|劇場型《お笑い小劇場型》犯罪物語!
●某お笑い劇場にて
「はいどうもー!」
今日も、大手事務所の劇場は満員御礼である。お笑いファンやふらりと入ったサラリーマン、主婦に至るまで多種多様な観客たちが、彼らを見に来るのである。
……お笑い芸人。
それは、人に笑いを提供し、時には生きる希望を与える職業。
劇場の中は、今日も笑いで埋め尽くされている。ここは、笑いにその命を捧げた者たちの戦場。しかし、そんなことは観客には関係ない。面白ければ笑う、面白くなければ笑わない。単純な話である。
「……あれ、あいつ今日出番あったっけ?」
|名も無い《モブ》芸人が、すれ違った男を見てふと呟く。あれ、あいつ、謹慎になってたんじゃ……。
出囃子が鳴り響く。それは、ごくごく当たり前のように。”本来いないはずの彼”が、そこにいることに違和感は感じないのだろうか。
「……終わらせましょう」
笑いの中で死ねるのは、希望なのか?
●人のいないライブハウスにて
「ぐぬぬ、こ、これはやばいですよ、やばいですよ!」
何やらぐぬぬ言ってるのは💠 |長峰・モカ《ながみねもか》((売れない)(自称)イタズラ女芸人・h02774)。彼女もまた、芸人という職業に身を挺している。……まぁ、|個人事務所《イーストフォレスト》の、しかも売れてない芸人ではあるのだが。この前も手売りチケットも売れず客席は3にn……。
「ええとさぁ! その話どうでもいいよね! そんなことよりさ! この劇場見てよ!」
|ライブハウス《ロフト√1》のステージ上、スクリーンにはとあるニュース映像が流れている。数十人も入ればいっぱい、とはいえライブハウスをもってるのにならそこでライブをしたら……?
「そんなこと今はどうでもよくて。うーん、これはどういえばいいか……」
要約すると、現場は大宮のショッピングセンターの一角にあるお笑いのライブハウス。この日は、ネタ番組の公開収録中。ネタをしていた芸人の一人が、急に暴走。
「人々を”笑い殺した”……ってことらしいの」
モカのその声から、悲痛な思いが伝わってくる。人を幸せにする笑いを殺人にt。
「そんなさぁ! 人を殺せるぐらい笑わせるってなんなん!? 大手か!? 大手だからか!? 養成所言ってるからか!? おお?」
……完全に私怨ですね。まぁ、しかしこれは防がねばなるまい。
「ターゲットの名前は高平さんぽ。みんな知ってると思うけど、昭和浪漫というお笑いコンビで活動していたね。有名な漫才の大会で優勝できるぐらいに実力はあったみたいだけど、なんか、不祥事か何かで活動を自粛してたみたい」
それで、今日は全く出番がなかったのに、急に来た、劇場としては盛り上がりが欲しいからステージにあげた、その結果……ってことらしい。
「お笑いは、人を殺す道具じゃない! みんなを笑顔にするものなんだ! ってことでよろしく!」
●ほんの少しの過去
時間は少し巻き戻って。
「……終わらせましょう」
高平さんぽは、38マイクに向かってそう呟く。
その胸元、衣装のスーツの内ポケット。そこには、双子座のカードが佇んでいた。
第1章 冒険 『劇場型怪人事件』

君たちは、|板の上《ステージ》と|椅子の上《客席》で、お互い相まみえる。
椅子の上には、所々笑いすぎて呼吸困難になり、笑えない姿になってしまった者がちらほら。
その他の観客は避難が完了したようだが、撮影クルーは、その様子を押さえるため残っているようだ。ほら、劇場型犯罪だし。
「……おや、どうしました? まさかと思いますが、私を止めようとされてます?」
さんぽは、君たちを見下ろす。
その顔は、詰めたく笑っている。
「それなら、戦いましょう。もちろん、お笑いでね?」
くそう! カメラが見ているから直接的な拘束は難しい! 見られてるから! だから悔しいが、言われてることを護るしかない……! だから、だから!
みんな、「お笑いでの勝負」、頑張って欲しい!
「『詰めたく笑ってる』…って誤字ってるやないかーい!」
グフゥ! ええと、やめてください|十枯嵐・立花《とがらし りっか》(|白銀の猟狼《ハウンドウルフ》・h02130)さん、それは主に|地の文《背後》に効く……! あれですよ、そう、噛んだんですよ、さんぽさんが。地の文だけど……!
「……?」
あーもーほら、さんぽさん頭はてな出てんじゃん!
「まぁ、どうでもいいでしょう。なんですかあなた、ここは板の上……神聖な場所ですよ」
……けふん。さんぽは、ステージに上がってきた立花に怪訝な目を向ける。誤字? どこにそんな文字が書いてあったか? とキョロキョロしている。すみません、すみません……。さんぽさんそこにはないんです……。
「……神聖な板の上に乗った、と言うことは、何か|する《・・》んですよね?」
緊張感が走る。そんな、|ド田舎の山里《グンマーめいた魔境》出身の、常識に|若干《・・》ズレがある彼女に、そんなネタなんてあるのか……! この前も|警察《ポリスメン》のお世話に……「に、人間ロウソクの術!」
ボウ……。うん、燃えてるね。燃えてる。やってることはすごいのさ。その右目に狩猟本能を集中させてさ? そうすると右目が激しく燃え上がるのさ。そこに、衣服の白さを合わせて、人間ロウソクの術。普通にすごいことやってる! でも、ほら、見てこの空気!
「……(もきゅ?)」
そんな可愛く首を傾げてもダメです! ……え? 時間は稼いだからあとは頼む!?
も、目的通りだったなら、まぁ、いいんじゃないでしょうか……!
「……大丈夫ですか? 終わりますよ? 終わらせましょうとは言いましたけど、こんなに手応えがないとは……」
いいんです! あれは時間稼ぎだから! しかしあなたも律儀な人ですね! わざわざ待ってくれるだなんて!
「……お笑い、ですか……」
さぁ、次の|挑戦者《生贄》は、|八木橋・藍依《やぎはし・あおい》(常在戦場カメラマン・h00541)だー! 最近|嬉しいことがあった《星詠みできるようになった》らしいが、その次の仕事がこれである。……大丈夫?
……あまり、そういうのには明るくないんですよねぇ……。
そんな声が聞こえてきそうである。あ、実際そう言ってますね、そんな顔してます。
「え、あ、その、ほら、私、そんな一発芸持って……」
いやいや藍依さん、知ってるんですよ? あなた、|とっときの《・・・・》、持っているでしょう? いやそんな謙遜しなくても。大丈夫ですよ、|前回の放送《シナリオ:冬の温泉物語!》の映像もありますよ。
「あ、あれ、ですか…… ほ、本当に、ですか……?」
「ほう、何やら面白そうな芸を持っているんですね。期待しますよ?」
さんぽさんの期待の視線が藍依に突き刺さる。……どうしましょ?
「……やりますよ。やればいいんでしょう!?」
同時に、出囃子が流れ出す。ステージ下のスタッフが、キューを出す。生きてたんだ……。
「こ、こなクソォぉぉぉおぉぉぉぉおお!」
ブリッジ、からの流れるような|逆スパイダーウォーク《エクソシスト的なあれ》。
カサカサカサカサ!
まぁ一見不気味ですが。ホラーとギャグは紙一重と言いましてね?
ホラーの様子も、ツッコミが入ればそれはギャグになるのだ。人面犬とかね! しっかし、なかなかリアルというか、鬼気迫る表情というか……。
「ふっ、ふふっ(くすくす)」
や、やった! 笑ってます! 笑ってますよ藍依さん! そこまでのリアルさが、ギャップを生んで笑いを生むんですよ! さすが、無意識のうちに笑いの感覚が身についていたんですね! (グキッ)あ、首が……。
「い、イタタ……。どうしてこんなことしなきゃいけないんですか?(泣)」
それは、|彼《さんぽ君》を笑わせるため! 結果としては成功! ヒャッホウ!
……けふん。彼女は、無事そのノルマを達成する。トラウマを負うことも無いだろう。
デデデンデンデンデンデン♪ オッォォ♪ オッォォ♪
連続して軽快な出囃子が流れてくる。だいたい劇場のネタライブは数組続けて見れるでしょ? それですよそれ。舞台袖から出てくるのは、10歳の少女、かわいいね。
「ショートコント、学園祭の出し物」
38マイクの高さをヨイショ、ヨイショ、と変えているのはルビナ・ローゼス(黒薔薇の吸血姫・h06457)。吸血姫様のネタであるぞ! 笑うなんて失礼があってはいけないぞ!
「……いや、笑ったほうが良いのでは?」
はい、さんぽさんツッコミありがとうございます! カメラをステージに戻します!
「う~ん、どうしよう...」
「なんや、どうしたん?」
38マイクの前に、一人立つ。上下を切りつつ一人二役。これ、実は高騰技術なんですね? キャラを切り分けもできてるやんけ……!
「学園祭でお化け屋敷をするんやけど、どんな仮装しようかまよってるんや」
……なるほど、綺麗な導入ですね。変に気を衒うよりわかりやすいネタの方が良いですからね、さんぽさんどう見ますか?
「そうですね、一人二役という奇抜さに王道のネタを重ねることでネタの深みを増してますね、実に面白い」
絶賛ですね。
「なんや、そんなことか。ぴったりな役あるやん」
「えっ、なになに?」
実況解説をしている間もネタは進んでいく。結構頻繁に上下切るので若干首が大変そうですね。
「お前、|ぴーーーーー!《胸ペタンコ》やから、ぬりかべ...」
「誰がぬりかべや?!」
ドッ、と衝撃がステージに押し寄せる。カメラ、音響、スタッフ一同がその両手を大きく叩きながら目に涙を浮かべてる。さんぽさんも大きく笑っていますね。良いですね。
「ど、どうだですわ……!?」
ローゼスは、その目に血涙を流す。しかし、その快感をその身に受けると、その血涙もひっこm……。
「いや、身を削りすぎてるから辛いは辛いですわ!? なんかカットされてるですわ!?」
……あ、胸に関する話題は禁句らしいので修正しておきました!
「ワシが! 剛拳番長轟豪太郎である!」
ドンっ!
|轟・豪太郎《とどろきごうたろう》(剛拳番長・h06191)の声が、一同の鼓膜を震わせる。人によっては鼓膜が破れかねないような轟音である。あ、さんぽさん耳押さえてる……。
「おや、反撃が来ないな。試合放棄かな?」
……ええと、轟さん? そんな耳を手に当てる仕草をされましてもね? 確かに反撃はないんd。
「やったァァァ!勝ったぞーーッッ!!」
勝利の咆哮である。
「いや、笑いの勝負なんですけど……」
さんぽさん素直なツッコミありがとうございます! これはどっちかというと驚きのやつです! それはそれで面白いですけど!
「ここで終わるかぁ!」
どーん! 2回目の轟音! 今度は爆発音と共にケムリが! ケムリが……!?
「……それ以上はいかんぞぉ!」
ケムリの向こうからは轟さんと、もう一人……? の番長が背中合わせで立っています!
「かつての|強敵《友》の中にはお笑いが得意なやつもおったからのう! のう|徹《とおる》!」
おお! と若干マッシュルームヘアというか、おかっぱというか、そんな髪型の番長がその問いかけに応える。あ、メガネをかけてますね。安心ですね。……何が!?
「どっせーい! メガネメガネ……!(ぐふぅ!)」
38マイクの前に立ってネタを始めて20秒。すでに轟のボディに頭突きが決まっている。まさに短期決戦のドツき漫才である。
「……いや、よく見てください? これ、どつき漫才でそのインパクト一点勝負だと思われがちですが、時間に厳しく、ネタを積み込む昨今の作り方を踏襲しています。20秒でここまで綺麗にボケが入るのは賞レース向けと言えるでしょう、まさに現代の流行りに合わせている…… 素晴らしい……!」
……さんぽさん、|長尺の《137文字にも及ぶ》解説ありがとうございます!
「何しとるんじゃぁ!(剛っ!)」
おおっ! 衝撃的すぎてオノマトペが漢字になってしmあつつつツッツっ! なんなんですかこれはっ! 熱湯!? え? 次のコーナーのために用意してた!? それにタライに、くさやっ!? さんぽさん大丈夫d……。
「うっわくっさあっついった!」
……うわぁ……全部くらってる。衝撃波で舞台袖で用意してたやつが一気に放出したんだ……。まぁ、そういうもんだもんね。仕方ないね……。
「我が生涯に一生の悔いなし……!」
最後は、轟さんだけがステージに立ったまま。その拳を天に突き上げ、ステージは暗転した。……徹さんも倒れてる。
第2章 冒険 『シデレウスカードの所有者を追え』

「……も、もうこんな時間ですか……! 次のステージに行かなければ……!」
さんぽは、先ほどのダメージを引きずりつつも次のステージに向かって移動を開始する。ちなみに、次のステージは新宿のとあるショッピングモールの中に入っているらしい。さっきの劇場よりもキャパが大きい! もっと危険になる恐れがあるぞ!
あと、さんぽさんはまだタクシー移動とかできるレベルではないらしく、電車での移動だ! 電車ってことはその移動中も、人目につくということ……! つまりはそういう人たちに|お笑い《殺人術》を提供してしまうかもしれない!
そんなことがないように! してほしい!
ガタンゴトン……ガタンゴトン……。
ここは、とある電車の車内。あまり混んではおらず、立っている人もちらほらいるが、座って乗る余裕があるぐらいである。
……あ、さんぽさん立ってますね。目の前には、お婆さんが一人。テレビの企画とかだとまぁ電車を貸し切ってエキストラを配置するなり、|スタッフ《AD》を配置して、終わり次第出演許諾の契約書を書いてもらったりする。ちなみに、モカさんもそういう仕事をしているのだ。今日はいないけど。
「ねぇ、おばあさん?」
……おや、さんぽさん始めましたね。多分、OAではレゲエホーンが流れてますね。
「いやね? 僕ももう30ですし、結婚したいなぁ、と思って子供の名前を考えてきました!」
はえ? おばあさん、キョトン。まぁ、漫談の出だしを言われても聞いてないと困るよね。しかも、ちゃんと聞かないとわからない系だし。
「えっと、どこにいるんでしょうか……」
一方その頃、ローゼスさん。えっほ、えっほ、早くさんぽさんを見つけないと……。しかも、タライの中にピコハンやハリセン、ブリキのバケツなんてものを入れて……。こんなに入れて重かろうに。
「全然大丈夫ですよ……あ、いましたわ♪」
車内を歩き回ること数分、無事に発見です。
こそこそ。こそこそ。抜き足、差し足、忍足……。思ったよりウケが取れていないさんぽさんに一歩一歩と忍び寄る。
「苗字を変えてあげることがね? 親にできる最大の……」
はえ? 何言ってるの? の表情のおばあさん。聞いていない人に漫才は無理だよさんぽさん! モノボケとかに切り替えようよ……!
「なんでやね~ん、ですわ!!」
ごぅんごぅんごぅん……。
ローゼスさんの振り被った金ダライがさんぽさんの頭にクリティカルヒット! おおっとさんぽさん急な衝撃でふらふらだー! そこに……!
「喰らえですわ!」
ここでさっきのブリキバケツを頭に被せました! 一体どうするのでしょうかっ!
ごいーんんんん……!
決まったー! 棒でブリキバケツを一撃だー! ここから表情は窺い知れませんが、さんぽさん苦悶の表情! バケツを叩く音が中で反響しているでしょうから、相当辛いでしょう! しかも実際痛いでしょうし!あ、動かなくなった。
「うちの叔父が失礼しました。ほら、いくで!」
ずるずる。おばあちゃんポカンとしてますね。でもまぁ、そういうものだと思ったのかな? はぁ……というリアクション。
というか、あれ、ローゼスさん大丈夫ですか? 30歳の男性を引きずるほどの力があるんでs。
「えっと、今のうちにカードを……(ゴソゴソ)」
引きずってる間に胸ポケットをゴソゴソ弄る。あれ、あれ……?
「あった……! あれ?」
その手にあったのは、とあるお店のショップカード……。
「……さんぽさん、タクシー乗れないレベルなんですね」
藍依さん、ふと呟いてますけどさんぽさん相当ダメージ受けてますよ! さっきのボコリもありますけど! タクチケ貰えないんですよ! ……最近はどこもお金ないからですよ、きっと……!
「……?」
おや、どうしました藍依さん? 何かに気づきました?
「……駄目じゃん! 危ないじゃん!」
気づいてしまわれましたか……! そうですね、実はすごく危ない状況なんじゃないでしょうか!
「やらない後悔より、やって大成功!」
しかも復活してますし! 何やら目の前の髭ともみあげのつながったおじさんに絡んでいますよ!
「……そういえばですね? 先日の|星詠みをした時の《お花見の》話なんですがね?」
おお、スルッとさんぽさんの隣に立った藍依さん、シームレスに会話に入ってきましたね。しかも、この前のお花見のお話ときましたか。さんぽさんの意味のわからないタイムスリップの話よりすごい入ってきますね。詳細は|報告書《シナリオ:救われぬ地に春よ届け》を読みましょうね!
髭もみあげおじさん、すごいいい笑顔ですね。藍依さんのお話にうんうんうなづいています。あ、さんぽさんハンカチ噛んでる。
「くそう、覚えてろよ!」
……あ! 電車から降りた! 逃げるのか! ……いや、新宿に着いただけだ!
……人目が多すぎる!
仕方ない。さんぽさん、人目のあるところを歩いているのだもの。このまま仕留めてしまった方が絶対いいのに!
「まぁいいや! えーい!」
立花のナイフが、さんぽさんを切り刻む。全身に切り傷が増えていく。
「お、おい! これは! これは流石に放送できないのではないか!?」
さんぽさん、少し怒っていますね。少しで済むんだ。もう肉切れてるのに。
「大丈夫、これはスプラッターコメディの収録だよ。コメディだから問題ないよ。今、血が出ているように見えるかい? それは違うよ? これは、本当に血が出ているように見えているだけだよ。だって、これは本当に体を張ったリアルスタントが売りになっているけど、見せてしまったら放送禁止になってしまうからね。だから本当には血は出ていないんだよ?」
……は、はぁ。そういうなら、そうなんでしょう。あまりにも棒読みすぎるのはどうかと思いますがね! というか、見えてはいけないもの見えてないですか!? 放送できます!? あ、できるんですね。じゃあ、オッケーです!
第3章 ボス戦 『『ドロッサス・タウラス』』

「こちらが……黒幕……」
ルビナは、目の前に立ちはだかるドロッサス・タウラスにそう呟く。その裏では、お嬢様らしからぬあれやこれやが脳内を駆け巡っているが、外には出さない。だって、お嬢様だもの! 淑女の嗜み!
「おう、俺の邪魔してくれてるのはてめえかぁ? うーん、このチンチクリンが!」
プチン。(こんの、耳に手ぇ突っ込んで奥歯ガタガタいわしたるわい!! ついでに、ブーメランみたいな角を剥ぎ取って、モカお姉ちゃんへのお土産にしたる!)
……てなことを思ってそうな顔である。顔で押し留めた!
そしてそのまま大地を蹴った! その手にはハチェットが握られている。
「……ここかぁっ!」
残像だ。いないはずの、|彼女《ルビナ》に、金棒が通り抜ける。
「あら、そんなスピードで大丈夫なんですか?」
煽る。煽る。あくまで、目的は囮である。そのためには、”惹きつけなければならない”わけだ。惹き付ければ、あとは回避してハチェットで少しでもダメージを与えれば良い。
「ぐぐっ、しかし、こいつはどうか……なああぁぁあっ!?」
……当然のように、発動しないアクチュアル・タウラス。だって、右手で触れているんですもの。
「さぁ、覚悟はよろしくて?」
ニッコリ。ハチェットが、振り下ろされる。さっきのが乗っかってるのか、相当ダメージ入ってそうだなぁ……
「ぬん……インタビューは難しそうですねぇ……」
藍依は、目の前の状況に少々残念がっている。話、通じなさそうだもんね……。仕方、ないね……。ゴツいもんね。
「なんだぁ? 話ってn」
「まぁ、でも、|我が新聞社《ルート前線新聞社》の記事にはしましょうか……。見出しは……『シデレウスカードの恐怖! その危険性に警鐘を鳴らす!』でしょうか!」
それは、一面には……なるかなぁ。二面か、三面か……。ラテ欄のところになるかもしれない。しかし、その記事には意義があるのだ。意味があるのだ。だから。
「そのためには、ねぇ?」
藍依の手に持つのは、”新聞紙”。それも、「ドロッサス・タウラスの、事実」が描かれた。
「ええと、ここをこう折って、こうすると……」
おりおり。きりきり。ぺたぺた。作ってあそぼ? それは、まさにソード。敵を討つ、紙ソード。見た目は可愛いが。
「ぷっ、そんなもんで倒せるわけn」
「えいっ♪」
ザシュ、と鋭い音がして。今回の事件、ギャグみたいなノリだけど。というかギャグだけど。それでも。
「本件で犠牲になった人達が居ること、忘れたとは言わせませんよ?」
そうなのだ。犠牲者がいるのだ。こんなこと、繰り返してはいけないのだ。
痛い、痛いよ。その腕が赤く染まるよ。
「……ところで、|これ《さんぽさん》は放置で大丈夫かな?」
立花は、目の前に倒れている男を旧式軍用小銃でツンツンしている。銃口はあくまで外に向けつつなので安心である。まぁダメージは与えてあるし。放置で大丈夫でしょう。
「……なるほどね。それじゃあ、いくね」
立花は、その身を高く高く跳ね上げる。ドロッサス・タウラス。その見た目通りの硬さを持つボディは、同時に俊敏な動きが難しいとも言えた。……まぁ、でかいしね。
「おーにさーんコーチラー★」
鬼じゃないわい! というツッコミを入れつつもドロッサス・タウラスはその身を振り回す。ヒットしたと思ったらニュルンとすり抜け。次の瞬間にはその背後まで足を進める。間合いを詰めたと思ったらそのボディを蹴って一気に間合いを広げる。それは、さながらダンスのように。その身のこなしはエレガントですらあった。
「てっめ、こら、まちやがr」
「励起完了……これで決めるよ……!」
時計の秒針はちょうど1周したところ。その秒針が6度動いた瞬間には、小銃に装填した真竜ブレス再現砲撃はドロッサス・タウラスに襲いかかる。その砲撃は、ドロッサス・タウラスの身を焼き焦がし。少しタンパク質の焼けるにおいがした。美味しそうとか言ってはいけない。
「少し焼肉の匂いがするの!」
イリス・フラックス(ペルセポネのくちづけ・h01095)は、その鼻をヒクヒクとさせる。確かに、焦げた香ばしい香りが立ち込める。カルビ、という言葉が思い浮かびますね。なんとなくですよ?
「なるほど、確かに美味しそうだね!」
シャル・ウェスター・ペタ・スカイ(|不正義《アンジャスティス》・h00192)も、その香りを堪能している。ご飯何杯でも食べられそうです!
「くっそ、舐めんじゃねえぞこのクソガキ……!」
ドロッサス・タウラスの恨み節が炸裂する。20歳のレディにクソガキだなんて……。レディ……? レディって言った?
ブォン、と星界金棒が円を描き、その”少女”のボディに接近する。90度、60度、30度……。
「あらあなた、”牛さん”ね? そうでしょう? あなた、”牛さん”よね?」
|定義付け《レッテル》。物事の意味や内容を明確に区別し、その意味を定めること。それはつまり、”目の前の、星界金棒を振り回すドロッサス・タウラス”の内容を明確に区別するということ。牛さん。そう、ドロッサス・タウラスは牛さんだ。つまり。
「|もーもーも、もももーも、もーもも?《なんだこれ、喋れなくなった……?》」
少しずつ、少しずつ。|四足歩行になり、言語を喋れなくなっていく《牛化が進行していく》。見えないところでは、胃が4つになったりもしているようだ。そこまでするんだ……!
「へー? かわいい牛さんだね。……とっても美味しそう!」
シャリンシャリン。シャルの持った包丁が小気味いい金属音を鳴らす。刃渡り136mmほどのその包丁は、肉牛を捌くための物である。こんな専門的な道具を持っているだなんて。さすがですね。
「ええと、ここがハラミで、これが肩、ここがモモで……」
少しずつ、少しずつ。その肉牛が解体されている。少しずつ肉の塊が、ブルーシートに乗せられている。肉牛に捨てるところなし、とはよく言ったものだ。その全てが綺麗に捌かれ、肉に変換されていく。ちなみに、シャルの手によって牛カツや焼肉、牛唐揚げなどになっていったらしい。
「……さんぽ?」
「……ケムリ、迷惑かけたな」
ドロッサス・タウラスがいなくなった今、昭和浪漫の二人はお互いに向かい合う。ステージには出囃子が鳴り響く。
ここは、|板の上《ステージ》。人々を、笑わせる場所。
「……終わらせよう」
「いや怖過ぎるわ!」
彼らのステージが、また幕を開けた。