南北を繋ぐ道
●日本、某山中
立春がすぎると、大寒波がやってきた。
天気予報によると、この地方でも最も多いところでは3、40cmの積雪が予想されるという。雪国の人間からすると大したことのない数字かもしれないが、なにしろ普段は雪が降らない地方なのである。この数字はこの冬一番の、あるいは数年に一度の「大雪」と言ってよい。
さて、この山中がその「最も積雪の多いところ」である。東西に走る山々は峻険で、それを縦断する形で南北に高速道路が通っていた。ときには山肌に張り付くように、そしてあるときには谷を渡る高架となって。
時刻はすでに未明となっているが、前日からこの道路は通行止めとなっている。はるか眼下を見下ろせば山間をうねうねと道が通っているが、あれが国道である。無論、そこも雪に包まれて通行止めとなっていた。
その高速道路に、√ウォーゾーンからの襲撃者が進撃を開始していた。ハッタ・ラーケである。
体高は2m弱と人間と変わらぬ戦闘機械兵は、足首を雪に埋めながら北へと進んでいた。
●作戦会議室(ブリーフィングルーム)
「すまない、待たせたようだな。バスが遅れてしまった」
部屋に入ってきた綾咲・アンジェリカ(誇り高きWZ搭乗者・h02516)の肩に、うっすらと雪が張り付いている。それを払いつつ席についたアンジェリカであったが、ふと思いついたように部屋の隅に移動した。そこには彼女の私物である電気ポットとティーセットが置かれており、スイッチをいれるとまもなくシュンシュンと音を立て始めた。
「暖房が効いた部屋とはいえ、身体の中まではなかなか暖まらないな。皆も、茶でも飲みながら聞いてくれ」
と、白磁のティーポットにたっぷりとお湯を注いだ。
しばし馥郁たる香りを楽しんだのち、アンジェリカはカップに口をつける。ようやく人心地のついたアンジェリカは、同じくカップを手にした一同を見渡した。
「諸君。この夜、皆が寒波で凍えている隙をつくように戦闘機械どもが行動を開始する。
場所は……ここだ」
作戦卓に地図が表示される。現場は山間を通る高速道路であった。
「敵は北へ進撃すると同時に、この高速道路を破壊するつもりのようだ。
これは由々しき事態だ。南北をつなぐ幹線道と呼べるものは、この道以外にはない。細々とした国道も、この雪では多くが通行止めとなっているだろう。完全に物流が止まってしまう」
そう言ったアンジェリカは再びカップに口をつける。ほう、と息をつくと、白い湯気が一筋漏れた。
グッと飲み干したのち、アンジェリカは眉をきりりと引き締めて立ち上がった。
「諸君、このまま戦闘機械どもの進撃を許しては、人々の生活が危うい。直ちに現地に向かい、撃破してくれ。
さぁ、栄光ある戦いを始めようではないか!」
第1章 集団戦 『ハッタ・ラーケ』

夜の間も雪は降り続け、未明となるころにやっと弱まった。しかしこの間に雪は40cmに迫るほどに降り積もった。この地方としては、異例の大雪である。
「すごい雪だな……注意して戦おう」
脛に近いほどまで埋もれつつ進んでいるのは、クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)である。√ウォーゾーンにおいて兵士養成学園に所属している彼は、戦闘機械群との戦いは初めてではない。が、今回の戦いは普段の場所とは勝手が違う。
「……でも、見通しがいいことは幸いだね」
腰を落として膝立ちの構えになり、『スナイパーライフル』を構えるクラウス。細く静かに白い息を吐き、スコープを覗き込む。
そのまま待つこと、どれほどの時間が経っただろうか。手足はかじかむが、クラウスは訓練を思い出しながらそれに耐えた。
その甲斐はあった。
雪に包まれた高速道路を、ハッタ・ラーケの集団が進撃してきた。
照準越しに敵を見据えたクラウスが引き金を引く。放たれた火炎弾は狙いを違わず、先頭の1体に命中して炎上させた。
「……!」
不意を突かれたハッタ・ラーケどもは狼狽しつつ、慌てて戦闘態勢を整えようとする。その間に、2発目の銃弾が敵の肩に命中した。
しかし敵もこちらの姿を捉えたようで、敵群は雪をかき分けながら一斉にこちらに押し寄せてくる。
とはいえ、雪に足を取られて常時の動きができているとは言いがたい。振り下ろされた敵の拳を、クラウスは小型の盾で防いだ。
半自律浮遊砲台が敵の出足を止めている間に、クラウスは足を取られぬように注意しつつ距離を取り直して体勢を整えた。
未明の、しかも雪が降り積もった高速道路に、制服を着た女子高生はいかにも場違いである。場違いが過ぎて、もはや現実のものとも思えない。
「雪……」
その杉崎・ひなの(しがない鍛冶師・h00171)は、一面の雪景色を見渡して嘆息した。
「こんな格好のままで来るんじゃなかったわ」
少女人形の彼女は、寒さなどものともしない。が、雪に埋もれたローファーもソックスもびしょ濡れになっている。
「こんな雪の中、そんな格好でどこへ行くの!」
と、近所のご年配には目を丸くされたものだ。
どうしても行かねばならないと振り切ってきたが、せめてとお茶をいただいた。その温かさを思い出しながら、ひなのは雪をかき分けて進む。
すでに戦いは始まっているようだ。
その時、後方からエンジン音が響いてきた。一般車両は通行止めのはずである。とすれば……。
「ひなのさん!」
それは、深雪・モルゲンシュテルン(明星、白く燃えて・h02863)が駆る『神経接続型エアバイク』の音であった。降り積もった雪を吹き飛ばしながら疾走してくる深雪が、手を伸ばす。
アクセルから手を離しても、神経接続されたエアバイクの操縦は思うがまま。ひなのは伸ばされた手を取って、タンデムシートに飛び乗った。
「高速道路を、壊させはしないわ」
「はい」
ひなのの言葉に頷いた深雪は、『対WZマルチライフル』をビームバルカン形態から、狙撃用実弾形態へと変形させる。
これで、流れ弾の危険は減らせる。
バイクが速度を上げた。
「撃ちます」
敵の制御系が頭部にあると看破した深雪が、そこに狙いを付ける。放たれた弾丸は空を切り裂いて飛び、ハッタ・ラーケの頭部を吹き飛ばした。敵機は爆発することなく、火花を散らしながら仰向けに倒れる。
「ッ!」
敵がこちらに気づいて向かってくるが、射撃と同時にひなのはバイクから飛び降り、『無銘の刀』を振り下ろした。刀を具現化した人造人間であるひなのにとって、それは自らの腕を操るにも等しい。刃は敵の肩へと食い込んで、激しい火花を散らしつつ敵は倒れた。
しかし敵はさらなるハッタ・ラーケを招集しており、それがふたりへと襲いかかってくる。
ハッタ・ラーケの肩部には、二連装のビーム砲が備え付けられている。その砲門がこちらに狙いを付ける。
「撃たせるわけにはいかないわ!」
ひなのは12体の素体を周囲に放った。それを脅威と思ったか、あるいは手近な攻撃目標か。連射されたビームが素体を穿っていく。防ぎきれなかった熱線がひなのの肩を焼いたが、これも高速道路を破壊させないため。
さらに連射を続けようとした敵を食い止めるべく、ひなのは素体に魔力を注ぎ込む。すると素体は刀へと変じて、まるで踊るように敵群へと切り込んだ。
「……当たって!」
襲いかかる刀は装甲を断ち割り、あらわになった内部の配線を断ち切っていく。
深雪にも敵は襲いかかってきたが、
「その攻撃は予想済みです」
アクセルを全開にして雪を巻き上げつつ、道路の壁面を蹴るようにして急ターンした。巻き上がる雪の中から、銃弾が飛び出してくる。またも1体、それに額を貫かれて倒れた。
ふと、深雪があたりを見渡した。
「どうしたの?」
「いえ、どこの派閥の差し金か……敵指揮官と対決し、情報収集するべきかと思いまして」
「そうね。私もできれば、ルドルフを倒したいわね」
「寒いですね……」
『【新聞社特別製】機動要塞ルートエデン号』のハンドルを握る八木橋・藍依(常在戦場カメラマン・h00541)が呟いた。北国はこれ以上なのだろうが、寒いものは寒い。防寒着を着込み、中にはカイロを貼り付けてある。もちろんエアコンも全開だ。
「派手に戦えば、少しは暖かくなるかもしれませんが」
路面は積雪に覆われている。チェーンを履いたタイヤのガタガタとした揺れを感じながら、藍依は先を急いだ。
先程から戦闘の音は静まり返る山間に響き渡っていた。ついに『【新聞社特別製】千里眼カメラ』がその姿を捉え、藍依はブレーキを踏む。十分に注意していたが、それでもタイヤはズルズルと滑った。
完全に停車するのももどかしく、藍依が運転席から飛び出す。
キャンピングカーと並走していた北城・氷(人間(√ウォーゾーン)の決戦型WZ「重装甲超火力砲撃特化機【玄武】」・h01645)も、WZのコックピットから敵群を見渡した。
「小細工は要らない。全力でハッタ・ラーケをぶッ潰す!」
と、大口径ビームランチャー【撃滅】を構える。
「ですね。連中もこの寒い中、無理やり働かされてるんです?」
藍依は憐れむように、戦闘機械どもを見やった。もとより、意志も持たない戦闘機械どもではあるのだが……。
「あんたらも大変ですね……もう働かなくてもいいように、鉄屑にしてあげますからね!」
アサルトライフル『HK416』を構えた藍依。
「逃げないと蜂の巣になっちゃいますよー!」
狙いもそこそこに、フルオートで引き金を引いた。その反動で銃口は跳ね上がりそうになるが、そこは少女人形。しっかりと抑え込み、銃弾は敵の装甲に次々と叩きつけられ、歪ませていく。装甲を貫通された者が、火花を上げながら倒れた。
氷の搭乗するWZ『玄武』もまた、ビームランチャーを発射した。それは敵の胴を貫き、ハッタ・ラーケは爆散する。
さらに、肩部の装着された2門の超火力ビームキャノン【殲滅・改】も狙いを付ける。腰を落として反動に備える氷。砲弾が敵群を吹き飛ばした。
しかし、敵はおびただしい損害を出しながらも引き下がる気配をまったく見せない。
それどころか、どこから入手したものか、藍依の持つライフルに酷似した銃を構え、一斉発射した。あるいは、肩部の二蓮ビーム砲を無闇矢鱈に発射してくる。
「デスマーチだのサビ残だの、とんだブラック企業ですよ……!」
藍依は慌てて身を翻して『ルートエデン号』の陰に隠れ、そこから反撃した。敵の頭部が吹き飛ぶ。
しかし、敵にこれ以上の反撃を許しては道路が危ない。今も、敵のビームが命中した外灯がへし折れ、はるか下の国道へと落下していった。
「こうなったら、仕方がない。僕がいるかぎり、皆に犠牲は出させないよ」
猛然と敵前へと飛び出した氷。ランチャーを、そしてビームキャノンを敵に向けただけでなく、5基の『大火力ファミリアセントリー』を召喚する。
足を止めたWZに銃弾が集中するが、氷はそれに数倍する火力で反撃を行なった。外れた熱線がアスファルトを抉り、爆発が標識を歪ませる。
しかし砲声が止んだのち……動く戦闘機械は、もはやいなかった。
第2章 ボス戦 『特殊工作兵『ルドルフ・シュナイダー』』

「ハッタ・ラーケが全滅? ち……√能力者どもめ、こっちの動きをかぎつけたのか」
特殊工作兵『ルドルフ・シュナイダー』が舌打ちした。その顔は人間に擬態するための人工皮膚に過ぎないが、諜報活動を行うこの機械兵にとっては、これくらいの仕草はプログラムに備わっている。
「仕方ない。シュライク、作戦変更だ! √能力者どもを……」
ルドルフは後陣に控えていたシュライクどもを押し出そうとしたが、それよりも早く。
「仕方ない。シュライク、作戦変更だ! √能力者どもを……」
特殊工作兵『ルドルフ・シュナイダー』は後ろを振り返ったが。
「今さら気づいたって、遅いよ」
「見つけたわ。あなたがルドルフね」
クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)と杉崎・ひなの(しがない鍛冶師・h00171)が、ルドルフを睨みつけていた。
「ち……!」
「って、機械兵……?」
舌打ちしながらこちらに向き直ったルドルフを見て、ひなのはハッとする。その仕草に、わずかばかりだが人工的なプログラムを感じたのだ。
それは少女人形であるひなのとは、違う。
「私も人形だけど……そこまでぎこちなく作られなかったわ」
左手で髪をかきあげたひなのが、「ため息を付く」。
「はん? 人形は人間なんぞのモノマネがご自慢なのか?」
片目を眇め、実に「憎らしく」笑うルドルフ。
「どうとでも。さ、始めましょう」
ひなのが腰の刀を抜く。
「小細工はいらない。全力で、ルドルフをぶッ潰す!」
北城・氷(人間(√ウォーゾーン)の決戦型WZ「重装甲超火力砲撃特化機【玄武】」・h01645)は、ハッタ・ラーケどもに叩きつけた際の熱も冷めやらぬ火器を敵戦闘機械へと向けた。
「そうだね。早く仕留めて、シュライクたちには帰ってもらおう」
クラウスも『隠密用の布』を被りつつ、『スナイパーライフル』を構える。
WZが腰だめにした大口径ビームキャノンと、その肩部に装着された2門のビームキャノン。それらが交互に火を吹いた。
「ルドルフ・シュタイナー、貴様は俺が倒す!」
敵は砲火の中、雪上を器用に逃げ惑う。召喚された5基の『大火力ファミリアセントリー』も、敵へと狙いを定めた。
「唸れ! 暴れろ! そして吼えろ! 人類の敵を全て消せッ!」
腰に直撃したビームが擬態した人間の外観を吹き飛ばし、機械の装甲をめくり上げた。
「吠えるねぇ……ッ!」
跳躍したルドルフが、氷の乗るWZの足関節に、ナイフを突き立てた。貫通はしないが、バランスを失う。その間に敵は己の姿を白く変えて、雪の中に紛れた。
「逃がすかッ!」
乱射されたビームは内包したエネルギーで降り積もった雪を一瞬にして水蒸気に変える……のはいいのだが、面を制圧するように発射されたビームはアスファルトまでも溶かし、あちこちに穴が穿たれて捲れ上がっていく。
早く仕留めなければ、道路への被害が増す。
足元から寒さが登ってくることにも構わず、クラウスは微動だにせずライフルを構えている。その視界の端で、わずかになにかが揺れた。
目を細めたクラウスが、静かに引き金を引く。風を切って飛んだ火炎弾は光学迷彩に隠れていたルドルフの肩に命中し、炎上させた。
「くッ!」
敵もすかさず手にした銃を撃つが、そのときにはすでにクラウスは雪の上に飛び込んで、位置を変えていた。
「ちょろちょろと!」
敵は速度を上げて間合いを詰め、いつの間にか抜いたナイフを閃かせて斬り掛かってきた。【エネルギーバリア】が、その切っ先を逸らす。『電磁ブレード』を抜いて斬りつけると、敵は素早く跳び下がってその刃を避けた。
「電磁パルスなんざ、ゾッとしねぇな!」
ルドルフは「せせら笑いながら」、再び刃が黒く塗られたナイフを構え直した。
「ならば、これならばどうでしょうか」
「邪魔するなら、お前から壊れてもらうぜ!」
立ちはだかったひなのに、ルドルフは斬りかかる。
ひなのが放った素体は刀の姿に戻ってその周囲を巡る。それを従えたまま、ひなのは跳んだ。間合いに入るや、刀の群れは一斉にルドルフへと斬りつけた。ナイフを繰り出してそれらを次々と弾き返すルドルフであったが、うちの一振りが、その背を深々と割る。
「ぐ……!」
のけぞって、前に崩れ落ちそうになるルドルフ。しかし、
「任務も果たせず、やられるわけにはいかないんでねぇ!」
その最適化された耐久力は恐るべきものがある。ルドルフは小銃を構え、√能力者たちをなおも迎え撃った。
「つくづく邪魔な連中だ!」
特殊工作兵『ルドルフ・シュナイダー』が手を上げ、なにやら合図を送る。
するとその手の中には、巨大なガトリングガンが転送されてきた。
敵はあらかじめ秘密基地を建設しており、そこから武器を転送させたらしい。
さらに怒鳴る。
「シュライク! さっさと援護しに来い!」
「……それは、まずいですね」
ルドルフに加えてシュタルク群との戦いになると、さすがに√能力者でも苦戦は免れない。
深雪・モルゲンシュテルン(明星、白く燃えて・h02863)は眉を寄せながら呟いて、『対WZマルチライフル』の引き金を引いた。
胴を狙った弾丸だが、ちょうど敵の構えたガトリングガンで弾かれた。弾帯に命中してその装填を妨げたことは幸いだが、敵はさらに転送を……。
「そちらは任せてください! 秘密基地が自慢のようですが、報道がその実態を明らかにしてしまいますからね!」
八木橋・藍依(常在戦場カメラマン・h00541)が『【新聞社特別製】千里眼カメラ』を放つ。ドローンの群れは敵戦闘機械を取り囲み、その行く手を遮るように飛び回った。
「えぇい、鬱陶しい!」
「ルート前線新聞社が生中継でお送りします!」
ドローンは払いのけようとして振るわれるナイフを巧みに避け、その間に藍依はアサルトライフルを構えた。自らの半身と言ってもよいライフルは、実に手に馴染む。そこから放たれた銃弾は次々と、ルドルフを穿っていく。
「ちッ!」
敵は銃弾を喰らいながらも、藍依を狙って飛びかかってくる。ナイフの切っ先が『新聞記者の制服』の裾をかすめたが藍依は怯まず、
「おぉッ、あそこですね!」
と、声を張り上げた。ドローンがはるか下方、高速道路の橋脚部に急造されたルドルフの秘密基地を捉えたのである。
こうなってはもはや秘密基地とは呼べない。ドローンの突撃を受け、破壊される基地。
藍依は懐からボイスレコーダーを取り出して、戦闘機械に突きつけた。
「どうも! ルート前線新聞社で新聞記者をしている、八木橋・藍依です。
あなたがルドルフ・シュナイダーですね? どうですか、今のお気持ちは?」
「最悪の気分だよ、クソッタレめ!」
表情を歪め、斬りつけるルドルフ。藍依は首をすくめてそれを避けながらも、
「いかにも悪そうな顔をしてますねぇ。よい記事になりそうな写真が撮れそうです」
と、ドローンを振り返ってみせる。
「とんでもねぇ切り取り記事だろうよ!」
「そんなことないですよ。ルート前線新聞社は真実を探求し続けます!」
「うるせぇッ!」
藍依はさも心外だと言うように唇を突き出したが、喚いたルドルフは銃を鷲掴みにし、銃床を叩きつけてきた。凄まじい腕力に覚醒した一撃は、銃床ごと藍依の頭蓋を打ち砕いてしまう……ところであったが。
「藍依さん」
深雪の放った弾丸が銃床に命中した。粉砕される銃床。敵はたまらず銃を取り落とした。
「ち」
敵は舌打ちしつつ跳び下がるが、その動きを踏まえた弾道が、深雪には見えている。
「狙い違わず、1発差し込むまでです。……電極針弾モジュール接続」
放たれた銃弾は通常のそれとは異なる。敵の太ももに命中した弾丸は小さな針穴を穿っただけであったが、激しい電流を敵の内部に送り込んで、その全身を痺れさせた。
足を封じられたルドルフだが、わずかに腕は動くらしい。雪の中に落とした銃を拾い上げると、狙いも定まらぬままに引き金を引く。
しかし深雪は折りたたまれていた金属板を展開し、防壁と成してそれを防いだ。
「今です、藍依さん」
「任せて! この決定的な瞬間、なんとしてもカメラに収めねば!」
溜めに溜めたカメラマンとしての根性魂。防壁から飛び出した藍依は銃弾が顔の真横を通り過ぎることにも構わず、衝撃の瞬間を捉えることにのみ集中する。
必殺のカメラフラッシュが、ルドルフを襲う。
「ぎゃッ!」
もはや満身創痍となっていたルドルフは絶叫しつつのけぞり、力を失ってはるか下方へと転落していく。
ドローンに備え付けられたカメラには、その一部始終が360°からしっかりと記録されていた。
第3章 日常 『全力雪遊び』

「さて、√ウォーゾーンからの刺客は無事に倒すことができましたが……」
八木橋・藍依(常在戦場カメラマン・h00541)は辺りを見回しつつ、肩をすくめる。
「作業を終えるまでが、お仕事。そうですよね?」
降り積もった雪は相変わらず足首を埋めているし、撃破した戦闘機械群や破壊されたアスファルトの残骸も片付けておきたい。
藍依はシャベルを雪に突きたてて仁王立ちし、「ふんッ!」と気合を入れてから作業を始める。
「まぁ、朝になれば除雪作業もしてくれるでしょうが……それまでに、少しでもお役に立てれば、ね」
これも社会の木鐸たらんとする者の努め。瓦礫を区別しながら、雪を路肩の一箇所に集めていく。
ふと顔を上げれば、杉崎・ひなの(しがない鍛冶師・h00171)は手渡したシャベルを持ったままよそ見をしている。
「どうしました?」
「いえ……そろそろかな……あぁ、来た来た」
外灯の明かりに照らされ、待っていた人物の姿が見えた。ひなのは手を振る。
「やっと着いた……それにしても、さぶッ!」
もこもこの防寒着に身を包んだ杉崎・まなみ(ひなののAnker・h00662)である。彼女はブルブルと身を震わせながらやって来た。
「なんとか途中まではバスとタクシーを乗り継いで来られたけど……最後はかなり歩きよ。寒いのなんのって」
と、まなみは唇を尖らせる。
「大変でしたね」
藍依が苦笑する。
未明の戦いであった。しかも山間の高速道路である。夜行バスなのか何なのかはわからないが便などろくになかったであろうし、タクシーを拾う……のはまず無理として、呼んだとしてもこの雪では通れるところは少なかったであろう。
「ごめん。でも、なかなかこんな雪景色は拝めないし、遊びたかったし……」
「うん、それは許す。雪景色が綺麗なのは本当だし。
でもね、なにその格好!」
「なにって……学生服」
「もう……! 早くこれ着て!」
まなみに防寒着を手渡されたひなのは、表情こそほとんど変わらないがいくらか不満げに、
「人形だし、寒くないのに……」
と、呟く。
「見てるこっちが寒くなるのよ! すぐに着替えなさい!」
ローファーと黒の靴下を履いた(どちらも雪に埋まっていたが)、学生服姿のひなの……つまり、生足を晒していた。
「ひなのちゃん、出ていくとき学生服だったからもしかしたらと思って持ってきて、正解だったわ。
あと、往来で着替えないで!」
「えぇ……?」
スカートを下ろそうとすると、またしてもお叱りが飛ぶ。
「ここにいるの、私たち3人だけよ? こんな山の中じゃ、誰も見てるわけがないし……この辺り全体が大きな更衣室みたいなものじゃない?」
「そんな『海はでっかいティーカップだ』みたいなこと言わないの!」
「どうぞ。使ってください」
藍依は自分が乗ってきたキャンピングカー『機動要塞ルートエデン号』を指し示す。茂みで着替えるのは許されるかどうか考えていたひなのだが、ありがたくお借りした。
「これでもう、文句はないでしょ……」
ため息混じりに車から出てきたひなの。
「ッ!」
殺気……というには可愛らしいが、とにかくそれを感じ、首をひねる。
そのすぐ横を、雪玉が通り過ぎていった。
「あー、残念。避けられちゃった」
まなみは笑いながら、すぐに次の雪玉を作り始める。
「へー……雪玉をぶつけ合う遊び? じゃあ」
ひなのもしゃがみ込んで、雪を手の中に集めて握っていく。固くなりすぎないようにしながら。
「いくわよ」
なに、こんなものは戦闘機械どもに狙いを定めることと比べれば、実に簡単なことだ。
大きく振りかぶって、しかし十分に力は抜いて、ひなのは雪玉を投じる。
しかしそれは、「きゃー!」と楽しげに歓声を上げて逃げるまなみの横を飛んでいった。
「……あれ?」
思わずひなのは、自分の手を見つめた。ちゃんと最善の行動を取ったはずなのに……?
自身に異常はない。プログラムは今も正常に機能しているはず。
ほら、まなみの投げた雪玉だって、ちゃんと捉えている。避けることなんて簡単……。
「え、最善の行動は『避けないこと』?」
そう「思った」こと自体に驚き、ひなのは目を丸くした。その額に、ふんわりと丸められた雪玉が命中した。顔が雪まみれになる。
「当たった! やった!」
まなみが歓声を上げる。
しばし呆然としながら、顔の雪を払っていたひなの。やがてプログラムはひとつの解答を導き出し……いや「合点がいき」、口元がほころんだ。
あぁ、そうだ。私にとっての最善の行動は、「まなみの笑顔を見る」ことなんだ。
これはルドルフが言っていた、人のモノマネなんかじゃない。
私は少女人形。でも、今はまなみと同じ。それがとても心地よい。
微笑みを浮かべて天を仰ぐと、またしても顔面に雪玉を喰らった。
「やったなぁー!」
でも、やられっぱなしはちょっと癪。悪戯な笑みを浮かべ、ひなのは丸めた雪玉を投げつける。今度は命中して、まなみも雪まみれになった。
「あははは!」
次々とぶつけられる雪玉で全身を雪まみれにしながら、まなみは笑っていた。
「そろそろ一息つきませんかー?」
藍依がふたりに声を掛ける。まなみが「わぁ、かまくら!」と歓声を上げた。
「はっはっは! 雪を集めてるうちに、なんだか作りたくなっちゃいまして。
休憩するのにキャンピングカーもいいけれど、せっかくならと。なかなかにオツなもんでしょ?」
機嫌よく笑った藍依。かまくらの中ではガスの青い火がわずかに揺らめき、上に置かれたヤカンからは湯気が立ち上っていた。
3人は両手でカップを包みながらコーヒーをすすり、白い息を吐き出す。
かまくらの入口から、山々が見える。その山際が少しづつ明るくなった。もうすぐ、夜が明ける。
まなみが「綺麗」と呟いた。
「うん……本当に」
ひなのも目を細め、その横顔を見つめる。
「束の間の休息というのも悪くないのではないかと、私は思いますよ」
口の端に笑みを浮かべながら、カップに口をつける藍依。片眼鏡が湯気で曇った。