになっていた子猫形星溜りが体を起こし、ぱや毛を膨らませると、後ろ足だけでうにょにょと奇っ怪な動き――所謂『やんのかステップ』で離れていった。
いけない、物欲センサーに反応するのなら攻め方を変えなくては! オフィーリアは静かに息を呼吸を整える。
「ほらほら、追いかけっこよ!」
右に左にとたとた走って追いかければ、先程の星空子猫がぴょんぴょこ跳ねるように駆け回る。そこへ星空子犬も尻尾をぐるぐるぶんぶん振り回しながら加わってきた。
ダーッと走って離れたと思ったら立ち止まって勢いよく回れ右。前身を低くして前足で床をたしたし叩いている。尻尾は更にぶおんぶおん回っていた。もしや。
「……遊んでるわけじゃないのよ?」
いいから! いいから! ハイテンションで周囲をぐるぐる駆けた星空子犬と、それに続く子猫。――ワンテンポ遅れて星空ヒヨコも加わっている。その後をとっとこ追いかけるオフィーリアを見守っていたクレスは、足元で何かがもそもそしている事に気付いた。
「ん?」
無数の星に染まった体は他と同じ。ふわもふとした、どこもかしこも丸っこい犬系フォルムは――ポメラニアンだ。星空ポメラニアンが足元でころんと腹を見せてくる。尻尾もぷりぷりさせ始めた。
「お前はリアと遊ばなくていいのか?」
こっちの追いかけっこ屋は休業中だぞ、なんて笑って撫でていると、満天星空の中にいっとうの燿きを纏う星があった。その白いひかりは、本物の夜空に見かける星とよく似ている。
(「――いつか」)
こんな風に、一緒に綺羅星を掴めたら。
そう思いながら目の前の星に手を伸ばした――だけだった気がする。しかし。
「……あっやべ」
固まった星空ポメラニアンの姿形がシュルンッとほどけ、長い尾を持つ星形結晶へ。氷が水に戻る過程が一瞬で起きていた。
これは多分あれだ。うっかりとか偶然とか、幸運にもとか――星溜り的には不運にも、急所を突いてしまったのだろう。
満天星空の結晶と見つめ合っていたクレスは、オフィーリアがとぼとぼとやって来るのに気付いて顔を上げた。確か軽やかに楽しげに追いかけっこしていた筈だが、非常にしょんぼりしている。ははあ、収穫ゼロだったんだな。――なら。
「ほら、お前が欲しがってた星だぜ」
「え? ……えっ!? 凄い凄い、何処で拾ったの?」
掌にそっと降ってきた流れ星に丸くなった目は、掌の流れ星とクレスを何度も行き来する。その動きに合わせて長い髪が勢いよくふわふわ躍る中、クレスは笑いながら「此処で」と自分の足元を指さした。
「リア、言ってたろ。夢を叶えるチャンスじゃないかって」
「そうだけど……私が貰ってもいいの?」
小さい頃の夢が今まさに叶おうとしている。興奮と喜びはどうしても隠しきれなかった。けれど流れ星を降らせてきた幼馴染はそれを笑わず、流れ星を取り上げる事もない。お前の星だと、柔い笑顔で少女の手にある星を優しくつついた。
「現れましたね」
そういうモンスターがいると事前に聞いていた為、見た瞬間驚きはしなかった。小鳥は涼し気な微笑を浮かべたまま懐に手を伸ばす。
取り出した煙草1本に火を付け、吸う。赤く光る煙草の先端と、静かに吐いた息。そのふたつから生まれた紫煙はゆらゆらとほどけながら、白と青の模様が整然と並ぶ天井まで昇り、消えていく。
ここはダンジョン。スイーツを楽しんで終わりの筈がない。
兎比良もそれを理解していた為、眼鏡の奥にある目は普段の勤務時と同様に落ち着き払っていた。
「現れましたが……何ですか、あれらは」
「……」
――それは、そう。
液状のきらきらとした水溜り型モンスターが、愛玩動物の4文字がしっくりとはまる姿に変身したと思えば、その姿形に似合いの動きを取り始めた。兎比良はなぜか頭痛を感じ眉間を押さえたくもなったが、相手がどういった見目でどういった素振りをしていようとも――まずスイーツビュッフェで始まったここがダンジョンであったように、あれらも魔物には違いないのだ。
(「引き続き油断無く任務を……」)
「いえ、あなたたちは何をしてるんです?」
小鳥の声に兎比良は彼女が見つめる先に目をやって――眉間の皺を少しばかり深くした。
小鳥が使役するふわふわまん丸の妖精達が、あっちでぷりぷり、こっちでぷりぷり。星溜り達がするように、彼らも愛くるしい様を見せ始めていた。
「……小鳥、あの個体はなぜ床に俯せているんですか」
「あれは多分、さっきまでスイーツを食べていた個体ですね」
他と比べて随分と大人しい。小鳥がつついてみると、ふわふわとしたボディから何ともか弱く気の抜ける「もきゅきゅ~」がこぼれた。
「もう食べれない? そう……ではそのままそこで休んでいてもらいましょう」
「もきゅ~……」
他の個体はというと、星溜り相手に張り合い続行中だった。
ぴょこぴょこ左右に揺れているのは、踊っているのだろう。可愛らしい声で何やらハミングしている個体もいる。
「自由すぎませんか」
――頭痛の種が増えた。
兎比良は吐き出しそうになった溜息を飲み込んだ。撹乱用にと召喚した影達も困惑しているようで、10cmほどの彼らから問い合わせるような雰囲気がひしひしと伝わってくる。
「もきゅーきゅっきゅっ!」
「も~きゅもきゅきゅ~♪」
しかし妖精達は各々が『可愛い』を楽しんでいる。
自分達にはこのダンジョンを攻略し破壊するという任務があるのだが――???
兎比良の眉間の皺がよりクッキリとしていくが、今度は星溜り達と妖精達が一緒になって戯れ始めた。ぽよんぽよんと可愛らしい強さで体をぶつけ合う様は、季節外れの押しくら饅頭のよう。くるくると円を描くように追いかけあっていたと思えば、むきゅ~っとくっついては離れてを繰り返しているもの達もいる。
何やら大真面目に『どっちが可愛いか』を張り合っているものもいた。ぴょんぴょこと跳ねて何かを主張している星溜りに、妖精がもきゅもきゅもっきゅーん!と返している。全く迫力がないが、あちら側としては、白熱したやり取りを繰り広げているのだろう。
「どうしますか?」
「……好きにさせましょう。敵意のない相手に、私もそこまで鬼ではありません」
小鳥の問いかけに、兎比良は首を振って答えた。
『か弱い』という評判に値するモンスターだ。有害でないと判断していい。ならば様子を見、対処が必要だと思った瞬間に行動を起こすだけで十分だろう。
――ただし。
「邪魔をするならば一切容赦なく排除します」
眉間の皺が失せ、鮮やかなピンク色の目は、視界内にいる星溜り全てを捉える。
そこから外れていた個体、兎比良の足元で左右にコロコロとしてアピールしていた星溜りが、冷たい声にビクッと硬直していた。兎比良からの釘はしっかり深々と刺さったらしく、固まったまま動かない。
「だそうですよ?」
小鳥からの微笑に星溜りが必死な様子で頷く。実に物わかりのいいモンスターだ。小鳥は唇からくすりと音色をこぼし、兎比良の手へ静かに自身の手を寄せていく。
(「釘を刺す兎比良さんがなんだか可愛い」)
と言ったら、消えていた眉間の皺が復活してしまうだろうか。
そっと手を繋いだ小鳥は――何も言わない。頭痛の種をひとつほど減らして、いつもの微笑みを浮かべながら、男に寄り添っていた。
子猫にポメラニアン、兎にチンチラ――可愛らしい命の形となった後も変わらない満天星空の鮮やかさに『可愛い』が加わった今、星溜りというモンスターはセレネの目をキラキラ輝かせ、釘付けにしていた。
「わ、」
思わずこぼしていた声に星溜り達がこてんと首を傾ぐ。その仕草にセレネの胸は高鳴り、頬もほんのりと薔薇色に染まった。
誰が一番可愛いかなんて決められない。だってどの子も皆可愛い。ドキドキしながら手招くと、トコトコ、ぽてぽて、てってけ、しゅたたとそれぞれの足取りで集まるものだから――。
「わ、わ、かわいい……!」
感動で白翼も震えるセレネの横。咲或は目をぱちりと瞬かせ、興味深げに眺めていた。
(「不定形だから形はなんでもありなのかしら」)
遠くをトコトコゆくシルエットに目をやれば、満天星空なハリネズミが別の部屋へと移動中。下がり壁仕様の先へ消えた――と思いきや、通ったそこを戻ってきた。多分あれは「ちいさくてかわいいハリネズミちゃんですよ?」アピールだ。
(「でも、」)
遠くのハリネズミより、すぐそこの子猫から。
小さな足で踏ん張ってぷるぷるしている小さな姿へとゆっくり近付き、抱き上げる。触れた瞬間覚えた柔らかさは水溜りだった事を思い出させ、けれど意外にもふわふわとした触り心地で、硬質ではない。咲或は星空子猫のふわふわっぷりを味わうように、手全体を使って数回撫でてやった。
「子猫ってやっぱり可愛いよねぇ。そう思わない?」
咲或は話しかけながら振り返って――ふふ、と破顔した。
「人気者ね、セレネ」
いつの間にそうなったのやら。セレナはいくつもの星空アニマルに囲まれ、ふにゃふにゃ笑顔を咲かせていた。膝の上には星空子猫、腕の中には星空ポメラニアン。セレネの膝や腕を素早く駆け回っては肩と床を行き来しているのは、ほんわか丸々とした星空チンチラだ。
「小さい子たちはどの子も可愛いですよね」
膝上の星空子猫のお腹を撫でれば、草原を撫でるそよ風気分が味わえて――ふにゃり。セレネの表情筋がまた、幸せいっぱいにとろけた。
「もふもふ……至福のひとときです……」
漂う空気はほのぼの一色。脅威のきの字もない光景は咲或の心も柔らかくほぐしていく。
「こうしてみるとほんとに絵になるね。御伽噺の一頁にでてきそうよ」
「御伽噺……どんなタイトルに、なるんでしょうね……?」
スイーツ。星。タイトルに含まれそうな単語を浮かべていると、走り回っていた星空チンチラが星空兎と一緒になって、くしくしと体のお手入れに励んでいた。その愛らしさにセレネの目は自然と細められて――でも、と寂しげな色が射す。
「さーて最後にちょっとつついて終わりにしますか」
からりとした声に顔を上げれば、ずっと子猫を撫でていた咲或が子猫の胸部で輝く真っ白な星を砕いた。途端に子猫の形はシュルンッと翔けるように蕩けて――ころり。咲或の掌に、金木犀めいた形の結晶となって残る。
セレネの肩が、翼と一緒になってしょんぼりと下がった。
この子も、あの子も。他の子も。キラキラとして可愛らしくて――けれど、モンスターだ。どんなに可愛くとも倒さなくてはならない存在なのだと、胸の奥がちくりと痛む。
「――……俺やるから目瞑ってていいよ」
「……すみません、どうしても可愛くて……懐っこい子達で、情が湧いてしまって」
「ん。大丈夫」
セレネは咲或の柔らかな声に小さく頭を下げ、目を瞑る。夜のように暗くなった世界で過ごしたのは数秒だ。
「もういいよ。セレネ、手を出して」
ころんと渡された猫形結晶に宿る満天星空の彩と煌めきが、白い掌にそれを淡く映した。セレネの肩はまたしょんぼりと元気をなくして――ふわんっ。綿雲が生まれるかのような柔らかさで現れた白狐の使い魔が、その前足をちょこん、とセレネの膝に置く。
「……あめちゃん、慰めてくれるんですか……?」
「そうみたい。セレネ。あの子たちの代わりに|使い魔《あめちゃん》撫でてくれたら、咲或ちゃん嬉しいなぁ」
咲或の眼差しが柔らかに細められ、わたあめもまろやかな鳴き声をひとつ。首元にすり寄ったその真っ白な体を両腕で抱えると冬の気配がした。けれどそれは、わたあめの毛並みのように柔く、静かに沁みてくる。
伝わる優しさに微笑んだセレネの手中。そこにあった星猫の結晶も同じものに包まれて――いっとう鮮やかな白星が、冬空にある星と同じように煌めいた。
本当にここはダンジョンですか、という疑問に、遂に満を持して登場した“答え”。深く青い夜空と宝石を砕いてちりばめたような星々――こちらを認識するなり『可愛い』生き物になった星溜りに、トゥルエノはうむうむと満足げに頷く。
「さすがダンジョンだけあってモンスターは現れるのだな! 星溜りという名は初耳だと思うが……」
「か弱いだか可愛いだか評判らしいって聞いたけど……成る程ねぇ」
カナトは緩やかに頷き、指先を顎に添える。確かにこれは、見た目も雰囲気も聞いていた通りのモンスターだ。周りがスイーツビュッフェの時と変わらない為、ダンジョン感は相変わらず薄いけれど。
「ほほぅ、か弱い。カワイイは正義とかいう感じなんだろうか……?」
「あー……何かそういう言葉あったね?」
「ふむ、ふむ」
何か考えるように星溜り達を見つめる様をカナトは無言で眺めていた。初耳という事はこのモンスターは初見なのだろうか? それなら遊んでやっても良いけれどと、駆け出し冒険者でも安心だろうモンスター達に視線を戻す。
もふもふとした星空ポメラニアン。ぱやぱや毛並みの星空子猫。他にも頭に『可愛い』が付きそうな生き物の形を拝借した星溜りが、トコトコわらわら――ぷるぷるしているものもいる。
「戯れるんなら、オレたちも相応しい姿をとってあげないと、ねェ?」
「うむ! 我々も相応しい格好で調査に向かうぞー」
にぃ、と笑ったカナトの姿が、色が変わる。人からほっそりとした大型犬、ボルゾイへ。さらさらとした毛は柔らかな灰色だ。
その隣にカツンと硬い音を響かせたトゥルエノは、本性である黒麒麟となっていた。ただし小さくて丸い。その愛らしさは星溜りと非常にいい勝負をしていると言える。ぱっちりとした明るい空色の目はボルゾイ姿のカナトを気にして、ぱちぱちと瞬いていた。
(「灰色ボルゾイな主と並ぶのは何やら新鮮だな~」)
――と、カナトがふすっと鼻を鳴らして駆け出した。いつもと違う目線の高さ、ふわふわ具合、他色々といった新鮮さは猟犬らしい瞬足でぴゅんっと星溜り達の方へ。ポメラニアンの形をした星溜り達は、ぴょんっと跳ねたりカナトから猛ダッシュで離れた――かと思えば体を伏せて尻尾をぱたぱた。遊びに誘う仕草をしている。
(「よしよし、追いかけっこだな」)
バウ、と声を弾ませて応じれば、驚き跳ねていた星空ポメラニアンも加わって――その光景にトゥルエノは尻尾をふさりと揺らした。
(「イヌ達で戯れ合う光景……大変微笑ましいものだな~」)
わたしも混ざってみようか? ふと思いついたそれを実行したトゥルエノだが、ちょっとだけうっかりしていた。『雷』の精霊であるトゥルエノが本性である姿で駆けたなら、その速度はまさに稲妻の如し。星空ポメラニアンも灰色ボルゾイなカナトも更なる追い抜いてしまい、|小さくて丸い《ちいまる》黒麒麟に驚いた子犬達がすってん!と転がっていた。
(「今のは早かったなぁ。でもまだやれるだろ?」)
長い鼻先で転がった星空ポメラニアンを起こしてやると、キリッとした気配でぴゅーっと駆けていく。おーおー、元気元気。カナトは笑ってその後を追いかけて――ぴょんぴょこ、ぱたぱた。小鳥らしき形をしたものについつい顔が向く。
(「捕まえたくなってくるなぁ」)
そう思ってしまうのも仕方ない。だって今は猟犬だもの。
(「まだ倒さないケド咥えるくらいならちょっと……」)
そうそう、ちょっとくらいならいい筈。
(「味見……」)
本気で噛まない。パクッ!とするだけだから。
という事で一気に距離を詰めてパクッとしてみた結果。ふわもこ星空なポメラニアンはぐるんと仰向けになりヘソ天ポーズでぷるぷる。「おたすけ~!」と聞こえそうな様に、カナトは尾をブンブン振りながら鼻先を下に差し入れ、ぽんっと転がすように起こしてやる事にした。
(「……あ! 腹ペコ主がカワイイを食べてる」)
カツカツと軽やかな足音。笑う声。顔だけ向ければ黒麒麟のつぶらな目がにまーっと細められていった。
(「本性を表したな~」)
(「じゃれてただけだって。退治しないよ、まだ」)
急所らしい星はわかっているけれど、まだ倒さない。だってそこに何だか気になるキラキラがあるのだ。もうちょっとだけ戯れて――退治した方がと思った時に、一番輝く星をサクッとひと突きしよう。
色とりどりのスイーツがいつの間にか無くなってから現れるようになった、スイーツとはまた別の色とりどり――深い青色をしたキラキラでいっぱいの水溜りに、玖音は目をぱちぱちさせて顔もキョロキョロ向けてとちょっぴり忙しい。
「あっちこっちに水たまりが増えたです……?」
「ほんとだ、急に……ん? あ、すごい、星がもふもふの形になってる!」
「わわ、ほんとです! ねこさん、うさぎさん……もふもふがいっぱいです……!」
シュルンと変わっていく様に氷月が上げた声には楽しさが、玖音の声には純粋な驚きが宿っていた。星詠みが語っていた『か弱い』と評判のモンスター・星溜りの変身が終われば、2人の顔にはきらきらとした笑顔が咲いていて――ふいに氷月の笑みが和らいだ。
「ね、みてみて。さっき食べちゃったもふもふスイーツみたいな子達がいる!」
「えっどこです氷月おにいさん……!」
「あそこあそこ。ほら」
玖音にわかるよう指さした先には、あの時の力作よりもフォルムがほんのちょっぴり溶けてしまった雰囲気の『可愛い』子がひとつ。手招くと近寄ってきた満天星空は小さく、氷月の掌からちょっとはみ出ていた。そして2人の心をたまらなくトキめかせたのが――、
「うわーもちもち! でもふわふわ! ほらほら千木良も!」
「わぁ……! もちもち……可愛いです! 水たまりだったのに不思議ですね?」
指先でちょこんと触れて撫でるたび星空の毛並みに艶が帯状に走り、水溜りだった事が嘘のようなもちもちふわふわ触感が肌をくすぐる。目を輝かせながら撫でていた玖音は、氷月の掌で大人しくぺっとりしている星溜り――の頭から、ぴょっこり覗く小さな三角形を見つめた。ちょっと丸みを帯びた形は幼さに溢れている。
「……ちいさいからこねこさん? とけちゃったところもそっくりさんですね!」
他の星溜りが気になって撫でる手を止めれば、少し離れた所からこちらを見る星空兎が1羽。あ、と気付いた玖音の瞬きとリンクするように星空兎の耳がぴこんと揺れた。これはもしかして、遊んでほしいのかも? 驚かさないように近付けばぴょんぴょんと来てくれたその兎を、玖音はそっと手に乗せて――、
「えへへ」
ぱっと笑顔を浮かべ、氷月のもとへと小走りで戻る。
「氷月おにいさん、このこもふわっふわなのー!」
「お、千木良が連れてきたうさぎも可愛いねえ。どれどれ……おおー、ふわっふわ」
「あっ、毛繕い始めたですよ!」
「あはは、小さいのに大人みたいに毛繕いしてるー」
くしくしと熱心な所も、大人の兎がする毛繕いと変わらない。暫くニコニコと眺めていた2人だが気付けば他の星溜りも集まっていた。鳴く事はないのに不思議と賑やかに感じるのは、きっと――、
「みんな遊びたそうですし、呼んじゃいましょう!」
「いいねえもふもふ! もっと集めてハーレムとかできないかな……?」
思いついたならチャレンジするしかない。何せ本当に無害なのだ。
氷月は目をきらりとさせて「ほーらおいで~」と部屋の隅や隣の部屋、そのまた向こうの部屋に見えた星溜りも笑顔で呼び寄せた。すると途端に星溜り達が走るやら控えめに歩くやらでやって来る。見えていた全てが集まれば、それはもう星空色のパラダイスだ。
「わぁ……きらきらでもふもふです……!」
「んふふ苦しゅうない」
でも折角だからお土産も欲しい。
そんな氷月のEDENゴコロはすぐさま実行に移された。それ、と星を銀片で貫けば目の前で星溜りの形が変わる。ぽとりと落ちたその形はというと。
「あ、もふスイーツの形だー!」
「今度はきらきらになったです……!」
掌に収まる愛らしいスイーツの形。満たす色と煌めきは、満天の星空。いいなぁときらきら語る視線に、月を浮かべた目が優しく笑う。
「千木良もやってみるといいよ!」
「はい、わたしもやるですー! えいっ!」
一番きらきらしている星へと迷わず一直線。すると、兎形だった星溜りが甘く美味しそうな形へと変貌する。それが何の形をしているか、玖音は一目でわかっていた。
「わ、お耳付きホットケーキになったです!」
「んっふふ、思い出の品にピッタリ!」
「ですね。えへへ、氷月おにいさんとの思い出お持ち帰りです!」
いっぱい食べたスイーツ。出会った星溜り。“美味しい”も“ふわもふ”も、掌にある星空のように――帰ったその後もずっときっと、きらきら眩しいまま。
とある爬虫類は体色を周りの風景に溶け込むような色に変化させ、イカとタコは岩場や砂浜そっくりに体の模様や色を変化させる。星溜りの変身もそれと似たものかもしれない。
(「成程、彼らにとっては、可愛いは自衛でもあるのね。……むしろ、此処まで個々の個性を知って出来ているのが凄い」)
冷静に真面目に分析中の氷菜が見つめる先には、自分達の方へとぽてぽてやって来る星空ポメラニアンがいた。体を満たすものが満天星空のみという点を除けば、意気揚々とぽてぽて来る様は確かに可愛らしい。皓の足に体をすりすりさせ絡まる所も構われたがりワンちゃんという他なかった。絡まれた皓はそんなポメラニアンをじぃっと見下ろして――、
「ほうほう……なでて、ほしい?」
こてん。見せられた腹をすかさず両手でわしゃわしゃ。指先や掌を受け止めたそこの手触りは、液状モンスターという事が嘘のようにもふもふとしている。むむ、と皓の目元で光がきらりと舞った。
「なかなかの、毛並み……」
(「晧、中々と言う辺りもふもふ強者感があるわ……」)
氷菜の目が皓の尻尾を映している間、自分の言葉にどんな説得力があったか知らない皓は、星空に染まった子犬の腹を変わらずわしゃりとつつ――きょろきょろ。
「氷菜、氷菜、何か気になる子、いた?」
「ええ。シルエットクイズみたいな気もするけど……あそこに並んでるの、鳥かしら……」
横一列に並んでじっとしている丸々ボディ達。輪郭とプニッと突き出ている所が、とても鳥っぽい。――気になる。
「ほうほう……じゃあ、あっち、行く?」
「ええ、行ってみる。皓は、気になる子はいたのかしら」
「うん。俺はあとは、この子」
ころんと転がっていた星空子パンダを抱えあげると、足元で絡んでいたポメラニアンの絡み方がちょっぴり自己主張を増した気がした。
腕に子パンダ、足にはポメラニアンな皓を後ろに氷菜は多分鳥としか言いようのない星溜り達へ、そうっと手を伸ばす。目はないが見えているようで、揃ってぴくりと反応を見せた。
「……おいで」
その途端、親鳥を追いかける雛のような素早さでやって来た星溜りの――何だろう。近くで見ると飛べないタイプもいるのがわかる。手や腕に乗り切れなかった個体が肩や頭上へ行くのを自由にさせながら、氷菜は片方の手に乗せた個体をまじまじと眺めた。
「ヒヨコかしら」
小さなふわふわ翼を広げてぴょんっと跳ねられた。合っていたらしい。
氷菜は小さな笑みをこぼし、そっと頬を擦り寄せる。正確でなくとも鳥という形を再現した形は、本物が持つのに近い柔らかさを届けてきた。指先で他の鳥も撫でていると、ころころりんと転がってきた星空子パンダがぽよんとぶつかる。子パンダはすぐ、ポメラニアンと戯れる皓の下へトテトテ戻っていった。
「色々いて、おもしろい、ね。見あきない。氷菜のもかわいい。手に乗る、かな?」
「やってみる?」
「うん」
氷菜の導きで、皓がそっと差し出した手へと星空ヒヨコがぴょいんと飛び移る。ヒヨコはすぐに皓の掌に落ち着き、星空羽毛の不思議触感を伝えてきた。
「おお……すごい。この子もぱんだも。ほんものだったら、こうはいかない、ね」
「いえ、まあ、本物でも、たまに来る気はする……?」
野鳥相手だと厳しいかもしれない。氷菜は普段出会う鳥を思い浮かべ、続いてパンダを――。――パンダは触れ合う機会がほぼ無い分、確かに“こうはいかない”かもしれない。
(「動物園に行けば触れ合えるものでもないものね」)
なんて氷菜が考えていると、皓の視線は自分を見上げてアピールするポメラニアンへ、じいっと注がれた。ほんものの、ポメラニアン。うん。
「ああ、おまえは多分……そう、かわらない、かも?」
(「あっ」)
ポメラニアンが見るからに“ガーン!”という空気になっていた。下を向き、ちょこんと覗く耳もぺたんとさせた姿はついつい同情しそうになる。
(「晧にはもしかしてライバルなの?」)
氷菜は少し考えてから、下を向いたままの頭に手を伸ばした。『可愛い』アピールで隙をつこうとするモンスターではあるけれど。
(「一応、撫でてフォローしておこうかしら」)
子犬へするように頭を撫でること数回。
ぺたんとしていた耳は、思ったよりも早く元気になるのであった。
すっかり見慣れた室内に現れた、とびきりキラキラな星空色の水溜り。それが可愛い生き物のへ変わっていく様に、ココと璃緒は目をまん丸にして――ぱっ!と輝かせた。
「ねこさんにうさぎさん、それから~……ひつじさん……!」
「可愛いが溢れてるんだよ!」
わーっと喜ぶ声に『可愛い』もとい星溜り達は手応えを感じたのだろう。顔を見合わせると、もじもじしたりエヘンと胸を張ったりと、それぞれの性格が覗く動きを見せた。――そこがまたよし。璃緒は腕を組みご機嫌笑顔でウンウン。後方腕組何とやら。
「どの子も良いなぁ……よし、決ーめたっ。そこの可愛いあんよのキミ」
へー、どの可愛いあんよちゃんだろ。そんな風に周りを見る星空ポメラニアンに、璃緒は小さく吹き出した。他の星溜りとはちょっと離れている。――えっ、もしかしてわたし? そう語る動きにきらきら笑顔で「そうそう!」と弾む声が響いた。
「こっちにおいでー!」
両腕を広げて、さあどうぞ。すると星空ポメラニアンがぴょんぴょんぽてぽて、一生懸命に駆けて来た。手前で精一杯のジャンプをして飛んできた星空の体を璃緒はしっかり受け止めて、不思議なふわふわ感に満ちた感触に目を瞬かせながら笑った。
「ふふー、キミは懐っこい子だねぇ」
ポメラニアンとはまた違ったふわふわ、星空羊はというと、つぶらな目を期待で輝かすココと見つめ合っていた。
「ココうえにのれそう……?」
すると星空羊がトコトコとココに寄ってすぐ身を低くした。これは間違いない! 目も口も声もないけれど――!
「のってもいいですか? やった~! はっ、とってもとっても、ふわふわ……」
ちょこんと乗った背中は、どこかくすぐったいふわふわ感でいっぱいだった。星空に浮かぶ雲はこんな感じかも、なんて思える心地の中、「ごーごー!」を合図に星空羊がゆっくり歩き始める。
あっちへのんびり、こっちへのんびり――ココはどの子を選んだんだろうとキョロキョロしていた璃緒が見たそれは、もふもふ同士であり可愛い同士である組み合わせ。見た瞬間、璃緒の目に満天星空も生まれるというもので。
「ねえ見たポメちゃん!? 癒し効果満点の光景なんだよ……!」
どばっと咲いたトキメキは、目の前の星空ポメラニアンと触れ合う間も生まれていく。星屑でいっぱいのふわふわお腹をわしゃわしゃ。ちょこんと覗く小さなあんよをツンツン。ああ可愛い、本当に可愛い。でれでれ夢中なその姿は、星空羊の背中に乗っていたココに発見されていた。
「ひつじさん、りおさんのうしろへそ~っとちかづいてくださいな~」
静かに方向転換した星空羊は、ココの注文通り、そ~っと、そ~っと近づいていく。縮まる距離にワクワクが高まるけれど、ココはもふもふ背中に伏せてじっと我慢した。そして! 遂に!
「ばあ!」
「わっ」
璃緒と星空ポメラニアンが仲良く飛び上がる。後者はボールのようにぴょーん!だ。その体をぽすっと受け止め勢いよく振り返った璃緒の顔を見れば、どうだったかはすぐわかったけれど。でもでもやっぱり、聞きたくなる。
「ふふん、びっくりでしたか?」
「ビックリしたよ……!」
ふう、と璃緒は息を吐いて――ニヤリ。その反応に今度はココと星空羊が「ややっ」と身構えた。
「やったねー? 悪戯っ子はポメちゃんのもふもふお腹の刑に処しますっ」
『もふもふお腹の刑』とは!
星空ポメラニアンのもふもふ腹部をぐーっと近付ける|ご褒美《おしおき》である!
――という事で。
「わ~! ふふふ、もふもふだ~!」
形に処されたココはキャッキャと大喜び。星空ポメラニアンも尻尾をぷりぷりりと振っていて、星空羊も何やら楽しそうにステップを踏んで星空の蹄を鳴らしている。
そうしていっぱいいっぱい遊んだ後。璃緒は「えいやっ!」と、ココはぺしっと彼らを星へと戻した。結晶となった事で前より小さくなったけれど、宿る星空の輝きは全く変わらない。
「ふふふ、りおさんみ~て~。ココのきらきらひつじさんみたいなのです」
「ほんとだ! 可愛いね。ボクのはほら、こんな感じ!」
「りおさんのはおみず……しずく! ほしぞらのおくりものですね」
ココがぱっと笑って口にしたその表現が璃緒の中できらり瞬き、とけて――透き通った藤色の瞳に光を躍らせた。
「へへ、大切にするよ。ココさんの羊型も可愛い! 側に居やすい大きさになってくれたんだね」
朝が来ると星空は消えてしまうけれど、この星は違う。手が届く場所で、ずっと近くで――今日の|出来事《思い出》と一緒に、きらきらと輝き続ける。
スイーツがなくなった代わりに目に付くようになった星空の水溜りが、ちゃぷんとしゅるんと大変身。その姿形に、りりは両頬を押さえていた。
「わぁ! かわいいっ」
かわいい。
あまりにも聞き慣れた言葉にぱふぇがパッ!と顔を向けた。
“ ぼくをよびましたか、りり! ”
「あ! ぱふぇちゃんじゃなくって、きらきらの子で……」
“ ちがう! なんと、どうめいのかた ”
老若男女問わず知らない人が自分を見てはそう言うが、違ったらしい。しかしぱふぇは尻尾を振っておすわりした。
“ けっこう、『かわいい』さんはいらっしゃいますから、ぼくはおどろきませんが! ”
「いえ、ぱふぇちゃんもきらきらですが! お星さまなポメラニアンさんがいてっ」
――確かにそんなポメラニアンがいる。
ぱふぇは真っ白な自分とは全く違う、満天星空色のポメラニアンをじっと見つめた。あの形、そしてあの歩き方。もしや。
“ 『かわいい』をよそおっている……? つまりさぎじけんですか? おおごとです! ”
「さぎじけん? どこでそんな言葉おぼえたんですか?」
しかし、りりの言葉は事件の匂いを嗅ぎ取ったぱふぇには届かない。ぱふぇの真っ白ふわふわボディ(虹色ぴかぴか付き)には今、熱い想いがメラメラもふもふと溢れていた。
“ しんのかわいいをきめるたたかいとなれば、ぼくとてようしゃはしません!! ”
えっ?
真のかわいいをきめる!
たたかい!
りりは一瞬で悟った。それはつまり、『かわいいが、いっぱいたんのうできる』という事だ。
ならば自分がすべき事はたたひとつ!
そう!
「審査員はおまかせくださいっ」
しゅばっと真っ直ぐな挙手にぱふぇも星空ポメラニアンも頷いた。りりがじっと見守る中、2匹は向かい合い――しゅばっ! パフェが飛んだ!
“ やあ! ”
着地して即くるりんっ。回転しておすわりからの、前足ばんざいポーズ。
可愛い仕草にりりが「うっ」と胸を押さえると、星空ポメラニアンがこてん、こてん。首を左右に傾け、ハテナな仕草。りりがハッと息を呑む。だがぱふぇも負けていない。
“ たあ! ”
それは先程よりも強い、とても可愛い仕草だった。後ろ足で立って、もふもふボディから伸びるお手々をえいえいっと上へ。踊るような仕草に、りりは熱い拍手を響かせる。
「おふたりともかわいいっ」
パチパチパチッ! 真っ直ぐな絶賛がこもった音は気持ちがいい。ぱふぇは星空ポメラニアンと一緒に尻尾を振りながら、期待溢れる眼差しでテテテとりりの傍へ寄った。
“ どうですか、りり? ”
「ぐぅ……きめられません……」
“ え、きめられませんか…… ”
それはつまり『かわいい』が拮抗していたという事。ぱふぇはぽてぽてと方向転換。星空ポメラニアンと改めて向き合った。
“ なかなかやりますね、かわいい……。もうほんとうにかわいいになられては? ”
「え? いいんですか、ぱふぇちゃん?」
“ はい、ぼくはきらきらのポメラニアンなるかわいいはたくさんいたらいるだけいいとききました! ”
――確かにそうだ。世の中には「なんぼあってもいい」という言葉もある。
りりの中で、きらきらポメラニアンでいっぱいの光景が広がった。わんわんキャンキャン、とことこぽてぽて。ふわもふふわわ――。
「それはすてき……あっ。でも、敵さんだからだめかも……? こまっちゃうひといそうですし……」
こんなにも綺麗で、こんなにも『可愛い』ものになれて、そしてか弱いと大評判だけれど、彼らは間違いなくモンスター。耳をしょんぼりさせたりりに、ぱふぇも尻尾の元気をちょっぴりなくした。
“ だめですか……そうですか……では…… ”
ん? 『では』?
ふいに走った予感に、りりはパッと顔を上げ――見た。後ろ足で床をチャッチャッと蹴り、何やら『やる気』に溢れたぱふぇの可愛い姿を。
「え!? ぱふぇちゃん、まっ、」
“ てい! ”
星空ポメラニアンの体に、ぱふぇの頭突きがぼっふんと決まる。それは偶然にも奇跡的にも、一番の眩しさを放つ星に当たっていて、星空ポメラニアンの体がきらきらと消え始めた。
「あ! ……ああ……っ」
ぱふぇとはまた違う『可愛い』の消滅。りりはその場に崩れ落ちた。すぐにぱふぇが傍へ――下から腕の隙間からと、りりの様子を確認しようともふもふの顔を突っ込もうとする。
“ どうしましたか、りり! おなかぺこぺこですか!? ”
「いっ、いえ、お腹は……あれ? 見てください、ぱふぇちゃん!」
星空ポメラニアンが消えたそこに、深く澄んだ青いっぱいに煌めきを湛えた形がひとつ。拾い上げたそれは、いくつかの星で輪を作ったかのような結晶だった。ぱふぇもぴすぴすと鼻を寄せ――。
“ おやつですか? ”
「ふふ。違いますよぱふぇちゃん。これは食べちゃいけない、おほしさまです」
あっちにも、こっちにも――向こうの部屋と、その先にも。
ひとつふたつに留まらない満天星空の数に、ラデュレとフィユは顔を見合わせた。
「足をぴちょんとしたら濡れるのでしょうか?」
「そうっと触れてみましょうか……?」
もしもに備えて手を繋いで、慎重に、慎重に――そうっと伸ばした足、靴の先端がちょっぴり触れた瞬間に満天星空の水溜りがぴちゃん!と跳ねた。
「わっ」
「はわ……!」
思わず肩が跳ねるほどの驚きは、すぐに光瞬くトキメキに変わる。触れた水溜りも含めた全てが、子犬に子猫に小鳥にと、愛らしい生き物の形へと次々変貌したのだ。
可愛らしい姿に、水溜りの時と同じ満天の星空で満たされた色彩。2人はそわそわドキドキといった様子で、様々な可愛い仕草を見せ始めた星溜り達ひとつひとつへ目を向けていく。
「心を擽られるような愛らしさ……!」
「ふわふわおけけと同じくらいに心がくしくしくすぐられてしまうのです」
ふわふわまん丸なポメラニアン、一生懸命ぷるぷる歩くぱやぱや毛並みの子猫、フォルムでまだまだ幼いとわかる子兎――他にも沢山。可愛らしい生き物の姿となった星溜りはどれも、思わず触れたくなる毛並みを見せていて、2人はそっと顔を見合わせた。
「ね、フィユさま。そっと撫でたら、ふわふわなのでしょうか……?」
ちょっと歩いたそこに。あちこちに。好奇心駆られるいのち達がいる。
ほのかに目を輝かせるラデュレの言葉に、フィユはパッと目を輝かせた。
「フィユも気になります!」
「ではフィユさま……!」
「はいです……!」
いざ、チャレンジの時。
一番近くにいた、小さくふわふわとした星空ポメラニアンへと、少しずつ距離を詰める。床にぺそっとお腹を付けていた星空ポメラニアンは、気付いてすぐ2人を見つめてきた。手を伸ばせば――するりっ。小さな足を駆使して逃げられてしまう。
「待ってくださいなのです! ……あれ?」
「まあ……」
ぴたりと止まった小さなふわふわがこちらへとやって来る。けれどある程度の距離を保ったっそこで、またぴたり。ラデュレは目を瞬かせ――もしかして、と兎耳をかすかに揺らした。
「わたくしたちと遊びたい、のでしょうか」
「……お遊びへのお誘いなのです? そうしたら望むところなのです」
「では、存分に『可愛い』を満喫いたしましょう……!」
ふんわり笑顔での提案に、フィユも両手をぐーにしてこくり。
遊んでくれる気配に星空ポメラニアンの尻尾がぱたぱたぷりぷり揺れるなか、2人はどんな遊びをして、どう『可愛い』を満喫しようかと真剣に話し合う。ひとつひとつの部屋はそれなりに広いから、道具を使わない遊びならきっと楽しめる筈。
「追いかけっこは如何でしょう……?」
「追いかけっこ! 絶対楽しいのです……!」
それでは。
2人は笑って、待っていてくれた星空ポメラニアンの方を向く。始まる気配に、星空ポメラニアンがすっくと立ち上がってその場でくるくる走り回る。その毛並みも、ふわふさ尻尾も、本物のポメラニアンのように柔らかに揺れているけれど――?
「ふわふわなのか、確かめさせていただきます」
「追いかけっこのはじまりなのですよ!」
笑顔で床を蹴った音に星空ポメラニアンの小さな足音が重なる。あの姿になった時はぽてぽてとした歩みだったのに、走り始めた今はぴゅぴゅーんと風のようだ。
「素早いですね……! フィユさま、両側から距離をつめましょうか。そちらはお任せをいたします……!」
「はいっ、こちらはフィユにお任せください!」
あちらが速さで行くならこちらは頭脳と仲良しプレーで対抗するのみ。前をラデュレが、後ろをフィユが取る形でゆっくりゆっくり距離を詰めて――もう少し。あと少し。しゅぱっと逃げられない所まで来られたら――、
「今なのです!」
フィユの声を合図に仲良くサンドイッチ。2人の腕に捕まった星空ポメラニアンは、尻尾をぷりぷりさせながら大人しく収まっていた。その手触りはというと。
「わあ! 本当にふわふわなのです……!」
「ええ。とてもふわふわで、優しい手触りなのですね……!」
でも、元々は水溜りだったのにどうしてだろう? 2人は星空ポメを見ながら首を傾げて――フィユの口から笑う音が小さくこぼれた。
「きらきら人々のゆめを見守るような夜空の姿なのです。だから、とっても優しいふわふわの感触がするのですね、ラーレさま」
「……ええ。そうですね」
こんな夜空の下で眠れたなら。
そこで見る夢はきっとふわふわで、あたたかい。
スイーツでいっぱいのテーブルが段々と姿を消していった。自分のひみつきちに相応しい魅力がなくなった為に『つまらない』と語っていたララの目が、満天星空の水溜りが変身した『可愛い』のひとつを見つけ、ぱちっと瞬く。
「むむ! イサ、みて! 星のわんこがいるのよ。ふわふわしているのだわ」
「モンスターか! ……ん?」
咄嗟にララを庇うように前へ出たイサの脳裏に、星詠みから聞いた『星溜り』の名が響く。けれど目の前にいる――そして自分の目線よりもずっと下、後ろのララよりもちまっとしたそれに、イサは何度も目を瞬かせていた。
(「これがモンスター?」)
夜空が落ちてきたような犬だ。ふわふわふさふさとした尻尾を楽しそうに振り、2人を見上げていたと思えば跳ねるように駆け回り始める。
「……そんな危険はなさそうなのかな」
「ララと遊びたいのかしら。むふふ、いいわ。ララが遊んであげる」
「おい、ララ……!」
一応モンスターなんだぞと止めるより先に、ララはふわりとイサの前に出ていた。すると星空ポメラニアンの体がぱしゃんと跳ねる。それがまた下へ落ちる一瞬の間に、その姿は無数の星が煌めく星空モモンガへと変わっていた。
「あ! 形が変わるのか……」
「みた、イサ? ララと同じ、ももんがしっぽだわ」
それをララがどう感じたかは、ふわふわ揺れる尻尾が語っている。ララが近寄り手を伸ばすと星空モモンガはそこにぴょんと飛び乗り、ララが左腕を寄せればそこへトテトテと移り、目の前へ右腕を寄せると右腕へ。導いた先へ素直に行く所がまたララを喜ばせた。
「ももんがって無害で可愛くて、滑空できるしすごいのよ」
そんな嬉しそうな姿にイサも癒やされ、その表情は静かに優しく綻んでいき――視界で別の星溜りがその姿を変えたのに気付きいて瞬いた目が、星溜りの新しい姿に目を丸くした。
「……あ、こっちのは子ペンギンになった。ん? マヒル、気になるのか?」
『きゅぴ』
「あら、イサの方の子は星空子ペンギン? マヒルが嫉妬しそうなものね」
温かな桜色の目をパチパチさせているマヒルは、イサを盾にするようにちらちらと星空子ペンギンを窺っている。マヒルから漂う空気に、イサは小さく笑って体をずらした。
「一緒に遊びたいって感じだけどな。ほら、マヒル」
ぽん、とふわふわの背中を押せば『きゅぴー!』と愛らしい声。フリッパーを広げてペタペタ元気に近寄る桜色に、星空子ペンギンが同じようにフリッパーを広げ――ぺたり。手を繋ぐように片方のフリッパーをくっつけて、くるくる回り始めた。
「ララも一緒に踊っちゃおうかしら」
目の前で始まった、春色と星色のダンスが実に微笑ましい。ララはふさりと尻尾を揺らし1歩前へ出――ようとして、腕に乗っていた星空モモンガに目の前を飛ばれて足を止める。なあにと頬を膨らませれば、星空モモンガはララとマヒル達を何度も交互に見てきた。――ふうん? もしかして?
「ももんがも一緒に?」
こくり!
「それは楽しくなりそうね。たくさん可愛いを堪能しちゃいましょう!」
マヒルがきゅぴきゅぴ歌いながら、星空子ペンギンと踊っている。星空子犬も飛び入りで参加してきた。ララはマヒルの歌に鼻歌を合わせ、周りを舞う星空モモンガと一緒にくるくる踊っている。――その、ララの姿に。イサは思わず天を仰いでいた。
だって。
なんか。
(「かわいい。ちっこいのが頑張ってる」)
だから。
(「可愛い……モモンガしっぽも揺れてるし、聖女サマもこうしてみると──」)
くるり。ふわり。踊るララの長い髪が揺れて――花の瞳がイサを映した。
「なぁに、イサ。顔が赤いわよ」
「は?! べ、別に赤くないし! ダンスが、上手いなって……そう思っただけ」
「あら、そうなの?」
「そ、そうだよ」
別に可愛いとか思ってないし。
――という言葉は、きゅっと閉じた唇から紡がれはしない。心の声は、文字になって出てきてはくれない。ララの目に映るのは、白い頬を桜色に染めたまま子ペンギン達のダンスを見るイサだけだ。
(「そんなに子ペンギンダンスが気に入ったのかしら」)
マヒルは子ペンギンと楽しそうに踊っている。きゅぴきゅぴと嬉しそうな声に、1羽と1羽の足音がぺたぺた合わさっている。それは確かに可愛らしい。けれど、けれど。むう、とララの頬が膨らんだ。
「ララのダンスも負けてなかったのに」
たくさん可愛かったでしょう? そう問いかける少女に星空モモンガが頷く。
ダンスが上手いと言っていた少年人形は――その頬を、まだ桜色に染めていた。
第3章 ボス戦 『星雨猫『ステラレイン』』