シナリオ

爆発しろ! RB団の影!!

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●狙われた楽園
 12月中旬。
  √EDENはクリスマス色に彩られ、コンビニから百貨店までクリスマスセールの広告で溢れかえる時期。
 子どもはサンタさんへ今年のプレゼントを願い、恋人たちは想い人へのプレゼントを考え、独身者は今年も頑張った自分へのご褒美にプレゼントを見繕う。
 そんな人々でクリスマス前のショッピングモールは溢れかえり、休日ともなれば黒山の人だかりが自ずと出来上がる。
 だが、お忘れだろうか……ここ最も弱く、最も豊かな楽園であることを。
 簒奪者は今もそう……あの路地、この物陰から√EDENを狙っていることを──。

●√EDEN都内某所:複合型アウトレットモール『湾岸ハーバーモール』にて
「……って|予兆《ゾディアック・サイン》を予知しちまってな」
 狗養・明(狼憑きの|警視庁異能捜査官《カミガリ》・h00072)が碌でもないモノを視てしまったと言わんばかりの顔で、潮の香りを帯びた寒いからっ風から身を守るような形で壁に背中をもたかけながら溜息をつく。

「ま、視てしまったモンはしゃーねぇ。捜査は足で稼げっておやっさんからも叩き込まれてるし、こうして現場検証に来たのは良いものの……ここは意外と広くてな?」
 複合型アウトレットモール『湾岸ハーバーモール』。
 都内湾岸エリアに落成された大型商業施設は、大型専門店の他にも東京湾を一望できる観覧車までが併設されている。
 即ち、結構どころか凄く広い。
 到底自分ひとりではどうにもならないと判断し、こうして集まった√能力者の協力を得ようと呼びかけたのであった。

「オレも駆け出しとは言え星詠みだ。相手は√マスクド・ヒーローで好き放題してる秘密結社『プラグマ』の傘下組織『RB団』と判明している」
 √マスクド・ヒーローには数々の悪の組織があり、それらを秘密結社『プラグマ』が束ねる形で異なる理念や目的の元に活動している。
 RB団もそのひとつで、彼らの理念は『人生を充実している者への制裁』。
 所謂「リア充爆発しろ」というネットスラングを掛けて『RB団』を名乗っているというふざけた組織だが、「家族を狙う」というプラグマの基本方針に従っている面ではこう言った特定の時期に多くの人々が集まる場での広域破壊活動は理に適っていると言えよう。

「家族連れや恋人は抹殺対象、見込みのある独身者は攫って戦闘員や怪人化。しかも戦闘員は強化改造されていて、並の警察や軍隊では歯が立たねぇと来たもんだ。ふざけた奴らかもしんねぇけど、敵に傭兵として雇われた『悪の√能力者』も現地協力する可能性もある。そこはRB団の侵入経路をどう未然に防いだかで分かれるだろうな」
 つまり、RB団がこの√EDENへ侵攻するための経路を断てば怪人軍団との戦い防がれることになる。
 しかしながら、現地協力者である『悪の√能力者』が作戦を失敗させまいと、√能力者ならびに√EDEN征服作戦の一端を指揮するRB団幹部の怪人を招くための道を確保させるために介入する。
 RB団の戦力を削ぐために怪人軍団を招くか、それとも市民の安全と被害を最小限に抑える代償として悪の√能力者を相手にするか。
 どの道RB団の侵入経路を見つけねばの話であるので、そこは現場の判断に任せると明は壁にもたれかけていた背中をバネにして立ち直り、周囲を見渡しながら締めくくる。

 かくして√能力者たちはRB団の嫉妬に燃えた野望を潰すため、クリスマスセールで賑わう湾岸ハーバーモールの雑踏に踏み入るのであった。

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第1章 冒険 『入口を探れ』


兎村・優輝

「バカみたいな理念の割に凶悪だねー」
 兎村・優輝(|D.E.P.A.S.《デパス》の職業暗殺者・h02282)は星詠みと同じく呆れ顔になるのも無理はない。なにせRB団が掲げる基本理念と心情があまりにも僻みや嫉妬に満ちたものであるからだ。

「気持ちは分からなくもないけれど、そういう事件で出来たインビジブルはゆーきの生命活動にも協力してくんないだろうから嫌だね~」
 幼少期に|見えない怪物《インビジブル》の贄となって臓器を消失してしまったが、生命の危機に瀕した肉体が彼らを受容したことで|D.E.P.A.S.《インビジブル受容体》として優輝は第二の生を得た。
 インビジブルが変じた偽物の臓器により今日まで儚い命を繋ぎ止めていたという経緯もあり、今は壊滅した暗殺組織に捨て駒同然の扱いを受けてきても心細さを感じ得ることはなかった。インビジブルと共に生きてきたが故に心にぽっかりと空いたかのような感覚はあれど、寂しいと感じたことは微塵もない。
 だからこそ、優輝はRB団が掲げる『人生を充実している者への制裁』には微塵も共感を抱かない。彼らと共に生きる今が充実に満ちた人生その物だからだ。

「……とは言ったけど、休日だけあって人が多いねー」
 複合型アウトレットモール『湾岸ハーバーモール』は子ども連れ、友達連れ、恋人連れで賑わいを呈し、ちょっと視線を逸らせばぶつかってしまうほどだ。
 湾岸ハーバーモールは屋外構造式のアウトレットであるので屋内式のような立体構造の建物でない分まだマシだが、こうも人混みに揉まれるとどこが√マスクド・ヒーローに繋がっているのかが皆目検討も付かない。
 しかし、優輝には秘策があった。

「霊能力者の干渉する視界を使えば……っと」
 通行人の邪魔にならないよう脇に反れると、神経を研ぎ澄ましながら糸目を薄っすらと開いて辺りを見渡す。
 すると、道行く通行人たちの姿とモール内の建物は次第にぼやけていき、代わりに物流倉庫と思わしき構造物が視界に入ってくる。
 これこそが優輝が有する第二の能力、霊能力。
 霊能力者とは、現在地に重なって存在する別√を目視できる者たちの総称であり、この異能によって自ら異世界に赴くことなく他√への一方的な干渉を行える存在である。
 故に「次元越境兵器」の暗殺者として酷使されていたが、今となっては簒奪者と戦う術として優輝は自身の力を自分と世界の為に行使する。

「どうやら√マスクド・ヒーローだと、ここは湾岸の倉庫街みたいだね。悪の組織が潜伏するには打ってつけだね~」
 だが、RB団と思わしき不審者の姿はここでは視えない。
 何せ倉庫街だ。大きな建物が邪魔になってる上に、碁盤目状に走る路地の存在も全部見通すことは難しい。

「だったら……上から見下ろそ~♪」
 一旦幻視を切ると、優輝は軽い足取りでモール内のランドマークである観覧車へと足を伸ばす。
 他√への入口は多種多様であり、場合によっては道以外の物が他ルートへ繋がっている場合もある。その可能性もあって観覧車も調査対象であったが、長蛇の列が出来るまでの満員御礼な状態を見ると可能性はゼロに近い。
 だが、屋外式のモール内を見下ろせるのなら利用価値はある。
 並ぶこと十数分。人の数こそは多かったが2人3人で乗るのが殆どでもあったので、予想以上に自分の順番が回ってきたようだ。
 降りた先客と入れ替わる形でゴンドラに乗り込めば、次第に地上から晴れ渡る休日日和の青空へと昇っていく。

「本当だったらこの景色を楽しみたいところだけど、事件が終わったらのんびり満喫したいね~」
 そうボヤきながら再び視界に意識を集中すると、今度は倉庫街を上空から見下ろすように視界が入れ替わる。
 まるで人がアリのような大きさとなっていく中、何やら不審な集団が忙しなく動いている倉庫があった。

「たぶん、というか絶対アレかな~?」
 想像していた以上に予想が的中し、自分以外の人間が居ない密室空間でもあってか思わず嬉しさでほくそ笑んでしまう
 視界を√EDENに戻して同じ場所を見やり、再び視界を√マスクド・ヒーローに移す。
 こうして優輝は、√EDEN侵攻における最後の準備を進めるRB団と思わしき集団を観覧車から降りるまで監視を続けるのであった。

霧島・光希

「プラグマにRB団、それに悪い√能力者……」
 √マクスド・ヒーローより楽園を狙う秘密結社『プラグマ』。
 プラグマの傘下組織である簒奪者たる『RB団』。
 そして、√EDEN内の協力者である悪の√能力者。
 更にここへ√能力者である霧島・光希(ひとりと一騎の冒険少年・h01623)たちが加わればまさに三つ巴の戦いであると頷いてしまう。

「……みんな冒険すればいいのにね。そんなに暇なら──」
 光希はこの√EDENより他√世界に踏み入った時、√能力者として覚醒した。
 まさに刺激に満ちた冒険その物で、 気づいた時に視えるようになっていた『| 影の騎士《護霊》』に何度助けられたことか。
 今に至るまでひとりと一騎の冒険を続けてきた冒険少年だからこその率直な思いなのだろうが、世界というものは一見単純そうに見えるが複雑で残酷なものだ。
 それも幼い頃から神隠しにあったかのように放浪し続けて今日に至るまで成長してきた事情があるのだろうが、家族連れや恋人連れで賑わう湾岸ハーバーモールの様子を見ていく内にとある感情が芽生え始めてきた。

「……なんだろう。この懐かしい感じは……」
 幼少よりひとりと一騎の冒険で放浪していたからこそ思い出してしまう記憶……それは『家族との記憶』である。
 忘れてしまっていたが、確かに自分もこうして誰かと一緒に買い物に出かけたり遊園地に出かけていたような気がする。
 しかし、思い出そうとしても中々と思い出せない。
 それが欠落による忘却なのか、成長するにつれ忘れてしまった記憶かは定かではないが……これだけは確かなであるのはハッキリと分かる。

「とても広くて人々で賑わっていて……ここに怪人だの何だのの襲撃を許すわけにはいかない」
 自身の記憶が思い出せない歯がゆさよりも、この日常を破壊する非道に対する怒りは数々の冒険によって養われたものといえよう。
 だが、いざ調査しようにも現地協力者たる悪の√能力者の目がある。
 ここで√EDENに簒奪者が襲撃してくると避難誘導に走れば、悪の√能力者は契約に基づき作戦遂行の手助けをしてくるに違いない。

「だったら……【|見えざる従者《インビジブル・サーヴァント》】、起動」
 幸いなことに『|見えない怪物《インビジブル》』は√能力者以外からは見ることもできない存在だ。
 故に不可視の小さな精霊である『見えざる従者』を放ち、彼らからすれば巨人も同然な行き交う人々の足元を忙しなく走らせることで、悪の√能力者の目に触れること無く広範囲に渡り隈なく調査が出来るというものである。

(問題は何を異世界への道としているか、だね)
 一般的には「路地裏の曲がり角」のような物が他√の入口となっているが、ドアを開ける、鏡をくぐり抜ける、特定の場所でエレベーターに乗り込むなども存在している。
 もしくは悪の組織らしく大胆にもモールの入口からとも考えられたが、生憎ながら繋がっている間はすべての√能力者が同様に目視できる。
 となれば、従業員の通用路なり資材搬入路なりの一般人の目に触れにくく、そう関心も向かないバックヤードと言った辺りか。
 まずは今も感覚を共有している見えざる従者の働きに期待するしかない。

「そうだな……モールのあちこちをふらふら見て回ったり買い食いなんかしつつ、今は見えざる従者たちを待とうか」
 あわよくば入口を発見したら何かで塞ぐなりして通行禁止にしておきたい気もするが、まずはどこであるかを確認してからだ。
 待てば甘露の日和あり。そんな諺もあったよねと光希は考えを巡らせつつ、ほどよい塩味とほどよい甘さが楽しめる海をイメージした青いソフトクリーム『潮ソフト』に舌鼓を打ちつつ捜査するのであった。

ルナ・ルーナ・オルフェア・ノクス・エル・セレナータ・ユグドラシル

「「ふぅ……今回の仕入れも実に有意義なものであった」
 ルナ・ルーナ・オルフェア・ノクス・エル・セレナータ・ユグドラシル(ハイエルフのマンガ好き|古代語魔術師《ブラックウィザード》・h02999)は、さもご満悦な顔でモール内に設けられた大型荷物用コインロッカーに小柄な身体である自分の背丈ほどあるキャリーケースを押し込む。
 その中身は漫画の週刊誌&月刊誌に追ってる作品群の単行本。立ち読み防止のラッピングが施されているため、思わず目に止まって表紙買いをした物もたくさんある。
 ルナはエルフ族の中でもハイエルフと呼ばれる古き血筋の種族である。
 その証左に彼女は小学生ほどの見た目だが年齢は90になったばかりであるが、混血が進んだ一般的なエルフに比べて純血たるエルフの血によりにこうして幼い姿のままである悠久の時を生きる存在なのだ。
 だが、長きに渡り他種族の死を看取る存在なれば呪いに近い長命の友とも言える存在が必要であり、ルナの場合は数千年前の人物と時を越えて語り合う存在たる書物であった。
 元々は魔導書の収集を趣味とする蒐集家であったが、今となっては忘れてしまった何かの気まぐれでたまたま手に取った漫画本を読んだことでこうして漫画にドハマリしてしまっている。

「しかし、だ。この仕入れでボクの書店で設けている漫画本のスペースも逼迫することになる。貸本しているコレクションの一部を古書として売り出すべきか……悩ましい限りだよ」
 少年&少女漫画の週刊誌や月刊誌で追ってる単行本ならば掲載誌のみを仕入れるようにすればスペースは空くのだろうが、√EDENにはWEB連載の漫画という物も存在している。
 これらはネット上で人気が出たのを出版社が作者に声を掛けて製本されたものであるのだが、コアなネタほど売上が延びずに初版と次の版で出版が終わってしまうのも珍しくない。故に商品として手放すかどうかの選択を迫られるのは蒐集家の宿命であろう。
 なお電子書物という存在もあるのは知っているが、本の匂いや触感がなんとも心地よいルナに取っては選択の余地すら入っていない。

「ま、ボクの個人的な収集部屋か生活空間に積んでおけばまだまだ大丈夫だろう。私用は完了したし、たまたま通りかかった案件の解決に向けて捜査しようじゃないか」
 こうして厳格なまでに己を律している高貴なハイエルフが問題の先送りに先送りを重ねる堕落した結果の駄エルフへと醸成されるのかという懸念はさておき、この今話題な湾岸ハーバーモールでの買い付けに訪れた際にルナは星詠みと√能力者たちの一向に出くわした。仕入れが終わればモール内で時間を潰すのを計画していた彼女としてはまさしく乗りかかった船であるので、今ハマっている少女探偵漫画のように捜査していこうじゃないかと主人公の名探偵になりきったつもりで推理を始めた。
 魔法で探索するのが手っ取り早いだろうが、漫画で得た知識を大いに活用できるのであればそうした方が面白いという訳だ。

「そうだな……ボクが練り歩いた大型書店にその周辺はシロだろうか。寧ろ"地上"にある施設や通路ではないと睨んだね」
 物語上の名探偵は犯人の視点で度々推理する。
 ならばと、ルナも身体は子どもだが頭脳は大人な彼女に倣って同様の視点で考えを巡らせる。

「RB団だったか? リア充爆発しろの|頭文字《イニシャル》を取ったふざけた名前だけど、彼らも馬鹿ではない。ボクたち√能力者が道を認識できるなら都市空間ならではの複雑さで隠せば良い。まさしく木を隠すなら森の中……いや、この場合は灯台下暗し、かな?」
 ルナはコツリと捻れた杖の石突を床に叩いて鳴らす。
 確か……ロボット犯罪に立ち向かう警官のロボット物漫画だったか。
 この漫画によれば、ゴミを埋立て作られた人工島の地下には忘れら去られた資材搬入路や水路の迷宮が広がっていると描かれている。
 まぁ、流石に白いワニと言った都市伝説は存在していないだろうが、ルナの√世界たる√ドラゴンファンタジーのダンジョンめいた迷宮も√EDENの大都市たる東京にも広がっているということだ。
 まさに神出鬼没な悪の秘密結社が|根城《アジト》とするには打ってつけである。

「けど、地上施設だけのモール内にあって地下空間に繋がる"道"はマンホールぐらいだ。開けようとすれば野次馬で賑わうだろうし、そもそもそんなことをしてしまえば協力者の目にも容易く止まってしまう……」
 尖った耳の姿を自身の魔法で普通の人間に置き換える認識変換魔法で変装しているが、流石に自身の行いを隠すまでの|魔法《√能力》を行使すれば気づかれてしまう恐れが高い。なれば、人目を避けて地下空間に降りれる場所……つまり其処は──。

「施設の裏側……バックヤード。そこから地下に降りてしまえば察知できまい」
 思い立ったら行動あるのみ。
 ルナは人目を確認しつつ、関係者以外立ち入り禁止のエリアに潜り込む。
 だが、待ち受けるは解錠するにはIDカードとパスナンバーを必要とする電子ロックされた金属製のドアだ。

「ボクの魔法なら壊してしまうのは簡単だけど、そんなマネをしてしまえば警報装置が作動するだろう。さぁ、古代の叡智を見せてあげるよ……|鍵が無くても扉を開ける魔法《ロックハッカー》」
 ルナは手にした古びた魔導書を軽く叩いて開くと古代語の詠唱を紡ぎ始める。
 魔導書が蒼白い焔に包まれ始まったかと思えば、分厚く重々しそうな金属製の扉隣にある電子端末が軽快な音を鳴らすと同時にガチャリと鍵が開いた。

「よしよし。だけど、念には念を押して……ウィザード・フレイム」
 無事にバックヤードへの扉を|解錠《ピッキング》したルナであったが、悪の√能力者がこれに気づいて追ってくる可能性はゼロではない。
 ならばと、扉を潜った先で己の√能力『ウィザード・フレイム』を詠唱し、閉じたことで再び電子錠が作動した扉に向けて放つ。
 杖から放たれた火の玉は扉と壁の隙間に命中し、当たって消えた痕にあるのは溶接された箇所。この|魔法《√能力》には攻撃の他にも物品修理する力もあり、この場合は電子ロックではない物理的な施錠という扉本来の役目を付与する形で修理したと言えよう。
 これなら仮に施設関係者にでも化けて悪の√能力者がルナを尾行していたとしても、IDカードとパスナンバーを入力したところで内側から掛けられた『鍵』によって開けられない訳である。勿論、帰りはちゃんと元に戻すつもりだ。

「さーて、RB団とはバックヤードの中で対峙するか。それとも地下空間で戦うか……どっちになるんだろうね」
 さながら自身が漫画の主人公にでもなったかのように、ルナは次はどんな展開となるか楽しげに思案しながら商業施設裏側の探索を始めるのであった。

レイ・イクス・ドッペルノイン

 √マスクド・ヒーローに繋がる『道』は商業施設において目に見える表側ではなく、目に見えない裏側のバックヤードにある。
 各々の捜査で結論付けた√能力者らは、様々な手段を講じて湾岸ハーバーモールの裏側へと侵入を果たしていく。
 そんな中、レイ・イクス・ドッペルノイン(人生という名のクソゲー・h02896)もまた何処かで監視を行っているであろう悪の√能力者の目から逃れるよう、道行く人々の雑踏に紛れながら流される。

「えぇっと……」
 誰がどう見ても挙動不審以外の何者でなく、レイは周囲を忙しなく藍色の髪を揺らしながら碧眼をしきりに動かす。
 何もかにも彼女の『記憶』に無い物ばかりであって、正直言うと瞳から入ってくる膨大の情報で頭が混乱しかかっていると言っても良い。

『ゴルァ、レイ! キョロキョロするなって、なんべん言えば分かるのよ!!』
「ひゃ、ひゃいぃっ!」
 突如と頭に響くレイと同じ声色の怒声。
 彼女の名は九十九・玲子(その辺にいるゲーマー・h02906)。
 レイのAnkerであり、筋金入りなゲーマーである居候先の家人でもあり、瓜二つのそっくりさんである。
 詳しい話は省くが、気づけば√EDENの某所にある九十九家の軒先で突っ伏していたレイを介抱した本人であり、匿われた先に凸ってきた簒奪者と対峙した際に数々のゲームで得た知識をもってして戦い方を指示して撃退した立役者だ。
 その際にレイは、自身の名と√ウォーゾーンの出身者であること、そして脳髄以外が正体不明の機械細胞で構築された人類の開発した決戦気象兵器「レイン」を扱う人類の最精鋭兵士……レインメーカーであることだけを思い出す。
 しかしながら、戦い方は忘れてしまっている。
 故に玲子自慢のゲーミングPCと筐体を魔改造したドック型ゲーコンを通し、レイのオペレーターとしてこうして自宅から叱咤を送ったという次第だ。
 詰まる所、FPSゲームさながらの一人称視点で視界を共有しながらの二人羽織と言っても差し支えないだろう。

「でも、どこのバックヤードにこっちに来るのか見つけないと……」
『それはだいたい見当ついてるから、今は私の支持に従いなさい。はい、そこで右!』
 レイは渋々と玲子の指示に従って進んでいくが、彼女のことだからネットで掲載れている見取り図と照らし合わせているのだろう。
 だったら大丈夫と自分に言い聞かせながらレイは雑踏の流れに沿いながら進むが、やはりちょっとした会話がないと物足りなさを覚えてしまう。

「……そう言えばだけど、さ。玲子って恋人いるの?」
『ハァ? いるわけねーだろバーカ』
 即答であった。
 しかも声色がさっきの怒声とは別ベクトルの苛立ちが含まれていたので、これはレイもこの手の質問は地雷であると察せるものであった。

「あっ……ご、ごめん」
『いいよ、アンタはまだ何も知らないんだし……家族や恋人が嫌いなんだよね? その人たち。逆にそういった人たちがあまり来ない場所から入って来るんじゃないかな。例えば……そうだね、眼の前にある中古グッズ・ゲーム買い取り店とか?』
 玲子の言葉どおり、そこにはデカデカと高価買取の四文字が添えられた中古買取店があった。レイは物珍しそうにショーウィンドウに飾られた時代を感じさせる様々なグッズに目を輝かせるが、視線を落とせばゼロが何桁もあるところ察すればかなりお高いお値段であることに気づいて驚いてしまう。

『あー、やっぱプレ値が付くとそんぐらいなるよねー』
「……ねぇ。もしかして玲子は下見がてらに私をここまで誘導したの?」
『バレた? うそうそ。ここって人の出入りが激しいし、ゴチャゴチャしてるし、売ってるモノもモノだからそこでいかにもそれっぽい人の姿に変化した状態でスゥー……って』
 玲子曰く、襲撃を計画しているRB団は事前に現地の下見をしていたに違いない。
 非モテを拗らせた悪の秘密結社であるのならば、まぁ見た目もお察しくださいと言わんばかりであろう。
 となれば、爽やかさを求められる売り場スタッフではなく買う側として行き来していたと彼女は推理したという訳である。
 実際にレイが店内に踏み込めばトレーディングカード売り場と併設された遊び場から言葉では形容できない何ともな臭いを感じてしまうところ、到底自分とは住む世界が違う場所と実感せざるを得ない。

『んー……この辺のフィギュアと8bitゲーム機コーナーとか怪しくないかな? 間取り的にこんな並びはちょっとあり得ない感じなんだよねー』
 自分では特に何も感じないが、どうやら玲子からすれば何か隠しているような感じらしい。ちょうど従業員や客の死角になっている袋小路に飾られたアニメキャラクターの等身大看板を持ち上げてずらしてみると……。

「あっ……」
『ビンゴ!』
 そこには目隠しされた従業員用通路と扉があった。
 ノブを回すと鍵は外されており、電子錠も何者かの手によって停止されている。
 これこそがRB団の斥候が出入りしていたという何よりもの証拠だろう。
 扉を開けると人型の看板を元に戻し、レイはバックヤードの奥へと進んでいく。

「よーし、あとは悪いオタクたちをぎったんぎったんにして……あれ? 玲子、何で落ち込んでるの?」
『別に……オタクで何が悪い』
 また何か地雷を踏んでしまったのであろうか。
 塞ぎ込んでしまった玲子に掛けるべき言葉を何とか絞り出そうとレイは再び慌てふためき思案しつつ、彼女たちは商業施設の裏側に進んでいく。

マキナ・アレッサンドロ

「幸先よく忍び込めれましたが……はたして蛇が出るか鬼が出るか」
 一般人に扮して爽やかな私服姿となったマキナ・アレッサンドロ(人間(√EDEN)のルートブレイカー・h03222)は、商店においては繁忙時である昼時近くなだけあって人の気配がないモールの裏側たるバックヤードを慎重に進んでいく。
 彼がどうやって侵入したかと言えば|警視庁異能捜査官《カミガリ》故の公権力であって、昭和期の刑事ドラマとも言える私服刑事さながらな身なりではあるが本物の警察手帳の威力はさるものである。
 もっともらしい理由をこの道10年なベテラン力にてでっち上げ、こうして苦も無く入れたとは言うものの、ここから先は緊張の連続である。
 なにせ視界がひらけてオープンな裏側と違い、こちら側は閉鎖的な通路と扉続きなのだからだ。ひとつ進む度に五感を研ぎ澄まして重々しい金属の扉の先に誰かが居ないか確かめながらの捜査であり、こうも神経が張り詰めると口の中が乾いてくる。

「まぁ、それでなければ張り合いというものがありません」
 そう自分に言い聞かせながら次の扉にと手を掛けようとしたところ……マキナの第六感がこの先に何者かが居ると囁きかける。
 音を立てずにそっと耳を扉に押し当てると、体温が奪われる冷たい金属特有の感触と共にくぐもった声が聞こえる。

「この先は……荷捌場ですか」
 視線を移せば、この先は各テナントへの荷物が搬入される空間であった。
 こういう物は早朝や夜など客が居ない時間に済ませるものであるので、今賑やかであるのは明らかに怪しい。
 扉を鳴らさず静かに開き、僅かな隙間から覗き込めば……怪しい集団が下水に繋がっているであろうマンホールより続々と昇っている最中である。
 あれこそがRB団。
 マキナの直感が結論付け、後方に目をやるが悪の√能力者の気配はない。
 惨劇の舞台となる表側の監視を行っているのであれば、こちら側の姿は視認できない。
 ならば、ここで踏み込むべきである。

「……動くな! 警察だ!!」
 まだ仲間の応援が来ていないが、彼らならこの声に気づいてやってくるだろう。
 そのように踏んだマキナは金属製の扉を勢いよく開け、普段の丁寧な言葉づかいとはかけ離れたドスの利いた声で威圧する。
 虚を突かれたRB団の戦闘員らは明らかに動揺するが、卑劣極まりない彼らを誰一人と逃さまいと鋭い眼光を放つ赫眼でマキナは睨みつけた。

第2章 集団戦 『戦闘員』


 ──RB団。
 それは嫉妬の炎が怒りの炎となって燃え上がる、熱く、暑苦しく、厚かましい集団。
 本来ならば彼らに統率者など存在せず、リーダーなき組織と言っても過言ではない自然発生型集団であった。
 だがそんな彼らに転機が訪れたのは、秘密結社『プラグマ』の創設とそれに伴う零細秘密結社が雨後の竹の子の如く生まれた背景だろう。
 ぶっちゃけ単なるはた迷惑な集団なのだが、そんなテロリズムに満ちた奴らだからこそプラグマは利用価値を見出し、こうして武装された組織へ転生を遂げたと言っても過言ではない。

「聞け! 世の中には2種類の人間がいる。それはリア充とリア充を殺したい人間だ!」 埋立地ならではの立地を活かした地下下水道からの侵入。
 崇高な作戦を邪魔立てする√能力者の目を欺いて成就しようと綿密に計画された、年に一度の「クリスマス爆発作戦」を実行に移そうとする前の演説が指揮官たる怪人により荷捌場内で行われていた。

「クリスマス前だってのにイチャイチャする不届き者、聖なる夜が訪れる前に不埒者を……我らは正義の名の下に処罰する!」
「「「それこそが使命! それこそが宿願! それこそが至上の命題!」」」
 耳を傾ければなんともまぁ、偏った思想であろうか・
 リア充憎しの怨嗟に満ちた非モテの叫びが重なり合い、内に秘める嫉妬の炎をより熱く燃え上がらせている真っ最中である。
 しかし、それもここまで。
 √能力者たちが現場に踏み込めば、叱咤激励を送っていた怪人が舌打ちをしながら忌々しく睨みつける。

「おのれ、よく分かったな! 我らプラグマの星詠みにより裏をかいたつもりであったが……逆にかかれるとは!」
 作戦は失敗なれど、如何なる者なれど我らの野望は止められない。
 この胸に秘めたる嫉妬の炎を誰が消せるものか。

「作戦は!」
「「「目に付いたリア充の撲滅!」」」
「合い言葉は!」
「「「リア充爆発しろ!」」」
「我ら!」
「「「RB団!!!」」」
 さながら海兵隊式にRB団戦闘員がガンホーガンホーガンホーとを喊声を上げ、作戦を阻止せんとする√能力者へ襲いかかる!
七鞘・白鵺

「お、殴って良いやつはっけーン」
 合法的にシバいて良い相手たる簒奪者を発見した七鞘・白鵺(人妖「鵺」・h01752)の眼が光り、にぃっと口角も上がって不気味な笑みが浮かび上がる。
 相手も臨戦態勢となっておれば、もはや話し合いは無用。
 会話を交わすのであれば、それは肉体言語以外にない。

『えぇい、飛んでストーブに入る冬眠前の虫よ! 頭をねじ切ってツリーの頭飾りにしてくれるぜ、ヒャッハー!!』
 自分の身長以上ある謎の金属で出来た卒塔婆『怪力乱神・嶽殺棒』を肩で担ぎながら進んできた白鵺の周りをRB団戦闘員らが取り囲む。
 性もない活動内容であるものの、流石は改造されているだけあってその速さは常人以上のものであり、自らの√能力である通信装置で相互に連携を取れていれば尚更か。

「RB団……あぁ、リア充爆発系かヨ。そんな活動に精を出すくらいなら働いてお金貯めれば良いのニ。お金出せば付き合ってくれる人募集できるって聞いたヨ?」
 しかし、悠然と佇む白鵺は眉ひとつ動かさないどころか挑発の言葉を言い放つ。

『彼女が居ない以上に惨めな気持ちになるだろうがぁ!!』
『言うなぁ! アレだけ指名してやったのに……その言葉は俺に効く』
 縁の切れ目は金の切れ目とはよく言ったものだ。
 おまけに心当たりのある団員まで居るのだから、本当に非モテなリア充憎しの爆発系は度し難い。

「一般人の怪人化や戦闘員強化できる技術力があれバ、自分の恋人とかも『造れ』そうなもんだけどネ?」
『それもそれで惨めだろうがっ!!』
 まぁ、プラグマとしては褒美に与えることは出来るのだろうが、このリア充への恨み辛みが破壊活動の原動力となっているのであれば与えない方が良いだろうし、何より褒美を与えられた者が与えられなかった者の恨みを買っての内ゲバだの粛清もね?
 と言っても、白鵺とすれば何ら関係のない話だ。
 こうして相手を苛立て、連携を崩せれば良いだけの話なのだ。

「まぁ、いいヤ。道を誤ったなら正さないとネ」
 白鵺は善意に満ちた笑みを浮かべながら怪力乱神・嶽殺棒を肩から下ろした瞬間、RB団戦闘員も動き出して飛びかかってくる。
 そして膂力衆に優れる自身の怪力を持ってして卒塔婆をぶん回す瞬間、彼女の瞳の奥底に光が讃えて√能力が顕現する。

「さァ、微塵と散れヤ蘇婆訶!!」
『ぶほぉ!!?』
 鋭い風切音と共に起こるは暴風の一撃『禍祓大しばき』。
 横薙ぎされた卒塔婆の角がいい感じに戦闘員の頭にクリーンヒットすれば、ホームランボールのように吹っ飛んでいく。
 まさしく人外の怪力によって振るわれるフルスイングはぐるりと白鵺の身体を360度回転しても威力を落とさず、面白いまでにRB団の皆さまをぶっ飛ばしていく。

「来世ではまともな道を歩けるようニ、現世の君たちの亡骸で舗装していてあげル♪」
 嗚呼、まさしく善意に満ちた菩薩の笑顔。
 だが、ぶっ飛ばされて地面に倒れ込むRB団にとっては地獄の獄卒に見えるか。
 相手が√能力者ならば√マスクド・ヒーローの何処かで復活するのが癪に触るが、白鵺は抜苦与楽の精神をもってして不心得者たちをどんどんとしばき倒していくのであった。

霧島・光希

 タチが悪くて。迷惑で。つまらない。
 それが光希が実際に見て抱いたRB団への第一印象であった。

『ガキだろうが女だろうが容赦しねぇゼ!!』
 こんな自分にも敵意と嫉妬の炎に燃えるだなんて、なんて度し難きことか。
 仲間の√能力者が卒塔婆らしき物体をぶん回してまとめてブッ飛ばしていたが、まるでひとり見かけたら10人は居ると思えなばかりだ。
 だが、これだけはハッキリしている。

「──あんた達は、この世界には不要だ」
 彼らは|楽園《√EDEN》を好き勝手に蹂躙する簒奪者以外の何者でもない。
 先程はそんなに暇ならみんな冒険すればいいのにと漏らしていたが、これは前言撤回とすべきか。
 唾棄するまでみっともない彼らを楽園より放逐するこそが最善である。
 光希は冷ややかな視線を送りながら、一片の容赦もしない決意の表れである超硬刀身に錬成による帯属性機能・投射機能を備えた、試作品の短剣型竜漿兵器「イグニス」の切っ先を向けながら結論付けた。

「しゃらくせぇ! 数の暴力で分からせてやらぁ!!」
 確かに数では相手側の方が有利となっている。
 だが、そんなもの……数々の冒険で何度も経験している。

(──そこだッ)
 密集具合、移動速度、着弾のズレ……視界から入ってくる数々の情報を計算して導き出した答えを今、竜漿兵器たる剣を銃のように持ち替えて示す。
 RB団からすれば剣を振ると思っていただろうが、それは先入観の失策か。
 銃は剣より強しの諺をもってして挑めば五分五分だっただろが、そんな彼らの後悔は√能力が顕現する煌めきと足元で炸裂した眩い閃光をもってしてすることになる。

『アバーッ!?』
 『|【謎めいた弾丸】による射撃《エニグマティックバレット》』の炸裂は、大型トラックの搬入も考慮された荷捌場という広めの空間であっても密室であれば避けられまい。
 ましてや最大で着弾半径20メートルにまで及ぶとあれば尚更で、仲間を巻き添えにしないようある程度威力を抑えてはいるがリア充爆発の理念を掲げた連中が爆発されるとは何とも滑稽な話ではないか。
 しかし光希は欠けた心の空白感によって、そんな彼らを嘲笑する気持ちが微塵にも湧いてこない。
 湧き起こるは痛快さよりも怒りの感情……終わり無き冒険に出発して以来、顔を合わせていない親友の屈折なく笑っている様が脳裏をよぎる。

「……僕の親友も、彼女さんと一緒にクリスマスを過ごすはずなんだ。邪魔するな」
 部活には入らず交友関係も限られていて、クラスではモブか変わり者扱いの日々。
 だが、そんな自分にも親友は居た。
 あいつは社交的で自分とは性格は正反対だが、妙にウマが合って色んな冒険をした仲であり、最後に合った時には彼女が出来たと自慢していた。
 その時は何とも思わなかったが、今だからこそ分かる。
 何ともない日常が幸せであり、そんな幸せをRB団のような身勝手な連中が踏みにじるのだと。
 そう考えるだけで光希の欠けた心に激情が奔るような熱い感覚が奔り、容赦なく|謎めいた《エニグマティック》エネルギーの弾丸を叩き込むのであった。

ルナ・ルーナ・オルフェア・ノクス・エル・セレナータ・ユグドラシル

「今の叫び声は……どうやらあっちに出たみたいだね。現場に急ぐとしようか」
 普段入ることのない施設の裏側。
 自分も書店を経営しているが住居兼店舗で店側に置ききれない書物は生活空間を侵食しているのが常であるルナにとって、こういうのは色々と勉強になるものだと興味深そうに道の探索がてら見て回っていた。
 そんな異文化と経営学としての興味から思いの外と時間が経っていたようで、建物の外でなく中から聞こえるくぐもった怒号に横へせり出した長耳がぴくりと反応する。
 内心夢中になりすぎたと反省しながらも、ルナは騒ぎの中心部へと急行する。

「ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ……お、思ったより遠かったね」
 重々しい扉を目一杯の力で開けて姿を見せたルナは、普段の余裕ぶりは何処に飛んでしまったのだと言わんばかりに息を荒げながら肩で呼吸をする有り様であった。
 距離にしてさほど遠くもないのだが、本の買出し以外は基本的にインドア派なルナにとって、巨大アウトレットモールでの全力疾走は息を切らせるのには十分な距離だったのである。
 ──少しは運動する習慣を付けておこう。
 これでもう何度目となる運動習慣改善の近いであるかは長命なエルフ故に忘れてしまったが、息を整えるとごくりと唾を飲んで戦闘態勢を取っているRB団を睨んだ。

『ぶひぃ! 次から次へと出てくるぶひ!!』
 そっちはこっちの台詞だと突っ込みたくなりそうな言葉を、小太りを通り過ごして明らかな肥満体型な戦闘員がぶひぶひと喚いている。
 彼もまた非モテを拗らせて道を踏み間違えてしまった悲しき男なのだろうが、だからと言ってそんな哀れな豚さんを慰めてやる道理は微塵もない。

「はぁ、ふぅ、まったく、リア充だリア充じゃないだとか細かいことに拘る奴らだね」
 ボクの半生も書と共でリア充であったことはない訳だが、こんなのと一緒にされては叡智の使者としては看過できないさ。

『生意気な|小娘《ガキ》だぶひ。決めたぶー。お前は……ぼくちんの"お嫁さん"にしてやるぶひー!!』
 仮称豚さんはこんな体型であるにしても戦闘員として改造されているだけあって、戦闘服をゲーミングな虹色に輝かせながらの突進はイノシシさながらである。
 仲間の戦闘員からは「あ、この豚野郎!」だの「抜け駆けしやがって!」だの言われている辺り、ぶひぶひと鼻息を荒げながら喚き散らす『お嫁さん』とは言葉通りの意味なのだろう。

「や・だ・ね。ボクの好み以前な問題だし、求婚を申し出るならデリカシーさが欠けに欠けてるよ」
 だからモテないのだよと一瞥し、杖の飾りを鳴らしながら突撃してくる豚さんに頂きを向ける。

「大地に宿る生命の息吹、絡まり伸びる繁茂せし蔓、緑の鎖となりて敵を締め上げろ――|新緑の縛鎖《ヴァーダント・グラスプ》!」
 √能力が顕現する現れたる輝きが迸り、突き出た腹を激しく揺らしながら迫る豚さん戦闘員へ虚空から現れた蔓植物が絡み付く!

『ぶひー!?』
 巻かれた蔓によって捕縛された豚さん戦闘員はボンレスハムさながらの無様な姿になってしまうが、まだ己の√能力によって虹色に輝いている様を鑑みればクリスマスイルミネーションだろうか。
 新緑の縛鎖は豚さん戦闘員のみならず、近くに巻き付ける物があれば自然と巻き付く蔓植物の特性をもってして他のRB団戦闘員らにも絡みつく。

「ふぅ……しばらくそこで反省しているといいよ」
 ルナは未だ喧騒が収まらない空間に出来た蔓のクリスマスツリーを見やり、不届き者らにさらなる天誅を下すべく再び呪文を詠唱するのであった。

レイ・イクス・ドッペルノイン
兎村・優輝

「うわ出た玲子の同族!」
『あ"?!』
 緊張のあまりつい出てしまったレイの言葉に対し、玲子は非常に苛立った声で反応を帰す。

「違う! 日曜の朝に出てくる様な怪しい人ら!」
 あっ、やっちゃった。
 己の視線を介してモニタリングしている玲子からは決して見えない自身の顔に焦りの色を浮かべたレイであったが、下手に言い訳すればまた不毛な言い争いが勃発すると判断して、とっさに論点をすり替える。
 |玲子《あちら》も同じことを考えたのか深い溜息を吐いており、言いたいことはあるが抑えているようでもある。もし帰って蒸し返されたらば、居候させて貰っている故に全面降伏して謝り倒そう。

(うーん……何やってるんだろ、あの人?)
 己を知り相手を知る。
 霊能力を持った職業暗殺者という千里眼や透視などで|相手《ターゲット》の寝首を掻くのは得意中の得意だが、暗殺というものは一種の決闘的意味合いを持った一対一の戦いである。
 故にこうして密集されると手出しを出しにくいものであると叩き込まれた優輝は、部屋に押し込むなり物陰に潜り込んで様子を伺っていた。
 誰の補佐をしようか考えていた時、激しい狼狽を呈している仲間であるレイの姿を捉える。彼女のことはよく知らないが、仮に多重人格者たるシャドウペルソナであるのだとすればあの挙動不審さにも納得が付く。

『さっきまでの威勢どうしたの、とっ捕まえるんじゃなかった?』
「だって数が多い! 増員してるしぃ!?」
 破壊の限りを尽くさんとばかりに√能力を行使しているRB団戦闘員を前にしてこの様子だし、ここは助け舟を出してやっても良いだろうと優輝は結論付ける。

「じゃ、ゆーきは何だか危なげなあの人の援護に回ろうかー?」
 好機逸すべからず。
 普段はまず決して立てさせない足音をカツンとわざと鳴らして飛び出る。

『あっ!?』
 戦闘員がこれだけ居れば誰かひとりはまず気づく。
 それを見透かしていた優輝は既に職業暗殺者たる者が習得している√能力である『オートキラー』を行使しており、光線銃の銃口と共に明確な殺意が向けられれば通常では考えられない跳躍力をもってして相手の眼前に出る。
 まさに刹那に過ぎるとはこのことであり、相手が光線銃を放とうと引き金に掛けた人差し指を引き絞ろうした直前……鈍い光を放ったマチェットが深々と自身を狙った戦闘員の脳天をかち割っていた。

『あぎゃあああっ!?』
 断末魔と共に放たれた殺人光線が先程まで優輝が隠れていた場所を破壊させ、その場に居た物すべては噴水のように血飛沫を上げながら倒れた哀れな被害者に視線を集めた。
 だが、そこには優輝は何処にもない。
 それもそのはず、彼は闇を纏って暗がりの中から次の獲物を見定めているのだ。

『何だか知らないけど……チャンスね。ほら武器使って。何の為の装備だよ!』
「わわわ、分かってる!」
 突然相手の頭に真っ赤な花が咲けば動揺してしまうが、玲子の言う通りに今が好機。
 だが、頭で分かっていても戦いに不慣れ故にどうしても動作がもたついてしまう。
 両手剣というよりも鈍器と形容した方が正しいであろう流線型の機械的造形ツヴァイハンダー『ペネトレイター』を振るうが、やはり戦闘経験の差か機敏な動きの戦闘員に躱されてビュンと風を切る音が虚しく響く。

『ヒャハハハ! 足元がお留守だぜぇ!』
「……それはこっちの台詞だよー?」
 暫く様子見を決め込もうとしていた優輝であったが、流石にこんな戦い方では見てられないと老婆心が出てしまう。
 自身の念動力で華麗に大剣の一撃を躱しただろう戦闘員の足元をもつれさせて転倒させれば、今度は外さないと振り下ろされたレイの一撃が地面を振動させて容赦なく叩き潰すのみ。

『アバーッ!?』
「や、やったよ玲子!」
 まるで初めて取ったテストの百点を親に自慢するようなレイの達成感に満ちた喜びようだが、モニタリングしている玲子からすればどう考えても第三者の介入があったとしか思えない。
 けどもここで真実を語って水を差すより、何処かの誰かさんによる好意を受け取っておくべきか。
 自分だと自身が操作してやりたい気持ちに駆られてしまって苛立ちの罵声を上げてしまうからこそ分かるが、レイは叱るよりも褒めて伸ばした方が伸びるかも知れない。
 ここは調子に乗って増長したら叱り飛ばす感じに褒めておくべきだろう。

『……やれば出来るじゃない。けどちまちま潰してたら埒が明かないし、"メソッド・オーバークロック"を発動させてさっさと片付けるよ!』
「う、うん!」
 勝って兜の緒を締めろとの言葉なのだろう。
 オペレーターから促されるまま、レイは自身の√能力を顕現させる。

(お、遂にやる気になったかなー?)
 こうなれば助け舟を出さなくても済むだろうと安堵した優輝であったのだが……。

「ヒィ! |無《ヴォイド・オーパーツ》からノイズ出てる!」
「ヒェ! 敵にジャミングが掛かって変な挙動してる!」
 ……などなど、大丈夫なのだろうかと不安が再びよぎってしまう。
 彼女の言うジャミングとは、おそらく自分のインビジブルが√能力のエネルギー源を奪っていることも関係しているのだろう。

『ぐぅうう!? やけに身体が重ぇぞ!?』
『次元干渉力が働けば当然よ! 無のグリッチの鉄槌を放ちな、飛ぶぞ!!』
「う、うん! 行くよ……」
「『ドドメ゛の゛メ゛デオ゛ォ゛ォ゛ォ゛ォ゛!!』」
 物理法則を無視する鉄槌の一撃が下され、攻撃と自身の移動によって重複された次元干渉力が炸裂する。
 空間の破壊は衝撃波となって周囲に居る物すべてを容赦なく吹き飛ばし、RB団戦闘員らはまるでゴミのように蹴散らされていく。

(あ、これヤバい奴だ)
 当然ながら被害に遭う対象は闇を纏って隠れていた優輝も含まれており、闇を剥がすまでの破壊力を秘めた衝撃波から逃れるべく、RB団の侵入経路であるマンホールの中に潜り込んで事なきを得る。
 一陣の暴風が鳴り止んで静けさが戻ったのを頃合いに顔を出せば、そこには纏めて吹き飛ばされてしまったRB団戦闘員らによる死屍累々の屍が散乱していると言った酷い有り様であった。

第3章 ボス戦 『『マンティコラ・ルベル』』


『おのれ、我らの邪魔立てを……ッ!』
 今作戦を指揮するRB団幹部『マンティコラ・ルベル』は、√能力者らによって無様に蹴散らされ消えていく戦闘員の姿を前に苦々しく口元を歪める。
 性別を越えた非モテの結束、仮に団内でカップルが成立しよう物ならば組織の裏切り者として抹殺対象となる鉄の掟。
 しかしながら、裏を返せばそれだけ団結しているという訳でもあり、並の悪の組織であれば損失しても誘拐&洗脳なりクローン培養なり補充が効くからと使い捨て同然の雑兵であるが、RB団という組織においては非モテを拗らせた集団である。
 そう言った面において、様々な秘密結社を傘下に収める大組織たる『プラグマ』の傘下組織にありがちな少数組織故に集団の結束力が強いということなのだろう。

『だが、我らの魂は浮かれるアベックどもが居る限り永久に不滅。Ankerの元に還りし亡き戦友の躯を越え……私は|復讐の女神《ネメシス》となる。|大蠍《スコルピオ》の裁きの元、薔薇の|蠍尾《かつび》で貴様らの魂ごとを爆ぜよう!!』
 星座占いにおいて、さそり座の女性は人一倍嫉妬心が強く、独占欲、束縛心も人一倍強いとも言うが、それは誰よりも愛情深いからこその裏返し。
 妖艶な雰囲気を醸し出しながら鷹揚に歩む姿はまさに『|人喰い《マンティコラ》』の美女と言えようが、そんな彼女がここまでリア充憎しとなったのかは……触らぬ神に祟りなしか。
 何でモテないのか様々な憶測が脳裏に浮かぼうが、RB団の怪人を討たねばバックヤードを隔てて団らん楽しむ家族連れや愛を育むカップルに被害が及ぶのが確かである。
 ご迷惑なRB団と怪人を人知れず送り返すべく、√能力者らは雑念を振り払ってマンティコラ・ルベルとの決戦に挑むのであった。
兎村・優輝

 怪人のあまりにも身勝手極まりない言い分に、優輝は臓器を抜かれて以来スカスカとなった腹を抱えて笑いそうになった。
 こういった輩には共感を示さず笑い飛ばすのが一番だが、ここは哄笑以外にもっと効果的に相手の冷静さを失わせる術を彼は心得ている。

「ふーん? 過去の出来事と無関係な人を恨むんだ~? 傍迷惑な上にダッサいね~♪」
 口先をすぼめながら思わず笑いだしてしまう寸前に留めての嘲りを込めた笑み。
 そして、事実を事実として述べた煽り文句。
 既に成人済みだが、小柄で細い体躯に丸みを帯びたほっぺたの童顔であれば一回り年をサバ読むことも可能な彼の姿は、クソガキを通り越したオスガキか。
 仮に生き遅れた怪人がこの手の趣味を持っていれば魅了するに十分だったかもしれないだろうが、お生憎ながら昭和後期な文化的価値観が今も根強い√マスクド・ヒーローらしく「高学歴」「高収入」「高身長」の所謂3高が相手に求める最低ラインのマンティコラ・ルベルにとってはただの憎たらしいマセガキでしかないだろうが。

『黙れ! 本来ならば美しい美貌の私になびくはずの男が真逆の芋女を選んで去っていった哀しみと怒りが貴様のようなガキに分かるか!?』
「へ~~。でも、それってぇ……どんなに顔が良くても性格の悪さから男の人に逃げられただけじゃないのぉ?」
『……ッ!!』
 顔の半分が仮面で隠れているが、残り半分で露わとなっている口元がギリっと離れていても分かるまでの歯ぎしり音が聞こえた当たり、恐らく核心を突いた怪人の地雷を踏んだに違いない。
 彼女の怪人化に駆り立てたであろう思い出したくもない記憶がこの一言で蘇ったのであれば、どす黒い感情が嫉妬の炎となって指揮官たる素質として欠かせない冷静さを失わせるには十分なものだっただろう。

『惨たらしく爆発しろッ!!』
 マンティコラ・ルベルの怒りに任せた怒声と共に自らの√能力が発露され、薔薇のマークが刻印された大型な蠍の群れが嫌味ったらしい笑みをニヤニヤと浮かべていた優輝へと襲いかかる。

「思ったことをそのまま口に出しただけなのに、煽り耐性がまったくないねぇ~。ま、いい感じにこっちの挑発に乗ってくれて大助かりさ♪」
 ぶかぶかの服に隠されていたマチェットを抜き、物陰から忍び寄って衣服に飛びかかろうとする蠍に向けて一閃。
 真っ二つに叩き割られた蠍は毒性を帯びた体液を撒き散らしながら爆ぜ散り、優輝は自身の顔へ付着しないようだぼつく服の裾で咄嗟に防ぐ。
 組織に暗殺者としての技能を身体の奥底まで叩き込まれた故の防御術であったが、衣服に付いた蠍の体液がしゅわしゅわと音を立てさせながら溶かしている。毒の体液だけでもここまで強い酸性があるのだと関心すると同時に、嫌な記憶しかない組織にはじめて抱いた感謝の念をヒュウと口笛として吐き出した。

『ホホホ、先程までの威勢はどうした? 私の可愛い蠍たちは生きている者を無惨な姿に変える毒を持っている。減らず口を叩けぬ姿に変えてやろう!』
「……確かに、これは厄介だね~。だからここは戦略的撤退だね♪」
 怪人の愉悦に満ちた解説混じりの言葉からして、おそらくこの蠍は生きている者の証である体温を感知して襲いかかってくるのだろう。となれば、逃げれば逃げるだけ熱を帯びて行く自身の身体は暗闇に浮かびあがる提灯の炎と言ったところか。
 しかし、見方を変えればこの蠍たちは自分を狙って群がろうとしている。
 そこを狙うとすれば……自らの身体を囮にしながらも一撃離脱の策がある。

「ゆーきの中に棲んでいるインビジブルたち……食事の時間だよ」
 この言葉を鍵として優輝の身体が激しく波打つ。
 まるで中なら何者かが肉体から飛び出ようと暴れまわっているかのようだったが、彼を醜い姿に変えようとするマンティコラ・ルベルに取っては好機と見ただろう。
 しかし、普段の彼女であれば冷静さをもって警戒していたに違いない。
 それは優輝の胸を突き破って肉体の殻を破り、悪魔のような産声を上げた血塗られた無敵獣『デパスザウルス』によって証明されたのだから。

「魅力も沸点も低くてどうしようもないね~♪ ゆーきはもう相手してらんないから、後はこの子に任せるね? バイバーイ♪」
 外側も喰われているはずなのに呑気そうな声を残し、優輝がこの場に居た証である血溜まりには尚も成長を遂げるデパスザウルスだけが遺されていた。
 巨大化を続ける故か動きは緩慢で爆ぜた蠍の毒液をそのまま浴びてしまうが、インビジブルの集合体たる獣は外部からのあらゆる干渉を完全無効化することで平然としている。

『ギャオー!!』
『ぐぁあっ!?』
 放たれた蠍がすべて爆ぜたのに合わせ、デパスザウルスは頑丈な建物全体を震わせるまでの咆哮を上げた。
 当然ながらこれはインビジブル。
 √能力者以外からは視認できぬ存在であって、発せられる声も聞こえぬ存在。
 だが、それによって起きる現象は常人でも体感できるものであり、この場合は大地をも震わせる咆哮で生じた地震か。
 当然ながらこれだけの地響きを生じさせる咆哮となれば大気をも振動させ、震える空気の波はマンティコラ・ルベルの鼓膜にダメージを与えるどころかその身体さえも吹き飛ばすに十分なものであった。

 ──だって、ゆーきは無敵のデパスザウルスだからさ♪
 インビジブルに喰われて消えたはずの余裕に満ちた優輝の声と共に、巨獣は徐々に透明となって虚へと溶けていった……。

霧島・光希

(モテない男にモテない女の集団か……)
 戦闘員たちは顔をすっぽりと隠していたのでボディースーツで浮かび上がる体の線からでしか判別出来なかったが、如何にもな悪の女幹部然めいた出で立ちのマンティコラ・ルベルを一瞥すれば光希にとある疑問が浮かび上がる。

「……あんた達同士で仲良くなればよかったんじゃない?」
 確かに男女問わずに非モテを拗らせた集団であれば、逆にそれが出会いの場として機能しよう。それにマンティコラ・ルベルのような妖艶な風貌であれば、戦闘員を侍らせて女王様として君臨するハーレムも築くことも可能といえば可能だ。
 だが、そこは非モテを拗らせて悪の秘密結社を結成する集団である。
 男女問わずのモテないという深い絶望を抱えた人間に対する「絶望を乗り越える手段」として「幸せそうな奴らを不幸にさせる」という一種の足の引っ張りあいに走っているのだから、救いのない度し難さである。

『笑止! 幸せそうにしている輩は、本来我らがそうであるべきだった姿! それを破壊せずして己たちだけ抜けようとは裏切り者も同然!!』
 敵の団結力の強さに感心するやら呆れるやら。
 そもそもお見合いサークルとして機能していれば、こんな凶行に出るはずもないのは確かである。
 話し合いは無用であると放たれたマンティコラ・ルベルのサソリの尾針がついた髪鞭が虚を薙ぎ切る風切り音がビュンと唸れば、頬を撫でる鋭い風圧を肌で感じながら光希は身を翻して間合いの仕切り直しを図る。

「それが出来なかったのなら仕方ない。ここで倒すだけだ」
 まるでそれぞれが意思を持つかのように自在に蠢くマンティコラ・ルベルの髪鞭だが、√ドラゴンファンタジーの髪が蛇と化した女性のモンスター『メデューサ』と同じと思えば戦いようがある。尤もあちらには蠍のハサミや尻尾など無いが、そこは今までの冒険で培った経験で補えば対処できる。
 それでも代償として腕か足を一本犠牲になってしまいそうでもあるが、それと引き換えに確かな一撃を与えれば上々だ。

『フッ、性懲りもなく懐に飛び込もうとするか』
 自分の背丈ほどある片刃剣の錬成破断剣を振って牽制の刃風状の属性エネルギーを光波として牽制の投射をし、間髪入れずに己もそれに続いて跳ぶ。
 しかし、手練れの怪人とてそれはお見通しの挙動。
 ならばと紅き髪鞭を唸らせ、お望み通りに腕のひとつやふたつを切り落としてみせようと妖しくも唇を歪める。
 光希が取った行動は、若い故の蛮勇とも言えたかも知れない。
 相手の√能力によって小手先の光波は払い消され、時間差を置いたサソリの尾針がついた髪鞭が錬成破断剣を握り締めた腕に襲いかかって食い込んでくる。
 鈍い痛みが走るかどうかの刹那の中、光希の視野にその光景が緩やかにコマ送りされていくが不思議なことに彼の中には「恐怖」という感情は不思議と湧いてこない。
 現実感を感じれない自身の欠落故かどうかは定かではないが、代わりに魂を突き動かすは「勇気」が生み出す原動力のみ。
 肉を切らせて骨を断つの覚悟をもって、彼の眼底に己の√能力が権限する光で視界が白んだ。

 ──このッ!

 サソリの尾針が更に深く腕へ沈もうとしたその時、何者かがマンティコラ・ルベルの髪鞭を切り払う。
 その正体は『|怯まずの騎士《フィアレスナイト》』。
 自身の影を象ったように付き従う護霊たる『|影の騎士《シャドウナイト》』であった。

『なに……ッ!?』
 確かに腕を切り落としはずとマンティコラ・ルベルの唇が開かれる中、恐れず、怯まずに、自身の腕に走る痛みを昂揚に変えながら光希は振り抜ける。
 僅か数秒であったがそれ以上の時の流れを体感した攻防の末にマンティコラ・ルベルが身に纏う紅き甲冑が砕かれ、その下に隠れる柔肌から鮮血が噴き出すと共に彼女の悲鳴が室内に響いた。

レイ・イクス・ドッペルノイン

『ぐぅ……小癪な!!』
 致命傷ではないものの、その身に確かな一撃を受け続けたマンティコラ・ルベルの唇に憤怒の色が浮かび上がりながら歪む。
 まさに鬼気迫るとはこのことで、怪人から放たれる殺意が込められた気迫を前にレイは思わず後ずさりしてしまう。

『レイ。手負いのなんとかほど怖いものは無いっていうけど、飢えたなんとかはそれほどでもないって言うわ。怖じけずやっちゃいなさい!』
「あのさ、玲子……それよりも私の周りに残像が出来ているんだけど……」
 この言葉にモニター越しで周囲の状況を玲子が確認するが、レイの言葉通りに彼女の生き写しが身体に重なる形で視界がぼやけているのかと錯覚してしまうまで朧気にダブっている。

『あぁ、それ? "メソッド"がまだ途切れていないどころか、バフ重ね掛けで次元干渉が起きているね』
 |相方《Anker》からの淡々とした説明を受け、えぇ……と言わんばかりに困惑するがそんな事を言われれば誰もがこのような顔を浮かべよう。

「これ以上重ね掛けしながら攻撃をバックステップで避けていたら変な所にすっ飛んでくよ、やめてよ」
 確かにレイの苦言通り、バフを重ね続けていたら思わぬ結果を招く恐れがある。
 さりとて、そんな不安を振り払わんと言わんばかりに、

『無理、発動しちゃったものは今更解除は無理。ほらさっさとペネトレイターでぶん殴って、ひるんだら上着の中に発生している|無《ヴォイド・オーパーツ》を追加でぶん投げたらドカーンと爆破して、どうぞ。爆発の音、音割れ凄いかもしれないから気を付けてねェ』
 なんか最後は意地の悪そうな含みがあったが、戦い方を覚えていないレイとしては百戦錬磨のゲーマー視点で指示を送る玲子に従うしかない。
 尤も彼女の指示に反してレイなりにやれることも出来なくはないが、それをやったら最後であれこれと叱責を受ける未来が鮮明に浮かんでしまうのであれば何方を選んだ方が後々面倒でないと天秤が傾くものでもあるのだが。
 ふぅと諦めを含めた深い溜め息とも呼吸を整えるための深呼吸とも捉えれる息衝きと共に|疾走《はし》る。

『むざむざと自ら飛び込むとは、手間が省ける!』
 手痛い一撃を与えられて満足に動けないマンティコラ・ルベルはレイを迎え撃とうと自在に動ける髪鞭を撓らせるが、お生憎ながらこちらの目的はとてもではないが正々堂々とかけ離れた戦いを始めるための助走である。
 『マンティコラ・スティンガー』の射程圏に入った刹那、マンティコラ・ルベルのサソリの尾針がついた髪鞭たちはレイを八つ裂きにせんとばかりに四方八方から襲いかかって来る。だが、レイは怪人の髪鞭が僅かながら微動した瞬間を見計らってのバックステップで回避する。
 ここまでは予定通り。
 ところが、マンティコラ・ルベルの赤い唇がにやりと嗤った瞬間、更に伸びた髪鞭が流線型の機械的造形ツヴァイハンダーを絡め取ってレイから引き剥がした。

『ご自慢の得物は頂いたわよ!』
 今までの計算で大まかな射程は掴めていたものの、ここまで伸びるとはと玲子が苦々しくも舌打ちする。
 だが、まだ勝負は付いていない。

「え、えいっ!!」
 思わぬアクシデントが発生したが、それに構わず両手が自由になったのが幸いと言わんばかりに予定通りに羽織っていた上着を脱ぐと、間髪入れずにマンティコラ・ルベルへと力の限りに投げつける。

『ホホホ、窮しての悪あがきね?』
 遠心力を利用してペネトレイターを遠くに投げ捨てた髪鞭が直ぐ様ずたずたに斬り裂いて見せたのは、このような運命になるのだという予告だったのだろう。
 ところが、レイは再び何かを投げつける動作をしたことでマンティコラ・ルベルは眉を潜める。何やら透明で周囲の空間が歪んでいる物体がこちらに向っており、眼の前に迫った瞬間に眩い閃光が爆ぜ──。

 ドガァアアアアアンッ!!

 耳を劈く爆発音が密室内に響き渡る。
 これによって生じた衝撃波がレイの金髪を乱暴に棚引かせるが、事前に爆発すると分っている彼女は瞼を力強く閉じて両手で耳を塞ぎながら地面に叩きつけられると、丸まるようにしてそれらから逃れる。
 呼吸を乱しながらドクドクと心臓が早鐘を打つ中、玲子からの無線が彼女を現実に引き戻す。

『ビンゴ! 臨機応変にやれて上々!』
「ふえぇ、もっとカッコよく戦いたいよぉ。ネタみたいな指導するから玲子は異性にモテな――」
『こっちの方が効率いいんだよ。ほら文句言わない』
「だってぇ!」
 PvPオンゲは勝てばよかろうな修羅の世界。
 勝ち方に拘っては上位ランキングなど夢のまた夢である。
 汚いさすがゲーマー汚い。
 とは言え、レイとしては誉れを浜で捨てるような戦い方はちょっと……なのが正直なところである。
 そんないっちょ前なことを言うなら私に指示を受けずに戦えるようになりなさいと玲子の叱責が矢継ぎ早に送られる中、無防備のまま爆発に晒されたマンティコラ・ルベルは衝撃で崩れた天井の瓦礫の下に埋もれているのであった。

ルナ・ルーナ・オルフェア・ノクス・エル・セレナータ・ユグドラシル

「やれやれ。また嫉妬深そうな怪人がでてきたね」
 防御魔法で味方が起こした爆風をやり過ごしたルナであったが、相手もさることながら崩れた瓦礫の下敷きになっていても尚も健在なようだ。
 漫画で得た知識によれば、怪人とは改造手術を受けた一種の改造人間である。
 二度と人間に戻ることがない改造人間の哀しみが作品のテーマとして度々上げられるだけあって、人体を改造するということは刺青を身体に刻むのと一緒で後戻りできない覚悟を求められる。
 故に、嫉妬に狂って人生を謳歌する人たちを襲うという理念のみで改造したとすれば、よほどの絶望が彼女を駆り立てたに違いない。

「どうせその性格が原因で男に逃げられて、拗れたとかそんな感じだろ? いや、性格が拗れているのは元々か」
 性格がまともであればこうして道を踏み外すこともないとルナが憐れむ視線を送るが、こうなってしまったのであれば性根の曲がった狂想ごと倒してやるのが救いであるか。

『……この私を捨てた男が悪いのよ! 私の美貌に一目惚れしただのと言い寄っておきながら、やっぱり家庭的な女性が良いだのと理想が高すぎるだのとほざいてッ! まぁ、貴方のような男に縁が無さそうなちんちくりんには分からないでしょうけど』
 そう言うところだぞと言い返してやりたいところだが、ここはフーンと相手にせずクールに返してやるに限る。
 確かにマンティコラ・ルベルのような高身長で出るところ出ているタイプの|同族《エルフ》への憧れはあるが、ボクはボクなりに正確な年齢をど忘れするぐらい生きているけどもまだ道半ばの人生を謳歌している。
 振り返れば書物が恋人な喪女エルフ街道まっしぐらな気がしなくもないが、最近は少女向けの恋愛マンガで色んな恋に関する知識をそれなりに蒐集している。
 ケセラセラ、悠久な時を生きているボクもいい人とそのうち巡り合うのさ。
 あ、さっきみたいな|戦闘員《キモブタロリコン》はノーサンキューだよ。

「ま、いいさ。ボクには関係ない話だし、相手の足を引っ張るしか出来ない"オバサン"にはご退場をして貰うだけだよ」
 いくつかの言葉の応酬を交えたが、ちょうど良い時間稼ぎになったと杖の飾りを鳴らしながら詠唱を締め括り始めた。

「天に輝く双つ星……」
「奏でる調べは天の共鳴……」
「「我が意志を写して共に在れ――」」
 この時、マンティコラ・ルベルは初めて気付いたであろう。
 眼の前に居るはずのルナと同じ姿のエルフが彼女の背後に現れていて、鏡で向かい合っているかのように一挙一動狂い無き動作と詠唱を行っているのを……。

『く、いつの間に!』
「ふふん、キミの恨み辛みを聞き流している間にちょっとね? おしゃべりなんかしてないで蠍の一匹や二匹でも放っていれば、ボクの策にも引っかからなかっただろうにね」
 マンティコラ・ルベルが√能力で蠍たちを喚び出そうとするが、時既に遅し。
 杖の先に集約した光を溢れさせ、怪人に向け解き放つ。

「「|双星の共鳴《ツイン・レゾナンス》!!」」
 己の分身と共に繰り出される全力魔法の閃熱の炎が怪人はおろか召喚した蠍をも呑み込んで、熱に耐えれなかったか次々と爆ぜていく。

『お、おのれ~~~~ッ!!』
 マンティコラ・ルベルは断末魔を残し、機密保持の為に改造の際プラグマより埋め込まれた爆弾が作動して爆発する。
 リア充爆発を理念に掲げたRB団。
 まさか自分自身が爆発するとは何という皮肉か。

「ふぅ。これで一件落着かな」
 戦場となった荷捌場であったが簒奪者との苛烈な戦闘の傷跡が所々に刻まれており、仮にモールの表側でRB団との戦闘が起きていれば甚大な被害が出ていたであろう。

「職質されると後々が面動だし、三十六計逃げるに如かずだ」
 そろそろ騒ぎに気づいて現場に駆けつけるであろう警察やモール警備員に捕まっては面倒だと、ルナを含めた√能力者たちは三々五々に散っていく。
 √EDENは様々な異世界から人知れず侵略を受けているが、いかなる国家や公的機関、マスコミやインターネットコミュニティに至るまで、殆ど誰も簒奪者達の侵略を認識していないからである。
 だがこうして痕跡が残っている以上、√能力者の協力者によってガス漏れに起因する爆発事故なりで処理されるだろう。
 しかし、これだけは事実である。
 √能力者が人知れず誰が為に戦ったからこそ、クリスマス前で賑わう湾岸ハーバーモールの平穏が守られたのだ。

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