シナリオ

黄昏刻の黒線

#√汎神解剖機関 #クヴァリフの仔

タグの編集

作者のみ追加・削除できます(🔒️公式タグは不可)。

 #√汎神解剖機関
 #クヴァリフの仔

※あなたはタグを編集できません。

●黄昏時の美術館にて
「……うーん、背景凝りすぎたかな、まぁひとまずこんな感じのゾディアックサインが見えたんだ」
 |常磐《ときわ》・|鋼汰《こうた》(幻鋼戦士・h00478)が√能力者に見せた一枚絵の原稿、それには、黄昏時の美術館を背景に立つ、『クヴァリフの仔』を手にした|連邦怪異収容局《FBPC》員『リンドー・スミス』の姿が描かれていた。

「場所は――√汎神解剖機関の静岡県の長泉。ちょっと人によっちゃ聞いたことあるかもしれないけど、√EDENだとクレマチスの丘って呼ばれてる辺りだな。そこの美術館に……」

 怪異を追う連邦怪異収容局の職員の影があったのだ、という。
 同時に、この美術館の近辺にて『儀式』が行われていようとしているのだと。

「本来ならこの儀式、騒ぎになるまでアジトの場所が割れなさそう程度には秘密裏に行われてたみてーなんだが……、向こうはもう『クヴァリフの仔』の目星が付いてるって訳だ。今回はこれを利用して連中より出来ることなら先に儀式場に突入して、|生きた状態で《・・・・・・》『仔』を確保して欲しい」
 上手く先んじる事や相手を出し抜く事が可能であれば連中の先を取る事も可能であるが、そこは時の運もある。相手が先に『仔』を奪取している可能性もあるだろう。
「その場合は……すまねぇが実力行使だな。現場に出てる局員、『リンドー・スミス』との決戦になる。既に多くの場所で目撃されている、相容れない思想の√能力者だ」
 どちらにせよ、なるべく多くの『仔』を持ち帰り、汎神解剖機関の研究に役立てて欲しい、と鋼汰は告げる。

「……連中との実質的な競争になる。油断せず、諦めず、全力で成果をもぎ取って来てくれ。頼んだぞ!」

マスターより

開く

読み物モードを解除し、マスターより・プレイング・フラグメントの詳細・成功度を表示します。
よろしいですか?

第1章 日常 『黄昏の美術館』


●荒々しい黒線の中に
 その芸術家が齎す印象はまず『線』に尽きる事だろう。
 晩年に至るまで様々な画風で版画、油彩、水彩などを手掛けているその画家の作は、版画であれば銅版に鋭い刃物で直彫りした事で生まれた鋭いフォルム。油彩に置いても削り取った様な荒々しい黒線の輪郭が目を惹くことだろう。
 そんな彼は『線の画家』とも評されていた……とか。

 そんな画家の美術品が並ぶ美術館の中で、時折『なにもない』中空を弾き、進んでいく客の姿が時折見受けられたのは………
 果たして、気の所為なのだろうか?
銀音・カトラ

●終わらない抑制の世界
「――美術館! 創作意欲が刺激されるよ!」
 |銀音《しろがね》・カトラ(禍津鳴命・h01831)は半ば興奮したような足取りで件の美術館に赴いていた。だが、今回の本題は単なる美術鑑賞ではない。
「……私達は|目撃者《オムテモアン》にならなくちゃいけない。
儀式と連邦怪異収容局の影の目撃者に」
 本人もすぅ、と息を整え、昆虫の彫像が出迎える美術館の内部へと向かっていく。

 館内では早速所蔵された作品が彼女を出迎える。
 鋭ささえ感じられる黒い輪郭線。抑制された色使いは第二次世界大戦後の不安や虚無感を描き出したとされ、若くして受賞した当時からその衝撃的な才能を魅せつけて行ったその画家の画風は、正に今の√汎神解剖機関に横たわる『漫然とした終末感』すら覚える物かもしれない。彼女はそんな画家の作と『対話』するように進んでいく。

 無論、それだけならば良かったのだが。
「……おや、パンフレットには人生と共に表現を変化させていった、と在った筈……?」
 進めど進めど、『作風に変化が見られない』。まるでこのまま鑑賞者の心すら抑圧していきそうな程に、進めば進むほどに『かの作品』から色彩が喪われていくような錯覚すら覚え――

 ――その先に『中空を爪弾く』男の姿が見えた。

 いや、中空ではない。その男は確かにその画家の線の如き『鋭い黒線』を弾いて進んでいたのだ。
 はたと意識を戻せば、その男の姿は見えない。美術品も『平常通り』の色彩を見せていた。
「……美術品に答えは確かにあった。けれども――『進み方』が、あるのだろうかな?」

 もう一度作品を見遣れば、『進み方』に辿り着けるだろうか?
 彼女の美術鑑賞が、再び始まろうとしていた……。

シンシア・ウォーカー

●導きは忍び寄るようで
「美術館行って、このあとは温泉入って、お土産に干物買って帰る。我ながら完璧な旅行計画!」
 ……実は本格的な温泉を考えると少し離れた所にあるかもしれないこの美術館の立地なのだが、シンシア・ウォーカー(放浪淑女・h01919)は旅行の計画『も』練っていたような感じで美術館の敷地に足を踏み入れる。
 しかしながら状況が状況故、本人も薄々は勘付いているだろうが、そんな悠長にしている暇があるかどうかは……神のみぞ知る、という所である。

「ふむふむ、近隣には文学館もあるし、クレマチスの丘と呼ばれる所以にもなりそうな庭園もある……怪異の陰はぱっと見た感じだと無さそうだけ……ど」
 旅行ガイド(と美術館のパンフレット)を片手に館内観賞へと足を進める彼女。……此処で彼女がすこーしだけ、性分を出したのかは分からないが、秘密裏に亡霊たちに『偵察』を命じる。……これによって本人も観光を少しばかり楽しめ、……いえ、立派な役割分担ですね。

「……確かに美術品そのものは素晴らしいし、学芸員さん達も雰囲気が良くて良いのよね。本当にこんな場所が儀式に関係しているのかしら……?」
 数々の収蔵品を鑑賞しつつ、『偵察』の報告を待っていた彼女であるが、そんな彼女へ飛び込んできた報告は以下のようなものであった。

・とある年代の作品に集中して観賞していると、そのまま『何かに引っ張られるように』観賞に没頭する客がいる。
・奇妙な事に『黒線のようなものを指で弾いていた男』を見ると我に返る

 この2点を受けて、彼女は思案する。
「……儀式は進んでいるのかはわからないけど、まるで『素質がある人を呼び込もう』としている様にも見える異変があるわね。それと、たぶん後者は――」
 何らかの手順を踏むと、美術館の中で異界に踏み込んでしまえるのだろうか?
 『影』もちらつく最中、能力者達はもう少しで隠匿されていた『儀式場』の手掛かりに辿り着こうとしていた……

雪月・らぴか

●蛇足の如きもの
 「はええ、静岡にそんな場所あったんだね。同じ県でも市が違うとわからないねー」
|雪月《ゆきづき》・らぴか(えええっ!私が√能力者!?・h00312)はどちらかというと近隣の出身者のようだが、本人曰くあまり来ないような場所である美術館は地元における新しい発見のように感じられたかもしれない。
 ……実際の所、県立博物館程分かりやすい場所にはないし、昨今刀剣類の展示で有名になっているとある近隣の美術館よりは規模はあるとはいえ、如何せんあまり大々的な宣伝がされている所ではない、というのもあるのだが。
「……美術館を題材にしたホラゲーとかならやったけどね!」
 ……悲しいかな、今回はどっちかって言うと『その類』の可能性があるのは、まだ彼女は知らない。

 まず、らぴかが着目したのは『線の画家』である、ということである。
 此処まで特徴的で鋭い線を描く作家である以上、それが関連している可能性があるのでは?と探っていく……のだが。

「ううーん? おかしいよね。作品自体は『なんともない』んだけど……」
 どこか引っかかるような感覚を覚えていた。
 作者の特徴として常に『線』は挙げられる所なのだが、彼女が首を傾げたのはそこではなく。
「線が『増えてた』気がしたんだけど……気を抜くとまたふつーの作品に戻ってる気がするんだよね」
 作品にまるで蛇足のように『線』が足されている様に感じられた時があったようなのだ。其の上で、『他の作品に繋がりがあった』かのように錯覚した、とも。
「私、どこから作品見てた時にそう思ったんだっけ……?」

 奇怪な『線』が手掛かりになりそうなのは変わらず。その取っ掛かりという点が線になるまで……そう長くは無いのだが。

平坂・新九郎

●解釈違いとは良くある物だが
「美術館って苦手なんだよな……」
 平坂・新九郎(呪い背負いの狩人・h01365)は苦虫を噛み潰したような顔をしながら作品を眺めて回っていた。曰く、作から作者の『情念』が漂ってくるように見える、というのは此処でも例外ではなく。彼にとっては毒の最中に身を置くような環境下だったかもしれない。そんな最中でも仕事をしなければならないというのは――サイコメトラー故の受難とも言うべきなのだろうか。

「情念は確かに様々あるな。特に初期の頃なんか……うげぇ」
 所蔵品自体は数多あれど、この美術館は初期から晩年まで幅広く取り扱っている『1人の作者』に対する専門的な美術館である。特にその中でも彼の厭気を強烈に刺激したのは、大戦後の空気感を表現するような抑圧された色彩の『初期頃の作品』に多かったのである。

「作者の情念……にしちゃおかしいけど、此処らの年代が特に気分悪くなってくるなぁ……。なんというか、まるで変な情念が『くっついてる』みたいな……」
 その奇妙な違和感を払拭すべく作品との対話を試みる新九郎であるが……。
 違和感の元でもあろう『変な情念』を潜り抜けた果ての、絵からの『返答』は彼にとって意外なものだった。

『――迷惑をしている』

 読み取った後にむむむ、としかめっ面のような顔をした新九郎はふと、とある可能性に至る。作者のものではない『変な情念』、絵からは『迷惑をしている』という回答。
「……つまり、この絵を『後付』で儀式場への触媒にしてる連中がいる、ってことか?」
 かつての大戦後の雰囲気を|独自の解釈を以て《・・・・・・・・》勝手に『反芻』した連中が、この美術館に勝手に『儀式場』への道を敷いた、そう思わざるを得ない情報だ。
 ……後は一般人に被害が出る前に情報を纏め切らなければ。少し苦手な空気を堪えながら、新九郎は再び美術館の中の歩みを再開していった。

ディラン・ヴァルフリート

●真実隠さば絵画の|世界《なか》
「……公共の場での、儀式。民間人を巻き込むリスクがある以上……見過ごせるものでは、ありませんね」
 ディラン・ヴァルフリート(|虚義の勇者《エンプティ》・h00631)は静かながらも、熱く義侠を滾らせながら――館内の歩みを進めていく。
 一見変哲も無い館内であるが、能力者達の働きによって、まだ本格的な実害は出ていないものの、既に奇妙な現象が垣間見えている事が分かっている。

「この感じ……では、学芸員達も、美術品達も被害者……と、言えますが」
 そんな美術館での探索の最中、『誰か』が、紛い物の勇者に干渉する。
 ……あってはならぬ『悪性』が彼の中で胎動する。

 記憶が、自分ではない『自分』の記憶と照らし合わせる様に、美術館に残された、狂信者達の残した、あるいは、連邦怪異収容局の影を。まるで執拗に|答え合わせ《粗探し》でもするかのように。『見てしまう』。

「――一方的な解釈、それを『理解した』モノを引き摺り込む『罠』ですか」
 そして、それは同時に『通路』とも言える代物。その通路の道中におそらく収容局の局員が存在しているからこそ、『目撃情報』があるのだろう。だからこそ、その罠を『意図的に』踏み抜かねばならない。

 ふらり、ふらりと外から見ればまるで夢遊病患者とも取れるような足取りで。ディランは歩みを進めていく。気づけば収蔵品に『蛇足』のような鋭き線が1つ、2つ。それを指で鳴らしていた男の顔は果たしてどこで見たものだったか――
 今はそんな事はどうでも良いように思えるくらいに、歩みを進めていけば、世界がだんだん色彩を失って行き……。

 ――ディラン・ヴァルフリートの姿が美術館の中から『消失』した。

朔月・彩陽

●真相の先は――
 ケホケホ、と美術館の静寂と否応なしに割いてしまう音がする。
 |朔月《さくづき》・|彩陽《あやひ》(月の一族の統領・h00243)が病弱なその身を翻しながらも、彼は自らの『務め』を果たす為に進んでいく。
「……はて、美術関係は見て分かるものかちょっと不安ではあるけど……せやね。選んでられる問題でもないからね」

 既に能力者が一人『消えている』。この美術館の水面下では秘密裏に異変が起きているのは明白な事実である。だが、作品自体には害意は無いのも分かっている。問題なのは――他者を引き摺り込む程の迷惑極まり無い、後付の解釈なのだ。
「確かにこの作品に『そういった』重きを覚えるなら……そういう風に『汚染』されてしまうのも、自然なことなんやろね」
 どこかの誰かが宣う『弱者』がそう、始めたならば、美術館は被害者である。ある日急に怪異を生み出す為の隠れ蓑に勝手にされてしまったのだから。故に――
 彼は、『この場』を長い間よく見ている『者』に対話を試みる。

「――やあ、|君達《・・》。此処で『なにもない』中空を弾いて進んでいくご客人は見てないかい?」

 そう問いかければ。
『ここしばらく、ずっといる』
 と、明確な答えを返している。では逆説的に連中は『異変』は嗅ぎ付けていれど、入り方まではまだ辿り着けては居ないのではないか?と。

「見ているなら彼らが『何を』『どうして』進んでいるか。手元やどう選んでいるか。そういった事はみていないかい?」

 その問いには
『ここのようで、ここじゃない場所を歩いている』
『出ていかないし、居なくもならないから、きっと歩き方を間違えてる』
『もしかしたら、追い返そうとしているだけかも』
など、様々な答えを返してくるが、最も重要な答えが1つ。

『はじまりの頃の作品から、辿ってきている』

 そうして得られた情報と式神達の索敵を照らし合わせたならば、結論は1つ。
「……局員、たぶん、うちらが来ることも分かって、追い返すつもりでずっと、狂気の世界の中に居座ってるんやろね」
 そうして、入ってきた次第に、『黒線』を弾くという、没入を妨害する行為で以て|迷い子《・・・》を弾き飛ばしているということ。
 ……随分と余裕たっぷりな仕草であるとしか思えないが、その程度の『弱者』とは争うつもりが最初からないのであろう。

「なら――腹を決めて、色彩の抑えられた|『狂気』《かいが》の中に飛び込むしか無い。それだけやね」
 覚悟は決まった。後は儀式場まで色彩が喪われていく世界を進んでいくだけ――

 没入していく最中、すれ違った男は……|眼帯をしていた《・・・・・・・》。
「この程度では止まらない、か。仕方がない」

 ……そう囁かれた気もしたが、意識はそちらには向かなかっただろう。彩陽が没入の果てに見た景色は――
 まるで作者の絵画に『そのまま置き換わってしまった』かのような、色彩の喪われたクレマチスの庭園であった。

第2章 集団戦 『狂信者達』


●色彩の無い庭園という|絵画《せかい》
 クレマチスの丘という名称が名付けられるきっかけになった庭園は、その件の美術館からは隣接した場所に存在している。
 広々とした庭園は鮮やかな緑が広がり、様々な彫刻が据えられていたりするのだが――

 ……この|絵画《せかい》は違う。
 その庭園をモチーフにして、色味が極限まで抑えられ。輪郭線の総ては鋭く荒々しい。
 当然、そんな作品は件の芸術家の作には|存在しない《・・・・・》。

 ならば、答えは一つ。この世界の作者は――
「――同志では無いようだな。この先にまで『没入』する事は許さない」
 能力者達を侵入者とみなし、立ちはだかる狂信者達が産み出した『狂気』。
雪月・らぴか

●絵画の世界に隠すモノは
「うひょー!これって絵の中の世界なのかなー!」
 ゲームの中の世界ぐらいでないと体験しづらい状況に、先陣を切るように現れた|雪月《ゆきづき》・らぴか(えええっ!私が√能力者!?・h00312)は興奮を隠せない。だが、此処は狂信者達が作り上げた狂気という腹の中に他ならない。

 突然狂気を割く様な『侵入者』が現れたのならば、儀式の遂行を優先とする連中が取る動きは一つであろう。素早く陣形を組み、魔術詠唱らしき物が始まる……のではあるのだが。
「――此処は『絵の中』、だもんね?」
 そう言うや否や、彼女が紡ぐのは一面の色彩をを際限なく否定し続ける|雪《しろ》。入り交じる死霊の絶叫は、狂気すら感じる抑圧された静寂の中ではそれすらも破壊する物だろう。
 連携速度に支障をきたす猛吹雪は信仰の炎を紡ぐには悪環境という他なく。そんな最中に術者本人が物理的に襲撃に来るのだから尚の事だ。

 猛吹雪と死霊の絶叫が交錯する中でも、らぴかは周囲の確認を続けていく。見た所、此処の近辺で儀式らしき儀式は行われていないようだが――
 元となった庭園の広さを鑑みれば、この絵画の世界のどこかでクヴァリフの仔を産み出す儀式が執り行われている事は想像に難くない。……その為の探索は一先ず後回しになってしまいそうだ。

ディラン・ヴァルフリート

●旋律が齎す不協和
 ――抑圧の|絵画《せかい》の中に飛び込んだディラン・ヴァルフリート(|虚義の勇者《エンプティ》・h00631)を待っていたのは、狂信の刃。
「簒奪者や怪異同様に処理すべきか、一応は無力化して当局に引き渡す程度が穏当か……」
 考えを巡らせながらも、突然の強襲に備え、光の屈折により視覚情報を誤認させる錬気の技量は確かな物がなければ危うかっただろう。
 この局面で素早く行動に移れた、というのも『相手の本拠地に飛び込む』という前提の元の行動意識があってこそ、と言えるが、返しの刃は狂信者達が完全に姿を晦ますよりも早い。

 ――狂信者達に齎されたのは、不和の種。疑心暗鬼の錯覚を齎す旋律。身を隠そうとも『音』が刃として齎されるのであれば……後はお互いが見える者同士が『勝手に』殴り合い始めるのだから。……とある局員が狂信者を『弱者』を断じるのも無理はないのかもしれない。

 同志は皆、仲間すら贄として恩寵を独占しようと今も狙っている。

 本来は恩寵の贄になることは彼らにとって誉れ高き事柄かもしれない。けれど、今は『そういった思考』に辿り着く以前の問題である。
 同士討ちを始めたならば音が勝手に居場所を伝えてしまう。そうなれば得をするのは第三者たるディランのみ。旋律の響震がより激しくなる最中に振るわれる刃の一閃は……果たして正しく『勇者の絶技』であったかは、彼が知る所ではない。

シンシア・ウォーカー

●焔の前には焔を見せよ
 抑圧された色彩の|絵画《せかい》の中、シンシア・ウォーカー(放浪淑女・h01919)は先程まで鑑賞していた作品のようで『そうでない』一帯を見ながら、先へと進んでいく。
「ここが、儀式場……。何しようとしてるか知りませんけど、多くの人を巻き込みかねない悪行を看過するわけにはいきません」
 実際の所は静岡旅行の道中の楽しい美術鑑賞の時間を持ってかれた、という側面が彼女の中では大きそうではあるが、旅行の最中だろうとこんな悪行に巻き込まれては楽しむ所では無いだろう。

 そんな最中に会敵する狂信者の言う『没入』という言葉。
「没入、ですか? ……どうやらまだ先は長そうですが!」
 この世界を進んでいく事を『没入』と称すならば、此処はまだ外縁とも言える場所なのだろう。眼の前の障害を排除する為に、たおやかな唇より詠唱は紡がれ始める。

 本来の美術館や庭園ならば火気など以ての外だろうが、それはそれであるし|異空間《これ》は|例外《これ》である。儀式の妨害を兼ねて振るわれるウィザード・フレイムの焔達は、集団の連携を崩し続けるのには的確な判断だったと言えるだろう。
「此処は美術館でも庭園でもない……なら、容赦はしないわ」
 素早い詠唱が功を奏したか、次々に生み出される火焔が彼女が狂信者を相手取るには十分量であった。瓦解していく連携では大技など撃つこともままならず。巨大な信仰の火炎は日を見る事無く、排除されていった。

「眼の前の脅威は排除出来たわ。けれども……クヴァリフの仔は何処で『産み出されている』のかしら……?」
 世界の広さを目視で推し量る事は出来ないが、それでも彼女はそれらしき場所を求めて、歩みを進めていく……。

平坂・新九郎

●狐の魂は果たして幾つか
「コイツらか、人様の作品に泥塗ってるのは。キツイ処罰がいるな、まったく……」
 平坂・新九郎(呪い背負いの狩人・h01365)が存在しない狂気の|絵画《かいが》の中に到達したのであれば、直ぐ様にこの世界の成り立ちを理解する。
 これはあくまで勝手な|狂気《おもいこみ》に拠る創作物の世界であり。この世界を野放しにすれば、この解釈が他者を、世界を害していくのは想像に難くない。

 けれども、この世界はあくまで敵の腹の中。無対策で進ませてくれる程優しくも出来ていないのが事実だ。
「普段俺の身体を好き勝手使ってるんだからたまにはこっちにも協力しろよ……」
 彼の言葉に応じるように、彼に『憑いた』狐の呪は、瞬く間に彼の全身へと波及し、融合していく。人でありながら『狐』という獣に結びついた今の新九郎を、そうとは知らず狂信者が襲撃するが――それは一方的な蹂躙にも見えただろう。

 だが、今の彼は狐の呪によって直ぐ様に現世に『呼び戻された』。その魂は果たして幾つか。そう思える程の『死』の苦痛を通過しながら、その感覚も多少摩耗してしまったかのように、平静に彼は状況を俯瞰していた。
「……殴って消えたんならカラクリは単純だし、何より……すぐ消えた所で距離は『たかが知れてる』だろ?」
 そう告げたならば一瞬にして空間が変容する。傍目から見れば何が起きていたかは分からない事象であるが、新九郎に向けて何かが『吸い寄せられた』ことだけは知覚できただろうか。隠れた瞬間に招き寄せられたのは敵か、果たして『空間そのものか』。瞬時に歪んだ距離感。そんな違和感を連中が覚える前に眼前に迫るのは――圧倒的な|鈍器《かんおけ》。

 接触した瞬間に隠密が強制解除され、無様にも吹き飛ばされていく狂信者達の絵面が端から見れば爽快か、或いは『愚者』故の滑稽さがあっただろうか。シンプルな暴力とシンプルな回答に敵陣が屈したのを、新九郎は一瞥する。
「……よし、一旦完了って事で。次急ぐか」

銀音・カトラ

●其は終焉の寓話
「色の枯れた世界……先に進んだ皆に追いつけたんだ」
 |銀音《しろがね》・カトラ(禍津鳴命・h01831)の眼前に広がるのは――限りなく白黒に近づいてしまっているかのような色喪われた世界。狂信が創り上げた、存在しない|絵画《かいが》。
 他の能力者は既に先に向かったのだろうか――そんな想像をしながら歩みを進めたならば現れるのは仲間ではなく、狂信者達の姿。クヴァリフの仔への情報を、或いは認識を求めて対話をしようにも此方は明確な『部外者』故に、話は通じる気配もない。

「――だったら」
 対話が通じぬ程に、相手が抑圧と虚無を尊ぶならば、彼女の言葉は手法を『変える』他ないのだ。
「『語って』あげる」

 |寓話《ものがたり》の幕が上がる。
 聳え立つ世界樹はまるで|絵画《せかい》と調和するかのように、死に絶えていた。
「信仰を糧に奇跡を起こす大樹が都を護っていた」
 それは嘗ての話。信仰は狂気に、狂気故の信仰は狂信に。故に奇跡は凶兆へ変容する。都を滅ぼす程の歪んだ『奇跡』として。

「灰色に枯れた大樹、白く朽ちた都、空には黒雲が渦巻く――」
 寓話は終わらない。語りがまだ終わっていないのだから。これは『終焉を紡ぐ』言の葉語り。空より注ぐ『線』は銀雨。滅びを象徴するかの如き雨からは、誰も逃れようは無く――
「この滅びからは逃れ得ない。雨が洗い流して露にしてしまうのだから」
 雨の前に露と消えた狂信は『語られた』物と似ていたのだったろうか。まるで寓話の筋書き通りに狂信者達は同様の滅びを迎えていったのであった。

朔月・彩陽

●指揮者は歌うが如く
「……随分と殺風景というか。ケホ」
 咳を時折混ぜながらも、|朔月《さくづき》・|彩陽《あやひ》(月の一族の統領・h00243)は抑圧された色彩の中を進んでいく。良く似ているようで、非なるこの|絵画《せかい》の在り方は、表面だけのみを追った自己解釈の紛い物としか言えず。
「荒々しくも彼らしいとも、彼らしくもないというべきか」

 急事でなければ、ゆっくりとこの|狂気《せかい》を眺める事も出来ただろう。けれど、此処は敵の陣中であり、能力者の目的はこの先にある以上――邪魔は入る。
 数回咳を零しながらも、統領の眼差しは既に先を見据えている。

「さて、その先進ませてもらおか」
 彼の命に従うは統領に継がれし月の御霊の式神達。突撃の緩急、歌う様に紡がれていく命令。その有り様はまるでコンサートを彷彿とさせるだろう。
 歌に導かれ、闊達自在に舞い踊る式神の前に、数による連携を武器とするであろう狂信者達の連携は千々に崩れてゆく。これでは複数人を要する術式を行使するなど難しい。早々に術式の行使を放棄した狂信者達は得物を構え、式神達の指揮者たる彩陽本人に直接狙いを定め――決死の吶喊を敢行する。

 だが、その様な行動に出るのは読めていたのだろう。近寄ろうと間合いに入った狂信者は纏めて|霊震《サイコクエイク》の振動の餌食と化した。連携も数での吶喊も期待できないとなれば、最早勝敗は決した物である。
「避ける暇もチャージする暇も与えん。とっと――道を開けろ」

 道を開けぬ有象無象など排除するまで。力強く空間が震え、狂信者達の護衛が剥ぎ取られた先には――元の庭園では『鏡池』と呼ばれていた場所が存在していた。そして、空間の中でも一際異様な気配を漂わせていたのもその『池』であった。

「……儀式自体はとうに『仕込み終えてた』って感じやね」
 『仔』の存在はまだ検知出来ていない。この『池』から一体何が飛び出して来ようというのか……争奪戦は最終局面を迎えようとしていた。

第3章 集団戦 『ヴィジョン・ストーカー』


●池の水面には何があるのか
 この|絵画《せかい》の『鏡池』は不気味な程に黒色に染まっていた。無論、汚泥でもなんでもなく、単なる美術表現の1つだったのかもしれない。だが――

 次の瞬間、池が多数の子を産み出すかのように、大量の『テレビ』を吐き出したのである。そのテレビには一様に触手型の怪異が埋め込まれており……その冒涜的な様相から感じ取れたのは、この触手こそが『クヴァリフの仔』であるというものだ。

 能力者の使命は美術館の怪奇現象を根絶する事であるが、『仔』をなるべく多く持ち帰るのもまた使命として課せられている。生きたままの検体は多ければ多い程数多の成果を齎すことだろう。能力者達は後背に迫るリンドー・スミスの気配を感じ取りながらこの怪異――ヴィジョン・ストーカーと向き合うこととなる。


 ※お知らせ※
 この章に出てくる個体は『強化個体』です。触手型をした『クヴァリフの仔』と融合したヴィジョン・ストーカーが多数出現します。
 此処では🔴が溜まり過ぎるとリンドー・スミスが追い付いてきて強制撤退となります(時間切れで失敗扱い)
 能力者達の最低限の目標は『全個体の排除』ですが、追加オーダーとして『クヴァリフの仔』を生きたままなるべく沢山持ち帰ることもあるのでお忘れなく。
雪月・らぴか

●決死の摘出行
 |絵画《せかい》の中の鏡池から数多飛び出し始めたヴィジョン・ストーカーは正しく不法投棄されたテレビすら思わせる様相であった。
「ひええ! って池からテレビ!? なんか不法投棄された家電に仔が寄生、って感じに見えちゃうね!」
 その様子を認め思わず声を上げる|雪月《ゆきづき》・らぴか(えええっ!私が√能力者!?・h00312)は至極当然とも言えよう。何故なら――飛び出してきたヴィジョン・ストーカーには皆一様にクヴァリフの『仔』が寄生していたからだ。

 何度も相手取った怪異であろうと、今回は『強化』された個体。しかも、なるべく生きた『仔』を持ち帰らなければならないという、酷いオーダーも課せられている。単に纏めて撃破するのは楽かもしれないが、それでは摘出に支障が出るだろう。それを鑑みて彼女が取った策は――
「……うへへ。援護するから宜しくね、お姉さーん!」
 雪女の召喚による確実な『各個撃破』の形であった。

 寒気すら覚える程の艶美を見せる雪女は、らぴかの冷気を受けながら、ゆったりと、孤立しかけている怪異の下へ向かってゆく。その孤立を埋めるかのように、雪女は優しく、その駆体を抱き締める。
 ……その抱擁は慈愛のように感じるだろうか。けれども、だ。抱き締められたヴィジョン・ストーカーは氷に閉ざされて一瞬にして機能を停止し――寄生していた『仔』も、『生きたまま』氷漬けとなった。それを冷たさすらも無視して引き抜くらぴかの図は、影雨の中という前提を鑑みれば、『仔』を確実に持ち帰る事を優先した行為そのものであった。

「……っ、おねーさんが優しくしてくれるから、まだ……大丈夫、だけどっ!」
 雪女の抱擁を以て体力を繋いでは居るものの、一瞬でも囲まれれば雨の暴威に晒されるのは変わりない。囲まれない様に意識をすれば、今度は摘出しやすい対象をどうしても見定める事になる。
 その様なジレンマを抱えながらも――確実に、着実に、持ち帰るべき検体の数は少しづつ増えつつあった。

平坂・新九郎

●歩合、出来高、対価は死線の如く
「出来高制ってのは俺をやる気にさせるね」
 平坂・新九郎(呪い背負いの狩人・h01365)は最早テレビと表現するにはかけ離れているヴィジョン・ストーカーの有り様を見ながらもニィ、と笑う。命令不服従とも言われる退治屋がやる気を出した、などと噂が流ればこの様な仕事が優先的に回ってきそうだ……というのは置いておいて。

 眼前の異形のテレビ群が齎すのは、この絵画の世界に取って強烈な『黒線』とも取れるであろう、数多の影雨。一つ一つは低威力ながらも、集団が折り重なって降らせるそれは正しく数の暴威として認識せざるを得ないだろう。
「だが――所詮、影の雨でも『雨は雨』。ソレ以上の特異性が無いってんなら……」

 彼は退治屋としてのトレードマークにも似た殴り棺桶を上部で素早く回転させながら突進を開始した。上部の回転により影雨は弾かれ、上から『のみ』の攻撃は攻防一体の盾の如き得物に依って否定される。ならば、近接はどうだ。
 片手のみで回せる程鍛え上げられた膂力は、防御一辺倒にさせることもない。突進の後に1つのテレビを蹴り飛ばし――鎖で以てその躰に巣食う触手を引き抜いて『仔』を生け捕ったならば、後は造作もない。

「――よし、まずは1本確保」
 棺桶の中に叩き込まれたテレビと、自らの手元で拠り所を失って無惨に跳ねるクヴァリフの仔を一瞥し、彼は別の個体に目を向ける。
 ……出来高制の狩りはまだまだ始まったばかりだ。

ディラン・ヴァルフリート

●それはだれもみていない
 戦場に現れた怪異の特性を見遣り、ディラン・ヴァルフリート(|虚義の勇者《エンプティ》・h00631)は沈思に耽っていた。
 強化された敵性集団、タイムリミット付きの回収依頼、そして目撃者を考慮する必要の少ない隔絶空間……
「……ならば、こうしましょう」
 それは、合理性の判断だろう。彼は見てくれを勇者で有る事を『放棄』した。それだから故に『偽物』だと、|誰か《・・》は笑っていようものだが……

 雲をつくような水銀の巨竜の巨体が、勇者という偽りを、紛いを脱ぎ捨てて顕現してゆく。影雨は無常にもかの皮膚を護るが如き水銀の流れに押し流されて何処ぞへと。
 そして水銀であるが故に、分化すらも自在である。尾を切り離せば切り離す程に、その巨体は増えていく。その様な絵面の勇者の所業と呼ぶべきか――否である。

 水銀の魔龍は矮小なる躰を無惨にも喰らい尽くす。その事実がただ横たわる。

 翼は数多を一閃し、最早巨体からすれば蚯蚓の如き小ささではあるが――この魔龍の蹂躙が圧倒的な速度で『仔』を回収していく。
 狂信者が見ていたならば、鞍替えを起こしそうな程だが、これを見ているのはあくまで『味方』だけである。そう――
 
 『偽りの勇者』が、化けの皮を放棄したなんて、|だれもみていない《・・・・・・・・》。

朔月・彩陽

●統領の狩り場
「……よおやっと出てきたかあ……しかしま、ちょっと強い相手やからって尻込みするわけにもいかんね」
 |絵画《せかい》の中に数多現出したヴィジョン・ストーカーを眼前にして、|朔月《さくづき》・|彩陽《あやひ》(月の一族の統領・h00243)は病弱な身体を押しながらも、戦地に立つ。しかし、単なる排除でも封印でもなく、強化個体からの怪異の摘出と来たのだから手を緩める訳にも行かない。

「……我が名に応えよ。我が命に応えよ。その名に刻まれし使命を果たせ」

 統領の声に再び式神達が応じ、馳せ参じる。
 数多飛び交う御霊の間を縫うように撃ち込まれていくのは、術者本人の【|霊震《サイコクエイク》】である。動きを鈍らされた怪異へと次々に式神が襲撃していくという様式は、正しく手慣れた狩人の動きだろう。

(アプローチは間違ってへんのやけど……如何せん数が多いのがネックやね)
 影雨の最中を踊るようにすり抜けて飛ぶというのは、見た目に反してかなり繊細なテクニックを要する。事実、大量に湧いているヴィジョン・ストーカーの全てが範囲に踏み込んだ瞬間に影の驟雨を降らせてくると考えれば、摘出するのも一苦労だろう。……それまで耐え切れるのであれば、当然問題にはならないのだが。

 粗方倒し終え、ようやっと一時的に降り止み始めた頃には、大量のテレビの怪異の残骸が|絵画《せかい》の中に積み上がっていた。
「……これだけ暴れたら、|異界《かいが》の方が耐えきれなくて崩れそうなもんなんやけど」
 まだまだ池は怪異を吐き出しそうな気配を見せているが、またあの様な大量の群れを吐き出すには猶予があるだろう。奮戦の結果たる『クヴァリフの仔』を残骸から引き抜いてはその新鮮さ……と評するべきかは分からないが、人が抱えるには若干小盛り程となったソレを抱えながら彩陽は退避を始める。

 そして、世界に軋むような音が聞こえ始めたのを境に……彼の読みはもうそろそろ的中しそうだった。

シンシア・ウォーカー

●|時間との戦い《チキンレース》
「ッ、湖の中から――!」
 再び鏡池の中から噴出するテレビ型の怪異の群れを見て、シンシア・ウォーカー(放浪淑女・h01919)が考えるのは――すっかり怪異騒ぎに巻き込まれて忘れかけてたのか不安になっていそうだった現地観光の事であった。同時に過るのは星詠みからのオーダー、『クヴァリフの仔』の回収。
 この地は近隣駅まで基本的に車やバスが必要なレベルで離れているし、山間のエリアであることも拍車を掛けて『そういう手段』が少ない。其の上で後ろからは|連邦怪異収容局《FBPC》員が『仔』を奪取しようと後ろから迫ってくるし、この世界自体もそろそろ耐久度が怪しい所であった。

「……あまり時間をかけてはいられなさそうね」
 ……実際、√EDENでの同地もバスが減らされている事もあるし、どちらの駅に向けて帰るにせよ時間の猶予は残されてい無さそうだった。
 ならばと、数には数を重ねていく。

 彼女がヴィジョン・ストーカーにけしかけるは海月型のインビジブルの群れ。ただ、これだけではゆったりとした防戦主体に見えた事だろう。本命はどちらかと言えば術者本人からの魔法である。
 時折、彼女が最近のインビジブル観を揺るがしそうになるような海月の頭突きとかが見えた気もするが、速度を犠牲にしても尚振るわれる全力の術式は、足止めを受けた個体からすれば痛烈な一撃だっただろう。その合間を縫うように、海月が一方的に怪異から『仔』を引き抜いては回収していく。

「隙を見ながら『クヴァリフの仔』は回収出来ているのだけれど……」
 そう呟きながら彼女が見上げるのはこの|絵画《世界》の空。
 暗雲たる抑圧の空に、白むような亀裂が走っていたのは……恐らく見間違いではないだろう。
「……世界から吐き出されても問題ないように、準備しなきゃ」

銀音・カトラ

●色無き世界に線引く様に
 |刻限《リミット》は、迫っている。
 後背に漂うは悍ましきリンドー・スミスの近づく気配。同時、空を見上げれば、儀式場となっていた絵画の世界には亀裂が走っていた。

「……追い付かれるにしろ、吐き出されるにしろ、時間がないね」
 |銀音《しろがね》・カトラ(禍津鳴命・h01831)はすぅ、と息を吸い込んだ。時間はもうそれほど無いが、此処までに辿った絵画の世界の中で、彼女には1つの|着想《インスピレーション》が降りていた。
「追いつかれる前に、たった一つでも掴み取って――人類の停滞に希望の灯を」
 そう、啖呵を切った彼女が紡ぐのは、凶虹による『一筆』。

 先刻とは真逆の、高速機動の接近戦スタイルを取った彼女がこの世界に刻んでいくのは紫色の鋭き線。この世界が生まれる切掛になってしまったであろう、画家の如き荒々しき紫光を刻みつけながら彼女は果敢に怪異達に連撃を叩き込み続け、『仔』を素早く回収していく。
 無論倒しきれるとは判断していない。弱った個体を瞬時に判別しながら一撃を与え、『仔』を回収するのも通常ならば時間の掛かる事だったろうが、今の彼女ならばそのような速度も十全にある。

「此処まで来たなら……後は……!」
 彼女が最後に残った怪異から『仔』を引き摺り出したのと同時。世界が崩壊を開始するのを彼女は肌で感じ取っていた。
 直ぐそこまで来ていた後背の気配を振り払うように一心不乱に、駆ける。駆けて、世界が抑圧から解き放たれた様になった瞬間――

 そこは、美術館の入口の前。最初に見た昆虫の彫刻が彼女の眼前にはあった。能力者達は無事に『逃げ切った』のだ。
 そして、数多回収した『クヴァリフの仔』は然るべき場所に預ければ、人々の未来にきっと役立つ筈だ。……斜陽の掛かる美術館を前に、人類は希望へとまた一歩、踏み出そうとしていたのは間違いないだろう。

挿絵申請あり!

挿絵申請がありました! 承認/却下を選んでください。

挿絵イラスト