シナリオ

death and immortality.

#√ドラゴンファンタジー #喰竜教団 #03/18MSページ更新しました

タグの編集

作者のみ追加・削除できます(🔒️公式タグは不可)。

 #√ドラゴンファンタジー
 #喰竜教団
 #03/18MSページ更新しました

※あなたはタグを編集できません。

 ●ヨソモノの境遇
 みんな、やさしい。
 施設の|職員《おかあさん》たち。お役所の人。学校の友達に、先生だって。
 『ドラゴンプロトコルというのは、そういうものなの。
 思い出せなくてもいいの。大丈夫、心配しなくていいのよ』
 ぎゅうと抱きしめられたあの日。
 ボクは誰とも繋がっていない、ヨソモノなんだと思い知った体温。

 ……。
 日差しばかりは少し春めいて、けれど風の冷たいこの頃には、あの体温を思い出す。払うように、頭を軽く振って――僕は聞く。
 「準備はいい?」
 似た境遇の寄せ集め。こくりと頷きあいながら。
 「うん」
 「こっちもおっけー」

 ココじゃない、ずっと、思ってた――ココは、僕のための場所じゃない。
 |竜漿《おもかげ》だけはあるのに、自分に連なる誰もいない。一人ぼっちが抜けない。優しさに触れる度、息が詰まって、だから。

 「――必ず、踏破する。行こうっ!」
 「「おうっ!」」

 手に入れる、この|場所《ダンジョン》を――自分だけの、場所。

 ●堕ちる竜
 「お星様、キラってした――あそこ!」
 能力者とみるや、誰彼構わずオイデオイデーと招き集めた男の子――しゅ・らる・く(彷徨う穂先スピカの・h02166)がいう。
 昼下がりの今、指し示された先に星は見えぬ。だが。
 ――予兆か、と誰かの零した呟きに、こくこくと大げさに頷く男の子。

 「おーきな穴があるよ。おっきいの! すっごいね!
  そこにお兄ちゃんたちがえいえいおー! していくんだよ。たすけてあげて!」

  これだけの情報ではねの言葉は、内心に留め、辛抱強い能力者の一人がまずはどんな人たちだった? と問うならば、男の子は、んー、と見た目だけは一丁前に考え込んで。
 「お兄ちゃんたち、シューと一緒。鱗のおシッポとか、鱗のお肌もいた!3人!」
 くるんと背面を向けお尻と自分の銀の尾をふりふりと、男の子は元気に答える。
 ダンジョンに挑んだ冒険者PTは《ドラゴンプロトコル》であると――集う誰しもの頭に、何となく先ごろから活発な活動の見える《喰竜教団》の単語が過る中、男の子はマイペースに話を続ける。

 「そしたら、おにいちゃんたち、いたいよぉいたいよぉ泣いた。『かえりたいよぉ』って。でも……」
 再び皆へと向き直った男の子は、自分の胸の前で両の拳をくっつけて――。
 「プチーン!」
 勢いよく左右に腕を開くと、お手手もあんよも、おシッポも千切れちゃった! と目をまん丸にビックリ顔。その次には、いたいよ、なみだ出てくる! と憤慨する。目まぐるしく変わる表情は最後には興奮を露に。
 「そしたら、来た! 『ともにかえりましょう』って。お手手ひろって、ナデナデ好き好き。
  お姉ちゃんだよ。みんな、みた? この間、みたでしょ?

  ――|真竜になりたいお姉ちゃん《・・・・・・・・・・・・》!」

 やはり、と頷きあう能力者たち。
 噂通りの《喰竜教団》の積極さか、あまり猶予はないかもしれない。それでも無策に飛び込めぬから、他にと聞き出せた情報といえば、ダンジョン内部の状態について。

 石積みの壁、己の手先足先は辛うじて見えるが先の見通せぬ不自然の薄闇、壁を沿う石造りの階段――これは所々には欠けているところもあるようだ。深部にはアーチをみた、と。
 それから降りるほど強くなるという、中央を上へと吹き上がっているという風。

 惨劇に至る具体的な道筋は分らなかったが、予兆に見えた情景だけでも覚えていたのは、言葉足らずの星詠みにしては上出来かもしれなかった。

 ●妄執の口
 地上部唯一の建造物、上部の欠けた石のアーチ。そこから下へと誘う石階段が続いている。

 冒険者たちはどれ程先行しているだろうか。まずは彼らに追いつかねばならない。
 慎重に? 或いは急がば回れ? ――いずれにせよ、惨劇より先に。加えて、《喰竜教団》教祖ドラゴンストーカーへ牽制が出来るとなれば、この度の探索は単に市民を救う以上の成果となるだろう。

 ――妄執の口は、そこにある。

マスターより

開く

読み物モードを解除し、マスターより・プレイング・フラグメントの詳細・成功度を表示します。
よろしいですか?

第1章 冒険 『ディープホールへの挑戦』


矢神・霊菜
八卜・邏傳
御剣・峰
ジョーニアス・ブランシェ
空地・海人
断幺・九

 ●押し破る膜
 薄闇、としかいえないそれが足元より先の階段を覆っている。
 一歩、また一歩とそこに。
 それは逸る気持ちを足に伝える空地・海人(フィルム・アクセプター ポライズ・h00953)には下るというより|押し入る《・・・・》感覚であったし、断幺・九(不条理テンペスト・h03906)からすると秘された親しさに|身を浸す《・・・・》安心感であり。
 この階段をゆくチームでは最年長たるジョーニアス・ブランシェ(影の守護者・h03232)には、膜を破るような、何かを暴く背徳感のような錯覚を与える。
 とぷりと薄闇に身を沈めるなら、お互いは辛うじて視認できるが、先の見通せぬ穴。今一度階段の淵から見えぬ底を覗けば、三人の髪を見えぬ壁、吹き上げる風が揺らして。
 「さて。どんな命知らずが挑んだのやら」
 肩を回しながら零すジョーニアスに応える最初の声は、「現像!」の掛け声だ。先頭をゆく空地がルートフィルムをカメラ型のベルトに差し込むなら、彼はその姿を変え、右手に炎を点す――透鏡籠手・焦点覇迅甲が周囲の薄闇を押し下がらせる。
 「このご時世に鱗付き……だけでハクスラぁ?」
 その急な明るさのためか、薄闇を好むがゆえか眉を片方跳ね上げつつも、断幺が嗤う。自分には不要のともし火も、必要な者たちがいることは分っている。つまり常人そのように備えて、挑むべきなのだ――暗ちゅー模索、というやつに。
 「自殺志願じゃねーならワケアリでチュか? ま、どーでもいーけど」
 「……《喰竜教団》よりも先に追いつかないとな」
 悲しい記憶は、写させない。誰の目にもだ、とは胸の裡。
 誓う空地の顔はマスクに覆われて見えないから。声色に滲むものは聞かない振りをして、それはそうっ! 断幺は軽いノリを返す。

 先行するパーティのどのように、どこまで進行しているか分らぬ為に、集った能力者たちは階段をゆく者と、風に抗い行けるところまでは飛び降りを試みるチームとに分かれることを決めた。飛ぶ者達はそのスピード感で見落とすかもしれないものを、此方のチームがローラーする。

 動く光に、ぬらついた反射を繰り返す壁。
 映像の様なものに興味の高いからかもしれない、点した火を掲げ先導する空地は目にする光景から脳が勝手に導くひとつの錯覚を振り払えない――それは律動する内臓、奥へ奥へと誘うようにもみえて。
 そう、星詠みの視覚情報では得られなかったのは、薄闇が隠していたもの。湿り気を帯びていたその石壁だ。穴を満たす湿度が、駆け下りる足に上がる息、その喉に纏わり、絡んでくる。
 「生暖かいな」
 それが、案外に体力を消耗させることに軽い危惧と、それ以上に希望をジョーニアスに抱かせる。冒険者達はそんなに進めていないかもしれない――これなら、何とかなるかもしれない。
 「ぬらぬらしてていーい感じ」
 暗く湿る《陰》に、うっそりと笑みを浮かべ、何かを探すように弛まず視線を動かし耳揺らす最後尾は、そしてこの場所に似つかわしい先住者に出会う。
 後ろの止まる気配にジョーニアスが空地に呼びかけ止める。どうした、と問うなら、ギミックを見つけたかもと嘯く断幺――そういうダルいものを避けるために《先輩》を探していたのだけども。
 「お先どーぞでちゅー」
 「しかし。……っと」
 断幺の手から腕、肩へと駆け上がる|先輩《ネズミ》は子猫位には大きいものだから、思わず言葉も止まる。男性陣二人はその先輩と幽玄の耳と見比べて。
 何もなければ先輩にショトカ聞くんでー。 二人を見返す断幺は変わらずの薄笑いであった。

 「大丈夫でしょうか!」
 まさか冒険者ではなくネズミを探していたとは知らなかったが、どちらかというとゆったりとした断幺に合わせていた進行は、彼女の抜けた今、最高スピードとなる。だから振り返り気味にいう空地の言葉も知らず大きなものになり。
 「下るばかりだ、その内至るには違いない!」
 かならず底へ。道はそれしかないのだから。
 しかし、ギミック。断幺の言葉がジョーニアスの脳裏に蘇り、心の中で首を捻る。そう、ダンジョンにはそういうものだったり、モンスターがつき物だというのに。
 「空地! まえ!」
 「おぉっと!」
 軽やかに飛び越える欠けた部分。ついでジョーニアスが続く。聞いていた不安要素たるそれだって精々二段程度、帰るにも支障のない範囲に留まっている。
 その代わりといっては何だが、増えてきたものが一つ。壁面の――。
 もはや染みだしてきたかのようにしとどに水をたらし反射する石に映るのは炎に揺らめく自分たちの引き伸ばされた影だけはない。光の通り過ぎるたび強い光に焼きついた影のような、ヒトガタが映し出されることに空地が眉を顰める。
 壁画だろうか。それとも――。

 ネノ国ハ我ラノモノと鼠はいった。
 言って壁を噛むなら、石はピクピクと痙攣をして。割れるでもなく、弾力をもって縮み開けられた石の口。
 迷いなく飛び込む断幺は、そこに漂う者たちを見る。天地なく、ふわふわと。時折痙攣しながら、恍惚とした表情は同じ、けれど濃度が違う。人と認められるものもいれば、薄く透明に透けて輪郭ばかりが分かるものまで。その全てが、多分、《我ら》ではない側――|男性《・・》だ。
 「あぁ……そういう?」
 思い至るものがある。そこから導かれる答え、これは、この者たちは壁に|吸収《・・》されているということ。
 「ねぇ……。一番新しく来た子に、会いたいな?」
 問う断幺の口ばかりは弧を描けど、眼光は鋭く周囲を観察したまま。間に合うと、いいのだけどと内心で零しながら。鼠の先導にあわせ、ずるりと何かが蠢き作る道をいくより他ない。

 「あれ! 石壁!」
 光の届く先端、石壁が不自然に収縮して口を開けるのを目に捉え、空地とジョーニアスが駆け寄るならば、果たしてそこから、断幺が顔を出す。その手に、男性のコートの襟首を捉まえて。
 「無事だったか!」
 駆け寄るジョーニアスが再会を喜びつつ、断幺の様子に変化、負傷などがないかを油断なく確認するなら、空地が断幺の引き摺る男性を引き受けて。
 「おい、大丈夫か?」

 ピロメラと名乗った彼に聞きだせたのは、ダンジョンを踏破し、手に入れる計画。

 「でも俺はこんなところに長く住める気がしないって、帰ろうっていったんです。幾ら他のヤツらが来そうにないっていったって、こんなとこ。他にしようって。
 だけど、ロレンゾは取り付かれたみたいに、いいやここだって言い張ってそれでケンカになって。フィランダーも止めたそうだったけど、でも、アイツら同じ施設の出身で。フィランダーはロレンゾにはあんま、逆らわないから。それで俺は帰るぞって意地張って……それで……」

 思い出せないという彼を再び一人にはできまい。
 大丈夫、とピロメラの肩を軽く叩く空地を横目、さぁいこうか、とまだ見えぬ底を見つめるジョーニアスのその眼前に――。

 ●誰よりも先に触れる。
 健闘を祈って見送る背が薄闇に消えるのを見届けて。
 さぁて、今はそよ風くらいだけれどと穴の淵に立ち微笑んだのは、矢神・霊菜(氷華・h00124)だ。暗い底――言うなら竪穴。いこうではないか、最短の道を。

 「冒険者としてダンジョンに向かう、ち事は、基本は自己責任なんやがー」
 ……とは思うてもねぇ、と続く言葉は穴を覗きこむ八卜・邏傳(ハトではない・h00142)だ。そこに招かれざる|教団《もの》もいて、というならあんまりではないか――痛いんも苦しいんも嫌なんよ。
 その優しさの滲む呟きを継いで、矢神が頷く。
 「放っておけないのよね。……帰りたいと泣く未来の来る前に追いつきましょう?」

 自分とは違う誰か、今はまだ見知らぬ人を思いやる二人の様と、その後ろで大口を開ける穴のコントラストに、御剣・峰(蒼炎の獅子妃・h01206)はそっと目を伏せて、それから頷いた。
 「参りましょう」

 大口を開けているというなら、その中へ。
 身を翻し、三人が飛ぶ。

 棚引く薄闇に、割かし利くと思った夜目も刃が立たず、階段すらここからは見えない。
 「……エレンちゃん、頼むわ。今の気分は白色の気分っ」
 今は皆へ灯りの提供を、と体型を維持したまま、八卜が剣を抜くなら、応えて詠唱錬成剣が瞬き光を放ち始める。まだ重力が風力に勝る中で、自由落下、三人はほぼ同じような位置にいて、灯りのおかげで問題なくお互いは視認できる状態となった。
 それで、御剣が不思議そうに自分を見る顔に気がついて八卜がどした? と聞きたげに首を捻る。
 「今、八卜さんの……あの、私の声、聞こえるかしら?」
 「おお~!」
 声が聞こえる、鮮明に。今身を包むのは風だけではない。それが齎す音があるにも関わらず、だ。不思議と風の音だけは強さを変えず一貫して。ごうごうと身を包む音。
 「不思議ね、こんなにしっかり音がするのに声が聞こえるなんて」
 なんだか、音だけなら、|洗濯機を回す音みたい《・・・・・・・・・・》と子を持つ母の側面を持ち合わせる矢神が、身近なものをあげるから、三人少し笑ってしまう。
 だが、不思議はもうひとつ。そしてそれは、問題でもある。壁面にまでは光が至らずにいた。階段すら見えない。何故だろう。これ位の光量のあれば、上から見た感じでは届いても良さそうだったのだけれど、と皆で顔を見合わせる。
 「お願いね」
 いう矢神の周りでいつの間に羽ばたく氷で出来た二羽。神霊たる氷翼漣璃が彼女の意志に応え、錐もみ、下へ先行する。翼持つものだから出来るその中空での制動力。リンクする矢神の意識が周辺を伺うなら。

 「いまのところ、何も、ないわね」
 階段組は追い越したみたい。でも、それだけ。鷹の目が伝えるのは、星詠みのいっていた情報以上の何もなくて。 
 「こう、仕掛けとかありそうなもんやけどなぁ」
 「ひとつだけ、穴は中に行くにつれ……広くなっていくみたい」
 「なるほど」
 御剣が矢神の言葉に頷く。それで光は壁に届かないわけか。けれど、それならば……、希望的観測になるけれど、冒険者達が深部まで壁伝い階段で行ってくれているならば追いつく以上の成果、追い越せるかもしれない。迎えるほうがきっとより確実で安全な指示が出せる。

 ――《喰竜教団》との闘いの前に。

 「こうなってくると、問題はこの」
 風やね、と八卜が零す。押し上げ返そうという強い風と光のあるだけ、濃さを増してしまう周囲の闇。位置を推察するものを見出せない視覚情報は己は中空に留まっていると伝えるし、体を押す風は落下を感じさせて、ちぐはぐな情報を処理する脳が導くのは、ただただ不快感。探索前には想定していなかった小さくも無視できない心のダメージだ。
 今いる場所が分らないまま、拒絶を伝える見えない|壁《かぜ》に、押し寄せるのは孤独感――ここに三人いるのに。心を冷やす感触に、御剣はまだ見えぬ底を見ながら、自分の家族を思い、そして先をゆく冒険者達を思う。彼らはどのような思いでここを進んでいったのだろう――。
 
 いつの間に、三人の間を沈黙が支配する。どこまでも終わらぬかに思えたその静止した落下の中で、そして旋回する鷹の目は遂に捉える。それと同時に下の監視を引き受けていた御剣もまた。

 「いたわ! でも、二人?」
 「下部、白い点! 底かもしれない!」

 二人ほぼ同時の声に、さて、どちらから処理するか――八卜の決断は早かった。救いにきたのだ。三人と聞いていたものが二人だというならば。
 「俺は|階段組《うえ》に伝えるわ!」
 ここに至るまでに冒険者たちの誰か欠けているならば、それは階段組の捜索には困難の待ち受けているかもしれないということだ。その上で残る一人の無事を信じ、探して降りてこねばならない。
 「…―Dragonet Dradencle」
 途端掻き消える八卜の体。小さな小さなその竜は、軽くなったその体を風の吹き上げるに任せる。小さくもこれまでよりずっと|天《くう》を自在に駆けるに相応しいその姿で。

 御剣と矢神は顔を見合わせ、体を傾けることで、風の受け方を変えて目指す壁際――階段だ。ここまで心と鷹とを繋ぎ、力と神経を使っていた矢神は、自身を整えるのを兼ねて、いよいよ見えたその下部から上がって来るかもしれぬ者に備え、見張り留まる。
 駆け上がるのは御剣だ。何という具体的な言葉があるわけでもないけれど、会えたなら問いたいような、言いたいような気持ちを抱えて。
 難しくても、困難でも、生きて会える、生きて会えたのだから、何か――だから、駆けて、駆けて、駆けあがって。

 「先行者がいたのか?」
 ち、と響く舌打ちは目の前の若者から。やめなよ、と若者の腕を取り、たしなめる後ろ。

 ――孤独と拒絶からなる大穴の、現実の邂逅とは実にそのようであった。

第2章 集団戦 『エンジェル・フラットワーム』


 ●受け止める手
 ある地点から、風が止んだ。

 それで、ごうごうという音も突如ピタリと止む。包まれるようだった基底音が消えて、やけに石段と靴の立てるかつんという音がやたらと耳についた。……だからといって足を止める必要は全くなかったのだけれど、何となく、皆して足を止め、穴の中央を覗き込む。
 「……なんだ、ありゃ」
 灯りかお宝かと思ったのに。ガッカリ来るぜと、盛大に嘆息するのはピロメラだ。
 ガッカリは僕が言いたいという言葉は飲みこんで、ロレンゾが低く静かな声でゆっくりと――苛立ちを音にして返す。
 「モンスターだろ、想定はしてたじゃないか。|僕たちだって《・・・・・・》」
 治まりつかず、もう黙りなよ、とまで加えながら、ロレンゾが睨めつけるのはピロメラではなく、更にその先、ロレンゾよりも下段、前に立つ能力者たちの横顔だ。

 ――彼らがナニモノであるかは、ロレンゾたちには知る由もないのだけれども。

 たまさか同じダンジョンを狙う別PTが現れることはなんら可笑しな話しではない、だけれど、彼らがなんだかこちらを殊更気にしているようなのは、ロレンゾの気に触った。
 大人が子供を、あやすような、はぐらかすような、その態度。
 (……なんだって、一緒にいこうなんて話になるんだ?)
 下から登ってきた彼ら。もしかして踏破してしまったのかと危惧したロレンゾであったが、何か見つけたかだのと、情報交換めいた話を振られて足を止めている間に、彼らの仲間、に連れられてピロメラが降りてきた。
 ああ、斥候と本隊の合流か、と納得したのもつかの間。
 そのピロメラがロレンゾ達を見つけるや、またぞろ帰ろうなんていい出したものだから。

 ――『帰らない』と返したところを付け込まれた、ロレンゾはそんな気がしたのだ。

 同じダンジョンを狙う別PT同士。出し抜かれたって文句は言えない。それなのに。
 最初は口を挟まずとも帰る、帰ろうと説得をするピロメラに同調している風でいたのに、ロレンゾが帰らないといった途端の共闘の申し出。
 まるでロレンゾがそういうだろうから、と決めていたみたいに迷いなくされたその提案に違和感を感じて、ロレンゾはなんと返すか、瞬間言葉に詰まった。
 その隙を「ありがたいです、是非。ね、ロレンゾ」とフィランダーが勝手な返事で埋めてしまう。

 (それじゃあ、ここに来た意味がないのに。
  一人占め出来ないなら、意味がないのに。……分っているくせに)
 
 上からは白い光点のように見えたもの――発光をし、海底に揺らぐ海藻のような一群。
 腕ともつかぬ何かを掲げて、燻らす体。|わたしが貴方を受け止める《・・・・・・・・・・・・》、とでもいうように。
 優しい、場所を忘れてしまうほどに、優しい穏やかな頬笑みを浮かべながら。

 いつまでも観察していたって仕方がない。顔をあげて、ロレンゾがいう。
 「行こうか」
 よそ様のPTに混ぜていただいた、なんて心積りではないから、出発を告げたロレンゾは後方、自分より高い段にいるフィランダーを振り仰ぐ。

 うん、と頷くその顔に浮かぶ薄い微笑は、今しがた見た白い微笑みと――とても似ている。
柳生・友好
空地・海人
断幺・九

 ●プログラム:|神喰《テオファジー》
 「待っていた」
 「ねぇ早く」
 「ずっとあなたを」
 「あなただけを」
 「もっと奥まで」
 「待っていたのよ」
 「ずっと、奥まで」

 私は私はわたしは私はワタシはわたしは私は私は私は――。

 白く白いソレラからぐうと伸ばされくる腕。
 (確か……)
 夢で得た天啓――《剣理・天狗之書》の教えに倣って速度を上げ、階段を飛ぶ。飛んで、まずは抜く脇差で迫り来る腕の柱を切り裂くなら、継いで、打ち刀、水月が着地地点の林を横薙ぎ、切り開く。
 こうして得る階段の終点、そこが能力者達が足を踏みおろす為の場となっていく。

 一番槍を決めた柳生・友好(悠遊・h00718)が、そのように飛ぶ間に、ルートフィルムを切り替え「現象!」とその表象――√汎神解剖機関フォームを新たに緑色へと塗り替えるのは空地・海人(フィルム・アクセプター ポライズ・h00953)だ。
 柳生に切り裂かれた腕、光の林、そこからびくびくりと不規則に――鼓動あるものかのように、吹き上がる|体液《もの》。斬られて尚、恍惚を浮かべる光の林の違和感を、見逃さないから。
 何も全ての体液を引き受ける必要はない。空地のイチGUNが圧縮によりエネルギーを固形と化したその弾を解放する。敵自体ではなく、柳生の上辺りを狙い放たれる銃弾は水平方向に。それが、降り注ぐ筈だった液体を絡めとり――石壁へ到達できず、消えていく。
 「やっぱり毒か」
 振り来る体液の雨の中を、異常耐性を持つスーツを頼りに柳生の元へ駆け寄って。
 助かる、と今は短く告げた柳生が、空地に追いすがるように伸ばされる腕を断ち切るなら、お互いね、と。

 敵は大きくは移動しないが、欠けた部分を埋めようとする位のことはしてくるようであったし。なにより、降りて実感するのはその圧倒的な数だった。上からは林と見えたものも、今は光の壁のよう。
 「なんか……結構不思議な敵だね」
 飛び入る前、抱えた一瞬の危惧――普通の斬撃が通用するものかと、それが杞憂であったことは、よかったのだが、開いても開いても、進めている実感はない。それでも、仲間の立つ場を維持する為に神速で柳生が場を開き続け。
 「薄っぺらくて気味の悪い……」
 イチが倒れても関係ない、ニコニコといて、同じものがいくつもいくつも。今また伸ばされ来る数多の手に牽制の弾を放ちながら空地が応じる。生き物を感じる。けれど、プログラムされたかのように、個などなく、しどけなく浅ましく大口を開いて招きいれよう、取り入れようとそれだけ。なんだっけ、と画像が空地の頭を過る――原生的という以上、もっと機能の問題で。そう、繊毛のような。

 「まーどろっこしい!」
 いけるか? いけるんでチュか? と射撃に加わっていた断幺・九(不条理テンペスト・h03906)の――何ていうか、忍耐とも集中力ともつかぬ、何かの糸がぷつり、と切れた。
 だって後ろではわーわーと、ちょっと待て、まだオレら行くの早くねぇ? と多分ロレンゾに叫ぶピロメラの声がする。
 そう、ピロメラ――断幺がダンジョンから救った青年。明らかに弱さの見える彼。どうもこれが旨くない。全ての状況が旨くない! 他の二人はわからねど、彼らだけで帰らせればきっと先の二の舞、抱えて進むしかないというのが全員の判断だった。
 そんなわけだから、空知もまた彼らのため、緑色の|何か《ドローン》を飛ばしていたのも知っている。
 「|護霊《オマエら》しゃかりき働けよ」
 応えて飛び出すパイド・パイパーたちが、あらゆる者たちの隙間をすり抜け飛んで、濡れた石壁をその嘴で突く。穿つ。奥まで。深く、深く。やがて石壁に食まれ、交わり、融けあって――。

 その一瞬、全ての光達が動きを止める。蠢く壁面――いまや蠕動する肉壁のように変態を遂げゆくそこをうっとりと見つめて。
 「そぉ」
 「わたしも」
 「奥まで、もっと奥まで」
 「私も」
 「一つになる」
 「変わる」
 「新しく」

 ――うまれる! 生まれる! 産まれる!
 
 柳生・空地の両名が開き、維持してくれたその地面が材質を無視して、ボコりボコリと沸き立つように――果たして空間と混ざり合い巨大化した護霊が、今ここに鋭い嘴を開き、鳴き声を上げて|顕現した《うまれた》。
 敵が|変態《誕生》にうっとりとするその隙に、護霊が前線の二人を癒すなら、さァて、手術を始めまチュかと、自らの招いた巨大な医師の足元を軽く叩いて。

 断幺が改めて柳生、空地と並び立つ。
 怪我の予防も原因の切除もお医者様の役目ってえコトでと前置いて。
 「モドキ、成り損ない、悪性腫瘍どもをー、切除かいしぃー」
 ニヤニヤとした笑み、気の抜けた号令に、それでも柳生と空地が「応!」と飛んで展開する。ずるりずるりと、地面ごと中央、護霊が敵を引き寄せ喰らうなら、それに合わせて右方では柳生の太刀が光を受けて、一体といわずその煌きごとを纏めてなぎ払い、左方では空地が引き寄せのスピードに負けぬその早撃ちで手を、胴を、顔を的確に貫いてゆく。

 開かれる270度。
 
 「――折角拾ってやった命、死ぬまで必死に抱えとくンでチュよ」
 前衛の奮戦、広がる此方の領域。それを認めて断幺が振り返る。
 護る仲間たち、その中央の三人の冒険者に向ける頷き――来い、と。

矢神・霊菜
ジョーニアス・ブランシェ
御剣・峰
八卜・邏傳

 ●プログラム:|神喰《テオファジー》
 境界線――明瞭で、真っ直ぐな。
 本当にそんな風なら、傷つくこともないだろう。けれど、境界線など分かる方が稀なのだ。踏み込んでいいのか、そうでないのか。接して、越えて、初めて、知るのだ。生きているから、触れて知る。

 そう、生きるということの揺らぎの分だけ、線引きなど曖昧で、それでも――。

 今、また彼我の境界線を歪に変えんとして、ずるり蠢く光の天使たちに。そして後ろを来るあの子達に教えねばならない。
 研ぎ澄ました感覚で捉えるのは突出した一匹。止まれとは言わない、止める――矢神・霊菜(氷華・h00124)の伸ばした腕、くるりと優雅に掌を上、指先を伸ばすなら。
 「|雪風《かぜ》が満ち、白氷覆う。敵絶える|凍界《せかい》には何もなく。孤高に舞うは|護盾《たて》の翼。来たれ、|氷天《そら》の王っ……!」
 ――放たれる冷気を受けて|氷翼漣璃《ひよくれんり》は姿を変える。二体一対の|神霊《氷の鷹》は今、その境界線を溶かして一つとなる。巨大な一羽、その翼が歪な円周を描く光の天使たちを刈り取っていく。
 (……こういう時は何を言っても響かないし)
 ロレンゾが境界線を引くというのなら、その心に触れる方法は言葉だけはないから。貴方達が見て、貴方達から触れて、知るの――矢神がそうしてまず、己が|護盾《たて》の元へと駆け出していく。

 冷たさが切り開くなら、熱はその|厳しさ《つめたさ》の只中を往く身を鼓舞する。
 駆けながらもホルスターから取り出した銃は主に応えて見る間に形を、サイズを変え、ライフルの形状を取るならそこで足を止める。構えたジョーニアス・ブランシェ(影の守護者・h03232)はいう。
 「熱属性の玉を着弾させる!」
 放射熱の加護の欲しいものは前へ――。
 「合わせるっ!」
 御剣・峰(蒼炎の獅子妃・h01206)が、足止めたジョーニアスの横を身を低く、駆けていく――刀を抜かぬまま。追うように両手に戦斧を持ち、続いたロレンゾ。
 しかして両者を追い抜くジョーニアスの銃弾が起こす爆発に、思わずロレンゾは足を止めて両腕で顔を覆い、庇ってしまう。その熱は事前の宣告の通り、味方には祝福となるものなのだけれど、御剣が駆けたから負けじと続いただけの彼に、それはわからないから。
 一方の御剣は地を蹴ると熱に包まれながら、光の壁の上を飛び、その爆心地へと。
 「あっ……!」
 腕を解いたロレンゾの見るものは、光の天使たちの群がり再び埋まるそこで。うろたえた顔でジョーニアスを振り返るなら。
 「行けよ。クリアするんだろ、ダンジョン」
 援護する、と銃を絶え間なく撃ちながら、ジョーニアスは動けない彼の横までゆっくりと歩を進める。そう、冒険者がそれを望んだって何の罪もないとジョーニアスは考えている。《喰竜教団》の横槍さえなかったのなら、それでもよかった。
 けれど、今。敵を見、仲間たちの奮戦を見て尚、彼は他二人と違い、無謀にも駆け出したのだ――境界線を、己の限界というのを学ぶべきだ。彼自身のために。
 ジョーニアスの行けと煽る言葉と裏腹の、その願いの通じてか、冷静さを取り戻したロレンゾは、足を止めたまま、その視線だけを再び先の爆心地へ向ける。

 そこで上がるものは、御剣の断末魔――などではない、引きちぎられた天使たちの残骸と、キラキラと吹き上がる体液だ。

 「可愛えお顔しちょんのね〜にっこりちゃん達」
 そんでもコイツだけは勘弁して欲しいわぁ、と八卜・邏傳(ハトではない・h00142)がその剣を中空へ振るう。
 「今の気分は空色エレン♪」
 剣は白色から、今は遠い青空の色へと代わり、剣風を以ってして、爆心地から飛散する体液達からピロメラを、フィランダーを毒より庇う風のドームと成る。
 「さぁ、俺らもいこか~」
 ジョーニアスとロレンゾのやり取りは此方にも聞こえていた。男みせぇよ、と軽い口調で進む仲間についていこうと促す八卜、勿論彼らに無理をさせる気は毛頭ない。ないけれど……言葉には纏まらぬ何かが胸の裡に渦巻いている。ただ止めるなら簡単だった、身代わりのドラゴンプロトコルとして教祖に対峙するのは自分だけでも良かった、でも――。

 やがて追いつくロレンゾの背中。更に先を一歩一歩と先をゆくジョーニアスを庇うように矢神が、鷹と共に舞い戻る。その大きな翼を盾として。
 
 そして、道は開通する。
 敢えて飛び込んだ爆心地。御剣を掴み、持ち上げ、合一せんと口を開いたそれが薄壁の一枚。
 ピロメラが視認して悲鳴をあげる。最初は、彼女が喰われると思ったから。次に、迫り来る顎の上下を掴んだ御剣がそれをそのまま引き裂いたからだ。
 体液を吹き上げ、萎れ、消えていく一枚――リミッターを解除し、熱の加護を受けて、御剣が示すのは圧倒的な力。
 「これが戦いだ。君らはまだ戦いというものを知らない。戦うという事は怖い事だ」
 トン、と軽い音を立てて、着地する御剣は、振るう力は強大なれど、毒を浴び当然無傷というわけではない。その手の皮膚の爛れたような様子に大丈夫ですか、と思わず声をかけたフィランダーに応えるかのように言葉は続く。
 「ああ、戦うという事は怖い。痛い。……そしてそれから逃げない事だ」
 御剣の目はひたすら、ロレンゾを見つめている。自分の後ろを途中までついてきた事を知っているからだ。
 「だから、まずは――、相手の力を感じ取るセンサーを磨くんだな」
 言いながら、懲りず、否、学ぶということを知らぬ光の天使、まだ伸ばされるその腕を掴み――引きちぎる。

 告げる御剣の背側、開かれた場所の奥に、そうして、八卜は探していたものを遂に見つける。壁の違和感、他とは違う組まれ方にアーチ部分の上端と知る。見させまいとしているのかどうかは分らぬが、一際大きな個体がその前で揺らめいて。
 「……ハジけよか、エレンちゃん♪」
 ロレンゾ達を託し、残る個体を仲間に任せて駆け出すその背にピロメラの手が一瞬伸びて、ぐ、と拳を作る。

 彼らの見つめる先で、振り下ろされ、引かれるのは、八卜がこれまで見せたどの色よりも、遙かに明るく、強い、竜漿の輝き――梔子の鮮やかな軌跡だ。

 最後の境界線が断ち切られるのと同時、光たちはしぼみ、枯れ、消え失せる。
 再び仲間の点す明かり。
 見通せなくなるアーチの闇より、今、姿を現すものは――。

第3章 ボス戦 『喰竜教団教祖『ドラゴンストーカー』』


 ●処女懐胎
 最後の天使の断末魔は、聖告となる。
 受け取る者は、だから闇より身を露とした。明け透けの露出。ピンヒールと石畳が硬質を奏でる度に、透明の汁や赤い汁が、継ぎ接いだ女の青白い皮膚に歪な線を描いて、飾り立てていく。
 
 「嗚呼、どうして?
  空を墜ち、人に堕ちてなお、|止《とど》まることを知らず、地の底まで。
  なんと、おいたわしいこと。偉大なるドラゴンプロトコルの皆様。
  どうして、あなた様方にこのような場所が相応しいでしょう」
 
 それは能力者達にとって予想された相手。
 《喰竜教団》教祖――ドラゴンストーカーの登場に油断なく距離を測り構える能力者たち。状況は飲み込みきれないながらも、能力者の様子と明らかに狂気を湛えた女の様子に、冒険者たちも合わせて武器を持つ手に力を篭めて――篭めていたのに。ドラゴンプロトコル、と呼びかけられ広がる困惑に、重ねられる女の呼びかけ。

 「それとも、もしや……真に受けてしまわれた?
  ――|母なる《・・・》大地などというもの」

 ロレンゾの戦斧がするり手を逃れて、石畳を打った。
 ゆっくりと歩み寄りながら竜の堕天の|運命《さだめ》を嘆き潤んでいた紅い瞳は、その音を合図にぎらぎらとした欲望を点す。
 「違う! 静かな場所が欲しかっただけだ! 静かで……僕たちだけの居場所が!」
 自らの呼びかけにドラゴンプロトコルが応えたという、その興奮に足を止めて。震える継ぎ接ぎの体を己の両腕を交差に抱きしめながら、ドラゴンストーカーは熱い吐息を零した。

 「ああ、お許しくださいませ。偉大なるドラゴンプロトコル様。
  わたくしはあなた様にこの身を捧げるだけの者に過ぎぬというのに。
  流石、御賢明で御座いました。再誕を望まれるならば、きっと他の何処よりも――そして、わたくしたち」

 己の中指を飾る銀の爪飾りを、彼女は舌で舐めあげる。その舌にまで、継ぎ目はあって。

 「この場所で、ひとつになる。
  かつての真竜に欠けていた唯一は、わたくしが持ち合わせておりますならば。
  ――わたくしの|不死《えいえん》と、あなた様の偉大なる真竜の血肉を以ってして」
 
   孵りましょう、真に相応しき姿。
   帰りましょう、真に相応しき場所へ。

   そこは、星々の飾る|真竜《わたしたち》の御座――。

 「かえりましょう」
 |天《そら》を指した銀の爪が、そのまま背から大剣を抜くならば。戦いは幕を開ける。
矢神・霊菜
空地・海人
ジョーニアス・ブランシェ
断幺・九
御剣・峰
八卜・邏傳

 ●
 その女は強大である。
 ドラゴンプロトコルにしか興味がないとはいえ、周りの有象無象を認識していないわけがない。邪魔だてするならば掃いて捨てるべき塵芥というものではあるが、その傲慢に見合うだけの女なのだ。
 けれど――このダンジョンは彼女のものではなく、その真の住人と、ここに至るまでに心を通わせる者がいたから。いるから。

 「教祖サマは随分愉しそうでいいでチュねーぇ?」
 断幺・九(不条理・h03906)が、肩を竦め両手の平を軽く掲げるなら、今ドラゴンストーカーの背から抜かれるようにしていた、竜の吐息を固めたようなその大剣が一瞬の迷いもなく断幺に狙いを定めて。
 「この、鼠がっ……!」
 「はぁい? そーでチュけどぉ?」
 ――大剣は振り下ろされない。
 揶揄でなし。鼠の大群が、教祖の背後から、意志を持った薄黒い波のようにして、大剣を押し留めたからだ。
 断幺のファーストアタック。彼女の能力が、取るに足らない鼠の群れを軍の錬度と練り上げ、その力を何倍と押し上げて。

 初手、斬りつけたわけではない。けれど、強大を揮わせないその一瞬。
 それがこの戦闘にとってどれ程価値を持つか。

 「現像!」
 宣言と駆け出すのは同時。空地・海人(フィルム・アクセプター ポライズ・h00953)は、赤色の発光をそのまま具現し全身を覆う。駆けるマスクヒーローが、空の手を左に寄せ、剣を抜くようにするならば、そこの動きに連動して、光輝く閃光剣もまたこの世界に《現像》される。
 思いがけぬから、引き止められてしまった教祖の大剣もいつまでも鼠では抑え切れぬ。それでも、空地が考えていたのとは逆に、空地が斬りつけ、教祖が受け下がる、その状況。教祖の腕の継ぎ目が、ぶちゅりと音を立て、糸のひとつがプツりと切れるのを空地は見る。
 「……さぞ苦労して身体を集めたんだろうな」
 「お前は|信仰《あい》の為に切る身を、流す血を苦労というか?」
 下等、下賎、血肉の価値が、魂の価値が違う。
 一言ごと振り下ろされ、振り抜かれる大剣は、ドラゴンプロトコルと向う時とは違う、軽蔑と嘲り、そして自己陶酔の言葉を載せて。下らない、その全てに応じる必要がどこにある。赤いスーツが、今また振りぬかれたその一閃の上を、高飛びのように軽々と越え側面へ。教祖の目を、気を引けたなら。

 ――氷刃の過ぎるあとを舞うのはキラリキラリとした、ダイアモンドダストの輝き。

 「問答無用」
 空地と共に駆け出したもの。それは、駆けると言うよりは、地を飛ぶといったほうが相応しいかもしれない。|氷翼漣璃《神霊》を、鷹の強さとスピードを、その身に降ろして、矢神・霊菜(氷華・h00124)が振るう剣戟。
 氷刃から放たれる弧に瞬時に凍り、黒く変わる体色。脇の肉が腐るようにもげ落ちる――。

 抑え、下がらせ、削ぎ落とす、二人の連携。
 「あ。嗚呼嗚呼嗚呼嗚呼ああああああああああああああああ!」
 教祖はしかし二人よりも、ダメージよりも、剥がれ落ちたその肉を追って手を伸ばし――その数センチ先を鼠たちが駆けていくのだ。腐肉を銜えて。

 膨れ上がる怒気に近接組が一端の距離をとる。
 やがて上がる面。教祖の顔を覆うのは、在り方と同じ|貼り付けた《・・・・・》ような微笑。

 「いいんです。だって――、貴方が、貴方たちがいらっしゃいますもの」
 皆様の為の場所が、できましたと愛おしげに撫でるわき腹。滴る体液にドロドロと穢れた爪先で己の唇をリップするように。教祖の身が、渇望のまま、地を蹴り駆け出す。

 迫り来る鼠の波を斬り開き、予言のもののようにして。歪な大剣の端に刺さるもののいるならその鼠すら喰らいながら、追い縋る氷の弧を、光の輪を割り、止まぬ狂女。
 大仰に見えた銀の付け爪も、鱗に覆われゆく指先にあっては相応しい。前に後ろにと囲む能力者達だ右手の大剣やその尾の対処に追われる最中、膨れ上がり竜化した左腕が伸ばされる。

 貴方はワタクシ――さぁ、この手を取って、と。

 虚ろに手を伸ばし返すロレンゾを、馬鹿、と叫びあげて押したのがフィランダーなら、そのフィランダーの背からベルトを掴み引き下げる――後ろに投げ飛ばす勢いで――のは御剣・峰(蒼炎の獅子妃・h01206)だ。
 薙ぐ爪にフィランダーの何処かから、紅く小さな粒が舞うのを見つつ。けれど、傷を確認する間はない。剣を構え、追い縋り振り下ろされるその|質量ある竜の吐息《大剣》を受け止める御剣に合わせ、ジョーニアス・ブランシェ(影の守護者・h03232)が、そして八卜・邏傳(ハトではない・h00142)が冒険者たちの前に立つ。
 「よくやった、動けるな?」
 「はい、|御剣《あのひと》のお陰でかすっただけっ」
 ジョーニアスに返る言葉は、強がりかもしれないが、それを信じて。八卜・ピロメラに体勢を崩した二人を託す。稼げ、時間をと絶え間なく注がれる銃弾の雨。ジョーニアスが、更なる後退を指示しながらも、口だけで笑う。
 「……可愛げが出てきたな」
 ごちゃごちゃと、真の相応しいのと着飾ったことを言っていた時は気取った女と思っていたが。今『自分の欲望の為に食われろ』とその意志を丸出しの女から、目を逸らすことなく、銃の齎す腕の痺れに抗って。凌ぎきれぬその弾数が彼女の、鱗を剥ぎ、皮膚を穿ち、糸を断ち、化けの皮を剥いでいく。
 「少しはいい女になったじゃあ、ないか」
 
 「「頃合だ」」

 ドラゴンプロトコルは、もう一人いる。
 話はつけて置いた、近接組が生んでくれた大事な時間に。長く保てるものではないから、歯噛みしながら、いつだ、いまか、と測っていたタイミング。……好きじゃあない、あんな姿。話して、悩んで、助け合う、この自分こそが《八卜・邏傳》だと。
 だが、今の自分を贄にして、得られる自分を知っているから、払う逡巡。晒す――。

 「俺の熱ぅーい炎、残さず零さず、受け止めてくれんだろ……なぁ?」
 
 赤い、紅い、アカく染まる瞼の裏。竜漿が己が身の裡を灼く感覚。
 この場の誰よりも今、圧倒的な質量が羽を羽ばたかせながら石床を揺らす。
 「―――――――――――!!!!」
 あがる咆哮、抑えがたい衝動。
 |気に喰わない《・・・・・・》。
 真竜の|本性《ほんせい》に今焼き尽くされる|自分自身《いしき》も、目の前の誰かも。
 だから。焼いて、灼いて、やきつくせ――お前に残されたのは、ただそれだけ。
 
 「あぁ、お会いしとう御座いました!」
 真竜《八卜》を前に、爪に残るフィランダーの血をうっとりと舐めあげるなら。うねる鼠の波、剣技、獣弾その全てに切り裂かれるまま、ずるりと羽を、皮膚を、肉を、垂れ下げ進む狂女の体に再びの力が宿る。
 「捧げます、この身を。命を。ただ、|真竜《あなた》の為に――!」
 カツン、カランと床に落ちる大剣。青白いその両腕を天に掲げ、招くはゆらり中空を漂うスカベンジャーたち。

 貴方に相応しい|真竜《ワタクシ》となるために。

 「では、捧げて貰おうかっ」 
 この一瞬を待っていたのは、ドラゴンストーカーだけではない。八卜の意図は知らずとも、必ず、ドラゴンストーカーが真竜と化そうとするだろうと、その一瞬を。
 なれば狙いは教祖ではなく。
 偽りの竜を許さぬとばかり、古竜の意志と一体と化した御剣の身がひらり中空に踊り、その剣の持つ《破》の字の通りに群がるそれらを散らすなら。
 「質が悪い……もっと女をあげなさいなっ!」
 それじゃあ男は落とせない、と、狂信でなく依存でもなく、愛を知る矢神は氷の翼持つ天使のようにして中空を泳ぎ、剣先から幾重にも放たれる氷の弧が、散らされたインビジブルたちをかき消していく。
 意を為した一匹と一羽の左右に散開するのと同時。
 「退避っ!」
 それは肉を齧る鼠達の為だけではない、断幺の言葉に全員が動く。戻った空地が負傷するフィランダーを抱え、ジョーニアスが、もう馬鹿の出来ないようにロレンゾを引き、そしてピロメラに顎で行き先を示して。

 身をくねらせ踊る火柱。
 その熱が薄闇をも焼き払う。絶叫が木霊したの圧倒的な灼熱が彼女の喉を焼くまでの、ほんの僅かな時間。炎の中、それでもと伸ばされる、指先。
 あと一歩と踏み出した黒いヒトガタは――砂の城のように、炎の中、崩れ落ちた。
 
 ●
 ――先の絶叫の残滓とダンジョンの静寂の対比。
 キンと響くような幻聴を破るようにして最初に問うたのは空地だ。ほんの少し、年上かと見える冒険者達。親近感が彼に言葉を紡がせたのだ。
 「先へ行くのか?」
 もうマスクに覆われてはいない空地は、だって年相応で。素直に心配を滲ませている。
 |鼠《センパイ》たちのめーわくにはならないでよぉ? と、言葉ばかりは興味なさげに断幺が、ちらりと見遣る先では、焼け焦げ、残骸の残るそこを言葉もなし見つめるロレンゾがいる。掛かる言葉に面を上げ見つめるのは石アーチの奥。薄闇ではなく、まったく見通せぬ闇を湛えるその場所。

 答えを出せないロレンゾに代わりに応えるのは、やはり、彼だ。
 「巻きがきつくない?」と問う矢神に、大丈夫ですと礼を述べて。切りられた腕に巻いてもらった包帯をひと撫でするとフィランダーが立ち上がる。
 「ううん。僕たちも帰ります」
 「帰ります! 本当に、あの、……今日は有難う御座いましたっ!」
 彼らも子供ではない。ド|ラゴンス《あの女》トーカーの見せたドラゴンプロトコルへの妄執に、この危機は自分たちにも一因があったのだろうと知って。意識を戻したものの、肩を借りる八卜と、肩を貸すジョーニアスにむけては、ピロメラが言葉を重ねるようにして頭を下げる。

 「僕は」
 アーチを見つめたままのロレンゾの前に、フィランダーがゆっくりと回りこむ。差し出す手、伸ばす腕は力の篭っているのか震え、まいたばかりの包帯に紅い染みは範囲を広げて。それに気付き身を硬くするロレンゾに、フィランダーは薄く微笑む。困った子供を見つめるように。

 「……世界に自分ひとりだけみたいなツラするなよ」

 ――長い階段を上がり、再び見えた空は夕暮れのオレンジで。ありがとっしたー! さよならー! と元気に腕を振りながら去っていくピロメラに軽く手を上げ返す能力者もいる。
 ロレンゾ達は一歩ごとに、今日の出来事を忘れていくだろう。能力者達の存在も、掛けた言葉も、その身に襲った出来事も。
 それでも、残り続けるものが一つだけ。

 帰ろうか、と笑って友の手を|選んだ《・・・》ロレンゾの泣き笑いの笑顔。
 見送る背にそれを重ねて、御剣がほんのりとだけ口の端を緩める。

 (なぁ。居場所――あったじゃないか)

挿絵申請あり!

挿絵申請がありました! 承認/却下を選んでください。

挿絵イラスト