我らがCEOの優雅な日常
●
巨大ビルにエンターテイメント系PR会社『オリュンポス』は居を構えている。
「CEO。お茶をお持ちいたしました。品実は趣向を変えております」
「そうだな。ただ飲むだけが茶というものではない」
その男は自分専用の部屋で実務を行っていた。
秘書の奉仕を受けながら、オリュンポスCEO『プレジデント・クロノス』は書類を決済。問題ない物はペラペラと捲るように処理し、次々に判子をついていく。だが時折に難しい案件は、手を止めて悩むことがあった。
(「単独処置では問題ないけれど、別件と合わせれば問題があるという事? という事は別√に関係する話かしら? 後で担当の子に確認して見ないといけないわね」)
秘書はCEOが普段であれば簡単に処理する内容を悩んでいる姿を見て、機を見るに敏な反応をした。こういう気配りが敏腕である部分だ。
(「これだよこれ。やっぱり茶菓子に合うお茶が重要だな」)
なお、CEOはさっぱりそんな事を考えてはいなかった。
口に出した言葉は暗喩などではなく、ストレートに和菓子とお茶の話。それでも誤解されるのはなぜか?
それはこのビルが√エデンに存在しているという事だ。
多くの力を秘めたこの世界には、様々な√との扉が開き、迷って入り込むことも向こうから侵攻して来ることもよくあった。
「CEO。その件ですが……」
「私が赴こう。その方が早いし、何より出逢いにはマリアージュというものがある」
秘書がその件を尋ねようとした時、咄嗟にCEOは口から出まかせを言った。
突っ込まれると胃が痛くなるし、まさか書類の殆どを読まずに判子を押しているとは思われたくないのだ。そして後に判る事だが、もう一つ大きな理由があったのである。
(「やはりそう言う事? それだけ強大な相手が出てくるという事! 剣聖かそれともスーパーロボット!? 私も動かざるを得ないようですね」)
秘書は敏腕にして、CEOの奥さんでもあった。
ゆえにマリアージュという言葉に、恋のアバンチュールなどと考えても居ない。むしろ、恐るべき相手と戦うという意味だと捉え、先んじて自分が動くべきなのかと思ったのだ。
(「鮎にはビール、ソーセージにもビール。だが良いお茶には羊羹だよな。そして羊羹と言えば、あの店の品は外せまい。この時間であれば間に合う筈だが……」)
判ると思うが肝心のCEOはさっぱりそんな事は考えてなどいない。
今飲んでいる最高級の茶は、和菓子と合う味に工夫されている。
そして茶の方はベストであっても、和菓子の方はそうではないと気が付いただけである。もう一つの理由とは、秘書の問いに対して、『少し外の風にあたってほとぼりを覚ましてこようかな~』とか考えているに過ぎなかった。
さて、ここで先ほどの指摘を思い出して欲しい。
それはこのビルがエデンに存在しているという事だ。
「CEO! 例の件で|御用《出撃》とか、雑事など私たちにお任せください」
「大したことではない。今の仕事を立ち上げる前は海外にも良く赴いたものだ」
他の√からの侵略の撃劇に向かうのか、それともこちらから奪いに行くのか?
入室して質問する幹部に対し、プレジデント・クロノスは仮面の下で笑って見せた。
(「あの件を大したことではないと! それに、なんとサマになる笑みよ」)
(「ふう。誤魔化せたようだな。まさか羊羹を買いに行くから着いてくるなとは言えないしな」)
咄嗟にアドリブを効かせただけなのだが、部下の方で勝手に誤解してくれるのがありがたい。実にチョロイところは誰に似たのだろうか。
ただ彼が本当の意味で無能な訳ではない。
実際、海外?(異世界)で、ブイブイ言わせた口である。多くのスポンサー(と言う名の抵抗組織)と友好を交わしたりしながら、多くの協力者を得たらしい。それらを現地スタッフであるとか、ライバル企業のカチコミだと思っただけである。
「CEO。無農薬栽培を売りにした畑で豊作になってしまい、豆相場が崩れて困っていると相談が入っているのですが、いかがいたしましょう」
「おい。それはCEOに相談すべき事ではないだろう」
ちなみにこの会社はPR動画を作ることを表向きの仕事にしている。
最初は家族中心だったが、志を同じくする有志が対異世界戦線を見据えて生み出された企業であると誤解して行動していた。この日は珍しく表向きの案件が割って入る形になった。
「我が社に飛び火しない範囲で買ってやれ。何、余れば足りて居ない所に流すだけだ」
「足りない所……そう言う事ですね! 流石はCEO!」
様々な世界と交じり合っているという事は、風が吹いて桶屋が儲かる事もある。この日は余った大豆を処理するという話を、巧みにウォゾーンへの食糧援助にしろと部下の方で解釈したらしい。あの√ではお金に利用価値がなく、買い出しにこの世界にやって来るほどなので、安価な食料があれば悪くない額で購入してくれるだろう。農場主は急場をしのげるし、レジスタンスは食料を得て、我が社は儲かる。まさに三方『ヨシ!』である。
(「豆かあ。に者も良いけど、やはりエダマメだよなあ。ビールに最高!」)
勿論、こんなことを考えているだけなのだが、人生塞翁が馬である。
さて、説明しよう!
世の中には『正解が存在しない問い』の方が多いのだ。
優秀な部下が居る場合、組織の長に必要なのは決断力のみである。
(「そう言えば言って居たな。1つに、ひたすら攻撃あるのみ。2つに、決して非を認めない。3つに、常に勝利を主張し続ける事だと。個人的にはどうかと思うが、前衛的なのは非常に良いことに違いない」)
優秀な部下であっても迷う事もある。
何しろ正解がない訳で、その中から自信満々で選べば部下も安心して動ける。
その上で前のめりならば、少々の失敗はリカバーできるものだ。その事が勝利だと言い続ければ、部下は失態を庇ってもらったと思い次回奮起するだろう。
「さて、そろそろ時間かな? 重要な取引先への挨拶へ出向くとしよう!」
こうして意気揚々と出かけたところで、いつものごとく異世界に迷い込むのであった。