夕日の沈む臨海道路
●某県、臨海道路
ヴォンヴォンヴォン、ヴォヴォヴォヴォヴォヴォ~ッ!
某県の臨海道路。そこは快走路として人気がある。西日が海に沈んでいくさまは実に絵になり、やってきた観光客は道の脇や、近年に整備された臨海公園に車を止めて記念写真を撮っている。
ヴォンヴォンヴォン、ヴォヴォヴォヴォヴォヴォ~ッ!
その景色はSNSでも話題になり、今では洒落たカフェができたりキッチンカーがやってきたりして、地元の経済を刺激していた。
ヴォンヴォンヴォン、ヴォヴォヴォヴォヴォヴォ~ッ!
やかましい。
今、その道を爆音を響かせながら暴走している集団があった。珍走団の類ではない。ピッタリとした黒のスーツとマスクで全身を覆う……悪の組織の戦闘員どもであった。
「キキキーッ!」
戦闘員どもは奇声を発しながら鉄パイプやチェーンを振り回し、ある者はバイクで、ある者は車で暴走を続けている。
「ははは、心地よい風だ!」
朧魔鬼神【怪人態】が、戦闘員の運転するサイドカーに乗って哄笑する。
「√EDENの人間どもなど、我にとっては手応えがなさすぎるが……まぁ、よい。体をほぐす程度にはなるか」
怪人が狙う先は、カフェやキッチンカーが並び観光客が多く集まっている臨海公園であった。
●作戦会議室(ブリーフィングルーム)
「諸君。姿を見せた怪人どもは、この道を暴走することになるだろう」
モニターに地図が浮かび上がる。綾咲・アンジェリカ(誇り高きWZ搭乗者・h02516)が示したのは、某県を通る国道であった。
「目的地は、臨海公園のようだ。しかし諸君らの到着が遅れれば、その途中を走る一般車両も巻き込まれる恐れがある。
急ぎ現地に向かって敵の暴走車を追跡し、捕らえてくれ」
そう言ったアンジェリカは口の端を持ち上げて不敵に笑い、
「その方法は問わない。幸いに、臨海道路の周囲に人家は多くない。多少バイクが吹き飛ぼうが車が炎上しようが、問題はないだろう」
と、なかなかに物騒なことを言う。
「それは違うぞ。事態はそれを厭うていられないほどに逼迫しているということだ!」
アンジェリカにとっては、別に冗談交じりというわけでもなかったらしい。
「敵の発見から臨海公園に至るまで、距離にして約20km。その速度を考えれば時間は15分あるかどうかだ。
急げ諸君! さぁ、栄光ある戦いを始めようではないか!」
そう言って、大きく腕を振るアンジェリカ。
だが、思い直したように顎に手をやって、考え込む。
「しかし朧魔鬼神【怪人態】なんぞは、強い敵と戦えればよいという戦闘狂。人々を狙う策を立てるとは到底……。
もしかすると、黒幕がいるのかもしれないな」
第1章 冒険 『ヒーローズ・チェイス!』

「暴走族……最近は珍走団というのでしたか。はた迷惑ですね」
青木・緋翠(ほんわかパソコン・h00827)の細められた目は穏やかであったが、その眉間が僅かにしかめられている。
耳を澄ます……までもなく、戦闘員どものバイクや車の音は辺りに鳴り響いていた。間違いなく直管……すなわち消音装置でもあるマフラーを取り外して直に鉄パイプを接続している、ただやかましくなるだけの改造を施されているらしい。
「ですが今回に限っては、相手との距離がわかるのでありがたいところですね」
ヘルメットを被った緋翠は、レンタルバイクのアクセルを握る。
「排気量では負けていても、追うことを考えると小回りがきくほうが良いですからね!」
臨海道路を見下ろす高台から、緋翠はバイクを踊らせた。臨海道路が開通する前からある生活道路をショートカットしつつ、珍走団の頭を押さえるべく走る。
「パソコンですから。精密な運転は得意です……!」
先頭集団には追いつけなかったが、その後尾を捉えた。ステップをガリガリと路面にこすりつけながら、ほぼ直角に曲がって緋翠は臨海道路へと飛び出した。
「捉えましたよ。
>実行execute 古代語魔法……」
左手をハンドルから離した緋翠は、狙いを定めるように最後尾を行く戦闘員に突きつけて詠唱を開始する。
「"高電圧大電流"!」
迸る大電流。
「キキーッ?」
「キキッ!」
高電圧を浴びた戦闘員がビクリと震え、その拍子に操縦を誤って転倒した。アスファルトに叩きつけられた戦闘員がゴロゴロと転がる。
また、同じく電流を浴びた車は、ハコ乗りしていた戦闘員が転落し、車自体も制御を失って電柱に衝突し、道を塞ぐ形で止まった。
「任せて」
道を塞いでいた車を、伊藤・ 毅(空飛ぶ大家さん・h01088)の決戦型WZ『スレイヤー』は難なく飛び越えた。
後続に何事かが起こったのは先を行く戦闘員どもも承知しており、ときおり振り返っている。
「目標の車列を確認、LANDLOAD、近接航空支援開始」
機体を変形させて飛行形態とした毅は、そのまま空中移動で敵群へと迫る。
「キキーッ!」
バイクの群れが二車線の道路いっぱいに散開した。
しかし、いったん高度を上げていた毅は、
「目標地点確認、高度・コース適正……」
その頭を押さえるように狙いをつける。
「投下、投下ッ!」
降下しつつ放たれたクラスター爆弾は戦闘員どもの車列に襲いかかり、ひとつひとつの威力は小さいながらも、次々と炸裂してバイクをなぎ倒し車を炎上させた。
「キキキーッ!」
運良く転倒しただけで爆風を浴びなかった戦闘員がいたらしい。妙ちきりんな造りの銃を構えて反撃してきたが、毅は機体をひねってそれを避けた。
お返しにお見舞いされるのは、機体から吊り下げられた『マイクロミサイルポッド』による誘導弾である。吹き飛ばされた戦闘員どもであったが、残った者どもは健気にも先を行く朧魔鬼神【怪人態】を狙われてはならぬと思ったのか、それとも失態は許されないと思ったのか、ともあれ自らの戦闘服を蛍光色に輝く特攻モードへと切り替えて反撃に転じようとした。
『ガンポッド』を斉射しつつ機体を横滑りさせた毅は、センサーに目をやった。
戦闘員どもの車列と、その先頭近くに怪人の姿。そして……臨海公園を見下ろす高台に。
「……なにか、いるみたいだね」
なるほど、ヌルゲーではないらしい。
喉がやけに乾く。毅は唇を舐め、いったん機体を離脱させた。
「なるほどの。目的地に到着するまでに数を減らしていけば、その大物も釣れるじゃろう!」
マイティー・ソル(正義の秘密組織オリュンポスのヒーロー・h02117)は炎上する戦闘員どもの車を避けながら、さらに先を行く一群を追いかけた。
その横顔が朱に染まっているのは、沈みゆく夕日によるものか、それとも炎の照り返しか。
「これぞ、正義の味方の絶景のシチュエーション……まさに様式美のひとつじゃな!」
放たれる謎のエネルギー銃による攻撃を左右に避けながら、マイティー・ソルはゆとりをもって笑う。確かに、彼女が走る様を横から、海を背景として撮影すればさぞかし絵になるに違いない。
が、あいにくとカメラを構えているゆとりはない。
「仕方あるまい。そもそも、戦闘員どもにこの状況はもったいないからのう!」
一瞬、機体の前方が跳ね上がるほど、一気に『ライダー・ヴィークル』の速度を上げたマイティー・ソル。バイク軍団のど真ん中に飛び込んでいく。
「そんな珍走団仕様のバイクで、妾のヴィークルを振り切れるものか!」
右の敵はチェーンを、左の敵は鉄パイプを叩きつけてくるが、マイティー・ソルは機体に身を伏せてそれをやり過ごす。
自作の『特装圧縮銃』から放たれた弾丸は左右のバイクのタンクを貫き、吹き出したガソリンが爆発炎上して戦闘員どもは転がり落ちた。
「ああいう類は、この程度じゃ無事じゃろうが」
次に狙うは前方の大物……すなわち、異様に車高が低い、タイヤをハの字に装着した車である。孔雀の羽のように、マフラーが何本も天に伸びている。
その後方にピッタリとついたマイティー・ソル。
「これが、正義の使徒の全力じゃ!」
召喚された『ソル・フレア・バーストキャノン』が、一斉斉射する。その反動でヴィークルが速度を落としてしまうほどであったが、無数の砲弾は容赦なく敵の車を破壊し、炎上させた。
夕日はすでに半ばほどを海中に沈め、その鏡像を映す海は赤く輝いていた。
それを望む臨海道路を、2台のバイクが並走している。
「綺麗な夕日……」
ベニイ・飛梅(空力義体メカニック・h03450)はそちらに目を向けて、思わず呟いた。
「本当に。穏やかな潮風、眩しい夕映え……√ウォーゾーンとは異なる景色」
深雪・モルゲンシュテルン(明星、白く燃えて・h02863)も眩さに目を細めながら、ため息混じりに首を振る。
ふたりが跨っているのは、かたや飛行能力を有した『巡航単車イロタマガキ』、一方は『神経接続型エアバイク』である。
「私たちの√ウォーゾーンとは違い、ここは表面的には平和ですが……水面下で暗躍する悪の組織が問題を引き起こしています。
もっとも今回の予知は、暗躍というにはいささか大振りすぎますが……黒幕は、なにを考えているのやら」
「問い詰めてみたところで、わかるかどうか。でも、とにかくやるしかありませんね。
またいつか、ここに走りに来ましょう。そのために!」
「えぇ」
ふたりのサイボーグが跨るバイクが、それぞれに速度を上げる。
√能力者たちの襲撃によって混乱した戦闘員どもは、先を目指してはいたもののやはり大いに予定を狂わされたようで、ふたりが大きく右に曲がるブラインドコーナーを抜けていくと、次の左コーナーの先に車列を認めた。しかし同時に、まだはるか先ながらも臨海公園の建物も目に入る。
「緊急ですから、お先に失礼します!」
「えぇ、お願いします」
ベニイはさらに速度を上げ、縁石を蹴って車体を跳躍させた。そのまま防波堤を越え、海上を空中移動して一気に敵の車列に襲いかかる。
一方で深雪もバイクに思考をリンクさせて速度を上げると、その猛スピードのままに左コーナーへと飛び込んでいく。車体を大きくバンクさせ、同じくそれにしがみつくように身体を傾けた深雪は、膝から火花を散らしながらコーナーを抜ける。
「キキーッ!」
戦闘員どもが、車窓から身を乗り出してベニイに銃口を向ける。
しかしベニイが左手をかざすと、その人工皮膚を突き破って義体そのものが姿を見せた。展開された部品からバリアを発生させて、謎のエネルギー光線を弾く。さらにベニイはバリアを展開させたまま、敵の車に激突した。
「キキーッ?」
戦闘員はその衝撃にハンドルを取られ、身を乗り出した仲間を振り落とされながらもなんとか安定を取り戻そうとする。
しかし。ベニイの指先に搭載された『電撃兵装テンジンブレーク』から発せられた電撃を浴びた車体は、タイヤをバーストさせながら路面を滑っていく。それに巻き込まれたバイクどもが、次々となぎ倒された。
「ち……√能力者どもめ、しつこい!」
サイドカーでふんぞり返っていた朧魔鬼神【怪人態】が、身を起こして怒鳴る。
深雪は答えず、ハンドルから手を離して『対WZマルチライフル』を構える。
「<氷界>コネクション確立。射線上に僚機なし。凍結グレネードを使用します」
直線を行くバイクはその速度により安定し、深雪はゆっくりと引き金を引いた。
放たれたグレネードは山なりに飛び、サイドカーの行く手を遮るように着弾する。一瞬にして路面は凍りつき、戦闘員は慌ててブレーキをかけたものの止まり切ることが出来ず、車体は大きく滑った。
「ち」
怪人は舌打ちしつつ跳躍して逃れたものの、運転していた戦闘員は車体ごと海へと投げ出される。
「スノータイヤを履いてくるべきでしたね」
次弾を装填しつつ、深雪は怪人と戦闘員どもを睥睨した。
第2章 集団戦 『戦闘員』

「さて……どうしたものかね」
朧魔鬼神【怪人態】が、√能力者を睥睨した。一歩踏み出す。
が、
「キキキーッ!」
戦闘員どもが、それを押しとどめるように前に出る。
「やれやれ。そんなに面白い作戦かね、これが? 『奴』も、何を思っているのやら」
呆れたように嘆息した朧魔鬼神は腕組みしたまま、高みの見物を決め込んだ。
「キキキーッ!」
戦闘員どもが奇声を発しつつ、青木・緋翠(ほんわかパソコン・h00827)を取り囲む。
それを見渡した緋翠は、
「戦闘員である彼らは黒幕のことは知らないでしょうが……実働を担っているのは確かです」
と、『モニターライト型トンファーガン』を構えつつ敵群を見渡した。
ここで全員を撃破すれば、臨海公園への被害は防げるはずである。
「キキキーッ!」
戦闘員どもが手に手に得物を構えて襲いかかってきた。
思いのほか素早い連携を見せた戦闘員ども。左右に散った戦闘員が、それぞれが手にした鉄パイプを振り下ろしてきた。
ところがそこに、白梅の香りが漂う。暖かな地方ではあるが、いくらなんでも季節には早い。
「東風になります!」
風切る音とともに、『巡航単車イロタマガキ』に跨ったベニイ・飛梅(空力義体メカニック・h03450)が、追跡の余勢を駆って飛び込んでくる。限界まで空気抵抗を減らすように、深く頭を下げて尻を突き出す格好のベニィ。
「キィッ!」
戦闘員は跳ね飛ばされて、ガードレールを越えてテトラポットに叩きつけられた。
「緋翠さん!」
「えぇ」
頷きつつ、緋翠は身を捩って鉄パイプを避けた。アスファルトに叩きつけられ、ねじ曲がる鉄パイプ。戦闘員はお構いなしにそれをまたしても振り上げるが……。
「通信しながら連携を行なっているようですね……!」
トンファーをくるりと回し、戦闘員の手を打つ。鉄パイプは手を離れてくるくると飛んだ。トンファーの持ち手には、引き金もついている。緋翠は隙だらけとなった敵の胴に、銃弾を叩き込んだ。
すると。
「わぁ!」
声のした方を振り返ってみると、そこにいたのは北條・春幸(人間(√汎神解剖機関)の怪異解剖士・h01096)ではないか。
飛んできた鉄パイプを避けた春幸は、
「ミルキー君の大好物猫缶をうっかり切らして慌てて買いに行ったら……なんでこんな『いかにも』な奴がいるんだ?」
と、戦闘員どもを見渡す。
「キキキーッ!」
戦闘員どもは新手かと、チェーンを振り回した。猫缶で一杯になったエコバッグに当たりそうになり、慌てて春幸はそれを抱きかかえた。
「あそこの臨海公園を襲おうとしている、戦闘員ですよ!」
ベニイがアクセルターンで敵を蹴散らしつつ、声を張り上げる。敵を公園に寄せ付けまいとそちらに回り込むベニイであったが……敵も√能力者たちを前に、その余力はないようであった。
「あぁ、早くこの猫缶をもって帰らないと、ミルキー君のご機嫌が……!」
嘆いた春幸はエコバッグを地面に置き、
「絶対に壊さないよ!」
決意を固め、『シリンジシューター』を手に取った。毒薬を仕込んだ弾丸を浴びた戦闘員は、うめきながら倒れる。
しかし敵のもとに、新たな戦闘員どもが次々と増援に駆けつけたではないか。
「あぁもう! 君たち、どうして次から次へと湧いてくるんだい? Gなのかな!」
僕は早く帰りたいだけなのに!
春幸が、
「だるまさんがころんだ!」
と叫ぶと、押し寄せてくる戦闘員どもは麻痺して動きを止める。その隙に春幸は毒薬を浴びせ、またベニイにとっても『電撃兵装テンジンブレーク』のチャージには十分な隙となった。指先から放たれた高圧電流が、戦闘員どもを焼く。
「キ……!」
次々と同胞を倒され、狼狽える戦闘員ども。しかし退くなどという選択肢はなく、なおも得物を振り上げて襲いかかってくる。
「連携はなかなかといっても……身体能力や思考速度が上がるわけではないのでしょう?」
緋翠が放った銃弾を、戦闘員は四方に散って避ける。が、それは牽制でしかない。1体が着地したところを狙いすまし、電撃を浴びせる。
「キキッ……!」
ビクリと身を震わせて動けなくなった敵のみぞおちに、緋翠はトンファーを叩き込んだ。そして、左右に視線を巡らせる。
「……『黒幕』は駆けつける気がないようですね。高みの見物ですか」
「おーおー、やるもんだ」
戦闘員どもが戦う様を眺めていた朧魔鬼神【怪人態】が、組んでいた腕をほどいた。
来るか?
緊張を増した√能力者たちであったが、怪人はこめかみに手を当てて頓狂な声を上げる。
「はぁ? 戦うな? 人間どものところに向かっていろと? いやいや、人間どもなんぞいつでも殺せる。それよりもこいつらを……えぇい、知るか!」
どうやら『何者か』と交信していたらしい。通信を終えた怪人はいかにも憮然として、どっかりと防波堤に腰を下ろし、片膝立ちで天を仰いでいる。
「ふむ。敵側の此度の作戦、あの怪人はあまり興味がなく動く気がないと見えるの」
マイティー・ソル(正義の秘密組織オリュンポスのヒーロー・h02117)は狐面を被り直しつつ、敵怪人を見やった。
「えぇ。見ているだけ……従う側も指揮官の意図を掴み損ねているのでは、世話がないですね」
深雪・モルゲンシュテルン(明星、白く燃えて・h02863)も油断なく敵の怪人を窺っていたが、あの態度は詐術ではないようだ。
「まぁ、あやつにも思うところがあるのじゃろうよ。向こうから手を出してこないならば、わざわざ余計な介入を招く必要もあるまいて。
こちらにとっては好都合、今は眼の前の戦闘員どもを蹴散らすのが重要じゃな!」
「私たちには傍観している理由はありませんからね。遠慮なく殲滅しましょう」
ふたりはそれぞれにバイクを走らせて戦闘員どもを押し包もうとするが、敵もまた、次々と新手を繰り出して襲いかかってくる。
「おうおう、やる気満々じゃな!」
首をすくめて振り回されるチェーンを避けたマイティー・ソルが笑う。新たに現れた戦闘員どもが、謎の光線銃を向けて放ってきた。『ライダー・ヴィークル』の車体を右に左にと振って、それを避ける。
お返しにと放った銃弾が、戦闘員の太ももに食い込んだ。なおも引き金を引こうとすると、敵は跳び下がって避けようとする。が、隣の戦闘員にぶつかってバランスを崩した。
「新人が混じっておるのかの? 動きはよくないようじゃな!」
「それならば……!」
こちらの仕掛けにも乗りやすかろう。アクセルを開いて速度を上げ、敵群へと急接近する深雪。
戦闘員どもはその突進を食い止めんと、一斉に謎の光線銃を向けた。
が。
深雪はバイクのシートを蹴って、突如として高く跳躍した。
「ダブルライダーキックじゃな!」」
マイティー・ソルが嬉々として声を上げ、同じくシートを蹴る。
戦闘員どもが目標を見失い、慌てて空を見上げる。夕日の眩さに、戦闘員どもは目を細めた。
「いえ、私は……」
随伴していた『神経接続型浮遊砲台』が、きりもみ回転する深雪と連動して周囲に砲弾を撒き散らした。さほど狙いは付けていない。しかし深雪は『対WZマルチライフル』も乱射して、手数で敵群を薙ぎ倒す。
「なんじゃ。ならば妾が、ふたり分のキックを見せてやろう!」
同じく空中できりもみ回転しつつ、マイティー・ソルは敵群に向かって飛び込んだ。その蹴りを胸板に浴びた戦闘員のみならず、発生した凄まじい衝撃を浴びて周りの戦闘員どもも吹き飛んだ。
第3章 ボス戦 『『マンティコラ・ルベル』』

「……戦闘員どもは全滅したぜ。終わりだ、終わり」
「何を言っている! お前がやればよいだけのことではないですか!」
声を張り上げる『マンティコラ・ルベル』をよそに、通信は一方的に切れた。
歯噛みしつつ、マンティコラは眼下の臨海公園を見下ろす。
「朧魔鬼神め! こうなれば、私自身でやるしか……!」
通信機を握りつぶすその姿を、上空から見下ろす者がいた。
伊藤・ 毅(空飛ぶ大家さん・h01088)である。
「……対象空域侵入、マスターアーム点火、エネミータリホー、LANDLORD、エンゲイジ!」
ジェットエンジンの爆音を響かせて、毅の決戦型WZ『スレイヤー』が戦闘機形態のまま飛び込んできた。
「近接支援攻撃開始、爆弾投下、デンジャークローズ!」
その翼下に吊り下げられた『スマートボム』が切り離される。滑空した爆弾は、とっさに跳躍したマンティコラの側に着弾し、爆風と破片が敵怪人に襲いかかった。
「√能力者め。私に気づきましたか……!」
こちらを見上げる敵怪人をよそに、毅は機体を反転させて再び爆撃コースに乗った。やはり翼下に吊り下げられた無骨な『マイクロミサイルポッド』から、白煙を引きながらミサイルが飛ぶ。
マンティコラは尾を振るってそれを弾いていたが、避けきれぬ1発が腰で炸裂する。纏っていた鎧が砕けたが、
「よくもやってくれたな。その報いを受けるがいい!」
その目元はよく見えぬ。しかし口元を歪ませたマンティコラは地を蹴って跳躍した。サソリの尾針がついた髪鞭がしなり、WZの翼を抉る。
「うおッ!」
バランスを崩したWZが墜落した。なに、損傷は大したものではない……が、頭を打ち付けたか、毅の額から一筋の血が流れた。
「あの尻尾は厄介です。あれをなんとかしないと無理ですね……!」
立ち上った爆炎を頼りに駆けつけたベニイ・飛梅(空力義体メカニック・h03450)は、『巡航単車イロタマガキ』に跨ったまま顔をしかめた。
「マンティコラが黒幕でしたか……」
「不参戦の怪人殿は到底、この作戦に熱心には見えんかったからの。見るからに、小難しい策より単純な戦いの方が性に合ってそうじゃったな!」
マイティー・ソル(正義の秘密組織オリュンポスのヒーロー・h02117)は『ライダー・ヴィークル』から飛び降りて『クールナールブレイド』を抜く。
「集え極光、断て、太陽の裁き、これが正義の刃じゃ!」
光明太陽神の分霊を纏ったマイティー・ソル。その動きは常の数倍に匹敵し、一瞬にして間合いを詰めるや斬りつける。マイティー・ソルは速度を活かして右に左にとフェイントを盛り込みつつ斬りかかるが、敵も尾を閃かせて応戦し、両者は十数合打ち合ったのち、互いにパッと跳び下がった。
「死になさいッ!」
その瞬間、敵は無数の蠍型を放った。薔薇の印がついたそれらは、マイティー・ソルに纏わりつくや次々と炸裂する。
「ふむ。あの数は、ちと厄介かもしれんの」
肌を焼いた熱に顔をしかめつつも、マイティー・ソルは剣を構え直す。
「じゃが、手をこまねいていては、進むものも進まぬでな!」
「戯言を言う!」
マンティコラは髪鞭をしならせつつ、マイティー・ソルに襲いかかった。
あの、尻尾だ!
あれに一斉に襲いかかられては、マイティー・ソルとてただでは済むまい。ベニイはアクセルを全開にしてバイクをジャンプさせ、左手に『テンジンリボルバー』を構えた。
見た目こそリボルバーだが、その発射機構は電磁式である。引き金を引くたびに金属片が高速射出され、それは襲いかかる髪鞭を叩き落とし、あるいは肩当てに食い込んだ。
「邪魔です!」
敵の狙いがベニイへと変わる。投じられた鎖のように伸びた髪鞭は上空のベニイに襲いかかって、『エネルギーバリア』さえも貫いて肩を裂いた。斬り裂かれた義体から火花が飛ぶ。
それでもベニイは気丈にも敵を見据えたまま、
「大丈夫……少し、修復に時間がかかるだけです!」
と、声を上げた。内心では、バリアを破られたことに狼狽えてはいたが……。
「ならば上等じゃ!」
それを知ってか知らずか、マイティー・ソルはニヤリと笑う。
ベニイの放った弾丸が髪鞭を弾き敵の注意が向いている間に、マイティー・ソルはその間合いへと踏み込んでいた。
そしてベニイも、肩から火花を散らしながらバイクのシートを蹴る。
なに、片手は動かなくても、自分にはこの脚がある!
「その硬そうな外殻ごと、焼き尽くしてくれよう!」
「戦術飛梅ッ!」
「く……ッ!」
マンティコラはとっさに、太い尾を振り回して刃を防ごうとした。しかし太陽の輝きを宿した剣は、尾の分厚い殻さえも断ち切り、血飛沫とともに両断した。
「お、おおおおおッ!」
そしてベニイが、外したときのことなど少しも考えず、垂直降下の蹴りを浴びせる。バチバチと放電しながら放たれた蹴りは、わずかに身を捩ったマンティコラの鎖骨を粉々に粉砕し、怪人の足元のアスファルトを砕いて足首まで埋める。
辺りを覆い尽くす土煙。
蹴りの反動で『イロタマガキ』に着地したベニイが、敵の様子を窺う。
「あれで片付いてくれれば……あぁ、やっぱりまだでしたか」
「許しませんよ√能力者。お前たちが邪魔をしなければ、美しい薔薇の花弁のように人間たちも散らせてあげたのに……!」
マンティコラは太い尾を失い片腕をだらりと下げながらも、倒れてはいなかった。
紅を塗った赤い唇を歪め、血が伝うほどに奥歯を噛み締めている。
「せっかく楽しみに来た人たちを、悲しませるわけにはいきません」
青木・緋翠(ほんわかパソコン・h00827)は手にした『3.5インチFD』の窓をシャカシャカと弄びつつ、敵怪人を見据える。
「できるものなら……ッ!」
太い尾がなくとも、マンティコラにはまだ髪鞭がある。それをいっぱいに広げて襲いかかろうとしたが……。
「……ッ!」
敵が身を翻した。直前まで立っていたところを、無数に放たれたレーザーが穿っていく。
「√能力者め、次々と害虫のように現れる……!」
「私からすれば、あなたの方こそ奥に潜んでいる害虫のようなものですが」
敵を狙ったのは、深雪・モルゲンシュテルン(明星、白く燃えて・h02863)の『神経接続型浮遊砲台』であった。
深雪は眼下……臨海公園を見下ろし、
「指揮官は戦況を監視しているはず。そして戦況を把握しやすいように、高台に陣取っている可能性が高いと見ました」
「その通りでしたね。戦っている戦闘員たちの様子を見に来ないということは、臨海公園の方に向かっているかもしれない……と」
うんうんと頷いてみせた緋翠は、仲間たちも安堵させるように、
「大丈夫、討ち漏らしはありませんでした」
と、告げた。
ただ、
「……朧魔鬼神は、『これまでだな。終わりだ、終わり』と言い残して、行ってしまいました」
「役立たずッ!」
マンティコラは怪人を罵り、
「私の儀式を邪魔したこと、あの男にも後で後悔させてあげましょう!」
と、まずは√能力者どもだと飛びかかってくる。繰り出される腕にはめられた腕甲、あるいは腕そのものなのか、そこにも鋭い毒針が仕込まれている。
それが緋翠の肩をかすめると、ふわりと鼻腔を薔薇の香りがくすぐった。
「高みの見物を決め込んでいましたか? 甘い考えですね」
「うるさいッ!」
深雪のレーザーが襲いかかると、さすがに敵も退くしかない。その間に緋翠と深雪は目配せして、緋翠が前に飛び出した。
「あなたから死にたいということね?」
「万が一にも、臨海公園に被害を出すわけにもいきませんからね」
緋翠は膜状に『電磁バリア』を展開し、盾と成して敵へと迫る。
「その偽善者じみた物言いが、憎らしいわ!」
マンティコラは腕を振り回し、何度も何度もバリアを打った。緋翠も負けじと次々とバリアを展開するが、針の鋭さと言うべきか執念というべきか、ついに蠍の針はバリアを貫通する。
とっさに身を捩る緋翠。針はガリガリと肩を抉っていったが、
「多少当たっても、致命傷でなければ問題ありません……!」
と、フロッピーディスクを放つ。
「>実行、古代語魔法 "広域震動"」
たかが1.44MB、されど1.44MB。ディスクには古代語魔術が保存されている。猛烈な震動がマンティコラに襲いかかり、怪人は耐えきれずに倒れ込んだ。
「あぁッ……!」
「深雪さん」
「えぇ」
「この……ッ!」
マンティコラは倒れ込んだまま苦し紛れに髪鞭を放ったが、深雪は『戦線工兵用鎖鋸』を振るってそれらを断ち切る。
「神経接続型浮遊砲台、全機コネクション確立」
仲間たちが積み上げてきた戦果が力となる。召喚された無数の移動型浮遊砲台は一斉にレーザーを放ち、マンティコラの腹に大穴を穿った。
マンティコラはそれでも、√能力者たちに迫ってきた。しかしついに事切れて倒れ、最期は大爆発を起こす。
「姑息な真似をするからだ」
さらに高台から、朧魔鬼神【怪人態】はマンティコラ・ルベルの最期を見送っていた。鼻を鳴らしたこの怪人であったが。
「だが、√能力者ども。このままでは終わらせんぞ」
身を翻し、怪人は夕日が沈みきった闇の中に消えた。