0
⚡️それゆけ★ハッピーキッズランド
●√ドラゴンファンタジー
『ユーカリが丘冒険王国』のダンジョン最奥部に封印されていた大魔王の遺体を、雑魚モンスター『ヘッドスライム』が獲得してしまってから、はや数日。日々EDEN達が様々な方面から攻略をしかけており、その成果は着実に積み上がっている。
「と、いう訳で。そこに成果をもうひとつ積み上げてほしい。頼まれてくれないかな」
黒い鉄扇をひらひらさせた霄・晞辰(花の在処・h12279)曰く、まずすべき事は、ダンジョン最深部で立ち往生している|迷宮配信者《ダンジョンストリーマー》『スライムハンター子』と彼女のファンである『スラ友』達の救出だという。
「今すぐ生命の危機、ではいないんだけどねぇ。彼女達がいる場所……ハロウィン仕様に変化したダンジョン『ハッピーキッズランド』の様子がおかし過ぎて立ち往生してる。このままじゃあ、いつか誰かが衰弱死するよ」
ハッピーキッズランドという緊張感のない名が示す通り、そのダンジョンの様相はお子様御用達プレイスペースに近い。
すぽーんっ!と勢いよく飛び出したり、大笑いを響かせながら飛び回ったり、風船のように破裂してお菓子を撒き散らしたり。そんなびっくり要素が仕込まれているのはボールプールだ。
なだらかで低めの山――かと思いきや、ふいにその形をウネウネ山脈や高山などなど、好き勝手に形を変えるエアトランポリン。思い切って高く跳ねれば、ハロウィン仕様の今なら空を行く魔女とすれ違う事だって出来るし、シーツお化け御一行とだって出会える。
パンダにクマにウサギにネコ。ハロウィン仕様でポップなゾンビ風になっているアニマルミニカーは、背中に乗った瞬間搭乗者に合わせてサイズを変える。そしてボディ左右にある足を引っ掛ける所はアクセルとブレーキになっており、アクセルを踏めばアニマルミニカーらしからぬスピードで風を切ってゆく。
「因みに今挙げたやつだけどボールプールは全長1キロ、エアトランポリンはプロ野球並みの広さ、アニマルミニカーはボールプールと同じくらいの広さだけど、エリア外に飛び出しての運転が可能になってるね」
だから規格外なんだと薄く笑った晞辰によれば、他のものも広さや様子が、もしくは両方おかしいものばかりだという。
回せば回すほどお菓子が出てくるけど、のんびりしていると幽霊に横取りされるティーカップ。発射スイッチを押すとお菓子の弾で前の操縦士を攻撃出来る、旋回型の飛行機アトラクション。レールのない所を好き勝手にどこまでもトロトロ走る、ジェットじゃない棺桶型コースターなどなど。
「電話ボックス型のポップコーンマシンもあるけど、これは外側に付いている受話器で注文スタイルだって。ただし各フレーバーを注文しようとすると、恥ずかしい失敗段を言わずにはいられないとかでね。まあダンジョンにあるものだし、魔法か呪いが掛かってるんじゃないかな。知らないけど」
ポップコーンはちゃんと美味しいから安心して、と男は目を細め、手にしていた扇でこれから向かう先をひょい、と示した。
『ヘッドスライム』討伐。他√から現れ、ユーカリが丘を目指す簒奪者。大魔王の復活に呼応して目覚めた大魔王軍。古代遺跡『天空聖堂』での『誰かスレイヤー』の創造。救出後にもすべき行動は様々あるが――。
「まずは困っている人達の救出から。そこからひとつずつ重ねていけば、いずれは大きな山が出来上がるさ」
第1章 冒険 『子供用ダンジョン』
●ようこそここがハッピーキッズランド
「スラハロ~☆ 私はスライム特化型|迷宮配信者《ダンジョンストリーマー》、スライムハンター子! 日々スライム探しに励む私は、|スラ友《視聴者》からの情報提供により、千葉県佐倉市の『ユーカリが丘冒険王国』のダンジョンでスラ探しっ! 今はハッピーキッズランドって呼ばれるエリアで――……へへ。次回予告風に始めてみたけど、こっから降りらんない現実は変わんない……ねえねえ見てよ! これヤバいよ!? こ~~~んなに高いのっ!!」
スライムハンター子の意思のまま、ひらり躍ったスマホが現実をこれでもかと高画質でお届けした途端、コメント欄が一気に加速した。
地上が遠い。とても遠い。その地上がハロウィン仕様のハッピーキッズランドという、カラフルで賑やかでポップで、たまにちょっと幻想的であっても、コメント欄をどばどば流れる『やば』『マ?』『ひいいい』『うわああ』を止められない。
タワマン最上階並みの高所をとろとろ運行中の棺桶型ジェットじゃないコースターにて、スライムハンター子は目元を拭う。
「私はただスライム探しに命を賭けに来ただけなのに……ぐすんっ。……ん? 待って待って、今投げ銭してくれたスラ友も来てるの!? えっどこどこ!? 怪我とかしてない!?」
「ううっ、自分も降りられなくて大変なのに……ハンター子さん優しい……」
感激のあまり鼻を啜る成人男性が1人。両手でしっかり握るスマホ越し、遥か頭上を行く棺桶型ジェットじゃないコースターを涙目で見つめる彼は今、凄まじくカッコ悪い姿勢でボールプールに埋もれていた。
「ボールがコロコロしまくって全く抜けられない。どうにかしてっ……むむ……う、これはヤバ……ヤバ……ヤバくね……うわああっ!」
もがくうちにすぽんっと飛び出したボールが弾けて――ギャハハハ! ジャック・オ・ランタンの顔を浮かべたそれが笑い声を響かせる。
そして別の場所でも、合流すべく来ていたスラ友達はハッピーキッズランドにすこぶる翻弄されていた。
「このっ、トランポリンッ、出られっ、ないっ、やつじゃっ、ないっ、よね、っ!?」
「多分! そう! だけ、どっ!」
「あっち、あっちにっ、行きたい! のに! ふん、ふんっ……ぬあー!!」
ぽいんっ、ぽいんっ、ぽいんっ――ぽよーん! 力をつけて思い切りジャンプ、からの前進を考えていたスラ友が、ぼよんと膨らんだ足元に押されてすってんころりん。そのままなだらかな斜面をツルツルと転がり落ちていった。
お菓子が出てくるティーカップ。道中でつまむお菓子やお土産にと、笑顔で飛び込んだスラ友は少なくない。中には、クリアバッグに収納してリボンで結び、スライムシールで可愛くラッピングしたスラ友もいるのだけれど――。
「スライムハンター子ちゃん、あそこなんだよね……どうやって差し入れ……ううん、その前に助けたいけど飛べるアイテムないし……」
しょんぼり肩を落としたスラ友ガールは悲しげにティーカップを回して――ぽろっ。飛び出てきた板チョコが、飛んできたシーツお化けに拾われた。
そんな様子は遥か上空のスライムハンター子には見えずとも、コメントや投げ銭で伝えられるスラ友達の現状に胸を撫で下ろす。
「よかった~! 今んとこ怪我したとか命がやばいスラ友はいないんだね? せっかく合流に来てくれたんだし、なんとかして降りたいな~。丁度いい柱が生えるとか起きたりしない? しないっ?」
すると待ってましたとばかりに響き始める地響き。もしかしてとスライムハンター子は目を輝かせて――。
「ええーっ!? ちょっ、待って待って! あそこにメリーゴーランド生えてきたんだけど!!? みんな見える!?」
『イイ~ヒッヒッヒ! ハロウィンシーズンなら生える事もあるんじゃよォ~!』
「あ、そーなんだ? ……うわっ! 魔女!!」
ここはハッピーキッズランド(ハロウィン仕様)。たまにアトラクションが生えたりする、命の危険はないけれど、抜け出すのが大変な領域だ。
日常とは違う色彩。見ないデザイン。ワクワクとドキドキが詰まった遊園地は、訪れた誰かの心を躍らせる。それがダンジョンという形であり、子供向けプレイスペースなものであっても――ハロウィンというどっきりが入り混じっていても、夕星・ツィリ(星想・h08667)の目には煌めきが湛えられていた。
「これが、『ハッピーキッズランド』なのですね」
「ダンジョンなのが信じられないよね、ラーレちゃん」
笑顔のツィリに頷いたラデュレ・ディア(迷走Fable・h07529)にも、ふんわりと笑顔が浮かぶ。ここへ来た|理由《お仕事》は、ちゃんと頭にあるけれど。
「遊園地を楽しんでまいりましょう……!」
「うん、楽しんでいこうね……!」
仲良く並んだニッコリ笑顔は、ハッピーキッズランドを形作るものを見ていく間も明るく咲いたままだ。ボールプールは遠くから見てもカラフルで、誰かがクルクル回しているティーカップ達は色も模様も、形も様々だ。
そこに一匙――といわずたっぷり添えられたハロウィン仕様は、見るだけでも『楽しい』に溢れてツィリの心を染め、この時期だけのハロウィンのおめかしに染まった様が、ラデュレの心をわくわくと高鳴らせる。
「とても賑わっていますね、ツィリさま……!」
「うん、とっても! その中でも特に気になるのがあるんだけど……」
「まあ。どちらですか?」
ぱちりと目を瞬かせたラデュレへ、ツィリは「あのね」と内緒話を打ち明けるような囁きをこぼして――ちらっ。今も煌めく目が向いた先では、とびきりサイズなトランポリンが鎮座していた。はっ、と目を瞠ったラデュレへツィリはそうなんですと語る表情でしっかりと頷く。
「あれ行ってみたいです……!」
「わたくしも気になっておりました。どれくらい跳ねるのでしょうか……?」
確かめるには――行くしかない!
『わくわく』に『ソワソワ』も寄り添う心と足取りは、エアトランポリンとの距離が縮まるごとに膨らんでいく。そしてそれは、柔らかなラインを描くふわふわ大地に足を乗せた瞬間、ぽんっと咲いて――驚きに変わった。
「わ、わ……!」
「わわわっ」
ぽよんと沈む足元。すぐさま上へ返される感覚と視界。目を丸くした2人は思わず両腕を広げ、バランスを取って――ぽおーん、ぽおーん。沈んでは跳ねてが止まらない。
「思ったよりも飛ぶ……!」
「とってもよく跳ねます……!」
このまま空を突き抜けてしまいそう。なだらかに、けれど想像よりも上下する視界で自身の髪や垂れた兎耳も躍るのを見たラデュレは、丸くしていた目をぱちりと瞬かせた。
(「……? いま、黒い影が通ったような……」)
落下しながらそちらへ目を向けていると、ほぼ同じタイミングで着地してまたぽーんと跳ねたツィリも、同じように目を丸くしてキョロキョロリ。
「……あれ今視界を何かが掠めたような……?」
「ツィリさまもご覧になられましたか……?」
「ラーレちゃんにもみえた? 何だったんだろう……」
「もう少し強く、高く跳ねてみましょうか。せーの、でまいりましょう」
「了解です! もう少し強くだね」
高く、強く。柔らか大地に着いた瞬間ぐっと足元に力を入れて、そこから勢いをつけて――、
「せーのっ! ……あっ! 見えた!」
「まあ、今見えたのは……!」
高く高く跳んだ先から|トランポリン《地上》へ戻った2人は、自分達を受け止めてまた上へと返す足元と上手く付き合いながら、ぱっと勢いよく互いを見た。アメジストと淡い星海に浮かぶのは、お揃いといっていいほどの煌めきばかりで――、
「可愛らしいオバケのご一行なのです……!」
「シーツ! シーツのお化け!」
「ツィリさまに方にも、ですか……?」
同時に口にしていたものに、今度はキョトン顔というお揃いへ。ラデュレはすぐ柔らかに破顔し、足から力を抜きながらツィリへと手を伸ばす。ツィリの手はすぐ伸ばした指先へと触れた。
「ふふ、オバケの団体さまだったのでしょうか。ふわふわと可愛らしかったのです」
「確かにラーレちゃんの方にもいたなら団体さんの可能性あり! もしかしたらハロウィンナイトの百鬼夜行だったりして……!」
だとしたらハロウィン本番前の息抜きか、リハーサルか。どちらであれ、あの一瞬の出会いはきっと珍しい。湧き上がるほこほことした心地は笑顔にも滲んで、弾む足取りに視界も仲良くぽよんと跳ねた。
子供向けダンジョン『ハッピーキッズランド』。商業施設にあるような子供向けプレイスペースめいたそこは、その名前の通りの景色でもって常磐・兼成(酒侵讃歌・h10142)を迎えていた。ふむふむと周囲を観察していた兼成は自分の体に目を向けて――うん。
「|青年《この》姿でお邪魔して正解だったね」
名前はどう見ても子供向け。けれどダンジョンならこちらで行っても――『良いよねぇ』――と決めた過去は正しかった。
「さっそく乗り物でも楽しみに行こうかな。アニマルミニカーっていうのはどこだろう? あ、あれかな?」
話を聞いた時から気になっていたそれは、遠くからだとブイーンと移動する丸っこい何かだった。けれどエリアに到着して間近で見てみれば、丸みを帯びた動物の形にハロウィンなカラーやメイクが施されたポップな――、
「ゾンビ風、だねぇ」
一部が青紫色に染まり縁にはご丁寧にステッチの模様まで。
兼成は数秒見つめた後にハロウィン仕様でゾンビ風、という事実を一旦脇に置いた。
(「見るひとによっては可愛いと思えるのかもしれないし……」)
とあるテーマパークではゾンビを全面に押し出したイベントが毎年大賑わいだ。きっとこういうものも『可愛い』と愛されるのだろう。だってリアルグロテスクじゃないし。
「それじゃあ、お邪魔します」
パンダの背中に跨った瞬間パンダがにゅにゅんと膨らんだ。一瞬で丁度いいサイズになり、ボディ左右に足を引っ掛けても苦しくない。
「おお。一応アクセルとブレーキがあるんだな。前進は……お、動いた動いた」
車――というにはトロトロとして、何とも言えない乗り心地だ。試しにアクセルと踏むとそれに応じた速度になる。更に踏み込めば本物の車と並ぶ速度になるのだろうか? 兼成は緩やかに過ぎていく風景を視界に、ふむ、とハンドルを切ってみる。
「行けそうなところまで行ってみようかな。とりあえずコースアウトして、っと」
これが許されるのだからランド内の周遊も怒られない――筈。ゾンビや魔女。怖いスタッフが現れないだろうかと視線をのんびり巡らせたその頭上で、シーツお化けの行列がふわふわと通り過ぎていた。
『ユーカリが丘冒険王国』に存在するダンジョンのひとつは、名前も見た目もダンジョンらしからぬものだった。だからだろうか。『ハッピーキッズランド』と呼ばれるそこに足を踏み入れた瀬条・兎比良(善き歩行者・h01749)の眉間には皺が刻まれ、グローブに包まれた指先が押さえている。
「兎比良さん大丈夫ですか? 頭痛薬を出しましょうか?」
静かな声をかけた花喰・小鳥(ルージュ・カシェ・h01076)の胸に浮かぶのは、先日のスイーツダンジョンだ。あれは休暇気分として考えれば癒やしにはなった筈だが、ここはあまりにもハッピーでキッズでランド過ぎる。最早全力で振り切っている、といえるほどに。
(「兎比良さんが困惑するのも無理はありませんね」)
「……問題ありません。まだ、何とか」
そう返答した兎比良だが、眉間を押さえる指先の強さは変わらない。眉間から指先を離してもハッピーキッズランドというダンジョンの様は、振り切っていて――というより、『振り被っている』とも言えそうだ。
またも眉間を押さえそうな気配に、くすりと笑った小鳥の足元を|電子妖精《モーラット・コミュ》達がもきゅもきゅと駆けていった。
「でも、今回は救出すべき対象がいます。任務ですよ、警部さん?」
「任務、ですね。ええ、参りましょう。花喰警部補」
微笑と共に気軽に叩かれた肩がかすかに揺れ、それにビジネスライクな声が返る。わざとそうした兎比良は咳払いと溜息とで冗談を誤魔化しながら、『ロストチャイルドの影』達が向かっていく先を見つめた。
トリコロールのテント風屋根。軽やかなメロディ。くるくる回っているティーカップ。あっ、と聞こえた声は一定の、それでいて穏やかなスピードで回していた『スラ友』らしき青年のものだ。自分達に気付いた青年は兎比良達を|同志《スラ友》と思ったのか、笑顔で手を降ってくる。
『もきゅー♪』
代わりに元気に振り返したモーラットが、楽しそうにぴょんぴょこ跳ねて向かった先には――。
(「あの電話ボックは確か、ポップコーンマシンでしたか」)
跳ねるモーラットが何をするかはわかりきっていた。モーラットは兎比良が想像した通り、ぱっと受話器を取り、何やらもきゅもきゅ鳴いた後に顔を真赤にしながらジタバタして――ぽぽぽぽんぽんっ! 電話ボックスの中、ガラス越しに見えるそこがポップコーンで満杯になってすぐ。電話ボックスのてっぺんがパカッと開き、ラッピングされたポップコーンがぽーんと落ちてきた。
『もきゅ~ん♪』
いそいそと封を開ければ他のモーラット達もやって来て、ポップコーンパーティがもきゅもきゅと開始される。――その後ろにはもう、小鳥がそれは美しいほほ笑みを浮かべて立っているのだけれど。
「仕事をしなさい。これは預かっておきます」
『もきゅー!?』
ぽいぽい、ぽーい。放り投げられたモーラット達が、小鳥が抱えるポップコーンの方を何度も振り返る。ふわふわ達は名残惜しそうに遠ざかり――もきゅ~と鳴き始めた。何を見つけたのかと2人が視線を向ければ、ボールプールの縁にぴょんと飛び乗ってカラフルなそこを覗き込んでいる。
あ、と思った次の瞬間にはモーラット達は飛び込んでいた。赤や青、オレンジに緑。カラフルなボールが飛沫のように跳ねて、その中にもきゅもきゅとモーラット達が混じり、きゃっきゃと楽しそうにロストチャイルド達も――ん? 見覚えのあるシルエットに兎比良の視線がぴたりと止まる。
「……そこ、電子妖精に混ざって遊ばない」
ぎくっ。肩を跳ねさせた彼らが慌てて方方へと散るのをしっかりと見届けた兎比良は、短く息を吐くと視線を周囲に向けた。速やかな救助活動には手も足も、目も必要だ。
するとボールプールでもがいていた男が、ロストチャイルド達に支えられ引っ張り上げられ、カラフルなそこから抜け出していくのが見えた。ボールに取られそうになる足はモーラット達がぴったりくっついて守っているらしい。
(「あちらはもう安心ですね。さて……」)
「トリックオアトリート!」
ぽーん、と飛んできたビニールボールが1つ。それを難なくパシリと受け止めると、それを予想していたのかにこりと笑む小鳥と目が合った。――パンダゾンビのアニマルカーに乗っている。そういえばブレーキ音を聞いたような。
“トリック・オア・トリート”?
成る程。
兎比良の鮮やかな目が、ハンドルを握ったままの小鳥を映す。
「その台詞、そのまま返したら俺には何をくださるんですか、小鳥」
「そうですね……私はお菓子より兎比良さんに悪戯するほうに興味があるので」
“どんな悪戯を仕掛けるか”?
詳細は、その時が来るまでの|トップシークレット《おたのしみ》。
『ユーカリが丘冒険王国』で勃発した大規模な動き。その中のひとつとしては非常にポップでハロウィンの香りもするダンジョン、『ハッピーキッズランド』に神隠祇・境華(金瞳の御伽守・h10121)と共に足を踏み入れいたシンシア・ウォーカー(放浪淑女・h01919)の目は――それはもうキラキラとしていた。
(「ふふ! 境華さんと来ちゃいました!」)
どうしたって弾む胸の内は明るい彩で顔にも現れる。それが彼女にはどう見えているだろう? ちら、と視線を向ければ、金の双眸が丁度シンシアの方を向いた。
「アトラクションの攻略……頑張りましょう、シンシアさん」
「もちろん! まずは、そうですね……あのアトラクションなんてどうですか?」
いつものように生真面目な境華へしっかりと頷いたシンシアの指が、すいっと指した先。そこには陸上競技が繰り広げられるくらいの広大なスペースと、アニマル型ミニカーがずらりと並んでいる――のだけれど。近くまで来た2人は、ゾンビモルモットなミニカーを前に揃って戸惑いを浮かべた。
「何だか、少しおどろおどろしいミニカーですね」
「私の知っているものはこう、のほほんとした雰囲気のものなのですが」
「私もです。それに……」
アニマルの足からギャギャギャギャと凄まじい音を響かせる、クマさんミニカーがあった。運転手である、名前も顔も知らない誰か――恐らくは『スラ友』だろう女性がアクセルを踏んだ瞬間、一気に加速して――ばしゅんっ! 小さな坂を利用して上空へと高く高く飛び――、
とどかなぁ~い……!
悔しげな声と共に減速したミニカーの着地音が響いた。多分、ジェットじゃない棺桶コースターから降りられないスライムハンター子を助けたかったのだろう。
「私が知っているものも歩くような速度の乗り物なのですけれど、今のは……」
けれど実物とそのスピードを見た今、境華の胸にはアニマルミニカーへの興味が芽生えていた。ちら、と目の前のミニカーからシンシアへと向いた目が静かに輝く。
「運転、してみても宜しいでしょうか?」
「どうぞ! じゃあ私は助手席にお邪魔しますね」
――とさり気なく助手席に座ったシンシアだが、その心にはじぃんとした響きが満ちていた。まさか、境華運転の助手席に乗れる機会がこうして来ようとは。ああ、感慨深い。
「アクセルがこちらで……」
ゆっくり控えめに踏み込んだミニカーがゆるゆると前進する。成る程、こうだとこれくらい。学んだ境華と感心するシンシアを乗せたミニカーは、更に踏み込まれたアクセルに従って――ぎゅるんっ。
「「!?」」
ちょっとハンドルを切っただけ、だと思う。多分。けれど想定外の挙動はそれだけで終わらず、ゾンビモルモット号は更に2人を翻弄する。
(「いやこれ車の運転ではないですね!?」)
「これは、車の運転ではないですよね?」
「ですよね!?」
心の声とぴったりリンクしている境華の言葉に、シンシアはえいっと心を決めた。
「こうなったらもうアクセルベタ踏みしましょう境華さん! フルスロットルです!」
「!」
その言葉に境華はひとつ頷きを返し、思い切りアクセルを踏んだ。途端に感じたパワーは全速力の3文字となり、周りの風景をびゅんびゅん置き去りにした。黒と金、2人の長い髪が鮮やかに翻る。後ろへ真っ直ぐなびく髪を感じながら、境華は――目にきらりと光りを浮かべていた。
「案外、楽しいかもしれません……!」
しかしずっと全速力を味わうのも体力を消費するものだ。何分かぶりの地面に足をついた2人は、揃って息を吐いた。
「次はもう少しゆっくりした乗り物を……」
「そうですね……少し、疲れたかもしれません」
「あ、これいいですね! 境華さん、協力型のライドアトラクションですよ!」
「協力型ですか、これもおそらく普通ではないのでしょうね」
電子の鈴めいた音がメロディを紡ぐティーカップ。空いていたものへ乗り込んだ境華は、シンシアの隣に座ってすぐ、少しの緊張と共に姿勢を正した。シンシアも、普通なら狭いアトラクションで彼女と隣り合って座る今、ちょっと緊張していたりするのだが――。
(「何がどうなるんだろう」)
その思いの方が強い。
(「これがハッピーキッズランドということですか……!」)
ハッとしながらハンドルを掴むと、境華の手もしっかりとハンドルを握ってきた。ぱっと顔を上げたシンシアへ、境華は小さく笑いかける。
何が出てくるのかわからない――偶然にも同じ事が気になっていた少女の心には、とある心がけが燦々と浮かんでいた。
(「とにかく2人で楽しみましょう」)
なぜならこのダンジョンは、『ハッピー』キッズランドなのだから。
ダンジョンという規模と、名前の通りハッピーでキッズでランドな景観。そのふたつから成る光景に、静かに目を瞬かせていた空廼・皓(春の歌・h04840)の尻尾はぶんぶんと振れ続けていた。
「こういうとこ、であそんだこと、ないなぁ。ダンジョン、だけど。氷菜は?」
「前に別のダンジョンで、遊園地は見て回ったかな」
普段は冷静な眼差しに好奇心をささやかに浮かべ、じっとハッピーキッズランドを見つめていた白椛・氷菜(雪涙・h04711)の目が、期待で尾を揺らす皓を映す。そうなんだ、と頷いた皓の目はすぐに周りへの興味へと移り――ぽよんとしたなだらかラインを描く『山』で止まった。
「あの山、ふしぎ……トランポリンなんだね」
「あの山、トランポリンなのね……」
「あれ、やってみない?」
「うん、やってみようか」
あんなに大きくて広々としたトランポリンは、勿論氷菜も皓も未体験だ。
踏んだエアトランポリンの大地はさらさらとした感覚で、皓は試しに小さく――ぽいん。
「ほうほう……」
じゃあ今度は、と思い切り力を込めて跳ぶ。視界が一気に上へ、ざあっと流れるようだった。ほんの一瞬遅れて訪れた浮遊感に「おお」と声がこぼれて――ぴんっ! 皓の獣耳が勢いよく揺れる。獣耳は着地した後も、ぴんとした時のまま立っていた。
「氷菜氷菜、まじょ、いた! 一緒に飛んだら同じの見れる、かな?」
「ん?」
軽く跳ねて力加減を把握していた氷菜は、静かに上を見た。距離があるせいか、ここからではわからない。皓と手を繋いで軽く跳ぶ。ぽいんと『地面』に沈んだ足にぐっと力を込め、今度は一緒に思い切り跳んだ。びゅんと過ぎていく世界。髪と服がふんわりと躍って――。
「……あ、紛れもなく魔女ね……お疲れ様」
『イィ~ヒヒ! ありがとうねぇ~!』
高い世界でのすれ違いは数秒。体はすぐ重力に従って落ちていき、さらすべ大地に着地してぼよんと弾む。
(「でもどうして魔女が……期間限定の友情出演とか……?」)
冬になったらサンタクロースに代わるのかしら。静かに推測していると、繋いだままだった手がぶんぶん振られた。
「見えた? おもしろい、ね」
「ええ、高さで違いもあって面白いわ」
けれどトランポリンという全身を使うもので遊んだからか、気付けばちょっとした喪失感が――そう、お腹の辺りに生まれている。これは。
「ちょっとおなかすいた、ね」
どうしようか。皓は少しばかり尻尾の元気をなくしていたが、ふと目についたティーカップで尻尾の元気度がゆるゆると回復していった。
「あのティーカップ、おかし出て来るんだよね。乗ってみよ」
「ええ、そうしましょう」
けれど、どこから出るのだろう。一緒にティーカップへ乗り込んだ氷菜は、目の前のリング形ハンドルを見つめてから周りを見た。タイミングがズレたか、自分達以外に遊んでいる人はいない。仕方ないわねと皓と一緒にハンドルを掴んで――まずは、小手調べ。くるくる、くるくる。常識的なスピードで回すとハンドルの中心、リングの穴からしゅぽんっ!
「出てきた!」
見えないバリアを通過するように飛び出した。どんな菓子だろう? 皓が咄嗟に伸ばした手は――すかっと空気だけを掴んでいた。そのすぐ上を、ふよよんとシーツお化けが飛んでいく。
「……あっ。とられ、た……」
「……やるわね、シーツお化け」
「氷菜もやってみて」
「ええ」
今度も常識的なスピードで、くるくるり。するとまたお化けが現れた――のだが。
「……」
目が合った。氷菜はそのままじいっと見つめる。ティーカップの中で始まった『だるまさんが転んだ』はどちらも微動だにせず――サッと皓が拾い上げる。
「氷菜、氷菜。いっぱい回してたくさん出すのと、回す係と取る係になるの。どっちがいい、かな」
「回すの、少し重いから晧にお願いしたいかも。私はお化けを目で制しながら取るわ」
「ん。わかった」
1人ならお化けに出し抜かれたかもしれないが、2人なら大丈夫。
くるくる回して、たまにぐるんぐるんと勢いよく。そうするたびに皓のポケットや腕に収まる菓子の数は増えていき――それはそれは順調で、決して悪い事ではないのだが、ゆるりと速度を落としてから停止したティーカップはそのまま静かになる。
「沢山取れた、けど……」
「うん。いっぱい取れた、けど。目が回った……ね」
「ええ。流石にね」
ティーカップはここでおしまいだ。氷菜は息を吐き、お化け達を手招いた。
「牽制して悪かったわ。よかったら……いくつかどうぞ?」
ハロウィンシーズンだけれど、トリック・オア・トリート本番はもう少し先だ。
だからこれは純粋な――美味しい美味しい、お裾分け。
ボールプールをはじめとして、様々なアトラクションを抱えて広がる『ハッピーキッズランド』には、まだ見ぬアトラクションもあるのだろう。――それを感じ取ったララ・キルシュネーテ(白虹迦楼羅・h00189)のモモンガ尻尾がふっさりと揺れた。
「むふふ……なんて心躍る遊園地なのかしら」
「ゆうえんち」
鮮やかな花眸が機嫌よく細められる隣で、そう音を紡いだ白櫻・御影(雪皓の櫻刃・h13676)の異色宿した双眸にも同じものが映っていた。知識はあるが、来るのは初めてだ。ここがダンジョンでなければ、家族連れや若者グループなどなど、大勢の人で賑わっていたのだろう。
そんなハッピーキッズランドは、その地上も空も、驚くほど広かった。ララの小さな手が、くい、と御影の袖を引く。
「御影、ちゃんと着いてくるように。お前も遊園地はしっているでしょう? 楽しむわよ!」
「ああ。ちゃんとララについてくよ。迷子したら楽しめない」
なぜならここは遊園地なダンジョン。最も効果的な攻略方法はきっと――楽しむ事だ。
――それにしても。御影はララと並んで歩きながら、きょろり、きょろりと周囲を見る。ハッピーでキッズなランドである事はわかるが、そこに差し込まれているハロウィン要素。
「はろうぃんだからいつもと違うんだよね」
「そうね。夏の間はどんな仕様だったのかしら?」
わくわくしながら進む脳裏に、押し寄せる波や流れるプールできらきらとしたハッピーキッズランドが浮かぶ。冬が来たらクリスマス一色になるのかもしれない。
「ララはね、目的は決まっているの」
「目的……遊びたいものがあるの?」
「ええそうよ。まず、ララはアニマルミニカーで爆走するのだわ」
それもただのアニマルミニカーではない。ララが望むのはモモンガなアニマルミニカーだ。ももんが、と音をなぞった御影は少しだけ首を傾げた。
「蝙蝠はいる?」
「蝙蝠も居そうな気がするのよ。色は黒かしら? 桜色も可愛いと思うのだわ」
あっ! ララの声が弾み、小さな体がぱっと駆けて御影を引っ張っていく。
陸上競技も余裕で開催出来そうなスペース。そこに並ぶ様々なアニマルミニカー。後者を静かに見ていった御影の目が、ぱちりと瞬いた。
「あ、蝙蝠。モモンガも、ほら」
「むふふ。このダンジョン、いいセンスをしてるのだわ。早速乗り込むわよ」
シャキンと乗り込んだララの後ろでモモンガ尻尾がぴんと立つ。早速ぶいぶい走らせれば、モモンガ号はララの意のままに駆け抜けた。過ぎていく風景と一緒に風が髪や頬、尻尾をさあさあと撫でていく。
「風をきる感覚もとても心地いいのよ! 御影、ちゃんと着いてくるのだわ!」
「勿論。ララはぜったい見失わない」
蝙蝠号に乗り込み、迷わずアクセルを踏む。文字通り『迷わず』であったそれはまさに全力だった。ぎゃうんと発進した蝙蝠号は、モモンガ号との距離をぐんぐん縮めていく。
「これは……ララを追い越しちゃうかも」
「む……追い抜かせないのよ!」
静かに全力アクセルの蝙蝠号と、ぶいぶい風を切るモモンガ号。並んで、追い抜いて、追いついて。熱い戦いはアニマルミニカーがあったそこからだいぶ離れた場所で『おしまい』というゴールに至った。
「すごい、たのしかった」
無表情でこぼしたその言葉が本当である事は、煌めいたままの目を見ればわかる。むふふ、と笑んだララは「御影」と名を呼んで再び袖を引き、今度はあれよとティーカップを指さした。菓子が出てくるというあれな、熱いレース対決で消費したエネルギー補充にはぴったりだ。
ゆえに。
「残念だったわね。ララは、絶対にお菓子を逃がしはしないのよ?」
ぱしっ! ぐるぐる回すうちにリングの穴からしゅぽんっ、と飛び出した菓子を素早く捕らえては自分の傍、座席に置いて微笑むララへ幽霊が羨ましそうに指を咥え、周囲を漂う。その目は、『回せば沢山出る』と知って全力で回す御影にも向くのだけれど――。
「ララ、あげる」
「あら。ありがとう御影。ふふ、クリームを挟んだビスケットなのだわ」
という具合に、出てきた菓子は全てララへと贈られていた。ひょいひょいと掌から内ポケットへ移されたものに、ええー、と語る幽霊達の視線に御影はようやく気付き、目をぱちくりさせる。
「君たちもほしいの? でも、あげない」
「あら御影、またとったの? 随分とお菓子をとるのが上手ね」
「……うん」
褒められるって――嬉しい事なんだ。
上手と言われほのかに得意げになった表情を目に、ララは菓子の箱をきゅっと抱えた。自分が手に入れいたもの、御影がくれたもの。その、両方を。
「……御影。大切なものは離さないように、しっかり持っておくのよ」
「……ん、離さないよ。今は掴めるから」
だから離さない。
見失わない。
今も――これからも。