シナリオ

トゥインクル・ラブ・アトラクション

#√マスクド・ヒーロー #√EDEN #ゾディアック・ミラー

タグの編集

作者のみ追加・削除できます(🔒️公式タグは不可)。

 #√マスクド・ヒーロー
 #√EDEN
 #ゾディアック・ミラー

※あなたはタグを編集できません。

ゾディアック・ミラー

これは2章構成の期間限定シナリオです。09/23(水)16時頃までに完結したシナリオの結果により、宿敵の運命が変わります。
なお、期間中に宿敵主によって倒された場合、通常のルール通り宿敵は絶対死します。

●夏の終わりに、恋の矢を
 夏の終わりは、少しだけ寂しい。
 だからこそ――最後くらい、思い切り遊んでしまおう。
 そんな気持ちを抱いた者たちで、今日の遊園地も賑わっていた。

 青空の下を走るジェットコースター。甘い香りを漂わせるポップコーン屋台。ふわふわと園内を彩る色とりどりの風船。楽しげな音楽に、あちこちから聞こえてくる歓声。
 家族連れも、友人同士も、恋人たちも。
 誰もが思い思いに、過ぎゆく夏の一日を楽しんでいる。
 夜になれば、期間限定のサマーナイトイベントも開催されるらしい。
 園内のイルミネーションが灯り、観覧車が星のように輝く。そして最後には、巨大なドーム型施設で星空を映し出す特別なショーまで予定されている。
 夏の最後の思い出を作るには、なかなか悪くない一日になるだろう。
 ――だからこそ。
 この遊園地に、妙な簒奪者が紛れ込んでいることなど、誰が想像しただろうか。

「…………」
 園内のベンチに、一人の少女が座っている。
 魔法少女めいたきらきらな衣装に身を包み、彼女はジュースを片手に園内を行き交う人々をじっと眺めていた。
 その手には、小さなノート。
「観覧車……」
 ぶつぶつと呟きながら、何やら書き込んでいる。
「二人きりに、なれる」
 さらさらとペンを滑らせる。
「ジェットコースター……」
 また書き込む。
「恐怖を共有することで親密度が上昇する可能性あり」
 さらに書き込む。
「お化け屋敷……密室。暗所。自然な接近が期待できる……」
 なんだかすごく真剣である。
 何をしているのか? 答えは簡単だった。
 彼女は、遊園地を楽しんでいる――のではない。
 カップルを探しているのだ。
「……素晴らしい!」
 アンテロスの眸がきらきらと輝いた。視線の先には、二人組の男女が歩いている。
「恋人……!?」
 次は、仲良さそうに歩く二人の少年に視線が向く。
「友人……いえ、これはまだ可能性があります!」
 さらに別の二人組。
「幼馴染……!!」
 ノートに何かを書き込む。
「こちらは……兄妹、残念。いえ、ある意味別の可能性も」
 律儀に分類までしている。
 どうやら彼女にとって、遊園地は夢のような場所らしい。何しろ、そこら中に二人組がいる。観覧車に乗る二人。アトラクションの列に並ぶ二人。屋台で一つの食べ物を分け合う二人。そして何より――。
「……ビジュがいい」
 少女が呟いた。その視線が、ぴたりと止まる。
 少し離れた場所にいる二人組みを映す、どんな関係なのかは分からない。友人かもしれない。仲間かもしれない。あるいは、まだ知り合ったばかりなのかもしれない。
 ――だが。
 少女にとって、そんなことは重要ではなかった。

「…………決めました」
 スッと立ち上がり、その二人にズカズカと近付いていく。
「あなた達です!」
「『え?』」
 突然指を差された二人組の声は重なり、振り返る。
 その二人の顔を見て、少女は満面の笑みを浮かべていた。
「本日より、お二人には恋人になっていただきます!」
「えっ!? なに、いきなり……!」
 もっともな反応だった。
「大丈夫です!」
 何が大丈夫なのだろう。
「恋愛感情が足りないのであれば――私が増やします!」
 そう宣言すると、少女の手元に桃色の光が集まっていく。
 それはやがて一本の矢へと変わった。
 ハートを思わせる意匠を持った、禍々しくも可愛らしい光の矢だ。
「名付けて――……」
 胸を張り、弓を引く。
「ハートクエイク・アロー!」
「わ、わぁぁぁっ……!」
 二人組は何をされるのかと、とっさに顔を覆った。
 しかし、暫くしても矢はまだ放たれない。
「――まずは、ですね!」
 そこから突然、少女の長話が始まった。
「お二人がどのように出会ったのか、そこから聞かせていただきたいのです!」
「えっ?? どういうこと!?」
「出会いというものは、関係性を語る上で非常に重要です!」
 少女の口は止まらない。
「幼い頃からの付き合いなら、それだけで積み重ねられた時間という尊さがありますし、最近出会ったばかりなら、これから関係を育んでいく余地があります! そして一度離れ離れになった経験があるのなら――」
 さらに熱が入る。
「再会から始まる関係というのもまた素晴らしい!」
 長い。とにかく長い。
 しかも本人はいたって真剣である。どうやら、何かをチャージしているらしい。
 そう。少女の魔法の力は、ただ矢を撃てば終わりというものではない。
 その身に「推しカプへの愛」を溜め込む必要がある。
 その時間、実に六十秒。つまり今のこれは――。
「そして私は思うのです!」
 推しカプへの愛を語るための、六十秒間のマシンガントークである。
「あなたたち二人には、まだ互いに気づいていない魅力があると!」
 そんなチャージ方法があってたまるか。
「だからこそ!」
 アンテロスの周囲に、桃色の光がさらに集まっていく。
「私がお二人の愛を育てます!」
 遊園地の平和な空気が、少しずつ騒がしくなっていく。
 とんでもなく迷惑な「恋の大騒動」が、今まさに幕を開けようとしていた。

●推しカプ騒動大作戦
「なにやら、不思議な依頼が舞い込んできたみたいだぞ!」
 白き一角獣の角をきらりと輝かせた星詠みの少女、ユニ・リリィは集った面々に向かってそう切り出した。
「ゾディアック・ミラーが『魔法少女アンテロス』の企みを見つけたらしいのだ!」
 その企みというのが、また少々変わったものらしく。
「ユニはよくわからんが、『推しカプ』? というものを作りたいそうなのだ」
 一角獣の少女はこてりと首を傾げてみる。
 その言葉の意味はよく分かっていないらしい。
「ともかくだ。そのアンテロスとやらは、遊園地にいる二人組を勝手に選んで、恋人にしようとしているらしいぞ?」
 どうやら本人たちの意思は、あまり考えていないらしい。
 なんとも迷惑な話ではある。
「……あ、それと!」
 ユニは思い出したように付け加える。
「アンテロスが『この二人、いいな!』と思ったら、皆が狙われることもあるそうだ!」
「だから、自分たちが推しカプ認定されても大丈夫なのだな!」
 何が大丈夫なのかは、ユニにもよく分かっていない。
「アンテロスと戦ってもいいし、話をしてみてもいいぞ。狙われた二人を助ける方法はなんでもよさそうだ!」
「それから――」
 ユニはこれから行く遊園地のパンフレットを皆に手渡していく。
「せっかく遊園地に来たのだから、遊びたいよな! ユニも遊びたい!」
 アトラクションに乗ったり、おいしいものを食べたり、みんなで楽しく過ごしたり。普通に遊園地を楽しみつつ、たまたま見掛けたアンテロスに対処する、くらいでも大丈夫だろうと。
「そういうのも依頼のうち、ということにしておくのだ!」
 ユニはきらりと眩しい笑顔を見せて、EDENたちを送り出したのだった。

マスターより

開く

読み物モードを解除し、マスターより・プレイング・フラグメントの詳細・成功度を表示します。
よろしいですか?

第1章 ボス戦 『魔法少女アンテロス』


神隠祇・境華
シンシア・ウォーカー

●
 遊園地の賑わいの中を、二人の少女が歩いていた。
 色とりどりのアトラクションに、甘い香りの漂う売店。園内を彩る風船を眺めながら、境華は隣を歩くシンシアへ視線を向ける。
「シンシアさん、次はどこへ行きましょうか?」
「そうですね。あちらの売店も気になりますし……」
 そんな穏やかな会話を交わしていた、その時だった。
「――見つけました!」
「……?」
 背後から、何やら妙に熱のこもった声が聞こえてきた。
 二人が振り返った先にいたのは、きらきらとした魔法少女の衣装に身を包む少女――アンテロスだった。彼女は桃色に輝く眸で二人をじっと見つめている。
「……とてもいいですね」
「え?」
「お二人です!」
 びしっ、と指を突きつけられる。
「ええと……私たち、ですか?」
 境華とシンシアは二人揃って、こてりと首を傾げた。
「はい!」
 アンテロスは満面の笑みを浮かべている。
「並んで歩く距離感、自然な会話、そして何より――」
 一度、境華を見る。
 次にシンシアを見て。
 そして、両手を胸の前でガシッと握りしめた。
「ビジュがいい!」
「……?」
「……?」
 二人の間に、不思議な沈黙が落ちた。
「ありがとうございます……?」
 きっと褒めてくれたのだろうと、境華がとりあえず礼を言ってみる。
「いえいえ、こちらこそ! 素晴らしいものを見せていただきありがとうございます!」
「素晴らしいもの……?」
「ところで、お二人はどのようなご関係なのですか!?」
 二人の話には耳も貸さず、アンテロスは一歩一歩と距離を詰めてくる。
「幼馴染? 友人? 旅の仲間? それとも、もっと特別な――」
「ええと……境華さんとの関係、ですか? どう答えれば良いのやら――」
「……シンシアさんは、とても大切な方ですよ?」
 少しあわあわとするシンシアを見て、境華がさらりと答えてみせる。
「なるほど! 大切な方!」
 アンテロスの眸がいっそうきらきらと輝いていく。
「ええ。なるべく一緒に居る時間が多ければ、とも思います」
「そうですね、私も色々な時間をご一緒したい大切な方であることに、疑いようは無いのですが――」
「ほうほう!」
「ただ……だからといって、今すぐ何かの関係に当てはめたいとは――」
「なるほどなるほどなるほど!」
 アンテロスが猛烈な勢いで首を縦に振る。
「名前のついていない関係! けれど確かな信頼があって、これから先も一緒にいたいと思っている! そういうお二人が、遊園地という特別な場所で――」
 アンテロスは嬉々として語り続ける。
「推しカプ語り……熱量がすごいですね。息継ぎ、どのタイミングでするんでしょうか」
「そこは私も少し気になります」
 冷静に二人が見守っている最中も、アンテロスの推しカプ話は止まらない。
「そして今のお二人の会話! 自然にお互いを気遣っている! 素晴らしいです!」
「なんだか楽しそうですね、アンテロスさん」
「ええ、とても楽しいですよ!」
 アンテロスは笑顔で答えた。
「だからこそ――もっと愛を育てましょう!」
 ビシッと突き立てた少女の指先に、桃色の光が収束してゆく。
「それは困りますね」
 境華がぴしゃりと断じる。
「ですから、その矢は必要ありません」
「どうぞ遠慮せずに! 名付けて――ハートクエイク・アロー!」
「ヤダーッ、怖いです! 話を聞いてください!」
 アンテロスが弓を構えれば、ハートを思わせた意匠を持つ桃色の矢が淡い光を放った。
「シンシアさん、こちらです!」
「は、はい!」
 境華が彼女の手を取り、放たれた矢を既で躱す。
 そのまま二人は駆け出した――が。
「あっ!」
 シンシアの視線が横手の売店に吸い寄せられる。
「あそこのスイーツ、ガイドブックに載ってたおいしそうなやつ!」
「本当ですね」
「こんな状況でなければ、二人で食べたかったのに……!」
「ふふ。では、逃げ切ったら一緒に食べに行きましょうか」
「本当ですか?」
「はい」
「――聞きましたよ!!」
 背後からアンテロスの歓声が飛んできた。
「『逃げ切ったら一緒に食べる』! 未来の予定を自然に共有! なんて素晴らしい――!」
「……まだ喋っていますね」
「本当に元気ですね」
「二人とも待ってくださーい!」
「境華さん、やっぱりもう少し急ぎましょう!」
「そうですね」
 二人は手を取り合い、さらに速度を上げる。
 夏の終わりの遊園地に、恋の大騒動はますます大きく響いていった。

井碕・靜眞
物部・真宵

●
 遊園地の一角で、二人は少し離れたところにいる一般客を眺めていた。
「……推しカプ、というものが」
 真宵が小さく首を傾げる。
「実はよく分かっていなくて……」
「自分も詳しくないんですが」
 靜眞もパンフレットを手にしながら答える。
「見守りたい恋人達、という意味かと……」
「なるほど……応援したい、ということなのでしょうか?」
「たぶん、そういう感じではないでしょうか」
 二人して首を傾げる。
 その少し離れた場所では、魔法少女アンテロスが遊園地の客を観察していた。
「……あっ」
 ふいに、その視線がこちらへ向く。
「いました!」
「?」
「あなたたちです!」
 アンテロスは、桃色の眸を輝かせながら駆け寄ってきた。
「お二人、とってもいいですね! 距離感が自然! 落ち着いた雰囲気! そして何より――」
 アンテロスが二人を交互に見つめる。
「ビジュがいい!」
「…………」
「…………」
「推しカプ認定です!」
「――え」
 その瞬間。
 靜眞の口から、間の抜けた声が漏れた。
「ちょ、落ち着――」
 アンテロスはそんなことを気にもせず、真宵をじっと観察している。
「おねえさんは、見た目だけなら大人しくて、ちょっと近寄りがたい感じもありますけど……」
「きっと二人きりになると、もっと柔らかい顔をするんでしょうね! そういうギャップも――」
「っ、物部さんは、おまえの第一印象より、ずっとかわいい人だが!?」
「……え?」
 言った本人が、一番驚いた顔をした。
 真宵も目を丸くして、靜眞の横顔を見上げる。
 とても長い、数秒の沈黙が流れる。
「……井碕さん?」
「あ」
 靜眞の顔がみるみる青ざめる。
 まずい。
 今のは完全に素だった。
 どう考えても、余計なことを言った。
 だが、アンテロスの目は爛々と輝いている。
「なるほど!」
「え?」
「『第一印象よりずっとかわいい』!」
 アンテロスが両手をぱちんと叩いた。
「つまり、一緒に過ごすことでしか分からない魅力を、あなたはたくさん知っているんですね!?」
「い、いえ、自分は……!」
「素晴らしいです!」
 さらに勢いづくアンテロス。
「最初は大人しく見えた彼女が、実はこんな表情をする――。それを知っているのは、あなただけ!」
「…………」
 靜眞は完全に言葉を失っていた。
 アンテロスが感極まったように叫ぶ。
「これはもう、さらなる恋愛感情を追加してあげるべきでしょう!」
「待ってください」
 真宵が柔らかく声を挟んだ。
 その手には、いつの間にか紫陽花を模した傘が開かれている。
 ふわり、はらりと傘から紫陽花の花びらが舞い、二人を遮るように広がった。
「あのね、アンテロスさん」
「はい!」
「ひとには好みがありますけど……見た目だけで選ぶのは、少しもったいないですよ」
「……?」
 アンテロスが疑問を顔に浮かべたまま、こてりと首を傾げる。
「さきほど、仰っていましたけど」
 真宵は隣で固まっている彼へ視線を向けた。
「自分にだけ見せてくれる表情とか、仕草とか。そういうものを知れると……うれしくなってしまうものなんですよ」
「だから、ね?」
 真宵は穏やかに微笑む。
「今日はもう、やめにしませんか?」
「……なるほど」
 アンテロスは真剣な顔で考え込む。
「『自分にだけ見せてくれる表情』……」
「はい」
「つまり、まだ私の知らないお二人の魅力が……!」
「そ、そういうことではなく――」
 靜眞が慌てて遮る。
「まずは、その矢を止めてもらえませんか」
「あっ、そうでした!」
 アンテロスが思い出したように弓を構える。
「では、改めて――」
「させません」
 やっと冷静さを取り戻した靜眞が即座に銃を構える。
 狙いはアンテロス本人ではない。その手元の矢だ。
 牽制の一射が桃色の光を弾き、続く射撃が弓を逸らす。
「ひゃわっ!」
 アンテロスが慌ててぴょんと飛び退いた。
「……物部さん、援護をお願いします。彼女を説得しましょう」
「ええ、分かりました」
 真宵が傘をくるりと回す。紫陽花の花びらが、ひらりと舞い踊る。
「応援したい気持ちはわかります」
 靜眞が慎重に言葉を選ぶ。
「ですが、あなたの強引な手段によって、その後のお二人が破滅することは望まないでしょう?」
「……!」
 アンテロスが二人を見つめて息を呑んだ。
「確かに……!」
「あ、いえ、自分達のことではなく……あぁあ……」
 また余計なことを言ったかもしれない。
 靜眞の額を冷や汗が伝う。
 その隣で、真宵が静かに笑みを零した。
「でも……」
「?」
「わたしたちのことを認定してくれたのは、うれしかったですよ」
「も、物部さん……」
 その言葉に、靜眞はしばし黙り込んでしまった。
 頬と耳が、ほんの少し熱くなる。
「……物部さん、嫌じゃないんだ。そ、そうなんだ……」
 ぽそりと小さく呟いて、視線を逸らす。
 その一連のやり取りを見つめていたアンテロスの目が、再びきらりと輝いた。
「…………やっぱり素晴らしいです!!」
「まだ続くんですか!?」
 遊園地の片隅に、またしてもアンテロスの歓声が響き渡った。

曇天・ぱぅる
憂・サディスト

●
「先輩、おまたせしました!」
 園内のベンチに腰掛けていたサディストのもとへ、ぱぅるが駆けてくる。
 その手には、二つのクレープ。
「俺のはいちごチョコですよ! 先輩は抹茶です!」
「……ずいぶん買ったな」
「だって美味しそうだったので!」
 ぱぅるは早速クレープを一口食べて、幸せそうに頬を緩める。
「ん~、おいしい!」
「そうか」
「……あ」
 ふと、ぱぅるが何かを思いついたように顔を上げた。
「先輩」
「なんだ?」
「クレープ、食べさせ合いっこしません?」
「……なんで?」
「えっとですね」
 ぱぅるは少し考える。
「魔法少女ちゃんって、『推しカプ』を探してるんですよね?」
「……そもそも、推しカプって何なんだ?」
「ふふ、先輩知らないんですか~? んー、仲の良い二人組みたいな?」
 にまにまと笑顔を浮かべつつ、ぱぅるはそれっぽいことを言ってみる。
「なので、二人で食べさせ合いっこしてたら、それっぽく見えるんじゃないかなぁって」
「そんな安直な……」
「いいじゃないですか。俺、先輩とクレープ食べるの好きですよ?」
「……まあ、それくらいなら」
「やった!」
 ぱぅるは嬉しそうに自分のクレープを差し出した。
「じゃあ先輩、はい、あ~ん」
「…………」
 サディストはしばらくそのクレープを見つめていたが。
「……甘味の誘惑には勝てないな」
 ひとくち、ぱくり。
「ん。美味しい」
「でしょう?」
 ぱぅるがにこにこと笑う。
「じゃあ今度は、先輩の抹茶ください!」
「はいはい」
 今度はサディストが差し出したクレープを、ぱぅるがぱくり。
「ん~っ、おいしい!」
「……これで本当に来るのか?」
「たぶん!」
「たぶんかよ」

 そんな会話を交わしていた、その時だった。
「――見つけました!」
「ほら!」
 ぱぅるが嬉しそうに振り返る。
 きらきらとした魔法少女衣装のアンテロスが、二人をビシッと指差していた。
「クレープを食べさせ合うお二人! 自然な距離感! そして――ビジュがいい!」
「推しカプ認定ですか?」
「はい!」
 ぱぅるが満面の笑みを浮かべる。
「えへへ、推していーよ♡」
「……本当に来るんだ」
 サディストが少し驚いたように呟く。
「では早速、お二人の愛をもっと深めるために――」
 アンテロスの手元に桃色の光が集まっていく。
「このハートクエイク・アローで恋愛感情を――」
「えっ、恋愛感情を増やす?」
 ぱぅるの目がきらりと輝いた。
「その矢で?」
「はい!」
「わぁ、やってやって~!」
「……おい」
「ほら先輩のこと撃っちゃってください! 早く!」
 言いながらも、ぱぅるは背中からサディストを羽交い締めにする。
「はい、どうぞ!」
「お前、何してるんだよ!」
「先輩ってば、俺への大好き♡な気持ちがちょっと足りないって思うんですよね!」
「…………は?」
「俺はこ~んなに大好き♡なのに」
「待て。何の話だ?」
 サディストはしばらく黙っていた。
 やがて、困ったように口を開く。
「俺だって、お前のことはちゃんと尊敬してるよ」
「…………」
「本当に優秀で、いい後輩を持ったと思ってる。いつもそう言ってるはずだけど……何が不満なんだ?」
「そういうところですよぉ!」
 ぱぅるがぷくぅと頬を膨らませる。
「尊敬とかそーゆー話じゃなくてっ!」
「パッションが欲しいんです!」
「……??」
 本気で分かっていないらしい。
 その様子を見ていたアンテロスが、深く頷いた。
「なるほど……!」
「アンテロスちゃん、分かってくれます!?」
「ええ!」
 完全に意気投合している。
「一方はもっと強い愛情表現を求めていて、もう一方は十分に伝えていると思っている……これは、素晴らしい関係性です!」
「でしょう!?」
「おい」
 サディストの眉間に皺が寄る。
「変に意気投合しないでくれる?」
 その瞬間、黒いリボンが宙を走った。
「わわっ」
 リボンはぱぅるの身体を引き剥がし、そのままアンテロスの腕へ絡みつく。
 さらに別のリボンが彼女の弓を拘束した。
「わぁ、弓まで!」
 ぱぅるが再び頬を膨らませる。
「矢は封じられちゃいましたね」
「そうですね!」
「でも、諦めませんからね」
「何を?」
 ぱぅるはアンテロスへ向き直る。
「魔法少女ちゃん、俺と作戦会議しよ」
「作戦会議?」
「先輩に大好き♡って言わせるために!」
「…………おい」
 サディストが嫌な予感を覚える。
 だがアンテロスは、ぱっと顔を輝かせた。
「それはとても良い作戦です!」
「でしょう?」
「まずは、先輩さんがどんな時に一番心を動かされるのか調査しましょう!」
「おっけ~!」
「お前ら……」
 サディストは頭を抱えた。
 しかし――これも、ぱぅるなりの作戦なのだろうか。アンテロスを自分たちに引きつけておけば、少なくとも他の一般客が狙われることはない。
「……ああ、そうか」
 思わず小さく呟く。
「やっぱり、お前は凄いな」
「先輩、何か言いました?」
「何でもないよ」
 遊園地の喧騒の中。魔法少女と後輩が楽しそうに作戦会議を始める横で、サディストは様々な感情が入り混じった深いため息をついたのだった。

セレネ・デルフィ
アドニス・ガルダ・インファリリ

●
 遊園地という場所は、アドニスにとって珍しいものだった。
「ふむ。夏はすっかり大人しくなったようだ」
 少しだけ秋の気配を含み始めた風を感じながら、賑やかな園内を見渡す。
「遊園地か。私の樂園にはないからね。興味深いんだ」
「あれが観覧車、ですね」
 隣に立つセレネは、空を見上げるようにして巨大な輪を眺めている。
「あちらは……ジェットコースターでしょうか」
「そうだね。どうやら随分と騒がしい乗り物らしい」
「……あまり、乗ってみたいとは思いませんね」
「そうかい?」
 アドニスが愉しげに笑った。
「私は少し興味があるけどね」
 園内を行き交う人々を眺めれば、二人連れの姿が目につく。
 家族、友人、恋人。
 その中でも、自然と隣を歩いている男女や、手を繋いで歩く二人の姿は多かった。
「なるほど。ペアで訪れている者も多いと見える」
「……確かに」
 セレネはふと、隣を見上げた。
「その、アドニスさん……」
「なんだい?」
「私と一緒で、良かったのですか?」
「何が?」
「……カップル認定、とか」
 アドニスは一瞬だけ目を細め、それから楽しそうに笑った。
「私は別に構わないよ。したければすればいい」
「……そう、ですか」
「それに何ら問題はないだろう?」
 あまりにもあっさりした返答に、セレネは納得したような、していないような顔で首を傾げる。
「……なんだか、余裕そうで、ずるいです」
「そうかな?」
 セレネの頬が、ほんのり膨らむ。
 それを見て、アドニスは愉しそうに目を細めた。
「ふふ。では、認定されるなら、それらしく振る舞うのもいいのではないかな」
「それらしく……?」
「手でも繋いでみるかい?」
「……え」
 アドニスが、からかうように手を差し出した。
「ほら。あの者達のように」
 セレネは少しむくれた顔で、その手を見つめる。
「手を繋ぐくらい……何ともないですけれど」
「なら決まりだね」
 アドニスが笑う。
 彼女のその反応が、面白くて仕方がない。
 ――君は昔からそうだった。
 だからこそ、お気に入りなのだけれど。

「見つけました!」
 そんな二人の前に、突然ひとりの少女が現れた。
 きらきらとした魔法少女衣装。その手には桃色の光が輝いている。
「とっても素敵な二人組です! これはもう――推しカプ認定です!」
「ふふ、愉快なことをしているようだね」
 アドニスはむしろ楽しそうだった。
「では、その推しカプというものに付き合ってあげようか」
「はい! あなたたちは、もっとお互いを愛し合うべきです!」
 嬉々として迫るアンテロスへ、セレネが真面目に説得しようと一歩踏み出した。
「そんな、無理やりカップルにするなんて良くな――」
 しかし。
 アンテロスの手元に、桃色の矢が現れる。
「大丈夫です! 私のハートクエイク・アローがあれば――」
「だ、だめです……!」
 セレネの表情が一変する。
「逃げましょう……っ!」
「おや」
 次の瞬間、アドニスがセレネの手を取った。
「え、何で、手……!」
「さっき自分で言ったじゃないか」
 アドニスはふわりと笑顔を零す。
「それらしく振る舞うのも一興だろう?」
「で、でも……!」
「ほら、走るよ」
「きゃっ……!」
 二人は手を繋いだまま、人混みの中を駆け出した。
「待ってください! お二人の関係性をもっと詳しく――!」
 背後からアンテロスの声が追ってくる。
「随分と熱心だね」
「感心している場合ではありませんよ……!」
 アドニスに手を引かれながら、セレネは少しだけ眉を寄せた。
「アドニスさんは、こういう時まで余裕そうなのが、なんだかずるいです」
 セレネのその言葉に、アドニスはくすりと笑う。
「なら、君ももう少し楽しんだらどうだい?」
「……楽しめる状況ではないと思いますけれど」
 そう言いつつも、セレネは繋がれた手を振りほどかなかった。
 アンテロスから逃げるため。ただ、それだけのはずなのに。
「……もう少し、急いでください」
「おや。私を急かすのかい?」
「追いつかれたら困りますから」
「それもそうだね」
 二人はそのまま、人混みの向こうへと駆けていく。
「待ってくださーい! お二人の間にどんな物語があるのか、もっと聞かせてくださいー!」
「……本当に元気な方ですね」
「君も負けていないと思うけど?」
「……それは、どういう意味でしょうか」
 セレネが少しむっとした顔をする。
 その反応を見て、アドニスはまた愉しげな笑顔を見せたのだった。

ラビィナ・クラウディオス
篭宮・咲或

●
「ゆーえんちだー!」
 園内のゲートを潜り、ラビィナ・クラウディオスは思わず胸を弾ませた。
 とはいえ、燥ぐのはまだ早い。
 遊園地といえば、やはり相手がいなくては始まらない。観覧車も、ジェットコースターも、甘い菓子も。隣に誰かがいてこそ、楽しさは何倍にもなるものだ。
「うーん……」
 園内を見回す。
 恋人らしき二人。友人同士らしい二人。仲睦まじく歩く家族連れ。
 どこを見ても、誰かと誰かが一緒にいる。
「……いいなぁ」
 ぽつりと零れた声は、自分でも驚くほど素直だった。
 けれど、すぐにラビィナは小さく首を振る。
「……ま、いいか」
 いないなら、作ればいい。
 今日一日、一緒に遊んでくれる相手がいればそれで十分だ。
 そう思って再び辺りを見回した、その時だった。
「あ!」
 視線の先に、一人の青年がいる。
 柔く靡く金髪に、憂いを含む蜂蜜色の眸。柔らかな表情を浮かべているのに、どこか気怠げで、周囲の喧騒から少しだけ距離を置いているような雰囲気。
(――美人なおにーさん、発見!)
 ラビィナはぴょんと跳ねるようにして彼の傍に駆け寄った。
「お待たせ! 待った?」
「……え?」
「今日のデート、俺楽しみにしてたんだぁ」
 そのまま彼――篭宮・咲或の腕へ、するりと絡みつく。
 そして、口許に手を添えてそっと声を潜めた。
「(行きずりだけど、俺の恋人になって? お兄さん)」
 咲或は一瞬だけ瞬きをした。
 だが、事情を察するのも早かったらしい。
「ああ……なるほどね」
 どうやら自分と同じ理由で、少年もこの遊園地へ来たらしいと。
「何乗ろっか。俺は絶叫系もいいけど――観覧車とか」
 ラビィナは彼を見上げ、悪戯っぽく笑う。
「あー……きみの好きなのでいいんじゃない? 任せるよ。俺、何でもいいし」
「ええー、素っ気ないんだー」
「別に近くにいなくても、一緒に来てるってことで、それでいいじゃん」
 なんとも塩対応である。
 それもそのはずだ、今はその“ふり”をすればいいだけなのだから。
 それでもラビィナは楽しそうだった。
「お化け屋敷とかどお? もっと近くで一緒にいられそうだしー」
「……ちょっと、あんまりくっつかないで。暑い。動きにくい」
「ふふ。そんなクールなとこも好きだけど」

 ――その瞬間。
「…………!!」
 少し離れた場所から二人を観察していた魔法少女の眸が、これでもかというほど輝いた。
「出会ったばかりの二人……!」
 手にしていたノートを開く。
「片方は積極的、もう片方はクール! しかし拒絶しているように見えて、本気で離れようとはしていない……!」
 ペンが猛烈な勢いで走り始める。
「これは……これは……!」
 桃色の光が、彼女の周囲に渦巻いた。
 もう我慢できない。
 あんな二人を見つけてしまった以上――。
「あの二人には、もっと愛を育んでもらわなければ!」
 アンテロスは、ついに二人の前へ飛び出した。
「あなた達です!!」
 突然の乱入に、二人が振り返る。
 そして少女は、満面の笑みで宣言するのだった。
「最高の温度差カップルです!!」
「え? いや、違――」
 咲或が訂正するより早く、少女の手元に淡い桃色の光が集まり始めた。
「あなた達には――」
 光は次第に細く、鋭く形を変えていく。
 やがて一本の矢となったそれを、アンテロスは嬉々として握りしめた。
「もっと、もっと素敵な関係になってもらいます!」
 少女が弓を引く。桃色の光が弦に絡み、きらきらと瞬いた。
「名付けて――ハートクエイク・アロー!!」
 放たれた光の矢が、二人へ向かって一直線に飛んでいく。
 ――だが。
 その矢が届くより早く――長い尾がひらりと翻った。
 ぱしんっ!
 弾き飛ばされた光の矢が、空中で弧を描いて彼方へ消えていく。
「……危ないなぁ」
 ラビィナは何事もなかったように呟いた。
「今日は初デートだろ」
「いや、だから――」
 咲或が何か言いかける。
 けれど、ラビィナはその言葉を聞くより先に、彼の顔を見上げた。
「手、繋ぎたい」
 先ほどまでの軽やかな声とは、ほんの少し違う。
 冗談めかして笑うこともできたはずなのに、その眸にはどこか縋るような色があった。
 たった一日の、偽物の関係。
 それでも――今だけは、隣に誰かがいてくれる。
 その温もりまで偽物にしてしまうのは、少し寂しかった。
「…………」
 咲或は黙ってラビィナを見つめた。
 そして、ほんの一拍。
「……今日だけ特別ね」
 そう言って、そっとやさしく少年の耳を撫でた。
「……!」
 思いがけない優しさに、ラビィナの眸がわずかに見開かれる。
 次いで差し出された手。
「ほら、早くしないと置いてっちゃうよ」
「ふふ……ずるいね、お兄さん」
 ラビィナはその手を取った。
 指先が触れ、手のひらが重なる。
 その瞬間、喉の奥から小さく、満足そうな音が漏れた。
 ゴロゴロと鳴る、猫のような声音だった。

 アンテロスは、呆然と二人を見つめている。
 自分が放った矢は、見事に弾き返された。
 なのに。
 ――どうしてでしょう。
 その二人の間には、先ほどよりずっと甘い空気が漂っている。
「…………あの」
 アンテロスが、おそるおそる声を掛ける。
 けれど二人は、もうこちらを見ていない。
「待って、まってー」
 ラビィナが繋いだ手を嬉しそうに引く。
「次、何乗る?」
「何でもいいよ」
「じゃあ、観覧車!」
「……好きだね、観覧車」
「だって、二人きりになれるだろ?」
「はいはい」
 そんなやり取りを交わしながら、二人はそのまま歩き出す。
「…………」
 魔法少女は取り残された。
 そして、数秒後。両手で口元を覆う。
「…………尊い………!!」
 恋の矢を放った本人さえ置き去りにして。
 遊園地の一角には、いつの間にか二人だけの時間が流れ始めていた。

藤代・玲慈
邇島・カンパニュラ

●
 遊園地の人波は、想像していた以上に激しかった。
「……あ、あわわ……」
 人と人の間を縫うように歩こうとして、邇島・カンパニュラはおろおろと辺りを見回す。
 仕事で来たはずなのに、どこを見ても楽しげな客ばかり。
 しかも人が多い。とにかく多い。
「うぅ……やはり尻尾がおおきいせい? それとも身長……?」
 大きな尾をぶつけないよう気を遣いながら進んでいると、不意に声が掛かった。
「大丈夫ですか?」
「ひゃっ……!」
 振り向けば、そこには淡色の眸を持つ端正な顔立ちの青年が立っている。
「人が多いですからね。よければ、少し道を空けますよ」
「あ、ありがとうございます……」
 差し出された助けに、カンパニュラはおずおずと頭を下げながら彼の後をついて行った。

「わたくしは邇島・カンパニュラと申しますの。能力者としては、まだ不慣れな身で……」
「僕は藤代・玲慈と言います。自分も能力者ですよ。どうですか、ここは協力して対処をするというのは」
 頼もしい申し出に、カンパニュラはほっと胸を撫で下ろす。
 そうして二人は、遊園地に紛れ込んだ簒奪者――魔法少女アンテロスの動きを警戒しながら、一般客を危険な場所へ近づけないよう誘導して行くことにした。
 その最中だった。
「……あ!」
 カンパニュラの声に、玲慈も振り向く。
 少し離れた場所。人混みの向こうから、きらきらとした衣装の少女がこちらを見ていた。
「見つけました!」
 アンテロスの顔がぱっと輝く。
「なんて素敵な二人組……! まさか、こんなところで理想の推しカプに出会えるなんて!」
「……え?」
 カンパニュラの顔が固まった。
 アンテロスは勢いよく二人の前まで駆け寄ってくる。
「あなたたちです!」
「わ、わたくし!?」
「はい! あなたと、そちらの方です!」
「わ、わたくしと藤代様でして!?」
「そうです!」
 あまりにも迷いのない返答だった。
「……何か、随分と盛り上がっているようですね」
 玲慈が静かに口を挟んだ。
「邇島さんは先ほど困っていた方で、今は協力者です。そのような勝手な紐づけは、彼女も困るでしょう」
「え、ええ……藤代様の仰る通り、わたしくたちは先ほど出会ったばかりですの……!」
「なんと! 初対面!」
「そ、そうです……! ですので、あなた様の理想の二人には程遠く――」
 アンテロスの目が、さらに輝く。
「つまりここから始まるのですね! 運命の出会い! 偶然から始まる関係性! これはこれで――」
「どうしてそうなるんですの!?」
 カンパニュラの悲鳴が響く。
 アンテロスは嬉々として弓を取り出した。
「初対面から始まる恋! なんて尊いのでしょう! これはぜひとも、私が一押しして――」
 アンテロスの手許で輝く桃色の光が、矢の形を取り始める。
「ひっ……!」
 カンパニュラは慌てて玲慈の後ろへ半歩下がった。
 けれど、意を決したのかすぐに顔を上げる。
「お……お待ちくださいまし」
 小さな声だった。
 それでも、今度ははっきりとアンテロスへ向けられている。
「どのようなご縁も、表面だけではわかりませんわ」
 自分たちが初対面であることも。今こうして並んでいる理由も。
「だからこそ……どうぞ、その弓をお収めになってくださいまし」
 カンパニュラは胸元で手を握る。
「魔法少女なのでしたら――心から想いあっている恋人達を守るために、そのお力を使って頂きたいですわ……!」
「…………」
 アンテロスが、ぱちぱちと瞬きをした。
「……守る?」
「はい」
「恋人を……守る……?」
 少女はしばらく考え込む。
 やがて、その眸が再びきらりと輝いた。
「なるほど! つまり、恋人たちが幸せになるためには、まず二人の気持ちを大切にする必要があるのですね!」
「……そういうことです」
 静観していた玲慈も、静かに頷く。
「では!」
 アンテロスは矢を消し、代わりに秘蔵のノートを取り出した。
「今日から私は、本人たちの気持ちを尊重する『推しカプ活動』を――」
「……その活動自体を、少し控えていただけると助かるのですが」
 玲慈の言葉に、カンパニュラもこくこくと頷く。
 しかしアンテロスは聞いているのかいないのか、何やら熱心にノートへ書き込んでいた。
「ふむふむ……『まず本人たちの同意を取る』……と」
 どうやら、ほんの少しだけ。
 恋の暴走少女にも、進歩の兆しが見えたらしい。

第2章 日常 『宙色プラネタリウム』


●
 夜の帳が降り、空が藍色に染まる頃。
 遊園地には、昼間とはまた違う光が灯り始めていた。
 並木を縁取るイルミネーション。鮮やかに輝くアトラクション。ゆっくりと夜空を巡る観覧車。園内を流れる音楽も、どこか昼間より穏やかに聞こえる。
 ふわりと漂う夜風に運ばれてきたのは、ポップコーンや焼き菓子の甘い香り。夜限定のスイーツを並べた屋台では、暗闇でも光る色鮮やかなソーダやアイスクリームがきらきらと灯りを映していた。
 昼間にはちょっとした騒動もあったけれど――ひとまずは、それも落ち着いた。
 せっかくここまで来たのだ。
 夜の遊園地を楽しまずに帰るというのも、少しばかり勿体ないだろう。

「……ふむ」
 そんな園内を見渡しながら、魔法少女アンテロスが小さく呟いた。
「夜の遊園地も、なかなか素敵ですね!」
 何食わぬ顔でしれっと居る彼女だが、昼間のような騒がしさは薄れている。
 その手には、弓もない。――今のところは。
「それに!」
 アンテロスは、園内の奥へ視線を向ける。
 そこには、巨大なドーム型の施設が佇んでいた。
「夜には、あそこでショーもあるそうですよ!」
 きらきらと輝くドームを眺め、アンテロスは楽しそうに笑った。
 ――星降るサマーナイト。
 そんな名前を冠した、夏を締めくくるナイトショー。
 プラネタリウムのようなドーム内部には、星空や海を思わせる幻想的なプロジェクションマッピングの映像が広がり、地上にいながら夜空の中へ飛び込んだようなひとときが味わえるという。
 アトラクションを巡ってもいい。美味しいものを探してもいい。夜の遊園地を散歩するだけでもいい。もちろん、昼間の騒動についてアンテロスと話してみるのもいいだろう。誰と、何をして過ごすかは自由だ。
「さて!」
 アンテロスが、ぱん、と手を叩く。
「今度こそ、普通に遊びましょう!」
 その言葉を聞いた誰もが、ほんの少しだけ思った。
 ――本当に?
 けれど。
 煌めく光に彩られた遊園地は、そんな疑念さえも包み込むように賑わっている。
 夏の最後の夜は、まだ始まったばかり。
 遊園地には、まだまだ楽しいことが残っているのだから。


●マスターより
 1章でのアンテロスの対応では、説得・対話が多めと判断しましたので、2章は夜の遊園地で遊ぶ日常パートになります。断章でご案内した施設以外でも、ありそうなものならば遊び方はなんでも大丈夫です。
 1章でご一緒したお相手の方はもちろん、途中で合流したという体での飛び入り参加も歓迎です。夜の遊園地で遊びたい~という人も気軽にご参加どうぞ。

 また、平和的な思考(?)に戻ったアンテロスと一緒に遊園地を巡ることもできます。彼女の言動はオープニングや1章の感覚とさほど変わりません。

 それでは、佳き時間をお過ごしくださいませ。
 
 
 
藤代・玲慈
邇島・カンパニュラ

●
 夜の帳が降り、遊園地に色とりどりの光が灯り始めていた。
 並木を縁取るイルミネーションがきらめき、観覧車がゆっくりと夜空を巡っている。昼間よりも穏やかな音楽に、夜風が運ぶ甘い菓子の香り。賑わいの中にあっても、どこか夏の終わりを思わせる、少しだけ静かな夜だった。
「まぁ、とっても綺麗……!」
 邇島・カンパニュラは、目の前に広がる光景に眸を輝かせた。
「夜の遊園地は初めてですが、こんなにも素敵だなんて……」
「僕も初めてですが、良いものですね」
 藤代・玲慈も、イルミネーションを眺めながら静かに淡色の眸を細める。
「この煌めきも、人々の賑わいも。こうして見ていると、心が躍る気持ちも分かります」
「はい……!」
 けれど、そんな二人の少し後ろでは――魔法少女アンテロスが、こそこそと物陰に隠れながら付いてきているのだった。壁から覗くその熱い視線に、カンパニュラがちらりと振り返る。
「……あの、アンテロスさんも、まだ少しばかり気になりますし」
 玲慈へそっと囁きつつ、目配せをする。
「三人で、遊園地を見て回りませんか?」
「ええ。それが良いでしょうね」
 玲慈が頷けば、カンパニュラがアンテロスに向けて軽く手招きをする。

「――私も、堂々とご一緒していいのですか!?」
 アンテロスは意外そうな顔をして、眸を瞬かせていた。
「もちろんです」
「では、お言葉に甘えて……!」
 そうして三人は、煌めく夜の遊園地を歩き始めた。
「こうしてイルミネーションを眺めているだけでも、心がおどりますのね」
 カンパニュラは、光に彩られた景色を見上げる。
「わたくし、こういった景色や綺麗なものを見るのがすきでして……」
「分かりますよ」
 玲慈も周囲を見渡した。美しいものを見ると、人の心は自然と浮き立つものだ。そして――ふと、玲慈は楽しげに行き交う人々へ視線を向ける。
「恋の煌めきも、きっと似たようなものなのでしょうね」
「恋の……?」
「ええ。人が人を純粋に想えることは、とても尊いことです」
 そう言いながら、玲慈は一瞬だけ目を伏せた。長い睫毛が眸に影を落とす。
「……まあ、僕には望めないものですが」
 小さく呟かれたその声は、隣にいたカンパニュラの耳に届いたのだろうか。ミルクティーの双眸がぱちりと瞬く。けれど、気付いた時には玲慈の表情はいつもの微笑みへ戻っていた。
「ですが、そういう輝きを守りたいとは思います」
 そして玲慈は、アンテロスへ向き直る。
「アンテロスさん。無理に恋を増やさずとも、誰かを想う気持ちは十分に美しいものではありませんか?」
「………!」
 アンテロスは腕を組み、少し考えるように黙り込んだ。
 そして、小さく頷く。
「……それも、確かに素敵かもしれません」
 どうやら昼間よりは、少しだけ考え方を変えてくれたらしい。
「ふふ、そういった方々を陰から護る。素晴らしい魔法少女の誕生ですわね」
 アンテロスの返事にほっと胸を撫で下ろしつつ、カンパニュラも彼女を応援する言葉を掛けた。
「それに」
 玲慈は、隣を歩くカンパニュラへ目を向ける。
「邇島さんも素敵な方ですよ」
「……わ、わたくし?」
 突然の思いがけない言葉に、カンパニュラが自分で自分に指を差す。
「背丈や尻尾のことを気にされていますが、夜の灯りの中で見る姿もお綺麗です」
 カンパニュラは、目を丸くして固まった。
 それから、自分の長い深翠の髪や鱗の尻尾へおろおろと視線を落とす。
「い、いえ……わたくしは、この背丈ですから……」
 やがて、どんどん声は小さくなっていき。
「うぅ……自信がありませんのよ~……」
 大きな身体をめいっぱい縮こまらせながら、カンパニュラはぎゅっと両手を胸の間で握りしめる。か弱い乙女とは正反対の自分の姿に、そんな言葉は不釣り合いだと言わぬばかりに。
「自信というのは、後からついてくるものですよ」
 玲慈は優しく微笑んだ。
「貴女にも、いつか素敵な出会いがあることを祈っています」
「……あ、ありがとうございます」
 カンパニュラは、しばし呆然と玲慈を見つめていた。
 やがて、その表情がふわりと和らぐ。
「おやさしいのですね、藤代様」
 彼の言葉は、不思議と胸の奥に小さな灯をともしたようだった。
「ふふ……わたくし、なんだか元気が出てきました」
「それは何よりです」
 そのやり取りを、アンテロスが後ろから眺めている。
「…………なるほど」
「アンテロスさん?」
「いえ。恋愛ではなくても、誰かを想う気持ちは尊い――そういうことですね!」
 どうやら、彼女なりに納得したらしい。
 ただし。
「これはこれで……」
 ぽつりと呟いた言葉の続きを、玲慈は聞かなかったことにした。
 きっとまた、何か別の「推しカプ」の形を見つけてしまったのだろう。
 それでも今は、弓を抜く気配はない。
 三人はそのまま、夜の遊園地を歩いていく。
 夏の終わりの夜。
 恋の矢が飛ばなくても――遊園地には、誰かを想う心が灯した、小さな光がいくつも輝いていた。

井碕・靜眞
物部・真宵

●
 夜の遊園地を、二人はゆっくりと歩いていた。
 人の多い場所では、井碕・靜眞がさりげなく物部・真宵を人波から庇うように歩いている。昼間には思いがけない騒動もあったけれど、今は穏やかな夜だ。
 聞こえてくるのは、楽しげな笑い声と、遠くから流れてくる音楽。頭上ではイルミネーションが星のように瞬き、時折、観覧車の光が二人の横顔を淡く照らしていく。
「……さっきはすみませんでした」
 ふいに、靜眞が口を開いた。
「その、動揺して……ああいった部類の説得は苦手で」
「謝ることなんて、なんにもありませんよ」
 真宵も口許に手を添えつつ、やわらかく微笑む。
「わたしも、うまく説得できた気がしないですし……」
 二人の間に、僅かな沈黙が流れた。
「……でも」
 真宵がそっと上目に彼を仰ぎ、首を傾げる。
「かわいいって、思ってくれてるんですね?」
「……っ」
「ええと、……はい」
 靜眞は小さく、けれど迷いなく頷いた。
 そして、ほんの少しだけ視線を逸らす。
「かわいい、です」
「……まあ」
 周囲の喧噪に紛れて、聞き取れないほどの小さな声だった。
 けれど、真宵にはしっかり届いたらしい。
 靜眞の頬が、熱くなる。
 ……また、恥ずかしいところを見られてしまった。
 けれど――彼女なら、いいか。なんて。
 そんなことを思ってしまう自分に気づいて、靜眞はますます困ったように視線を伏せた。そんな彼の様子を、真宵は微笑ましそうに見つめている。
「……あちら、見てみませんか?」
 見兼ねて真宵が指差したのは、園内の奥にある巨大なドーム型施設だった。
 そういえば、夜にはナイトショーをやっていると、あの魔法少女も嬉々として話していたのを思い出す。

 ――星降るサマーナイト。
 天井いっぱいに広がる、満天の星の海。
 それだけではない。星々の間を、淡い光の波がゆっくりと流れていく。海の底から夜空を見上げているような、あるいは星の海を漂っているような、不思議な幻想が周囲を包み込んでいた。
「……綺麗ですね」
 靜眞の口から、小さな声が漏れる。
「……すてき」
 真宵もまた、広がる星海を静かに仰ぐ。
「ええ、とっても。夏の間に、もう一度星空を一緒に見ることができるなんて……」
 その彼女の横顔が、淡い星明かりに照らされている。
 嗚呼、ほんとうに。
 ――本当に、綺麗だ。
 それは星空のことなのか、それとも隣にいる彼女のことなのか。
 自分の中での答えは、既に見つかっているのだけれど。
「あの、物部さん」
「なんですか?」
 真宵が真っ直ぐに靜眞を見上げて瞬きをする。
「うれしかったって、言ってくれたこと……」
「おれも、同じです」
 続く言葉を聞いて、真宵はゆっくりと微笑んだ。
「……よかった」
 小さく呟いて。
「わたしだけじゃなくて」
 星海の中で、その笑顔がいっそう柔らかく見えた。
 靜眞は胸の奥が熱くなるのを感じながら、スマートフォンへ手を伸ばす。
「えっと、……あなたの写真を撮ってもいいですか」
「写真……ですか?」
「はい。今日の、思い出に」
 真宵が少しだけそわりとする。
「ええ、それは……構いませんけれど……」
 けれど、そこで首を傾げた。
「……わたしひとり、ですか?」
「え?」
「井碕さんは、一緒に映ってくれないんです……?」
 そう言って、真宵がそっと彼の服の裾を摘まむ。
 じぃっと見つめられて、靜眞は完全に固まった。
「っ! えっと、その……いや、おれは……」
 まずい。
 顔が熱い。
 暗がりのお陰できっとバレてはいないだろう。
 けれど――。
「……そう、ですよね。たしかに」
 小さく息を吐いて、照れくさそうに笑い返す。
「一緒に来た思い出、ですもんね」
 スマートフォンを取り出し、彼女の隣へ並ぶ。
「映ってください。一緒に」
「ふふ、もちろん……!」
 真宵が嬉しそうに微笑んだ、その時だった。
「あっ、アンテロスさん!」
 ちょうど近くを歩いていた魔法少女の姿を見つける。
「わたしたちの写真、撮ってくれませんか?」
「えっ、私ですか?」
 突然カメラを渡されたアンテロスが、目を丸くする。
「とびきりの一枚を、おねがいしますね!」
「なるほど……お任せください!」
 アンテロスがスマートフォンを受け取り、二人へ向ける。
「では、お二人とも笑顔で!」
「……っ」
 隣に並んだ真宵を意識して、靜眞の表情が少しだけ強張る。
 けれど真宵が楽しそうに微笑んでいるのを見れば、自然と頬も緩んでいった。
「はい、撮りますよ!」
 ぱしゃり。
 小さなシャッター音が、星海の中に響く。
「……素敵ですね」
 撮れた写真を覗き込み、真宵が嬉しそうに微笑んだ。
「ええ。今日、一緒に来た思い出ですね」
 靜眞も、そっと頷いた。
 幻想的な星の海と、その中に並ぶ二人の姿。
 夏の終わりの夜に過ごした時間が、一枚の写真になった。
「大切にしますね」
「わたしも、です」
 二人の微笑みを見届けて、アンテロスも満足そうに頷く。
「うん。とびきりの一枚です!」
 星々が静かに瞬く。
 星の海の中に、二人の新しい思い出がひとつ、そっと刻まれたのだった。

神隠祇・境華
シンシア・ウォーカー

●
「では、今日は色々と乗ってみましょうか」
 夜の遊園地を見渡しながら、神隠祇・境華がそう提案する。
 昼間とは違い、園内は柔らかな光に包まれていた。並木を縁取るイルミネーションがきらきらと輝き、遠くではアトラクションが色鮮やかな光を巡らせている。
「シンシアさんと一緒なら、きっとどれも楽しそうです」
「ふふ、それは嬉しいですね。では――観覧車、乗りませんか? 天気もよいですし、イルミネーションを上から見るというのもオツなもので!」
 シンシア・ウォーカーが遠くできらめく観覧車を眺め、楽しそうに笑う。
「観覧車……」
 境華は少しだけ考えてから、頷いた。
「そういえば、小さい頃に乗ったきりかもしれません」
「ふふっ、私もです。学生の時以来ですね」
 そうして二人は、ゆっくりと動き出したゴンドラへ乗り込んだ。
 少しずつ地上が遠ざかっていく窓の向こうには、夜の遊園地が広がっていた。色とりどりの光が道を縁取り、アトラクションが宝石のように瞬いている。その向こうには、夜の街の灯りまで見渡せた。
「わぁ……」
 境華の口から、思わず感嘆の声がこぼれる。
「とても綺麗ですね」
 シンシアも窓の外へ視線を向けた。
「こうして見ると、昼間とはまったく違う遊園地みたいですね」
「はい。地上から見るよりも、光がたくさんあるように感じます」
 きらめく光を追うように、境華の金の眸が動いていく。
「……こういう景色、好きです」
 ぽつりとこぼした言葉に、シンシアが微笑む。
「境華さんらしいですね」
「そうでしょうか?」
「ええ。綺麗なものを見つけると、境華さんはとても嬉しそうですから」
 そう言われ、境華ははにかむように表情をほころばせる。
「……シンシアさんと見られて、良かったです」
「私もですよ」
 シンシアが柔らかく答える。
「誰かと二人で、というのは初めてかもしれません」
 境華は少しだけ目を丸くする。
 けれど、すぐにまた窓の外へ視線を戻した。
「……では、今日は初めてなのですね」
「ええ。素敵な初めてになりました」
 二人を乗せたゴンドラは、静かに夜空へ近づいていった。
 やがて一周した観覧車を降りた二人は、次の目的地へと足を向ける。

「アンテロスさんがショーもあると熱弁していましたし、そちらも見ていきます?」
「ナイトショー、見たいです。どんな物語なのでしょうか……!」
 二人は期待を胸にドームへ入る。
 やがて照明が落ちると、頭上いっぱいに星空が広がった。
「……わぁ」
 無数の星が瞬き、その下を青い光がゆっくりと流れていく。星空がいつしか海へと変わり、今度は海の中から星を見上げているような景色へと移り変わっていった。
「わぁ……凄いですね、シンシアさん」
「すごっ。魔法でないのですか、この映像!?」
 色鮮やかなプロジェクションマッピングに、シンシアも思わず声を上げる。その様子に、境華も思わず笑みをこぼし。
「侮れませんね、現代技術……」
「まるで、夜空の中に居るようです」
「ええ。一緒に夜空の中へ飛び込んだようで、とてもロマンチックですね」
 二人は頷き合いながら、次々に変わっていく景色を夢中になって追いかけた。
 星が流れ、海が揺れ、また夜空へ戻っていく。
 そのたびに二人から小さな感嘆の声が漏れた。
 そして、最後の星がゆっくりと消えていくのを見届ければ。長くて短い夜の遊園地を楽しむ時間も残り僅かとなっていた。
「はぁ……すごく楽しかったです」
 ナイトショーも終わり、夜が更けてゆく。境華が名残惜しそうに呟いた。
「今日は沢山遊べましたね」
「本当ですね。色々ありましたが、遊園地を満喫できました」
 シンシアも満足そうに微笑む。
「境華さん、今日はありがとうござ――」
 その時、シンシアが何かを思い出したように目を見開いた。
「忘れていました。まだ、間に合うでしょうか……?」
「……!」
「スイーツ!」
 二人の声が、ほとんど同時に重なる。
 顔を見合わせた二人は、思わず笑顔をこぼしながら。
「急ぎましょう、境華さん!」
「はい!」
 二人は甘い香りのする方へ、足早に向かっていく。
 夜の遊園地にはまだたくさんの人がいて、たくさんの光があった。

 星を見て、笑って、たくさん遊んで。
 そして最後は、美味しいものを。
 二人の遊園地の一日は、まだもう少しだけ幸せな時間を残していた。

篭宮・咲或
ラビィナ・クラウディオス

●
 星のように輝く観覧車のゴンドラが、ゆっくりと夜の遊園地を昇っていく。窓の外を覗けば、イルミネーションに彩られた園内が少しずつ遠ざかっていた。
「……こんな、狭かったかな」
 そもそも観覧車に乗ることさえ久しいかもしれない。咲或は徐ろに足を組み直し、向かい合わせに座るラビィナへちらりと視線を向ける。
「ごめんね。足が長くて~」
「ふふ、足ぶつかるね。ぜんぜんだいじょーぶ!」
(長いのは否定しないけど……!)
 少し足の位置を変えるラビィナに、咲或がくすりと笑った。

 昼間、ひょんなことから「恋人のふり」をすることになった二人。最初はアンテロスの目を引くための、ほんの一時の芝居だったはずなのだが。気が付けばこうして二人で観覧車に乗ることとなっていた。
「……そういえば忘れてたけど、自己紹介まだだっけ?」
 咲或がふと思い出したように口を開く。
「篭宮・咲或よ。気軽に咲或ちゃんって呼んでねぇ」
「さくあ……咲或ちゃん?」
 少し言い慣れない様子で、ラビィナはその名を口にする。
「きみは? 名乗りたくないっていうなら無理には聞かないけど」
「やだ、名乗るよ。ちゃんと」
 ラビィナは改めて咲或を真っ直ぐに見つめた。
「しっかり覚えて。俺はね、ラビ。ラビィナっていうんだ」
「ふぅん、ラビね」
 咲或が一息含め、確かめるようにその名を呼ぶ。
「明日からはオトモダチとして、どーぞよろしく」
「ふふ、よろしくね!」
 名前を呼んでもらえたことが嬉しくて、ラビィナの耳がぴこりと動いた。その様子を見て、咲或の蜂蜜色の双眸が細められる。
「……」
 じー。
「……な、なに?」
「いやぁ」
 また、ぴこり。
「周りにあんまりその手の特徴を持ってる子、いないからさ」
 咲或の視線は、ふわふわと揺れるラビィナの耳へ注がれている。
「猫だと、きみが初めての子になるかな」
「……俺、そんなに珍しい?」
「うん。ちょっと気になる」
 咲或は少し愉しそうに笑って、そっと手招きをした。
「……ね、ちょっとおいで」
「?」
 ラビィナは呼ばれるままに素直に近寄ると、彼の隣へすとんと腰を下ろした。
 そして――。
「……わ」
 咲或の手が、そっと耳に触れる。
 ふわりと毛並みを撫でられて、ラビィナの耳が小さく震えた。
「……柔らかいねぇ」
「そ、そうかな?」
 ラビィナは逃げるどころか、その手に身を預けるように少しだけ頬を寄せる。
「えへへ……今日は特別。たくさん触っていいよ」
「ふふ、これ、癖になっちゃいそう」
 そんな二人を乗せたゴンドラは、ゆっくりと頂上へ近付いていた。
 窓の外には、夜の遊園地。
 地上には色とりどりの光が星屑のように広がっていた。
「……綺麗だね」
 咲或が小さく呟く。
「……うん」
 ラビィナも窓の外へ視線を向け、それから隣の彼を見上げた。
 その尻尾はゆらゆらと、どこかご機嫌そうに揺れていた。

「次、ナイトショー行こ」
 ゴンドラが地上へ戻り、きらめくイルミネーションに背を向けながら咲或がラビィナの方へ振り返る。
「え、一緒に行ってくれんの……?」
「ちょっと、何で吃驚してんの」
 意外そうな少年の反応に、咲或が静かに首を傾げる。
「デートだって言ったの、ラビでしょ。なら俺の行きたいトコにも付き合ってよ」
「……言ったけどさあ」
 ラビィナは今更ながら、少しだけ照れたように視線を逸らす。
「もう帰るって言われちゃうかなって」
「まだ帰らないよ?」
 咲或は先を歩きながら、手を差し出す。
「ほら。早く来ないと逸れるよ」
「……うん!」
 ラビィナはぱぁっと眸を輝かせ、嬉しそうに差し出された手へ飛びついた。
 そして、逸れないように。ご機嫌な尻尾が、咲或の腕へくるりと巻きつく。
「……ふふ」
 その感触に、咲或は小さく笑う。
「じゃ、もう少し遊ぼうか。ラビ」
「うん。今夜は咲或ちゃんを独り占めしちゃおうかな?」
 二人はそのまま、夜のきらめきの中へ溶けてゆく。
 星降るサマーナイトの光が、これから始まる二人の時間を静かに照らしていた。

アドニス・ガルダ・インファリリ
セレネ・デルフィ

●
「お昼は大変でした、ね……」
 そわりと未だに周囲を見回しつつ、セレネはふぅとひとつ息をついた。
「そうかな? 私は愉しかったけれどね」
 隣では、アドニスが楽しそうに肩を揺らしている。
 セレネはそんな彼を少しむくれた顔で見上げた。
「随分と楽し気ですね……?」
「何をそんなに拗ねているのかな?」
 だが彼はまったく悪びれる様子もない。
「君だって、楽しそうだったじゃないか。違うのかい?」
「楽しかったのはアドニスさんだけですよ……っ」
 思わずぷい、とセレネは視線を逸らしてしまう。
 けれど、その先に広がっていたのは、昼間とはまるで違う遊園地の姿だった。並木を彩る光が夜道を柔らかく照らし、遠くではアトラクションが色とりどりに輝いている。
「星降るサマーナイト、か」
 アドニスも園内の輝きを見渡していた。
「遊園地とは実に愉快なところだね」
「……そう、ですね」
 セレネも、少しだけ表情を和らげる。
 素敵な景色だと思う。
 こうして眺めているだけなら、この時間も決して悪くはない。
「おや」
 アドニスが軽く空を仰ぎ、足を止めた。
「あの巨大な輪のような乗り物はなんだ?」
「ええと。観覧車、でしょうか」
「観覧車か……」
 しばし眺めてから、何かに納得したように頷く。
「高い所、密室……そういう狙いがあるのだろうか」
「……何の狙いですか?」
「ふふ、なんだろうねぇ」
 昼間に遭遇した魔法少女に感化されたのか、アドニスは観覧車を眺めながらふむふむと、なにやら一人納得している。その横顔を見ながら、セレネは視線を正面に向けて聞こえないふりをしてみた。
(いえ、これ以上は聞かないほうがいいのかもしれません……)

 そのまま園内の散策を続けていると、今度は古びた洋館を模した建物が目に入る。
「あれは?」
「あちらは……お化け屋敷でしょうか」
 ちょうど出口から、青ざめた顔の客が何人か飛び出してくるところだった。
「なるほど。二人、暗闇の中で恐怖を分かち合いつつ進むのか……興味深いな」
 アドニスの眸がひときわ楽しそうに輝く。
「行ってみようか?」
「行きませんよ」
「行かないのか」
「はい」
「ふふ、随分と強情なことだ」
「強情ではありません」
「本当は行きたいのだろう?」
「行きたくありません……!」
 セレネはつんつんと首を横に振る。どうしてこの人は、こうも楽しそうなのだろう。いつも振り回されてしまう自分も自分なのだが。
「では、観覧車もお化け屋敷も駄目、と」
「……そういうことです」
「ふむ」
「……そんなに気になるなら、自分で作ってみたらどうですか……?」
 冗談めいた口ぶりでセレネがぽそりと呟いてみれば、アドニスはハッとしたように顔を上げる。
「なるほど、それは名案だ」
「……え?」
 セレネの空色の双眸が瞬く。
 あまりにも当然のように彼は言ってのけた。
「帰ったら、我が樂園にも遊園地を造らせよう……!」
「…………」
 冗談。
 そう思いたい。
 けれどアドニスの表情は、妙に本気だった。
「観覧車に、お化け屋敷。それから君が楽しめそうなものも用意しよう」
「ちょ、ちょっと待ってください……!」
「なかなか面白そうじゃないか」
「今のは無しです! 今のは、ただ言ってみただけで……!」
「駄目、もう撤回できないよ」
 愉しげな笑い声が、夜の遊園地に響く。
「さて、セレネ。どんな遊園地がいい?」
「……もう、知りません……!」
 そう言いながらも、セレネの口元にはほんの少しだけ笑みが浮かんでいた。

曇天・ぱぅる
憂・サディスト

●
 夜の遊園地に、ひときわ大きな歓声が響き渡る。
 轟音とともにジェットコースターがレールを駆け抜け、宙へ放り出されるような急降下を終えると、そのまま勢いよくホームへ滑り込んできた。
「ジェットコースターすごかった~!」
 勢いよく席から降りたぱぅるとは対照的に、隣のサディストはしばらく座席に沈んでいた。
「……拷問みたいな角度で落ちるジェットコースターだった……」
「先輩、可愛い顔してますね」
「お前は楽しそうだね……」
 まだ浮遊感が抜けきらない様子のサディストをよそに、ぱぅるは嬉しそうに笑う。
「一緒に写真撮りましょ~」
「今?」
「今です!」
 問答無用に腕を組み、ぱしゃ、とシャッターが切られる。
 そこには、満面の笑みを浮かべるぱぅると、なんとも複雑そうな顔をしたサディストが並んでいた。
「えへ、楽しいです」
「……俺じゃない友達と来れば、もっと楽しかっただろうに」
「そんなことないですよ」
 ぱぅるは撮ったばかりの写真を眺めながら、にこにこと頬を緩ませる。
「だって、先輩が隣にいますから!」
「……そう、か」
 サディストはそれ以上何も言わなかった。代わりに、ほんの少しだけ視線を逸らす。

 次に二人が向かったのは、お化け屋敷だった。
「ふふ、先輩。怖かったら俺に抱き付いていいですよ♡」
「……今更怖がるものなんてないでしょ」
 サディストはそう言って、何の躊躇もなく暗い館の中へ入っていく。けれど、怪異も死体も見慣れている二人にとって、作り物の恐怖など大したものではない。そんな二人を驚かそうと、暗闇の向こうから白い影がぬっと現れた。
「わぁわ、お化け!」
 ぱぅるが燥ぎつつ楽しそうに声を上げる。
「かーわいい!」
 サディストはじっとそのお化け役の姿を、上から下まで眺めてみた。
「面白い仕掛けを作ったなとは思うけど、やっぱりどうしても作り物っぽいね……」
「血糊も視認性重視で赤すぎる」
「ああ、人間の眼球はもっとどろっとした質感ですよね……!」
「気になるでしょ」
「それにこの子、この前解剖した子に似てて好き~」
「……お前のそういうところ、遊園地では黙っていたほうがいいと思うよ」
「えー、かわいいのに」
 なにやら普通の客ではないと感じ取ったのか、おばけ役のスタッフもいそいそと退避いでしまう。
 そんな調子で歩いているうちに、あっという間に出口へ辿り着いてしまった。
「もう出口か~」
 ぱぅるが少し残念そうに振り返る。
「ていうか先輩って、全然怖がりませんね?」
「怖がる理由がないからね」
「せっかく最凶アトラクション巡りしてるのに」
 ぱぅるは少し考える。
 そして、何かを思いついたように、ぱっと笑った。
「……これは実験です!」
「実験?」
「強い感情――恐怖で、先輩の希死念慮? を上書きできるかなって」
 あまりにも明るく言うものだから、サディストは一瞬だけ言葉を失った。
「つらいとか苦しいとかって気持ちが吹き飛べば、先輩も俺のこと、もーっと好きになると思うんですよね」
「……はは」
 サディストは小さく微笑した。
 憐れまれているのか。
 それとも、単純な善意なのか。
 いずれにせよ。
 自分にはいっそ疎ましいほどに、こいつは眩しい存在であることは確かだ。
「……上手くいくといいね」
「はい!」
 ぱぅるが嬉しそうに頷く。
「だからー、まだまだ付き合ってもらいますよ!」
「まあ、元より断れる立場じゃないしな……」
「ほらほら、早くっ!」
 ぐいぐいと腕を引かれ、二人は次のアトラクションへ向かう。
「……何にだって付き合うよ、博士」
 その呟きは、賑やかな園内の音に紛れて溶けていった。

挿絵申請あり!

挿絵申請がありました! 承認/却下を選んでください。

挿絵イラスト

開く

読み物モードを解除し、マスターより・プレイング・フラグメントの詳細・成功度を表示します。
よろしいですか?