去り行く者達の遠吠えは落日に染まるか
「戦闘機械群と正面から戦闘だって? バカげた作戦だ」
「逃げられるんなら逃げても構わんぜ。その2時間で鉄屑になる玩具で逃げられるならな」
半身を戦車にしたウォーゾーンと、標準の倍以上の体躯を誇るウォーゾーンが待機している。
「……どうせみんないなくなるのに」
「だが、昨日じゃなかった。俺達はまだ戦える」
「ああ、|俺達《・・》はな。死が土へと還るという事なら、俺達は泥人形か?」
「知らねぇよ。問答しに来たのか、お前は」
「まさか」
「ふん、戦争を教えてやる」
|死体《スクラップ》、|死体《スクラップ》、|死体《スクラップ》、|死体《スクラップ》、|死体《スクラップ》、|死体《スクラップ》、|死体《スクラップ》、|死体《スクラップ》、|死体《スクラップ》、|死体《スクラップ》。
薄暗いウォーゾーンの操縦席のモニタに表示されるのは無数の|死体《スクラップ》。しかも、その半数は自分の|機体《スクラップ》。
「……これにするか」
その一つをタップすると、|死体《スクラップ》になった経緯を早送りで再生される。
「……なるほどな」
二つ三つとタップするがやはり辿り着くのは|死体《スクラップ》。これは過去の映像では無い。これから起きる未来予知だ。もっとも、星詠みの予知では無いので精度は高くないようだが。
「この作戦は万に一つも生還できないか」
無感情に、無表情に。
「負けるつもりは無い。まあ、負けるつもりで戦う奴はそんなに居ないだろうけど」
四肢を機体と直結された操縦者が、古びたラジオでラブソングを聞いている。
「この手足は僕の元の手足よりも自由だ。何だってできるさ」
「ようこそ、√ウォーゾーンに魂を惹かれた√能力者諸君。概要を始めよう」
ここはある廃工場の中。設計図面上では描かれていない扉が一枚。不自然な二本の支柱に扉だけがある。普通に考えればこの扉を開いても反対側に出るだけ……だが、実際は√ウォーゾーンへと繋がる扉だ。
「ある戦闘機械都市が侵攻を受ける。今回はその防衛戦だが、ただ戦って勝てばいいと言う類では無い……いや、別にそれでも構わないのだが」
戦闘機械都市の地形をホログラム投影する。大きい工廠一つを有する外はただただ廃墟が連なっているような場所だ。
「ここはウォーゾーンの整備を一通り行える工廠になっている。人類側にとって重要拠点の一つだな。残念ながら新規生産は出来ないが、それ以外は大体出来る資材と設備を備えていると言う感じか。人的資材も含めてな」
工廠の地下を立体投影していくと、水耕栽培地下農園等の人員が生存するために必要な施設なども揃っている事が伺える。
「この都市はある第49WZ中隊『クラップヤード』の駐留地になっている。現在、四機のウォーゾーンが戦闘待機状態にある」
続けて四機のウォーゾーンを立体表示していく。下半身が戦車のWZ『スレイプニール』通常のWZの倍以上の体躯を誇る『ヨトゥン』背部に巨大ブースター兼ウェポンラックを接続した『ジークフリード』と『ミーミル』の四機だ。
「結論から言うと、この四機が迎撃する事でこの都市自体は守られる……半数を犠牲にしてな。この結論は諸君が介入しても覆す事は難しい」
何もしなくても守れるのならば介入すればもっといい結果になる、と考える所だろうが……そうとは限らない。星詠みが出来るのは敵も同じだからだ。観測した以上、既に賽は投げられている。何もしなければ全滅するだろう。
「当然ならが無策ではない。遠距離砲戦能力に長けるスレイプニールと、大型火器運用が可能なヨトゥンが遠距離砲撃で敵の前衛を引き付け、敵陣の側面から高機動のジークフリードとミーミルが後衛を強襲。これによって敵を撤退させる事までは出来る……本来の流れならば、だが」
戦場は無限軌道のスレイプニールが動きやすい程度に戦火の跡が激しく、遮蔽物に困らない程度には構造物もある。
「だが……敵の攻撃を正面から受けるスレイプニールとヨトゥン、敵の本陣へ単機特攻するジークフリードとミーミル。どちらかが作戦目標自体は達成するも未帰還となる。どちらがそうなるかは……五分五分だな」
敵側も星詠みが居る以上、全てを把握できる訳では無い。
「よって諸君がどちらかに介入しても、介入しなかった側は壊滅するだろう。まあ、√能力者である諸君は死ぬ事は無いのだが、能力者でない者は死ぬ……いや、死体に戻ると言うべきか?」
ここで防衛に当たっている中隊『クラップヤード』に視点を移す。
「クラップヤード中隊は、元々は実験兵器試作運用部隊『スクラップヤード』だった。様々な試みによって新型のWZを作り出し、それを評価する。だが、戦況の悪化に伴いそうした新型の開発が行えなくなり、とりあえず作ったはいいが量産する目途が立たずに実戦配備と言う形で事実上の放棄をされた機体の寄せ集めが今の『クラップヤード』となっている。頭のSが取れてしまった、という事らしいな」
ScrapからSを取ると何になるって? その位は自分で調べたまえ。
「その搭乗者も曲者揃いだ。全員がデッドマンで、それぞれのWZに合わせて最適化してある。一応、クラップヤード中隊所属は他にも居るが今は出払っている所だな」
寄せ集めの鉄屑に寄せ集めの死体を詰め込んで動かしている。だから『クラップヤード』なのだろう。
「彼らが死に、試作機が破壊されたとしても大きな影響はない。また寄せ集めて組み直すだろう。だが、それでも。もしも君達が誰も犠牲にしない事を望むのであれば……陽動側と強襲側の両方に必要量な援軍を送らなければならない。二面作戦である事は前提なのだ。一人で両方に手を貸すという事は……不可能ではないだろうが、推奨はしない」
GIRIRIRIRIRIRIRINNNNN!! と、けたたましく目覚まし時計のベルが鳴る。RINと手で押し込んでそれを止めると、こんこんと一枚の扉を叩く。
「時間だ。さあ、戦場を始めよう」
第1章 集団戦 『AL失敗作-『チャイルドグリム』』

<陽動部隊>
●試作重戦車WZ『スレイプニール』
下半身を戦車型にする事によって積載量と防弾性能を高め砲撃戦に特化した試作WZ。無限軌道走行による機動性も高い。
背負うような形で背部にマウントされている戦車砲は並のWZでは扱う事自体不可能な口径を誇り、長い銃身による命中精度も高い。弾頭は自動装填式でAPFSDS弾、焼夷榴弾、対空散弾等の特殊弾頭も扱える。
通常時はWZの上半身を前方に折りたたむ形で格納し、自走砲のような形状をしている。上半身を起こす事でWZ形態となり、両手に重機関銃を持ち中距離銃撃戦も対応する。
その形状から近接格闘には全くの不向きであり、格闘機体に組み付かれると対処不能になる。
戦車とWZの利点を組み合わせた機体として開発されていたが、格闘性能の低さと戦車よりは劣る防弾性、何より構造が複雑化した事による高コスト化が決定打となり試作の三機のみで打ち止めとなった。
●試作大型思考直結WZ『ヨトゥン』
一般的なWZの倍以上の体躯を誇る大型WZ。その体躯から繰り出される格闘攻撃はあらゆる物を粉砕する巨人の一撃となる。
有り余る膂力により通常のWZが両手で構えるような重武器でも片手で運用可能。また、専用の大型武器を用いる事でその攻撃力は遠近共に非常に高い。
操縦システムとして思考直結式が採用されており、この巨体でありながら髙い反応速度を持つ。まるで巨人その物になったかのような自然な動きが可能である。
ただし、この思考直結式は操縦者の脳に大きな負担をかける事が判明しており、戦闘機動を30分も続ければ自力で機体から降りられなくなる程に消耗する。1時間乗り続ければ後遺症が残る程に損傷していくが、一般的な操縦者でも2時間は動作保証されている。なお、操縦者の交代はバイタルパートごと交換するので極めて迅速に行えるように設計されている。
この思考直結式が操縦者を電池のように扱うと言う非合理性と、こちらもやはり整備性の劣悪さを問題視され試作の四機のみの製造に留まった。クラップヤード部隊で既に二機大破している。
<強襲部隊>
●義体直結式高機動WZ『ジークフリード』
義体技術をそのままWZサイズまで拡大する事により極めて高い反応速度を得るに至った高機動WZ。
機体その物の性能は並のWZと同程度に留まる物の、この高い反応速度によってまるで三倍の速度を持っているかのように振舞える。損傷しても一般的なWZの部品を流用できる為整備性は高い。
脳と直結している訳では無いので脳に余計な負荷がかかる事は無く、自分の手足のように軽快に扱える事から操縦者からの評価は高い。
しかし、搭乗する為には四肢が欠損していることが前提であり、この機体に乗る為だけに健康な手足を切除するのは採算が悪いとして32機と量産はされる物の追加増産は打ち止めになっている。
デッドマンであれば手足のパーツが不要なだけなのでデッドマンには好評である。
●戦術未来予知搭載WZ『ミーミル』
未来予知能力を持つ超能力者を生体パーツとして全身に埋め込む事で、未来予知を可能にしたWZ。なお、未来予知は星詠みとは異なる物でどの程度の能力を持つかは機体に依る。
機体性能は機動力重視の構成ではある物の、一般的な機体の範疇に留まり生体パーツ以外の整備性は優れている。なお、整備士にはこの生体パーツ部分はブラックボックスとされ開封は禁じられている。
搭乗者が乗った瞬間に凡そ一万通りの自分の死体を見せ付けられ、乗っただけで発狂して周囲を無差別攻撃し始める者まで出てしまった上に、培養予知能力者が規定水準の能力を満たせなかった為7機のみの生産で打ち切られた。
●行軍する死者の鉄屑
戦列を並べて行軍する簒奪者達。出来損ないの生物を機械で繋ぎ、仮初の生命を成すAL失敗作-『チャイルドグリム』には凡そ戦術と呼べる物は無い。ただ数で押し寄せて、ただ数で圧し潰す。それだけだ。
にも拘らず脅威となり得ているのは単純にその数だ。そのどれもが異なった外見とバラバラの能力を持っているが、下手に突出し過ぎない程度の知能は持ち合わせているようだ。
「来やがったな。戦争を教えてやる」
「そうだな、戦術と言う物を教えてやろうか」
大型輸送機のティルトローターの音が遠ざかる時には既に、輸送されて来た12体の量産型WZは戦闘態勢に入っている。もともとこの戦場は試作WZの試験評価と演習を行う為にWZが動きやすく開けた道路と、射線を妨害する障害物が数多く設置されている。
ウルト・レア(第8混成旅団WZ遊撃隊長・h06451)の|決戦型WZ遊撃小隊《レイダー・スクワッド》は迅速にこれらの障害物を演習用では無く実戦用に組み換え、追加のフレックスウォールも接地。|防御陣地《キルゾーン》を作り出していた。
「アルファ、ブラボー、スクリメージ。チャーリーはタイミングを待て。デルタは任意で狙撃支援開始」
「大した部隊だ。僕は後方で寝ててもいいか?」
「構わない。その機体は消耗が激しい事は知っている」
「……本気にするなよ。出番無しじゃ流石に帰れないって」
「同感だ。初弾、APFSDS。次弾も同じ」
スレイプニールは先頭の敵(とりあえず一番近い奴と言う意味だ)にAPFSDS弾を叩き込む。空気を裂き、音の壁も超えて飛ぶ砲弾は狙い違わず数体のチャイルドグリムを貫通してバラバラに吹き飛ばした。
それを引き金にしてチャイルドグリムの行軍が変化する。別個体と合わせるのを止めた。それは水面に獲物が落ちた音を聞き逃さず獰猛に襲い掛かるピラニアめいている。
スレイプニールは続けてもう一発。狙いからは多少逸れたがこれだけ数が居れば大差は無い。
「焼夷榴弾で炙る。各自、撃ち漏らすなよ!」
後進しながら砲身を大きく上に向け、大きく放物線を描く焼夷榴弾を発射。着弾地点から大きく円範囲に地獄の炎をぶちまける。だが、上に向けて撃った事で射点が特定され、スレイプニールに向けて低空を滑空する敵が迫る。
「今だ」
ウルトの決戦型WZ「マルティル」と指揮下の二小隊が左右から十字砲火を浴びせる。そして、スレイプニールが撃った位置には分隊支援火器を構えた一小隊とヨトゥン。
「ここまで行軍ルートを絞れたんだ。撃ち漏らしたら間抜けだろ」
魔獣の咆哮めいて両手のガトリングガンが突っ込んで来た敵を蒸発させる。そこに、焼夷榴弾の直射を一発。ウルトの作った|防御陣地《キルゾーン》に敵が呑み込まれていく。
だが、それで終わりはしない。陣地を無視した飛行型チャイルドグリムが空から迫る。
「標的捕捉」
クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は既にその対応を済ませている。後は|銃爪《トリガー》を引くだけ。肩に担いだ対空マイクロミサイルランチャーが空から殺到するチャイルドグリムをまとめて撃ち落とした。
「いいぞ、後は僕の距離だ」
両手のガトリングガンを投げ捨て、二刀二挺の専用銃剣を両手に脚部ローラーダッシュで敵陣に突っ込むヨトゥン。
「俺達は後続を叩く。前衛は任せるぞ」
マルティルも銃を投げ捨て巨大金属棍棒を両手に突撃。
「あの巨体で乱戦に持ち込むのか」
クラウスは跳躍して高所に上がり、レーザーライフルを手に地面に伏せる。
「派手な囮が居てくれて助かるね」
暴れ回る二機のWZの視覚から襲い掛かろうとする敵を冷静に狙撃処理する。
(それにしても、滑らかな動きだ。あんな体躯のWZとは思えない)
クラウスは冷静に狙撃しながらヨトゥンの動きを観察した。
(他のWZの倍以上の体躯なのにまるで生身の人間がそのまま巨大化したような動き。それを実現する関節の柔軟性もあるけど……あれが思考直結型の恩恵か)
巨大な物の動きとは通常ゆっくりに見える物だ。何故なら、その体積を増す毎に必要な出力は乗算して跳ね上がっていくからだ。更に、人間の入力は通常それに追い付けない。多くの物が見えるが故に、その処理も膨れ上がる。
だから、脳と機体を直結し思考その物も加速させる必要がある。それを実現したのがこのヨトゥン。人間の脳をただのパーツとして使い潰す巨人。
(その技術を非人道的だと言う気は無い)
そうでもしないと生き残れない人類の劣勢を、この√ウォーゾーンで生きてきたクラウスはよく知っているから。使える物は何でも使う。人道と言う概念すら摩耗して消失しているかのようだ。
欠落した”希望”。だが、希望とはそもそも何か。それは世の中を変えてしまうような物凄い力などでは無い。
(人が歩みを止めるのは絶望では無く”諦め”。人が歩みを進めるのは希望では無く”意思”)
どこかで聞いた格言だ。最もだと思う。ならば、希望が欠落している事の何が問題だと言うのか。
(出来るか出来ないか、やりたいかやりたくないか。そんな物は判断材料の一つでしかない)
クラウスは冷静に銃爪を引く。
(やるか、やらないか。それだけだよ)
チャイルドグリムの攻撃は大きく分けて二つ。半身を飛ばして同化させる生体ミサイルと、唾液が命中した部位を溶断する強酸だ。その二つを副次的に強化するのが三つ目の能力。√能力であるこれらのダメージは直撃すればひとたまりもない。
まあ、当たらなければいいだけである。生体ミサイルは撃ち落とし、唾液は射程外から封殺すればいい。とは言え、近接戦闘距離まで近寄られたらそうも行かない。
「吹き飛べッ!」
マルティルが巨大金属棍棒で数体纏めて豪快に吹き飛ばす。飛ばされた敵は唾液をまき散らしながら後方の味方も巻き込む。
「近寄らせはしない」
ヨトゥンの銃剣が舞い踊る様に銃弾を叩き込み、斬り飛ばす。手が足りなければ蹴り飛ばす。互いに死角をカバーする絶妙な連携だ。
もちろんウルトの遊撃小隊もただ見ているだけではない。戦列隊はポイントを切り替えながら十字砲火に持ち込み、分隊支援火器の射線に誘い込む。ルートを外れた敵は狙撃処理。
その間を縫うように立ち回るのがクラウス。レーザーライフルを主軸にグレネードを織り交ぜ、WZの隙間を埋める歯車として立ち回っている。特に、生体ミサイル対策は一番の功労者だ。
経過は順調だ。極めて順調と言える。
だが、それでも敵は多い。今順調なだけで何かがあれば戦局が変わる危うさを秘めながら、それでもなお順調に回し続けている。
●強襲する狂気の産物
陽動部隊が戦端を開いて戦列が伸び始めたのを確認し、左右からそれを嚙み千切るかの如くもう一つの部隊が動く。
互いに連携し|防御陣地《キルゾーン》で敵を鏖殺する陽動部隊と違って、強襲部隊は個々のスタンドプレイ。チームプレイなどと言う都合のいい言い訳は介入する余地が無い。
「それじゃあ、始めよう」
「ああ、このタイミングが最良だ。VOB|点火《イグニッション》」
機体の後部に多段式ロケットエンジンめいた使い捨てブースターが火を噴いて超加速する。この加速から機体その物を保持する為のエネルギーシールドが前方に厚く展開されるが、これは敵の攻撃を防ぐ為の物ではないので被弾は命取りだ。
伸びた戦列を挟むように側面から展開したジークフリードとミーミル。だが敵は、戦列を伸ばせば側面から強襲される事を知っている。敵にも星詠みが居るからだ。
来る事が分かっていれば奇襲にならない。それゆえの強襲。対応される事は想定済みで機動力に優れた二機を投入している。
だからこそ、これは奇襲として成立した。両肩四連装ミサイルランチャーのマルチロックで吹き飛ばし、右手のマシンガンを撃ちながらアサルトブースト。進路上に居た一体を蹴り飛ばし、左手パルスブレードで水平に三弾斬り。敵が反応する前に再びアサルトブーストで離脱する。
「依頼の場所についたよ、マスター、今回は『強襲部隊』として敵を奇襲するのが依頼内容だね」
第四世代型・ルーシー(独立傭兵・h01868)は敵が現れるより前に奇襲ポイントに潜伏していた。WZステルス装置は動かなければ光学的だけでなく熱も電波も隠蔽する。
(いつものことながらこの世界は本当にひどい世界だね)
人道と言う概念自体摩耗し切ってしまったかのような世界。ルーシーもまた操縦に必要な機能以外は殆ど死んでいる独立傭兵だ。
(でも私の生まれたこの世界を守る為、私を拾ってくれたマスターの為)
それは正しい彼女の意思なのだろうか。都合よく刷り込まれた記憶では無いのだろうか。
(何を犠牲にしようともそれが人間性だろうと私は私にできることをしないと)
そんな事は、きっとどうでもいい事なのだ。
ルーシーの奇襲によって隊列が乱れた。そうなる事を知っていたミーミルは右手の軽アサルトで数体をヘッドショットしながら左手のレーザーランスで風穴を開ける。ジークフリードは両手に二挺の無反動砲を構え次々と爆殺。一度隊列を抜けきった所でブースターをパージして着地。ジークフリードは撃ち切った無反動砲を捨てて両手にヒートトマホークを構える。
「僕に付いて来て。来れるんならね!」
地面を蹴りながら背部ブースターを全開にして突っ込むジークフリード。
「それをご所望ならば」
軽二脚の機動性でそれを側面からフォローするブッダ。
「勝利はもう見えている」
ミーミルは付かず離れずの距離から的確にアシストする。
伸びた隊列が、戦列を作る事すら出来ずに居れば当然好き放題に食い荒らされる。しかも、この場に居るのはそれだけでは無いのだ。
「ひゅー! 整備に食料! すげー基地もあるもんだな~」
エルヴァ・デサフィアンテ(|強襲狙撃《Fang of Silver》・h00439)は事前にクラップヤードの本拠地である工廠を視察していた。WZ部隊と言えども整備には人手が居る。しかも、所属する機体全てが実戦に投入して使い潰す予定の機体のみ。自動整備など夢のまた夢で、数多のメカニックを悩ませている。
当然ながらそれを支える為の生活設備も整っているので設備面だけ見れば結構マシな部類ではある物のいつ使い捨てられてもおかしくない上に激務が確定なので人気は無い。女子供もフルタイムで働かされるアットホームな職場だ。
「げ、コイツらバイオ方面に手を出しやがったか? イソギンチャクみてーなヤツだなー……補給が無くなっても流石に食えねーな」
そしてここはデッドマン部隊であるが故にデッドマン用の設備が多い。まだ使える死体の肢体。解剖前に冷凍保存された死体。解剖済みでいつでも使える状態の死体。
クラップヤードの名に違わぬ最低最悪工廠だ。
「刺して撃つ前に死ぬんじゃねーよッ!」
全身義体のサイボーグが全速力で吶喊。一体、二体と刺し貫き三体、四体と撃ち貫く。そのまま速度を失う事無く駆け抜け、後ろ手にグレネードを投擲し爆破。
「デカいからって遅れたりしねーか!」
奇襲を受けて浮足立った敵を一息に仕留める。
『サイボーグとは言え白兵戦でよくやる。ミーミルが見せた未来でも信じがたかったよ』
「そりゃどうも。で? そのミーミルサンはまだ死ぬって言ってるのか?」
『いや、勝ちの目が大分出て来た。当然、この勢いで戦い続ければだが』
『なら問題無いね』
再装填したミサイルをぶっ放ちながらアサルトブーストするブッダ。
『ああ、何も問題無い!』
二刀のヒートトマホークで八艘飛びめいて敵をかち割るジークフリード。
「おいおいおい! アタシの分も残しとけっての!」
AMR-20「アデランテ」を構えて再突撃するエルヴァ。
『揃いも揃って戦闘狂ばかり……フォローする身にもなって欲しいね?』
ミーミルが問いかけたのは遥か上空の相手に対してだ。
「暇ですねー……そろそろ新しいアプリでも入れようかなぁ」
開戦後の上空にて状況を俯瞰しているステルス輸送機が一機。陽動側と強襲側の数が少ない方に加勢するべく待機しているレティア・カエリナ(WZ遊撃小隊員・h06657)を乗せた輸送機だ。
「えーっと、押してるのは……若干強襲側? いや、でも陽動側ももう一波あるみたいですし」
一つの窓で状況は確認しつつも、暢気にお菓子をもぐもぐしながらもう一つの窓で遊んでいる。
少ない方に加勢する、と言うのは両方に干渉する行為に近い。その為どうしても出遅れてしまったが、もう既にこの戦況は殆ど確定している。
「うわっ……連絡が来ました……」
|陽動《こちら》側の戦力は十分と判断した。強襲側に加勢しろ。と言う内容の連絡が飛んできた。
「援護行かなくても何とかなりそうじゃないですかね? 高脅威目標は存在してないので、戦功金も期待できませんし」
お菓子をもぐもぐしながらWZを装着する。
「行けと言われたら行くしか無いんですけどねっ!」
そして、戦場へと|降下《ダイブ》する。
「レーザー砲台展開!」
降下しながら浮遊型粒子レーザー砲台を20機展開。リーダーがドローンで集めていた情報も使ってオールレンジ攻撃を仕掛ける。
「見えてるんですよ全部! そこっ!」
光の槍めいて貫く粒子レーザーを敵と味方の位置を全部把握し、必要なタイミングで必要な場所に飛ばす。
『好き勝手に動いて、全く!』
量産型WZ「レデンプトル」が三点着地を決めると群がって来るチャイルドグリム。着地の硬直を狙ったか?
『定石通りで分かりやすい』
『まとめて狩るには好都合』
『バラけた方が面倒だしね』
そこに集まった敵を三方向から狩り尽くして去っていく三名。
『じゃあ、ばらけてるのはこっちで対処しますので。固まってる敵をヨロです』
構えたレーザー砲からは何も出ていないのに敵が貫かれた。否、これは不可視の高出力赤外線レーザーだ。ただでさえ避け難いレーザーを不可視で撃たれては避けようが無い。
『弾ちょうだい!』
「あいよっと!」
ストック分のマガジンまで使い切ったサブマシンガンのマガジンをエルヴァが投げ渡す。
『ありがと』
「弾薬費はちゃんと請求するからなぁー!」
CASフロートの圧縮空間に仲間の分の予備弾薬まで積載してあってよかった。前線手当で料金も美味しい。
「当然、自分も使いまくるけどなぁッ!」
犇めき合う肉塊を両断。振り向かずに後方の敵に|曲芸撃ち《ブラインドシュート》。突っ込んで二体刺し貫きながら棒高跳びめいて跳躍。一気に三つのピンを抜いてグレネード爆殺!
ブッダは受け取ったマガジンを予備ストックに突っ込み、当たるを幸いに|横撃ち《サイドグリップ》のフルオートで薙ぎ払いながら撃ち切り、貰ったマガジンを一つ装填。眼前の敵を左回転しながらパルスブレードで両断すると後方の敵がレーザー砲台で処理される。
『見えてる未来を教えなくていいんですか?』
『その必要は無い。未来は自分の動きを変えるだけで変わる』
絶えず動きながら軽アサルトで敵を撃ち抜き、固まった敵にはレーザーランス突撃。その動きには全く無駄と呼べる物が無い。
『第一、言っても聞かない』
『そりゃ、確かに』
●独立混成第8旅団、出撃(もう出てる奴も居るが)
「流石に、対応されるか」
ウルトが構築した|防御陣地《キルゾーン》も使い続けていれば敵もそれに対応してくる。元から数こそが最大の脅威だ。
「よし、第一防衛ラインを放棄。第二防衛ラインまで後退するぞ!」
「後退了解」
クラウスは纏めて三つのスモークグレネードを投擲。スレイプニールも側面のスモークディスチャージャーを一気に8基起動して視界を塞ぐ。
前衛に出ていたウルトとヨトゥンはこれを利用して後退。分隊支援と狙撃支援も下がらせて、戦列隊は牽制射を続けながら殿を務める。
「第二防衛ライン、ここと比べれば頼りないように見えたが」
「あっちには切れる札がある。問題無いさ」
「……試作されただけマシなんじゃない?」
時は開戦前まで遡る。スレイプニールの搭乗者と|クーベルメ《Kuhblume》・|レーヴェ《Loewe》(余燼の魔女・h05998)の会話の一幕。
「まあ、ペーパープランで終わる機体ってのもあるだろうな」
「どうなんだか。スレイプニールはマシな方の機体だろうが」
「運用面で優位性を証明できれば量産化だって出来たさ」
「そうでしょうねぇ。計画だけで中止されたらそれも不可能ですものね」
VII号戦車レーヴェ。第二次大戦中に総統閣下がより重武装、重装甲の重戦車が必要との見解を示し、計画された車両である。だが、開発途中で複数の重戦車の同時開発が資源的に厳しいという事と、現実的な運用ラインすら超えた陸の大和級とでも言うべきVIII号戦車マウスにその座を奪われる事となった。
最も、VIII号戦車マウスの方も一応二両は完成したものの結局実践投入すらされずに鹵獲されて博物館行きとなっている。もし、まだ現実的だったと言えるVII号戦車レーヴェの開発を続けていたら歴史は多少変わったかもしれない。
「よりによって、そのⅦ号戦車を元ネタにして作られたのが私。どこの変態技術者なんでしょうね」
そして、クーベルメはVII号戦車を素体として作られた|少女人形《レプリノイド》だ。完成しなかった物をどうやって? と言う疑問はあるだろうが、恐らく戦後に技術継承目的か何かで作られたのだろう。それとも、当時技術者が意地になったか、後の愛好家が勝手に作ったか。
それで戦車一両作るのは大分無理があるのだが。そもそも戦車の能力を人間サイズまで圧縮する技術の方が謎である。
「クーベルメよ。英語でいうとダンデライオン。少女人形っていう畑からとれる兵士をやってるわ……ええ、綺麗なお花畑からね?」
「ソンネンだ。|クソ山《クラップヤード》生まれのクソ人形さ」
「APFSDSと焼夷榴弾を交互に装填!」
「圧倒させていただきます」
後進するスレイプニールを援護して前進するクーベルメの多砲塔戦車。たぶん、素体はVII号戦車なんだろうが中央に主砲塔、前部右側と後部左側に副砲塔、前部左側と後部右側に機関銃搭載と|戦車と犬と人間のRPG《メタルマックス》で改造してきたのかと言う魔改造ぶり。これには多砲塔神教もにっこり。
「ようお嬢。綺麗な花畑は出来たか?」
「ええ、それはもう存分に」
「よし、引きずり込むぞ」
スレイプニールは上体を上げ、両手に重機関銃を持つWZ形態に。もちろん、この形態でも主砲は撃てる。射点が上がった分反動を受け難くなったが、正面に撃つ分には問題無い。
「浮遊出来るとは言っても、強襲の速度にはついていけない……ボクに出来る事は陽動部隊のサポートだね」
|レイヴ《Re:EVE》・|アルゼリナ《Arzerina》(Primal Operator・h06360は一見すると人間型でサイボーグか少女人形、或いは単に人間にすら見えるがその実態はベルセルクマシンである。
「それにしても、なんて強力な重砲……プログラムはどうなってるんだろう……砲戦型フェロウの設計の参考に出来ないかな……」
スレイプニールの主砲は140mm砲と戦車としても最上位クラス。それを半身が戦車とは言えWZで運用するのだから射撃制御に必要なプログラムは膨大になる筈だが。
『アレ、半分は勘で撃ってるらしいから参考にならないと思うぞ』
「えぇぇー……」
先に後退してきたヨトゥンにその呟きを聞かれたのか、参考にならない答えを教えてくれた。
「勘、勘かぁ……直感、積み上げた知識を必要に応じて仮で組み上げる人間の思考プロセス……実装出来ればなぁ」
新人の勘とベテランの勘は全くの別物だ。勘と言う物は単に論理体系化されていない故に他人に継承出来ないだけで、論理自体は存在しているのである。
『こちらで収集した情報も送る』
先に交戦したウルトがドローンで収集してきた情報とレイヴ自身がディメンションリンク・セントリーで収集した情報を繋ぎ合わせる。
『ありがとう! その機体、指揮官機としての能力を持ちながら射撃戦も対応。にもかかわらず近接戦では金属棍棒と言う豪快なチョイス。もっとスマートな武器を選びそうなのに……』
『興味を持つのはいいが、自分の仕事はしてくれ』
『ごめんごめん、でも大丈夫! 戦術マップ更新、全機戦略リンク展開』
全味方との情報共有及び戦術指示を送る。
『各員、この目標ポイントまで誘い込んで!』
「ふぉふぉふぉ、わしらの次戦はここじゃろうか?」
戰場で啜る泥水を投げ捨て悉鏖大霊剣を構えたのは|中村《なかむら》・|無砂糖《むさとう》(自称仙人・h05327)。悉鏖大霊剣を構えて、はるのだが……それがその、尻に挟んで、こうキュッとな。いや、なんで尻に?
「さてついでに『団長』にちょいとカッコイイとこみせに頑張るとするかのう」
いや、尻に挟んでたらカッコイイようには見えないと思うのだが……?
無砂糖は尻に構えたまま跳躍。陽動ポイントから外れそうな敵軍の目の前に躍り出る。
「相手は複数体視認ロックオンじゃ」
知性など無いチャイルドグリムであってもここまで理解不能存在が出てくると僅かに困惑する。その一瞬の隙をロックオン……出来る装置的なアレをお持ちなので?
「√能力……いや仙術・|流水撃《リュウスイゲキ》『仙術、居合いじゃ』!!」
尻に挟んだ悉鏖大霊剣ごと己の五体をフルスイング。一線を越えそうな敵を纏めて両断! ……所で、その構えでどうやって居合を?
「ふむ、まぁ足止めとしては十分じゃろうか?」
ともかく、両断できてしまっているので問題は無し。ひょいっと次の場所に躍り出ると、『仙術、居合いじゃ』と次々と連発。
「さすがだね中村さん! じゃあ、ボクは撃ち漏らしの相手をするよ。セントリー……行って!」
陽動する人員に誘われずにランダムに散開しようとする敵をレイヴのディメンションリンク・セントリーが放電し牽制、高密度レーザーの集中照射で仕留める。
『撃ち漏らしはこっちでも引き受ける』
いつの間にか高所に陣取っていたクラウスが狙撃支援。これで大体の敵を範囲内に収める事が出来た。
『よろしいわ、皆さん。それでは、蹂躙して差し上げます』
空から、無数の雨が煌めいた。
決戦気象兵器「レイン」。それは人類側が持つ切り札の一つ。圧倒的な手数で相手を一方的に蹂躙する√能力。
クーベルメのウェザーブレイカーは試作品のレイン砲台だが、その性能は正規採用品と比較しても劣るのは整備性位の物である。店から降り注ぐ閃光がチャイルドグリム達を纏めて貫く。
『これがレインか』
『いいねぇ、ウチにもコレの使い手一人は欲しいねぇ』
その威力は正しく圧倒的である。味方の協力を受けながら、クインテットウォールで形成した簡易拠点で敵を誘い込んだ故の結果だ。個々のスタンドプレイから生じた、チームワークの成した技だ。
●挟撃
陽動部隊が引き付けたチャイルドグリムはクーベルメの決戦気象兵器「レイン」によってその大多数が消滅した。だが、その全てが駆逐された訳ではない。
「強襲側の部隊が手間取っている、という訳でも無いんだろうが」
「隊列を混乱させる事は出来ても全てを殲滅するのは無理があるって事でしょう」
クーベルメの|航空支援要請《クローズ・エア・サポート》によって弾薬などの補給物資を受け取り、クラウスの忘れようとする力が損傷を修復する。一帯をレインで薙ぎ払ったので軽い小休止を入れる程度の余裕は出来たのだ。
「残った敵を殲滅するなら|陽動《こっち》側の戦力の方が得意だろう」
「潜伏されても面倒よね」
相手は自己複製能力を持っている。一体でも残せばそこから膨れ上がる可能性もあるだろう。故に殲滅だ。ただの一つも残す事無く全てを狩り尽くす必要がある。
「ボクのセントリーとウルトさんのドローンで広域情報収集はしてるから逃す事は無いと思うよ」
「強襲側にはレティアが居る。広域殲滅戦ならオールレンジ攻撃は有効だろう」
「そう言う事ならヨトゥンのボウズは先に帰投しとけ。まだギリギリ自力で降りられるレベルだろ」
「そうさせてもらおうか。何、機体自体はバッテリーを入れ替えてすぐに持ってくる」
「いや、それも必要ねぇだろ。ただでさえ俺達の部隊でもヨトゥンは整備に時間がかかる方だ。機体もしっかりメンテしておけ」
「……そう言うならそうしておこう。スレイプニール、この戦いはまだ終わらないんだな」
「ああ、俺の勘だ」
「あら、その勘当たりですわよ。ウチの星詠みもボス級一体が軍勢を引き連れて第二波の攻撃を仕掛けて来るって言ってましたし」
「……マジかよ……」
「分かった、大人しく帰ってその第二波に備える」
「大丈夫ですわ。ここで敵をコテンパンに叩きのめせば24時間程度のインターバルが取れるらしいですわ」
「そりゃ朗報だな」
スレイプニールは機体の点検と弾薬補充を済ませて、機体に戻る。ヨトゥンは推進剤だけ補充して一足先に工廠に戻っていった。
「この戦いを終わらせるには、破壊的な一撃をどこかで加える必要があった訳だが」
ウルトは手元に集めた情報を精査して判断する。
「その一撃はさっきクーベルメ嬢のレインで十分だったな」
状況が変わればとるべき手も変わる。とは言え、切る札は変わらなかったりもする。
「俺達の小隊が先陣を切る。スレイプニールとクーベルメ嬢は遠距離から砲撃支援で敵の隊列を崩してくれ」
「はいよ」
「了解ですわ」
「クラウス、レイヴ、無砂糖は撃ち漏らしの対処を」
「了解」「あいあいさー」「ふぉっふぉっふぉっ、任せい」
普段から小隊を率いて戦闘をしているウルトは手札を検め、最適の解を導く能力が高い。即席チームでも適切に配置できる。
「よし、動くぞ! 強襲側と連携し、挟み撃ちにして殲滅だ」
この先の展開については特筆するような事は無い。全て作戦通りに進んだ、それだけだ。
スレイプニールとクーベルメの砲撃が固まった敵を散開させればウルトの小隊が一糸乱れぬ連携で一つ残らず食い荒らす。その流れからはぐれた敵はレイヴが捕捉し、遠ければクラウスが狙撃、近ければ無砂糖の一閃で仕留める。
既に相手は軍隊、あるいは群体としての能力を喪失しつつあり、そうなってしまえば簒奪者と言えども有象無象に過ぎない。
そうなった結果には当然、強襲側の動きも関係している。陽動側が殲滅に動いた事は既に伝わっていて強襲側も殲滅戦に移行している。
この戦いの決着はまもなく付くが、その前に少し時を戻して強襲側の動きを記すべきだろう。
●忍務
忍者とは、平安時代をカラテで支配した半神的存在……ではない。
忍者とは、ありとあらゆる手段で敵地に単身で潜り込み、時に情報を集め、時に対象を暗殺し、時に標的を見張り続ける耐え忍ぶである。あと、遁術とは敵から逃げたり隠れたりする隠形術であり、火を噴いたり氷を出したり雷を落としたりする物でも無い。
何か、そう言うイメージになっているのはフィクションの悪影響である。まあ、実際に逃げる為の陽動として火を噴いたり手品や催眠術めいた事をしているので何かの超自然的能力を持っていると誤解されるの無理は無い。
まあ、それは√Edenにおける忍者の正しい史実的解釈である。他の√能力者……いや、√Eden生まれの忍者でさえもそうであるとは限らない。
「既に簒奪者に征服されている√、か」
高いビルの上で鱗柄の漆黒のマフラーを靡かせて戦況を俯瞰する不動・影丸(蒼黒の忍び・h02528)。まだ戦端を開く前の事である。
「けれどまだ負けてはいない」
猛禽めいた視力は遠方に並ぶ戦車と巨人、突撃の機を伺うウォーゾーンをしっかりと捉えていた。そして、それらを吞み込もうとする圧倒的な数の軍勢を。
「希望は確かにある」
両手を広げて跳躍。投身自殺か? 否、袖口から伸びる蓑糸がしっかりと高層建築物に巻き付き、落下の速度をそのまま横への機動力に変換する。
「生き延びるため、明日へ希望を繋ぐため」
次々と構造物を利用したロープワーク。
「命を燃やす者達の助けになろう」
向かう先は敵陣の中へと。
「微力だが出来ることをするのみ」
単身であり、立体機動のみの移動でありながらその速度は風の如し。何の推進剤も使っていない高速移動は静かなる事林の如し。
「この忍務、必ず成し遂げる」
「好機は今、この時」
唯一その動きを捉えていたミーミルが手を伸ばす。伸ばした手に影絵から実体化した巨大蝦蟇が乗る。 それを上空に向けて大きく投擲する勢いに巨大蝦蟇の跳躍力を追加。
「ノーマクサーマンド! バーサラ! ダンカン!」
その背から跳躍した影丸は更に高く上空へ跳び、印を結ぶ!
「縛!」
忍法・|不動呪《ニンポウフドウジュ》が視界内全ての敵の動きを封じる。先にその結果を知っていたミーミルが逸早く軽アサルトで敵を次々とヘッドショット殺!
「動きが止まった?」
「敵の罠じゃねーなこりゃ」
「味方の仕掛けた罠だね!」
機を見るに敏。ジークフリード、エルヴァ、ブッダは即座に散開し次々と敵を仕留めていく。侵略する事火の如し!
「じゃ、離れた所はこっちで引き受けますよ!」
レティアのレーザー砲台が|広域展開《オールレンジ》攻撃ではぐれた敵を処理する。
……はて、これでは自分が出る幕が無い。そう状況判断した影丸は再び袖口から糸を飛ばす。落下の速度を横への移動速度に変換し、壁を蹴り、糸を飛ばし、天井を蹴り、その先に居た敵へと龍王剣を突き立てる。
「……何か、凄い早いのが居る」
「三倍の速さって奴かぁ?」
「赤くは無いみたいだけど」
「ニンジャ!? アレはニンジャだ! ニンジャナンデ!?」
「ニンジャって何?」
「かつてアジアと呼ばれた地に存在していたと言う、時代をカラテで支配した半神的存在だよ!」
違うと言っているのに。ああ、起こった事を記すだけの星詠みの言葉は現場に届かない。それは既に過ぎ去った過去であるが故に。
「ニンジャ! アレがニンジャか! 面白ぇッ!」
同じく生身で戦うエルヴァが未だ動けぬ敵を次々と貫き撃ち抜く!
「ニンジャ! 撃墜数勝負しようぜ!」
「斯様な遊戯に興味は無い」
敵の急所を龍王剣で次々と穿つ。
「突くならここだ。核があるぞ」
全身の忍力を刀身に集中。忍法・|天地眼《アメツチノマナコ》が敵の隙を捉えて激しく燃え上がる。後はそれを突き立てるのみ。
「速さ? 速さで勝負する、僕とか!」
ジークフリードは二刀の戦斧を変幻自在に操り、核を打ち砕く。
「いいねその勝負。僕も乗るよ」
「私は降りる。趣味じゃない」
「えっ! 撃墜数でボーナス出るんですかヤッター!」
「そうは言ってないっての! まあ、勝てばいいんだな勝てば!」
「勝負ねぇ。面白そうだから私も乗っていいよね、マスター」
そしてぶち上がる士気。未だ動けぬ敵はただの的でしかないが。
『そろそろ術が切れる。警戒を怠るな』
|不動呪《ニンポウフドウジュ》には時間制限がある。体力を消耗し、一度目を閉じたら終了だ。目を開け続けるのはいかに忍者であっても限界はあるのだ。
『その勝負、誰が勝つかはもう見えてるんだが』
『言うなよ! 絶対言うなよ!』
再び敵が動き出そうが何のその。既に勢い付いた者達は止まらない。
『ミーミル、ネタバレは良くない』
『戦術的状況判断をネタバレ呼ばわりしないで欲しいね』
とは言え、だ。
『まあ、ここから負けるって未来はもうどこにも無いさ』
●殲滅戦
『あっちの方で何か凄い光ってるんだけどアレってレインじゃないか?』
『そうだな、陽動側がやったらしい』
『そこまで行ったもう陽動じゃないんじゃない?』
『あ、隊長から通信です。敵を殲滅しつつこちら側に向けて行軍するからこっちも作戦目標を敵の殲滅に変更。両側から挟み撃ちにする、以上』
『殲滅ね、もう始めてるだろそれ』
強襲側の方も戦力的にかなり余裕が出たので撃墜数勝負を始める位だ。意図せずとも両側から追い詰める挟み撃ちの格好には既になっている。
「油断はするな。もう一度術をかける」
影丸が再び跳ぶ。二つの高い構造物を三角蹴りで駆け上り、既に待機していたミーミルに乗ってブースト加速。
「ノーマクサーマンド! バーサラ! ダンカン!」
ゲコ丸の跳躍と三段式ロケットめいて空中へ。
「縛!」
既に大分減った敵を油断無く呪縛。強襲組は飢えた狼めいて獲物に襲い掛かる!
「そらよっと! 今ので何匹目だったかな?」
『46体だ』
「わお、凄いな。計れるのか?」
『ミーミルの演算力のちょっとした応用だ』
『じゃあ、審判やってくださいよ! 私は超感覚ではっきり把握してるけど他の人適当ですよきっと!』
『ミーミルはもう誰が勝つのか見えてるんだけどね……まあ、いいよ』
と、言う訳で撃墜数勝負はミーミルが審判をやる事になった。もちろん、ミーミル自身も競争に参加しないだけで殲滅は進めている。
「三十四」
ゲコ丸の下で捕まえたチャイルドグリムを龍王剣で穿つ。
「士気が高いのはいいが、油断はしないでくれ。経験豊富な兵士は貴重だろう」
『頭が残ってれば経験は引き継げるよ』
双戦斧でずんばらりするジークフリード。
『でも生き返る訳じゃない。他人の経験を持った別人だ』
「面妖な話だ。三十八」
競い合うからと言って他人の獲物を横取りはしない。きっちり全員が別エリアを担当して戦線を押し上げている。口では軽口を叩きながらだが、誰一人として悪ふざけはしていない。
『陽動側の方も大分近付いて来ましたよ! あと一息です』
『……なんであっち側はあんなに派手に暴れ回ってるんだ?』
『さあ? 撃墜数勝負でもしているんじゃないかしら』
『面白いじゃねぇか。こっちでもやろうぜ』
『どう見ても今からじゃ遅いだろう。こっちは役割分担で戦ってるんだ。競う意味は無い』
『そりゃ向こうも同じとは思うがね。ま、こっちは脚が重いから早さって言われたら不利だな』
スレイプニールが焼夷榴弾で敵を吹っ飛ばしながら言った。
『同感ですわねぇ』
クーベルメが徹甲弾で遮蔽物ごと敵をぶち抜きながら同意する。
「いや、有効射程の桁が違う奴ら言われてもな」
「ふぉっふぉっふぉっ、儂はただ撫で斬るのみよ。ほれ、居合いじゃ!!」
●合流
『もう陽動側も視認できる距離ですねぇ。撃ち漏らしはありません』
撃ち漏らし処理と索敵はレティアの超感覚が最も優れている。彼女が居ないと言えば間違いなく居ない。
『でも、なんか……残存勢力が妙な動きをしているような』
『こっちでも確認したよ。敵は後方に退却してるみたい』
陽動側で索敵と殲滅をしているレイヴが同意する。こちら側にも撃ち漏らしは無し。
『残った敵が固まって……何かして来るぞ』
もはや最初の頃の数は残っておらず、挟み込まれて逃げ道も無く。殲滅を待つのみと思われたチャイルドグリムは、ここで一つの悪足掻きを試みた。
「集まって、融合していく……?」
残ったチャイルドグリム同士がくっつき、融合していく。冒涜的な肉片と機械片の煮凝りめいた異形の巨体へと……これは、合体したと言うのか! その巨大さはヨトゥンの倍! 最後の最後で恐るべき脅威!
「……で、これは何のつもりなんですかね?」
『さあ? なんか、一か所に固まってくれたお陰で後はアレを始末するだけになったけど』
『合体でもしたつもりなんですかね。数が多い方がうっとしかったんですけど』
そう、実の所……合体して巨大になったお陰で潜伏は出来ず、機動力も損なわれ、積み上がった廃棄物の塊になっただけであった。正しく、ただの悪足掻きである。
『最後の一つだ。全員の火力を集中して総攻撃で仕留めるぞ!』
戦車の咆哮が響き、剣舞が舞い、銃撃が多重交響曲を奏でる。オールレンジ攻撃が蜂の如く群がって食いつぶし、グレネードが大爆発を起こせば、最後の核へと|不動明王利剣呪《フドウミョウオウリケンジュ》が突き立てられる。迦楼羅炎が舞い散り、残った肉片まで焼却処分すればこの戦線は無事に集結した。
●余談
『所で、勝負はどうなった?』
『ニンジャの勝ちだ』
「うへぇ……ニンジャやべぇな。三倍速だったもんな」
「そんな遊戯に興味は無い、とは言ったが。勝つと何が貰えるんだ?」
『相場じゃ勝った奴に一杯奢るって所だな』
「酒か……忍務中故、遠慮する」
『お堅い奴だな』
「忍務が終わったら俺の里から一升出す。美味いぞ」
『おいおい、案外話が分かるじゃねぇか!』
第2章 日常 『鹵獲兵器改造』

●戦いの後は次の戦い
√能力者達と四機のウォーゾーンは無事工廠へと帰還を果たした。
しかし、星詠みは24時間後に第二波が来ると宣言している。故に、24時間は何か違う事が出来る。
このクラップヤード中隊の工廠は新規設計こそ出来ない物の改造であれば大概の事が出来る。時間と資材があれば、だが。
資材の方は「通電すれば動きはするが、アテには出来ねぇ」物が山積みになっている……目的の物を探し出すだけでも苦労しそうだが、量はある。
クラップヤード中隊のウォーゾーンを強化改修したり、自分の装備を点検や改造したり、マズい飯と苦い珈琲を楽しんだりすると良い。
美味い飯? 食べたければ自分で作るしかないな。
ただし、時間は有限だ。あまりに大規模な事をすると次の戦いに間に合わなくなる可能性はある。しかし、今後もクラップヤード中隊の戦いは続くのであえて大規模改修に挑んでもいいかもしれない。
●次の戦場の為の戦場
「どうやら支援要請が間に合ったようだな」
轟音で空を突き抜けて行く輸送機から、パラシュートを広げて降下してくる支援部隊。先の戦闘後に24時間は攻撃が来ない事が分かっているので、歩兵と戦闘車両を空路で運んできたのはウルト・レア(第8混成旅団WZ遊撃隊長・h06451)だ。
戦闘車両が先に輸送され、その後に搭乗員と随伴歩兵が降りて来る。その数、36両と360人。
「……いや、多過ぎだろ。工廠一つ守るのに使う戦力かそれ」
スレイプニールが呆れ顔で言葉を漏らす。
「大丈夫だ。補給物資は全て自前で用意する」
「その数で押しかけて自前じゃなかったらもう強盗だろ」
パラシュートを切り離して折り畳み、各分隊ごとに搭乗員は速やかに内部点検を行い乗車。随伴歩兵は外部点検を行い隊列を組む。
「整列!」
整然と並ぶ36両と360名はそれだけでも人類はまだ負けてない事を声高に叫んでいるような装いだ。当然、先の戦いで参列した12機のWZ小隊も同様に並ぶ。見事に大隊規模の軍団である。
「点検開始!」
搭乗員は速やかに下車し、外部点検。随伴員の一部が内部を点検する事で二重確認となりその確実性を増す。
「「「異常無し!」」」
「休め!」
その点検は5分に満たない。平時から徹底的に点検整備されているが、着地の衝撃や想定外のアクシデントに対応する為の現場点検だ。
「まず指揮所を地下に設置。戦場を複数のセクターに分割し、敵の進行が予想される方向を中心に、重複する射界でカバーできるように歩兵小隊による防衛陣地を確立する。動け!」
「「「了解!」」」
戦闘車両とは言ったが、中には直接戦闘を行わない工兵と言うか、戦闘重機とでも呼べるような車両も混ざっている。2割ほどが工廠の中へ、残り8割は工廠の外へと向かって行った。
「どこのお偉いさんだか……いや、そんな物は残っちゃいないか」
そう、この√ウォーゾーンにはまともな指揮系統は残っていない。国家が失われた時点で、軍の階級に意味は無い。命令を出すのは偉いからでは無く、その指揮官の元で生き残った実績があるからである。
故に、これはウルト個人の能力であり、この軍団その物がウルト自身と言っても過言ではない。
「指揮所と各セクター指揮官との通信と体制を確認し、迅速な命令伝達と部隊掌握を確立する」
「働いた後だし……休憩も仕事のうちですからねー!」
なので、彼女はウルトの軍団に所属していながらウルト自身に含まれない。レティア・カエリナ(WZ遊撃小隊員・h06657)は誰も通らない場所に潜み、自身に課せられた任務を遂行していた。
つまり、お菓子をパクつきながらゲームすると言う自らが下した任務を。
……何か、物凄い物を持ってこれそうな√能力が見えているのだが……今はまだ、その時ではないのかもしれない。この工廠内には存在しない何かが必要になった時、彼女は動く……かもしれないのだ。
「ひとまず、みんな無事で良かったな」
クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は無事に戦死者無しで第一陣を撃退できた事を喜んでいた。√能力者は本当の意味で死ぬには限られた戦場のみ。デッドマンに至っては既に死んでいるし、もう一度死んでも継ぎ接ぎすれば蘇生できる。
だとしても、誰も欠ける事無く無事でいられる事を悦ばない理由は無い。
「ミーミルの予知ではあり得ない結果だったが……これが未来予知同士がぶつかり合って起きる現象か」
「僕達はまだ生きてる。とりあえず、それでいいだろ」
ミーミルとジークフリードは機体を降りている。クラップヤード中隊ではWZ担当者は機体を降りても機体名で呼ばれるがの通例だ。本名を明かすとしたら、それは余程の信頼、或いは共感などを得た時なのだろう。
ジークフリードは機体を降りると四肢を簡易義体で補っている。とりあえず歩ける、掴める、その程度だ。ジークフリードに乗る時はそれすら外さなければならない。
戦闘時のジークフリードはその名の如く大暴れしていた。だが今は要介助の傷痍軍人。まあ、デッドマンなので元から手足を付けて無いだけなのだが。
「ミーミルの整備はいい。整備が必要な場所は分かる」
一方、ミーミルの方は普通の人間……のようでいて何か隔絶した雰囲気がある。常時未来予知を続けながら作戦行動を継続する中でまるで乗り手自身も予知能力を備えているかのようだ。これから何が起きるかを全て知っているようで、感情の起伏が無い。そうでなければミーミルと言う機体には乗れないのだろう。
「じゃあ、こっちを手伝ってくれないかな。僕は見ての通りで、戦場じゃないと役に立てない」
「分かった、手伝おう」
カチャっと、カセットテープの再生ボタンを押すジークフリード。流れてくるのはノスタルジーな甘いラブソング。
レギオンスウォームで大量のジャンク山の中から整備員に探してくれと頼まれた物を探す。
「その歌は何だ?」
「曲名も歌手も知らない。でも、いい歌だろ」
「そうだな」
√Edenの知識があれば昭和と平成の境目辺りの楽曲である事は伺える。だが、今この場にそれを知る者は居ない。それでも、何となく。幼い頃に聞いた事があるような気がして落ち着くのは何故だろうか。
「頼まれた物だが、これとこれとこれが近いと思う」
「うーん、じゃあこれだな」
メインフレームは無傷。シャフトは何本か曲がっている。シリンダーも何本か交換が必要だ。これは主に敵から受けた攻撃ではなく戦闘機動の激しさによる損傷である事がほとんど損傷していない装甲から伺える。
(……あまり機械に詳しい訳じゃないけど、彼らのウォーゾーンに使われている技術は凄いなと思う)
ジークフリードの基本構造は単なる量産型に過ぎない。ただ、ろくな資材が無い中で複数の量産型のパーツを上手い事継ぎ接ぎしてパッチワークの状態にも拘らずそれだけの戦闘機動が取れるのは操縦者と整備員の腕前だろう。
ミーミルの整備は既に終わっているようだ。やはり被弾による損傷より戦闘機動の負荷による損耗。しかし、ジークフリードより大分少ないように見える。
「ミーミル、僕の機体も見てくれよ」
「断る。私はこれから次の作戦行動に入らなければならない」
「はいはい、いつものね。行ってらっしゃい」
ジークフリードは義手をひらひらと振った。これはいつものやり取りなのだろう。
「彼の作戦行動とは何だ?」
「日記だよ。日記を書くのが趣味なんだ」
「なるほど、予知能力者の日記か」
「頼んでも見せてくれないよ。次のミーミルの為の記録とか言ってるけど、そもそもミーミルの適合者は物凄く少ないし……日記と言うか、何かちょっとポエムみたいなんだ」
「自作ポエム集か、そりゃ確かに見られたくはないだろうな」
「でも、たまにどこかに置き忘れてる事があるんだ。本当は見せたいんだろうね」
「想像が付くな」
クラウスは二人の人となりをに触れる事が出来たように思える。彼らもやはり、人間に違いは無いのだ。
そして、ジャンク山の上で途方に暮れているのは第四世代型・ルーシー(独立傭兵・h01868)だった。
「探し物か?」
「うん、ちょっと替えのバレルをね」
ジークフリードの整備は大体済んだ。後は熟練の技術者による調整を残すのみ。流石にこれは手伝えない。
「さっきの戦いでブッダを酷使しすぎたし、特にサブマシンガンを撃ち過ぎた。いくらでも撃てるとつい撃ち過ぎちゃうね」
「ちゃっかり弾薬費も払わされるしな」
「前線価格でねぇ。でも、赤字になる程じゃないかな。普通に黒字だよ」
この√ウォーゾーンにも通貨はある。基本的には物々交換、あるいは現物支給か戦地調達。単にクレジットと呼ばれるそれは信用の数値化に近い。
銀行も行政も機能していないが、信用には金にも等しい価値がある。
「手伝ってくれないかな?」
「ああ、いいとも」
「ついでに、私の整備員も使うといい」
唐突にその場に現れたように声をかけたのはミーミルだった。
「居たの?」
「そっちが来たんだ」
ミーミルは何かを書き続けている。件の日記だろう。適当なスクラップに腰を掛け、たまに思案し、筆を動かす。
「手書きなんだ」
「こっちの方が筆が乗る。勝手に見るなよ」
さて、その気になれば勝手に見る事も出来そうな角度ではあるが……信用を売ってまでする事でもあるまい。
「あと、探してる部品は……ここだ」
びりっと、一頁を破り、丸めて投げて寄こす。広げてみると今まさにブッダが必要としていたパーツリストがずらり。それらの見つかる場所まで書かれている。
「ありがとう!」
「気にするな」
(案外いい奴だな)
隔絶した態度を取っているミーミルだが、無関心ではないらしい。最も、彼の予知がそうさせたと言う可能性もあるが。
「ちょっと見せてくれ」
「はい、どーぞ」
声をかけて来たのはミーミルの整備員だ。慣れた様子でジャンクの中から目当ての物を引っ張り出す。
「こいつは久々にいい仕事になりそうだ」
「ミーミルは滅多に壊れないからなぁ」
「たまーに凄い壊し方してくるけどな……嬢さん、勝手に始めちまっていいかい?」
「待って待って、私も手伝うからー!」
機体同様、異常に手際がいい。まるで最初からすべき事が全部分かっているかのようだ。
「機体の性質に人が寄せられている……?」
慣れているミーミルはともかく、共通規格が多いとは言えブッダを整備するのは初めてのはずだ。
「凄いね」
「ミーミルマニュアル通りにやってるだけさ」
「なるほど……?」
「いや、何だそれ。ミーミルマニュアル?」
「必要になる手順が全部書いてあるのさ。ただ、実際にやる苦労までは考慮してくれてないけどな」
ミーミルは無関心の様に筆を動かし続けている。
(機体の能力、或いは、個人の性質? それとも……)
クラウスはミーミルのブラックボックスの中身を思案する。
(彼、或いは彼女の性質だろうか)
その答えは出る筈も無い。
「ちょいとお二人さん」
そこに、唐突に声をかけて来たのはレティアだ。
「新装備とかどうですか? お安くしておきますよー」
「突然どうした」
「いやぁ、もうちょっとギャラが欲しくて、ね? ほらほら、これなんかどうですか? 計21の多段薬室で弾頭を超加速して遠くの敵も一撃粉砕!」
「ブッダのアセンブルでそれ詰めないから要らないかなぁ」
「いや、普通のWZで運用できる装備じゃないだろそれ」
「ちょーっと規格外なのでOSに不具合とか出ますけどそこは経験で補って貰って」
「ああ、こんな所に居たのか」
これまた唐突に。レティアの背後から現れたウルトがその首根っこを引っ掴まえる。
「軍議だ。いくぞ」
「あー! 今ちょっと、今ちょっと欲しい奴が!」
そのままずるずる引き摺られて連行されていった。
●エリート式陣地構築
「エリートの私が応援に来たわよ!」
クラップヤード中隊の工廠に新たなエントリー者あり。トーニャ・メドベージェワ(誇りと勇気をその胸に・h00119)だ。
彼女はKV2の少女人形。つまり、クーベルメと同じ戦車の少女人形である。重戦車である事も共通している。まあ、陣営は違うしペーパープランで終わってしまったVII号戦車レーヴェとは違い実戦に投入された戦車ではあるが。歩兵からは陸のドレッドノートと親しまれていたようだ。
その砲塔の装甲厚は強靭で37mm対戦車砲弾を48発も叩き込まれたにもかかわらずちょっと凹んだだけで済ませる程に強靭。装備する152mm榴弾砲の火力は絶大。
ただ、あくまでも火力支援として設計された車両であり機動性と信頼性は低く、火力支援としての用途は軽量で小回りの利くBM-13 カチューシャに奪われていく事となる。技術の過渡期に少数生産されただけの機体でもある。
「ふふん、私が来たからには泥船に乗ったつもりで構わないからね!」
「それを言うなら大船だろう」
「そうとも言うわね!」
「そうとしか言わん」
「ふんふん、いろいろと資材自体はあるみたいね」
トーニャは先に山積みのジャンクの方を下見していた。先程の戦いで手に入れたチャイルドグリムの機械部分も雑に置かれている。
「私のカーヴェーはまだ元気ですし、ここのウォーゾーンを改修できるような技術もないから……ここは単純で長く使える物を作っちゃいましょ!」
トーニャのWZは重量級量産型WZ『カーヴェー』はKV2をモチーフにした機体だ。戦闘時は片手にその代名詞たる大口径榴弾砲を装備し、もう片方には取り回しのいい軽機関銃を装備している。その装甲は強靭であり、WZが扱う火器の中でも重量級の武器を振り回せるだけのパワーがある。
そのパワーで用途不明なジャンクを掴み、いくつか繋げて溶接する。空いた隙間は大きなハンマーで叩いて塞ぐ。
そうして一つ出来上がった物を持ち上げ、掲げるように眺めると満足げに頷く。
「エリートらしい完璧な仕事ね!」
トーニャが作っているのは戦闘用の盾だ。とは言え、傾斜装甲のような精密な物ではなくスクラップをくっ付けて適度に曲線を付け、なめしただけの簡易装備だが。
「いや、重すぎて盾としてはな……」
「えー? トルクが足りないんじゃないのそのWZ」
「お前のカーヴェーと比較されたら皆非力になるだろうが」
ここは工廠の外。ウルトが防衛陣地を構築している真っ最中である。
「だが、持ち上げられない重さじゃないし遮蔽物としては使えるな」
「ふふん、そうでしょ?」
WZ越しでもどや顔が見えるようだ。
「沢山作ったから好きなだけ使いなさいよね!」
「貴重なパーツまで潰してないだろうな?」
「大丈夫よ。ミーミルが「この辺にある物は好きしろ」って言われた所から使ってるから」
あの予知能力者、今回便利に使われ過ぎじゃないだろうか。
「それならいいんだが」
こうして、トーニャとカーヴェーが作った鉄塊盾は|防衛陣地《キルゾーン》のカバーポイントに続々と設置される事となる。比較的軽量な物はタンク役の盾としても使われる事となった。
●仙人と巨人
「さてわしはそこのWZ『ヨトゥン』の破損箇所の修復作業に回ろうかのう」
|中村《なかむら》・|無砂糖《むさとう》(自称仙人・h05327)が、今は乗り手の居ない鉄巨人の前に立つ。
「……じいさん、修理できるのか?」
「もしかして実は物凄い技術者とか!?」
「ほっほっほっ、出来そうに見えるか?」
「いや、全然」
「まあ、だよな……」
無砂糖はすっとレンチを持ち上げ、霞のような動きでヨトゥンの装甲をバラした!
「見た目に騙されぬ事じゃな」
「おお、すっげぇ!」
「仙人だ!」
この際、尻で挟んでいる事には突っ込まない。何か、突っ込んだら負けと言う空気がある。一方の無砂糖は仙人扱いで上機嫌だ。
「では、仙人らしくやらせてもらおうかのう。仙術……来たれ同志共、|百尻夜行《バットクラシィ》」
周囲に霧が立ち込め、徐々に人型に固まっていく。凝縮した霧が明確に人の姿を取れば、そこには36人の工具を尻に挟み込んだ仙人自称する爺さん達が顕現する!
「「「いや、なんで尻に挟んでるんだよ!」」」
耐え切れずに突っ込む整備班。怪しいなりとは裏腹にてきぱきと作業をする自称仙人たち。ジャンクの山から怪しい部品を見付けては軽く手を入れて組み込んでいく。
「こやつの稼働時間の問題じゃが」
「アッハイ」
その、あまりに形容し難い光景に呆然とする整備班。仙人リアリティショックかもしれない。
「外付けCPUやメモリーカートリッジでもあれば稼働時間延びたりせんじゃろうか?」
「余計な機械を挟むとその分反応が遅くなるんだよ」
自我が危険な整備員ではなく、その光景を呆れ顔で見ていたヨトゥンの操縦者が答えた。
「直結だからこその反応速度だ。代替すれば確かに稼働時間は伸びるが、その分反応が落ちる。反応が落ちたらただの鉄屑だ」
「なるほどのう。あ、ついでに臀部辺りにアーム付けてええじゃろうか?」
「いい訳無いだろ!」
至極真っ当な反応である。
「いや、尻尾型のテイルアームならまあ、いいかもしれないが……」
「実はもう付けておる」
「いや勝手に弄るな!?」
恐ろしく手際のいい、そして手癖の悪い自称仙人たち。
「仕方ないのう。尻尾型に変えてやるか」
臀部から手が生やされ異物感が出てしまったヨトゥンの追加アームが、ドラゴンの尾のような形へと加工されていく。
「うん、うん、まあこれならまあ……使えそうだが」
「あと試しにわしもソレを動かしてみたいんじゃが、お脳には少々自信満々でのう」
「……本気か? 死んでも知らないぞ」
「ほっほっほっ、生憎と死なない身体でのう」
√能力者なので死んでも蘇生する。あれ、これヨトゥン動かすのに最適なのでは?
恐ろしい手際で整備を終えると、球状の操縦席に突っ込まれる無砂糖。
「むむ、これ苦しくないかの?」
「我慢しろ。機体と繋がるまでの辛抱だ」
操縦席、と言っていい物かどうか。最低限の生命維持装置を装着して謎めいたピンク色のゲルに突っ込まれる。
最初は何が何だか分からなかったが、コクピットが機体に装着されると一気に周囲の視界が開ける。
「ほう、これは」
正しく、|巨人《ヨトゥン》の物になったような感覚。視界を動かせば頭部が動き、手を動かそうとすれば巨人の手が動く。それだけではない。周囲の動きが緩慢に見える。スローモーションのようだ。
『どうだ、巨人になった感想は』
『ほっほっほっ、確かにこれは凄い物じゃのう』
いつもの癖で尻に剣を挟もうとする……が、ヨトゥンの尻は挟めるほどの深さは無いので無理だった。代わりに新しく取り付けた尻尾でヨトゥン用の剣を掴んでみる。まるで、自分には最初から尻尾があったかのように自在に操れる。これは中々いい改修点だったのではないだろうか。
だが、それよりも。大きな問題があった。このヨトゥンの活動限界時間の正体が無砂糖ならば判るのだ。これは確かに、機械で代替出来るような物ではない。
『では、降ろしてもらおうかのう。と、言うか降り方が分からぬぞい?』
『ああ、基本的には外部操作で降りられるようになってる。ちょっと待ってろ』
意識が身体に戻る。幽霊でどろんバケラーである無砂糖はその感覚に一際気味の悪い物を感じた。
コクピットが開き、外の光がまぶしく映る。
「大丈夫か爺さん。成仏しちゃいないだろうな?」
「ふぉっふぉっふぉっ、まだ大丈夫じゃよ」
体が重い。僅か数分の搭乗でコレか。
「この機体はちとわしとは相性が悪すぎるのう……」
もう少し長く乗っていたら本当に成仏、或いは消滅しかねない。何故なら、この機体は脳に負荷をかけるなんて生易しい物では無かったからだ。
「この機体に、使われておるのは……ヒトの脳などではないぞ」
「え? そうなのか」
「ああ、まるで違う。脳への損傷と言うのは……副次的な現象じゃろう。確かに脳を酷使はするが、それ以上の問題がありよる」
ピンクのゲルから這い出る。
「ヒトの魂、或いは存在。この機体はそう言った物を喰ろうて力に変えておる。恐ろしき物じゃ」
「魂? それに、存在? どういう事だ?」
「ふぉっふぉっふぉっ、分からぬのも無理は無い……この機体、ともすればこの√で作られた物ではないのかもしれぬ」
生者であれば多少喰われた所で、肉体があれば自然と補填される。しかし、長時間の連続使用は完全に喰い尽くされてしまうのだろう。魂で繋がるからこその異常な程の反応速度を使いこなせているのだ。
「……この機体がどこでどう作られたかは知らないが……そうか、魂を喰らう機体か」
ヨトゥンの操縦者はそれを勘付いてたかのように言った。
「お主、わかっておってこれに乗るのか」
「ああ、それは僕がヨトゥンを降りる理由にはならない」
むしろ、どこか愛おし気に感じているような。
「仲間が何人もコイツに喰われた。同じ場所に行くなら悪くは無い」
「そうか」
魂を喰らうからこそ、繋がる場所もあるのかもしれない。たとえそれが無明の暗黒、虚無の空間であっても。
「僕はこいつに乗り続ける。コイツに喰われるまでは」
「そこまで言うのならば止められはせぬのう……しかし、一つ思い付いた事がある」
「なんだ?」
「副座式にするのはどうじゃ? 二人入れば負担は半分になる」
「あー……試した事はあるんだが、何と言うか、一緒に乗る相手と繋がり過ぎるんだよなそれ。考えてる事とか、感じてる事とか、記憶や思い出まで……」
そこまで言って、何かに気付いた。
「いや、そうか。僕達はデッドマン。元からそう言う存在だ」
そう、複数の肉体を繋ぎ合わせて作られたデッドマンは元々繋がれた他人の記憶が自分の物と混ざる事がある。何が自分で、何が他人なのか。その線引きが曖昧なのだ。
「出来るかもしれない、複座式」
「ふぉっふぉっふぉっ、ちとはいい気付きに導けたかのう?」
「ああ、ありがとう」
「では、わしは休憩に行くとするかのう」
嗚呼、刹那を生きる若者よ。仮初の身体に継ぎ接ぎの魂を持つ者達よ。今はただ、己の信じる道を行け。それが死出の旅路であろうとも。
「所で、尻はもう少し深くした方が」
「それは却下だ」
●物資補給
「弾薬庫は……っと、あそこか!」
工廠内の通路を歩くエルヴァ・デサフィアンテ(|強襲狙撃《Fang of Silver》・h00439)は目当ての部屋を見つけた。火気厳禁、銃弾のマーク。歩兵用の弾薬庫のようだ。この工廠はWZ運用に最適化しているとは言え、歩兵用の武装が要らないという事は無い。
「んーと、20mmにグレネードに……ひゅー! 色々あるじゃんか! 大分たっぷり使ったし、補充と行くか!」
ただあまり使われていないのは確かなようで、割と埃をかぶっているような状態の物もある。
「湿気てないだろうな? ま、撃てば分かるか」
口にエナジーバーを咥えたままじゃらじゃらと自身のCASフロートに詰め込んでいく。
ちなみに、弾薬の持ち出しに関しては事前に「あまり使ってないし、好きに持って行っていい」とは言われている。しかし、CASフロートが目に入ると「限度はあるぞ」と釘を刺された。
口だけで器用にエナジーバーを食べ切る。
「全部は持って行かないって。口径合わない奴はあんまり持ってても意味無いし」
全部とは言わないがかなり持って行く気ではいるな。まあ、今は使わない弾薬でもとりあえず拾っておきたい気持ちは分かる。ゲームと違って重量0でもインベントリが無限にある訳でも無いが。
三本目のエナジーバーを食べ切る頃には弾薬漁りも終わっていた。
「よし、こんなもんかな」
まあ、この弾薬庫の半分位は無くなってるのだが。誘爆の危険性も考えて弾薬庫は複数に分けられていて、その一つの半分なら全体としての総量から見れば多くは無い。個人が持ち出す量としては過剰だが、限度を超えているかどうかは分からない。
「腹も膨れた事だし……整備だな。グリップ以外吹っ飛ぶのは流石に懲りたよ……大目玉だった」
彼女の主力武器たるAMR-20「アデランテ」がいかに頑丈に作られているとは言えども、根本的に槍ではない銃器で槍みたいな使い方をし続けたらそうなる。元々対WZ用の大口径なので反動も大きい。
それにしてもグリップ以外吹っ飛ぶとは逆に器用な気がする。
個人携行道具用ワークショップで代替品のパーツを吟味する。吹っ飛んだ、とは言え何もかも無くなった訳では無くボルトが捩じ切れ、バネも飛んで、ギアがイカれただけで銃身や銃剣自体は大体無事である。銃として壊れやすい部分だけ壊れたと言った所か。普通に使っててもちゃんと整備をしなければ壊れる部分ではあるので共通規格の代用品はそれなりにある。
銃と言う物は元来毎日のように点検をするのが当然の物だ。とは言え、√ウォーゾーンではそもそもまともな整備環境が無い事も多いので多少点検の期間が空いても正常に動作する信頼性の高い物が好まれている。と、言うより信頼性の低い銃が悉く駆逐されただけかもしれない。一部の物好きはあえてそう言う銃を愛用する場合もあるが。
エルヴァのアデランテはしっかりと前者である。信頼性が高く、乱暴に扱っても早々壊れない。乱暴に扱い続けたので壊れたようだが、壊す事自体は日常茶飯事のようで。
「よし! 完璧」
新品同様、とまでは言えないがそれなりに仕上がった|愛銃《アデランテ》を満足げに担ぎ、エルヴァは次の場所に向かう。
まだWZ用の弾薬を仕入れていないのだ。自分で使う訳では無いが、味方の分は仕入れておけば金になるのはさっきの戦いで十分分かっている。
●Faenar
「皆の剣閃に、あの砲撃……軽くデータは集まった」
|レイヴ《Re:EVE》・|アルゼリナ《Arzerina》(Primal Operator・h06360)は比較的小型のジャンクが集まった山の麓。
「完全には難しくても、再現出来れば……成長出来れば……!」
脳裏に、正しくは胸部中央のコアに。先の戦いの光景を|再演《リフレイン》する。
スレイプニールの咆哮。WZ遊撃小隊の連携。ヨトゥンの二刀二挺。マルティルの巨大金属棍棒。クラウスの狙撃支援。クーベルメの多砲塔。無砂糖の尻居合。
……いや、最期の奴参考にしない方がいいのでは? とは言え、困った事に剣閃と言われてしまうとあの尻居合になってしまうのである。いや、ヨトゥンも銃剣使ってたし?
空中に表示されたウィンドウにはそれらのイメージが浮かび上がっている。それを指先の動きで切り、分解する。要素を抽出し、再構成する。それは、複数の完成済みパズルをバラバラにして混ぜ、新たな一枚を作るかの如き作業。当然簡単ではないが、それでも組み上げる。
抽出されたイメージを元に、エリルとフレアが実像として組み上げていく。
「……これからよろしくね、キハール、ビグウィグ」
そして、出来上がったのが剣術を再現し、両腕部に単分子ブレードを有する人型フェロウブレーダー『キハール』と右腕部に高威力のロングレンジプラズマビーム砲を装備する人型フェロウカノーニア『ビグウィグ』。良かった、尻に挟んでない。
「最初の仕事は……皆の機体の修理! さあ、行こう!」
新たに組み上げた|眷属《フェロウ》を引き連れ、レイヴは格納庫へと向かった。
●工廠に響く歌声
少女は、WZの整備ハンガーにふらりと現れた。それを見咎めるような者は居ない。明らかに、敵意を持っているような感じではないからだ。どこか浮世離れしているような少女は、√ドラゴンファンタジーから来たセレスティアルの至高の歌姫《ラ・プリマヴェーラ》(La Primavera・h05774)である。母より継いだ名を、歌を。ただ世に響かせんとし、希望を与える者。
その背の翼でふわり、と浮かぶように飛ぶと出撃用ハッチの上に降り立つ。
そこは地獄の門。この門をくぐる者は一切の希望を捨てよ、とでも言わんがばかりに堅牢であり、いくつもの機体がそこを潜って戦場に赴き、そのいくつかは再び潜る事は出来なかった。
ある者は希望を欠落している。√能力者故の欠落はどんな手段を用いても埋める事は出来ない。ラ・プリマヴェーラ自身にも何らかの欠落はある。
人が歩みを進めるのは希望ではなく意思。だとすれば、希望とは何か。抽象的で儚く、無意味な物なのだろうか。
そうではない、そうでは無い筈だ。そうであってはいけない。
胸に宿る至高の歌姫の力が脈打つ。高鳴る心臓の鼓動は生ある者の証。
工廠の喧騒が凪ぐ事は無い。誰もが手を止めて歌を聞き入る余裕などない。ここは、明日は必ず戦場になる。
至高の旋律を紡ぐ声に、歌姫の福音が宿る。ならば負けない声で高らかに歌えばいい。それでも聞こえなくても、真の歌姫ならば魂に届くはず。
「希望の歌で皆の心を照らしますわッ!」
スポットライトは無い。演奏が止む事も無い。それでも少女は構わず、マイクをその手に歌う。世界を変える、自由を唄う。
『これは戦士のために これは兵士のために これは戦う者のための、自由』
ジークフリードはカセットテープを止めた。
『これは導く者のために これは夢見る物のために これは守り抜く者のための、自由』
ウルトは忙しくあちこちに指示を飛ばしている。
『この細やかな思いを聴け 心に語りかける言葉』
レティアはまたこっそり隠れてゲーム中。
『もう我慢する事は無い 誤った正義には』
スレイプニールは積み込む弾頭の確認をしている。
『兄弟たち、姉妹たちよ 我々は名誉のために戦う』
|泥水《コーヒー》を啜る仙人が、僅かに視線を上に動かす。
『戦おう 正義を取り戻すまで』
エリートが何度も金槌で鉄屑を叩く。
『決意こそが 我々を一つに繋ぐ』
修繕したサブマシンガンの動作チェックをするルーシー。
『そして二度と引き裂かれる事は無い、それこそが自由』
クラウスはレギオンを飛ばし、必要とされているパーツを漁る。
『力を合わせよう 限界をを断ち切り』
エルヴァのCASフロートは予備弾薬が満載だ。
『圧制者を倒し、自由となれ』
ミーミルは目を細める。
『もっと、もっと戦おう もっと、もっと高く舞い上がり』
クーベルメは何かのパーツを運んでいる。
『君もすぐに気づくだろう それこそが力なのだと』
ヨトゥンの搭乗者達は静かに闘志を燃やす。
『今日私達は戦い続け 明日の皆の繁栄がある』
誰も作業の手を止めようとはしない。
『戦おう 正義を取り戻すまで!』
いつからか、その傍らに。
『自分の全てを使い切らなければ 勝つ事はできないだろう』
ラ・プリマヴェーラの幻影が浮かび上がり。
『自分の奥底の深くにある 力の光を求めよう』
聴く者全てを鼓舞していく。
『まず従うべきは 心の導き』
それは確かな力となって。
『戦え 正義のために 命を懸けて!』
工廠全てを包んでいく。
『母達のために戦い 兄弟と共に』
いつからか誰もがリズムを刻む。
『愛する者達のために戦う 自由に』
あらゆる音の全てが旋律になり。
『新しい日の夜が明け 力に満ち溢れて』
工廠が一つになっていく。
『我らの喜びは 変幻自在の自由となる』
『これは戦士のために これは兵士のために これは戦う者のための、自由
これは導く者のために これは夢見る物のために これは守り抜く者のための、自由』
歌声は煤けた空を切り、響き渡る。
『全ての疑念を捨て去り 自らが力となれ
この苦難にこそ 自由であれ』
至高の歌姫の輝きで、福音を宿した歌は魂に届き、
『母達のために戦い 兄弟と共に
愛する者達のために戦う 自由に』
物語を具現させ、世界を変える歌に心を奪われる。
『新しい日の夜が明け 力に満ち溢れて
我らの喜びは 変幻自在』
『叫べ 自由を! あぁ自由をッ!』
わたくしは歌い続ける。
『今日の日を我らは戦い続け 明日には笑い合う日が来る
戦おう 正義を取り戻すまで!』
声を重ね、旋律を高める。
『自分の全てを使い切らなければ 勝つ事はできないだろう
自分の奥底の深くにある 力の光を求めよう』
「この歌で未来を切り開きますの!」誓いの元に、声を響かせる。
『まず従うべきは 心の導き
戦え 正義のために 命を懸けて!』
工廠が一つになり、希望で満たされた。
●踊る会議は晩餐を兼ねながら
時としては大きく遡り、ウルトが大量の援軍を招集した時。
「あんなに大量の援軍呼んで補給線とか考えて……無いって事は無いんだろうけど」
実際の所、ウルトの部隊は動く駐屯地のような物と思われるので補給物資も含まれている。とは言え、同じ√ウォーゾーンに存在している物なので限度はある。今回は防衛戦で物資の補給には期待出来ない以上、物資は別な所から持ってくる必要がある。
「|Штурмовик《シュトゥルモヴィーク》!!」
|クーベルメ《Kuhblume》・|レーヴェ《Loewe》(余燼の魔女・h05998)天高く呼ぶ声を響かせれば彼女の後援部隊からの補給物資を輸送する航空部隊が次々と落下傘を広げる。
「食糧、弾薬、資材! 全部必要なんだから」
食料と弾薬はある程度自給できるが、状態が良く信頼性の高い資材はこの拠点には無い。信用出来ない物で何とかやりくりしているのが常態化しているからだ……√能力者が無から物資を召喚できるかどうかは謎だが、まあ結果としてここにあるので問題は無いだろう。
急設した地下HQでは次の襲撃に対する作戦が立てられていた。
「次の襲撃に対する情報は?」
「星詠みからは現場判断と言う有難い言葉を頂いたわ」
いやな、私だって何でもかんでも分かる訳じゃないし星詠みは指揮官でも諜報担当でも無いのでそう言う返答になる。|手引書《マスタールール》にそう書いてあるしな。
「現場でどうにか出来る範疇に留まる相手という事だな」
「前向きに捉えればそうね」
「こちらの索敵では何の情報も捉えていない。そこが引っかかる」
24時間以内に攻撃が来るというのなら、その予兆はどこかには出そうな物である。
「空から落とすつもりかしらね」
「或いは地上をステルス行軍しているか。分からない以上可能性は消せないな」
「でも、あり得る可能性の全てに対処するのは不可能よ。特に、√能力者同士の戦いならね」
「そうだな……」
私も36両と360名も追加増援来るとか全く予想してなかったし。
「それで、|防衛陣地《キルゾーン》の構築は?」
「全方位防御で設計済みだ。敵の攻撃を少なくとも4ルートまでは絞り込める」
「相手が陸から攻めてくる場合それで鏖殺出来るという事ね」
「数で攻めてくるのならな」
「でも、数では攻めてこないわよ」
「分かっている。次の相手は高脅威度目標だ」
つまり、ボス戦だな。
「でもそれはミーミルの予知とは食い違う」
「そうだな……これはどういう事だろうか」
ミーミルの予知は第二波もまた、軍勢で押しかけて来ると出ている。しかも、全方位からだ。空からの降下は無いらしい。
「ミーミルの予知がそこまで大きく外れる事はあるか」
「無い。残酷な程にな」
HQにはミーミルも居る。口を挟まなかっただけで。
「予知には何をどうしても変わらない事がある。運命収斂、とでも呼べばいいか」
「だが、こうして君達が死ぬ結果を変える事は出来た」
「死ぬタイミングがずれただけだろう。どの道、いつかはここも誰も居なくなる」
「だとしても、明日抗わない理由は何一つないわ」
クーベルメがきっぱりと言い切った。
「√能力者は星詠みの予知を変えられる。その運命収斂ですらも」
「信じ難いが、そのようだ」
本来、予知では四人のうちの二人が死に、残った方が敵増援と戦う筈であった。星詠みの予知がそれだったのだ。それを覆した現状が今である。
「敵は大群で仕掛けてくる。けれども単独で他を圧倒する強敵も同時に出現する。そう考えて動くべきよ」
「だとしたら、我々はどう布陣する?」
「四方に分かれるしかないわね。クラップヤード中隊も同じ様に」
「そうしたら、援護しなかった物が死ぬ……か?」
「そうはさせん」
実際の所、展開によってはそうなる可能性は大いにあった。だが、強靭な防衛陣地構築によって少なくとも戦死者を出す事はもう無くなった。最も、√能力者の全滅と言う最悪のケースを除けばではあるが。
「所で」
唐突に、口を挟んだのはジークフリードだ。
「おかわりが欲しいんだけど」
地下HQでは別に静かに軍議だけを行っていた訳ではない。
「あー、俺もだ。もっと肉食いてぇ」
「ちょっと、種類を偏らせないでよ。余った分を食べる私が毎日同じ味になっちゃうから」
実の所この場の全員がクーベルメが持ち込んだゾルヤンカを食べながら話をしている。ソリャンカとも呼ばれる。味の濃いスープの缶詰で、肉・魚・茸の三種類がある。クーベルメ自身は魚の奴を食べている。
「キノコの奴も美味い」
「戦いに出るんだから肉だろうやっぱ」
まあ、兵站は大事だ。時間も無い。決して軍議を軽視している訳では無いのだ。
「強敵が、集団で来るか」
「いや、多分違うと思うわよ。クルト、あなたと同じタイプなのよきっと」
「俺と同じタイプ?」
「そう、大軍を召喚する√能力。そう考えた方が妥当よ」
「なるほどな。それならば、本体を倒せば瓦解するか」
「そうね。召喚主を倒せば消滅するわ。でも、問題はその本体が何処から来るかよね」
「それをこちらに掴ませないように立ち回っている、という事だろうな」
「結局、四方への警戒は怠れない訳ね」
「ヤマ張って一方向突破する訳にゃいかんのか」
「外したらどうする。四分の一だぞ」
「外すならミーミルは分かるだろ」
「ミーミルの予知はどの方向も同じ確率だ」
「いや、だからよ。なんだっけ? 何とかって箱と猫の話だ」
「何の話をしている?」
「見た時点で未来は確定するんだろ? だったら、とっとと見ちまえばいい」
「無茶な事を」
「いや、その考えアリだわ」
一缶平らげたクーベルメが何かに気付いたように立ち上がった。
「√能力者の行動で未来が変わるなら、未来を確定させた後に行動すればいいのよ」
「いや、どうやってだ?」
クーベルメはにやりと笑う。
「幸いな事に、今この場には優秀な狙撃手が居るわ」
●|狂えるものの長《ウォーデン》の戦馬と渓谷を黄金に染め上げる陸の王者
「と、言う訳で遠距離攻撃の精度を高める必要が出たんだけど」
スレイプニールによる遠距離狙撃で変動する未来を確定させる。原因と結果が逆転したような話だが、√能力者の戦いとは往々にしてそのような奇妙な現象が発生する物だ。
「俺の勘で補正してるからな」
「その部分には下手に手を入れない方がいいと思うわ」
「だろうな。じゃあどうする」
「スレイプニール、良い機体なんだけど何かが足りない気がするのよね……」
スレイプニールの主砲は大口径にして長砲身。遠距離まで有効打を届かせる事が出来る。しかし、当然ながら距離を放せば離すほど狙撃精度は落ちる。
「何かって何だ」
「例えば、例えば……遠距離狙撃時の姿勢安定性とか」
「パイルで地面に固定する機構はあったがぶっ壊れた。ありゃ実戦じゃ使い物にならん」
「地面に、固定……?」
そこで、クーベルメはしばらく思案した後何かを閃いたようだ。
「ショベルアームを付けましょう!」
「何?」
「ショベルアームよ。重機のアレを機体の側面に付けるの」
「重機の? 何をどうしたらそう言う発想になるんだ?」
「とにかく、付けて見れば分かるわ」
「あー……うん、まあいいか。人型形態の方が多少重量増えるならそんなにバランス崩れないだろうしな」
「話は聞かせてもらったよ!」
そこに現れたのは自身の追加兵装を完成させたレイヴだ。
「ボクも手伝うよ。自分の分の改修は終わったからね」
「助かるわ。手早くやっちゃいましょ」
レイヴは空中にウィンドウを表示させると、クーベルメが自分のアイデアをそこに描き込む。レイヴ自身もビグウィグの創造にはスレイプニールのデータを参照しているだけあって既に必要な情報は大体揃っている状態。
「行けそうね。ちょっと一息入れたら一気にやっちゃいましょ」
クーベルメはチーズケーキ味のα糧食を手に取り、軍用水筒のブラックコーヒーを飲みながら設計図と睨めっこしている。
「ボクもそれ貰っていい?」
「いいわよ」
軍用水筒を差し出すとぐっと一口。すると、顔をしかめながら水筒を返す。
「苦過ぎない?」
「これがいいのよ。生きてる実感が出るわ」
「チーズケーキと合わせてるからじゃない? そっちもちょうだいよ」
「仕方ないわね、少しだけよ」
……所で、√能力者の諸君の中にはスレイプニールにショベルアームが付いて|いない《・・・》事を想定していなかった者も居るかもしれない。アレには当然のようにあったからな。だが、スレイプニールは元ネタよりかなり小さいしショベルアームは付いていない。よって、完全に|戦狼神《ヒルドルブ》ではなかったのだが……うん、まあ、これで何の言い訳も出来なくなったな。まあ、いいか。
「完成よ!」
「完璧だね!」
クラフト・アンド・デストロイとファエイナーを用いても作業に一時間は要した。いや、一時間で済んだとも言う。
「おー……もう出来たのか」
「さあ、試しに乗って見なさいソンネン!」
「その名前はあんまり出すなって。ま、乗ってみるか」
スレイプニールが乗り込み、機体が上体を上げる。
『操縦系に不具合が出るかと思ったが、そうでも無いな』
『構造が単純で頑丈な重機を使ってるからね。動かしてみて違和感は無い?』
新設されたショベルアームをぶんぶんと大きく左右に振り回してみる。
『ああ、なんかしっくり来るな。最初から付いてたみたいだ』
今度は先端を地面に突き刺して車体を固定する。
『これはいい、僅かにあったブレが無くなってる』
『砲身そのものもライフリングが少し摩耗してたから修理しておいたよ』
『そりゃ助かる。実戦で撃つのが楽しみだな』
『あと、さっきの振り回す動き。それなら欠点だった近接格闘も出来るんじゃない?』
『あー、単純にパワーあるからな。無いよりは大分マシだ』
『私も接近戦では軍用シャベルを使ってるんだから』
『ま、コイツにWZ用シャベルを積載するよりマシだわな』
『……その手もあったか』
『おい、やめてくれ。デカいスコップを二本持って振り回すとか締まらねぇ』
『冗句って事にしておくわ』
◆第三章、断章に続く
第3章 ボス戦 『絶望の天秤を揺らす黒の指手・ノクターナ』

●決戦前夜
「明日の流れはこれで行こう」
軍議は定まった。全方位警戒を継続し、全方位からの攻撃に備える。
そして、工廠上部の見張り台まで搬送したスレイプニールの砲弾狙撃によって敵陣営に先制攻撃をかける。この攻撃により敵の本隊の位置を炙り出し、その方向の守備隊を撤収させ√能力者及びクラップヤード中隊のWZを集中。敵陣を突破し本体を叩く。
「俺は前線に出られなくなったがまあ、砲撃支援はしてやる。安心して暴れてこい」
「ショベルアームの出番は?」
「姿勢安定の方が主目的だろ。間違っても殴りに行く機体じゃないんだよスレイプニールは」
「それはそうですけど」
「では三班に分かれて休憩を取るぞ」
ウルトは早速哨戒に赴こうとしたが、
「待ちなさいよ、あなた働き過ぎ。敵主力が来ない事は分かってるんだから私達は決戦に向けて万全の体制を整えて休むべきよ。そうでしょ?」
「む……それは、そうか」
「ほらほら、皆も撤収よ。休めって言われたのに勝手に罪悪感を覚えて働くのは、悪質な命令違反だと肝に銘じなさい」
「へいへい、んじゃ有難く休ませてもらいますかね」
「なんだか凄い事になっているね」
チキンのトマト煮に塩キャベツ。雑多なお菓子。色んな味のカロリーバーとエナジーバー。王道のカレー。三つの味のゾルヤンカ。そして|泥水《バーボン》。
√能力者達が持ち込んだ食料だ。決して贅沢な物では無いが、食卓にこれだけ並ぶとそれだけで豪勢に見える。
「大切に頂こう」
「いただきます」
更に、|至高の歌姫《ラ・プリマヴェーラ》の歌まで付く。これはちょっとしたジャズバーか何かではないだろうか。
「酒まで付いてくるたぁありがたい」
「ふぉっふぉっふぉっ、遠慮せずに行っても良いぞ」
どん、と置かれた一升瓶。
「約束の品だ」
忍者の里の……日本酒!
「忍務中故に、俺は飲めないが」
「硬い事言うなって」
「堪え忍ぶ事こそ忍び故に」
「リアルニンジャって感じね。カッコいいわ」
「ニンジャ、ニンジャのデータを取れば分身できるほどの高機動型フェロウとか作れそう」
「……分身の術、あれは|創作《フィクション》だ」
「そうなのかぁ、出来ないのか」
「いや……それはどうかな?」
「ふぉっふぉっふぉっ、分身ならわしも出来るぞ。それ、ドロンじゃ!」
「それは分身じゃなくて召喚だろ! 増えるな、食い物が減る!」
「にぎやかだねぇ」
「ほら、カレーはまだあるよ」
「おかん力が高い」
「ふふん、エリート料理力を見せる時が来たようね」
「いや、もう料理終ってるから。元々加工済み食品ばっかりだし」
「そこにエリート調味料! これは、何にでも合うしかければかけるほど美味しくなる! しかも、カロリーも半分よ! かければかけるほどカロリーも減るわ!」
「そんな訳無いでしょ」
●翌日
その敵は突然現れた。
「空間転移で来るとはな。位相のズレを検知出来た分奇襲とはならなかったが」
『なんの、こっちはもう配置に付いてるぜ』
「防衛陣地も準備おっけーよ。かましちゃいなさい!」
『へっ、戦争を教えてやる』
轟音の咆哮。北方の敵陣が爆発した。
『迫撃砲及び支援火器一斉射!』
ウルトの防衛隊が一斉砲撃。狙いを付ける必要は無い。
『敵の本隊は確認できたか?』
『見付けたわよ! 南側!』
『やはり、最初の攻撃の逆側から現れたか』
『南側部隊撤収! 本隊出るぞ!』
「そう来ましたか」
盤上の指し手は迫り来るAPFSDS弾を虫でも叩く様に弾き飛ばす。
「正面から、私と戦うと」
整然と並ぶ簒奪者の本隊。チェスの駒を模した配下の機械生命体だ。
「この駒たちが動くたび、貴方の選択肢は減っていく……」
側に控えるのはクイーンを模した機械生命体。
「もし、このクイーンを取れたら投了いたしましょう……」
そして、周囲の地形をチェス盤に改竄する。
「さあ……死との対話を始めましょうか……」
『絶望の天秤を揺らす黒の指手・ノクターナ』それがこの工廠とクラップヤード中隊を脅かす最後の相手だ。さあ、自らの√を切り拓け!
◆お知らせ
第三章、通常プレイングの受付は24日(木)8時半からとなります。連撃であればいつでも大丈夫です。
本シナリオ最後の戦い、振るってご参加いただけますようよろしくお願いします。
●盤上遊戯
『悪いけど、俺はあまりチェスを知らないんだ』
クラウス・イーザリー(希望を忘れた兵士・h05015)は昨夜の内に搬入を終えた自身のWZの中で言った。
『チェス盤ごとひっくり返すような無作法を働いても、無知故の暴挙だから許してくれると助かるね』
『明らかに敵の領域だ。あれに付き合う必要はない』
ウルト・レア(第8混成旅団WZ遊撃隊長・h06451)もその意見に同意のようだ。
『周囲をチェス盤に変えている。いっそ清々しい程に分かりやすい』
|完全人間《ハイヴマインド》によって全ての味方とウルトの意思が繋がる。ただ、その効果の大きさには差があり、単に意思疎通できるだけの者から完全に掌握できる者まで様々だ。基本的にはウルトの部隊員に対して完全共有しているようだ。ただし、√能力としての効果に差は無い。
(バックアップに精神を移し替えたりできるので、多少は耐性ありますが……あまりいい気分にはならないんですよね……)
同じ√能力者でもウルトの部隊員であるレティア・カエリナ(WZ遊撃小隊員・h06657)はしっかりとその影響を受けている。口内で転がしていたミントキャンディーをガリっと噛み砕いて気分を入れ替える。
(……思考が奪われそうですが、私は私の仕事をします)
(別に乗っ取るつもりでは無いのだがな)
深層意識でリンクしてしまっているウルトにはその思考も筒抜けなのだが。
『いつも通りにやればいい。各機散開!』
昨日配備した戦闘車両と随伴歩兵の大半は他方面の防御に充てているが、チャイルドグリムと戦った12体の量産型WZ部隊は全てこちらに配置している。相手に全周包囲されている現状から、ノクターナを逆に包囲するべく√能力者を軸に|右翼《アルファ》と|左翼《ブラボー》が包囲を突っ切る。
『第4中隊、火力集中区域を前方に更新。第5、第6中隊は南側第2線にて支援位置へ』
『まずは周囲の機械生命体を減らさないとノクターナへの接近は難しいか』
クラウスは決戦型ウォーゾーン「蒼月」の装甲を一部展開し排熱機能を強化。蒼白に輝く決戦モードに変形させる。元から蒼月は限界まで機動性に特化した構成で組み上げられており、装甲部を展開する事によって一発の被弾が致命傷になるまで防御力が低下する。その代わり、手にしたレーザーライフルへのエネルギー供給量が増大し4倍の|連射速度《ファイアレート》を。機体自体とブースターの上限熱量を向上させる事で4倍の機動力を得ている。当たらなければどうという事は無いと言う奴だな。
両肩にマウントした多連装マイクロミサイルランチャーをマルチロックで一斉射。周囲を包囲しているポーンの駒を模した機械生命体をまとめて排除する。ランチャーをパージし、更に身軽にした蒼月はレーザーライフルで次々と雑兵を刈り取っていく。
『ここからが本番ってわけね』
トーニャ・メドベージェワ(誇りと勇気をその胸に・h00119)は準備中に作った鉄塊盾と愛用の防弾盾の二盾を構える。
『でも、任せておきなさい、エリートの私が居るんだから!』
モノアイが光る!
『トーニャ・メドベージェワ、カーヴェー……出るわよ!』
脚部無限軌道が唸りを上げて敵陣へと突入! そのまま盾で殴り飛ばす! 大型火器の運用を前提としたカーヴェーのパワーはただぶん殴るだけでも強い。更に背部3M89パラシのマシンガンが唸りを上げて雑兵を解体していく。
二機のWZを中心にウルトの部隊が撃ち漏らしを処分。破竹の勢いで包囲網が破られていく。
だが、『絶望の天秤を揺らす黒の指手・ノクターナ』はそれを見ても動じた様子は無い。最初からどうでも良いとばかりに。
「王国の兵は進みます……侵略者から身を守るための遠征なのです」
速度としてはゆっくりと。周囲の地形をチェス盤に改竄しながら前進する。
『眼中に無い、か。或いは対応する必要が無いのか?』
『浮遊砲台展開!』
レティアは大きく上空を迂回し敵陣の背後を取る。浮遊砲台のオールレンジ攻撃に不可視のレーザーとプラズマミサイルも上空からばら撒き雑兵を一掃!
『包囲は成った』
ウルトは嫌な予感を覚えつつも決断的に|攻撃命令《ファイアパワー・スペリオリティ》を飛ばす!
『標的へ火線集中! 一気に仕留めろ!』
『了解』『了解よ!』『了解です!』
|完全人間《ハイヴマインド》による一糸乱れぬ統率された一斉射撃。|攻撃命令《ファイアパワー・スペリオリティ》によって倍の攻撃規模となって襲い掛かる!
『絶望の天秤を揺らす黒の指手・ノクターナ』は、ただそれを一蹴した。自身を中央に布陣し、盤上の駒で全ての射線を塞ぐ。雑兵の如く瓦解すると思われた駒は圧倒的な攻撃を叩き込まれたにも拘らずほぼ無傷と言ってもいい状態だ。
『馬鹿な……今のを防いだだと?』
四方向からの一斉射撃だ。全てを防ぎきるなど尋常ではない。しかもダメージらしいダメージを受けてすらいない。
『隊長、ちょっといいですか?』
レティアからの一声だ。
『今の攻撃、ほぼ当たらないと思っててもやりましたよね』
『そうだな』
確信は無かった。ただ、何となく包囲しても攻撃が当たらないのではないかと言う不安は大きかった。ノクターナがここまでただゆっくりと前進する以外の行動を取っていなかったからだ。
しかも相手は周囲をチェス盤に変え続けている。平坦な盤にされれば|防衛陣地《キルゾーン》も意味が無い。
『たぶん、チェス盤の外からの攻撃は難しいと思います』
『理由は?』
『周囲を包囲してる敵ははっきり言って雑兵です。でも、本体周辺の15個の駒は違います』
隊長の嫌な予感はレティアの方にも伝わっているのだ。
『駒の構造を浮遊砲台で解析しましたが、アレは殆どただの金属の塊です。簡単に壊せるような物じゃないです』
『アレがか? 動いているようだが』
『本体からの念動力的なアレだと思います。アレは部下じゃなくて武器なんです。だから、どんな物にも攻撃を命中させる事が出来ると思われます』
『そう言う事か……!』
ただの金属の塊。それは思っている以上に厄介な武器である。通常では重すぎて武器として使えるような物では無いが、使えるのならば破壊困難で防御もままならずに圧殺されるに違いない。
『ならば、どうするか』
『なに、簡単な事だ』
ルルーシャは堂々と言い切った。
『チェスをして勝てばいい。相手がチェスの外から攻撃を無効化しているのならばチェス盤の中にこそ勝機がある』
『だが、俺はチェスなど出来ないぞ?』
『ならば、指揮権を寄こせ。一時的でいい』
ルルーシャはにやりと嗤った。
『生憎と、私はチェスも得意でね』
●play the game
全長5mの超戦闘型浮動要塞機WZ、KMC-VX/Type-0「ガラティーン・リベリオン」の搭乗席で脚を組み、戦場全体を空中から見下ろす|ルルーシャ・ヴィ・ヴァルキュリア《魔帝・ゼノ》(神聖ヴァルキュリア帝国第99代皇帝・h07086)。
『全員、私の指示に従え!』
ウルトの|完全人間《ハイヴマインド》が|中継点《ハブ》になり迅速かつ正確な指示を飛ばす事が出来る。
『ウルト、部下を借りるぞ。ポーン役が足りない』
『仕方ないな。8車両部隊前へ』
『レティアは上空で待機。ルーシー、クラウスはビショップの位置へ。トーニャ、スレイプニールはルーク。エルヴァ、レイヴがナイトだ』
『なんか、変な感じだね』
|レイヴ《Re:EVE》・|アルゼリナ《Arzerina》(Primal Operator・h06360)は指定された位置に移動しながら呟く。
『このエリートの私をゲームの駒扱いするなんて!』
と、ボヤキながらもトーニャもルークの位置へ移動。
『ここに移動すればいいんだよね?』
チェスをあまり知らないクラウスもとりあえず言われた位置に移動。
『結局下まで降りる程度の時間は稼げてるな』
屋上から降りて来たスレイプニールも移動する。
『他方面の状況は?』
『静かなもんだ。あんたの部下はよくやってる』
『そうか』
ならば、正面の敵だけ考えていればいいとウルトは結論付けた。
『クイーンはエースだ』
『了解』
【撃墜王】エース・パイロット(【|撃墜王《ACE》】のクロムキャバリア・h07017)は操縦桿を強く握り、サイコメトラーの力で機体全周囲の様子を見る。
(本当は私、戦いたくなんてないんだ。でも……!)
戦わなければ多くの物が奪われる。だから、戦うしかない。
『キングは無砂糖だ』
『え、無砂糖なの? キングって感じじゃなくない?』
『役割の都合上な』
『ふぉっふぉっふぉっ、どうせなら将棋で相手をしたかったがのう』
チェスの配置通りに全員が並ぶと、ノクターナは粛々とした前進を止め、自身の駒も初期位置へと動かす。
「王国はついに……果すべき相手を見付けたのです……」
『乗ってきた、か。乗せられたというべきか』
『何、乗せた時点で策には嵌めたような物さ。では、始めよう。ポーンE4へ前進』
ポーンに割り当てられたウルトの部下が前進する。ノクターナは即座にC5へ進める。
『シチリア・ディフェンスか』
『チェスは二人零和有限確定完全情報ゲームだ。勝ち目は無いぞ』
チェスは2000年代には既にトップランクの人間がAIに勝てなくなっている。アンチコンピューター戦術もいくつか開発はされた物の、ノクターナ相手にそれが通じるかは疑問だ。
そして何より、こちら側で駒になっているのは人だ。あの金属の塊で潰されたらどうなるかは自明だろう。
『一応聞いておくが、ポーンは使い潰しても構わんな』
『……構わなくはないが、仕方ない。蘇生は出来る』
ウルトの能力で味方の蘇生はほぼいくらでも可能だ。とは言え、死なないに越した事は無い。
盤上となった戦場では粛々と駒が動く。
『ナイト、f3』
ナイトのエルヴァが指定ポイントへ移動すると、ノクターナは即座にc5へ応じる。
ルルーシャは即座に打ち返したり、時間を空けて打ったりと相手の反応を伺いながら指している。一方のノクターナは何の迷いもなく即応する。
沈黙が戦場を支配する。二人の指し手だけが意思を交錯させる。定石通りに中央の支配を目論むノクターナに対し、ルルーシャは冷静に駒を動かし対処する。
ノクターナは、ナイトをf6とc6に展開し、ビショップをg4に配置してきたが、ルルーシャは冷静にh3でビショップを追い払い、f1のビショップをe2に移動させてピンを解除した。その後、ルルーシャはキャスリングを行い、キングの安全を確保する。
一進一退の攻防。チェスに明るく無い者達は言われたままに移動するしかないが、徐々に追い詰められているのは明らかだった。
ノクターナはビショップをe6に展開すると、ルルーシャはこれを好機と捉える。
『ナイト、xe6』
『あいよっと、くたばれッ!』
エルヴァ・デサフィアンテ(|強襲狙撃《Fang of Silver》・h00439)がビショップに銃弾を叩き込む。金属の塊である筈の駒はあっけなく粉砕された。
『結構簡単に狩れたな?』
『ルールに乗っ取っていれば駒の破壊は可能、か』
『想定通りの結果だ』
対局は続く。ルルーシャはポーンをいくつか失いながらも相手の駒を取りに行く。ノクターナはそれに対してただ勝つ為だけの戦略を推し進める。
そうして互いの駒がそれなりに減った所で。
『手詰まりだな』
ルルーシャは行き詰った。最初から勝ちに行っていれば勝負は分からなかったかもしれない。ノクターナは冷静に勝利のみを目的とし駒を進めている。だが、ルルーシャにはポーン以外の駒を失わずにある目的を目指しつつ、なるべく相手の駒を取る必要があった。やる事が多い。
対局の勝敗は最初から明らかだった。チェスだけで終わらせるのならば、だが。
『では、各員。準備はいいな?』
『ここまで付き合ってやったんだ。決めてくれなきゃ困るぜ』
『では、チェックと行こう』
ルルーシャがスイッチを押す。チェスボードの周囲に合った二つの高層ビルの階下が爆破! ルルーシャは昨夜の内に既に仕込みを終えていたのだ。
落下する先はノクターナが支配する盤中央。だが、ノクターナが支配する駒はいともたやすく瓦礫を粉塵にして蹴散らした。
『質量攻撃は無駄だったか。まあいい、無砂糖』
『ふぉっふぉっふぉっ、承知じゃよ』
ドンッ! と、次の衝撃は足下から響いた。
「お前のチェスボードがどこまで頑丈かは分からなかったが」
「仙術……いざ、決戦のバトル・フィールドへ!」
地下駐車場に仕掛けられた大量の腹々時計が一斉に爆発。同時に無砂糖がフィールド干渉を行い、チェスボードの支配力を弱める。結果、チェスボードは粉々に破壊され、盤上の者達は地下へと落ちていく。
だが、盤上の者達はこうなる事を分かっている。この一瞬にだけ勝機がある事を。
『ここで仕留める。なるべく多く』
第四世代型・ルーシー(独立傭兵・h01868)の量産型WZブッタが緑に輝き、|限界駆動《リミットブレイク》を発動させる。四連ミサイルランチャーをマルチロックで一斉射し、目の前のポーンをサブマシンガンで射撃! ポーンは粉々に破壊される。
「狙い通りだよ、マスター」
「落ちるってのが分かってればなぁ!」
CASフロートを足場にしたエルヴァのAMR-20「アデランテ」が吼える。ポーン二体を粉砕撃破!
「味方に当たらない位置の計算は完了済み! コンダクター、オーバーチャージ。目標座標、設定! ディメンションリンク……ヘヴンズフィスト!」
レイヴがヘヴンズフィスト・ストライクで作り出した次元門を通って転送された18m級の前腕部が落下し叩き付けられる。駒がいくつか巻き込まれて粉砕!
「この瞬間を待ってた!」
エースのキャバリアが右手のビームライフル連射を駒に叩き込み、左手で振り回したハンマーを投擲しルーク粉砕!
「行け、浮遊砲台!」
上空で待機していたレティアの浮遊砲台が全方位攻撃を仕掛け、まだ残った駒の耐久力を削り。
「エリートの力って物を見せてやりますわよ!」
トーニャの軽機関銃がそれを粉砕する。
「このスタンロッドなら」
クラウスが決戦モードの高機動力でビショップを粉砕する。
「こいつも持ってけ!」
ショベルアームを壁に喰い込ませて無理矢理姿勢制御したスレイプニールのAPFSDS弾がナイトを貫通粉砕する。
落下するまでの|一手番《1ターン》。ノクターナの駒の守りは崩され支配下の駒はほぼ全てが粉砕された。
「|一手番《1ターン》あれば十分だ」
「それ、先に言った方が負ける奴よ」
そして盤上に居なかった者は既に次の戦場となった地下駐車場跡地に集結済み。
「何という事でしょう……王国の兵たちは卑劣な罠の手にかかり……無残にも……」
ノクターナは再び盤を展開しようとしたが。
「無駄じゃよ。既にここは決戦のバトルフィールド」
どこからともなく響くのはあの川越の鬼才が用いる決戦のバトルフィールドの曲!
「よくぞここまでたどり着いた。褒美に死をやろう!」
「戯言を……」
ノクターナは再び駒を展開させた。だが、人格を悪魔に支配された川越では盤上のような強度は作れない!
◆締切近い分だけ先行採用です。各自の描写はまだ続きます。
●決戦のバトルフィールド
時は戦闘前まで遡る。
(さてさて、この第二波の襲来を食い止めて相手側を撃破となればちょびっっっとぐらい平穏になるじゃろうか?)
|中村《なかむら》・|無砂糖《むさとう》(自称仙人・h05327)は|泥水《コーヒー》を啜りながら思案する。
(そうしたらまた次の戦場というのも悪くない……まあ、とりあえず肩の力を抜いて気楽に先ずは目の前の敵さんを撃破じゃのう)
「つまり相手の立場で考えるの」
|クーベルメ《Kuhblume》・|レーヴェ《Loewe》(余燼の魔女・h05998)は戦術卓で力説する。
「チェス盤の上なら攻撃は必中。攻撃を当てれば連続攻撃。ずっと攻撃を続けられそうよね」
この死との対話が最も厄介であることは明白だ。
「APFSDSを弾く圧倒的な戦闘力があるなら、負ける気がしないわ……そうか、その余裕があの態度に繋がっているのね」
「明らかに敵の領域だ。あれに付き合う必要はない」
「まあ、待て」
ウルトは同意したが、そこに待ったをかける者がいた。ルルーシャだ。
「自分の領域内なら無敵だと思い込んでいるのならば、逆に領域内で戦えば油断を誘えると思わないか?」
「それは……一理あるわね」
「だが無謀だぞ。相手の領域内で戦うという事は確実に必中の攻撃を受ける事になる」
「奴は伊達にチェスの駒を模しているわけではないだろう」
ルルーシャはにやりと嗤う。
「こちらがチェスの勝負を挑めば奴は必ずそれに乗る。チェスのルールに戦い方を絞れる」
「えー? なんじゃ? チェスじゃとー?」
そこに口を挟む無砂糖。
「イヤじゃ!! わしはチェスなどしとうない!! どうせなら将棋がいい!!」
「私はチェスに心得がある」
ルルーシャ、これを華麗にスルー。
「……それに勝敗を委ねる訳にはいかない。まずは敵の包囲網を突破し、全方位から集中攻撃を加える。それで倒せるなら問題ないだろう」
「それは、そうなるだろうな。倒せればな」
「駄目だったらルルーシャに委ねる。それでいいな」
「王扱いは少し気分が良かったがわしはチェスなどしとうなかったんじゃー!!」
自由落下より早く地下駐車場へと降り立った無砂糖が|仙術、KBF《イザケッセンノバトルフィールドヘ》! を展開。地下駐車場が人格を悪魔に支配された川越へと描き変えられていく。ノクターナの方がフィールド形成能力は高いが、性質上既に展開済みのフィールドがあるならそれを掌握して再展開するには多少の時間がかかる。
√能力者達にはその多少の時間で十分だ。
「どうしてこんな所で待機させられたのか分からなかったけど、こういう事だったのね」
先程のチェスに加わらなかったメンバーは元から地下駐車場に展開している。スレイプニールの砲撃で敵本体の位置を誘導できるのでは? と言う算段はあったが、もし失敗していたら急いで他方面の落とし穴に陣取り直す必要があった。これが|ほっぺが落ちれば士気が上がる《ウィナー・ウィナー・チキンディナー》によって引き起こされた失敗かどうかは定かではない。前日の宴会で士気が大いに上がったのは確かだが。
「ここからは我らの手番だ。ジ! クガ! イフリズ! 出よ、倶利伽羅龍王剣!」
不動・影丸(蒼黒の忍び・h02528)は呪を唱えて印を結ぶと光の曼荼羅が出現。大いなる倶利伽羅龍王が地下駐車場の闇の中に顕現する。跳躍し、その背に直立すると龍王の力が影丸に流れ込む。刀印を結んで九字を切れば光の格子から|倶利伽羅龍王剣《クリカラリュウオウケン》が引き抜かれる。
「行くぞ、龍王。その力、存分に振るってもらおう」
更に|泥水《コーヒー》を飲み捨てた無砂糖がキュッと悉鏖大霊剣を尻に挟み込み。
「コンパチの鉄砲玉!わし、無砂糖が相手じゃー!」
前後の落差が激しい。
「「ヨトゥン、仕掛ける」」
二人乗りに改造し、テールバインダーを増設したヨトゥンが両手と尻尾の三刀二挺の武器を構える。両手は先の戦闘で使った一体型銃剣だが、テールバインダーでは引鉄が引き難く、膂力は腕以上にあるので専用大剣を使っている。
ちなみに、ミーミルとジークフリードは機動性が生かせないので別方面に当たっている。まあ、ミーミルの場合こうなる所まで見てから行ったので既に仕事はしたとも言える。
◆続きます
●Break the Game
「砲撃支援だ!」
ウルトの号令と共に戦車隊が一斉に火を噴く。地下駐車場跡が砲撃の紅に染まる。ノクターナはポーンを並べてこれを防御。
そこに躍りかかる忍者! 仙人! 巨神!
龍王剣の一閃が空間を切断し、ポーンごと両断! 悉鏖大霊剣が身体ごとフルスイングしてポーンを蹴散らす! 尾で握った大剣が尾撃の勢いで振り回すとポーンが粉々に砕け全滅!
「「これは中々使い勝手がいいな」」
「このバトルフィールドならわしの攻撃も必中!」
「焼き尽くせ、龍王」
進路を塞ごうとするルークに黒龍の轟炎!
「合わせるよ」
クラウスのレーザーライフルが的確に芯を捉えてルークを溶断粉砕! だが、死角から圧し潰そうとするナイトの奇襲攻撃!
「当たらぬわ!」
尻と剣の幻影を残して回避、カウンターの斬撃!
「見える、そこ!」
エースのビームサーベルが追撃し、ナイトの首を跳ねる! だが空中からビショップ!
「エリートのパワーを舐めるんじゃないわよ!」
カーヴェーの大盾がブロック、カウンター砲撃!
「キル頂き!」
上からレティアのレーザー加速砲が追撃! ビショップ粉砕!
「やっぱり、さっきまでの奴より断然弱い。このまま押し切ります」
配下を軽々と倒され呆然と佇むように見えるノクターナ。だが、そうではない。まだ一枚切り札を残している。盤上の戦いから一度も失われていないクイーンを。
『貴方がクイーンを取れたら、投了いたしましょう……』
そして、悠然とクイーンとの融合を
「させないんだよね、それを!」
落下時に撃ち切ったミサイルをパージし、軽量化した光学迷彩で|奇襲《アンブッシュ》のタイミングを見計らっていたルーシーのブッダが|超過駆動《オーバードライブ》したパルスブレードでノクターナに斬りかかる! 融合回避の為の一手はクイーンとノクターナの間を通過し融合を阻止。更にサイドスラスターを吹かしてその場で三回転! クイーンとノクターナに流し斬りを浴びせる!
「追撃よろしく」
「「任された」」
超過駆動により片腕が損壊したブッダは後退し、ヨトゥンがクイーンに体当たりをぶちかます。
「「重い、だが!」」
この万全の状態のクイーンと融合される訳には行かない。二挺二刀で乱れ撃ち斬り、尾撃大剣を頭上から叩き付ける!
「「これで足りないか?」」
「任せろ」
龍王の顎がクイーンに食らい付く。そのまま至近距離で轟炎を浴びせ続ける!
「たとえ金属の塊と言えどもこの距離で轟炎を浴びせ続ければ」
「そこにAPFSDSだ!」
スレイプニールの咆哮が響き、クイーンを貫通! 粉砕!
「一発あれば十分だ」
「それで、どうする? クイーンは取ったわよ」
突き付けられる無数の銃口、無数の剣先。
「チェックメイトね」
『……いいえ、チェックです』
まだ手札を切ってはいないと。まだ自分の手番は残っていると。ノクターナは言った。地下からせり上がるクイーンと融合しながら。
「地下に伏兵を忍ばせていたか」
「駒が動く度に選択肢が減る? 違うわね、エリートの私にとっては選び放題なくらいよ!」
トーニャはそれを笑い飛ばす!
「選択肢が減っているのはそっちの方じゃないかしら?」
クイーンと完全融合したノクターナ。だがそれは、もうこれ以上の手が打てない事を意味する。
◆まだまだ続く
●Checkmate
「いよいよもって大詰めだ。この忍務、必ず成し遂げる」
クイーンと完全融合したノクターナは地下駐車場から真っすぐ上空に向かって飛ぶ。
「盤上を捨てる気か?」
「いよいよもって苦し紛れじゃない」
「だからと言って甘く見てやる理由は無い」
地下駐車場に布陣した者達がウルトの付与した念動力で再び駐車場へと引き寄せにかかる。だが、ノクターナは重力支配で抗い、空中で向きを反転させる。拡散した高出力レーザーの弾幕!
「折角こっちの領空に来てくれたので思いっきりお見舞いしますよ!」
だが、元より上空に布陣していたレティアがこれにいち早く対応。ミサイルと浮遊砲台を一斉展開!
「上にも逃げ道なんて無いですからね」
フルチャージしたレーザー加速砲が青白く輝き、プラズマシースの|期待の一発《ボーナスブレイク》を放つ。着弾した放射性属性の弾体が丸く広がり、ノクターナを回復不能な熱で炙る!
「任せろ」
龍王が黒龍の轟炎でレーザーを相殺しながら天高く飛翔。一気にノクターナを追い越し、頭上から突撃。
「貴様には地の底が似合いだ」
影丸が龍王の背から飛び移り、倶利伽羅龍王剣を突き立てる。放射性爆発は味方には当たらないのでご安心だ。重力支配が揺らぐ!
「コンダクター、オーバーチャージ。目標座標、設定! ディメンションリンク……そこにもう一発だ、ヘヴンズフィスト!!」
影丸が飛びのけば再度転送された巨大な腕が叩き付けられ、再度地下まで落とされる!
「|KBF《ケッセンノバトルフィールド》から逃れる事なぞ出来ぬぞ!」
無砂糖が尻の剣を揺らす。幾重にも重なる尻と剣の幻像!
「『仙術、|幻影剣舞《ゲンエイケンブ》』じゃ!」
四方八方から凄まじい速度で尻と剣が幾重にも襲い掛かる! なんたる悪夢的光景か!
「イェーイ、クーベルメ団長みてるー? ほわぁぁぁ!?」
などと調子をこいていると腰がびきっと嫌な音を立てる。大きな代償を伴う恐るべき技なのだ。
「やはり、急増品のクイーンではそれ程の防御力は無いようだ」
恐るべき猛攻に晒されたノクターナはその動きを止めたように見える。これは誘っているのではなく対応できる余力が無い隙そのものだ。
「ACS負荷限界を確認。各員、総攻撃で仕留める!」
●攻撃命令期待の愉快犯限界一閃人類の怒りのAPFSDS二刀二挺仙術・決闘ソニック電撃バースト4航空支援龍焔分身撃
「ここで仕留める、タイミングを合わせろ!」
ウルト・レアの|攻撃命令《ファイアパワー・スペリオリティ》!
全員の深層意識の繋がりが適切なタイミングでの連携を作り出す!
「綺麗な一撃って事よ!」
レティア・カエリナの|期待の一発《ボーナスブレイク》!
上空から放たれた蒼白の弾頭が消えない傷を刻み込み味方の攻撃すべき隙を炙り出す!
「これでチェックメイトだ! ハハハハハハハハッ!!」
ルルーシャ・ヴィ・ヴァルキュリアの愉快犯爆弾魔!
事前に仕掛けられた多数の指向性爆弾を一斉起爆!
「ここで決めよう、確実に」
クラウス・イーザリーの|限界突破《ゲンカイトッパ》!
決戦モードの蒼月がWZ用スタンロッドを突き立て、システムへのダメージを通す!
「見せてあげるよ。本当の実力って奴をね!」
第四世代型・ルーシーの|一閃《イッセン》!
残された片腕に持ち替えたパルスブレードの|超過駆動《オーバードライブ》! 増幅された光刃が装甲を切り裂く!
「当てる、墜ちろ!!」
【撃墜王】エース・パイロットの人類の怒りの一撃!
ビットを展開して牽制射後に両手に持ったバズーカ連射! ダミーバルーンで気を引き、燃える拳を捻じりこむ!
「泣きを入れたらもう一発だ!」
スレイプニールのAPFSDS弾!
装弾筒付翼安定徹甲弾が装甲を貫通!
「「ヨトゥン、吶喊する」」
ヨトゥンの二刀二挺乱舞!
乱舞斬撃に貫く銃弾! トドメは尾撃大剣!
「ここをこうすればチョチョイのパーじゃ!」
中村・無砂糖の|仙術・決闘射撃《デスペラードショット》!
持ち替えたリボルバー銃で早撃ち! 拘束弾丸と鎖が抵抗を許さず連続マルチヘッドショット!
「ディメンションリンク……ソニックウェーブ!」
レイヴ・アルゼリナのソニックウェーブ!
瞬間転送されたキハールの多段抜刀斬撃! さらにフレームの一部に致命的骨折を与える!
「ありったけの弾薬をお見舞いしてあげるわ……Урааааа!!」
トーニャ・メドベージェワの|電撃機動《ブリッツムーブ》!
砲撃に紛れてワイヤーアンカー射出! ブーストダッシュと共に距離を詰め盾強打! 追撃の砲撃!
「デンジャークロース上等! こいつは痛いじゃ済まないぜっ!」
エルヴァ・デサフィアンテのバースト4:|集束砲撃《アデランテ》!
60秒間過剰エネルギーチャージした一発を接射で撃ち抜く!
「急降下爆撃をお見舞いしてやるわ!」
クーベルメ・レーヴェの|航空支援要請《クローズ・エア・サポート》!
爆装航空部隊の急降下爆撃が次々と炸裂する!
「龍王よ、皆よ、力を貸してもらう!」
不動・影丸の忍法・|龍焔分身撃《リュウエンブンシンゲキ》!
龍王の焔、無数の爆発やマズルフラッシュで生まれた影が実体を持ち、多段抜刀斬撃多重奏!
「サ・ヨ・ナ・ラ!!」
『絶望の天秤を揺らす黒の指手・ノクターナ』は爆発四散! √能力者達の勝利だ!
●続く闘争の日常
「残存する敵影無し。任務完了」
その後、しっかりとクリアリングを行い敵勢力が残っていない事を確認。
「本当は私、戦いたくなんてないんだ。でも……」
戦わなければ生き残れない。この√ウォーゾーンにおいては絶対の掟だ。
影丸はノクターナの残骸がインビジブルに変わっていくのを見届ける。
「先に|地獄《そこ》で待っていろ。また現れたら何度でも相手をしてやる」
残身を終え、颯爽と拠点へと帰る。また、酒でも振舞うとしようか。
「隊長、私今回大分頑張りましたよね?」
「ああ、そうだな。サボってた分は帳消しにしてやる」
「そんなぁー!」
「彼らも工廠もすべて無事か。本当に良かった」
この戦いは、この事件はこれで観測できる物は無くなった。終わり良ければすべて良しと言える結果だろう。
戦いで得た物は少ない。敵の残骸からスクラップを少々。鋳溶かすは物になりそうな金属塊。その程度だ。
だが、失った物も少ない。本来失われる筈だった四人は誰も失われずに立っている。それだけでも戦った意味は十分あったはずだ。
戦いは続く。今日この日を生き抜いたとて明日には死んでいるかもしれない。一週間後は、一か月後は、一年後は。遠くなればなるほど死の香りは濃く深くなる。
だが、それでも。去り行くのは昨日では無かった。落日は訪れなかった。
だから今日も戦う。未来に希望が無いとしても。過去に何も残せなかったとしても。
今日は、今日だけはせめて。今ここに居る者としての誇りを胸に戦う。
これは、第49WZ中隊『クラップヤード』の日常の一頁だ。