⚡️過分なる力、浅薄な野望
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千葉県佐倉市、円を描くように走る『ユーカリが丘線』――その中心部の地下深くには、広大な迷宮『ユーカリが丘冒険王国』が広がっている。
その最深部に位置する『魔王城』に、今まさに異形の怪異の姿があった。
漆黒の翼を広げ、無数の骨と棘をまとった超古代の大魔王――その頭部に、ギョロリとした巨大な単眼を持つ青いスライムがすっぽりと覆い被さっている。
『ヘッドスライム』大魔王態である。
本来は道端で冒険者に踏み潰されるような、ただの雑魚モンスターに過ぎない。この迷宮に足を踏み入れた時も、道中の凶暴すぎるモンスターたちに怯えて震え上がりながら、ここまで逃げ延びてきたのだ。
だが、このスライムには頭部を捕食した対象の全能力を奪い取るという恐るべき特異体質があった。
そこに横たわる巨大な遺体を発見し、残る思念をわずかに読み取ってみれば――この地に封印されて蘇生できずにいた超古代の『大魔王』だと気づいたのだ。
滅多にない|大物食い《ジャイアントキリング》の好機とばかりに頭部へ喰らいつき、その巨躯と強大な魔力を強奪してしまったのである。
「ケケケッ! 漲る、漲るデシュよ〜〜!!」
魔王城の奥底で、ヘッドスライムは大魔王の巨大な両腕を天へと突き上げ、歓喜の奇声を上げた。頭部を覆うスライムの巨眼が、怪しく蠢く。
周囲の空間すらぐにゃりと歪める禍々しい瘴気が立ち上り、かつて世界を震撼させた絶大な破壊の力がその身に満ち満ちていく。
手にした白銀の槍――王劍『ロンゴミニアド』は主と認めず沈黙しているが、ヘッドスライム自身はその価値にすら気づいていない。
「ふん、こんな古い槍なんてどうでもいいデシュ! これだけのパワーがあれば、道中の怖すぎるモンスター達だってムシュに頭を垂れる筈デシュ! モンスター軍団を引き連れて、世界を支配してやるデシュ〜!!」
かつて怯えていた魔物たちを従え、地上へと打って出る――世界征服の野望に単眼をぎらつかせ、ヘッドスライム大魔王態は下卑た高笑いを轟かせた。
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「大変だよみんな! とんでもない大事件が起きちゃったんだ!」
緊迫感を帯びた元気な声が、集まった冒険者たちの間に響き渡る。
一同の前に駆け寄り、ぴしりと居住まいを正したのは、ふわふわした髪をなびかせる少女――謝・梅鈴(人間(√仙術サイバー)のストリート・ニンジャ・h13481)だ。
胸の前で軽く手を合わせて一礼し、琥珀色の瞳を真剣に輝かせて一同を見渡した。
「ボクはスラムの便利屋、シエ・メイリンだよ。一刻を争うから、さっそく今回の緊急作戦について説明するね!
向かう場所は、√ドラゴンファンタジーの千葉県佐倉市にある『ユーカリが丘冒険王国』だよ。『ユーカリが丘線』に囲まれたエリアの中心に広大な地下ダンジョンがあるんだけど……なんとその最奥部に封印されていた、超古代の『大魔王』が蘇っちゃったんだ!」
メイリンは両手を大きく広げ、事態の重大さを訴えかける。
「正確に言うとね、その封印されていた大魔王の遺体に、雑魚モンスターの『ヘッドスライム』が辿り着いちゃってさ。頭部を食べた相手の全能力を奪う特異体質で、その頭部を喰らって『大魔王態』になっちゃったんだよ! このままあいつを野放しになんて絶対にできないよ!」
メイリンは拳をぐっと握りしめ、力強く言葉を続けた。
「アイツが完全に力をモノにする前に、奇襲を仕掛けて一気に叩き潰すのが今回の作戦の目的だよ! 太古のモンスター軍団を呼び出したりしてくる厄介な相手だから、油断せずに戦ってね!」
そこでメイリンは人懐っこい表情を覗かせつつ、人差し指をぴっと立ててみせた。
「それとね、まずは奇襲でヘッドスライムを叩くけれど、そのあとの動き方は現場のみんなで相談して決めてほしいんだ。
逃げるヘッドスライムにとどめを刺しに行くのか、防衛や救出に回るのか……みんなで作戦会議を開いて、息を合わせて次の一手を決めてね!」
メイリンは一同へ向けて丁寧にお辞儀をすると、満面の笑みを浮かべた。
「さあ、準備はいいかい? 大魔王を気取るスライムの野望を、ボクたちの手でバシッと砕いてやろう! キミたちのカッコいい活躍、楽しみにしてるよ!」
第1章 ボス戦 『『ヘッドスライム』大魔王態』
地下深くに広がる迷宮の最深部、魔王城。
超古代の大魔王の巨躯を頭部から乗っ取ったヘッドスライムは、招集した12体もの太古のモンスター軍団を前に下卑た高笑いを轟かせていた。
「ケケケッ! 漲る、漲るデシュよ〜〜!! モンスター軍団を引き連れて、世界を支配してやるデシュ!」
「やれやれ、古の大魔王をそのような形で利用するとは。あなたには少々勿体ないかと」
呆れを含んだ穏やかな声とともに、薄暗い回廊から特異視覚捜査研究所の青年――屍累・廻(全てを見通す眼・h06317)が歩み出た。端正な白衣を翻し、インデックスの覗くバインダーを小脇に抱えながら、金色の瞳を玉座へ向けて冷静沈着に敵の構造を観察している。
その隣では、淡い勿忘草色の髪を揺らす少女――天雨・汐璃(レイニー・リフレイン・h09450)が、足元に寄り添う死霊の猫とともに、油断なく玉座の異形を見据えていた。
「大魔王さまの頭にスライムがくっついてるのは、絵的に面白いかもしれないけど……やっぱりちょっと怖いかも」
汐璃はアンニュイな空色の瞳をわずかに細め、静かに息を整える。
「でも、もしあの子が王劍に認められてたら、もっととんでもないことになってただろうし……今の時点でもあちこち大変なことになってるみたいだから。早いとこやっつけちゃわないとね」
「ええ、その通りです。太古の大魔王……一体どの時代で、何を成したのか大いに気になるところですが。それを調べるにも……少々賑やかすぎるので、お静かに願えますか?」
廻の挑発的な言葉に、ヘッドスライムの単眼が怒りで血走った。
「小癪な虫けらどもデシュ! ひり殺してやるデシュ、行けぇッ!!」
下卑た号令とともに、凶悪なモンスターの群れが地響きを立てて突進してくる。だが、その指揮はお世辞にも統率が取れているとは言えなかった。
(「やっぱりスライムだからかな。軍勢も上手く指揮出来てるようには見えないし」)
汐璃は心の中で小さく呟くと、足元で身を低くしていた死霊の猫へと視線を落とした。
「猫くん、あいつらの気を引いて、なるべく集めてくれる?」
死霊の猫は影を滑るように素早く疾走し、鋭い爪先でモンスターたちの足首を薙ぎ払う。そのまま挑発するようにひらりと身を翻して駆け抜けると、気を引かれた化け物たちは苛立ち任せに黒い影を追おうと殺到し、互いの足をもつれさせながら一箇所へと折り重なるように密集していった。
「素晴らしい誘導ですね。では、こちらも始めましょう」
廻は微笑を湛えたまま、懐から手のひらサイズの『パンドラの匣』を取り出し、その蓋を静かに押し開いた。
溢れ出すのは、おぞましくも夥しい怪異の奔流。
湧き上がった異形の群れがモンスターたちの退路を瞬く間に塞ぎ、ヘッドスライムへの射路を切り開く。さらに廻が口ずさむ怪異の伝承に呼応し、周囲の空間がぐにゃりと歪曲――無数の書架が天を突く幻想的な『無限図書館』の光景へと塗り替えられた。
展開された必中の領域。廻は白衣の裾を払うと、小型拳銃『穿光』を抜き放ち、ヘッドスライムの単眼へ向けて正確無比な牽制弾を撃ち放った。
「ピギャッ!? 目が、目がぁデシュッ!?」
「今ですよ、天雨さん」
「うん。――動きも鈍ってるし、この数なら避けられないでしょ」
密集したモンスター軍団の頭上へ、汐璃が操作する決戦気象兵器『レイン』の砲台群が展開する。
放たれたのは、青白い粒子レーザーの豪雨。
一筋一筋は極細であれど、放たれるその数は三百条に及ぶ。光の濁流となって降り注いだレーザーの雨は、逃げ場を失った12体のモンスター軍団を容赦なく撃ち抜き、悲鳴を上げる間すら与えずに完全消滅へと追いやった。
「ム、ムシュのモンスター軍団が一瞬で……!? な、何者デシュ!?」
泡を吹いて取り乱すヘッドスライムへ、廻は硝煙の漂う銃口を向け、涼やかに微笑んでみせた。
「ああ、せっかくですし……スライムの一部を持って帰っても良いですね?」
「ギギギィィィッ! 調子に乗るなデシュ、許さないデシュ〜〜ッ!!」
軍勢を一掃されたヘッドスライムは屈辱と怒りに狂い、大魔王の肉体に暗黒の魔力を急速に凝縮させ始めた。
両腕から噴き上がった漆黒の瘴気が、大気を鋭く切り裂きながら無数の闇の刃となって収束していく。近寄るものすべてを切り刻む破滅の一撃を放つべく、異様な唸りを上げて切先が研ぎ澄まされていく。
荒れ狂う瘴気の波を裂き、紅蓮の光跡を描いてユウリ・スプリングス(暴食の姫・h13492)が間合いへと滑り込む。小柄な体躯を軽やかに躍動させ、藍色の瞳で異形の巨躯を捉えたエルフの銃士は、敵の力量を冷静に品定めしていた。
(「スライムが王劍の持ち主を操っているだけって感じね。まぁこのままスライムが主として認められるなんて事はないでしょうけど、はやくなんとかしないとね」)
そしてその頭上には、ペンギンパーカーのフードを被った少女――不破・ふわり(ふわふわり・h00647)が、眠たげな瞳のままゆったりと宙に漂っていた。
「人の身体を勝手に使うのは悪いことです……私が言えたことではありませんが。せめて、さらに悪いことをするのは止めるのです」
ふわりは小さく息を吐くと、手にした風船へ霊力を注ぎ込み始めた。
(「大魔王。きっととても強いです。私の一番強い技をぶつけましょう。この風船は頑丈で、どこまでも膨らんで、とっても大きく弾けます」)
頭上で淡々と構える少女のマイペースな様子に、ユウリは不敵な笑みを浮かべた。両腰のホルスターから二丁の精霊銃『ヘルハウンド』を淀みなく抜き放ち、指先で軽やかにスピンさせて切先を敵へ定める。
「さぁ、スライム退治を終わらせましょうか! 逃すつもりはないわよ!」
銃口から鮮烈な紅蓮の魔力が解放され、足元から噴き上がる獄炎が爆発的な推進力を生み出す。
「いくわよ、ヘルハウンド!」
爆ぜる炎の勢いに乗り、ユウリは宙を舞い踊るように疾走した。一箇所に留まることなく距離を保ちながら、激しい斉射を浴びせかける。
(「スライムに捕まりたくはないわね」)
渦を巻く漆黒の瘴気をすり抜け、ユウリは炎の加速で縦横無尽に敵の周囲を旋回して翻弄し続ける。
その間に、ふわりは敵の正面で巨大風船のチャージを進めていた。高まり続ける敵のプレッシャーに圧されることなく、微風に乗る花びらのようにひらりひらりと宙を舞い、回避を重ねていく。チャージ中に受ける衝撃すらすべて空気へと変換して風船へ送り込むと、風船は城の天井を圧迫するほどの超巨弾へと膨れ上がっていった。
「力が強くなくても、仲良くすることは出来ます。どうして世界を支配しようとするのですか?」
淡々としたふわりの問いかけは、大魔王を気取るスライムの浅薄なプライドを容赦なく逆撫でする。
「黙れデシュ! 死ねデシュ! 全員まとめて消し飛ぶデシュ〜〜ッ!!」
双方のチャージが極限に達し、臨界を迎える寸前――ヘッドスライムが大魔王の腕を振り上げ、降り注ぐ闇の斬撃を解き放とうとしたその刹那、ユウリがライフル『ゼファード』を構え直した。
「吹き飛ばすわよ――ッ!」
放たれた火炎弾がヘッドスライムの至近で炸裂し、猛烈な爆風がその巨躯をぐらりと揺らす。同時に飛び散った紅蓮の炎がふわりを包み込み、その能力を爆発的に強化させた。
限界まで膨らんだ巨大風船を、ふわりは傘のように正面へと構える。
「心の準備はさせませんよ?」
紅蓮の推進力を背に受け、ふわりは巨大な風船を盾にして真っ向から突貫した。
大魔王態が放った闇の斬撃と、ふわりの巨大風船が正面衝突する。
斬撃が風船の皮膜に触れた瞬間――蓄積されたすべての莫大な衝撃が、臨界を突破した。
ドォォォォォォンッ!!
魔王城を根底から揺るがす特大の爆轟が轟き渡った。
破裂した風船から放たれた壊滅的な衝撃波は、大魔王の頭部に寄生していたヘッドスライムを力づくで引き剥がし、跡形もなく蒸発・粉砕せしめる。
「ギギギャァァァァーーーーッ!?」
断末魔の悲鳴が虚空に消え去り、寄生主を失った超古代の大魔王の遺体は、崩れ落ちるように膝を突いて静寂の骸へと還った。
濛々と立ち上る白煙の中、ユウリは愛銃をくるりと指先で回してホルスターへ収め、ふわりはそっと地面へ降り立って小さく頭を下げた。
第2章 冒険 『反転迷宮』
ところ変わって、同じく『ユーカリが丘冒険王国』の地下深く――そこには、足を踏み入れた者のあらゆる感覚が反転してしまう怪異の領域、『反転迷宮』が広がっていた。
薄暗い石造りの広間には、小型の配信ドローンカメラがふわふわと漂い、そのレンズの先で一人の少女が懸命に手を振る。
「……こんスラ……。|迷宮配信者《ダンジョンストリーマー》の、スライムハンター子だよ……。今日も元気に……迷宮探索……いっくよ……」
本人はいつものように満面の笑みを浮かべ、飛び跳ねるような大声で配信を盛り上げているつもりだった。
しかし、迷宮を支配する『反転』の呪いにより、マイクが拾う声は今にも消え入りそうな超ダウナーなウィスパーボイスとなって虚空に漏れ出ている。
宙に浮かぶ魔導スクリーンのチャット欄には、リアルタイムで視聴者たちの突っ込みが猛烈な勢いで流れていた。
『!? スライムハンター子ちゃん急にどうした!?』
『新手の安眠用ウィスパーボイス配信助かる』
『テンションが地の底で草』
『これ絶対ダンジョンの罠にハマってるやつだw』
「……ち、違うよぉ……! 私、すっごく……元気いっぱいだよぉ……!」
本人は満面の笑みで飛び跳ね、全力で声を張り上げているつもりなのだが、マイクが拾う声は相変わらず深夜ラジオのボソボソ語りだ。
その背後では、彼女の配信を追って迷宮に潜り込み、運悪く巻き込まれてしまったファン冒険者たち――『スラ友』の面々が、すでに4回もスタート地点へ逆戻りさせられて頭を抱えていた。
「み、みんな……気を取り直して、もう一回奥へ進もう……。ここはおかしな迷宮だから、慎重に、集中して足元を確認しながら歩かないとダメだよ……」
スライムハンター子が気を引き締め、真剣に仲間たちへ呼びかけた――その瞬間。
迷宮の呪いが、今度は彼女たちの意識へと容赦なく襲いかかる。
慎重になろうと強く念じれば念じるほど、なぜか頭の中がぽわぽわと弛緩し、注意力があらぬ方向へと散乱していく。
「……あっ、あの壁のひび割れ、ちょっとスライムに似てて可愛いかも……」
「スライムハンター子ちゃん、俺も慎重に罠を探知……あっ、いま何歩歩いたっけ、いーち、にー、さーん……」
「いかん! 集中しなければ……うわあ、靴紐の結び目がめちゃくちゃ気になる! 結び直したい!」
極限まで集中しようとした結果、全員の注意力が散漫になってしまうという奇妙な感覚。目の前にある分岐路すら見落としそうになりながら、スライムハンター子は首を激しく振って正気を取り戻そうとした。
「だ、ダメだよみんな……! 集中しようとすると注意が散っちゃうんだから……ええと、右! 右の通路へ進もう……!」
必死に叫んでいるつもりだが声はささやき声のまま、スライムハンター子は分岐路の前で右の通路を指差し、そちらへ足を踏み入れた。
スラ友たちも「右だな!」と勢いよく追従する。
しかし、少し進んだ先の壁に掲げられた案内板を見た瞬間、全員がその場できょとんと固まった。
「あれ……? 右に進んだはずなのに、ここ……さっき避けた左の通路の看板があるよ……?」
「うそっ!? 右に進もうとしたのに、全員で左に曲がっちゃってたの!?」
「ええっ!? じゃ、じゃあ左に進めば右に行けるのかな……あ、あれ? 上り坂を登ってるはずなのに、どんどん下り坂になってる気がする……!」
「どっちが上でどっちが下なんだ〜〜!?」
狂わされた上下左右の感覚に翻弄され、スラ友たちと右往左往しながら、複雑に入り組んだ迷路を必死に駆け抜ける一行。
そうして長い通路を抜け、ようやく辿り着いた先は――。
「……あ……」
目の前に聳え立っていたのは、見慣れすぎた石造りのアーチ。壁には、自分たちが最初に目印として削ったスライムの落書きが刻まれていた。
「……また……スタート地点に戻ってきちゃった……」
「うわあああ! これで5回目だぁぁぁッ!!」
力尽きたスラ友たちが床へと雪崩を打って倒れ伏す。
ボロボロになりながらも、スライムハンター子は配信ドローンを見上げ、ダウナーな小声のままぎゅっと拳を握りしめた。
「……でも、スラ友のみんなを全員助け出すまでは……私、絶対に地上には戻らないから……。誰か……誰か早く……助けに来てぇ……」
消え入りそうなその救難配信は、魔王城での激闘を終えたばかりの冒険者たちの元へと、通信を通じて確かに届けられていた。
仲間想いの彼女は、スラ友を誰一人として見捨てて戻る気はない。だが、このまま迷宮の奥底で立ち往生が続けば、全員が力尽きてしまうのは時間の問題だ。
次なる作戦の目的は、あらゆる感覚が狂い乱れる『反転迷宮』を速やかに攻略し、取り残されたスラ友全員と、スライムハンター子を無事に救出することである。
地下迷宮の奥深く、切り立った岩壁の狭間にぽっかりと口を開けた洞穴――そこが、知覚を狂わせる怪異の領域『反転迷宮』の入り口だった。
魔王城での激闘を制した4名の√能力者たちは、スライムハンター子からの救難配信を辿り、迷うことなくその薄暗い坑道へと足を踏み入れた。
一歩奥へと進んだ瞬間、ひやりとした湿気とともに、奇妙な浮遊感が一同の心身を包み込む。
「なるほど……あらゆる知覚や精神の働きが真逆に作用するわけですか。ですが、法則性さえ掴んでしまえば恐れるほどの怪異ではありませんね」
廻は白衣の襟元を正し、金色の瞳を巡らせて迷宮の奇妙な仕組みを冷静に分析した。
懐からそっと手招きするように指を動かすと、使役する霊異――幽羅と朧の気配が揺らめき立つ。二筋の影は、スライムハンター子たちを探すべく、先々の通路へと軽やかに滑り出していった。
「要するに、行きたい方向の逆に動けばいいんでしょ! 反対側を選んで進めば迷わないわ」
ユウリは肩に背負った救援物資の袋を軽く持ち上げ、不敵な笑みを浮かべた。水や食料、包帯などを詰め込んだ大きな荷物は、遭難者たちの体力を回復させるための必需品だ。
一方、普段はぼんやりと物静かな汐璃の瞳が、なぜか生き生きと輝き始めていた。
「なるほど、全部逆さまになっちゃうってこと……? 普段のあたしってぼんやりしてるから……もしかして、ちょっとテンションが高くなっちゃってるのかな? は、恥ずかしい……!」
早口で喋りながら頬を染める汐璃の足元では、影から這い出た死霊の猫までもが「にゃーん! にゃーん!」と愛らしく跳ね回り、まるでじゃれつく子猫のように尻尾を激しく振っている。
「お友達のために頑張るスライムハンター子さま……そのお心意気には、是非ともお応えしなければなりませんね」
その隣で、ふわりがいつになく冴えた眼差しで呟いた。普段は夢の狭間を漂うようにぽわぽわとした思考が、今はまるで清流のように澱みなく駆け巡っている。
「思考が流れる水のようです。まるで目が覚めたかのようですね。……いえ、私は私のままですが、頭が冴えているうちに手早く片付けてしまいましょう」
「奥に進もうとすると戻っちゃうなら……あんまり難しいことは考えないで、入り口の辺りをぐるぐる回っていれば、何となく奥に進めそうな気がする……!」
テンションの上がった汐璃は、跳ね回る死霊の猫とともに、入り口の周囲をあてもなくぐるぐると歩き始める。本人たちはその場で輪を描いて回っているような感覚なのだが、反転した知覚のズレにより、実際の足取りは不思議と迷うことなく迷宮の深層へと一行を導いていった。
「誰かいますかー……!? 救助に来ましたよー……!」
汐璃が臆することなく呼びかけを響かせるその背後で、ふわりが両手を胸の前で合わせた。
「まずは、迷子にならないよう数を増やしましょう」
霊力を注ぎ込むと、√能力『|お犬さまはお鼻が利きます《ドッグ・バルーン・チェイサー》』によって、ふわりの周囲にぷくぷくと色鮮やかな犬の形をしたバルーンアートが次々と生み出されていく。
「お犬さまはお鼻が良いと聞きました。風船でもそうみたいです。……きっと、すぐに見つけてくれますよ」
ふわりの指先と細い紐で繋がれた犬バルーンたちは、くんくんと鼻を鳴らし、迷宮の奥底から漂う『困っている人の匂い』を敏感に嗅ぎ分けた。
数十匹もの犬バルーンが前方を駆け巡り、迷宮の複雑な構造を着実にマッピングしていく。さらにふわりは、余分な分岐路や行き止まりを見つけるたびに、予備の巨大風船を膨らませて通路をすっぽりと塞いでいった。
「必要のない道は潰してしまいます。出口まで一本道にしてしまえば、皆さまも迷わずに脱出できる筈ですから」
「ふふ、頼もしいわね。これなら帰りの心配もいらないわ」
ユウリが感心したように頷き、銀髪を揺らして歩調を速めた。
犬バルーンの嗅覚、幽羅と朧の索敵、そして汐璃の元気な呼び声に導かれ、一行は迷宮の深部、スライムハンター子たちが立ち往生していた石造りの広間へと辿り着いた。
そこでは、床に倒れ伏したスラ友たちと、膝を抱えて項垂れるスライムハンター子の姿があった。
「……あ……だれ、か……来てくれたの……?」
消え入りそうなウィスパーボイスで顔を上げるスライムハンター子。
「救助にきたわよ、安心して頂戴!」
ユウリは真っ先に駆け寄ると、持参した物資の袋を開き、水筒や携帯食料を手際よく配り始めた。
「ほら、まずは喉を潤して、少しでもお腹を満たしなさい。怪我人はいないかしら?」
飢えと疲労で限界を迎えていたスラ友たちが、震える手で差し出された水と食料を受け取り、安堵の息を漏らしながら生気を取り戻していく。
「……ありがとう……ございます……。でも、スラ友のみんなを全員助け出すまでは……私、地上には戻れないよ……」
弱々しい声ながらも、強い決意を宿した瞳で見つめてくるスライムハンター子に、ユウリは頼もしく微笑みかけた。
「ええ、分かっているわ。誰一人置いていったりしないわよ。みんなで一緒に脱出するの」
ユウリは力強く頷くと、一同を見渡して声を張り上げた。
「さぁ、脱出目指して頑張りましょう。ついていくだけなら、反転も何もないはずよ!」
ユウリは紅蓮の霊力を指先に灯し、祈るように両手を掲げた。
「少しだけ手を貸してちょうだい。――出口までの道案内をお願いね!」
その祈りに応え、指先から放たれた『|獄炎の不死鳥《ヘルフレイムフェニクス》』が、仄暗い洞窟の中に鮮烈な炎の粒子を撒き散らす。顕現したのは、手のひらに乗るほど愛らしく、温かな光を放つ小さな不死鳥だった。
ピィと澄んだ声で鳴いた不死鳥は、ふわりと宙へと飛び立ち、一行の頭上を舞いながら絶対の正解ルートを黄金の軌跡で照らし出した。
「あの鳥さんの光についていけばいいんだね! わあ、すごく綺麗……!」
テンションの高い汐璃が笑顔でスラ友たちの背中を押し、死霊の猫も足元を固めるように寄り添う。
ふわりが風船で塞いでくれた一本道を進む一行。だが、大所帯である上に疲労の色も濃く、このままのペースでは迷宮の出口まで辿り着く前に力尽きかねない。
「あなたがスライムハンター子さんですね。――この迷宮、少しばかりズルをしてみましょうか」
最後尾から歩み寄った廻が左手を天へと掲げると、宿した『ヘルメスの羽根』が目も眩むようなホログラムの光を放ち、優美な羽根ペンへと姿を変貌させる。
「あらゆる知識と『視る』力を持って、この因果は“書き換え”られるのです」
廻が虚空へ向けて羽根ペンを走らせると、理を再定義する√能力『|理の転位《カデュケウス・シフト》』が発動する。淡い光の奔流が自身の身体を包み込み、その身の速度を飛躍的に引き上げた。
疾風のごとき身のこなしで、廻は瞬時に一行の周囲を駆け巡る。幽羅や朧とともに、足のもつれそうになるスラ友たちを電光石火の速さで支え、前へ前へと力強く導いていく。
「短時間しか効果は保てません。今のうちに、一気に駆け抜けてください!」
廻の的確な鼓舞に勇気づけられ、不死鳥の光を追う一行の歩調は、迷いに足を取られる隙もないほどの猛烈なスピードへと加速していった。
不死鳥の黄金の光に導かれ、一行は広間を駆け抜け、外の光が差し込む洞穴の出口へと雪崩れ込んだ。
爽やかな風が吹き抜け、眩しい太陽の光が全員の肌を温める。
全員が無事に地上へと脱出を果たした瞬間、迷宮の呪縛が完全に消え去り、反転していたすべての感覚が元通りにほどけていった。
「あ……れ……?」
地上へ出た途端、汐璃の口調が急激にいつものぽわんとした調子へと戻る。
「あ、あたし……さっき、すごく恥ずかしいテンションで喋ってた気がする……」
思い返してカッと顔を真っ赤にした汐璃は、両手で顔を覆って小さくしゃがみ込んだ。足元の死霊の猫も、先ほどまでの大はしゃぎが嘘のように、物静かな漆黒の影となって主の足首にそっとすり寄っている。
「……ふぁ。思考の濁流が引いて、いつもの私に戻りましたね」
ふわりも眠たげな茶色の瞳を細め、こてんと首を傾げた。
「頭が重たいです……頑張ったので、甘いお菓子が食べたいですね」
座り込んで項垂れる汐璃と、マイペースにお菓子を欲しがるふわりの姿を見て、ユウリは肩から荷物を下ろしながら思わずくすりと吹き出した。
「ふふっ、二人ともお疲れさま。でも、見事な連携だったわよ。誰一人欠けることなく、無事に全員救出できたんだから」
ユウリは二人を労うように優しく微笑み、満足げに息をつく。
その後ろでは、廻が手帳型のバインダーを小脇に収め、静かに目を細めて穏やかな笑みを湛えていた。
「ええ。少々奇妙な怪異でしたが……皆さんのおかげで、実に興味深い記録が取れました。これにて一件落着ですね」
背後では、無事に救出されたスラ友たちとスライムハンター子が、互いに無事を喜び合いながら、恩人である4人の√能力者たちへ向けて深々と感謝の礼を捧げていた。
心地よい疲労感に包まれる中、互いの健闘を称え合う4人の表情には、難所を見事に踏破した清々しい達成感が満ち溢れていた。